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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
八章 無双の魔女カノープス・前編
238/836

217.孤独の魔女と人魚の語る夢


帝国 アガスティヤ、世界一の領土 戦力 技術力を持つ世界最強の国、その首都たるマルミドワズに訪れてより 五ヶ月という時が経った


ここにきたばかりの頃は忙しくあちこちに立ち回ってましたけど、やはり 落ち着けばどうということはありません、師匠と修行を積んで メグさんと帝国を楽しんで、時々リーシャさんと一緒にエトワールの話をしたりして


そんな毎日を過ごして、五ヶ月が経ちました…


その五ヶ月の日々を全て、エリスは過酷な修行へと捧げました、幸いこの帝国は修行するにはうってつけの環境、帝国軍からの信頼を得たエリスに帝国軍部は快く最新の技術を分け与え修行に活用させてくれた


つければ何十倍にも重たくなるリストバンド、一定間隔で魔力を掻き乱し集中して制御しないと魔術が使えない首輪、自律で動き襲いかかってくる練習用自律人形、そしてトレーニング後に効率よくエネルギー補給できる飲料


そして、1日の最後に行われるメグさんのマッサージで疲労を完全リセット…


これらを活用すれば 肉体魔力共にメキメキと強化される、たった五ヶ月でも凄まじい成果が出たと言える


正直ここに残って後5、6年修行したいくらいだ


「ふっ!はっ!やっ!とやっ!」


ミシミシと音を立てる重量リストバンドを両手両足にそれぞれ五つ装着して型の練習を練兵エリアのトレーニングルームにて行う、重い物をつけてトレーニング…原始的だが効果的だ


ラグナがものすごく重いバンドを普段からつけて生活していた意味が漸く分かった気がする、いや寝るときもつけてるのはちょっと異常だが


「エリス、右足の重心がズレている、腕もきちんと伸ばせ」


「はい!師匠!」


師匠とのトレーニングは主に魔術に重点を置いて行うが、今は別だ アルカナとの戦いを想定して、師匠は魔術だけでなく 師匠の持つ全ての戦闘技法を教えてくれているのだ


「エリス、違うぞ 腰の動かし方はこうだ…、人間の肉体で打撃を繰り出そうとするなら直線よりも円運動の方が威力が出る、回転を意識しろ」


「はい、師匠!」


師匠は当初 エリスを育てる時、もっと魔術メインで戦いような魔術師に育てるつもりだったらしい、だけど結果はこれだ


気がついたらエリスは打撃と魔術を組み合わせた近接戦法で戦うインファイターに育ってしまった、奇しくも師匠と同じスタイルだ、まぁ 師匠の教えを受けてるんだ、戦い方も似るだろう


「ふーむ、筋がいいな…お前にはこういう型の訓練とかはした事はなかったはずなんだが」


「ここまで来る旅の間で自然と身についた喧嘩殺法です、ラグナの武術には敵いませんがね!」


「アルクの弟子である以上殴り合いで負けるわけにはいかないからな、ラグナもどつき合いには命とプライド賭けてる筈だし 、そういう面でアイツと張り合う必要はない」


「なるほど!…あ、でも ラグナに型の訓練とかつけてもらったことはあるかも…」


あの時は二人で朝早くから庭先に並んで鍛錬していたなぁ、朝焼けに輝くラグナの姿はとってもかっこよかった…


「エリス!集中しろ!フォームがズレてるぞ!」


「ひゃい!」


「油断するな…」


怒られてしまった…、集中しよう、集中集中集中…


「お、見ろよ エリスさんが修行してるぜ」


「ホントだ…っておい!、腕に重量バンド五つもつけてるぞ!?」


「片腕に子供一人乗せて動いてるようなもんだぞ…あれ」


ふと、型の鍛錬をしていると 鍛錬を終え休憩に入る帝国兵達が通りがかりエリスの手につけたバンドの数を見て度肝抜く、まぁ元々これは両腕に一つづつ装着して使うよう想定されたもの


その最重量クラスの重量バンドを両手両足に五つづつ装着して動いてんだ、エリスもどうかと思うよ、けどこのくらいじゃ無いと鍛錬にならないんですよ


「凄いですな、まだこんな子供なのに」


「ん?…お前は確か」


「師匠、この人団長ですよ、第一師団の師団長 ラインハルトさんです」


ふと、何人かの兵士を連れてエリスの鍛錬を見に来る赤黒い髪の男がいる、彼の名はラインハルト 第一師団の師団長にして将軍の仕事の補佐を担当する人物だ


聞いた話じゃ師団で最も多忙な男とか呼ばれているそうな、ちなみに師団で最も暇なのは第二師団の師団長 フリードリヒさんだ、まぁ 妥当だな


「ほう、師団長が態々どうした」


「いえ、私も今鍛錬を終えたところなのですが…、エリス殿の奮起ぶりを見ていたらまだまだだと思い知らされたのです、もうひと頑張りしていこう」


「えぇー!?だ 団長!?まだやるんですか!?、俺達もうヘトヘトで」


「こんな小さな女の子がこれだけ過酷な鍛錬をしているというのにお前達はもう休むつもりか?、軟弱な…その根性を叩き直してやる、来い」


「ひぃぃ…」


何やらエリスの鍛錬を見て火がついたのか、ラインハルトさんは嫌がる部下達を引っ張り再び鍛錬場の奥へと消えていく、何やら悪いことをしてしまったようなそうでないような、まぁ彼の部下がどうなろうが知ったことでは無いが


「最近、こうやって声をかけられる事が増えたな」


「それだけ受け入れてもらえたって事ですよね」


あの軍事演習の後、帝国軍の態度は目に見えて軟化した 受け入れてもらえたんだ


「お、エリスさんが修行してるぜ」


「ホントだ、相変わらず凄いわね…」


「俺があのくらいの時って言えば…、まだ士官学校で学生してたぜ…」


「私も小さい頃からあれくらい鍛錬してたら違ったのかなぁ…」


「じゃあ、今からあれくらい鍛錬しようぜ、十年後同じ事言わないためにさ」


エリスの鍛錬する姿はもうこの練兵エリアの名物となっているらしく、鍛錬に来た兵士達がエリスの姿を見て度肝抜いたり 自信無くしたり逆に火をつけられたり、偶に声を掛けてきてくれたり…後


「あ あの、エリスさん」


「エリスさん!お疲れ様です!」


「おや?、ヴァーナさん とそのお友達…ですよね」


ふと声を掛けられ振り向くと、ヴァーナさんと同じくらいの年齢の女友達が5、6人集まって何やらそわそわしている、すると


「こ これ、差し入れですだ!、エリスさんに頑張ってもらいたくて」


「ウチの実家で取れた果実の砂糖漬けです!、休憩中にでも食べてください!」


「ああ、ありがとうございます」


こうやって差し入れをくれるんだ、ヴァーナさん曰く エリスのファンとのことだが、有難い話だ なんでファンが出来たかは知らないが


ただ、まぁ 有難いには有難いんだが…


「おっと、失礼」


「あ!」


フイッとエリスに手渡そうとした砂糖漬けが横から入ってきた何者かによって取り上げられる、またか…


「な 何するだか!これはエリスさんの…う!」


「何をするも何も検閲でございます、この砂糖漬けに鯨をも殺す毒が入っていたらエリス様が死んでしまうので、ですので失礼…ふむ 甘い」


抗議の声をあげたヴァーナさんも取り上げた人物 メグさんの顔を見た瞬間竦む、まぁ 彼女に対して抗議しても無駄だとわかっているからだろう


メグさんは常にエリスの隣に待機して、こうして差し入れさせる物全てを取り上げ中に何も無いか、とか 毒が入ってないか とかを確認してくれるんだ


でも


「メグさん、これはヴァーナさん達が作ってくれたもの、毒は入ってないのでは?」


「それはヴァーナさん達が毒を入れていないという理由にはなりませんし、何よりヴァーナさん以外の人間がこの中に毒を入れている可能性もあります、エリス様が暗殺されるのは嫌なので…、念のためもう一つ …甘い」


「あぁーん!、エリスさんに作った砂糖漬けがどんどん食べられるだー!」


おいおい、食べ過ぎじゃないか…、メグさんメグさん そんなに食べると無くなっちゃいますよ、って頑なに食うのやめないな…仕方ない


メグさんの掴む容器に手を伸ばしヒョイと一つ摘むのは、薄くスライスされ砂糖につけられた果実


「あ、エリス様…」


「あーん…、んん 美味しいですね、ありがとうございます、ヴァーナさん 皆さん」


「え エリスさん…優しいだぁ」


「きゃー!美味しいって!美味しいって言われた!」


キャッキャと手を取り合い喜ぶヴァーナさん達を見て、ゴクリと砂糖漬けを飲み込む、実に美味しい これはレモンだろうか


砂糖漬けは食べ物の短期保存に向くからエリスも旅の最中に作った事があるから製法は分かるが、砂糖漬けは乾燥と染み込ませる作業を何度も繰り返す必要がある…つまり手間と時間がかかるんだ、感想を言わないと可哀想でしょう


「エリス様?やや不用心なのでは?」


「エリスは帝国と信頼関係を保っていたいんです、仲良くするならまずはこういう小さいことから大切にするべきでは?」


「むぅ…確かに、失礼致しました」


「あ!、修行の邪魔してすみませんでした!エリスさん!頑張って欲しいだよ!」


「はーい、頑張りまーす」


バタバタと手を振るヴァーナさん達ににこやかに手を振り返す、帝国と仲良くするためにはこういう小さいことを大切にした方が良い、それと 単純にエリスは向けられる好意には好意で返したい それが余程下劣で劣悪なものでない限りね


愛想を売る とはまた違う、向こうが信頼するならこちらも信頼する、当然の話だ


「まったく、修行にならんな…」


「すみません、師匠…」


「構わん、少し休憩にするぞ…人が多くなってきたしな」


見ればだんだん周りでトレーニングをする人達が増えているようにも思える、師匠的には大勢の人間に見られながら修行をするのは好きじゃないみたいだし、休憩にするなら頃合いか


軍部の兵士達が練兵場に集まり始めたってことは、そろそろ彼が来る時間だし…


「分かりました、では休憩に…」


「エリスさーーーん!!」


「げっ…」


先ほど言った、好意には好意で返す 余程下劣なものでない限り、あれ 撤回させてください、好意には好意で返したいですけど…行き過ぎたこういうには多分エリスは好意で返せないので


そう思わせる声が練兵エリアに響く、見れば入り口に彼がいる…両手いっぱいに花束を持った彼が、しまった 逃げ遅れた


「エリスさんエリスさん!やっと会えた!」


「ど どうしたんですか?フィリップさん…」


フィリップさんだ、第三十二師団の団長 フィリップ・パピルサグ…、エリスの戦い振りを見て惚れた!と言いながら求婚してくる彼が 花束両手に駆け寄ってくる


そうだ、求婚してくるんだ彼は、エリスのことを好いてくれるのは嬉しいが…、そう無理に求婚されると引くというか、エリスにとって良い思い出のない男 バシレウスを思い出すというか…


なんて考えてる間にまぁもうこんなに近くに…、エリスの目の前まで来ると彼は片膝をつき


「エリスさん!どうぞ!」


「あ…はは、花束ですか?ありがとうございます、…って なんですかこの花、見たことない花ですけど」


渡されたのは見たことないどデカイ花の束だった、白色で…エレエレした突起が付いてて、綺麗というより言っては悪いが変わった花だ、というかデカイ 三〜四輪しかないのに結構なサイズだ、なにこれ


