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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
八章 無双の魔女カノープス・前編
259/835

238.孤独の魔女と決着の大いなるアルカナ


レグルス師匠は語った、その力は余りに強く お前の手に余る物であると


あの無間界での一ヶ月の修行でエリスが手に入れた一つの到達点、エリスだけにしか出来ない エリスだけの最大の切り札


それは、エリスの極限集中を更に開花させたものだった



そもそも、エリスの極限集中とはなんなのか、死にかけたら発動する便利な力程度にしか当初は思ってなかった、師匠も死を意識した人間が普段以上の力を出すことはよくあると語っていたが、それにしたってもこの力は異常じゃないか?


そう考えたエリスは、一つの答えに到達した、何 簡単な事だ、理解出来ない事は理解出来ない所から生じる、つまり この極限集中もまた エリスの識の力の切れ端だったんだ


識…、知識や認識と言った人間が持ち得るそれを意味する言葉であり、人間から見た世界を構成する 何よりも重要な要素、それが識だ エリスにはその才覚がある


この記憶能力も識の一部なら、極限集中もまた 識の一部なんだ


その真髄は自己認識、曖昧に漏れ出た識確がエリスにほんの少しだけ お試しで与えた力、それが極限集中という名の自己認識能力


自己の中にあるものを全て余す事なく見る事が出来る 故に戦闘時のパフォーマンスが上がる、集中してるから周りがゆっくりに見えるのではない 全てを余す事なく認識する その情報量に頭が追いつかないからゆっくりに見えるだけ、自己を認識するから 魔力の流れを認識しエリスは詠唱もなく魔術を発動させられる


そう考えるなら、この極限集中もまた 理解出来る、つまりエリスは識の力を無意識に使っていたのだ、何度も何度も 体に馴染むように使い続けていた



ならここから極限集中を更に開花させれば、それは識を用いた力になるのではないか、師匠との識を強化する修行の答えになるのでは


そう考えたエリスは、一つ 思いついた、それはコルスコルピに居た時のこと、デルフィーノ村で隠れた隠者のヨッドを探す時 一度だけ意識的にこの力を使った時がある


あの時も、確か極限集中を使って自分の奥に入り込んでいた…つまり、あれは極限集中の向こう側にある力 延長線上…


あの時は使いこなせなかったが、今なら…、そう思い試したら これが大正解、魔力覚醒時じゃないと使えないが、エリスは極限集中の向こう側にある本来の力を認識するのに成功したんだ


極限集中を更に超えた極限集中、これ以上無いと思える集中の先にあるそれに名前をつけるなら 、そう この力は『超極限集中状態』と名をつけた


…相変わらず識確魔術は使えないが、その力は凄まじい物だ、凄すぎてエリスの体がついてこれないほどに 圧倒的だった


使用すれば、本気で守りに入った師匠相手に一発入れられる程に…、これなら シンにも敵うだろうと師匠に太鼓判を貰えたんだ


師匠は語る、或いはこれは エリスの魔力覚醒のもう一つの姿なのでは と、本来はあり得ないことだが エリスには二つの魔力覚醒が存在するのかもしれない なんて言い出した時には流石に信じられなかったし 師匠もまたイマイチ信じていなかった


だが事実、師匠が見るにこの超極限集中は魔力覚醒のそれだと、識の力だけがエリスの意思とは無関係に一人歩きし 魔力覚醒の姿を取ったのがこれだと、マレウスで暴走した時 コフ相手に勝つことができたのも 瞬間これが発動したからではと…


レグルス師匠との修行で、エリスの意思によって生まれた 経験記憶の『ゼナ・デュナミス』


シリウスの目論見で、エリスの意思とは無関係に生まれた 認識発露の『超極限集中』


二つの魔力覚醒が同居している異常な存在がエリスだ、…こればかりはただ珍しいだけでだよなんて謙遜じみた事は言えない


師匠の推論が正しいとするならば、エリスは未だかつて誰も到達したことのない領域へ足を踏み入れることになる…そうだ、二つ魔力覚醒があるという事は


二つ、魔力覚醒を同時展開し重ねがけすることができるのだ



「…超 極限集中状態…?」


「はい、覚悟してください」


エリスの言葉を聞いて首を傾げるシンを前に胸を張る、あれ 反応がイマイチだ、エリスはかっこいいと思ってつけた名前なんだけど…、まぁいい


エリスは今 魔力覚醒『アヴェンジャー・ボアネルゲ』を発動させたシンを前に死にかけた、が その瞬間発動させた超極限集中で奴の攻撃を切り抜け 背後に立ったのだ


何をしたか…なんて、特別な事はしていない、ただ雷の雨の中を突っ切っただけ、不規則に撃たれるからこそ生まれる隙間に体を突っ込んで、シンの死角を通って 高速で


土砂降りの雨の中に躍り出て、雨粒全てを回避しながら一滴も濡れる事なく家に帰るようなものだ、普通にやってできる事じゃない、だがそれが出来るから超極限集中は凄まじいのだ


「はっ、今更何を言いだすかと思えば…、寿命が延びただけ!単なる悪足掻き!、それをいけしゃあしゃあと自慢げに語るな!、『ライジングギガントマキア』ッ!」


「同じ手で来ますか」


ならば今度は分かるようにやってやると、エリスは足先に風を集め、スライドするように文字通り雷雨を前に移動する、緊迫感はない 全霊で飛んでいるわけじゃない


ただ、前へ行き止まり、ちょっと横に動いて下に下がる、動きとしては必要最低限だ、だが


「な 何故!?何故当たらない!?」


一つとして掠る事はない、シンの力がどれだけ絶大でも当たらないのなら 無いも同然だ


当たらないさ、当たらないよ、何せエリスには分かるから…いや、違うな 事前に識っているというべきか


エリスの視線をそのまま投影するならば、そこには全てが写っている、シンがどこを見ていて 雷をどこにどれだけ撃ち、その雷がどのような速度でどこを通り どこへ向かうか、数百の雷条全ての情報が克明に認識出来る


見えているんだ、なにもかも、未来予知?そんな限られた不自由なものではない


これは可能性の識別 及び認識だ、『それ』がどうなるか 事前に分かる力、これが極限集中を超えた超極限集中の力、識の力を全開にしたエリスの新たなる切り札だ


これを使って、さっきの雷の連打も すり抜けるように通り抜けたのだ、今のエリスには容易い…容易す過ぎる作業でしかない


「くそっ!!、ならば!」


(『ライトニングボルテックス』による直線突撃、上方回避にて対処は可能)


「『ライトニングボルテックス』ッッ!!」


刹那 シンは雷の雨をそのままに全身に雷を纏い、矢のようにエリスに向けて突撃してくる、エリスの最大速度を大幅に超える魔術、見てからは避けられない だがシンが突撃すると同時に風で跳躍すれば…、当然 シンの攻撃は空振り そのまま地面へと自ら突っ込んでまう


「ぐぅっ!?避けられた!?、どうして…」


「これが超極限集中です、貴方の動きを 全て認識する エリスの力です」


そう説明しながら地面に突っ込み頭を振って土を払うシンの元へと降りる


確かにシンは強い、或いは第二段階の中で見れば最強クラスだ、エリスがあの段階に追いつくには 数年の修行を要するだろう、だがこの状態なら……


『ゼナ・デュナミス』と『超極限集中』の合わせ技ならば 話は別だ


師匠でさえ見たことがないという二つの魔力覚醒の融合、それによって誕生する魔力覚醒は第三段階 極・魔力覚醒に非ずとも第二段階を超える存在だと、つまり今の通常の魔力覚醒を超える状態にある、これなら シンとだって互角にやりあえるはずだ


…ただ、弱点があるとするならその制限の多さ、使用時間は1日5分 一度まで、これは恐らく 本当ならもっと成長してから手に入れる力を強引に使えるようにした弊害か


はっきり言って『超極限集中』はこれでまだ未完成だ、本来ならマレウスで師匠を相手に戦った時と同じような状態になるのだろうが…、まぁ今はいい


ともかく時間がないのだ、この超極限集中状態が切れた瞬間が、エリスの敗北が決定する瞬間なのだから


「全てを認識…、そんな力を隠し持っていたか」


「貴方のために、大事に大事にとっておいたんですよ、この時のためにね…、シン そろそろ決着をつけましょうか」


時間がない、シンは強いですからね この超極限集中状態で行かないと、互角には戦えないでしょう…、そう構えを取るように腰を落とす


「決着だと…上等だ、やってやる…、お前がどれだけ強くなろうとも、最後に勝つのは私だ!アルカナだ!」


シンの両手にバチバチと雷撃が這い回る、来る という直感ではなく、この目で見て 感じ 識る、エリスには全ての先が見えている!


