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256.魔女の弟子と最終到達点


外に吹雪く風が響かせる轟音は開戦の銅鑼のように鳴り響き神殿の内部に響き渡る


「……来たか」


ヌッと巨体を持ち上げ扉を背に立つ峻厳なる守護神ネレイドは拳を鳴らして正面を見据える、やはり来たかと、ここまで来させてしまったかと、あれだけの事をして あれだけの事をされて 彼らの歩みはまるで止まることはなく、遂に 我らは彼等の旅路を止める事が出来ず大神の座まで到達させてしまった


「良いではないですかネレイド様、向こうから顔を出してくれるなら寧ろ好都合という物…、神に牙を剥く悪逆の徒をここで改心させてやりましょう」


トリトンは眼鏡を白く輝かせながらネレイドと共に正面を見据える、改心させましょうと天使の微笑みを浮かべながらも内心は復讐の炎に燃えるトリトン


(…狙うは一人 奴だけはなんとしてでも この手で殺さなくては、あの日の借りを返さなければ死んでも死に切れない!、なんとしてでも!アイツだけは!)


「なんとも悲しい、我らはどうあってもぶつかる定めにあるのですね…、千の軍を退け 万の艱難を潜り抜けた彼等の道を阻むのは些か気が引けますが…、やるしかないのでしょう」


ドスン と背中の輝く十字を降ろし決戦の構えを取るローデは、玉の転がるような美しい声色で覚悟を決める、いや遠の昔に決めている、彼等がこの国に来てからなんとなくそんな予感はしていた


私達はぶつかる定めにあると、例え彼等が何者であったとしても…


「…あいつら、前会った時よりも覇気も闘気もやる気もある、向こうも決戦覚悟か…こりゃあようやく面白くなりそうだ!」


ゲヒヒと舌を見せ笑い 両手に持った二振の処刑剣を互いに擦り合わせ火花を作り出すベンテシキュメが見据える先には六人の影がある、全員が全員 覚悟を決め覇気と闘気に満ち満ちている、もう逃げ隠れはするつもりはないらしい


ここで決着というのなら丁度いい、全員神の名において断罪する…!


「…我らは、この神の国を守護せし四神将、…如何なる者であれ 如何なる存在であれ、我らが神の言葉に逆らうのなら…踏み潰す」


ネレイドの声が神殿内部に響き渡る、牽制するような 警告の言葉、聞く者全てを恐怖させる暴威の言葉を受けてなお 六つの足音は止まることなく、ゆっくりとこちらに向かってくる


「それでも、お前達は止まらないのか…神敵、いや…エリス」


「……はい、ネレイド…!」


ネレイド達を前に立ち止まる六人の影、否 エリス達外来の魔女の弟子達 …星神王テシュタル様の権化に逆らいし 不心得者は皆が皆口を一文字に結びこちらを見据える


まるで、そこを退けと言わんばかりだ


「ネレイド…、退いてください」


「断る、この先で今 テシュタル様が復活の儀式を行なっている、星神王テシュタルがこの地上に真なる意味で降臨する…、その邪魔はさせん」


「シリウスはテシュタルなんかじゃありません!あいつは神なんかではありません!、この世界の…全ての人類の敵なんです!」


何をバカな…の神将達は聞く耳も持たず嘲り憤る


教皇リゲル様が仰られたのだ、彼女こそがテシュタルであると、ならばそれに従い我らはテシュタル様復活の為戦わねばならないというのに


それを邪魔する、ということはテシュタル教全てを敵に回すということ、この信仰心のままに奴らを殺さねばならないということだ


「邪魔するなら 押し通りますよ」


「通るならば、殺すまでだ」


神をも恐れぬ無礼者達に対し ネレイドは吠え立て、足を地面に突き刺すように踏み込み 睨む、今迫る 敵の存在を


「死んでも行かせん!、我が師 リゲル様の元へは!絶対に!」


「いいえ行きますよ!何が立ち塞がろうが!エリスはエリスの師匠の元に!!!」


ぶつかり合う六人の魔女の弟子と四神将、互いの全戦力をぶつけ合う総力戦の幕が今 切って落とされた



……………………………………………………………………………………


「ぅおっしゃーーーーー!!、また来たぜー!オライオン!」


グッ!と雪の降る晴天に向けて真っ赤なジャンバーに包まれた腕が振り上げられ、高らかに声が響く、遂に到着したぞ と


ここは教国オライオン、魔女大国のうちの一つであり 世界最大の宗教『テシュタル教』発祥の地にして総本山、そして聖地とされる宗教国家である


その特徴は何と言っても世界最大の寒冷地と言われるほどの寒さ、元々寒冷であるポルデュークの中でも際立って寒く、エトワールの比じゃないレベルだ、こんだけ温かい格好をしてようやく動けるレベルなんだからとんでもないですね


ぐるりとここから周りを見回せば 湧いてくる感想はまさしく『白の砂漠』、平原も丘も全部雪に包まれているせいで目で見ただけじゃ起伏がよく分からない、辛うじて向こうの方に森や山が見える程度 そんな雪と白銀の世界のど真ん中にエリスはいます




帝国でのアルカナとの戦いを終えたエリスを待っていたのは、師匠がシリウスによって体を乗っ取られ 復活の為の器にされかけてしまうという一大事件


それを巡って帝国と相争っている隙をついてシリウスに逃げられてしまったエリスは、帝国と和解した後 シリウスが潜伏しているとされるこのオライオンへと向かうことになった


アジメクから旅立った時 このディオスクロア文明圏一周の旅の終着点として聞かされていたオライオンの旅が、まさか師匠不在な上 こんなにもヤバイ状況で旅をすることになるとは思ってもみませんでしたよ


けれど、心細さや不安はない、何せ今のエリスは一人じゃないから…


「ぶぇっくしょーい!、死ぬほど着込んでも死ぬほど寒いな!これ!、ラグナじゃないけどこの寒さはたまんねー!」


「ううぅ、エトワールと同じ感覚でいったら凍え死にそうです、この寒さには僕も慣れませんよ」


「帝国式の対寒冷装備…、かなりの性能ではあるが、それさえも貫通する冷気か、本当にこんな国に人が住んでいるのか?」


「住めば都…と申します、ここの方々はもう数千年前からこの冷気の中で生きているのです、細胞レベルで冷気に強いのでございます」


賑やかにエリスの目の前で各人自由に雪を踏みしめ歩くのは魔女の弟子達、エリスの危機に馳せ参じたラグナ メルクさん アマルトさん ナリアさんに加え、帝国での戦いで和解し 今度こそ本当の友人のなれたメグさんを合わせ 六人での旅となる


