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276.魔女の弟子とジャガイモ道中


「どうだ、ラグナ」


「んー…」


ズリズリと馬橇が雪を掻き分ける音を聞きながら 俺は目の前のそれに目を向けて、ゴクリと固唾を呑む


カルステン率いる別働隊との戦いを終えた俺達三人は ズュギアの森を抜ける為、旅を続けていた、幸いな事にメルクさんが馬橇を借りたペセルフネ村にて使っていた馬橇を多額の料金と引き換えに手に入れることが出来た、その上幾つかの食料も分けてもらえて万々歳だ


どうやらカルステン達の部隊は森の村達を戦いに巻き込むつもりはなかったのか そこで待ち伏せしてるとか、俺達の話をしていたとか そう言うことはなく、そこからはなんの問題もなくトントン拍子で進むことが出来たのは かなり僥倖であったと言えるだろう


しかし


問題を解決した最中、またもう一つの問題が浮上した…それは


「私特製の干し肉サンドだ、食えば元気モリモリ間違いなしだ」


「あー…むしゃむしゃ」


メルクさんが作ってくれた干し肉サンド…、切り分けたパンの間に干し肉を挟んだだけの簡素な食事を口の中に運びもしゃもしゃと食べ咀嚼し嚥下する、うん 干し肉の塩っ辛い味とパンの小麦の風味の相性は絶品だ


「美味しい…」


「ならどうだ?、力の方は…」


「…………」


食事を終え 自らの腕を見る、筋骨隆々になるまで鍛え抜いたはずの俺の腕は今 何もかもを出し尽くした出涸らしみたいに細っそりと痩せている、腕だけじゃない、足も体も吹けば折れる枯れ枝のように…顔も見るからに不健康にげっそりしているらしい


そうだ、俺はこの旅路の中でロクに食事も取らず 寒さに耐える為無意識に大量のエネルギーを浪費していたが故に…溜め込んだエネルギー全てを使い果たしてしまったのだ


今俺の中にあるエネルギーでは普段の俺のパワーを作り出すことが出来ない、魔力ではなく純粋に経口でエネルギーを補給する必要があり そして今の干し肉サンドがエネルギー源…、つまり食事というわけだ


「……ッ!」


食事は行った 食うもん食ったんだ、出ろ力よ!と腕に力を込めるが…


一瞬普段の筋肉が戻るも、直ぐにプシューと蒸気を出して萎んでしまう…足りないか


「ダメか…、この程度では」


「ごめんメルクさん…せっかく数少ない食料を分けてくれたってのに」


「構わん、一応計算して余剰分を出した物だからな…だが、言い換えれば今のサンド以上の食事は余分には出せない、この先のことを考えるとな」


食料だって無限にあるわけじゃない、いつものパワーを出すためにはもっと大量の食事を一度に取る必要がある、しかし 今の俺達にはそんな余裕もない…


俺達はこれからズュギアの森を抜ける、話によれば森を抜けて進み続けると 直ぐに空白平野に辿り着くという、その空白平野には殆ど村が存在せず 補給がほぼ出来ないらしい


となると、食料は無駄遣い出来ない…俺の勝手で食料を浪費はで出来ないさ


「大丈夫、お陰で普通に立って歩いたりはできるくらいには回復したんだ」


「だが、…ナリアが傷つき お前が本調子でない今、また邪教執行官達に襲われたらと考えるとな…」


「そこは祈ろうぜ、この国には神様がいるらしいしな」


祈るしかない、邪教執行官達と鉢合わせないことを…、チラリと横を見ればナリアは横になり寝息を立てている、痛み止めの魔術陣なるものもあるらしく、それを紙に書いてあちこちに貼っているから本人は大丈夫とは言うが、彼自身のダメージもかなり大きい


こんな時デティが居てくれたら心強いのだが…、そうも言ってられないからな


「……む、ラグナ 見ろ、森を抜けるぞ」


「おお、やっとかぁ…」


御者をしているメルクさんが前を指す、見れば永遠に続くかと思われたズュギアの森の向こうから光が差し込んでいるのだ、ようやくようやく森を抜けるのか


なし崩し的に入り込んでしまったズュギアの森、最初は生きて出られるかさえも不安であったが、なんとか…二ヶ月強という時間をかけてようやく出口に辿り着くことができたのだ


うう、達成感がすごいが…ここからが本番なんだ、ここからが…!