「『旋風圏跳』!」


「『トラロックサンダーストーム』!!」


シンの輝く両手が無数に枝分かれし、まるで箒の毛先の如く幾多の電流が迸り エリスに向けて放たれる、数え切れないほどの雷撃は大地に放電され 舐めるようにシンの前方全てを焼き尽くす 当然エリスを狙ってだ


強力無比 疾風迅雷、後方に大きく旋回して避けて通るしかないように思える雷の壁を前にエリスは風を纏い、突っ込んでいく


風となる足は大地を踏みしめ 叩き割り、大海を行く魚のように 滑らかに、止まることなく真っ直ぐシンを目指して進む


どこにどのように いつどうやって雷が落ちるのか、それが全てこの目で見えている、シンが明瞭とした殺意をぶつけ 突っ込んでくるエリスを狙っているのも分かる


何もかもを事前に識って 最適解を導き出す、超極限集中状態だからこそ可能となる挙動でシンに迫る


(エリスの接近を察知したシンが『ライトニングステップ』で右斜め後方の上空へと飛び上がる)


「チッ…!『ライトニングステップ』!」


どれだけ撃てども雷は当たることなく、当然のように隙間を縫って飛んでくるエリスに危機感を覚えたシンは距離を取ることを選ぶ、ライトニングステップ…雷を作り出し それに乗ることで加速する神速の魔術、これにより後ろに飛べばエリスは追いつけない


確かに、今この状態にあっても 全力で逃げに徹するシンを捉えるのは困難だ、だが それが事前に分かっていて、かつ シンの全ての行動に対する答案用紙をエリスは持っているのだ、追いつく必要はない


「『岩鬼鳴動界轟壊』」


前傾姿勢で疾駆する体を傾けて、サラリと大地を撫でながら詠唱を宣言すれば、大地より屹立するは何よりも巨大な岩の棘、それがメリメリと大地を引き裂きシンの右斜め後方へ向けて突き上がる、そう シンが逃げた方向だ


「なぁっ!?」


逃げたシンの体が制御を失い 棘に引き寄せられ その上へと転がり落ちる、どれだけ取り繕っても あれは雷、避雷針には落ちるのだ、この森にはこの棘よりも巨大な物は存在しない、どうやっても ここに落ちてしまうのだ


まるで斜めに倒壊した塔の如き棘の上を駆け抜け、エリスはシンへと向かう


(逃亡は困難と考え、『ヴァジュラボルト』での迎撃を決行する)


「ぐっ、『ヴァジュラボルト』!」


退却先どころか 退却することさえ読まれているのでは逃げようがない、このままではいつか追いつかれる、そう理解したシンが取った行動は迎撃、どの道 殴らなきゃ倒せない、ならば攻めるしかないと放つのはヴァジュラボルト


エリスの若雷招と同じものであり、エリスを大幅に上回る技量から放たれるそれは ただ地面に通電するのではなく、地面を食い破る白光の大蛇として足元の岩肌を突き抜け、向かってくるエリスを迎撃にかかる


されども、分かっている シンがそのように行動することは、故にエリスがすることは…何もない、ただ 電撃を避けて 最高速で最短でシンに向かうことだけ


「なんなんだ、お前!」


地面全体に通電しているはずなのに、その上を平然と歩いて電流を回避しこの岩の塔を駆け上がってくるエリスの理不尽さにシンが悪態を吐く頃、エリスは既にシンの元へと辿り着いている


肉薄するエリス、迫る敵を前に 私がすることなんて、決まっているとばかりにシンは拳を握り 電流を強め


(右の薙ぎ払い、姿勢を低くすれば回避可能)


「はぁっ!」


(左足の蹴り上げ、右へ回避すれば次の行動への迅速な移行が可能)


「っはぁっ!!」


(そのまま右足を軸にして回転 からの雷を纏った手刀、これは…受け止められる)


「喰らえッ!エリスッ!!」


「いいえ、当たりませんよ」


連撃と言ってもいい、シンの行動と行動の間は 怒涛の攻めを実現するにあたって理想的な短さである、流れるように拳を振るい蹴りを放つ、しかし それを前にしても涼しい顔で回避するエリスに腹を立て 彼女はエリスの首目掛け雷の手刀を繰り出す


回避したと安堵したところに繰り出される必殺の一撃、それが エリスの手によって受け止められる


「なぁっ!?」


(ここですね…)


「『震天 阿良波々岐』…」


受け止められた手、がら空きの胴体 握られたエリスの拳が風を裂き、シンの胴体の前 その一寸先で止められる、と 共に放たれるのは空気を鳴動させる震動、それが霧散せず 突き抜けるようにシンの体へと叩き込まれ


「ッッごはぁっ!」


人間は水の塊である、その内臓もまた水である、それに加えられる衝撃を緩和する機能は人体には備わっていない、無防備に受けたエリスの魔術を前に血を吐きたたらを踏んでヨタヨタと後ろへと仰け反るシン


「こ この…!」


だが 心は後ろに引かない、前に立つエリスを見据え 立ち向かう


(右…)


「シャァッ!!」


轟く雷拳が右から振るわれる、それを前に更に一歩前進し打点から体をずらし カウンターの左がシンの脇腹に突き刺さる


(左…)


「ぐぅっ!、ゔうぅ!」


脇腹に走る鈍痛に顔を歪め、血に濡れた歯を食いしばり今度は左の掌底がエリスに向けられる、がしかし、それを手で払い 力を霧散させると共にシンに一撃、カウンターを合わせて鼻先に逆にエリスの掌底が突き刺さる


(正面)


「ごはぁっ…、ぐ…ぐぐ!『ゼストスケラウノス』!」


この至近距離で放つ雷魔術、火雷招と同格にまで磨き上げた炎雷をエリス目掛け放とうと手を翳す、しかし既にこの手は動き始めている、発射口となるシンの腕を左手でグイと上へ向ければ 無情にもシンの必殺の炎雷はエリスではなく星に向けて飛んでいく


