290.魔女の弟子と聖戦の結末
「ぅ…ぁー……」
「コーチ!、コーチッッ!!」
「何が起きてるんだ、これは…」
全てが一転した一瞬の出来事、全てはシリウスがエリスに向けて放った虚空魔術から起因する
何もかもを消し去る最悪の魔術である虚空魔術にて、エリスを抹消しようと企んだシリウス…、そんな圧倒的害意と悪意の前にエリスは何もすることが出来ずにただただ茫然と立ち尽くすだけだった
そこを守ってくれたのがプロキオン様だ
いつ何処でどうやったのかは分からないが、エリスの危機を察知して空白平野の天井を突き破り 氷の城の天井を破壊しエリスの目の前に立ち、持てる力の全てを使いエリスを虚空魔術から助けてくれた…けど
その代償はあまりに大きかった、プロキオン様は右半身を失い大量に血を吹き倒れ伏し、エリスでも分かるほどに衰弱し、呼吸も浅くなる死の間際…、最悪なタイミングとも言える時に背後の扉が開け放たれた
現れたのはプロキオン様の弟子ナリアさんと全身ズタボロで決戦終えた後のラグナの二人だ、二人は玉座の間の扉を開けるなり飛び込んできた光景に混乱し頭を抱える…エリスも頭を抱える
何がどうなっているんだ、これは現実なのか?それともまたリゲル様が見せた幻覚なのか…?
そう、皆が静止する中真っ先に動くのが…
「コーチ!コーチ!、大丈夫ですか!?生きてますか!?」
ナリアさんだ、必死にそして懸命にプロキオン様の元に駆け寄り声をかけるも…プロキオン様から返事はない、徐々に薄くなる瞳の光が残酷にも現実を知らせる
彼の師匠は死ぬのだと
「ヌハハハハハハハハ!!こりゃあ儲けたわい!、まさか弟子一匹踏み潰そうとしたら…魔女が釣れるとはな、プロキオォン…お前は些か優しさが過ぎる、そこに思慮と力量が加わらねばいつかお主自身を滅ぼすことになると言ったのを忘れたかぁ~?」
「お前…!」
笑う、シリウスは愉快愉快と大いに笑う、魔女を殺して愉快と笑う、かつての弟子を…自分で育てた弟子の死を嗤う、師匠の体で 師匠の顔で 師匠の友達の死を嗤う
その暴挙と悪徳が許せない、許すわけにはいかない!
「ああ?エリス…お前なんか勘違いしとらんか?」
「え?…」
「今のは所詮ただの一撃に過ぎん、それが肉壁に防がれただけで…ワシとのバトルはこっからじゃぞ、頼みの綱の魔女が死んで…、お前はこれからどうするつもりだ?」
シリウスの体から漆黒の魔力が霧のように溢れる、さぁこれからやるぞ?と戦闘態勢を取るのだ、史上最強と言われた存在がエリスに敵意を向けている、ただそれだけの事実で全身が砕けそうになる程の威圧が飛んでくる
ホトオリも凄まじかったが、彼を率いたシリウスはそれさえも凌駕する、これがあの羅睺十悪星を下に置いていた人間の力…
けど、怯むわけには…
「そら、ワシはここじゃぞ…!」
「ッッ……!?」
気を抜いたつもりはなかった、シリウスから目も離してない、だというのにその動きを一切捉えることが出来ず、エリスは刹那の間にシリウスの接近を許してしまう、超極限集中でさえ見抜けない最速の肉薄に対応が出来ない
その拳は強く握られており 漆黒の魔力が渦巻き迸り纏わりつくその拳をエリスに向けて…
「オラァッ!!!」
「ぐぅっ!?」
振り抜かれ、その頬が大きく揺れ体が大きく仰け反る…、しかし 殴られたのはエリスじゃあない、シリウスの方だ
師匠の黒髪が大きく揺れ、一歩引き下がり大きく仰け反るのだ…、当然手を出したのはエリスじゃあない、シリウスを殴り撃退せしめたのは
「ら…ラグナ!」
ラグナだ、ナリアさんと共に現れた彼が咄嗟に飛んでシリウスの頬を蹴り抜いたのだ、エリスでも微動だにさせられなかったシリウスに、今ラグナが明確にダメージを与える…
「いってェ〜のぅ〜、テメェ…誰を殴ったのか分かっとんのかぁ?ボケがぁ…」
「ショック受けて立ち尽くしてる女の子一人殴り飛ばそうとするとボケカスをだよ、ボケが…!」
