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292.魔女の弟子と揃い始める意志


「……………………」


「……………………」


「…………うぅ」


「へへ、すげぇ空気」


アマルトさんが思わず呟く、あんまりにも重苦しい空気に、まるで沼に肩まで浸かったかのような重苦しい感覚にもう笑うしかないんだ


「あんだよ、睨むんじゃねぇよ」


「いや、別に睨んでないデスケド…」


「ああ!?、ぜってぇ睨んでただろ!表出ろやおい!」


「やめないかベンテシキュメ!」


「チッ!!!」


盛大な舌打ちが響き、ベンテシキュメは再び椅子に座り込み、室内にパチパチと暖炉の焼ける音がする、外は相変わらず雪が降ってはいるが 室内にはこれだけの人数が集まっているんだ、寒さなんか感じないとエリスは力無く笑う、さっきも言ったが笑うしかない


何せ、エリス達の前には大量の料理が並べられた長テーブルが、そして向かいにはエリス達魔女の弟子達に対抗するように並んで座る四神将…、さっきまで敵対していた面々がズラリなんだ


こう言ってはなんだが、空気は最悪だ…


魔女の弟子達と四神将、三ヶ月にも渡って敵対し続けてきた両陣営が並んで食卓を囲む、この以上な事態に発展したのは本当に数分前の出来事なのだ


魔女の懺悔室でぶつかり合った魔女の弟子と神将達、互いに互いの戦力を出し切るこの激戦は魔女の弟子達の勝利に終わった、エリスとネレイドの最終決戦にてこの長い戦いにも区切りがついたと言える


最早シリウスもこの国にはいないからエリス達が戦う理由もなく、神将たちも教皇がいないから戦う理由がない、渦中のリゲル様とシリウスの二人だけがまんまと逃げ果せ取り残されたエリス達は…ネレイドから話し合いの提案がありラグナがそれを了承したことによりこの場が実現したのだ


場所はエリス達が最後に休息したエノシガリオスの街の中、帝国の工作員が使っていた家だ、そこに魔女の弟子達と四人の神将…そして意識を失ったエリスを助けてくれたらしいアルクトゥルス様達でゾロゾロと雪崩れ込み、今に至るのだ


エリスが気絶している間にメグさんが連れてきたアリスさんとイリスさんにより傷ついた仲間達と神将達の手当ては終わり、皆動けるようになったところでカノープス様とゲオルグさんが離脱、カノープス様はプロキオン様を帝国の魔力機構室なる場所に連れて行き時間を止めて安置する為に、ゲオルグさんは『敵との交渉は神将の役目!老いぼれを駆り出すな!』と帰ってしまったらしい、もうこの一件が終わった事を悟っての行動らしい


まぁそんなことはどうでもいいんだ、問題はこの状況…決着をつけたとはいえ相手は神将、エリス達を三ヶ月追い回した相手であり 神将達からしてもエリス達は三ヶ月追いかけた神敵、その溝は深い


事実、ローデとベンテシキュメとトリトン辺りは鋭い目つきでこっちを睨んでいる…、対するラグナもやや押し黙る形で目を瞑り メルクさんもメルクさんで睨み返している


故に生まれる、地獄のような空気、せっかくアマルトさんが作ってくれた料理もこれじゃあ味がしないよ


「あー、言っとくがな お前ら、またここでもう一戦やろうってんなら今度はオレ様が混ざるぜ?、魔女の弟子だろうが神将だろうが関係ねぇ…聞き分けのないガキはぶっ殺してやる」


そして、睨み合う両名の間に立ち面倒臭そうに耳をほじってるのはこの話し合いの調停者であるアルクトゥルス様だ、しかしこの人なんでここにいるんだ、そして何故エリスを助けに来れなかったのか…


アルクトゥルス様は平気な顔をしているが、エリスには分かりますよ…アルクトゥルス様の服の下にはかなりの傷が刻まれている、あのアルクトゥルス様がここまで傷つく相手がこの世にいるとは驚きだが…


はぁ、ともかく そんな疑問を片付ける前に、目の前の神将達と話し合いをしなきゃだな


「……おい!、話し合いの場だろ!、なんか言えよ!」


ドン!と一つベンテシキュメが拳でテーブルを叩けば皿に盛られた料理が揺れる、それをやや苛立しげに見つめるアマルトさんが、ムッと表情を悪くして


「話し合いに誘ったのはテメェら大将だろ、言う相手が違うんじゃねぇのか」


「はぁ?、テメェ…話し合いの席についてやっただけでもありがたく思いやがれ!」


「だから!、話し合いの席についてるのは俺たちの方なんだってば!」


「やっぱテメェは気に食わねぇ!斬り殺してやる!」


「もう一戦やんのか…?、おススメしねぇぜ…」


「あンだとぉ?それはどう言う…」


キラリと光る処刑剣を片手に立ち上がるベンテシキュメは激昂したまま怒号をあげる、どうやらこの話し合いの場はネレイドの一存で設けられたらしく、他の神将達は未だエリス達に敵意ビンビンだ、だがそれに乗ってはいけない


何せ…


「おい…、オレ様の話聞いてなかったのか、クソガキぃ」


「へ?…うっ!?」


立ち上がったベンテシキュメに突き刺さるのは紅の槍、にも見紛うほどに鋭いアルクトゥルス様の眼光だ、もう一戦やるならオレ様が相手になる…そう言ったそばから席を立たれては彼女の面子も丸潰れだ


オレ様に面子を潰させる気か?お?…そんな言葉が空気を揺らさずベンテシキュメの脳裏に響けば


「ぁ…くそ…」


「よしよし」


まるで力が抜けたように椅子に座り込むベンテシキュメとそれを見てまぁよしと頷いてくれるアルクトゥルス様、この人がいる限り少なくともこの場で乱闘…と言うことにはなるまいよ


「…さて、そろそろ言いたいことは纏まったか?ネレイド」


場も落ち着き、そろそろ本題に入ろうと口を開くのは我らが首脳ラグナ、声をかけるのは向こうの大将ネレイド、この話し合いの場を作った二人が机を挟んで見つめ合う


「…………うん」


今まで保たれていた沈黙が、その首肯によって打ち破られる、…さて エリスの想いが通じていればいいんだが


「まず、本題の前に…一ついい?」


「なんだ」


「…和平を…申し出たい、貴方達と争うのはもうやめにしたい」


それは停戦…いや和平和睦の提案だった、もうこれ以上オライオンと魔女の弟子の戦いを続けたくないとの申し出だ、その言葉を受けてラグナが口を開く…前に反応するのは他の神将だ


「え!?、いや…御大将!?そりゃあちょっと…まずいんじゃねぇの!?」


「そうですよ、彼等は神敵です それが事実かどうかはこの際関係ありませんが、それでも教皇の口からそう発された以上、教皇直属の我等が勝手に和平を申し出るのは…」


「わ 私達の軍も…彼等にかなりの損害を与えられましたし、何より信心深い人達は彼らを蛇蝎の如く嫌っています、…もし和平なんか勝手に進めたらオライオンが真っ二つに割れちゃうんじゃ…」


ネレイドはこの国の防衛将軍、一応は軍のトップだがテシュタル教のトップじゃない、テシュタル教のトップはリゲル様だ…そしてリゲル様が直々にエリス達を神敵認定した以上神を信じる全ての敵となったのは明白だ


そんな相手と将軍が裏で御手手結んで仲良く和平してました、…で全部敵対関係がチャラになるわけがない、下手をすりゃ将軍が国民からの信頼を失いテシュタル教が…オライオンが真っ二つに割れるかもしれないんだ


軽い提案じゃないことはネレイドだって分かって…


「なんとかする、方法は後から考える」


…ほんとに分かってるのかな、と不安になるも何やらラグナとメルクさんの二大権力者が『それでいい、それが正解』みたいな顔で頷いてるのが目に入る、え?これでいいの?


「なんとかって…、そもそもこいつらと和平なんか出来るのか?、どうにも信用出来ないと言うかなんと言うか…」


ジロリとベンテシキュメの目がこちらを向く、こいつらとはエリス達のことだと言うまでもない


神聖軍が和平を聞いたとしてもエリス達に対する猜疑心が晴れないように、ベンテシキュメ達神将から見てもエリス達は未だ敵のままだ、それといきなり和解しようなんて言われても受け入れられるわけがない


すると


「私が信じた、じゃ信じる理由にならない?」


「…………これ以上の理由はねぇな、分かった もう文句は言わない」


だ 黙らせた、一言で黙らせた…、あのベンテシキュメを


いやベンテシキュメだけじゃない、トリトンもローデもコクリと静かに頷き和平の話を受け入れるのだ、ネレイドが信じたから私たちも信じると


「それでいいかな、ラグナ」


「ああ、こっちからも願い出たいくらいさ、元はと言えばこっちの都合で神聖軍の皆を傷つけたのだから、このまま法廷に立てと言われても文句は言えない、そこを和平しようと言ってくれるのはとてもありがたい」


おお、ラグナも大王モードだ…こうやってる時のラグナはとても理知的で真摯だ、いつもの抜けた顔も可愛いけれどこう…シュッとしてるとかっこいいですよね、やっぱり


「神聖軍の面々にはこの一件が片付き次第正式にお詫びをさせてもらうつもりだが、その前に…神将の皆様」


「へ?え?な なんだよ」


「なんだ…」


すっと立ち上がるラグナを警戒する神将達、彼らは知っているのだ…ラグナが万全の状態のネレイドとタイマンを張り勝ち通した事を、覚醒していたとはいえ消耗したネレイド相手に気絶してようやく勝てたエリスと違い、彼は更にそこからもう一戦構えられるくらいの余力を残しての勝利だ


その計り知れない強さは、神将さえ慄かせる…が、そんな立ち上がったラグナを追う神将の瞳は、上を向いた後すぐに下に向けられることになる


何故か?それは


「すまなかった、国の為信仰の為忠義の為戦う勇士を不当に傷つけてしまった、言葉のみで詫びるにはあまりにも事が大きいことは充分承知しているが、謝らせてくれ…すまなかったと」


頭を下げた、それを見てエリス達も慌てて立ち上がり頭を下げる、すみませんでしたと


そうだよ、何を寝ぼけてたんだか…、神将達はただ国の為戦っていたに過ぎない、それを押し退けたのはエリス達だ、彼等はただ職務に忠実なだけ…そんな彼等を傷つけた詫びをするのが先であり筋なのだ