「サンカクサボテンの花です!」


「さ …さんかく?」


「ああ、エリス様 それドラゴンフルーツの花ですよ、ドラゴンが好きですね フィリップ様」


「はい!、ドラゴンといえばエリス様なので!」


どういえばなんだ…


「アジメクでは生涯の伴侶に花を渡すという文化がある!と聞きました!なのでどうぞ!、カストリアの東方から態々仕入れた一品です!」


「ありがとうございます…」


「次はリュウゼツランを持ってきますね!、リュウなので!ドラゴンなので!」


メグさんがコソコソと耳打ちするにそのリュウゼツランとやらは最大で5メートルを越すらしい、もう木じゃん、絶対やめろよ


やや彼のテンションの熱さに押されながらもサンカクサボテン花をメグさんにパスし、時界門の向こう 迷宮倉庫の中にしまってもらう、アリスさんとイリスさんには悪いが 処分は任せることにする


「どうですか?エリスさん僕と結婚したくなりました?」


「あー…えっと、なってない…ですかね、多分」


「そうですか、いえ!これは僕の努力が足りないからです!僕がまだドラゴンじゃないからです!、お任せを!必ずドラゴンになりますので!」


こいつはエリスと結婚したいの?ドラゴンになりたいの?、よく分からない人だ…


この人はこの五ヶ月間毎日のようにエリスに関わってくる、悪い人じゃないのは確かなんですけどその意欲というか勢いが苦手だ、エリスは当面結婚する気も何処かに腰を落ち着ける気もないんだ


「お?なんだなんだ?なにやってんだ?、面白そうじゃん俺も混ぜてよ」


「またきた…」


すると今度はフィリップさんに続いて何処からともなく、風に吹かれる紙のようにフラリと現れるのはサングラスのだらしない格好の男…、彼もまた師団長 フリードリヒさんだ、やる気も気概も根性も甲斐性もないと評判の男であり、リーシャさんやトルデリーゼさん ジルビアさんと同期の方だ


「フリードリヒさん…、今日はどうしたんですか?」


「いやぁ!ちょいとエリスさんに用事がありまして 、今時間いいかな」


なぁ?いいだろう?と言わんばかりズケズケ寄ってくるその姿に、嫌な予感を覚える…、なんだろうか、というかメグさん 、砂糖漬けなんかよりもこういうのからエリスを守ってくださいよ とメグさんの後ろに隠れると


「失礼ですがフリードリヒ様、エリス様にはエリス様のご予定がございます、貴方の遊びに付き合う暇はありません」


ムッ!と胸を張ってフリードリヒさんを前にギロリと目を光らせる、うひゃあ怖い…この人メイドよりも護衛に向いてますね、ありがとうございますメグさん


すると、メグさんの言葉を聞いてフリードリヒさんは頭をボリボリ掻いて…


「遊びじゃねぇ、柄じゃねぇが 真面目な話だ」


「む…、エリス様 どうやら本当に真面目な話らしいですよ、フリードリヒ様は怠け者ですが嘘つきではないので」


「そうなんですか?、フリードリヒさん その…お話って」


「ああ、リーシャの件だ、いやリーシャとジルビアの件…って言ったほうがいいかな」


リーシャさんの、そしてジルビアさんの名前が出てきたってことは、二人の仲に関することか…、これは聞いておいたほうがよさそうだ


「詳しく聞かせてください」


「そのつもりだ、けどここじゃあれだ 静かなところに行こうや」


……………………………………………………


帝国首都のマルミドワズ その商業を司るロングミアドの塔の内部、百四十八階は丸々飲食店に使われており、世界中からやってきた料理人達が店を構えていることでも有名だ


そんな多くある店の一角、喫茶店『フルシティ』と書かれた看板の下、小さな小さな扉を潜ると空間拡張にて確保された店内の寂れた机に座るのはエリス メグさん レグルス師匠にフリードリヒさん、そして何故か付いてきたフィリップさん


「まぁ寛いでくれや、ここ俺のおすすめのお店で士官学園時代からの行きつけさ、人も滅多に来ない サボりにもってこいだ」


カウンターに並ぶように座り 周りを見る、どうやらこのお店は客の入りがあまり良くないらしい、おまけに店主は老齢…さっき注文した時も二、三度聞き返してきたし話も盗み聞きされる事もないだろう


店としてはどうかと思うが、確かに秘密の話をするならもってこいだな、なんて思いながらエリスは老齢の店主が入れたブラックコーヒーを一口啜る、あら美味しい 店主は惚けているが腕の方は衰えてないようだ


…いい店を見つけてしまった


「で?、なんでフィリップさんが付いてきてるんですか?」


「え?」


まぁこれから秘密のお話をするならそれでいいが、どれだけ秘匿性を高めても人数が増えれば漏れる口も多くなる、つまり必要のない人間は出来る限り付いて来させない方がいいんだろうけど…


何故か、エリスの隣に座りコーヒーにミルクと砂糖をジャバジャバ入れるフィリップさんを見やる、この人付いてくる理由なくないか?


「だって、エリスさんが行くって言うから 僕も付いて行きたくて…、きっと役に立ってみせますから」


「まぁいいじゃんか、ここで追い返して 下手に後をつけられる方が厄介だ、ならもう巻き込んでしまおうや」


まぁ、フリードリヒさんがいいならそれでいいですが…


「エリス様 ブラックコーヒーなんですね、私苦いの苦手で…よく飲めますね」


「フッ、エリスも小さい頃はブラックコーヒーを飲んでジタバタと暴れていたものだ、大きくなったな」


師匠!余計なこと言わないで!メグさんもそんなニヤニヤしないの!、師匠はそんなことばっかり覚えてるんだから…もう、師匠がブラックコーヒー飲んでるから 真似して飲んでるんですよ!、まったくもう!もう!


「ずずっ…、それで フリードリヒさん、お話…ってなんですか?、そんなに秘密にすべきことなんですか?」


「ん?、ああいや…リーシャたちの件はそこまで内緒にする必要はないんだが、念のためな」


この間会った時はちゃらんぽらんで大丈夫かこの人と思いもしたが、真面目な顔もできるんだな…この人


「内緒にしたいのは、…実はさ 明日師団長会議が行われるんだ」


「師団長会議?」


「ああ、…そこで アルカナ討滅に関する話をする、この情報を周りに聞かれずエリスさんに伝えるならこう言う場所の方がいいだろ?」


確かにそうだけど、それとリーシャさんの話にどんな関係が…、いや もしかして


「その会議の時、アルカナ内部に潜ませている密偵から報告が来る…その情報を元にそのまま侵攻に移る予定なんだ」


「遂に…ですか、アルカナと…」


この帝国に来てから五ヶ月、エリス自身かなり力をつけられたと思っている、けれど これがアルカナの大幹部たちにどれだけ通じるかは分からない、けれどもう時間だ 戦いに挑まないといけない


大丈夫…大丈夫だ


「でさ、アルカナとの戦いが始まったら もうこんな風に話もできないだろ?、それに アルカナとの戦いが終わったらリーシャも軍をやめちまう、その前にリーシャとジルビアの仲を元に戻しておきたいんだ、このままじゃ喧嘩別れみたいになっちまうだろ?」


「確かに、そうですね…でも厳しくないですか?、会議は明日なんですよね、リーシャさんとジルビアさんの仲は拗れてます、たった1日で なんとかなりますか?」


「そうですよ、もっと早く我々に話して頂ければ、エリス様も存分に動けたのに」


「出来れば巻き込みたくなかったんだよ、だから 俺一人で出来る範囲でなんとかしようとしたけど…なんともならなかった、はっきり言えばあんたらを頼るのは最後の手段なんだ、俺たちの問題に他人を巻き込むのは 最後の最後の…出来れば切りたくない手札だった」


「……そうでしたか」


これを、エリスの身の上に例えてみれば、ラグナとメルクさんあたりが喧嘩してるのに 関係のないリーシャさんやフリードリヒさんを巻き込みたいかと言えばそうじゃない


それは身内の問題に他人を巻き込むのは申し訳ない ってのよりも、友達のことなんだから 友達であるエリス自身でなんとかしたいと言う意識の方が大きい、それでも他人に頼らざるを得ない程に追い込まれ それでも諦められないから頼る


…エリスはフリードリヒさんの気持ちと覚悟、よく分かりましたよ


「ですがもう少し猶予期間が…」


「いえ、メグさんいいんです、二人の仲を取り持つんですよね、任せてください」


「良いのですか?エリス様」


「構いません、フリードリヒさんの友達を想う気持ち、エリスはよく分かりますから」


「有難い、本当に助かるよ…」


それに、リーシャさんだって内心はジルビアさんと仲直りしたいはずだ、あの日話しているところを見た二人の様子を見るに、二人の仲は昔は良かったようだしね…、きっとジルビアさんもそう 今はそう思うことにしよう


「でも、ジルビアさんって結構堅物ですよね、リーシャさんはどう言う人かはわかりませんけど 何かプランはあるんですか?フリードリヒさん」


そう語るのはフィリップさんだ、どうやら彼も参加する意気込みはあるようだ、何かの役に立つかは分からないが、彼も一応師団長 時間がない今はありがたい人手と捉えよう


「それを、今からエリスさんに聞きたい、リーシャから聞いた話じゃ エリスさんは作戦を考えるのが得意って聞いたぜ?、あのレーシュをも作戦で絡め取ってぶっ倒したって言うし、期待したいな」


「期待って…丸投げじゃないですか、まぁいいですけど…」


作戦立案なんて大したことは出来ないんだですけどね…、それに 作戦立てるって なんか二人を騙すみたいで申し訳ないなぁ…


「で?何か作戦浮かんだ?」


「そんな手早く浮かびませんよ!、そもそもエリスは二人のことをよく知りません!、…この際です、フリードリヒさん 二人の事よく聞かせてもらえますか?」


「お?おお、先ずは情報が必要だもんな…あー、うん なんか、話辛いな」


「いいから、お願いします」


「分かったよ…、おいオヤジ タバコ吸ってもいいか?」


「あぇ?、なにかい?」


なんて耳の遠いご老人に半端な許可を取り、彼は懐からタバコを取り出し 火をつける


「身の上話なんて初めてだから聞きづらいのは勘弁してくれ?…、先ずどっから話したもんかな」


席を立ち上がり、奥のテーブル席に移りながらタバコを吹かし、彼は口を開く


今はリーシャさんとジルビアさんの話が聞きたい、出来るなら本人達の話を聞くのが一番だが、今はそんな時間もない、二人がどう言う関係で どうして仲違いをしたのか、今一度整理しておく必要がある


「そうだな、…すぅー…まず、俺達他所じゃ最強世代なんて呼ばれるやつらが同期なのは、聞いてるよな?」


そう フリードリヒさんは語る、最強世代 特記組から優秀な人間が揃って輩出された時、軍に入った五人のことだ


フリードリヒさん トルデリーゼさん リーシャさん ジルビアさん あと一人はよく知らない、もう軍に居ないって事くらいしか


「俺達世代は全員同期…士官学校の入学から知り合いでさ、所謂腐れ縁…」


そうして語彼は語るリーシャさん達の過去、いや 彼等の過去…………



──────────────────


アガスティヤ帝国には全部で八十八の士官学校が存在する、通常の学園も存在するが この国の価値観で言えば『帝国民たるもの国の利となる存在となるべし』という意識がとても強い