殴られた部分を腕で拭い、直ぐに姿勢を戻すシリウスは目の前に立ち塞がるラグナを睨みつける、ラグナもまたシリウスを睨み返す…二人の間で火花が散り空間が歪むほどの威圧が飛び交う
「お前がラグナか、…なるほどのう、お前だけやはり頭一つ飛び抜けておるのう、よもや英雄の卵か?」
「ごちゃごちゃうるせぇよ、…おい エリス、ショックかもしれないが今は構えてくれ、プロキオン様は…その…」
「分かってます、このままじゃ…みんなシリウスの好きにされてしまいますから」
正直このショックから立ち直れそうにない、けど今はその事を考えるのはやめる、折角プロキオン様が身を呈してくれたのに…その後エリスがボーッとしてたせいで何もかもを台無しにしたくはないから…
だから、ラグナの隣に立って構えを取る…ラグナと一緒に、今 この場で最も消耗が少ないのがエリスだ
ラグナは神将との戦いを終えて満身創痍、対するエリスに傷はない、夢世界で受けた傷は飽くまで夢だったのか、この体にはホトオリに付けられた傷はない、魔力も満タン…エリスがしっかりしないと!
「ぬはっ!ぬはははははは!、若いのう…若過ぎるわ、お主ら二人でワシを落とせるか?」
「それを言う必要はないだろ、今のこの手で証明してやるんだからよ」
「貴方は余りに多くのものを奪い過ぎました、…これ以上何も奪わせません」
「ぬはははーっ!、バカバカしい!死体も残ると思うなよ!、ガキ共がぁっ!」
両手を広げ魔力解放するシリウス、その威容に吹き飛ばされそうになりながらも必死に踏み縛る、絶対引いてなるものか…!、こいつをなんとかしないと みんな殺されてしまうんだ!
また災厄の時のように、人類の九割…いやそれ以上の人間が死ぬことになる!、それだけは決して許容出来ない、絶対に!
「ぬはっ!ぬははっ!ぬはーっ!」
狂ったように笑うシリウスは余裕を見せる、エリス達くらい殺すなんてわけないとばかりに、笑い…嗤い…嘲笑い…そして
「あ…、しもうた」
はたと真顔になり、荒れ狂っていた魔力がピタリと収まる
「え?…」
「しもうたしもうた…ま、ええか」
何かに区切りをつけたのかフッと体に力を抜いた瞬間の事だった
「死ね、シリウス…!」
突如、プロキオン様が開けた天井の穴がより一層広がり、天井全てを消しとばす程の勢いで飛来したそれがシリウスの体を上から殴りつけ、氷床に地割れ作りその中に叩き込むのだ…!
「うぉっ!?なんですか!?
「何が…おっと、エリス」
グラグラと揺れる大地に思わず尻餅をつきそうになるも即座にラグナに受け止められ、事なきを得る…、そんな間も事態は急速に動き始める
天井から飛来したそれは、豪奢なマントを広げ バキバキと音を立てて城を崩す勢いでシリウスを殴り終えると、悠然と立ち上がり それを見下ろす
「よくもやってくれたな、シリウス…!」
「ぬぐぅ…ぬはは!、遅かったではないか、カノープス!」
カノープス様だ!、帝国にいるはずのカノープス様が空から降って来たんだ!、魔女様が助けに来てくれた!
「カノープス様!」
「すまん!エリス!、本当はもっと早く駆けつける予定だったが…シリウスの魔力防壁の所為で時界門を作ることが出来なんだ…」
「本当か?それ以外にも理由があったんじゃないのかのう、…相変わらず見切りをつけるのが早い奴よ、やはりお前が一番手強いのう」
カノープス様に殴られても立ち上がるシリウスはケタケタと笑う、…ともかくカノープス様がここに来てくれたならエリス達もそれに加勢して…
「やる気はないんじゃろうカノープス」
「貴様こそ、我がここに現れた時点で逃げる気満々だろう」
「え?、逃げるんですか!?逃すんですか!?」
逃げようと後ろに引き下がっていくシリウスとそれを看過するカノープス様に思わず言葉が漏れる、逃してしまうのか!?ここまで来たのに!
