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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
八章 無双の魔女カノープス・前編
246/835

225.孤独の魔女と究極の国家


アルカナとの決戦を前に、三日の猶予が与えられた、準備期間とでも言おう短い時間で エリスが出来る準備と言えば傷を癒し修行に励むくらいだ


だからこの三日間、エリスと師匠は帝国に来てから行った修行の中で最も厳しい三日間を過ごし そして、遂に約束の日が来た


アルカナが潜む黒槍杉へと向かう為の進軍を行う為、マルミドワズ帝国府に存在する軍部…その地下に存在する広大な空間、通称『出撃転移場』…膨大な量の帝国軍を帝国領土内各地に用意された出口へと飛ばす超大型転移魔力機構が搭載された部屋だ


数百万の人間が一斉に寄り集まっても余りある超巨大な空間に帝国兵が規則正しく並んでいる、まるで箱の中に並べられた兵隊人形のようだ、そんな軍団の中にエリスはいます


みんなが軍服を着る中平服なのはエリスと師匠とリーシャさん メグさんの四人だけだ、エリス達はこれから四つに分けられた軍のうちの一つ、右側から相手の側面を叩く攻撃部隊に同行して 一緒に進軍してアルカナが隠れているパピルサグ古城へと向かう


今はあれだね、転移を待ってる、聞いた話によると 規定の時間になったらこの部屋ごと軍団が各地に転移させられるらしい、便利だ本当ならテイルフリング地方に直に行けるはずだったのだが アルカナ側が打った手によりそれも敵わない、だからその手前の地方に転移して 一ヶ月ほどかけて黒槍杉を目指すと言うプランらしい


「なんだか緊張しますね」


「エリス様は従軍経験はありませんか?」


緊張して胸を押さえていると メグさんが小さく小首を傾げて聞いてくる


「一応、ないと言えばないですね、アルクカースで継承戦には参加しましたが、殆ど行軍しなかったので」


「なるほど」


「まぁまぁ、そんな緊張しなくてもいいよ、何かあったらこの軍団率いてるフリードリヒの所為なんだから」


「そうですけど…」


リーシャさんとメグさんは行軍童貞のエリスを励ますようにからかうように肩を叩きながら安心しろと言ってくれる、一応アルクカースで軍と共に行動したことはある、だけど行軍とかはしたことないし、何よりあの時ラグナのところにいた軍は総勢五百名


対してエリスの同行する右撃軍三十万近い、もうこれだけてその辺の国の総軍力を上回るほどだ、そんな大勢と一緒に何処かへ行くのは初めてなので!何がどうってことはないが緊張する


「エリス、お前はお前だ 他の誰かを意識することはない」


「師匠…、ありがとうございます」


でも、師匠に言われたら緊張してはいけない、だって師匠が緊張するなっていうんだもん、師匠が言ったことは絶対にしなくてはいけない


「おうおう、規律の崩れた兵士がいると思ったらお前らかよ」


「はい?、あ トルデリーゼさん」


とジルビアさんだ、第四師団の団長と第十師団の師団長補佐が揃ってエリス達の様子を見に来たとばかりな立ち並ぶ兵士たちの間を縫って現れる


二人も今回の作戦に参加する方々だ、しかし その持ち場はエリス達とは違う左撃軍、それが右撃軍の待機場までやってくるのだ、余程の何かがあったのだろうか


「ちょっと、トルデ ジルちゃん、あんたらここじゃないでしょ、何しに来たの」


「冷たいこと言うなよリーシャ、久々にリーシャと一緒に出撃出来るから嬉しくて会いに来たんだろうが、今頃超久しぶりの出撃を前に緊張してっかなーと思ってな」


「してないよ、残念だったね」


「みたいだな、へへへ 流石はあたしのダチ」


どうやらリーシャさんに会いに来ただけのようだ、ならエリスは口を挟まず背景に徹しよう、エリスのことは気にしないで


「全く…トルデリーゼ団長が勝手に私の手を引いて会いに行こうって、…でも リーシャちゃん、また一緒に戦えるのは嬉しいわ」


「私も嬉しいよ、ジルちゃん」


「うん、…今度は 私が守るから」


そう言いながらジルビアさんが胸元から取り出すのは…、丸の中にバッテンが書かれたようなデザインの鉄のアクセサリー…いや違う、あれはフリードリヒさんの持ってた鉄製のアクセサリーと同じ、五人の友情の証だ


それを見せて、今度こそ守ると笑うのだ…


「ジルビアだけじゃねぇよ、あたしも守るからな!リーシャ!」


「はいはい、ありがとさん 、私は強いからね、でも守る機会がなかったなんて後になってから怒るなよ?」


トルデリーゼさんもまた胸元から同じ友情の証を取り出しリーシャさんに見せる、…それを見てリーシャさんは困ったようにポッケに両手を突っ込んだまま目の前に並べられる友情の証を見る


本当は彼女もそれを掲げたいだろうに、でも悲しいかな リーシャさんの友情の証は十年前に真っ二つに割れてしまったと言うじゃないか、まぁ それがなくてもみんなは友達だからいいだろうけど


リーシャさんは寂しいだろうな


「んじゃあ、あたしは行くな?がんばれよーリーシャ〜」


「トルデもねー、ジルちゃんも…」


すると、ジルビアさんだけが立ち去るトルデリーゼさんを置いて リーシャさんに歩み寄り


「リーシャ、貴方の最後の軍人としての仕事、これがきっと恩を返す最後の機会になると思う、だから」


「あはは、相変わらず律儀だねぇ、ジルちゃんがいい軍人になってくれて私も嬉しいよ」


「ふふ…、なれてるかな」


「なれたよ、後は頼んだよ ジルビア師団長補佐」


リーシャさんはポッケから手を出して、ジルビアさんと固い握手を交える、形としての友情はない、だが 彼女達にとっての友情とは何か、それを今行動で指し示す…、この戦いが終わればリーシャさんは軍を去る、だからこれは友が揃って戦う最後の機会だ


自分が軍を去った後のことをジルビアさんに託す、後は頼んだよと、ジルビアさんが軍人としての リーシャさんの平穏を守る…、リーシャさんは友達としてジルビアさんを支え続ける、例え同じ軍人で無くなったとしても…だ


「それじゃ、私も行くね リーシャちゃん」


「おうよ、頑張ってよ?退役間近の私に無理させないように」


「ふふふ、まだまだ現役バリバリのくせに」


持ち場に戻っていくジルビアさんにフリフリと手を振って見送る、やっぱり友達っていいな…エリスも久々にラグナ達に会いたくなってきた、といってもまだ学園で別れて一年しか経ってないんですけど、あの頃が懐かしくなってきました


「さぁて、エリスちゃん…」


「はい?、なんですか?リーシャさん」


「友達の為に戦える最後の機会だ、最後に一発ぶちかましたいから よろしくね」


「…ふふ、はい!頑張りましょう!」


「私も頑張りますよ、エリス様」


みんなで頑張ろー!と気合いを入れるリーシャさんと何故かエリスに寄ってくるメグさんと共にエリスは一層気炎を燃やす、アルカナとの最後の戦い 絶対勝つぞ!


