216.孤独の魔女と妹の想いを知らぬ姉
『レグルスよ、待たせたのう 愛する姉が帰ったぞ』
朧げに霞む顔がにこやかに宣う、すぐに分かる これは夢だ…私の、魔女のレグルスの夢だ
何せ私はこの後、彼女がいうセリフを今も覚えているから
『おお おお、いい子にしておったか?しておったようじゃのう』
これは私が過去に見た記憶の追体験だ、八千年前のあの日 私の魔女としての宿命が定まったその日の記憶だと思い出せば、まるで霧が晴れたように景色が明るくなる
小鳥囀り 陽光差し込む懐かしき森の中、玄関先で自慢げに立つ姉の姿、一年という世直し兼魔術布教の旅を終えた姉は約束通り ちょうど一年という時を刻んで帰ってきた
あの頃の私にとって、姉は全てだった、この世のあらゆる事象と事柄は姉を経由していると本気で信じてきた、火は姉によって起こされる 水は姉によって流れ 風は姉によって吹く…それほどまでに私の中で姉は大きく、愛していた
私にとっては姉はたった一人にして唯一無二の存在だったから、こうして帰ってきてくれたのはとても嬉しかったのだ…が
どうやら、姉にとっては 私は単なる妹に過ぎなかったようだ…そう失望したのだ、その言葉によって
「ほうら見てみいレグルス、この旅でワシの弟子が七人も出来たぞ?、これよりこの家にて共に住まう事になる子らじゃ、仲良くしてやってくれ』
え… そう口を割ったのを今でも覚えている、姉が後ろに並ぶ七人の子供たちを手で指して笑顔で言うんだ、この子達がワシの弟子だと…
絶望した、私にとっては姉は唯一無二だ、そして姉にとっても私は唯一無二だったはずなのだ、姉の作った魔術を私が継承して 姉妹で力をつけていく、姉の魔術は私だけのものだったはず
だが今日からは違う、こいつらが私と共に?私と同じように?姉の教えを受け 愛を受け 共に生きる?
到底、許容出来なかった、いきなり私の全てが8分割されたようなものなのだから…
「一人一人紹介するのう?、この子がスピカ・ロゴス 飢饉と疫病で滅びた村の唯一の生き残り、こっちがアンタレス・エンノイア 気の狂った学者の娘、んでこっちがフォーマルハウト・ヌース なんか死にかけとったから連れてきた」
次々と紹介される少女たちは、どれも私と同じ歳のように思えた、いや 言い方を変えよう
姉の新しい妹たちです 私にはそう紹介されているように思え、激怒し憎悪した…、私の目の前に立ち並ぶ少女達が揃って私の姉を敬愛するような目で見つめているのもなおのこと腹が立った
お姉様をその目で見ていいのはこの世に私だけだぞ、汚らわしい目で見るんじゃない
「こっちが旅先で出会った夫婦から預けられたプロキオン・アントローポス、聖人ホトオリの血を引くリゲル・エクレシア…そして」
そして その言葉と共に、姉は 一人の女を指差す、赤毛で如何にも野蛮そうな下品な女を指差してこういうのだ
「これが一番弟子のアルクトゥルス・ゾーエーじゃ、今回の旅で一番最初に弟子にした」
「一番…?」
一番 そう言うんだ、一番の弟子?何を言ってるんですか姉様、あなたの一番弟子は私でしょ?、あなたの一番は私でしょ?、それそんな…何処の馬の骨とも知らない奴を連れてきて、一番だなんて…
クラクラと揺れる視界、グラグラと揺らぐ根底、私は今 何年もかけて形成してきた己の価値観と世界が、現れた七人と 目の前の赤毛によってぶち壊されている…
放心する私を見て、ズイと前に出る赤毛…アルクトゥルスは私の顔を見て
「は?、お前が?師匠の妹?よっわそうな見た目だなぁおい、お前みたいなのが妹だって知れたら師匠の名が汚れるからやめろよ、妹も 弟子もよ」
それを言われた時、私は二秒 停止した、そして四秒考えた、何を言ってるんだろうと どういう意味だろうと、その後四秒経ってようやく理解した、ああ こいつは私に立ち去れと言っているんだ 今私が座るこの『彼女の妹』という座から立ち去れと
なんだなんだそういうことか ……………ゥ〜〜〜〜〜ッッッ!!!!
「ふざけるなッッ!!!」
「っぐはぁっ!?」
「ちょっ!?レグルス!?」
殴り飛ばす 姉の驚いた声が響く、アルクトゥルスの顔面を全力のグーパンチで殴れば赤毛の女はゴロゴロと地面を惨めに転がる、がそれだけでは許さない、馬乗りになってさらに殴る 殴る
何を言いい出すかと思えばこいつは!、私から一番の座を奪っておいて!姉から教えを賜る唯一の座を奪っておいて!、この薄汚い侵略者が!殺してやる!殺してやる!
「貴様には!貴様らには!相応しくない!我が姉の弟子は相応しくない!、立ち去れ!消え失せろ!さもなきゃ…殺すぞ!!!!」
「ひぃぃん…こ 怖いですぅ、師匠ぉ」
「おお、スピカよ…泣くでない、あ 安心せい レグルスは本当は優しい子じゃから、のう?レグルスよ」
「貴様っ…!」
姉に縋り付くスピカなる浅ましい少女に目を向ける、貴様もか 貴様もなのか、姉に抱きついていいのは妹たるこの私だけだ、スピカの体を八つ裂きにしようと標的を変えてそちらに向き直ると…
刹那、私の襟が背後から強く引っ張られ…、それと共に私の体はふわりと宙へ浮かび…
「ぐぇっ!?」
「テメェ!オレに向かって拳入れるたぁいい度胸だな!この野郎!、殺すだ?やってみろやっ!」
「この…」
投げ飛ばされる、犯人はアルクトゥルスだ…、猪さえも昏倒させる私の拳を受けても立ち上がるとは、熊かこいつ!
まぁいい、やりたいってんなら受けて立つ、まずはこいつから八つ裂きにして私は私の居場所を守る!
