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265.魔女の弟子と辺獄渡り


オライオン最大の いや世界最大の監獄プルトンディース、大寒波に巻かれ天に屹立する巨大な塔の内部にて繰り広げられる地獄の最中、動く三人…


孤独の魔女の弟子エリス、探求の魔女の弟子アマルト、無双の魔女の弟子メグ


三人は闘神将ネレイドの奇襲の前に敗れ この大監獄に囚われてしまったのだ、彼女達は別れてしまったラグナ達と合流する為 エノシガリオスを目指す為 この難攻不落と謳われる大監獄の攻略に挑む


その最中出会った小悪党ティムの提案によりまずは廃棄口に繋がる扉を開ける鍵を手に入れる為、巨大な監視塔へと潜入することになったのだ


…まぁ挑むのはメグさんだけですけどね


「なぁ、アイツ一人で行かせて良かったのかい?」


ふと、スポーツ場でボール遊びに興じるエリスの隣で棒立ちでコソコソと話しかけてくるティムが一人で監視塔に向かうメグさんを心配そうに…いや 不安そうに見つめる


「大丈夫ですよ」


「だがアイツがヘマして見つかったら、一緒に居た俺達まで纏めて連帯責任を問われるんだぜ?、そうなったら全員纏めて懲罰房行き…そうなりゃ 点数だって」


「点数?」


ふと、ティムが口にした点数という聞き慣れない言葉を反芻するとティムは一旦口を閉じる、だがエリスをなめてはいけないよ?今貴方 一瞬『しまった』と瞼を揺らしましたね?、まぁその事について追求はしませんが


「点数…ってのはな、囚人達一人一人に課されている『優良信徒点』って奴だよ、それが多ければ多いほど敬虔な信徒として扱われる」


「へぇ、確か 信徒として認定されたら…」


「ああ、出れる…点数は真面目に作業を行ったり、神に祈りを捧げてたり、問題を起こさなければだんだん溜まっていくのさ」


なんだ、上手く出れそうな手段があるじゃないか、ならこんな危ない橋渡らずともその点数を荒稼ぎすればエリス達も出れるんじゃ…とエリスが明るい顔をしてみせるが、ティムは静かに首を振り


「言っとくがこの点数制で外に出るのはお勧めしないぜ?、俺だって五年間毎日点数溜めに必死になってんの一向に外に出れないんだ、聞いた話じゃ九年か十年毎日祈りを捧げて漸くって話だ…」


「十年…それはちょっと、約束の時間に間に合いませんね」


エリス達のタイムリミットの凡そ四十倍の時間をかけて外に出ても意味がない、ならそっちの線は無しか…、ううん やっぱ美味い話は無いから 悪いけど脱獄させてもらおう


「まぁ、安心してくださいよ、あの人はそう言うヘマとかをしないタイプですから」


「タイプって…従者長って名乗ってたよな、それってメイドだろ?メイドがそんな隠密なんて」


「信じられないなら降りてもいいですよ」


「くっ…分かったよ」


できるんだよ その隠密が、何せ あの人は元その道のプロ、ここよりもっと厳重な帝国の警備を潜り抜けて 世界一の皇帝の部屋まで辿り着いたんだ、それも今から十年も前に…、なら その当時から技術はさらに進歩している


今のメグさんに突破出来ない警備は、もしかしたら無いかも知れないんだから


………………………………………………………………


「ピッピーピッピー…」


軽く口笛を吹きながらスポーツ場の砂利を踏みしめ監視塔に向かう、適当な方向を見る振りをして監視塔の窓からこちらを見る人間を確認する


窓の数は合計二十 だがそこから顔を覗かせているのは凡そ十二人、だがここまでの経緯を見て考えるに このスポーツ場に割かれている看守の人数は大体八十人程だ、そしてその内二十人がスポーツ場に居るから 残りは六十人、だから顔を覗かせていない人間が監視塔の中に後五十八人はいる計算になる


五十八…行けるな、イージー過ぎてちょっとビックリする人数だ、高々五十数人の監視程度ならチャカチャカとダンスを踊りながらでも行ける


寧ろ踊ろうかな?いや 変なことするとエリス様に怒られるかも知れない、アマルト様に呆れられるかも知れない、せっかく活躍出来る機会なんだから ここかっこよく決めようか