故に、士官学校への入学を希望する者は全体の九割を超える、通常の学園に入る者はそこへ入学出来ず涙を飲んで転がり落ちていった者が大多数だ


そんな競争率の険しい道の中でも一際厳しい道がある、それが帝国第一士官学校…つまり 首都マルミドワズに存在する学校だ、この学園だけ 他の八十七の学校よりも頭一つ飛び抜けて入学希望者が多い


理由はいくつかある、ここの卒業者は軍上層へと上り詰める割合が多い事、教鞭を握る教官の殆どが元師団長であること、だが一番は 特記組だろう…、第一学校にのみ 卒業生の中から皇帝陛下が自ら選抜した特記組を選ぶ制度が存在する


みんなみんな、陛下から教えを賜りたい そして陛下を守る剣に 盾に 城塞になりたいから、特記組に入る為幼少期から険しい競争へと身を投じるのだ…


そして、そんな特記組に入学し 厳しい訓練を乗り越え軍へと入隊した五人の若者がいる、元々凄まじい力を持つ特記組の中でも さらに一段強い力を持つ彼等を 皆はこう呼んだ


『特記組最強世代』と



「すぱー…ウメー、タバコうめぇー」


時は十数年前に遡る、首都マルミドワズの展望フロアにて タバコを吸っては吐く、柄の悪そうな若者が一人、一年ほど前に帝国軍へと入隊した最強世代の一人 フリードリヒ・バハムートだ


不真面目なからその成績は特記組最強世代の中でも一二を争う程の物であり、いつかは将軍になる…とまで言われていたのだが…、今 それを口にする人間はいない、それだけ不真面目なんだ


「ちょっとフリードリヒ、何タバコなんて吸ってんのさ!、煙たいんだよ!捨てろ!」


「いて、叩くなよトルデ…いいじゃん別に」


そんなフリードリヒの肩をベシリと叩くのは彼と同じ最強世代の一人、戦闘能力と引き換えに脳味噌何処かに落としてきた とまで言われるほどの戦闘狂 トルデリーゼ・バジリスク


彼女もまた将来有望と言われるのだが、如何にせよ頭が悪い、学校の成績を実技だけで乗り切り座学を捨てていただけはあり、その頭の悪さは帝国指折りだ


「いいも悪いもあるかよ、何がいいんだか…なぁリーシャ」


「ん?んぁー、そうだね」


そんな二人を尻目に適当に返事をする彼女こそ リーシャ・セイレーン…、今回 フリードリヒが話す内容の中核たる人物だ


この頃のリーシャは真面目で勤勉で、最強世代の中じゃ一番期待されてた、誰よりも勤勉で 誰よりも愛国心に溢れ、陛下の役に立つという強い意志に戦闘能力と才能まで付いてきたんだ


この時は多分五人のうち 誰よりもリーシャが師団長に近かったと言える、マグダレータさんのお気に入りだったしな


「お前…適当に返事しただろ、本読みながら返事するなよ…で?、何読んでだ?」


「んー?、騎士物語…エトワールの方で今流行ってんだって」


「騎士ぃ?、騎士ってあれだろ?アジメクとかコルスコルピとかの軍にいる、あれだろ?、鉄の鎧と剣持って 前時代的だよなぁ?、あんな古臭いのの何処がいいんだか」


「そーお?、私はいいと思うけどな…、仕える主人と祖国の為に剣と生涯を捧げる、理想の在り方だ」


「そうそう、トルデは見識ってのが足りないぜ、あと愛国心 すぱー」


「タバコ吸うなって言ってだろ!」


「いいじゃんいいじゃん、あ リーシャも吸う?集中出来るぜ?、なんかの作業にゃ持ってこいだ」


「死んでも吸わなーい」


いつものように、俺たちは意味もなく集まって 意味のない会話をしてた、何について話すとかでもなく、ただ一緒にいるのが居心地が良かったから 一緒にいた、それだけだったし…事実 今でもこいつらと一緒にいるのは楽しかった


「んで?、アイツら何処言った?」


「アイツらって?、ジルビア?それとももう片方?」


「両方、今日五人で遊び出かけるって言ったのに」


ふと、周りを見る 意味のない話をしていたが、意味なくここにいるわけじゃない、ここは五人のお決まりの待ち合わせ場所、今日も五人で仕事が終わったら娯楽エリアに行って朝まで遊ぼうと思ってたんだが…約2名 現れないんだ


「ジルビアは知らん、けどアイツの方は魔装庫の辺りをウロついてるって聞いたよ?」


「またか?、アイツ…何考えてんだ、あたしまたアイツロクでもない事考えてる気がするよ、フリードリヒ 一回話聞いた方がいいんじゃねぇの?」


「んー…、そうだなぁ、まぁでもアイツ友達思いのいい奴じゃん?滅多な事はしないと思うし、単純に武器が好きなだけだと思うけど」


「アイツが好きなのは武器じゃなくて戦争だよ、いつも言ってんだろ 戦争戦争って、縁起でもねぇ アルクカース人じゃあるまいに」


「むぅ」


正直言うと俺は友達を疑うような事を言いたくなかった、けれどこの時、トルデリーゼの言う通り アイツに対して何か言っておくべきだったのかもしれない…、なんて 今は関係ないよな


まぁそんなこんなで待ってた時だ


「リーシャちゃーん!」


「お 噂をすれば」


バタバタ ジタバタ、そんな言葉が似合うような騒がしさで足を動かしこちらに寄ってくる快活少女がいる、そう あれがジルビアだ、ジルビア・サテュロイ この頃は五人組の元気担当って感じで 末妹感があって可愛かったなぁ


「ごめんね!ごめんね!、みんな!遅れちゃってさ!」


「そんな待ってないよ、それより走ってきて疲れてない?座る?ジルちゃん」


「あ!ありがとうリーシャちゃん!」


ジルビアは元気でお茶目で、それでリーシャの事が大好きだった…


ってのも 俺達は全員時間学園下級生の頃からの付き合いで腐れ縁ってのは話したよな?、けれどリーシャとジルビアは違う、二人は同じ村の出身で しかも実家がお隣さん、同じ遊び場で遊び 同じベッドで寝た 所謂幼馴染って奴だった


仲の良さなら五人で随一、リーシャが姉で ジルビアが妹ってな感じだな


「はぁ はぁ、ごめんね、はぁはぁ遅れて、急いではぁはぁ走ったんぜぇせぇだけど」


「取り敢えず息を整えろよジルビア、おん?なんだその紙」


ふと、俺はジルビアの手に持つ紙の束に目が行く、こんなもん持ってるの見たことないが…、そう思い彼女に聞く、隣で顔を青くしているリーシャに気がつかないまま


「え?これ?、リーシャちゃんの書いた小説!」


「え?小説?」


「ジルちゃん!!!それ!内緒のやつ!」


「あ!!!???」


即座に逃げようとするリーシャの肩に手を回しと共に、トルデもまたリーシャの腰を掴み 逃すまいと拘束する、こう言う時の俺たちの連携なめちゃいかんぜ


「リーシャ?お前小説なんて書いてんの?」


「聞いてないなぁあたし達、そう言やいつも小説読んでたなぁ、詳しく聞かせておくれよぉ」


「このクズども、だから内緒にしておきたきたかったんだよくそったれ」


「はわわ、ごめんリーシャちゃん、でも凄く面白かったよ!リーシャちゃんやっぱり才能あるよ!」


「そりゃどーも…」


「なぁ、詳しく聞かせてくれよ」


二人から拘束されて観念したのかリーシャはこの後洗いざらい全部吐いた、リーシャはこの頃から趣味で小説数本したためてたらしいんだわ、当然ながら俺達は知らなかった、理由は単純に知られる気恥ずかしさだとよ


ただ、幼馴染のジルビアに対してだけ見せてたってのは、まぁそう言うことよ


そうして俺達はリーシャ相手に交渉をかまし、なんとかジルビアの持つ小説の原稿勝ち取ったわけなんだが…


「……こりゃあ」


「面白い!、すげーなリーシャ!あんた文才なんかあったかのよ!あたしびっくりだよ!」


「私もトルデが字を読めた事が知れてびっくり」


「どう言う意味だよ!、おいフリードリヒ!お前もなんか言えよ!」


トルデにガシガシ叩かれながらもリーシャの原稿を読んで、俺は衝撃を受けたね…


「面白い、こりゃ 本当に面白いぜ、リーシャ」


「はいはい、ありがとさん」


「お前これ、本気で書いたろ」


「…はぁ?、私はいつも本気ですよ」


本気の意味が違う 俺はそう直感した、リーシャがこの原稿を書く際…いや 文字の一文字一文字から、リーシャの魂を感じた、遊び半分とか趣味の延長で書いてない リーシャは本気で小説を仕上げていたんだ…、つまり


「…お前、小説家になりたいのか?」


つい、口走ってしまった、リーシャは本当は軍人じゃなくて 小説家になりたいんじゃないかって、俺はそう思ってしまったから…、するとリーシャはみるみる顔を顰めて


「フリードリヒ…、私がなりたいのは軍人で 事実それになった、今更小説家になりたいとか思わないよ、それとも私はなりたくもない軍人になって 無理にここに居るって言いたいの?」


「わ 悪い、そうじゃないんだ…いや、軽率だったな…ごめん」


その気迫につい謝っちまった、そりゃそうだ リーシャは本気で軍人を目指していた、その努力を誰よりも知ってるのは俺たちだったはずなのに、それを否定するようなことを言って 酷く痛み入ったのを今でも覚えている


ただ、リーシャはその後 こうも続けた、顰めた顔を元に戻して…フッと息をついて、手元の本を見て


「別にいいよ…けどそうだね、…この本ってもう百年くらい前のものなんだって」


「え?、あ…ああ、それがどうした?」


「作者は当然もう死んでる、けれど 作者が思い描いた世界と名前は今もこうして残ってる、この作者が小説を書かなかったら私はこの作者のことを知らなかった、きっと 多くの人間が作者の事を知らず そして忘れてられていったと思うの」


「…けど、本を書いたから 今ここに名前が残り、リーシャの中にそれが記憶されてる…って言いたいのか?」


「うん、…私もさ 思ったんだよね、ほら 私ら軍人じゃん?、いつ死んでもおかしくない人間だし、多分 この世の役職で最も死に近いところにある物に私達はなったわけだ」


そんな事はない、とは言えない、いくら精強な帝国軍とは言え 死ぬときは死ぬ、今の世情はどちらかと言うと平和だが、…魔女世界の中核を担う帝国かを目の敵にする連中は多い、そう言う奴らから日夜攻撃も受けている…、最近じゃ大いなるアルカナ なんて奴らも帝国で潜伏してるらしいしな


それらの撃滅も、俺たちの仕事なんだ、そう言う任務に就いて 死ぬ奴もいる、どれだけ強くても死ぬ時は死ぬ…そう言う仕事なんだこれは


「私さ、軍人になってから思うようになったんだよね、私もいつか終わる、それは突然訪れるかも知れない、そうなった時 私はどうなるんだろうって、その時 私はなにかを残せるのかなって…」


「俺は忘れないぞ」


「あたしも!」


「ありがと、でも違うのよ、私はこの世に生まれた意味を作りたいんだ、ただ生まれてただ死んだ…そんな人間になりたくないの、せっかく神様からもらったこの命でこの世界に 生きていた証明を残したい」


「それが、小説だって?」


「うん、私が死んでも 書いた小説とそれに載せた私の名前は残る 残り続ける、そんで それを見た誰かが感動したり 笑ったり 駄作だって唾を吐き捨てたり…そうして生きた人達に何かを与える、それは私がこの世に生まれた意味になるんじゃないかな?、ってさ 思ったわけよ」


