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270.魔女の弟子と少女と悪党


この監獄の懲罰房の位置は全て頭に入っている、ヘットから見せてもらった地図と現在地を照らし合わせれば ヘットの使っていた裏の通路を使って何処へでも行くことが出来る


そう考えエリスはメグさんと共に囚われたアマルトさんの奪還に走った、しかし数百もある懲罰房の部屋の中からアマルトさんを見つけるのは至難の技だなぁなんて考えていたら、エリスにとって喜ばしい誤算が起こったのだ


それはこの監獄の作りに起因する、…エリス達は今この監獄の特殊な力のせいで魔力を封じられている、対する看守のエリート達 死番衆はその手に持つ魔解石のお陰で魔力が使える、故に囚人と看守の間には絶対的は力の差が生まれるのだが


今回はこれが逆に働いた、…エリスは魔力を封じられている そこは確かだ、だが…魔力を感じる力自体は封じられていない、つまり魔力はそのものは感じられる…、この監獄の中で魔力の使用を許されている者達の魔力をだ


対するエリス達は魔力を封じられているから相手はエリス達の居場所を察知出来ない、とくればあとは簡単だろう?、とにかく凄まじい魔力が集まっている方向へ向かえば アマルトさんが居るであろう場所に隠れながら進むことが出来るんだ


予感は的中、アマルトさんを拷問しているトリトンとトリトンが呼び寄せた死番衆三隊長の集合の場に居合わせる事が出来た、しかも幸運なことに全員エリス達を探すために外に出てくれたんだ


この隙を見逃すわけにはいかないとエリスとメグさんは慌ててアマルトさんを解放、さぁ!このまま脱獄じゃい!と言うところに現れたのは副監獄長ダンカンだ


トリトンがアマルトさんの拷問の続きを任せたであろうダンカンが、エリス達の道を阻み 扉の前に仁王立ちしながら立ち塞がる


奴によってエリス達が忍び込んだ天井の裏口は破壊された、最早逃げることは出来ない、このまま行けばエリス達はダンカンに捕まり 再び檻の中…、いや トリトンの口振り的にエリス達はもう死ぬまで拷問される可能性さえある、だったらやる事は一つ


ぶちのめして、道を切り開く それだけだ


「ムヒヒヒヒ、なんだ?なんだ?、俺と戦おうと言うのか?」


「ええ、かなり痛い目に合わせる予定ですので、病院のアテが無いなら道を開けることをお勧めします」


「ムヒッ!ムホホホホホ!これは傑作!俺に勝てるとでも?、魔術も封じられロクな武器も持たないお前達が、この副監獄長である俺に敵うと思うか!」


まぁ実際かなり危うい戦いだ、こっちは魔力を一切使うことができないしロクな武器だって持ってない、監獄から持ってきたアイテムだって攻撃力のあるものは無い、そもそも戦いだって想定していない


その上相手は神将トリトンに次ぐ実力者、その身体能力の高さは並みの兵士を上回る神聖軍を遥かに上回る、それでいて向こうは魔力を使いたい放題なんだからこれ以上ないくらい不利と言える


だけどね、『不利』の二文字は諦めの理由にはならないんですよ、エリスはここを出てエノシガリオスに辿り着いて、師匠を助けなくちゃいけないんですから!


「アマルトさん、メグさん…エリス一人じゃ厳しいです、手伝ってくれますか?」


「当たり前でございます、…こいつには借りがありますからね」


「俺のせいでこんな事になってんだ、手を貸すどころか…やらせてもらうぜ!エリス!」


「どいつもこいつも…煩わしい、それが無意味な抵抗であることを態々教えねばならんとは…!」


ドスンと一つダンカンが腰を落とし構えを取る、まるで鬼のような威圧と共に放たれる魔力はあっという間にこの空間全域を包み込み 彼の支配下に置く


…見掛けは間抜けだが、本気で油断ならないぞ、これは…


「さぁ来い!、最強のベースボールチーム!オライオンシューティングスターズの誇る正捕手ダンカンが、どんな攻撃も受け止めてやろう!」


だが、止まれない 止まらない、こいつをぶち抜いて、背後の扉に飛び込んで!こんな監獄脱獄してやる!


「上等です!、やってやろうじゃ無いですか!」


故に踏み込む、魔力は封じられてもこの鍛え抜いた体は健在、近接戦は行えるとばかりにエリスは強く地面を蹴り抜き矢の如く空に飛び出し、クルリと身を翻しその膨よかな顔面目掛け蹴りを…


「甘い!」


「なっ!?」


されど簡単に受け止められる、片手を軽く動かし 大きく広げた掌の中心でエリスの蹴りを綺麗に止めて、その衝撃を物の見事に分散して見せるのだ


上手い!思わず口を割りそうになるほどに見事な防御だ、腕で防御するなら分かる、だが掌の中心でエリスの攻撃を見事に受け止めて見せるなんて、それこそ師匠くらいしか出来ない芸当…!


「その程度のスピードで俺が抜けるかァッ!!」


「ぐぶぅっ!?」


次いで飛んでくるハンマーの如き振り下ろし、否 単純なはたき落としだ、肩から綺麗に弧を描くように振るわれたビンタはエリスの体を叩き その衝撃は全身を突き抜ける


その鈍重な体つきに違わぬ重撃を受けたエリスの体は、まるで光線のような速度で地面に突っ込み 堅牢な石畳が砕け散る


な なんてパワーとスピード、魔術抜きの体術でもこんなに強いのか…!


「まだまだぁ!『アースブレイカー』ッ!!」


「しまっ…!」


ダンカンの体から魔力が放たれる、魔術だ 奴は卓越した岩石魔術の達人、受ければ戦闘不能は必至、だと言うのに未だ痺れた体では奴の魔術を回避出来ない


なんでやきもきしている間にダンカンの巨大な拳がエリスの体を覆うほどの影を作り…


「ふんぬぁっ!」


「おっとと!」


刹那、燦めくような速度で駆け抜けたアマルトさんの手に引かれ ダンカンの拳がこの身を押しつぶす直前に斜線から外れることに成功する、次の瞬間エリスが埋め込まれていた大地が ダンカンの一撃を受け隆起し変形し、石の棘となって辺りを崩すのだ


凄まじい威力…、いや このフィールド自体がダンカンにとって都合が良すぎるのだ


岩石魔術は周囲に岩石があればあるほど強くなる、そしてこの監獄を形成するのは当然岩石、奴にしてみれば三百六十度全域に武器があるようなもの…!


「ガラ空きでございます…!」


しかし、そんな棘さえもすり抜けて、霧のように跳んだのはメグさんだ!大地に拳を突っ込み 隙だらけとなったダンカンの首を狙い、鋭い貫手を放つ…しかし


「効かん…効かんわそんな手ぬるい攻撃!」


「あらっ!?」


受け止められた、凄まじい反応速度を見せたダンカンは片腕を地面に突っ込んだまもう片方の手でメグさんの貫手を受け止める、これまた掌の中心でだ


「ふんぁっっ!!」


「ぐっ!?」


そのまま受け止めた手を突き出すように押し込む、張り手の形でメグさんの体を押し飛ばせその怪力によりメグさんの体があっという間に部屋の向こう側まで飛んでいき、岩壁に叩きつけられ鈍い音を立てる


「ムヒヒヒヒヒ!、遅い 緩い 軽い!、オライオン1の名キャッチャーと呼ばれる俺にそんなトロトロした攻撃が通ると思うか!、貴様らの攻撃など 普段から受けているトリトンのボールに比べれば止まって見えるわ!」


一瞬にしてエリスとメグさんの攻撃を弾き返し高らかに笑うダンカンの防御は確かに鉄壁だ、単純に防御力に富んでいるのでは無い 『受け止める』と言う行動にあまりに特化しているのだ


キャッチャーとは即ちボールを受ける受け手、常日頃から目にも留まらぬ豪速球を数ミリの違いも無く受け止めることを要求され それに答えるダンカンの技量は、防御の一点だけで見ればアルクカースの討滅戦士団にさえ匹敵すると見た


「トリーのバッテリーの名に懸けて!、ここから先は一歩も通さん!」


トリトンのスタイルは徹底した後手のスタイル、敵の攻撃を受け止その上で反撃を加えるカウンターファイター、問題は彼の防御は鉄壁でエリス達にその防御力を抜く手立てが無いと言うところに尽きる


(魔術が使えれば…!)


魔術が使えればこんな壁ごとぶち抜いてダンカンを吹き飛ばすくらいわけないのだが…!