「ふぅ…」


囚人服のポッケに手を突っ込みながら運動場でサッカーをしている一団に紛れ込む、行き交う囚人やボールを追いかける看守の影に違和感なく溶け込みながら 監視塔からの視線の死角を縫って歩く


「おああ!?」


「おっと」


ふと、サッカーボールが私の足元を飛び それを追いかけてきた囚人にぶつかりそうになり ヨロヨロと躓く


「テメェ!ここはサッカーコートだ!、他所いけ他所に!」


「すみませぇん」


怒鳴られながらもスゴスゴと逃げるように監視塔に向かい、手の中にある大きめの石をコロリと触る、さっき躓くフリをして拾った石だ、これを手の中で踊らせながら監視塔に近づき…


ふと崩れた髪の毛を気にする素振りを見せながら手の中の石を親指で弾いて飛ばす、それは弾丸の如く高速で空を滑空し、誰の目にも止まらぬ速度で一直線に飛んで 向かう先は


「うわっ!?ボールが割れた!?」


先ほどのサッカーの一団の元、先程まで蹴っていたボールが私の石に貫かれパンっと割れる、当然誰も私を見ない 私もそちらを見ない、私とは全く関係のないところでボールが激しい音を立てて割れれば 皆そちらに注意が行く


「何事だ!」


窓から顔を覗かせている十二人も驚いてそちらに目がいく、その隙にサラリと監視塔の塀に接近し 靴紐を直す仕草をしながら塀にもたれ掛かる


そうしている間に周囲の看守がボールを見に行く為集まりだし…


「いや、ボールが割れただけだ!…だが なんで急に、古くなっていたのか?」


「へへへ、まさか 俺のキック力にボールが耐えられなかったとかか?、俺もいつの間にかサッカーの達人になっちまってたか」


「そんな訳あるか、だがこれではサッカーが出来ん、おーい!直ぐに換えのボールを用意してくれー!」


「分かったー!、少し待っていろー」


ボールの破損を確認した看守は監視塔の方へと新しいボールを要求する、当たり前だがここのスポーツ用品は全て看守が管理している なら新しい物を用意するなら、あそこの監視塔から出すしか無い


「おーい、新しいの持ってきたぞー!、次は大切に使えよー」


「分かっている、さぁ 試合続行だ!」


ボールを持って監視塔から出てきた看守が サッカーをしている看守にボールを蹴り渡せば、ボールを運んできた看守は当然 監視塔に戻る


「ふぅ、また新しいボールの備品を要求しておかないと…」


軽い独り言を漏らしながら手ぶらになった看守は鍵を使って監視塔の扉を開けて 再び中に戻っていく……


誰も見ていない、スポーツの最中は看守も囚人もボールに目が行っている、故に私が監視塔に戻る看守の背中に張り付くようにして監視塔について行き 開けられた扉に共に堂々と入り込んでも、誰も気が付かない


よし、これで監視塔に潜り込めましたね


「序でに他の備品も確認しておくか…、昨日バットが折れたばかりだったな…、全く 囚人は道具の使い方が荒くて敵わん」


背中に張り付監視塔に入り込んだ私に気がつく素振りも見せず備品を確認する為に スタスタと奥の部屋へと消えていく看守を確認し、取り敢えず一息つく


監視塔の中に入ればこちらの物だ


「ふぅ、しかしここが監視塔ですか…、中は思ったよりボロいんですね」


監視塔の中も監獄同様硬い石の壁や床に覆われており、ややカビ臭い…そして、右にも左にも多数の部屋が存在し 奥には巨大な階段も見える、外から見た感じ この監視塔は大体四階層まである…


はてさて、鍵は何処にあるのやら


「んー、…私がここの看守なら 鍵は三階や四階には起きませんねぇ、一々取りに行くの面倒ですし、かといって一階はスポーツの備品置き場みたいですし…、置くなら二階か」


そうと決まれば二階に行きましょうかと歩み出す、足音を出すなんて間抜けな事はしない、無音の足取りで隠れる事なく真っ直ぐ二階に向かう、下手にオドオドと隠れながら進めば 要らぬ体力と時間を使う、こういう時は寧ろ堂々としてる方が返って効率が良いのだ


「…掃除が行き渡っていませんねぇ」


階段の手すりに溜まる埃を見て、ちょっと腹が立ちますよ?、だってここ一応公的機関でしょう?、つまりこの国の盟主の名の下に建てられた施設 そこに埃が溜まるのは良くないですよ