全員揃って着込むのは帝国の開発した対寒冷特化型兵装と言う名のジャンバーだ、特殊な繊維によって作られたこの服は冷気の大部分をカットしてくれるらしい優れもの、それをエリス達は今揃いで着込んでいる


寒さのせいで全く進めないエリス達を前にメグさんが大慌てで見繕ってくれたこのジャンバーは全てみんなのイメージカラーに合わせてあるとはメグさん談


ラグナは赤のジャンバーをモコモコに着込み、メルクさんは青のジャンバーをクールに着込む


アマルトさんは深緑のジャンバーを若干鬱陶しそうに纏い、ナリアさんは紫のジャンバーに体を覆われており


メグさんは髪色と同じクリーム色のジャンバーをメイド服の上から着込み、エリスもまた コートと同じ黒のジャンバーをコートの上から着る、こんなに分厚いのに全く動きを阻害する気配が無いのは 流石は帝国謹製といったところだろう


「…はぁ、寒いぃ」


ズボズボと雪の中に足を突っ込むように進む、一応靴も特別製で裏にスパイクが張り巡らされ 滑ったりしないようになってるらしく、素材は全く水も冷気よ通さない為溶けた雪が入り込むことはない、けど 逆に内側の蒸れも熱気も外に出さない為若干履き心地が悪い…


まぁ、この靴じゃなければ即座に足が凍りつい凍傷で指が取れちゃうから、文句は言えない


「さて、皆さま 歩きながらでいいので聞いてくださいませ」


「おん?、何だ?メグさん」


みんなで雪の平原に足跡を作りながら進むその旅路の中、メグさんがふと手を挙げて意識を向けさせる


「我々の目的の再確認と、目的地の意識統一でございます、これから我らは最初の街『ユピテルナ』に入り込みますが…、その前にこの旅路での要点を纏めておきます」


「なるほど、頼むよ…俺ぁ寒くて頭が動かない」


際立ってガタガタ震えるラグナはメグさんの意見に賛同しつつも 何やら考える余裕はなさそうだ


今、エリス達は目の前の街 帝国との国境に最も近く関所的なポジションに存在する『星啓街ユピテルナ』を目指して歩いている最中となる、正確に言って仕舞えばまだ本格的にオライオンに入っているわけではないから こう言う大事な話をするなら今が最後のチャンスだろう


「まず、我々の最後の目的についてですが、勝利条件は『シリウスの発見・及び戦闘行動の末 エリス様の識確魔術をぶつけ レグルス様を解放する』、それも三ヶ月以内というタイムリミット付きであることは皆さん承知の上でございますか?」


「無論だ、だが 改めて確認すると些か無茶が過ぎるな」


はぁ と白い吐息を吐きながらメルクさんは目の前に跨る勝利条件と果てしなさに嘆く


そうだ、エリス達の目的はシリウスから師匠を取り戻すこと、その為にもエリスの識確魔術をぶつける必要がある…だが


「はい、その為にはまずこの国の何処かに忍んでいるシリウスを見つけ出すのが絶対条件となります」


シリウスは今この国の何処かに隠れている、それは間違い無いのだが それを三ヶ月以内に見つけ出す必要があるのだ…、これをクリアしない限りエリス達は勝負の場に上がることさえ許されない


シリウスの目的はこの国に封印されている『己の本来の肉体を取り込み 強引に同調率を上げることにある』らしい、つまり三ヶ月後にはそれが達成されると見ていい、それが実現したら シリウスの復活は盤石なものになり この国にも用がなくなり本格的に失踪するだろう


そうなったら最悪だ、本格的に復活したシリウスが世界のどこかに消えてしまう、そうなったら師匠を助けるどころか 世界の危機だ、それだけは何としてでも避けたい


「だが、このオライオンもまた魔女大国…、領土の大きさで言えばコルスコルピやデルセクト以上、広大さはアルクカースにも勝る上 この気候だ、人類未開の地も数多く存在するという」


メルクさんが続けるように語るそれは エリス達の気を落とさせるには十分な情報だ


オライオンはでかい、領土的に言えばアガスティヤ アルクカースに次いで三番目にデカイと言える、おまけに圧倒的な寒冷により人類では寄り付く事ができないほどに厳しい環境も多い為 オライオン国民自身よく分かっていない地域も多い


この中からシリウスを見つけ出すのも、三ヶ月以内にそこに辿り着くのも至難の業だ


「はい、ですがシリウスの目的は分かっています、リゲル様が封印したシリウスの肉体の一部…それを手に入れること、であるならば シリウスは必然的にその封印の場にいる可能性が高いのです」


そうだ…ヒントはある、シリウスは何もエリス達から隠れているわけでは無い、結果的に雲隠れ状態になっているだけで 目的ははっきりしている、なら最悪シリウスを見つけられなくても その封印の地に向かえばシリウスを見つけられる可能性が高いのか


「たしかに…そうだな、だが 分かっているのか?その封印の地の座標が」


「はい、陛下から聞き及んでおります…」


するとメグさんは時界門にて一本の巻物を取り出しー中身を広げ確認する


「まず、皆さんは魔女大国の各地にシリウスの肉体が封印されていることは知っていますか?」


「ああ…一応存在自体は私は聞いているが…」


「俺も聞いてるよ、けど どこにあるかは知らねぇし、死んでも教えてくれねぇ」


メルクさんもラグナもあるのは知ってるがどこにあるかは知らないというのだ、ナリアさんに至ってはその情報自体初見 と言った顔だ


「こちらに全て書かれています」


「え!?まじ!?アルクカースのもか!?」


「何!?デルセクトは一体どこに封印されているんだ!?」


「コルスコルピは…まぁ、大方予想はつくけどな」


「どうどう、今から発表しますので落ち着いて」


シリウスの肉体は八等分され 七つの大国はそれぞれの部位を分けて隠すように封印したと言う、つまり シリウスの肉体が封印されいている場所は魔女世界におけるトップシークレット…、歴代の王達でさえ知ることのできなかった情報が 今メグさんの手元の巻物の中にあるんだ