すると、ラグナはゆっくりと首を振り
「多分、ここまでカノープス様が来なかったのはあの人が唯一の防波堤だったからだ」
「え?、ラグナ?」
「何処にいても一瞬で駆けつけることが出来るカノープス様の存在はシリウスにとってジョーカーに等しい脅威だ、だからシリウスはカウンターを恐れて迂闊にここから逃げられなかった 出ることが出来なかった、ここに腕がないと知りながらもここにいたのはそう言う面もあるんだろう」
「おおラグナよ、お前は師匠に似て聡明じゃのう、その通りじゃ!この国の我が肉体の確保は難しいそうじゃ…よって、ワシは退却するつもりじゃ、残念じゃったのう…今回は痛みわけじゃ」
「ふざけないでください!、エリス達がここに来るまでどれだけの苦労を…!」
「なら止めてみるか?、言っておくがカノープスがここに来たのはワシを仕留めに来たんじゃない、これ以上の被害を出さない為じゃ、…それにのうエリス、ワシは何もこのまま闇に消えようってわけじゃないんじゃよ?」
するとシリウスは崩れ行く城の中、その奥へと歩み振り向くと…
「ここに宣言する、ワシはこれよりアジメクに向かう、そこで我が手駒となったリゲルとスピカを使い、白亜の城へと向かおう…、エリス 止めたければそこに来い、今度はワシが自らそこで相手をしてやる、決戦の舞台はアジメクとする…良いな」
「アジメクに…!?」
「ああ、ワシもいい加減うんざりじゃ お前がどれ程の覚悟を持ち、何があっても乗り越えて我が下までやってくるのは此度の一件で良く分かった、お前は何処までも追ってくる…ならば、決着をつけよう、カノープスから受けた傷も回復したし…魔女の監視という近郊も崩れた今ならばそれも叶う」
お前の仲間達の傷を癒す期間をやると言っているのだとシリウスは飽くまで上から物を言う、対等な条件で対等な状態でケリをつけたいと、これ以上逃げることはしないから…アジメクで決着をつけよう…そう言うのだ
エリスの覚悟を評価したシリウスは、決戦の舞台を指定する…アジメクに
「それまで復活お預けにしてやる…、じゃからそれまでに体力をつけて、しっかり休んで、確実に勝てる算段を立ててこい、先も言ったがワシはお前をとても評価しておる…、決着はなし崩しではなくキチンとつけよう」
「…信用出来ません、エリスは貴方を…!」
「いい、エリス…行かせろ、今ここでやっても勝てん、お前が識確を使い果たしてしまった時点でな…、そのチャンスを奴がくれると言うのだ、乗るべきだろう…悔しいだろうがな」
「でも…!」
「それに彼奴はこう言う場面では意外にも真摯な奴だ、決着をつけると言ったなら決着をつける、そこでなら逃げ隠れはせんだろう、こちらにも悪い話ではない」
奴はそう言う女だと語るカノープス様はエリスの脇を抜け、倒れ伏すプロキオン様に手を当て
「あ…あの、カノープス様?」
「『停刻掌握』」
小さく詠唱すると共にプロキオン様に魔術を施す、するとどうだ…微かに続いていた呼吸が止まり…、溢れていた血もまた止まる、プロキオン様の時が止まったのだ
「プロキオンの時を止めた、このまま治療できる体制が整うまでプロキオンを停止させる…だが」
「その魔術を使っている限りお前は手が離せん、ここでエリスに加勢するのは無理…じゃろう?」
「…………」
プロキオン様の命を助ける為に、その命を潰えさせない為に、カノープス様はプロキオン様に魔術を施し続ける必要がある、エリスに加勢は出来ない…
つまり、エリスは既に識確魔術を使い切っており、ラグナ達は満身創痍で、プロキオン様は瀕死で、カノープス様も手出しが出来ない、ここでエリスがワガママを言って戦っても負けは見えている