ここの看守は仕事は出来るみたいだが、お掃除の方はてんで出来ないらしい


…だから


「ほうら、こんなに跡が残ってる」


二階に上がってまず見るのは床、当然掃除していないから 砂利のついた靴で踏み荒らした足跡が一杯残ってます、これなら 誰がどのくらいの頻度でどの部屋に入ったから丸わかりだ


「……ふむ」


こっちの部屋はあまり使われていない、こっちの部屋は足跡が新しすぎる、こっちの部屋は…ああおトイレですか、んで?こっちは…


と足跡を改めながら廊下のど真ん中をポッケに手を突っ込みながら歩き…


「1025番の様子はあれからどうだ?」


「どうもこうもない、相変わらずの荒くれだ」


歩く私の背後で扉が開き 看守が二人出てくる、だが隠れない、だってここの扉は外開きだ 私の体は丁度死角になる


「俺もそろそろ外で体を動かそうかなぁ」


「仮眠に入るから、何かあったら呼べよ」


「うう、トイレトイレ」


あちらから看守が こちらから看守が、扉を開けて出てくるが、どれもこれも予見済み 故に最初から見つからないルートで歩いている、誰一人として私に気がつく事なく、何事もないかのように監視塔は動き続ける


「んーこっちも違う こっちも違うなぁ」


まるで、世界にぽっかりと開いた空のように メグは堂々と歩く、誰も気がつかない、誰の目にも映らない、魔術ではなく 人体構造理解からなる視野把握能力と精神構造理解からなる意識の焦点の察知を的確に行うが故の絶技


あんまり自慢したくはないが これが空魔なのだ、あのクソジジイの教えを受けた者…、特に上位五名の娘達 ファイブナンバーはみんなこのくらいのことは出来るのだ


「ん?、あ ここかな」


ふと、メグの中で鍵倉庫の項目に最も近い足跡の数と古さを持つ扉を見つける、多分ここだな…さてと


「………………」


扉に耳を当てる、中に人は居るか…一人だけなら大丈夫か


「失礼しまーす」


「んー」


挨拶をしながら扉を潜れば 丁度背を向け作業している看守から気の抜けた返事が返ってくる、大切なのは警戒心を持たれないこと…、今看守達は私の侵入に気がついていない なのに挨拶もなく入れば逆に警戒され振り向かれることになる


故に挨拶する、看守達の中には女性もいるから その辺は誤魔化せますよ


さてと…と一息入れながら部屋の中を見れば沢山の鍵がかかった壁が見える、総数は数百ほどこの中から廃棄口の鍵を探すのは面倒だな…


「ふむ…」


ズラーっと鍵を流し見る、一つ一つに名前はない だが…、分かる 多分これが廃棄口の鍵だ


他の鍵にはない独特の汚れが付いている、これは恐らく物を廃棄する際付いた染みだ、念のため匂いを嗅いで確認すると 腐った卵の匂いがする、うん 間違いないな


「………………」


相変わらず私に背を向けたまま作業する看守の真後ろで私はその鍵をポッケに仕舞う…のではなく、逆にポッケから別のものを取り出す、それは


(ポテトのマッシュ、鍵確保の話が出たから食べずにとっておいて良かったです)


食べずに残しておいたポテトのマッシュにギュッと廃棄口の鍵を押し当て型を取り元の位置に、傾き具合も再現しつつ戻す


流石に鍵そのものを持ち出したらバレますからね、だからその形だけ頂いておきます、と 鍵の形が残ったマッシュを崩さないようポッケに仕舞い直して…


「失礼しましたー」


「んー」


再び挨拶をして廊下の外に出る、さて 後はこのまま脱出すれば…


おっと 下の方が騒がしいですね、侵入がバレたわけではなさそうですが…多分大人数で備品のチェックをしてるんでしょう、しかしこのままじゃ外に出られません、困ったなぁ…


「お、いいところにモップが 使わせてもらいましょう」


グータラな看守が出すだけ出して放置したモップが壁にもたれているのが目に入る、いい物が置いてあると モップを持って廊下の奥へと向かい…


「…よっと」


扉の前にモップを捨てて その扉をコンコンとノックする、すると


「ん?、どうした?何かあったか?」


当然ノックされれば部屋の中から人は出てくる、しかし


「ん?、誰もいない?…ってああ、なんだ モップか」


扉の前に倒れているモップを見て、扉に当たって音が出たものと勘違いした看守はモップを再び壁にかけて、部屋に戻る…この部屋は常に人がいないといけない部屋、つまり


「さてと、監視に戻るか」


この部屋には窓がある 常にその窓から外の様子を伺いスポーツに興じる囚人達を監視するための部屋だ、モップを戻し 定位置に戻った兵士は窓から外の様子を伺う 監視の仕事に戻る、すると


