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287.対決 ナリアVS神槍ゲオルグ


「はぁ…はぁ、あ もう来てる…おーい!」


「ん?、アマルト!無事だったか!」


「これで四戦三勝、こちらの勝ち越しでございますね」


ラグナと別れた後アマルトは必死に走り、この氷の街の中心に存在する巨大な蒼い宮殿の城門を目指していた、傷ついた体でやや時間を取られはしたもののいざ門の前について見ると既にそこには神将相手に勝利を収めメグとメルクが座り込み互いにポーションにて体を癒していた


「はぁ…はぁ、それどころじゃねぇ、大変だ さっきの魔女からの連絡自体が罠だった!」


「む、どういうことだ」


「シリウスがうちのお師匠に化けて俺達に連絡よこしてきてたんだ、魔女は今動けねぇ状態にあるらしい、シリウスの目的は多分エリスを始末することだ」


「なんと…!、だとしたらこんなところでこんなことしてる場合ではございません!、早く突入しましょう!」


「そうだな、だが魔女が動けんとは何があったのだ…」


「そこはわかんねぇ、聞く前にあれやこれやあったから…」


そう言えばなんで魔女は動けないんだろう、魔女が動けないなんてよっぽどの理由だと思うが…、それを聞く前にネレイドとラグナの騒ぎに巻き込まれてしまった、んでその後から師匠の念話が途切れたまんまだ


やばいぞ、急に不安になってきた、外で何が起こってんだ


「ともあれ向かいましょう、シリウスの強さは相対したことがあるから分かります、あれは一対一で相手していい存在ではありません!」


帝国で一度シリウスと戦いあっという間に殺されかけたメグはシリウスとエリスが一対一で相対していること自体に恐怖を覚え慌てて氷の門に手をつき内部への道を開く


「しかし、ナリアはどうしたんだ…、一応エリスに着くよう話はしてあったが…」


サトゥルナリアを案ずるようなメルクが口を開く、サトゥルナリアに神将の相手はやや荷が重いと判断した魔女の弟子達はエリスの護衛を頼んだのだが、この状況になってはサトゥルナリアの動きが気になるのだ


すると、開かれた門の向こうに…


「ッ…これは戦闘の跡?」


「誰かここでやりあったのか?、だけど誰が…」


宮殿内部の氷は爛れるように溶けており、誰かがここで戦闘を行っていたようにも見える、だが敵方の戦力である神将は全員外にいた、が…まだいたのか?敵が、だとしたらナリアはそれの相手を?


「……如何しますか、ナリア様を探しますか?それとも」


「今はとにかく前に進もう」


「けどメルク、ナリアが戦ってるんだとしたら、助けに行かなくていいのか?」


「彼を信じよう…、今言えるのはそれだけだ」


メルクは知っている、サトゥルナリアの負い目を…、彼がこの旅の最中見せていた申し訳なさそうな顔と相対した相手を倒せたと喜ぶ彼の顔を、…きっとここで助けに入ればナリアの無事は保証されるだろうが、彼の心に永遠の傷を生む可能性がある


彼だって覚悟を決めてここに来ているんだ、ならその覚悟を信じるだけだ


「だが…ナリア、無事でいてくれよ」


今はエリスの元に向かうのが先だ、出来れば間に合って欲しいが…どうなるか


…………………………………………………………………………


「『ベンタロンランサー』!」


「わたたっ!」


放たれた風はグルリと螺旋を描き、瞬く間に槍の形を形成すると共に滑空して向かってくる、食らえば体がズタズタに引き裂かれるであろうそれから身を捩りながら近くの氷の柱の向こうに逃げ込み回避する事で難を逃れる


「いつまでそうやって逃げているつもりだ神敵よ!」


「勝つまでです!」


ヒョイと柱から顔を覗かせ周囲の状況を確認するのは閃光の魔女プロキオンの弟子であるサトゥルナリア・ルシエンテスだ


神将達を抜けこの氷の宮殿に侵入することが出来たエリスとナリアの二人の真前に立ち塞がった最後の敵 ゲルオグ・ワルプルギスを引き受ける形で勝負を挑んだサトゥルナリアだったが…、この戦況は非常に芳しくない


あれから十数分と経っているが未だ有効打を見出せず、ナリアは彼のいう通り今の今までずっと逃げ回っている状態にある、それもこれも全部ゲオルグという人物の熟練の技と圧倒的実力故だ


ゲオルグという男は腰を曲げ杖を突きヨタヨタと歩く吹けば飛びそうな枯れ木老人の見た目とは裏腹に、膨大な魔力とそれを操る技術 そして数多くの魔術を知り得る一級の魔術師なのだ


何せ彼は世界でも七人しか選ばれないと言われる七魔賢の一人、魔術界の頂点と呼ばれる識者の一人なんだ、エトワールには七魔賢入りしている人間がいないからイマイチピンとこないが


それでも あの帝国にいた老齢の大魔術師 ヴォルフガングさんと同じ称号を持っていると思えばその凄さくらいは分かる


(あんなお爺ちゃんになっても強いなんて、凄い人なんだなぁ…)


正直言うと尊敬の念すら覚えてしまう、それ程までにゲオルグという人間は魔術師として完成されている、ナリアだって昨日今日魔術陣を会得したわけじゃないが それでもどうしてもゲオルグと比べるとまだまだひよっこだ


そんなひよっこの僕が…、果たしてゲオルグさんを相手に勝てるのだろうか、そんな事を考えながらずっと逃げ回っていた


(戦略的に見るなら、僕がここでゲオルグさんに勝つ必要はない、エリスさんがコーチやアルクトゥルス様の援護を受けてシリウスを撃破するまで僕があの人をここに押し止めればそれでいい)


サトゥルナリアは別にこの戦いを勝つ必要はない、飽くまで戦略上ゲオルグをここに押し留めておけばそれでいいのだ、しかし…と彼を懸念させる材料が一つある、それは


(静か過ぎる、エリスさんが祈りの間に入ってもう十数分経つのに戦闘音が一切聞こえてこない、魔女様二人がここに飛んでくるだけでも何かしらの影響が出そうなものなのに…それもない、どういう事だろう)


何もないのだ、祈りの間から聞こえてくる音も魔女が顕現する気配も何も、これはどう考えてもおかしい…、何か僕達の想定していない事が起こっている可能性がある


だとすると、ここで時間を浪費している場合じゃないのはゲオルグさんだけでなく僕にも当てはまる事になる、出来るならゲオルグさんをなんとか倒してエリスさんの所に向かいたい物だけど…


「ふむ、外が静かになったのう…表にいるお前の仲間もどうやら我等が神将に討ち果たされたようじゃのう」


「そんな事ない!ラグナさん達は負けない!」


「ハッ、馬鹿馬鹿しい…彼奴らがいくら神将として半人前とはいえ、あれでも神将だ!神将がそう易々と崩されてたまるものか!」


外からの戦闘音も止んだ、きっともうみんなも決着をつけたんだろう、魔女の弟子側が勝ったか神将側が勝ったか、どちらにしても戦況が動いているのは確かだ


そろそろ、勝ちにいかないとまずいかな


「僕達魔女の弟子は負けない!、神将にも!貴方にも!」


そう叫びながらペンを構えて柱の外に躍り出る、そうだ…僕だって魔女の弟子!閃光の魔女プロキオン様の弟子なんだ!、師の名にかけて負けるわけにはいかない!


