240.魔女の弟子と新たなる戦いの兆し
ヴィーラントとの死闘、シンとの激戦、アルカナとの決戦、エリスの人生において最も過酷な1日はエリスと帝国の勝利に終わった、完全無欠の大勝利 終わったらそのまま打ち上げ直行 なんていい勝ち方ではなかったが それでも勝ちは勝ちだ、被害も出たが 大きな目で見れば大勝利とも言える
エリスは勝利に歓喜し、ている暇はなかった と言うのもさ、シンとの戦いを終えたエリスはそのまま気絶、気がついたら三日後の朝だった つまりエリスはシンとの戦いを終えた後三日間眠り続けていたらしい、これも超極限集中状態を乱用した弊害か…、今回は奇跡的に目覚めたが 次はないかもと考えると、もう二度と あんな真似はすまいと思える
ただ、気になることが一つ、エリスはシンとの戦いの後 一回目覚めているようなのだ、目覚めて 徐に歩き出し、なんとループレヒトを殴り飛ばしその罪を糾弾したらしい…が、記憶にない 全く
これが、超極限集中乱用の弊害か、或いは…エリスの中に流れ込んだシンの残滓がそうさせたのかは分からない、けど 結果としてループレヒトは捕らえられたらしい、まぁエリスも彼には思うところはあったし 構わないが
しかし、三日も寝てりゃ何もかも終わってる、エリスが起きてあの屋敷のベッドから出る頃には全てが過去形で語られるのであった
この戦いにて 大いなるアルカナは完全消滅、タヴ曰くボスである世界のマルクトはもう帰ってこないらしい、まぁ シンの記憶を識ったエリスになら言える事だが…
マルクトは、シンが思っていたよりもいい人間じゃない って事だ、彼女は最初からシンとタヴを手懐けようとしていた、けど それが上手くいかず 焦ってボロが出て、そのまま彼女の全ては瓦解して…、そのフォローさえ捨ててマルクトは逃げ出したのだろう
あれが今更アルカナの仇を取りに単身突っ込んでくることはない、つまり もう終わりって事だ、タヴは捕らえられたしシンは自爆し消えた、もうエリスの前に立ち塞がるアルカナは無い……
まぁ話を戻そう、捕らえられたヴィーラントとタヴについてだ…、まずヴィーラントは その絶対に死ねない体が露見し 拷問も処刑も意味をなさないと判断されたようだ、一応 カノープス様なら殺す事も出来るような口ぶりだったが いつの間にか第十師団の団長になっていたジルビアさんの嘆願で ヴィーラントは生かされることになった
処刑よりも残酷な末路だ、彼は光も差さない牢獄で手足を厳重に拘束されて永遠に過ごすのだ、絶対に死ぬ事もなく…、彼にとっては耐え難い罰だろう
タヴの方も処刑すべき!と言う声が上がったが、こちらは熟練の革命者だ、マレフィカルムの情報の提供を上手く使っているようだ、特に ループレヒトの行った非道の実験、あれの情報提供者として重宝されているうちは処刑されることはないらしい
別にエリスとしてはどちらでもいいと言うのが実情だ、だってもうアルカナは無いしね、まぁトルデリーゼさんに大怪我させたのは考えるが…、シンの過去を識って それを記憶に留めてしまった以上、エリスはもうタヴを完全に敵としてみることはできない
ついでではあるが、ループレヒトはその地位を全て剥奪されたようだ、危うく魔女を作り出し 世界を危機に陥れるところだったんだ その罪はデカイ、何より良く無いのは彼がアルカナ誕生の遠因になった事とそれを皇帝に黙って何十年も素知らぬ顔をしていたこと…
処罰されるなら、恐らく彼はタヴより先に裁定が降るだろう…、これもエリスには関係のないこと、エリスには手出しできない領域の話しだ、なら 変に首を突っ込むのはやめるべきだろう
無関心だろうか、自分が戦った相手たちの顛末がどうでもいいと思うのは、でも 事実だ
エリスとアルカナは鎬を削った宿敵同士とも言える、だが いやだからこそ、決着をつけた後まで彼らに対して何かをしようとも思えないんだ、まぁタヴとかが脱獄したら その時は改めて戦うかもしれないけどね、でも本人にはその気がないようだし それも無いだろう
…エリスが今気にしていることは一つ、リーシャさんだ
どうやらエリスが寝ている間に葬儀は終わってしまったようだ
今回の戦いでの戦死者達は 軍をあげて盛大に弔った、その大勢の一人の中に リーシャさんもいたとの事、そうして弔った後 リーシャさんは故郷へと帰還し、そこのお墓に入るらしい、その前にもう一度 遺族で葬儀をするようだが エリスはそちらに参加する権利はないから、エリスが次リーシャさんに挨拶に行けるのは全てが終わった墓前になる
そして、その全てが終わるには 後一週間ほどかかるらしい、それまで帝国を出るのはやめにしよう、せめて リーシャさんにお別れと仇の報告をしてから旅に出たいからね
「おー、よーしよし」
「はふっ、はふっ!」
そんなエリスは今何をしているか?、何もすることがないので屋敷の前で帝国犬のギャラクシー君に餌をやってる
一応目覚めた時にはメグさんもいたのだが、メグさん曰く『戦後の事後処理で体が分裂しそうなほど忙しいので一旦お暇します』と言って直ぐに消えていった
怒ってるみたいだった、無茶するなつってんのに三日も寝込む程無茶したんだ、キレられて当然といえば当然か、ただ どうやらその三日間エリスにつきっきりで介抱してくれたのもメグさんなので どうやら死ぬほど心配はしてくれていたようだ
そうして、エリスの暇つぶしの相手兼また無茶しないように見張る役として残されたのがこのギャラクシー君だ、なので 彼にはエリスの暇をつぶすと言う任務を全うしてもらっている
「貴方、何か面白い芸は出来ないんですか?」
「くぅーん?」
出来ないか、しかし 手持ち無沙汰だ、滅茶苦茶修行したい 滅茶苦茶身体動かしたい、帝国医療の賜物か あれだけズタボロだった体は既に全開、寧ろ三日寝てチャージされたエネルギーで体が爆発しそうだ
もう一回シンと戦えって言われても戦えるくらいには元気ですよ、まぁ もう二度と戦いたくないですが、あいつ強いし
「しかし、師匠は何処へ行ってしまったのか…」
師匠はいない、メグさん曰く ここ三日間フラフラとあちこちを歩き回っているらしい、何をしてるかは分からないが あの人はいつも何をしてるかよく分からない放浪の仕方をするし ある意味いつも通りだ
そして、偶に帰ってきて エリスの顔を見て、何も言わずに頭を撫でてまた何処かへフラフラと消えるらしい、エリスが目覚めた時には既に家を空けていた…、なので修行するにしても師匠を待ってからの方がいいだろう
というか、今この段階で修行したらメグさんにどやされそうだ
「ああ、暇です…これが平穏ですか」