「ん?、あの女は…ああ、今日入った神敵か…、何かしないようにしっかり監視しなければ…」


いつの間にか監視塔の外を歩いているメグを眼下に見下ろし、何かしないかと監視を始める…が


「ふふん、朝ごはん前です」


既に、仕事は終わってるんだよなぁとメグは悠々と監視塔の外を歩き エリス様達のところへと戻る、モップを倒し 外に出た看守の意識の隙間を縫い、そのまま窓から外に飛び降りたのだ 当然降りるところを誰かに見られるようなヘマはしていない


私を監視している看守は何をされたか理解もしていないことだろう、誰も何も理解する間もなく 必要なものだけ頂いて帰還する、殺し屋というより怪盗ですね、まぁ私はメイドですが


「メグさん!」


「もう戻ったのか…!」


「はぁいエリス様アマルト様、ボール遊びは楽しかったですか?」


「そ それより首尾は!」


「慌てなくても、この通り」


慌てるティムに向けて見せるのはマッシュを使って取ってきた鍵の型、私はきちんと仕事はするタイプなんですよ?、よくルードヴィヒ将軍からも褒められたものです


「鍵の型…?」


「ええ、これを使って聖像彫りの時間にでも石から同じ形の鍵を掘り出します」


「で 出来るのか?、バレたら…」


「バレませんよ、さっきのマッチョマンみたいな体たらくは見せません」


看守の監視を掻い潜り 石から鍵を掘り出すのなんか楽勝のショウちゃんです、鍵さえ手に入ればあとはこちらのものでしょう


「流石です、メグさん」


「ふふふ、ええ 私は流石なのです」


「いやマジでどうやったんだよ、俺ぁもっとこう…ササッと行くもんだと思ってたよ」


「じゃあ次があるならアマルト様の期待に応えるよう、メグ 忍ばせて頂きます」


口々に讃えあう三人の魔女の弟子、魔術を禁じられながらもその身に宿す力の高さは常人を逸する、故にこの三人ならば 或いは本当に脱獄さえ成し遂げる可能性があるだろう



「………………」


そんな三人の団欒を見て、ティムは一人 ゴクリと喉を鳴らす、それは三人に対する期待か 希望か…或いは


………………………………………………………………


さて、脱獄する為にまず必須となる廃棄口の鍵は難なく手に入れることが出来ました、後はメグさんが聖像彫りの時間にその型を使って石から鍵を掘り出してくれるようだ


下手な事をして看守に見つかれば即座に懲罰房行きとなるそこはメグさん、見つかる心配はぶっちゃけしていない、彼女ならエリス達にさえ気がつかれず鍵の一つくらい掘り出して見せるだろう


ティム曰く聖像彫りは一週間おきにされるようなのでメグさんが鍵を掘り出すのは数日後ということになる、既にメグさんも独房の中で出来る限りの範囲ではあるが型を取ったマッシュに加工を施し崩れないようにしておいてくれてあるし…


今は待ちの時間だ、待って機が実るのを待つ…





………………………………………………………………………


そして それからエリス達の一週間の囚人生活が始まった


色々なことをやらされた、聖典の写し書きだとか聖具の加工とか色々だ、中でもキツかったのが…



「はぁ〜、マジかよこんなこともさせられんのかよ」


「まるで奴隷でございますね」


「じゃあ奴隷の中でも下の下の扱いですよこれは」


木材の加工だ、市民が薪に使う木をエリス達で切るのだという、その作業工程はいくつかに分かれ 丸太から細かく木材に加工するところから始まり 最終的に斧で一つづつ切り分けていくのだ


因みにこの木の伐採やその他の加工、運び込みも下層の囚人がやっている為100%囚人の力だけでこの国の熱エネルギーを作られていると言ってもいい、都合のいい肉体労働要員として囚人を使ってるんだろうな、どうでもいいが