そんなエリス達の雄叫びの後、エリス達の所属してる右撃隊待機場の最前方に 三人の男が立ち上がる


『うーい、えー それじゃー、そろそろ規定の時間になるんでー、出撃ポイントへの転移を開始しまーす、トイレは今のうちに済ませてきてくださーい』


フリードリヒさんだ、第二師団の団長として右撃軍の総指揮を任されている彼がなんかソワソワと頬を赤くしながら指揮を取ってる…、なんか 物凄くぎこちないな


何故、彼が総指揮なのか 総指揮は将軍であるルードヴィヒさんが執る予定ではなかったのか と思いきや、昨日 いきなりルードヴィヒさん達将軍は同行しない旨が伝えられ 代わりに中央の総指揮はラインハルトさん 左撃隊はマグダレーナさん 右撃隊はフリードリヒさんに指揮権が譲渡されることとなった


なんでいきなりそんな話になったのかは分からない、だが ルードヴィヒさんがついてこないのにはきちんと理由があるんだろうとみんな納得している…、やや不安は残るが



すると


『フリードリヒ団長!学校の遠足じゃないんですよ!もっとマトモに…』


そう言いながらフリードリヒさんの変な態度に声を上げるのは、なんともクールで怜悧なツリメガネの男、第八師団の団長ゲーアハルトさんだ、彼とは面識はないが どうやら師匠と戦ってボコボコにされた人の一人らしい


一応特記組出身者であり、フリードリヒさんの三年後輩にあたるらしい


『えー…、だって遠征なんて久しぶりだし…なんかみんなの前で話すの超恥ずかしいし』


『貴方そんな人じゃなかったでしょ!?』


これはあれだな、リーシャさんが自分の軍にいる状況で話すのがなんかこっぱずかしい感じだな、よく師団長やってられるなあの人


『あ!エリスー!僕ここだよー!おーい!ドラゴーン!』


わーい!とこっちに手を振ってくるのは 当然、例のドラゴン男…フィリップさんだ、今回のアルカナの一件に自分の祖先に纏わりのある部分があると 三日前は落ち込んでいたのに、どうやらもう大丈夫そうだな


というかこっちに手を振るのやめてください!、みんなこっち見てるじゃないですか!、もう!恥ずかしい!


「見えてますから…、見えてますからやめて…」


「モテるねぇエリスちゃん」


好いてくれるのはありがたいが時と場所は選んで!


『おほん!、ともあれ!我らの役目は中央進軍隊に合わせて黒槍杉に存在するパピルサグ古城の右方から奴らの不意を突くことにある!』


フリードリヒさんにもフィリップさんにも任せられないと ゲーアハルトさんが声を上げる、今回の進軍 どうやら一番気苦労が多いのは彼のようだ


『中央進軍隊は一番の兵力を持っているが あれは囮だ!、本命は我ら右撃隊と左撃隊にある!、我らが一刻も早く奴らを撃滅し 軍の被害を最小限に抑えられるかどうか!、それに多くの人命がかかっていると思え!』


中央の大軍勢で敵の目を引いて、奴らが正面に守りを集中させたところ、側面を挟むようにぶちかます、それが今回の計画だ、単純でありながら即効性があり かつ数の有利を前面に出した作戦、アルカナの人員は高が知れている 挟み込まれれば一たまりもない


はっきり言って超有利、だけど有利に驕れば信じられないような損耗を食らう、だから油断はしない 油断せず、職務を全うする、それが帝国軍の仕事なんだ


『敵はマルミドワズに襲撃をかけ民間人を襲うような奴らだ!容赦する必要はない!、全員大地にひれ伏させ その手に縄をかける!いいな!』


『応ッッ!!』


右撃隊三十万の雄叫びが大地を揺らす、一応エリスも『おー!』と叫んだが、迫力が違う、流石は軍人、やっぱ本物は違うね


『よし!、ではこれより転移を開始する!、転移先は通達した通り帝国管轄F地区ミストルテ大平原!』


遂に転移が始まるようだ…、というかどんな感じなんだろう、平原に放り出される感じなのかな、こんな大勢の人間を一発で移動させるなんて…どんな転移が、そう身構えた瞬間


待機場の奥の壁が奥へと倒れ、外の光が中に差し込み…


『行軍開始!』


その号令と共に兵士達が前へと歩き出していく、…え?もう終わり?と見てみれば、奥に開いた景色は平原のものであり、空の上にあったはずのマルミドワズなのに 大地がすぐそこに見える…という地繋がりだ


あれ?


「エリス様、行きますよ」


「え…ええ、あの 転移は?」


「もう終わりました、言ったでしょう?この部屋ごと転移すると」


え?それそのままの意味なの?、もしかして待機場ごとエリアに飛ばしたの?、…すごい豪快な真似するな…


なんて思いながらエリスは前の兵について行くように、後ろの兵に押されるように移動を始める、ともあれ行軍開始だ


初めての行軍行動、どんなものになるか…ちょっと楽しみだな


……………………………………………………………………


(退屈だ……)


退屈だった、なんかこう つまらなかった、楽しいものとは思ってなかったけど…、暇だ


行軍を開始してから早三日という時が経った…が、出発からここに至るまでの三日間の出来事全ては簡単に説明することができる、何せ『何もなかった』の一行で済むのだから


エリスは基本旅は好きだが、これは旅ではなく行軍だ 根本が違う、常に帝国兵さん達と付かず離れず延々と歩き続ける、これをこのまま続けたらどうにかなってしまう


でも、周りを見ると帝国兵の皆さんは顔色一つ変えず 出発した時と変わらぬ集中力を維持している、軍人ってのはあれだね 戦う為の人たちというより、国を守るための任務を確実にこなす事が出来る人たちのことを言うんだね


