251.決戦 皇帝の従僕メグ・ジャバウォック
魔女レグルスと魔女カノープスは互いに愛し合っている、そんな話は ある程度の教養と魔女歴史学に精通するものなら誰しもが耳にしたことのある話だ
その話の真意はまた別に置くとして、二人の恋愛的な小話はエトワールにて古い魔女劇として公演されることもあるしコルスコルピの古文書でもそのような内容が散見できるくらいには『確か』なものであった
それ故、存在が不確かでそもそも実在するかどうか分からないとされていた魔女レグルスの存在を人々が忘れなかったのは、皇帝カノープスが『魔女レグルスは我が生涯の伴侶であった』と八千年間口外し続けたが故の結果と言える
もし、カノープスがレグルスについて口を閉ざしていたら…、レグルスは今頃表の歴史から名前が消えていたかもしれないくらいだ
…カノープスはレグルスを愛していた、愛して愛して愛し抜いていた、きっとカノープスはレグルス以上に愛する者はおらず、レグルスを愛する者の中にカノープス以上の者はいない そう断言出来るくらい愛していた
だからきっと、陛下も辛いだろう…、陛下が魔女レグルス様を愛している事は知っていたから、夜な夜な子守唄代わりに魔女レグルスの隠された英雄譚を何度も聞かされてきたから よぉく知っている
孤独の魔女レグルス、孤独にして孤高…たった一人で生きてたった一人で征く者、それを実現し得る力を持つ者
無双の魔女カノープス、無双にして無二…並ぶ者無きその力と才覚は彼女を孤独足らしめる
二人は何処かで似ていたのだ、二人はきっと世界で唯一の理解者なのだ
そんな二人が今殺し合っている、全く望むことのない戦いを強いられている
今、陛下は涙を噛み殺しながら戦っている、私は今 そんな陛下に戦いを続けさせる為に戦っている
これは果たして、本当に正しいことなのだろうか…
主人の望む未来を作るのが 従者の仕事だとするなら、私は…私は……
…………………………………………………………………………
「燃える咆哮は天へ轟き濁世を焼き焦がす、屹立する火坑よ その一端を!激烈なる熱威を!今 解き放て『獅子吼熱波招来』!」
「魔装起動、『瞬間冷凍送風魔装』!」
ぶつかり合う熱波と寒波、ほぼ同時に放たれたそれらは互いに互いを打ち消しあい、熱も冷気も全てが無となる
帝国領土X地区の一角に現れた巨大な炎の山、魔女シリウスと皇帝カノープスの決戦の地を目の前としたこの場にて行われるのは 魔女の弟子と魔女の弟子の信念をかけたぶつかり合い
「チィッ!、やっぱり効きませんか…!」
炎の山が放つ熱き輝きに顔を照らされるのは孤独の魔女の弟子エリス、エリスは魔女シリウスによって体を奪われてしまった師を救う為に 帝国軍の包囲網を突破しここまでやってきたのだ
がしかし、最後に立ち塞がる関門のなんと厚き事か、軍勢を突き抜けたエリスにさえ 今目の前に立ち塞がる強靭な壁を突破出来ずにいた
「エリス様の行動や攻撃は全て対策済みでございます、そろそろ諦めてくださった方が私も楽なのですが」
舌を鳴らすエリスを前に、余裕綽々と下腹部に手を合わせ一礼してみせる彼女こそ最強の魔女にして無双の魔女の弟子メグ…、師である皇帝カノープスの八千年の悲願 魔女シリウスの完璧な滅殺を補助する為 この炎の山の眼前にてエリスを迎え撃っているのだ
エリスはメグさんを相手にたたらを踏んでいる、メグさんが完璧にエリスの行動を封じているが故に エリスは先へ進むことができないのだ
共に過ごしたこの半年間 エリスの情報を集め その戦術を見て学び、打ち立てた対エリス専用の戦略は完全だ
時界門でエリスの得意技である旋風圏跳を封じ、無数に存在する魔装を用いてエリスの魔術を封じ、ただの一度もエリスの攻撃を受けずに戦いを拮抗させている
エリスの使う魔術は…内に秘める手札は、全て メグにバレている、どんな手を打とうともメグの想定の範囲から抜け出すことが出来ないのだ
「ほら、どうしました?私の想像を超えるのでは?」
「いやぁ、そのつもりなんですけどねぇ…」
この戦いに勝利するにはメグさんの想像を超える必要がある、彼女がエリスの動きを予想して こうして対策を立ててきている以上その想像の範疇さえ超えれば 彼女の無敵の陣形を崩すことができるはずなんだが…
これがまた難しい、メグさんは一体エリスの動きをどこまで想定していたのか聞いてみたくなるほどに何もかもに対して準備を済ませてある
エリスが使う魔術から徒手空拳での戦法、果ては合体魔術の内容まで全て予測し対になる魔装を取り出し無効化してくるんだ
メイド故、いついかなる時もどのようにでも対応出来るように万全を尽くすことには慣れていよう、ましてや彼女は帝国一のメイド…エリスの手の内を読むなんざ朝飯前か
「さて?、お次はどうします?、魔術で攻めます?体術で攻めます?、それとも…魔力覚醒を使いますか?」
「…………」
魔力覚醒ねぇ、たしかに魔力覚醒を使えば多分メグさんには勝てるだろう、だが それはエリスの目的がメグさんに勝つことであった場合のみ許される行動
エリスはこの後だ、この世界で最も激しい戦いの場に身を投じることになるんだ、その時のために出来る限り魔力覚醒は温存しておきたい…、それが本音だ
故にエリスは魔力覚醒を使わない 使えない、そんな事彼女だって分かってる…故にワザと聞いてくるんだ、魔力覚醒を使わないのか?と
「使いませんよ、魔力覚醒は」
「でしょうね、まぁ ここで魔力覚醒を使わせられれば儲けものと思っただけにございます」
「そうですか…、ですけど 悪いですがここでは魔力覚醒は使いません、エリスが目指すのはこの先にあるのですから」
「つまり私は通過点だから 本気を出さずになんとか終わらせたいと?」
「まぁ…、嫌な言い方をするなら」
「ふふ、誤魔化しもしませんか…、そうですかそうですか」
くつくつと笑うメグさんの目にはエリスはさぞ滑稽に見えるだろう、何せここまでこっ酷くやられておきながらまだ力を温存しておきます…なんて言うのだから
ああそうだとも、滑稽だろうさ、いくら温存しても 先に進めなけりゃてんで意味はないんだ、けれど…この先に進む事はエリスの中では確定事項なんだから仕方ない
「しかし参りました、私的にはエリス様にここで全てを出し切り力尽きて頂きたいのですが…ふぅーーむ、このままではエリス様から魔力覚醒という一手を引き出すのは難しゅうございますねぇ」
参りましたねぇとワザとらしく考えるそぶりを見せるメグさんはふと、ポン と手を叩き
「そうだ、エリス様に本気を出させるなら、私も形振り構わず本気でかかれば良いのですね」
「……本気?」
「ええ、本気も本気…メグの本気でございます」
はったり…って事はなさそうだな、って事は今までは加減してあのレベルの強さって事か、それはちょっとまずいなぁ…
メグさんはエリスの力の底を知っているかもしれないが、正直エリスはまだメグさんの実力の底を見ることが出来ていない、無双の魔女に十年師事したその実力が、生半ではない事くらいは分かりはするが…
果たして…!
「では参ります、お見せしましょう 『メグセレクション』を!」
「は?、メグセレクション…?」
刹那、呆気を取られるエリスの視界を メグさんの靴底が覆う、突っ込んで来たのだ エリスが呆気を取られる一瞬で…
「ぐぶぅっ!?」
目にも留まらぬ速度で踏み込むメグさんの脚力は即ち馬力となる、当然蹴っても凄まじい威力だ
刹那の飛び蹴りに大きく仰け反る体と上を向いてしまう顔で見るのは音もなく着地し 時界門を展開し 中から武器を取り出すメグさんの姿……
「メグセレクション No.21…『携行型 瞬間陣地形成魔装・ゴンドワナシャングリラ』」
取り出したのは巨大な大槍、いや その無骨な一本筋の通った形は槍というより凄まじく巨大な杭のようだ、それを取り出すと共にメグさんは全身全霊の力を込めてそれを地面に根元まで突き刺すのだ
「ぐっ、何を…」
そんなエリスの言葉を待たずに大地が鳴動する、打ち込まれた巨大な杭が大地の内側で脈動しているのだ
地震、そんな言葉が内心に過ぎる程の振動に思わず膝をつくと共に、それは現象となって地表に顕現する
「ちょっ!?、本当に何をしたんですか!?」
突如地面を引き裂き幾多の棘が乱雑に地面から突き出てきたのだ、問題はその巨大さ…
棘一つ一つが大木のように巨大であり、瞬く間にエリスを囲み 空に覆いかぶさる程のビッグサイズ、オマケに数も凄まじく 瞬く間に辺り一面を棘だらけの地表に変えてしまう
まるで、茨の森だ…
「これは陣地形成魔装ゴンドワナシャングリラ、このように無数の棘を地面から打ち出し地形を変える魔装にございます、本来の用途は上空から敵陣地に落とし被害を与えたり 自軍の陣地手前に配置し敵の進軍を阻んだりと多数の使い道がございます…」
「え?、メグさん?…何処に?」
ふと、説明するように余裕綽々と語るメグさんの声が聞こえる、しかし聞こえるだけ その姿は何処にもない、この無数に反り立つ棘達の所為で音が反響して音の出所も分からず ただただエリスは無様に首を回すばかり
しまった、見失った…しかもメグさんを相手に 一級の殺し屋の技を扱うメグさんを相手に、エリスは完全にその姿を見失ってしまった
「これが本気ですか…」
「ええ、平地では私の力は一割も発揮出来ませんので…、私が戦うならこのような森の中で無いと、さぁてエリス様…参りますよ」
「チッ…」
両足を開何処から何が来てもいいように構える、構えるしか無い 今更メグさんを見つけ出すのは不可能だ、なら 向こうが攻めてきた瞬間を狙う
どれだけ隠れていても、エリスを攻撃する瞬間には 己の位置を晒さねば出来ませんからね、さぁ!来なさい!