「おいお前達!無駄話をしている場合か!」


「ひぃおっかねぇ…、鞭片手に怒鳴られたら怖くて仕事出来ねぇーよ」


今日まで五日ほど色々な仕事をしてきたが今日の仕事は苛烈を極める、少しでもおサボりが見つかったら看守達の怒号と共に鞭が飛ぶ、こんな薄い囚人服であんなもん受けたらミミズがのたくったみたいな傷が身体中に出来てしまいますよ


「仕方ねぇ、気合い入れるか おうエリス、そっち持て」


「はーい」


二人持ちの鋸をアマルトさんと持ち 巨大な丸太を裁断する為ちょっと気合い入れる、二人で息を合わせて…よーし


「おっしゃぁぁぁああああ!!」


「おりゃぁぁぁぁああ!!」


押す 引く 押す 引く、それを両者で交互に出来る限り力強く そして迅速に行うことで生まれる摩擦は木の粉を舞い上がらせ瞬く間に木を切断していく


はぁー疲れる!これ疲れますよ!ちょっと魔術使わせてください!魔術使えりゃこんな木 十秒で短冊切りにしてやりますから!


「では、私も頑張りましょうか、ティムさん 私の言うリズムの通りに木を置いてください、さもなければ手首切り落としちゃうので…はい!」


「ひぃっ!」


向こうは向こうで斧を使って木を細かく裁断している、細かく切り分けた木をティムが台の上に置けばメグさんは斧の一振りで木を真っ二つにする、メグさんの指定したリズムで次々と台の上に置かれる木材が次々と真っ二つにされ薪木へと変わっていく様は圧巻で…


「しかしよぉ!、ラグナが居たらこんな作業も一瞬だろうな!」


ふと、アマルトさんが口にするラグナの名を聞いて思う、確かに彼が居たらこんな木 道具なんか使わず手で真っ二つにしそうだ、なんなら彼が居るだけでややこしい手順踏まずにシンプルに正面突破で脱獄できるだろう


…ラグナ達か


「ラグナ達大丈夫ですかね…」


エリスのワガママで彼らだけ先に行かせてしまった、あの村にはネレイドがいた もしかしたら他の神将もいたかも知れない、そんな状況の中三人だけで大丈夫だろうか… いやトリトンの言葉を鵜呑みにするならラグナ達は三人だけであの状況を打開し逃げ果せたようだし


でも、その先も過酷な旅路だ…心配ですよ


「大丈夫だろ、ラグナは強えし メルクは頭いいし ナリアもあれで機転が利く、まぁ料理できるメンツがこっちに偏ってるから食生活が不安なくらいか」


「それもそうですね、一応ラグナ達も料理は出来る筈ですが…、流石にもう忘れてるかも知れませんね」


「アイツら祖国じゃ偉い様だしな、ああでもナリアなら…」


「彼は料理出来ませんよ、その腕前はゼロじゃありません マイナスです」


「マジ…?」


ガコン と音がして最後の一本の裁断が終わる、取り敢えずエリス達が任された量 つまりノルマは達成だ、これで休める


「ふぅー、これで一息だな」


「おいお前達、何を休んでいる」


ふと、一息入れるためにアマルトさんが腰を落ち着けたところ、看守が鞭を片手見下ろすような形で寄ってくるのだ


「休んでるって、今日分のノルマを終えたから休憩を…」


「ダメだ休むことは許さん、終わったなら更に仕事を追加する」


「な!?ノルマが終わったら新しくって…」


やや驚くものの理解は出来る、仕事なんてのは建前だ 本来の目的は囚人から気力を奪うことにある、自分の利益とならない肉体労働を永遠にさせることで思考力を奪い隷属させる、奴隷を飼う際のノウハウに似たようなものだろう


ただ、やられる側からしたら溜まったもんじゃろない、こっちは頑張って今日の分のノルマを手早く終わらせたんだ、その事に対する褒賞の一つでもあってもいいものだが…


「なんだ、文句でもあるのか…」


「…いや、だが…」


もう一休みくらいさせろとアマルトさんが口にしようとした瞬間…


鋭い音が 空を切った


「ッ…!」


「え?、あ アマルトさん!」


振るわれたのは鞭だ、アマルトさんの顔めがけ振るわれた鞭は彼の額を切り 目元まで血が滴っている…


「看守に向けていい目ではない、減点だ」


「グッ…!?」


更に鋭い音を立てて彼の頬に鞭が振るわれ アマルトさんの体が大きく揺れる、なんだ 何をするんだ、ただ一息入れる時間を申立てようと…いや それさえも要求していないというのに、鞭でそんなに打つか?普通、何してんだ…何


何してんだこいつらは!エリスの友達に!、この野郎!!ぶっ殺してやる!!