「オレはオレに向けて拳を握る奴を生かしておかねぇぇ!!」
「上等だ熊女!、捌いて鍋で煮てやる!!」
「ど どうしますの?お師匠様、アルクも妹様もあんなに喧嘩を…、止めなくては」
「そ そうですよぅお師匠様ぁ、こ 怖いですぅ…」
「馬鹿馬鹿しいです私はこんな人達と付き合うつもりはありません魔の探求をしにきてるのに」
「ううむ、そうじゃのう…、レグルスがこんなに嫌がるとはこの目をもってしても見抜けなんだわ、こんなに独占欲が強いとは…どうしたもんか」
タイマンで殴り合うレグルスとアルクトゥルスを見て姉はふむぅと息を飲む、てっきりレグルスなら喜んでくれるだろうと思っていたが こんなにも嫌がるとはと
ここで止めるは容易い、しかし この関係が続いては修行どころではない…そう姉は内心思っていただろう、珍しく狼狽えていたのが視界の端に見えていたのを覚えている
「だがこのまま行けば良いことはないか、仕方なし…おいレグルス アルク、やめぬかワシの弟子たる二人が争うでないわ」
「待たれよ敬愛せし我が師よ、ここは我にお任せを」
そんな中だ、アルクと殴り合い 蹴り合いどつき合うそんな最中響いた声が、彼女の声を始めて聞いた瞬間だった
その瞬間自体は時に気にも止めなかったが、直ぐに彼女は喧嘩する私達に歩み寄るように 私の心の中に入り込んできた
「やめるんだ、二人とも 我は喧嘩を許可した覚えはないぞ」
「なっ!?」
「ちょっ!?」
突如間に割って入るそいつは、私の襟を掴んで引き寄せ アルクトゥルスをもう片方の手で引き離し喝を入れる
「何すんだよカノープス!」
「カノープス?」
淡い輝きを放つ無色の髪色、煌めく瞳 むせ返るような自信を醸す女が、私の体を引き寄せ抱き止める、こいつは…まだ姉様から紹介されていない最後の一人…
「何をする…は我か、或いはこの少女のセリフではないか?アルク」
「少女って…全員同じ年だろ…、第一 何をするも何もいきなり殴り飛ばされりゃ誰だって応戦する!、誰だって攻撃されりゃやり返す!普通のことだろ!」
「先に挑発したのは君だ、彼女からしてみれば我等はいきなり姉が連れ込んな馬の骨に他ならない、それが突如として詰め寄り お前には師と姉妹でいる資格などない…など、叩きつけられれば誰だって怒りもする」
「だからって いきなり拳で答えるのはどうなんだ?ああ?、暴力で解決するのが正解だって師匠言ってたか?、おい?」
「なら殴られたお前も拳を握るんじゃなかったな?アルク、薄っぺらな博愛主義なら捨てるんだ、君には似合わない」
「テメェ…」
「ふっ、…さて 君よ、大丈夫か?アルクはこれでも武闘家だ 殴られればタダでは済まぬはずだが」
「あ…な なんだ!私を助けて取り入るつもりか!図に乗るな!というか離せ!、お前に助けてもらうまでもなく私は直ぐにこいつを叩きのめせていた!」
カノープスの手を振り払い、強がりながら指を指す、我ながらどうかと思うよ、いきなり殴りかかって 半ば助けもらった形なのに必要ないと宣って、こうして助けは要らないという私の膝は笑っているのに対してアルクの方はピンピンしていた
戦況は火を見るより明らか、カノープスに助けてもらえなければ私はアルクに叩きのめされ 家から追い出されていたかもしれないのに…
そんな恩人に悪態を吐く私を、カノープスはふっと微笑むと
「そうだったか、だが許せ 我はお前を助けずにはいられなかったのだ」
「なっ!?」
この手をそっと握り 軽く微笑むとカノープスは私をゆっくりと抱きしめて…
「お前の孤独を恐れ 孤独に抗うお前のあり方 生き方…気に入ったぞ、我はお前を生涯の友としたい、…いや 我に付き添い 生涯の伴侶となれレグルス、幸せにしよう」
「なっ!?はぁっ!?何を言っているんだ!お前は!第一誰だ貴様は!!」
「我は我だ、…栄えありし双宮国ディオスクロアを統べる王族!、カノープス・アントローポス・ディオスクロアである!!!、あ いや もう王族ではないからただのカノープスか、お前と同じ師の元で学ぶ仲間にして、お前の生涯の友だ レグルスよ」
いきなり現れて何を言ってるんだ、何が言いたいんだ、伴侶?生涯の友?訳がわからない …訳がわからないけどこれだけは言える
「お前どうかしてるんじゃないのか?」
これが、私とカノープスの出会いだった、この時私はこいつを狂人の類と見ていたが、彼女は私の想像なんか遥かに凌駕する程の大人物であった
…まさかこいつの言う通り、私は彼女を生涯の友と認めるようになるなんてこの時は思いもしなかった
ましてや、彼女に恋心を抱き…あの夜、体を重ねることになることなんて…まるで…
……………………………………………………
「ッッーー!!」
目を覚まし跳ね起きる、先程まで見えていた景色は再び霞の中に消え 見える景色は優雅な寝室、カノープスに私とエリスに与えられた屋敷だ…
「夢…か」
デコを触れば気持ちの悪い汗で濡れており、シャツも気色悪い重さを纏い肌に張り付いている、…夢か?夢か
嫌な夢ってわけじゃないんだが、何故かとても魘されていた気がするのは何故なのか、いや 昨日エリスとメグのマッサージを見たからだろう
「…まさか、な」
隣で寝息を立てるエリスを見て 重ねるのは昔の己
…私は、八千年前 カノープスと出会い、その後幾度の戦いを経験するうちにカノープスに恋をした、アイツが言っていることは全て事実だ、認めたくはないが私はカノープスと恋仲にあったと言ってもいい
「不覚だ…、奴とは友人で居るべきだったのに…その関係性を自ら崩そうとするだなんて」
今思い出しても頭を抱える、八千年前 己の全てだと思っていた姉の裏切りに会い、私は全てを失った 何もかもを失った、そんな私の新たな全てになってくれたのがカノープスだった
カノープスはシリウスが狂ったその日 泣き噦る私と一晩共にいてくれた、仲の良くなった村の人間が私の目の前で無残に殺される様を見て放心していた私を立ち直らせてくれたのも、羅睺十悪星に竦む私を奮い立たせたのも…、我ら八人の魔女を救世主として戦わせたのもカノープスなんだ
私達を導いてくれる彼女はずっと私を親友だと言ってくれた、なのに私は 導き手たる彼女を神格化して 勝手に彼女の為に全てを差し出そうとしてしまった…、体を重ねて 彼女の伴侶となりカノープスに仕える事こそが我が命の意味だと本気で思っていた
もし、アルクトゥルスが目を覚ませてくれなければ、私は星惑の森に消えず 今頃カノープスの配下として三将軍を率いる立場にいただろうという確信がある程だ
…だからこそ、怖いのだ、私の全てを掌握し私を友人だと今も言ってくれる彼女に、今も何処か惹かれている自分がいることが怖いのだ、もし また何かあれば私は何もかもを捨てて彼女に従属してしまうかもしれない
それが怖い…、ふふ なんと身勝手な話だろうな?、勝手にカノープスを好きになって 勝手に恐れる、彼女はただ私と親友でいたいだけなのに…
だが、カノープスは友を求めるには凄まじすぎる、彼女の抱えるカリスマは魔女さえ惹きつける程のものなんだ、他の魔女達も何処かでカノープスこそがリーダーだと崇めて 彼女に逆らおうとしないのは それ故なんだ