残ったのは腕を上げて無防備となった、さっきと同じ がら空きのシン そのもので


「『煌王火雷招』」


見据える右頬目掛け、走る電雷は炎を吹き出し シンの顔をぶち抜き爆裂する


「ごぁっ!?」


短い悲鳴をあげエリスの拳に打たれ、宙をわずかに舞って地面へと叩き落ちるシン、始めて彼女が 血を吐いて倒れた、エリスを相手に 土をつけた


「ぐっ、…はぁ はぁ、くそ…くそ!お前は何故 どうしてそうも…!」


「…………」


「ぜぇ…はぁ、まだまだぁ…」


立ち上がる、シンは立ち上がるが この目は既に見据えている、あらゆる可能性 凡ゆる情報を識る事が出来る超極限集中状態は無情にも知らせる


シンの残存体力と枯渇しかけた魔力の詳細、行動限界も後どれだけか、全てを加味した上で エリスの識の力は耳元で囁く、勝てる と


識が導き出す答えは絶対だ、正確に現在存在する事柄を捉え 勝手に纏めて、答えを提示する その答えが外れたことはない


だが、エリスは識が出した完全勝利という言葉を棄却する、どうやら識という存在は今存在している事柄しか判断出来ないようだな、そこが未来予知とは違う点だろう


何?体力が尽きたら倒れるか?魔力が尽きたら戦うのをやめるか?、これ以上体が動かないと行動限界を迎えたからって シンが倒れるか?、今 ここで こうして覚悟を決めたシンが、その程度で倒れるとは思えない


それは何か根拠のある答えではない、ただ エリスが今まで多くの戦いを乗り越えてきた上の経験で話す…勘だ


だから手は抜かない、ここで勝つために エリスは識の力に手を突っ込み掻き回すように演算を始める、如何にしても勝つかを、シンの行動限界が近いように エリスの活動限界だって目の前なんだから


「ぅぅぅううおおおおおおお!!!!」


口から血を全て吐き出しながら シンは身に滾る電撃をより一層強く輝かせる、まるで彼女の中で何かが回転しているように、そのエネルギーが飛躍的に上昇していく


識がエリスにもたらす答え それは…


(これは対処出来ない、退却しなければ…)


飛ぶ 背後へ、危険を感じてとにかくシンから距離を取れば、この夜空に暗雲が生まれ 彼女目掛け落雷が降ってくる、シンの雷に世界の稲妻が加わり 絶大な魔力となって煌めくと


「『サンダーストーム ティタノマキア』!!」


それは 自然界最大のエネルギー 『電流』の真髄である


雷とは、人間が魔術魔法を得る前から 神秘の象徴として語られ続けてきた、古代神話においては雷は人を超える上位存在の顕現として捉えられ、人々をその音と光で畏怖させてきた


それは、人が魔術という力得ても 魔女という新時代の神を得ても、変わらない、雷だけは今もなお人の頭の上で 人人を諌め続ける、今尚 力の象徴として在り続ける


シンが今放ったそれは、きっと 人々が雷に神を見たそれと同じ輝きを放っていたことだろう


「ッッッーーー!!」


超極限集中によってエリスは自らの魔力を無駄なく扱う事が出来る、故に旋風圏跳のスピードも格段に上がっているだろう、そのスピードを全開にして後ろへ飛ぶ でなければ迫り来る雷波に押し潰されてしまいそうだからだ


今 エリスの目の前で巻き起こっている現象、あれを雷と呼ぶことは エリスには出来ない、あれはまるで世界の怒号だ、シンを中心に爆発するように発生した電撃は円形に広がり 辺りにある何もかもを消しとばす


木も大地も エリスが作り出した土の槍も…、炭だって残らない 完全な消滅、あれを受けてたらエリスは死体も残らなかったろう、超極限集中でなければ 死んでいただろう


識を通した視界が告げる、あれはシンという人間が持つ最大の技であると 奥の手であると、奴もついに切り札を切って…


「ッッ!?」


来る、分かる!シンがこちら目掛けて飛び蹴りで突っ込んでくるのが分かる、ただ着弾までに時間がなさすぎる、回避も無理 防御は 間に合わない、対抗手段は…無いか!


「エリスぅぅぅぁぁあああああ!!!!!」


「ぐぅっっ!?」


雷の爆発と共に飛んでくる雷の矢は真っ直ぐエリスへと直撃し そのまま何もかもを押し飛ばす、揺れる大気で木々がざわめき シンと共に壁面に突っ込めばこのアガスティヤの大地が割れる


「ぐはぁっ!!」


シンの蹴りと壁面に挟まれ 串刺しになるように抉り込まれるシンの足がエリスの体をビリビリと苛む、速すぎて対応が出来なかった…!分かっているのに避けられない!


「お前に!お前に私の気持ちがわかるか!唯一の居場所を失い!ただ破壊される私の気持ちが!」


シンの腕が隆起する、雷と一体化し肥大化した右腕でエリスの頭を掴めば、全身に通電する電流が体の動きを奪う、ダメだ 早く対応しないと…、そう思うだけだ 体は動かない、そのままシンは雷となって壁面を這うように旋回する、エリスを掴み壁面に押し付けたまま


「何故奪う!何故破壊する!私はただ この間違った世を正したいだけ!もう同じ悲劇を産みたくないだけなのに!」


ガリガリと壁面をエリスの体で削りながらシンは電流の涙を流しながら慟哭する、何故奪う 何故破壊すると…


「そんなにお前達は力が欲しいか!そんなにも魔女を目指して進みたいのか!、だがその力は何を与える!その力は私に何を与えた!、何もだ!私はただ強くなっただけ!強くなっただけで私は何も得られなかった!」


円形の壁面を半周した辺りでシンは叫びながらエリスの体を振り回して壁面に数度叩きつけた後 凄まじい力で投げ飛ばし 地面へと吹き飛ばす、受身は取れない ダメージが大きすぎる、識の力を持ってしても 現状の打開策が出てこない


「何もかもを失う私から!お前は居場所までも奪うのか!、そこまでして私から奪い尽くして楽しいか!エリス!言ってみろ!」


大地に叩きつけられ僅かにバウンドするエリスの体の上から、落雷の如き拳が飛んでくる、上空から飛来したシンの一撃は 大地を砕き 木を吹き飛ばし 辺り一面を白に染める


合理性に欠ける攻めだ、体力の限界にある人間がしていい攻勢じゃない、事実識はすでにシンは力尽きると計算しているのにも関わらず、シンはまだ暴れ続けている、そりゃあそうだ


この攻撃は シンの魂の叫びなのだから、意識を超越した奥底にある何かの叫びなのだから


「私は守りたいだけだ!、己を!己の居場所を!、そして 二度と私が生まれないように!ただ!ただ!戦っているだけだ!!」


灼熱の世界 地面を転がるエリスに向けてシンは吠える、ああ…この事態をなんとかしようと先鋭化した識がより奥底の情報まで読み取っていく、今のエリスには凡ゆる物が分かってしまう


シンの奥底に眠る本当の力、彼女が識すらも超越する意志の力、それさえも読めていく…それと同時に、識ってしまう


(ああ…これは』


シンの瞳を見れば、エリスには見えてしまう、彼女の奥底にある 記憶さえも、彼女が何故 ここまで荒れ狂うのか、彼女の力の根源はなんなのか…それが次々と頭の中に流れ込んで来る…



かつて、オーランチアカと呼ばれた少女がいたのは、エリスと同じ閉ざされた世界、人間を魔女と同格の存在に押し上げる狂気の実験の被験者が、彼女なんだ…


毎日薄汚い大人…これは ループレヒトさん?、彼が毎日シンを痛めつけている、エリスの中で ループレヒトとエリスの父が重なるほどに、恐ろしい目をしてシンを殺そうと牙を剥いている