「挑む相手を間違えたな!、さぁ散れ!『ボウルダーグランダルメ』!」


ズドンと音を立ててダンカンの足が地面を砕けその衝撃に従い地面が変形、無数の鏃に変形し部屋を覆うほどの弾幕を形成、一斉にエリス達目掛け次々と連射されるのだ


「ちょっ!おいおい!、これ広域破壊魔術だろ!?密室で撃っていい魔術じゃねぇよ!」


「チッ!、魔術が使えないから弾けません…!」


「厄介でございますね…!」


救いがあるとするなら既に装備を取り戻せていた点だろうか、エリスの最大の防具 宝天輪ディスコルディアを用いて迫る鏃を弾き、弾き切れない鏃はコートで受け止め致命傷だけは防ぐ


アマルトさんも魔術は使えないとはいえ、手に持つ短剣は世界有数の名剣工マルンが作り出した最後の逸品マルンの短剣、それをくるりと回すように扱い鏃を切り裂く


メグさんはなんかもう普通に身のこなしだけで避けているが、…これ限界があるぞ


いつまでもこんな方法じゃ凌げない!、なんとかしないと!でも…どうすれば


「このデブ野郎!、そこどけってんだよ!」


真っ先に動いたのはアマルトさんだ、するりと鏃の雨を潜り抜け 短剣を用いてダンカンに斬りかかる、されども既にダンカンの瞳はその動きを見切っており


「効かぬと何度言えば分かるか!」


これまた受け止めた、マルンの短剣の斬撃を指二本で受け止め完全無力化して見せる、ありゃもう曲芸の域だぞ


「うっそだろ!マジかよ!」


「ムヒヒヒヒヒ!、俺がお前達に負けるか…!俺はトリーの相棒だ!神将の相棒だ!、神将トリトンの名を背負う俺が!お前達に負けていい筈がないだろうがァッッ!!」


裂帛の気合、轟く咆哮、神将の背中を任されたその責任と覚悟はダンカンを奮い立たせ、そのままアマルトさんをエリスのように地面に叩きつけるため大きく腕を掲げる


このままではアマルトさんは先程のエリス同様地面に叩き込まれそのまま魔術を受け致命傷を受けるだろう、短剣を受け止められたアマルトでは回避は出来ない


万事休す…そう思うだろうか、エリスは思わない、何故なら今彼は言ってはいけないことを言った、魔女の弟子に対して、言ってはいけないことを


「神将の名を背負うお前が…?」


アマルトさんの瞳に火が灯る、復讐の炎…怒りの烈火、それはそのまま彼の力となり、なんと受け止められた短剣を軸にぐるりと体を持ち上げダンカンの巨大な手を飛び越えるのだ、あらゆる物を防ぐダンカンの手と言う名の盾をすり抜け…


「こっちは魔女の名背負ってんだよ!、同列に扱うんじゃねェッ!」


「グッフォ!?!?」


炸裂、鋭く弾くような蹴りがダンカンの右頬に繰り出され ダンカンの大きな体がグラリと揺れる、如何に鉄壁の防御を持とうともそれを飛び越えて蹴りを打ち込まれれば彼とて痛いものは痛い


キャッチャーをやっていて顔面に蹴りを食らう瞬間があるだろうか…、分からないが多分無いだろう


ダンカンの意識が一瞬痛みに支配されたお陰か、展開されていた岩の弾幕が途切れ、ここから巻き直しを…


「ぬぁぁぁああああ!!!」


「がはぁっ!?」


しかし、それで倒れるダンカンでは無い 怒りのままにアマルトさんの体を掴み、真横に投げ飛ばす、その投擲力の高さは凄まじく、岩の壁がまるでスナック菓子のように砕け散り、アマルトさんの体が奥深くへと埋もれる


「やってくれたな…!こいつ!」


ギロリと動けなくなったアマルトさんに怒りの形相が向く、つまり ダンカンの目が、エリス達から離れたのだ…


好機、その言葉が浮かぶよりも速く 虚空をかける一閃の影がダンカンへ向かい


「む…!」


弾かれた、放たれたのはナイフ…メグさんのナイフ投擲だった、しかし飛んでくる物は最早見ずとも反応出来るとばかりにダンカンは軽々とメグさんのナイフを素手で弾き飛ばし、舌打ちをかます


「邪魔な、だが無意味だ、俺に投擲など効くはずもないだろう」


「う…!」


メグさんだって分かってると言う顔で続けざまにスカートの中からナイフを取り出し再び投擲を続ける、一本 二本 三本 四本、数えきれない程のナイフが次々と姿を現しガトリングのように投擲を続ける


全て防がれる、見なくても分かるダンカンの手はまるで壁の如く投擲されるナイフを弾き返していくのだ、そこに寸分の誤りもなく 作業のように的確に防いでいく


無駄だろう、分かっている、だがメグさんは続ける、このまま攻撃をやめれればダンカンはアマルトさんを潰しに行く、それが分かっているから少しでも時間稼ぎをしようと投擲をやめないのだ


「うぅ〜、こんなことならもっと普段から沢山のナイフを持ち運べばよかったですぅ」


しかしそれでもナイフの数には限りがある、遂にナイフを投げ切ったのか今度はフラインパンやらランタンやらペンやら ナイフでもなんでもないものをスカートの中から取り出してポイポイと手当たり次第に投げて…って、そのスカートの中どんな構造になってるんですか…


「ムヒヒヒヒヒヒヒ!無駄無駄!寧ろ良い練習台だ!、さぁどうした?どんどん投げんか」


「くぅ〜悔しいですぅ〜!」


珍しいメグさんの本気の泣き言と共に徐々に投げる物の威力も小さくなっていく、どこかで買ったお土産の置物や暇つぶし用に持ち運んでいた本や適当に丸めた紙クズや地下で作っていた激辛パウダーまで投げて行くもダンカンには全て防がれ……


…………ん?、激辛パウダー…


「ムヒヒヒヒヒ!」


次々と投げられる物品を手ではたき落とすダンカンは気がつかない、弧を描いて近づいていく小さな小さな麻袋の存在に…、気づくはずもなあの中に何が仕込まれているかなんて、多分メグさんも投げるのに無我夢中で気がついていない


ただエリスだけが察知したその激辛パウダーの軌道を目で追っているうちに、ダンカンは迂闊にもその麻袋を叩き弾いてしまう


「ムヒヒヒヒヒ…ん?」


麻袋はダンカンの手によって弾かれ、その衝撃によって脆くも爆ぜ散り、その中に存在する血よりも赤い紅の粒子を撒き散らして…


粒子は周囲に爆ぜ散ると共にフリフリとダンカンの体に降りかかる、目に鼻に そして口に…、その違和感に彼自身が気付いた時には既に遅い…


「この粉は…ぁ…ぁ…ぁあああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」


みるみるうちに赤く染まる顔、充血する瞳、鼻水が飛び出る鼻、そりゃそうだ…あの粉はただの香辛料じゃない、激辛狂いのメグさんを満足させ、アマルトさんをして劇薬と称された程の謂わば食べる爆弾…いや飲んでも死なないだけの毒!、それを真っ向から それもあんなに大量に被ればどうなるか


それは即ち、…死だ


「ぎゃぁぁあぁああああ!?!?なんだこれは!?なんだこれは!?痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!?全てが痛い!ぐげぇぉおおおお!?これは!?毒か!!!何故こんな猛毒をぉぉおぉおおお!!」


「いえ…それ、その ただの香辛料なんですけど…、私お手製の…」


「ひぎぃぃいいいいいい!?肺が燃える!喉が爛れる!な 何も見えん!何も感じん!死ぬ!死ぬのか!俺はぁぁぁああああ!!!」


「そんな大袈裟な…、まさか辛いの苦手…?」


大袈裟なもんか、そもそもの話辛味という味覚は存在しないと言う


辛味とは即ち『人体が危険を感じ痛覚を刺激する事により発生する感覚』だとも言う、つまり辛さとは味でもなんでもない 神経を刺激する危険物なのだ、それを極限まで高めたら何になるか?、普通に毒ですよメグさん


目や鼻や口と言う感覚器全てに激辛パウダーを被ったダンカンは助けを求めるようにもがき苦しみ その手は顔を覆って隙だらけになる…今ならいけるかな


「よしっ…すぅーーー!」


大きく息を吸って、目を閉じて 鼻を塞いで…!、突っ込む 記憶を頼りにダンカンの居場所目掛け走り抜き


「ッッッッッ!!!!」


「ごぼがぁっっ!?!?」


全ての感覚器を閉じた状態で激辛濃霧の中へと突っ込み、ガラ空きになったそのボディに突き刺すように抉りこむのは渾身のスクリュードライバーキック、魔術が使えなくとも 旋風圏跳を扱う容量の体捌きで繰り出される蹴りは深々とダンカンの鳩尾へと突き刺さり…


「げぶぅぅぅぅっ!?」


ゴロゴロと転がりながら背後の扉を突き抜け土煙あげて廊下の奥の壁へと追突、轟音を立ててその動きは止まることとなる


「っちち、やれたか?エリス」


「ええ、動いてくる気配はありませんよ」


目を凝らし見てみれば、廊下の端で大の字に倒れ、溢れた体液でぐちゃぐちゃに顔と充血した瞳を見せながらピクリとも動かないダンカンの姿が見える、…凄い威力だ メグさんの激辛パウダー…