揃って頭を下げるエリス達は、ただただ詫びる…今は口だけでしか詫びれないけど、それでも謝罪する ごめんなさいと


「お おいおい頭上げてくれよ、先に攻撃したのあたいらなんだから」


「それでもそれが仕事だろう?、なら何も間違いはない」


「そりゃそうだが…ああもう!、分かった分かった もう仲直り、それでいいよな!な?」


「ああ…、私としてはダンカンの件もあるが、こちらも投獄の件もあるしな…真摯な謝罪に免じよう」


「神聖軍にも我々にも死者は出ませんでしたし、何より ラグナ様やナリア様 メルク様達は本来我々神聖軍が行うべきズュギアの森の民達の救済も行ってくれました、…これ以上彼等を悪人呼ばわりすることは出来ませんよね」


彼等も彼等でこちらが頭を下げたとなれば最早牙を剥く理由はないらしく、急にしおらしく…或いは熱くなった頭が冷えて現実が見えてきたのか、その身に滾るような敵意と闘志が萎え始める


こっちが拳を握るから向こうも拳を握るのだ、ならば互いに手を握り合いましょうってなわけです


「向こうが頭を下げたんだから、こっちも頭を下げないと…ね」


するとネレイドは徐に立ち上がり…


「あた…」


ゴツンと天井に頭をぶつけ鈍い音を響かせる、…なんと言うかやっぱりこうして見るとネレイドの体はあまりにも大きい、ずっと大きい大きいと思い続けてきたアルクトゥルス様さえ見上げるほどのその体は…、これから頭を下げて謝罪をしようって言う段階にも関わらず、既にちょっと前かがみにならなければ室内で立ち上がれないほどだ


戦う分にはアドバンテージしかないけど、日常生活は随分苦労してそうだなぁ…、ある意味デティとは真逆の存在だ


「大丈夫ですか?、ネレイドさん」


「大丈夫だよエリス、ありがとう…こほん、では気を取り直して」


そう一つ彼女が咳払いをすると、彼女のトロンと垂れた瞳が釣り上がり様相が様変わりする…


ラグナにも『ラグナ大王』としての顔があるように、デティにも『魔術導皇デティフローア』の顔があるように、ネレイドにも『闘神将ネレイド』としての顔があり、それを普段とは別に使い分けているようだ


「汝等六人の外来者達に下された教皇の『神敵討伐令』は我ら将軍がこの目とこの腕で誤りであったことを判断した、故に今日この時より汝等六人を神敵として扱うことを止める、それと同時にどうか謝罪させて欲しい」


ネレイドの言葉に従うように、将軍達を背筋を伸ばすように頭を上げると…


「申し訳なかった、誤りとは言え汝等には多大なる負荷と傷を与えてしまった、無辜なる者に振るうべく刃を持たぬ筈の神将にとって一生の不徳である、…神将の名の下に謝罪させて欲しい」


バッと一糸乱れぬ動きを以ってして礼をする神将達は謝罪する、この三ヶ月の攻撃は全てこちらの誤りで正しいものではなかったと、正式に謝罪をするんだ


エリス達は投獄されたし、ラグナ達は死に掛けた、謝って済むかと言われればそれはそうだが、エリス達もエリス達でこの国を引っ掻き回した、ここはお互い大人になって飲み込んで無かった事に出来るならそうした方がいい筈だろう


現にエリス達の中に謝罪を受け入れられないって顔してる人達はいない、みんな神将達の戦いの果てにこうして和解出来る未来を望んでいたから


「ああ、じゃあこれで…和解って事でいいんだよな?ネレイド」


「うん、仲直り…許してくれるならだけど」


「許すも何も無いさ、シリウスがこの国にいる以上ハナッからああして争う事になるのは分かってたしな、こうして同じ卓を囲めるようになったなら悪いことでも無いさ」


「ん、ありがと」


そうして首脳陣は両陣営の和解を示すように握手を交わす、これで一応形としてはエリス達はオライオンとの敵対関係は解消されたと言える


まぁリゲル様が神敵討伐令を撤回しない限りこの和解に納得しない層は一定数いるだろうが、そこはネレイドさん達がなんとかしてくれると言っているんだ、なんとかしてもらおう


どの道エリス達はこの国に長居しないわけですしね


「ふぅ〜、これで…終わりだよな?、もうバトルないよな?な?」


さてとひと段落とアマルトさんが腰をかけ周囲に問いかける、もう戦わないよな?もう争わないよな?と、確認するまでもないが それでも気になるのだ、本当に和解出来たのか…とね


「ああ、もう狙わないよ…御大将が言ったことをあたい等は信じる、今の教皇がおかしいのは薄々感じてたしな」


「ならもうバチバチすんのは終わりだな!、さぁ!食ってくれ!俺とアリスイリスコンビで作った飯だ!、みんな腹減ったろ?今後のこともあるが取り敢えず今は食おうぜ!」


そう言ってアマルトさんが指し示すのはテーブルの上に並んだ料理の数々、やや冷めてしまったがそれでも美味しい事に変わりはないし、何よりあれだけ動いた後ですからね、みんなお腹ペコペコだと思います


そこは神将達も変わらない筈、だが…


「う…これを食うのか」


「えーっと…そのぉ…」


「………………」


神将達の顔はあんまり芳しくない、料理の印象が良いか悪いかで言ったら悪いと言った顔だ、和解した手前断るのも申し訳ないがそれでも食べたくなさそうな顔を前に


「え?…なんで…」


そう涙を浮かべるアマルトさん、まぁ彼にとっては初めての経験だろう、好意を込めて作った料理を前にして嫌そうな顔をされるのは、だが神将の皆さんだって悪意があって言ってるわけじゃないんだ


「アマルトさん、ダメですよ…神将の皆さんはこれを食べれません」


「なんで…」


「調理されてるからです」


「は?、料理なんだから調理くらい…、ああ!教義か!」


そう、テシュタル教には『食べるものはあまり加工しない方が良い』というものがある、どういう意図でそういう教義があるのかは分からないがこの教義はテシュタル教徒にとってはほぼ常識に近い


なのに目の前にはバリバリ調理されまくった品々が並んでいる、食べてはいけない…というよりそもそも慣れ親しんですらいない未知の食べ物の数々なんだ、たじろぐのも無理はないというものだ


「悪い…すっかり失念してた、テシュタル教徒用に別に作ってくるよ」


「作れるのか?」


「ああ、バーニャカウダとかならお前等でも…お?」


ふと立ち上がろうとしたアマルトさんが何かに気がつき、その足を止める…何に気がついのか、最初は分からずエリスはその視線を追うようにチラリと目を横に向ける


そこには、教義的に食べられない筈のネレイドさんがおずおずとグラタンに手を伸ばしている姿が…って


「お おい、ネレイド?」


「ん?、アマルト…だったっけ?、これはなんていう料理なの?」


「グラタン…だけども?」


「ふぅん、…いい匂いだね、この国では見ない形の料理だ」


なんて美味しそうに匂いを嗅ぐネレイドさんはゆっくりと木のスプーンを持ち、グラタンに差し込むと


「あーん…はふっはふっ、あ 熱い…!」


「ちょっ!?おま…!」


「御大将!?何やってんだよ!、それ食べちゃいけないやつ!」


「そうですよ!ペッしてください!ペッ!」


「ああああ、て テシュタル教の教えが…!」


なんの躊躇いもなく一口、ネレイドはグラタンを口に放り込むのだ、そんな光景を見る神将達は食べてはいけない物を食べてしまったと騒めき響めき慌てて吐き出させようとする


がしかし、ネレイドは止まることなく一回二回と穴を掘るような豪快な動きでスプーンを手繰り寄せ、瞬く間に空皿を一枚作り出す


「うーん、美味しいねぇ…生まれて初めて食べた味…、アマルトさんって料理上手なんだね」


「い…いや、アマルトでいいさ 褒めてくれるのは嬉しいけどよ、よかったのか?おたくの部下さん達がなんとも言えない顔してるし、教義なんだろ?」


「そうですよ!ネレイド様!、こんなに加工された物を食べたらせっかくの教義が!」


ドッと吹き出るような神将達の不満を前に、ペロリと口元に残った食べカスを舐めるネレイドは…、再び 将軍としての鋭い目つきを見せ三人の神将を見据えると


「教義は教義、教えは教え…それ以上でも以下でもない、いい?よく聞いて…宗教は国家じゃないし教義は法律じゃない、守るも守らないもその人次第…、飽くまで教えはその人の人生を豊かにする為の助言でしかないの」


「そ…それは…」


「この料理の数々はアマルト達が快く和解の証として用意してくれたもの、それを教えを理由に無碍にすることは折角の和解に水を差す物になると判断した、テシュタル様もきっと自分の教えでそんな軋轢が生まれることを望んでないよ」


「…確かに」


「だから私は食べるよ、友好と親愛の証としてね?、それにそもそも美味しいし…ほら、ベンちゃんも食べてみてよ」


「あ あたいが!?」


頬を伝う冷や汗のままにベンテシキュメは目の前のパスタに目を向ける


ネレイドの言っている事は極めて正論だとエリスは思う、教義とは法ではない、その人間が豊かに生きるために伝えられた生きる上での極意みたいな物だ、それを守り健全に生きる上では教義とはとても役に立つだろう


だが、逆に教義に縛られ過ぎて友好的な相手の振る舞う料理を断ったり そもそも食べなかったりしては軋轢も生まれる、他にも教義に従い病弱なのに無理にスポーツをしてみたり教えを守る余り他を蔑ろにしては、その瞬間教えは自己満足に変わる


こういうのは変に囚われず、適宜に応じていい距離感で付き合うのが良いのだと、語るネレイドの言葉を特に否定する事なくベンテシキュメは観念したかのように…手元のフォークを握り


「…おい、アマルト」


「はいはい、なんざんしょう」


「これはなんてんだ…、このぐにゃぐにゃしたやつ」


「牛のテールを煮込んだボロネーゼさ」


「ぼ…ボロ?、それに牛のテールって尻尾?、何故よりにもよってあんな食えなさそうな部分を…」


「やっぱやめるか?」


「バッ!誰が!テメェ!バカにすんな!、今食ってやるよ!こんなもん!」


するとベンテシキュメは慣れない手つきでフォークを使いパスタを掬うように持ち上げ、うっと怯む、エリスからすれば美味しそうなボロネーゼソースのかかったパスタだが…、そもそもこの国にはソースもパスタも存在しない、どちらも教義に反するからだ


