283.対決 メルクリウスVS歌神将ローデ
オライオンに眠る封印されし氷室 魔女の懺悔室、巨大な凍結湖である空白平野の分厚い氷の下に作られた氷の街の中 ぶつかり合う二つの勢力
魔女シリウスを打ち倒し 世界を継続せんと戦う魔女の弟子達
星神王テシュタルの復活を阻止せんと戦う四神将達
両陣営の長きに渡る戦いはこの魔女の懺悔室を決戦の地に選んだ、彼等は態と戦地を四つに分け それぞれがそれぞれの相手と相対している
そんな氷の街の一角、砕けた氷街の瓦礫が辺りに山積する大通りにてぶつかり合う二つの力…
「ちょこまかとォッ!!」
「くっ!」
エリスを先に向かわせ シリウスの復活を阻止するため、神将を引き受けたメルクリウスは 乱れ飛ぶ銀の十字架から逃げ回るようにしながら銃を放つ
メルクが引き受けたのは歌神将ローデ・オリュンピア、桃色の髪を振り回して 鎖で雁字搦めにされた銀の十字架をその剛力にて巧みに操り振るい叩きつける、なんとも短絡的な戦法ではあるものの その破壊力は満点だ
鉄よりも重たい銀を使い作られた十字架はただ投げ飛ばされるように振り回されるだけで周囲の氷の家々を一撃で倒壊させ瓦礫に変えるだけの威力を持つ、さしものメルクリウスもあの乱れ飛ぶ銀十字を受け止めるのは難しい…
「ここに来ても また逃げるばかりですか?…神敵!」
「言ってくれるな、直ぐに倒してやるさ…!」
ローデが軽くて首を振るうだけで連動して銀十字が四方八方から襲い来る、あれだけ鈍重な獲物を振り回して汗ひとつかかないとは…、これが神将か
「倒す?私を誰だと思ってるんですか…、これでも神将…歌神将ですよ!、他所から紛れ込んだドブネズミ一匹になめられてたんじゃあやってられねぇんだよクソボケがァッ!!」
刹那、一気に鎖を引いて十字架を手元に引き寄せるローデは 猛スピードで自分に向けて飛んでくるそれを両手で受け止め…、天高く両手で掲げ…
「死になさい!それが神の救いである!『シルバーフラットピッキング』!!」
回転させた、頭の上で腕を交差させ 十字架をプロペラのように回転させふわりと宙へと浮かび上がらせるのだ、それに連動するように動くのはさっきまでローデの手元にあった十字架の手綱…鎖だ、それが回転する十字架に引っ張られ目にも留まらぬ速度で周囲を飛び交う
銀十字架と違い 一撃必殺の破壊力はない、だが 代わりに鎖は空気を切り裂き減速する事なく回転するごとに加速する、さながら鉄の暴風雨とでも言うべき衝撃が周囲に一気に飛び放たれる
「なっ!?ぐぶふっ!?」
咄嗟のことであったが故に防御すら間に合わない、乱れ飛ぶ鎖が太腿と脇腹を打ち据えてからようやく銃身を盾にして鎖の打撃を防ぐに至る、がしかし…滲むように体に染みる鈍痛
今ので肋が折れたか…、何という猛攻か ただの一撃で私の骨さえ叩き折るとは…!
「怯んでる暇があるとでも…、『アルペジオセレブロー』!」
回転する十字架を無理矢理片手で止めると共に大きく振りかぶるローデの腕が 筋肉により膨張する、狙う先は鎖を受け止め蹌踉めき怯んだ私だ、血管さえ見えるほど見開かれた眼光を照準代わりに 一切の手心 容赦共になく、十字を携えた豪腕は振るわれる…
「ッ──!?」
投げた、膨大な質量を持つ銀十字を一直線に私に向けて、瞬く間に巨大化したように見えるほどにあっという間に肉薄する銀色の迫力は、まるで暴走する列車の猛進を眼前としている如く
──判断が遅れた、あまりの迫力を前に思考が白紙になり、防御すら間に合わず 私の体は列車のような勢いで突っ込んでくる銀の十字架の激突を受け、まるで小石のように軽々と遥か彼方へと吹き飛ばされるのだ
「げはぁっ!?」
銀十字に押し潰され 叩き飛ばされ、向かった私の背中を受け止めた氷の一軒家はまるで内側から破裂するように爆裂し、瓦礫となって私の上に降り注ぐ…
全身がバラバラになりそうな威力だ、何というパワーだ…、あんな重たい十字架を軽々と片手で持って あの勢いで投げて来るとは…
「ぐっ…」
ダラリと額から伝う血を拭い、それでも立ち上がる…、粉々に砕けた骨を錬金術で無理矢理繋ぎ止め 立ち上がる、複雑折れた骨が肉を裂き 全身から血が吹き出るが、肉も骨も 魔力を変換し錬金術で無理矢理塞ぐ…、体力は回復しないが 動けなくなることはない
「ぜぇ…ぜぇ…」
「おや、まだ立ちますか…、先程から何度打ち据えても立ち上がる様を見るに 治癒魔術でも使えるのでしょうか…?」
瓦礫を押しのけ立ち上がる私の前に、コツコツと音を立て ザリザリと十字を引き摺って現れるローデは私を見下ろす、何度打ち据えても…か
そうだ、私がエリスを守る為にローデの相手を申し出てより十数分、私は未だ打つ手も見出せず 、既に四度 絶命に等しい打撃を食らっては錬金術で無理矢理立ち上がり続けているのだ
はっきり言おう、劣勢であると…
「わかりませんか、実力の差が…」
私の前に立つ女 ローデ・オリュンピアの情報は既に頭にある
パワーリフティングなどの記録を持つ怪力の神童でありながら同時に聖歌隊の総隊長を務める女、彼女の持つ歌声の凄まじさは 私も一度耳にしているから知っているさ
だから同時に信じられないのだ、あんな美しい歌声を持つ歌手が これ程までに強いのかと…
情報は持っているし 彼女の実力は一度目にしているが、…それによって立てられた予測を遥かに凌駕するほどに 今のローデは強い、私が今まで戦った相手の中で最も強いと言っても過言ではないほどにだ
オライオン最強は伊達じゃない…、帝国の師団長さえ上回る程に彼女の実力は隔絶している…でも
「分からんな…、まだまだ この程度ではな」
それでも負けるわけにはいかない、この戦いは団体戦だ 魔女の弟子六人と神将四人の団体戦…、私が負ければローデは別の神将を援護に向かうだろう、そうなれば一気に我々は劣勢になる、せっかく神将同士を引き剥がし一対一に持ち込めたのに そうなっては全てが水の泡、これまでの旅路と戦いが無駄になる
それは、些か許容し難い…、それに
「ふぅ、こんなにタフな人に会ったのはネレイド様以来ですね…、ですが いいですか?、私は神将の中でも比較的弱い方なんですよ?、ベンテシキュメやネレイド様は私なんかとは違って本物の神将と言うに相応しい実力を持っている、私程度に苦戦しているようでは…他の神将達は抜けません」
「はっ、ラグナ達だって負けてないさ…、彼らは必ず他の神将に勝つ だから、私も気合を入れねばならないのさ」
他の魔女の弟子達が戦っているのに 私だけ負けるわけにはいかないだろ?、私は彼女のように他の者が自分より強いとは口が裂けても言えないんだ
私は今、マスターの…栄光の魔女の名前も背負って戦っているんだから
「……!」
「まだ構えを取りますか、いいでしょう…私も神将として 真っ向から貴方を叩き潰してあげます、貴方にはフォルトナ村で騙された時の借りありますしね」
グルリと一つ十字架を振り回せば それだけであの重厚な銀の塊が空中を旋回する、それにより発生する突風が 辺りの氷の瓦礫を吹き飛ばし…
む、氷か…これはいい、利用させてもらおう!
「ッ…!!」
「チッ、効きませんよ 銃弾なんか」
弾かれるように動き出し 双銃をローデに向け連続して引き金を引く、耳をつんざくような怒涛の銃声と共に放たれる連射を前に臆することなくローデは目の前に銀十字を叩きつけ、盾として防ぐ
が、それは同時に私への視線を遮ると言うことだ、故に気がつくまい 連射と共に背後に飛ぶ私の姿に!