「ありがとうございます、メグさんのおかげで倒せました」


「うう…、私のスペシャルスパイシーエンペラー・メグカスタムマークII(真)が…」


それそんな名前だったんだ、ま…まぁいいじゃないか いつぞや彫刻を壊された仕返しが出来たと思ってここは飲み込みましょうよ、ね? とメグさんの肩を叩けば納得してくれたのか、やや涙目になりながらも頷いてくれる


よし…じゃあ行きますか


「それじゃ!、とっとと逃げましょう!」


「畏まりました、アマルト様 こちらに裏道の入り口がございます!急いで!」


「お おう!」


地下内部はヘットの教えてくれた裏道で移動できる…、問題があるとするなら裏道が使えない一階だろうが…今はいい、とにかく急ぐんだ





……エリス達がその場より立ち去って 数分が経った後だろうか、本当に三人と入れ替わるようにして懲罰房に駆けてくる足音が一つ…


「何事だ!、何があった!」


トリトンだ、エリス達の捜索に向かった筈のトリトンが先程の戦闘音を聞きつけて戻ってきたのだ、しかし…時は既に遅く、事は済んだ後であった


「な なんだ、これは…」


駆けつけたトリトンが見たのは、まさしく惨状と言うに相応しい荒れた部屋の内装、地面は砕け 壁は崩れ、神敵アマルトを縛っておいた椅子は壊捕らえていた筈の縄は切り裂かれその役目を放棄している


見ただけでわかる、神敵エリスと神敵メグが神敵アマルトを救出しに来たのだ…、だがおかしい ここにはダンがいた筈だ、この世で最も信頼の置ける男である彼がここに居た以上そう易々と逃す筈が…


「と…トリーか…その声は」


「ッ!?ダン!?」


ふと、消え入るようなか細い声に反応しトリトンは弾かれるように振り向く、その先には 廊下の果てには、土埃だらけの満身創痍の姿となったダンが倒れていたのだ、ま まさか…ダンが負けてたと言うのか!?


それよりも…


「ダン!大丈夫か!」


急いで駆け寄りその体を起こす、ダメ立てる気配がない…、あれだけ力強かったダンの体からは今 一切の力を感じない、そんな…ここまでやられるなんて…


「どうして…、お前ほどの男が…」


「ふふ…ど どうやら俺は、毒を盛られたようだ…最早、目も見えん…喋っているだけで舌が痛い…」


「毒!?、まさか…この監獄でどうやってそんなものを…!」


俄には信じ難い、だがあのダンがここまで弱っているんだ…受け入れられないが事実なんだろう、奴らを毒を…しかもダンほどの巨漢を一瞬にして倒す程の猛毒を何処かから手に入れて、それをダンに使ったのだ…


「誰が…こんな非道を…」


「め…メイド…」


「メイド?…確か神敵の中にそんな格好をした奴がいたな」


確か名前はメグとか言ったか、…奴がダンに毒を盛ったと言うことか、如何にも陰険そうな顔をしていると思ったらやはりか…くっ!


最早目も掠れて見ることすら出来ない程に弱った親友の姿に、思わず涙が溢れる…、なんて事だ、神よ…何故こんな非道を許すのですか…


「な…くな、トリー…お前はここの…監獄長だ、俺が倒れた以上…これからは…お前一人でオライオンの秩序を守り抜かねば、ならんのだ…」


「ダン…、そんなことを言うな、私を一人にしないと言ってくれたじゃないか…!」


彼は、よくその見掛けから鈍重で薄汚い性格の持ち主と思われることが多い、事実囚人達の前ではそう振る舞う事もある…だが、それが真実でない事は他でもないトリトンが知っている


ダンは高潔な男だ、誰よりも国を愛し 誰よりも教義に従順で 何よりもスポーツを尊ぶ高潔な男なんだ…、彼以上に素晴らしい人間をトリトンは知らない


忘れもしないのは十年前、凡ゆるスポーツを極めたと驕り高ぶり…無気力になっていた私を、ベースボールの世界へと導いてくれたのもダンだ、何をやっても人並み以上に出来る俺を前に始めて萎縮せず『お前が高みに登るなら 俺もその後を追おう、決して一人にはしない』と言い切ってくれた彼の姿は今でも瞼に焼き付いている


五年前、ネレイド様と引き合わせてくれたのもダンだ、彼女に出会ったおかげで私は敗北を知より強くなれた、そしてその敗北から立ち直れたのも 彼が私の肩を叩き『練習ならいくらでも付き合うぞ?』と笑ってくれたからだ


トリトンが今得ている立場、宣教師団長の立場も監獄長の立場も無敵のエースという立場も神将という立場も、全て得ることが出来たのは常にダンが私の側に居てくれたからだ、


彼がずっと、共に歩んでくれたから…なのに、こんな別れなんて…


「甘えるな…、トリー…行け!、神の敵はまだこの監獄の中にいる…!、奴らを外に出しては行けない…!、お前なら やれる!」


「ダン…どこまで私のことを信じてくれると言うのだ…!」


「この身はここで倒れようと…我が志は…永遠に…お前と……、ム…ヒヒ……うっ」


「ダン…ダン!ダンッッ!!」


がくりと倒れた彼の首元に慌てて指を当てる、大丈夫 気絶しただけ…まだ助かる!、まだ…このまま医務室に…私が運べば……


ッッ!!くそ!、くそ!分かったよダン!私はお前の思う理想の男であり続ける!、だから頼む …どこまで行っても、付いてきてくれよ


ダンの体をゆっくりと床に降ろし、立ち上がる…立ち上がるのだ、友の命と誇りを背負って、神将トリトンが立ち上がる


「スカルモルト!スヴェイズ!ソグン!」


「主人よ、如何された」


風と共に舞い 現れる三隊長達に背を向けながら、トリトンは拳を握る…絶対に…絶対に逃がしてたまるか、神の敵達をここで断罪する…!、絶対に逃がさんからな!


「入り口だ!奴らは既に鍵を確保している!先に一階に向かい出入り口を塞げ!、奴らはどうやってもそこ以外から外に出る事は出来んのだからそこさえ封じてしまえば袋の鼠だ!」


「ハッ、して…殺すので?」


「ああ、いや メイドの女だけは殺すな、そいつは私が直々に殺す!友の仇を討たせてもらう!」


「友の…仇」


その言葉を受けスカルモルトはチラリと足元で転がるダンカンを見下ろすが、どう見ても死んでいるようにも見えないし 死ぬようにも見えないが、…まあ トリトン様が言うならばと言葉を飲み込み 首を垂れると共に三人揃って風のように廊下を吹き抜け、エリス達が向かうであろう監獄唯一の出入り口へと向かう…


それを見送るトリトンは、ゆっくりと己の手を掴み…


「メイド…メイドか、この借りは必ず返させてもらうぞ…」


ゆっくりと歩み出し、後を追う…狙うは神の敵 狙うはメイドの女の首、親友ダンカンから託された監獄長としての使命を全うする為、神将が今 始動する


……………………………………………………………………


「急げ急げ急げ!、見つかったら事だ!」


「分かってますよ!、あ!そこです!そこ曲がってください!」


「うう…私のスーパーデンジャラススパイス・メグセレクト(最強)…」


「いつまで落ち込んでんだよ!さっきと名前違うし!」


タカタカと軽快巧妙な三つの足音が重なりながら、石畳を打楽器に演奏をしている疾駆の影、あとは走るだけならば走れ 外に出るだけならば急げと自他を叱咤し全霊で走る


ダンカンを打ち倒し裏道を使い、一階へとやってきたエリス達三人は半ば祈りながらひた走る、誰にも見つかりませんように この先に誰もいませんようにと、心の中で手を組んで必死に拝む


しかし、忘れていたと言うやら すっかり失念していたと言うやら、エリス達は今神敵…祈る相手から睨まれているんじゃどうしようもないんですね、これが


「ここを曲がれば出口に…うぉっ!?」


「どうしたんですかアマル…ひゃっ!?」


曲がり角を曲がり白煙を立てて滑りながら見つめる先にはこの地獄の一丁目 その玄関先であるプルトンディースの大門が存在しているはずなのだが、問題はその足元とでも言おうか…、門の下に敷かれた玄関マットの如く展開されたている看守の海に思わず足を止める


手には鉄の棒、顔には剣呑な表情、あれは間違いなくエリス達を食い止めるために布陣された防衛戦線 どうやら間に合わなかったようだ


「どうするよ、あれ…」


「どうするもこうするも…」


突破するしかないのだが、突破出来る自信が流石のエリスにもない、それは先程のダンカンで思い知らされた この国の人間は皆精強だ、あそこで構えをとっている看守達もアルクカース人に勝るとも劣らないゴツゴツ具合、あれを魔力なしで突破するのはちょっと現実的じゃない