そう迎撃の姿勢を取った瞬間、事態は動く
「ッ…そこか…!」
刹那、背後から物音が聞こえ反射的に振り向く、メグさんが動い………
振り向いた瞬間見えるのは、屹立する棘の影からコロリと転がる小石…、メグさんの姿は 無い
まさか…
「ブラフ!?」
「その通りでございます」
「ッッ!?」
振り向いたエリスの背後から今度こそメグさんの声がする、ブラフだ そりゃそうだ、絶大に警戒するエリスを小石を投げて誘導したのだ、それにまんまと引っかかったエリスの隙を突き 背後を得たメグさんは再び時界門を開き
エリスがその姿を捉える頃には既に、エリスの目の前メグさんは魔装を構えていた
「メグセレクション No.58 『城郭倒壊魔装 チェーンブレイカー』」
メグさんがエリス目掛け振るったのは鉄の縄だ、それがエリスを囲むように周囲を漂う…
拘束か…!そう警戒するも ふと気がつく、メグさんが振るった鉄縄には無数の紅蓮の結晶が埋め込まれており、それが強く強く輝いている事に……
「『連鎖爆塵』」
──城郭倒壊魔装 チェーンブレイカー、縄状に伸ばされた魔装であり その用途は文字通り城郭の破砕にある
城の柱にこの縄をくくりつけ起動させれば、縄の内部に無数に埋め込まれた『爆破魔装』が連鎖するように爆裂し、巻きつけた対象を完全粉砕するという破壊専用の魔装、武器としては使えぬ攻城魔装を振るい メグは今、それをエリスに巻きつけたのだ
当然ながらチェーンブレイカーは、その本来の用途通り爆裂し……
「があぁぁっっ!?」
刹那、真っ赤な火炎を放ちながら爆発する鉄の縄は、エリスの体に食い込んだまま何度も何度も破裂する、逃げ場ない零距離連続爆破、人体で耐えられる衝撃の許容度合いを遥かに上回る威力を前にエリスの悲鳴すらも爆音にかき消される
「ぐっ…が…」
唯一、助かった点があるとするなら エリスの体を覆うコート、師匠がくれたこのコートの上から爆発が起こっていたという一点に尽きるだろう、衝撃も熱もその大部分を遮断する世界最高ランクの防具のおかげでエリスはまだ人の形をしていられる
とはいえ…、と言ったところだろう、零距離爆破 それも城を根元から崩すために使われる魔装を受けて無事ではいられない
「ぐっっ!、ふんッッ!!」
されどエリスは倒れない、己の肉体に力を込めて鉄の縄を無理矢理振りほどき拳を握る、まだ倒れませんよ…エリスは!
「おやまぁ、耐えますか…その耐久力は私の想像を超えていますよ」
「何を…まぁいいです!、今度こそ逃しませんよ!『火雷招』!!」
「おっと、『火除けの傘』」
逃がさない 目の前にいるこの状況を逃すわけにはいかないと炎の雷を放つも、メグさんはクルリと回転しながら炎を断絶する傘を開きエリスの火雷招を完全に防ぎ切ってしまう
くそっ!、厄介な魔装だ!、エリスの古式魔術も防いでしまうなんて…いや、違うな
単純に足りていないんだ、威力が…、本来の威力をエリスが発揮できればアレも突破出来る筈なのに、悔しいな…これは
「チッ…また消えましたか」
炎の雷が放つ光が消えると共に、メグさんの姿もまた露と消える…、また逃してしまった
まずいぞ、予想以上にメグさんの攻撃が苛烈だ、今レベルのが何度も何度も叩き込まれたら耐えられない、その上メグさんは巧みにエリスの隙を作り そこに入り込んでくる
…どうする、どうすればいい、この状況と無限の魔装 そしてあの鉄壁の守りを突破しない限りメグさんを倒せないぞ…!
「…………」
再び静寂の訪れる世界、耳を済ませてもメグさんの位置は分からない、気配を探っても無人にさええ思える、ただエリスの直感だけが 警戒を促す、敵はまだこちらを見ていると 歴戦の勘が告げている
次は何処から来る、どうやって攻めてくる…
「………………」
右か、左か 後ろか…と確認する隙をついて前から?、体の方向をあちこちに入れ替え警戒するように慌てふためく、正直メチャクチャ怖い
何処から攻めてくるのか全く分からない、何処を見回しても棘の林が無限に続くばかりで全ての物陰にメグさんが隠れているようにも思える
絶対隙は見せられない、魔術を発動させて居場所を炙り出すのも 周囲の棘を吹き飛ばすのも得策とは思えない…、かといって 隠れるメグさんを見つける方法なんてあるのか
「……何処に」
スライドするように右から左へ視線を動かしていると、ふと…気がつく
(…ん?)
エリス達が今前にしている炎の山、そこから発せられる光は凄まじいものであり 、現在の時刻は宵時であるにも関わらず この場はとても明るい
故に、この場における最大の光源たる炎の山を中心に影は伸びているのだ、だから エリスの周囲に屹立する棘達もまた 炎の山に背を向けるように影を伸ばしていて…
(居た…!?)
見つけてしまった、無数に伸びる棘の影 そのうちの一つだけが不自然に歪んでいる、あの凹凸は人体の窪み…、エリスの左斜め前の棘 あそこの影にメグさんがいる!
(影か!影を見れば居場所が分かるのか!、なら…!)
すぅーとなるべく息を殺して大きく息を吸い、メグさんが隠れている棘目掛け拳を突き出しながら…
「『颶神風刻大槍』っ!!」
放つ風の槍、鋭く伸びる鎌鼬は万物を貫く不可視の槍となり瞬く間にメグさんの隠れる影を穿ち抜く、地面より屹立する大木の如き棘は土煙を上げながらエリスの風の槍によって破壊され 轟音を立てながら大穴を開けて その向こうにいる人影を吹き飛ばし 影の外へと追いやられゴロゴロと地面を転がり…
「…え?、人形?」
見てしまった、風によって吹き飛ばされる影の正体を
ゴロゴロと転がるそれは 人形だ、帝国の服屋においてあるような 服を着せる為の人形…いわゆるマネキン、それが影から粉々に砕かれながら飛び出してきたのだ
メグさんじゃない…、メグさんじゃ…ない!?!?
「ハズレでございます」
「ッッ!?、う…うぁぁああ!!!」
転がって来たのが人形であることを確認した瞬間エリスは腕を振り回しながら振り向くが、そこにも居ない メグさんの姿が無い
ど 何処だ!?今確かに声が!
「空魔の真髄は暗殺、姿さえ見せずに相手を捻り潰す奥義…、私はねエリス様、ジズの事は嫌いですが この技 この奥義には誇りを持っています、何せ 全てを犠牲にして手に入れた技ですからね 誇りに思わなきゃやってられません」
居ない、声だけが響いてエリスを混乱させる 何処にいるんだ、何処に…そう慌てて首を振れば一瞬だけ見える
そこの棘の影の中に隠れるようにほんの一瞬だけ見えた メグさんの白いメイド服の切れ端、そこに隠れたか!
「『火雷招』!」
「ああ、ハズレです 残念」
しかし、棘を雷です吹き飛ばしてもメグさんの姿は現れず、メイド服の切れ端ではなく純白のハンカチが爆風に巻き込まれハラリと消える、またブラフ…!
「空魔の真髄は暗殺、なら暗殺の真髄とは何か分かりますか?」
「くっ!」
今度は別の場所からメグさんの声が聞こえて来る、見れば棘の影から半身を出してにこりと微笑みながらこちらを見ているでは無いか、まるで 『当ててみろ』そういっているようにさえ見える
「この…『薙倶太刀陣風・扇舞』!」
メグさんの姿を捉え慌てて風を放つも、我が風の刃が柱の如き棘を両断する頃には既にメグさんの姿はそこになく、メグさんの姿は幻のように消えてしまう、最早タネが分からない 何処に居るんだ どれが本当なんだ…!
「暗殺の真髄とは即ち、恐怖でございます エリス様」
「っ……」
ふと、エリスの動きが止まる…、まただ また見えた
柱の陰から伸びるメグさんの影が
さっきと同じ状況だ、あそこにいるのはきっとまた偽物だろうか?そこも同じだろうか、…ただ一つ さっきと違う点があるとするなら
メグさんと思わしき影が一つではなくあちこちに…複数見えるの、、エリスを囲むように柱に隠れる影が点在し、それ以外の場所からはメグさんのスカートの切れ端と思わしき布切れが覗いている
それだけじゃ無い、あちらの陰からはメグさんの髪が見えている、あちらの影からはメグさんの手が、あちらの影からはメグさんが移動したと思わしき足跡が…
メグさんに通じる手掛かりがほぼ全ての柱に存在している、分からない…メグさんの居場所が 完璧に
おちょくられている、今エリスはメグさんにおちょくられ その上で手のひらの上で転がされている
「どれが…、一体どれが…」
どれが本物なんだ、どの影が本物なんだ どの柱に隠れているんだ、間違えればまた手痛い反撃が飛んでる来ると思うと手が出ない、どうすればいいんだ…これ
「恐れましたね、エリス様」
「…………」
再び、背後から声が聞こえる…
メグさんはそこにいるのか?、振り向いたらまた消えているんじゃ無いのか?、それとも今度こそ本物なのか…それさえも分からず、エリスは振り向くことも出来ず 身動き一つ取れない
最早これは警戒でも何でもない、怖くて動けないのだ…、何処を向いたらいいのか 何処に向かって戦えばいいのか、それを完全に見失ってしまった
「ふふふふ…、利口ですね 振り向かないなんて、でも 賢くはないですよ、その判断は」
死神はいつだって、後ろからその首を狙っているのに… そんな冷え切った鉛のような声が耳を撫で、首に 指が当てられる…、居る 間違いなく居る…!