「グゥッ!」


刹那 牙を剥いて拳を握り、ビキビキと浮き立つ青筋をそのままに更に鞭を振るう看守に向けて歩みだした瞬間


「っこのぉっ!!」


エリスよりも先にアマルトさんが飛び掛った…、全身を使って跳躍し 掴みかかり押し倒すように、それはあまりに鋭く 相手は抵抗することもできずアマルトさんに押し倒され 地面に叩きつけれられる


完璧なタックルだ、ただ問題があるとすれば


アマルトさんが押し倒したのが エリスだという事だ


「エリスお前!余計なことすんな!落ち着け!冷静になれ!」


「んグゥッ!グゥッ!!」


口元をアマルトさんの手で塞がれ両手を膝で抑えられ、馬乗りになる形でアマルトさんに拘束され、思わず暴れる、なんでだ!何をするんだ!エリスはあのクソ看守の頭蓋骨を胴体にめり込ませようとしてるだけなのに!


「やめろ…落ち着け、大丈夫だ こんなもん擦り傷…今ここでお前が手を出したら もっと酷い目に遭わされる、俺じゃねぇ お前がだ…!」


「ッー!!ッッーー!!」


「そうなったら俺は、アイツらにどんな顔して会えばいい…、お前が俺を守りたいよう俺もお前を守りてぇんだよ…だから な?大人しくしてくれ」


ポタリポタリとアマルトさんの額の血がエリスの頬へと伝い流れる、頼むから 大人しくしてくれ、それは エリスを思っての事、ここでブチ切れて暴れても何もならない


その通りだ、何をカッとなっていたんだ…、ああ そうだよ…怒って暴れていい風に転んだことは一度もないじゃないか、分かっているのに…エリスは ダメだなぁ


脱力し、目を伏せたエリスを見て、アマルトさんもフッと笑い エリスから離れ その手を退ける


「よし、いい子だ…」


「エリスは犬か何かですか?」


「猛犬もいいところだと思ってるぜ…」


それは酷いな…、でも事実か…


地面に倒れるエリスを放ってアマルトさんは看守に向き直ると


「なんでもする、だから 勘弁してくれませんか」


「……手を休めるなよ」


一発地面を鞭で叩くと看守は振り返り 次の仕事を指示する紙をこちらに投げて消えていく、どうやら懲罰房は勘弁してくれたらしい…、アマルトさんのおかげだ


「すみませんでした、アマルトさん」


「悪いと思うなら、その切れっぽいところ直せよ」


「…エリス切れっぽいですか?」


「弟子の中で一番短気だろお前」


そうかな、でも 師匠も本来はそういう性分だったと聞くし、師匠に近づけている気がしてなんだか嬉しいなぁ…


なんてな、直そう…こういう所



…………………………………………………………


ノルマを終え 更に課された仕事の数々を終える、いくら鍛えているとはいえ流石にあんな肉体労働を無限に課されては限界も来る、ヘトヘトになった辺りでようやくその日の仕事が幕を閉じて 昼食の時間と相成りました


昨日の聖像彫りはまだまだ楽な方だったんですね、なんて理解したエリス達は疲労でパンパンになった腕と足で食堂まで無理矢理移動させられ 半ば押し込むような食事を始める


「今日も昨日と同じメニューか」


「たくさん作れて簡単なお食事でございますからね」


昨日と同じ簡素な配給ご飯をスプーンで転がしながらアマルトさんはやや辟易した顔でため息を吐く、作るのにも食べるのにもそれなりの理念がある彼からしたら毎日続けて同じメニューというのは許せないのだろう


「それよりアマルトさん、傷の方は大丈夫ですか?…」


「え?ああ、大丈夫だよ ツバつけたら治った」


「まぁ、アマルト様の唾液はポーションになるのですね、便利でございます」


「んなわけねぇだろ、ただ帝国じゃあもっと痛い目見たからそれに比べりゃって話だよ」


「帝国の皆様は精鋭ですのでね、えへん」


「褒めてねぇ」


見れば彼の額の傷からは既に流れる血は止まっているようにも見えるが、それでも痛々しい傷が残っている、ポーションがあればとも思うが 今は師匠がいないからポーションの追加は出来ないし、何より今エリスの手持ちの荷物は監獄に奪われている


…許せない、エリスの友達を傷つけるなんて…


「気にすんなよ、この世を生きてりゃ不当に傷つくことなんかザラにある、それに一々目くじら立てても仕方ない」


「でも…」


「第一俺が鞭で打たれたのは俺自身のせいなわけだしさ、お前が気にすることねーじゃん」


いやそうなんだけど…、でも…うう!モヤモヤする!こういう時はあれだ!やけ食いだー!