徐々に森の外へと近づいていく馬橇、巨大なブレイクエクウスの背中の向こうに見える景色、再び俺たちは森の外へと帰還し、俺達の旅の舞台はズュギアの森から 新たなる舞台 空白平野へと移る


空白平野…、この間遠目に見た感じ的にかなり異様な世界であることだけは分かっていた


何もない、起伏も何も存在しない純白の平野が永遠に続く異質な世界、そこへ俺達は…遂に


「む…これは、なるほどこれが…」


「マジか…、こんなのあり得るのかよ…」


森を抜けた瞬間俺達を襲ったのは、森を抜け出した喜びではなく 衝撃だった


空白平野…遠目で見たときは分からなかったが、今 目の前にしてようやくその正体が分かった、草木一本生えない白の平地 その『正体』を見た俺達は一様に思う


……こんなところに、本当に街なんかあるのか?…と



ああ、エリス お前は今どこに居るんだ?出来ればお前とこのびっくりを味わいたかった……、本当に どこに居るんだ



………………………………………………………………


「準備はいいですか?アマルトさん」


「おう、メグは?待てって言っても無理だけど」


「勿論準備オーケーでございます、では…始めますか」


ゴクリと三人揃って固唾を呑む……


世界一の大監獄プルトンディースを脱獄し 史上二〜四人目の脱獄者として栄えあるんだかないんだから分からない名誉不名誉を手に入れたエリス達、ヘット達の助けもあってなんとかかんとか抜け出してより一ヶ月の時が経った


ラグナ達に追いつけ追い越せの勢いで平原を駆け抜け猛速の行軍を続けていたエリス達は今…



今…、帝国のメグさんのお宅にいた


「ジャン!エリスが作ったのは有言実行!バターポテト!、蒸したジャガイモの割れ目にオライオン産の牛乳を使って作ったバターをインして塩をまぶしただけのもの!、良い素材に小細工は不要!問答も無用!喰らえ!爆食賛歌!」


「俺はジャガイモたっぷりミネストローネ、本当はトマトも欲しかったが…手に入らなかったから入れてない、まぁそれは南部に着いた時のお楽しみってな?」


「私はサクサクでフカフカのスイートポテトのパイを少々、皆様方の料理の間にでも頂いてくだされば幸いでございます」


三人揃ってメグさんの屋敷の中 銀色のクローシュを開け放ち、共に使ったジャガイモ料理を見せ合うように勝負させる、そうだ これは真剣勝負だ…、結局弟子の中で誰が一番お料理上手なのかを競い合う為の真剣勝負…なんだけど


「なんか作ったら作ったで満足しちゃった、誰でもよくない?一番とか」


「そうでございますね、こうしてみるとエリス様アマルト様私…共に甲乙つけがたい領域にございますし、ここは曖昧にはぐらかすのが一番かと」


「ですね、というかもう食べちゃいましょう、エリスお腹空きました」


「だあな…、というわけで今日はジャガパだぁーい!」


「ではジャスミンティーもご用意しますね、さぁ皆様 旅の疲れを一旦癒しましょう」


……エリス達は今 帝国の首都 浮遊都市マルミドワズの居住エリアの一等地に存在するメグさんのお屋敷に来ている、当然 オライオンの旅はまだ終わっていない 最中も最中 真っ最中だ


なのになぜ帝国に居るか?旅は終わってないのに?、両立するのだ 実現するのだ、メグさんが居る限りエリス達にはこれが出来る


「いやぁ、しかし便利だよなぁ時界門、平原の真っ只中を進んでいてもブリザードが来たらすぐに屋敷の中に逃げ込めるんだから」


「オマケに寝る場所にも食べるものにも困らないときました、…これは些かズルですね」


メグさんの時界門でいつでも屋敷とオライオンを行き来できるから 監獄を出てからの旅は簡単極まりないものになっている


ブリザードが来たら時界門の中へ、夜が来たらメグさんの屋敷のベッドで、食事時も屋敷で…、当然戻ろうと思えば直ぐにオライオンに戻って旅を再開できる


屋敷の備品入れの倉庫に中断地点に直通で繋がる穴を開けっぱなしにしてあるからいつでも旅に戻れる始末、こんな楽な旅でいいのかなぁと申し訳なさを感じるくらいだ。


「はい、エリス様 雪原の冷気でさぞ冷えたでしょう、熱々のジャスミンティーを淹れましたので どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