みんな気になる、故に進むのを中断してメグさんに殺到するのも無理はない…、エリスも気になるので思わず駆け寄っちゃいましたもん


「いいですか?…まず……」


そして、メグさんは一つづつ語っていく、シリウスの肉体が封印されている場所を


「シリウスの右足を封印しているのはアジメク、封印地点は『白亜の城の地下奥深く』、これはスピカ様しか知らないと言われる階段を抜けてしか行けない地下空間にシリウスの右足が厳重に封印されているとのことです」


「白亜の城に…?」


白亜の城にはエリスも行ったことがあるけれど、そんな地下空間があるなんて知らなかった…けど、確かにアジメクには地下は存在する、地下牢だ…、もしかしたら地下牢よりも更に下に空間があったのかもしれないな、入り口はどこにあるかは知らないが


「シリウスの左足を封印しているのはアルクカース、封印地点は『カロケリ山の中腹に存在する魔女の抜け穴、そこから枝分かれする隠し通路を通じて行けるプールレセン大鍾乳洞の奥地』だそうです、ラグナ様 知っていますか?」


「いやぁ、知らねぇな…プールレセン大鍾乳洞?、そんな地名聞いたこともない」


魔女の抜け穴 これもまた行ったことがある、けど…隠し通路なんてあったのか?、もしかしたら既に埋め立てられているのかもしれないな、でも確かにあの魔女の抜け穴自体魔女様しか使用出来ないと言う規則があるほどの機密事項だ、隠すならうってつけ…


それに、魔女の抜け穴の光源として輝く『光魔晶』が何よりの証拠だ、あれは魔力に反応して光ると言われる不思議な結晶、山自体が魔力を持っていると言われていたもしかしたらその魔力の出所はシリウスの肉体だったのかもしれない


「シリウスの下半身を封印しているのはデルセクト、封印地点は『翡翠の塔最上部、黄金宮殿内部』だそうです」


「待て!、黄金宮殿内部には私もよく行っているが…知らないぞ、というかなかったぞ!そんなもの!」


「それは知りません、どこに隠されているのかは私にも、けれどもしかしたらまだメルクリウス様の知らない領域があるのかもしれませんね」


とは言うがエリスも黄金宮殿には行ったが、そんなもの隠されている気配はなかったぞ…?、どう言うことだろう、余程巧妙に隠しているのか…或いはメグさんの言う通り、まだ把握していない何かがあの宮殿にはあるのか…


どちらにせよ、簡単に見つけられる場所にあっては意味がない、事実翡翠の塔最上部は五大王族も無許可には入れない地点、隠すならこれまたうってつけ…


「そしてシリウスの左腕を封印しているのが…」


「知ってるよ、多分だが 『ディオスクロア大学園の中庭に植えてある、千年樹の下』だろ?」


「おお、正解でございますアマルト様、知っていたのですね」


「知ってたってか、噂になってんだよ あの樹の下には恐ろしい怪物の一部が埋めてあるってな、まさかマジだとは思わなかったけど…」


それはエリスも聞いたことがある、確かあれはアレクセイさん…いいや?、五大魔獣のアクロマティックがエリスにイタズラに言った事だ、シリウスと繋がっているアイツなら知ってるだろうけど


あれマジだったのか!?、あそこに埋まってたのか!?とんでも無いものを学園に…って、学園は対天狼最終防衛機構でもあったな、ならあそこでいいのか


「では気を取直してエトワールは…、腹部を封印しているそうで 封印地点は『王都アルシャラの中央広場の真下に何重もの結界魔術陣を張って封印している』とのことです」


「え?広場にあるの?、僕何回も広場を通ってたけど、あれ足の下にシリウスの腹部が埋まってたんだ…」


アルシャラの広場にはエリスも行ったことがある、なるほど 彼処にと思いはすれど、他に比べたら些か無防備じゃ無いか?、それとも何か他にもあるのかな…?、あの円形の街の中心にシリウスの腹部を埋めるなんて…


「そして我らが帝国にはシリウスの胸部及び心臓部が封印されています、封印地点は『首都マルミドワズの大帝宮殿の最奥」でございます、これ私も今知りました」


「あ…それ教えてくれるんだ、てっきりそこは内緒かと思ったわ」


アマルトさんの言う通り 帝国は秘密主義が大好きだ、その際たる秘密だ てっきり内緒にされるかと思ったら、教えてくれるんだ…


しかしマルミドワズか…、これまたエリスの言ったことのある地点だ、エリス 全部の封印地点に行っていたんだな、一つとして見つけられなかったが それだけ厳重ということだろう


「さて、ここまで言って 皆様はこの封印地点の共通点にお気付きでしょうか」


そう言うのだ、この封印地点には一つの法則があると…、エリスが行ったことのある場所 では無いのは当然として


ある、共通点が、それは…


「全て魔女様の手元に置かれている、と言うことですか?」


「流石エリス様、正解でございます」


ああそうだ、全部 魔女様の手元か或いは魔女様の住まう中央都市に配置されている


アジメクはスピカ様の住居 白亜の城、アルクカースはアルクトゥルス様の住まう要塞の背後、デルセクトはフォーマルハウト様の寝室である黄金宮殿…と、全部直ぐに手が届く範囲に置かれているんだ


「シリウスの肉体を奪おうとする者が現れた時 即座に迎撃し防衛するのに一番が都合がいいのが中央都市 と言うことでございますね」


「なら、このオライオンにも?」


「はい、…シリウスの右腕を封印しているのが、このオライオン…その封印地点は」


そうメグさんが指を指す先にあるのは この国の中心地点、テシュタル教の発祥地として知られる 中央都市があるであろう遥か彼方を指差して…


「封印してあるのはオライオンの中央都市 『聖都エノシガリオス』、その中心に存在するテシュタル神聖堂の最大秘匿領域 『魔女の懺悔室』でございます」


「中央都市…、やはりか」


「エノシガリオス…ねぇ」


魔女の懺悔室 、テシュタル神聖堂の内部に存在すると言われる最大秘匿領域か、今までの例を見るに ただ行くだけでは発見も出来ないような地点にあるに違いない…、でも


「でも、取りあえずそこを目指して行ってみますか?中央都市に」


そこにシリウスがいるかもしれないんだ、ならば 行くしかあるまいよ


「そうだな、取り敢えずの目的地はそこにしよう 最悪そこで張ってればシリウスは現れるだろうしな、相手の目的を最初に抑えるのは定石…き…ぶぇっしょーい!」


バーンと破裂するような大くしゃみを放つラグナはさらに一際大きく震える、温暖なアルクカースとは正反対のこのオライオンの気候は 彼にとってなによりも辛いものだろう


特に今は…


「と とにかく今は街に急ごう!、平原じゃあ風が吹き晒しで、こんなに着込んでも寒くて死ぬ…」


「まぁ、確かに平原にいつまでもいるわけには行くまい、先を急ごうか」


取り敢えずの目的地を定め、エリス達は先を急ぐ まずはオライオン最初の街エノシガリオス、話は本格的にオライオンに入ってからだ



さぁ行くぞ…!待っていてください師匠、待っていろシリウス、もう一度目の前まで迫りますからね!エリスは!