ゴローンとその場に寝転がれば ギャラクシー君がエリスの上に乗る、毛がめっちゃ服につくんだが…まぁいい
これが平穏、戦ってる最中は別にいいが 終わるとなんだか虚しいな、エリスは必死にこの平穏を守ったはずなのに、守り終わってみると平穏が煩わしいとさえ感じる
まぁ、物騒なのよりはいいか、誰かの命が危険に晒されるよりは余程さ…、寝るか?このまま、ここ 居住エリアは今日も人工太陽によって照らされ、芝生も暖かな布団のようだ、何にもしないで寝るのも…一興かなぁ
「お、いたいた エリスさんやーい」
「ん?」
ふと、声が聞こえたのでギャラクシー君を押しのけ体を起こす、誰かなと目を細めれば 芝の向こうから、こちら目掛けて歩いてくる三つの影が見える…あれは
「フリードリヒさん」
と ジルビアさんとトルデリーゼさんだ、それがよーうと手を掲げながらこちらに向かって歩いてくるのだ、彼らも戦争で傷ついただろうに、見た感じ もうその怪我も感じさせない
メグさん曰く帝国軍が最強足り得るのは武力を支える部分が充実しているからと…、ニビルによって壊滅させられた軍もあの戦争に参加した兵士も、既に三日で治癒を終えて 軍は既に凡そ80%の機能を取り戻しているそうだ
あんだけ被害被って三日で8割回復とは、流石は世界最強の軍隊だ
「メグから聞いて見舞いに来てみれば、もう怪我の方は大丈夫なのか?」
「ええ、エリスはもう完全回復です、寧ろ三日も寝てたので体力が有り余って仕方ないです、そうだフリードリヒさん今から喧嘩しましょう、グーで」
「元気そうで何よりだよ…やらないけど」
それは良かった、聞いた話によるとアルカナ最強と謳われる宇宙のタヴはフリードリヒさんが倒したらしいのだ、タヴの強さはシンの知識で知っている…、第三段階に至り魔力覚醒の上 極・魔力覚醒を操るタヴの実力は 少なく見積もってもシンの数倍はある
あのシンよりも何倍も強い奴なんか エリスの手には負えなかった、そんなのを倒してしまうなんて、この人 本当に強かったんだな…、普段の態度からじゃ分からないよ
「フリードリヒさん達はもう大丈夫何ですか?」
「うん、へっちゃら、まぁ トルデとジルビアは昨日まで集中治療室で寝てたんだけどな?、全員起きたから 丁度いいやってんでエリスさんの寝顔見に来たのさ」
「それは残念、エリスも今しがた起きた所です」
フリードリヒさんもジルビアさんもトルデリーゼさんも凄まじい重傷を負っていた、たったの三日でこうして動けるのは集中治療室で断続的に治癒魔術を受け続けたからだろう、普通はそれだけの重傷を負えば いくら治癒しても一ヶ月くらいは寝込むものなのだが、丈夫な人たちだ
というか、その口振りではフリードリヒさんは…
「こいつ一番怪我してたのに、一番元気なんだよ 私らが寝てるのにこいつそのままちょっと治癒魔術受けただけでその日の夜にはカジノで酒飲んでたんだぜ?金も持ってねぇのに、どうかしてるよ、脳みそどっかイカれてんじゃねぇの」
「お前ほどじゃねぇよ」
へへへ とコツンと右手でフリードリヒさんの肩を叩くのはトルデリーゼさんだ、…うん?
あれ?、メグさんから聞いた話によると トルデリーゼさんはタヴにより腕と足を失ったと聞いていたが、見た感じ両手足があるように見えるが…
「あの、トルデリーゼさん…その腕」
「あ?、ああ 知ってたのか、勿論これ偽物だよ、義手と義足さ タヴの野郎にダメにされたから新しい奴貰ったのさ」
義手と義足か…、そんな新しいのと交換って 軽いなあ、なんて思ってるとトルデリーゼさんは右手につけた皮のグローブを外す、するとそこには鉄で構成された無骨な腕が現れるのだ
機能性だけを求めた義手、それは腕というより腕型の魔力機構と言った形だ、オマケに彼女の趣味が反映されたのか 爪はなんとも鋭い、トマトくらいならトントン行けそうだな
「これ…」
そして、思うところはもう一つ…、この義手の形 見たことがある、グローブを外したらそこには義手がってシチュエーションにも見覚えがある
そうだ、コルスコルピのパーティで見たことがある、マレウスの宰相 レナトゥスと同じなんだ、これ
「どうだ?イカすだろ?、前の腕よりこっちのが気に入ってんだ」
「…エリス、これ見たことありますよ」
「えっ!?マジ!?どこでだ!?」
「見たのはコルスコルピですけど、確か マレウスの技術で作られた義手です、確か向こうは魔導技術とか言ってたような…」
「ああ、マレウスか」
魔導技術によって作られた義手は思うがままに動くとレナトゥスは語っていた、事実レナトゥスの体は殆どが魔導技術による代替え品だと言う、思えばあれも魔力機構に酷似しているように思える
すると、魔導技術と聞いた瞬間トルデリーゼさんは呆れたように頭を掻き 力の加減を間違えたか、或いは鋭い爪の所為か強く抉りすぎて頭から血が流れる
「いって…、そういやまだリハビリの最中だった…」
「あの、魔導技術を知ってるんですか?」
「知ってるも何も、ありゃ魔力機構のパクリだぜ 劣化のな、連中勝手に魔力機構をウチから持ち出して解析して劣化技術として確立させてんのさ」
「なるほど…」
貪欲に各地の慣習を取り込み肥大化するマレウスらしい技術だな、帝国からしたら技術を盗まれ憤慨モノか、或いは劣化を作って噴飯ものか
しかし、確かに見覚えはあると思っていたんだ、一番最初にメグさんの出した魔力機構を見た瞬間 思い出したのは…
マレウスの冒険者協会のテストで出てきた魔力測定装置、あれと魔力機構が酷似しているんだ、道理で と今答えを得ましたよ、まぁ 得たからなんだと言う話ですが
「それよかエリスさんよ、お疲れ様…お陰でリーシャの残した仕事を完遂できた、エリスさんがいなけりゃなんともならなかったよ、ありがとう」
するとフリードリヒさんは屈んでエリスと目線を合わせると、ありがとう と真摯な表情で礼を言われる
礼を言われるようなことはしてはいない、エリスはエリスの気持ちに従って、ただリーシャさんのために戦っただけ、そこに誰かをどうしようとか 何かをどうしようとか、そう言う気持ちはなかった、ただ がむしゃらに走っただけ
でもそれで、助かった命があるなら、これ以上ありがたいことはない
「いえ、これでリーシャさんも喜びますかね」
「さぁな」
そりゃそうか、あの人は敵を倒して喜ぶタイプじゃない、どうせ『お疲れさーん』くらいにしかコメントはないだろう
「…はぁ、リーシャの忘れ形見も片付けて、寂しくなるな」
「何言ってんだよ、フリードリヒ 忙しいのはこっからだろ」
「そうですよ、我々で帝国を守っていかないと、それが私達の使命で仕事なんですから」
「俺が守りたいのは友達だけだよ」