「ッ…、はぁっ!」
回転、軸足を中心に全身を回転させ 槌を振るように足を掲げメグさんのこめかみに靴先が行くように、振り向きながら蹴りを振るう、しかし
「遅い遅い…」
当たらない、当たり前のように上体を反らし避けられる、そりゃそうだ 敢えて自分から居場所を教えたんだ、反撃がくることも込み合いだったはず!迂闊に動きすぎた!
「そして終わりです…!」
上体を反らすメグさんが 足が通り過ぎると共に徐に起き上がる、起き上がってこちらを見据える双眸と その手に握られた二つのナイフが 炎の光を反射し紅に光る
来る…
「冥土奉仕術…五式」
刹那、一歩踏み込んだメグさんの手から 刃が消えた、否 消えたように見えた
「明滅の刃振」
「ぐぅっっ!?」
凄まじい速度で振るわれる両手の刃はそれぞれが全く別の動きと速度をしながら加速と減速を繰り返しエリスの感覚を狂わせながら何度も何度も暴風雨のように斬りつける
それを両手で防ぎながら後ろに引くことでなんとか耐え凌ごうとするが、防ぎ切れない 振るわれる刃の速度が速すぎるのともう一つ…、刃が消えたり現れたりするんだ
メグさんの元にあるときは刃の存在しない不可思議なナイフとして存在し、エリスに近づいた瞬間キラリと赤いきらめきを放ち刃が現れる、故にナイフとの距離が掴めず防げないのだ、あれもまた魔装なのか!?しかし魔力も感じないし
な なんなんだ、これ!
「斬撃は効きが悪いですね、では あげます」
「ぐっ!?」
斬撃はコートと籠手に防がれると理解したメグさんは一瞬のうちにエリスから距離を取りながら投擲する、その二本のナイフを…
エリスは咄嗟に背後へと一回転しながらナイフを回避すると共に 空中の一本を掴み その手に収める
刃が消えたり現れたりするナイフ、しかし魔装のように魔力も纏わない、一体何なんだこれ…あ!
「このナイフ…!」
こうして手に持って気がつく、このナイフは刃が真っ黒に染められているんだ…、そうか 思えばメグさんは棘の影になる位置に立ち 炎の光が届かない地点に居た…、対するエリスは炎の光をモロに浴びる位置に立っていた
…だからか、攻撃の前に一歩踏み込んだのは体を影の中に隠すため、そして影の中にいる間はナイフは光を反射せず闇に溶け込む黒の刃でエリスの視界から消え、エリスに向けて振るわれた瞬間 刃は炎の光に照らされあたかも急に現れたように見えるのか
魔装の力ではなくこのフィールドの特性を完全に活かした戦法だ、それを何の違和感もなくやってのけるなんて、これが空魔の…いいや メグさんの力
(………………これ)
ふと、ナイフを見つめ 立ち止まる、これ この光と闇のトリック…、『使えないか?』
何かに使えないだろうか、そう…この状況を何とかする一手に、そう考えれば エリスの中で何かが急速で組み立てられる音がする
考えろ、逆転の一手…メグさんの想像を上回る一手を…!
「余所見は厳禁でございますよ、エリス様?」
「ん?、なぁっ!?」
メグさんの声に意識は現実へと帰還し、視界はナイフから目の前へと移る
すると視界に飛び込んできたのは羽を開いて飛んでくる小さな虫のような何か、コガネムシのようなそれが鈍色の輝きを放ちながら数十体もこちらに向けて飛翔してくる
「ぐっっ!?」
「メグセレクション No.38 『追尾型魔装銃弾・飛翔式打金甲虫』」
咄嗟に反応し射線上から離れようと身をよじるが、空を舞う鉛の甲虫はそれに反応し軌道を変え 次々とエリスに向けて飛翔しこの体を打ち据える
何で虫の形なのかは分からない、だがその身の遍くを鉛で構成された虫が 銃弾と変わらぬ速度で突撃してくるのだ、想像した通り凄まじい衝撃と痛みに顔を歪める
「まだまだ行きますよ、メグセレクション No.60 『地中潜行型魔装 爆裂玉蕾』」
鉛の痛みに悶えていると、今度は地面が隆起し 甚大な揺れと共に足元から何かが生えてくる
これは、…蕾か? というのには些か大きすぎる、何せ人の頭くらいある代物がもっこりと地面から顔を出しているんだ、剰えそれは真っ赤な輝きを内から漏れさせており…
あ、これ見たことある ヴィーラントが出してきた爆発する木の実と同じ輝き…、爆発?
「まさか爆弾!?やばっ!、『旋風圏跳』!!」
刹那の直感と瞬間的な理解に任せ、咄嗟に空へ飛び立てば その一拍後にはエリスの立っていた地点が跡形もなく消し飛ぶほどの大爆発が巻き起こるのだ、エゲツない爆発ですよそりゃあ 何せ空中に飛び出してもその爆風に煽られこの体は空高く打ち上げられてしまう程なのだから
「くぅーっ!?」
「お代わりです、メグセレクション No.71 『空域制圧型魔装 降射高撃槍霰』」
打ち上げられたエリスの体に影がかかる、空高く飛ばされるエリスよりも尚高く位置する物がある
それ天から降り注ぐ雨だ、天空の落涙の如きそれは無差別に降り注ぎ大地を濡らす、ただ エリスが目にしたそれはエリスの知る雨粒とは少し違う
何せ、雨粒一つ一つが 鋭く尖る鉄製の槍なのだから
「ぐぁっっ!?」
飛ばされ碌に受け身も取れないこの体では 槍の雨を防ぐなんてできよう筈もない、降り注ぐ槍々は次々とエリスに向けて降り掛かりこの体を打ち据える、師匠の作ったコートは高い防刃性能を持つが故に引き裂かれて串刺しにはならないが
だからと言って痛くないわけではない、鋭い鉄の塊が体に降ってくるんだ、それが体に抉りこまれるんだ、 その衝撃と痛みは言語化するまでもない
「ぐぶっ…かはぁ…」
天来の槍に叩き潰されるように地面へと墜落し、吐血と共に目が霞む…、ダメだ 気絶するな、立て 立つのだ、そうしなければ…折角ここまで来たのに 来させてもらったのに
それに答えなければ、エリスは…!、そんな覚悟と共に再び膝に手をつき立ち上がり…
「メグセレクション No.40 『自走式大車輪 パンジャンホイール』」
「ッ…」
ゴロゴロと転がる音に気がつきはたと顔を上げれば、迫る大車輪が高速でこちらに向かってくるのが見える、車輪に取り付けられたスパイクが地面を抉り回る毎に加速をし、速度以上の威圧を醸し 未だ痛みの拘束から解放されぬエリスの体を跳ね飛ばし 轢き飛ばす
「ぁがぁっ!」
車輪の生み出す回転はエリスの体を捻るように轢き、車輪のスパイクが体に突き刺さり 錐揉むように地面へと叩きつけられ何度も地面を転がる
全身の骨を砕かれるような痛みが 鈍痛が全身を支配する、巨人の馬車に轢かれたようなもんだ、生きてる方が不思議か…
「さて、まだ立ちますか?エリス様」
「ぐっ…」
メグさんの声は なんとも嫌みたらしく聞こえる、立てるか と…さんざ痛めつけた上で聞くのだ、怒涛の連撃を前に既にエリスの体は限界を超えつつある
『立てないだろう』そう思いながらも聞いてくるのだ、立てるかと…
「あ 当たり前ですよ、まだまだです」
されど立つ、だから立つ、まだ倒れるわけにはいかないから 膝に手をついてゆっくりと体を起こし、肺の中の空気を全部吐き出しながら立ち上がる、ここ大一番のエリスのしぶとさナメちゃいけませんよ
「凄まじいガッツでございますね、ですが どうします?、ここから逆転…出来ますか?」
再びメグさんの声は闇の中に消える、見ればまたあちこちにメグさんらしき影が浮かび上がり、メイド服の切れ端のような布が視界の端でチラチラと誘うように揺れる
まるでどこにいるか分からない、だと言うのにメグさんは的確にエリスの位置を察知し 一方的に攻撃を仕掛けてくる
仮に捉えたとしても、メグさんはエリスの魔術に対して完璧に対策を講じている、火雷招を撃っても 風刻槍を打っても まるで効きゃしない
一方的だ、用意周到に準備を整えられ エリスは今メグさんの術中に居る
「今…考えてるところですよ」
「なるほど、なら助言を…、魔力覚醒をお使いなさい、そうすれば終わりでしょう」
ああ、終わりだとも…それは使ったら師匠を助ける最後のチャンスが終わる、メグさんはそれを狙っているんだ
確かに、超極限集中状態になればメグさんの位置も考えも即座に見抜ける、だがそれじゃダメなんだ、エリスの目的はメグさんに勝つことじゃないんだ
「………………」
「使いませんか、強情ですね…、ならば仕方ありません 貴方をここで殺…」
「殺すんですか?、メグさん」
遮るように問う、殺すのかと
思えば彼女はエリスを殺すと公言していた、例え陛下との誓いを破っても 陛下の敵を殺すと、大した覚悟だと思いますよ、けどね
覚悟は覚悟だけじゃ、意味ないんですよ
「……ええ、勿論」
「今言い澱みましたね、エリスを殺す覚悟が出来てないんじゃないんですか?」
「何をバカな、ここまでの戦いを忘れたのですか?エリス様ともあろう方が、…貴方を殺すつもりでここまで攻撃を…」
「ですがどれもエリスを殺すに至っていません、そりゃそうです 今までの攻撃に殺意こそ宿っていましたが、貴方は一度としてエリスを殺そうとはしていないんだから」
そりゃ攻撃を仕掛けてきていましたよ、下手すりゃ死ぬかもしれないのも沢山ありましたよ、けど エリスは思うんですよ
本気で殺すつもりなら、エリスはこの戦いの中でもう五、六回は死んでると
だって相手は世界最強の殺し屋と世界最強の魔女から教えを賜り、世界最強の国家の技を使う人物ですよ?、それが本気でエリスの命を狙ったならばエリスはこの命を奪われていた筈だ
例えば背後を取った時に フランシスコのように首を閉めればそれだけでエリスは抵抗出来ない、魔装なんてややこしいことしなくてもナイフ一本あれば彼女はエリスを殺せる
けど、それをしない…ってことはつまり
「殺す気は無いんでしょう」
「ッ……」
彼女が口にしているのは脅しだ、チンピラが場末の酒場でジョッキ片手に捲したてる『ぶっ殺すぞ!』と同レベルの脅しでしかない、エリスはそう思いますよ
事実、それを口にすればメグさんは何も返してこない、いや違うな
「何を バカな、どこまでもバカですね…」
返す 中身の無い返答を、彼女の殺意は伽藍の言葉だ 中身の伴わない行動の伴わないただの言語でしかない、それを…見抜けないと思いましたか
「メグさん、もう一度言います ここを通してください、貴方の言った通りエリスは師匠を助ける為の手立てを…考えてきました」
「ほう…、お聞かせ願えますか?」
「エリスの…識の力を使い、師匠を救う方法を探ります、そうすれば確実に元に戻す事が…」
「つまりまだノープランって事じゃないですか、何を偉そうに言っているんですか」
うっ、今度はこちらに返す言葉がない、けど…けれど 識の力を使えば助ける為の方法が見える、進むべき道が見える
進むべき道が見えれば あとは進むだけなんだ、進み続けて必ず師匠を助け出す、道さえ見えればエリスは迷わない!