「…カノープス……」
そして、エリスだ…
昨日のエリス…いや、メグか? ここ最近のメグの様子は明らかにエリスの気を引こうとしている、メグがエリスを見る時の目だけ 色が違う…、明らかにエリスを他とは違う者として扱っている
私は エリスとメグが恋仲になるのではないかと危惧している、それは私とカノープスがそうだったように お互いがお互いを友ではなく人として愛してしまうのではないかと危惧している
別にエリスが誰を愛そうが構わない、一緒になりたいというのなら止める気はない…だけど、怖いんだ メグがカノープスの弟子だから、エリスも私のようになってしまうのでないかというのが 怖いんだ
師の因果は弟子にも引き継がれる…、メグがエリスを好いて エリスがメグを好けば、あの時の私達のように…
「はぁ…」
しかし昨日のマッサージは肝が冷えた、本気でエリスとメグが体を重ねていると勘違いしてしまった
そして私とカノープスの初夜と重ねてしまった、出来るなら二人にはそんな一時の気の迷いで過ちを犯して欲しくないな…
辛いことだ、あの時の愛が過ちだったと思うことは とてもとても…辛い事
「ッッ……!!」
ズキリと痛む頭を抱えベッドから足を下ろす、最近頭痛が酷くなってきている気がする、特にこの国に来てからはほぼ毎日だ、耐えられないほどでないが…何だろうな
原因に思い当たる節がある気がするのに、この頭痛の正体を探ろうとするとどうにも集中出来なくな……、ああそうだ きっとカノープスが悪いんだ
ここにいるから、昔のやな記憶を思い出すから…きっとそうだ、そうなんだ…
「如何いたしまたか?レグルス様」
「ん……?」
ふと、視線を横に向けると いつの間にやらメイドが…、メグが立っていた
こいつ、頭痛に気を取られていたとは言え 私が気がつかない間に移動するとは、時界門による瞬間的な転移があるにしても異常…、いや 彼女なら出来るか
この子の持つ特異的技能は非常に時空魔術と相性がいい、まだ時空魔術の初期段階しか修めていない筈のこの子が一介の戦士として戦えるのは、偏にこの技能のおかげ
カノープスからその正体について聴いている、何せ彼女は……
「ッッ……」
「頭が痛むのですか?」
「ああ、すまんな 少し嫌なことを思い出していた」
「それは、…陛下に報告しますか?」
「いらん、この程度の事でも奴は取り乱す、要らん情報はくれてやるな」
「畏まりました……」
それだけいうとメグは立ち去る…事もなく、ジッとその場で待機を続ける、何を考えているのか、まだ用があるのか…
「まだ何かあるのか?」
「いえ、レグルス様は陛下の寵愛を受けていました、だと言うのに何故陛下の下を去ったのですか?、彼の方はいつもレグルス様を想っています…レグルス様は陛下が嫌いなのですか?」
「そうではない…、どちらかと言えばまだ好いている、だが 私はどうも人を好きになるのが不得意なようでな、奴に迷惑がかかる…」
「……陛下は…、いえ、そうですか 分かりました」
チラリとメグの目を見る、いつもは何を考えているのか分からない彼女の目に宿っているのは 嫉妬だ、メグの姿を見ているとやはり思い出すのは昔の私だ
この子はかつてカノープスに心酔していた頃の私と同じ目をしている、心の底からカノープスを愛し 信仰し、彼女こそが絶対だと信じている…、昔の私そのものだよ
それが悪いかは分からない、…少なくとも私は悪いと思った、だから カノープスを愛しはすれど、一緒になろうとは思わない、あの一夜はやはり過ちだったのだから
「レグルス様、よろしいですか?」
「なんだ…」
「いえ、陛下がお呼びです お話がしたいと」
「……………………」
気まぐれな奴だ、だが呼び出された以上行かねばなるまい、住居と食い物を用意してもらっている以上 無視はできない
「わかった…」
「気乗りしなさそうですね」
「まぁな、だが…」
「お前は我の誘いを断らん、そうだろう」
「ッッ……!?」
背後から、声がする 何の声か 誰の声か、脳が判断する前に振り向く
私とエリスとメグ この三人しかいないはずの屋敷、この三人しかいないはずの寝室に現れた四人目は、寝室の壁際にかけられた椅子に腰をかけ 足を組む…
息を呑むほどに美しく 溜息が出る程に凛々しい大皇帝、かつて私が心酔し愛した女が そこに現れる、こいつもまたメグ同様…いやメグ以上に自由自在に凡ゆる場所に赴く事ができる権利を持つ者…
無双の魔女カノープスだ
「…皇帝が、こんなところに来てもいいのか?」
「ここは我の国の領域内、故にこんなところではない」
「そうか…、それは悪かったな、態々迎えに来たのか?」
「そうだ、そうだとも 我が伴侶よ、妻をエスコートするのは夫の務めだ」
「夫って…お前も女だろう」
なんて私の言葉も無視してカノープスは私の隣までそそくさと歩み寄り、掌を こちらに向ける…
「さぁ、我が伴侶 生涯の友よ、我が手を…目的地まで飛ぶ」
「その前に聞かせろ、話とはなんだ」
「…お前に見せておきたいものがある、お前は怒るかもしれんが、それでもだ」
これは、どうやら口説きに来たとか 夜伽とかそんな話ではないな、カノープスの目を見れば分かる、私だってこいつの親友だ、カノープスが色にボケてる時とそうでない時の区別くらいはつく
「何やら重篤そうだな、分かった 向かおう、メグ 悪いがエリスに出かけることを伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
「ん、感謝する」
「おい行くぞレグルス」
「あ?ちょっ!おい!」
私が何か言うよりも早くカノープスは私の手を取り、刹那 カノープスの魔力が空間を支配する───────……………………
……………………───────
「む…」
カノープスに手を取られた瞬間、ほんの瞬きの間に 目の前の景色がガラリと変わる
先程まで、私は屋敷の寝室にいたはず、だと言うのに 気がつけば薄暗い鉄製の廊下にカノープスと共に立っていた、寂れているな…錆の侵食具合から見て相当昔の物だ
…見てみれば私の姿も先程と違う、汗に濡れていたシャツもズボンも変わっており、いつの間にやら着替えさせられ コートまで羽織らせられている
恐らくだが、私の手を取った瞬間、カノープスは時を止めて私の服を脱がし別の服に着替えさせ、そのまま空間魔術でこの場所まで転移したのだろう
手間のかかることを…
「おい、ここはどこだ?」
「秘密だ」
隣に立つカノープスに聞くも、内緒だと唇に指を当てる、いきなりなんの話をするつもりだ…、視界は暗く確保出来ず 異様な程静かで不気味さすら感じる、朝一番で連れて来られる場所ではないな
「座標はこの際どうでもいい、だがこの空間がどう言う場所で私がなぜ連れて来られたかくらいは聞いても良いだろう」
「それは今から説明する、…レグルス お前は魔女の存在について、どう思う」
「どう?どうとも思わんが」
「そうか?、我は異常な存在だと思う」
カツカツと音を立てて闇の中を歩き始めるカノープスは語る、魔女は異常だと…、そんなこと言われんでも分かってるが、どう言うつもりだ?
