断章・天狼は月を取るか
それは幼い頃、窓辺から見える月を、まだ月と知らぬ頃の話じゃ
ワシは暗い夜空に浮かぶあの黄金の光を『穴』だと思っていた
この世は暗い壺の中にあり、壺の外にいる未知の住人が 壺に穴を開けて中の様子を伺っている、その時漏れ出る丸い光こそ 月じゃと思い込んでいた
あの空に開いた穴の向こうには、光差す向こう側には きっとこの世の誰も知らない何かがあると、夜毎にワクワクしながら窓辺に乗り出し、空を見上げていたのを覚えている
知りたい ただ知りたい、向こうにある何かを見てみたい、いつかあの穴の向こうへ行ってみたい、そこにいるであろう存在と話をして 多くのものを見て学び、家族に話をしてやりたい
光の向こう側…未知なる世界を思い描く無垢なる心、それは月の正体を知った後も変わらなかった
いや、もしかしたらワシは未だに、月に向けて手を伸ばし続けているのやも知れぬ、未知なる何かを追い求め続けているのやも…知れぬな
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荒れた地を風が撫でる
荒涼とした大地に恵みはなく、草花もどこか生気を宿しているようには見えぬ、空気はどこか赤黒く 重い
世界はいつから、こんなにも歪んでしまったのか
世界はいつから、こうも汚く燻んでしまったのか
人はいつから、ここまで残酷になってしまったのか
始まりはいつからかは分からない、誰が始めたのか 誰が続けたのか、終わりの無い戦乱の時代はいつしかこの双宮国ディオスクロア全土で蔓延り始めていた
乱世に乗じて父も母も殺し ただ一人の肉親たる妹さえ幽閉し、王座を簒奪した現ディオスクロア王はこの戦いの世を利用し 少しでも己が国の領土を増やそうと隣国に何度も何度も戦争を仕掛けていた
十三大国の一つと言われるディオスクロアでも、そう何度も戦争を仕掛けて常勝で居られるわけもない、度重なる紛争で国は疲弊を始めている
いや、この国だけじゃ無いな、周りの大国達も煽られ乱世に乗っかって 皆水を断たれた花のように萎れ始めている
別にさ、それで国が滅ぶんならそれはそれでいいだろう、後の歴史書に間抜けな王が間抜けにも戦争をして間抜けに国を滅ぼしましたとさ…なんて書き記されるだけだ
だが、その煽りを受けるのはいつだって民草だ、皺寄せを食らうのはいつだって力なき者達だ
軍靴に踏み荒らされた大地にタネを撒くのも、枯れた畑で汗水垂らして麦を育てるのも、せっかく育てた作物を軍に取り上げられるのも、荒れた大地の上で生きていかなくてはいけないのも 民達なのだ
痩せ細り一人また一人と、倒れていく様を国は見もせず、国土拡張の夢ばかり見る
それは、力を持つ者として看過できぬよな
「ああ、お願いします魔女様…、もうこの土地は死する寸前なのです、雨は降らず 大地は生命力を失い その上で生きる我等もまた、この大地と運命を共にしてしまいます…」
痩せ細った老父が両手を合わせ 膝をつきながら懇願する、その背後にはこれまた痩せた女や薄汚れた子ら そして精根尽き果てた男どもが立ち尽くしている、恐らくはこの村の者達だろう
皆、なんとかこの厳しい世の中を生き抜く為に知恵と力を尽くして足掻いたのだろう、だが それでも無理だったのは聞くまでも無い
もともとこの辺りは山が多く日も当たりづらく、環境的にも雨も降りづらい、生きいくにはそもそもが厳しい大地、そこに件の戦乱が直面して貧しい村の食料を軒並み持って行ってしまったのだから、やんぬるかな
仕方ないことだ、最早この大地の荒れ具合は村一つの頑張りでどうなるレベルを遥かに逸脱している
「ふむ……」
自らも膝をつき大地の土を摘む、パサパサで乾いていて命を感じない、こんな大地にいくら水を撒いても 種を撒いても、何も息吹くまい 何も芽吹くまい、確かにこれでは生きていけないな