偉く悲観的な物の捉え方だ、けど、リーシャはこの頃から 何処か達観した物の考え方をしてるのは 見て取れた、軍人として愛国を示したい己と 一人の帝国民として生き方をしたい己


その二つがせめぎ合った結果の、これなんだろう…


「世に残るものを残して…か、俺は死んだ後のことなんか考えたこともないぜ」


「あたしも、結局今しかないんだから、今のことしか考えないよ」


「二人は今を全力に生きてていいねぇ、まぁ?私もこれはお遊びですし?、小説家とか…書いてて分かったわ、これで食ってくなんて私には…」


「私は!いいと思うな!、リーシャちゃん!」


「え?」


キンと声が響く、見れば目にいっぱいの涙を溜めたジルビアが、スカートをくしゃりと握りしめながらふぅーふぅー息を吐きながらリーシャを睨んでいた


「ど どうしたのジルちゃん、そんな必死になって…」


「私 知ってるよ!、リーシャちゃ本を読むの昔から好きだよね!、私よりも先に字を覚えて 字が読めない私にたくさん本を読んでくれたよね!、…それに 昔私に読んでくれた『竜騎士テンライトの冒険』って本!覚えてる!?」


「お…おお、覚えてるよ…うん」


「とっっても面白くて面白くて 私の大好きな本!、けど私が何回も読んでって頼んでももう二度と読んでくれなかった一回だけのあの本…、字が読めるようになってから調べたよ…、『竜騎士テンライトの冒険』 そんな本この世のどこにもなかった」


「う…」


「そりゃそうだよね、あれ リーシャちゃんの頭の中にしかないんだから…、適当な本を開いて 字が読めない私に向けて自分で作ったお話を聞かせてくれたんだよね!」


「気がついてたんだ……」


「あんな面白いお話を作れるリーシャちゃんなら!小説家になれるよ!、きっと私みたいに 何回も何回も見たいって思えるようなお話作れるよ!、だから…」


涙ながらにリーシャに縋り付きながら叫ぶ


ジルビアはリーシャの事が大好きだった、尊敬していたし 敬愛してた、学校でも憧れてる人は誰ですか?なんて聞かれた時には『リーシャ・セイレーンです!』なんて高らかに答えるくらいには、リーシャが大好きだった


だから、この言葉はリーシャの幸せを思ってのことだったんだろう、リーシャの幸せを誰よりも願う彼女だからこそ、出た言葉なんだろう でも…


「離して、ジルちゃん…」


「リーシャ…ちゃん?」


無情にも、リーシャはジルビアの手を振りほどき そして、冷たくも強い目でジルビアを見下ろす


「ジルちゃん…覚えてる?、ほら 私の村にいた反魔女おじさんと魔女嫌いおばさん」


「うん、覚えてるよ」


なんじゃそりゃ、と言いかけた後すぐに思い出した…、確かリーシャの村にいた奇人…だったか?


なんでも毎日のように村の真ん中で夫婦揃って『魔女が不平等を作り出している!』『魔女の言う通りにしていればこの国はどんどん貧困に陥る!』『我々人の世は魔女によって支配されては行けない!』『目を覚ませ!』『覚醒しろ!』とか 色々叫んでたらしい


変なやつらだよ、魔女が間違ってると叫ぶことがじゃない この帝国で反魔女活動をすることがだ…、世界一の魔女信仰の国で そんなことしてりゃ白い目で見られるのは当たり前だってのにさ


リーシャから聞いた話だとその家には息子もいたそうだが、一度として外に出てこないくらいには孤立してたんだと…可哀想だよな



でも、その夫婦も最後にはどこぞの誰かに『国家転覆を企んでいる』なんて密告食らって帝国に連行されたらしい、んで調べてみりゃ本当にそういう組織とつながってたってんだから驚きだよな、そう言うやつらはどこにでもいるんだ


「ああいう日常の中にも 日常を壊そうとするやつらはいる…、どこにどんな脅威がいるか分からない、この国は この世はそういうものなんだって…、いつぞやの話たよね」


「う?うん」


覚えてねぇなこれは


「私は帝国軍人…、この帝国の為に命を懸けて 帝国の為に戦う、確かにこの命の意味を考えたこともあった、だから小説を書くこともあった、だけどね この命の意味を作るためにこの命を使うことはしない、私の命は この国の平和を 世界の平和を守るためにある」


「で…でも」


「ジルちゃん、私とジルちゃんみたいな子供はこの国に大勢いる、そしてそれを脅かそうとする人達も大勢いる、…けれどみんながみんな戦えるわけじゃない、誰かが命を懸けて守らないといけないんだ、私は…そんな子達を、私とジルちゃんみたいな子達が私達みたいに平和に笑って生きていける世の中を守りたいから、ここにいるんだ、それは使命感とか義務感とか愛国心からじゃない、私がやりたいから やるだけなんだよ?」


「……うん…」


リーシャの決意は本物だった、死ぬ時のことを考えながらも 死ぬつもりはなく、ただ生を全うする中で助けた人間の数を一人でも多くしたい、それが彼女の根底なんだろう


それを分かってるからこそ、知っているからこそ、ジルビアもまた手を離す…、ここに関しては俺も何も言えない


「だから、そんな顔しないで ジルちゃん」


「うん…」


その頭を撫でて、さぁ これで一件落着…と思ったその時


「ここに居たのかい、ジルビア リーシャ」


「ん?、ってマグダレータ団長!どうしたんですか!」


ふと、腰を曲げた老婆がツカツカと軍靴を鳴らしてこちらへと現れるんだ、この頃のマグダレータ団長はそりゃあもうリーシャを溺愛してたよ、本人は否定してるけど ありゃ息子のループレヒトよりも愛してたね


いずれ私の後継に、なんて酒の席で溢す程度には リーシャに目をかけていたのがもう普段の態度からありありと伝わって来た


「あんた達二人に仕事だよ、危険だけど大仕事さ」


「大仕事?」


「最近潜伏している大いなるアルカナとかいう組織を援護する為 八大同盟の一角が動いたらしいよ」


「八大同盟!?マジっすか 、木っ端な組織かと思ったら、随分目をかけられてるんですね アルカナって」


マレウス・マレフィカルムとは 数百数千 ともすれば数万の組織が寄り集まり出来たコミュニティであり一大機関であることは帝国内では周知の事実である、そのコミュニティの外縁に位置する雑魚組織とはフリードリヒもトルデリーゼも戦った事があるからよく知っている


だが、その中枢に位置すると言われる八つの組織…、数多くの組織を傘下に治め従え支配する 魔女排斥の王たる八つの組織が存在する


彼らは絶大な戦力と影響力を持つが故にマレフィカルム内においても不可侵の条約を結び薄氷の結託を成している、それが七大同盟…マレフィカルムの中を八分割する巨大組織


そいつらが動いたってんだ、俺も師団長になってからこの方 その影を踏んだことは一度二度しかない程に奴らは周到に隠れて帝国を寄せ付けない というのに、そいつらが態々この日 そのうちの一つがアルカナの援助に動いたそうなのだ


アルカナは戦力だけなら八大同盟にも匹敵する危険度だ、そいつらと八大同盟が組めば この戦いは泥沼になる


「動こうとしているのは八大同盟の内 毒物や麻薬と言った薬物による裏稼業の総元締めを務める組織である 『退廃のレグナシオン』、連中アルカナにカエルムなんてやばいブツを大量に持ち込んでこの国腐らせるつもりだ」


「カエルムって確かデルセクトで蔓延してるってあのやべぇ薬っすよね、一回使ったら病み付きで 私財や妻や子供を売り払ってでも手に入れようとするって噂の…」


「マジかよ、そんなもんこの国に持ち込まれたらアルカナどころの話じゃなくなるぜ…」


カエルムは当時デルセクトで凄まじい猛威を振るった薬で…って、エリスさんには必要ない情報だったな、何せデルセクトのカエルムを根絶した張本人なんだもんなぁ、表向きには伏せられてるのになんで知ってるって?、有名だからな 帝国じゃあよ


「大組織『退廃のレグナシオン』の本隊はあたしら達第十師団で叩くことになった、けれどもう薬の受け渡しは始まっちまってる、だから師団が動く前にリーシャとジルビアにその薬の受け渡しをなんとしてでも阻止してもらいたいのさ」


「なるほど、大仕事ですね 分かりました、私とジルビアで行ってきます」


「ちょちょっ!、待てよ…大丈夫かよ」


降って湧いた大仕事を何のためらいもなく引き受けるリーシャに思わず口を挟んでしまう、いや 絶対に阻止しなきゃいけないのは分かる、分かるけどよ


「その受け渡し場所にはアルカナとレグナシオンが揃うんだろ?、レグナシオンは言わずもがな 、アルカナも結構は戦力って聞くぜ?、特にアリエ…世界中で悪名を轟かせるレーシュがアリエの中じゃ三番目なんだぜ?、もしその幹部の一番二番がその場に居たら 二人だけじゃ危ねぇだろ、俺も行く」


「フリードリヒ…、あんたはレグナシオン撃退任務の方に行くんだよ、それにね アルカナはその大部分もカストリアの方に向かわせているから戦力はたかが知れてる アリエも動くわけがない、レグナシオンだって ただの薬の受け渡しに幹部を寄越す器量はないさ」


「予測予想の話をしてるんじゃねぇ、そういう可能性があるっていう話をしてるんだ、不測の事態は起こる いつだって…、それで二人が死んでみろ、俺あんた許さねぇぞ…!」


「…フリードリヒ、あんたの心配は分かるが そっちに師団長クラスを割くのは危険なんだよ、もしかしたらそちらで注意を引いて あたしらの隙をつく作戦かもしれない…そういう可能性だってある、だから戦力は割けない それにリーシャとジルビアだけが行くわけじゃない、他の師団からも人員は割く…それに」


「大丈夫だよフリードリヒ、私とジルビアなら問題ないって、私のこと信用してないの?」


「そうじゃないけど…」


「ね?、ジルビア、私達なら大丈夫だよね」


「うん!、大丈夫!直ぐ終わらせて帰ってくるから、帰ったらみんなでご飯食べに行こう!」


「お…おう」


動くなら直ぐに動いた方がいい、そう言いながらリーシャとジルビアはマグダレータさんに連れられて任務へと赴いていくことになった、リーシャのことは信用してないわけじゃないけど


…言い知れぬ胸騒ぎに落ち着くこともできず、立ち尽くしていると…、リーシャがふと、くるりと振り向いて


「フリードリヒ…、これ!」


「え?、ああ…」


そう言いながらリーシャが首元から出したのは一つのペンダント、昔どこぞの露店で買った安物の鉄製のペンダントだ、これが壊れない限り俺達の友情は永遠だ なんて言って、五人で揃いのペンダントを買ったんだ


それを胸元から出して見せてくる、…俺もまた 服の中からペンダントを取り出し、見せる


「私達の友情は永遠、でしょ?、信じて フリードリヒ」


「ああ、分かってるよ」


「じゃあねぇ〜」


指先でくるりくるりとペンダントを回し立ち去るリーシャの後ろ姿、それが 俺が見たリーシャの軍人としての最後の背中だったんだ…、なんで 俺はこの時もっと強く反対しなかったのか、理屈なんか捨ててついていかなかったのか…


それを、一生後悔することになるって…この時 実はちょっと予感してたんだ


──────────────────


「その後、リーシャは任務中左手足と左目に甚大な重傷を負った、不測の事態がいくつも重なったんだ、…居ないと思われてたレグナシオンの大幹部が三人も居て しかもそれに動揺した別の隊員がヘマして帝国の存在が露見…交戦になり、リーシャとジルビアで大幹部を二人撃破したんだが 最後の一人が捨て身放った攻撃からジルビアを守って…リーシャは再起不能と言われるまでの怪我をしたんだ」