きっと、こういうような行軍訓練も日頃から積んでるんだろう、強いだけのエリスとは違う…軍人はみんなこんなんなのだろうな


思えば、学園に所属している時 二年目に出された課題で遺跡に赴くというものがあった、が その時デティとエリスは忙しくなくおしゃべりしていたが、元軍人のメルクリウスさんや戦士のラグナは最後まで集中を切らしていなかった、彼れらもまた ここの軍人さん達と同じなんだろう


「暇そうだな、エリス」


「え…ええ、師匠…ちょっとだけ、なんだか身体動かしたくてウズウズしてまして」


「我慢しろ、もうすぐ休憩だろう その時に修行はすればいい」


「ですよね…、にしても」


そう師匠に窘められながらもエリスは周りを見る、見ればみんな徒歩だ、徒歩でテイルフリングに向かうのだ…


「あの、メグさん」


「はい、なんでございましょうか」


「テイルフリングまで徒歩で行くんですか?、歩いて行くんですか?」


「はい、歩く以外の徒歩を存じ上げないのでそういうより他ありませんが」


前もそんなこと言って、結局時界門を使ったじゃん、今回も使えないのかと思ったが、使わないってことは多分 時界門使用条件の『セントエルモの楔』がテイルフリング地方には無いのだろう


「なんか、こう 馬とか移動用の魔力機構とか無いんですか?」


だが、魔力機構を用いたならばもっと軍勢を一気に移動させる道具とかありそうなものだ、だって魔力機構の中にはトルデリーゼさんが持つような戦艦もある、なら 陸上を走行する奴とかありそうだ


それこそ、デルセクトにある汽車みたいな奴とか、そう伺うと


「移動用の魔力機構?、必要ありますか?」


無いな、言っておいてなんだが今気がついた、必要ない


だって普段は転移魔力機構で帝国中が繋がってるんだ、それなのに 態々コストを使ってそんなもの作る必要はない、まぁ 今回はその魔力機構が破壊されてしまったからこうして歩いているだけなんだろう


「そうですよね」


「一応 魔力を動力にする魔導車という物が開発される予定もあったのですが、転移魔力機構があるなら必要なし と言われてしましてね、結局作られませんでした、まぁ今回の件を鑑みて軍団を移動させる大型魔力機構とかが開発されるでしょうが、今はありません」


「なるほど…」


なんて話も程々に 歩き続けていると…


『全軍!止まれ!』


「わたたっ!?」


急に目の前の兵士が一斉に止まったのだ、な 何事ぉ!?


「え?あれ?、なんですか?なんで行軍が止まったんですか?」


周りを見ればみんな立ち止まってる、こんなのこの三日間で初めてだ…、何が起きたんですか?と隣の帝国兵さんの裾を引っ張って聞くと


「ん?、ああ どうやら最初の村が見えたみたいなんだ、だから今日は一旦ここで軍の体制を整えるんだ」


「つまり今日はここでお休みってことですか?」


「ああ、といっても 僕達は村には入れないけれどね」


まぁそりゃそうか、だってここにいる軍団は合わせて三十万近い、地平の向こうまで列が続いているんだ、こんなのが村に一斉に入ったら…それだけで跡形も残らないだろうからね


曰く 村の中に入れるのは師団長と参謀とかの偉い人たちだけらしい、見れば小隊長と思わしき人間達が自分の部隊に命令を出してキャンプ地の設営を始めて行く、これはエリスも手伝った方がいいかな


なんて思っていると


「おーい!、エリスー!」


「ん?、フィリップさん?」


空飛ぶ矢の上に乗ったフィリップさんが、上空からエリスを呼び立てる、なんだろうか


「どうしたんですか?フィリップさん」


「いや、エリスは僕たちと一緒に村に入ってもらうよ」


「え?いいんですか?」


「まぁね、一応エリス達は客将扱いだし、何より魔女様をむさ苦しいキャンプ地で寝かせるわけにはいかないよ」


「私は別に構わんが」


「僕達と陛下が構うんです、ほら 早く早く、こっちに来て!」


なんて促されるままにエリス達はフィリップさんに連れられ行軍の最前線、行軍が最初に訪れるミストルテ村へと向かって行く…


……………………………………………………………………………………


帝国には二種類の都市がある


一つが浮遊都市、所謂都会にあたる所であり、帝国兵が常駐する商業の要となる場所でもある、ここはマルミドワズ同様全て中に浮いており 内部は空間拡張で広大になっている


そしてもう一つが地上区画、主に農業や林業と言った 大地と天の光を必要とする職につく者たちに皇帝から与えられる街、まぁ言っちゃえば普通の街だ…が、他の街と違う点があるとするなら、それは…


「嘘ですよね、なんですか…これ」


「エリス様はF地区を見るのは初めてでしたか、そういえば」


「ああ…、道中すっ飛ばして来たもんね、だから…見るのは初めてか 『帝国の地表』を」


エリスはフィリップさん達に連れられてミストルテ村とやらに来たのだが、そこで見た景色に思わず絶句する、いや村ではない 村そのものはいいんだ、問題は村の周辺


今までの行軍では人に囲まれていて見ることが叶わなかった 帝国の大地を見て、エリスは絶句してしまう


それは、未知の絶景と見るか…狂気の産物と見るか


「これ、黄金の海ですか?」


違う ともう一人のエリスが心の中で言う、村の周辺を囲むように広がる黄金色の大地は海ではない、風に揺れて海のように見えているだけだ…、これは


「いいえ、これは麦畑です」


麦畑だ、先に言っておく バカにするなよ?、エリスだって麦畑くらい見たことあるよ、ムルク村で見たことある、あの時はいっぱい同じ種類の草が生えてて面白いと感じたりもしたが


今目の前に広がるこれを見て同じ感想は抱けない、だって、はるか地平の彼方まで麦畑が永遠に続いているんだ、首を右に動かしても左に動かしても景色は変わらない、エリス達はこんなところ歩いていたのか?