「ぐはは!、勇ましいな!だがそれは無謀というものだ、儂に敵うわけがないだろう!」


「敵うはずがないかは…、もっと色々見てからの方がいいですよ」


ペンを突き立てるサトゥルナリアと杖で大地を突くゲルオグの両名が氷の回廊のど真ん中で向かい合う、左右に屹立する柱だけが延々と続く広大な廊下…それが僕達の戦場だ


(勝つ…勝たなきゃ…)


ゴクリと一つ固唾を呑むサトゥルナリアは恐れない、これが少し前のサトゥルナリアなら逃げるばかりだっただろう、だが…彼は一度経験してしまった 勝利を


邪教執行副官ジョーダンを相手に勝利を収めてしまった、つまり僕は戦って勝てるだけの力をコーチから授けられていた事を意味する、もう弱さは言い訳に出来ないもう弱さを盾に逃げることは出来ない


誰のせいにも出来ない何かのせいにも出来ない、コーチから力を授けられていると示した以上、もう負けられないんだ


……………………………………………………


氷の回廊の最中にて杖をつくゲオルグは目の前でペンを構えるサトゥルナリアと向かい合う、小癪にもあ少年は儂を相手に戦うつもりらしい


「ハッ…何を言うやら」


勇ましく吠えるサトゥルナリアを見てゲオルグは笑う…嘲笑う、それはサトゥルナリアという人間を侮っているからではない、正当な評価なのだ


(魔力の量はあまり侮れたものではないが、魔力操作も制御力も半端極まりない、経験も浅く感情に乗せられやすい、見ているだけで不安になる程青い少年だ)


ゲオルグは垂れ下がった肉を押し上げ瞳を開き、サトゥルナリアを見つめ分析する、どこからどう見ても未熟と言う評価が転げ出てくる程にサトゥルナリアという人物は半端だ


これでもゲオルグは枢機卿として机仕事を専門とする前、つまり若き頃は神聖軍に所属していた根っからの武人である、魔術師として杖片手に戦場に出たこともある、戦闘経験では当代の神将にも勝ると自負している


そんなベテランのゲオルグから見ればサトゥルナリアの評価は『新兵以下の半分素人』だ、駆け引きも下手で覚悟を決めてもやや及び腰、こんなのが儂の相手かと思うと悲しくなる程だ


…が、それでもゲオルグがこうしてサトゥルナリアを無視せず相手をしているのは、偏に彼が魔女の弟子だからだ、未熟で半端な素人だと言うのに使う魔術の威力だけは一人前だ、こう言うのは放置するといざという時障害になる


潰しておくに越したことはない


「僕だって…やれんんだ!、やぁぁぁぁぁ!!」


ペンを片手に走り出しこちらに向かってくるサトゥルナリアの突撃を見て、思わず吹き出しそうになる、なんと情けない姿だ…今の神聖軍はこんな物を始末することさえ出来なかったのか?、呆れて物も言えん


「気合いで勝てるなら、儂はこんなところにおらんわ…、『シャイニングアローレイン』」


トンと一つ杖で床を叩きながら詠唱を奏でるだけで魔力は光へと変質し無数の煌めきとなって杉の葉の如く鋭さを無数に示す、それは光の矢の雨…実体を持たないはずの光が熱の針と化しその穂先の全てをナリアに向ける


「串刺しである、精々諦めよ」


「ッ…!」


ゲオルグの周囲に漂う光の矢の雨、それを見てサトゥルナリアもようやく気がつくだろう、お前が挑んでいる相手は お前が向かってきていい存在ではないと、お前が踏み入れている世界は お前が立ち入っていい世界ではないと


向けられる大魔術を恐れ足を止めるサトゥルナリアを見て、ゲルオグは浅くため息を吐く…、立ち止まるなら最初から向かってくるな、最早逃げ場などない


とっととくたばり、失せ果てよ…放たれる光の矢がサトゥルナリアに向かった時点で、勝利を確信したゲオルグは静かに目を閉じ


「『暗水陣・闇罔象』!」


「ぬっ!?」


膨れ上がるサトゥルナリアの魔力に咄嗟に目を見開く、するとどうだ…ゲオルグが予見した光の矢に串刺しにされるサトゥルナリアの姿は無く


代わりに虚空に描いた魔術陣にて悉く矢の雨を防いでいる勇ましき魔術師の姿が見えるではないか


「なっ…なんだと!?」


サトゥルナリアが描いた魔術陣はゲオルグの知識にもない未知の陣形であった、虚空に書かれた奇怪な魔術陣からはまるで闇のように暗い水がドロドロと溢れ、意志を持って虚空を薙ぎ払い矢の雨を消し去っているではないか


まただ、また見たことのない魔術陣を使った…、さっきは魔術を跳ね返す魔術陣、今度は闇を液状化させた物質を操る魔術陣、どちらもゲオルグが半世紀かけて完成させた脳内魔術辞典に存在しない魔術だ


そもそも魔術陣をその場で書き上げて戦うスタイルなんてのも見たことがない、なるほど未熟でもやはり魔女の弟子ということか


「足掻きおって、苦しみが長引くだけだというのに!」


「関係ないですよ!、『煌炎陣・軻遇突智』!」


サトゥルナリアがペンを引く、スラリと伸びる線が作り出すのはこれまた奇怪な文様、それが奴の周囲に生み出されると同時に発生するのは真っ赤な業火だ、しかもより奇怪な事に燃ゆる炎は氷を溶かさず ただただ熱波だけを儂に飛ばしてくるのだ


「くっ、生意気な小僧め…『アラウンドゼログラビティ』!」


コンと杖で床を叩けば足元を支える氷のパネルの一つが浮かび上がり儂の体を浮かび上がらせ後方に飛ばす、無重力を利用した高速回避にて迫る炎を遠ざけると共に再び杖を槍のように振り回し


「『ボルテージキャバルリィ』!」


放つ双雷の一閃、左右に生まれた雷球から発生する電撃の槍が今なお走り続けるサトゥルナリアに一直線に飛来する…


「『岩天陣・大山罪』!」


一瞬にして書き上げられる虚空の陣、それは山のように鋭い大岩をサトゥルナリアの目の前に展開してゲオルグの雷光を巧みに防ぐ、こちらの魔術を見てから書き上げたというのに防御を間に合わせるとは…小癪な!


「ぬぅん!、『スノーストームアブリテレイション』!」


「『剣天陣・稜威雄走』!」


杖を振り回しゲオルグが生み出したのは巨大な氷塊だ、圧倒的な質量は炎の熱さえ寄せ付けない、されどゲオルグが詠唱を終えると同時にサトゥルナリアも魔術陣を書き上げていた


生まれるのは巨大な魔力剣、黄金に輝く巨剣が虚空を飛び生み出されたばかりの氷塊を切り裂き道を作り出したのだ


「詠唱と同速度で魔術陣を書き上げるだと!?」


「まだまだぁぁぁ!!」


作り出した剣の上を走り迫るサトゥルナリアの気迫に思わず気圧される、こいつ…何故今まで逃げ回っていたのだ!?、相手の魔術を先読みして動ける読み合いの目と儂の魔術を相殺して見せるだけの威力の魔術を持ちながら何故今の今まで


来る、こっちに!


「この…『ボウルダーキャノン』!」


「『鳴音陣・㯮椒』!」


「『ストリームスクリーム』!」


「『麗剣陣・八坂刀賣』!」


「『ボルケイノジャベリン』!」


「『穿火陣・火遠理』!」


「ぐぬぅぅぅ!!!」


防がれる防がれる、儂が魔術を放てばサトゥルナリアはそれと同じ速度で陣形を書き上げる、凄まじい突進力だ 恐ろしい突破力だ、何をしても止まりもしない…一つ防ぐ毎にサトゥルナリアとゲオルグの距離が一つ また一つと縮まっていく


こいつ儂を捕まえる気か!させん…させんぞ!


「ぐぅ!、寄るな!『フレイムタービュランス』!」


「『水影陣・瀬織津姫』!」


ぶつかり合う炎の台風と荒れ狂う瀑布、ゲオルグの魔術がサトゥルナリアのペンにより防がれ辺りに水蒸気の幕が降りる


速い…魔術陣を書き上げる速度があまりに速い、こいつ 儂を相手に力を隠していたというのか!


(思いの外レジストが上手い…!、油断しておったか!)


「ぅぉぉおおおおおおお!!!」


「ぬぐっ!?」


己の油断を悟り 一瞬生まれる空白の時間、だがそれはこの瞬間に至っては作ってはいけない空白だった、既にサトゥルナリアは水蒸気を突き破りこちらに向けて飛翔している


追いつかれた?儂が?、そんなバカな…昔ならこの無重力移動法で敵など寄せ付けなかったのに


(まさか、相手が速いのではなく…儂が遅くなっているというのか)


ここに来て朧気に理解するのは己の老い、思えば戦場に立つのなどいつ以来か、この魔術を使うのはいつ以来か、まさか知らぬ間にここまで老いていたか…!?