戦争によって荒れ死に果てた大地によって人も死ぬ、それは避けられぬ事だろう、大地を蘇らせるなど 人間には出来ぬ芸当よ、だが…
「うむ、任せて良い…任せるが良い…ワシに任せるが良い、魔女シリウスの名にかけて必ずや村の者達を助けると誓おうでは無いか」
白い髪を振るいワシは立ち上がる、母より賜りし誇りの名 シリウスの名に懸けてこの者達を助けると、その為にワシはいるのだから
荒れた大地の真ん中に二の足ついて立ち上がるその者の名はシリウス、魔を統べる女傑 魔女の名で呼ばれるシリウス・アレーティア
これは、いずれ世界中に名を轟かせる原初の魔女シリウス・アレーティアの 今は伝わらぬ伝記の一部である
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超絶美少女魔術師たるワシが何故あんな荒れた地で人助けをしておるか気になるであろう?、何 それを今から言って聞かせてやるというのだ、聞け よく聞け ちゃんと聞け
事の始まりは数ヶ月前のことじゃ…、あの時ワシは そうじゃ、家におったんじゃったな
「ふむ、…またか」
双宮国ディオスクロアの端に存在する深き森の中に打ち立てられた我が家、その内にて机につきながらため息を吐く
これで今年に入って四度目だと
「何故そうも戦争をしたがるのか、戦略的観点から見ても 今は静観が吉であろうに」
荒涼とした大地のど真ん中で剣を片手にぶつかり合う軍勢と軍勢、戦争じゃ…今月に入って大規模な戦争がもう四度も起こっておる
やれやれ この国の指揮棒を握る人間はどうやら前進を勝ちと見て後退を負けと見る典型的な無能と見える
そう呆れ果てながら目を細める、我が眼前にあるのは我が家の壁…だが我が視界にはその壁の奥の景色が見える、遥か遠方にある平原にてぶつかり合う軍勢が見える
遠視の魔眼と透視の魔眼の合わせ技を使えば家にいながら国情全てが探れる、便利ではあるが 些か見えすぎるのが難点じゃのう
「…………はぁ」
少し目を動かせば、戦場の近くに存在する村々に怯える民達が見える、身を寄せ合い縮こまることが彼等にできる精一杯の防御策なのだろう、見ていて心苦しい…、彼等に少しでも力があれば あんな恐怖を味わうことなどないというのに
「されど彼等の手元には剣はない、ふむ…」
魔眼を閉じて視界を我が家に戻す、見えるのはワシの目の前 机に山積みになった分厚い本の山じゃ、これには全てワシが作り出した無数の魔術の法が刻まれている
そう 魔術じゃ…、ワシが作り出した魔力を自在に操る方法の名
今現在人の身に溢れる魔力の活用法とは 即ち魔法しか存在しない、太古の昔 二千年ほど前じゃったか?にティアレナ・ヴェリタスが作り出したと言われる魔力闘法、それは魔力を直接相手にぶつけ攻撃する文字通りの闘法
魔法があれば人は剣に頼らず闘うことができる、だが魔法が使える人間は限られている、破壊力はあるが 魔力を直接ぶつける法というのがあまりにも燃費が悪いのだ、生まれながらに卓越した魔力を持ち合わせねば使えない
…それに、闘法であるが故に闘い以外に使えない、破壊以外に使えない
しかし、ワシが作り出した魔術は違う
「…『火雷招』」
ピッと指を立て 詠唱と共に魔力を放てば、高密度の魔力は炎の雷に変換され暖炉に突っ込み 暖かな炎を生み出し始める
これが魔術じゃ、あらゆる原子現象の代替え品となる魔力を詠唱によって御して別の存在へと変換し人の手で超常的な現象を引き起こす術…
父も母も遠の昔に死に、この獣ひしめく森の中生きていく為ワシが作り上げた魔法に代わる魔力の友好的な使い道じゃ、魔法は魔力をそのままぶつけて攻撃するだけじゃからな 物は壊せても火は起こせんし風も作れん
まさしく万能の力、人がこの世で生きていくに必要な全てが行える 万能の術を前にワシは考える
