237.決戦 審判のシン
進み 進み 進み続ければ、私の居場所は守られる、私はこの温かな居場所に居続ける事が出来る、私はここで笑い続けられる、そんなのが幻想であることは分かっていた
だがどうしてこうなってしまったのだろうか、私の居場所は無くなってしまった、希望の光は敵軍の中に消え 憧れた人ももう随分姿を見ていない
きっと、進む方向を間違えたんだ、道を間違えたんだとシンは思う、思っていたし思っているし思い続けている、あの時からずっと…
帝国と魔女排斥軍の激突から二十年以上も前のことだ、ループレヒトの研究所から逃げ出した二匹の実験体は突如として現れたセフィロトの大樹 マルクトによって解放され、大いなるアルカナという組織を形成したのだ
未だ三人 女子供しかいない大いなるアルカナはそのたった三人の戦力で帝国の追撃を振り切り帝国を抜け出し、マレウスを目指して旅をした
逃避行と言ってもいいが、あれは旅であった 楽しい旅であったとシンは今でも振り返れる
時に魔獣の群れから村を守り
時に変装をして帝国の追っ手を誤魔化したり
時に身分を隠してその国の者と共に行動したり
色んな経験をした、あれは私の人生で最も華やかな時であったと確信している
それに旅の最中に仲間も増えた、私たち同様世界のあぶれ者達をボスは引き入れ組織の人間を増やしていったんだ
壊滅寸前の魔女排斥組織にて一人で奮戦していた少年 ヘエ
既に帝国から指名手配を喰らい それでも気ままに生きていた怪物 レーシュ
そして、両親を魔女大国の理不尽で失った少年 コフ
これで構成員が五人になった、コフがカフに『月』の称号とアリエの座を譲るまでは この五人こそがアリエと名乗っていたのだ…、アリエとは我らが歩み始めた最初の一歩だったんだ、まぁそれももう壊れてしまったが…
それでも仲間が増えて帝国の追っ手も無くなって、我々の目的地たるマレウスに辿り着いた時のことだ
私の旅が終わりを迎えた後の事、私は 選択を間違えた
「…………」
シンはただ、憂げに窓の外を見る、アルカナの本部として使う為手に入れた古城の中 ただ静かに窓の外を見る、毎日懸命に生きていた頃がもう昔だ 毎日死に物狂いで続けていた旅ももう終わった
アルカナは…シンはこれから、大いなるアルカナという組織を大きくし 私を助けてくれたマルクト様に恩返しをしていかなくてはならない、漸く あの日助けられた恩を返せる
そう、彼女は意気込んでいた…なのに
「はぁ…」
「どうしました?、ため息なんて貴方らしくないですよ、シン」
「ん?」
ふと、かけられた声に反応して目を横に向ければ、いつの間にやら立っていた青年に目が行く、…彼はコフだ、我々が旅の中で仲間にした一人の少年、魔女への恨みを持つ一人の少年が 私の隣に立ち悩ましげな私の顔を伺って切る
「コフか…いや、なんでもない」
「なんでもないことはないだろう?、この城に来てから シンの様子が明確におかしいことくらい、僕だって気がつくよ」
コフは気の回る男だ、はっきり言って凄く良い奴なんだ、いつも私を気にかけてくれるし 協調性のない奴らばかりのアルカナの中で唯一他人に合わせる事が出来る男…、だからこうして私の事も気にして 心配してくれる
そうだな、コフの言う通り 私はこの城に来てからおかしいかもしれない、…いや ここに来る少し前からか
「もしかして、タヴさんとマルクト様の件?」
「……ああ」
そうだ、コフはよく見ているな、その通りボスとタヴ様が今 私を悩ませる物の種なのだ
…最近、ボスとタヴ様の様子がおかしい、何やら二人でフラッと居なくなる期間がやけに増えた気がする、今まで私に何も言わずに居なくなったことなどないのに、このマレウスに入ってからと言うもの 数日に一回の頻度で居なくなり、帰ってくるのは真夜中だ
何をしていたか聞いても二人は答えてくれない、まるで私だけ除け者だ…
「今もマイナスなこと考えてるでしょ」
「なぜ分かるんだお前は…」
「分かるよ、君 顔に出るもん」
なら、この気持ちはタヴ様とボスにも通じてるのかな、私のこのも気持ちが…、私は二人が大好きだ、タヴ様もボスも私を助けて守ってくれる、だから私も二人を助けて守りたい、なのに…まるで必要とされていないような扱いに 悶々と過ごす
思えば、アルカナの人員は増えてきている、既に戦いではレーシュがいるし 組織経験ならヘエがいる、対する私には何もない、出来ることといえば戦うことだが 戦うだけたらここにいるみんな出来る
私にしか出来ない事はない、私だけの仕事がない、私が必要とされる理由がないんだ…もしかしたら、二人の中で私と言う存在が軽くなってきているのかもしれないな
…大勢の中の一人、きっとそれが 二人から見た私なんだ、私から見れば二人は無二の存在だが 向こうからは違う…
「はぁ……」
そう思うと辛く苦しい、本音を言えば私も二人にとって特別な存在になりたい、必要とされたい、いつか タヴ様が私に向けてくれたように微笑みを向けてほしい、いつか マルクト様が私を必要として助けてくれたように また手を差し伸べて欲しい
なのに、なのに…
「おや?、二人揃って月見かな?、しかし今日は月を見るにはやや雲が多い気がするがどうかな」
「またか…」
すると今度は闇を切り裂き 廊下の奥から大手を振って現れる女に声をかけられる、レーシュだ…、私達が動くよりも前から帝国に追われていた 指名手配の先輩、たった一人で帝国を相手に戦っていた化け物の中の化け物だ
正直こいつの価値観がよく分からないから 私は苦手だ、何考えてるかよく分からないし、何より…目が怖い
「シンのお悩み相談中ですよ」
「悩み?、それは良くないな…、思い悩む事は間違いではないけれど、悩みは時として目を曇らせる、見えるものも見えなくさせる 故にドツボにハマり 人は失敗する、これから大切な時期なんだ 解決出来る悩みなら解決してしまおう」
そういうとレーシュは徐に私に歩み寄り その頬を差し出すと
「悩みを聞こう!さぁ!殴って!」
「…私にとって、お前は頭痛の種だよ」
「それは嬉しいね、痛いならきっと私を忘れないだろうから」
こいつは傷で対話する、肉体言語よりもなお血生臭い 殺傷狂信者だ、こいつは他人の意思を知るために自らを傷つけさせる、だけならまだ良いんだが これで本当に相手の意図を理解してしまうんだから怖い、なんなんだこいつ
「レーシュさん、こう言うときは耳で悩みを聞いてあげましょうよ、その意図を僕達が理解できるかは重要じゃない、肝要なのは 彼女がそれを口にして自分で答えを導き出せるかどうか何ですから」
「確かにコフの言う通りだ、君は若いのに蘊蓄があっていいね、さて 聞かせてもらえるかな、シン その口で」
なんだこれ、なんか言う流れになってないか、…別にいいが…コフもレーシュもこれでいて人は出来ている、他言する事はないだろう
「何…、最近 タヴ様とマルクト様が二人で消える事がよくあるだろう、それで…何故私は除け者にされているのかと…、何かをしているなら 何故私を頼ってくれないのかと…」
「つまり、仲間外れにされて悲しいって事?」
「まぁ…そうだな、子供っぽく言えば」
コフの言った通り、仲間外れにされて悲しいんだ、私達は仲間のはずなのに …、すると
「ふむ、マルクトがねぇ…」