「う…なんだこれ、どういう発想で生まれた物なんだ、このウネウネはどうやって作ってんだ…この赤いのはなんなんだ、そもそも何故牛の尻尾…」


今のベンテシキュメの視点で見れば未知の液体が掛かった未知の物体を食べさせられるようなもの、しかもそれは毒々しいまでに赤いのだ…そりゃあ怖いか


だがベンテシキュメはそれでも意を決して…口を開き


「あー…ん…、ん?」


パスタを少量、一口食べたところで顔色が変わり 冷や汗も一気に吹き飛び、鮮やかなまでに目を見開き


「おお、なんだよこれ美味いじゃんか!、驚かせやがって!」


「美味いのか?…それ」


「おう、トリトンもローデも食ってみろよ、案外いけるぜ!他国の料理ってのも悪くねぇな」


へへへと瞬く間にアマルトさんの料理の虜になったベンテシキュメはマナーもへったくれもない手つきでズルズルとパスタを啜り始め、その口元を真っ赤に汚し始める


そんなベンテシキュメを見てトリトンもローデも一歩踏み出し始め、おずおずと手元のそれを口に運び


「……うん、美味いな意外と」


「以前ズュギアの森でも似たような物が流行りましたね、これは民衆が虜になるのも頷けます」


「これお前が作ったのかよアマルト!、お前強い上に料理も出来るなんてすげぇじゃん!、見直したぜ!」


「……ふふふ、ぬふふふふ、だはははははは!だろ!だろ!美味いだろ!いやぁ〜自信作なんだよ今回のは、なんたってオライオンの良質な食材がここなら手に入り放題!、料理人天国だよここは!まぁ俺料理人じゃないけど!」


堰を切ったように食事を始めるベンテシキュメ達を見てアマルトさんは飛び上がるように喜んで見せる、そりゃそうだ 彼は褒められるのが好きだからね、純粋な目で美味い美味いと言われれば彼は調子に乗るのだ


「へぇ、悪いもんじゃねぇよ…やるな、アマルト!」


「ああ、まぁな…ってお前口元にソース付きまくってんぞ、ほら…」



「こちらの料理はなんというのですか?メグ殿」


「そちらはカプレーゼ、チーズとトマトを一緒に食べるのがミソでございます」



「ナリアさん、こうして和解も出来たのですし、また貴方と共に聖歌を歌いたいのですが…」


「あ、いいですね 僕もローデさんと一緒に歌いたいです」


気がつけば神将と魔女の弟子達の距離は随分近くになっているように気がする、というかまぁ エリス達と神将達の因縁は深いものだ…この三ヶ月で常にお互いのことを考えていたと言ってもいい程に、そこから敵対関係が取り除かれれば 後に残るのはお互いへの興味だけ


そして興味のままに近づけば、案外仲良くなるのはすぐだったりするものか


「みんな仲良しが一番」


「だな、そこは同意するよ」


そんな神将達を微笑ましげに見るのは首脳陣、ピザを切らずに二つ折りにしてパクパクと二口で食べ切るネレイドさんとパイを切り分けず手掴みでガシガシ食べるラグナの二人の姿は、エリス達の和解の象徴のようにも感じられる


こうして神将達と共に食事をして、くだらない話が出来て…よかったなあ、こういう未来を求めていたとはいえ、キチンとそのようになったことはとても喜ばしい、一つの戦いをキチンと終えることが出来たんだ、エリス達は


「んで、ネレイド…他にもあるんだろ?、俺達にする話ってのがさ」


「ん、そうだった」


するとラグナはパイを丸呑みにし話を切り出す、そう言えばネレイドはこの和解を前提条件として話を切り出してきた、つまり 本題は別にあるということ…


それを思い出したとばかりに手についたソースをペロペロ舐めるネレイドさんは視線を移し、え?こっち見てる?


「では、和解も済んだことだし本題を述べると…、ねぇ エリス」


「は はい?、なんですか?」


「貴方はこれからどうするの?」


これからどうするの?そんなネレイドの問いかけは文字通りのものだ、もうオライオンでやることは終わっている、そして次の道は示されている、ならば…この次の行動は何か、それを聞いているんだろう


そんなもの決まっている


「これからエリスは暫しの休息を終えた後、このまま一ヶ月以内にオライオンを出てアジメクに帰ります、そこでシリウスが待っているので…今度こそ、ケリをつけに行くつもりです」


奴は決戦の地を指定してきた、今度は逃げも隠れもしないと…、だったらそこに乗り込んで今度こそケリをつける、そのためにエリスはアジメクに向かう…いや、帰るのだ


「そっか…、ラグナ達は?」


「俺らもエリスについてくよ」


「え!?いいんですか!?」


「いいんですかも何もお前一人で戦わせられるかよ、もうこの話はエリス単独の話じゃねぇ、世界の存亡が関わる戦いなんだ…、最後までついてくよ」


いや…まぁ、エリスもどっかでラグナ達はついてきてくれるだろうとは思っていたけど、こう面向かって言われるとやっぱりびっくりするよ、本当に最後までついてきて 一緒に戦ってくれるんだ、…心強い事この上ない、だってエリス一人じゃここまで来れなかったから、きっと最後もエリス一人ではどうにもならないはずだから


「そっか、みんな行くんだね…、ならさ 私も一緒に行っていいかな、アジメクに」


「え…ネレイドさん…!?」


今、なんて言った?ネレイドさんもアジメクについて行っていいかだって?、何を言っているんだこの人は…え?、なんで…


「ダメ…かな」


「い…いや、ダメと言うかなんというか、その…エリスてっきりネレイドさんもついてきてくれるモンだとばかり思ってたので、今更許可を求められてもビビるというか」


いやだって、エリス誘ったじゃないですか…一緒に助けに行こうって、貴方の師匠をシリウスから…、エリスと同じ目的を持つ貴方はエリス達にとって何より心強い味方になる、そう理解していたからエリスは貴方をあの崩落する魔女の懺悔室から助け出そうと決意していたんですよ…


「えぇ!?、そ…そうだったんだ」


「はい、でもやっぱりついてきてくれるなら心強いです」


「うん…、私でどこまでやれるか分からない、けれど私ももう決意したの…選んだの、今のリゲル様はその意識を奪われている、なら 例えリゲル様に逆らい闘うことになったとしても、私はやるよ…エリス」


強く輝くネレイドさんの意思の光、静かに握られる両手は軽い音を立て彼女の帯びる決意を感じさせる、もう迷わないと言う強い意思 もう立ち止まらないと言う強い決意


リゲル様を助けるにはもうリゲル様を操るシリウスと戦うしかない、いくら操られているとは言え親同然の相手と相反するのは相当キツイ事は分かってる、けれども求める物があるなら引くべきではないのだ


それを決意し、彼女は傷つきながらも進む事を選んだ…、選んでくれた それはとても嬉しく、心強い


「…ねぇ、みんな…私も行ってもいいかな、エリス達とアジメクに」


「ん…んー」


チラリとネレイドが伺う相手は同じ四神将だ、ネレイドさんがエリス達に着いて行くということは当然ながら彼女がオライオンから離れることを意味する


この国の象徴たる闘神将が…だ、簡単な話ではない


それを伺われたベンテシキュメは軽く俯くと


「なぁ、一つ聞いてもいいか?」


「何?」


「なんで、エリス達…となんだ?」


「へ?」


「別に何かをしに行くなら一人でもいいし、戦力が要るならあたい達でもいいだろ?、なのに和解して仲直りしたとは言えついさっきまで敵だった連中だ、とやかく言うつもりは無いが…、どうしてエリス達と行くことを選んだのかを聞きたいんだ」


ベンテシキュメの問いは至極真っ当だ、エリス達と共に行く必要性はまるで無い、そりゃあエリスとネレイドさんの目的は一致しているし闘う相手は共通だ、だが言ってしまえばそれだけだ


ネレイドさんが単独でエリス達に着いて行く理由はない、戦うだけなら引き続き四神将で挑めば良いだけだ、なのに彼女はエリス達と行くことを選んだ…その理由とは、と聞きたいのだろう


それを聞かれたネレイドさんは…一瞬困ったように眉を顰め、小さく考える


「んー…なんで、エリス達とか…」


「理由がないんなら、悪いがあたいは大切な御大将をこいつらに預けられねぇ」


「お おい、ベンテシキュメ…いいじゃないかネレイド様が選んだなら、それに戦力的に見ても魔女の弟子達の方が…」


「戦力?戦力だと!?、ならトリトン!テメェはテメェより強い奴がポッと現れたらテメェはその立ち位置を別のやつに譲るのか!?、闘神将ネレイドの脇を守ってきたのはあたい達だなんだよ…、そこをお前 特に理由もなく放り出されてたまるか!」


オライオンの神将は一人ではない、少なくとも当代は一人ではない、唯一無二のネレイドという大柱を支える三つの土台がこの国には存在する


エリスはネレイドさんの分かり合えたと思っている、友達としても上手くやっていけると思っている、だがそれは飽くまで今からの話 今までネレイドさんの友人として部下としてやってきた三人の神将達には遠く及ばない


彼女は何もエリス達を認められないと言ってるんではない、ただ…自分達より強い仲間が現れたから自分達はお役御免になるのか?、それは頂けないとネレイドさんに言っているんだ


「ベンちゃん…」


「で、どうなんだよ御大将…、あたい等はもう要らねぇのか」


「…………」


敵は強い、アジメクの旅路は気軽なものじゃない、挑める最高のメンバーで挑む必要があり 、そこに魔女の弟子達だけで臨む義務はない、その問いを投げかけられたネレイドさんは…


「ベンちゃんは強いね、私には出来ないことをこんなに簡単に出来るなんて凄いよ」


「は?」


「ベンちゃんは私の為に私に向かってきてるんだよね、私はそれが出来なかったからリゲル様に歯向かえずエリス達と戦った…、私がベンちゃんみたいに強かったから もっと話は簡単だったんだろうね」


「は 話を逸らすなよ!、答えを聞かせろ!」


「なら答えよう神将ベンテシキュメ…、私は魔女の弟子としてエリス達と共に行く、そこにお前達を連れて行くつもりは無い」


「ッ……」


言い切った、神将として険しい顔をしながらベンテシキュメを見下ろすネレイドはキッパリと言ってのける、お前達を連れて行くつもりは無いと


ベンテシキュメも何処かで分かっていた、ネレイドさんは何があっても自分達を連れて行くつもりはないと、でも…と何処かで期待していたが故に彼女はやや俯き、その顔が前髪で隠れる