ふぅーーん!と純白の鼻息を吹き鳴らし エリス達は雪を切り裂いて最初の街 ユピテルナへと向かっていくのであった


……………………………………………………


エリスはもう随分長く旅をして来ました、その末にエリスは世にも珍しい『全ての魔女大国を見たことのある人間』となりました、メグさん曰く全ての魔女大国を見たことのある人間なんてのはまぁ珍しいらしく 人の世にも縛られない怪物くらいしかなし得ない偉業だとか…


そんな魔女大国マイスター・エリスに言わせて貰えば、魔女大国の旅で一番最初にすべきことは『その国特有の空気感を探ること』にある


全ての魔女大国は独特の空気感と価値観で構成されている、アルクカースなら『闘争』と言う価値観 デルセクトなら『金さえ全て』という空気感、これを理解しているのといないのとでは今後の旅がまるで変わってくる


何せ他の国ではどんなに荒唐無稽な話でもその国では常識なのだ、その国の常識を無視して振る舞えば自然と味方はいなくなり 生き辛いことこの上なくなりますからね


だから、その価値観と空気感の理解を最初の街で済ませておく必要がある…、といっても 難しいことじゃないんですよ?、だって 嫌でも分かりますから


その国が、一体どういう国なのか…、最初の街に一歩でも踏み入れば 伝わってくるんだ、魔女大国が持つ 特有の空気感がね


「………これが、オライオン」


「ラグナ様、あんまりキョロキョロされますと…」


「あ ああ、悪い」


偽の身分証明書と事前にメグさんが用意してくれた入国許可書(偽)を提示することにより、エリス達六人はオライオンの最初の国 ユピテルナへと入り込むことが出来たのだ


これでようやくエリス達は本当の意味でオライオンに入国出来たと言えるだろう、ここからは変に怪しまれて目をつけられれば面倒なことになり本来の目的から遠ざかる、故に演じなければならない なんて事のないただの旅人達を…


しかし


「…………」


チラリと見る、見てしまう キョロキョロすれば怪しまれるのは必定なのに、エリスは星啓街ユピテルナの大通りを歩きながら周囲を見回してしまう、その余りにも異様な光景に



…建造物はエトワール同様の石造り、あちこちに雪が被さり 石畳はどこも白く積もっており、其処彼処にぶら下げられた店の看板には長い氷柱が伸びている、そんな見るだけでも寒々しい街の大通りにいるのは…


「店主様、今日はお魚を頂けるかしら」


「ええいいですとも、今日はとても良い川魚が入っております、これも河川の神ヴァラダルマ様の恵みあっての物、感謝と敬服の念を持って 敬虔なる信徒である貴方にお譲りしましょう」



「おや僧侶殿、今日はどのようなお導きを?」


「ああ、私の息子にそろそろ字を教えようと思ってね、聖典の写しを貰えるかな」


「これは喜ばしい、新たなる信徒の誕生をテシュタル様も喜んでいることでしょう、さぁどうぞ 店の中へ」


右を見ても 左を見ても、皆静謐に両手を組みながら目を伏せ歩き、男も女も黒を基調とした露出の少ない 質素な信徒服を着込み、目元に手を当て挨拶し 神の名に感謝しながら会話をする…、皆が皆 同じなんだ、誰一人余すことなく全員がそうやって生きているんだ


「なぁ、ラグナ…、ここの人達って…」


「ああ…」


チラリと大通りを歩く人々を見て口を開くアマルトさんは、ラグナを見る…どうやらラグナも同じ感想を抱いたようで…


「…ここの人達、あんな質素な格好で寒くないのかな…」


「ってそこじゃねぇだろ…!」


いやまぁそうなんだけどラグナ、そこじゃないですよアマルトさんが言いたいのは


…ここの人達、みんながみんなテシュタル教徒なんだ、全員が神を信じ 全員が神の教えに従い生きる国 それがオライオン、そうやって常々聞いていたが、実際目にするとやはり目が点だ


だってみんな物静かに質素に暮らしてるんだよ?、一人の例外も無い 全員テシュタル教徒、そこを歩くおじさんもおばさんもテシュタル様を敬っている、そこで遊んでる子供達もみんな質素な信徒服を身に纏って 聖歌を口ずさんでいる


異様と言えば異様だが、こんなもんだ 魔女大国なんて、エリスからすれば大人から子供まで喧嘩大好きなアルクカースも 国民全員が芸術家のエトワールも似たようもんだ、慣れてるよ こんなの


「すげぇな、マジで全員テシュタル教徒なのか…」


「魔女大国ではあまり宗教というものを目にしませんからね、ラグナ様やアマルト様が驚くのも無理はございません、私も驚いております ここまでか…と」


寧ろ気にすべきはこのままじゃ目立つことだな、だってエリス達はみんな重厚なジャンバーを着込んでいるのに ここの人達はみんな質素な信徒服だ、このままじゃ目立って仕方ない


けど、無理だ…あんな寒そうな格好で動くなんて…


「しかしどうする、これから…このまま何もかも無視してエノシガリオスに向かえればそれでいいが、そうも行かんだろう」


「そこはエリスに聞こうぜ、なぁエリス どう思う」


チラリとラグナの視線がエリスに向く、旅に慣れ 未開の地に慣れているエリスならここからどう動くと、全員の視線がエリスに向くのだ


ううーん、そうだなぁ…確かにこのまま一直線にエノシガリオスに向かえるならそれが一番だ、これがアジメクやデルセクトならそうする…、だが


「まずは一日この街で足を止めましょう、ポルデュークの気候は凄まじい物です、まずこの国の空気感に慣れ この国の土壌に慣れておく必要があります、肝心な場面でカルチャーショックを味わってる暇はありませんからね、ここでこの国について驚き尽くしてから行きましょう」