これが、カルステンを苦しめた時の衰退…


「くっ…!」


目を剥きながらペンを強く握りしめるサトゥルナリアを前に考える、どうすればいいかを


魔術を放つか?、だとしてもまた防がれる可能性が高い、そして防がれれば今度こそサトゥルナリアの接近を許す事になる、魔術陣で最も怖いのはこの身に陣形を刻まれる事、あの莫大な威力を持つ魔術陣をこの体に刻まれれば避けようがない


だが…だとしたら、どうすれば…!、何を使えば奴の魔術陣を防げる、奴はどうやって儂の魔術を防ぐつもりで…


まさか、まさか負けるのか?儂が、こんな未熟な若者に、そんな…そんなバカな!


あってはならない事だ、それは…それは、だって儂は…!!!


『ゲオルグ、お前は腕はいいのに…なんというか勿体ない奴だな』


「ッ……!?」


数十年ぶりの危機を前に老いさらばえたゲオルグの脳裏に浮かぶのは必勝の策でも長年培った経験でも無い、それは走馬灯のような想起であった


声が聞こえた、瞳の奥に情景さえ浮かぶ、儂を見下ろし 顎を撫でながら生意気な事を吐かす男の姿と声…


これは、…カルステンの声だ、かつて共に神聖軍の一員として戦い、このワシがなによりも忌み嫌った男の声…!


今から五十年以上も前だ、まだ…儂が一人の魔術師として神将を目指していた頃ライバルだった男は儂に向かってそう言ったんだ


『お前は俺と違って頭もいいし作戦だってよく考えられる男なのに、こう…いざって時になると自分を忘れる悪癖があるよな、それ 直したらどうだ?』


まるで儂以上に儂のことを理解しているとばかりにカルステンは笑いそう言ったんだ、その時は馬鹿のお前に言われたく無いとギャーギャー喚き立てた気もするが…


老齢の域に至り、なんとなくだがカルステンの言葉が理解出来たようにも感じられる


儂はカルステンの事が嫌いだ、聖王に命じられた教皇の威厳失墜の計画をご破算にした彼奴は儂にとって終生の敵である、だが同時にあの男は強かった…少なくとも儂よりも強かった


そんな男が、間違ったことを言うだろうか…、いや 言うまい、何より儂と何度も何度も戦ったあの男が儂に向かって言ったのだ、それが誤りであるはずがない


となると


(ふんっ、この儂に冷静になれと言いたいのかカルステン、お前に言われずとも…儂は冷静だ)


冴え渡る瞳でもう一度サトゥルナリアを見れば、今度は分からなくなる


何に焦っていたのか、この程度の相手 この程度の窮地に何を焦っていたのか、長年前線を離れていたから忘れていたか?、このくらいの窮地…若い頃は毎日のように味わってきたし、それを潜り抜けて ゲオルグは枢機卿の地位にいるのだ


「フンッ!」


「え!?動きが変わっ…げふっ!?」


咄嗟にゲオルグは飛び上がり杖で叩くのは自らが浮かべた浮かび上がる氷床だ、それをアイスホッケーの如く空中で跳ね飛ばしサトゥルナリアに向けて飛ばす、それは流石に反応が出来なかったのかサトゥルナリアの腹に突き当たった氷床はその軽い体を空中へとは飛ばす


「くっ、あとちょっとだったのに!」


「そうだな、あと少しだった…あと少し早ければお前は儂を仕留められていたやもしれぬ、が…ここからはそのチャンスさえ与えん、貴様は儂に思い出させてしまった 戦場の空気をな」


杖をつき華麗に着地を決めるゲオルグと氷床に地面に叩きつけられるサトゥルナリアの二人の姿は、まるでこの戦いの趨勢を表すかのようだ


明確にゲオルグの纏う空気が変わったことにサトゥルナリアは慄く、自らの捨て身の突進を前にゲオルグの目が一段と鋭くなったのだ…顔には出さないがその心には恐れさえ生まれている


「行くぞ…、七魔賢でも枢機卿でもない、テシュタル神聖軍 神将補佐官『神槍』のゲルオグとしてお前を軽く捻ってやろう」


ゲオルグは思い出した、自らが昔どうやって戦っていたかを、ゲオルグは七魔賢に上り詰める程に天才的な魔力センスを持ち合わせ今現在数百を超える魔術を会得している大魔術師である


しかし、違うのだ…


彼がかつての神聖軍にて、神将トリトンに次ぐ男として名を馳せたのは、その魔力センスのおかげでもなく無尽蔵の魔術知識のお陰でもない


ただ一つ、唯一無二の絶対なる奥義があったからだ


「『ホーリーシャイン』」


「ッ…?」


ゲオルグは大きく杖をぐるりと回し目の前に淡く輝く光の球を生み出す、それが攻撃かとサトゥルナリアはペンを構えるが…来ない、光の球体はノロノロと動くばかりでほぼ静止しているも同然の速度で動かないのだ


一体何をするつもりかと疑問を抱くサトゥルナリアを放って、ゲオルグは再び動き出す


「『セイクリッドムーンライト』」


もう一つ生み出した、光の球と同座標に別の色の魔力球を、だが相変わらず変化はない、まるで役に立たなさそうな光を帯びた魔力球を目の前に形成するゲオルグに、サトゥルナリアは思わず思ってしまう


(来ないなら、このまま攻め込んでしまおうか)


その思考は間違いではなかったろう、このまま攻め込んでいればこの先の展開は違っただろう


だが、サトゥルナリアはその慎重な性根から逃してしまった、恐らくこの戦いで唯一…ゲオルグを倒すチャンスを


それは即座に変わる、ゲオルグがもう一度動き出した瞬間


「『レトリヴューショントワイライト』!」


「えっ!?」


ゲオルグが新たに紅の魔力球を生み出し既存の魔力球に混ぜ込んだ瞬間の事だ、全てが変化した…、ノロノロと動いていた魔力球が突如鋭く尖り 光の槍となると共に一気に急加速を行ったのだ


尋常ではない速度、エリスさんの旋風圏跳さえ上回る光速に近い速度でサトゥルナリアに向けて飛んできたのだ、もし彼がゲオルグの動きを警戒してなんとなくの思いつきで体を傾けてなければサトゥルナリアの体に巨大な風穴が空いていただろう


「な…なにこれ!?」


「甘いわ、それで避けたつもりか!」


「ッ!?」


振り向くサトゥルナリアの元に過ぎ去ったはずの光の矢が戻ってきたのだ、余波で周囲の柱と壁を粉砕しながらサトゥルナリアの足元に、それは着弾すると共に一気に熱を放ち何もかもを吹き飛ばす爆裂を生み出す


「ぅぐぁぁぁあああああ!!!??」


まるで爆撃の如き炸裂を浴びて紙のように吹き飛ばされるサトゥルナリアは見る、ゴロゴロと転がりながら見る、普通魔術は一発限りの使い切り…だというのに、この激烈な威力を持った爆発を生み出した原因たる光の槍…それが


(き 消えてない!?)


地面に突き刺さったままジュクジュクと氷の床を溶かしている光の槍の姿が見える、消えてないんだ…使った後も魔術が、消えていないばかりか再び浮かび上がりサトゥルナリアに穂先を向け


「う…『暗水陣・闇罔象』!」


生み出すのは闇を操る魔術陣、光に対する防御手段として学んだその魔術を目の前に展開し光の槍を防ごうと足掻く…が


「無駄じゃ」


一瞬の音と共にサトゥルナリアの背後にて止まる光の槍、穴が開くのはサトゥルナリアが生み出した闇の水と魔術陣…目にも留まらぬ速度で全てを焼き払ったのだ、闇さえも切り裂く光は防ぐ術すら見出させず全てを破壊し、当のサトゥルナリアの肩に抉るような傷を残し攻撃行動を一旦止める


「な…がっ!?」


「これが儂の魔術の極意…『スティグマータ・グングニル』、神槍の名の由来、理解してもらえたかな?クソ坊主」


肩口から血を吹き出し倒れるサトゥルナリアに降り注ぐゲオルグの言葉、…この槍の名を『スティグマータ・グングニル』、ゲオルグが編み出した究極の魔術である


と言っても『スティグマータ・グングニル』という名の魔術が存在するわけではない、これは『ホーリーシャイン』『セイクリッドムーンライト』『レトリヴューショントワイライト』という三つの光魔術を重ね合わせて生み出す合体魔術である