「む、また逃げますか…?」
「いいや、これは勝利への転進さ!、燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現『錬成・烽魔閃弾』!」
放つのは炎の弾丸、圧倒的に熱を秘めた意志を持つ熱弾、鉛玉を火炎へと変換しローデへと向ける
「む、魔術…ですが!、むしろ吹き消してあげましょう!」
燃ゆる弾丸を叩き落とそうと体ごと回転し十字架を飛ばし 我が弾丸の炎を風圧にて消し去ろうと足掻く…だが、甘いよ ローデ、これは単なる錬金弾ではない
古式錬金術なんだから
「ッ…!?、弾丸の軌道が変わって…!?」
現代錬金術と古式錬金術の最たる違いは、変換した物に意志を与えると言うことにある、無機質な物体に自我を与える…意識の創造こそ古式錬金術の真価、故に我錬金術によって生み出されし物は自在に動く 自在に操れる
事実、ローデ向けて飛んでいたはずの熱弾は寸前で軌道を変え、その周辺を蜂のように飛び交い 銀の十字架から逃げ回る、高速で空中を飛び交う指先ほどの大きさの物体を叩き落とせるだけのコントロールは持ち合わせないようだな…!
そして、私の真の狙いはローデ…、お前じゃあない!
「な 何をして!?どこへ…!」
熱弾がローデから逃げるように建物の影に隠れ消える、てっきり自分めがけ飛んでくると思っていたそれが まさか彼方へ消えるとは思っていなかった彼女は一瞬呆気にとられる…が
直ぐに気がつくことだろう、私の真の狙いに…
「…この音、まさか!?」
「ああそうさ、味わえよ…数千年物の水の味を」
ジュウジュウと煮えたつ音が周囲から聞こえる、周りを囲む氷の建造物が赤熱し蒸気を発する、溶かしているのだ 私の熱弾がローデの周りをグルグルと回り氷を
私の熱弾は如何に冷やされようとも熱が衰えることはない、鉄さえ溶かす弾丸が 飛び交う事で、周囲の建物を温め戻しているんだ、遥か古より凍りついたこの氷を…元の水に
ここは辺り一面氷だらけだからな、それが一斉に元に戻ればそれは…
「ッ!?まず…っ!」
全てを押し流す津波となる
一斉に溶ける氷は 湯気を発する熱湯となり 中心のローデ目掛け迫ってくる、これに押し流されるのは悪手である…そう判断するローデは即座に銀十字を足場に空へと飛び上がる…
フッ、チェスは苦手か歌神将、相手の打つ一手から逃げれそれは思惑の上を走ることになると気がつかんか?、お前が上に逃げる事を 想定出来ない私と思うか…!
「何処へ行くんだローデ、まさか君が私から逃げるわけないよな…!」
「あ!?いつの間に…そこに!?」
飛び上がっているさ、当然 君より早く 君より高く、故に私がお前の頭上を取るのも必然、そして この逃げ場のない空中で先手を取るのもな!
「『Alchemic・bomb』!!」
振り落とされる踵、私の履いているブーツの踵部分を錬金にて爆薬に変換しての爆裂踵落としは ローデに防御の暇さえ与えることはない、何せ十字架は未だ彼女の足元だ、どれだけ機敏にそれを動かせたとしても 先んじて動くお前より後に動くのは必然なんだ
撃鉄の如く打ち据えるローデの額、一切の防御もままならず空中で狙い撃ちにされるローデは
「がはぁっ!?」
短い悲鳴を上げて乱れる熱湯に濡れた大地へと叩きつけられ 地面を陥没させ墜落する、まだまだ これで終わると思うなと双銃をローデに向けた瞬間のことであった
「グゥッ…、この…やるじゃんよ…!ロックだよ アンタ…!」
手痛い一撃をもらい、なにかの線が切れたのか…ローデの目の色が変わる、慈愛の如き聖女の顔から 修羅の如き怒りの貌を見せ…、大口を開ける
「『────────』!!!」
叫んだ…ローデが、銃口を向けられながら肺を振り絞り何かを叫んだ、私の目にはそう見えたと言うのにこの耳は何も捉えない、何も聞こえない 何を言ったか判別出来ない
ただ その声なき声に反応したものが一つある、…ローデの持つ十字架だ
「っな!?」
銃弾を受けても変形することがなかった純銀の十字架が 刹那、ドロリと形を変え スライムのような不定形を取ると同時にローデを包み、迫り来る銃弾から守ったのだ
あれは魔術だ、間違いなく魔術だ ラグナとの戦いの時に見せたものと同じ銀を変形させる魔術、だと言うのに詠唱が聞こえなかった、それも…あの時と同じ
出してきた、ローデの真なる武器 『聞こえない詠唱』を…ッ!?しま
「ギッッ!?」
ローデを包む銀のスライムが一瞬震えたかと思えば 瞬きの間を置かず槍のように変形し、鋭く尖り 私に向けて伸びてきたのだ、伸縮自在の不定形に反応することさえ出来ず 銀の槍は私の肩を貫きそのままブルリと振るい我が体を投げ飛ばし 硬い大地へと叩きつける
「がは…!?」
「やってくれるよ…ホント、しぶといだけじゃなく 無駄に足掻く、無駄と分かりながら足掻く、最高にロックだね!アンタ!」
蠢く銀の液体を侍らせ ギロリと内側から視線を光らせるローデの姿が変貌する、それは聖女ではなく 地獄を統べる総統の如き威容、興奮したように笑い 激昂したように髪をかきあげ 両手を広げるローデ
フォルトナ村にて 興奮した彼女が見せた豹変と同じ物だ…、あれがきっと 彼女の本性、彼女の本気…!
「そんだけ殺し合いが所望なら応じてやる、足掻くなら足掻け!私はそれを踏み潰す!、権威の象徴としてお前のロックを叩き潰す!、それでいいよなあ!神敵…いいや 魔女の弟子!」
「随分様変わりしたな…、普段は猫でも被っているのか?」
髪をかきあげ後ろで纏めるローデは笑う、口調は乱暴 素振りは粗暴 在り方は横暴、暴力の化身のような姿形になりながら 銀のスライムを遊ばせる彼女の姿は、普段のそれとは大幅に異なっている
この二面性は見たことがある、…我怨敵ソニアに似ている、奴もまた衆目の前では令嬢を演じ その肚 腹の中に悪魔を飼っているタイプだった、もしやこいつもそれと同じか?
「猫?違うね、あれも私さ これも私、自分らしい形が一つだなんて誰が決めたよ!」
「にしても二面性が過ぎるんじゃないか」
「アホ抜かせボケタレ、誰だってみんなこうだろう、職場の自分と家の自分 違うのは誰だって同じ、でも人が変わったわけじゃあねぇし普通のことだ、…これはただ単に テメェ相手にお行儀良くする必要がないと思ったから…ただそれだけだよ」
「そんなもんか…?」
「そんなもんさ、言っとくが さっきみたいな行儀のいい戦い方を期待すんなよ、こっからは私も…ロックに行くぜ!」
何処からともなく取り出す銀色のギターをかき鳴らし舌を出し中指まで立ててみせるローデの姿に、若干戸惑うも…同時にようやく始まるのかと期待する
そうだ、ローデは今まで真の力を出していなかった、本気ではあったが 奥の手を隠していた、それがこの魔術と先程の聞こえない詠唱…、ローデだけが許された天性の特技 それを今場に出してきたんだ
「行くぜェェェェェェェ!!!!『──────────』」
まただ、またローデの言葉を聞き取れなかった、だが詠唱であることは分かる 奴があの聞こえない声を出すときは決まって攻撃を仕掛ける時…だが
(何が来るんだ…!?)
分からないのだ 何が来るか、魔術師戦の基本である『詠唱の分析』半ば封じられているに等しいのだ
魔術師との戦いで基本となるのが相手の魔術の見極めだ、粘りに粘って相手の使う魔術と詠唱を覚えて行かなくてはならない、そうして相手の詠唱を把握して そこから反撃に出るのが基本、だか。ローデのはそれが出来ない、何せ聞こえないんだ 何を唱えたか分からなければ何が来るかも把握出来ない
相手の手札を隠してポーカーをしているようなもんだ、相手がどれだけのカードを持ちどれだけの役を揃えているかも こちらは一切把握が出来ない、その恐ろしさは いざ対面するとやはり凄まじい
「ッ…!?」
一瞬 水のように蠢く銀が震えたかと思えば、一瞬にして変形し なんとも鋭い刃の山を形成する…
変幻自在、千変万化…凄まじい硬度を持つはずの銀が粘土のようにああも姿を変えるか!