オライオンとはどういう場所か、それをまずは知ることだ、何も知らないまま突っ込むより 足を止めてある程度知ってから進んだ方が結果的に早かったりするからね、だからまずはこの国についてみんながよく知ってからだ


「だな、侵攻の計画も練っておきたいし、まずは宿を取ろうぜ」


「侵攻じゃなくて進行な」


なんて話をしながらさて宿を探しましょうかとユピテルナを目的を持って歩き始める、しかし宿か…、宿探しに失敗すると悲惨だしな…、お金は全部帝国が負担してくれるみたいだし 多少奮発した方がいいかもしれないなぁ


そう、エリスが一瞬 みんなから視線を外した瞬間


「ん?」


バシン!と乾いた音と共にラグナが疑問の声を上げるのだ、一体何事かと見てみれば…


ラグナはいつの間にか人の頭程のボールを手に持っており…


「なんだこれ、敵か?」


「ごめんなさーい!、怪我はないですかー!」


飛んできたボールと同じ方向である裏路地から数人の子供達が駆け寄ってくるのだ、ああ これは経験したことがあるぞ、多分これは…


「ああ、怪我はねぇよ けど危ないぞ、何してたんだ?」


「ごめんなさい、フットボールしてたら熱中しちゃってー!」


なんて声を上げながら遠くから手を振る子供達、なるほど 帝国でも似たシチュエーションを見た、大方 あのボールを蹴りあって遊んでいたら間違って大通りの方に蹴り飛ばしてしまったのだろう、その先に、偶然ラグナがいたと…


しかし驚くべきは飛ばしてきた距離、相手はエリスにボールを飛ばしてきた帝国の子供達と同じくらいであるにも関わらず距離が五倍くらい離れてる、あんな遠くから あんな強い音が出るくらいの威力で蹴ってきたのか


スポーツ大国ってのは、どうやら本当らしい


「フットボール…、ああ このボールを蹴って遊ぶやつか、いいねぇ やっぱ男児たる物外で身体動かしてこそだよー!」


「うーん!、テシュタル様も言ってるもんね!『屋根の下で筆を握る者 即ち賢き者、空の下で大地を踏む者 即ち強き者』って!」


僕たち強くなりたいからー!とテシュタル教の教えの元に体を動かす少年達の汗のなんと健全な事か、これには強き国の王たるラグナも満面の笑顔、よくぞ言った!それでこそ益荒男!と最早ボールをぶつけられそうになった事は特に気にしていないようだ。


「その心意気や良し!、だけど人の迷惑にならないようにしろよ?、強さとは誰かを傷つける為にあるんじゃない 守る為にあるんだ、その過程で関係ない人間傷つけてちゃ意味ないからな」


「あ!それもテシュタル様の言葉だよね!『剣は鞘に収めてこそ真価を得る、無闇に掲げる者には落雷の鉄槌を、民衆を背に構える者に万雷の喝采を』って奴!」


「そ そうなの?、詳しいな…子供なのに」


「?…、当然でしょ?」


この国の子供達はみんな聖典の内容を全部暗唱できるんですよ、誰に教えられたわけでもなく みんながみんな自然と覚えるほどに聖典とは身近なものなんです、そういう国なんですよ ラグナ


「まぁいいや、返すぜー?」


「うーん!」


そう言いながらラグナはボールを手放し ちょうど自分の足の前に行くように…、って!これも見たことあるよ!エリス同じことしたことありますよ!


エリス達の力はすでに常識の範疇にない、エリスはあの時それを自覚せずボールを子供達に投げ返してドン引きされたんだ、それをラグナ…貴方が同じことをしたらドン引きされる程度じゃすみませんよ!


いきなり目立つつもりですか!


「ラグナ!待っ…」


「ほらよ!」


エリスの制止も待たずしてラグナは目にも留まらぬ速度で足を振るい ボールを蹴り抜き……




「あ……」


刹那、引く血の気と共に響く 『バァッン』という破裂音…、エリスは一瞬 高速で飛来するボールが子供達の頭をブチ抜く光景を幻視しましたが…


違う、そもそもの話だ、そもそも ボール自体がラグナの脚力に耐えきれず、空中で破裂したのだ…


「え…?」


「おっと…」


パラパラと空に散るボールの破片、突如として響いた破裂音に向けられる周囲の視線、目を丸くする子供達の顔…、やった やってしまった…いきなり、いきなりもいきなり…


「って!何やっとんじゃお前はッッ!!」


「ごめーん!」


スパーン!と神速のアマルトさんの手刀を頭に受け手を合わせ謝るラグナ、されどもう遅い


やってしまったものは戻らない、目立ってしまったものは引き返せない、ただ怪力で投げ返したエリスがあんだけドン引きされたんだ 空中で破裂させるなんて曲芸じみたことして引かれないはずがない…


ただでさえ静謐な街に更に静寂が広がり 周囲の視線がエリス達に突き刺さり…、子供達が指をこちらに向けて……



「すごーい!、お兄さんすごーい!」


「え…?」


目を輝かせ ラグナを褒め称えた…って、え?


「凄いよお兄さん!ボールを空中で破裂させるなんて!すんごいだね!あんなの見た事ないよ!」


どうやってやったの!、そう興味津々でむしろこっちに寄ってくる


引かない あんなすさまじい光景を見ても引くどころか凄いよ凄いよと子供達が寄ってくるのだ、それどころか周囲の人々も手を叩き見事なキックだったと賞賛してくれる…


「どういうことですかこれ…」


「この国では身体能力が高い人間は尊敬の対象になるのでございます、闘神将ネレイド然り 四神将然り、圧倒的な力を持つ人間には神の加護が宿っていると考えられているので」


「なるほど、じゃあラグナは差し詰め神人ですね」


メグさんの補足に思わず納得する、スポーツをするのは神の教えだから、そしてその教えを強く実行できる高い身体能力を持つ者は神に愛されし者、神に愛されているから みんなも敬意を示すと…、この国じゃあ強すぎるというのは疎まれる事はなく 寧ろ尊敬されることなのだ