そう…一個人で扱うのは不能と言われる合体魔術、それをゲオルグは研究を重ね魔術をその場に停滞させ同一座標に魔術を立て続けに出現させることにより擬似的に合体魔術を再現する技術『連奏魔術』の使い手にしてその第一人者となったのだ


相手を追撃しどこまでも追いかける『ホーリーシャイン』


圧倒的加速で相手を貫く『セイクリッドムーンライト』


超高温の熱波を放つ『レトリヴューショントワイライト』


この三つを合わせることにより生まれる合体大魔術『スティグマータ・グングニル』は圧倒的加速でどこまでも相手を追撃し熱波を放つ性質を持ち相手を完膚なきまでに叩きのめすのだ、おまけに互いに互いの魔術が干渉し合うことで一度で消えるはずの所を永続的に形を保つことにも成功している…


全てはゲオルグの圧倒的な魔力制御能力と自己研鑽の賜物、それは相手を貫くまでどこまでも追いかける最高の槍…『神槍』である


「さぁ、これで串刺しにしてくれよう!」


「くっ!」


グルリとゲオルグの周りを渦巻くように回る一条の光芒にサトゥルナリアは思わず慄く、ゲオルグの魔術を相殺するだけの魔術を彼は持っている、だがこの槍だけは別だ…サトゥルナリアの手持ちの手札ではどうやっても相殺どころか防ぐことさえ叶わない


一気に形成がゲオルグに傾いた、いや 本来はこうあるべきだったのだ、かつて神将に次ぐとまで言われ当代の神将と並ぶ程の実力を持つゲオルグとサトゥルナリアの関係は


……………………………………………………………………


「さぁ行け神槍よ!、汝の敵対者を穿ち殺せ!」


「ッ!、『衝波陣』!」


襲い来る絶望の光『スティグマータ・グングニル』、一度放たれれば何度でも相手へと襲いかかるオライオン最強の魔術を前にサトゥルナリアが取ったのは逃亡だ、ヒラリと懐から出した一枚の紙、その上に片足を乗せ衝撃波を放つと共に氷の上を加速し進む


あの魔術は危険だ、魔術陣も貫いて飛んでくるあれの対処法を考えなければならない…その為にも今は少しでも時間がいると氷の上を滑走し柱の裏に隠れる、だが


「そんなもので防げるか!」


「あわわっ!?」


飛んできた光の槍、それが近づいただけで柱は融解し始め赤熱すると共に爆裂する、スティグマータ・グングニルはただの追尾魔術じゃない、あれは高速で飛びながら更に熱波を飛ばしてくるんだ、時に熱波を纏い時に熱波を振りまきながら跳ぶあの光の柱を防げる物体は…今この空間にはないのだ


「っつつー!」


吹き飛ばされる体を地面で入れ替え、転がると共に走り出す…、だがナリアの足と光 どちらが速いか問うまでもない


「はっ!、無様に背中を見せるか!、そんなノロマな動きで逃げられると思うか!」


もう一度スティグマータ・グングニルがナリアの方を向く、小さな背中を必死に振って逃げるサトゥルナリア目掛け 光が飛ぶ、最早逃げ場なし…その状況下で放たれる絶命の一撃を背にしたサトゥルナリアは


「ッッーーー!!!」


「むっ!?」


振り向いた、光の槍が放たれるというその瞬間振り向き…ペンを強く握る、魔術陣を書き上げるつもりだ


だが、何を書く…今更何をする、どんな魔術でも防げないのは先程証明した通り、それともまだ何か隠し玉が…、そこまで考えゲオルグは目を見開く


あったからだ、サトゥルナリアには この状況をひっくり返せる魔術陣が


「『反魔鏡面陣』ッ!」


飛んでくる光の槍に向けて書き上げるのは魔術を反射する魔術、受け止めた魔術を己の物にして相手に返す一発逆転の魔術、この前には如何なる魔術も意味を成さない…これがある限りどんな強力な魔術もサトゥルナリアの武器になり得る


そして、スティグマータ・グングニルはまさしくゲオルグの最高の一撃、反射するにはもってこいだ


誘っていたのだ、逃げるフリをしてゲオルグに直線的な軌道で飛ばしてくるよう誘っていたのだ、そしてゲオルグはまんまとその誘いに乗り 光の槍を放ってしまった


「来い!貴方の最強の一撃!僕のものにさせてもらいます!」


音を立てて空気を切り裂きサトゥルナリアに、反魔鏡面陣に向かっていくスティグマータ・グングニル…、光が鏡に当たれば跳ね返るは道理、その道理がサトゥルナリアの切り札によって今目の前で再現され……





「そう言えばお前にはそれがあったな…サトゥルナリア」


「っ…」


されなかった、光の槍は反魔鏡面陣によって跳ね返ることはなかった、何故か?


止まっていたからだ、反魔鏡面陣の目の前で…ピタリと光の槍は動きを止めていた


「なっ…あ…!」


「お前にその手がある限り、儂の如何なる魔術も反射の危険性を伴う…厄介な魔術だが、失敗だったな?それを…最初に見せていたのは」


そう、サトゥルナリアはこの魔術をゲオルグに見せていた、エリスを先に向かわせるためにこの切り札を最初に切っていた、そこでサトゥルナリアは一度しか切れない切り札を無駄に見せてしまっていたのだ


彼の師プロキオンも言っていた、これは強力無比である代わりに一回限りのジョーカーであると、一度でも見せて相手にこの魔術の存在が割れていれば確実に相手はその対策をした上で攻撃を仕掛けてくる


そうなればこの切り札は機能しなくなる、切り札を失った者はどれだけ強くとも負ける…と


プロキオンの言う通りだったのだ、もうサトゥルナリアの切り札は機能しない、ゲオルグがそれを見抜いている限り使えない…、そしてそれはそのまま


サトゥルナリアの敗北を意味する


「無駄だ無駄だ!、二度も同じ手を喰らう儂と思うな!変化せよ神槍!『ジャッジメントレイ』!」


ゲオルグの命令に従い反魔鏡面陣の前で静止する光の槍が変形する、まるで毛が逆立つように小さな光の針に分裂すると共に反魔鏡面陣を避けるように無数に分裂した小型の光矢が群れとなってサトゥルナリアに降り注ぐ


「ぐっ!?ぁがぁぁぁぁぁあああ!!?!?」


スティグマータ・グングニルはゲオルグの意のままに動く、ならば反魔鏡面陣の前で止めることも訳はなく、分裂させ数千の刃雨に変えた上でその全てを操りサトゥルナリアをズタズタに引き裂くことくらい造作もないのだ


ゲオルグが反魔鏡面陣を見透かしている以上 光の槍が反魔鏡面陣に当たることはない、サトゥルナリアはもう打つ手がないのだ


「ぐっ、うぅぅう!!『水影陣・瀬織津姫』『麗剣陣・八坂刀賣』!」


腐肉に集る蝿のように襲い来る光刃に全身を切り裂かれながらサトゥルナリアは必死に魔術陣を書いてなんとかしようと足掻く、時に水を噴き出させ 時に魔力の刀を無数に生み出し、なんとかしようと…なんとかしようと暴れまわる


だが、小さくなってもこれはスティグマータ・グングニルなのだ、サトゥルナリアが今描ける魔術陣では太刀打ちが出来ない、生み出したそばから魔術は切り裂かれ虚空の魔術陣も切り裂かれ サトゥルナリアの体に傷が生まれる


「ぁが…ぐっ!…げふっ…!『穿火陣・火遠理』『岩天陣・大山罪』!」


「無駄…無駄無駄、分からぬか?力の差が」


全身に傷を作り、それでも腕だけを動かし魔術を生み出すも意味がない、魔術とは威力が拮抗していなければ防御手段になり得ない、魔術とは意図を持って発動しなければ逆転の芽を作らない


ただ闇雲に魔術を発動させるだけではなんの成果も生み出さない、それを理解していない程にサトゥルナリアは未熟なのだ、ここに立つべきでなかったほどに


「ぜぇ…ぐっ…ぎぃっ!、ぁぁああああ!!『烈撃陣・天羽雷』!『乱樹陣・句句廼馳』!」


「無駄と言っておろうが!」


刹那、サトゥルナリアの生み出した魔術を細切れにした光がそのままサトゥルナリアの体を貫き、穴の空いた袋のように体から血が溢れ出る、致命には至らずとも彼の動きを止めるには十分だった、押せば倒れる そこまでやってきた敗北と死にサトゥルナリアの顔が青ざめる


トドメだ、そう悟ったゲオルグは口を開き…


「道は作ったぞ!後はお前が決めろ!カルステ…ッ!」


はたと口に手を当てる、いつもの癖で最後の一撃をカルステンに譲ってしまった、もう儂はカルステンと戦っていないにも関わらず、ここにカルステンが居ないにも関わらず、あの憎々しい男の名を…!