「魔力垂れ流しにする魔法と決められた分量だけで事象を引き起こす魔術では魔力効率は段違いじゃ、魔術ならば訓練すれば 生まれつきの魔力量に関係なく使えるか…」
もし、この魔術が 民草の手にあったなら、或いは……
「ふむ…、そろそろ動くべきかも知れんのう」
魔術について自ら研究した資料を撫でて息をつく、これがあれば 荒れた世でも淘汰される弱者がいなくなるのではないか、そんな疑問は常々抱いていた…
この世に住まう人間全員が強者となれば、或いは不当に搾取される人間のいない 真に平等な世界が生まれるのかもしれんのう…
もしそうなら、思考思想を実行実演へ写すには良い機会なのかもしれんのう
「シリウスお姉様…、如何しましたか?」
「おん?、ああ レグルスか」
ふと考えごとをしていると、なんとも麗しく可愛らしい声が響くもんだから思わず振り向いてしまう
そこには、黒髪の愛らしい少女がポット片手にこちらを恭しく見つめて小首を傾げておる、んんぅ 今日も可愛いのうワシの妹は
「どうした我が愛しのレグルスよ」
「いえ、シリウスお姉様が何か考えている様子でしたので、その…コーヒーを淹れてあげようかと」
「なんと、レグルスよ 珈琲を淹れられるのか?、天才じゃのうワシの妹は」
「もう八歳ですから…そのくらい出来ます」
ワシにいい子いい子されてポッと頬を赤らめるレグルスの姿思わず悶えそうになる
この子はワシの愛しい妹にしてこの世に残された唯一の肉親 レグルスちゃんじゃ、父が狩りの最中死に 一人残された身重の母が命を懸けて産んだ子
生まれながらにして親の温もりを知らぬ可愛そうな子じゃ、こんなに可愛いのに神とやらは随分とサドなのじゃのう
「それで、お姉様は何を考えていたんですか?」
「んぉ?、おぉん…そうじゃのう」
ワシの机の上にカップを置き 丁寧にコーヒーを注ぎながらレグルスは問う、何を考えていたかと
さて、何を考えていたか…うむ、そうじゃのう
「なぁレグルスよ、ワシが一年ほど家を空けると言ったら傷つくか?」
「…………」
レグルスは答えない、コーヒーを注ぐ音が暫く続き ポツリとポットから黒い線が途切れると共に、その目がこちらを見る
「私にとって、お姉様が全てです お姉様の側に居られないのは苦痛ですが、お姉様の足枷になるのはもっと堪え難い事です」
つまり、ワシの意図を尊重してくれると、従順じゃのう
生まれながらにして人里離れたこの森の奥の小屋で育ったレグルスは、ワシしか人間を知らぬ ワシ以外の何かを知らぬ、故にこの子にとってワシは全てじゃ
もう少し自主性を手に入れて欲しいと思いつつも、今はこの従順さに甘えたい
「ならば言おう、よく聞くがいいレグルスよ」
「はい、お姉様」
「ワシは今の世を憂いておる、このままでは戦乱の世に飲まれ罪のない人間が大勢死ぬことになる、しかしワシが作った魔術があれば 虐げられる民は自ら立ち上がる力を手に入れることが出来るじゃろう、…じゃから…」
「世に魔術を広めたいと言うのですか?、私は賛成です お姉様の作った魔術は史上最高の発明です、それを世に広めれば皆がお姉様の凄さをみんな理解することになるでしょうし」
「別に誰に何を思われるでもなくワシは凄いからええわい、じゃが…そうじゃ 魔術を広めたい、魔術という力はきっと ワシの手の中だけで腐らせるには惜しいものなのじゃ だから、ワシはこれより旅に出る 魔術を広めを世を正す旅にな」
レグルスの淹れたコーヒーをぐびぐびと飲み干し決意を新たにする、口に出したことで目的が明確化する
そうじゃ、ワシは生きていくためにこの魔術を作り上げた、なら同じように苦しむ者にも魔術を与えてやっても良いのではないか?と、その為には動かねばならない ここに居ては何も変わらない
変えるには 前へ進まねばならぬのじゃ
「旅に、今から…」
「おん そうじゃ、レグルス お前にはワシの魔術の極意を既に与えておるじゃろう?一人でも生きていける筈じゃ」