「凄いお兄ちゃん凄い!」


「そうか?、そうかな、えへへ…いい国だなぁオライオン」


「単純かお前…」


「本当に凄いよ!まるで聖人ホトオリ様だ!」


「ホトオリ?…」


ふと、ラグナにかけられた言葉を思わず反芻する、聖人ホトオリ…聞いたことがある、と言ってもそのワードだけだ


『聖人ホトオリの生まれ変わり』、それはこの国最強の戦士 ネレイド・イストミアの異名の一つだ、この国で一番強い人をそう讃えるくらいなんだ 凄い人なんだろうけど…


「メグさん、聖人ホトオリって知ってますか?」


コソコソと、思わず聞いてしまう、単なる好奇心だが彼女なら何か知っているかも と思ったが…、ダメだ フリフリと首を横に振ってる


「申し訳ありません、聖人ホトオリについては あまり深く伝わっていないのです、ただ 遥か古の時代に民衆を救い 束ねたと言われる神に愛されし超人を、民衆がそう呼んだらしい…ということしか」


「古の時代の超人…」


「それがいつ頃の時代でどこでどの様に活躍したかは全くの不明、であるにも関わらずこの国では凄まじい人気を誇りまして オライオン統一スポーツ委員会のエンブレムにも聖人ホトオリをイメージしたロゴが『スポーツマンの象徴』として使われる程で、テシュタル教に於いては 星神王テシュタルと並び語られる程の存在でもあります」


凄い人気だな、どこの誰で何をしたかも曖昧なのに ただただ『強い』というだけでそこまでの人気を得るとは、しかもこの国においては魔女以上の信仰を得ている星神王テシュタルと同列に語られるなんて


もしかしたら師匠に聞いたら何か分かるか…って、そうだ…師匠は今いないんだった…、はぁ 気が落ち込んできたぞ


「ねぇお兄ちゃん!僕達にもスポーツ教えてよ!、僕将来ユピテルナの代表選手になりたいんだ!」


「お?そうか?なら…」


「おい…いい加減にしろ、どの道目立っているぞ」


「あ…」


メルクさんの呆れたため息に我に帰り群がる子供達を押し退けエリス達のところに戻ってくるラグナを見て 思う、彼はどこでも天真爛漫だなぁと


「悪いな、俺達ちょっと行くところがあってよ、これから宿取らなきゃなんだ」


「そうなの?、じゃあいいところ教えてあげるよ、向こうの路地を曲がったところにある『天光亭』って宿はお部屋も広いからお兄さん達もまとめて泊まれる筈だよ!」


「え?まじ?、教えてくれんの?サンキュー!」


「『道行く人に心を振りまけ、さすれば己が道を行くその時、他者の心が己を導くことだろう』、テシュタル様の教えだよ!」


人に優しくしていれば、自分が困った時に他の人が助けてくれるって教えか、前も思ったがテシュタルという存在はやけに人の心に根ざした教えを説いているんだなぁ、天の神様とは思えないくらい視点が低いものだ


けれど助かる、神の教えに従い清廉に生きる人々の国故に その優しさはエリス達を助けることもあるのだ


「んじゃ、ちっとそこに行ってくるわ サンキューな」


「うん、また教えてねー!」


「おーう」



「なんか上手くまとめやがったぞラグナの奴」


「彼もあれで一国の王だ、人を惹きつける才能はあるのだよ…、私もああいうカリスマ性が欲しいものだ」


やれやれとやや困った顔で子供達の案内を受けて歩き出すラグナの背中を見てアマルトさんとメルクさんが首を振る、ラグナは相変わらず物の流れを作るのが上手い


彼は自ら進むための道を自分で作る才能があるんだ、それ故に人を引っ張れる、足りない物は多くあるが それでも彼がエリス達の中でリーダー然としてあれるのは エリス達の進む道を彼が作っているからだろう


「相変わらず頼りになりますね、ラグナ」


「ガキのボールぶっ潰しただけで頼りになるも何もないだろ、それよか行くぜ」


アマルトさん…今そういう正論はやめましょうよ、確かにハタから見たらラグナは子供のボールぶっ壊して周囲の注目を集めただけですけど、それでも物事は前に進んでるんですから…


「…………」


「ん?、メグさんどうしました?」


ふと、みんなで宿がある方向を目指して歩き出した中、メグさんだけが立ち止まり周りを見回していることに気がつく、この街の光景が気になってる…って感じじゃない


まるで何かを警戒するようだ…、どうしたんだろう


「いえ…、ただ 妙に風が騒いでいる気がして」


「…?、詩的な物の言い方ですね、つまりどういうことですか?」


「虫の知らせとでも言うのでしょうか、…この街の方々が何か…妙にソワソワしている気がするのです」


そう言われて周囲の人々を確認するが、そんな気配は感じない エリスは今日この街に来たばかりだから分からないが、至って普通に生きているように思えるが…


それでもメグさんの眼力は確かなものだ、何かある と言うのなら何かあるのだろう


「どの道エリス達に望ましい出来事なんて起こりようもないんです、先を急ぎましょう」


「そうでございますね、しかし宿とはどんなところなのでしょうか、最悪時界門で私の屋敷を使ってもいいのですが」


「ははは、まぁ この国に慣れるって名目もあるので、それは一旦やめましょう」


アガスティヤとオライオンを行ったり来たりしては いつまで経っても感覚がオライオンに慣れない、メグさんの力をフル活用するのはもう少し旅が進んで感覚がオライオンに慣れてからだ


エリスやメグさんはともかく、ラグナ達はまだ時界門特有の感覚の狂いに慣れていないからね…、そう言い聞かせ エリス達は宿屋へ急ぐ





「それで、例のあれはいつ頃なのでしょうか」


エリス達が立ち去った後、誰も耳に入れぬ話がポツリと街人の口から語られる


「ああ、そろそろだと思いますよ?聖戦の凱旋…ですよね」


「ええ、いやぁ 幸運ですね、まさかこの街に…」


チラリと大通りの向こうを見る、それは数日前より密かに噂になっている出来事、それを街人たちは今か今かと楽しみにしているのだ


それは



「ふふ、まさかこの街に 闘神将ネレイド様が訪れるなんて、彼の方をこの目で見られる貴重な機会、ユピテルナの街をあげて歓迎しましょうね」


…………………………………………………………………………


響く響く、ボンボンと耳の奥に抜けてくるような重厚な音が伽藍にて反響し意味を失い我が耳に語りかける


あれは聖歌だ、神へ祈り 神を讃える聖歌である、遥か古の時代 最初の聖徒が作り上げたと言われる聖歌を…、この聖都エノシガリオスは その中央にあるテシュタル神聖堂の周辺では常に信徒達が絶やすことなく祈り響かせ続けると言う風習がある、夜も朝も問わず だ…