「そーかい、確かにあたい達はこいつ等に負けて…」


「ああ、負けた…だが私は神将が魔女の弟子に劣るとは思っていない、相手がどれだけ凶悪でも私はこの四人ならば切り抜けられると信じている」


「…ならなんで…」


「私が得たいのは勝利では無いからだ」


「は?」


「私が得たいのはみんなの居る景色だ、このオライオンという国に…私が居て リゲル様が居て、神将が居てカルステンおじさんやゲルオグおじいちゃんや街の人たちがいる、そんな光景だ…それを取り戻したいのだ」


ネレイドが見据えるその光景は、謂わば元の景色だ…外から現れた部外者によって踏み荒らされる前のオライオンだ、元の日常…何も思わず何も感じず過ぎ去ったなんでも無い日々、それを取り戻す為なら彼女は何でもできるだろう


「だけど私一人の力ではどうやら取り戻せそうに無い、だから私はエリス達と共に国を出る…その間の国を任せられるのは、皆をおいて他にいない」


「私達に?…」


「ああ、今回の一件で軍は荒れ教皇の居なくなったこの国はより一層混乱するだろう、このままではオライオンという国は根底より崩れる可能性がある、だが私にはこの混迷を正している時間がない…だから」


「それを私たちに任せると…?」


「ああ、これはエリス達には任せられない…私が一番信頼する人間でなければな、私は魔女リゲル様を取り戻しに行く、だから私の戻ってくる場所を守ってくれる…ベンテシキュメ トリトン ローデ」


君達にしか任せられない、私の理解者は君たちしかいないとやや目元を綻ばせ神将を見下ろす


エリス達はネレイドさんと戦うことができる だがオライオンの混迷を正せと言われてもきっと困るだけだ、だが神将達にはそれが出来る 何故ならそれが出来るからこの人達は神将なのだから


この国を任せる、それは彼女の背中を守る事を意味する、立ち位置は変わらない ネレイドさんが神将達に求めることは変わらない、今も変わらず きっとこれからも変わらず、ネレイドにとって最も信用出来る存在は神将達なのだ


「…なるほどな、御大将の言いたいことはわかった、つまりあたい達は戦う以外の場面で活躍しろってことだな」


「私の背中を任せると言っているんだ、…私の背後は不服か?ベンテシキュメ」


「まさか、そこがあたいの居場所だよ…、どんだけあんたが遠くに行ってもあたいはあんたの背中に張り付いてるからな、だから寂しくても振り向くなよな」


ベンテシキュメは満足したのか、椅子に座り込むと共にクールな笑顔で再びパスタを啜る、だが…エリスには見えているぞ、その耳…真っ赤だよ、そんなに嬉しいのか認められるのが


大好きだなネレイドさんの事


「さて、というわけで…だ、魔女の弟子の皆さん」


「あ、はい…」


「何だ?」


「僕達ですか?」


さてと、と一拍置いてエリス達の方にチラリと目が移る、先程の話で彼女が何のために戦うかをみんな理解出来たはずだ、彼女は義務感でも使命感でも無く純粋に成したいことがあるからエリス達に着いてくるんだ


母を取り戻すため、己の日常を取り戻すため、元の世界を取り返し為、その欲求は使命や義務なんかよりも余程頼りになる事をエリス達は知っている、何せ 最後に己を立たせるのは誰かから与えられた役割などでは無く、何かを求める心なのだから


「えっと…夢見の魔女の弟子ネレイド・イストミアです、闘神将やってます…、先程まで殺しあっていた仲ではありますが、これからよろしくお願いします」


おずおずと大きな頭を再び下げる、よろしくと これから一緒にやっていこうと、ネレイドさんの方から歩み寄ってくれる、その存在に礼儀正しく律儀な挨拶に思わず面を食らうエリス達


「お お前、意外ときっちりした奴なんだな」


「うん、テシュタルの教えにもある…『一の挨拶は百縁の始まり、挨拶をせぬ者に寄り来る縁無し』、挨拶は大事」


確かに と思わず手を打つ前に、エリス達もまた目をそれぞれ合わせ…


「ん、じゃあよろしくな!知ってるだろうが俺はラグナ・アルクカース、争乱の魔女の弟子でアルクカースで王やってる、これから頼むぜ闘神将」


「わぁ、偉い人…」


「では私も続こう、デルセクト国家同盟群の同盟首長兼マーキュリーズギルド代表、そして栄光の魔女の弟子メルクリウス・ヒュドラルギュルムだ、オライオン最強の戦士が共に戦ってくれるとは心強い、私も微力ながら力を奮おう」


「わぁ、偉い人…」


「えーっと、俺は探求の魔女の弟子アマルト・アリスタルコス…一応コルスコルピの貴族、ディオスクロア大学園で学生やってます」


「わぁ、少し偉い人…」


「私はメグ・ジャバウォックです、全宇宙の大元帥やってます」


「わぁ、とっても偉い人…」


「ここで嘘つくなよ…、こいつ信じちゃうじゃん」


「そうでございますね、では改めて 私はメグ・ジャバウォック、アガスティヤ帝国の唯一無二なる大皇帝無双の魔女様の専属メイド兼弟子でございます、以後お見知り置きを ネレイド様」


「わぁ、偉い人のメイド…」


「あ えっと、僕はサトゥルナリア・ルシエンテスです、その…こう見えて男です!、閃光の魔女プロキオン様の弟子でエトワールで舞台役者やってます!」


「わぁ、偉い…人…?」


「偉くはないです!」


次々と挨拶を交わす弟子達にネレイドさんは表情一つ動かさずハンコで押したような感想ばかり述べる、まぁ実際魔女の弟子達は基本偉い人たちばかりですがね、デティも魔術導皇だし当のネレイドさんもオライオン軍部の頂点だし、偉くないのはエリスとナリアさんくらいだ


でも、彼女もみんなに興味がないわけじゃないことはわかる、口は殆ど動かないが目は非常に興味津々だ、みんなのことがもっと知りたいって顔…、これは彼女と付き合って行くなら言葉では無く顔を見た方が良さそうだ


おっと、みんなの自己紹介が終わったなら…エリスの番ですね、まぁ今更名乗る必要はないと思いますが


「では最後に、エリスはエリスです、孤独の魔女の弟子エリスです…よろしくお願いしますネレイドさん」


「うん、よろしく」


交わす言葉、交わる視線、それは二人の歩む道の如くエリス達魔女の弟子とネレイド・イストミアという人間が歩む道が繋がったことを意味する、これからはネレイドさんもまた味方…いや、仲間だ


「…受け入れられてよかった、私…みんなに酷いことしたから」


「それ言ったらアマルトなんかはもっと酷いことしたしな」


「言わないでくれよ…、反省してんだから」


「でも、そういう戦いを繰り返してエリス達は一つになったんでしょう…?、ならそこに私も交れてとても嬉しい」


ふふふと笑うネレイドさんはエリス達というグループに馴染もうとしている感がかなり滲み出ている、こうして正式に仲間として手を組んだからこそ彼女の態度というものがさっきとは違って見える


なんというか、ネレイドさんって…遠慮がちな人なんでしょうかね、なんでそんな風に感じますよ


すると


「しかし、なんだか来るとこまで来た感じだな」


「え?」


ふと、ラグナが挨拶を終えネレイドさんを迎える空気を出し始めた皆を見回し、やや嬉しそうにサンドイッチを頬張っている、来るとこまで来た…と?


「いやさ、これでここに居る魔女の弟子は七人だ、んで俺達がこれから向かうアジメクにはデティもいる、そうしたら揃うじゃんか…魔女の弟子が八人全員」


「た 確かに!そう言えばそうですね!」


ラグナに言われてようやく気がつく、そうだよ ネレイドさんを迎えたエリス達は揃うのだ、この世に八人しかいない魔女…その教えを継ぐ八人が全員、正確に言えばナリアさんが弟子入りした時点で揃ってはいたけれど集結するのは初めてとなる


なんと言うか…想像出来ない事が起こり始めている気がする、少なくとも旅に出た時は想像だにしなかった事だ、八人の魔女の弟子が勢揃いするなんて…


「ここに居ない弟子…アジメクのデティフローアさん、だっけ?…確かゲオルグおじいちゃんの上に居る唯一の魔術師、魔術導皇の…」


「あ、僕も会った事ないですね…、いよいよ会えるんですね!デティフローア様に、楽しみだなぁ」


「デティフローア様は陛下も太鼓判を押す大魔術師として世界的に有名でございます、聞くところによるとクリサンセマム八千年の歴史の中で最大にして最高の傑作だとか…、つくづく魔女の弟子は豪華なメンバーでございますね」



「あー、そういやポルデューク組はデティに会ったことがないのか」


そっか、ラグナやエリス メルクさんにアマルトさんという所謂カストリア組はディオスクロア大学園で全員顔を合わせているから、デティの顔もどんな人間なのかも知っている


だが、それ以降合流したポルデューク組は違う、デティの話はそれこそ大陸を超えた噂話程度にしか聞かないからその人となりを知らないのだ


確かにデティは世界的にも有名で偉大な魔術師だ、いくつもの魔術論文を発表し魔術師界においては既に権威として君臨する若き超天才として知られており、その勇名だけはポルデュークにも轟いている…その実態はあまり届いていないが


実物を見てガッカリしないかなぁ、…それだけが不安です


「でも、その人…アジメクにいるんだよね、スピカ様の弟子なんだよね…シリウスに操られているスピカ様の」


「……そうですね」


「なら、また同じ事が起こるかも…」


ややネレイドさんが気まずそうに言う『同じ事』とはまさしく己のことだろう、操られた魔女に従い弟子もまた敵対化する流れの事だ


確かに、スピカ様は操られているんだ…シリウスが口にしていた、言われてみればスピカ様の洗脳はアジメクでは手付かずだった、まぁあの時はシリウスの存在はおろか魔女が洗脳の影響下にあることも知らなかったんだから仕方ない


あの時は表出化していなかった魔女への洗脳がシリウスの顕現によりより一層強まったのだろう、きっと今頃スピカ様もリゲル様同様意識を奪われ手駒にされているはずだ、そうなるとデティは……


「いえ、デティは大丈夫ですよ、ネレイドさん」


「そうなの?」


いやそうだ、そうだよ…デティは大丈夫だ、何せ


「デティはシリウスの存在と洗脳のことを知っています、スピカ様に異常があればそれに気がつく事は出来るでしょう、ネレイドさんはシリウスの事も洗脳のことも知らなかったのですから仕方ありませんが…」