「行くぜ、相棒…私とお前でロックンロォォォォォォォオオオル!!!!」
銀の十字架型のギターをかき鳴らしながら 一つ、魔力が空を満たす、オライオン最強の一角の魔力が…この空間を
その瞬間のことであった 作り出された銀の刃 その山が流動し、一斉に私に飛びかかってきたのは
「チィッ!!」
速い なんてスピードだと感嘆の言葉を述べる暇もない怒涛の猛攻、数十には登ろうかという重厚な銀の刃が不可視の剣士に握られたかのように私を攻め立てる、右から左から上から下から それがほぼ同時に息をつく間も無く降り注ぐのだ
銃身を握り直し こちらも剣のように振るい刃を弾きながら兎に角 後退する、今は兎に角後ろへ下がって…魔術の有効射程圏外に逃げなければ!
「甘いんだよ、その思考全てが!」
「ッ!!しま…」
銀の刃が降り注ぐ嵐の中、私の視界と意識を縫って突っ込んでくる一筋の黒い影、ギターを斧のように振り被ったローデが 私の懐に…!
「ッッおぉりゃぁっっ!!!」
「げふぅっ!?!?」
渾身のフルスイング、巨大な銀の塊を軽々と操るローデの一撃はまさしく痛恨の極み、その猛然たる打撃を無防備にも腹に受け 体はくの字に曲がり大地を滑るように吹き飛ばされる
銀を操る魔術も恐ろしいが、それ以上に脅威なのがあれだ…、ローデ自身の力 それがあるからこそ、ローデは神将足り得るのだ
「ぐっ…!この…!」
「行くぞオラァッ!、掻き鳴らせや苦悶のビート!『シルバーアルペジオ』!!」
猛追、吹き飛んだ私目掛け放たれるギターの演奏に呼応しブクブクと煮え立つように膨れ上がり、輝く銀の津波となって押し寄せる、あれに包まれれば一瞬で圧殺される、あのラグナでさえ抜け出すことの叶わなかった銀の牢獄に閉じ込められる、それはまずい
「させ…ッるか!」
クルリとと手の中で銃を回し、錬金術にて弾丸を量産、それを無理矢理錬金術にて爆裂させ通常ではあり得ぬ連射を行い目の前に生み出す弾幕、少しでも銀の波を押し返そうと抵抗を示すも
まるで無駄、と言わんばかりに銀は流動し 弾丸を飲み込み進む、まるで水に向けて撃っているみたいだ
「無駄無駄、私の『アルギュルス・イムノス』を受けた銀は如何なる力も飲み込み より大きな力として相手に還元する、…振り上げた拳はいずれ自らに跳ね返ってくる…テシュタル様の教えにもあるでしょう」
銀は私から逃げ場を奪うようにぐるりと周囲を囲み壁となる、いくら銃弾を撃ち込んで砕けることのない不滅の盾にして壁、これがローデの魔術…アルギュルス・イムノス
ガメデイラでの戦いをエリスに伝えたところ、彼女の口から伝えられた魔術の名前だ
通称 鉱石魔術…と呼ばれるそれは、特定の鉱物を自在に操る事が出来る 土岩属性の魔術の一種であるとされるそうだ、だが異様なのはそれを受けた銀の反応
本来は銀の塊を宙に浮かせるだけでしかないアルギュルス・イムノスが、まるで液体のように動くのは 偏にローデの卓越した魔術の腕があるからこそ、銀はその構成元素ごと操られ 液状化するのだという
卓越した身体能力と鉱石魔術の達人地味た腕前、この二つが ローデの武器、神将の座に押し上げた神器なのだ
「ロロロロロロロロロックンロォォォォーーーールッッ!!、
燃える、燃えて燃えて焼け付くが如く吠えるローデの魂は耳につく騒音となってかき鳴らされる、聖歌とは罷り間違っても口に出来ない絶叫に呼応し銀の波が渦巻き中央の私に向けて 無機物の殺意を向ける
「銀の津波に溺れて死にな!『ヘルロックタイダルウェーブ』ッッ!!」
盛り上がる、歓声のように湧き上がる銀の津波は私を囲んだ状態で波濤となって大地を切り裂き壁となる、ラグナを包んだ時よりも強力に 強大に迫る銀の津波…
「…恐ろしいな、だが…」
だが、敢えて言うなれば好都合…、銀という物質を武器として それを前面に出してくるのなら、私にとっても好都合なんだよ…!
「開化転身…」
「ッ!?何じゃそりゃ!?」
私の体を包む黒き灰、口から漏れ出るは死の吐息、凡ゆるを崩し 全を無とする究極の錬金、その一端を秘める我が肉体の異能、生憎私も普通の人間じゃあないんだ
「フォーム・ニグレド!」
まるで漆黒の外套を羽織る死神の如き威容へと変化する我が姿形、全てを破壊する究極の錬金機構 ニグレドの力を前面に押し出す、ニグレドは万物を塵へと変える、岩も木も人も…、あまりにも強力過ぎるが故に人間相手に使う気にはなれんが
銀の津波ならば、遠慮はいるまいよ…!
「悪いがお前の得物、塵へと変えさせてもらおう」
触れれば万物が崩れる漆黒の右腕を前へ突き出し迫る銀に向ける、ローデの武器の最たるものの一つがこの銀だと言うのなら それを奪う!
これこそが私の切り札、私の最強の一撃、逃亡生活の中でも隠し続けた秘蔵の一手だ!
「さぁ、消えろ…!」
その輝く銀を掴み、全てを塵へと帰そうとした瞬間の事であった
「ッ…!」
引いた 銀が、私の力に直感で気がついたのか 塵に変えられる瞬間ローデが銀を退却させた?いや…違う!
「出してきたな、…切り札」
笑っていた、ローデが 口を切り裂き ニヤリと…、空を切る右腕の向こうに見えるローデの姿に 私は悟る
誘われたことを、切り札を出して 意識が集中するその瞬間を、狙われたことを
「なめんなよ、私の武器この銀と怪力だけだと思うんじゃねぇ…、お前みたいな奴は山ほど見てんだよ…」
銀が姿を変える、大きな筒のように、ローデの周りに集まっていく、その姿はさながら大砲 中にいるローデは爆薬なら、私は標的か
伽藍の砲筒を前に、私の背筋が冷たくなる…、ローデの武器 それは銀と怪力だけか?、違うだろ 彼女の肩書きは何だ、私達を前に見せた異能じみた力はそれだけだったか?違う違う あいつの武器は
「スゥゥゥゥゥーーーーーーーー」
まるで風船のように胸を膨らませるローデ、まるでラグナが雪崩を起こした時のような姿、そうだ 奴の肩書きは聖歌隊総隊長、その肺活量の凄まじさは…
「ッッーーーデスボォォォォォォオイィィィィィィィィィィイイイイイイイスッッッッッ!!!」
刹那、爆裂する空気
音とは即ち空気の振動である、声とはそれに指向性を持たせたものである、人が単体で出せる最大の音源こそが声である
そして、聖歌隊の総隊長として数千人の端から端まで声を届かせ、声だけでガラスを割る彼女の出す音量は、人知を超えていると言える…そんな彼女が今 大砲のようなメガホンを作り出し、私に向けて思い切り叫んだ
言葉にすればそれだけだった、思いっきり叫んだ…たったそれだけだ、だというのにどうだ この現象は、ローデの目の前にある全てが砕けていく、あらゆる全てが破壊される、大魔術にも迫る怒声…それは銀により何倍も増幅され 文字通り音速で私に迫る
さしもの私も、音声までは破壊出来ない
「──────────!?!?!?」
まるで全身を叩きのめされたかのような衝撃が襲う、私という名の石が 頭から砕かれたかのような激痛が襲う、口の端から漏れ出た血が宙を舞う
破壊の死音、言語化するならまさにそれだ、ローデの最大の武器は…『声』なのだ
「ゲハ…!」
あまりの音量に全身の穴という穴から血が吹き出る、衝撃に防寒服はズタズタに引き裂かれ血溜まりに倒れる…何という威力か
想定外だ…
「居るんだよな…、私の武器が銀と怪力だけだと思って錬金術やら何やらを使って銀十字を何とかしようとする奴…、甘くないんだ…そんな一芸だけでなれるほど神将の名は甘くねぇんだ!」
「う…っ…」
大地に倒れ伏し 血を吐く私は、その身に宿す傷以上に打ちのめされていた、今しがた出したフォーム・ニグレドは私にとっての切り札だ、未だ嘗て破られ事のない一手だった
だがどうだ、今の有様…完全に見切られて 完全に対抗策を出された、銀で砲筒を作り出し 爆声をもってして相手を打ちのめす、音は破壊する事のできないニグレドにとって天敵のような物
やられた…これはまずい、体以上に精神が先にやられそうだ、それほどまでにニグレドの不発は『効いた』、これがあるから大丈夫と半ば無理矢理安堵する材料にしていただけに、…今 私はその精神的な支柱を失ったに等しいんだから