…というか異常だ、ここが農耕で発展した村です なんて言われても説明がつかない、だってこんな広大な土地を使って麦を作ってるなんて普通じゃない


普通の村ならもっと別の野菜を作ったり、木を育てて木材にしたり 動物を育ててミルクや肉を作ったり、色々やって自給自足するものだ、だがこの村には麦しかない


ここの人間は余程パンが好きなんだろうな


「どういうことですか、これ…普通なんですか?」


「ええ、帝国では普通です」


「もしかして他の村も?」


「いいえ、他の地区では或いは木を育てた或いは牛を育てたり豚を育てたり、魚を取ったり石を採ったり様々です、ただ 帝国は地区分業制度をとっているのでこのような景色が出来上がるのです」


「地区分業制度?」


するとメグさんはエリスの問いに答えるように説明してくれる


始まりは今から数千年前、まだ全ての街が大地にあった頃だ、皇帝カノープスがある問題に直面した時生まれた


それは 帝国の人口があまりに増えすぎた事、当然 人が増えればそれだけ金もかかるし物資もいる、だというのに領土は足りない、何をするにも領土が足りない


このままでは他国に攻め入って領土を勝ち得るしかないが、皇帝はそんなことをしても焼け石に水であることを理解していた


そこで、皇帝は二つの発明をする


それが『反重力機構』と『地区分業制度』だ


まず、帝国の主要な都市、莫大な人口を持つ都市を箱庭型に改造し空中に浮かべ領地を確保


そしてそれによって確保した大地を数十の区画に分割し、それぞれの区画に業務を割り振った


つまり、『この地区は麦を作る!』『この地区は牛を育てる!』『この地区は林業』『この地区は採掘』と、皇帝自ら指定したのだ、それによってその地区には麦農家が集まり 農場経営者が集まり住まい、 莫大な土地を有効活用して大量生産を行うようになった


だってその地区には畑しかない、必要最低限の道と村以外畑しかないんだ、それ以外作る必要はないから 物凄い面積を使えるんだ


この地区分業制度の強みは『作業が一本化されている』ことにある、麦だけを作るから麦作りの技術が飛躍的に進化していくんだ、そして技術者がバラけないから技法の継承も容易に行われ失われない


進化し卓越した技術を使う人間達が集まり、技術をみんなで共有しながら膨大な土地を使って作業をする、その生産力の高さは世界一だ、何せ麦だけ作ればいいんだから 全てをかなぐり捨ててそれだけに集中出来る


一方生活はどうなる?、麦だけを作っているから麦だけを食べて生きていくのか?といえばそうではない、ここの村は内陸地にあるにも関わらず 村の人間は新鮮な海魚に舌鼓を打っている


ここで作られた麦は一旦帝国府が買取り加工するのだ、何故ならここの地区の人間の仕事は麦を作るまでだから、そして帝国は各地で取れた収穫物を他国に売って通貨に変えたり 他の地区に売って生活面をサポートする


故にここの人間は麦しか作ってないのに他の地区で取れた物を手に入れることができる、生活するのに必要な物品は他の地区と帝国が用意してくれる、だから麦だけを作るのに集中出来るしそれ以外の施設が必要ない、居住施設だけでいいんだ


それに、別に帝国はその地区での作業を強要しない、他の仕事がしたければ他の地区に移る事も容認しているし なんなら帝国府に仕える事も他国に出る事もできる

がしかし、祖父の祖父の祖父の代から農作業をしている家の息子が、なんの仕事をするかといえば、やはり農作業だ それも祖父の残した技法を父が進化させたものを 更に進化させて…だ



…はっきり言おう、これと似た国家体系を取る国は他にもある、だが それらの国は上手くいっているとはお世辞にもいえない、それはこのシステムを統括する存在が不完全であるがゆえに独裁的になってしまうからだ


それに、仕事をする者にも仕事をしない者にも均等にその恩恵が行き渡るなら、誰も仕事はしなくなる…、故に上手く回らないから 上は更に抑圧的になり 生産性は落ちてガタガタになる


なら何故この国は上手く回っているか?、それは単純だ このシステムを統括する存在が完全で完璧だからだ、少なくともこの国の人間はそう信じてるからだ


そもそもの話、帝国に限らず魔女大国が世界の王者として君臨できる理由は魔女の加護と魔女の力以外にもう一つあるとエリスは思う


……これはエリスの持論だが、人間が命令に従う状況というものには三つの種類があると思う


まずは 報酬を与えることにより下される命令だ、報酬があるから人は動く、利己的だからこそ従う、代わりに報酬がなければ動かない


もう一つは 体罰を与えることにより与える命令だ、痛い思いをするのが嫌だから従う、恐怖で相手を縛るやり方だ、一見効率的に見えるが、この世にこれ以上ないくらい愚かで非効率的な方法だ


普通の国はこのどちらかの方法を用いて国民を動かし、帝国の真似をして独裁的に働く国家は基本的に後者を選択する場合が多い、故に労働効率はとても低くなり、時に抑圧を嫌い暴動を起こす事もある


だが前者を選べば国は未来永劫無限の報酬を国民に払わなくてはいけない、それはどこかで歯車が狂えば崩れかねない危うい選択だ


だがどちらかを選ばなければならない、人間とはそういうものだから……しかし、魔女大国には第三の選択肢がある、第三の方法で国民を従わせられるから強いのだ



それが『信仰』だ、宗教的盲信により国民を従わせる方法だ、これに報酬はいらない ただその方の為に国民は無償で働く、報酬も体罰も無くただ或るだけで従わせることができる 、ある意味 史上最も人間を効率よく動かす方法だろう


魔女大国には信仰がある、通常の宗教と違い信仰の対象が自ら国の指揮を執っている、魔女大国の国民は敬う魔女の為に無償でありながら全霊で働くのだ、怠けることはない


だからこの国の人間は余す事なく全員が全力で業務に従事する、させることができる 帝国は


特にカノープス様はそこが凄まじいのだろうな、老いを超克し 利己的感情を持ち合わせないから富にも靡かず、最強の力を持ち他国に脅かされることも無い、かつ 無限の領土を自ら作る事ができるから攻める必要もないし、報酬も体罰もなくそのカリスマで民を自由に扱う事ができる


メグさんは語る、普通の王が求めて止まぬ無限の時と力と知識と領土を持ち合わせる究極の統治者による究極の国家こそが 帝国なのだと


「でも、なんだか…」


「否定的ですね、エリス様」


「…だって、その暮らしから何からカノープス様に管理されてるって事ですよね、エリス色んな国を見てきましたけど、ここまで魔女様が国民の暮らしに干渉しているのは初めて見ましたよ」


「そうですか、…でも考えてみてください、他の国々には飢饉があります 疫病があり魔獣に襲われ全てを失う事もある、それ故に紛争と暴動が絶えない、万民の背後には濃厚に死がつきまとうのですよ?、ですがこの国にそれはない、魔女様が全てを取り払ってくれているから 飢えも病も魔獣もない、皆がやりたいことを魔女様から与えられ そのように生きて死んでいく、理想的でしょう?」