「魔女の力は人類の範疇に収まっていない、その力は人類の守護にも破壊者にもなる、それはシリウスの件で身に染みているだろう」
「そうだな、過ぎた力は脅威でしかない」
「違うな、統制されぬ力にこそ脅威が宿るのだ、…まぁそこはいい、我はこの八千年間各地に監視員を送り世界を監視し続けてきた、八千年間ずっとだ」
「らしいな」
「なぜか分かるか?」
何故?…、魔女世界の秩序維持の為とエリスは聞かされていたようだが、はっきり言おう そんなことする必要はないのだ
昨日、帝国軍の軍事力を目にして私は過剰であると感じた、あの軍の力があればカノープスは世界を瞬くに牛耳り 破壊することさえできる
そんな力が守る秩序を崩せる存在などあるわけがない、アルカナだのマレウス・マレフィカルムだのと敵対勢力はあるが、あんなもの脅威にさえなり得ない、それをカノープスが監視員を送ってまで監視する必要はないんだ
だとすると…、ふむ
「まさか 待っているのか?、新たなる魔女の誕生を」
「その通りだ友よ、私は八千年間待ち続けた 新たなる魔女…いや魔女になり得る才覚を持った異常也し者の誕生を、探して探して…探し尽くしたが、生まれなかった」
「ただの一人もか?」
「ああ、八千年前はあれだけいた第四段階到達者がパタリと居なくなった、我も我が軍を鍛えなんとかそこまで持っていける者はいないかと奮起したのだが、どれだけ鍛えても第四段階に至る者は居なかった、故に我は魔女を異常な存在だと論じるのだ」
八千年は我々魔女やシリウス、羅睺十悪星以外にも多くの第四段階到達者が居た、まぁ我々はその中でも随一の強さではあったが…一人もいないのか
…となると第四段階到達には何か条件があるのか?、我々は特に何か特別な事をした覚えはないのだが
あるとするなら、現代魔術の隆盛か…あれのせいで魔術師は増えたが、お陰で魔術のレベルは格段に下がったと言える、思えば第四段階到達者が世界に現れ始めたのも シリウスが魔術を世界に広めた後だな…
「気がついたか?レグルス、古式魔術と第四段階の関係性に…、恐らくだがシリウスは古式魔術に使用者を次の段階へと押し上げる効果も付与していたようだ」
「そんな話は聞かないが?、私はシリウスの古式魔術開発に立ち会っているが、あれがそんな高尚な事を考え実行していたとは思えん」
「だが事実はそうだ、古式魔術が消えると共に第四段階に至る人間がいなくなった、ウルキがいい例だろう、あいつも古式魔術を手にして 第四段階に至った」
「………………」
古式魔術は、現代魔術のような単なる攻撃法ではない
己の心と魂の中に 一つの世界を作り出し、その中で生まれた事象を現実世界に投影し射出する法、つまり 炎だの水だのを出すのは飽くまでオマケ、己の中に世界を作る事こそが古式魔術の本懐なのだ
「そもそも第四段階への到達条件が己の中にある世界の完結だ、これを作るためには古式魔術を極める必要がある、なら、古式魔術無しでは第四段階はあり得まい?」
「確かにそうだな…、いや待て その話が今の状況となんの関係がある?」
「本題はここからだ…、レグルスよ 我はお前に謝らなければならないことがある」
こいつが謝る?、あり得ない
こいつはどんなことがあっても頭を下げない、皇帝が頭を下げれば 国民の品位を下げることになる、故に謝罪するときも『許す事を許す』とか訳のわからん事を言う
そんなこいつが、わざわざ謝る?余程のことをしでかしたな…
「なんだ?」
「第四段階到達条件とは即ち古式魔術によって己の中の世界を完結させる必要がある、それを…話してしまったことがある」
「話した?誰にだ」
「帝国の研究者…当時 五百年ほど前に研究主任を担っていた人物にだ」
「それがどうした、別に話したところで古式魔術を得られる訳でも無いし、それを秘密にする理由もない」
「ああ…我もそう思っていた、だが…奴は、どうやってきは知らんがその情報だけを頼りに魔女になったのだ、魔女になった後 第四段階の壁を無理やりぶち抜いた後に古式魔術を得て…全ての順序を逆転させて、我らと同じ段階にまで至った」
「な なんだと!?、だってお前…言ってたじゃないか!そんな人間生まれなかったって」
「ああ、奴は魔女になる資質は持ち合わせていなかった、だが確かなんだ 奴は偽りの魔女になった、魔女になり我が元を去り 自らの魔女世界を作ると言って消えたのだ、すまん…我の失態で 新たな魔女を…敵対者を作ってしまった」
なんと言うことか、魔女が…シリウスから続き我ら八人の後に生まれた十人目の魔女が生まれていただと?、己の中の世界 ただそれだけの情報を元に魔女に成り 第四段階へと至り 過程を逆転させてそこまで至った人間がいるとは…
「そいつはどこへ!」
「あの世だ、長い年月をかけたが 見つけ出してこの手で葬った、もうこの世にはいない」
「え?…死んだのか?」
「我が失態をそのままに放置するわけがないだろう」
「じゃあ何が問題なんだ、お前は私に何を謝罪したい!」
「それは ここを見てからだ、つい最近 帝国の領地内にて発見されたこの空間は例の研究主任が我に内密で作り使っていた研究所…、新たなる魔女が生まれた空間だ」
そう言いながら闇の中の扉を開く…、扉の奥からは純白の光が漏れ出し 闇に染まった世界を瞬く間に光に塗り替えていく、闇に慣れた目を手で覆い隠しながら ゆっくりとそこを見る…それは
「…なんだこれは」
そこは、白だった、真っ白な部屋だった、使い古した鉄の机とズタボロの資料 それが其処彼処に転がる広大な空間、奥にずーっと続く廊下のような部屋の左右の壁には
ガラスで仕切られた小部屋がある、まるで内部を観察するような…いや、ガラスケースの奥に転がっているのは、っ…!
「おい、これ…人骨か?」
ガラスケースの奥には 人骨が転がっている、ガラスケース一つにつき 一つの人骨、まさか この中に人を閉じ込め、中で何か…実験でもしていたのか…!
「ここは奴が使っていた人体実験場だ、我さえ知覚できぬ場所にこんなものを作って、多くの人間を閉じ込め…恐らくではあるが、こいつらを使い 自ら魂の中にある世界の拡張…つまり第四段階に至る為の実験をしていたのだ」
「………………」
ガラスの向こうにある人骨、大きさ的にまだ子供だ…、それを閉じ込め その命を使っていただと?、本来古式魔術を用いて徐々に作られるはずのうちなる世界 それを如何なる方法かは分からないが 無理矢理作り拡張していただと?…、なんとも許し難い…ん?
待て、おかしくないか?
「おい、それは五百年前の話だろ、何故人骨が残っている そこの紙の資料も…、五百年前ならどれも朽ちているはずだぞ」
人骨も資料も古びてはいるが、とても何百年も前からあるようには見えない、これは そう…精々数十年前程度だ
「ああ、謝るべきはそこだ、この実験場は どうやら数十年前にもう一度使われたようだ、それも 例の五百年前の研究主任ではなく別の誰かがな」
「別の誰か?、誰だ」
「分からん、分からんが…何者かがこの空間を発見し、奴が残した資料か…或いは何かを発見し奴の研究成果を見つけ、そしてそれを再現したようなのだ、さらに最悪なことに…あれを見ろ」
「あれは…」
カノープスが指差す先 それは一番奥のガラスケース、右と左 二つのガラスケース、それが割られていたのだ、そして ちゃいろかに風化した血の跡は 外に向かって続いている…外に向かって
「奴の残した何かを発見した何者かが再度人工魔女の作成に着手したのだ、そして その被検体が逃げ出している…、ともすれば魔女に近しい力を持つ可能性のある者が二人…な」
「……マズくないか?それは」
「ああ、流石に魔女の段階にまで覚醒すれば我とて分かるから、まだ完全に覚醒はしていないが、五百年前のように 魔女の段階にまで至る可能性のある人間が二人 外に逃げたのだ…しかもそいつらは、我等に恨みを抱いている可能性がある」
「…………魔女に比類する可能性がある力」
誰がそんなことをしたのかは分からない、なんのためにそんなことをして その犯人が誰なのかも分からない、だが この実験場に囚われていた子供達のうち2名が脱出している
それは、五百年前の悲劇の再来を意味している可能性が…高い、もしその二人が魔女の段階まで至れば…、マズいどころの騒ぎじゃない
「レグルス、すまない…我の過失だ、この空間を今の今まで発見出来ず放置され、また利用されてしまうとは…」
「逃げた奴の足跡と利用者の正体は分からないのか?」
「師団長を動かし調査させている、利用者の方は見つかるかもしれんが…逃げた被験体は難しいやもしれん」
被験体が逃げたのは数十年前、逃げた時は子供かもしれないが もう一端の大人になっているだろう、逃げた先で平穏な暮らしを求めたならそれでいい…だが
もし、その力を使う為 潜伏し、力を蓄えているのなら……
「レグルス、もし被験体が魔女級の力を得た上で暴れたというのなら、その時は私と共に戦ってくれるか?」
「構わん、もし暴れたのなら…な」
「いい返事を聞けた、我等を上回ることはないだろうが…、念の為な」
「ああ」
しかし、人工的な技術を用いている第四段階に至る…そんな事が出来るのだろうか
そいつは魔女になった後 第四段階の扉をこじ開け 古式魔術を得たというが、方法がまるでわからん、というか『魔女になる』ってどういう事だ?