そんな中での決戦の申し出…か、つまりエリスは今シリウスに温情をかけられている、と言うわけか
「分かったか?エリス、ワシは別にここで貴様ら全員を虱潰しに殺してもいいんじゃ…分かるな?」
「…分かりました、その申し出受けます」
シリウスはアジメクで決着をつけるつもりだ、今度は今回のように逃げも隠れもしないから即座に挑みに行けるだろう、代わりに最初から全力で襲いに来るだろうが…それでも今この状況で戦うよりは…マシ、うっ…うう…
「ならそう言うわけじゃ、ワシは一ヶ月後にアジメク皇都に持てる戦力全てを投じて肉体の回収にかかる、邪魔をしたければするんだな」
「……ええ」
「…フッ、それまでに全員揃えておけよ、エリス」
「え?全員?」
軽く息を吐くように笑う…まるで師匠のような微笑みを残した後、シリウスは砕けた天井を見上げ
「リゲル!ついて来い!、これよりアジメクに向かう!」
「畏まりました、我が師よ…、そしてエリス…この借りは必ず返しますから」
それだけ言い残しシリウスとリゲルは天へと飛び上がり消えていく、こうして見送ることしか出来ないなんて…エリス達の三ヶ月はなんだったんだ
全然だ、全然届いていない…エリス一人じゃあの領域の存在には手も足も出ない、リゲル様然りホトオリ然り…シリウスにだって…、このまま追い縋ってエリスは果たして…
「エリスーっ!助けに来たぞー!」
「ってあれ!?シリウスいない!?ってか魔女様いる!?どうなってんだこりゃ!?」
「陛下!?何故ここに…、と言うかラグナ様達が先に…!?」
「みんな…!」
シリウスが立ち去ると同時に玉座の間に殺到するのはアマルトさん メルクさん メグさんの三人だ、みんなはこの玉座の間の惨状を見て目を白黒させながら混乱している、…みんな エリスを助けに来てくれたんだ
「ごめんなさい、みんな…エリスまたシリウスを取り逃がして…」
「へ?マジで!?ここまで来たのにまた逃しちまったのか…痛いなぁ、けどお前が生きてるならチャンスはまだある、諦めんなよ!」
「ああそうだ、今回がダメなら次だ、我々はどこまでも付き合うぞ」
エリスが駆けつけたみんなに頭を下げれば、次がある 諦めるなとアマルトさんとメルクさんが肩を叩いてくれる、…みんなもここまで死ぬ思いで戦ったのに、それでもまだエリスと一緒に戦ってくれると言うのか…
「エリス、落ち込むなよ…今回の戦いがまるっきり無意味ってわけじゃない」
「ラグナ…?」
「きっとここで万全の状態でやったとしても勝てなかっただろう、それくらいシリウスは手強い奴だ、それを相手に対等に戦う場を引き出させた…これだけでも大収穫だ、今回の旅で強くもなれたし得るものもたくさんあった、確実に俺たちは前に進んでる、だからこんな所で足を止めてる暇はないだろ?」
「ッ…!」
なんでそんな優しいんだよ、みんな…
エリスが欲しい言葉ばっかりくれて、メルクさんとアマルトさんは肩を叩いてくれて、ラグナはギュッと励ますように肩を抱いて温もりを与えてくれる、そんな風に優しくされたらエリス…みんなの事益々好きになっちゃいますよ
「陛下!、これは…プロキオン様ですか!?生きているんですか!?」
「ああ、死ぬ寸前で我が時を止めた」
「でしたら直ぐに治療器具を!」
「ッ…カノープス様!メグさん!お願いです!、コーチを…コーチを助けてください!」
一方倒れ伏すプロキオン様に駆け寄るメグさんは血相を変えて時界門にて治療器具を取り出し、ナリアさんも懸命に二人に師の助命を願う…、しかしカノープス様はゆっくりと首を横に振り