凄まじく暇な国か、凄まじく狂った国かのどちらかであろうな


「喧しい、止めさせろ リゲル」


カツカツと石の階段を潜りながら 外から響く聖歌の残響に青筋を立てるシリウスは背後を追従するリゲルへ文句を垂れる、聖歌を止めさせろ と…しかし


「それは出来ません師よ、あれは神への祈りの歌 テシュタル様へと祈る歌、…テシュタルとは即ち 貴方なのですから、聞き届けてあげてくださいませ」


「ふんっ、…勝手に祀られ勝手に祈られ、いい迷惑じゃわい」


舌を打つ 聖歌は止められないと、あれは誰に命令されたわけでもなく 信徒達が自主的に交代制でやっていることなのだから、リゲルが命令しても止まらないだろうことはワシとて理解しておったわ


(しかし…のう)


そう 眉を顰めて唇を尖らせるシリウス、今 シリウスはテシュタル神聖堂の最奥、本来は秘匿されている筈の地下階段を下り とある場所を目指す道中にある


そんな中リゲルより聞かされた一つの話を聞き及び、不服に思うのだ


「テシュタル教…のう」


テシュタル教とはリゲルが数千年前に興した新たなる宗教、元々リゲルはアストロラーベ星教の敬虔な信徒であったが故に アストロラーベ星教に伝わる原始の聖女ザウラクの教えを流用し 新たなるテシュタル教へと作り変えたのだ


何を考えていたかは分からない、数千年の命の中で信仰心に変化があったのか その辺はワシもよく分からんが、問題はその星神王テシュタルの正体じゃ


星神王テシュタルとは 即ちワシ、シリウスの事である、これは自惚れでもなんでもなくまぎれもない事実じゃ、まぁ 正しく言うのであれば『半分はワシ』もう半分はザウラクじゃ


リゲルは原始の聖女ザウラクの教えと原初の魔女シリウスの教えの二つを掛け合わせてテシュタルと言う名の偶像を作り出民に崇めさせたのが始まりだというのだ


随分な話じゃないか、勝手に人を神にしてくれるとは、ワシは神になんぞなりたくないというに、そもそも人を導く神などこの世にはいない、精々神と呼べる存在がいるとするなら……いや、その存在を確定させることこそが我が本願であったな


「ワシはシリウスじゃ、テシュタルではないぞ?」


「分かっております、ですが貴方の教えはテシュタル様を通じて民を救っているのです」


「大体はザウラクの教えじゃろ、…勘弁してくれ あの陰険聖女と混ぜられるなんて屈辱じゃ」


ザウラクは嫌いじゃ、ワシに隷属せなんだ絶対強者の一人である奴の顔は今思い出しても憎々しい…、そんな奴と一心同体みたいに扱われるテシュタル教なんぞ 今すぐぶっ潰してやりたいが…、じゃが都合がいいには都合がいい


リゲルは今 ワシをテシュタルと同一の存在としてワシを扱っている、なればテシュタルと振る舞えばある程度この国を…いや、世界中に根ざすテシュタル教を上手く扱えるということでもある


完全復活した暁には…、いや やめておこう、それでも神になるのは嫌じゃ…ザウラクと肩を組むのは嫌じゃ、あいつほんっっっとに嫌いじゃから


「それよりリゲル、この先に我が肉体があるのは…事実じゃろうな」


「はい、この先にある魔女の懺悔室に 師の右腕を保管してあります」


「よしよし、そこに込められた血を飲めば…、この肉体はより一層本来のワシに近づく、そうすれば強引に完全復活に持っていくだけのことは出来ような」


ペロリと舌なめずりをする、この先にある我が右腕 魔女達が封印した我が肉体の一端が眠っている、八千年前置き去りにした血液…


飲み干せば、ワシはよりワシになる…なれる


「お、階段が終わるのう…、つまりここが 魔女の懺悔室と、はてさてどんな部屋…」


復活は近いとニッコニコで階段を下りきったシリウスが辿り着いたのはこのオライオンの如何なる文献にも記載されていない空間、テシュタル神聖堂の真下に位置する地下世界、通称魔女の懺悔室


そこに通じると思われる巨大な石門をぼかーんと両手で壊し開け、懺悔室をこの目で見る、如何なる場所にワシの肉体が保管されているのやら……



「──────────────」


刹那、シリウスの時間が静止した いや静止したが如く動かなくなった、懺悔室の中を見て 目を見開き彼女は思考も何もかも停止したのだ…


見開かれる目と落ちる冷や汗、ワナワナと震える唇はやがて言葉を発し


「…当てつけか」


「…………」


「どういうつもりじゃリゲル!、ここが懺悔室と?『魔女の』懺悔室と!?」


「はい、その通りでございます」


「ふざけおって…」


ギリギリと噛み締められた口から血が滲む、何故これがここにある 何故これが今ここにある、なんでこれがオライオン…ポルデューク大陸の僻地に存在しているのだ!


…なるほど、『魔女の懺悔室』か…


「リゲルッッッ!!!」


「ぐっ!?」


刹那 振り向くと共にリゲルの首を掴み上げる、このまま握り潰して殺してやろうかと思う程に ワシは今気が動転しておる!


気に食わん!気に食わん気に食わん気に食わん!!、よりにもよってこれがここにあり!剰えこの光景の名を『魔女の懺悔室』と!?どういうつもりじゃ!