別の出入り口を探すか?、或いは当初の予定通り廃棄口から…いや、無理だろう… そもそも出入り口から正面切って出ると言う行いそのものがリスクを伴うのだ、なのにヘットは廃棄口を選択肢にすら入れなかった、それはつまりそちらを選ぶのは正面切って外に出るよりも危うい何かがあるということ


だが、この状況ではどちらがマシかなんて言ってる場合ではないな


「仕方ありません、一旦引きましょう 鍵は確保してあるので警戒が解かれるまで裏道に…」


「お前達か…神の敵は」


「ッッッッッ!!!」


オライオンの雪原に吹く空風よりも冷たい何かが背筋を這う、芯まで凍えるような殺意の篭った声が 背後からピリピリと響く、ただその現象を身に受けたエリス達は確認するまでもなく全員が四方へと散開し 『ソレ』を回避する


「『イグニッションバースト』ッ!!」


刹那振るわれた断罪の刃は赤熱の業火を放つと共に先程まで神敵のいた空間空振ると共に石畳へと叩きつけられる、するとどう堅固な石畳を赤熱した刃はまるでバターでも切り裂くように一筋の線を描き 火花を散らして切り裂いてしまうのだ


剛剣というにはあまり鋭く、断罪というにはあまりに苛烈な一撃が躊躇いなく振り下ろされた事実を受け、石畳の上を滑るエリスの頬を冷や汗が伝う


今のは魔術、イグニッションバースト…炎を噴出し物体を加速させる炎熱魔術、そうだ…魔術を使ったのだ、この魔術の禁じられた監獄で…


それを実現出来る人物に、エリスは一つ心当たりがある


「ほう、我が烈剣を回避するか、副監獄長を倒したのは 強ち偶然ではなさそうだ」


火炎を剣の一振りで消し去れば、その陽炎の先に見えるのは一人の剣士、灰の髪 青の瞳…そして、髑髏につけ立てられた剣の刺繍がされた外套…、間違いない この監獄に於ける恐怖の象徴…死番衆


その頂点に立つ三人の隊長が一人


「烈剣のスカルモルト…でしたか」


「我が名を知りながらも拳を構えるか 神敵エリスよ」


神将直下の特殊部隊 通称死番衆、神の猟犬の名を持つ死神…烈剣のスカルモルトが静かに剣を構え、エリス達の前に突如として現れたのである


こいつらの事はエリスもよく知っている、先程隠れて部屋の中を伺って居たからよく知っている、あのトリトンをして優秀と言わしめる彼女達の身から放たれる威圧と魔力の濃さはダンカンさえも上回っているのは言うまでもない


それが三人…、全員がエリス達の目前に立つのだ、接敵してはいけない存在が一気に三人も


「こいつらが神敵か、生意気そうなツラしてるなぁ」


身の丈ほどの戦槌を背負い ギラリと鮫のような牙を見せる赤髪の女…激震のスヴェイズ


「哀れと言うほかにありません、せめて死をもって贖いなさい、神敵よ」


両手に大鎌を構える黒いヴェールに顔を包んだ死神女…黙殺のソグン


「我らが現れた以上、お前達に未来はない、これよりお前達に訪れる明確な死…それまで些か時間がある、せめて祈るのだな…」


そして先程炎剣を振るった灰髪の剣士 烈剣のスカルモルト、合わせて三人 死番の頂点に立ちし三隊長達がズラリと並ぶ、エリス達の背後には看守の防衛戦線


前門の死番、後門の軍勢、どちらも魔術を禁じられたエリス達には過ぎたる相手…、身震いするほど嫌な状況だ 打開策が何も浮かばない


どうする、ここからどうすれば巻き返せる…何かないか、逆転の一手…!


「さぁ、終わらせよう…!」


烈剣のスカルモルトの断定するような言葉と共に 死番の隊長達が深く腰を落とす、ダメ思考する暇さえない


「くそっ、ヤベェぞマジで…」


「これは参りましたね、彼女達…師団長程ではありませんが 今の我々では手に負えないレベルでございます」


「でもやるしかありません、コイツらエリス達の殺すつもりです…!」


何はあれども応戦するしかない、黙っていれば即座に首を落とされる、死なない為には戦うしかない、例えどれだけ勝ち目がなくとも…諦めるわけにはいかないんだ


「行くぞ…!」


疾風の踏み込みと共に 三隊長が武器を振るい飛びかかる……



────話は変わるが、オライオンに於いて最も過酷なスポーツとは何か、ラグビーか?レスリングか?スキーか スケートか、或いは登山か?…どれも違う


オライオンに於ける最悪のスポーツとは 『ベースボール』である、正確には『オライオン式プロベースボールリーグ』が最悪の過酷さを誇ると言おうか


他国にもベースボールの文化はある、コルスコルピにもチームはあるし 最近ではデルセクトも多額の資金を提供し世界的なベースボールチームの育成とリーグの発足を行なっているが、オライオンのベースボールは他国の比ではない過酷さを誇る


何故か?雪の中でやるから?それなら他のスポーツだって同じだ、ベースボールが過酷と言われる理由は一つ 、オライオンにて国家が主導するプロリーグの中で唯一…『試合中の魔術使用』が許可されているからだ


「『イグニッションバースト』ッッ!!」


「くっ!!、相変わらず怖い魔術ですね!これは!」


エリスに向けて烈剣を振るうスカルモルトもまた、トリトンやダンカンと同じチームに所属する女である


一番 ライト烈剣のスカルモルト…別命攻守烈火のスカルモルト、炎を噴出しながら高速で空中を飛び回る彼女の守備範囲は他の追随を許さず、火炎でブーストしたバットによる一振りはボールを軽々とスタンドをへと叩き込む


その技量は当然戦闘にも生かされる、踏み込みは神速 斬撃は瞬足、いかなる魔術で強化されたボールでも弾き返す腕力から繰り出される剣は岩をも断ち切る、人体が受ければ…どうなるかなど言うまでもないとエリスは全霊で回避に徹する


「ハッハー!『ブレイクフリークエンシー』!!


「おおっと!、丸腰の相手ですよ?もう少しこう…手心をですね?」


「ウッセェ!神の座まで吹っ飛ばしてやるから謝り倒して来な!」


ブンブンと巨大な戦鎚をメグめがけ振り回すのは激震のスヴェイズ、その戦鎚は一撃一撃が巨大な振動を伴い 掠っただけで岩壁が弾け飛び メグの背筋を凍え冷やす


五番 ファースト激震のスヴェイズ…別命金剛返しのスヴェイズ、キャプテン トリトンに次ぐ怪物スラッガーとして名を馳せており、トリトンが万が一にでも返し損ねた走者を一掃するその豪快なスイングに 魅力された者は数知れず


当然、そのパワーは死番衆の中でもトリトンに次ぐ程、神将を除けばオライオン一の怪力の使い手たる彼女が振るうハンマーと 魔術によって繰り出される振動波はどんな人間もあの世までのホームランを決める


「『シャドウマリオネット』…其れは断裂の牙、罪人を砕きし鏖剣振るいし黒毛の獣」


「影が…、ってそれは卑怯じゃねぇ!?」


詠唱と共にソグンの影がヌルリと這い上がり 漆黒の鎌を振るう、ソグン自身とソグンの合計四つの大鎌がアマルトに襲いかかる…


三番 ショート黙殺のソグン…別命併殺のソグン、自分の影を実体化させ自由に操る『シャドウマリオネット』を用い、実質二人分の守りを見せるソグンの鉄壁の守備は どんな豪速球さえも受け止め 凡ゆる攻撃を併殺に終わらせる


戦闘時にはミットを鎌に持ち替え、試合の時同様に影と共に鎌を繰り出す怒涛の連撃で相手を雑草の如く刈り取るのだ、黒と銀の織り混ざりし刃金の舞踏は神に捧げし魂のロンドとなる


合わせて三人…死番衆三隊長、試合でも死合でも無敵の強さを誇るオライオン一の過酷さを誇るスポーツの覇者達である


「赤王烈地趟ッ!!」


「くっ!?」


炎を纏った剣を大地に突き刺せば、石畳の隙間から炎が噴き出し、辺り一面を焼き焦がす その衝撃を前にエリスは打つ手もなく、身を焼かれながらもなんとか転身を繰り出し生還を果たすが…


(勝ち目がない…!)