そこで出会ったタヴ…そして、アルカナのボス 世界のマルクト、二人によってシンは助けられ彼女は旅に出た、エリスがレグルス師匠に助けられたように


魔術を習い、帝国から逃げる旅路の中で多くを学び 多くと出会い、友を作った


ヘエ レーシュ コフ…、次々と増えていく仲間…自由が満ちる世界を生きるシンの幸せさ、それが次々と流れ混むと同時に、彼女の中で大きく燻る何かも見えてくる…


それは、シンにとって最も脆い部分、無欠の女の弱点とも言える部分


それは、後悔だ…………



──────────────────────


今から二十年前のことだ、未だシンが少女という年頃でありながら 帝国の追撃を逃れ切り、マレウスの古城を手に入れ アルカナの本部にすることに成功したのだ


本部を得たアルカナは躍進を続けていた、構成員も増えた 最近じゃあマレウス・マレフィカルムの正式な一員と認められつつある、皆実力をつけている …もうそんじょそこらの国を相手取っても負けないくらい 強くなった


シンもタヴも強くなった、恩人であるマルクトに報いいる為 彼等は力をつけて 力を集めた、順風満帆だと誰もが言った


だが、シンだけが この躍進に陰りを見せていたんだ


「おや、今日もお仕事かい?シン」


「…ああ、コフか」


暖かな陽光が差す昼盛り、シンはその『仕事』を終えて、本部である古城に戻ってくると、入り口であたかも居合わせたかのようにコフが出迎えてくれる


こいつは 私に気を使わせないようにいつも偶然を装って出迎えてくれる、出迎えて…私の行いが間違いではないと証明してくれる、本当に優しい男だよ 彼は


「暗い顔だね」


「いつもだろう」


「いつもよりさ、…今日の目標はなんだったかな…」


「協力者を名乗っていた魔女敵対組織だ、奴ら 私達に協力するフリをして情報を売っていた、だから 一人残らず殺してきた」


「そっか…」


私の今の仕事は『審判』だ、私は審判のシン…その者に断罪を与える組織自浄作用の権化、裏切り者がいれば そこに赴き殺す、それが組織の中の人間であれ 外部の人間であれ、裏切れば殺す それが私の仕事だ、それがマルクト様に与えられた私の仕事


最初は別になんとも思っていなかった、人を殺すくらい なんてことないと思っていた、だが…すぐに分かったよ 殺害とはその行為そのものではなく誰を殺すか そこが重要なのだということに


私が殺すのはただの敵ではない、かつては肩を組み 共に手を取り合った同志たちなのだ、いくら心を鉄にしても 来るものは来る


今日の仕事はアルカナへの援助を申し出てきた魔女敵対組織の連中だ、魔女排斥組織ほど過激ではないが 反魔女は掲げているという どちらかというとマレフィカルム寄りの奴らだった


私達の活躍を聞いて 少しでも手伝いたいと、健気に私達に協力してくれていた…、がしかし どうやら連中はかなり困窮していたようで、資金のやりくりにかなり困っていたようなのだ、あれでも一応組織 仲間内で食っていくには収入がいる、凡ゆる物は金に換え 残ったのはアルカナとの関係だけだった…


そこで、奴らは私達をも売った…、お陰で別口で進めていた計画がおじゃんだ、マルクト様はこれに激怒し 私に粛清を命じ…そしてこれだ


奴らは私が来るなり覚悟を決めた顔をして こう言った


『いつになったら世界は変わるんだ、魔女に反抗しても恭順しても どのみち飢えて死ぬなら、俺たちの働きは全部無駄なんじゃないか、身を削って俺たちが尽くしても あんた達の働きが無駄になるんじゃ意味がないだろう』


とな、返す言葉がなかったよ、自分たちの今までの働きが無駄だと気がついた彼等の顔は悲惨だった、…私が魔術を使っても 彼等は無抵抗だった、無抵抗で殺されていった


私達が不甲斐ないばかりに意志を折ってしまった彼等を、私達が殺すのだ…、彼等の働きを無駄にしたのは私達なのにだ


…こんなの、今日が初めてじゃない、組織内部に裏切り者が出た 組織の協力者に裏切り者が出た、この全てが毎日私の耳に入ってくる、毎日のように仲間が 友が私を裏切っていく


それを矢面で受け止める私の心は 嫌という程に苦痛に満ちている、いくら裏切りったとは言え 彼等が今まで私達に向けていた微笑みは、嘘偽りのないものだったのだから


「…シン、辛いなら 僕が変わろうか?」


「いやいい、これは私がボスから命じられた仕事だ…、あの人の期待には答えたい」


「…………」


それでも私が戦い続けるのは全てマルクト様のためだ、マルクト様に助けられ アルカナという居場所を与えてくれた恩の為、あの人のために戦いたいという気持ち一つで私は血に塗れている…


アルカナは私の居場所だ、マルクト様がいて タヴ様がいて コフがいて みんながいる、私の家なんだ 世界で一つだけの私の家、暖かいスープが出るわけじゃないし 呑気にベッドで眠れるわけじゃないけど


それでも、あのくらい実験室よりは何倍もいいんだ…ここは


「そっか…」


そんな私の顔を見て、コフは悲しそうに眉を下げる、やめてくれコフ、私はお前も守りたいから戦ってるんだ、お前にそんな顔をされたら 私は戦う意味を見失う


「なぁ、コフ…タヴ様は」


「戻ってないよ、あれからね」


「……またか」


最近私はタヴ様に会えていない、タヴ様はタヴ様で忙しいようなのだが、肝心の中身を教えてもらえていない、マルクト様に聞いても極秘任務というばかり…何をしているんだ、いつぞやから始まった二人の秘密は今も続いている


もはやそれが普通になったのか、公然と行われ一週間二週間帰ってこないのはザラだ、一応タヴ様は我らアルカナ幹部陣の代表なのだから…せめてどこにいるかくらい教えてもらいたいのに


「まぁ、いい 今に始まったことじゃない、それではな 私は今回の一件をマルクト様に伝えてくる」


「ああ、うん…分かったよ、何かあったら僕も相談に乗るからさ、ね?シン」


「分かったよ」


コフの心配そうな声を振り払い私は古城へと歩みを進める、彼が…引き止めようと手を伸ばしたことにも気がつかず、何か言いたげな顔をしていたのにも 気がつかないふりをして、私は城の中へと歩みを進める


かつかつと石畳を叩くように足音を響かせ、城の最奥 ボス専用の執務室へと歩みを進め 扉の前で一呼吸整えて、うん 行こう


「失礼します」


「………………」


私がノックをして 扉をあけても、部屋の奥にいる彼女は返事もしない、部屋に窓はない ランタンだとかトーチだとかもない、ただただ暗い部屋…この部屋の名前を知らない人間が、ここを見たら 使われていない物置かと勘違いするような有様の中、ボスは部屋の奥で幽鬼のように項垂れて座っている


「ボス…、言われた通り 連中を始末してきました」


「………………」


返事はない、労いの言葉も 労わりの言葉も、何もない、ただただ無言で時が過ぎる


かつて、朗らかに笑って私達を励ましたあの人はいない、この城という家を持ってから、徐々にこの人はおかしくなっていった、笑顔は少なくなり 構成員に顔を見せる機会も減っている


最近じゃあ構成員からの求心力も落ちて、私とタヴ様ばかりを働かせている臆病者だと末端の部下からも罵られる始末、かつて 私達と共に旅をしていた頃の彼女なら…そう何度も考えたが、何を言ってももう遅い


変わってしまったんだ、マルクト様は 変わり切ってしまった…


「あの、ボス…」


「シン、仕事だ」


「え?」


ふと、なんの前触れもなしにボスが語る、仕事だと…、つまりまた裏切り者が出たのだ、早すぎる 今さっき粛清を終えたばかりだというのに、どういうことだ…なんて 今のボス相手に聞いても無駄だ


私はただ命じられたままに仕事を……


「タヴだ、タヴを殺せ 奴を粛清するんだ」


「へ……?」


一瞬思考が止まる、今 今なんと?今…タヴ様を殺せと言ったのか?、この人は何を言ってるんだ?