コトリとポテトを食べるエリスの前にジャスミンティーが置かれる、うう〜ん いい匂い、目の前には湯気を立てる優雅なカップ…さっきまで雪原のど真ん中にいたとは思えない光景だ


確かにオライオンの冷気は芯まで冷やす、未だに体の奥に冷気が残っているエリスにとって このジャスミンティーは差し詰めオアシス…、頂きましょうか


「ッあつっ!?」


「え エリス様!?」


カップを持ち上げ遠慮なく口に運ぶと、ありえないくらい熱いお茶に舌を焼かれて思わず悲鳴を上げてしまう、いやいや 熱々に入れたとは言えこれは如何にせよ熱過ぎでは?、それともエリスが冷たくなってるとか?


「んー?、おいメグ?このジャスミンティー…ちょっと沸かし過ぎじゃないか?、これじゃあ折角の香りも飛んじまうぜ?」


「そんなはずは…、ッ…確かに、なんたる不覚 湯の加減を誤るなんて、こんな初歩的な」


「らしくないですね、メグさんがお茶の熱加減を間違えるとは」


どうやら イタズラとかではなく単純なミスみたいだ、でも単純なミスと斬って捨てるには相手が悪い、何せミスしたのはメグさんだ、ラグナが入れたんだったら『も〜ラグナったら〜』で許せるが…


これを本業とし、かつ 立場を得ている彼女が誤るなんて…


「も…申し訳ありません、どうやらオライオンとアガスティヤの温度差で熱加減を見誤ったようで…」


「いえ、気にしなくて大丈夫ですよ、びっくりしただけなので これはこれであったかくて美味しいですよ、ね?アマルトさん」


「え?いや、普通に熱いから俺フーフーして飲みた…」


「アマルトさん?」


「はい……」


熱湯は熱湯だが飲めないほどじゃない、飲んで死ぬわけじゃないしね 故にカップを傾けてコクコクと飲んでいく…、体の中に熱が補給され凍っていたエリスの頭が徐々に活性化し始め、ジャスミンの鮮やかな香りがやる気を取り戻させる


さて、じゃあそろそろ旅路について考えますか


プルトンディースを抜け出し一ヶ月ほど、ルート的には森を迂回するルートだが 速度的には申し分ない速度だと思う、今のところ神聖軍の妨害も無いしこのまま順調に向かう事が出来ればかなり猶予ある状態でエノシガリオスに到着出来るだろう


「ズズッ…、メグさん 今の現在地ってどの辺りになるんでしょうか」


「はい、お待ちを…今地図を確認しますね」


するとメグさんはすぐそこの棚に置いてあった地図を取り出して机の上に広げ エリスもアマルトさんもその地図を覗き込み考える


「今我々がいるのはこの地点でございます、次の街を超えたら遂にエノシガリオスがある空白平野へと突入致します」


メグさんの指が指し示すのはオライオンの地図のど真ん中に存在する巨大な円形の空白だ、何も書かれていない ただただ真っ白な円がそこにはある、まるで地図の上に牛乳を零してしまったかのような空白に 思わず唾を飲む


「何なんですか?、空白平野って」


「私も行ったことがないのでなんとも申せませんが、オライオンに潜入していた工作員の断片的な話を統合すると…、もし この世に本当に神がいるとするなら、空白平野は神の奇跡によって生まれた地だとか」