なんて、ある意味不敬にも捉えられる言葉を咎める人はいない、フリードリヒさんはどこまでも友達思いで、トルデリーゼさんもジルビアさんもまた友達を想う友達を想う、それはきっと リーシャさんも変わらない
何がどう変わろうが、彼らは永遠に友なのだ、それこそ 鉄の首飾りと同じ 永遠に残り続ける…あ
「そうだ、フリードリヒさん 渡したいものがあるんでした」
「ん?、なになに?何くれるの?」
なんておちゃらけた態度で屈んで手を出すフリードリヒさんの態度に情けない!とか業突く張りが!とかトルデリーゼさんとジルビアさんがペシペシ頭を叩くが彼は態度を改めない、まぁこう言うタイプの人間だとはわかってますが、今はそれが愛嬌にも感じられます
渡したいのはこれだ、リーシャさんのポッケから零れ落ちた彼女の遺品、エリスに戦場へ戻りせるきっかけになったもので フリードリヒさん達に渡さねばと思いながらも、そんな暇を見つけられず今になってしまったこれを、今更ながらに渡そうと思い エリスはコートのポケットから取り出して、出されたその手に置く
「これです、大切にしてください」
「うんうん大切に…、ってこれ…」
「はい、リーシャさんのポケットから出てきました、多分ですけど ここにいる間も、エトワールにいる間も、ずっと肌身離さず持っていた物と思われます、本当はエリスが持ってくるべきじゃなかったのかもしれませんが、それでも フリードリヒさん達に渡しておこうと思って…、他の人たちから見たら さして重要な物には映りませんから」
「…………リーシャ」
フリードリヒさんの手の中に渡したそれは…、首飾りだ
丸の中にバッテンが書かれた鉄の首飾り、そうだ 彼らの友情の証だ、それがリーシャさんのポケットから出てきたんだ
がしかし、それは随分前に真っ二つになったとされ 無くなったと聞かされてきたそれ、されど 今、それはここにある
何故か?…それは
「アイツ、…早く言えよ」
中心で割れたペンダント、それを 無理矢理溶かし 溶接し、くっつけ直していたのだ、誰にも言わず 誰にも見せず、一人でひっそりと…彼女はこのペンダントを直していたんだ
素人がくっつけたと分かるほどに不恰好な溶接だ、これなら買い直した方が早いだろう、だがそれでも彼女はこのペンダントに拘った、割れても直し 離れてもくっつけ、このペンダントだけを大切にした
それは、このペンダントが特別だからだ、あの日 あの時 五人で揃って買ったそれを、彼女はいつまでも持ち続けていたんだ、ポケットの中に忍ばせて ずっと
「リーシャ…リーシャ、くそ…あのバカ、葬儀で泣き疲れてんだよ こっちは…畜生」
手の中のペンダントの上に水滴が落ちる、握れば 見れば リーシャさんのメッセージが伝わるようだ
例え離れても、壊れても、無くなっても、くっつけ直せば元通り、いつまでも どこまでも一緒だと、鉄のように壊れても 鉄のように直し 鉄の友情を貫いた彼女のメッセージに フリードリヒさんは涙しながらギュッと強く握り直す
「…っ、ありがとう エリスさん、アイツの言葉を届けてくれて」
「いえ、エリスは何も…」
「いや、これはあんたから届けられたから意味があるんだよ、きっとな」
するとフリードリヒさんはそのペンダントを大事そうに持ったまま立ち上がり…
「とはいえ、これは俺が持ってるわけにはいかない、これはリーシャのものだからな、…なぁジルビア、お前今度リーシャの墓参りに行くよな」
「え?、ええ」
「ならその時、これをリーシャに返して来てくれ」
そう言うと彼はリーシャさんの遺品をジルビアさんに押し付ける、自分が持っているわけにはいかないと、でもそれは リーシャさんがこの世に残したみんなへのメッセージだ、或いは大切に持つのもアリだとは思うが…
「か 構いませんが、いいんですか?お墓に埋めてしまって」
「いいんだ、リーシャがそれを持ってる限り、俺たちはこれで繋がってるからな」
「…そうね、その通りだよ フリードリヒ」
「フリードリヒにしちゃ気の利いた事を言えるなぁ、これも悪いもんじゃねぇな」
トルデリーゼさんもまた胸元からペンダントを ジルビアさんもフリードリヒさんも、胸に輝くペンダントを手に取る、ペンダントが繋ぐ友情はきっとこれからも続いていく、壊れても離れてもくっつけ直して ずっと
そう感じさせるその光景を見て、エリスはとても羨ましく思う、いいなぁこう言うの、ラグナ達とこう言うのつけたいなぁ
というか…
もう、ラグナ達と別れて一年か、もう一年かまだ一年か、学園にいた頃よりも濃密というか 忙しい毎日を過ごしているのは間違いないし、学園にいる頃から見て飛躍的に強くなっているのも感じる
次ラグナ達と出会えるのはいつになるのかな…
「よしっ、んじゃあエリスさん、もう体大丈夫そうならさ ちょっと軍部に顔出してくれねぇか」
「出頭するんですか?」
「悪いことしてねぇだろ別に…、いやいや 軍にもエリスさんに礼を言いたいってのがたくさんいるみたいだし、何よりエリスさん暇そうだしさ」
まぁ、暇は暇だが…、でもエリスは今お出かけするわけにはいかないのだ、何せ
「でもエリス、レグルス師匠の帰りを待っていようかと思いまして」
師匠を待ってるんだ、師匠もエリスのことを心配してくれているようだし、出来れば早いうちに顔を合わせておきたい
と エリスが断るとフリードリヒさんはキョトンとして
「あれ?、でもレグルス様 今日帝国勲章授与式に出席するって話だぜ?」
「へ?、授与式?」
「ああ、先のアルカナとの決戦で大手柄挙げた人間に皇帝陛下自ら勲章を授けるのさ、それにレグルス様が選ばれてるから、今日出席するって話なんだが、聞いてないのか?」
「い…いいえ、聞いてません メグさんそんなこと一言も…」
「マジか?、アイツ今日は勲章授与式で忙しいはずだから、知らないなんてことは絶対に…というか、本来ならエリスさんも参加する予定だったんだぜ?、授与式前に起きたら連れてくるようにって話だったんだが、メグに置いていかれたのか?」
「はい…」
「まぁ、今更行っても間に合わんしな、普通に欠席扱い食らってるだろうし、慌てる必要はないよ」
メグさんも授与式に参加するのだろう、授与される側では無く する側として、ならば今日は忙しいという言葉も頷ける、けど それをエリスに全く伝えず置いていったのには少しばかり納得がいかない
授与式に参加させてもらえなかった事がではない、何も伝えてこなかったことがだ、それだけ怒ってるのか?、いや 上からエリスが目を覚ましたら連れてくるように言われてるならそれに私情で逆らう真似はしない あの人はそういうことはしない