混乱して返事も出来ない私を放ってマルクト様は顔を上げずに淡々と話を進める


「奴はもう直ぐここに帰ってくる、そこを狙え、君ならタヴの背中だって取れるはずだ、たくは君だけを信頼しているから…」


「ま 待ってください!ボス!、タヴ様が裏切ったということですか!?」


「ああ、その通りだ 奴は私を裏切った…」


「あり得ません!タヴ様が私達を裏切るなんて!、何かの間違いです!きっと…」


すると、マルクト様は立ち上がり片手で目の前の机を掴み、乱雑に掴み上げ投げ飛ばす 怒りに任せて、投げられた机が砕け 轟音を鳴らせば、私の方は驚愕と恐怖に満ちて揺れる

その隙に、ボスは…マルクト様は私に詰め寄り この肩をガシリと掴み


「お前を私に逆らうのか!早くタヴを殺して来い!、これは命令だ!アルカナのボスたる私の命令だぞ!シン!」


「ボス…」


怒鳴り声をあげる、血走らせた目を見開き 牙を剥いて怒鳴り声をあげる、狂気 その二文字だけが今のボスを形作る要素だ、何がどうしてしまったというのだ


分からない 分からない、何が彼女をここまで変えてしまったのか、分からない…分からないよ


「や やめてくださいボス、そんな…こんなの、違いますよ…」


「違う?何がだ!」


「こんな組織のやり方 間違ってるんですよ、だって…連日の味方を粛清して、許すことも話し合うこともせず 殺して回って、今度はタヴ様まで?、タヴ様が貴方のためにどれだけ働いてきたか 知っているはずですよね…」


「…………」


「それとも、これが…貴方の望んだ組織なんですか、マルクト様」


ボスの裾を掴み、祈るように問いただす これが、貴方の望んだアルカナの姿なんですか?、今のように強硬に味方や協力者を粛清して回ればいつか組織は瓦解する、協力する人間も現れなくなる、そうなったらアルカナは終わりだ 私達三人で始めた…このアルカナが、終わってしまう


そう、彼女の目を見て話すと…マルクト様は、目に涙をためて…


「違う…、違う 私が望んだ組織の形は、こうじゃない」


やはり やはりマルクト様も私と同じ心だったのだ、やっぱり間違ってると 心のどこかで思ってたんだ、間違ってるなら今からでもそれを正して…そう、言おうかと 思ったんだ、この時までは


マルクト様が私の手を払い背を見せ、怒号をあげるまでは…


「こんな程度じゃないんだ!私の望んだ組織は!、この程度の規模で収まるはずじゃなかった!」


「…ボス…?」


叫ぶ 怒りを込めて、私の居場所を…私達のアルカナを、この人は この程度と語る


「もっと強くなくてはいけない もっと大きくなくてはならない、今のままでは数十年経ったって八大同盟に並べるかどうか…、これじゃあダメなんだ!」


「ぼ ボス?」


「このままじゃ、このままじゃ私は…セフィロトから追い出される、第10のセフィラの座を失わない為にも…マレフィカルムが 総帥が無視出来ない人間になる必要がある、なのに!」


ギロリとマルクト様が私を睨む、敵意と悪意を殺意で包んだ視線で私を睨むのだ、あの優しかったボスが…私を


「お前達ならば良い戦力になると踏んだのに、せっかく総帥から お前達のことを知らされ、危険を冒して回収に行ったというのに…、私の期待に応えられない者ばかりとはな…」


「何を…言って」


「タヴが裏切った理由を聞きたいか、…私はタヴをセフィロトの大樹の幹部にするため 奴を連れて方々駆け回っていたんだ、時に任務をこなし 時にマレフィカルムの本部に赴き、奴をセフィロトの大樹 十人の幹部の一人になれるよう身を粉にして働いたんだ…」


まさか…それが二人で消えていた理由?、二人でどこかに行ったと思ったら セフィロトの大樹…、マレフィカルムの意思決定を行う中枢組織の幹部になる為に動いていたと言うのか


セフィロトの大樹は組織とは名ばかり、その構成員は総帥とマルクト様を含めた たったの十人、その十人で八大同盟も含めたマレウス・マレフィカルム全体の行動の意思決定を行なっているんだ


生半可な実力では加入どころか 十人の幹部に会うことすら出来ない、だがタヴ様なら確かにそこまで行けると私は思う、タヴ様の実力はマレウス・マレフィカルムの中でも抜きん出ている ともすればその十人の幹部さえ 上回る可能性さえある


それだけの実力を持つなら、その幹部の一人であるマルクト様も推挙するだろう…、なんて 混乱する頭がやけに冷静に推理する、けど …


「タヴは総帥の覚えも良かった…このままなら、アイツは十人の幹部の一つ 『峻厳』を預かる事も出来た、なのに…アイツは!それを独断で蹴ったのだ!」


ボスが マルクト様が血が出るほどに歯軋りをして、地面を踏みつけ 石畳を蹴り割るほどに悔やみ悔やみ怒る


「アイツがセフィロトの幹部になれば!私のマレフィカルム内での立場は保証される!、幹部が所属する組織を私が持てば!八大同盟だって私に跪かせる事だって出来た!、なのに アイツはくだらないと言って勝手に総帥に幹部推薦を断ったのだ!」


「………………」


「全部!全部全部!、私がセフィロトに残り続ける為に必要な事だったのに…、タヴは最後の最後で裏切ったんだ…、タヴを幹部にして私の意のままにする計画も頓挫し、アルカナの運営も軌道に乗らない…私はもうダメだ、今まで築いた地位を全て失うんだ、全部全部…嗚呼…」


マルクト様は怒ったり 悲しんだりと、情緒を不安定にしながらその場にへたり込む、つまり…何か?、マルクト様が私達を助けたのは…自分の地位を守るための駒にするため?


私達を幹部にする 或いは私達を旗本にして組織を巨大にして、マレウス・マレフィカルム…延いてはセフィロトの大樹内での地位を磐石にするため


つまり、私達はマルクト様の保身の為に 使われてきた…と言うことか?、あれだけ優しくしてくれたのも、その為なのか…?全部 嘘だったと…?


「だから…だから殺せ!タヴを!アイツは私を裏切った!助けてやった恩を忘れて私に背いたアイツを!外に出した意味を成さない役立たずの駒を!お前が消せ…シン!、そして 今度はお前を セフィロトの幹部にする…」


するとマルクト様は地面を這いずり 私の体を掴み 魍魎の如き声で言うのだ、お前を セフィロトの幹部に と、つまり セフィロトの幹部になって 命と生涯をかけてマルクト様の地位を守り続けろと…そう言うのだ


「わ…私は…私は…」


「シン、早くいけ…早く!」


私はこの時、この時に至っても 何も選べなかったんだ、マルクト様が私達を利用していた件については 確かに悲しいが、この人が与えてくれた分がチャラになるわけじゃない、あの日食べたリンゴまで消えるわけじゃない


かといってこの人の言う通りには出来ない、タヴ様を殺すなんて出来るわけがない、あの人は私の半身だ、あの人を殺してまで何かを得たいとは思わない


タヴ様を殺して マルクト様を助け恩を返すか、マルクトを否定してタヴ様と共に逃げるのか、それを決めることが出来なかった


どちらも大切だ、今までのようにタヴ様も、今に至ってもマルクト様も、どっちも大切だ


「ボス…やめませんか、アルカナなら 私達がきっと大きくします、貴方の身を脅かす全てから私達が守ります…だから」


「お前も…私の言うことを聞かないのだな」


「っ……」


するとマルクト様は私の言葉に耳を傾ける事なく、徐に立ち上がり…一人で部屋の外へ出て…


「あ あの、どちらへ…」


「どこでもいいだろ、もう…どうでもいいんだ、思い通りにならない全てが、お前もタヴも…アルカナもな、こんなもの どうでもいい」


そう言い残して、ボスはふらりと消えるように立ち去っていく…、その背中にはかつての覇気はない、どうやらボスは 立場的にかなり追い詰められた位置にいるようだ、その心的ストレスはいかほどか…