「私はついていけないのですか?」
「…………」
別に連れて行ってもいい、じゃが この旅は危険なものになる、何せ国としての安定を欠いたディオスクロアを歩き回るのじゃ 野盗山賊がひしめき大義を失った兵団が平然と虐殺と略奪を行っておる
レグルスはこの歳で既にワシの作った魔術の大部分を会得しておるし、熊が襲って来ても一人で撃退できる、じゃが危険なことに変わりはない 少なくともこの森にいる方が百倍安全じゃ
「ダメじゃ、連れていけん」
「そうですか…、わかりました ではお留守番してます」
「うぅ、本当にええ子じゃのう…」
いい子だ、或いは頭に『都合の』とつくタイプのいい子かもしれんが、それでもレグルスは優しい子じゃ、この国がもっと安全に出歩けるようになったら 一緒に旅しようなぁ?
と いうわけで
「よっこらせっと、んじゃあちょっくら行って世界変えてくら」
「でもお姉様」
「ん?」
立ち上がり荷物をまとめようとした瞬間 レグルスの声が我が体を止めて、その目がワシを射抜く…なんじゃその目は、怖いのう…やっぱり怒っとるのかな
「なんじゃ?」
「姉様は魔術を広め世を正し弱者を救う為に旅に出る…ですよね」
「そうじゃが?」
「本当にそれだけですか?」
そう語るレグルスの目は何ら不穏であったな、それだけ?本当にそれだけ?世を救うためだけに動くのではなく別の思惑があると、レグルスはそう言いたいのか
…そうかそうか、そう返事をしながらワシは膝を降りレグルスと向き直ると共に、その肩に手を置き 見つめる
「何を言うレグルス、力を持つ者その力を非力なる者に分配せずして、如何にしても世が発展しようか、ワシには力がある 才能もある ならば、これを分け与えるは我が使命じゃ、そこに一点の曇りも陰りも存在せん」
「そうですか、分かりました変な事言ってすみませんでした」
「良いのじゃ良いのじゃ、疑うのはお前が賢い証拠じゃ、思考をやめず疑問を投げかけよ、ワシはそれに全て答えるからのう」
なははははと肩を叩きながら内心思う
…下心がないわけではないと、他に目的がないわけでないと
いや、目的は魔術を広める事にあるが、それが純度100%の善意だけで行うかといえばそうではない
世界に魔術の種を蒔き ワシの望む魔術の開花を待つ、ワシではどうやっても作れない魔術も、ワシ以外の天才の元に魔術が転がり込めば そいつが作ってくれるかもしれん
つまりあれじゃ、ワシは魔術という文化体系を大きくしたいのじゃ、魔術は便利じゃ 便利なら人は使う 人が使えば魔術は進化する、進化に進化を重ねれば
いつか…手が届くかもしれん、ワシの知らない領域に、ワシはそれを見てみたい、だから まぁ、慈善事業は丁度いい言い訳とも言える
まぁ、人を助けたい気持ちもあるにはあるからなんとも言えんがな
「ではお姉様、また帰ってきたら私を抱きしめてくださいませ」
「ん、任せろ いつでも抱っこしてやるし、寂しくなったら大声で我が名を呼ぶがいい、どこにいてもすっ飛んできてハグしてやるからのう」
ワシの知的欲求にこの子は巻き込めんからのう、魔術を広めるついでにこの子が安心して生きられる世界を作れるなら万々歳じゃろう、さて
「んじゃ、行ってくるからのう?良い子にしておれよ、レグルス」
「はい、シリウスお姉様」
その頭を撫でて立ち上がる、魔術を広め 探求を為すが為にワシは シリウスは動き出す
魔術を広め、この国に平穏を齎す、それが 当初の目的であったそれは無辜の民の為 力無き者の為 そして愛する我が妹の為に、そんでもってちょっぴりの利己的な探求のために
それが…目的、だったんじゃがなぁ
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回想はこのくらいでよかろう、ワシはレグルスの元を去りディオスクロアの村々を回り、困りごとがあれば魔術を使いちょちょいと解決してやった