「無理だ、治療するには再び時を動かさねばならぬ、だが時を動かせば三秒と経たぬうちにプロキオンは死ぬだろう…、これ程の肉体の破損を数秒で回復させる技術など無い、治療は間に合わん」
「そんな…、じゃあコーチは…一生時が止まったままなんですか…?、そんなの死んでるのと同じで…」
「治せる技術は存在しない、だが治せる人間ならいる…友愛の魔女スピカだ、奴の治癒魔術ならば一瞬でスピカの傷を治せる、奴がいればプロキオンは助かる…だが」
そう目を伏せる、そうだ スピカ様がいれば治せるだろう、だが先程シリウスが口にしていた手駒の中にスピカ様の名前もあった、スピカ様もまたリゲル様同様洗脳されてしまっているんだ
この状況下ではプロキオン様を治療などしてもらえない、プロキオン様の時は止まったままだ…
「そんな、…でもスピカ様は今…」
「ああ、…だからアジメクに赴きシリウスを倒す必要がある、奴を倒しスピカの洗脳を解かない限り、プロキオンを治す手立ては無いのだ、それまでこうして先延ばしにするしかない」
「…コーチ……」
ナリアさんは静かに止まったプロキオン様の顔を見る、シリウスを倒さなければプロキオン様は再び目を覚まさない、それほどの重傷を負ってしまったから…
そして、その重傷を負ったのはエリスのせいだ、エリスを助けるためにプロキオン様はこうして倒れたのだ、だから…エリスはゆっくりとプロキオン様とナリアさんに寄り添い
「…プロキオン様、今度はエリス達が貴方を助けますから」
「エリスさん…」
「ね?ナリアさん…エリス達でプロキオン様を助けましょう」
「…はい!、絶対!」
彼の瞳に炎が灯るのが見えた、絶望を焼き尽くすほどの希望の炎、シリウスを倒し己の師を救う為彼は立ち上がり燃え上がる、…彼もまたシリウスを倒す理由が出来たのだろう
ならば行こう、アジメクへ…エリスの旅の終着点でこの長き戦いに終止符を打つ!、今度こそ決戦だ!絶対に逃がしはしない!
そうエリスが静かに立ち上がり、拳を握れば皆も追従するように静かに頷き…
「おおっと!?」
刹那、大地が大きく揺れる、崩れた天井の瓦礫が天から降り注いだのだ、見れば城の天井だけじゃなく魔女の懺悔室の天井そのものにも大穴が開いている、プロキオン様とカノープス様、そしてシリウスとリゲル様の四人が天井ぶち抜いて外との往来を果たしたせいで氷の天井が崩れかけているんだ
これは…、このままじゃ魔女の懺悔室全体が崩落する!
「おいヤベェぞ!、ここ今にも崩れそうだぜ!、おい!早く出よう出よう!」
「そうだな、我が外への道を作る、直ぐに脱出するぞ!」
アマルトさんがワタワタと頭を抱えるとそれに答えるようにカノープス様もプロキオン様を抱えて立ち上がる、何はともあれこのままここに居ては瓦礫の下敷きだ、とっととここから出てしまおう
「いや待て!、まだ街の方に四神将が残っているはずだ!、あいつらを置き去りにはできんぞ!」
「そうだな、よし!んじゃあ全員で自分が倒した分は回収しに行くぞ!」
「分かった!ベンテシキュメは確か大通りの方だな」
「畏まりました、では私はトリトン様の回収を…」
「うっ、ローデの奴はどこに飛ばしたっけかな」
「僕ゲルオグさん取ってきます!」
「え?エリスは…?」
「ここに残ってろよ!直ぐに戻るから!」
そう言うなりみんなは自分で倒した四神将達を回収に向かう、…エリスだけ仲間外れだ、エリスだけ誰も倒してないから、だからこの場にカノープス様と二人っきりに置き去りにされてしまう…
「…………」
「…………」
当然こんな緊迫した場面で世間話しなんて出来ない、シリウスに逃げられた屈辱の後に笑い話しなんて出来ない…、カノープス様も静かに虚空を見つめている、いや 見つめているのは…玉座の方か?