八本目のタバコを灰皿に捨て、フリードリヒさんは悔しそうに拳を握る


彼が語ったリーシャさんとジルビアさんの過去と確執の根源たる出来事、それを聞いて エリスは顎に指当てる…、そして考える 色々とだ


「不測の事態が起こると予見しておきながら俺は何もしなかった、見捨てたも同然さ…、お陰でリーシャは体ジルビアは心に傷を負って、このざまさ」


「ふむ…」


「ああ悪い、話し込んじまったな…、でもこんな話で 何か分かるのかね、話しておいて何だけどさ」


「いえ、色々わかりましたよ、ただ任務の内容や任務中に何があったかまでは分からないんですね」


「ああ、一応任務の内容は秘匿されてるからな、仮にも魔女排斥組織相手に特記組最強の一人が負傷し戦線離脱しましたなんてのは醜聞だからな、…だから リーシャの離脱の内容は俺も詳しくは知らないんだ、悪い」


「いえ、大丈夫ですよ、さっきも言いましたが 色々わかりましたから」


そうだ、色々分かった 何をするべきかね、けれど その前に一つ気になったことがある、どうでもいいことだけれど


「にしても、友情のペンダント…ですか?、今も持ってますか?見せてもらえます?」


「おお、持ってるぜ?多分トルデも持ってる」


そう言いながら首元から取り出すのは色褪せた銀のペンダントだ、エトワールの物に比べてやや装飾が荒いのには特に言及すまい、ただ 気になるのは


「…リーシャさん、こんなの持ってたかな…」


エリスはリーシャさんと一度蒸し風呂に入ってる、だから彼女の衣類や身につけているものは全て記憶していたが、彼女がこれを首にかけていた という記憶はない、いやもしかしてポケットにしまってたのかな?、それなら服を脱いでも見えないし…


でもこれを持ち出したことは一度も…


「壊れちまったからな」


「え?、壊れたんですか?」


「ああ、リーシャが重傷を負って医務室に担ぎ込まれた時見た、多分敵の攻撃を受けた時に壊れたんだろうな…真っ二つに割れてたよ、まる俺達の友情の終わりを表してるようで…、今も目に焼き付いて離れないよ」


壊れない限りその友情が途切れることはない、その友情を示すペンダントが割れていた、別にそれで友達じゃなくなるわけじゃないだろうけど、その後の事を考えたら効いただろうな…


ふぅむ、友情…か


「で?、俺は何をしたらいい…、どうしたら昔みたいに戻れるんだ、俺はもう分からないんだ、二人ともすっかり変わってて…もう前みたいに友達じゃいられないのかな」


「そんな弱音吐かないでくださいよ、別に他の人を頼るなとは言いません、けど 他でもないあなたがリーシャさんとジルビアさんを信じないでどうするんですか、友達なんですよね みんな」


「…………ああ」


手の中のペンダントを握り締め そう返すフリードリヒさんの目は、確かな炎を宿している、こういう目をしている人は強い エリスはそう信じてます、そしてその炎は リーシャさんにもジルビアさんにもあるはずですよ


よしっ!


「それでエリス、フリードリヒの言う仲直り作戦の内容は浮かんだのか?」


「はい、師匠 浮かびましたよ一つアイデアが」


「なにっ!?本当か!?、いやぁ やっぱりエリスさんに相談してよかったよ!、それで!何をしたらいい!どうしたらいい!、何だってする!だから!」


「ちょっ!?タバコ臭いので近寄らないでください!」


椅子を倒してこちらに詰め寄るフリードリヒさんを手で押し退ける


ああ浮かんだとも、リーシャさんとジルビアさんを和解させりゃいいんですよね?、そんなの簡単ですよ、と言うかそもそも最初からこれ以外方法はないんです


「わ 悪い、それで…内容は」


「そもそも、策を弄したり 作戦を用意して、二人の仲を取り持とうってのが不誠実なんです、リーシャさんとジルビアさんを真っ向から話をさせます それ以外ありません」


「つまり…作戦も、策も…無いってこと?」


「そんなに落胆しないでくださいよ、フリードリヒさんは一度でも二人を真っ向から話させましたか?」


「そりゃ俺だってそれくらい考えたけどよ、会ってくれないんだ二人とも、それに強引に連れて行こうとしても警戒されるし…、会わせること自体難しい」


「そうですか、じゃあそこに関しては一計案じますか…」


チラリとカウンターに座りココアをちびちび飲んでいるメグさんに目を向ければ、彼女も何か察したようで


「かしこまりました、エリス様のお望みのままに」


「はい、フィリップさんも手伝ってもらえますか?」


「え?、うん いいよ、何したらいいの?」


「作戦の決行は明日です、そこで二人を引き合わせ 話をさせます、まず……」


指を立てて 作戦と呼べるかも怪しい段取りの話をする、リーシャさんとジルビアさんの確執を取り除くために


これは、余計なお節介かもしれない、だけれど もしリーシャさんにジルビアさんを想う気持ちがありジルビアさんにもリーシャさんに思う所があり、二人に友情があるなら…、取り返しがつかないことになる前に なんとかするべきだ


少なくとも、ラグナ達と言う友を想うエリスにはその答えしか出せないから、やるべきなんだ


…………………………………………………………


「これで全部か?」


「うん、これ以上ない…と思うよ?」


「な…なな、なにか…不満…ですよねすみません」


アガスティヤ帝国 東方の果て、黒い杉が乱立する針葉樹林帯 別名 黒槍襖の森、かつてパピルサグ王国があった地帯に広がる森の奥、灯の燈る古城の中…いや外にまで溢れる大軍勢


その数を十一万、小国の軍勢にも匹敵する数の人間が全員武器を持ち凶悪な笑みを浮かべている…


そんな大軍勢を前に、彼らを束ねる旗本になっている三人の人物が城のエントランスでそれを眺める


「よくもまぁ集まった方だと思うよ?僕はさ」


ナイトキャップを被った白髪の青年 大いなるアルカナの大幹部が一人 No.17.星のヘエは、頭上のナイトキャップのズレを直しながらお隣さんにお伺いをたてる


「もも…もう、いいんじゃないですか?、いやだってこれ以上人を集めたらこの森での秘匿も難しいですし…これ以上の人員を食べさせる食料ももう無いですし、これ以上待機してたら彼等も痺れを切らして内乱が起こっちゃいますよ」


濡れたような黒髪をだらりと下げ 間から隈の出来た目でちらりちらりとお隣様に伺いを立てるのも大いなるアルカナの大幹部 No.18.月のカフ


そして、そんな二人の言葉を受けても なお苦々しい顔でそれを見つめるのは…


「…足りない、これではまるで足りない」


十一万の軍勢を前に歯を噛み締めるのは、無色透明な髪と白色の瞳孔を持つ女性、大いなるアルカナの切り札 アリエの中でも随一の実力を持つNo.20 審判のシン


それが言うのだ、足りないと 十一万の軍勢を前にしてもまだ


大いなるアルカナはこれから帝国と一戦やりあう、その情報をマレフィカルム内部に流し 戦さ場を求める過激派の組織達を動かし、今ここに一大魔女狩り同盟が生まれた 集うた組織の数は凡そ八百五十、数だけで言え八大同盟傘下に比類する規模だ


だが…


「うへぇ、こんだけ集めてまだ不満です?シンさん」


「そ そうですよ、寧ろよく集まったと言うか…よくも来たと言うか…命知らずというか」


「足りません、これでは精々師団長数人に撃滅される…、集まっさ組織の質が悪すぎる」


確かに数は集まった、だが揃ったのは頭数だけ、中身を見ればまともに戦えそうなのはほんの一握り、確かに強いのはいる だがその数が圧倒的に不足しているんだ


これならまだアルカナ上位メンバーがいた方が役に立った…、アインやペーを使いっ走りにしたのは誤りだった、レーシュをエトワールに向かせたのは間違いだった、何よりエリスという存在自体が誤算だった…


このまま戦っても一ヶ月と持つまい…、相手は最大の魔女大国と最強の魔女なんだぞ…これでは…


「ンおいおい、自分達で集めておいて 不満はないだろう」


「せやせや、こちとら命懸けてんねんで?、せやのに文句つけるんはちゃうとちゃうか?」


「そうです、我等魔女排斥組織一同 その末端に至るまで覚悟してきている、なのに…思いの外、貴方には人の心がないんですね」


「む…」


そんなシンの態度に苛立ちを露わにし現れるのは集まった魔女排斥組織のボス達、特に アルカナに不満を持つ者達だ


義賊衆ロクスレイの頭目 ルッツ・ロクスレイ


強盗騎士団シャーティオンの騎士団長 レオボルト・フェーデ


清廉なるアヴァンチュリエの会長 ペトロネラ・ジルコニア


こいつらはアルカナに協力しておきながらアルカナの傘下に加わることを嫌い、そして奴を崇拝するこの同盟の問題点だ…


「私はお前達よりも帝国をよく知っているだけだ、その力も 恐ろしさもな」


「ン恐過ぎて 前へ踏み出せないだけじゃないのか?、足が竦んで動けないってんなら、その座を降りろよ…後はヴィーラントさんと俺達で指揮をとるからよ」


「貴様…」


そうだ、こいつらはヴィーラント…、突如として現れ多くの組織の心を奪ったヴィーラント・ファーブニルを崇拝しやまない奴らなんだ


ヴィーラント、なにを考えているかは分からないが兎に角弁舌だけは達者な男で、瞬く間に同盟内の中心人物にまで割り込んできた男…、所属する組織もどういった人物なのかも不明、かつてパピルサグ王家に仕えた貴族の末裔という事以外分からないアイツは…、私からすればこれ以上に怪しい奴はいない


「せやで、ワシらだけでもやったる、それにヴィーラントはんが用意したあの秘密兵器もありゃ、勝利は確実や」


「秘密兵器…か」


ヴィーラントはこの同盟に参加するとき 二つの手土産を持ってきた、一つは『我々に味方する新たなる魔女』そして『魔女を確実殺す兵器』…


この双方は確認した、後者の方は分からないが 前者…我々に味方する魔女、あれは分かった、確かあれは…


「フンっ、人工魔女…だったか?、人の技術を以ってして魔女を作る、到底叶う芸当とは思えないな」


奴が用意したのは八人の魔女とはまた違う、魔女を模して作られた肉人形…人工魔女と呼ばれる人造生物だ、ゴーレムよりも人に近く 人よりも兵器に近い存在、古代の錬金術にも生命を持った人型を作る魔術はあったと聞くから 不可能ではないとは思うが


問題は、奴が何故それを持ってるかだ、あり得ない 人工魔女を作るなんて 絶対に、私はそう言い切れる


「そもそも、どこから持ってきたかも分からないものを頼りになんか出来ない」


「ンそれは、お互いに言える事じゃないのか?、どこの誰かも曖昧な奴を そもそも頼りに出来ない、俺はそう思ってるし…お前もじゃないのか?」


「信用されていると思っていたのか?」


「テメェぇ…、下手に出とったらええ気になり腐りよってからに、ワシの助けが無けりゃとうの昔に帝国に握り潰されとった奴らが大口叩くなや!」


「足元で吠える子犬に何を言われても なんとも思わん」


「ちょっとシン!、ただでさえ士気が下がってんだから喧嘩煽らないでよ」


「そそ そうですよ、い 一応助けて頂いているわけですし 、それに…」



「待ってください!皆さま!」


「っ…」


啀み合うシンと魔女排斥組織のボス達、そのいがみ合いの最中に飛んでくる若い女性が一人、息を切らして大の字になってシンを守るように立つ


「ああ?、誰やねんアンタ」


「わ 私は魔女排斥組織 デビルズプルーフの代表 ノーラです!」


「デビルズプルーフぅ?、ああ あの構成員10名以下の戦力外組織やないか、あんまりにも弱いから事務方任されとるちゅうあの、…で?その雑魚組織のボス様がワシに楯突いて何の用や?ああ?」