この世で魔術を使えるのはワシだけじゃ、魔法とは違いあらゆる事象を可能とする奇跡の技は多くの者を救い 多くの者に希望を与えた
北の村には疫病が流行っておった、医師は皆軍に連れていかれてしまったしのう ちょっとした疫病で村は滅びる寸前であったから、治癒魔術で病を消し去りついでに土地も浄化しておいたわ
南の村には横柄な王国軍が駐留しておった、名目上は他国からの侵略軍を防ぐ為であったが、村の食べ物を奪い女子供を攫うクソみたいな奴らじゃったからのう、叩きのめして縛り上げて首都までぶっ飛ばしてやったわ
西の村には結婚が出来ず苦しんでおる若者がおった、ほっぺたビンタしてワシに相談する前に自分を磨けアホと罵ってやったわ
そして東のこの村には、さっき言ったように土地が疲弊し井戸が枯れて村全体が貧困に喘いでおった、故に
「おお…おおおおおお……!!」
ポツポツと降り始めた雨とムクムクと膨らむように地面から生えてくる芝に感涙の涙を流す老父を前にしたり顔で笑ってやる
「どうじゃ?、これが魔術 これが我が技よ、ワシにかかれば雨も降る 草も実る、このまま大地と共存すれば 土地も直ぐに生き返ろうよ」
魔術で雨雲を作り 大地に魔力を送り生命力を活性化させ、序でにその辺の川の流れを変え近くに引いてやった、ここまですりゃええじゃろ これで生きていけませんは通用せんぞ?
なんて思っていると、老父は倒れるように額を頭につけて
「ありがとうございます!ありがとうございます!、貴方はやはり噂通りの奇跡の救世主様だ!」
「ほほほ、そう褒めるでないわ」
「ああ、貴方は神の使いだ…!、こんな奇跡を起こせるのは世界に貴方だけだ」
ぐふふ、感謝されると嬉しいのう
「そうか?、もし この奇跡がお前達にも使えると言ったら どうする?」
「え?…あ 雨を降らせたり大地を実らせることが、我々にも?」
「うむ、これは魔術と呼ばれる技術よ、技術である以上誰にでも扱える、まぁ ワシみたいになんでもというわけにはいかんがな?」
「そんな…ぜ 是非教えていただきたい!」
「おうおう、ワシはそのために来たんじゃ、ほれ ここにやり方と鍛錬法を書いておくから、村の皆で共有して修行するのじゃぞ?そして他の村の者が来ても欲張りず分け与えてやるのじゃ」
「勿論でございます!奇跡の救世主様ぁ!」
村の人間総出で跪き感謝を述べる様を見て上機嫌になりながらワシはあらかじめ纏めておいた冊子を渡しておく、中には水魔術の使い方を記してある その通りに修行すれば一年ほどで軽い水なら出せる
そして高めれば 軍だろうがなんだろうが抵抗出来るくらいの強さにはなるはずじゃ、民が強くなれば国も独裁的な政治は出来ん、いやでも民主的にならざるを得んだろう、そうなれば少なくともこのように民が無為に死ぬこともない
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「もうええわい、んじゃ ワシは次の村に向かうとするかのう、なんか他に困っとる村とか知らんかのう」
「他に…それなら、ここからさらに南東に向かった街が なんでも悲惨な目に合っているという話は聞いていますが、何分我々も余裕がなかったので、何が起こっていたかまでは…」
「ええわええわ、死んでなかったら救いようはあるからのう、んじゃ ちょっくら行ってくるわ、お主らも達者で暮らせよ」
南東か、ふむ遠視の魔眼で見た感じちょいと遠いのう、旋風圏跳を使えばさしたる時間もかからんか、なんで荷物を纏めて村を出ようとした瞬間
「お お待ちください!魔女様!」
「なんじゃあ、言っとくが歓待とかはいらんぞ?」
「いえ、そうではなく」
そうではないのか、いや 要らんとは言ったがちょっとくらい歓待してくれてもええんじゃよ?、ワシ押しに弱いから強く言われたら逆らえんかもしれんぞ?