「勿体ぶった言い方だなァ、神が作った大地?それがこの白い空間って?、だとしたら神様ってのはデザインのセンスがねぇな」


「果たしてそうでございましょうか、それは見てみればわかります…、皆様の食事が終わり次第向かいますか?」


「そうですね、平野のブリザードもそろそろ途切れている頃でしょうし…、夜になる前に急いで向かいますか」


「だな…、そうと決まればとっとと食べちゃおうぜ、俺達の力作をさ」


そう言いながら地図をクルクルと巻いて何故かアマルトさんがそれを胸の中に仕舞い込む、それ メグさんのでは?、まぁいいけどさ


………………………………………………………………


それから数分、暖かな陽光(偽)が降り注ぐマルミドワズの穏やかな昼時を堪能したエリス達は再びオライオンの旅を再開する、再開する方法は単純 屋敷の二階にある隔離された倉庫の扉を開ける ただそれだけでいい


メグさんの力により扉の先はオライオンの平原…エリス達が旅を中断した地点に繋がっている、だから 扉のドアノブを回せば それがリスタートの合図となる


「うぅ、扉開けた瞬間から寒いなぁ」


倉庫の扉を開け 中に入れば、そこは再び銀世界…、雪が降り積もった果てしない大地へとエリス達は立つことになる、見立て通りブリザードは収まっており 地面はキラキラパウダースノーが陽光を照らし返している


そんな雪床を防寒具の重装備を引きずってエリス達は歩く、さっき暖かい場所で温かいもの食べだから 元気満タンですよ!


「では、続けますか 我等の旅を」


そんな中、雪に刺さったセントエルモの楔を引き抜きメグさんが向かうのは、エリス達の目の前にこんもりと盛り上がった小さな雪の山だ


いいや、あれが雪の山でないことはエリス達もよく知っている、ブリザードの中放置したから雪に埋もれてしまっただけなのだ、その上に降り積もった雪をパッパッと手で払えば中から重厚な鉄の肌が姿を現わす


「それ雪の中に放置しても大丈夫なのか?」


「問題ありません、帝国の技術をなめないでください」


エリス達三人で雪を払って その全容を白日の元に晒す、するとさっきまで雪山だったそれは瞬く間に本来の姿を取り戻す…


それを、エリスの知識で言語化するならば、巨大な鉄の棺桶だ、雪の上に寝そべる鉄の棺桶…、やや丸みを帯びており上部には丈夫そうなハッチが付いている


そう、これは乗り物だ メグさんがエリス達の足として用意した雪上を進む無敵の棺桶なのだ


その名も『極地走行型突貫魔装 アイアンデッドヒート』!


「さぁ、エリス様 アマルト様 乗り込んでくださいませ」


「あいよー」


「はい、了解しました」


上部のハッチを回し開け 内部へと乗り込むエリス達、内部はまぁかなり狭く 剥き出しの鉄の配管が其処彼処に伸びる無骨なデザインになっており、その前方には 握るような円形のハンドルと 前を確認するための窓が取り付いている


これはメグさんが取り出した雪上移動用の魔装だ、こいつはメグさんの運転により魔力を後方からジェット噴射し、風のように速く雪の上を駆け抜ける仕組みになっている、こいつに乗ってエリス達はこのオライオンを駆け抜けているんだ


「メグさん、ハッチ閉めました」


「はい、安全確認…動力源は…問題なし、進めますね では出発しましょーう」


そう前方の椅子に座ったメグさんが一声上げ 足元のアクセルを踏み込むなり、この棺桶は…アイアンデッドヒートは轟音を立てて動き出し、ゴリゴリと雪と地面を削りながら前へ前へと進んで行く


軋むような音や不快な揺れは凄まじい物の、それでもこのアイアンデッドヒートの内部は外と比べれば比較的快適と言える、何せ中には温度調整機構が付いているから寒くないし 何より歩かなくていいから寝ててもいい、普通の旅路に比べれば天国だよ


「あーあ、こんなに便利なもんがあるなら最初から出してくれよメグ」


グングン加速していく景色を見ながらアマルトさんはあっけらかんと言ってのける、しかし


「無茶を言わないでくださいませアマルト様、これはそもそも一人乗り 私の使える空間拡張魔術を全力で使ってなんとか三人乗りにしている状態なのですよ?、ここにあと三人も入るなんて無理でございます」