「生き方は魔女様に与えられるものではなく、自分で見つけるものでは?」


「それが出来るのは極一部の限られた人間だけ、多くの人間はそれに手が届かず酷い死を迎える、それに エリス様だって魔女様から命を助けられ生き方を与えられた身でしょう?、それと同じことを陛下は国全体にしてるだけです」


「………………」


答えられない、でも この国のあり方が正解かと言われれば分からない、少なくとも国全体で見た時 この国に欠点は見当たらない、けど…と エリスが思ってしまうのは、この国の人間ではないからだろう


「それに陛下は別に国民を縛ってるわけじゃありません、どんな職につくのも 職につかないのも自由、国に残るのも国を出るのも自由、そこになんの不満がありましょうか」


「…まぁ、そうですけど」


「ならいいではないですか、少なくともここの国民は幸福ですよ」


そりゃそうだけど、なんだかエリスは窮屈に感じてしまう、そりゃあ他の国の人達は低い文明レベルの中で死と隣り合わせの生活をしてる


畑や牧場が不作で林業がうまくいかなかったら、それだけで小さな村には死人が出る


疫病が流行ればそれだけで村が滅ぶ


雨が多く降っただけで村は滅びる、雨が少なくても村は滅びる


魔獣が出れば考えたくもないような酷い終わりを迎えることになる


だけどこの帝国にはそれがない、代わりに全てがある、食料も水も物資もなにもかも、天敵はない 災害も疫病も何もない、幸福は全て皇帝から割り振られる、自由さえも


…だけど、エリスにはどうしても不自由に感じてしまう、だって人が持ち合わせる自由な選択さえも皇帝から与えられたものに過ぎない


人間には 自分の命を勘定に入れない選択がある、それを皇帝は許してくれるのか…、皇帝に自由の許可を貰う その時点でもう自由ではないのではないか


分からない、エリスにはこの国家が間違いだとは思えない、けど この無限に広がる麦畑を前に 魔女を讃える歌を歌いながらみんな揃って麦畑を管理する人々は他のどの国の人たちよりも…


うーん、…その魔女の干渉を嫌った人間達が、或いは魔女排斥組織 或いはマレフィカルムの正体なのかもしれない、まぁだからって彼らのやり方を賛美するつもりはない、あれはあれで最悪の選択だ 気に食わないものの破壊という名の選んではいけない選択だ


「まぁ、エリスちゃんから見ればさ この国家のあり方は異質だろうよ、だってこの国には自己責任がないからねぇ」


「リーシャさん…」


「もー!そういうややこしい話はしないでください!、国がどうとかなんとか!ややこしいです!僕その話嫌いです!」


やめろー!とエリス達を村に連れてきたフィリップさんは怒る、確かにいい話ではなかった、言ってみればエリスがしているのは帝国の否定、帝国のお世話になるエリスがしていいものではない


「すみませんでした」


「いいのいいの、あとエリスさん今から第三十二師団の臨時参謀に任命したから よろしくね」


ん?んん?今ドサクサに紛れてすごいこと言わなかった?、ねぇ師匠今聞きました?今すごいこと言いませんでした?、聞き間違い?


「え?」


「だーかーら、君は今から僕のサポートをする臨時参謀エリスだから、これからは進軍の時も僕の隣にいるように」


「なんでっ!?」


「なんでって、エリスさんとレグルス様の実力はこの軍団でもトップクラス、なのに一般兵卒と一緒に歩いてたら使いづらいったらないよ、だから 貴方達には直接僕達の指揮が届くところにいてほしいんです」


「…なんで最初からそうしなかったんですか?」


「だってエリスさん最初から僕のところに来てくれると思ったら普通に兵卒の列に並んでるんだもん」


そりゃそうだろ…


「ともあれエリスさんには参謀としての仕事をしてもらうので、今から僕の地図の確認をしましょう?」


「別にいいですけど、もうルートは決まってるんですよね」


「それでもさ、旧テイルフリング領に入ったら ある意味敵地、どこから襲撃が来てもおかしくないんだから」


それを言われてハッとする、そうだ エリス達は進軍しているんだ、つまり敵に向かって進んでいるということ、どこでどんな敵に出会うか分からない…、なら 警戒してしかるべきだろう


「分かりました、では地図を確認させてください、エリスに出来ることなら なんでもしますから」


「じゃチューして」


「グーと平手どっちがいいですか」


「冗談だって…」


なら二度というなよ…、まぁいい エリスがこの進軍の戦略的な部分にどこまで口出ししていいか分からないが、それでも分かることがあるならどんどん言っていこう


「じゃあ師匠、エリスちょっとフィリップさんと地図見てきますね」


「んー…ああ」


なにやら思惑のありそうな顔でボーッと黄金の海を眺める師匠へと挨拶し、エリスはフィリップさんと共に仮の軍議場へと向かう…、さて これからだ、これからこれから







「……理想の国か」


そして、エリスが去った後 レグルスは一人呟き想いを馳せる、この広大な黄金の海 これを理想と呼ぶ帝国…そしてカノープスに、レグルスは一人思う


「いつか、カノープスが語った理想も こんなものだったな」


カノープスは言った、荒れ果てたディオスクロアの土地を見て、戦場となった荒地を見て、カノープスは『ここが全て黄金の麦畑であったなら、この国の人間は誰も飢えずに済むのかな』と


「ややこしい建前や制度などはあれど、結局お前はあの時から変わってないのだな」


カノープスは変わっていない、あの時と同じ 偏に民の事を思い、ただ腹を空かせて泣く子供を作りたくないという心一つで ここまでのものを作り上げたのだろう


これが、お前の守りたい世界、魔女世界なのか カノープス


「……そうか」


どこか納得したように 目を伏せる、カノープスはもう厄災を起こしたくないんだ、あの時 多くの命が失われた、その贖罪を彼女を続けているのかもしれないな


…これが、我が友が守り続けた世界か、少なくとも 八千年前よりは随分いいな


…………………………………………………………


「傷の方はどうかな?シン」


部屋の中横たわる私に 聞くだけで気分を害する男の声が響く、…ヴィーラントだ


帝国Y区 林業地区として部類されるここ 黒槍杉の森の奥に放置される古城 旧パピルサグ王城の寝室を改造して作られた診療室にて、審判のシンは先の戦いの傷を癒していたのだ


魔女レグルスと交戦を行い、彼女は完膚なきまでに敗北した、これ以上を考えられないくらいの敗北だ、魔術は通用せず こちらの手札を全て見抜かれまるで蝿をあしらうようにように叩き返され 無様に重傷を負ったのだ