レーシュが顎に指を当てて何やら考える様なそぶりを見せる、その顔に名前をつけるなら 訳知り顔…だ、何か知ってるのか こいつは
「レーシュ?、何か知ってるのか?」
「……以前、と言っても私がこの組織に加入するときだが、一度ボスと戦闘になってね、その時は真昼間で調子が出なかったから引き分けになっちゃったけど、…その時負った傷が、気がかりでね」
レーシュは受けた傷から相手の意図を感じ取れる、そのレーシュが以前ボスから受けたと言う傷を撫でて、難しそうに眉をひそめる
「なんだ…、何かあるのか?」
「…彼女は、多分君が思ってるような人じゃない、彼女の中に渦巻く情熱は…多分だが、君達とは別の方向を向いている」
「…どう言う事だ?」
さっぱり分からない、ボスが私が思っているような人じゃない?、何を言ってるんだ…レーシュは
「まぁ、何はともあれさ、一回ボスと話してきた方がいい、それで解決するかはわからないが、きっとその方がいいよ」
とだけ伝えるとレーシュは何を思ったかの踵を返して立ち去ろうとする、それだけ?いやいや待てよ
「おい、何処へ行く」
「夜の散歩さ」
「話はまだ終わってない、お前は結局知ってるのか?、ボスとタヴ様が何処かへと消えている、その理由を」
「ああ知ってるとも、だが君は知らない方がいい、君が君の思う居場所を守りたいなら、時には進まず 立ち止まり、無知なままでいる方が幸せだ」
ポケットに手を突っ込み廊下の闇の奥へと消えていく、知らない方が幸せ?…一体 何を言ってる、ボス達は何をしている…、分からない…分からないけれど なんだか無性に怖くなってきた
私のこの居場所は、幸せのある場所は、もしかしたら薄氷の上に出来た 脆い楼閣のような気がして、今にもその幸せが消え失せる そんな光景を幻視して、レーシュを追うことも出来ずに震える
「……っ…」
「シン…」
後に残ったのは、私とコフだけ…、二人だけが月明かりの差し込む廊下にて、ただ呆然と佇む、すると
「シン」
「コフ…?」
ふと、コフが私の手を握る、暖かな手で私の手を覆い、握りしめて 勇気づけるように囁くと
「何が何だか、よく分かんないけどさ?僕は君の味方だからね、例え何が失われても、僕は君と共にいる」
「コフ…、ありがとう」
こいつは優しいやつだ、私達のような裏の人間達と関わる理由がないほどに、不当な悲劇に巻き込まれる理由がないほどに、彼は優しい…、だが 今はその優しさが沁みる
私の心に彼の言葉は勇気を与える、何があっても味方でいてくれる、その言葉に私は勇気を貰い、一つの決意をする
…やはり、立ち止まることなんて出来ない、私はやはり 二人に真意を聞くべきなんだ、何をしているか その真意を…
この決意が正解か不正解かは、この時はわからなかった、ただ 漠然とした使命感に若さが加わり 私は止まることが出来なかった、例え道を間違えているとしても その先に…奈落が広がっていても 止まる事は出来なかった
或いはそれが、過ちだったのかもしれない…、ここで選び、あの時選べなかった私の…
過ち、それが…流れに流れて、今アルカナは…終焉の時を迎えようとしていた
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アガスティヤ帝国 元テイルフリング領の黒杉槍の森の奥地、ぽっかりと空いた窪地の中でシンは見上げる、その背には魔女を殺す最終兵器 ガオケレナの果実、そしてその視線の先には月を背に立つエリス
我々は遂に、この時を迎えたのだ
「来たか…」
「……貴方が、審判のシン…ですね」
エリスが崖を降りて 我が目の前に立つ、待ち望んだ仇敵の登場に 沸き立つ心が抑えられない、じわりじわりと歩いて 無防備にこちらに寄ってくるエリスにつられて、私もまた前へ出る
「ああ、そうだお前はエリス…だろう?」
「はい、エリスはエリスです、孤独の魔女の弟子エリスです」
挨拶にも似た威嚇がぶつかり合い、今…互いの手が届く距離へと到達する、二人の闘志と視線が激突し 空間が歪む
こうして、面を向かうのは初めてかもしれない、アイツはこんな顔をしていたのか、怒りに満ちた憤慨の顔…、そりゃそうか、アイツにとって私はリーシャの仇の一人
そして、私にとってはアルカナを…居場所を奪った張本人、憎いのはお前だけじゃないんだよ、アルカナを…私の居場所を奪ったお前を、私は…許せないんだ!
そう、心の中で憎しみを募らせれば、それは雷となって表出する…
雷鳴轟き大地が割れる…
風雲吹き荒れ土を舞いあげる…
相対するは二つの魔力、疾風と迅雷 それが今、漸く邂逅を果たしたのだ
「…エリス、お前が…!」
牙を剥く 激怒する、その体から電撃が迸り シンは怒りのままに目の前の存在を睨みつける
思えば、シンがエリスを認識したのは もう五年以上前だ、あの頃のエリスはヘット相手に満身創痍になる程度の実力だった
『所詮魔女の弟子とはいえ、まだまだ未熟 私自ら手を出すまでもない、どうせ他の誰かに始末されるだろう』
そう油断している隙にエリスはカストリア大陸にいる幹部を瞬く間に殲滅していった、あのコフまでもがエリスの前に敗れ去ったと聞いた時はタチの悪い冗談かとも思ったほどだ
だが既にエリスはレーシュを倒し アルカナの戦力を突破しなにもかもを打破し、今こうして私の前に立っている、明確な強敵として
もっと早く始末するべきだった、もっと早く殺すべきだった、もっと早く審判を下すべきだった、失敗だ 私の失態だ!其れがこの事態を招き寄せた!!
「エリス…エリス!お前のせいで何もかも 台無しだ!、お前のせいでッッッ!!!」
吼えたてる、絶対に許さないと 絶対に殺してやると、大地が揺れるほどの魔力と殺意が雷鳴となって辺りを焼き尽くす、ここで コイツを殺さなくては
その咆哮を受けるエリスは ズタボロの外套を風にはためかせ、ギロリと鋭い視線で答え
「くだらない……」
「なんだと?…」
口を開く、そして
「くだらないつってんですよ!あなた達の理屈はいつもッ!!」
膨れ上がる魔力は風となり吹き荒れ、シンに向かって激突する、凄まじい魔力 凄まじい風…、故にこそ 激怒する
風はコフの物だ、お前のものじゃない…!
「シン!エリスはお前を絶対に!絶対に絶対に絶対に許しません!、アルカナごとこの世から消し飛ばしてやります!」
「はっ、上等だ…お前も奴のように殺してやろう、ここで!」
最早口での問答は無用だ、エリスはここにシンを殺しに来た シンはここでエリスを殺すつもりだ、もう逃げることはしない もう逃げる場所もない、こうなってはアルカナに未来はない
なら、せめてエリス…お前だけでも道連れにしてやる、私から全てを奪ったお前を!この手で!
「ッッ…!、後悔しますよ…貴方!その言葉を口にした事を!!」
今の私の言葉が余程気に入らなかったか、やはり エリスがここまで激昂する理由はあれか、奴は虎穴を突いてしまったようだな、自業自得だ
だが、同時に思う、キレてんのはお前だけじゃないんだよ…と
「ここで…ぶっ潰します!!」
「ここで…ぶっ殺してやる!!」
エリスの風を纏った一撃が吹き荒れる、シンの雷轟を纏った一撃が響き渡り、激突し 荒れ狂い 天に雷と風の柱が轟音と共に屹立する…
今ここに、魔女の弟子と大いなるアルカナの 最後の決戦が今、始まる……
私の アルカナの、最後の戦いが…!!!