それも、凄まじく哀愁と悲哀を思わせる瞳で…玉座を
「カノープス様?」
「すまない、ゲネトリクス…私はまた…、この城を守れなかった…」
ゲネトリクス?、誰だろうそれは…聞いたことのない名前だな…、そのゲネトリクスなる人物に謝っているのか?、なぜこの氷の城とそのゲネトリクスなる人物に関係が…と首を傾げていると、チラリとカノープス様がこちらを見る
「ジロジロ見るな」
「あ、ごめんなさい…」
「…いやいい、すまない…気が立っていた、またこの城が崩落する様を見ることになってな」
「また?、カノープス様はここに来たことが?」
「いや、話にしか聞いたことはなかった…来たことはない、だがな…お前達は分からんだろうがこの城とこの街、この魔女の懺悔室の造形はとある街を元に作られているのだ」
「この街…やっぱりモデルがあったんですね」
「ああ、名をジェミンガ…今は失われし双宮国ディオスクロアの中央都市的な地位にあった街だ」
ジェミンガ…、それがディオスクロアの中央都市の名前、それはつまり
「魔女の皆さんにとって…故郷とも言える街並みってことですか?」
「ああ、と言ってもジェミンガ出身は私とフォーマルハウトしかいないが、それでもこの街は我ら魔女にとって大切な街だった、一時は皆で住んだこともあるし大いなる厄災の時はここを拠点として戦いもした…我らにとって思い出深き街だ」
そうだったんだ、…ん?待てよ?ジェミンガがディオスクロアの中央都市だったならば、それを模したこの街の中央にあるのは所謂王城じゃないか?、ってことは…つまりだ
カノープス様にとって、…ディオスクロア王家の血を引くカノープス様にとってこの街だけでなく…この城は
「察しがついたか?エリス」
「はい、この城ってもしかしてカノープス様が生まれた…」
「ああ、この星見城ノースポールは我の実家…のレプリカだな、しっかりと細部まで再現されているから懐かしくて泣きそうになるよ、…我にとってこの城は良い思い出ばかりのものではないが、それでも…崩落するその瞬間を見たときは、涙が湧いたものだ」
そう言っている最中にもこの城…星見城ノースポールは崩れていく、きっとカノープス様の記憶の中に焼き付いているその時の光景と同じように、それは…随分と複雑な気分だろうな
「悲しいですか?」
「…まぁな、ここは我とゲネトリクスの思い出の地だからな」
「ゲネトリクスさんって…さっき言っていた?」
「ああ、彼女は我に付けられていた唯一の従者だった子だ、魔女を除けば一番の親友と言っても差し障りないほどにな、彼女にはとても世話になったしとても頼らせてもらった、厄災の後は…、とても大きな使命を押し付けてしまう程にな」
「……そのゲネトリクスさんに、謝っていたんですね」
「彼女は我にとっての太陽だったからな、そして彼女が愛したこの城はそれだけで我にとっても尊ぶべきものになる、と言っても?守れた試しは今まで一度もないわけだが…しかも二度目は自分で壊してな、ははは…ゲネトリクスに怒られるな」
かつて亡くした友達が大切にしたもの、遥か古の時に置き去りにした思い出、それがこの街…氷結都市ジェミンガなのだ、そんな親友が大切にした城 そんな親友と過ごした城が崩れていく様を見る胸中は計り知れまい
「…しかし魔女の懺悔室か、リゲルはこれを見て毎日の祈っていたのかな?」
「守れなかった都市を、形だけ真似て…ですか?」
「ああ、…ここは我らが守れなかった都市を写したものだ、我らの弱さの象徴 過ちの象徴 後悔の象徴、信心深いリゲルは故郷たるこの街に祈らざるを得なかったのだろうな、だからこそ魔女の懺悔室…というわけだ」
そう語りながら崩れる街を見つめるカノープス様は語る、己の故郷だからこそリゲル様は祈ったという…、しかしリゲル様ってホトオリの娘なんだよな、ホトオリってディオスクロア人だったんだろうか…、魔女は全員ディオスクロア人らしいけど
なんて雑念が混じるのはエリスがこの街に大して思い入れがないからだろうか、出来るなら師匠の口からもこの街の話を聞きたかったな、この街に二人で辿り着いて、師匠が自分の故郷をどう思っていたのかを…そして、この景色を見せてあげたかった
師匠も、この街に祈ったのかな…懺悔をしたのかな、この魔女の懺悔室に
「おーい!、カノープス様ー!回収終わりましたー!」
「すまない!ローデを探すのに手間取った!」
「陛下!直ぐに脱出を!、魔女の懺悔室自体がもう持ちません!」
「んしょ…んしょ、ゲルオグさん!大丈夫ですか!?」
「お前が加えた傷だろうに…、置いていけワシのことなんて」
「それは出来ません!、みんなで脱出しましょう!」
するとみんながそれぞれ自分が倒した神将を背負ったり抱えたりしながら戻ってくる、メルクさんはローデさんをアマルトさんはベンテシキュメさんをメグさんはトリトンさんを、神将達は全員意識を失っているがナリアさんが背負っているゲオルグさんには意識がありそうだ…まぁ立って歩けそうにないけど
ん?、あれ?