何にせよ、恐ろしい技術があったものだ、それを作り出した研究主任とやらも恐ろしいな
………………………………………………………………
「むにゃ…」
窓から降り注ぐ朝日を顔に受け瞼を揺らす、先程まで繰り広げられていた夢から覚め 水から引き上げられる魚のように、エリスの意識は現実へと舞い戻る
チラリと目だけを動かして時計を確認する、…しまった もうこんな時間だ、信じられないくらい寝坊してしまった、エリス遅起き記録更新ですよ
もう師匠は起きてるかな、だとしたら急いで朝ご飯を…いや、今はメグさんが作ってくれるからいいか
「んんぅー…ん?」
体を起こして伸びをしていると、ふと エリスの隣の毛布に膨らみがあるのが目に入る、師匠ってばまだ寝ているのか?こんな時間まで寝ていたエリスが責められた事では無いが、それでももう朝だ そろそろ起こさないと
「師匠?起きてください、もうこんな時間…」
と 毛布を捲り師匠の寝顔を拝見しようとすると
「おはようございます、エリス様」
「ギャッ!?」
毛布の内側から現れたのは師匠ではなく、メイドのメグさんだった…というか!?
「なんでエリスの隣で寝てるんですか!?師匠は!?」
「レグルス様は先に起きて出かけられました、隣に寝ていたのはエリス様が起きた時に驚かそうと待機していたのですが…、随分深く眠っているようでしたので」
「いや起こしてくださいよ!」
「ぐっすりでしたので」
だからって隣でずっと横になってたのか?、この人存外暇だな…
しかし、師匠はもう出かけたのか…、今日は修行の予定だったはずだが、何か用事が出来たのかな
「うふふ、エリス様 照れているのですか?」
「照れてるというより驚いています、隣で予想外の人間が寝てたら驚きますよ普通」
「昨晩はあんなにも熱い夜を過ごしたというのに…」
「マッサージしただけでしょ!」
「気持ちよかったですか?私のテクニックは」
「言葉を選ぶ余地ってなかったんですか!?」
しかしまぁ、気持ちよかった…、エリスは他の人のマッサージを受けた事がないからなんとも言えないが、多分メグさんのマッサージの腕は超一級だ、何せ昨日はあまりの気持ち良さにそのまま寝てしまったくらいなんだから
「それで、体の調子はいかがですか?」
「え?…あ、軽い…」
軽く手を動かすと、驚くほどスムーズに流れる…エリスの体ってこんなに綺麗に動いたのか、もしかしてこれがマッサージの効果?、だとするとエリスの体はエリス自身が知覚出来ていないだけでかなり疲労を溜め込んでいたようだ
まぁ、師匠に弟子入りしてからこの方 ずっと酷使して来たからな、休む暇なく毎日修行と戦いの日々、それで疲れがたまらないほど エリスは超人では無い
そっか…、だとすると メグさんには感謝しないといけないな
「物凄く良いです、エリスの体じゃないみたいです」
「エリス様の肉体には凄まじいまでの負荷がかかっていましたからね、寧ろそんな状態であんなに機敏に動けていたこと自体が驚きです」
「あはは…、自分の体のことなんか気にしたこともないので、お陰で 今日からまた修行に励めそうです!、よっと!」
クルリと回転するようにベッドから飛び降り、軽くストレッチをする
うん!、最高のコンディションだ!、今ならなんでもぶっ飛ばせそうだ!
「と言っても、レグルス様は今日外出中ですので、修行は無いようですが」
「ですね、…残念です、でも 軽く体を動かすだけならエリスだけでも出来ますからね」
「残念…、エリス様は修行が大好きなのですね?」
「まぁ、今までずっと休むことなく続けて来ましたからね、好きというより もうやって当たり前の段階にまで来ています」
エリスは師匠に弟子入りしてから、今日この日までほぼ毎日修行をして生きて来た、師匠がいない日は師匠の教えを思い出し自分一人でやったり、どれだけ多忙を極めても 時間を見つけては鍛錬を続けて来た
最初はキツかった事もあったが、もう修行無しの生活なんて考えられない
「なるほど、…エリス様?もしもの話をして良いですか?」
「はい?なんですか?」
「もし、エリス様はレグルス様から『今日から修行をする事を禁ずる』って言われたら、どうしますか?」
「どうって…、修行を禁止する ですか?」
いきなり何を聞いてくるんだろうか、修行を禁ずるか…、第二段階に入る前は修行を抑えめにするよう指示されたこともある、けれど それでも禁じられることまではなかった
…うーん
「よくわかりません、けど 師匠が修行をするな、というのならエリスはそれに従います」
「それは何故?、エリス様は今まで修行をして生きて来たのですよね?、今までずっと…人生の傍にあった物を他人の指図で何故捨てられるのですか?」
「確かにエリスは今まで修行をして生きて来ました、けど エリスが修行をするのは『修行をする為に修行をしてる』からじゃありません、エリスの人生は修行の為にあるわけじゃありませんから」
エリスが修行するのは 来たる戦いの時 後悔しない為だ、力不足で嘆くことがないように、守りたい何かを背にした時 一歩も引かない為に修行をしてるんだ、師匠に逆らってまで続けることでは無い
決して修行がしたいから修行をしてるのでも無いし、修行をする為に生きてるわけじゃ無い、やるなと言われたなら 別の生き方をするまでだ
「修行の為にあるわけじゃない…ですか、なるほど」
「はい、エリスの人生 エリスの生き方はエリスが決めます、修行は大切ですし これからもずっと続けていきたいですが、もし必要なくなったら エリスは修行をやめて、また別の生き方を探します」
「探せますか?」
「さぁ?、でも エリスなら探す過程もまた楽しみますよ、生き方を探す旅なんてのも楽しそうですね」
なるほど、自らを探す事もまた楽しむ…、いや 楽しさを見出すと…なるほどなるほど」
「で?、エリスはなんで起き抜け一番にこんなよく分からない質問ぶつけられたんですか?、そこのところに説明とかは?」
「ありません、意味は 、ただ聞きたかっただけなので」
「あ…そうですか」
にしてはテーマが重かった気がするが、まぁ もし師匠が修行を禁じたらってのは考えた事もなかったが、師匠は意味のない事を言わない、きっと修行をするなというのなら何か意味があるはずだ、だからエリスはそれを信じて別の生き方を探す