「く…くそ、頭がクラクラする」
「まだ立つか…、あんだけボコボコにされりゃもう諦めてもいい頃だろうに」
立ち上がろうとする私を前にローデはため息を吐く、ニグレドは先程の衝撃で無理矢理解除されてしまい 使用分の消耗が肉体を襲いながらもそれでも立つ、立たねば殺される
「分かったろう、これが神将だ…、神の剣を任される事の『重み』っての、肌で味わえたかな」
銀のギターを肩に担ぎ、畝り狂う銀の波を背後に立つローデが見下ろす、これが神将 これが神の剣、オライオンという国における最強の存在…
「分かったら死ね…、ロッケン…ッ!!!」
ローデの筋肉が盛り上がる、隆起し膨れ上がり振りかぶられる、銀のギターを斧ように振りかぶって 私を狙う
殺される──、そんな言葉が湧き上がる 恐怖する、恐れさせる程に ローデの纏う威圧は本物だ
「ッ──!、開化転身!フォーム・アルベド!」
即座に身に纏うのは創造の白衣、アルベドと対を成す純白の力を表出させ生み出すのは白銀の結晶、それをヨタつく体の前に壁のように作り出し 盾とする、破壊されてもすぐに再生するこの結晶は ある意味は不滅の盾、しかし
「ロォォォォルッッ!!!」
「なっ!?」
一撃、ただの一撃で破壊される、再生する暇もなくたったの一撃…一瞬で完全に破壊し尽くし銀斧が懐に迫る
これもダメなのか、これも通じないのか!、私の力 その最たる二つが…ローデには
「『──────』!」
再び、声なき声が響き 私の耳に届かない透明な魔術が発動する、聞こえないから何が発動したか分からない 魔術かさえ分からない、対処が出来ない
だが、直ぐに現象として現れるのだ 不安に思う時間は少ないさ
彼女の持つ銀のギター、それが輝くのだ 赤色に、バチバチと紅の火花を撒き散らし変色する…目で見ても分かるほどに凄まじい熱量で、それは宛ら形を持つ炎…それを握り締めたローデは その怪力を存分に奮い私の土手っ腹に……
「ぐっ────!!!」
唇を噛む、そうでもしなければ悲鳴で喉が張り裂けそうだったから
灼熱を纏うギターは私の体を焼き、全身を燃やし、火達磨にし…吹き飛ばす
背後の建物も何もかもを吹き飛ばし、魔女の懺悔室に紅の一線を引いて遥か遠方の懺悔室の果て、氷の壁へと叩き込み 光は収まる、眩いまでの光は消える…炎と共に
「がっ…あぁ…っ!」
一度目のギターで砕けた骨の上から さらに貰った灼熱の一撃、急いで錬金術を使い応急処置を加えるが、ダメだ 意識が飛びそうだ…
腹を見れば防寒具は焼け焦げ 大きな火傷がグツグツと煮えており、その上に降りかかる血は口から溢れたもの…
「ぐっ…」
止血だけ終わらせ力尽きたように脱力する、見れば私が通過した点にあった氷は全て消え去り、私を受け止めた氷の壁も…大きく穴を開けている始末、あんな魔術まで使えるのか…
「強過ぎる…」
これは負けたかもしれない、流石に傷を塞いだにしてももう体力が持たん、起死回生を担ってきたニグレドもアルベドも通じないんじゃ…もうどうしようもない
「……フッ、絶望的とはこの事だな」
正直絶望的だ、もはや形成は絶対的だ 覆らない、そう思えるほどだ
だがどうしてだろうな、この状況に至って尚…いやむしろ燃え上がる、燃えてくる、さっきまで私を苛んでいた陰惨な思考が燃え尽きていく
それはきっと、私の目の前にある背中が 語っているからだ、かつてデルセクトを救ったエリスが見せた英雄の背中が 諦めない強さを見せつけたからだ
彼女は何度も負ける、何度も何度も負ける ヘット相手にだって何回負けたか分からないくらいだ、だが それでも最後は勝った…何故勝てたか?それは彼女が諦めなかったから、負けて終わりという最後を受け付けなかったからだ
どれだけ傷ついても 負けても、折れなきゃ終わりじゃない、終わらなければ…勝ち目はあるのだ
なら私はこれでいいのか?、旅の間ラグナに守られ 戦いの場に出てあっけなく負けて、何もなす事なく死ぬ…それでいいか?
「…いい訳があるか…ッ!!」
銃身を杖に立ち上がる、いいわけがない 許していい訳がない
故に立て 立つのだ、例えどれだけ傷つこうとも、譲ってはならぬ一線は譲るな…!
私はなんだ、私は何のために戦っている…私は!
「あれを食らってまだ生きてますか」
「……ローデ」
ギター片手に私の様子を見にきたローデが、やや引いたように目を細める、まだ生きてたのかと…、私も驚きだよ まだ生きていられることにな、それはきっと 私の何処か奥深くで 見えない私が意地を張っているからだろう
譲っていいのかと、ローデに…そして 他の弟子たちに
「何ですか?その銃は、何故こっちを向いているのですか?、もしかして…まだやる気ですか?」
「ああ、…お前にボコボコにされて思い出したことがある、いくら負けても 立ち続け、全てを救った友の姿を、私もそうなりたいと 何処かで憧れていたことをな」
「憧れだけでなれれば苦労はないですよ、やめておきなさい…」
「そうはいかないさ、…私はメルクリウス、栄光の魔女の弟子メルクリウスなのだから」
銃を構え、役立たずになった防寒具を脱ぎ捨て 身軽になってローデと向かい合う、まだ終わってないんだよ 私は
「ですが、さっきのアレ…貴方の切り札でしょう?、あれはもう通じませんよ、私が本気を出した以上貴方に打てる手は何もありません、勝つどころか 戦いにもなりませんよ」
「問題ない、無いのなら作るまでだ…打つ手も 切り札も、これから作る、それが 錬金術師だ!」
「バカなことを…!、後悔しても遅いですから…だから、とっとと…くたばれやぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
動く、銀が 奴の背後に聳える銀の波が蠢き 再び鋭い触腕を作り出し、次々と放つその攻勢の中、私もまた 動く
「すぅーー!、よっし!行くぞ!」
銃を足元に向け放つ、爆裂弾の衝撃で飛び上がりながら加速し 触腕の嵐の中を進む、迫る触腕を銃身で弾きながら進む、遠方からの撃ち合いじゃ勝ち目がないからな!
「追い込まれれば追い込まれるほどに頭が回るタイプか、厄介な!」
「くっ!」
ローデが振るうギターの一振り、その衝撃にやや弾き返されながらも…考える、思考することが勝利への鍵であると知っているから
ここまで苦しめられたローデの武器、そのタネはある程度は把握している、ある程度把握し 打開策も練っている…だが、それを決める為の一手を阻む物がある、それが
「決めろや!『シルバーストローク』!!」
奴の銀そのものだ、本来はあれをニグレドの力で消し去ってから その流れに持っていくつもりだったのだが、それが失われた今 別の方法を模索しなければ私は正気を手にすることが出来ない
何かないか、何か…!
「チッ、フォーム・ニグレド!」
迫る銀の矢嵐を身に受け 肉を引き裂かれながら咄嗟にニグレドの消滅の力を身に纏う、今の私に触れれば消えるのは銀の方、しかし
「おおーっと!させねぇよ!」
銀が私の手から逃げていく、これを発動させたら逃げられる、そしてまた…
「すぅー!『バウゥッ!』」
「がはっ!!」
銀のメガホンを形成し飛ばしてくる音弾、音を防げないニグレドでは太刀打ちができない…!、くそっ!
「フォームチェンジ…アルベド!」
黒の装束から白の法衣へと着替えるように破壊と創造の力を切り替え、作り出すのは白の結晶、それを壁として少しでも音から逃げようと…
「あっははは!分かりやすいねぇ!」
「ッ…!!」
刹那、砕かれる結晶の壁…さっきと同じだ、ローデがギターを振るい我が防御を砕く、結晶を一撃で破壊できるローデの前ではアルベドの力は無に等しいんだ…!
破壊された壁から迫るのは銀…、これだ これだよ、ニグレドで破壊しようとしたら音が飛んでくる、アルベドで逃げようとしたらローデの怪力が飛んでくる、相性最悪の二つを即座に切り替えローデが迫ってくるんだ
そこに実力の差が出ている、読み合いでハナっから負けている、これをどうにかしない限り…!