「実は、その村とこの村をつなぐ道に、最近盗賊がそうで…」
「なんじゃ、盗賊か…その程度ならなんとでもなるわ、皆殺しにしてくれる」
「いえ、そいつら かなりの使い手らしくて 王国軍崩れの奴らが野に逃げ落ちて結成された盗賊団らしく、武器の質もそれぞれの力量も高く…団長に至っては魔法も使えるそうで、かなり危険ですので…お気をつけて」
なんじゃ、やっぱり大した連中ではないではないか、こうして旅をして分かったことじゃが どうやらワシ かなり強いみたいじゃしな
その気になれば軽く山くらい吹き飛ばせる奴らが外の世界には沢山いると思っておったが、そんなこともないようじゃしのう、雑魚ばっかりでびっくりしたわ そんな雑魚の盗賊団くらい軽く捻って捻ってこねこねした後竃に入れてパンにして食ってやるわ
「…あの武術道場が健在だった頃は奴らも好きな顔できなかったのに…、あんなことになって」
「んぉ?、武術道場?なんじゃそれ」
ふと、聞き慣れない言葉に面を食らう、武術…いや聞いたことあるか?確か拳一つで武器と渡り合う事を目的とした闘法の事か、ある意味それもまた民に与えられる武器のようなものか
「いえ、村の外には武術を極める夫婦が住んでいまして 、そこにいる師範と門下生達が健在の頃はその盗賊団も表立って街道を襲うような真似は出来なかったんですが…」
「健在だったということは、死んだか?」
「はい、何者かに虐殺されたと…その盗賊団の仕業かどうかも分かりませんが、…もう今は道場を残すばかりで 師範も門下生もみんな死んでしまいまして」
「ほーん、またどえれー事が起こったんじゃのう」
「はい、もしかしたら今は盗賊団のアジトになっているかもしれませんので…お気をつけて」
気をつけてしか言えんのか、まぁ こいつらにはなんの力もない、注意を促すので精一杯か、何 別に此奴らに何かを望んでいるわけでもない、まぁ 物見遊山にその道場を覗いて盗賊がいればぶっ殺せば良いか
「んじゃあ今度こそ、さらばじゃー!皆の衆ー!」
「ありがとうございました!救世主様ー!どうかご無事でー!」
ワシは永遠に無事じゃよーん!、ワシ天才の無敵じゃもーん
なんて冗談は程々にするにしても、気になるのう 道場
自らの技術を他の人間に継承し広めるか、ワシのやっておることに通じるのう、家に帰ったら魔術道場とか開くのも良いかもしれん、そうすれば志ある者に魔術を教えることもできるしのう
そうなったらワシは魔術師範かのう?、…むふふ なんかええのう 師匠師匠と持て囃されるのは気持ちええかもしれんなぁ
「まぁ、道場は開かんまでも弟子を取るのはええかもしれん、実際 レグルスももうワシの弟子みたいなもんじゃしのう、ってなると?後から入ってくるやつはレグルスの妹弟子弟弟子になるのか、そうなったらレグルスも妹弟が出来て喜ぶかもしれんのーう」
ぬははー!と笑いながら風を纏い飛び上がる、ワシの生み出す風はこの身を大きく空へと舞い上げ 意思のままに進ませる、向かうは南東の方向、一応街道に沿って飛んでいく
すると
「おん?…あれか?道場とは」
道半ばに森を切り分けるように見えるのは巨大な道場じゃ、まぁ 今はもう機能しておらんようじゃが、後学の為に覗いていくのもええかもしれん
もし件の盗賊が根城にしてるならここを墓場にしてやればいいし、寄ってくかのう
それー!と高らかに叫びながら急速に方向転換、ぬはは!道場見学じゃ!