デティはコルスコルピでエリス達と一緒にシリウスの話を聞いている、ならスピカ様に同じことが起きればネレキドさんのように唯々諾々と従う事はないはずだ、シリウスの事も知らずエリス達とも初対面だったネレイドさんと違い、デティがエリス達に牙を剥くなんてありえない


「でも、もしデティフローアが立ちふさがったら…エリスはどうする?」


ネレイドさんの目が細められる、険しいというより確認するような目だ、確かにエリスはデティを信じているが…それでもままならない物はある、もしかしたらアジメクに着くなりデティが今回みたいに軍勢を率いていない可能性が、絶無なわけではない


「そうですね、もしデティがスピカ様に従い道を踏み外すような事があれば…」


「あれば?…」


「デティと言えど倒します、道を誤る友達を正すのも友達の仕事なので」


デティは友達だが、それはそれ これはこれだ、エリスはもう何が前に立ち塞がろうとも止まらない、デティが前に立ち塞がってもエリスはこの手でデティを倒しますよ


まぁ、その後 また今回のように和解しますがね、それでもあの子が間違えたなら正してあげるのも友達の仕事なんだ


「なんていうか…エリスは強いね、何食べてたらそんなに覚悟決めて生きられるの?」


「そ そうでしょうか…」


「いやこいつはただ単に物騒なだけじゃね?」


「アマルトさん、アマルトさんが立ち塞がってもエリスは容赦なく倒しますよ」


「お前俺への当たり強くねぇ!?」


それは勘違いではない、当然だ、彼は根っこが赤ちゃんだからあんまり煽てたり尊重すると調子に乗ってどこまでも甘えてくるタイプの人間だ、適度にこういう扱いをするのがちょうどいいタイプの人間なんだ


「しかし、アジメク軍が立ちはだかる可能性か…それも考えておくとしてだ、そろそろアジメクへの道も考えておかないか?、この飯食い終わり次第アジメクに向かうわけだしさ、というわけでネレイド…」


そろそろと言いながら盃をやや強く机に置いて音を出し、ラグナが場の空気を引き締める、ここからは大切な話だ…そんな感覚がエリス達全員の背筋を伸ばさせる、そうだな そろそろ真面目に話しておいたほうがいいか


「何?ラグナ」


「ここからアジメクに行くまでどれくらいかかる」


「んーと、…エノシガリオスはオライオンの中心地にあるから、アジメク行きの港までこの国で一番の馬に乗って走らせても、二、三ヶ月はかかるかな…雪の具合によってはもっと」


「それは困りますね、シリウスは一ヶ月後にアジメクを攻めると言ってきました、出来れば一ヶ月以内に着きたいですが」


「ちょっと難しいかも、アジメク行きの船に乗る時間も考えると一ヶ月以内にアジメクは物理的に無理」


だそうだ、これは困った…いきなり難題にぶちあったぞ、一ヶ月以内は物理的に無理か…といつもなら頭を抱えるが、今回は違う、何せ


「そこは安心しろ、オレ様が絶対に一ヶ月以内に送り届けてやる」


「師範!、送ってってくれるんですか!?」


「ッたり前だろ、今回はシリウスとの睨み合いも無い、今回みたいにお前らだけに任せる事はしない、オレ様も旅に同行するんだからな」


そう、今回の旅路には魔女であるアルクトゥルス様も同伴するんだ、もうシリウスを監視する必要も睨む必要もない、エリス達だけでシリウスのところに行くのではなく道中は魔女であるアルクトゥルス様が着いてくれる


となれば、アジメクへの道のりはかなり容易いものになるとエリスは計算している、間に合わない…なんて事はないだろう


「つーわけだ、明日になったらお前らこの街でるぞ、それまでちゃんと体休めとけよ?、こっからはノンストップだ、いざって時に今回の戦いの疲れを残さないようしっかり休め、分かったな」


「はーい」


差し詰め今回のアルクトゥルス様は弟子達の同伴保護者、或いは引率の先生だ


他所様の弟子とは言えあまり気を使ってくれないアルクトゥルス様はエリス達に檄を飛ばすなり立ち上がり、エリス達の料理に手もつけずにその場を去ろうと…


「あ!ちょっと待ってください!アルクトゥルス様!」


「あ?、なんだよ」


「えっと、…聞いてもいいですか?、なんであの場に駆けつけられなかったかを…あ!いや!、責めてるわけじゃないんです!、ただ…アルクトゥルス様もプロキオン様も、少なからず傷を負っていました、それが気になって」


別にあの場に駆けつけられなかったことを責めているわけじゃない、それを言えばエリス達もシリウスの罠にまんまとハマって誘き出されたわけだからね、でも それ以上に気になるのがアルクトゥルス様達が何をしていたかだ


この人達に限って遊んでました…なんて事はない、ならば何が?魔女様達に手傷を負わせその身を拘束するほどの出来事って


「……悪いな、実はオレ様達はシリウスの本来の肉体が埋められているネブタ大山にいたんだ」


「え!?、シリウスの肉体ってネブタ大山にあったんですか!?」


「ああ、山の奥底に祠を作り、そこに封印してるんだとよ」


あの山の中にシリウスの肉体が…、だからシリウスは三ヶ月経っても肉体を確保できなかったのか…、と衝撃を受けるエリスを他所に、ラグナとメルクさんとナリアさんが


『あそこにあったのか…!』と別の意味で衝撃を受ける、詳しい話はまだ聞いてないが聞くところによると三人はネブタ大山を通ってきたみたいだし、それらしいものを見たのかな…


「本来ならそこは放置でよかった、シリウスをその場に活かせなければいいだけだからな、だがシリウスは別働隊として他の奴に腕を取りに行かせたんだ」


「え?誰ですか?」


「ウルキだよ、あそこにウルキが向かっていた…だからオレ様達魔女で止める必要があった」


「う ウルキが!?」


ウルキがここに!?、いや…そう言えば彼女はアルカナと共に帝国にいた、となればこのオライオンに姿を現していてもおかしくはないが、そうか…ウルキはシリウスと行動を共にしてるのか


だから魔女様達が…


「そ それでウルキは!」


「逃げたよ、オレ様とタイマン張って来やがったからな…真正面から受け止めてボコボコにしてやった、そうしたらアイツ敵わないと知るなりゴキブリみたいな動きで逃げやがってよ、…八千年前と変わらず逃げ足だけは早えから逃しちまった、まぁそのお陰でお前らを助けに行くの日本間に合ったから結果オーライだ」


「結果オーライって…じゃあウルキは…」


「ああ、十中八九シリウスと合流した、アジメクでも懲りずに出てくるだろう」


息を飲む、まじか…ただでさえ向こうはシリウスに加えリゲル様とスピカ様という二大戦力が居る上にそこに魔女と張り合えるウルキまで出てくるなんて…


「だが安心しな、ウルキやリゲル…スピカ達はオレ様がなんとかする、こいつら三人はなんとかする、だからお前らがシリウスを倒せ」


「え エリス達が…」


「今回の戦いでわかった筈だろ、今のシリウスは不完全だ、シリウスとしてじゃない 魔女としてだ、臨界魔力覚醒も使えない 魔術も殆ど制限されている、今のシリウスならお前ら八人の力が集結すれば案外なんとかなる領域にいる筈だ」


「…………」


確かに、それはエリスも思った…、シリウスは本来なら全知全能 万知万能の力を持つ神に近しい存在だ、だというのに此度のシリウスはなんとも手際が悪く回りくどかった


それは偏に彼女が己の力を取り戻せておらず、師匠の体もまた使いこなせていないから、ならば…なんとかなるんじゃないだろうか、そりゃ苦しい戦いにはなるが なんともならない事もないんじゃないだろうか


「簡単な戦いじゃねぇのはオレ様達が一番分かってる、どんなに力が制限されてもシリウスは強えよ…伊達に史上最強じゃねぇ、だがそれでも守りたいもんがあるなら、張れよ…意地」


「……はい!」


アルクトゥルス様の言葉は、かつてシリウスを打ち倒した英雄達の言葉、そしてまた同じことを成し遂げるエリス達への激励、シリウスを倒さない限り世に平穏はなくエリス達に未来はない、だから勝つしかない…やるしかない


なら勝て、やれ…そんな言葉にエリス達の身は引き締まる、次はエリス達が守る番なのだ、魔女様達を頼らずに…シリウスを倒す番なのだ


孤独の魔女の技を受け継ぐエリス


争乱の魔女の勇気を受け継ぐラグナ


栄光の魔女の志を受け継ぐメルクリウス


探求の魔女の執念を受け継ぐアマルト


閃光の魔女の強さを受け継ぐサトゥルナリア


夢見の魔女の優しさを受け継ぐネレイド


そして友愛の魔女の知識を受け継ぐデティフローア


八千年と続いた魔女とシリウスの因縁は今、この時をもってして…正式に弟子達に受け継がれたような気がして、エリス達は身が引き締まる


本当の意味で、『魔女の弟子は』になる日は近いのかも…しれない


…………………………………………………………………………


それから、親睦を深める為の食事会は終わり ベンテシキュメさん達三人の神将はこれから神聖堂に戻りネレイドさんが居なくなってもこの国を守れるように軍を整えに向かうと一足早く戻っていった


その際


『うちの御大将を頼んます!、あの人口下手だけど悪い人じゃ決してない!だから…仲良くしてやってくれ!』


『私達はあの人の背中を守る、だから皆さんは彼女の前を守ってください』


『敵対していたにも関わらず快く受け入れてくれた貴方達には感謝がつきません、本当に…本当にありがとう』


と口々に言い残し去っていった、どれもこれもネレイドさんに関する話だ、彼女を頼むと…強いには強いが優し過ぎる彼女の事をどうかお願いしますと


本当に好かれているんだな、ネレイドさんは…そんな感覚を覚えながらエリス達は揃って家の外に出て神将達を見送る、彼女達の大事な友達を預かるのだから…これくらいの礼儀は当然だ


「いい奴らだったな、恐ろしい奴らでもあったけどよ」


そうラグナは家の外の雪を踏みしめて手を振りながら去っていく神将達を見送る、戦いは終わり こうして彼女達を見送るようた関係になれた事を嬉しく思うと同時に、このオライオンでの戦いも終わりなんだとやや寂しくもなるな