「ならば再度問いましょうエリス様」
すると、メグさんは姿を隠したまま 冷たく透き通るような言葉で、不可視のナイフの如き鋭き声音で、エリスに問いかける
「もし、その識の力を使い 『救出不可能』と…答えが出たならば、貴方はどうするんですか?」
「…それは……」
それはラグナの問いかけと同じ問いかけだ
エリスの識の力は飽くまで『答えを識る』だけ、その答えを見た結果 魔女レグルスは絶対に救い出せないと出る可能性も大いにある、何せこの事態の元凶はあのシリウスだ、絶対に救い出せないかもしれない
もし、そうなったら エリスはどうするのか、それでもありもしない方法を求めてまた暴れるのか?、シリウスをなんとかしようと 帝国と敵対し続けるのか?、それは…それは
でも、エリスは諦めたくない…師匠を、救い出せないなんて 誰が言っても エリスは…
迷う、迷い続ける…、救い出せないと確定させてしまえば もうエリスに出来ることはない、だが 何をどうすればいいか、エリスには分からない
分からない…分からないんだ……
『もし、もし次が……』
「ッ!?え?」
ふと、響く第三者の声に顔を跳ね上げ周囲を確認する
今声がした、エリスの声でも無く メグさんの声でもない、別の声が…
しかしどれだけ周りを見ても他に人間が居る気配はしない、誰の声なんだ 一体誰が…
いや、今の声…どこで
『もし、もし次があるのなら私は今度こそ選ぶだろう』
「この声は…」
この声 やはり聞いた事がある、…シンだ アルカナの大幹部審判のシン、その声がどこからか響く、でもアイツはもう…いや、この声は
(エリスの記憶の中から聞こえてくるのか、シンの声が…)
そうか、エリスは超極限集中でシンの中を読み込んでしまった、彼女とエリスの性質があまりに似ているからこそ 同期してしまったんだ、その所為で彼女の記憶が 心が、エリスの中に記憶として留まり続けているんだ
つまり、この声は…シンの記憶か
『もし、もし次があるなら 私は今度こそ選ぶだろう』
独白だ、彼女がかつて感じた慚愧がエリスの中で再び息を吹き返すように滲み出てくる、他人の記憶であるにも関わらず 己のことのように感じる…
彼女は…、常に後悔の中に生きていた、それはそう 自らが愛したタヴとマルクトの確執の中 何も出来なかったことを
エリスと戦いながらも悔いていた、…選べなかったことを、後悔していたんだ シンは
『例え大好きな人であっても相手に毅然と立ち向かい 尊敬する人を傷つけてでも止める、それしか己の居場所を守る方法はないんだ』
自らの欲望に暴走するマルクトと考えの読めないタヴ、この二人に挟まれシンはどちらもを愛するが故に何も出来なかった、結果確執は深くなり 取り返すがつかないところまで行った
アルカナのボスであるマルクトは終ぞアルカナの窮地に現れなかったのだ、もし あの時シンが何か行動していたら何か変わったのだろうか
分からない、分からないが…戦うべきだったんだろう、愛する人を守るために 愛する人と
『好きだからこそ傷つけて 尊敬するからこそ傷ついて、痛みを伴っても許せるからこそ…一緒にいるんだから、どれだけ傷つけ傷つけてもその先にまた笑い合える未来があると、信じる事こそが大切なんだ』
信じる事、愛する人を信じて…戦う事、傷つけてでも止める 痛みを伴っても戦わなければ大切な人との居場所さえも壊れてしまう
愛し信奉するだけではダメなんだ、何かを守るということはつまり…
戦わなければ、守れないんだ…師匠との思い出も
ならば……
「エリスが…止めます」
「なんですって?」
メグさんの問いかけに答える、もし 師匠を救う手立てがこの世にないのなら、シリウスの意のままにされこの世を破壊する手駒に使われるようなことがあるならば…、もし 師匠の魂と意志を助けられないなら
エリスは
「エリスが止めます!、孤独の魔女の弟子の名にかけて!孤独の魔女レグルスと戦い!、その尊厳と誇りを守るために止めます!!」
「それは、己の師を殺す事さえ厭わないと」
「そうならない事を祈りますが、…もし永遠に師匠の体を弄ばれ その尊厳を踏み躙られ続けるのなら、エリスは師匠の魂をシリウスの手から逃す為に 責任を持って戦います、師匠と」
「出来るとは思えませんね、陛下が…世界最強の魔女たる無双の魔女カノープス様でさえ苦戦する相手を前に、貴方がそれを止めるなんて!」
「やります!やり遂げます!、エリスはエリスです!孤独の魔女の弟子!エリスなんです!、どんな相手にだって負けません!!」
「私にも勝てない人がよく言います!、そういうのは私に勝ってから言いなさい!」
無理でしょうがね と笑う声が闇の中から木霊する、言ってくれるじゃないか…だけどね
「フッ…いいこと教えてあげましょうか、メグさん」
「はい?、なんですか?」
「戦ってる相手がペチャクチャ喋ってたら、時間稼ぎを疑ったほうがいいですよ」
「っ…、時間稼ぎ…?、バカな事を それを稼いでいるのは私の方ですよ?、なんなら全てが終わるまでここでお話ししますか?」
「それは出来ません、何せもう 勝つ算段が整いましたから」
そう言いながらエリスは両手を広げる、整いましたよ 勝つ為の作戦が
このフィールドを活かしたメグさんの戦法を逆手に取る作戦
そして、メグさんの想像を超える魔術…、エリスの新たなる切り札を 今思いつきました
行けるかは分かりませんが、きっと大丈夫…
「ふふ…あははは、面白い冗談でございますね、どうやって私を見つけるつもりで?、どうやって私の魔装の守りを抜くつもりで?、…エリス様は聡明な方と知り得ておりますが 正直ここから巻き返すのは…」
「メグさんも知ってるでしょう?、エリス…逆境に強いんです、バチクソに」
「……ええ、そうですね そうでしたね、貴方はそういう方でしたね…、なら油断はやめましょうか」
ああそうしてくれ、勝った後 あれは油断してたからとは言わせたくない、メグさんは友達ですが それでもエリスは根に持ってるんですよ
エトワールで口にした、孤独の魔女の弟子と無双の魔女の弟子 どっちが上かって話、それに決着をつける…
孤独の魔女こそ最高の師匠です!、その弟子たるエリスは 魔女の弟子最強なんですから!
「では参りますよ、我が奥義を持ってして 貴方を止めます、…メグセレクション No.72 『超大型拘束魔装 ダーヴィンズバーク』ッ!!」
刹那 エリスの周囲の棘がキリキリと音を立て始める、何事かと目を向ければ…何やら白い糸周囲の棘に絡みつき始めている
それも一本二本ではない、数千か あるいは数万か、とんでもない数の糸が乱雑に絡み始め 作り出すのは…
「蜘蛛の巣ですか?」
まるで森を覆うような巨大な蜘蛛の巣の如く張り巡らされた糸、それがキリキリと棘に食い込み鋭く張られるのだ、また メグさんによって戦場の状態が変化させられた
よりメグさんにとって都合のいい形に
「エリス様…、貴方の言う通り 私は貴方を殺すだけの覚悟が出来ていない」
ふと 頭の上から声がする、見上げればメグさんが虚空に足をつき浮かび上がっている…ように見えるだけだ、恐らくあれは先程の蜘蛛の糸の上に乗っているだけ、なんて事ないトリックだ
問題があるとするなら、メグさんはあのか細い糸を足場に出来るという事、それはつまり 今この空間はメグさんの足場によって構成され、エリスの身動きを制限する檻にもなっているという事
上下左右前後全てメグさんの支配かに置かれたことを意味しているんだ
「…ええ、ええそうですとも 殺す覚悟なんて出来ませんよ、…だって…いえ、言い訳は必要ありませんね」
「それでも戦うんですね、メグさん」
「ええ…、戦います…でも出来るなら殺したくない 、だから今ここで降伏してほしいです、今私がやろうとしていることは 今の貴方では到底対応出来ない大技…受ければ今度こそ死にますよ、だから だからエリス様…お願いします 降伏を」
そう言いながら虚空で頭を下げる、カテーシーではなく ただただ頭を下げる
それは陛下のメイドとしての姿ではなく メグという一個人の言葉としての表れか、エリスの友人としての言葉か…
嘘に塗れた彼女の真摯な姿、彼女は本気でエリスを殺したくないと言ってくれているんだ、これはの本音だろう…けれど
「大丈夫です!、エリスは貴方の攻撃じゃあ死にません!、ドンときてください!」
死なないよ 貴方には殺されない、貴方が殺したくとも エリスは殺されない、だってこんなところじゃあ 死ねませんからね
「貴方は…本当に、愚かな」
すると メグさんは虚空から二本のナイフを取り出し冷たく目を細める、その身から漂わせるのは魔力でも 闘志でもない
殺意だ、激烈なる殺意 底冷えする殺意、殺したくないと心で思えど最早エリスを止めるには殺すしかない、そんな覚悟が滲む彼女がこれからする攻撃は…きっと今までのどれよりも苛烈だろう
だが、それさえ超えていく、エリスはこれを超えて 師匠に会いにいく!!