割って入ってきたのはデビルズプルーフの代表であるノーラだ、アルカナの呼び掛けに馳せ参じた組織ではあるものの、その構成員の少なさと荒事の経験の浅さから戦力外のレッテルを貼られている文字通りの雑魚組織


だが、ノーラもそこは理解しており 戦い以外で役に立とうと組織が持ち込んだ物品や資金の計算、食料の分配や情報の管理などを進んでやってくれている、文句ばかり垂れるルッツやレオボルトの五百倍は役に立っている


「け 喧嘩はやめましょうよ、ここでいがみ合って何の意味もないですよ、はい」


「はぁ?、喧嘩はやめましょう?、アホ抜かせこれは喧嘩とちゃう…、殺し合いの前段階や…」


「ひぃい!?」


ギラリと腰にかけた剣を手に ノーラに迫るレオボルト、これはいけない ここでノーラを失えば同盟は瓦解する、というか 集まった組織で殺し合いを始めたら瓦解するより前に同盟が空中分解してしまう


止めねば そうシンが動くよりも前に…


「待ちたまえ!、ここには志を同じくする仲間しかいない筈!剣を抜くなんて言語道断だ!」


「っ…!、ヴィーラントはん…」


チッ と反射的に舌を打つシン、響いた声の胡散臭さに思わず眉が釣り上がる…


レオボルトの暴挙を止めたのは、ヴィーラントだ…、城の奥から真っ赤なマントを翻し好青年を思わせる茶色の短髪とカリスマを漂わせる端正の顔つきを怒りに染めながら、コツコツと靴音を立ててこっちに歩いてくる


「レオボルト卿、『騎士の剣とは斬りつける刃に非ず、即ち守る為の剣』 である…君の祖国に伝わる訓示だったね、僕は君の国 騎士団の盾足らんその心意気に痛く感動したものだ、どうか一時の気の迷いで君が大切にしていたものを汚さないで欲しい」


「そ…そんなことまでご存知とは、…確かに若い頃 教官に口を酸っぱくして言われたのに、すんません」


「いや、僕は嬉しいよ 君の祖国を愛する気持ちは時を超えてもなお健在であると知れたからね、同じ祖国を愛する者同士 これからも愛国心を胸に励んで行こう」


「はい!」


あの髭面の悪党がヴィーラントの話を少し聞いた程度で絆され剣を収める様は、見ていて気味が悪い


だが、ヴィーラントはこの手を使い 大勢の人間から信頼を集めていた、胸の奥底にあるものを掘り起こし 自分の目的と照らし合わせ、共感し協調させる、バラバラの方向を向いているはずの人間を一つの方向へと向ける鮮やかな手際に シンは警戒心を抱いていた


こいつは得体が知れなさすぎる、何者か…なんてレベルじゃない、何が目的かさえ分からないんだ


「しかし、こんな大事な時に白熱した議論を繰り広げていたようだけれど、良かったら僕にも論席を用意してもらえないだろうか?シン殿」


「もう話は終わりだ」


「ン ヴィーラントさん、こいつら 自分達で俺らを集めておきながら、戦力に不満がある…なんて抜かしやがるんです」


「そんなに帝国を恐れるなら、もうアルカナは必要ありません、私達とヴィーラントさんの秘密兵器で 帝国に攻め入ろう…そういう話をしていたのです」


チクるな!とルッツとペトロネラを睨むも 彼らの目線は既にヴィーラントに釘付けだ


この戦力に不満がある、ヴィーラントの秘密兵器も信用ならない、そんな話を暗に聞いたヴィーラントは顎に指を当て


「ふむ、シン殿のいうことは最もだ」


「へ?」


「何?」


まさかの肯定に思わず目を見開きヴィーラントの顔を見てしまう、次いでそれが奴の手練手管であると察して目を逸らす


そうだ、こいつはこうやって相手を肯定して 心にズケズケ踏み入ってくるんだ、私まで懐柔されてはアルカナの手綱をこいつに握られる…、こいつには絶対に心を開いてはいけないんだ


「戦力が心許ないとシン殿が感じるのは無理もない、彼女は恐らくこの場にいる誰よりも帝国の恐ろしい面を知っている、非人道的で人を人とも思わぬ悪魔の真の顔を見ている…、その数少ない生き証人なのだから」


「そ…そうやったんか?シンはん」


「……バカが、私は他の奴らよりも長く帝国に潜伏しているから、その恐ろしさを知っているとさっき言った筈だ」


「それだけじゃ…ないだろう?、シン殿、いや…僕と同じく帝国にその人生を根底から踏み潰され同志よ」


私の前に立ち、否が応でも目を合わせてくるこの男に、怒りを抱く…こいつ


「調べたのか…私の過去を…!」


「調べていない、知っていたのさ元々、だが あまりにも凄惨ねあるが故記憶を掘り起こすのを躊躇していたんだ…」


なら一生躊躇っていろ!、そう言いかけて…止まる、こいつが ヴィーラントが…、私の前で涙を流していたから


「っ…うう、すまない 僕に涙を流す資格はなかったね、君の過去は君だけのもの…その出来事について涙を流していいのは、君だけだ」


「…上手いじゃないか、涙を流す演技か?それとも特技か?、芸達者な奴だ」


「君は人を信じられないだろう、君にとって 人間とは恐ろしい生き物だろうからね、誰も信用できない 誰も信頼出来ない そんな人生をここまで送り、誰もが持つはずの幸福を 一度として味合わずここまで生きてきた…その辛さは、筆舌に尽くしがたいだろう」


「勝手に共感するな!、お前に何が分かる!」


「共感じゃないさ、君の帝国への怒り 恐れ 嘆き 怨恨…、その深さは不可侵のものだ、だけれど その復讐の一助くらいは 僕にも担わせて欲しい」


私の手を取り 涙ながらに懇願するこの姿に、ルッツ達は感動している…いや彼らだけじゃない、ヘエもカフも少なからぬ理解を向けている…この同盟の大部分を彼が掌握しつつある


もはや私に彼を跳ね除ける事は出来ない、今 この同盟という集合体においては…ヴィーラントの方が私よりも強い


「…チッ、一助といってもどうにもならん、この程度の戦力では 師団長クラスが出てきたり終わりだ、今のままでは戦いにならん」


「そうだね、数は揃ったが 手札が無い、だから 今しがた用意してきたところさ、丁度僕の恩人が訪ねてきてね、その人に頼んで 戦力を工面してもらった」


「はぁ?、恩人?…はっ、胡散臭いお前の恩人など信用出来るか、どうせまたしょうもない人間を頼ったんだろう」


こいつはマレフィカルム内でどれほどの影響力を持つかも知らんが、だが こいつ一人で連れてこれる人間になんて限りがある、何より得体の知れないこいつの恩人もまた得体の知れない人物だ、そんなもの信用出来るかと顔を背けた瞬間


背筋に悪寒が走る…



「あれれぇ、しばらく見ない間に偉くなりましたねぇ、ヴィーラントの恩人たる私もまたしょうもない?、私にそんな事言っても…いぃ〜んですか〜?」



その声は、遥か昔 一度だけ聞いたことがあった、それ以降は人を通じて 彼女からの指示を聞くこともあった、姿を見せず されど全てを見通すシンが最も敬愛し恐れる人物の声が、信じられないことにしたのだ


震える手 震える瞳でそちらを見る、ヴィーラントの背後から歩いてくる その姿を…


「う ウルキ様」


「久しぶりですねぇ、審判のシン…でしたか、大きくなりましたね」


ウルキ様だ、この世界の暗部を牛耳るマレウス・マレフィカルムという大機関を束ねる総帥と唯一懇意の人物にして、不確かではあるものの 遥か古…、八千年前に魔女達と敵対した最後の魔女排斥組織 『羅睺十悪星』の中枢メンバー…


それが現世にまで生き延びた存在、即ち魔女と同格の存在が今 私の目の前に現れたのだ、慌てて跪こうとするも、体が動かない…


「ああいいですよ、跪かなくて、そのまま話を聞いてください」


「なんで…ウルキ様が、ここに」


「この子 ヴィーラントの恩人にして、協力者が私だからですよ、彼をここに送り込んだのも私です、聞いてません?」


「ウルキ様、貴方が僕に言ったんじゃないですか、私の名前は出すなと」


「あれっ!?そうだっけ?、そっか…言ったかも、ごめんごめん、まぁそういうことだから、彼の得体が知れないというのなら、その得体は私が証明します」


ヴィーラントの協力者がウルキ様?、…いや 不思議と説得力がある、ヴィーラントが持ち込んだあの兵器の数々、あれはウルキ様が用意したものだとすれば、納得がいく、いやしかし


「何故、ヴィーラントに力を貸したのですか?」


「なんとなく?、丁度良かったから?、帝国に恨みを抱いていて、その復讐心のみを糧にこの古城で一人力を蓄えるこいつを見てたら、ふふ 哀れで哀れで つい力を貸してしまいました、まぁ私は身の上的に表立って動けませんし、こいつは私の代わりによく働いてくれましたから」


「つまり…ウルキ様は今回の帝国侵攻に、力を貸してくれると?」


「私が出るわけじゃありませんよ?、私が舞台に上がるにはまだ時期尚早なので、ですが代わりに マレフィカルムの本部に赴いて口利きしてきました、アルカナに力を貸せと…そして、あなたの言う心強い助っ人をたーくさん連れてきましたから!」


「助っ人…?」


「そうそう、へいっ!皆さん!カモン!」


パチン!とウルキ様が指を鳴らせば、ウルキ様の背後の闇より人影が現れる、それも一つ二つではない、ざっと数えて数百人 出るは出るはあっという間に我々を取り囲んでしまったではないか


…というか、こいつら


「この人達はマレウス・マレフィカルムの中でも随一の実力と言われる組織の中から、更に私が厳選した人間をいくつかパチって来た人達です、全員死に場所なんか求めて魔女排斥やってるイカれポンチなのでどうぞ使い潰してやってください」


「む…こいつら」


「し シン様!、この人達 一人一人が個人で手配書配られるようなヤバい人達ですよ!」


ノーラが騒ぐまでもなく 私は私を取り囲む者達の姿に覚えがある、こいつらはマレフィカルムの中でも武闘派とも過激派とも言われる組織に所属する連中だ、後先考えない破壊や戦争への介入などなんでもやってる傭兵をもっとタチ悪くしたような奴らだ


しかもその組織でもトップの実力を持つよう奴らばかりが集められている、そんなのが数百人も…、これは確かに戦力になるぞ


それに


「中でもお前は別格に見えるな…」


「おや…、お目が高い」


私が睨む先にいるのは一人の女、流れる水のように滑らかな髪質と漆のような黒い髪、そして背には身の丈以上の大槍を背負った 糸目…いや目を閉じている女だ、周りの連中は強い…強いには強いが、この女に比べたらまるで子猫だ