「っ!むしゃむちゃ!」


「なんだ?やけ食いか?」


「エリス様は怒りの鎮め方がやや下手くそなのです、これ以上突くのはやめにしましょうアマルト様」


「…いやぁ、俺のために怒ってくれてるのが嬉しくてさぁ」


「最低でございます」


ジャガイモのマッシュをスプーンで一掬いで平らげ 鶏胸の塩茹でを一口で飲み込み、萎れた豆を盆を傾けカラカラと口に放り込み、乾いたパンを二口で消し去れば エリスの分の食事は終わってしまう…


少ない、ラグナじゃないが なんか少ない気がする


「少ないですね、…監獄ってこんなもんなんですか?」


思えば朝食もなかったし、晩御飯も変に少ない、労働量と食事の量が見合ってないようにも思える


すると、向かいで食事をしているティムが…


「昔はもっと多かったんだ、ちゃんと朝食もあったし ここまで悲惨じゃなかった」


「え?、何かあったんですか?」


「ああ、変わったのは大体…一年半くらい前からか、その時から明らかに囚人の食事が少なくなってな、噂じゃ倉庫からいつのまにか飯が消えてるとか 看守が俺たちの分を食ってるとか、俺達から気力を奪うための計画とか…色々言われてるが 真相は分からねぇ」


一年半程前から…か、そこから明らかにこの監獄に何かが起こり始めたにも関わらず 真相は囚人にも知らされていない…か、何かあったのは明白だが調べようがない


外の世界もそんなに不作って感じはしなかったけれど…



「いい加減にしろよ!これっぽちの飯だけで働けるわけねぇだろうが!」


「そうだよ!、聞いたぞ!看守達で俺達の飯を食ってるって!、ふざけるんじゃねぇよ!俺達は確かに囚人だがテメェらの奴隷になったつもりはねぇぞ!」


「毎日真面目にやってるのにこれはないだろ!、なぁなんとかしてくれよ!」



「んー?」


ふと食堂の奥を見てみると食事の配給係に詰め寄る一団が数十人ほどいる、流石にこの食事の少なさに怒りの限界を超えてしまったようで、最早看守など恐るるに足らずといった様子だ


食事とは救いだ、どれだけ毎日がきつくともご飯が美味しければ乗り越えられる、だがそれもないとなってはもうどうしようもないんだ


「煩いぞお前達!、懲罰房に送られたいか!」


「騒ぐな!、下らん噂に踊らされおって!、食事を与えてもらえるだけありがたいと思え!」


「ぐっ!」


そんな囚人達を収める為鉄の棒で次々と囚人達をボコボコにしていく看守達、もうこんな光景も見慣れた、悪辣な環境に耐えかねて囚人達が声を上げる都度看守は暴力でそれを鎮静する、暴れてなくても 暴力を振るう、何もしてなくても攻撃してくる


そんな毎日を繰り返し繰り返し見ていると慣れてしまう、ここは異常だけれど ここでは正常なんだ…あれが


「毎日毎日混乱づくめ、これじゃあ看守もピリピリするのも分かりますね」


「こんな時…あいつが居てくれたなら」


ふと、ティムが口にする あいつ…という言葉が妙に引っかかる、誰か居たのか?この状況を収められる人間が


「誰ですか?そのあいつって」


「ああ、二年前この五十八階に入れられた一人の囚人さ、なんでも表の世界じゃそれなりの組織を率いたマフィアのボスだったって男らしい、まぁ それもぶっ潰されてここに流れてきたらしいが…」


「マフィアのボスですか…」


「ああ、アイツはここに来て直ぐに周りの囚人をカリスマで従えて 囚人間の独自のルールまで作って、看守以上に囚人達をコントロールして事実上の此処の支配者になった男さ、アイツが居た時はやりやすかった」


凄い人も居たもんだな、悪も極まれば秩序を生む…まぁ 所詮マフィアのボスなので尊敬したりはしないけどね、でも その人がトップに立っていた時はここの囚人もそれなりに過ごしやすかったそうだ