「オラッー!ワシが来てやったんじゃぞ!茶を出せ茶をー!
地面に降り立つと共に門を蹴破りズカズカと中に乗り込む、ふむ こんなに大々的に暴れ入っても静まり返っておる、ということはやはり無人かのう…
「ふむ…、庭も掃除されとらん、それに…」
道場の扉をぶっ壊し中に入れば 臭う、何が匂うって?埃臭いといえば埃臭いが、この匂いは
「血の匂いじゃのう…、それにあんまり古くないわ」
道場の中にはむせ返るような血の匂いが充満しておる、人の血と獣の血の匂いくらいは区別がつく、これは人の血の匂いじゃ…
血とは穴を掘ったら地面から吹き出てくるような代物ではない、血は人からしか流れない ということは、例の死んだとかいうのはマジっぽいのう
「にしても、誰もおらんのかー?、流石に生き残っとるじゃろ 一人くらい、なぁー!おーい!」
探す 誰かいないか、廊下を走り回り寝室 台所 書斎 あっちこっち探す、だが見つかるのは壁に着いたドス黒い跡のみ、これ血の跡かのう…とするとここで行われた虐殺とは相当な物じゃったんじゃろう
誰がしたのか…、或いは例の盗賊か…、なんて思って歩き回っておると
「ん?、魔力を感じる…なぁ〜んじゃ、やっぱりおるではないか、おい!客人じゃぞ!、なんとワシが来た!持て成せ!」
訓練場と思わしき広場の方から魔力を感じ声をかけながら扉を開ける…、すると そこにはより一層強い血の匂いと…
「ふっ…ふっ、ふっ…ふっ!」
一人で拳を打ち込む練習をしておる少女がおった、血のように赤い髪とやや浅黒い肌 そして服から覗く筋肉、レグルスとさして変わらん歳だろうに、よく鍛えておるのう
しかし、まぁ常識的な話をするなら、何をこんなところでやっとるんじゃ?だってここ 一番血の匂いが濃いぞ?、居るだけで気が狂いそうな空間で武の鍛錬とは、もしかしてもう気が狂っとるのか?
「おい、何しとるんじゃ?」
「ふっ…ふっ!」
ま!ワシが横に立ったというのに無視か!、このワシが無視された!無視がワシされた!
「おーい、ガキ チビガキ、何しとんじゃー?」
「ふっ…ふっ!…」
ダメじゃ、顔覗き込んでも肩を叩いてもまるで反応せん、仕方ない こうなったら意地でも振り向かせてやる
「おーい!、こっちを見よー!」
「ふっ…ふっ…!」
「…あぁっ!、あんな所に空飛ぶ豚が二本足で立って現世から解脱しとる!」
「ふっ…ふっ…!」
「うわぁーっ!火事じゃー!」
「ふっ…ふっ…!」
「…仕方なし、小遣いをやろう さぁ手を出せ」
「ふっ…ふっ…!」
ダメじゃこりゃ、こいつ耳が聴こえんのか?まるで相手にされん…、おかしいのう…
ガキの横に座り込み、舌を打つ…無視するなよ
「なぁ、チビ」
「ふっ…ふっ…!」
「ここにいた他の人間は何処じゃ、居るんじゃろう?それとも 居たと言った方がよいか?」
「ふっ…ふっ…!」
「まぁ、言わんでも分かるわ、死んだんじゃろ?一人残らず」
「ふっ…ふっ…!」
「殺ったのはお前か?」
「………違う」
お、ようやくこっちを見たな?