「彼女は私が連れてきた中で一番の実力者、なんせ八大同盟が一角 『逢魔ヶ時旅団』の幹部の一人なんですから」


「逢魔ヶ時旅団?…また随分憎らしい所から」


マレウス・マレフィカルムという強大な集合体にもヒエラルキーは存在する、数多ある組織の中でも大組織と言われる条件はいくつかあり 『戦力』 『影響力』 『傘下の数』と…、これらをより多く持つ者が上へとのし上がり 下の組織にさえ命令できるようになる


そんなシステムの最上位にいるのが八つの大組織、彼らはお互いの傘下や縄張りに手を出さないという条約を結んでいることから 八大同盟の呼び声高い、その一角が 逢魔ヶ時旅団…


「まだ我々のことを諦めてなかったのか?」


中でも逢魔ヶ時旅団は八大同盟の中でも最も新参でありながら、随一の傘下数を持つ組織だ、何せ 他の魔女排斥組織に襲いかかって無理矢理服従させたり、脅して逆らえないようにして自らのテリトリーを増やしているんだから…


それが罷り通るだけの実力があるのは認める、だが こいつらは以前アルカナにもちょっかいをかけてきたことがあるんだ、コフが…アルカナの本部がエリスに潰された時だったか…


奴らの団長が訪ねて来て『本部を潰された組織がやっていけるとは思えねぇ、オレの傘下になるなら 本部の代わりくらいは用意してやるぜ?』なんて抜かして来やがるのだ、魔女排斥組織としてはこちらの方が先輩で人員も多い 従う理由はないと突っぱねたのだが…


またこうして人を寄越して恩でも売りに来たか


「…団長は、貴方がたアルカナの事を高く評価しています、徹底した実力至上主義を制し トップに立つアリエである皆様のことは特に」


「私はお前達の傘下にはならんぞ」


「構いません、いずれ屈服させるまで…団長ならそう言うでしょう」


「ほーらーそう言うの後でいいんでー自己紹介お願いしーまーすー」


「失礼しましたウルキ様、では …逢魔ヶ時旅団より遣わされました 『七の槍』アルテナイ・トワイライトと申します、逢魔ヶ時旅団幹部では一番の若輩ではありますが、必ずや 戦果を挙げましょう」


「ふんっ…」


「まぁまぁシン、いいじゃん心強い味方が出来てさ これで心置きなく攻められるだろう?」


「そそ…そうですよ、そんな何もかもに反発してても何も生まれませんよ…」


「そうっちゃそうっちゃ!、何事も!諦め肝心肝心火の用心っちゃね!」


「ええ…そうですね、ヘエ カフ…ん?」


ふと、私を宥める二人の声に なんか訳の分からない声が混ざって無かったか?、そう思いふと 振り返る、ヘエもカフも気がついたのか 視線をズラす、その先は私の背後…何もいなかったはずの空間には今一人の人間が


「…何者だ」


「何者もかにもの無いっちゃね!、私はあーたーしっ!」


メイドだ、メイドが立っていた、低身長の体を外ハネの短髪とともに揺らし、フリフリと小刻みに腰を横に揺らす不可解かつ不愉快な女、一番不可解なのは この女…全く気配がない


こんなに体を動かしているのに 物音一つ発さない、只者じゃ…いや


「メイド服?…まさか、ハーシェルの影か」


「あ ピンポンピンポーン!、大正解大正解!、おめでとちゃんちゃん!」


ハーシェル…、通称『暗殺一族ハーシェル家』 裏世界でも最強の殺し屋集団と謳われる謎多き集団であり、父である空魔 ジズ・ハーシェルを筆頭に世界各地の要人を闇に葬り去り続けたと言われる伝説の存在…


そのジズ・ハーシェルが育て上げた殺し屋達は皆、なぜかメイド服を着ている…って噂だ、なぜかは知らんが


何より問題であるのは…、こいつらハーシェル家もまた 八大同盟の一角であること


「まさか、八大同盟の人員を二人も連れて来てくれるとは…、ウルキ様には感謝せねばなりませんね」


「え?、いや 連れて来てないんだけどそんなメイド…、ってか誰それ」


「は?…」


え?連れて来てない?つまりこれはウルキ様の連れて来た増援ではない…


「まさか!」


「あー!ちょちょ!違うよん違うよん!別にここの人たち暗殺に来たわけじゃないよん!信じよん!」


「信じられるか、ハーシェルの影は金さえ払えば誰でも殺すと言う話だ、…帝国に金でも積まれたか」


「違うってもー!、そもそも…私が本気で殺しにかかったら、この姿晒すなんてヘマするわけないでしょ〜、殺しはあくまでスマ〜トに…それがハーシェルの流儀だよ」


言われてみれば確かにそうだ、こいつは私の背後を取りながらも何もしなかった、それがこいつなりの誠意の示し方なのだろうか、今はそう思うことにしよう


「お前、名は?」


「名前ぇ?…おほん、では ここら辺で親しみ易い性格を演じるのはやめておきましょうか」


(親しみ易い性格のつもりだったんだ)


スッと目から光が消え 曲げていた腰は真っ直ぐと伸びきり、ナヨナヨしたいい加減な声色はまるで男のように芯の通った物へと変わると、メイドはカテーシーにて一礼し


「私はハーシェルの影 二十三番 フランシスコ・ハーシェル、お見知り置きを」


フランシスコ そう名乗ったメイドは腕を後ろで組んで胸を張る、メイド服を着る人間には不釣り合いな不遜さ、まあ 仕方ない、ハーシェルの影はメイドの姿をしているだけでメイドではないのだから


「それで?、お前も我々に手を貸しに?」


「違う、私は仕事に来た…お父様から直々に殺害依頼が来た相手を殺しに…、でも私一人で帝国に突貫するのは少し厳しい、だから アルカナの起こす騒ぎのドサクサに紛れてやるつもりだ、一応お手伝い?ってことになるのかな」


「なんでもいい、仕事をやり遂げたいなら手伝え、そして戦力になるならもうなんでもいい」


「そうか、じゃあ早速質問しても?」


「なんだ…」


「なんで帝国の犬なんか飼っているの?」


「は?」


その言葉が我が口を出るより前に、フランシスコの体がブレた…、違う 突っ込んだのだ、魔術を使わぬ肉体のみでの躍動とはとても思えぬ弾丸の如き速度で飛びかかる先は


「うっ…」


「ノーラ?」


ノーラが居た、フランシスコは瞬きする間に腰からナイフを引き抜き、ノーラの背に影のように張り付き その首にナイフを突きつけていた…


「スンスン、こいつ帝国の密偵だ…、スパイだよ」


「スパイ!?私が!?、な 何言ってるんですか!、私は魔女排斥組織のデビルズプルーフの…」


「よく隠しているけれど帝国の匂いがする…、例えばほら…これ何かな」


「それは……」


そう言いながらフランシスコがノーラの胸元を漁り取り出したのは…、小さく細長い棒…って


「ペン…か?、よくある万年筆だろう」


万年筆だ、ノーラがよく事務仕事をするとき使っている万年筆…特に怪しい所も見当たらない、何せ私の前で堂々と使っていた物なんだ、隠したいものなら私の前では使わな…


いや、まさか…


「フランシスコ…貸せ」


「仰せのままに、女王よ」


フランシスコからペンを奪い取り、ペン先を捻り回転させる、すると 万年筆の穂先がポロリと取れて…、中には空洞が広がっている、いいや ただの空洞じゃない、これは


「小型の魔術筒か、やってくれたなノーラ…、この筆で書いた書類をそのまま帝国に送っていたな!」


「っ…」


魔術筒がここまで小型出来ていたとは知らなかったが、確かにこれならペンの持ち手部分の内側を魔術筒にしておくことで場所を選ばず、かつ メモを書いた瞬間帝国本部へと送る事が出来る


やってくれたと怒る反面、気がつけなかったことに対して憤る、今にして思えばこいつがやたらと事務方に関わって来ていたのは …そういう事か!


「どいつもこいつも、私をどれだけコケにすれば気がすむんだ…!」


その怒りが電撃に変換され 私の体を迸る、この眼光がバチバチと雷雲の如き輝きを放ちながらノーラを睨みつければ …、ノーラはいつものように怯えるでも竦むでもなく、ただ無表情に


「逢魔ヶ時旅団…ハーシェル家 アルカナ、オマケに羅睺十悪星か…、これは私や本部が想定していたよりも危険度は大きそうだ」


感情はなく ただ淡々と語るノーラの姿を見て確信する、こいつは帝国が潜ませたスパイだったか、となるとこいつの率いるデビルズプルーフ…あれも丸々怪しいと見ていいだろう


「これは、否が応でも報告しなくては」


「ッ…!、フランシスコ!手を離せ!」


「おっと…」


咄嗟に手を離すよう指示すればフランシスコもまた隼のようにノーラを解放し突き飛ばす、せっかくの拘束を解いたのは 奴の腕から、火薬の匂いがしたからで……



刹那、爆裂し轟音に揺れる古城、その衝撃に戦慄しどよめく観衆、突如として古城の中で爆発が巻き起こったのだ、それも小火程度ではない、大砲の一撃に近しい程の揺れだ


「チィッ!、ンあの野郎!腕切り捨てて逃げたぞ!」


「腕爆発させたんか!?トカゲみたいなやっちゃのう!」


フランシスコに拘束されたノーラが自らの右腕を切り離し、爆発させたのだ、しかも凄まじい火薬量、恐らく最初から義手だったのだろう、その中にしこたま爆薬を詰め 逃げの布石の為に爆発させたのだ


周囲を囲む幹部達を丸々吹き飛ばし手傷を与えての離脱、その算段だったのだろうが そこはノーラの目が節穴であった、彼女の周りを囲む者は皆一線級の実力者ばかり、あの程度の爆発 防いで当然とばかりに全員が黒煙の中から無傷のまま現れる


「って、おいおい もうあんな所まで走ってるよ」


「まま まずいですよ!、あのまま逃げられたらこっちの情報が全部持ってかれます!、早く生け捕りにしないと!」


ヘエとカフが見る先、それは既に古城の扉をあけて逃げていくノーラの背中があった、彼らは知る故もない事だが、あれこそ帝国密偵隊にのみ与えられる魔装の力であった


装着者の脚力を数倍に跳ね上げる脚甲、それを用いたノーラの速力は駛馬さえ上回る程のものであった


このままではノーラは三日後の明朝にでもマルミドワズへ帰還してしまうだろう、そうなれば あの魔術筒で送りきれなかった全ての情報が帝国に渡る


勿論、この場所のことも…そうなれば終わりだ、しかし


「はぁ、せっかくの見せ場だったのに…」


「腕をも捨てる覚悟…、団長が好きそうな方ですね」


「うへぇ〜ん、煤くさーい」


彼女に追いつける速力を持つ筈のフランシスコも、余裕綽々の顔を浮かべるアルテナイも槍に着いた砂埃を払い、爆風を避ける事も防ぐ事もしなかったが為にケホケホと黒い煤を吐いているウルキも、誰もノーラを追いかけない


ルッツやレオボルト ペトロネラは慌てて追いかけようとするも


「待つんだみんな」


「ン ヴィーラントさん…、いいんですか 行っちまうぞ」


止める、追いかけるなと…、このままじゃこの同盟の所在が魔女に知られる、一体何を考えているのかと問おうとした瞬間、それは答えとなって現れる


「ナメた真似を」


光る雷光 轟く雷鳴、古城の中に 室内に、雷が落ちたのだ…、本来ならばあり得ぬ現象、天から落ちるべき光の柱が城の中に生まれたのだから


「皆!!!道を開けろ!!!、命は大切にするんだ!」


その雷鳴に負けない声でヴィーラントが叫ぶ 道を開けろと、その言葉に従い即座に古城の中に屯する魔女排斥の組織員達は ノーラの逃げていった古城の入り口と雷が落ちた地点の間から退き 道を作る