…………………………………………………………
メグさんが指定した地点、パピルサグ城の背後の森の奥地には まるで隠れ潜むような窪地がある、まん丸に地面が陥没したその穴とも言えるような場所の中に 木々の隙間に、奴らは潜んでいた、メグさんの見立て通りだ
だが、エリスに驚きはなかった、メグさんを信じていたと言うのもあるが 向かっている最中に察した、奴らはここにいる あそこにシン達がいる、アルカナがいる…と
それは エリスがこの旅の中で鍛え上げた歴戦の勘か、或いはアルカナに対する嗅覚か、それとも…ここで決着をつけると言う運命からか、何かは分からないが エリスは既に確信を得ていた
だからこそ、こうして窪地の中 巨大な果実を背に立つ白の女を見て、エリスは理解する
あれが、審判のシンだ 大いなるアルカナ No.20、アルカナで二番目の使い手…、リーシャさんが交戦したと見える相手だ、つまり リーシャさんの仇の一人だ
…こうして前にして分かる、奴は凄まじく強い、ヘエやレーシュが可愛く見える程に恐ろしい魔力が奴を中心に渦巻いている、エリスより確実に上である事は分かる
だがエリスは引く事なく、窪地に降り立ち シンを前にして歩みを進める…
奴を許す事はできない…、その怒りを込めて 奴の言葉に答える
奴がぶっ殺すと言えば、またエリスもぶっ潰すと答える、結局 エリス達は分かり合えない敵同士なのだ
開口一番、挨拶もなしにエリスとシンの魔術が激突し、辺りの木々を揺らし 衝撃波が響き渡る、…始まったのだ アルカナとの最終決戦が
「……雷使いですか」
今 砂埃の向こうで白い髪を揺らし 白い肌と白い服を輝かせる女が見える…
「私が憎いか、エリス…私が」
そう両手を広げながら立つシンは語る、憎いかと そんなもの決まっている、憎いに決まっている、こいつはリーシャさんを殺した奴の一人だ、ヴィーラントを倒してもその気持ちは薄れない
「だがな、私もお前が憎いのだ…、私から居場所を奪ったお前がなぁっ!!」
既に 二人の怒りは頂点まで達している、奴もまたエリスが憎いと言う アルカナを壊したエリスが憎いか?、だがな そりゃあアルカナが四方で無法を働いていたからだろう、そのアルカナに 一体何人の人生と居場所が奪われたと思ってるんだ!
「…故にここで殺す、決着をつけよう エリス」
「いい加減アルカナ相手はうんざりしてたんです、ここできっぱり終わらせますよ」
両者が 風に揺れる森の中で構える、この窪地は 今エリスとシンの自然の闘技場となる
「…………」
そんな これから戦いますよって、緊迫したバトルムードの中、エリスはチラリとシンから目線を移す、見るのはその背後にあるでっけぇ果実、あれが爆弾?思ってたよりも果実果実しいな、ガオケレナの果実とは言うが 本当に果実だとは
あれが爆発したら師匠達魔女は不老の力を失い瞬く間に死んでしまうとのことだが…、得体が知れなさすぎる、どうしたら止まるのかさえ検討もつかない
けど、あれはもう任せたのだ メグさんに、と言うのもですね、今 エリス達は逼迫した状況にあるわけですよ、あの果実がいつ炸裂するかも分からない状況で 悠長にシンを倒してから向かう…じゃあ手遅れな可能性がある
だから、エリスはシンの相手をして メグさんはその間にあの爆弾をなんとかする、そう言う役割分担で動いている、事実 木の陰からこっそりこっそり移動して果実へと向かうメグさんの影が微かに見える
メグさんなら大丈夫だ、彼女ならなんとかしてくれる、エリスはそれを信じて ここで注意を引く…いや、違うな それはそれとして、勝とう シンに
「何処を見ている、私を前に余所見とは随分余裕だな」
バチバチとシンの体から雷が迸る、あまりに強靭な魔力と馴染みすぎた魔力が自然と雷に変換されているのだ、たった一つの属性魔術を極めた人間に稀に起こると言われる 魔力変換現象…
さっきも見たが、どうやらこいつは雷魔術の使い手らしい…、エリスとおんなじだな
「ええ、勝ちに来てるので 幾分かの余裕はあるかと、それに もう向こうの戦場の趨勢も半ば決まりかけている、ヴィーラントもエリスが捕縛しました、貴方達はもうどうあれ終わりです 諦めなさい」
「お前…!、やはり…やはりか、やはりこうなるか…!、こんな事ならもっと早く 殺しておけばよかった!!」
そりゃどうも、ヘエも言ってたが どうやら彼女は随分エリスを評価してくれているようだ…、まぁ だからこそ油断はしない、奴はエリスの力を知っているようだし、他の奴らみたいに侮ってもくれない
最初から本気も本気でくる、だからエリスも本気で行く…それだけなんだ
「アルカナは…アルカナは終わらせない!!、私の居場所は私が守るんだ!」
「いいえ貴方は終わりです!ここで終わるのです!」
「やかましいッ!!『ライトニングステップ』ッ!」
刹那、シンの体に一際強い光が走ると共に、その足先に雷が纏わりつき…、飛んでくる 不規則な軌道の雷速で、これは 雷を使った加速魔術!?
「ぐぇっ!?」
なんて思った瞬間には既にシンの雷蹴がエリスの顎を蹴り上げており、蹴られたと理解した時には既にゴロゴロと地面を転がっていた、早…!ってまた来る!
「死ね!エリス!!」
「っ…!『旋風圏跳』!!」
向かってくるシンを見据え、エリスもまた風を纏い加速する、飛ぶ先は一つしかない 逃げるつもりはない、このまま迎え撃つ!
「なっ!?」
「だぁぁあらっしゃぁぁあ!!!」
エリスの急加速に面を食らったシンに向け、お返しとばかりに風蹴を見舞えばシンはこの蹴りを受け損ない、この足がシンの腹部を蹴り据える
「ぐっ!?」
「さぁ始めましょうか!シン!貴方だってこの時を待ちわびたんでしょう!」
「くっ…!望む…」
空中で迸るシンの電撃と荒れ狂うエリスの風がぶつかり合い炸裂する、互いに互いの最高速を出すため、ほんの一瞬のためを作り そして
「ところだぁぁぁああああ!!!!」
「ッッ……!!」
弾ける、電撃と神風が 虚空で弾けて激突する、長きに渡る戦いに決着をつける為 自らが守る最も尊きものを守る為、エリスとシンはぶつかり合う
「はぁぁぁぁああああ!!!」
「くっ、…ぅぅぉおおおおお!!!」
乱れ飛ぶ風と雷、夜空を駆け抜け 互いに出せる最大速度で何度も何度も激突する、その様はまるで風の龍と雷の龍が、牙を剥き お互いを殺すために食い合っているようにさえ見える
「ふんっ!!」
「ぐっ!!?」
シンの雷速の蹴りを受け止め即座にエリスは後方へと飛ぶ、されどシンも逃すまいと追い縋れば その差は瞬く間に埋まり、続けざまに放たれる雷拳がエリス防御をすり抜け顔面へと炸裂しこの身が感電し体が焼ける
強い…
「はぁぁぁあ!!!」
「くぅぅぅ…!」
刹那 シンの姿が消えたかと思えば下から飛んできた稲妻のアッパーカットに腹を打ち据えられ すぐ様雷はその場で回転し、大木さえ切り倒す巨斧のように薙ぎ払われる回し蹴りが落雷のようにエリスの側頭部を打ち据え、この体は風の制御を失い地面へと叩き落される
エゲツないくらい強い…
「いてて…」