「…!ニグレド!」
「ハッ、意味ねぇって!『バオォッ!』」
ニグレドで銀を払えば音の弾丸が体を穿つ
「あ アルベド!」
「おりゃぁっ!」
「ガッ!?」
結晶を作り出せば それを破壊したローデが振り下ろすギターの一撃が頭を叩き割り、鮮血が舞い散る
「に…ニグレ…」
「遅えんだよ!お前は!、『ガウゥッ!』」
「げはっ…!」
どちらかを使えば それに対処してくる、どっちかを選べば 相手もそれをに対応してくる、くそ…切り替えの速度で負けている、…せめて せめて…
せめて…両方を同時に使えたら……
「ッ……!」
これを、天啓と呼ぶのか…?
チカチカと眩む目線、ギターと銀を両方操り 未だ猛攻を続けるローデを前にして 私の頭がパチパチと閃く、そうだ 何故私はアルベドとニグレドを別物として見ていたんだ?
それは元々別個体だったからか?、確かにこの二つは相反する存在として別々に隔離されていた…、だが 今は違うじゃないか、私の体という 一つの物体に融合しているじゃないか
なら、出来るんじゃないか?、破壊と創造を同時に操ることも、デルセクトの技術力を持ってしても到達出来なかった新たなる領域を操ることも…
「もういいぜ、これでフィナーレにしてやるよ、覚悟しやがれ神の敵!」
いつまでも悪足掻きを続ける私に嫌気がさしたのか、ローデが取り出すのは…拡声魔装だ、小型の板に声を何倍にも増幅する拡声魔術が込められた代物、ただでさえ凄まじい声量を持つローデが使えば…それは即ち絶大な兵器と化すだろう
最早、迷っている暇はない、ぶっつけ本番だが やるしかない!
「私が贈る爆絶超絶最強のラストナンバー!聴いてあの世で口ずさめ!『ヘルサウンド・カンティクム』を!」
ギャリギャリとギターをかき鳴らしながら形成するドームは今までのどれよりも大きく、立ち上るボルテージも遥かに聳える、心なしか大地すら軋み 世界が歓喜或いは恐怖する最高の悪夢が奏でられ…、ローデは大きく息を吸う
来る、ローデの最高最強の一撃が…!
「スゥゥゥゥゥゥゥウーーーーーーーー!」
刹那、掲げられる拡声魔装、
一瞬、訪れる静寂
止まる世界、そして訪れる破壊…それは
「デェェェェエエェッッッッッドォォォォオオオオ!!」
──邪教アストロラーベとの戦いでも放たれた事があるローデの最大奥義『ヘルサウンド・カンティクム』、それは銀のメガホンによる指向性と拡声魔装による増幅を用いて放たれる破滅の一撃である
真っ直ぐ飛来する空震の光線は如何なるものも破壊する、岩の壁鉄の鎧も 肉の体も 何もかもだ…、喉に絶大な負担をかける為 連続の使用は出来ないがローデはそれをデメリットに思ったことは一度もない
何故か?、それはこの一撃を放って立っていた人間はネレイド一人しか居なかったからだ
爆裂する魔女の懺悔室の一角、さながら見えない神の手によって叩かれたかのように崩れる氷室の壁は 大穴を開けられガラガラと瓦礫を落とす
その中心にいたメルクリウスの姿は舞い上がった誇りにより見えないが、だがそれでも結果は変わらないだろう、奴の防御力は見切っている その上でこのヘルサウンド・カンティクムでなら抜けると判断して放ったのだ
正しく必殺の一撃、もうメルクリウスに生存の道はない…そう見極めたローデは
直後、目を疑うことになるだろう…、ああそうだとも
まだ終わっていない
「な…な…、ど どういうことですか…これは、私の奥義を食らって…なんで!」
土煙を割いて現れる人影、その全貌は分からないが それもわかるのは人影が立っていることだ、あの奥義を食らって未だに立っているなんてありえない そうローデは驚愕する、いや よく見ればその体に傷が付いているようには見えない…
「どういう事ですか、神よ…」
ここに来て、理解不能な事態に遭遇したローデは目を白黒させて一歩引く…、メルクリウスの身に何が起こったのか、土煙から現れるその姿は、先程までとはまるで変わっていたのだ
「……なるほどな、どうやら私は『正解』を引き当てたようだ、何故もっと 早く気がつかなかったのか」
舞い上がる土煙の中 メルクリウスは手を開閉する、どうやら私は今までこの力の使い方を間違えていたようだ…、ニグレドもアルベドも力が強過ぎたのだ その癖体に負荷ばかりかかる、不正解で私はずっと戦っていたのだ
そして、きっとこれが正解 、マスターの言った 力の正しい使い方とはこの事だったのだ
「さて、ローデ…醜態を見せて悪かったな、ここから 私も本気で相手をしよう、この…」
土煙を割いて姿を晒すメルクリウス、何もかもがローデの声により破壊されたその中心地にいながら、その足元は無傷…メルクリウスを支える土台のように残るその上に立つメルクリウスは黒でも白でもない新たな装束を翻す…
これこそが私の新たな…いいや、本来の力…究極の錬金術の真なる威容、その名も
「魔力覚醒…『マグナ・カドゥケウス』、又の名をフォーム ・ウィリディタス」
纏う輝きは翡翠、緑色の煌めきを携え立つメルクリウスの侍らせる魔力が変化する…、これこそが私の持つ真なる力 フォーム・ウィリディタス、ニグレドとアルベドの力を丁度拮抗させながら表に出すことにより 破壊と創造を両立した究極の錬金術士たる姿
…きっと、この力こそがデルセクトの研究機関が目指した次なるステージだったのだろう、終ぞ立証することは叶わなかったそれが、今こうして結実するとは いや そもそも結実していたそれに私が今まで気がつけなかっただけか
「ま 魔力覚醒…、そんなバカな…」
「ああ、今のはノリで言っただけだ…これはまだ真なる覚醒には程遠い物だ」
マスターから聞いた魔力を凝縮させ 魂に終結させることで行うのが本物の魔力覚醒だ、私のこれは可能な限りそれに近づけただけの状態に過ぎない…ただ
創造の力を使って無限に魔力を錬成して体の中を満たしているだけなんだから、本物とはちょっと違う、ふふふ…いいな これほどまでに力が溢れてくるというのに、魔力覚醒を行えばこれ以上が手に入るか…!、己の伸び代が愉快でならない!
「まぁお前を倒すにはこのくらいで事足りるだろう、ああ待て…少し身嗜みを整えるとするよ」
「は?…何を」
指を一つ鳴らす、詠唱もなく 魔力の隆起をもない、ただそれだけの行為で 私の肩に緑と金のコートが突如として誕生しふわりと掛かり、それと同時に頭に小さな冠を乗せる
どちらも無から創造した物だ…私の力でな
「何もないところから…服が…」
ああ、元々アルベドは物を作る『創造』を司っている、が今まで白い結晶しか生み出せなかったのは 単純に出力が大き過ぎて物体の形成が上手くいかなかったからに他ならない、銃を錬成するくらいしか出来なかったこの力で 今はなんでも作れる気がする
破壊と創造がそれぞれ50%づつの出力で出せるこのフォーム・ウィリディタスは、確かに出力面でならフォーム・アルベドやフォーム・ニグレドに劣るだろう、だがその分 私の任意によって操れる部分が増えた
今なら…、指先一つでなんでも作れる、指先一つでなんでも壊せる…、まるで神にでもなった気分だよ
「君達の神はこういう気分なのかな?、ローデ…」
「ッ…!神と同じ視座に立ったつもりか…!、どこまで不敬な!、格好が変わったくらいで偉そうにすんじゃねぇぇぇええ!!!」
再び動き出す 、銀が流動し刃の雨を作り出し私に向かって降り注ぐのだ…、これでもしニグレドの力を使って破壊しようとするとするり射程圏内から離れて消えていったことだろう、だが 今はもう違う
「今なら、なんでも出来る気分だ…、例えば こんなこともな」
再度 指を鳴らす、扱うのは創造の力、かつては白い結晶を出すに留まったその力は今、神の領域へと至っている…故になんでも作れる、私の知識にあるものなら、なんでもな
だからほら、こんな風に…
「な…」
ローデの顔が青くなる、そりゃあそうだ 何せ、私の背後に…一面に、数百を超える銃が虚空より生えてきたのだ、地面からも壁からも まるで銃を構えた軍勢を前にしたかの如くローデの目を見開かれる、蜂の巣にされるとばかりに
安心しろ、お前を殺す気はない…狙うは一つ!