だから不可解だ、メグさんがそそくさと消えてしまったのが…、それにもっと不可解といえば師匠がその授与式に参加するのも不可解だ
勲章とかに興味がある人じゃない、いつものあの人ならくだらないと一蹴して断りそうなものだけど…、うん 断りそうだ、授与式に参加するレグルス師匠を想像出来ない、死ぬ程似合わない…
まぁ、カノープス様の面子を立てたのかな?、多分そうだろう
「まぁいいじゃん、授与式に参加しないと勲章もらえないってわけじゃないし、本当なら俺も授与式に出席して勲章もらう予定だったけどサボってきたし」
「何してるんですか!?」
「聞いてくれよエリス、フリードリヒの奴ピンピンしてる癖に昨日ラインハルトから元気なら出席しろ!って怒られた瞬間痙攣して重傷者の真似とかしだしてさ!」
「何してるんですか!!」
「いや重傷者には変わりないだろ!?」
トルデリーゼさんが呆れたように語るに、どうやらフリードリヒさんも勲章の授与が決まっていたらしい、まぁ あの戦いの総指揮を執ってその上で相手の最高幹部を倒したんだ、軍内部では一番の功労者と言える
けど、それも断ったと…
「バカだよな、お陰で帝国政府からの心象最悪、真面目に参加してれば将軍昇格の話もあったのに、それも全部おじゃんさ」
「将軍になんか死んでもなりたくないね、ルードヴィヒ将軍が死にそうな顔で真夜中までコーヒー飲んで仕事してんの知ってんだろ?、俺あれ無理、今ぐらいの権力と立場が丁度いいんだって」
「出世に興味ないってやつかよ、ま その方があたしも気安くていいけどさ」
「確かに、フリードリヒの事をフリードリヒ将軍なんて呼ぶのは嫌ですからね、こんなのが将軍になったら帝国が終わります」
「おかしいな、戦争でちょっと名誉挽回出来たと思ったのに あんまり変わらないぞ」
そりゃ貴方のテレンパレンな態度がそうさせるのでしょう、敬わせるより慕わせる、上に立つより共に立つ、フリードリヒさんはそういう人だ、ある意味では最低の団長 ある意味では稀代の指揮官、彼のような上司を持つと大変そうだが 楽しそうだ
「ま!、いいや!そういうわけだからエリスさん 授与式が終わるまで暇だろ?、一緒に遊ぼうぜ〜?」
「そうですね、ここで何もせず過ごしていたら 床擦れを起こしそうです、では付き合っていただけますか」
「任せなさいな」
「やれやれ、授与式をほっぽって遊んでるのがバレたらなんと言われるか」
「いいんじゃねぇの?、怒られるのフリードリヒだけであたしら関係ないんだし」
「いやトルデも本当なら病室ですからね」
なんて話を始めながらエリスは立ち上がり、師団長三人に連れられ フラフラと軍部を目指す、ふと振り返るとギャラクシー君が咎めるような視線を向けてきたが…、ごめんね?一緒にメグさんに怒られようね?なんて…彼からしたらとばっちりもいいところだが
でもエリスは一つのところに留まるのが苦手なので
「しかし…」
フリードリヒさん達とこうして歩いていると、見えてくるのは居住エリアの街並みだ、一ヶ月前にアルカナから襲撃があり結構な被害を被った街だったが、今はもうかなり修復されている というか、事件の爪痕を感じさせない程だ
すごい修復力だ、エトワールのアルシャラも結構なもんだったけど、こっちも凄まじい
「もう街も元通りですね」
「まぁな、帝国にはこういう被害を直ぐにカバー出来るよう準備もしてるからさ、一ヶ月もありゃ街一つ元通りなんてわけないのさ」
民間人には被害は出なかったし、壊れた建物も元に戻った、世界はまた戦いを忘れて 元の姿に戻った、…アルカナが タヴが シンがあれだけ決死の大暴れをしたのに、一ヶ月もあれば世界は元に戻ってしまうのか
なんというか、彼らも遣る瀬無いのかな…なんて、ちょっとだけ思ってしまう、世界を壊すなんて 生半可なことではないんだろう
なんて情緒に浸っていると、ふと 街道を歩くエリス目掛け何かが飛んできて…
「フッ!」
甘い、これが攻撃だとするならなんと甘いのか、片手で受け止め飛んできた方向を見る、エリスに向けて物を投げるとは上等な奴め、本当の投擲というものをご覧に入れた方がいいかな?
「あ ごめんなさーい!」
なんて、物騒な事を考えるまでもなく犯人がわかった、子供だ 小さな男の子が二、三人一緒になって謝りに来る、なんだ子供か ならいいや
というか何を投げられたんだ?、ん?ボール?皮のボールだ…なんだこれ
「なんだお前ら、フットボールなら人のいないところでやれよ?この姉ちゃん怒らせると怖いからな?」
「は はい、ごめんなさい」
別に子供相手に乱暴働こうって気はありませんよ、というかフットボールか…、やったことはないが聞いたことはある、確かボールを蹴ったりして指定の場所に持っていく遊びだったか?
コルスコルピにはこれを興行として扱い それを生業とするプロも居た、ラグナがそこに助っ人として赴いた際はあまりの活躍振りに出禁になった話もあったな
そうか、これがフットボールか、はじめて見たな
「大丈夫ですよ、エリスは怒りませんから、でも他の人に当たると危ないので そこの平原でやる事をお勧めします」
「あ…ありがとうございます」
「うん、素直でよろしい はい、どうぞ」
フリードリヒさんの言葉に怯える子達を宥めるように言葉をかけて 、軽く ボールを子供に投げ渡す
すると、ズバンっ!と音を立ててキャッチした子供の体がやや宙に浮くのだ、あ あれ?そんなに強く投げてないんだけど…
「…ゴリラ女…?」
あまりの球の重さにギョッとした子供は思わずポツリとそれだけ呟き、慌てて逃げるようにエリスの脇をすり抜けていく、ゴリラって…人をラグナを見るみたいな目で見ないで欲しいんだけど
「失礼なガキンチョだな、まぁ元気なのはいいけどよ」
「いえ…いいんです、でもゴリラって…」
トルデリーゼさんは怒ってくれるが、こういうのはよくある事だ、というか子供の頃からそうだった、ムルク村でメリディア達と遊んだ時も こうだった、あの時はエリスは柄にもなくムキになって喧嘩しそうになって…、子供だったな
なんていうけれど、今やった事と当時やったことに変わりは殆どない、力加減を間違えた…それだけだ、ただ今度はそこにムキにならずに居られた、大人になった証拠かな
「しかしフットボールか…、そういやエリスさんもうすぐ旅に出て 次はオライオンに向かうだよな」
「え?、ええ そうですけど、なんで今オライオンが…」
フリードリヒさんのふとした呟きに首を傾げる、だって何故フットボールとオライオンが…と感じていると
「なんだよ知らないのか?!オライオンっていや世界一のスポーツ大国だろ?」
「スポーツ…?」
いや知らなかった、オライオンって宗教国家じゃないの?そんな熱血系の国なの?