エリスは一度 イグニッションバーストの使い手と戦ったことがある、レーシュの腹心 イグニスだ、彼女もまたイグニッションバーストを用いて超火力と超高速の攻めを得意とした炎熱使いであったが…


スカルモルトはイグニス以上にこの魔術を使いこなしている、振るわれる烈火の剣は熱と斬撃で相手を寄せ付けず、巧みな剣技は着々と相手を追い詰める、自分の強みで相手を圧倒し押し通すスタイルの戦い方だ、こういうのはこちらも力で相手を上回らない限り勝ち目がない


だが、エリスにはそれを成す力がない、魔術抜きじゃとても相手に出来ない、…ダンカンの時はまだなんとかなったが…、これが死番衆の隊長の力…神将に次ぐ実力者


(神将に次ぐ隊長でこれなら、トリトンがこの場に現れたらそれこそ終わりだ…)


「フルスイングストライクッ!」


「黒影疾駆・獅子の型…」


「ひゃっ!?」


「いってぇっ!?」


スヴェイズのフルスイングの衝撃波に転がされるメグさん、ソグンの影とのコンビネーションに圧倒され吹っ飛んで壁に頭を打ち付けるアマルトさん、どちらも苦戦している…そりゃそうだ 二人とも主戦法は武器を交えたスタイル、今はその武器さえも封じられているんだ


やられる…殺される…、このままじゃなんともならない 何か思いつかなきゃいけないのに、何も…!、背筋が冷たくなる…


フラッシュバックするのはリーシャさんの最期の顔、冷たくなっていく肌の感覚、今度はあれを メグさん達で味わうのか?…だ ダメですよ、絶対ダメです!


「ダメです…友達は!絶対やらせません!」


なんとかしないと、その衝動に駆られ スカルモルトの炎を掻い潜り、懐に潜り込む…倒さないと、魔術が無くても…倒さないと!


「見せたな、…隙を!」


「あ…」


しかし悟る、それが隙である事を …


「死に去らせ、神敵!」


「ッ───!!」


死ぬ、思わず極限集中が発動するレベルの窮地、されどこれは回避できない、旋風圏跳が使えない今この状況では 奴の炎剣は回避できない、死ぬ…良くて戦闘不能…どの道終わる、ここで…


ダメだと心の中で何度唱えても、もはやどうする事も…



「『バウンドラバー』!」


刹那、声がする 向こうから…スカルモルトの向こうから、声…いや 詠唱が…詠唱?


「アトランダムショット!」


「グッ!?」


突如として響いた声と共に スカルモルトの頭が大きく揺れる、違う 背後から飛んできた何かによってスカルモルトの頭が打ち付けられ、それによって狙いが外れエリスの真横を炎の斬撃が通り過ぎる


「っ!何者だ!」


エリスの言葉を代弁するようにスカルモルトが叫び、背後に目を向ける…その瞬間


「『パンプスアップビルド』!、吹っ飛べやオラァッッ!!」


「な…お前…、ぅぐぅっ!?」


次いで飛んできたのは巨大な大猪…いや機関車?違う、筋肉の壁だ 膨れ上がった巨大な筋肉の塊が大地を砕きながら猛突進を繰り出し、スカルモルトを吹き飛ばしたのだ


な 何が起こっているんだ…、まさか助けが?だが誰が…


「ぐっ!、…貴様 ヴァヴか…!」


吹き飛ばされたスカルモルトが空中で一回転し受け身を取ると共に地面に剣を突き刺し、静止する…その視線の先にいるのはこの攻撃の張本人…


シスター服を着込んだ女 …元アルカナの幹部 教皇のヴァヴとなんかエリスが見た時よりも数倍く蕾威巨大に膨張した筋肉を見せつける力のテットの二人が…、クライムシティにいるはずのアルカナの幹部達が死番衆を前に猛然と立っていた


「相変わらずですねスカルモルト 貴方は視野が随分狭いようで、そして今の私は死番衆のヴァヴにあらず、大いなるアルカナ No.4!教皇のヴァヴです!」


「この裏切り者が!、死番衆ともあろうものが魔女の敵対者に与するどころか教皇の名まで僭称するとは!恥を知れ恥を!」


「だって教皇を名乗った方が貴方達嫌がるかと思いましたしねぇ、効果覿面…フフ」


「ってかヴァヴ!?テット!?、貴方達なんでここに!」


クライムシティの名は出さそれでも問う、なぜ貴方達がここにいるのかと…、だって連れてきてないぞ、脱獄の話にだってロクに絡んで…いや、ヘットは言っていたな 彼女達の力が脱獄には必要と…まさか


「へっ、ボスに言われてんのさ どうせどっかで戦闘になるだろうから、助けてやれってな!」


「ええ、私達なら貴方達を助けられます、何せ私達には…この監獄の力が効きませんから」


そう言いながら親指を立てるテットとヴァヴの腕には、死番衆達と同じ魔解石の腕輪が嵌められており…って!、まさかヘット…魔解石まで手に入れていたのか!?どこまで用意周到なんだ


「チッ、最近いくつか魔解石の腕輪が紛失しているとは聞いていたが、まさかお前達がくすねていたとはな ヴァヴ…」


「間抜けですねスカルモルト、本当に間抜け、やーい間抜け、超間抜け」


「貴様…!、神敵は後でいい!まずはこいつらをやる!スヴェイズ!ソグン!」


「チッ、魔解石持ちの方が危険度は上か…、まぁいいや!ぶっ殺す!」


「どこぞに消えていたなら、そのまま消えていればいいものを…」


「へへへ来な 相手してやる……、エリス!ボスからの指示だ!先に行け!コイツらはあたしたちが足止めする!」


ヘットからの指示…、態々隠していた身を晒してまで…


この場における危険度の高さは明確だ、魔術が使えないエリス達と使えるテット達 どちらを優先するかなど考えるまでも無い、何やら因縁がありそうなスカルモルト達はヴァヴとテット目掛け転身し エリス達は今 フリーとなる


「こりゃどういう…」


「今は後でいいです、アマルトさん!メグさん!出口まで駆け抜けましょう!」


「え?ですが出口には大量の看守が…」


「死番衆よりマシです!、それに 今ここを逃したらもう二度と外には出られません!」


それはダメだ、なんとしてでも エリス達は今ここで外に出ないといけない、もう既に三ヶ月というタイムリミットの中の三分の一を浪費しているんだ、これ以上のロスは取り返しがつかなくなる


なら、進むしか無い 無謀でも!


クルリと体を回転させ 看守の軍勢が守る大門目掛け駆け抜ける


「ハハハハハ!、見せてやるよ!元アルカナの幹部の力をよぉ!」


「チッ!デカブツめ…」


大いに笑いながら巨大化した筋肉を存分に振るうテットは死番衆を迎え撃つ、彼女の使っている『パンプアップビルド』、別名筋肉増量魔術と呼ばれる禁忌魔術だ、デティの書類を読んだ時に目にしたことがある


効果は単純、自身の筋肉量を増幅させ 攻撃力を増加させるという明快な物、それによって生み出される破壊力は人間のそれを遥かに超え巨木の一撃とさえ称される程であったという


しかし 当然諸刃の剣…使えば肉体へのダメージは計り知れず 数少ない魔術の適合者以外は使用後スプーン一つ持てない体になってしまうという今現在使用禁止とされる魔術である


どうやらテットはその数少ない適合者の一人らしく、拳を一つ地面に叩きつけただけで地割れが起こり 神将達を苦しめる


あれが力のテットの本来の姿、…あの怪力の相手は確かに難しそうだが、つまり何か?テットはあの魔術を使い あの怪力を使ってネレイドに挑み、その上で力でネレイドに上回られたと?…恐ろしい話だ


「ヴァヴ!、貴様をこの手で斬れる日が来るとはな!、今日は容赦をせんぞ!」


「ふふ、昔の私と思わない方がいいですよ、私は力を手に入れたのです…大いなるアルカナに所属し あのお方に力を授かり…貴方を倒せる力を得た、今日 大地に伏すのは貴方です!スカルモルト!」


教皇のヴァヴと一騎打ちを繰り広げる烈剣のスカルモルト、超高速で振るわれる炎剣をまるで見慣れたとばかりにヒラリヒラリと回避するヴァヴはそのまま手を差し出し…


「『バウンドラバー』!」


「ッッ!?」


毒々しいピンク色の光がスカルモルトの炎剣を包む…、その刹那 炎を纏った炎剣は光を受け変色し…、ドロリと溶けたのだ


「な…これは…」


「如何なる物質もラバーへと変換する我が魔術は、炎剣を操る貴方の天敵となる、貴方の剣…貴方自身の炎に耐えきれなかったようですね」


ラバー…即ちゴムと呼ばれる物質だ、カストリア大陸の南部の小島に存在する木の樹脂を固めて作られたと言われる弾性の物体へと変質させる特殊魔術、それを受けた剣はピンク色のラバーへと変質し 直後自らが纏う炎によって溶かされ燃えて、液体となってドロリと壁に叩きつけられたのだ


恐らく さっきスカルモルトに叩きつけたのもラバーによる球体…ゴムボールだろう、それを伸ばして飛ばしてエリスを助けてくれたんだ


「チッ、剣が…」


「剣が無くなった貴方は何ですか?、烈剣のスカルモルトさん?」


「お前…ッ!」


アルカナ幹部の強さは知っている、魔術が使えれば死番衆とだって渡り合えるだろう、彼方は多分大丈夫…、後は こっちが頑張るだけだ


「来たぞ!神敵だ!、絶対に通すな!」


「うへぇ、凄い数…やれるか?」


「やります!」


やらなきゃならんのだと高く跳躍し、エリス達の道を阻もうと向かってくる神聖軍に向け、大きく…大きく体を反らす、弓のように大きく反った体に力を込めて


「退いてください!、怪我させますよ!」


「グゥッ!?」


溜めた力を解放するように蹴りを放ち向かってくる看守の顎を蹴り上げる、突破する…魔術を使えなかったとしても、その程度で落ちるほど 孤独の魔女の弟子は弱く無いんですよ!