「総員!構え!、対象!銀の刃!」
ビッ!と指揮官の如く帽子のツバを握り指差す先は迫る銀刃、統率のとれた部隊の如く一斉に我が指先と同じ方向を向く銃口たちはガチャガチャと音を立て鈍色の輝きを放つ
「よく狙…!、放て!一欠片も残すな!」
放たれる弾丸の雨は空を飛び銀の刃を次々と貫く、…銀に私の弾丸は通用しない 普通の鉛玉では飲まれて消える、そんなことは分かっているさ 同じことを繰り返すほど努力家ではないんだよ私は、放った弾丸の雨は 特別製でね…
「な!?わ 私の銀が…!消えていく!?」
弾丸を受け止めた銀の刃は以前のように弾丸を飲み込むことなく大穴を開け、まるで火をつけられた紙のように消えていく、塵となって消えていく…黒い塵になってな
そうだとも、私の放った弾丸一つ一つがニグレドの力を備えているのだ、当たった物全てが塵に帰る…名付けるならばニグレド弾か?
これを雨のように食らえば、さしもの銀も塵になって消えるのは必然…
「まず一つ、お前の武器を奪った…悪いがここからお前の全てを頂くつもりだ」
「こ…このぉっ!!」
奴が持っていた銀は手元のギターを除いて全て消え去った、これでローデの面攻撃は全て消えたことになる…そして
「ナメるなよ…!、神将をぉぉぉぉおおお!!!」
斬りかかってくる 果敢にも、銀のギターを腰だめに持ち 突っ込むように…だが迂闊だな、もう一つの武器を自ら捨てるとは
「食らえや!『───ヴッ!?オッ!?』ゲホッ!ゲホッ!なんじゃ…こりゃ」
「お前の見えない詠唱の正体…、私が気がついていないと思ったか?」
「ああっ?、ッ!?声が…」
ゲホゲホと咳き込み立ち止まり喉元を摩るローデはダラリと冷や汗をかく、彼女の声が…明確に太く 低く変わっているのだ、まるで男性のような奇妙な低さに
「な 何をしやがった!、私の声を…!奪ったのか!?」
「その声で叫ぶとまるで男だな…、ああそうとも 知っているか?世の中には声を低くしるガスというものもあるらしい」
名をクリプトンガス、吸えば音の振動が少なくなり声が低くなるそうだ…、とてもじゃないが市場に出回る代物ではないが…あるにはある、なら作れる…この手でな
「お前の聞こえない詠唱の正体は人間に聞き取れないまでに高く高く上げた声にある、人間では通常は出せないはずの超高音域を発しながら詠唱することにより…お前の詠唱は誰にも聞こえなくなる、とんでもないトリックだな…ローデ」
これはナリアが見つけたトリックだ、ローデの声は人類を超越した物だと…、彼女は人には聞き取れない音域で詠唱していたのだ
だからこそ、それを奪った…私の作り出すガスでな?
「言っておくが そのガスは特別製だ、吸い続けると喉を壊すぞ、大きな声を出すために大量に吸引すれば どうなるか分かるな」
「なっ、この…な…ッンんだよそれ!、クソが!関係あるか!聞こえても魔術は使えんだろうが!」
それはそうだ、だが揺さぶりには十分だろう?さぁ聞かせてくれ、君の使っている魔術の名前…いいや、君が態々銀を使っている理由…とでも言うべきか?
「死ねぇ!『ヴァジュラボルト』!!!」
ヴァジュラボルト…確かに物体に電流を流す魔術だったか、やはり電流かと言うのが正直な反応だとも、君が銀を武器に使っている時点でなんとなく予想はついていたとも
銀は最も電気を通しやすいだものな…、だがな そこまでは予測済みなんだ、あの銀の猛攻を破った時点で私の勝利への道筋は既に出来上がっているのだ
「ゔおぉぉおおおおおおお!!!!」
電流を流し赤熱した銀のギターを振るうローデ、私の目の前で暴れるように振るい 振るい 振るい続ける、大木を切り倒すが如く何度も斧を振るうも その成果は一向に訪れない、何せ
「クソガァァァァァァア!!!デタラメすぎるだろうが!」
ローデの電気斧は全て受け止められているからだ、彼女のギターが私に当たる寸前で空中に耐熱性の柱を作り出し受け止め さらに別方向から攻めればそちらに作り…、彼女の攻撃する方向全て柱が現れ、私が微動だにせずともその攻撃全てが受け止められる
私の白結晶でも受け止められないローデの怪力も、今の私の創造の力を持ってすれば受け止められる、何せ元素の配列から弄ることが出来るのだからな…、それは時としてダイヤモンドよりも堅牢に成る
「これで、お前の怪力も奪った…さぁて、お前には後 何が出来る」
銀と声と怪力、この全てを奪われたローデに出来るのは何だろうな、こればかりは私にも分からん
「クソ!…クソクソクソクソッ!、こんな事あるかよ!こんなデタラメあり得るのかよ!、いきなり強くなりやがって!いきなり全部取り上げやがって!こんな…こんな…!!!」
溢れるのは涙、ローデはただ涙を流し暴れることしかできない
奪われた武器、届かない攻撃、何も出ない己…いきなり何もかもをひっくり返されたのだからそれも当然だ
けど、それでもローデには諦められない理由がある、戦い続ける理由があるのはメルクリウスだけじゃないんだ
あの日誓った言葉を…、嘘にしない為に
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ローデ・オリュンピア、今現在聖歌隊の総隊長として知られる彼女の過去を知る者は少ない、どんな聖女よりも嫋やかで…どんな聖人よりも信心深い、それがローデという女の全てであると信じてやまぬ者ばかりだが
違う、違うんだ…私はそんなにいい人間なんかじゃない
幼い頃のローデは神の存在を信じてはいなかった、そもそもオライオン国民だからって誰しもがを信じているわけじゃないんだ
ローデは幼くして両親を失った孤児だった、両親を失ったローデを心優しい神父様が拾って神父様が開いている孤児院に入れてくれはしたが…なんというんだろうか、馬が合わなかったとでも言おうか、よく居るんだよオライオンには、なんでも神様に結びつけるタイプの信徒がね?
そういうタイプを否定するわけじゃないけど、そんな神父の下で育てば当然思い至る疑問がある、それは
『なら、私の両親が死んだのも神様の所為なのか?』
そこに気がついてしまったらもうダメだった、毎日神様に祈りを捧げる神父様と孤児院のみんなが自分の両親の仇を有難がって拝んでいるように見えたんだ、いやそれだけじゃない この世の不幸全てを撒き散らしている神に対して、なぜこの国民達はそんなにも嬉しそうに手を合わせて拝めるんだと…怒りさえ覚えた
出たよ、直ぐに孤児院を…もう二度と戻るつもりがないから誰にも言わずに私は街に出て一人で生きる決意を決めた、神に頼らず たった一人で
幸いながらローデには力があったし似たような境遇の奴らは町の裏通りに沢山いた、色々あって神を信じられない不信心者がゴロゴロいた…、でもそう言う奴らとは仲良く出来なかったよ
何故かって?そりゃあ決まってる、道徳を失った人間の持つ感性なんかタカが知れていた、直ぐに私をか弱い女の子だとも思って群がってくる奴らばかりだった
それを捩じ伏せた、怒りのままに 神への怒りのままに、言い寄ってくる奴襲ってくる奴気に入らない奴全員バット片手にぶちのめして回った…、気がつくと私はそんな不信心者達の王様になっていた
暴力と不条理でならず者を従わせた私はその辺に落ちてたゴミでギターを作った、何故そんなことをしたかは覚えていない…、ただの暇潰しか 或いは私の気に入らない奴等が祈る神への冒涜の為か
私は歌った、最初は聖歌を汚すような冒涜的な言葉で口汚く歌い、神への怒りを響かせるように思い切り演奏しながら叫んだ 叫んだ 叫んだ
周囲の人間に煙たがられる程に叫んだ、気が狂うほどに叫び散らした、全ては神の存在を許さぬ為に…神敵となる為に
そんなある日の事だった、街の裏路地を占領するまでに強大になった私のグループを危険視した国が遂に刺客を差し向けてきた
数にして数十人規模 装備は暴徒鎮圧用の棍棒と鉄の鎧、まぁこんなもんだろうという程度だ、けど部隊を率いる隊長は私のよく知る神父に似た男…つまり神頼み野郎だった
神に祈って
神の尊さを説いて
神に従う道理を私達に堂々と言ってきたあの男の顔は今も忘れない、なんといい加減なものかと思ったもんだ、だって彼は神は無条件に我らを助け我らは無条件で神を信じなければならないなんていうんだ、そんなもんここにいる連中には逆効果だ…
私達に向けて神への祈りの作法を説く奴等に向けて、私はつい こう言ってしまった
「これが私達の祈りの形、つったらあんたどうするよ」
そう言ったら、そいつは
「そんな祈りのあり方があるか!そんな信徒のあり方があるか!、正しい祈りとは正しい生き方にこそあるのだ!」
だってよ、じゃあ正しくない私達は神様から爪弾きにされる存在だって訳か
興奮し逆上した私達不信心者により瞬く間に神聖軍は壊滅、全員縄で縛り上げて勝鬨ついでに上機嫌にいつものようにデスメタル聖歌を歌っていた…そんな時だった
あの人が、私の前に現れたのは
「すみません…現場はここですか?」
「あ?…」
申し訳なさそうにスゴスゴ謝りながら、路地裏に巨人が入って来たのだ、直ぐに服装から神聖軍の一員であることは分かったが…、何より目を引いたのは
(クッソでけぇ…、なんじゃあこいつは…)
路地裏に作った木箱の玉座に座っているのに、そんな私が見上げるほどに大きな女はガタイに見合わず弱々しい声と顔でキョドキョド周りを見回し…
「実は、今日ここで暴徒鎮圧の任務があって…、でも私おっきいから乗ってた馬が途中でバテちゃって…走ってたら遅刻しちゃって、場所…分かんなくなっちゃった…」
それ私達に聞くか?、どう見ても私達が暴徒だろ武器持ってんだから、見てくれだって真っ当じゃないしそもそも裏路地にいる人間なんてマトモじゃねぇだろ、バカかこいつは…
開いた口が塞がらなかった、体ばかり大きくて脳みそ入ってねぇのか?、こいつは…、だが 丁度いいや
「おう、そこ座れや…デカブツ」
「え?、はい…」
私が頬杖をつきながら座れと言うとデカブツは首を傾げながら地べたに座った、こいつが神聖軍の一人であることは分かっている、私達を倒しに来たことも分かってる、なら 遠慮する必要はどこにもねぇよな
「テメェにその暴徒の居場所を教えてやる」
「ほんとっ…!?」
「ああ、だが…私の全力の演奏をそこで最後まで聞けたら、なぁ?」
ギターを構え教会から奪った拡声魔装を口元に当てて笑う、ただそれだけで周囲のならず者たちは逃げていく…私の全力の演奏は最早凶器だ、それを分かってる奴はみんな逃げる、体と鼓膜が惜しいからな
だがそれを知らないデカブツは相変わらず首を傾げたまま目の前に座っていやがる、間抜けめ!