「逃すかぁっ!エリスぅぅあああ!!!」
「あ!?ちょっ!待っ…」
地面に叩き落とされクラクラする頭のまま立ち上がると、頭上から落雷を纏ったシンがゴロゴロと音を立てて垂直に飛んでくる、当然 落雷を見てから避けられる人間なんていない
シンの体が地面へとたどり着くと共に 大地は抉れ飛び、生まれた爆発にエリスもまた吹き飛ばされ、再びこの体は地面の上を転がる
…いや、強!?強すぎだろ!、強い事は分かっていた エリスより格上である事は分かっていた、だが 分かっているのと実際に前のするのでは話が違う
力、剛力と呼ぶに相応しく されど力任せではなく、その使い方を熟知している
速度、神速と呼ぶに相応しく されど繊細であり、メルカバなんかよりもずっと早く鋭い
経験、恐らくエリス以上、所作の一つ一つから 今まで踏み越えてきた修羅場の数々がにじみ出る
魔力、比べ物にならない、消耗したエリスでは彼女の十分の一にも満たないだろう
何もかもがエリスを上回り、弱点らしき弱点も見当たらない、恐らく彼女はエリスが戦ってきた中で一番の強敵などではなく、エリスが出会ってきた人間の中で最も無欠に近い存在なのだ
強い、ストレートに強い、搦め手とか小賢しい戦法とか無しに、純粋に強い…
「ぐっ…くそ」
体の上に降り積もった瓦礫を退けて、膝に手をつき一息に立ち上がる、それでもやらなきゃならないからな、ここまで来て負けられるか
「まだ立つか、そりゃあ立つよな お前はそうやってヘットもアインもレーシュもヘエも、他の幹部達も倒してきたのだから」
闇の森の中、木々の隙間を縫うように金色の閃光が高速で飛び交っている、エリスの様子を伺うように、囲むように
「ええ、みんなエリスが倒してきました…、それは貴方も同じです」
「だろうな、認めているさ お前は強いと、たった一人で我らアルカナを壊滅寸前まで持ってくるなど、大したものだよ、お前を見過ごした私の節穴の如き目を抉ってやりたい」
「…エリスの事、知ってるんですね、貴方」
「ああ、お前の事はデルセクトの頃から認知していた、ヘットを降した子供とな、あの段階なら まだ我等の敵になり得ないと思っていたのだが、まさかこんなところまで来てしまうとは」
そんな前からか、てっきりマレウスでアルカナ本部ぶっ壊した時かと思ってたが、そうか 確かにヘット程大々的に活動してる奴が、その辺の子供に負けたとくれば シンだって認知するか
だが、そこでシンは手を下さなかった、エリスがここまでくるとは予想しなかったから
そしてそれは誤算として、今に至るのだ
「だからこそ、お前を好きにさせた責任として!私はお前を殺す義務がある!」
シンの怒号と共に、エリスの周囲を飛び交う電撃が止む…、来るか!と身構えた瞬間
「『ライトニングスプレット』!!」
拡散する電撃が 闇の奥から木々をなぎ倒しながら飛んでくる、まるで槍衾のように飛んでくる雷光を前に…
「『水旋狂濤白浪』!」
水を放つ 目の前に壁のように、現れた水の壁は雷の雨を受け止めその中に閉じ込め散らしていく、水は雷をよく通す…通し過ぎる程に、いかに強力な雷でも水の壁は超えられない、これは自然の摂理なんだ!
「『ライトニングボルテックス』!!」
「え…!?」
気がついた時には既に エリスは木を三本へし折る程の勢いで吹き飛ばされていた、何が起きた?激痛にさ 苛まれる体を慌てて引き起こすと エリスの作った水と壁が蒸発していた、バチバチと雷を体に纏うシンによって、まさか エリスが水で防ぐのを見越して、その上で雷を纏って突っ込んできたのか
水は雷を防げるが、物理的な質量を持つ体は防げない…、アイツ 水を相手取る時の戦法が出来上がっている…!
「この…このぉっ!!!『旋風圏跳』ッッ!!」
「口ほどにもない、『ライトニングステップ』!」
歯軋りをしながらも、それでも風を纏いシンにぶつかっていく、入り乱れる乱気流に乗りシンを目指せば 奴もまた雷で加速し…、木々が入り乱れる森の中、飛び交うようにシンと激突する
風を纏う拳と雷を侍らせる蹴りが衝突し、その都度 轟音を鳴らし 木々が揺れる、されど この衝突でもやはりエリスは押されている、シンの方が一手速い、雷と風なんだから雷の方が速いのは当たり前なんだが…それ以前にシンの反応スピードがエゲツない
このまま近接戦で戦ったから勝ち目がない…、ならば
「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 」
「む…、魔力が肥大化している…」
風を纏い シンから距離を取りながら、詠唱を唱え 全身の魔力を雷へと変換する、地力で勝てないなら 魔術の威力で勝負するしかない!
「……『火雷招』っ!」
刹那、夜の闇を切り裂く紅光が煌めき、周囲の木々を焼き焦がす、放つは炎雷 奴と同じ雷だ、雷の速度では雷は避けられない、これならばどうだと一層魔力を込める
しかし、シンは回避行動は取らず、構えを取る…それは、エリスが火雷招を放つ時と同じ構え、両手を前に突き出す 力強い構えを取って、叫ぶ
「『ゼストスケラウノス』ッッ!!」
シンの手から放たれたそれは、エリスが放った輝きと全く同じ紅光、周囲の木々を焼く灼熱の燐光、それは炎を纏った雷として エリスの火雷招とぶつかり合い
一瞬のせめぎ合いの後、互いに弾けて消える…
「うそ…」
エリスの全力の火雷招が防がれたことへの驚きはない、確かにこれは凄まじい威力だが シンならばなんとかするのとは思っていた
驚いたのは彼女の使った魔術…、あれは…
「驚いたな、私のゼストスケラウノスと全く同じ魔術まで使えるとは」
エリスの火雷招そっくりの炎雷魔術、ただ似ているだけじゃない、その細部に至るまで一緒だった、あれはもしかして…エリスの使う八雷魔術を現代魔術に改造したものか?
古式魔術を現代に復元し、廉価させたものが現代魔術、故にどの現代魔術にも元になった古式魔術があるんだ、だから当然 この八雷魔術にも現代化されたものがあっても不思議はない
けれど、まさか…その使い手とここで出会うか
「私とお前は どうやら同じ系統の魔術を極めた者同士らしい、最も 私は雷だけだが」
「……エリスだって、雷属性は得意ですもん」
得意とはいうが、威力の劣る現代版で エリスの古式魔術を相殺したという事は、エリス自身が未熟であり シンそのものがより高位にいるということの証拠
…雷だけを使い続けたが故に、その純度はエリスより上という事…
「そうかそうか…、まさか私と同じ魔術を使う者と…最後を争うことになるとは、これも運命か…或いは過去の過ちの逆襲か」
パチパチと焼ける木々の上を踏みつけて シンは更に身に纏う雷をより強く迸らせる
「だとするなら、都合がいい 、お前を倒す理由に過去の己への清算加わるだけだ、殺すことに変わりはないな」
「勝手にエリスを同一視しないでください」
「そうか、悪かった…な!」
荒れ狂う、彼女を中心に電撃が光り輝き シンの魔力が隆起する、どうする…どうすればいい、近接戦も遠距離戦も勝ち目が薄い、あと出来ることと言ったら 魔力覚醒と切り札だけ…