ええい!それもこれもアイツがずっと儂にまとわりついて来ていたから!


「っ…なんだか、よく分からないけど!」


「なっ!しまった!」


逃げられた、ゲオルグの動揺に呼応し動かなくなった光の刃の雨の隙間を縫って走り出すサトゥルナリアは決死の勢いで、足を引きずって逃げ出す…無駄と知りながら、諦められないから逃げ出すのだ


「ふんっ、…バカなことを…、ここに逃げ場はない お前に打つ手はない、分かっているだろう!」


「くっ!、この 『反魔鏡面陣』!」


引き続きサトゥルナリアを追う光の槍の雨、それを前に逃げ回りながら反魔鏡面陣を放つが…効かないに決まっている、光の槍の雨は魔術陣を見事に避けてサトゥルナリアの体を貫き通す


「がっ!?こ…の!『煌炎陣・軻遇突智』!!」


書き出された魔術陣から溢れる、先程使った氷を溶かさぬ異様な炎、熱だけ伝えるそれはこの氷室の中を満たしサトゥルナリアの姿を隠す、なるほど煙幕代わりに使ったか、しかし…


「もういい加減にせよ、…これ以上の足掻きは徒労という物、疲れるだけだ」


貫く…炎の向こうにあるサトゥルナリアを、いくら煙幕を張っても本人が機敏に動けないのでは意味がない、そんなことさえわからないのか?


だとしたらもうこれ以上続ける必要はないとゲオルグが炎越しに狙ったのは…サトゥルナリアの右腕、利き手…つまり


「ぁっ!?ぺ…ペンが!」


光線の衝撃に飛ばされてゴロゴロと大地を転がるサトゥルナリアの手から零れ落ちるようにペンが落ちる、サトゥルナリアの強さの根源はあのペンだ、あれがあるから虚空に魔術陣を描けるのだ


つまり、それがなけれはサトゥルナリアは魔術陣を使えない…、もう何も出来ない、詰みである


「このペンはお前にとっての詠唱だろう?、声帯を奪われた魔術師も同然だな」


「あぐっ!?」


転がった末にサトゥルナリアは氷の壁にぶつかり、ようやく止まる…、血だらけの体を壁につけれそれだけで青い輝きが汚され真っ赤に染まる、それだけ今のサトゥルナリアは満身創痍…生きているのが不思議なくらいだ


「さて、これでお前はもう何も出来なくなったわけだが?」


転がったペンを拾い上げ、壁に力なくもたれ座り込むサトゥルナリアを見下ろす、体は傷つきペンを奪われ 全身血みどろで立ち上がる気力もない、勝負ありだ…


最早魔術陣を書き出すことも出来ない、反射も炎も水も風も…何も生み出せない、抵抗の術がないサトゥルナリアに再びスティグマータ・グングニルを一本の巨大な光の走りに戻し、その穂先を向ける


「何か言い残すことはないか?」


「ぁ…あぁ…あ…」


やめろやめろと首を振るサトゥルナリアの顔には恐怖しかない、ようやく気がついたか?お前の過ちに…


「確かに、お前の仲間は強かろう…でなければ誇りある神聖軍の追撃を逃れようもない、故に勘違いしたか?強い仲間と共にいれば自分も強くなったと?、未熟者にはよくある勘違いだ…、側にいる人間が強いと自分も強く感じてしまう…故に無茶をする」


こいつは自分の強さを見誤った、故に先程あれほどの攻勢に出たのだ、後先考えず魔術を無駄撃ちしたのだ、あれは必勝の手があったわけではない…此奴の仲間と同じように此奴も戦えると勘違いしての物だろう


計画性も何もない、力任せに戦って勝てるのは一部の強者だけ 弱い者は弱い者なりに考えねば勝負には勝てない、そこを理解していなかったが故の敗北だ


「お前は強くはない、それを理解するには遅すぎたなって」


「ご…ごめんなさい、ごめんなさい…」


情けない、涙を流し赦しまで乞うか?、泣きながら血を拭って命乞いをするサトゥルナリアに呆れ果てて物も言えない、ここまで未熟とは


「やめよ、みっともない」


「で でも、テシュタル教は…相手を許す教義があるはずですよね、なら ぼ…僕だって」


「やめよと言っている!、我が教義を都合のいい言い訳に使うでないわ!」


「ひぅ、神様お願いしますお願いします、助けてくださいぃ…」


こいつ…!、今まで神敵として我等に敵対しておきながら最後の最後には神に助命を願うだとぉ!!、どこまで都合がいいのだ!どこまで神を愚弄するか!どこまで我等の信仰を小馬鹿にするのか!


「貴様…神の名を口にするな、神の威光が汚れる…!」


「助けてください死にたくないんです、ごめんなさいごめんなさい!」


「もう良い、…神を汚し我等の信仰を汚した貴様に許しなど与えられん、我が最高の一撃を以ってしてトドメを刺してくれる…!」


「ひぃぃぃぃい!!」


この神を舐め腐った小僧に神の鉄槌を与える、そうゲオルグは決意し自らのスティグマータ・グングニルに更なる魔力を込める、この馬鹿にはただの閃光など生温い…最強の一撃を以ってしてあの世に送るしかあるまい!


テシュタル教にとって最も重要視されている武器とは何か?、それは槍である、教会の只中にあるテシュタル神像もその手に二振りの槍を持つように、槍とは即ち星神王テシュタルを現す神器なのだ


そしてゲオルグが預かる神槍とは即ち神の一撃を意味する、何もかもを貫き敵を滅する神の槍、その真意を今発揮する


「『燃えよ神槍!『ディバインコンシンクレイト』!」


燃える…神槍が今炎の化身となる、圧倒的熱を抑えきれず空気が発火しメラメラと燃え上がる、これを受ければ如何なる不浄も焼き払われ骨すら残さずあの世に逝く事となろう、激痛を伴ってな


「な…なんて魔力…」


「さぁ後悔せよ!懺悔せよ!、何をしようとももう遅いのだ!」


サトゥルナリアにはもう逃げる余裕もない、反魔鏡面陣を書き上げる筆も今やゲオルグの手の中、血みどろの少年に出来る事など最早ありはしない!


これで決着である!、このゲオルグに挑んだことをあの世で後悔せよ!、そう叫びながらゲオルグがゆっくりと手を前へ翳し、炎の槍を差し向ける…


これはゲオルグにとっての最強の一撃である、あるいはこれ以上の威力の現代魔術なんて、それこそ数えるほどしかないかもしれない、それほどの一撃だ


対するサトゥルナリアは足を挫かれ血と共に体力を失い、唯一の武器であるペンを奪われている、完全に打つ手はない それはゲオルグも理解している、だからこその一撃だ


絶体絶命、そんな言葉さえ生温いこの状況の中で…一つ言うことがあるとするなら







…繰り返そう、これはゲオルグにとっての『最強の一撃である』



「…来た!」


サトゥルナリアの顔が変わる、誰にも分からないほど僅かではあるが微かに変わる、あれほど泣いていたにも関わらず、あれほど恐怖に震えていたにも関わらず、武器も逃げ場も奪われているにも関わらず…サトゥルナリアは勇気を振り絞るように口を閉じる


或いは気がつけただろう、相手が演劇に通じる者ならば…サトゥルナリアが流した涙が 『嘘泣き」であったことを


「ッッーーー行けぇぇっっっ!!!」


「なっ!?」


ギリギリまで引きつけた、サトゥルナリアはギリギリまで引きつけて 思い切り自らの防寒服を…ジャンバーを脱ぎ去りマントのように迫る炎の槍に向けた


盾のつもりか?防御のつもりか?、そんな布なんぞで炎の槍は防げない 防げようもない、ゲオルグがそれが最後の足掻きかと嘲笑おうとした瞬間…、ジャンバーに炎の槍が触れるその隙間からゲオルグは見る


そのジャンバーに……書かれていたものを


「あ…あれはァッ!?!?」


魔術陣だ、ジャンバーの裏地に血で魔術陣が書かれている、そしてそれはゲオルグも見たことがある紋様…、此の期に及んでも警戒していたその魔術陣の名は


「『反魔鏡面陣』ッッッ!!」


ゲオルグは己の迂闊に気がつく、ペンを奪ったからなんだと言うのだ、魔術陣とは書くことが出来ればなんでもいいんだ、それがインクだろうが魔力の光だろうが…血だろうが!、書かれていれば発動する!