「あれ?、ラグナは?」
「あいつはほら、ネレイドを倒したからな…運ぶのに手間取ってるんだろ」
ラグナ…ネレイド倒したんですか、あのネレイドを倒した上でシリウスともやろうとしてたんですか、凄まじいですね相変わらず…
ですが確かにネレイドは物凄く大きいですからね、いくらラグナでも運ぶのに難儀してるのかも…助けに行かないと、と思ったが
「みんなー!、悪い!遅れた…!」
「あ!ラグナ!」
戻ってきた、しかし直ぐに違和感に気がつく…だって
「あれ?、ネレイドは?」
ネレイドの姿がどこにもなかった、ラグナは誰も背負わず戻ってきたのだ、その頬に冷や汗を流しながら…
「それが居なかったんだ、俺が倒して気絶させた地点に向かったんだが誰も居なかったんだ、街中駆けずり回って探してみたが何処にも姿がない」
「えっ!?ネレイド居ないんですか!?」
「ああ…、あいつすげぇタフだったからな、直ぐ目覚めて何処かに移動したのかもしれないが、…悪い このまま手間取ってたら崩落に巻き込まれると思ったから戻ってきた、あいつ自身で抜け出してくれているといいんだがな」
ラグナ的にはもう少し捜索したいが、彼が街中駆けずり回って見つけられなかったというのなら、もうこの魔女の懺悔室に居ないのかもしれない、何せあの図体だ…見落としはないはずだろう
彼女の足で自分で脱出してくれていると良いなと祈るしかない、何せエリス達にはもう時間がないんだから
「そうか、…ならば道を作るぞ、全員で時界門に飛び込めよ…プロキオンの時を止めたままでは我も長く穴を開けてられん」
するとプロキオン様も準備が出来たとばかりに立ち上がり、一瞬名残惜しそうに玉座を見つめるも、直ぐに見切りをつけて目の前に魔力を集中させる、如何にカノープス様とはいえプロキオン様の時を一寸も動かさずに別の魔術を行使するのは厳しいらしい
何せプロキオン様の時が少しでも進めばそのまま死に至るのだ、片手に大量のグラスが乗った盆を持ちながらもう片方の手で筆記をするのと同じようなものだ、カノープス様の力量だからこそ出来る絶技と言える
「では行くぞ、『時界門』!」
さぁ乗り込めとばかりにカノープス様は虚空に大穴を開ける、それに付き従うように神将を抱えた弟子達が次々と入り込み カノープス様もその後に続く、そんな中エリスは…
「ッ…?」
何かを感じて立ち止まる、何か…こう、言い知れない何かを感じてだ、それが何かはわからないが立ち止まり振り向いてしまった、その瞬間にも皆は時界門の中に入ってしまつている、このままじゃ置いていかれるな、早くしないと
「おいエリス!早くしろ!門が閉じるぞ!」
「あ!はーい!今すぐ!」
ジワジワと閉じ始める時界門の中からラグナが顔を出して急ぐように指示をする、このままじゃ直ぐに門が閉じてしまう、それほどカノープス様も負荷を得た状態での魔術行使なのだろう、シリウスと戦えないくらいだからそりゃあ…
なんて、余所事を考えながら踏み出した瞬間のことであった
「ぬあァッッ!!!」
「へ?、ぐぶぁっっ!??」
刹那、横から凄まじい勢いで突き飛ばされエリスの体は宙を舞い、崩れる城の壁に叩きつけられ瓦礫を増やす
な 何が…何があって、エリスの他にもう誰も居ないはず、もう敵はいないはず、そんな盲信にも似た感覚を得ながら目を擦り エリスが立っていたその場所を見やれば
「ふぅー…ふぅー、神敵…エリス!」
「ネレイド!?」
そこにはズタボロのネレイドが息を荒くして立っていた、獣のように肩で息をしながら ガリガリと牙を剥きながらエリスを睨む巨神は、エリスを逃すまいと時界門の前に立っているのだ
「おま…ネレイド!?、なんで!?何処にいたんだよ!?」
「うるさい…っ!」
「おま…!」
ネレイドが拳を振るい時界門の外から顔を出しているラグナの顔面を殴りつけ押し出すと共に、時界門は完全に閉じきってしまう…エリスの出口が、エリスとネレイドの出口が閉ざされてしまった
「貴方、何考えてんですか…この状況が分からないんですか!?」
「ふぅー…分かって…いる、幻惑魔術で姿を隠して…見ていた、ずっと…ここでの出来事を…」
「え!?いつの間に…っていうかだったら分かるでしょ!もう戦いは終わりです!、もう争っても意味はありません!、エリスももう貴方と戦う理由がないんです!」
「私にはある!!、お前をこのまま先に行かせれば我が師の邪魔をしに行くんだろう!、させん…絶対にさせん!!!」
こいつ…あの場で起こった出来事を見ていながらもまだシリウスとリゲル様の味方をするのか…!?