それに とエリスは心の中で補足する、極地走行型 と名前が付いているこの魔装だが本来の用途は海上を駆け抜ける緊急離脱用の脱出機構なのだ、本来は帝国の軍艦に設置されている避難用のボートであり 軍艦に何かあったときはこれに乗り込み海上を駆け抜け 近くの別の軍艦に救助してもらう…そういう想定の魔装なんだ


そもそも大人数を乗せて長距離を移動する想定も、ましてや雪の上を無理矢理進む想定もされていない


それをメグさんの不完全な空間拡張魔術でなんとか三人乗れるように改造した上でエリスとアマルトさんを魔力タンクとして設置することにより、想定外の長距離走行を可能にし 無理に無理を重ねて進ませているのが現状


細かいカーブも効かなければ雪の上を滑っているだけなのでブレーキもロクに効かない、雪の下に隠れたちょっと大きめの石にぶつかっただけで大破する可能性もある、これを使っているのはそもそも苦肉の策なのだ


今はとにかく速度が必要…その一点だけを鑑みて使われているだけの代物でしかない、これを最初から使って移動しよう なんて提案は酔狂にも程がある


「まぁ確かに?、これを運転出来るのはメグだけだしな…、これを最初から移動用に用いるのは無理か」


「はい、帝国にはそもそも移動用魔装が存在しません、なので辛うじて代用品になるこれを使っているだけなのです、言っておきますがこれが壊れたらその時点で我々は歩きでございますよ?、新しくこれを仕入れている時間なんてありませんので」


「へーい」


そう言いながらエリス達が腰をかけるのは本来ならこのアイアンデッドヒートを動かすための魔力タンクを搭載する為のエンジン部分、乗り心地は最悪だし アマルトさんとぎゅうぎゅう詰めになって乗り込んでいる、長時間こうしているだけで骨格が歪みそうだ


「というかアマルトさん!もう少し向こうに行ってくださいよ!、エリス苦しいです!」


「いでででで!無理だって!無理無理!死ぬ!潰れて死ぬ!、これ以上はどこにも行けねぇ!」


「じゃあ呪術でネズミか何かになってください!、そうだ!さっきジャガイモ食べましたよね!?ジャガイモになってくださいアマルトさん!」


「なれるか!!、ってかそうなったら俺からの魔力供給もなくなるぞ!?、お前この棺桶一人で動かすつもりか!?」


「ちょっと二人とも!暴れないでください!、これ運転めちゃくちゃ難しいんですからね!、下手な所に突っ込んだら諸共死にますよ!?」


まぁ、こんな感じだ…、快適とはとても言えない 言えないが、それでも速度と温度は保障されているからこれをやめるって選択は無い


ゴウンゴウンと音を立ててみるみるうちにエリス達の魔力が吸われている、鍛えているからこのくらいの消費は物ともしませんが 流石に一人で動かすのは無理ですからね、二人でこうしてギュウギュウになって乗り込むしか無いんです


「なんとか…、こう なんかうまい具合に乗り心地だけでも改善出来ねぇかな…」


「ふぅ、揺れが落ち着いた…、ふぅ…ふぅ…」


ううむと考え込むアマルトさんとやや荒い息で運転を続けるメグさん、そして そんな中エリスは…


(神聖軍は今どこに居るんでしょうか)


今エリス達が通っているのは森と街の中間ルート、永遠に平原が続くルートであり ネブタ大山と街を守る防壁の間を流れる颪によって定期的に厳しいブリザードが吹き荒ぶ危険地帯、ブレイクエクウスも流石にこの地域での活動は不可能な為順路に指定されなかった地点を進んでいるわけだが…


一回も神聖軍に出会わなかった事に些かの違和感を覚える、全て ラグナ達を捕まえる為にズュギアの森に入ったのか…?