「後悔しなさい、そして私も後悔します…貴方を本気で殺すことを」
「じゃあ、貴方に後悔させるわけにはいきませんね」
「吐かしなさい…、決めますよ このまま」
パンっ と一つメグさんが手を叩けば、それと共に周囲を張り巡らせる糸に 時開門が現れ始め、中から無数の武器が取り出され 糸に引っかかる…
剣 槍 弓 砲 杖、物を問わずありとあらゆる武器が糸に絡められ エリスの周辺を囲む、凄まじい量の武装だ、さぁてどう来る?なんて考えるまでもない
「冥土奉仕術・九式…『無情なる空蝉』」
その瞬間、糸からメグさんが飛び立つ、足場から足場へ 着地してはまた別の糸へ、何度も何度も彼方此方へ行き来する都度に加速して 加速して 加速し続ける
気がつけばその速度は人間の視覚を狂わせる領域にまで至り、メグさんの体が複数に分裂して見えるのだ
「ぶ 分身ですか、本当に芸達者ですね」
数十人規模に分身して飛び交うメグさんを見てやや戦慄する、と言うか引く どう言う原理のどう言う技なんだ…、魔力使ってないっぽいが…、空魔の人達はこんなこと出来るのか?世の中広いな
なんて思うっていると分身した複数系になったメグさん達はそれぞれが蜘蛛の糸を足場に空を舞いながら、引っ掛けられた武器を次々と手に取り…
「さぁ踊りなさい 今より死ぬまで無礼講です!、『セレクション・ダンスパーティ』!」
刹那、空を舞うメグさん達が一斉に武器をこちら目掛けて振るうのだ、剣を投擲し 槍を飛ばし、弓を引き 砲を放ち、ありとあらゆる武器達 メグさんが所有する魔装達が一斉にエリスに向けて牙を剥く
「な な なぁっ!?」
あれはただの分身のはず、なのに武器がほぼ同時に飛んでくるのだ、まるで髪を梳かすブラシのように大地を撫でる武器の雨は絶えることなくエリス目掛け降り注ぐ、誰だあれ 避けられないわ!
「ぐっ!」
必死に体を丸めて防ぐ、と言っても急所を籠手で守り 残りは全てコートの防刃性任せ、前進に凄まじい激痛が走りまくり、口の端から血が吹き出る
しかし、避けきれない、全てが的確にエリス目掛け降ってくるんだ、分身したメグさんが同時にエリスを狙って撃っているんだ
剣が降り 槍が穿ち、弓が食い込み 砲が爆裂し、着実にエリスの命を刈り取りに来る、覚悟を決めて エリスを殺そうとしている
「どうしたんですか!、死なないんじゃないんですか!、このままじゃ…このままじゃ本当に死んでしまいますよ!」
「ぐっ…うう!」
「早く!早く降伏しなさい!、もう諦めて!そうすれば命までは取りませんから!」
追い詰めてるはずなのに 勝ってる筈なのに、メグさんの声はいつになく感情的だ、まるで泣きそうな声だ、そんなに殺すのが嫌なのか?陛下との誓いを破るのが嫌なのか?
…それとも
「エリスは…死にません、絶対に…、諦めません…負けません!!」
「口だけで!何が変わると!、もう私にこれ以上傷つけさせないで…、もうやめにさせてください!」
「死なないって言ってるでしょう…、それとも エリスが信じられませんか」
「……ええ、今の貴方は信用出来ません!」
「そりゃ…ぅぐぅ、そうですよね、今のエリスは口だけです、だから 示します、エリスがやり遂げるところを、メグさんはエリスを信じて本気で来てください…エリスはこれを生き抜いて 貴方を信用させます」
これを生き抜いて エリスは約束を守る、無理だと言われたことをやり遂げる、だから…だから!
「だから!、これが終わったらエリスの事を信じて任せてください!、師匠を!世界を!」
「出来るのなら…、させてください…!」
「よっしゃ!、じゃあやりますか…!、逆転!」
エリスは笑う、この窮地にあって 何かを信じるように笑う、ここから逆転して見せると
それを見て、メグは冷めた目でその笑みを見る…、エリスの笑みを見て不可思議に思う
(ここから逆転して見せると?、何を言っているんですか エリス様、貴方に限って忘れたなんてことはないでしょう この状況の深刻さを)
勝ちを確信しているのはメグの方だ、この状況まで持っていった時点でエリスは詰み メグは投了を待つだけの状態になっているんだ
まずこの棘塗れのフィールド、この棘がある限り メグは何処にでも隠れられる、どこにでも逃げられる、エリスを翻弄し どうとでも出来る
この糸の張り巡らされたフィールド、これがある限り エリスはどこにも隠れられない、どこにも行けない、メグの掌の上と言ってもいい
そしてメグ自身も エリスの魔術をこの半年で研究し尽くし その最大火力と魔術発射スピードを熟知している、エリス以上にエリスの限界を知り得ている
エリスに出せる最大火力…魔力覚醒を用いない場合ならば、メグの持つ手札で全て防ぎ封殺することが出来る、これは紛れもない事実だ エリスがこれからどんな魔術を使ってもそれを潰すことなんかわけない
そもそもの話、メグが知る中でエリスが持つ魔術を全て並べたとしてもこの状況をひっくり返せるものは何一つとして無い、エリスは今 移動も攻撃も行動も全てを封じられているに等しいんだ
ここから何をする、何をどうする、貴方の得意の作戦も 動けず魔術も使えず相手の居場所も分からないこの状況でどう作用する…
(貴方の底力の凄まじさはわかってますよ、けど それでもこれは無理ですよ…、早く投了してください、私に…殺させないで、友達を…!)
溢れそうになる涙を堪えながらメグは武器を振るう、せめてエリスのその計画だけでも潰して 諦めさせないと
もうエリスに出来ることは 何にもないんだから……
そう メグは勝利を確信して戦いを続ける、しかし メグは忘れていた、いや真の意味で理解していなかった
エリスという人間の持つ、逆境の強さと 本当の意味での底力を……
「ゔっ!、…はぁ すぅー…はぁ…すぅー」
エリスは痛みを堪えながら息を吸って吐く 吸っては吐く、息を整え この状況を打開するための魔術を放つため 魔力を隆起させる
(来ますか、何を使うつもりですか?『火雷招』?『風刻槍』?、それとも大技『大雷招』?『天満自在八雷招』?、それとも炎か水か…何が来ても同じです、全て対策を立てていますからね)
メグはそれを備に観察する、何が来てもいいように…
そして、エリスは息を整え…詠唱を始める、逆転の一手を 放つ
「ぁぁああああああ!!!、光を纏い 覆い尽くせ雷雲、我が手を這いなぞり 眼前の敵へ広がり覆う燎火 追い縋れ影雷!、紅蓮光雷 八天六海 遍満熱撃、その威とその意在る儘に、全てを逃さず 地の果てまで追いすがり怒りの雷をッッッ!!」
(あれは、若雷招の詠唱…?、なるほどそういうことでございますか)
メグはその詠唱を聞いてエリスの計画を悟る、エリスが今使おうとしているのは若雷招、通電に特化した雷招系魔術だ
あれは地面を伝い 周囲を感電させる広域制圧魔術、なるほど それを使い棘の柱も蜘蛛の糸も通電させて私を感電させようという考えですか、ですが甘い 甘すぎますよエリス様
私がそれを警戒していないと?、私の靴は若雷招対策に絶縁コーティングを施してある、どれだけ地面に雷を這わせても私には届かない
(…貴方の魔術は全て対策済みなんですよ!、さぁ 心を折りなさい、必殺の逆転の一手を砕かれ 心を折り、降伏なさい!エリス様!)
メグはエリスの詠唱を聞いてエリスの手を悟り、勝利の確信はよりふ深いものになる、エリスの手はもう封じてあるんだ 今更どんな魔術を使っても無駄なのだ
そんなことに気がつかず エリスは武器の雨の間を縫って、魔力と雷を纏った拳を地面に叩き込み……
(ん?、…あれ? エリス様の動きが おかしい)
そこでメグは気がつく、エリスの違和感に…
これはほんの些細なことだが、エリス様若雷招を使う時 地面に雷を這わせる時、地面に手を当ててから発動させるのだ
なのに今回は動きが違う、雷をまとった拳を地面に叩きつける、謂わばモーションが違う…、これはなんだ…とても些細なことなのにとても気になる
しかもあの動きをメグはどこかで見て…
(あ、思い出した あの動きは確か……)
「『若雷招』ッッッ!!!」
そして 若雷招は発動する、地面に雷が迸り 、メグの騒動通り周囲に電撃が通電し始める…しかし
そこから先は、メグの想像を…絶していた
「な、なぁっ!?これは…っ!?」
メグは絶句する それを見て、そうだ 何せその魔術は──────
エリスの使う雷招系魔術は全て不完全なものだった、師匠から教えを賜りそこから自らの形に派生させなければ真に極めたとは言えないのだ
しかしそれには多大な時間を要する、十年か 二十年か、それほどの時を修練に明け暮れ技を磨き上げなければ極みの領域には至れない
故にエリスは未だ雷招を極めていない、しかし…しかしだ、もし もしも…エリスの中にその二十年近い経験が突如として『発生』したら…どうなる?