待っていたと言うのか!この瞬間を!この時を!、引きつけたと言うのか!ただこの一瞬の為に!態々傷すら顧みず 恥すら飲み込み、作ったと言うのか!逆転の一手をッ !?



「僕の演技、どうでした?」


チロリと舌を出すサトゥルナリア、同時に反魔鏡面陣に触れ飲み込まれていく最大出力のスティグマータ・グングニル、そうだ 演技だった…サトゥルナリアの態度は


だとしたらどこから演技だったのか?、これはサトゥルナリアの内心にしかない台本だが、有り体に言うなれば


最初からだ



彼は何の考えもなしに一番最初に反魔鏡面陣を見せたわけではない、ゲオルグの初撃を見て自らよりも圧倒的な格上であると理解したから最初に反魔鏡面陣を見せた


でなければ、ここぞと言う場面で自分の想像を上回るような何かをしてきた時、反魔鏡面陣が必殺の一手になり得ないと予想したから、だから最初に見せて敢えて警戒させた


そして勝負を挑む為、全身全霊で突撃を繰り出したのも向こう見ずだったからではなく、ゲオルグに奥の手を出させる為、生半可な一撃を跳ね返してもゲオルグにそれ以上の手があっては逆に押し返されるから、故に誘うように魔術陣を連発し…見事ゲオルグからスティグマータ・グングニルを引き出した


その後は簡単だ、ゲオルグの前例の魔術による猛攻を死ぬ気で耐え抜き合間に反魔鏡面陣を繰り返しゲオルグの中で反射の恐怖を誘い戦いをエスカレートさせるだけ


最後にペンを奪わせサトゥルナリアから抵抗の手を奪ったと見せかけた、壁を背にしてジャンバーの裏地に溢れた血のインクを使って反魔鏡面陣を描く、もう見ないで描けるくらい練習したんだからこれくらいは出来る


描くまでの時間を稼ぐ序でにゲオルグも煽った、態と神を愚弄するような態度を取って全力の全力で殺しに来させた、ここでまた慎重に来られたらサトゥルナリアに打つ手はなかったから、だから演技をした…全てを考えて彼は戦ってきた


未熟者の演技なら慣れている、情けない声の出し方は心得ている、いつでも涙は出るよう特訓してる、何より…痛みだろうが苦しみだろうが超えて戦う覚悟だって出来ている


仲間が命賭けて戦ってるんだから、僕だってこのくらいやって当然なんだ、もう足手纏いにならない為に!体や命の一つ二つ!張って当然なんだ!!!


「ば バカなァッ!!、この儂が嵌められたと言うのかッッ!?!?」


反射される光、不発に終わった最強の一撃が今度はこちらに牙を剥く、ゲオルグにこれ以上の手はない もう一度スティグマータ・グングニルを生み出す時間もない


やられたのだ、ゲオルグが 完全にサトゥルナリアに、圧倒的格下であるサトゥルナリアに


七魔賢と呼ばれ枢機卿にまで上り詰めた男が、聖王の傀儡と呼ばれた男が光を前にして再度見る走馬灯…


それは、若かりし頃の己であった…、聖王の権威復活の為あがいていたあの頃の…


サトゥルナリアなんぞに遅れなど取りようもない、あの頃の記憶であった


──────────────────


ゲオルグ・ワルプルギス…、彼はオライオンに於ける王権主義者である


宗教が支配するこの国に於ける王権など、無いに等しい…にも関わらずオライオンの王とその周囲の貴族達は常に自らの地位を向上させる為に動いている、全ては神から玉座を取り戻す為、その為の戦いをかれこれ数百年は続けている それがオライオンの王侯達…通称聖王一派である


数百年間聖王一派はロクな成果もあげられず常に教皇リゲルとテシュタル教の足元に敷かれる日々を過ごしてきていることから、彼らの努力が如何に無為か分かるだろう


そんな無為な数百年の果てに、遂に聖王一派は一筋の光明を得る


それこそがゲオルグ・ワルプルギス、聖王に使える第一貴族の子息であるゲオルグには途方も無い魔術の才能があったのだ、それこそ当時の神将を上回る程の天賦の才覚があった


当時の聖王は歓喜した、周囲の貴族も色めき立った、聖王に仕える第一貴族の跡取りには魔術師としての才能がある、これを伸ばし 神聖軍に加入させゲオルグを神将にする事が出来れば自分達のオライオンでの立場は確実に盤石な物になる


神将とはオライオンに於ける最高戦力、もしもの時の切り札だ、それが教皇ではなく聖王にのみ従うとなれば 有事の際に神将を動かす時は教皇が聖王に頭を下げなければならなくなる


あの教皇が聖王に頭を下げる、それは宗教が権威に屈服したも同然、国内の民達も聖王の権威をよくよく理解する事だろう、そうなれば聖王一派は他の魔女大国の王達と並ぶことが出来る


世界最高の権力者の一人になることが出来る、そう喜びを抑えきれない聖王は若きゲオルグに命じ神聖軍へと加入させた、全ては己の地位を向上させる為…


…それをゲオルグは理解していた、未だ青年であった彼は己の立場と己の使命を理解していた


『自分は聖王陛下の下僕、彼等の権威隆盛の為尽力する事こそ生きる意味なのだ』と…、故に彼は聖王の言うがままに従い神聖軍の一員となった、全ては神将になり聖王の権威の象徴となる為に…


事実彼には凄まじい才能があった、頭脳は冴え渡り腕っ節もあり決断力にも優れ結果も出す、彼が神聖軍に加入して数年と経たず彼は軍の中枢に潜り込み教皇からの良い覚えも得た、当時の神将もゲオルグの実力を認め 次代の神将に選ぶ準備まで進めていた


全ては順風満帆だった、ゲオルグと聖王の想定通りに事は進んでいた、このまま行けばテシュタル教は聖王の手の中に握り込まれるだろう、と…そんな未来さえ見えていた


しかし、結果として言えばゲオルグは神将になれなかった、別の男がゲオルグを破り強さを証明し神将の椅子に座ってしまった


それこそが、先代神将 カルステン・インティライミである


オライオンの片田舎からボクシンググローブを背負ってやってきた彼はゲオルグとほぼ同時に軍に加入し、何度もゲオルグとぶつかり合った


考えに考え計画を練って任務をこなし実力を証明する為働くゲオルグの前に何度もカルステンは現れた、何も考えてなさそうな馬鹿丸出しの顔で笑ってゲオルグの肩を叩き…そして、最後には全て良いところを持っていった


ゲオルグが計画を重ねてもカルステンはそれを打ち破り頭角を現した、何度も軍から追い出してやろうと策略を巡らせてもカルステンは時に実力で時に運良く仲間に助けられ軍に食らいついた


最後の手段と彼に一騎打ちを持ち掛けた、『敗れた方が勝った方の言うことを何でも聞く』という条件で…だ


この勝負に勝ちカルステンを完全に軍から消してやろうと企んだゲオルグには勝算があった、カルステンは魔術が使えずその拳だけでポカポカ殴るしか能がなかったからだ


ゲオルグの方が圧倒的に有利な状況で、その上で万全に万全を期してカルステンと戦い、それで敗れてしまったのだ…、ゲオルグからすれば完全敗北も良いところだった


お陰で何年もかけて積み重ねてきた努力は水の泡、カルステンはゲオルグを破り神将争いの頂点に立った、もう聖王から言い渡された役目も果たせない…神将にはなれない


そんな絶望の淵に立たされたゲオルグの前に立ち…、カルステンはこう言った


「勝った方がなんでも好きに命令出来るんだったなぁ?、ゲオルグよ」


拳で鼻の骨を折られた儂の前に立ったカルステンはニタリと笑ったのを今でも覚えている


その時は恐怖したよ、今まで儂がしてきたカルステンへの行いを思い出したから、儂は奴に何度も嫌がらせや攻撃を行ってきた、儂とカルステンは敵同士…儂がカルステンを排除しようとしていたのと同じようにカルステンもまた儂を消し去ろうとしているのだと