邁進の道を捨て、戦いの道を歩み続けるか 或いは戦いそのものさえ捨てるか、いや エリスに戦いを捨てる道なんてのはないか
「さて、エリス様 朝食を食べ終わった後は一つ付き合ってもらいたい事があるのですが」
「はい?、なんでしょうか、また何時ぞやみたいにショッピングですか?」
「いいえ、…エリス様は昨日帝国軍の固有兵器である『魔装』の凄まじさをご覧になったと思います」
「ああ、ご覧になりましたね」
魔装…あれは確かに凄い、他国が使う鋼の剣なんかとは比べ物にならない、一歩も二歩も先にある武器だ、デルセクトの錬金機構以上のそれを使いこなす帝国軍はまさしく世界最強の名を持つに相応しいだろう
「魔装とは帝国軍の兵士全員に支給される物…、しかし エリス様は一応ではありますが帝国軍の一員という扱いになっています、なので 今日はエリス様に魔装を見繕おうかと」
「え!?いいんですか!」
「はい、あれがあるのとないのとでは違いますからね、とは言え エリス様にカンピオーネのような一般兵卒用の魔装を渡しても意味はなく、されど専用の特異魔装を設計していては時間がかかる…ですので、今日は私の所有する魔装をお譲りしようかと」
有難い話だ、メグさんの保有する千以上の魔装 それを一つでも譲り受けるだけでもかなりの戦力アップが見込める、エリスが所有する武装と言ったらこの宝天輪ディスコルディアくらいなものだし…
そろそろ攻撃力に直結するような武器を貰ってもいい頃かもしれない、うん なんだかワクワクして来た
「では、早速ご飯を食べて 見にいきましょうか」
「はい!」
………………………………………………………………
そうして、メグさんお手製のモーニングメニューに舌鼓を打った後、エリスはメグさんの案内…時界門にて、別の場所へと移動することになったのだが…
「ッッ〜〜〜!?!?、め メグさん!?これなんですか!」
突如として鼓膜を劈く轟音に、思わず耳を塞ぐ、時界門を超えた瞬間 これだ
いきなりエリスの耳に飛び込んできた音を文字に変えるなら、ゴウンゴウンってな感じか?、それがオーケストラのもかくやという勢いで四方からなっているのだ、そりゃ耳も塞ぐよう
「失礼、先に言っておくべきでしたね」
「え?なんて言ったんですか?」
「先に説明するべきでしたと言ったんです、こちらはマルミドワズ五つのエリアの一つにして帝国の盤石さを支える大黒柱、生産エリアの『プリドエル大工場』にございます」
「生産?…」
徐々に音に慣れてきた耳から手を離しつつ周りを見る…、するとどうだ?エリスの司法に広がる景色は
彼方此方に巨大な魔力機構が剥き出しで存在しており、それが轟音を立てながら駆動しているのだ、異様な景色だが…この感じ 前にも見たことがある
そう!クリソべリアだ!、ソニアが女王として君臨するデルセクトの五大国のうちの一つ、街一つ 国一つが巨大な工場として稼働を続けていたあそこの景色にそっくりだ
つまり、この生産エリアなる空間はまるまる一つ工場として動いているということか…
「ここでは食材の加工から日用品の生産、果ては魔力機構の作成までなんでも行なっており、規模も全エリア随一…居住エリアの五倍はあります」
つまり、中央都市レベルの面積を誇る居住エリアの五倍ってことか、軽い小国レベルの規模だな、空間拡張って 本当にどこまでも空間を広げることが出来るんだなぁ…、反則じゃん
「で、エリスはなぜここに?、メルクさんの魔装を紹介してくれるって話でしたよね」
「はい、それは勿論でございます 、私の魔装はこの生産エリアにて保管しているのでございます、が 一応生産エリアの方も紹介したくまずはこちらに立ち寄らせていただきました」
「なるほど…」
詰まる所、ここは帝国の心臓部だ
メグさんも言っていたが帝国の盤石さを支えているのはまさしくここ、なんせ帝国が最強である所以はその軍の規模にある
世界どころか歴史上類を見ない大軍隊 総勢七百万、軍とは大きければ大きいほど良いというわけではない、兵士一人一人にも生活があるし生きている
だから七百万の軍勢全員を食べさせていけるだけの国力が必要となるのだ、他の国々も本来ならもっと軍拡をしたいところだろうが、国の生産力を上回るだけの軍は持てない…帝国はそれがあるから持てる、だから最強になれる
なんせ、これだけ大規模な工場があれば瞬く間に飯だろうが武器だろうが作れる、おまけに街は宙に浮いてるから大地は畑として使いたい放題、帝国の強さの秘密は圧倒的に領土とこの工場かゆえなのだ
その凄まじさを、彼女は自慢したかったんだろうな…、浅ましいような 可愛らしいような
「では案内しますね、こちらへどうぞ」
「あ、はーい」
なんて工場の轟音の中 エリスとメグさんは巨大な生産用魔力機構の間を縫うように歩く
「私は陛下から時界門を授かると同時に、この工場の地下に広大な領域を賜ったのです、地下にある空間にはここで作られる生産品がダイレクトに届けられるようになっており、いつでもどこでも、なんでもどれだけでも物資を時界門から取り出せるように…と」
「なるほど、メグさんが普段時界門から色んな物を取り出せるのは、そこに沢山の物資が蓄えられているからなんですね」
メグさんは普段から小型の時界門を作り出し、そこから様々な物を取り出して使う、武器はもちろんのことながら、食べ物や椅子や机 ベッドやソファー、物の種類を問わずなんでも取り出す
それは帝国の物資生産を司るこの工場とメグさんの持つ倉庫がダイレクトに繋がっているから、なんだって取り出せるんだ
便利な話だ、例えるならポケットの中に工場を持っているようなものなんだ、メグさん一人居ればどこでだって生活できるだろう
「はい、生活必需品は常に一式 取り揃え、食品食材も一個師団を一週間は養えるくらいにはストックを確保し、そして 魔装も新品のものをいつでも取り寄せられるよう私自らルートの確保も行なっています、メイドたるものいついかなる時も主人の要望を叶えてこそ…なので、取り敢えず想定される人間の欲望全てを満たせるようにしています」
「凄まじいですね、じゃあここで爆弾出してって言ったら出せます?」
「色々ありますがどれがいいですか?」
というなりドカドカと地面にいくつもの球体が転が…ってこれ爆弾!?