「だが奴はここに入られて半年くらいで急に『いいことを思いついた』なんて言って脱獄しようとして捕まってな、元々奴のカリスマを危険視していた看守達によって最も過酷な懲罰である『無界』送りにされて…帰ってこなかった」


「帰ってこない?そんなことあるんですか?」


「たまにあるんだよ、世界から隔離されたような孤独感に耐えられずその場で自害する奴が、アイツが自害するとは思えないが 事実無界から帰ってこなかった…、それからはここも荒れちまってな…」


そんなことが…、その無界とやらはそこまで恐ろしいのか…、精神を破壊するほどの懲罰 耐えられなければ、むしろ死んでしまった方が楽…ってこともあるのかな


「静かにしろ!、ったく!こいつらを全員凍水の罰に処する!、連れて行け!」


「ぐぅぅう!くそぉぉお!くそがぁぁぁあ!!」


必死の抵抗も抗議も意味をなさず、手枷を嵌められたまま鉄の棒で叩き回された囚人達は血混じりの絶叫と共に部屋の奥へと連れていかれる、逆らってもああなるだけか…


ん?


「……ヒヒヒヒヒッ」


ふと、そんな一団を見守るように笑う囚人達が居ることに気がつく、ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべ 連れていかれる囚人を見る目は、昨日連れていかれたドラードと同じ目をしている…


「薄気味悪い奴がいますね」


「ああ、アイツも無界に連れてかれておかしくなった奴さ…、関わるなよ 関われば昨日みたいに襲われるのはあんたらになるぜ」


アイツもか、人が傷つく様を見て笑うなんて どこまで言っても悪人は悪人だな…ん?


「ヒヒヒヒ……」


(あいつ、今度はこっち見てる?…まさか)


ふと、笑っている男がこちらを見ていることに気がつく、なんだ?エリス達を襲おうってのか?…と思ったが、遠巻きにこちらを見るばかりで何もしてこない、何もしてこないがニヤニヤと笑っている、なんだなんだ 気色悪いな…


「なぁ、それより明日は聖像彫りの作業だぜ?、メイドの姉ちゃん 準備の方は…」


「万全でございます、明日の作業中に鍵を仕上げられると思うので 終わり次第行動を開始できるでしょう」


ようやくか、ようやくこの監獄生活にも区切りがつくか、とはいえこれで終わりではない エリス達は今スタートラインで足ふりをしている状態に等しい、このままじゃラグナ達に置いていかれるどころか 約束の三ヶ月後に間に合わない可能性もある


それは避けなくては行けない


「それは確かなんだな?!本当に明日の午前の作業の後には鍵が出来ているんだな?」


「しつこいですね…、そうだと言っていますが?」


「分かった、それならいい…俺ぁ今のうちに明日の下見に行ってくる、作戦の内容は明日追って伝える」


するとティムはそそくさと離れるように盆を返しに何処かへと消えていく、なんか妙な忙しなさだったな…、何か変なことでも考えてるんじゃないだろうな


「妙ですね、ティムの動きが」


「ええ、ですがここまでの話で我々は徹頭徹尾流れの主導権を握っています、我々はいつでも彼を切ることが出来 彼を切っても大局には影響しませんから」


まぁ、ここに来てティムがエリス達を裏切って一人で脱獄…なんて言っても鍵はこちらにあるし、鍵があるだけで彼が一人で脱獄できるとも思えない、だが 何か変なことをしないよう警戒しないと…


そう 警戒していた、エリスはティムという男を警戒していた…、だが 同時に見逃してもいた


監獄の中という状況はエリスを逸らせた、いつも通り記憶を頼りにティムの言動を思い返せば 或いは想像できたかもしれないのに…







……………………………………………………………………



翌日、メグさんが鍵を作り出し脱獄を決行しようとエリス達が行動を開始しようとした瞬間のことだ…



「神敵エリス アマルト メグ、お前達三人を『脱獄実行』の罪と見なし これより懲罰房に送る」



「…………は?」


突如として看守に囲まれ、突きつけられた断罪の言葉、これから脱獄しようって時 その瞬間に、何をするでもなく 看破された


それもそうだ、何せ…


「な なんで、なんで こんな…一体…どう意味が、どう言う意図が…」


看守達に紛れて こちらを指差すティムの姿が、見えたのだ


理解不能な裏切りを前に、エリス達は……

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