幸か不幸か、ここに残っていたヴィーラントが人を集めてくれていたおかげで私は上等な治療を受けれたわけだが…


「お前のせいで悪化しそうだ」


「随分な態度だ、僕が治癒術師を集めて医療器具を確保しておいたから、君はもう万全に動けるまでに回復したというのに、まぁ許そう その気の強さも君の個性、君らしさだ」


こいつのおかげで助かったが、とてもお礼を言う気にはなれない、こいつは私を利用したんだ 私たちを利用したんだ、そんな相手に礼を言えと?私は嫌だ


タヴ様がこいつと協力して魔女を倒すと言い出したから私はここにいるだけ、この一件が片付いたらとっととこいつの下から逃げたい


しかし、ヴィーラントは私の拒絶もなんのその、相変わらず仮面のように張り付いた笑みで 私に近づき


「うん、僕の集めた治癒術師はいい仕事をしたようだ、もう動いても問題ない」


「…確かに、いい治癒術師だった、あれもお前の部下になるのか?」


「ああ、僕の新生レヴェル・ヘルツの理念に共感して、共に来てくれると言ってくれた」


レヴェル・ヘルツ…かつて、帝国と戦い跡形もなく消え去ったと言われる大組織の一つ、ヴィーラントはその唯一の生き残りであると語り 我々が集めた魔女排斥連合を丸々飲み込み 新たなるレヴェル・ヘルツを作り出したのだ


跡形も無くなったとは言えレヴェル・ヘルツの名前は今も大きい、かつては八大同盟の一角の座を退廃のレグナシオンと争った程だ、その組織に入れるとあらば 組織ごとその中に飛び込む奴らはまだ大勢いる


だが、私はどうにもヴィーラントのことを信じきれない、こいつの目的は本当にレヴェル・ヘルツを蘇らせる事だったのか?、今は亡き同志の無念を晴らすためにここまでのことをしたのか?



それにしては手が混みすぎてる、レヴェル・ヘルツを復活させるだけなら なにもここまでしなくても良い、帝国と一戦構えるという危険な橋を渡る必要もない…なのに


「ああそうだ、シン」


「なんだ」


「君にお客さんが来ていたよ」


「客?私に?」


なんだ と聞くためベッドから起き上がると共に、診療室の扉が勢いよく開かれ


「シン様!負傷したとは本当ですか!」


「お前は…メムか!」


入っきてきたのは身軽な格好をした隠密とも暗殺者とも取れる姿の男、口元を包帯で巻いて隠し 長い髪で顔の右半分を覆ってるため、左目しか姿を伺えない奇妙な格好の人物が扉をあけて私に駆け寄ってくる


彼はメム、大いなるアルカナ No.12 刑死者のメムだ、我々とは別行動をして帝国のあちこちの国境を襲い、魔女排斥連合に参加する組織を帝国に入れる為の活動をしていた男だ


我々と別行動をしていたが故に、どうやら彼は無事だったようだ


「シン様!ご無事で…」


「無事だ、…だが」


「はい、聞きました…ヘエ様もカフ様も帝国に囚われ、アルカナは構成員の大部分を失ったと」


「壊滅だ、もうアルカナには僅かな手勢と私とタヴ様しか残っていない」


もうアルカナには力はない、あれだけいた幹部たちはみんなやられた、帝国とエリス達魔女の弟子によって アリエも幹部ももう残っているのは私とタヴ様とメムだけだ


「お前の方は無事か?メム」


「いえ…、私の方も途中で師団に襲われ、私以外の者は全員帝国に囚われました、帰ったのは私だけです」


「そうか…」


これは 帝国とアルカナの戦いは決着がついたとみていいだろう、アルカナは帝国に エリスに敗れた、敗因は全てエリスにある


帝国を出し抜く一手に割り込み 突如として現れ全て台無しにしていったあの女、アイツさえいなければこんな事にならなかったのに


私とタヴ様で作り上げた居場所を…壊したアイツが憎い


だか、こうなっては固執も出来まい


「メム、お前はもうアルカナを抜けて離脱しろ、ここからは私達だけで十分だ」


「そんな…そんなことを言わないでくださいよ!、私もお伴します!お供させてください!」


「無理だ、お前を連れていって何になる」


悲しいが事実だ、メムは強い 我らがアルカナでも下位と上位の境目になるような男だ、だが今更その程度ではただ死ぬだけだ、帝国兵くらいなら倒せるだろうが 師団長や師団長補佐クラスになると勝ち目はない


なら、もう無理に付き従う必要はない、もうアルカナは無いも同然なんだから


「ですが…ですが」


「この先、どう生きようが構わん、お前が魔女排斥を続けようが 平穏に暮らそうが、裁きの雷がお前を打つことはない、好きに生きろ」


「シン様…、分かりました…、ですが私は諦めません、必ずやアルカナの意思を復活させて、今度こそ 私の手で…」


「好きにしろ」


メムは真面目な男だ…、彼を見ていると コフを思い出す、私の相棒でありながら 私の元を去った男の顔を


私は審判のシン、裏切りを許さぬ裁定の雷、組織を裏切り立ち去ったコフを許すことはない、はずなのに…


今は、アイツがそばに居ないのが悲しくてならない


「では、失礼します…」


「おや、もう帰るのかい?君は僕と来てくれないのかな」


「…………」


私にお辞儀をして立ち去るメムを引き止めるのは、そのやり取りを部屋の隅で聞いていたヴィーラントだ、相変わらず笑いながら 君は来ないのかい?と聞くのだ、よりによって 今その話をした直後にだ、どういう神経してるんだこいつは


「私は、アルカナの意思を継いで進む…アルカナは私の居場所だ、それを守る為に今は…」


「分かるよ、僕もレヴェル・ヘルツとテイルフリングの名を守る為に君と同じように戦った身だからね、君の覚悟とこれからの奮戦を応援するよ、けど その前に同じ道を歩んだ先達からアドバイスだ」


「なんだ…」


するとヴィーラントはメムに近寄り、その肩を掴むと共にその顔をずいと近づける、その様が その顔が シンにはあまりに恐ろしい物に見えた気がした、相変わらず表情は変わっていないのに


まるで、小綺麗な箱の中を覗いてしまった、そんな感覚に似た言い知れぬ恐怖を醸しながら、ヴィーラントは


「君の大切な場所は、他者に尊重されることはない…他者にとって君の居場所はただの空虚な空間でしかない、そいつらから居場所を守るには その他者の首に縄を括り付け続けるしかない、近く人間全員が他者になり得る…それを忘れてはいけないよ」