彼女の心全てを慮ることは出来ないけれど、…私はただただ悲しかった


もし、私があの時 二人で何処かへ消えるタヴ様とマルクト様を引き止めて、問いただしていたら こんなことにならなかったのかな、私があの時躊躇ったから ただ悶々と悩むばかりだったから、進むのをやめたから…こんなことになっちゃったのかな


マルクト様があそこまで追い詰められる前に 何かしてあげていたら、今も前みたいに優しいままだったのかな、変わってしまったあの人を元に戻すことは出来ないのかな


「私は…間違えたのか」


いくらうちに秘めた物が自己中心的でも、それでもかつては優しかったあの人の変わり果てた姿に、困惑し 何をしていいか分からず


「ん?、シンか どうした?」


「はっ!?タヴ様!?」


ふと、声をかけられて振り向けば そこには、さっきマルクト様が言ったように タヴ様が居た、帰ってきたのだ…


タヴ様の意外そうな顔を見ると、思い出す、マルクト様の 『タヴを殺せ』と言う言葉を…、ここでタヴ様を殺したら…マルクト様はまた優しくしてくれるのか


「っ……」


何を考えているんだ私は、そんなバカな事を思考するなんて…なんてバカなんだ私は


じゃあ、タヴ様に早くこの事を伝えないと、マルクト様が貴方の命を狙ってると…


「…………」


それも、出来ない…何故って、それをしたら 壊れてしまう気がしたから、もう壊れている私達の関係が 本当に修復不能なところまで行ってしまう気がして、未だ曖昧なそれが 確定的な物に変わってしまう気がして、とてもじゃないが言える気にはならなかった


私はまた、三人で旅をしていた頃みたいになりたいだけなんだ、あの時の三人の関係があるからこそ、ここは私の居場所足り得るのだから…、私は居場所を守りたい 守りたいんだ


壊れて砕けた思い出の破片に縋り付き抱きしめるように、私は何も言えず 何も選べずタヴ様から目を逸らし、ただ俯く事しか出来なかった





この時の出来事は、後に大きな影響を及ぼした… 、この直ぐ後 マルクト様はアルカナのマレフィカルムへの正式な参入を表明、直ぐにマレフィカルムから使者が来て 私達だけの組織はマレフィカルムという巨大な生命体を作る細胞の一つになってしまった


マレフィカルムという大看板を手に入れたアルカナには、結果的に多くの構成員が流れてくるようになった、ヘットやアイン達と言った凄まじい強さを持つ幹部も増えた…、マルクト様の思い浮かべるアルカナを 彼女の地位を守るための盾たるアルカナへと私の居場所は作りかえられていった


もうかつての姿はない、活動は過激になり それは私達古参メンバーでも止められず、巡り巡って私達はマレフィカルムにいいように利用されて 帝国と戦うことになった


それでも私は戦い続けた、帝国からアルカナという居場所を守り 帝国が繰り返す悲劇を止めて、魔女という歪みを正すために 戦って戦って戦い尽くした


だが、なんともならなかった、戦っていれば 進んでいればいつか全て上手くいく、マルクト様も前みたいに優しくなって タヴ様と私と一緒にまたリンゴを齧る、そんな日々が戻ってくるというのは幻想だった


…マルクト様が戻ってこないのは知っている、みんなが言うようにあの人は逃げたのだ、アルカナを捨てたのだ、私とタヴ様を捨てて逃げたのだ、思い通りにならない私達を放り捨ててまた保身に走ったのだ、もうあの日は戻ってこない アルカナは何処にもない


全て失ったのは帝国の所為か?それともエリスのせい?、…違うだろ


結局何も選べなかつた私のせいだ、あの日タヴ様を信じられず 秘密裏の行動を問いただすことも、マルクト様の狂気を殴って止めることも出来なかった、進んでいるつもりで 私はただいまの状況に甘えて足踏みをしていただけなのだ


もし、もし次があるなら 私は今度こそ選ぶだろう、例え大好きな人を相手に毅然と立ち向かい 尊敬する人を傷つけてでも止める、それしか己の居場所を守る方法はないんだ


好きだからこそ傷つけて 尊敬するからこそ傷ついて、痛みを伴っても許せるからこそ…一緒にいるんだから、どれだけ傷つけ傷つけてもその先にまたわらいあえるみらいがあると、信じることこそが大切なんだ


私には…それが、出来なかったんだ…、それが…私には…………



─────────────────


エリスに伝わってくるのはシンの過去、後悔の権化、彼女は大切な人を想うがあまり疑い、尊敬する人を敬愛するあまりに止められなかった、そんな選択の誤りが全てを狂わせた


そうだ、それがシンの…悔やみ、それと同時に伝わってくる


彼女がどれだけアルカナという場所を愛し続けていたか、それを守るために奮戦してきたから、帝国と戦い エリスと戦い、そして、リーシャさんとの戦い


…どうやら、彼女はリーシャさんを見逃そうとしてくれていたようだ、まぁ その本心はリーシャさんに自らの人生を歪めた犯人であるループレヒトを糾弾させるつもりだったみたいだが


それでも 彼女は命を奪っていない…、やったのは結局 ヴィーラントの独断だった…か


…………ああ、そうかい それでも彼女がリーシャさんを傷つけたことは変わらないんですがね


「っ…うう」


立ち上がる、エリスは立ち上がる、シンの過去を知り その上で立つ、シンの生い立ちにはエリスとかぶる点がいくつかある、暗く閉ざされた世界 そこから助けてくれた尊敬する人達との旅、彼女がエリスと似ているのは 使う魔術だけじゃない


だからこそ、立つのだ、きっとここでエリスが折れれば エリスはきっとシンみたいになってしまう、どこにも進めないまま 自分の大切なものを誰かに壊され続ける人間になってしまう


シンには悪いが、エリスはそれは嫌だ…、エリスは守りたいんだ 守り続けたいんだ!エリスが大切にするもの 全てを!、もうリーシャさんの時のように失いたくはないんだ!!!


「ぜぇ…ぜぇ、シン!」


「エリス…まだ立つか!まだ立つか!お前!」


憎いだろうシン、エリスが憎いだろう、貴方だってエリスとの類似性を感じているからこそエリスを憎み恐れるんだろう、貴方と近い 未だ進み続けるエリスが!


「あなたの、過ちは…進む事を、やめた事です…、間違えたと悟り 諦めた事です」


「ッッ…!?、お前 何故それを…!?」


シンの顔が驚愕に染まる、知るはずのない己の過去と心をエリスに読まれ その動きが、一瞬緩慢になる、故に…


「追憶…!」


ギリと足を踏み込み、魔力を込めて 駆け出す、その一瞬の隙を穿つように、目の前で呆然とするシンめがけて、この戦いに 全ての終止符を打つために!