エリスは経験した、もう随分前に感じるあの戦い…アルカナとの最終決戦にて審判のシンとの戦いを経験した
彼女はエリスと同じ雷招系魔術の現代魔術を扱う、エリスと同じ性質を持ち 同じような気質で 同じ魔術を使う 謂わばもう一人の自分とも言える存在でありながら、その技量はエリスを遥かに上回っていた
シンはエリスと違い師匠を持たず 己の独学のみで雷招を磨き上げていった、何度も何度も実戦で使い、その都度に改良し より的確に魔術を使う方法を編み出していたのだ
鋭く輝く光 敵を打ち付け裁く電雷、それを実現する技法技量…そして可能とする経験、それは記憶としてシンの中に蓄えられている
即ち、そんな記憶を読んだエリスにも シンが作り出した雷が記憶と共に流れ込んでいたのだ
シンの記憶を追想出来る今のエリスには分かる、同系統の魔術を扱う彼女が同じ魔術を使いながらエリスと隔絶した技量を持つ彼女が 如何にして強力な雷を放っていたかを
…故に、再現出来る エリスとの戦いで使わなかった魔術を含めて 彼女が蓄えた雷招系魔術の全てをエリスは記憶を元に再現出来る
シンの経験とエリスの経験、この二つを合算し合わせて放つ八つの雷招魔術は、全てが 今までの段階から飛躍し 進化した
そうだな…、シンの雷も合わせて放つから、この魔術に名前をつけるなら こう呼ぶとしよう
『真・若雷招』と…!
「な な、こ…れは!?」
メグは見る、エリスが放った若雷招…否 真・若雷招が大地を砕く様を、まるで大地の中で巨大な雷蛇がうねるように暴れ狂い 大地から突き出る棘を遍く薙ぎ倒し崩し、メグの作り出したフィールドを一撃でぶち壊す様を…
まるであれはシンの雷魔術だ、シンがエリスを相手に使った物と同じ物、それをエリスが今 使ったのだ
シンはエリスを遥かに上回る技量を持つ、それをエリスが手にした以上 扱う雷の威力は段違いだ、それこそ メグの想像を凌駕する程に
(計算外だ、まさかエリス様が いきなりシンと同じ段階まで進化するなんて!)
薙ぎ倒される棘と共に メグが仕掛けた蜘蛛の糸もまた引っ張られ次々と千切れ虚空に消え、メグが用意したそれらは全て消え失せることとなる
これが、エリスの逆転の一手だ
「くっ、こんな…!」
「初めてやりましたけど、案外上手くいくもんですね」
エリスは手を開閉し 感覚を確かめる、なるほど シンはこうやって魔術を使っていたのか、なんで緻密に計算され 大胆な発想で魔力を扱っていたんだ、きっとただ修練してるだけじゃ シンのようにはなれなかっただろう
あいつは敵だし、アルカナだから嫌いだけど、同じ道の先達としては尊敬出来る…、そんな彼女の猿真似を今度は己の力に変えられるよう努力しよう
この真・雷招魔術で…!
「さぁメグさん、先ずは貴方の作り出した戦場を壊しましたよ」
「それがどうしました、私にはまだ手がありますよ…!」
「それもこれからぶっ壊しますよ」
そしてエリスは倒壊し崩れた棘の山の中から一本の槍を取り出す、メグさんがエリスに向けて投擲した槍だ、こいつを使おう…
「電を纏い 駆け抜けろ不知火、我が手に集い疾駆し 眼前の敵を切り裂け迅雷 伸びろ狐火!、一刀断炎 火剣雷刃 遍照万斬、その威とその意が在るが儘に、全てを切り開き 立ち塞がる全てに刃の一閃を!」
「次は咲雷招ですか…!」
その通り、咲雷招は本来武器に纏わせ電撃を付与して扱う魔術、されどエリスは武器を使った戦いがさっぱりだったから あんまり上手く運用出来ていなかった
そこはどうやらシンも同じだったようだが、違ったのはそこからだ
シンは武器を扱えなくとも この魔術を戦力として使えるように考案し、そして編み出した…それを借りる、確かシンはこんな風に武器に電撃を這わせて…
「『真・咲雷招』ッッ!!」
投擲していた、雷を這わせ それを推進力にする事により雷速の一射として放つ、これぞシンが編み出した咲雷招の使い方!、同じ魔術を使っているだけあり 彼女のやり方はエリスによく馴染む
「なっ!?、それは…!?」
迫る雷霆を前にメグさんは立ち止まり竦む、そりゃそうだよな エリスの対策を完璧にしてあっても、シンの魔術の対策なんかしてないよな!、ましてやそれをエリスが使うなんて予想だにしていない
故に無い、この魔術を防ぐ術を メグさんは持っていない!
「ぐっ!?」
エリスが放った雷霆はメグさんの目の前で急速に軌道を変えその足元に突き刺さり爆裂する、あの槍を動かしているのもエリスの雷ならば 軌道を変えるのなんて朝飯前だ
こちらはシンにも出来ない芸当だが、師匠から賜った魔力操作力を持つエリスなら可能だ!
「さぁ、メグさん 捕まえましたよ」
「っ!?いつのまに!?」
そして、雷霆の着弾によって発生した土煙を引き裂き、辿り着くはメグさんの目の前、もう逃しはしないさ!
「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 」
「これは火雷招の…、ならば!」
目の前で詠唱を始めるエリスを見て、メグさんは咄嗟に開く 真っ赤な傘を盾のように展開して…
「魔装 火除けの傘!」
これでエリスの雷を弾き返して 打ち砕こうと言うのだ、エリスの逆転劇を
しかし甘い、当然 火雷招だって強化されている…、何せシンは古式魔術より威力の劣る現代魔術を使って エリスと同程度の威力を発揮していたのだ
その技術を古式魔術に活かし エリスが使えば、必然 その威力は今までのエリスもシンさえも 凌駕する!
「『真・火雷招』!!」
シンは両手を使い そこで雷を回転させることにより雷に勢いをつけそこで更に発電することにより威力を高めていたのだ、所謂『溜め』の時間を極限まで削ぎ落とし 可能な限りの成果を生み出し、本来魔術が持ち得る限界威力を大幅に生み出す事により 古式魔術級の威力を実現していた
それと同じ事をエリスもする、さすれば エリスの記憶にあるどの火雷招よりも強く猛く 雷は輝き、目の前の火除けの傘目掛け 炸裂する
「ッッッ─────」
生み出される爆風、零距離で炸裂した真・火雷招は火除けの傘に激突し その衝撃を持ってして大地を 横たわる棘を全て溶かし尽くし、全てを…全てを… 焼き払う
「な…あ…」
光と煙が晴れた先には、骨だけとなり焼け爛れた火除けの傘を持ち呆然とするメグさんの姿がある、火を無効化する筈の魔装が火によって焼かれて消えた その事実にメグさんは呆気を取られる…
「くっ!!」
事はなく 即座に傘を捨て背後へと飛び立つ、逃げた 距離を取られた、此の期に及んでも冷静さを失わないなんて、流石だ!
「なんて威力…信じられません、しかし 私の武器はまだたんとございます、まだまだ付き合ってもらいますよ」
そう言いながら周囲を飛び交うメグさんは言う まだまだ付き合ってもらうと、確かにエリスはフィールドもメグさんの防御も突破した、だがそれまでだ メグさん本人の攻略は出来ていない
メグさんは空魔の奥義と帝国の軍隊武術を扱う近接戦のエキスパート、その気になればいくらでも逃げ いくらでも状況を立て直せる、メグさんに時間を与えればまた同じようにエリスが不利なフィールドを作られるだろう
だが生憎 もうエリスにはそれに付き合うだけの時間も体力もない、今すぐ捕まえ 今すぐ決着をつけねばならない
だが、時界門を使うメグさんは この視界内のどこにでも一瞬で移動出来る、それを捕まえるのは至難の業、そんなこと分かってる
「陛下の邪魔はさせません!、戦いは シリウスとの因縁は!ここで終わらせるべきなんです!、絶対に…その方が 陛下は…!」
だから、ちゃあんと 考えてありますよ、捕まえる方法をね
「メグさん、それは本当に 陛下の為に…カノープス様の為になるんですか?」
「何を…」
「カノープス様は師匠を愛してる筈!、なら本当は殺したく無いんじゃありませんか!」
「そんな事…、そんなこと分かってる!、けど!仕方ないじゃない!もう陛下は覚悟を決めている!それを邪魔する権利は 弟子には無い!」
飛び交い 再び武器をあちこちに展開するメグさんは、きっとさっきの『セレクション・ダンスパーティ』をもう一度発動させるつもりなんだ、それで今度こそ エリスを潰すつもりなんだ
…陛下の為に エリスを潰す覚悟なんだ、けど 違うだろう、違うんだよ
「弟子だから!、否定するべきこともある!」
「な…!?」
「魔女の弟子はこの世で唯一魔女様の心を理解してあげられる存在になるべきなんじゃ無いんですか!?、ただ唯々諾々と従うだけでは 何も選ばなければ!きっと後悔する!」
弟子は唯一 魔女様と同じ視点に立つ事を許された人間、魔女の庇護下にあるのではなく その隣で支え 時に支えられる存在なんだ…、あるんだよ弟子には 選ぶ権利が
魔女様を…愛する師匠を守る為に選択することが出来るんだ、愛する人を守る為に愛する人と戦う権利があるんだ
確かに辛いさ お世話になった人を否定するのは、でも そんな情に流されて何もしなければ きっとエリス達は後悔する、エリスは師匠を止められず 或いはメグさんは陛下から愛する人を奪わせることになる
それでいいのか?いい訳ない、いい訳ないから 例え師匠と言えども 戦い止めるべきなんだ!