「ああ、オライオンがテシュタル教の国ってのは知ってるよな?」
「それは知っています、星神王テシュタルの残した教えに従う人達ですよね、詳しい内容はよく知りませんが…」
「なら、まずそっちから教えてやったほうがいいか?」
するとフリードリヒさんは次に向かうオライオンについて少しだけエリスに教えてくれる
教国 オライオン、夢見の魔女リゲル様が教皇としと束ねる国であり リゲル様の信じるテシュタル教が国を覆う宗教大国である、魔女様が信じるからと国民全員が一つの宗教を心の底から信奉する珍しい国であり、テシュタル教が世界一の宗教である理由でもある
そもそも宗教自体この魔女時代ではあまり流行っておらず、魔女大国内で見ることはない だが、逆に言えば非魔女国家では必ずと言っていいほどよく見る、街には教会があり 住民の数十人程度は敬虔な信徒だ、魔女を信じないものは神を信じるのか 魔女大国以外の全てに深く根ざしていると言える
故に、リゲル様がトップを務めるテシュタル教を一つの勢力としてみれば、規模で言えば世界一だ、ともすれば帝国軍さえも上回る程の巨大さを持つ 超巨大宗教 それがテシュタル教なのだ
フリードリヒさんは語る テシュタルに伝わる教えには大まかな方向性があり、それは五つの教え 五大教義としてテシュタル教徒は何よりも重んじるという
まず一つ『悪を許すなかれ』
二つ『己に厳しくあれ、健全であれ』
三つ『家族と友人、そして隣人は尊べ』
四つ『どんな存在、どんな悪にもやり直す機会を与えよ』
五つ『だとしても、悪を決して許すなかれ』
絶対に悪は許すな!そんな正義感が滲み出ているな、事実テシュタルは悪心滅殺を常に掲げており 悪に身を染めた者を絶対に許さないそうだ、心の底から更生すればコロリと許してくれるが…、その更生の為に世界一の巨大さと恐ろしさを持つ大監獄を持つとも噂されている
されども国民全員がテシュタル教を信ずるが故に、全国屈指の犯罪率の低さを持ち、全員が全員分け合い手を取り合う ある意味理想の国家であるとも言える、
それがオライオン、信仰による強さを持ち 信仰によって強くある宗教国家だ、信仰とは最も人を強く動かす概念 それが国全体を強く覆っているんだから そりゃ強いよ
今まで触りくらいは知っていたが、こうして話に聞くとすごい国だとは思うなぁ
「で、それがどうしてスポーツ大国になるんですか」
「テシュタルの教義にもあるだろう?、健全であれってさ、だから国民全員がなんらかのスポーツを嗜むようにしていてな、国民も軍人も変わらずみんなスポーツマンさ、フットボールだったりベースボールだったり、或いはレスリングかボクシングか…色々な」
確かに、健康の為には体を動かす必要がある、だけど民間人が積極的に戦闘訓練を積むわけにはいかない、そこで白羽の矢が立ったのが運動…即ちスポーツと、確かにスポーツならば健全たるべしという教義を守ることも出来るか
もしかして、思ったよりもフィジカル的な国なのかな、オライオンって 他の国で見たシスターや神父はみんなヒョロヒョロだったからあんまり分からなかったけど、本国のテシュタル教はまた違うのか?
「夢見の魔女の弟子 ネレイド将軍もまたレスリングの達人だってんだから 上から下までみんなスポーツやってんだろ」
「へぇ、ネレイドさんも…」
エリスがまだ出会っていない最後の魔女の弟子、唯一エリスより前から弟子入りしていた人、その人もまたレスリングを…か
「………………」
こうしてオライオンの話を聞いて間近に感じると、エリスもようやくここまで来たという感覚になる
帝国を出て、オライオンでの旅を終えたら エリスはそのままアジメクに帰ることになる、それは即ちこの旅の終わりを意味している、…ああ旅も終わりか というか感覚はエトワールにいた頃から感じていたが、今は一周回ってなんか実感がない
旅が終わったらエリスはどうなってしまうんだ?何をしたらいいんだ?どうやって生きていけばいいんだ?
アジメクを出た頃は 立派な魔術師になってアジメクに戻り、魔術導皇たるデティのサポートをするつもりだったが、今その気があるかというと 実はない
旅をして分かった、大きくなって分かった、エリスでは役には立てない、魔術界というのは魔術を使って良ければ良いというものではない、知識と発想力が無くては上には上り詰められない
デティの役にたつなら最低でも七魔賢にならなくてはいけないが、これになれる気はしない、エリスは魔術を使って戦ってるだけ その歴史とか理論とかはさっぱりだ
…きっと、当初の目的通りデティの側に寄り添っても、エリスは役に立たない、それでもデティはエリスを優遇してくれるだろうが、それじゃあ一生デティに甘えて寄りかかって生きるのかと言われれば それは嫌だ、エリスはデティに迷惑をかける存在にはなりたくない
なら、どうするべきなのか…まだ分からない、アジメクに戻ったら 一応デティが魔女排斥組織に対抗する組織を作っていて その幹部にしてくれるそうだが…、うーん
「どうしたんだ?エリスさん、そんな悩んで」
「え?、いや…もうすぐこの旅も終わりかと思うと…、旅が終わった後どうやって生きていけばいいのかって、悩んでて」
「エリスさんなら引く手数多だろ?、あちこちの国が欲してるさ、勿論帝国もな?、なんなら旅が終わったら帝国に来いよ、正式に帝国軍人になれば将来安泰だぜ」
「そうですねぇ…」
フリードリヒさんは帝国軍人になれよと軽く誘ってくれるが、それもまた一つの選択肢かもな とは思う、正直ここはメチャクチャ暮らしやすい、かといって帝国の一部になりたいかというと…、この国の風土と言うのか 感じはあんまりエリスには合わないんだよなぁ
やっぱ、未来永劫 目的のない旅をして生きる方がいいのかな…
「おい、フリードリヒ あんまりエリスを困らせるなよ」
「悪い悪い、言ってみただけだよ、エリスさんに帝国の為に死ねなんて、口が裂けても言えないよ」
「そうですね、エリスさんは自由に生きてこそですよ、リーシャの書いた 小説のようにね」
なんて、冗談だと笑い飛ばしながらエリス達は街を抜けて 軍部へと向かう、こうして師団長達と笑い合いながら話せているのなら、エリスはこの帝国に少しでも馴染むことができたのかな なんて、思えてくる
やはり、旅とはこうで無くてはな
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「よーう!、マグダレーナのクソババア!」
そうして、エリス達は無駄な話を何度も繰り返して帝国府の軍部へと辿り着く、以前 ここを出た時に溢れかえっていた負傷者も全て回復して、混乱の極致にあった帝国軍本部はいつもの落ち着きを取り戻していた
戦後の慌ただしさも、勝利の浮足もない、どっしり構えていることこそが帝国の本分と言わんばかりの対応だ
そんな軍部に存在するのは臨時のリハビリ施設だ、いくら怪我が治ったとは言え そのまま即前線復帰とはいかない、フリードリヒさん達が異常なだけで 普通は回復後もこういうリハビリ期間を設けるべきなのだ
そんなリハビリ施設の片隅のベンチに座る老婆を見るなり フリードリヒさんは何やら嬉しそうに駆け寄るのだ