「かかれ!取り押さえろ!」


「フッ!、なめんじゃありませんよ…!エリスを!」


向かってくる看守の一振りを回避しながら急所に蹴りを加え、襲い来る看守を倒して回りながらとにかく進む 前へ前へ進み続ける


しかし、やはり魔術が使えないのは厳しい…、あの門の外に出れば…それだけでいいのに!


「くっ!、やっぱ短剣だけじゃキツいな…!」


マルンの短剣片手に鉄棒を振るう看守を相手取る余るとさんは苦しそうに漏らす、彼の卓越した腕があるからこそ 短剣一本でも渡り合えているが、それでもキツそうだ せめて剣があれば…そんな顔で舌打ちをこぼすと


「でしたら、ちょっと失礼 これ貰いますね」


「は?え?ごばぁっ!?」


動いたのはメグさんだ、手頃な相手を選び目にも止まらぬ速度で急所を穿ち気絶させると共に、手に持つ鉄棒と腰に差した鉄剣を鞘から引き抜き…


「アマルト様、こちらを?」


「え?おお!、剣か!サンキュー…って投げ渡すな!」


ヒュンと鉄剣をアマルトさんに投げ渡すメグさんの行動により、アマルトさんは剣を得た…剣があれば、呪術が使えなくとも彼は…


「重い剣だな、だが悪くねぇ…これなら…!」


柄を握る手に力が篭る、ここから見ても分かるほどに怒張した二の腕が刹那…消え失せるが如き速度で振るわれ


「おっしゃー!死にたい奴からかかって来いやー!半殺しにしてやるからよ!」


「ぐほぁっ!?」


「し しまった、剣を奪われ…くっ!、抑えろ!通すな!」


ただの一振りで幾重もの看守を斬り飛ばし 道を切り開くアマルトさんの後に続く、メグさんも鉄棒と言う武器を手に入れたからか 看守に対して引けを取らないだけの力を振るえている


さっきよりはマシになった状況、しかし


(それでも…厳しいな)


アマルトさんのおかげで看守の海に押しつぶされることはなくなった、だが看守達とて動きがないわけでは無い、次々と門を守るように殺到して エリス達を押し返そうと鉄棒を横にして壁となって競ってくるのだ、その壁にやきもきしている間に横槍を入れられ 押し込んだ分さらに押し込まれる、一進一退の状況…今は一刻でも早く抜け出したいのに、これでは…


「ギャフン!」


「へ?」


ふと、エリスの足元にゴロゴロと転がってくる何かを見て、目を丸くする…いや だって


転がって来たのはヴァヴだ、さっきまでいい感じにスカルモルトと渡り合っていた筈のヴァヴがボッコボコにされて地面に倒れている その事実に目を剥き


「ふんっ、口ほどにも無い、お前程度剣がなくても問題ないのだ」


「うふぅ、やっぱ無理ですよね…、スカルモルトに勝てるんなら私No.4なんてポジションじやないし」


アルカナにおけるNo.4とは即ち下から四番目ということ、やはりそのレベルに遅れは取らないとスカルモルトは素手でヴァヴをぶちのめしたらしい


対するNo.11のテットは力戦しているが…


「オラオラオラ!」


「『月狗の影牙』…!」


「くぅ〜!、強えぇ〜 こいつら強すぎだろぉ…」


かなり苦戦している、テットのパワーは確かに凄まじいが技術がない、対するスヴェイズとソグンには軍隊仕込みのマーシャルアーツがある…、両者の力量は思うほど開いておらず 二人がかりの隊長達を前にテットは既にズタボロに打ちのめされている…、なんとか立っているが 向こうもあまり持ちそうにはない


そうだ、死番衆の隊長達はこの国の軍隊の主力人物達、アルカナの幹部程度には全く遅れを取らないのだ、でなければ彼女達は魔女排斥組織達からこの国を守れていないから


「おいエリス、余所見してる場合かよ!増援だぞ!」


「おや、しかもあれ…率いてるの トリトンじゃあありませんか?


「え?」


しかも最悪なことに 通路の奥の方から凄まじい数の看守を率いて現れるのは、死番衆の三隊長達を率いるこの監獄最強の男 神将トリトンだ、それが怒りの形相を向けてこちらに迫ってくる


「メイドぉぉおおおおお!!見つけたぞぉぉぉおぉぉおおおっっっっ!!!」


「え?、私?…がっ!?」


突如、メグさんの額が何かに撃ち抜かれたように大きく上体がブレる…、魔術か 銃撃か、どちらにしても予備動作が無かった、一体何が…


「メグさん!生きてますか!」


「ギリ…」


大の字になって倒れ伏すメグさんの額には大きな血の跡、そして その脇を転がるのは…


「鉄球…?、まさか あんな距離からこれを投げたとでも…」


「ああそうだよ!、エリス!気をつけろよ!あれがアイツの戦闘スタイルだ、えげつねぇ速度でえげつねぇ軌道でえげつねぇ気迫で鉄球を投擲する、それが…神将トリトンの戦法なんだよ!」


一度 トリトンを相手に敗れたというアマルトさんは語る、この鉄球こそがトリトンの武器であると


四番 ピッチャー トリトン、彼は神将であると共にオライオンベースボール史上最強のプレイヤーだ、打席に立っても恐ろしいが何より恐ろしいのはその投球…、球速も精密性も威力も何もかもが人知を超えた領域に存在し 例えバットに当たってもバットをへし折り、剰え打者さえ背後に吹き飛ばしたこともあると言う逸話を持つ 最強の投擲者


そんな彼が、バットさえへし折る投球を行うトリトンが 鉄球を持って殺す気で投げればどうなるか?、それは如何なる矢も銃弾も砲弾も敵わない 最悪の飛翔物となり敵対者に襲い来るのだ


「いてて…」


「そしてなんでメグさんは無事なんですか…」


「まぁ昔取った杵柄です、それより来ますよ!」


「っ…!」


徐に立ち上がるメグさんの言葉に反応し再びトリトンに目を向ければ、取り出していた 己の武器を…鉄球を、腰のホルダーから一つ引き抜くと共にこちらに向かって走りながら 流麗なフォームを描き


「死ねぇぇぇえ!!神敵ぃぃぃっ!」


まるで目の前で突風に煽られたかのような凄まじい威圧を放つと共に、鉄球がトリトンの手から放たれた…と 極限集中を用いて漸く視認できる程の速度だ、本当に銃弾並みの速度だぞこれ!、あんなの受け止めるなんて絶対無理だ!


(なら…回避を…!)


咄嗟、まさしく反射に身を任せ横っ飛びに体を跳ね飛ばし直線に飛んでくる鉄球の射線上から外れる、強力無比な飛び道具 されどこの手の飛び道具の回避法は心得ている、兎に角その射線上にいなければいいだけ、なら 兎に角動き続ければ…


「馬鹿野郎エリス!それじゃダメだ!」


「ッえっ!?」


飛ぶアマルトさんの怒号、それではダメだ それでは避けられない、そう伝えるが如き怒号と共にエリスは見る


直線に飛ぶ鉄球…いや 直線に飛んでいた筈の鉄球が虚空でギュルギュルと真横に回転していることを、それはまるでエリスに狙いを澄ませているように見え…


「ごぶぅっ!?」


刹那、真っ直ぐ飛んでいた筈の鉄球が急速に進路を変える、真横に飛んで射線から外れた筈のエリスを追うように 横から何かに打たれたかのように鋭角に軌道を変えてエリスの腹に突っ込んできたのだ


そんなバカな、投げた物が途中で軌道を変えてたまるか、剰え この鉄球からは魔力を感じない上詠唱もなかった、つまりこれは ただの鉄球でしかないというのに、こんなあり得ない軌道を…


「ぐぅっ!?」


「トリトンの投げる球はアホみたいな軌道で曲がるんだよ!、避けたからって安心するなよ!」


鉄球に打ち飛ばされ地面を転がるエリスは悟る、なるほど これが神将かと…、スポーツという一種の技術を極限まで磨き抜き 一つの武器に昇華した者達の絶技、これが…!