けど、切り札には五分だけという制限がある以上 迂闊に切れない、少なくとも 活路も見出せていないこの段階じゃ、絶対
「『ヴァジュラボルト』ッッ!!」
エリスの躊躇いすら無視してシンは雷を纏った拳を地面に叩き込む、分かる 同じ魔術だから分かる、あれは若雷招だ…、地面に電撃を通して周囲の全てを感電させる魔術、まずい とにかく空中へ逃げなければと飛び立った瞬間、それはエリスの想像を超える
「なっ!?」
エリスの予想通り電撃が地面を覆うまでは良かった、だが 打ち込まれた雷の釘は大地を内側から爆破し ボコボコと亀裂が走り 辺りの全てが吹き飛んだのだ、当然その余波は空中にいるエリスにさえ及ぶ
咄嗟に籠手を前に出して飛んでくる瓦礫や木々を防ぐ、…なんて奴だ、エリスと同じ種類の魔術を使ってエリス以上のことをするなんて、感電で大地を砕くなんてエリスにも出来ない…
「そこか!『プラズマブリューナク』ッッ!!」
地表にあった全てはシンによって吹き飛ばされて、宙を舞う 砕かれ溶けた岩礫 根元ごと浮き上がった木々、そんな全てが吹き飛ばされる空を見上げ エリスを見つけたシンはそのまま飛び上がり、雷を纏った足で一本の木を蹴り抜く
するとどうだ、木はシンから電撃を受け取り 一本の雷の大槍となるではないか、あれは咲雷招くと同じ物体に電撃を付与する魔術…、それと同じ魔術を使いながらシンは木を…雷鳴の槍と化したそれを蹴り上げエリス目掛け吹き飛ばす
「ぐぅっ!?」
あれは受けられない、ただでさえ強力な咲雷招を纏った物体を 雷速で蹴り飛ばしたんだ、あんなもの城壁だってブチ抜くぞ、エリスだって咲雷招は手に持ったものじゃないと電撃を付与できないのに 奴は飛び道具にも出来るのか
上体を大きく逸らし 飛んでくる雷槍を体に掠る程寸前で避ければ 雷槍の槍は遥か彼方の山に突き刺さり消える、いや避けたって言えるか怪しいレベルだ、このコートがなかったら大怪我して…た…
「あ…」
体を状態にしているから見えるんだ、上の景色が、キラキラ輝く星々と まん丸お月様と、その中で跳躍する シンの姿が…、自分で蹴飛ばした槍を追い越し エリスの上に回っていたというのか
天高く舞い上がる彼女は、その体を中心に 四つ…いや五つの雷球を侍らせており、それを躍らせるようにふらりと手を下へと向けて、エリスへと向けて
「『ミュルニルサンダーボルト』」
あれは、土雷招だ 天へと打ち上げ、地上へと撃ち落とす落雷を放つ魔術、ただデメリットとして天に打ち上げて 雷の種を育てるまでのタイムラグが存在し 命中させるのがものすんごい難しいってのがあるが
ああそうか、自分の周りに浮かべて そこで雷の種を育ててから、自分ごと天へと上り 狙いを定めて落とした方が効率がいいのか…、勉強になるなぁ…
幾条もの天空の鉄槌が、何度も一点に目掛け振り落とされる、大地は砕け 窪地の標高が下がる程の絶大な雷撃、着弾地点の周辺 その大部分が焼け焦げ 痛々しい炭と燎火の景色へと一瞬にして変化する…
その、燎原の中心にシンは降り立ち…、そして見る
「これで終わりか?エリス」
「…………………」
全身を黒く焼いて 大の字で力なく倒れるエリスを見る、今の一撃は防げるものではなかった、怒涛の攻めにエリスは対応できなかった
いや、そもそも実力に差がありすぎたのだ、こればかりは気持ちだけではどうにもならないのだ、既にエリスはここに来るまでに ヴィーラントとの戦いでかなり消耗していた、…勝てる戦いではなかったのだ
「…相手にしてみたら、他愛なかったな エリス」
傷を負わないシンと傷だらけのエリス、もはや 勝負はついたもの 同然であった
………………………………………………………………
時は数分遡り、エリスとシンが激戦を繰り広げる中、そこを遠巻きに眺める黒服達は息を巻く、今 目の前で繰り広げられる超常の決戦を
「シン様が本気で戦っている…、俺 あの人の本気 初めて見たよ」
一人の黒服がポツリと呟く、あの審判のシンが本気で戦う これはアルカナ始まって以来の異常事態だ、審判のシンと宇宙のタヴは アルカナの最強戦力だ、この人達はあまりに強すぎる それはアルカナ側から見ても異常なレベルだった
故に、仮にあの人達が戦地に赴くことがあっても、まるで目の前の雑草を手で払うかのように敵を吹き飛ばし、お世辞にも本来の力を発揮しているとは思えなかった
負けるどころか 本気で戦う場面すら想像できなかった黒服は震える、あれが審判のシン あれがアリエ あれがアルカナか…と
「行ける、行けるぞ俺達、あの人達と一緒なら 誰にも負けない、きっと今に孤独の魔女の弟子も倒して 巻き返すことだって出来るはずだ!」
拳を握り喜びに打ち震えながらシンの勝利を祈る黒服、すると 彼の隣に立っていた女が訝しげに口を開く
「そうでございましょうか、エリス様の底力は凄まじいもの、最後まで勝負は分かりませんよ」
そういうのだ、そのシンを疑うような言葉にカチンと来た黒服は、やや怒りながら隣の女を睨み
「何言ってんだ!俺達のシン様が!アルカナが!、負けるわけないだろうが!」
そう、睨み 吠えたてた…がしかし、隣の女はキョトンとして
「それ、私に言わないでもらえます?」
「へ?、あれ?」
目を見開く、隣に立っていたのは 見慣れないメイドだった、仲間しかいないと思ってたのに というか、気がついたら自分以外の黒服が全員気絶し、鉄の糸で拘束されているではないか…
「て 敵!?いつの間に…!」
「さぁていつでしょう」
刹那、メイドの裾から飛び出た鉄糸が 黒服の首元に絡みつき、一瞬のうちに締め上げ気道を絞める
「グェッ!!??」
哀れにも黒服は何も抵抗することも出来ず、首を絞め落とされ 戦いの行方を見届けることなくその意識を失うことになる
パタリと倒れる黒服を見て、メイドは…メグは一息つく
「ふぅ、隠密なんて久し振りですが、案外やり方は忘れないものでございますね」
額の汗を拭って今気絶させた男を拘束する、小さい頃 死ぬほど…それこそ比喩でもなく死ぬほどさせられた隠密の訓練がまさかここで生きるとは、奴には感謝しないが この力には今は感謝しよう
「これで全部ですね、後はエリス様がシンを倒し 私がこれをなんとかすれば、この戦いも終わりです」
そう意気込むメグ、そうだ 戦いはこれからだ、私は何かと戦うわけではないが この爆弾を止めるという大事な役目をエリス様から任された
…エリス様が、私の手を握って、信じると言った、こんな私を信じると…哀れですね私も、そんな言葉にコロリと言いくるめられて こんなことをしてしまうなんて
「それだけ、私の中でエリス様が大きいということか…、まぁ キスもした仲ですしね、さっ 仕事しましょうか」
目の前に存在するガオケレナの果実に向かい合う、私も最初は信じてませんでしたが、こうして目にして分かります、これは 魔女を殺す…なんて有り得ないこともしてみせるでしょうね
そう理解出来るくらいには、コイツは理解できない、何がどうなってるんだ?