老婆…マグダレーナさんだ、かつて帝国最強と呼ばれた師団長が今は軍服を脱ぎ 杖を片手に椅子に座ってる、なんか…前見た時より小さく感じるのは気のせいか
「ん?、なんだいフリードリヒ、あんた随分元気だねぇ」
「そっちは随分気が抜けたな、軍人辞めたからってボケるなよ」
行きがけにジルビアさんから聞いた話だが、マグダレーナさんは軍人を辞めたらしい、タヴ相手に痛み分けという結果に持ち込んだらしいが 彼女自身は重傷、ゴッドローブさんが語ったように 復帰は難しいようだ
体がではない、心が限界だったようだ、老いる体でいつまでも若手を引っ張り続けるのは凄まじいプレッシャーだったようで、それが今回の敗北でプツリと緊張が途切れてしまったそうだ
半世紀以上張り続けていた緊張を今更張り直すことはできないとマグダレーナさんは引退、師団長の座をジルビアさんに正式に引き継ぎ、自分は帝国軍の訓練に助言を飛ばす臨時教官として余生を過ごすとの事…
だからか、小さく見えるのは、あのヨボヨボに老いた体で精一杯張っていた虚勢が剥がれたのだ、だから 彼女はもう以前のように大きくは見えないのだろう
「わからないね、もう腰も肩痛くてたまらないんだ、ボケちまった方が幾分楽さね」
「そう言うなって、寂しくなるだろ」
「あんたの事情なんか知らないね、…孫の顔も拝めそうにないし、未練もないよ」
孫か、彼女にはループレヒトさんという息子しかいなかった、そしてループレヒトさんも息子はいないし、何より 彼は…彼女の後を継げそうにない
先も言ったがループレヒトは重篤な罪を犯した、その規模は計り知れない、孤児とは言えかなりの人数の子供が彼によって殺され、彼が遠因となったアルカナの被害も含めて考えれば 彼が受ける罰は小さなものではないの確かだ
ループレヒトさんとそれに協力したであろう人物達の割り出しと、何故あの研究所の存在を知ったかなど、目下のところ調査中らしい
「ループレヒトか…」
「…あたしは、育て方を…いや 子供への接し方を間違えたらしい、あたしは剣の振り方や軍の動かし方しか教えてこなかったけれど、…もっと 教えなきゃならんことが山ほどあった、ループレヒトに責任があるなら あたしにも責任がある」
ループレヒトの証言をそのまま呑むなら 彼は稀代の英雄である母を超えたかったそうなのだ、自分がマグダレーナの息子である事を証明したかったそうなのだ
されどもいくら鍛錬を積んでもマグダレーナさんには届かない、それを痛いほど思い知った彼は 自らを魔女へと昇華した伝説に縋り、結果 あの惨劇を引き起こした
許される話じゃないが、ループレヒトもループレヒトなりに追い詰められてたんだろう、許さないがな
「そういう問題じゃねぇだろ、アイツがやらかした事はアイツだけの…」
「そういう問題さ、親子ってのはそういうもんなのさ、子のやったことは親が止めて、出来なければ責任を負う…逆もまた然り、親子ってのは そういうものさ」
マグダレーナさんはループレヒトの罪の責任を負うと言っている、庇うのではない 自らも共犯者のようなものと断じているんだ、周りからしたらとんでもない話だよ…、だってマグダレーナさんは何もしてないんだから
「ですが、陛下は認めないでしょうね、マグダレーナさん」
「ジルビア…、まぁ そうだね、陛下に頼み込んだら断られたよ、『ループレヒトは自立した人格を持つ一人の人間、彼の人格を親として慮るなら 罪は彼一人が負うべきだ』ってね…、厳しい人だよ あの人は、分かっちゃいたけれどね」
するとマグダレーナさんはよいしょと声を上げ杖をついてフラフラ立ち上がるとエリスの方を見て…
「エリス…悪かったね、疑うような 辛辣な口を聞いて、あんたのお陰で帝国は助かった、本当にありがとうね」
そう恭しく頭を下げるのだ、こりゃ本当に覇気がなくなってしまったようだ…
「いえ、そんな…」
「それに、リーシャの仇も取ってくれたっていうしね…」
「聞いてたんですか?リーシャの件」
「当たり前さ、…ちょっとは変わったかと思ったら、何も変わってない、どこまでも危うい子だった…、あの子に過剰に期待して無茶な任務を課してしまった私が 悔やむ資格なんてないのかもしれないがねぇ、責任も果たせない老婆には その資格がね」
無茶な任務…ってあれか、リーシャさんが負傷したっていう…、うーん その件については擁護する言葉をエリスは持ってないというか、完全に部外者ですし…、でも
「もし リーシャさんが負傷して、戦線を離脱したことを悔やんでいるなら、その必要はありませんよ」
「…なんでだい?、あたしはあの子の努力と人生を無駄に…」
「無駄になってません、何一つとして、リーシャさんはその負傷の末エトワールに赴き、そこで友を得て夢を叶えて やりたい事をやり 成し遂げたいことを成した、リーシャさんがエトワールに居たからこそ生まれた小説もあったし 笑顔にできた人達もいました、エリスとも…出会えました、その全てを無駄だと断じ 涙を流すことは許しません、絶対に」
「…………、ふっ あの子は、本当に友達に恵まれたね、あの子の周りにはいつも あの子を想う友達がいた、それは 救いかもねぇ」
エリスの言葉に優しい笑みを浮かべ ありがとうねぇとエリスの頭を優しく撫でてくれる、友がいたから その生に色がついた、友がいたかその死に意味が生まれた、彼女が一人でなかったから 生まれた物語があった
あの人の生涯は、決して 無為に満ちたものではないのだ
「じゃあ、私は疲れたから 帰るとするよ、エリスちゃん リーシャの事をそこまで言ってくれて ありがとうね…、本当に」
「あ…は はい」
それだけ伝えると、彼女は杖を頼りに歩みを進める、マグダレーナさんがリーシャさんをどう思っていたかは分からない、自分の責任で怪我をさせてしまった彼女が またこうして帝国に戻ってきた時 彼女が何を思ったか
多分だが、予期してきたのかもしれない、リーシャさんが 何処かで命を落とす事を、それは今まで戦地に身を置き続けた人間が得る 直感か、或いは娘と思うほどに期待した彼女から何かを感じ取ったのかは分からない
それでも…
「あの、マグダレーナさん」
「なんだい?」
「マグダレーナさんが、リーシャさんを追い返そうとしたのって…、あれも 責任ですか?」
責任も果たせない老婆 という言葉に引っかかりを覚える、責任とはリーシャさん不詳の件の責任だろう、だとするなら その責任の取り方とは、リーシャさんを軍から追い返し 死なせないようにするため、なんて考えるのはエリスの頭がお花畑だからだろうか
「…あれは、…意味のない行動だっただけさ、言っていく子じゃないのは知ってたのにね」
「なら…、マグダレーナさんはリーシャさんが」
「言うんじゃないよ、それこそ 意味がないからね、結局 最強なんて呼ばれてのも昔の話、分かっていても変えられないことが出てくるようじゃあ、あたしは終わりさ」
すると、マグダレーナさんは背を向けたまま片手をあげて、最後に一つ 置き土産を残すように、口を開き
「フリードリヒ トルデリーゼ ジルビア、後はあんたらが上手くやりな、任せたよ…私みたいに半端な終わり方 するんじゃないよ、頼んだからね」