「魔女だって 完璧じゃないんです、あの人達だって人なんです、それを理解出来るのは 弟子だけでしょう!」
「それを…お前が、口にするなぁぁぁああああ!!!」
メグさんは雄叫びと共に 特大の時界門を展開する、ダンスパーティの主役を 今度こそ呼び出すつもりだ
「メグセレクション !No.1……!」
だが、させない!
「エリスは戦います!!、師匠も!カノープス様も!貴方も!、エリスの居場所を!みんなが笑い合える未来を守る為に!」
その瞬間 地面を叩き砕く様に拳を打ち込む、この戦いを終わらせる為にエリスが編み出した最後の一手、それは…!
「『岩鬼鳴動界轟壊』」
大地を操る魔術を用いてメグさんがしたように、エリスもまたエリスに都合のいいフィールドを作り出す
砕かれた地面は鳴動し流動し、一つの形を伴い顕現する…それは
「か 壁…!?」
メグさんが驚きの声を上げて見上げるのは壁だ、炎の山とこの場を隔離する壁、巨大な壁は炎の山から発せられる光を遮り、光源失ったこの場は 一瞬 ひっくり返る様に漆黒の闇へと包まれる
人間の体とは、人間の目とは、明るい場所から急に暗い場所に移ると 目が慣れず一時的に何も見えなくなる、それにこの宵闇だ 空にかかる暗雲は月明かりさえも遮り 今この場に光を放つ物は何もない
純粋な闇が、世界を包む…
「っ!?目眩し!?」
その通りですよメグさん、この宵闇じゃあ何も見えないでしょう?、何も見えなければ貴方はこの場のどこにも転移出来ない、そりゃあマルミドワズにあるセントエルモの楔の地点には転移出来ますが それじゃあここに転移し直せない
逃げられないのは貴方も同じ、故に!
「『旋風圏跳』!」
エリスの旋風圏跳を封じていた時界門も無くなった今 エリスは存分に空へと飛び上がれる、エリスを遮るものはもう何もない
「どこだ…どこに!」
メグさんは必死にエリスを見つけようと目を凝らしながらエリスを探す、この宵闇だ 何も見えないから全速力で動くわけにもいかない、それに エリスを見つけるのもまた無理だ
何せ
「ここですよ、メグさん」
「!?!?!?、目の…前!?いつのまに!?」
エリスの羽織る このコート、孤独の魔女のコートと同じ 漆黒のコート、これを頭から被り先程のナイフと同じトリックでメグさんの元まで駆け抜けたんですよ
生憎とエリスにはこの闇は視界を遮るものにもならない、何せ 師匠から習ってますから…暗視の魔眼をね!
「こ この…ぐぅっ!?」
「捕まえたァッ!」
捕まえた、今度こそメグさんを、移動手段を失ったメグさんにタックルをかまし 押し倒して、その両腕を足で抑えて、無力化する メグさんを
「終わりです、メグさん!」
そして、手をかざす いつでも魔術を打てるように メグさんに向けて手を振り下ろす、終わりだよ これで、逆転完了だ
「……っ、負け…ですか、私の」
するとメグさんは観念したのか、信じられないといった顔で力なく頭を地面につける、ここからメグさんが逆転する手段はない、エリスの勝ちだ
「…ははは、流石はエリス様…一度逆転の手を思いついた貴方の勢いを、知っているつもりだったんですが、油断していましたかね、負けてしまうとは…」
「ええ、そうです貴方はエリスを侮りすぎました、だから…」
「なら殺しなさい…、私が貴方に対してした仕打ちを考えれば それも当然…」
その瞬間 、手が動いてしまう 咄嗟に手でメグさんの頬を叩いてしまう、いやだって この人…なんて事を…
殺せ?殺せっていったのか?それは…
「出来ませんよ、そんな事」
「甘いですね…どこまでも甘い、私は貴方を半年間騙し続けたんですよ?その上裏切った、牢屋に入れて この場で死ぬほど痛めつけた、そんな私に情けをかけると?」
「これは温情ではありません、友情です」
「友情?…私がまだ 友達だと?」
「ええ、貴方はずっと友達です、エリスはもう 二度と友達が死ぬところを見たくないんです」
「甘い…甘過ぎる」
メグさんの表情は固く冷たい、友達だから なんて言葉は軽く聞こえるか?、でもそうだよ いくら敵対していても友達だ
それに、友達だから殺したくない それを最初に示したのは貴方でしょうメグさん
「なら、エリス達はもう友達ではないと?」
「……ええ」
「じゃあなんでエリスを牢屋に捕らえた時にエリスをポーションで治療したんですか、あれは貴方の不殺の誓いには引っかかりませんよね」
メグさんはその手で人を殺すわけにはいかない、だが 牢屋で死にかけたエリスを放置することは出来る筈だ、何せ与えられた傷はアーデルトラウトさんのもの エリスは勝手に死ぬだけ、そこに不殺の誓いは関係ない筈…
なのに何故、態々治療までしたのか?、そう問えば 彼女は顔を逸らし、何も言わなくなる
「………………」
「エリスが代わりに言いましょうか」
「やめてください」
「メグさんは、いえ メグさんも目の前で友達が死ぬのが嫌だったから…ですよね」
「……………………」
自分で言うのもなんだが エリスはメグさんからの友情を感じている、それはさっきの戦いでもそうだ、ずっと伝わってきてましたよ
エリスと同じ、辛さが…友達を傷つけなければならない辛さが
「…貴方はなんで、そこまで友を信じられるんですか…」
「友だからではありません、貴方だからですよ、…いくらここで敵対してもあの半年間の日々とアルカナとの戦いまで無くなるわけじゃありません」
「ですからあの時のことは全て演技で…」
「演技だったとしても、楽しかったでしょ?」
「ッ……」
メグさんの表情が崩れる、無表情の仮面が崩れる…、そうだよ いくら任務で近づいていたとしても、いくらこれから敵対するかもしれないと分かっていても あの時の感情は確かなものなんだよ
ボロボロと涙を流し再び必死に仮面を被ろうとするメグさんは…口を開く
「全部、全部嘘ですから!、貴方を騙し 都合よく丸め込むための!、貴方を帝国に引き込み上手く利用するための嘘!、あの時の笑顔も 感情も、全部全部嘘ですから!」
叫ぶ、あれは嘘だと エリスに対して向けた全ては嘘だと、エリスを帝国に引き込むため 籠絡するために行った嘘だと…、そうですか 嘘ですか
でもね
「嘘でもいいです、これから真実にしていけるなら…、エリスその嘘をきっと真実にしてみせますよ、貴方と友達であると言う嘘を…これから」
「貴方は…、ッ どこまで!」
「どこまでも、信じますよ 貴方を」
「……あぁ」
ぐったりと脱力するメグさんは、口から力を抜くように 力なく空を見上げる、今にも雨が降りそうな空に先駆けて、メグさんの頬に 一筋の水滴が滴る
「これは…負けですね、完敗です…」
「なら、信じてくれますか?貴方も、エリスを」
「…………明るい人ですね、貴方は」
力なく笑う彼女の顔に メイドとしての役目も矜持も、今は存在していなかった。
今はただ、一人の人間として 役目を忘れ、負けを認めるしかなかった
…………………………………………………………
負けた、負けてしまった、己の全てをかけて 綿密に作戦を立てて たくさん武器を用意したのに、私はエリス様に負けてしまった
だと言うのに不思議と清々しい気分だ、どうしてだろう…私は今陛下の名前と覚悟を賭けて戦っていた筈なのに
それでいいと肯定する私が何処かにいる、陛下の名前をかけて決着をつけるのは こんな場所ではなくもっとしっかりしたところで決着をつけるべきだ とか、陛下の覚悟は悲壮すぎる とか…言い訳じみた言葉ばかり浮かんでくるなんて、私らしくもない
でも、でもやはりそれでいいのだろう、やはり私にはエリス様は殺せない…
何せ、私はエリス様をもう友達としてみてしまっているからだ…
最初は確かに任務の対象としか見ていなかった、どう騙し どう籠絡してやろうと、そんな事ばかり考えていた
けれど、そんな計略と謀略に満ちた半年間 エリス様は常に私を頼りにしてくれた、いつも私を頼っているくせに私が隙を見せた時はここぞと守ってくれる、帝国軍との軍事演習の際も アルカナ襲撃の時も…彼女は私を友達として信頼し 友達として守ってくれた
感じたんですよ、明け透けな好意を…陛下に尽くすためだけに生きる私の心という名の閉ざされた部屋の扉を彼女は言葉で叩き 行動で呼びかけ続け、そして何より決定的だったのが
…姉の件です、エリス様のおかげで私はトリンキュロー姉様の居場所を知ることができた、レグルス様がトリンキュロー姉様の居場所を知っている可能性については私も考えていました、考えていましたが行動出来なかった
もしレグルス様が『そいつなら殺したぞ』なんて言い出したら私は立ち直れなかったから…、でもエリス様はそんなレグルス様を信頼して トリンキュロー姉様が生きていることを私以上に信じて前へと踏み出させてくれたんです
あの時の恩義が、私の心の閉ざされた扉を開けさせた、この人は私の為に真摯に動いてくれる人だ…いい人だなぁ、なんて思ってしまっていたんだ あの頃から…
一度エリス様の好意に答えてしまえば後はズブズブだ、私が好意を示せば彼女も好意で返してくれる、陛下との主従関係ともルードヴィヒ将軍との教師と教え子の関係とも違う、帝国兵の皆さんとの同僚関係ともアリスイリスとの上下関係とも違う全く新しい感覚
友達関係、気安くて頼れて心地良い甘美な関係、人生で初めて出来た友人に私は無意識ながらに歓喜していた