「ふむ、材質は木…って感じですね」
目の前にあるのは巨大な果実だ、黄金の肉を持ち その周辺を木の根のようなものが這い回り本体を守っている
これが普通に機構などを用いた爆弾であったなら、機構解体術の心得があるメグでもなんとかなったが、これはどう見ても機構じゃない、そもそも どうやって作られ どう動くのかも分からない
どうすればいいだろうか、これ
「まぁともかくやりましょう、ふむ…」
まずサイズを見る、大きい かなりビッグサイズ、確かにこれを抱えたまま 転移魔力機構で移動することは出来ないだろう、これをそのままマルミドワズには持ち込めない という仮説は正しかったようだ
しかし、それは裏を返せば私が作れる時界門を最大サイズにしても、これは移動させられないだろう、つまりこれはここでなんとかしないといけないってことだ
「ふぅむ、奥の果肉を木の根で守っているということは、果肉部分には触ってほしくないってことでしょうかね、取り敢えずバラバラにしますか…」
手探りでガオケレナの果実のことを調べながら、取り上げず とメグが取り出すのはナイフ型の魔装、小型ながらに魔力で刃を超速で振動させる効果を持ち、どんなものでも切断する効果がある
これを使って木の根を切って…
「あら?」
しかし、ナイフの刃が通らない、鋼鉄だって切り裂くはずの刃がだ、首を傾げながらメグは何度も刃を木の根に叩きつける、だがやはり刃は通らず木の根には傷一つつかない、そのうちナイフは衝撃に耐えきれずポッキリ折れてしまう
「が 頑丈ですね、ならば…!」
今度はもっと強力な物をと取り出すのは回転式の刃がついた魔装だ、これは刃が高速で回転して対象を切り裂く効果を持つ、その切断力はナイフの数倍…
「…………」
しかし、やはり 木の根には傷一つつかない、何度も魔装を叩きつけているうちにまた回転刃がぶっ壊れて足元に転がる…、な なら
「これならどうですか!」
今度はもっと巨大な大剣だ、これは刃に超高温を宿し 凡ゆる物を熱で切断し…
「…………」
折れた 魔装が、木の根に傷?ついてるわけない、だったらとメグは次々と魔装を取り出しあらゆる手段を試す、しかし
「……………」
折れる
「……………」
傷がつかない
「…………」
折れる
「……」
傷がつかない
「…」
折れる、傷がつかない、折れる、傷がつかない、折れる、傷がつかない、折れる、傷がつかない、折れる、傷がつかない、折れる、傷がつかない、折れる、傷がつかない、折れる、傷がつかない
「これならどうですかーー!!」
終いには大型の大砲を取り出しぶっ放す、しかし…黒煙が晴れた先にあるのは
やはり、傷一つない 果実の姿…、それを見てメグは
「そ そんな、これ…どうすれば」
愕然と項垂れる、地面に手を突き衝撃を受ける、打てる手は全て打った だが全て通用しない、通用しない 私の持つ全てが、この果実は絶対に破壊出来ない…
「ど…どうしましょう、…私が…引き受けたのに」
あわわ と口を震わせ考える、ダメだ 任務未達成はダメだ、私は陛下のメイド…陛下のメイドが失態など許されない、それに エリス様がせっかく信じてくださったのに、やっぱり無理ですはダメだ
何か…何かしないと、私に出来る何かを…
「っ…エリス様?」
ふと、背後の森で エリス様がシンと戦うその地点で、絶大な落雷が何度も落ちて大地を揺らす
木々が落雷によって薙ぎ倒されたその先に、満身創痍 力なく大の字で倒れているエリス様の姿が見える
「っ!エリス様!」
咄嗟に前に出ようとする足を、自ら止める…ダメだ、行くな
エリス様がこの役割分担を言い出したのは、何も時間がないから ってだけじゃない、彼女はアルカナと決着をつけるためだけに帝国と一戦すら交えたのだ、だからきっと エリス様は一人で決着をつけたいんだ
この戦い行方に、ほんの一抹も 他人の影があってはいけない、これはエリス様にとっての覚悟、例え死するとしても 絶対に曲げられない物があるから 彼女は一人で戦っているんだ
だから、私に出来ることは二つ、一つはエリス様を信じること
そしてもう一つは
「…まだ諦めませんよ」
エリス様の信頼に、私も答えることだ
足元の魔装の破片を拾い…、再び果実と向き合う、やってやるとも、もう出来ることがないなら 今から作ればいい、私は無双の魔女の弟子 メグだ、出来ないことなんかないんだ…!
そう覚悟を決め チラリと背後を、エリス様を見れば…やはり 彼女もまた立ち上がる、私が信じる限り 彼女も立ち上がる、負けないで なんて祈りませんよ、きっとあなたは勝ってくれるので
エリス様、信じてますよ
……………………………………………………
エリスの旅は、大いなるアルカナとの戦争だったと言える、その影はアジメクから始まり エリスが向かう国全てに、奴らはいた
そしてエリスは戦ってきた
ヘット コフ アイン レーシュ ヘエ…、エリスの道に立ち塞がるそれらと戦い、時に死にかけ それでも進んでここまできた、全ては 魔女の弟子として 魔女排斥の意志に勝つ為に、その意志は成就を前に、今再び阻まれる
エリスが戦ったアルカナの中で最も強く 最も完璧に近い女、審判のシンによって
もしかしたらエリスがシンに勝てる部分はどこにもないのかもしれない、そう思わせるくらいには彼女は強い、エリスと同じ魔術を使い エリス以上に巧みに使い、エリスを上回るシンを倒すことなど出来るのか
エリスが手元に持つ手札はあまりに少ない、だが…まだ手札はあるんだ
二つ、それを使うまで…戦うのをやめるわけにはいかないよ
「ッッ……」
立ち上がる為に、手足をもがくように動かして ゴロリと体を転がし、立ち上がる…
「まだ立つか、エリス」
「何度だって…、言ったでしょう 勝つつもりなんですよ、エリスは」
ゼェゼェと闇雲に息を吐き出す、怠い…全身が重たい、強敵との連戦なんて経験したはない…今回が初めてだ、これはダメージではなく 疲労の限界というやつなんだろうな
「諦めが悪いというのは損だな、何度やっても同じだぞ」
「果たして、そうでしょうか…、こっからですよ」
ここまで一方的に殴られて、分かったことが一つある
このまま様子見をしていても、意味がないこと、今のエリスに見出せる活路はないという事、ならばこそ 最早出し惜しみはしない、やれるだけのことを やれるうちにやる、多分この機を逃したら エリスはこれを使う機会を失う気がするから
「すぅー…はぁー…」
息を整え 魔力は魂の内側へと逆巻き 魔力を吸い込んだ魂が膨張、肉体と同程度にまで膨れ上がり、物質的肉体と非物質的魂の際目が無くなり 一つとなる、それは即ち この体全てが天然の魔力発生装置 魂となったも同然
エリスの髪がふわりと風に舞う、その毛先にパチパチとはじけるような閃光が寄り添い、コートに紅の線が走る、出来た…、これこそ
「魔力覚醒!『ゼナ・デュナミス!』」
溢れる魔力 迸る生命力、人として一段階上の領域へと登り その人間の行動一つ一つが魔術となる魔力覚醒、それを解放し エリスは再びシンと向かい合う
「こっから!本番です!」
「ようやく使ってきたか、レーシュを倒したと言う魔力覚醒…、見せてもらうぞ!」
「存分に!」
刹那、エリスの足から地面を砕き抉る程の突風が吹き出し、この体はシンの反応を超えて懐に入る込む
「っ! 早い…!」
シンが動く、エリスを撃退しようと、だが遅い 既に攻撃行動は終わっている、シンの懐でくるりと上に旋回するエリス、それはそのまま蹴り上げとなってシンの顎を捉える
「ぐっ!?このっ!」
怯まない、人の急所たる顎を打たれてもシンは軽く蹌踉めくだけで動きが鈍らない、だが それでも今はエリスの方が速い、シンが迎え撃つように電撃の鞭を横薙ぎに振るうそれを紙一重で風に踊り 回避と共に腕に乗せる記憶は『疾風韋駄天の型』!
「はあぁっ!!!」
ゼナ・デュナミスに許された権能、追憶魔術 それはエリスの記憶の中から魔術を現実の現象として引き出すことの出来る 多分唯一無二の力、それによって生み出される魔術は記憶の数だけ重ねがけができる 同じ魔術を使った回数が多いほど威力が増す
必然、エリスが最も使う旋風圏跳は追憶魔術の恩恵を最大に受けられる魔術と言える
何重にも束ねられた旋風圏跳を拳に乗せれば、その加速はシンすらも置き去りに奴に怒涛の連打を浴びせかける
「ぐっ!?がっ!?ぁがっ!」
シンの悲鳴すら追いつかぬ連撃、拳が残像すらも追い抜き 蹴りは雨のようにシンを打ち据えその体を大きく揺らす、これなら…そう思った瞬間
「…ここか!」
エリスが拳を放った瞬間、シンが合わせるように腕を上げ防いだのだ、この短時間でこの速度にも対応してきた、だが
「甘い!」
すぐさま拳を開いて、エリスの打撃を防いだその腕を掴み それと共にシンの足を払い、背負い投げるようにシンの体を地面へと叩きつける
「ごはぁっ!?」
シンの体がバウンドして宙に浮かびあがる、大地を砕き破片と共に、それを前にエリスは…
「『灼刀 天輪脚』ッッ!!」
火炎を纏う神速の蹴りで、浮かび上がるシンを撃ち抜き 初めてシンが、エリスの攻撃を受け 大きく吹き飛ぶ、その体は燎原を超え シンの落雷から逃れた木々をなぎ倒し森の奥へと消え…
逃さない!