「『旋風 雷響一脚』ッッ!!!」


「なぁっ!?」


エリスの体が神速を得る、足先に一条の雷を得ながらシンめがけて飛び、その胴目掛け蹴りを加える、エリスの言葉に衝撃を受けた今のシンでは エリスの必殺の一撃を受けるだけの余裕はない、体力が尽きかけたシンでは エリスを受け止めきれない


「ぐぅぅぅ!!!!」


吹き飛ばす、シンを蹴り抜きそのまま果てまで連れていくように飛び続ける、シンの足は宙へ浮き 以前のようにエリスを弾き返すだけの力がない、その上今のエリスは『ゼナ・デュナミス』と『超極限集中状態』の合わせ技状態


その火力は以前の比ではない、この一撃で 今度こそ決める、決め切らないと…もう時間がないのだ


「何を…わかったような、口を!!!」


しかし、シンも諦めない、背中に背負った雷輪が激しく回転し火花をあげ始める、まるで 命を焼べて、力を踏み絞るように 命をかけてエリスの足を掴み 押し返そうと魔力を解放する


「諦めただと…私が、私は…諦めてなんかない、諦めたくなんか!無いんだよ!、私は絶対に取り戻す!アルカナを!あの日の幸せを!みんなと共にいる時間を!絶対に!!」


背後の雷輪が回転し 魔力を吹き出す、それは尽きかけた筈の魔力を無理に引き出しているからか、彼女の魔力覚醒が切れかけるほどだ


だが、魔力覚醒は薄れ 力は尽きかけ 満身創痍とは思えない程の力がシンから放たれる、噴射する雷の勢いでむしろエリスを弾き飛ばして、彼女もまたここで勝つつもりで エリスの力と拮抗する


「ぐぅぅぅぅうううう!!!」


「ゔぅぅああああああ!!!、エリス!お前を殺して!私は再び進む!だから!、そこらを退けぇぇぇえええええ!!!!」


シンの魂の叫びが エリスの旋風 雷響一脚を完全に受け止める、彼女の魔力による推進があまりに強すぎる、命を懸けた人間の勢い程 止め難いものはない、呑まれる このままでは逆に…


雷響一脚は、初速の加速こそ凄まじいがその後の推進力は弱い、故に一度受け止められると その後押し返すのは容易いのだと師匠に言われたのを思い出す


故に これを受け止められる人間には、エリスの旋風 雷響一脚は必殺性を失うのだ…、そんな事ずっと分かってる、今の命懸けのシンを吹き飛ばすには今のエリスの魔力ではどうやっても足りない


身体中にある魔力を集めても、絶対量で勝るシンの方が有利なのは分かってる、このまま力比べを続ければ 先に力尽きるのはエリスの方…そんなことは、分かってる 分かってるとも!


だから、懸けるのだ エリスもまた、勝負の皿の上に己の命を乗せろ!守りたいものを守り抜くために!この命を使え!エリス!!


「ぐぅぅうぅぅううううう!!」


「っっ!?バカな!?魔力量が増している!?そんなことがあるわけが!?」


拮抗してきた均衡が崩れ始め 再びエリスが押し始める、エリスの魔力の方が シンを上回り始めたのだ、あり得ないことだった


魔力を解放した結果 表出する魔力が膨らむことはよくある、だが 戦いの末失われた魔力が急激に戻ることはない、ましてや 魔力が増えるなんてありえない、そんなありえない事態に直面し シンは押されていく


「くそ!くそぉぉお!!!どういう事だ!お前は…本当に、どこまで!」


「シン!もういいでしょう!、エリスは決して道は譲りません!、絶対に!誰も諦めません!!」


「おぉぉおおおおお!!!エリスぅぅぅうううう!!!」


エリスの旋風 雷響一脚が、再び加速を始める、何度も何度も 多重に爆発して加速を始める、何 種は簡単だ


エリスも命を賭け更に乗せたんです、その上超極限集中でゼナ・デュナミスの記憶を引き出す力をフル使用して


エリスの過去の魔力を引き出しているんです、今のエリスは今までの旅で得た魔力を取り戻して更に上乗せしているんですよ


当然、負荷は凄まじい 過去の魔力を再び自分の体に乗せるなんて荒技出来るはずもない、なんせエリス一人の体に 無数の過去のエリスの魔力が一気に降り注いでいるんです、気を抜いたら全身が弾け飛びそうだ、けれど このくらいしないと…シンは、エリスの最強の敵は 倒せない!!!


「エリスは進み続けます!何があっても!あなたと違って!!」


その魔力を使い 更に雷響一脚を何度も発動させシンを押し飛ばす


「ぐぅぅぅうぅぉおおおおおおおおお!!!!」


シンの魔力は今 エリスの記憶の魔力に敗れ、凄まじい速度 恐ろしいまでの勢いで彼方まで飛ばされていく、エリスの飛び蹴りに押されながら木々を吹き飛ばし、森に光の一文字を作り…


やがて、眩い閃光と共に 全てが弾け飛び、森に 大穴が開いた……




………………………………………



「ぅ…うう…」


もうもうと黒煙立ち上る、真に向けた多段加速型雷響一脚は見事命中し、奴を森の壁面に叩きつけることに成功した、その衝撃波で崖はガラガラと崩れ 木々はパチパチと焼けたち、地面は大きく抉れたクレーターの中 エリスは一人立ち上がる


「ぁ…ああ」


立ち上がった瞬間体が萎えていく、今の動作で本当に全て使い果たしてしまった、魔力覚醒は解除された、それと共に超極限集中も…っっ


「ぐぅっ…痛た」


突如走る頭痛に足をもつれさせる、まるで親指くらい太い針を脳髄に突き刺されたみたいな痛みだ、まぁ 正体はわかってる 超極限集中を使った過負荷が今になって顕在化したのだ


エリスは以前 コルスコルピでこの超極限集中を使った際は、使用中の内容を忘却してしまう という大きな代償を払っていたが、一応 忘却効果自体は軽減出来た のだが…、それでも頭にかかる負荷自体はどうしようもない、こればかりは脳みそが大きくなりでもしない限り逃れられない


「ふぅ…ふぅ」


走る痛みに顔を歪めながら、エリスは周囲を見渡す、シンはどこだ…、立ってるなよ…、もうエリスには魔力も無ければ 切り札もない、一日一回しか使えない超極限集中を五分間いっぱい使ったんだ 体にかかった負荷はエリスが感じている以上だ


もうこれ以上戦う力はない…


「……なんて…」


浅く笑う、答えはどこかで分かってる、エリスの微笑みと共に砂煙が風に煽られて消えていく、その奥には人影がある 二本足で立つ、人影が


「シン…まだ立ちますか」


「ぜぇ…ぜぇ、やってくれたな…」


シンだ、されど無事とはいえない、魔力覚醒は解除され 肉体はズタズタ、足は震え目は霞んでいる、そりゃそうだ 超極限集中で見た時 彼女の活動限界時間はもう遠の昔に過ぎ去っている


おまけにさっきの鬩ぎ合いで彼女は全てを使い果たしている、何を使って立ち上がったのか本格的にわからないレベルだろう、まぁ それは相手も同じだろうが


「続けますか?…」


「当たり前だ、私はお前を…殺す、殺して 道を切り開く」


シンもエリスも どこかで理解している、今 立てていること自体奇跡なのだと、この奇跡は淡く脆い、吹けば飛ぶような奇跡を 早く吹き消したほうが勝ち


つまり、あと一撃 入れたほうが勝つ…


「私は私の全てを賭けて、アルカナを大きくしてきた、それが居場所を守ることにも繋がると、あの方の狂気を取り払うことにも繋がると…信じているから」


ズシリとシンの歩みに大地が揺れた気がする、それほどまでに彼女の覚悟は重い、その背中にはもはや魔力は宿ないというのに、揺れるような雷神の姿が見えるほどだ


これが審判のシン、アルカナ最強の女の底力…、目の前にしているだけで今のエリスは吹き飛びそうだ、けどな


覚悟して来てるのは シンだけじゃないんだ


「…貴方の言いたいことは分かりました、言いたいことは分かりました、けどね それでもエリスはアルカナがして来た傍若無人を許すことは出来ないんです、幾多の人間の運命を狂わせた貴方たちを許すわけにはいきますん」