だとしたら


(空白平野は…、こうも行かないかもしれません)


もしラグナ達がズュギアの森を超えて空白平野に入るだけ進んでいたとしたら 当然ラグナ達を追いかける神聖軍もそこに現れるという事、それにエリス達が脱獄してから一ヶ月…


こちらの追っ手もそろそろ警戒したほうがいいかもしれない、トリトンはエリス達を死んでも逃すまいと必死だったからね、死番衆が大挙してこちらに現れてもおかしくないのです


(この棺桶の中で襲われでもしたら それこそこれがエリスの棺桶になりかねませんからね、身動き一つ取れないわけですし)


それにさっきから嫌な予感がビビンしてますし、…油断は出来ない…と見ていいでしょうね


「あ、皆様 左手をご覧下さ〜い、あちらオライオン名物のネブタ大山でございまーす」


「よそ見する余裕はあんのなお前…」


そんな朗らかな、それでいて何処か張り詰めた空気の中 エリス達の旅は続く 目指すは空白平野…、そして 聖都エノシガリオスだ



……………………………………………………………………


ズシズシと蹄の跡を雪に残し 進む一団、ズュギアの森の中をゆっくりと進む巨大な一列の行軍は何処か苛立ったような空気を醸し 森の外へ外へと向かっていく


「……クソが」


一団を率いるのはただでさえ怖い顔を更に恐ろしくギラつかせた邪教執行長官ベンテシキュメである、彼女は二本の処刑剣をしまいもせず 剥き出しの刃を光らせながら神将に与えられる特殊なブレイクエクウス 神馬に跨り舌を打つ


してやられた…と


「やってくれたぜ神敵め、まさかあたしを出し抜くなんてよ」


ベンテシキュメは神敵ラグナを追ってここまでやってきた、辺境も辺境のど辺境に凱旋中断してまでやってきたのに 成果がゼロとはどういう事だ


結局山の上にはラグナ達の姿がなかった上、どういう原理か 山の向こう側からラグナの雄叫びが聞こえてきたんだ、それがどういう意味合いの声かは分からないが それでもラグナがあたし達に気付かれず山の向こうに到達しているのは事実


間抜けだ、あまりに間抜けすぎる あたしの有様を別のあたしが見たら唾を吐きかけていたであろうくらいには情けない


だが、『情けなかったです、あーあ残念』で終わらせるにはベンテシキュメは偉くなり過ぎた、今のあたしは立場があり 部下がいる、そしてその部下が…サリーが半死半生の際まで持ってかれたんだ こいつらの頭として邪教執行官の顔として、神敵を生かしておいちゃあいけねぇよな


「しかし参った、カルステンのヤローに人員割かれたのが響くな…」


あたしの可愛い部下達と副官のジョーダンを連れて消えたカルステンの行方は今も知れず…戻ってくる気配もない、どこで何やってんのかは知らねぇが おかげでこっちは部隊を大規模展開するわけには行かずチマチマと森の外目指すこの数週間 なんの手立ても打てなかったのはあまりに痛い


ジョーダンやサリーがいてくれればそいつらだけに小隊を任せて山の向こうの様子を見に行かせることもできたが…


「じょ…ジョーダンさん、どこに行ったんでしょうねぇ」


今あたしの側にいる副官はレイズだけだ、レイズも副官だ 弱くはないし部隊を率いることくらいはできる、だが二人と違って機動力に乏しいという欠点がある…、雪を自在に操れる二人と違ってレイズはどちらかというと鈍重なパワーファイター、殴り合いに持ち込めばカルステンにだって傷を与えられるとあたしは信じてる


だが、レイズを向かわせることができないのは事実…ああくそ、歯痒いなぁ!


「チッ、どうする…もし神敵たちが既にエノシガリオスに到着していたら…、大失態もいいとこだぞ」


「で でもぅ、彼処にはネレイド様や聖務教団も居ますし、多分 ゲオルク卿だって動いてくれますよ…」


「御大将を動かすこと自体が失態だと言ったろ!、それに ゲオルクは信用すんな」


「ふぇ、なんでですか?」


「アイツは元々教皇の管轄下の人間じゃない聖王派の人間、本質的にあたし達の味方じゃない、エノシガリオスが危機に陥ったら もしかしたら嬉々として高みの見物に入るかも知れねぇ」


「そんなぁ…」


そういう奴だ、そして長らく失われていた王家の権限の復活を目指して動き出しても何ら疑問も抱かない、クソくだらねぇ この宗教大国に王族なんて必要ねぇってのに


ああくそ!ムカつく状況でムカつく奴の話してたら余計ムカついて来やがった!、クソ!クソクソクソ!!!