「ここから本番だと言ったでしょう!」
「っっぐぅ!!」
森の奥まで吹き飛ぶ最中にいるシンに一瞬で追いつき、弾丸の如き飛び蹴りを加えればシンの顔色が変わる、今のうちに少しでもダメージを与えておかねば…!
「この…!『ゼストスケラウノス』!!」
「っっ!」
これだけやってもシンは反撃を仕掛けてくる、飛び蹴りを受けて大地に叩きつけられても、受け身すら取らず全身から炎雷を放ってくるのだ、凄まじい執念と闘志に面をくらい 回避の瞬間を逃す
「はぁぁ…、『煌王火雷招』ッッ!!」
だが 回避は出来なくとも迎え撃つことはできる、一瞬にして木々さえ蒸発させる熱波の襲撃を前に、エリスは敢えて勝負に出るよう 風を纏って炎雷を突き崩す
奴のゼストスケラウノスはエリスの火雷招と同威力、ならば 火雷招よりも強力な煌王火雷招ならば、弾き返すことが出来る、その予想は正しくエリスの拳より発せられる輝きにより シンの雷は内側から爆ぜ消え その奥で無防備にも顔を歪めこちらを見るシンの姿が…
位置 対角線
距離 問題無し
状態 防御・回避共に不可と見た!
ここだ!ここしかない!
「追憶!」
その瞬間 一瞬、力を溜めて 足に魔力を流す、乗せるは全ての魔術の記憶、エリスの必勝の奥義を放つ為、今までの記憶を全て巻き戻し、この足に集めれば それは迅雷となり 疾風となり、鋭くただ鋭く敵を穿つ槍となる
「『旋風 雷響一脚』ッ!」
その瞬間、エリスの体は雷すらも追い越す神速を得る、エリスの保有する方法の中で最も強力な現状打開法、その名も旋風 雷響一脚、当たれば必殺の奥義を 不可避の状況でシンへと見舞う
雷響一脚は発動した時点で見てからの回避は不可能、音すら置き去りにするこの一撃を前にしたシンが出来ることは一つ
「これは…くっ!」
地面に着地した瞬間 その無防備な瞬間を狙って放たれたエリスの奥義を前にシンは防御を選択する、足を強く踏み縛り 両手をクロスさせ、あれを受け止めるつもりで待ち構える
と その刹那、シンが今まで味わった物の中で最も強力で最も重い一撃が、シンのクロスガードの中心を射抜く
「ぐぅぅぅぅぅぅうううううう!!!!!!」
歯を食いしばり 地面に突き刺した足がガリガリと削れ後ろへと飛ばされる中、シンは堪える、有り得ない ただ一人の人間が放つとは思えぬ程強力な蹴りを受け シンは防御を選択したことを間違いだったと思うと同時に 正解であったとも思う
こんなもの まともに食らっていたら、負けていたと…
「はぁぁああああ!!!」
「ぐっっ!!」
一方エリスはこの一撃で終わらせる為、魔力を燃やして推進力とし、シンの防御を突き抜け奴を倒す為、全力を尽くしていた
これは耐久力お化けのレーシュさえ穿ち抜いた一撃!、見たところシンはレーシュ程耐久性に優れているようには見えない、ならば このまま押せば抜ける…抜けるが…
「ぐぅ…ぅゔうぅぅう!!がぁぁああああ!!!」
蹴りを受け止めるシンが牙を剥き、その体内にある魔力を流動させる、それに呼応するようにシンの体には電撃が這い回り やがて混ざり合うように、シンそのものが雷光を発し始める、だよなぁ 使ってくるよなぁ!使われる前に倒したかったんだかなぁ!!!
エリスの忸怩、それはやがて現実の現象となって現れる
「…雷轟!」
押されていたシンの体が、止まった
シンの力が エリスの旋風 雷響一脚を上回り、力で完全に抑え込んだのだ、確かにシンの力ではこれは防げない、が それは普段の話…ここからはシンもまた
本気だ
「『アヴェンジャー・ボアネルゲ』ッッ!!」
前へ前へ進んでいたエリスの体が 突如として膨れ上がったシンの力を前に、初めて押し返される、いや 初めてだ 本当に初めて…エリスは、旋風 雷響一脚が敵に弾かれたんだ
霧散する必殺の一撃、推進力を失い無防備に空中でゆっくり減速する体、有り得ないと考えていた事態に、エリスはただ 驚愕しながら、見る…シンの姿を
白い髪 白い肌を持つ純白の女は今、その肌も 髪も 服も シンという人間を構成する全てが電流へと変化していた、背には雷流でまるで雷の化身…雷神のような姿となったシン、これだ
エリスが最も警戒していた シンの奥の手、魔力覚醒…!
「ぅがぁぁぁあああああ!!!」
「ちょっ!?」
エリスの逡巡さえ許さず、シンの体から電撃が発生する、まるでそこに雷雲が生まれたかのように やたらめったら、四方八方に電撃が伸び 凡ゆる物を破壊していく、当然 目の前にいたエリスもまた電撃に飲まれ そのまま吹き飛ばされる…、どこまでも吹き飛ばされ 瞬く間に窪地の壁面へと叩きつけられ
「げはぁっ…!」
壁面にめり込み、血を吐けば 電流の温度でその血さえ煙と消える…、そりゃあそうだ、あいつだって魔力覚醒を使える、使えるから第二段階なんだ
師匠は言った、奴は第二段階の最上位に位置していると、出力の程度だけ見るなら 第三段階となんら変わりがない程だと
つまり、エリスの魔力覚醒よりもまた上位…、なんもかんも上を行くアイツが魔力覚醒を使えば 例えエリスが魔力覚醒を使っても……
「しかし、これ程ですか」
壁面から這い出て周りを見ると、まぁすごい遠くまで飛ばされたこと エリス達が戦いまくってぶっ壊した地点が遙か遠くに見える、だというのに その中心で浮かび上がる雷球はイヤによく見える
まるでもう一つの太陽のように輝く雷の塊は、不規則に雷を飛ばし 周囲の木々を焼いている、あれは多分攻撃でもなんでもなく ただ溢れた電流が外に漏れているだけなんだ
あれがシンの魔力覚醒 『アヴェンジャー・ボアネルゲ』、なんとなく予想できていたが 属性同一化型の魔力覚醒だ、雷を極めた彼女のあり方はまさしく雷光… 全身が電流を纏うそれは、コフやレーシュ達と同じ ある一定の属性と同一化する覚醒タイプ
出来ることは多くはないが、対象者が使用する特定の属性攻撃は大幅に強化される性質があるんだ、ただでさえ強力だったシンの雷は、最早手がつけられないレベルになったと言ってもいい
これはいよいよ、エリスも大博打に出なくてはいけないな…
「ん…!」
今 何かを感じた、まるで…そう、魔女の前に立ったかのようなプレッシャーが全身を覆う、まるで空気そのものが濃くなったようなこの感覚は…!
はたと目の前の雷球を見る…いや違う、目があったんだ、奴がこっちを見ている、ただ見られただけで このプレッシャーか!、まずい ともかくここから移動しないと!、壁を背にするのはヤバい…!
「ここから本番だったな、エリス」
瞬きをした、無意識にした、意識も出来ないような ほんの空白の時間、その拍子を挟んだだけで、あんなに遠くにあった雷球が消失し 代わりにエリスの目の前に雷神が現れる
後輪を迸らせ、雷を侍らせ 自らも黄金の電撃と化したシンが、エリスの目の前で真紅に充血した目をこちらに向けて、笑っている 獰猛に凶暴に
「その通りだよエリス、ここからが本番だ…、やろうか 本気で」
これがシンの本気、さっきまでのあれは児戯だったと言わんばかりの絶大な威圧を放つシンに、エリスは逃げ場を失う、背後は壁 目の前には雷神 もう逃げの手は打てない
こうなったらやるしかないか!