殺せ誰かを、殺せ誰をも、近く全てに己の居場所を踏み荒らされないようにするには、そうするしかない、そこに敵も味方も存在しない、ただ守り続ける それしか君の大切は場所を守る方法はない と


それを受けメムは怪訝そうに眉を顰めながらも軽く頷く、理解してないなこれは


「そういうわけだ、頑張りなさい…同志よ」


「分かった、頑張る」


それだけ言い残しコクリと頷いたメムは振り返らずに部屋を出て行く、アルカナの意思を潰えさせない…か、きっと彼はこのまま帝国を出て 新たなアルカナを作り出すだろう、それこそ 今のヴィーラントのように


それを見届けられればいいが…、私には無理だろうな


「いい仲間をもったね、シン」


「仲間ではない、ただ同じ志を持って同じ組織にいただけだ」


「驚いた、君は同じアルカナの人間も信用していないんだね、だからこそ 『審判』のシン足り得るのかな?」


「うるさい、それより…例の兵器は準備出来ているのか?」


「ああ、無垢の魔女ニビルは既に目を覚ましている、魔女殺害魔装『ガオケレナの果実』もまた起動可能だ」


「…本当に、なんなんだそれは」


こいつが用意した兵器はどちらも人智を逸している


特に魔女殺害魔装 ガオケレナの果実…、魔女を殺す兵器…私は長く魔女排斥の世界に身を置いているから そういう話はよく聞く


『この剣は魔女を殺せる毒の剣です』とか『この矢で魔女を刺せば彼女たちを殺せます』とか、そういう話はよく聞く、そしてそのどれもが眉唾のイカサマであった事は言うまでもない


魔女を殺す武器なんてない、魔女を殺す方法なんて無いと諦めた人々が見る夢でしかなかったが、違うんだ…ガオケレナの果実だけは違う、魔女を殺害する方法があまりに明確で 明瞭としている


魔女殺害魔装…別の言い方で言おう 『魔術式崩壊爆弾』、それは超巨大な爆弾だ、これの爆発は人体にはなんの影響も及ぼさない、だが代わりに爆発した瞬間に発動している魔術の術式を破壊してこの世から消し去るという物だ


私にはよく分からなかったが 『識確魔術』なる魔術が使われているようで、それを使うことによりその瞬間発動している魔術の存在を爆風で吹き飛ばせるのだ


これを普通の人間に使っても意味はない、精々いくつかの魔術を未来永劫封じる程度だが…魔女は別だ、何故か?


そもそも奴らが八千年も生きているのは何故だ、それは『不老の法』と呼ばれるはるか古の禁断の魔術により老いを食い止めているのだ、要するに魔女は魔術で生きている…、ならそれをガオケレナの果実で吹き飛ばせばどうだ?


魔女の体は不老の法を失い、即座に八千年分の時の流れが奴らを襲い 魔女は塵も残さず消え去る事になる、つまり 魔女殺害魔装とは魔女だけを殺す武器なのだ


これを使えば 魔女を殺すことができる、魔女をこの城に誘き出すことが出来れば 魔女を殺害することができるんだ


「ガオケレナの果実…、あんなものどこで手に入れた、ウルキ様か?」


「それを君にいう必要があるかな、出所なんてどこでもいいだろ?その内魔女世界中にあれが溢れることになるんだから」


「…なんだと?」


「分からないかい?、あれは兵器だ、設計図があればいくらでも作ることが出来る いくらでもね?、今量産体制に入っている、もう後一〜二年もすれば山ほど作ることが出来る、つまり全ての魔女排斥組織があれを持ち、魔女大国に攻め入れば …どうなるかな」


「……っ」


そうなれば終わる、何もかも…、魔女は全員死に 魔女の加護を失った世界は人の世になる、魔女排斥組織の勝利となる


そんなすごい兵器が作られてるなんて、まるで知らなかった…、でも


「量産体制が整ってるわりには、ここにはガオケレナの果実が一つしかないじゃないか、もっとたくさんもって来た方が良かったんじゃないか?」


今ここにあるガオケレナの果実は一つだけ、そしてガオケレナの果実は爆弾…つまり使い切りだ、一つにつき一人の魔女しか殺せない、魔女レグルスがこの国にいる以上 魔女は二人になる、これ一つで二人殺し切るのは難しくないか?


「それは……、まだ 量産体制が整ってるだけで、量産は出来ていない、言ったろ?数を揃えられるのは一年か二年後だと」


「ならそれまで待って行動すればいいだろ、数を揃えられるのに時間がかかる上 まだ一つしか出来ていないのになんで持ってきたんだ、今ここでお披露目したら確実に魔女は警戒するぞ」


「……いいだろ、なんでも」


ヴィーラントが初めての顔を見せる、聞かれたくないことを聞かれそんな顔だ、一瞬ガオケレナの果実量産の話が嘘かとも思ったが、多分量産の方は本当だ、具体的な量産見通しも立ってる…


なら嘘は、持ってきた理由の方か?、こいつはまた 私達に何か隠し事をしている、知られると不都合な何かがガオケレナの果実とヴィーラントにはある…ということだ


「…………」


「なんだよ、その顔は…魔女が殺せれば君は満足なんだろ?、なら安心するといい どの道ガオケレナはもうすぐ量産が出来る、そうなれば魔女世界は終わる…これはその前哨戦だ、ここで皇帝を殺せれば 魔女世界は総崩れ、慌てふためいている間に 魔女たちを皆殺しにする、それでいいだろ」


「まぁ、そうだが」


「なら余計なことは考えないでくれ、…この戦いには関係ないことなんだから」


なにやら逃げるようにヴィーラントは話を逸らす、いつも仮面を被って本心を隠すヴィーラントがだ、やはり奴は何かを隠している、レヴェル・ヘルツの復活もパピルサグ王国の復活も、奴にとっては真なる目的にはなり得ない