「だな、で?そのネレイドはどこに行ったんだ?」


クルリとアマルトさんは首を回すが、ここにいるのは魔女の弟子六人だけ、ネレイドさんとアルクトゥルス様の姿が見えない


「ネレイド様はまだ家の中でございます」


「ええ!?!これから国の外に出るのに…お別れ言わなくてもいいんでしょうか、僕!今からでも連れて来て…」


「いえ、いいんです…ナリアさん、これで」


「エリスさん?…」


ネレイドさんは家の中から出てこない、きっと寂しいんだろう…気持ちは分かるよエリスにも、別れは寂しいもんだ…特に仲のいい人達と別れるのはとっても寂しい


下手をしたら『やっぱり…』なんて言葉が出て来かねない程にね、それを言いたくないからネレイドさんは態と家から出てこないんだ、それだけ彼女の意志は強いんだ…、リゲル様を…母同然の存在を助けに行く意志がね


「エリスが言うのならきっと間違いはないよ、この中で一番友達との別れを経験してるんだから」


「だな…、トリトン殿達の気持ちを裏切らないためにも、我等もネレイドには敬意を払おう」


ネレイドさんとの付き合いは長いがその大半が敵対関係下での物、こうして仲良くなっての関係は未だ浅い、これからネレイドさんと真の意味で仲間になるには時間が必要だろう、仲間にはなれてもまだ友達にはなれてないんだからね


「…はぁ、でもこれでオライオンでの戦いは終わりかぁ」


「おいおいラグナ、気を抜くのは早いんじゃないか?、これからだろ?真の決戦は」


「そうだけど、それでも気が抜けるよ…、エリスはこんな旅と戦いを今まで何回も繰り返して来たのか?、尊敬するよ…本当」


「そ そんな、凄くなんか無いですよ!」


「いや十分すごいと思うよ、…でも その旅ももう終わりだな」


「…………ですね」


ラグナの言葉にややしんみりしてしまう、だってエリス達が明日向かうのはオライオンの港、アジメク行きの船…つまり 旅の終わりだ


アジメクから始まり、師匠と共に歩んだ十年以上にも及ぶ日々が遂に終わるんだ…、ようやくアジメクに帰るんだ、あれからとても長い時が経ち 旅立った頃よりもうんと強くなれたし凄く大きくなれた


…楽しかったなぁ、この旅…、出来るなら師匠と一緒にこの旅の終わりを迎えたかった気持ちはある、けれど エリスは旅に出た時と違い、師匠以外にも大切な人が出来ました


心から信用出来る仲間であり友、こんなにも頼りになる人達と出会い絆を育み、一緒に戦える…、きっとこれはエリスがこの旅で得たどんな経験よりも尊いものだろう


「旅の終わりかぁ、…なんだか想像出来ません、エリスずっと旅して生きて来ましたから」


「私にも想像出来ん、この旅が終わったらエリスはアジメクに住居でもかまけて働くのか?…、そんな姿思い浮かばんな」


「どうなんでしょうかね、まぁ…そんな未来を想像するのも、全部終わらせてからになるでしょうね」


エリスの旅は終わる、けれど戦いは終わらない…、アジメクにいるシリウスを倒すまでエリスに平穏はない、未来を想像する余地さえない


だから倒さないといけないんだ、シリウスを…、エリスの旅の先の景色を見る為にも


「…ああ、そうだな…俺たちで終わらせようぜ」


「……はい!!、やりましょう!!!」


「うぉっ!?びっくりした…」


思わずエリスもびっくりする、いきなり大声をあげて拳を掲げたサトゥルナリアさんの姿にだ、彼に似合わない力強い雄叫びに全員が目を丸くする…、しかし ナリアさんはそんなの無視して拳を握り


「やりましょう…!絶対シリウスを倒しましょう!」


「ナリアさん…」


「僕…まだコーチと一緒に居たいので、その為ならどんなに怖い相手にだって怯みません!絶対に勝ってみせます!」


固く固く握り締められた拳は決意そのもの、誰にも負けない…誰にも負けたくない、愛する師匠の為に、そんな萌える炎を瞳に宿すナリアさんの姿はネレイドさんにも被る、あるいはエリスにも


そうだ、エリスやネレイドさんだけじゃない…師匠を救う為に戦っている人間はもう一人いた


…ナリアさんの師匠プロキオンさんは今帝国にいる、カノープス様が連れて帰り 今帝国の最重要魔力機構『天命之静櫃』の内部にいる、中に入った物の時間を半永久的に停止させる魔力機構で致命傷を受けたその瞬間で停止させているんだ


シリウスを倒し、スピカ様を解放しない限り プロキオン様の傷は治らない、傷が治らなければ止まった時間から解放されることもない、それまでナリアさんは尊敬する師匠に会えないんだ


それは十分だった、彼に…壮絶なる決意を抱かせる状況としては、十分過ぎた


「ナリア…、ああ!そうだな!、お前がいれば心強いよ!」


「わぷっ!?ら ラグナさん!?」


「なぁおいみんな聞いてくれよ、知ってるか?ナリアの奴ゲオルグに勝ったんだぜ?、あの七魔賢の一人のゲオルグにだ!、真っ向勝負で倒しやがったんだ!凄いだろ!」


へへへとラグナはナリアさんを抱きしめ頭を撫で回す、彼が勝ったのは知っている、けれど俄かに信じ難いのは事実だ、だってナリアさんは帝国でも負けてしまうほどに今だにか弱く、今まで戦ったこともないような平和的な少年だった


それが、勇気を振り絞って七魔賢に勝ったなんて…、はっきり言ってとんでもないジャイアントキリングだ


「あー、ナリアが七魔賢に勝ったってことは、つまりナリアが次の七魔賢か?」


「えぇ!?そうなんですか!?」


「いや違いますよラグナ…、そんな勝ち抜き方式で七魔賢は決まりませんからね?」


あれは魔術的な功績や知識によって得られる権威だ、別に七魔賢に勝ったからって七魔賢になれるわけじゃない、七魔賢になりたければ数百枚の魔術論文と魔力的発見の功績、そしてデティ率いる魔術評議会から六人以上の推薦がないとなれませんから…


「そうなのか、残念…ナリアも七魔賢なら箔がつくだろうに」


「僕には役者の肩書きだけで十分ですよー!」


「そうだそうだ、立場なんて下手に増やすもんじゃない…、立場が一つ増えるごとに睡眠時間が三時間減ると思え」


「メルクさんが言うと説得力が違うな…」


全くですよ、そういえばメルクさん今かなり仕事掛け持ちしてるらしいけど大丈夫かな…


なんて、他愛ない雑談の芽が生え始めた瞬間の事だ


「エリス様!ラグナ様!皆様!、見てください!いいもの見つけました!」


いつの間にか家の中に戻っていたメグさんが何やら目を輝かせて戻ってくる、その手には…


「なんだこれ、ボール?」


「サッカーボールでございます、家と中にあるのを見つけました、やりましょう」


「何を…」


「サッカー!」


嫌だよ、疲れてるもん…みんなも神将との戦いを終えて疲れてるし、何よりアルクトゥルス様から休めと言われて…


「いいな!それ!やろうぜ!」


「ちょっとラグナ!?」


「ではエリス様!パス!」


ポーンとメグさんがエリスの足元にサッカーボールを蹴り転がして言うんだ…『パス!』って、いやいやパスじゃないですよパスじゃ、というかラグナもなんで乗り気…


ってよく見たらメルクさんもアマルトさんもなんか構えてるし!、なんでみんなそんなにノリがいいんですか!?


「ほら!エリス!」


「早くやろうぜ!エリス!」


「こんなにも寒いんだ、早く終わらせるぞ、エリス」


「………………」


さあ!早く!といつのまにか取り囲まれてせっつかれる、だから嫌ですって…アルクトゥルス様に怒られますよ、エリス達はまだやらなきゃいけないことが…


「どうしたエリス、そりゃレグルス様から教わったボールの遊ばせ方か?」


ふと、ラグナが不敵に呟く、知っている…これは彼が戦闘中によくやる所謂口撃、相手の神経逆撫でして怒りを誘う口ぶりだ、だからエリスはこれがラグナの本心ではなく 彼が本気でエリスを誘っていることに気がつく


気がつくには気がつくが、だからと言って…そんな、ねぇ?分かってる挑発に乗るなんて、そんな


そんな…そんな…そんな…!


「ッかりましたよ!、後悔させてやります!!」


「おっしゃ!乗ってきた!」


思い切り蹴り飛ばせば全員が喜色に湧く、これでキックオフだと…ですがね!エリス手加減しませんからね!師匠の名前出されたら!


あんまりなめないほうがいいですよエリスの蹴り技を!これで何人ぶっ飛ばしてきたと思ってるんですか!


「とっちめますから!」


「上等!やってみろ!、ボールは頂くぜ…」


「ほい『時界門』」


「お前!魔術は抜きだろ!」


「おほほ、なんのことやら」


「そっちがそのつもりなら…!」


一つのボロボロのボールを街中で追います六人の魔女の弟子、人気のない通りのど真ん中に乱雑な足音と舞い散る汗、そしてなんとも微笑ましげな笑い混じりの声が響き渡る…


……………………………………………………


『必殺!旋風雷響蹴斗!!』


『衝波陣!』


『おっしゃー!!』



「あのバカ共、休めつったろうが…」


室内に小さく舌打ちが響く、窓際に座り外ではしゃぐ弟子達をやや痙攣する瞳で見下ろすアルクトゥルスが悪態を吐く、休めと言われて何故遊び始めるのか…これが若いという奴なのかと


「ったく、どうしよもねぇな…で?、テメェはいつまでそこでそうしている」


「…ん」


ふと、声をかけられネレイドは…私は顔を上げる、窓辺に座る魔女の目がこちらを向いている事に気がつき、机に着いた手を顔の前で横に振り


「私は…何も…、休んでるだけ、ちょっと消耗が大きかったから」


「ふぅん、真面目にオレ様の言うこと聞いてる…ってわけでもなさそうだな」


「……え?」


私は休めと言われたから休んでいるだけだ、事実私は今回の戦いでかなり無茶をしてしまった…、体力も凄まじく消耗したし魔力も枯渇してしまった、ここからアジメクまでの旅路を考えると今のうちから体力回復に勤しんでおくほうがいいに決まっている