そう言いながら立ち去るマグダレーナさんの背中は、何処か軽かった、もうその背には何もない もうその手にはなにもない、ただただ命だけが残った老兵は 後を託して去っていく、本当なら リーシャではなく己が死ぬべきだったと感じながらも生き残った英雄の余生は、華やかなものではないのかもしれない…
「…頼んだ…か、まさかあの人の口からそんな言葉を聞くとはな」
「あたし達がマグダレーナさんの後を…ねぇ、あたし不安になってきたんだけど…」
「大丈夫ですよ、私達なら きっとね」
後を託された三人は、きっとこれからも手と手を取り合い帝国を守っていくだろう、この人達の友情を見たエリスは確かにそう言える、…もうこの三人の中から 人が欠けることはないだろう
マグダレーナさんの言葉を噛みしめるようにその背を目で追っていると、ふと リハビリ場で体を動かしている人物と目が合い…
「おお!、エリス殿!」
と喜びの声を上げられる、あれは ゲーアハルトさんだ、曰く無垢の魔女相手に一人で戦い見事時間稼ぎをして見せたという彼が手を振りながらこちらに駆けてくる
聞いた話じゃ無垢の魔女ニビルによって生死の境を彷徨うほどの大怪我を負ったというが、どうやら彼もしっかり傷を治したようだ、無事で何よりだ、彼とも知り合いだからね 何かあったら辛いよそりゃ
「ゲーアハルトさん、怪我の方はもう良さそうですね」
「集中治療室行きでしたが、なんとか、いやしかし エリス殿の救援のおかげで助かりました…、あの時駆けつけてくれなければ我らは負けていましたよ」
「そんな…」
とは言うが、実際のところは分からない、エリスと師匠が来なければニビルのシンとヴィーラントがフリーだった事になる、あいつらは怪物だ 人知を逸している、もしエリス達が駆けつけなければ どうなっていたか…
「おーう、フリードリヒじゃーん」
「おや、ジルビア…いえ、ジルビア団長も一緒ですか」
そんなゲーアハルトさんにくっついてくるのは、玉座の間にて 彼の助命の為命がけで救援に向かおうとしたハインリヒさんとバルバラさんだ、この三人もまた奇妙な友情で心を結んでいるらしい
ハインリヒさんとバルバラさんはゲーアハルトさんの命の為に、ゲーアハルトさんは二人の受けた傷の報復の為に、互いに命を懸けた 例え死するとしても助けるに値する人間を、人は友と呼べるのだ
「二人とももう怪我は良さそうですね、何よりです」
「あ!、これは…エリスさん、此の節はどうも…」
「お陰でゲーアハルト君が死なずに済みました」
「いえいえ、実際助けたのは師匠ですし」
ゲーアハルトさんを助けたのもニビルを倒したのも助けると言いだしたのも師匠だ、なら お礼を言われるべきは師匠の方だよ、エリスはただヴィーラントに一直線に進み死にかけただけなんだから
「でも二人のおかげではありますしね」
「そうそう、いやぁ 流石に強いなぁ、分かってたけどさぁ」
「なにを言っているんだハインリヒ、次こそ我らの手だけで帝国を守れるようになる!と言えずしてどうする」
「元気だねぇゲーやん」
「熱血メガネ復活って感じだね、ふふふ」
…………前には、ゲーアハルトさん達三人が仲睦まじく話をしている、よく知らないがいつもの三人って感じだ
「はぁ〜、タバコ吸いてぇ」
「やめろよお前、マグダレーナさんから未来託されたばっかだろ、早死にするぞ」
「帝国医療論文でもタバコの有毒性が語られてましたね、読んでないんですか?フリードリヒ」
「聞きたくねぇ〜…」
後ろにはフリードリヒさん達三人がどうでもいい話をしている、こちらはエリスも知っている いつもの三人だ、なんというか エリス一人だな
いやここにいるみんなとは知り合いだし友達だけど…、この三人の間に割って入れるほど仲がいいかと言えば違う、エリスの友達はこの国にはメグさんしかいないし こういう風に集まってどうでもいい話ができるのはラグナ達しかいない
『仲のいい友達』という光景に挟まれると異様に寂しくなってきたぞ…、うう 思えばこの帝国での毎日にはいつもメグさんが側にいてくれたな、こんな風にメグさんと離れるのは初めて…ってわけじゃないけど、彼女はいつもそばに居てくれた事に変わりはない
早く帰ってこないかな、メグさん
「所でフリードリヒ団長 エリス殿、レグルス様はどちらに?」
「え?、ああ 授与式に出てんだよ あの人今回の戦いの功労者だしな、今日だろ?授与式」
「え?」
ふと、エリスとフリードリヒさんの顔色が変わる、なんだ その反応は…、『え?』ってなんだ
ゲーアハルトさんの開かれた丸い目の真意を問いただそうと口を開いた瞬間
「貴様!フリードリヒ!!」
「ゲェッ!ラインハルト!!」
バァーンと部屋の扉を開けてる入ってきたのは鬼だった、鬼みたいな顔のラインハルトさんだ、彼も瀕死の重傷を負ったと聞いたが まぁ周りがこの通りなんだ、そりゃあ元気だろう
というか、他がリハビリしているのに彼はもう仕事に復帰してるのか、凄まじいな…、なんて思う間もない、フリードリヒさんが顔を青くして逃げようとする暇も与えずラインハルトさんはズカズカ寄ってきて
「貴様!、なにを遊び惚けている!そんなに元気なら仕事をしろ仕事を!剰え病み上がりのエリス殿を連れ出してなにやってんじゃお前はーッ!」
「ひぃ!、怒るなよ!俺!怪我人!」
「私もだ!、というかお前は死なない限り元気だろッッ!」
「ひどぉい!、もっとみんな俺のこと心配してよぉ!、まぁそれはそれとして…またな!みんな!」
「逃げるなッッ!!」
ヒョイとその場から逃げようとするフリードリヒさんの腕を締め上げその場で引き倒し拘束する、流れるような動きだ もう完全復活って感じだな、いや 普通はもう少し体が痛む筈なのに…ラインハルトさんが異常なだけか
「痛い痛い!やめて!腕折れる!」
「このまま執務室に連行する、対アルカナ戦の報告書がまだだろうお前」
「リハビリが終わるまで免除してくれるって言ったじゃん!」
「私の権限で今終わったことにする」
「ふざけんな!横暴だろそりゃ!じゃあ有給使います!」
「無いぞ、使い尽くしたからな お前は、というか普通に有給申請は一ヶ月前にしろぉぉぉ!!!」
「いだいいだいいだい!!!」
フリードリヒさんの両足を掴み必殺のスコーピオン・デスロックを決めるラインハルトさんに情け容赦の文字はない、どうやらフリードリヒさんは今日まで怪我を言い訳にのらりくらりと逃げて遊び呆けていたのだろう
彼も一応立場ある人間、それがプラプラしてりゃ怒られるよ、ここは止めまい、彼が今一度リハビリする羽目になっても そこはそれとしてね
「これだったり授与式にも参加できただろうが!!」
「…ッ!、そうだ!ラインハルト!」
「なんだっ!」
ふと、ラインハルトさんの授与式の話を聞いて フリードリヒさんは痛がるのをやめ顔を上げると
「授与式って今日だよな!今やってる最中なんだよな!」
「はぁ?、なに言ってるんだ…お前は、昨日だ!昨日!授与式は昨日だ!、だから昨日参加しろと言っただろうが!」
「えぇっ!?俺今日だと思ってたんだけど!?!?」
「なにっ!?お前そこまでバカだったのか!?、というか今日だと思ってたなら準備の一つくらいしておけ馬鹿者がぁぁあぁあ!!!」
「ちょっ!本気出すな!マジで痛いって!」
エリスに、そのやり取りを受け止めるだけの余裕はなかった、だって え?授与式は昨日?