「死ぬまで踊れ…!神敵!」


投げる、みるみるうちにこちらに接近してくるトリトンが次々と鉄球を投げる、投げて 次の鉄球を取り出し 構えて 再び投げる、この一連の動作があまりに洗礼され過ぎて隙一切存在しない、気がつけば既にエリス達に迫る鉄球の数は数十を超えており …背筋が凍る


その上鉄球は軌道上で何度も何度も鋭角に軌道を変え、この狭い廊下の中を跳ねまわるように虚空で軌道を変え続ける、これでは一つ一つを見切るのも一苦労、それで当たったらえげつない威力なのだ


これは…本格的に


「くっ!、これ!避けても!追ってぐぅっ!?」


「くそっ!ヤベェぞ!ただでさえ包囲されてんのに ここにトリトンなんて…ぁがぁっ!?」


回避も防御も許さない無数の連弾、避けた先に鉄球が飛んでくる 防御しようにも目の前に軌道が変わり防御をすり抜ける、苛烈な飛翔の攻め こちらが手を打つことさえできないところから永延と嬲るように鉄球を投げつけながら本人は着々とこちらに近づく…


エリス達は逃げ惑うことさえ許されず 看守達に取り囲まれ、その上更にヴァヴもテットも死番衆三隊長によって打ちのめされていく、万事休す そんな言葉さえ浮かぶ諦念漂うこの空気を打ち破る術を…エリスは


「ぐぅっ!…くぅ」


鉄球を顔面に受け、鼻血を吹きながらも…足を踏ん縛る、ダメだ 倒れられない、ここじゃあまだ 倒れられない!


エリスの旅路は、まだ…まだ!


「まだ!終われないんですよ!」


拾う 足元の鉄棒を、拾いながら走る 鉄球に向けて、鉄球に向けて走りながら大きく鉄棒を振りかぶり…振るう、全力で 全身全霊で、エリスに出来る反逆は全てやる!全て跳ね飛ばしてエリスは───


「そう来なくちゃあな、けど…」


────刹那、エリスが振るった鉄棒は空を切る、空振った 当たらなかった?鉄球はまた軌道を変えたか?、違う


…静止していた、空中で 鉄球がピタリと…いやいやおいおい、軌道を変えたら次は空中停止って?、いくらなんでもメチャクチャ……いや、違う


「これって」


違う、鉄球は停止したんじゃない…『止められた』のだ、見えない手に握り締められるように、飛んできた鉄球が空中でピタリと止まり、それどころか 逆転するように飛んでいく、トリトンに向けて戻っていくように…凄まじい速度で 引き寄せられていく


「っ!?私の鉄球が止められた…この魔術は、まさか マグネティックジフォース!?」


エリスは一度、この現象を見ている、あらゆる鉄を引き寄せ あらゆる鉄を操り武器とする、鉄があればあるだけ強くなるこの魔術と…その使い手を、エリスは知っている


…ああ、そうだな テットとヴァヴが魔術を使ったんだ、なら 彼だって…使えない道理が無い


「けど、ちょいと無謀が過ぎるのがお前の悪い癖だ、やるならもっとスマートに行こうぜ?なぁ…」


その男は、トリトンよりも背後…トリトンが引き連れる看守達よりも背後、通路の奥の奥に立ち、クールにテンガロンハットを指先でクイッとあげ、袖の下に隠した魔解石をキラリと輝かせながら ダーティに笑う


悪の中の悪、犯罪者の中の犯罪者、そして エリスの最たる協力者…その名も


「なぁ?エリス」


「ヘット!!無事だったんですか!」


「言ったろ、なんとかする術はあるってな、諸共ブチのめしたさ」


へへへと笑うヘットを見て 看守達は臆する、トリトンを含め エリスの敵対者達の動きが止まり、その視線がヘット一人に注がれる、まるでこの場において 誰が最も危険かを理解しているかのように


「ヘット…貴様もいたか」


「ツメが甘いぜ神将クン、悪人を闇の中に閉じ込めて罰した気になったか?、馬鹿野郎…俺達悪人にとって 暗闇は家みたいなもんさ、居心地が良かったぜ?無界とやらはな」


引き寄せたトリトンの鉄球をキャッチ、弄ぶようにポンポンと手の中で遊ぶヘットの体に傷はない、恐らく隠し持っていたのだ ずっと、魔解石を…看守達に対する切り札としてずっと使わず無力なふりをして隠し持っていたんだ、そしてその上で追跡してきた死番衆の不意をついてぶちのめした


ヘットならそういう事をする、隙だらけなフリをして騙し討ちをする 奴の常套句だ…、エリスも昔はアレに何度も翻弄されたが、今は…これ以上ないくらい頼もしい


「ハッ、意気揚々と現れて何をするつもりだヘット、忘れたか?お前は私に敗北した事を」


「私じゃなくて私達だろ?、神将四人で一生懸命手に入れた勲章を独り占めは良くないなぁ、それとも 今度はお前一人で俺に勝つつもりか?」


「っ…!、私一人には負けないと?」


「だから出てきた、…おいエリス?最後の後押しが必要かい?」


これがヘットの策、エリス達を先に向かわせ敵の戦力を集中させ、テット達を向かわせ足止めをさせ、敵戦力がこの通路の袋小路に集中した瞬間…裏を取る、今ヘットの後ろには誰もいない ヘット前には敵しかいない


そして、看守達の手には鉄の棒 トリトンの手には鉄の球、状況としては 最高だ、ここまでお膳立てしてエリス達を巧みに動かすなんて


…本当に腹がたつ男ですよ貴方は


「ええ、…お願いします、ヘット エリスは外に出なきゃいけないんです!」


「だろうな、任せな…さぁて、久々にかましますか、失敗したらごめんな?、…すぅー…『マグネティックジフォース』!!」


バチバチと迸る磁力がヘットの周囲を彩る、放たれる圧倒的な魔力はデルセクトの時と比べて衰えている…なんてことはまるでない、あの時よりもなお強い あの時よりもなお恐ろしい


放たれた磁力は前方に見える全ての鉄を引き寄せる、看守達の持つ武器もトリトンの鉄球も、そこかしこに存在する鉄格子も、何もかもを引き寄せ 渦巻き…、波濤と化す


「ハハハハハハハハ!、退きな?踏み潰しちまうぜ!」


「た 退避!退避しろー!」


ヘットが作り出したのは鈍色の津波、凄まじい量の鉄が波のように通路を進む、エリス達を袋小路に追い詰めたはずの看守達は逆に逃げ場を失い通路を推し進む鉄の濁流に飲まれ次々と消えていく、武器を失い 抵抗の術を失った看守には最早ヘットは止められない


「くっ!、ヘットォッ!」


一人 トリトンが吠えながら鉄球を投げるが…、無意味 ヘットの前に鉄での攻撃は全くの無意味、まるで意に介される事もなく投げられた鉄球はヘットに引き寄せられ 津波の一部へと変じてしまう


「おい!、エリス!メイドの嬢ちゃん!ボンボン坊や!乗りな!このまま突破するぜ!」


「は はい!」


「助かりましたぁ」


「マジで危なかった…!」


次々と飛んでくる鉄柱に捕まればエリス達もまたヘットと共に津波の上に乗り、鋼の快進撃と共に進むことが出来る、あれだけ苦戦した軍勢も死番衆もヘットの津波は全てを蹴散らし 瞬く間に門の目の前へと突き進む


「ぜぇ ぜぇ…くそっ!、止めろ!誰か止めろ!、このままじゃ神敵が…」


「む 無理です監獄長!、こんなの我々では…!」


「くそ…くそぉぉぉおおおおおおおお!!!」



「へへへ、ザマァねぇぜ公務員、落伍者の復讐を味わいな」


最早止めるものはない、目の前にある大門さえ エリス達の進路を遮ることは出来ない、これなら外に出られる…、最後までヘットに助けられてしまったのは情けないが…


「おいエリス」


「…なんですか?」


「しょげた顔すんなよ、お前は最後の最後に勝つ奴だろ?、それで美味しいところだけもらうタイプだ、なら…ここで挫けんな、最後まで挫けなきゃ お前の勝ちは揺るがねぇんだからさ」


な?とヘットは乱暴な手つきで隣に座るエリスの頭をぐしゃぐしゃと撫でる、最後に勝つ 途中で負けても倒れても 最後に勝つ、だから最後まで進む…諦めずに進み続ける、それがお前の強さだとヘットはエリスに語り ニッと牙を見せる笑う


…そうだ、ここで折れずに進むんだ…、途中がどれだけ情けなく 辛酸に塗れ 無様に地べたを這っても、それでも進むんだ それがエリスに出来る唯一の歩き方なんだから


「…ありがとうございます、ヘット」


「これで助けるのは最後だけどな…、さぁ 鍵を使え!そうすりゃこの大門ごと テメェらを外に叩き出してやる!」


「はい!」


故に飛び降りる、前へ跳躍し 大門に備えられた唯一の鍵穴に飛び込み ポッケから取り出した黄金の鍵を差し込み、思い切り掻き回す、開け開け開け開け!エリスを外へ!前へ進ませろ!