故に、それと同時に恐怖した…もし、このままレグルス様がシリウスに体を乗っ取られれば 私とエリス様は敵対するかもしれないと
だから、なんとしてでも この関係を続けたくて、エリス様相手に愛の告白なんかもして…あの時の私は愚かで滑稽だったろう、でもそれだけ必死だったんだ エリス様と離れたくなくて 初めて出来た友達を失いたくなくて……
……けど、無駄でした
エリス様は私の愛の告白を受け流し、そして 私の帝国軍への勧誘もまた 断りました、最早こうなっては敵対は避けられない いくら友達とは言えこれ以上肩入れすることは出来ない
故に私は、殺そうとしましたよ 本気で…、フィリップ様に狙撃を依頼し あの屋敷で私は人生で二度目となる殺害を決行しようとした
がしかし、それも失敗…フィリップ様がエリス様への情を捨て切れず狙撃が出来なかったのです、なをて甘ったれを…今更何を守っているんですか!なんてフィリップ様を叱咤すると同時に私はあの時 心の何処かで安堵していた
何処かでホッとしていた、良かった エリス様を殺さずに済んだと安心してしまった…、そうだ 私はやっぱり殺したくないんだ、よりにもよって人生で初めて出来た友達を…失いたくないんだよ、やっぱり
『エリス様の笑顔を失いたくない』『エリス様の心を壊したくない』『エリス様が元気で旅立つ姿を見てみたい』
エリス様をを殺そうとすればするほど私の中の幼い部分が声を上げる、やめろと エリス様と戦いたくないエリス様を殺したくないと 心が暴れるんだ、メイドになったその時より いや ジズに攫われて以来死んでいたと思っていた心が 私を再び苦しめた
だから…、傷つき意識を失い、牢屋の中で倒れるエリス様を放って置けなかった、エリス様がポーションを鞄に入れるのをみてましたからね それを使って治療してしまった…、放っておけば 良かったのに、出来なかった
だからせめてもう戦わないで欲しくて…厳重に牢屋に閉じ込めたのに、エリス様を止めるには至らなかった
知っていたよ、一度これと定めたエリス様の勢いは牛や猪以上だ、檻程度止められるわけがなかった…、私はエリス様を止められない
だが、それでも…私は、陛下の為に戦わなくてはならない、負けるわけにはいかなかった
本気で戦いましたよ、本気で…
痛む心に目を背けながら エリス様との友情をここで終わらせる覚悟で、戦い そして敗れた
何もかもが終わったと思いましたよ、何せ全てを犠牲にして エリス様との友情さえ犠牲にして戦ったのに 負けてしまったんですからね
後に残る物は何も無い、私は裏切り者としてエリス様から唾を吐きかけられると覚悟していたのに…、ここでも私はまたエリス様を見誤りました
許されたんです、私はエリス様に…まだ友達だと、彼女は友達と戦うという事態から目を逸らさず その上で打ち勝ち、許したんです
私のように 友情から目を背け 友達では無いと嘯く事もせず、正々堂々と 私を友達と見続けそれを口にする彼女を前に、私は悟りましたよ
これは勝てない、友を想う心で完全に負けた 友を想う気持ちで完全に上回られた、もう私の心は彼女を信じようとしている 、世界と陛下とレグルス様を任せて欲しいと言われて コロリとそちら側に転がろうとしている
メイド失格ですね、私は……
「さて、では…エリスは行きますね」
「………………」
エリス様は私の拘束を解いて立ち上がる、結局私には傷もつけずトドメもささずに行くようだ、…最早止める気にはなれない
私は彼女を信じてしまった、彼女なら 本当になんとかしてしまえると、無根拠な確信を得ている
それに、もしエリス様がなんとか出来るなら きっとそちらの方がいい、レグルス様が死なずに済むなら 陛下の心も救われる
みんながみんな 笑って終われる結末はエリス様にしか作れない、エリス様だからこそ作れると…
けれど、一つ懸念はある…
「あの…、エリス様?」
「ん?、なんですか?」
「……い いえ、止めてすみません、その 私も連れて行ってはくれませんか」
「メグさんも?」
ここでエリス様の足を止めておいて何を言ってるんだこいつはと思われるかもしれない、けれど このままエリス様を先に行かせて、全てをエリス様に委ねるわけにはいかない
私は彼女の友達だ、対等でいたいから私も友達を守る為に戦いたい、それに…
「お願いです、今更何をと言われるかもしれません、けど…なんだかとても嫌な予感がするんです、もしかしたら陛下の身に何かあるかもしれない…」
陛下を見送った時感じた薄ら寒い感覚、とても嫌な感覚だ…、トリンキュロー姉様を見送った時以上の悪寒…、あれがとても気にかかる
もし、私もエリス様と共に戦えるなら 私もエリス様のように愛する師匠を守る為に戦いたいんだ、だからどうか 敵であった私の同行を許してほしいと頭を下げる、すると
「分かりました、じゃあエリスと一緒に 互いの師匠を守る為に戦いましょう、エリス達は魔女の弟子ですからね」
「エリス様…、はい」
感謝する 感謝して感謝して、痛み入るように感謝する…、また私を連れて行ってくれるか…
でも お陰でもう迷いはなくなった、私は陛下の笑顔の為に戦いたい、レグルス様の命を陛下が奪ってその笑顔が永遠に失われるくらいならば…、止めよう エリス様のように師匠を相手にさえ戦う覚悟を決めよう
私が立ち上がり始める頃、エリス様は自ら展開した岩の壁を無効化し 瓦礫へと変えていけば、陛下と将軍…そしてシリウスが戦う炎の山が明らかになり……
「え?」
そう驚きの言葉を口にしたのは私が エリス様か、或いは両方か
一瞬何が起こったか理解出来ず、頭の中が空白になる…、だって 壁を壊したのに 光が差し込まないんだ、その先には依然として闇が広がっているんだ、あんなに煌々と輝いていた炎の山が消えて…
いや違う、山は残っている、消えたのは炎だけだ
「炎が消えている、あんなに勢いがあった炎がこんなに直ぐに消えますかね…、何か妙です」
「…………っ」
訝しむエリス様を置いて私は、ゾッと青褪める
黒い炭と化して崩れたクリュタイムネストラの残骸を目にした瞬間、陛下を見送った時感じた悪寒が より強烈になって戻ってきたからだ
何が起きたか分からない、けれど…絶対に良く無いことが起ころうとしている!
「急ぎましょう、エリス様…走れますか?」
「はい、エリスはまだまだやれますよ!行きましょう!」
背筋に氷を入れられたかのように感じる悪寒に急かされ、私とエリス様は炎の消えた瓦礫の山の奥へと…、このシリウス包囲網の中心へと進んでいく
「……師匠、無事でいてくださいよ…」
「まだ決着が付いてなければ良いのですが…」
もし決着が付いていたら、レグルス様は死に 陛下は永遠の後悔の中に生きることになる、それはエリス様にとっても私にとっても望むべく未来では無い、だからまだ決着が付いていないことを祈りながら走る
炎の消えた瓦礫の山の中は、異様なほどに静かで 己の鼓動の音さえ聞こえてしまうような 静寂にあった、あれだけ騒がしかった喧騒とは隔絶された別世界に来たような錯覚に陥りながらも私とエリス様は漆黒の世界の中はただひたすら進む
そして、しばらく駆け抜けた先には 魔女様達が戦っていたと思われる広大な空間が広がっていた
ただただ広い伽藍の闇の中、私達の視界に 闇以外の物が漸く映る
それは
「陛下!」
陛下の背中だ、陛下が私達に背を向ける形で立っている…、よかった 陛下はまだ…いや待て
陛下は動く気配がない、戦っている様子がない、まるで 何もかもがもう終わったかのような…、全てが終わった後の静けさを感じさせる立ち姿に私のみならずエリス様の顔も青くなる
「まさか…、もう終わって…!」
「陛下…!」
やはり 陛下を一人で行かせるべきではなかったのか、私が迷わ陛下を止める選択をしていれば 陛下がレグルス様を殺すという結末にはならなかったのか
もしこれで 陛下の心が壊れてしまったら、私の責任だ…、私はこの世で最も敬愛するお方の事を守れなかったのか…
そう思えば涙が抑えきれない、私の涙が駆け抜ける風と共に宙を舞い、それと同じくして 空の暗天から 雨粒が降り始め、ポツポツと雨が全てを濡らし始める
「カノープス様!…どうなったんですか!」
「陛下、申し訳ございません!私はやはり…!」
そう事態の全てを把握する為 二人で陛下に駆け寄ると…
闇に包まれていた、その全てが 露わになる
想像だにしないほどの、光景が 目に入ってくる
それは…それは
「……………………」
血だらけになり 地面に倒れ伏すルードヴィヒ将軍とゴッドローブ将軍の両名
そして
「ぬはははははははは!、ぬははは!ぬははははははははは!」
広場の中心で狂ったように笑うレグルス様…、否 未だ健在のシリウスと
「おお?、新たな客人か?ええぞ?相手してやろうか?、…今 丁度終わったところじゃ」
「────────……陛下…………」
「メグ…か」
私の目の前に立つ陛下の姿、それを それを見てしまった……
胸に巨大な槍を突き刺され、傷と口から夥しい量の血を吐き 霞む目でこちらを見る陛下の…
「す…まんな、不覚を…取っ……ぐはぁっ!!」
「陛下ッッッ!!!」
私の目の前で、血を吐いて 倒れ…、その息を途絶えさせる陛下の姿
アガスティヤ帝国の絶対君主が、世界の導き手が 守り手が、私の…私の
私の…、愛するお方が…
生き絶える姿を見てしまったんだ