なのに、休めと命じたアルクトゥルス様はやれやれと肩を竦める


「まぁいいや、お前…名前はネレイドだったな、リゲルの弟子の」


「はい…夢見の魔女の弟子ネレイド・イストミアです、あえて光栄です アルクトゥルス様」


「世辞はやめろ、言われても嬉しくねぇよ」


とは言うが、別にお世辞でもなんでもない、ネレイドはアルクトゥルスという人間のことを知っていたしどんな人間なのか興味があった


私の母の朋友にして世界最強の戦士、これでも戦士として研鑽を積む一廉の戦士として私はアルクトゥルス様を尊敬している、戦士なら誰だって尊敬している、そこは本当だ


「お世辞じゃない、…それにあのラグナを育てた人、凄い」


「アイツは勝手に強くなったんだ、エリスもメルクも…弟子はみんな勝手に強くなる、師匠が出来るのは道を示してやることだけだ」


「そんなことはない、私も母のお陰で強くなれたと思ってるしラグナも…」


「母?」


キョトンとアルクトゥルスが目を丸くする、母ってなんだよ…そう言いたげな瞳を見てネレイドはゆっくり口元に手を当てる、おっと…そんな小さな言葉を口走りながら


「あの…これは」


「ああ分かってる、血は繋がってねぇんだよな、魔女は子供を作れないからな…弟子の中にゃ師匠を親同然と見る奴も多いからな」


「そうなんだ、でも私の場合は本当に母だと思っている…リゲル様も私を娘として育ててくれたから、…弟子になったのは成り行き」


「へぇ?、つまりお前は…」


「うん、捨て子だった…、母に拾ってもらわなきゃ私は今頃ここにいない」


私が捨てられていた時のことは周囲の人からしか聞いたことがないが、なんでもオライオンの港の木箱に捨てられていたようなのだ、教会にはリゲル様に秘密で本当の親を探してくれた人達がいたらしいけど…


それは結局二十年以上経っても見つかることはなかった、死んだのか生きているのかも分からない、ただ分かるのは私を産んだ人間は産んですぐに私を手放した事実だけ、だからだ私にとっての母はリゲル様だけだ


でも…


「リゲル様には大恩がある、母としても人としても尊敬している…けど、だからこそ…怖い」


「怖い?何が」


「この戦いが終わって、もしリゲル様を解放できたとして…また元の関係に戻れるのかどうか、ともすれば…捨てられるんじゃないかって」


母は洗脳の影響下にあったと言う、エリスが言うには私と出会うずっと前から、洗脳の影響があったんだ…、洗脳は魔女の精神を狂わせる…本来の人格や性格からは考えられないような行動をするのだと言う


もしかしたら私を拾って弟子にしたのは洗脳の影響かもしれない、完全に解放して正気に戻った母は私に対して興味を失うかもしれない、そこはちょっと怖い…エリスと戦った時にも少しだけあった思考だ


母のために戦った結果、母に捨てられるのでは…戦いを止める理由にはならないが、怯えさせるには十分な理由だ


「捨てられるって…お前なぁ、そんなわけねぇだろ」


「でも…私が弟子になったのは洗脳の影響下の中、洗脳が解けてそれが解消されないとも限らない」


「お前意外とあれこれ考えるんだな…、だが安心しろ?それはねぇと断言出来る」


「……なんで?」


そう、私が問いかけるとアルクトゥルス様は一瞬窓の外に目を向け、やや…と言うには短過ぎる時間目を閉じ考え意を決したかのように再びこちらを向くと


「聞いてないか?リゲルはな、捨て子なんだ」


「え、お母さんも…?」


それは聞いたことがなかった、寧ろ昔の母の話なんてそれこそ聞いたこともない、お母さんも…捨て子?


「ああ、アイツは元々親に捨てられた子供だった、それを随分引きずっててな…『私は親に必要とされなかった子供だから』ってよく言ってた、きっとお前を拾って育てたのもそう言う理由だろうよ」


「…………」


「そんな奴がお前を捨てるわけがない、アイツは絶対に誰かを捨てない、捨てられたからこそ捨てられる悲しみを知ってるからこそ、娘同然のお前を捨てるわけがないだろ?、オレ様は断言出来るね」


「…そっか、そっか」


そうなんだ、リゲル様も…だから私を拾ってくれたんだ、そうなんだ…、それは少し悲しくもあるが…やや嬉しくもある、私と母に なんのつながりもない私達にも繋がりがあったことが、嬉しいんだ


「で?、分かったか?」


「え?何が…?」


え?なに?分かったかってなにが?なにもわからないんだけど、いやいやそんなまだ分からないのかよって顔されても…え?、なんかそう言う話してた?私達


「疎いな…、テメェが今やってるそれが休憩にならねぇって話だ」


そんな話してたか?…


「休んでるよ、ちゃんと」


「いいや、そりゃ休憩にならねぇ、ただ静かに座ってるだけだ、大人しくしているように見えて筋肉は緊張しているし黙ってるから頭の中に雑念が溜まる、そりゃあ返って疲れる休み方だ」


「…………」


昔、リゲル様にも言われたことがある、トレーニングの間に少しでも体を休めようと意識してじっとしている時…同じようなことを言われた気がする、休憩の仕方にも質があるんだって言ってた


今の私ならその意味が分かる、アルクトゥルス様の言うことは正しい…、意識して微動だにしないようにしてるから筋肉は凝り固まり力は抜けず、逆に疲れる休み方だ…


でも…今の私にはこうするしかないし


「休むならもっと気を抜け、戦う時は真面目にやるんだ 休息の時くらいバカになれよ」


『ぅおりゃぁぁあああああ!!』


『おいエリス!マジで蹴りすぎだ!』


『ぎゃー!壁に穴が空きましたー!!??』


「……あれはちょっとバカすぎるけどな」


外から響くエリス達の声に耳を傾ける、どうやら外でスポーツをしているようだ、エリス達の休息と私の休息ならきっと…エリス達の方が休まるだろう、何より心が…


でも…でも…


「…………」


「別にアレが悪いって言ってるんじゃねぇ、…なんなら混ざってくればいいじゃねぇか」


「……でも…」


「でも?、まさかお前 その図体で緊張してる!とか言わねぇよな!あはは」


「…………」


「……マジかよ」


そ そうだよ、緊張しているんだよう…、だってエリス達六人は過酷な旅を潜り抜けて立派な絆が育まれてる、そんな中私が入って行ったら寧ろ邪魔になる…私はさっきまで敵だったし大した絆もない、言ってみれば異物


異物は異物らしく邪魔にならないように部屋の中に隠れていた方がいいに決まってるんだ


「私が行っても…邪魔なだけ、みんなに気を遣わせちゃう…、私達は協力関係…だから、邪魔な奴にはなりたくない」


「フゥ〜〜…、存外ナイーブな奴だ、まぁ気持ちは分からないでもないぜ?、もう出来上がったグループに入っていくのって怖いよな、分かる分かる 一線置きたい気持ちも分かる、だから無理にとは言わないけど…必要ないんじゃないか?」


「え?…」


「そう言う心配だよ、ウチの弟子達はそんな器用に人によって態度変えられる程生き方が上手くねぇ、お前を邪魔だとか居るだけで息苦しい奴だとか思ってたなら、さっきお前が同行すると申し出た時点で断ってるよ」


それは…そうなのかな、でも実際私はまだエリス達と友達ではないし、あんな風に一緒になってはしゃげないし、何より…


『だってお前ズルじゃん』


「ッ……」


思い返すのはかつての記憶、幼少期の頃散々拒否され続けてきた己の姿だ、同年代の子となんて遊んだことない…、そりゃあそうだ


だって私は大きい、手足を振るえば魔術級の威力が出るし馬力も常人とは桁外れ、そんなのが一緒になって遊んでいいはずがない、誰かと一緒に何かをしてもきっと怖がらせる、だから…だから…


「はぁー、それがリゲルの教育方針か?」


「え?、なにが…」


「だが残念、ここにリゲルは居ねえ、ここに居るのはオレ様だけだ だからオレ様に従ってもらう、そしてオレ様の教育方針は一つ」


そう言うなりアルクトゥルス様は立ち上がり目にも留まらぬ速度で私に肉薄し、椅子に座るこの体を 私の首根っこを指で摘み上げるのだ


「わ 私の体、指だけで!?」


「オレ様の教育方針は『とりあえず玉砕覚悟でやってみる』だ、やりもしないで尻すぼみするのは許さねー、ダメだったらそん時は慰めてやるよ」


「ちょっ!?ちょちょっ!?」


アルクトゥルス様につまみ上げられたまま扉の方に半ば強制的に連行される、信じられない…私の方が大きいのに、まるで抵抗が出来ない!?っていうか!行けって言うの!?私に!?


「ダメだよアルクトゥルス様!私はエリス達の友達には…!」


「折角、手と手を取り合える理由を見つけられたんだ、一緒に戦える時代に生まれられたんだ、だったら…この縁を大切にしなさい、ただの協力関係なんて寂しいこと言わないでよぉ?」


「アルクトゥルス様…」


手と手を取り合え理由を見つけられた…、一緒に戦える時代に生まれる事が出来た、或いはそれはとても幸運なことなのだと語るアルクトゥルス様の横顔に、やや哀愁のような物を感じ動きが止まる…


手と手を…取り合えるのかな、私と…エリス達で…


「そらよ!」


「あ!?」


刹那、私の一瞬の思考を利用してアルクトゥルス様は瞬く間に扉を開けて私を外へと叩き出し、雪の上に尻餅をついてしまう…追い出されてしまう、なんて強引な…


「あ…」


「ネレイドさん?」


ふと、冷たくなったお尻をさすっていると、目の前から視線を感じ思わず竦んでしまう、見ればサッカーで遊んでいるエリス達がジッとこちらを見ているんだ、さっきまでの熱狂も忘れて…再び場に静寂が漂う