「ど どれもこれも!?、冗談ですよ!」
「うふふ、こちらも冗談です、これは古今東西の爆弾みたいな石です、こういうのも取り揃えてます」
「いつ使うんですかそんなもん…」
「今みたいな時ですね」
なるほどね、なんて思う間に爆弾そっくりな石ころは地面に開いた時界門をへと転がり落ちていく…、便利だなあ そんな感想しか湧いてこないが、いざこれが敵対者として動いたらどうなるんだろう
そういう怖さはイマイチ感じない、何をどこまで出来るのか、まだ分からないから…いや、見せてこないからか
「さて、エリス様 到着しました、こちらが陛下より与えられた私の倉庫にございます」
「随分奥ばったところにありますね」
くだらない雑談も程々に、エリスとメグさんは到着する…、生産エリアの最奥 巨大な生産用魔力機構の隙間を潜っていった先に取り付けられた小さな扉、まず見つける事自体難しそうな扉の前までやってくるなり、メグさんは扉の取っ手を掴みクルリと回し
中へと入る…って
「こりゃまた…」
この国に来てからというもの、エリスの脳味噌は混乱してばかりだ、どこにこんな空間があったんだと言えるほどに巨大な空間が爆発するように扉の向こうに通じていたのだ
しかも部屋の形は少々特殊であり…これはなんと例えたからいいのかな…
まずエリス家の脳味噌を混乱させたのは 天井だ、天井が無いんだ、なら青空が見えているかと言えば違う、広がっているのは宇宙だ、星空だ
無限に続く空間の中で毛細血管のように混沌と部屋があちこちに通じている、果てのない迷宮、そんな印象さえ受ける不可思議な空間にエリスは迷い込んでしまった
「なんですかこれ」
「ここまで陛下の力によって無限の領域を得た空間にございます、この部屋に『果て』は無く、ありとあらゆる物を無限に収納が可能な空間です、ですので 一個師団…二、三万人の人間を一週間養えるだけの食材も戦艦も城塞もここには存在します」
頭痛くなってきた、よく分からん、これはあれだ 人類に理解出来る領域を遥かに超えている、こういうのは無理に理解しようとしなくていいな、とにかく広くて色んなものが置いてある場所と考えればいいか
「こちらに私の魔装もございます」
「って言っても、この中から探すのは骨が折れそうですね」
「ご安心を、そこはキチンと案内人がいますので」
するとメグさんは壁に取り付けられた鈴をチリンチリンと指で突き鳴らすと…、無限に通じる廊下の果てから何かが飛んでくる、あれは…メグさんが使っていた反重力魔力機構が埋め込まれた浮かぶボード…
それに乗った二つの影が呼び鈴に応じるようにすっ飛んでくると、…それはエリスの前にて停止する
現れたのはメイドだ、メグさんと同じメイド…双子のメイドだ、なんで双子ってわかったかって?
だってそっくりだもん、顔がじゃない、見た目がだ
服装は言わずもがな、髪型も髪色も同じ、強いて違いを挙げるなら二人の髪型の分け目が左右で逆なくらい、こんなファッションしておいて双子じゃありませんってんなら、この二人は余程気が合うんだろう
「彼女達は私の部下で、この倉庫の管理を任せてある双子のメイドです、自己紹介をしなさい」
「はい、メグ様…私はアリスでございます」
「イリスでございます」
「あ、エリスはエリスです」
「うふふ、リスがいっぱい、これでウリスとオリスがいれば完璧でしたね」
何が?
しかし、やはり双子らしいアリスさんとイリスさんは、このだだっ広い迷宮の管理を二人だけで任されているらしい、まぁ いくら収納出来るからって 誰かが管理しないといけませんしね…
「アリスとイリスはこの迷宮倉庫の内容を完全に記憶しています、二人とも記憶力には自信があるんですよ」
「エリスもですよ」
「知ってます、アリス イリス、エリス様に魔装を見繕ってください」
「かしこまりました、こちらに一覧が御座います エリス様、どうぞ」
「ん?あ…ああ、ありがとうございます」
なんか、メイドに囲まれてると変な気分になるな…
まぁいいや、アリスさんから手渡された資料を見てみると、中にはメグさんが所有する魔装の数々が書かれていて…
「……………」
チラリとメグさんの顔を見る、何考えてんだ?この人、自分がやってることわかってんのか?、この人は今までエリスに手の内を頑なに見せないように立ち回っているようにも思えた…
だが、ここに書かれているのはメグさんが所有する魔装 その全ての名前と使用用途が書かれている、これを見せられたら エリス全部記憶しちゃいますよ?
メグさんは時空魔術を攻撃に転用出来ない、だから攻撃は魔装頼りだ、つまりここに書かれているのはメグさんが戦闘中抱える手札 その全てだ…、それをうっかりとか凡ミスで見せるような人には思えない
…もしかして、今日ここに連れてきたのはこれを見せるためとかじゃないよな
「如何されました?」
「あ、いや…これって大切な情報ですよね、おいそれと見せても良かったのかなって」
「良いも何も、エリス様には私の全てを知って頂きたいのです…、私に何が出来て どれだけの事が出来るのか、それを…」
「…そうでしたか、すみません 変なこと言って」
案外これはこの人なりの信頼の表れ、あるいはエリスに歩み寄ろうとする姿勢なのかもしれない、 だとしたら嬉しいな…
「しかし、色々ありますね…、『魔術を防ぐマント』『魔術を拡散させるガンドレッド』…、なんですか?この『風車剣』って」
「はい、こちらですね」
瞬きの間に虚空より武器を取り出すメグさんの手に握られているのは、剣だ…それも結構無骨な剣、鍔もなければ飾りもない、持ち柄以外全て刃 むき出しの殺意みたいな武器だけど
「これのどこが風車なんですか?」
「それは…、こちらを起動させると、はい!」
持ち柄に取り付けられたスイッチを押すと、驚くべきことに刃が四方向へ展開し十字型となるのだ、なるほど ここからじゃ見えなかっただけで、あの剣四枚の刃が重なっていたのか…
確かに見た感じは風車そっくりだ…、使い辛そうだが
「しかもこれ、見てくださいほら クルクル回るんですよ、クルクルーって、ほら見てください」
「見てますよ」
どうやら刃は固定されていないようで、メグさんが手で押すと持ち柄を中心に十字型の剣はクルクルと回転を始める、本当に風車だな
…けど、これそのまま振ったら刃が空振りしてロクに傷を与えられないんじゃ?、というか下手に振り回したらこっちが怪我しそうだ
「これ使い辛そうですね」
「はい、帝国軍内でも使いづらいと評判で 軍に支給したところ八割の方が即日返品、一週間で十割の方が手放しました」
「それ失敗作では?、じゃあこの『魔術装填機構』ってのは」
「はい、それは魔術を銃弾のように装填し、連射できる機構になります、弱点としては酷使すると爆発するところですかね」
「致命的ですね、じゃあこの『刃風機構』というのは…」
「ガラスの粉塵を噴射し相手に吹き付けダメージを与える機構です、ただ舞い上がったガラスの粉塵を吸引すると使用者の肺も甚大な被害を負い…」
「……メグさん、失敗作しかないんですか?」
なんか聞いてる限り強そうなものはない、寧ろ使うだけで危ないものしかない、これを普段使いしてる奴がいるなら、余程な実力者か命知らずだ
どう考えても失敗作、そんなものばかりポンポン出てくるのでメグさんに一つ伺うと
「私が所有しているのは今まで帝国軍部で作られた全ての魔装です、当然成功し採用された物と失敗しなかった事にされた物の比率では後者の方が圧倒的に多いというだけ、ですのでそこにある八割が失敗作になります」
なんじゃそら、メグさんは失敗作まで後生大事に抱えてるのか、…なんというか物好きというか、ある意味らしいというか
「でも折角ならこういう失敗作は除外して、安定した成功作品だけをピックして欲しかったですね…」
「失敗作に価値はありませんか?」
「…どうしたんですか?急に」
語気が強い、そう感じた、今までのような軽いもの言いじゃない、顔色や姿勢に変化はないが…、どう見ても食い気味な返答
失敗作に価値は無いか だと?…
「いえ、ただエリス様は失敗作には価値がないと思っているのかな、と思いまして」
「価値のある無しで言えば、価値は無いんじゃないんですか?」
「そうなのですか?、勝手に作って 勝手に期待して 勝手に使って 勝手に捨てて、挙句得られるのは『失敗』の烙印だけ、それを身勝手というのではないのでしょうか」
「失敗判定するだけで身勝手呼ばわり喰らう方が余程理不尽だと思いますが、ですが よくいうじゃないですか、失敗は成功の母 失敗があるから次が上手くいくと、そういう意味では失敗も…」
「いいえ、失敗作に子を残す権利はありません、失敗した者に次はありません」
「……何が言いたいんですかね、メグさんは失敗作を否定されたくないのですか?それとも失敗作の存在を否定したいのですか?」
「いえ、私は…ただ……」
メグさんの物言いにエリスもまたギロリと鋭い視線で返す、言いたいことがあるならはっきり言え、そんな誘導尋問みたいな真似して答えを聞き出そうとするのはフェアじゃない
しかし、メグさんの歯切れは悪い、言いたいことはある けど 言いたくない…、そんな感じだ、うう これは強く出過ぎたか?