「行くぜぇぇぇえぇぇぇえええ!!!」
「うん、いいよ…」
全力でギターをかき鳴らし、全力で雄叫び上げる、最強の重低音が周囲の建造物を壊し 逃げたならず者達も吹き飛ばしていく、そんな音の爆発を受け目の前のデカブツは…
「………………」
動かなかった、最初は一撃で気絶したもんかと思っていたがその実何もないかのようにホゲーっとしながら演奏を聴いてやがるんだ!
このデカブツ耳ついてねぇのか!?頭おかしいのか!?何考えてんだよこいつ!
「おぉおぉおおおおおおおおおおお!!!!」
「………………」
こうなりゃ意地でもぶっ殺してやる、そう決意し演奏をループさせ今まで出したことないくらいの大声で歌い続ける、歌って歌って…
歌って歌って歌って歌って
歌って歌って歌って……歌って……
歌って、数時間が経った、経ってしまった
「ぜぇ…ぜぇ、ゲホッ…ゲホッ!」
「もう終わり?」
「ッ…!」
喉が張り裂け血を滴らせ、膝をつく私にデカブツは言いやがる…、『もう終わりか』と
なんなんだこいつ、何もかもが分からなさすぎる、なんであの爆音食らって平気なんだよ!
なんでケロッとしてんだよ!なんで数時間もそこに座って聞いてたよ!罠だって気月かねぇのかよ!私が敵だって気づかねぇのかよ!数時間何考えてたんだよ!
間抜けか!?バカ!?なんなんだよお前ぇぇぇぇぇぇぇええ!!!!
「もうこんな時間…聞き入ってたから、時間を忘れてた」
「へ…?」
「私は…音楽の事はよく分からないけれど、君が楽しそうだから…きっと いい音楽だと思うよ」
拍手までして感想までくれた、私はこいつをぶっ殺そうと歌ってたのに…何言ってんだこいつ、私が楽しそう?楽しいわけあるか
「バカ…かお前、私はな!この歌に怒りを込めたんだよ!、神って言うくだらねぇくそ野郎に向けて!ツバ吐きかけてんだよ!、それが分からねぇのか!?」
「うん、歌詞とかよく分からなかったから」
「バカか!もっと言う事あんだろ!もっと…グッ!ゲホッゲホッ!、私はな!神をクソ野郎つったんだぞ!?神聖軍のお前が黙ってていいのかよ!」
血を吐きながら四つん這いになり、デカブツ相手に掴みかかって吠える、ふざけるなふざけるなとワガママを言う子供のように、最早決着はついたと言うのに私はそれでも惨めたらしくデカブツに食ってかかる
だが、デカブツはそれさえも微笑み
「いいんじゃない、そう言うのも」
「え…!?」
「いいと思うよ、他のみんなはどう言うか分からないけれど、神への怒りを表したならばそれもまた聖歌だと私は思うな」
「は…は?、何言って…んだ、お前」
「だって、神への怒りって神を信じているからこそ腹が立つんでしょう?、血を吐くまでに身を焦がしているのならばそれもまた信仰の形だよ、テシュタル教の教えに信仰の形を縛る教えはないから…だから、それが貴方の選んだ道ならばいいと思う、私は応援するよ」
負けたと悟った、器の大きさで負けたと思った、私のこの怒りさえも受け止めていいんじゃないかと言ってのけるこの女の大きさに負けた、体の大きさじゃあない…人としての大きさに
私は何をして来たんだ、このデカブツは私の歌を認めてくれているのに、私は今歌を何に使った…?、この女を殺す武器に使った…
それがどうしても恥ずかしくなる程に、この女の目は澄んでいる…
「ぁ…ああ…」
気がつけば私はこの女から手を離して、雪の中で蹲っていた…、神を肯定するのではなく神を使って私を肯定してみせたこの女の器量に完全に敗北した私に出来ることはなかった
「お…おい、デカブツ…」
「なあに?」
「名前…聞かせてくれ」
「ん、私はネレイド…ネレイド・イストミア…です」
ネレイド…それがこの人の名前、なんて立派な人なのだろうか…
惚れ込んでしまった、私はこの人のあり方に惚れ込んでしまった、敵の罠さえ踏み抜き敵さえも認め肯定する姿に私は憧れを持ってしまった、こんな立派な人になってみたい…心の底からそう思えた
見れば今の自分の姿が情けなく見えた、なんとも情けなく見えた、捻くれた事ばかり言って何もかもを神様の所為にしてるのは自分じゃないか…!、その癖グレて他人を傷つけて…なんてバカなのか、私は
こんな私でも、この人みたいになれるのか…なれるのだろうか
「……ネレイドさん、いえ ネレイド様」
「何?、…ん?様?」
「私も、貴方みたいになれますか…?」
「…どゆこと?、でもなれるんじゃない?」
「本当に?…」
「だって今の貴方の姿は望んでなったものでしょう、それならまた別の姿を望めばなれるよ、心の底から祈って努力する…こればっかりは神様に祈っても意味がないから、自分に祈って頑張らないとね」
「ッッ……!」
頑張れとその言葉が身に沁みた、そうか…頑張るしかないのか、そりゃあいい…こればかりは神様の関与は無いらしい…
「で、約束通り暴徒の場所…教えてくれる?」
「……参りました、ネレイド様…」
「えっ…!?」
こうして、私はネレイド様に捕まり自ら志願して監獄に行った、今の自分じゃあとてもじゃないがネレイド様のようになれないと悟ったから
一回地獄に落ちて生まれ変わらなければならない、あの人のようになるにはそれくらいの覚悟を示さなければならないと、私はプルトンディースに落ちて身を清める修行の日々を送ることにしたのだ
それがあの人との出会いだった、まだ神聖軍に入りたての新兵だった頃のネレイド様との出会いは…
一心不乱に祈りを続け、それが評価されて監獄を出て…神聖軍に入隊してからも私は死ぬ気で努力した、全てはネレイド様に近づき少しでもあの方の役に立つために
私に私なりの神様との向き合い方を教えてくれたあの方に一生の恩を返すために私は神聖軍にいるんだ、あの人を支えるために神将にまでなったんだ、それが私を支える全てなんだ
だから、だから祈る…己へと、負けるな!立て!勝て!…と
───────────────────
「がぁぁぁあぁぁぁぁああああああ!!!」
「まだやるか!」
無駄と分かっていてもローデはギターを振るう、メルクリウスに叩きつけ勝つ為に、ネレイド様の敵を一人でも排除する為に
「負けられねぇんだ!負けたくねぇんだ!、あの人の隣にいる人間は!負けちゃいけねぇんだ!!!!!」
「っ…なんという威圧!」
突如としてパワーアップしたメルクリウス相手に果敢に挑むのは、理想へ近づき憧れに迫った己に課した誓いを果たす為に、貴方のようになるという誓いを無駄にしない為に!嘘にしない為に!