またやってしまった、折角のみんなの楽しい時間を壊してしまった…、また私は…


『あんな手で叩かれたら死んじゃうよ!』


『お前足も長いし力も強いし、ズルじゃん!』


『お前とやっても楽しくないからやらない!』


「ッ……」


フラッシュバッグする、今まで同じように拒絶されてきた場面が…、遊んでいる子達の所に私が行って、空気が壊れて…白けて…嫌われて…遠ざけられる


また…


「どうしました?ネレイドさん、何かあったんですか?」


「え…エリス…いや、その…私は…あの…」


寒くもないのに唇が震える、手足から力が消えていく、喉の奥がギュッと締まる、頭が真っ白になる、ど どうしよう…どうしよう


逃げる?何処に?、もう家には戻れないし立ち去ることも出来ないしなんでもないって行ってもそれはそれで…


「取り上げず、立てますか?お尻濡れちゃいますよ」


「あ…」


ね?と微笑みながら差し出されたエリスの手を思わず取ってしまう、相手から伝わる温もりがギュッと近くなる


手と手を取り合える…理由を持っている、私達は…


な なら


「あ…あの、エリス…みんな?」


「なんですか?」


「んー?、なんだよ」


「そ…の」


立ち上がりしどろもどろになり、モジモジとナヨナヨと体を揺らし、多大な時間をかけて口を破る、その間もエリス達は静かに待っていてくれる


みんなに待ってもらいながら呼吸を整えて覚悟を決めて、…もう一回呼吸をして…


「私も、混ぜて…?」


聞いた、聞いてしまった、言った 言ってしまった、もう元には戻らない、言ってしまったものは変えられない、みんなに私の意識を押し付けてしまった…


困らせて…、嫌がられて…、拒絶されて…


「フッ…」


刹那、エリスが笑った、霞む視界で表情は伺えないが、それは確かに笑みだった…


優しげなものじゃない、もしかして…お前なんてって笑って……


「待ってましたよ!ネレイドさん!」


「え?…」


「貴方がここに来てくれるのをね、やるなら思いっきりやりたいですからね、貴方はうってつけの相手です」


嫌がられて…ない?、気を遣っている感じ…もない、本気で言ってる?本気で私を待ってた?、いやむしろ私がここに来ることさえ…信じて


「よーし!、これで全員揃ったな!」


「フッ、栄光の魔女の弟子としてやるからには勝たせてもらうさ、誰が相手でもな」


「ぼ 僕もです!」


「ではチーム分けをしましょうか、私とラグナ様とネレイド様で一つのチームとして…」


「いやいや戦力過多!、そりゃずるいって!、おいネレイド!こっち来てくれよ!ラグナに対抗するにはお前の力が必要だからさ!」


「う…うん!」


言ってみればなんてことはなかった、私の心配がまるで無意味だったかのようにみんなは私を受け入れてくれるどころか、こっちに来てくれと手を引いてくれる、私の力も怖がらない この体も邪魔に思わない、ただただ対等な一人の存在として見て必要としてくれる


…そうか、これが…本当の意味での手と手を取り合う…ってことなのか


「体もあったまってきたことだし…、俺も本気出すぜ?」


「ラグナも本気みたいです、ネレイドさん…一緒に頑張りましょうか」


「うん…でも、いいの?」


「何がですか?」


「いや、私…サッカーで負けたことないよ」


「上等です、エリスも負けたことありません、今日初めてやるので」


「ふふ…なにそれ」


物怖じせず、私を対等に扱ってくれる場所、闘神将として敬うわけでもなく神に愛された存在と恐れるのでもなく、真に横に立って並んでくれる存在


そんな初めての相手に、小さく高鳴る胸を手で押さえ…ネレイドの口角が僅かに上がる、それは誰も気がつかないほど…小さな小さな満面の笑み


ここでなら…そう思わせるに足る場所が、ここにあったんだ…


「よっしゃいくぜー!」


「かかってきなさい!ぶちのめしてやります!!」


「うん、本気出す…!」


そうして、魔女の弟子たちは並び立つ、いつか迎える最終決戦を前に…今は使命も忘れて、同年代の少年少女として、雪の上を駆け回る


それは不確かで、確かな答えなどないし、確かな形などないけれど、きっとそれを


友達と呼ぶのかもしれない、そう…ネレイドは静かに思うのであった


………………………………………………


「世話の焼ける奴め…」


全く仕方ねぇ、オレ様よりもデカい図体しながらモジモジモジモジとモジ腐りやがって、これで戻ってきてたらブン殴ってやってたぜ


扉の向こうでガキみたいな遊びを始める弟子達の笑い声に耳を傾けながら、アルクトゥルスは己の顔が笑みを浮かべていることに気がつかず誰もいなくなった部屋で一人椅子に座り込む


「…まさか、本当にこんな事になるとはな」


薄々予想していた、魔女達が偶然にも弟子を同じ時期に取り始めたのにはやはり運命という名のりゆうがあった、…シリウスは復活に手を掛けている、この状況下でかつて世界を救った魔女達はシリウスに半ば完封されている状態にある


出来るならこの手でケリをつけたいが、魔女達は弟子達に決着を任せようとしている…勿論アルクトゥルスも、それは弟子ならば大丈夫というか慢心ではない


「これはきっと、次代への幕なんだろう」


弟子達がシリウスを倒せば、それは魔女達がシリウスを倒し作り上げた魔女時代が次の段階へと移ることを意味する、そんな時代の流れに従うべきだと魔女達は思っているのか…


それとも、もう疲れてしまったのかは分からない


だがそれでも世界は事実そのように動いている、シリウスと魔女の弟子達が決戦を迎えるように動いている、これは最早避けられない事象だ…、あの時感じた運命は確かだったんだろう


だから…


「魔女はもう必要ないのかもな、アルク」


「ッ!?テメェ!カノープス!?」


「そう慌てるな、お前が似合わない顔をしていたから励ましただけだ」


いつの間にやらアルクトゥルスの向かいの席に座り優雅にワイングラスを傾けているのはアルクトゥルスの友の一人、無双の魔女カノープスだ


こいついつの間に…、いやこいつにそう言う時間は必要ない、時間を停止させればいつでもどこでもどこにでも行ける、大方時を止めてここまで飛んできたんだろう


「うるせぇよ、で?プロキオンは?」


「安定している…と言っていいのかは分からんが一先ずは安心だ、我がシリウスを封印するための試みとして用意した天命之静謐の内部に入れてきた、あの内部は時が止まった異空間だ…あそこにいる限りプロキオンは死なない、動けもしないがな」


「へぇ、そうかい…」


プロキオンは死んでない…か、ウルキとの戦いの最中いきなり飛び出したかと思えば死にかけてんだから驚きだよ、昔はああ言う無茶をしても直ぐにスピカが治してくれたから感覚が麻痺してたんだろう、全く…


「スピカの奴…やっぱ操られてんのか?」


「ああ、さっきアジメクの様子を見てきたが、どうやら一週間前からスピカは姿をくらまして居るようだ、その間魔女不在のアジメクをデティフローア一人で支えているようだが…」


「やばいのか?」


「いや、これが問題ない 全くな、素晴らしい治世力だ…それにとても愛らしい、流石はクリサンセマムの血を引く御子だ」


ふふふとなにやら嬉しそうに笑いワイングラスを空にする様を見てやや不気味に思う…、なんでこいつそんなにデティの事…、ああ そういやクリサンセマムはこいつにとって…


こいつも本当にアレな奴だよなぁ


「さて、では我はまた動き始める、アルクよ 弟子達に付いて行き守ってやってくれ」


「え?、ああ それはいいけどよ、…やっぱやるのか?あれ」


「ああ、折角下拵えをしたのだ…シリウスに一泡吹かせてやろう」


カノープスがシリウスを相手に後手を取った理由、未だオレ様達と行動を共に出来ない理由、それはこいつがシリウスにとっての切り札だからだ、そして、今用意しているのはとっておきのロイヤルストレートフラッシュ…、シリウスが何をしてきても今度は弟子達を万全な状態で戦わせてやれる


その為に態々後手に回る決断をしたんだ、それに…オレ様は好きだぜ?カノープスがやろうとしてる事はさ、派手だし


「でもそこまでする必要あるのかね、結局奴の戦力はスピカとリゲルとウルキの三人だろ?、なら…」


「本当にそうかな…、シリウスと言う人間を侮るな、奴は未だ笑みを崩していないのだ」


「そりゃあ…、確かにな」


「それに、奴はエリス達に向けて口にしたのだ…『決着』を」


「なんだと…!?」


決着 その言葉を聞いて血の気が引くが感じる、シリウスが決着を口にしただと?シリウスにとってエリス達はそれほどまでに大きくなっていたのか!?、そいつは…想定外だ


きっとそれを耳にしたエリス達はその言葉を額面のまま受け止めたのだろう、今度こそシリウスと戦い時が来たのだと意気込んだ事だろう


事実、オレ様達もそうだった…奴が決着をつけると口にした時、同じことを思った


だがその後思い知ることになったんだ、奴が決着を口にすることの意味を


「覚えているか、アルク…奴が決着をつけると言った後、何が起こったか」


「忘れるわけない…忘れられるわけがねぇ…!」


拳が握られる、悔しさに握られる…、終戦前に逸った己達の迂闊さとシリウスと言う存在の底知れなさを侮ったオレ様達の間抜けさを


「そうだ、奴が決着を口にした後…」


「人類の九割は死滅した」


……後に大いなる厄災として知られる大根源たる事象、全人類の内 九割が死滅する最悪の災厄、それが巻き起こったのが奴が決着をつける為真なる意味で戦場に上がってきた時だった


気がつくべきだった、シリウスと言う女は常に結果を求め続ける女だ、常に目的を見据えてその障害を片手間に退けて最短距離を行こうとする女だ


シリウスは常に『真理』を求めている、その間に立ち塞がる物は奴にとって障害でしかない、それが例え国であれ神であれオレ様達魔女であれ…ただただ横に退かすだけの障害でしかないんだ


奴にとって今の今まで行ってきた戦闘行動は全て『目的地を阻む扉を開ける』に等しい行為でしかない、戦いだと思っていないのだ…


だが、奴が決着をつけると言った瞬目的は真理から目の前の障害に切り替わる、真理に向けられていたシリウスの目が眼前の相手に向けられることになる、真理を目指す為に向けられていた労力全てがその存在の排除へと変化するのだ


史上最強の存在が全力で消しに来る、真なる意味での闘争を行うと言う宣言…それがシリウスの言う『決着』だ、手段を選ばない目的達成が外敵排除に注がれるその恐ろしさをオレ様達は知っているんだ


「つまり、次はガチで来るってことか…」


「ああ、だから我々も本気で対処するしかない…、未来への芽を今度こそ潰えさせない為にな」


「……そうだな」


次のシリウスは戯れに隠れて軍を動かし別の誰かを向かわせることはしないだろう、あいつは己が強いことを知っている、何をするのが一番手っ取り早いかも知っている


エリス…ラグナ、頼むから油断しないでくれよ、他の全部はオレ様達が守るから…


だから、未来を 次代を守ってくれ…



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