奴の目指す終着点、それは私達には共有出来ない何かなんだ…、ようやく化けの皮が剥がれ始めたな


「まぁ…それよりも大事な話があるんだ、聞いてくれるかな」


「今度はなんだ」


「帝国が動いた、マルミドワズから一直線にこちらに向かってきている、総勢百万近い大軍勢だ」


「っ…やはり来たか」


何故この場所がバレたのかは分からない、いや 大方捕虜のうちの誰かが漏らしたか、ヘエやカフがこの場所を言うとは思えないし、しかし…そうか 来るか、ここに


「その軍勢は凄いよ?、師団長がほぼ勢揃いだ、ルードヴィヒはいないみたいだけど 大した数だよ」


「…奴はいるか?」


「奴?誰だい?」


「私の過去を知ってるなら分かるだろ、私とタヴ様が…魔女以上に殺したい相手だ!」


「あーあ、彼か…いるよ?、師団長達に紛れてこっちに向かっている」


そうか…!、ならいい それでいい、奴は私を始末したいはずだ、奴にとって私とタヴ様はなによりも殺したい相手のはず!そしてそれは私とタヴ様にとっても同じ、この際魔女が殺せなくとも 奴を地獄に叩き落とせればそれでいい


「分かった、その軍勢の場所はどこだ、今から攻め入って奴を殺してくる」


「待て待て、待った待った、将軍がいないとはいえ師団長ほぼ勢揃いだよ?ラインハルトもいる上敵は大規模な魔装も持ってきてる、君が攻め入っても死ぬだけだって」


「関係あるか!私なら出来る!」


「そうかい?、そんな危険な賭けに出るよりも、彼らをここで迎え撃って 撃滅した方が確実だ、こっちには相手が把握していない二十万の軍勢と無垢の魔女ニビルがいる、師団長だって敵じゃない」


「なら…ここで大人しくしてろって?」


「違う、まず言っておくが この中央の進軍隊は囮だ、本命は左右から迂回しながら進んでくる両翼隊 各三十万、それで挟撃してここを短期決戦で落とすつもりだろう」


「随分詳しいな」


「僕は帝国と一戦やって負けてるんだよ?、奴らの手は研究し尽くしている、念の為ルッツ君に頼んで偵察してもらったらビンゴだった、流石遠視魔眼の達人だね」


なるほど、中央の進軍は囮か、両翼から迂回して挟撃…単純ながら良い手だ、奴らの有利である数の優位を前面に押し出している


「とすると、私はその両翼の迎撃か?」


「君には右側を頼みたい、といっても迎撃じゃない ある程度の損耗を与えるだけでいい、彼らがここに来るまでの道のりが容易いものだと思わせなければそれだけで成果がある」


ふむ、1回攻めれば 奴らは2回目の襲撃も警戒する、たとえ二回目が無くとも 奴らはそれだけで神経を擦り減らす、精神的な攻撃か…


「タヴ君には左側を頼んであるし、もう向かってる」


「お前っ!タヴ様に命令するな!」


「君タヴ君の番犬か何かなのかな、彼は快諾してくれた 勝利のためならとね、君はどうする?」


「くっ、お前のいうことは聞くのは業腹だ…!」


「本当に?、これでも気を使ったんだよ?、何せ右方の軍には魔女の弟子エリスがいるからね、君にとっても都合がいいだろ?」


「なにっ!?」


エリスがいるのか、右方の軍に…、もし この襲撃でエリスを消すことが出来たなら、それだけで価値がある、奴がいなくなればきっと何か変わるはずだ…何か、きっと


「チッ、上手く使われてる気はしなくもないが いいだろう、向かってやる、だが中央の軍はどうする?放置か?」


「それは安心してくれ、中央にはニビルを向かわせる」


「ニビルを…、大丈夫なのか?」


「大丈夫さ、彼女はちゃんと仕事をする、人工魔女の完成形だからね…君ならその恐ろしさも分かるだろ?、それに…意趣返しになっていいと思うが」


「…まぁそうだな、分かった」


「うんうん、なら 君にはいくつかの組織を預けるよ、自分の部下と思って使ってやってくれ」


「ふんっ、必要ないが…」


必要ないが、エリスを相手に油断したくはない、他の幹部達はエリスを相手に油断して敗北した、なら 私は万全を尽くし奴を殺すべきだ


「必要ないの?」


「いや、ありがたく使わせてもらう」


「そうかい、なら頑張ってくれよ、僕は僕で ここでの決戦に備えておくからさ」


それだけ言い残し、ヴィーラントは部屋を立ち去る…、奴は気にくわないが 奴の力は有用だ、なんでも見通し なんでも用意し、確実に物事が奴の思い描く方向へと進んでいる


これなら本当に…魔女世界を……



『気分はどうかな?、顔色が良くないな 薬の量を増やしておけ、死ななければそれでいい』


「ッ……」


ふと、頭に去来する声…これは記憶だ、過去の…頭に染み付いた奴の声、それが 私の心を突き刺す、あれからもう何年も経っているのに、奴の顔と声は未だに私を苛み続ける…


『君は私達人類の希望だよ、君の命が我々を未来に導く、人類は提示された課題をようやくクリア出来るんだ』


「くそっ!、くそ!黙れ黙れ!!!」


頭を振り払いながらも、私の脳は 徐々に記憶の中に引きずり込まれる、奴を意識した瞬間から、まるで 終わりを悟り去来する走馬灯のように浮かび上がる


『君は最高だ、君なら我々の願いを叶えられる』


やめろ…


『君は人類を救う、その為に生まれ、ここにいる』


やめろ…!


『さぁ、今日も『修行』を始めよう…』


やめろっっ!!!


『今日は、あまり喧しく叫んでくれるなよ、麗しのオーランチアカ』


「ぐっっ!!」


半ば思考を振り払うように私は立ち上がり走り出す、響く悲鳴 劈く薬品の香り 視界を覆う血の色、全て全てまやかしだ、全て過去の話だ!もう…もう…


「もう…終わったことなんだっっっ!!!!」


叫びながらパニックになり城の廊下をかけていく、このままエリスの所に向かわなければ、その前に私がどうにかなってしまいそうだったから…、ただ私は 過去から逃げるように、目を背けて 走り出す




「……………………終わり、か」


そんな駆け抜けていくシンの後ろ姿を見つめるのは、廊下のど真ん中で不気味に立つヴィーラントだ、彼はいつもの笑顔の仮面を外し、無表情で彼女の背中と叫びを声を聞く


「終わりはないよシン、僕達に終わりはない、苦しみに終わりはない…、終わりはないんだよ、シン」


ただ、それだけを言い残し これは後ろ手を組み コツコツと去っていく、ただ 胸の内に秘めた狙いだけを隠す仮面を被り直しながら、ただ進む…


「それにしても、喉が…乾いたな…、しばらく…もう5ヶ月程 何も飲んでいなかったなぁ、…カラカラだ」


ペロリと乾いた唇を舐めてヴィーラントは…


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