だから!
「ッーーーー!!!」
メルクリウスの絶対防御を前に遂にギターが叩き壊れ残骸が宙を舞う…、最早銀の十字もギターも消えた
争う術はもう無いのか、…いやあるだろう、日和るな…
「まだ…まだぁぁぁぁあああああ!!!!」
全力で雄叫びをあげ、息を吸う…メルクリウスの作り出したガスが喉を傷つける感覚を味わないながらも息を吸う、私の力はもうこれしかない、もう銀もギターも無い なら魔術も意味を成さない
だから…!!
「な!バカ!喉がどうなってもいいのか!?」
構わない!、ここでお前を殺せるならな!、その為ならもう二度と歌えなくなってもいい!死んでも構わない!、全ては…ネレイド様への忠誠の為に!!
「グッ…!」
一瞬喉への負荷から血を吹きそうになるが、堪える…、二度のヘルサウンド・カンティクムの使用は前例がない上、今は喉に負荷がかかってる…けど、けど!!
負けたくないんだよ!私はぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!
「ゥゥッッスクリィィィィィイィィィィィィイムッッッ!!!」
爆発させるは血混じりの咆哮、吐血するように叫び喉を張り裂きながらも叫ぶ魂の咆哮は、今まで私が発したどの怒号よりも大きく果てまで響く、如何にメルクリウスとはいえこの咆哮は避けられまい 防げまい!
死ね!死んでくれ!私もお前に着いて行くから!、だから!
だから、祈る…効いてくれと、しかし
「ッッッ!?!?!?」
目にしたのは絶望、爆音に砕ける大地の最中…平然と立つメルクリウスの姿に、いや違う…奴め自分の周りに空気の断層を錬成して音を完全にシャットアウトしてやがる、…そうか…一度目もそうやって防いで…
(そりゃ…反則だろ…)
こっちは命をかけたのに、何事もないかのように防ぐなんて、こんなの不公平じゃないか…
これが魔力覚醒なのか…、ネレイド様もまだ至ってない段階とは
これが魔女の弟子なのか…、ネレイド様と同じ世界に八人しか居ない世界の後継者とは
これが…メルクリウスなのか、メルクリウス・ヒュドラルギュルムとは…底無しなのか
「ガフッ…」
遂に力尽き、声を枯らして膝を折る…ダメだ、倒れるわけにはいかない、例え 声が枯れても…私は…!!!
「悪いな、…先に謝っておく」
「ッ!?」
刹那、飛んでくるメルクリウスの腕、私の最大の技を防ぎ続けざまに私の首を掴むメルクリウスは、翡翠のような輝きをより強めながら…小さく謝ると
「光輝なる黄金の環、瞬き収束し 閉じて解放し、溢れる光よ 永遠なる夜を越えて尚人々を照らせ…!」
「グッ…!?」
詠唱だ、ダメだトドメを刺される!、喉が潰れてもこちとらまだ怪力が残ってんだ!、テメェの腕ごと握りつぶしてやる!
そうメルクリウスの腕を掴み返し、肉も骨も捻り潰し砕いても…離さない、絶対にメルクリウスは離さない、ここまで痛めつけて叩きのめしても倒れなかった女が、今更腕の一本ごときで怯むはずがないのだ!
や…やられ────
「『錬成・極冠瑞光之魔弾』」
メルクリウスの持つ錬金術の中で最も高い威力を持つ奥義たる魔術、『錬成・極冠瑞光之魔弾』…、それはこの世の凡ゆるエネルギーを錬成して弾丸に押し固め放つ錬金術である、ならば今回も同じかといえばそうではない
作り出した凡ゆるエネルギーを押し固める先は、ローデ自身である…、ローデ自身を弾丸に見立てて魔力を集中させているのだ
当然、弾丸とは飛ぶものである、真っ直ぐ真っ直ぐ何処までも飛んで行くものである、ならば今 弾丸に見立てられているローデが行き着く先は当然…
「ではな……」
「ま…ッッ!?」
その言葉を最後にローデは一条の閃光となって消えた
音速よりもなお早き速度で銃弾の如く空を飛ぶ、この氷に覆われた世界の暗天を輝かせる一条の光となって 彼女が守ってきた氷の大城の屋根に激突し、その一部を抉り取りながらもようやく止まり…
「がは……」
落ちる、圧倒的なエネルギーの本流に呑まれ氷に叩きつけられた衝撃で、全身から煙を吹きながら白目を剥いて墜落して行く…
抜けて行く力、悟る勝負の結末、その最中…ローデはただ静かに祈った、己ではなく 神ではなく…
(ネ…レイ…ド…様…ぁ)
申し訳ない、守れなかった…負けてしまった、この謝意があの人に届くように、ローデはただただ静かに祈り…、そして………………
「案ずるな、殺す気は無い」
抉り取られた氷の城の一部を眺めながらメルクリウスは息を吐く、この戦いの結末を悟り、なんとか勝ちを収めることが出来たと安堵し、そして
「そして、喉の方も直しておいた…、お前の歌声までは奪うつもりはない」
せめてもの情けとでも言うべきか、或いは護国の為命を懸けて奮闘する彼女にかつて軍人であった者として敬意を評した、メルクリウスはローデの喉を掴んだ瞬間錬金術にて張り裂けた喉を治しておいた
そのことを恩義と騙るつもりはない、代わりに全力でぶちのめしたからな、だが…全てが終わった後、彼女に謝罪を行い 再び彼女の美しい歌声を聞こうと思うなら、これは必須の行程であった
「ふぅ、しかし…なんとか勝てたな」
ローデは強敵であった、今までの私では間違いなく勝つことが出来ないほどに強敵であった、…この魔力覚醒 いや 強引に魔力覚醒に似た現象を引き起こす偽魔力覚醒とも言うべき状態に移行することが出来なければ負けていた
「これが、エリスが使っている力…グロリアーナ総司令が使っていた力…か」
まだ二人には及ばない、真に魔力覚醒を使い熟ているわけではないからな、だが同時に思う…
私もそこに行けるんだ、まだまだポテンシャルがあるんだ…、もう誰かに守ってもらう必要はないのだと
静かに頷きながら、彼女は自ら作り出したコートの裾をたなびかせながら向かう、他のみんなはどうなったかな、いや 心配することはないな…きっと
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「……ッ、お前」
メルクリウスとは別方角の氷の街の只中にて、守神将トリトンは舌打ち交じりに悪態を吐く、今相対しているのは我が友ダンカンを傷つけた憎き相手、長きに渡り奴を殺すその瞬間を待ち望んでいた…
これは友情の聖戦である、だと言うのに
「へいへーい!ピッチャービビってるー!」
目の前に立つ憎き相手…メイドのメグは煽るようにバットを片手にフリフリと腰を振ってトリトンを煽っているのだ、この後に及んで…こいつ!
「ダンカンだけでなくベースボールまで汚すつもりか!メイドォッ!」
全力で振り込み 足を振り上げ鉄球を投げる、トリトンの剛腕から発せられるその豪速弾は空気を切り裂き真っ直ぐメグの元に向かい…
「あぎゃっ!?」
激突する…、避けることもせず体に受けて吹っ飛んで背後の建物に突っ込み、倒壊する…が
「ちょっとー!デッドボールでございますよー!私一塁に進んじゃいますよー!」
「なんで平気なんだお前…!」
「それー!進塁ー!」
鉄球をぶつけたのに、立ち上がりブーブーと文句を言いながらスタコラサッサと何処かへ逃げ切れるメグの背中を見て呆れた溜息を吐く、もう何度目だこれ
メグに何度鉄球をぶつけても全く手応えがないのだ、何回ぶつけても何回ぶつけても…、くそ!何だこの戦いは!、わけがわからん!
「くそっ!、待て!逃げるな!」
トリトンは追う、逃げたメグを…友の無念を晴らす為に、どんなものであれこれは聖戦なんだ、聖戦の…はずなんだ