「この私が、許すと思うか…帝国の意思の介在を、帝国の人間を」


歩く、一歩踏み出すごとに 雷が落ちる、ばちばちと迸る電撃が周囲の鉄製品に引き寄せられ一瞬にして焼き崩していく、まるで電撃の権化のような怪物が ゆっくりゆっくりと歩きノーラを追いかける


その凄まじい形相と 圧倒的魔力を目の前にして、周囲の魔女排斥組織の構成員達は顔を引きつらせながらも思う


(これがアルカナの切り札…)と


「審判からは逃げられん、私からは逃れられん!」


シンだ、この同盟の旗本となっているアルカナに於ける大幹部 その中でも最強と言われるタヴに続く者


…正直に言って、この同盟に集まった者達はアルカナを侮っていた


『魔女相手に喧嘩を売って、ヘマを打った間抜けの組織で、俺達が助けてやらなきゃ潰れてた雑魚だ』なんて、思う人間も少なくなかった、だからルッツもレオボルトもペトロネラもアルカナの足元を見ていた


だが、思い出した アルカナが元はマレウス・マレフィカルム内でも随一の戦力を持つ大組織である事と、それを創設したタヴとシンの勇名を



No.20 審判のシン、彼女は卓越した雷属性魔術の使い手であることは有名だ、彼女に並ぶ電撃を扱える者など 世界に何人いるだろうか、そう思えるほどに彼女の電撃は強く そして容赦がない


そんな彼女の電撃を見た者は 須らく彼女をこう呼ぶ…『八雷公のシン』と


「杉の森の中へ隠れたか?…、無意味な事をッッ!!!」


纏う電撃が 一層強くなり、彼女の腕へと収束していく…


曰く、シンは八つの雷を武器に戦うと言う、それは遥か古に存在し古式魔術 『雷招』と呼ばれる物を現代魔術へと作り変えられた物であり、即ち……


「貴様に審判を下す!!!『ゼストスケラウノス』ッッ!!!」


彼女の腕の中で踊る雷は、真紅の煌めきへと変化する、雷が炎を纏い 圧倒的熱量を持ち 古城の石畳を焼き、そして 爆発するように放たれる…



一瞬であった、炎雷が真っ直ぐに古城の入り口を突き破り ノーラの逃げた森の奥へと飛んで行き、森を焼き 着弾と共に杉を吹き飛ばし、もうもうと黒煙を立ち上げる


今 見せた炎の雷が、もし 待機している魔女排斥組織に向かって撃たれていたら、どうなっていただろうか 、しかもあれでまだ本気ではないと言うのだから驚きだ


…あれが、魔女排斥組織を集わせ 帝国に叛旗を翻す旗本、あれこそが……


「ノーラを潰した、生きてはいる 回収しておけ、そして 拷問を行い…逆に情報を引き抜け」


大いなるアルカナ 最強のアリエ、その姿であると示すが如く 手の中の雷光を握り潰し部下に命じる…、これは コイツらの事を信頼してみるのも悪くないかもしれない、こいつらには実力がある その実力は信頼に値すると


「あ じゃあ私が拷問しますね、私拷問くらいしか取り柄ないので…」


「そんな事ないでしょ〜カフぅ、僕より強いんだからさぁ、で?情報引き抜いてどうするの?シン」


ヘエは伺う、情報を抜いて どうするかと…そんなもの決まっている


「奴らは時空を移動する瞬間転移穴を帝国各地に隠し持っていて…、その中には首都マルミドワズに直結するものもある、丁度戦力も集まった…打って出る!で いいですよね、タヴ様」


シンは振り返る、ノーラから帝国の情報を引き抜き 瞬間転移穴を確保し、そのまま帝国首都へと攻め込むと、しかし その判断をするのはシンでもヴィーラントでもない、古城のエントランス その最奥で静かにこちらの様子を伺っていた男に…


全部二十一のアルカナ幹部達の頂点に立つ No.21 宇宙のタヴへと、問いかける


「…ああ、そうだな 帝国の首都で革命を起こすのも良いだろう、…まだボスが到着していないが…ふむ、ヴィーラント殿 『アレ』は動かせるかな?」


黄金の髪と漆黒のコートを揺らす男は、顔に走る古傷で威圧しながら 靴音を響かせながらヴィーラントに問いかける、我々の奥の手は動かせるかと


するとヴィーラントは小首を傾げ


「アレとは、人工魔女ですかな?それとも兵器の方…、まぁどちらにしても答えは同じです、アレはまだ動かせません、魔女の方はまだ安定していませんし 兵器は奥の手だ、まだ動かせない」


「なら急げ、カフ 拷問で情報を引き出すにはどのくらいかかる」


「きょ…今日中には、なので まぁ 場合によりますが、明日の夜には侵攻が出来るかと…」


「とのことだ、総員 戦支度を整えておけ、明日 我等は帝国へと攻勢を仕掛ける」


遂に来た、戦の開始を告げる言葉が…、アルカナが集めた軍勢とヴィーラントが連れてきた主力達、そして 先ほど力を見せたアリエの猛威があれば、あるいは行けるかもしれない そう希望の光を見た魔女排斥組織達は ニタリと笑いながら明日の帝国侵攻へと備え武器を揃え始める


戦いが始まる、凄惨な そして 栄光の戦いが…


「ハーシェルのフランシスコ 逢魔ヶ時旅団のアルテナイ、お前達も同行してくれるな?」


「勿論、私としても都合がいい、…私の暗殺対象は今首都にいるから」


「それで構いません、逢魔ヶ時の戦をお見せしますよ、タヴ様」


「ああ…、それでウルキ様は」


「え?私は帰りますよ?、そんな都攻めなんておっかないことしたくないしたくない」


タヴがウルキを引き止めようと声をかけるもウルキはするりと抜けるように立ち上がり逃げていく


「貴方が共に戦ってくれれば、心強いのですが」


「あれぇ?本当に私が参加しても いぃ〜んですかぁ〜?、私が参戦すればカノープスもガチになって殲滅にやってきますよ?、下手すりゃプロキオンやアルクトゥルスも来る、ここにいる戦力だけで魔女全員相手に出来るってんなら 一緒に戦ってもいいですが」


「貴方では八人の魔女の相手は厳しいですか?」


「流石にね、まだ魔女世界全体と全面戦争するのは早すぎます…、この戦いは貴方達にとっては最終決戦でも、私にとっては喜劇開演の前に食べるポップコーンのようなもの、前哨戦にさえなり得ない瑣末な戦い それに命はかけられませんよ」


「そうですか…」


「まぁ、この戦いを生き残れたなら、私の戦列に加えてあげてもいいですよ、なので励みなさい タヴ…シン」


「ええ、全霊で」


「ふふ、それじゃあ…ああ、貴方達のボス 世界のマルクトでしたっけ?、帰ってくるといいですねぇ…」


それでは と語りながら闇へとフラリと消えるウルキの姿を見つめ、タヴは目を細める、最後の言葉の意味は何か…、まさかボスに何かをするつもりか?それとも周りの言うようにボスは本当に我らを見捨てて…


雑念だな、今は関係ない とタヴは小さく首を振り、その差不安を振り払う


「タヴ様、ウルキ様は…」


「参加しないそうだ」


「…ウルキ様は、我等を捨て駒にするつもりでしょうか、コフのように」


シンが不安そうに語る、コフ…我等の最も古い同志が カストリアでウルキの奸計に嵌められたのを知ったのは全てが終わった後だとタヴは黙る考える


魔蝕の日に 謎の魔術陣を用意させられ、ウルキの言う通りに動いた結果 カストリアにいた幹部達の殆どはマレウスで敗れた、結果コフは行方不明となり …我等は退路を断たれた


全てウルキが仕組んだことだった、そして今回も…いや もしかしたらもっと前から色んなことが奴によって仕組まれていたのかもしれない、所詮我等はウルキの大きな計画の歯車の一つでしかないのかもしれない、だとしても


「だとしても、我等がやることは変わらない、だろう?シン」


「…そうですね、帝国に報いを…それが、私達の始まり アルカナの真の目的なのですから」


そうだ 二人で始めた戦いだ、例え何がどうなろうとも、二人で戦い抜こう、あの日誓った言葉に嘘をつかないために、シンとタヴは再び誓い合う


例え命尽き果てるその時が来ようとも、この命を使って 魔女に一矢与えるよう


「では、いつか立てた作戦の通り 帝国マルミドワズを攻める…いいな?、ヘエ」


「ん?んー、ああ あれか、いいね、あれやろうか」


いつか、立てるには立てたが目処が立たなかった必殺の一手、上手くいけば一撃で帝国を滅ぼし魔女世界を滅亡させられる一手、それをこの時発動させる


「でもいいのぉ?、他の人達に言わなくてもさぁ」


「…………いい、他の奴らには伏せる」


他の…つまり、連合に集まった魔女排斥組織の人間達にはこの作戦は伝えない、伝えず ただ闇雲に攻めさせる、でなければ奴等は逃げるだろう…自分の命可愛さに


「彼らも、自らの命が魔女世界崩壊の礎となるなら本望だろう」


「そっか、…分かった じゃあ、僕に任せてよ、僕にかかればあんな街、一撃だからさ」


笑う No.17.星のヘエ、アリエの一人がニタリと笑う、彼の力があればマルミドワズを…帝国を、魔女世界全体を崩壊させることなど容易いのだから


これが、全てを終わらせる最後の戦いになることを祈ろうか


………………………………………………


「さて、アルカナは動き出す 戦力を回して尻叩いてやったんです、思い切り戦ってくださいよ」


天へと楯突く槍襖の如く乱立する黒杉の上に座り込み、戦支度を始めた古城を眺めてウルキは笑う


ようやく終わった、何もかもを失い どうすれば良いかも分からないところから始まったこの計画は八千年という仕込みを終えて ようやく結実し始めている


時に殺し 時に助け、時に誤ち 時に踏み外しながらも八千年、…長かった、あまりに長かった、だがそれもあと少し、もう少しであの時の続きを再開出来る


「ふふふふ、歯車は揃いました 既に仕掛けは駆動を始め、このまま進めば我が宿願は身を結ぶ、つまり世界は滅びるのです」


最大の艱難たる魔女への対策は出来ている、この事態は魔女には解決出来ない、当然 矮小な現代の人間にも不可能、だれにも邪魔できない…唯一我が障害となり得るのは


「エリスちゃん、貴方ならきっと マレウスでの約束…覚えてますよね」


愛しい我が妹弟子 エリス、彼女だけがこの戦いの『誤算』になり得る、マレウスで見た時はまるで雑魚でしたが、さて?あれから強くなってますかね?


もし、約束を蔑ろにして強くなってないのなら…、エリスはきっとこの戦いで死ぬだろう、そして それは即ちこの世にシリウス様か再臨するという結末を意味する


「……エリスちゃんには、是非 私の前まで来て欲しいものです、その時は世界の存亡をかけて、殺し合いましょう 存分に」


いつかその時が来る、その時 エリスちゃんは私の前に立つか、或いは …


今から楽しみだ、あの子が力をつけて 私の前に立ち塞がるその時が、まぁ それはまだまだ先になるでしょうがねぇ、まずは…そう 師匠を超えてもらわないと、ねぇ?

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