軍を追い出されたら儂は何処へ行けば良い、もう家には帰れない、かつて喜んでいた聖王の前にも期待して送り出してくれた父と母の前にも顔を出せない、空白平野のど真ん中に放り出され 凍え死ぬしか無いだろう


神将という希望の星に手をかけるところまで行きながら絶望の奈落へ叩き落とされた儂は…私は、その時 カルステンの口が断頭のギロチンに見えていた


終わりだ、ここで終わりだと…震える私にカルステンはゆっくりと口を開き


「なら、命令する」


そう言うとともに、奴は…私の敵はゆっくりと腰を下ろし


「引き続き、いつのお前で居てくれ」


「は?…」


思わず聞き返してしまった、今のが命令?今のがこいつの願い?、引き続きいつもの私で?それは…引き続きお前の敵でいろということか?と


「どういう事だ、カルステン…!」


「そのまんまの意味だけど?、俺と違って頭のいいお前なら分かると思ったんだけど」


「馬鹿の言うことは分からん!」


「ははは、そうそうそんな感じ!、…お前が俺を嫌って攻撃を仕掛けてきた事はわかってる、お前の策略には何度もヒヤヒヤさせられたしもうダメかも!って思う寸前まで持っていかれたこともあった、けど…俺ァそのお陰で強くなれた、お前に出会っていない俺じゃあきっとお前に勝てなかったと思えるくらい、お前は俺を強くしてくれたんだ」


何を言っている…、つまり私は私が最も憎む相手を強くしていたと?、何と言う屈辱 何と言う恥辱、無様極まりないとはこの事…だが


何故か、その時私の胸の中で渦巻く怒りの真ん中には、…やや誇らしい気持ちがあった


「お前は本当に凄い奴だよ、強いし頭もいいし 嫌味な奴だけど誇りもある、俺が逆立ちしてもお前みたいには絶対になれないと思えるくらい凄い奴だ、そんなお前が前にいたから俺も負けずに強くなれた…今のカルステンがあるのはお前のおかげだ」


何が凄い奴だ、私よりもお前の方がずっと凄い奴じゃ無いか、私が寝ないで頭絞って出した策をあっさり潜り抜け、死ぬ気で準備をした私をこうして倒したお前は間違いなく世界最強の男だ、悔しくて悔しくてたまらないが 使命を抜きにすれば私はお前以外神将に相応しい人間はいないとさえ思える程に


だが、そんなお前を形作る一因に私がなれたというのは、誇らしいと思える…本当に屈辱ではあるが


「だからさ、これで決着…これでお終いはやめてくれ、俺はまだまだ強くなりたい、誰にも負けないくらい強くなりたい、それにはお前が必要だゲオルグ、俺の人生のスパーリングを任せられるのは、お前以外あり得ない」


「ッ…」


差し伸べられた手に私は何を見た、恥辱か屈辱か 怒りか憎悪か、私はゲオルグを憎んでいる きっと今も受け入れられないと感じている、だが…それでも


私の中で『カルステン』という男は大きくなり過ぎた、『神将になる為カルステンを排除する』という目的はいつしか『カルステンを倒して神将になる』と逆転し、やがてそれは『カルステンを倒す』に変わった


聖王への忠誠を上回るほどに私はカルステンを超えたかった、聖王の権威を復活させるという目的以上にカルステンという男に勝ちたかった


上回っていたんだ、私の中で聖王を…カルステンは、そんな男から手を差し伸べられたら、つい 手を取ってしまうのもおかしくは無いだろう、そう言い訳をして私はカルステンの手を取った


「馬鹿を言え、直ぐにお前を追い越して私が神将になる」


「ああ、頼むよ 俺はそれを打ち破るからさ」


「気にくわない奴!、いいか?ここで私に引導を渡さなかった事を絶対後悔させてやる!、一生かかってでもな!、もうお前は私から逃げられんからな!」


そんな私の遠吠えを他所にヘラヘラ笑いながら拳をあげるカルステンの背中を私はずっと見ていた、ずっと見てきた


カルステンが正式に神将になり 私がその補佐官になってからも見続けた


当時の聖王から計画頓挫の件で叱責され両親からも縁を切られ、半ば古巣から捨てられるように追い出されてからも見続けた


いつしか私は彼こそが至上の神将であると心から認めるようになった、いやまぁ…随分前から心の奥底では認めてはいたが、無責任だったあの男が神将になって立場を得て四苦八苦しながらも国の為戦う姿を見て 彼を支えることこそが私の真なる役目であると悟ったんだ


それからの私の人生はカルステンの為にあったと言ってもいい


彼がアルクカース最強の戦士デニーロと戦ってみたいと言えば無茶を言うなと文句を垂れながらも戦いの場を手配してやったし


エトワールの悲喜の騎士プルチネッラとカルステンが諍いになった時は間に入って仲裁もしたし


世界最強の軍人マダグレーナと戦い敗れ心が折れたカルステンを引きずって帝国まで赴き、マグダレーナに再戦状を叩きつけたりもした


そして、年老いて儂が神聖軍を引退し枢機卿になった頃、ネレイドに敗北し神将の座をカルステンが降りた時はあまりの事に認められず教皇に抗議もした


私はカルステン以上に神将に相応しい人間はいないと今も思っている、儂のことを今も聖王一派と蔑む声が聞こえても何とも思わんが 、四神将こそが歴代最強の神将と謳う言葉を聞くのは許せなかった


カルステンは負けてはいけない、そんな彼に付き従った私も負けてはいけない、そう…ずっと思ってきたのに、どうやら…ここまでのようだ、時は流れる 時代は変わる いつまでもカルステンが神将で居られないように…儂もまたいつまでも現役気分では居られないようだ


嗚呼…口惜しい、口惜しい…


カルステン…きっとお前がここに居たならば、きっとお前は奴に勝っていたのだろう?、そうだろう…そうだと…言ってくれ


オライオン最強の神将よ、私だけの最強よ…


─────────────────


気がつけば、ゲオルグは大地に伏せていた、氷の城の廊下は完全に消え去り全てが溶けたその空間で、熱波に焼かれながらも生きているゲオルグは力尽き倒れる


生きている、寸前でサトゥルナリアが魔術の指揮権を奪い消したのだ…スティグマータ・グングニルを、直撃させず熱波だけぶつけゲオルグを吹き飛ばしたのだ…


敗北だ、ゲオルグ・ワルプルギスは完全に敗北した、もう完全に動けない…あの頃なら立ち上がれたこの傷も、今のゲオルグでは耐えきれない


「く…そ…!」


「生きてますか、ゲオルグさん」


「お前は…!」


そこには、サトゥルナリアが立っていた…あれほど立ち上がれないと言うポーズを取っていたにも関わらず、強く二つの足で立っている、まさかあれも演技だったのか…どこまでお前は


「くそ、…くそっ!老いてさえいなければ!歳など取ってさえいなければ!、この戦いがあと五十年早く起こっていれば!儂とカルステンの二人で…くそ…」


「カルステンさんって人の事、信頼してるんですね」


「何を…!」


「だって僕にトドメをさせるって時にも、貴方はその名を口にしていたから」


あれは、確かにそうだ…儂はあの時思わずここにはカルステンにトドメを譲ってしまった、懐かしい魔術を使ってあの頃のように戦ってあの頃に戻った気になって…


だって私達はいつもそうやって戦ってきたから、私がカルステンの背中を守り カルステンが私の道を切り開く、こうして戦えばどんな敵だって恐るるに足らなかった


だが我々は歳をとった、カルステンは神将をやめて辺境で似合わない神父をやって穏やかに過ごしている、儂は片翼を失い 聖王の傀儡なんて蔑まれながら枢機卿をやっている、あれほど望んだ地位に立ちながらも聖王に与しないのは偏にあの男が守ったテシュタル教を代わりに守りたかったからだ


だが、そんな覚悟さえ…儂は守れなかった、こんな奴らに負けて…


「貴方とは今回敵対してしまいましたけど、…尊敬してます」


「やめろ…!私を哀れむな!」


「哀れじゃありません、ただ そうなりたいと思ったんです、貴方とカルステンさんの友情と並ぶにはまだまだ時間が足りませんが、それでも僕もそんな友人達を大切にしてそんな風に戦えるように…」


そう語るサトゥルナリアの目は見たことがないほどに真剣だった、戦いの中でさえ見せなかった程に真っ直ぐな瞳に思わず息を飲む


そうか、この男もまた…かつての我等のように信じる友の為に…


「ハッ!、だが…まだ神将が残っているぞ!、アイツらは未だ半人前だがそれでもカルステンに勝った者達だ!、カルステンに勝った奴らがそう簡単に負けると…」


「いや、もう終わったぜ」


「は?」


ふと、ゲオルグは己の前に現れた影に気がつく、己の背後に立つ男の影と声に気がつき…その言葉を理解出来ず口を開く、するとサトゥルナリアは目を見開き…


「ラグナさん!」


「よ、ナリア…お前強くなったな」


「お前は…神敵ラグナ…!?」


ゲオルグを踏み越えて現れたのは赤髪の神敵ラグナだった、どうしてここにこいつが…、こいつは外で神将達と戦ってる筈、何故ここに…まさか!