チラリとトルデリーゼさんとジルビアさんを見る、初耳という顔だ、恐らく昨日ラインハルトさんがフリードリヒさんに授与式出席の要望をした場面を見ただけで授与式がいつかほ情報は受け取っていないと見える
そして、フリードリヒさんは昨日出席しろ!と言われたのを何を罷り間違ったか次の日 つまり今日だと勘違いをしていた…、誰も 誰も正しい情報を 確たる情報を持ってなかったんだ
だとすると、だとするとだ…、師匠とメグさんは何処へ行ったんだ?、二人とも何処へ…
「失礼します」
そんな戦慄を覚えているエリスに答えるように、現れる 誰がだ?、勿論 この疑問の答えを持つ人物…メグさんだ、彼女がラインハルトさんがこじ開けた扉を潜って、しゃなりと礼をしながら、こちらを見据えている
その様は…記憶にある、その顔のメグさんには覚えがある
「エリス様?」
「メグさん…」
彼女の醸し出す空気に フリードリヒさんもラインハルトさんも、エリスも みんなも…黙る、いつもの愛嬌ある顔じゃない
神妙で、真剣で、怜悧で、鉄のような顔…、エリスと初めて出会った時のような、そんな冷淡な目をエリスに向けて、こういうのだ
「大切な、大切なお話があります、こちらへ 来てくれますか?」
それは、ただ事ではないな と感じさせるに足る凄み、そして…背筋がゾクゾクするような予感を感じさせる
予感だ…、それも頭に 悪い…とつく、嫌な気配を帯びていた
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「来てくれたか、レグルス」
「ああ…」
日が差す晴天の日、雲の上にあるがゆえに一点の曇りも見せぬ快晴を写す窓を背に、皇帝カノープスは 自らの居室に呼びつけた友の到来を感じ振り返る
静かな部屋に、二人の吐息が響きあう
「今日、我がここに呼びつけた理由は分かっているな」
「ああ…」
レグルスは無愛想に答え、カノープスに一歩 また一歩と近寄るのを見て、カノープスもまた目を細める、結局 昨日の授与式にも現れなかったレグルスが こうやって私の呼び出しに従ってくれたのは 正直有り難い
「色々言いたいことはあるが、まずは無垢の魔女討伐について礼を言おう、あれは我が国の災禍となる存在、妄りに戦えぬ我に代わり戦ったこと 誉めてつかわす」
「ああ…」
魔女ニビルの件だ、ニビルの強さはここにいても伝わった、あれを放置していたら危なかったろう、妄りに戦えず 戦力を温存したカノープスにとっては最悪の敵だったと言えるほどに、だがそれもレグルスによって倒され 帝国兵の多くは救われた
そのことについては礼を言わなくてはならない、勲章とまで別にな
「しかし」
しかし、そう口にする頃には 既にレグルスはカノープスの目の前まで来ており、そこで 静かに歩みを止める、その姿に目を逸らさず カノープスは…、眉を顰め、怒りを露わにする
「貴様、臨界魔力覚醒を使ったのは、本当か」
臨界魔力覚醒、魔女における切り札と言えるそれを、レグルスが使ったとの報告も上がっている、事実カノープスも遠巻きながらそれを感じていた、それを 咎める…
あれは使ってはいけない力だ、強力過ぎる 世界に与える影響が計り知れない、故に他の魔女も八千年間使ってこなかった、それはレグルスも重々承知のはず
いや、レグルスの場合 それ以上の理由がある、なのに 使ったのかと、そう問いかけると、レグルスは
「ああ…」
肯定した、肯定だ、使ったのか 臨界魔力覚醒を、あれだけ己で使わぬように封じていた力を、いくら相手が強敵でも絶対に使わないと誓ったあの力を…
そうか、そうか…
カノープスの思考が白に染まる、それだけ 衝撃的な話であった、思考を捨ててしまうほどに 最悪の報せであった
「つまり…、お前は……ッッ!!??」
刹那、それを口にしようとしたカノープスの言葉が詰まる
体に感じた衝撃を受け、静かに言葉を止めた
動いたのだ、レグルスが レグルスの手が、音もなく 光を置き去りにするほどの速度で
その手は動き、どこに行ったか
「……レグ…ルス……」
目を、下に向ければ…レグルスの手はそこにあった
胸だ カノープスの胸にレグルスの手が、いや 腕が突き刺さり、その背まで貫いていたのだ
レグルスが今 カノープスの心臓を…穿ち抜いた
「き…さま、やはり…!」
「ああ…、ああ ああ!そうだとも!」
カノープスの 親友の かつては愛した者の心臓をその手で射抜いたレグルスは笑う、クールな彼女には似つかわしくない程に ギラリと牙を見せ三日月のように笑うのだ
ああ、お前はそうやって笑う本当に彼女にそっくりだな…!!
「レグルスでは、もう レグルスではないのだな!!」
「その通りだとも我が馬鹿弟子カノープスよ!、貴様は邪魔じゃ…」
口にする言葉はレグルスの口から放たれどもレグルスのものではない、彼女はこんな喋り方をしない、こんな風に笑わない、こんなことなどしない
こんなことする奴は一人、出来る奴は一人!、歯をくいしばるカノープスを前にレグルスは いや そいつはギィと狂気に満ちた顔で笑いながら、カノープスの顔を睨みつける
「邪魔なんじゃよ、このシリウス様の復活に、お前はなぁっ!!」
シリウス そう名乗るレグルスの目は、他のどの魔女達よりも深く 深く…濁っていた
……………………第八章・前編 終