「なら…どうする」


「貴方に勝ち、アルカナを終わらせます」


エリスとシンの歩みが、今 互いに互いの射程距離に踏み込む、シンの拳が握られる、エリスの拳もまた力が宿る、もう魔力を乗せる事も出来ない、なんなら 本当ならばここで一発入れる余裕だって無いんだ


でも ここで張らずして、どこで意地を張るんだ、エリスの戦いは 何もここだけで済むものじゃない、十年近くエリスは戦い続けているんだ、シンだけじゃなく 多くの敵と戦い続けて来たんだ


それを最後の最後で無駄にはしない、今までの旅路が 今エリスに力を与えるのだ


「っ…なら、やってみろ…やってみろ!!!エリスッッ!!」


「ええ!、見ていなさい!シン!」


互いに崩れそうな体を持ち上げ、拳を握り


今、勝利と栄光と目的、自らの欲する未来の目の前にそびえ立つ艱難を破壊するため己の持てる全ての力使い拳を振るう、勝つ為に 栄光を手に入れる為に 大切な場所に帰るために


「ぅぅぅうううおおおおおおお!!!!」


「ぐっ…がぁぁあぁぁああああああ!!!」


──シンは、全てにおいてエリスに勝ると言ってもいい、体力面 魔力面 覚悟の度合い、経験も豊富だ、だからこそシンは知っている ただ全てにおいて勝るだけでは戦いに勝てないと


故にエリスを相手に全霊を尽くした、事実エリスはいくつも奥の手を隠し持ち巧妙にシンを削るようにダメージを与え、そうして今 シンはかつてないほどの窮地に立たされている


もうこれ以上は無いなんて 戦いの最中に思った事もない、されど 感じる、タヴ様やマルクト様と出会った時と同じ感覚を


エリスはきっと、私の運命の人なのだ ここでこうして争う運命にあった相手なのだ、ならば 打破するより他あるまいとより一層 拳を突き出す力を強め、前へと踏み込む


二人の腕が交錯した瞬間 エリスは歯を食いしばり シンは勝利を確信する、なんとなく予感したのだ勝利を、エリスもまた予期したのだ敗北を、この拳が最初に当たったほうが 即ち敵を倒す勝者となる


しかし、今交錯した限りだと シンの方が速い、此の期に及んでもシンとエリスの差というものは如実に存在する、シンの方が一回り速いから ここでもまたシンが上回る、それだけのことなのだ


(取った…!)


シンが浅く笑う、この差は絶対だ 魔力覚醒などの奥の手でもない限りこの差は覆らない、そして エリスにもう手はない、分かってるだろうエリス 最後に勝つのは私なんだよ!!!


シンの硬く握られた拳が、二人の予期通り エリスの頬へと触れる、命中した!


(勝った…!勝った!!!)


このまま殴り抜けば私の勝ちだ!アルカナを守り 魔女の弟子から居場所を守り!、私はようやく…ようやく、選ぶことが出来たのだ 大切なものを守る選択を…ようやく選ぶことが




───エリスには、もう体力が残されていなかった、魔力も気力も尽きかけ 使命感だけで立ち上がっている状態だ、およそ万全とは言い難い、お互い万全じゃないなら 勝つのはシンだ、そもそも 奴のスペックは殆どエリスの上位互換、こういう最後の最後 大勝負にこそ、そう言った差は大きく出る


だからと言って勝つための秘策があると言えばない、これは と言えるような奥の手もない、巻き返す手段なんか残ってない、けれど けれど立ち向かう理由はある


エリスの背中を前に進ませるものがある、エリスに最後まで行けと檄を飛ばす声がある、そこまで行かなくてはいけない 使命がある、ここで勝つ 自信がある


それは何か?、経験だよ…此の期に及んでも経験とは生きるもの、それもあれがこうだから こうなるとか、そういう眠たい話じゃない


奴に勝ったから エリスは前に進める

彼と一緒に戦ったからエリスは前に進める

彼女と共にあったからエリス前へ進める


つまり、自分が乗り越えて来た全てが 今エリスに力を与えるのだ


「ぐぅぅぅぉぉおおおおおおお!!!」


「なっ!?」


シンの拳は確かにエリスの頬へと命中した、しかし シンが力を込めて振り抜くよりも前に、エリスが更に前へ進んだ為に、力が霧散した


自分を終わらせるかもしれない攻撃が 怖くないとでも言うかのように、エリスはシンの攻撃にあえて突っ込むことで…前に進むことで活路を見出したのだ


(これは……!!!)


シンは見る、自分の拳を弾き返しながら拳を握る彼女の背後に、無数の人影を、彼女が共に戦って来た全ての人間 彼女が戦って来た全ての宿敵、幸せだったこと 辛かったこと、何もかもが彼女の力になっている、記憶と共にあるから 前へ進めるのだ、過去を憂う彼女よりも 彼女は前へ進めるのだ


「ああ…畜生」


重なる、自分の頬に届こうと言う拳が 別の誰かに、かつて 私の寸前まで迫った人間が一人いたな


…リーシャだ、私に敗北を感じさせたあの女が 最後に見せた意地、それとエリスの拳が見事なまでに重なるのだ


ああそうか、お前はここに リーシャの仇を討ちに来たのだったな…



「シンッッッ!!!、エリスは決して 貴方のようには……!!!」


そうして、今 穿たれた、シンの顔面はエリスの拳によって大きく仰け反る、かつて 同じように拳をぶつけたリーシャは寸前で限界を迎え、シンを倒すには至らなかった、心ではなく 腕が先に折れてしまったのだ


されど、今度は違う、今度は折れない エリスは折れない、絶対に折れない、折れず曲がらず捻れず ただ愚直なまでの直線を描きシンの意思を


「ぐっっ…かはぁっ…!!??」


挫いてみせた、アルカナというあまりにも巨大な組織を その拳一つで、本当に終わらせてみせたのだ



「…ふぅ ふぅ、エリスの…勝ち…ですよね、シン …アルカナ…」


拳を掲げる、夜天に一人 屹立するエリスの足元には、今度こそ力尽き 白く目を剥いて気絶するシンの姿、どちらが勝者か 問うまでもない、他ならぬ本人達が理解しているから


大いなるアルカナ、構成メンバーは十万人規模の大組織、マルクトの保身とシンの尽力により肥大化したその組織は、規模だけで言えば決して八大同盟も無碍には出来ないほどであった


しかし構成幹部計二十一人、あれだけいた幹部達 ディオスクロア大陸に偏在していた幹部達の中で 今戦える存在はいない、全滅したのだ 正真正銘一人残らずもうどこにも居ない


無敵と言われたレーシュも 最強のタヴも、最後に残ったシンでさえ 倒れ敗北した


今ここに 大いなるアルカナは崩壊した、孤独の魔女の弟子 その独りの少女の手によって、或いは不運か 或いは運命か


エリスとアルカナの道は交わり 戦い続けたのだ、何度も何度も激突し 戦い続けて、そして今日ここに 十年に渡る戦いに…終止符が打たれた


「貴方の事も 貴方達のことも、エリスは忘れませんよ、貴方達がやった事も 残したものも、全部…ね」


アルカナとの決着、それはエリスの人生に大きな区切りをつける…そうだ、これで終わったんだ 何もかも、そうある種の安堵と脱力を感じながら エリスは勝利を噛みしめる、今はただ 噛み締める…



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