「これを魔女の懺悔室と呼ぶとは 随分じゃのうリゲル、その魔女とは誰じゃ?レグルスか?アルクトゥルスか?お前か?それともワシか…」


「…それは…、貴方の心に問うべきです…」


「ふんっ!、ワシは懺悔も告解もせん、後悔も慚愧も得ない、…神の名の下に許しを得るくらいなら ワシはこの世に生まれる事をせなんだわ」


「っっ!」


リゲルを投げ飛ばし唾を吐く、本当なら殺してやりたいが 今ワシは絶妙な均衡の下で生きながらえている、その均衡を自ら崩すわけにはいくまいて


「ふんっ、まぁええわ 目に入れずに進むことなんぞ他愛もない」


イライラしつつも目を閉じ 張り巡らせるは魔力による網、魔力操作の応用 魔力探知網じゃ、その気になりゃ世界中に回せるそれをこの懺悔室の中限定で作り出す


この馬鹿みたいに広い懺悔室…、いや もはや部屋ですらない、一つの世界とさえ言えるその空間に魔力の網を広げれば、見つかる


「そこか…」


まるで魔力が沸き立つような源泉の如きそれを肌で感じ、ガラガラと転がる小石を蹴って、倒れた柱を飛び越え奥へ奥へ進んでいく八千年の時の経過に耐えられず自壊したそれらに目を向けることなくこの巨大な地下空間の中心へと辿り着く


ここに、我が右腕が封印されている…、それを感じ 閉じた目を見開けば……


そこには、石畳の間からニョッキリ生える白い手が…


「って雑ぅっ!、もっとしっかり封印しとくれよう!ワシの手じゃぞ!お前!」


なんと労しい姿でこんな所に放置されて可哀想なワシ、今助けてやるからのうと地面から生える右腕を軽く引っ張れば、まるで発泡酒の蓋でも開けたかのような軽快な音と共にそれは抜ける


「雑な封印の仕方じゃのう、まぁ…ええわ これでワシの体はようやく戻る」


八千年前に死した我が肉体であるというのに、今手の中にある白い腕は何ともみずみずしく なんかにくっつけりゃまた動き出しそうなくらい生気に満ちている


そりゃそうだ、我が魂は『不滅の異法』によって一切目減りすることがないのだ、魔力消費によっても消える事はなく 死んでもまた消える事はない、たとえ腕だけになろうとも この腕に我が魂が宿っている、つまり この手はまだ生きているのだ


「くくく、待たせたのう ご主人様のお帰りじゃ、預けたもんを取りに来たぞ」


魂がまだ腕に宿っているという事は、この腕からは我が魔力が発せられているという事、魔力が発せられているという事はこの血にも我が魔力が宿っているという事でもある


つまりだ、八千年間永遠に小さな腕の中で循環を続けた血液は魔力に晒され続け 濾過される事無く留まり続けた、この腕の中に入っているのは 最早液化した我が魂と言ってもいい


ならそれを飲み干せば…、そう 軽く白い腕を掲げ


「くはははーっっ!、ワシの復活祭の準備をせーい!」


ワシ本来の右腕を握り潰して、そこから滴る真紅の血液をガバガバと飲み干していく、くはは!これがワシの血の味か!死するその時まで流血などしたこともないから知らなんだわ!


「うはは!ぬはは!、甘露!甘露!甘露じゃ〜!」


舌の上で血液を転がし、滝のように落ちる血を次々飲み干していく、これでこの体の支配力は高まる!、レグルスから真の意味で肉体を奪いされば!ワシは本当の意味で復活を……


「……?、どういうことじゃこれは…、まるで変わらんぞ」


腕を雑巾のように絞り中に入っている血を飲み干したというのに、まるで変わらん、我が体の中に魂が流れ込む感覚がせん


まさか我が目論見は失敗に……いや、いや違う これは


「これは、違うな…?」


バキバキにひしゃげた白い腕を見下ろし、舌を打つ 違うのだ、これは違うのだ…


これは、ワシの腕ではない


「やってくれたな、リゲル」


「………………」


チラリと振り返れば相変わらずリゲルはそこに立っている、…支配は完璧 間違いなくリゲルは洗脳出来ている、だが


「これは 幻惑魔術じゃな」


手の中の白い腕を握り潰せば、それは光の粒子となって跡形もなく消え去ってしまう…、今ワシが手に入れたと思ったはずのワシの右腕は リゲルの幻惑魔術によって見せられた幻覚じゃ


つまりワシは偽の在り処へ案内され 偽物を掴まされ、リゲルに騙されたということ、しかしリゲルは完全に洗脳出来ている、 『案内しろ』と命令すれば逆らえる道理はない


「…なるほど、そういうことか」


目を伏せ 即座に理解する、…リゲルめ 自分がワシに操られる事を見越して、自らにも幻惑魔術をかけて本物の在り処を誤認させ偽の在り処へと導いたのだ


ワシの右腕の在り処を知る唯一の人間たるリゲル自身が 自身に幻惑魔術を使い本物の在り処をワシに知られないようにしていたのだろう


やるではないか、…小癪ではあるがな


しかしこれでワシの右腕の在り処を知る人間はこの世に誰も居なくなってしまった、唯一知るリゲルもまた自らの幻惑に騙されている以上、命令して案内させることもできない


「はぁ、…一から探さねばならぬか」


じゃがそんなもの時間稼ぎにしかならぬ、この国の何処かにあるのはもう理解しておるのだ、ならこの国の中を探せばそれでいい、隠れながらじゃから時間がかかるが…それでもワシならば三ヶ月もあれば見つけられる


「…しかし、それまで暇じゃのう」


ここから魔力網を這い回し腕は見つけるとしてだ、それまで三ヶ月間この神聖堂に入り浸っているのは暇じゃ、かと言ってワシはこの城の外には出歩けんし…、ああそうじゃ


良い余興を思いついたぞ


「リゲル、お前の軍に通達せよ」


「何をでございますか?」


「この国に テシュタルを否定せし神敵が紛れ込んだとな」


近くの瓦礫に腰をかけ、ニタリと笑う…余興だ、どうせこの国に来ているんだろう?エリスよ


「人数は恐らく六人、外来より来りし神敵が このテシュタル神聖堂を目指していると…、お前の軍とお前の弟子を使って探させ 始末せよ」


「かしこまりました、我が師よ」


向こう側の弟子はおそらく六人、そいつらが一緒になってこの国に忍び込み ワシの元を目指している事は容易に想像出来る、故に余興としてぶつかり合わせ 戦わせる


リゲルの弟子が率いるオライオン軍とレグルス達の弟子を、ワシは手出しせん 探すこともせん、じゃから精々逃げ回ってここを目指すがいいわ


「さて、どうなるかのう…、ワシを精々楽しませるんじゃぞ、エリスよ」


くつくつと笑いながら膝に頬杖をつき 魔力網を張り巡らせワシの右腕を探す、それまでの暇潰しにして余興 座興、道中くたばれば物笑い もし万が一ここに辿り着く事が出来たら、褒美じゃ この手で殺してやろうぞ


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[一言] 更新待ってました!九章楽しみにしてます。
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