「長官!大変です!魔獣がー!!!」


刹那、行軍の横腹を叩くように白猪型の魔獣 ホワイトボアが木々を薙ぎ倒しながらこちらに迫ってくるではないか、まるで縄張りを踏み荒らされた事に激怒しているようだ…


「ブモォッー!!」


「くっ!、長官!魔獣に怯えて馬達が!」


「はぁ〜〜」


ある意味じゃあ 丁度いいか、このままじゃ 怒りで爆発しちまうところだった、そんな中 八つ当たりの対象が飛んできたのだ、きっと これは神の啓示なのだろう


無意味に怒るな…、そう仰られるのだ 神が


「分かりましたよ神様、一服して落ち着きます」


懐から残り少ない葉巻を取り出し先端を剣で切り落とすと共に指を一つ鳴らし、煙を吐く…白い煙は天へと登り この怒りと焦燥を神の御座へと運んで行く、はぁ 落ち着く…


「ベンテシキュメ長官!」


叫ぶ部下、ギョッとするレイズ、ベンテシキュメを喰らい殺そうと飛びかかるホワイトボア…、そして 煙を一つ 大きく吸い込み口の中に留めたベンテシキュメは…


「ブモォォォオォォッッ!!」


「やかましい…」


刹那、風が凪いだ……


「なっ…!?、ホワイトボアが…」


通り過ぎる風は背後の木々を揺らし、世界に静寂を取り戻させる…、足元に地響きを轟かせ転がるホワイトボアの死体が二つ…、元々は一つだったそれが中心から二つに割れ 漸く斬られた事に気がついたのか 断面から血があふれるとともに、燃え上がる


真っ二つに斬られたホワイトボアの死体、その断面図が轟々と音を立てて燃え始めたのだ


ベンテシキュメに斬られた物は全てが発火する、無機物有機物関係無く 全てが燃える、これが彼女の持つ力…彼女が罰神将と呼ばれる所以


「喧しいんだよ豚が、ここはテメェの縄張りじゃねぇ、神の国だ… テメェがでかい顔をしていい空間は、この国の何処にもねぇんだよ!」




「す 凄い、ホワイトボアが…Cランクの魔獣を一太刀で…、しかも死体が焼けている…」


「なんだ新入り、ベンテシキュメ長官の使う魔術が何かしらねぇのか?」


「え ええ、もしかして炎熱系の使い手と?、しかしこの国で炎熱系の使い手なんて…」


「違う違う、あの人の使う魔術は炎熱系じゃねぇ あの炎はオマケだ、あの人の使う魔術は……」


「おい!くだらねぇ話してる暇あったら馬落ち着かせて少しでも進め!後がつかえてんだよ!」


ベンテシキュメの横で無駄話を繰り返す新入り執行官とベテラン執行官の二人に檄を飛ばし、再び軍を前に進める


森の外はもう目の前なんだ、雪原に出たらそのまま森を迂回して空白平野に向かう…、更地なら軍馬を持つこちらが速度で上回るはずだ


そう、今後のプランを立てていると…


「長官!、報告があります!」


「はぁ?、今度はなんだよ」


「実は…」


駆け寄ってくるのは行軍の先頭にいたはずの執行官、それがやや血相を変えてこちらに寄ってくるもんだから思わず顔をしかめてしまう、なんだよ 今度は何が起きたんだよ、もう大層な事が起こっても驚いたりなんか…


「ん?、お前は……」


「実は 報告というのは…」


報告に来た執行官が連れていたその顔を見て、思わず口を閉ざしてしまう、そして聞き入ってしまう、執行官と執行官に追従する者の話に…


そして


「なるほど、そう言うことかい」


「はい、如何されますか?長官」


「決まってるよンなもん!、行くぜ!野郎ども!馬のケツを引っ叩け!全力でかっ飛ばすぜ!」


報告を聞いた感想と言えば、悔しさ半分 嬉しさ半分、だがベンテシキュメも子供じゃない 割り切るところは割り切れる、だからこう言う時は楽しいことを考えるとしよう…、魔女の弟子達 神敵達の首を狩るチャンスが巡って来た事実をよぉ!

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