「聞いてたんでしょ!?リゲル様はシリウスに操られていると!」
「聞いてた…知ってる、でも…それが今リゲル様が願い私に命じたことなら、私はそれを遂行するまでだ…!」
思考停止、そんな言葉さえ感じるほどの論理性の無さ、このままじゃ瓦礫に押し潰されて死ぬのは分かってるしリゲル様が操られていることも知っている、ここで暴れたってどうにもならないしこの先は何もない、それらを全て理解した上でその思考を止めて捨ててネレイドはエリスを殺すつもりなのだ…
「特にお前は邪魔なんだろう…、リゲル様とテシュタル様の邪魔になる存在なんだろう、お前さえいなければいいんだろう、なら…ここで死んでくれ!」
「あれがテシュタルでないこともリゲル様が操られてることも理解して尚暴れますか!、何にもなりませんよ!、ここでエリスを倒せても貴方は無駄死にですよ!」
「無駄死にでもいい…あの方の為に生きて死ねるなら、それでいい、あの方に逆らうような真似をするよりも…な」
…なるほど、つまりネレイドはリゲル様に逆らいたくないんだ、いくら操られているといってもリゲル様の言葉で命じられた物に逆らうという発想自体がない人間なんだ
よく分かりますよその感覚、エリスも少し前までそうでしたから、師匠の為に論理性をかなぐり捨てて敵と戦ったこともあります、だからこそ言わせてもらいますよ
「そんな物に…意味なんか無い」
「何?…」
「貴方にそんなことさせる為に貴方の師匠は貴方を助けたんですか?、そんな事をするような人間だと思ってるんですか!!」
「貴様…!」
「上等ですよ、エリスを殺したいなら好きにしなさい!、ですが言っておきますがね…エリスはこんな所で止まるつもりはカケラもないんです、立ちはだかるなら突き飛ばしてでも進みますから!」
そっちがやる気ならこっちもそれに答えるだけだ、ここまで凝り固まった思想を持つ人間相手にどれだけ論理で説いてお話を繰り返しても意味なんか無い
だから拳で教えてあげます、エリスがここで止まるつもりがない事、貴方のやっている事は師の愚弄そのものである事、そしてエリスが貴方を助けるつもりである事を!
「殺す…殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!、師匠の邪魔は誰にもさせない!お母さんは私が守る!、お前達神敵を…全員殺してェッ!」
「来なさい!、時間がないんです!とっととケリつけますよ!」
どの道丁度いいってもんだ、エリスも貴方に借りがあるんです…その借り返してからじゃないと、良くないですもんね
だからリベンジです、エリスと貴方で魔女の弟子と神聖軍の最後のケリをつけましょうや
「ぅがぁぁぁああああああ!!!」
「っ…やりますよ!ネレイド!」
崩れ落ちる魔女の懺悔室の最中、何もかもを理解した上で涙ながらに暴走するネレイドとエリスの最後の決戦の火蓋が幕を開ける
これが、オライオン最後の戦いだ…!