その叫びと共に響き渡る、解錠の音…しかし


「開かない!?」


門が開かない、押しても引いてもびくともしない…いやこれ


「向こう側にいる看守が扉を押している…!?」


『扉を開けさせるー!、押せ押せ!』


筋骨隆々の看守達が揃って扉に食いつき、外側から押さえているんだ…、こんなの エリス達だけの力じゃ絶対に開けられないぞ!


「こ こんなのどうすれば…!」


「退きな!エリス!」


そんな中響き渡るのはヘットの怒声…、それに振り返るまでもな事は始まる


「行ってきな!一番の大技で見送ってやらぁっ!」


両拳をぶつけながら叫ぶヘットの体から溢れる磁力が 極限まで轟き、鉄の津波がもう一度流動する、鍵という閂を失った門に向け、ヘットはギラリと光る瞳を向けて


「磁雷・砲孔滅神ッ!」


作り出すのは磁力の砲塔、鉄を操り組み上げた巨大な砲口の内部からは空間が捻れるほどの磁力が犇めき唸る、標的は一つ エリス達の道を阻む大門


生み出された巨大な砲塔に ヘットは弾を込める、トリトンから強奪した鉄球を放り込む込むように投げ込む、ただそれだけで事は済むとばかりにヘットは帽子の鍔を摘み クルリと砲塔から飛び降りる……


本物の大砲のように火薬が爆裂するわけではない、だがそれでも放り込まれた鉄球は進んでいく、乱反射しながらもヘットの力により前方に指向性を持たされた磁力により鉄球は加速する、加速し加速し加速し…、今現在の技術ではどうやっても再現不可能な領域に踏み込んだ鉄球は磁力に突き動かされるまま砲塔を飛び出て…大門へ向かう


それはまさに、磁力砲と呼ぶに相応しい様、音も何もかも置き去りにする速度は世界さえ切り裂く刃となり、地獄の大釜の蓋を…今



「──────ッッ」


吹き飛ばした、跡形もなく それこそ鉄球の原型さえ失うほどの速度を生み出し、余波だけで目の前の重厚な門を消し去り 押さえる看守も諸共吹き飛ばしてみせたのだ…


こいつ、あの時よりも強くなってないか…!?


「おっと、張り切り過ぎちまった…、オラ!行けよ魔女の弟子!、もうここには用はねぇだろ!?」


「うわわっ!?」


磁力砲の威力に堪え兼ね瓦解する鉄の砲塔を背にヘットは残った鉄を使ってエリス達を外へと弾き出す、監獄の外 脱獄不可能と言われたプルトンディースの外側…吹雪が吹き荒ぶ銀世界のど真ん中へ


「うおぉっ!寒!けど、出れた!」


「待ってくださいアマルト様、前方からも敵が来ます…!」


外に出るには出たが と前を見れば、吹雪のカーテンの奥にも巨大な門が見える、どうやらあれが脱獄を阻む最後の関門らしい、話には聞いていたが…なるほど、外にも兵士がいるのか、その数は監獄内部の看守達以上だが、最早問題あるまい


問題なのは…


「ヘット…」


エリスは今、監獄の外にいる、何も見えないほどの吹雪の中で振り向いて、入り口の消し飛んだ監獄の玄関口に目を向ける、…ヘットは 外に出る気がないらしく、その場で立ち止まっている、追ってくるトリトンや看守達を背に、静かにこちらを見ている


「…なんだよ、忘れもんか?」


「本当に出る気は無いんですね」


「まぁな、…それが約束だったろ?」


「……ええ」


約束、それきっとヘットがエリスに手を貸し 外に出る協力を惜しまなかった理由、エリスが彼を信じられた唯一の理由が…それだ


「ちょっ!ボス!あたし達も外でましょうよ!」


「そうですよ!、見てください!後ろから看守が迫ってきてますよ!」


「ならここでアイツら食い止めるのが俺達の仕事だ、エリス達が恙無く外に出られるようにな」


「なんでそこまでエリスに味方するんですか!、アイツは私たちの組織を潰した張本人ですよ!、利用して外に出るかと思えばそれもしない!一体何がしたいんですか貴方は!」


縋り付くズタボロのテットとヴァヴを前にしてもヘットは揺るがない、寧ろ逆に戦い続けて看守を足止めするとまで言いだし、遂にヴァヴの口から本音が漏れる


利用するものだと思っていた、エリスを利用し自分達もちょろっと外に出てやろう 、ヘットにはそんな野心があるに違いないと信じていたヴァヴは目を剥いてヘットに掴みかかる、それでも揺るがぬヘットは ヴァヴを睨み


「俺には資格がねぇ!だから出ない!」


「し…資格?」


「この世界の未来を決める権利が俺には無い、エリスは俺とそれを賭けて戦い勝ってみせた!、この世界の未来を決める権利を持ってるのはエリスだけだ!!、俺は悪人さ 約束は守らねぉし契約だって反故にする、だが己の魂に賭けた誓いだけは違えねぇんだよ!」


それはデルセクトでの最終決戦…、ヘットとエリスは巨大戦艦ウィッチハントの艦上でぶつかり合った、この戦いで勝った方が この世界の未来を決めると言いながら


エリスはこの世界を肯定し ヘットは否定し、そしてエリスは勝ってこの世界を救う権利を得た、エリスとヘットが再び邂逅したならば その時はヘットはエリスに道を譲らなければならない


そういう、約束だったから


「エリス!、やれよ!俺との誓いを違えるなよ!、お前はあの時この世界を肯定したんだ!滅ぼすなんて許さねぇ!、その誓いを果たして無いお前はこんな所に居ていい人間じゃねぇだろうが!、行け!進め!エリス!」


「……はい」


エリスとヘットは敵同士だ、それでも全てを賭けて戦った敵同士なんだ、互いの全てを知っている だから、ヘットはエリスを前に進める 無理矢理にでも、首根っこ掴んででも、前に進ませる、誓いを無理矢理にでも果たさせる為に


故にエリスも進む、ヘットの道を踏み越えて進み続けたこの道を、最後まで駆け抜ける為に


ヘットに背を向け、歩みだせば…監獄の呪縛より解き放たれたこの身から、魔力が溢れ 迸る


「アマルトさん、メグさん…退いてください」


「え?、エリス?」


そこに居ては巻き添えを喰らいますからね と二人を射線上から退けて、眼前の軍勢を睨み、拳を握る…、邪魔だ 目の前に跨る全てが!


「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 」


ようやく使える、久しく縛りれていた感覚が 突き抜けるように体に巡り、この拳に集中する、ヘットを倒してからも磨き続けたエリスの奥義、エリスの力…師匠より授かった、エリスの炎!


「『真・火雷招』ッッッッッ!!!!」



それは一瞬であった、目の前を覆う吹雪は一瞬にして蒸発し 明瞭となった世界を走る赤雷は一直線に飛び、目の前に跨る軍勢を 一撃にして消し飛ばし、道を作り出す…これが、エリスの力です、ヘット…!


「ハハハ、マジで強くなってんな…、なら これからも強くなれよ、お前が選んだ道は…俺のよりもずっと険しいんだからよ」


「ええ、もうここには絶対に戻ってきません、例え神が立ち塞がろうとも また貴方が立ち塞がろうとも、エリスは…絶対に止まりません!、エリスはこの世界を!肯定し続けますから!」


「…フッ、そうかい ならやってやれよ、俺のヒーロー」


帽子を被りなおし、吹雪の中へと 地獄の底へと再び戻っていく、エリスに道を譲って…再び、闇の中へと 己の居場所へと……



「追え!逃すな!スカルモルト!追え!」


「御意!」


「ハハハハハ!、さぁて…アイツの道は俺の道なんだ、邪魔はさせねぇよ!」


背後で鳴り響く激闘の轟音を背にエリスは進み出す、どうせヘットの事だ、適当に相手したらそのうち離脱してまたクライムシティに戻るだろう、そうなったら再びこちらに追っ手が差し向けられる、その前に


「逃げますよ!アマルトさん!メグさん!」


「え?お …おうっ!行くぜ!エリス!」


「駆け抜けましょう、もうこんな所ごめんですから!」


「はい!、颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』!!」


二人の体を掴んで、風を生み出し 風に乗り、エリスは再び風と共に空へと駆け上がる、地獄から天空を目指して、この世界を…魔女世界を守り続ける為に


それが彼との誓いだから、…ですから ヘット、精々安心していてください、この世界はずっと 永遠に エリスが守ってやりますから…だから


「エリスが約束守る所ぉぉぉ!そこで見ててくださぁぁぁぁあいいい!」


進み続ける、この国の…神の居る街を目指して、再び……




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