「ええ、…準備はもういいですね シン」
「お前こそ、あの世で語れ!アルカナの猛威を!」
エリスが手を翳す シンが体を広げる、寸分違わぬ同時の行動 それは戦いの嚆矢となり、発生した魔力と顕在化した闘気に世界が耐えきれず形を歪め…
「『火雷多重連招』!!」
「『ライジングギガントマキア』ァッ!」
かつてこれほどまでに激しく鳴り響く雷鳴があっただろうか、これほどまでに荒々しく輝く雷光があっただろうか、今 エリスとシン 両者の間に発生したのは無数の炎雷
十か 百か、或いはそれ以上か、数えるのもバカバカしくなる程の炎雷が次から次へと放たれ、ぶつかり合い 轟音を鳴り響かせ相殺される、されども互いに止まることはない、相手を撃滅するまで止まらない
連打 連撃、息もつかせぬ怒涛の打ち合い、超至近距離にありながら雷は迸りぶつかり合う、まるで互いに拳で殴り合っているかのような高速展開に周囲の環境は耐えられず破壊される
「ぐっ、…ぅぐぁぁああ!!!」
エリスは叫ぶ、叫ばねばこの乱打戦に負けてしまうと理解していたから、エリスは逃げ場のないこの状況で、打ち合いに持ち込まれてしまったのだ
シンの雷の体から多数の雷光が発生し 全身でゼストスケラウノスを連射する、それに答えるようにエリスも記憶の中にある火雷招をありったけ取り出して連射する、均衡する両者の打ち合いは徐々に崩れ エリスが押され始める
馬力が違う、連射力が違う、手数が違う、格が違う、次元が違う、シンの連射は一撃一撃がエリスよりも強く そして速い、打ち合いで勝てる道理はない、そんなもん最初から分かってる けど逃げ場がない
次から次へと打ち込まれる嵐のような連雷にエリスは釘付けにされ更に壁面に押し付けられていく、ダメだ 圧殺される、シンの雷に まるで壁と手に挟まれ潰れて絶命する羽虫のように
殺される!
「ぐぅぅぅう!!!、くそっ…くそ!」
絶大な魔力消費に耐えられず腕の血管が破裂する、あまりの圧力に体が崩れる
死の…死の感覚を間近に味わう
(…この感覚は)
その瞬間、あれだけ鳴り響いていた雷鳴が 遠くに聞こえ始める、どこか 達観してしまう程 エリスは今、集中の極致にある
これは極限集中状態だ…、エリスが 一番最初に手に入れた切り札、死の恐怖を感じると 発生する圧倒的集中状態、これを利用し エリスは幾度も危機を乗り越えてきた、エリスの幼少時代の切り札
だけど、これを普通に使えるようになる頃には、既に極限集中を使うだけでは 敵を圧倒できなくなっていた、それだけ敵が強くなったから いつのまにかこれを使ってるのが普通になり始めて いつしかエリスは極限集中を戦力にすら数えなくなっていたんだ
怒涛の打ち合いの向こう側に見えるのはシンの目だ
「死ね!死ねぇっ!エリスぅっ!」
殺意の篭った目、あれはもう見慣れた、敵はみんなあの顔でエリスを見る、そしてあの殺意がエリスの極限集中の呼び水になる、…こんな環境にいれば 極限集中だって常在化するのも無理はないだろう
…ただ、今 この状況にあり、エリスは本格的に死を意識する、その感覚はきっと 今までのどの恐怖よりも濃いだろう、何せ八方塞がり もう出来ることは何もないのだから
故に発動する極限集中は 今までのどれよりも濃い、こんなにも凡ゆる物が鮮明に見えたのは初めてだ、けど今更極限集中なんか使っても どうにもならない
そう…エリスは思っていた、師匠とのあの無間界での修行を終えるまで
「─────────」
もう、迷いはない、ごちゃごちゃ悩んでいたけれど、今 この瞬間、澄んだ頭で考えれば 結局、これしか無いと理解出来る、出し惜しみなんかする必要はなかったんだ
エリスはいつだって、全力で戦い 全開で駆け抜け 全身で叫び 全霊で進んできたんだから
「終わりだ!エリスぅぅぅぅぁぁあああ!!!!」
シンが勝利を確信し、ありったけの雷を作り出す、瞬間生み出される雷の数は千を超えただろう、エリスには対応出来ない数だ
事実、この瞬間 シンはエリスの抵抗を踏み潰し、圧倒し、その壁面ごと相手の体を粉砕した
「はぁ はぁ…、はは…あははははははははは!!」
笑う 笑う、シンがこれほどまでに腹の底から笑ったのは初めてのことだ、愉快だ 愉快だ
バチバチと音を立て ガラガラと音を鳴らし、崩れる壁面、エリスがいたその空間には 無いも無い、土煙上がるそのクレーターには エリスの姿もない、消し飛ばしてやった、アルカナの最大の敵を 今この瞬間 此の期に及んでようやく打倒できた
それが愉快で 悲しくて、シンは笑う、これで私の戦いも終わりかと…
「これで終わりだ…終わりだ、アルカナの戦いも…私の戦いも」
エリスをシンは恐れていた、エリスの歩みは シンに恐怖させるに足る程真っ直ぐで、何もかもを打開して 真っ直ぐ進んでくる、かつて マルクト様とタヴ様と共に自由を求めて駆け抜けた あの頃の自分を
ただ愚直に前に進むことを選び続けた私と エリスの姿が被ったから、まるで私の過ちを指摘するようなその姿に、シンは誰よりも恐怖した
かつて、私がしたように エリスはきっと、私達を打破する…そう信じられたから、周りに笑われても恐れ続けた
結局その恐れは現実の物となり、私はその恐れからまた失敗した…、それこの結末を以ってして多少は報われたと思えば、まぁ いいか…
「ふっ、まぁいい …これで魔女を殺す一手となる、組織はまた一から作り直しだが、タヴ様がいれば…またアルカナは作れる、そうなったらボスは なんて言うだろうか、…もしかしたら 今度こそ」
そう、笑いながらガオケレナの果実の元へ向かおうと振り向く、振り向いた 振り向いたんだ、シンは…自らの背後へと
「は……?」
そして、口をぽっかり開けて 混乱する、だって 自らの背後に、居たからだ
「エリス……?」
「…………」
風を纏い、こちらに背を向け 佇むように存在するエリスを、最初シンはそれを幻視か幻覚だと思い込んだ、戦いの余韻が見せた幻 未だ冷めやらぬ復讐の熱が見せた蜃気楼、それが 目の前にいるものとばかり思った
されど、目の前にて静かに佇むエリスの存在感は、確かなもの
居るんだ そこに、私の背後に、何故?どうやって?、お前は今私の雷に焼かれた筈だ、なのに何故お前はそこに居る
何故、また私の前に立ち塞がる
「……お前は、なんなんだ…」
恐怖する、今度は 私の写し身としてではなく、エリスという一人の人間に対して、得体が知れない この人間に対して
私の言葉に、ゆっくりと振り向くエリスは 口を開き
「言ったはずです、エリスはエリスです 孤独の魔女の弟子 エリスです…と」
そう振り向いたエリスの目を見て、確信する…ああ、そうか こいつのいう本番とやらは、この事を指していたのかと
「貴方達を、アルカナを倒す…そのつもりで、ここに居るんです、貴方を倒し アルカナを潰し、この国を守り エリスは 師匠を守ります」
その目は、その目の輝きは まるで、凡ゆる物を映し出す、極彩色のようであった
「さぁ、行きますよ…、エリスの本当の切り札 、超極限集中状態で…!」
超極限集中状態…、なんだ そりゃ??、ネーミングセンス子供か?、シンは静かに首を傾げると共に
理解し始めた、きっと コフやヘット アインやレーシュ…みんなも、この感覚を味わったのだろう
エリスの放つ強靭な決意からくる、圧力を…、それが今 私に降りかかる