「…アリスお姉ちゃん、私達が渡した資料のせいでエリス様とメグ様が喧嘩してるよ」
「ええそうねイリス、これは私達に責任があるわ、何かお菓子を持ってきて場を和ませましょう」
「ナイスアイデアだよアリスお姉ちゃん、じゃあ私は紅茶を持ってくるね」
「ええイリス、任せたわ」
険悪な空気を醸すエリスとメグさんを見て自分たちの責任と思い込んだアリスイリス姉妹はそそくさと分散し、倉庫の中からお茶とお菓子を持ってくるためタカタカと走って消えていく…、気を遣わせている 間違い無く、悪いことをしたか
折角用意しもらったのに、文句をつけるのは行儀がよくなかったな
「すみませんメグさん、失敗作だなんて言って、メグさんが好意で用意してくれているのに」
「いえ、エリス様の言うことは最もでした、次はもっと良い物を用意致します、………」
綺麗なフォームでお辞儀をするメグさん、だけど エリスの記憶にあるものより幾分崩れている気がするのは気のせいではあるまい、メグさんの注意は若干 走って立ち去ったアリスイリス姉妹に向いている気がする
謝罪の姿勢としては褒められたもんじゃないが…、まぁ 文句つけたエリスが言えたことじゃあないんだけどさ、悪いのはエリスの方だし…にしても
「アリスさんとイリスさんですか、メグさんの部下なんですよね」
「はい、二人とも私の教えに従い よく働いてくれる、良い部下です」
「上司としては結構甘い人なんですねメグさんって…、しかし 双子ですか、そっくりですねぇ」
最近エリスは姉妹とか兄弟に縁がある、そして出会う兄弟姉妹は皆仲がいい、どんな状況にあっても片割れを想い もう一人の為に命をかける、友達のように曖昧な関係でもなければ 夫婦のような脆弱な関係でもない、正真正銘の血の繋がり それはとても強いのだ
…エリスにも一応弟がいるが…、エリスは彼に酷いことをした、きっと嫌われている
「エリス様には弟君がいると聞きましたが」
「そんなことまで調べてあるんですか?、まぁ 居ますよ、あんまり仲は良くない…というより、歩み寄ってくれる彼をエリスが拒絶してしまった形になるので、エリスが全面的に悪いんですけどね」
「なるほど…、弟は大切にしてあげてください」
「あはは…、何故 メグさんがそんなことを?」
弟を大切にすべきなのは分かる、けど なんというか…似合わない、そういうセリフはメグさんには、ただの相槌として言ったのかもしれないが、エリスは妙にそれが引っかかった…、すると
「実は私、妹なんですよ…生き別れの姉がいましてね、その姉のことが大好きなんです、だから なんというか、その弟さんの気持ちになってしまって」
「生き別れの姉ですか?」
「はい、昔 アジメクに仕事に出てしまって、その仕事が終わるまで帰ってこられないんですよ」
「アジメクに…へぇ、ん?生き別れってそれ何年前の話ですか?」
「もう十年以上前です、そして私の見立てになりますが その仕事の達成はほぼ不可能と見ています、…残念ですが 私はもう姉と再会することはないでしょう、再会したとしても…私は…」
なんか、聞いたような話だな…、いや メグさんのお姉ちゃんに心当たりがあるわけじゃない
ただ、アジメクにいる姉に会いたいって話は、ステュクスが良くしていた話と同じだ、結局その姉はエリスだったわけですが、っていうか十年以上前?、その時一応エリスアジメクにいたよな
まさかまたエリスの知り合いってことはないよな
「あの、一応そのお姉さんの名前って聞いてもいいですか?」
「名前?…なぜですか?」
「いえ、前にも似たようなことがありまして…、その時名前を聞かないで失敗したことがあるので、今回は名前を聞いておこうかと、一応アジメク出身ですし もしかしたら名前を知ってるかも…」
「…………そうですね」
するとメグさんは空を見上げる、天に輝く星空の如き天井を見上げ 何かに想いを馳せながら、そして まるで覚悟を決めて意を決するように その名前を告げる
「私の姉の名はトリンキュロー、…トリンキュローという女性です」
トリンキュロー…トリンキュロー…、エリスは一度会った人物は忘れない、名前を聞いた人物も忘れない、だから その名前に覚えがあるかどうかと言われると、はっきりとこう答えられる
「すみません、知らない名前でした」
聞いたことない名前だった、恥ずかしい…、一度でも聞いたことあるなら 分かるんだけれど、一度も聞いたことないんだから仕方ない
メグさんのお姉さんだから姓はトリンキュロー・ジャバウォックってな感じになるんだろうけど、アジメクで帝国系の苗字は聞いたことがない、いやもしかしたらリーシャさんと同じで素性を隠して監視員をやってる人なのかな?
だとしたら、なおの事発見は難しかろう
「…ふふふ、そうでしたか、まぁあんまり表に出る仕事でもありませんしね、でもエリスさん 私の姉の名前は、どうか内密に、あんまり吹聴すると色々と面倒なことになりそうなので」
「分かりました、じゃあエリスとメグさん 二人だけの秘密ですね」
「あら、ロマンチックな物言い、もしかして私を口説いてらっしゃる?」
「昨日のお返しに口説くのも悪くないかもしれませんね」
「ふふ…今の私なら、コロリとエリス様に落とされてしまいそうです」
そりゃ一体どういう意味なのか、深く考えないし 深く追求しないようにしよう…、考えと視線をそらす為、手元の資料に目を通して…
エリスが受け取る魔装、メグさんは好意でエリスに武器を渡してくれるとはいうが、何にしたものか
メグさんのこの迷宮倉庫は広大だ、手元にある資料を参照するなら 大規模戦艦すら収納されている、くれといえばこれも貰えるだろう
だが極端な話、エリスは旅の身 あんまり大掛かりなものもらっても持ち運びに困るし、例えば剣にしても槍にしても 使い慣れていない物を受け取っても弱体化さえあり得る
なら、今の戦闘スタイルを崩さない物…となるとかなり小型なものになるが…、うん
「メグさん、メグさんから受け取る魔装の件ですが…保留にしてもいいですか?」
「構いませんが、保留ですか?」
「はい、この中からエリスに合った物を吟味します それが成功作だろうが失敗作だろうが、関係ありません…エリスが欲しいのは価値あるものではなく、未来なので」
「なるほど…未来ですか それは良い答えです、かしこまりました では存分にお選びくださいませ」
メグさんから受け取ったこの資料を見て 一人確信する、…少なくとも アルカナとの決着の前には決めておかないとな
なんて、お茶とお菓子を抱えて飛んできたアリスさんとイリスさんを横目に、エリスは思うのであった