「ま まさか!」


「ああ、神将ローデと神将トリトン 神将ベンテシキュメは俺の仲間達の手によって倒れた、そして神将ネレイドも俺が今倒してきたところだ」


「まさか…まさか、四神将全員が敗れたと言うのかッ!?」


サトゥルナリアが溶かし開けた穴から踏み込んで城の中へと入ってくるラグナはサトゥルナリアを抱き止めながらそう言うのだ


全員倒したと、全員が神敵達に敗れたと…信じられない、そんなバカなことがあっていいはずがない、神将が…そう簡単に負けていいわけが!


「くそ…クソがぁっ!」


「聞いてたぜ、あんたカルステンの爺さんのダチだってな」


「だからなんだッ !」


「…いや、なんでもねぇ けど、まぁ言わせてもらうなら」


ラグナはこちらを見る、見下ろす…快活で覇気に溢れ、見ているだけでムカムカするこの顔は何度も見たことがあるぞ、カルステンだ!カルステンが儂を上手く出し抜いた時にする顔だ!、そしていつもこう言うんだ!アイツは!


「俺たちの勝ちだな」


「貴様ァッ!!」


「あっはっはっはっ、んじゃ行くか!ナリア!、どうやら時間がないみたいなんだ」


「そうなんですね!、分かりました!何かは分かりませんが急ぎましょう!」


「おう!」


「待て!待たんか!待てぇぇぇえ!!!」


動かぬ体 立ち去るサトゥルナリアとラグナ、くそ!体が動かん!なんと悔しいのか なんと屈辱なのか、儂はまたあの顔に負けると言うのか!、えええい!くそ!何故清々しいのだ!


快活な拳士に付き従うように歩くサトゥルナリアの後ろ姿が何故懐かしく映る!、待て…待ってくれと手を伸ばすが、それを掴むにはゲオルグの手はシワを刻み過ぎた


これが、これが…時代が変わる…と言うことなのか、カルステンよ…



…………………………………………………………


「さて、始めましょうか…レグルスの弟子?」


「うぅ…」か


ラグナ達が神将を倒すよりも少し前のこと、ラグナ達の助力によりいち早く城の奥深くに到達していたエリスは未だ嘗てない危機に至っていた


ようやくたどり着いたシリウス、その前に立ちふさがるのは…この世界の覇者 八人の魔女が一人、夢見の魔女リゲルである


「あ…ああ」


こうして前にしているだけで悟る、実力が違い過ぎる…どう足掻いても勝ち目がないのに リゲル様はエリスと戦うつもりだ


どうして、彼女の事を算段に入れていなかったのか、どうして夢見の魔女リゲルが立ち塞がらないと思っていたのか


それは、エリス達が何処かで思ってきたからだ、『これは魔女の弟子達の戦いだ』と


エリス達魔女の弟子とネレイドと言う魔女の弟子が率いる軍勢の戦いだと、そこに魔女が出張ってこないと言う謎の意識があった、エリス達にとって魔女とは遥か高みの存在、敵対する事自体頭に無い


エリスの旅でも暴走した魔女の相手は師匠が務めた、エリスはその相手をしたことがない、当たり前だ 他の誰も相手にないからだ


どうにもならなさ過ぎて誰も想定しなかった、魔女と言う名の絶対者の介入を


「…どうしました?こないのですか?」


ふふ と豪奢なシスター服に身を包んだリゲル様は美しく微笑む、此の期に及んでエリスはリゲル様と戦うビジョンが見えない、エリス達魔女大国の民には既に血の奥深く 遺伝子の奥深くに根付いているんだ、魔女は支配者だと…八千年間積み上げられた意識が今エリスから闘志を奪う


「興醒めです、…レグルスの弟子なら最も負けん気に溢れた狂犬かと思ったのですが」


「どんなですか…」


「ですが、良いでしょう…貴方が戦わないと言うのなら、至上の幻を以ってして貴方を葬りましょうか」


「ッ…!」


来る!史上最強の幻惑使いの幻が!、最早質量を感じさせるまでに研ぎ澄まされた幻が来る!、ど どうする!?どうすればいいんですか!師匠!これ!、どうやって切り抜ければいい!?そもそも勝つってどうするの?魔女様相手に勝てるのか!?エリスは!


そんなエリスの迷いも無視してリゲル様は口を開き、詠唱を述べる


「彩りを変える世界の幕は、我が筆によって如何様にも成り果てる、さぁ目を閉じて想い耽りなさい、瞼と言う名の幕を閉じて始まる演目は其方を殺す、努努堕ちる事なきよう『再臨界変・夢見地獄』」


「うっ!?」


その言葉に従い世界が変わる、ぐにゃりとエリスの視界が歪み蒼き氷室と目の前にいるリゲル様の姿さえ見えなくなるほどに歪む、ミルクを混ぜたコーヒーのように歪んで歪んで変わっていく世界の中エリスは何も出来ず呆然と立ち尽くす


何を見せられるんだ、何をされるんだ、これからエリスの世界はどんな風に変わってしまうんだ…!?


そう警戒していると、思いの外世界は静かな物に変わる、静かで 暗くて…それでいて、あれ?


「え?あれ?、此処は…」


見覚えのある景色だった、汚く埃の積もった床、軋んだ窓から差し込む光だけが頼りの真っ暗な屋敷、そう 屋敷だ…


忘れもしない、此処はエリスが生まれた屋敷…アジメクにあるはずのハルジオン邸だ、今エリスはそこにいる、おかしい さっきまでオライオンに居たはずなのに、いつのまにかスタート地点に戻ってきている


いやこれは幻影、リゲル様が見せている幻であり攻撃だ…


なんだ?、エリスのトラウマでも刺激しようとこれからハルジオンでも見せる気か?、そんなものでエリスの心が揺らぐか…!、強くなってんだよ!こっちも


「…ん?」


しかし、違和感に気がつく…いや、エリスが奴隷をしてた頃にしては屋敷の中が荒れている、家財は無いし床も埃だらけ、まるで屋敷が廃墟のようだし…これはエリスが奴隷をやっていた頃というよりは…


そう違和感が一つの理解に辿りがつきそうになった瞬間、エリスの背後から木の床を踏み締める音が聞こえる、誰かいる!


「誰ですか!」


そう、魔力を滾らせ臨戦態勢を取りながらエリスは勢いよくそちらを振り向く、すると…そこに居たのは


「誰ですか…だァ?」


「え…!?」


暗い屋敷の奥、窓から差し込む光が埃を反射しキラキラと輝くその闇の奥から現れたその人影を見て、エリスは全てを悟る


そうだ、この屋敷は この場所は この時は、アイツはッッ!!


「フゥーッ!、体ん中で魔力高めて…一丁前に魔術師のつもりか、生意気晒してんじゃねぇぞ!クソガキィッ!」


「れ れれれ、レオナヒルド!?!?」


そこに居たのはかつてムルク村で魔女レグルスの名を騙り村人を騙し山賊と結託していた魔術師にして、エリスにとっての人生最初の難敵 偽証の魔女レオナヒルドの姿があった


これは、この時は、この場所は…レオナヒルドと決着をつけた時の場所だ!?、どう言う事だよこれはーーっ!!

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