「ほう、じゃあ誰が殺した この近くにいる山賊か?」
「違う…、アミー…オレの従姉妹だ、アイツが殺した…とーちゃんもかーちゃんも…みんな」
「従姉妹、ほう お前とさして歳が変わらんだろうに、将来有望じゃのう 、そいつはどこに行ったんじゃ?」
「知るか…」
「まぁそうじゃな、で?親を殺させれ兄姉弟子を殺された貴様は、仇も討たず何をしておる」
「…オレは、強くなりたいだけだ…だから、修行を止めるわけには行かないだけだ…」
すると再び拳の打ち込みに戻る少女を見て合点がいく、なるほど なるほど、気が狂いそうなところで修行しているのではなく 気が狂って修行しておるのだろう
いや、狂うというよりは少し違うのう、異常なまでに集中しとるんじゃ…、親を殺され常人では心壊れるような場所で構わず拳を打ち続けられる…
そこまで武に心酔出来るとは賞賛に値する、がしかし…
「ほーん、で?そうまでして修行を続けて強くなれたか?」
「ッッ………!!!」
少女は苦い顔をして拳を眺める、強くなれんだろうなぁ?今お前がやっておるのは修行ではない、ただ誰かに言われた事を言いつけ通り繰り返しているに過ぎん、そんな惰性で続ける日課など修行とは言わん
強くはなれんさ、ただ拳を打つの上手くなるだけじゃ
「オレは…強くなれてないのか?」
「今来たばかりのワシが知るかそんな事、じゃが ワシの見立てでいいなら言うが、お前それ 百年続けても強くならんぞ?、それを続けて強くなれるのは武を極めた者だけよ、一拳の真意を知る者だけに許される修行じゃ お前がやっても意味はない」
「……じゃあ、どうしたらいいんだ…オレは、どうしたら…、修行をした方がいいのか?アミーを追ったほうがいいのか?、それとも…!」
「知るか…」
少女の目を見て 今一度頷くように口を開く
「知るか」
二度言ってやる 知るかと、知ったことではないわそんな事、名前も知らん奴のことなど知るか、自分はどうしたらいいか?そんな答えを他人が持っていると思うこと自体が間違いじゃわ
結局 人生における正解とは行動のみ、どんな選択をしようとも やり遂げた瞬間それは答えとなる、やらないこと 途中で諦めることが不正解なのじゃ、故にのう 自分のやっていることに疑問を持ち他人に回答を委ねてはならんわ
「チッ、じゃあ出てけよ…」
「おうおう、出てってやるわこんな辛気臭いところ、おもろいもんでも見れるかと思ってきてみれば、辛気臭い場所と辛気臭いガキ、来るんじゃなかったわ」
全く可愛くないガキじゃのう、あ!もう無視して突きの練習してる!、本当にそれしかやらんのう!
もうええわ!お望み通り帰ってやるわ!、なんか得られるもんでもあるかと思ったらそんなことないし!、知るか!死ね!
「ふんっ!……」
ガキンチョに無視され敗走するように立ち上がり踵を返す…が、すぐに足を止めガキの体を見る、ワシを無視して拳を突き続けるその姿を見る、ううむ なんというか
(惜しいのう、才能はピカイチじゃ…)
あの歳であれだけ肉体を鍛え上げるのは才能がいる、それにバカにはしたがガキの突きの速度はかなりのもんじゃ
的確な指示を出せる師の元十年も修行を積めばこの世に敵はいなくなる、それほどまでに才能がある…、それこそ 才能だけで言えばレグルスにも迫るほどじゃ
惜しいのう惜しいのう、これが魔術を使ったらさぞ良い魔術師になるじゃろうなぁ、ワシの魔術を継承したら凄いじゃろうなぁ、見てみたいなぁ…
「……何見てんだよ」
「はぁー!?見てませんー!、見ておらんったら見ておらんー!」
「チッ、どっか失せろ ボケ」
こいつ張り倒してやろうか、まぁいい 子供に煽られた程度で一々青筋立てるほどシリウス様は怖い人じゃない、惜しいには惜しいが…ワシは武術などてんで分からん、こいつを育てることは出来ん
仕方なし、縁がなかったと諦めるより他ないわな
「んじゃあな、達者で暮らせよ」
そう 今度こそ道場を立ち去ろうと、訓練場の扉を開けようとした瞬間の事だ、扉の奥から魔力を感じる そして乱雑な足音も、誰か来る
そう察した次の瞬間
「オラァッ!居るのはわかってんだよ!隠れてねぇで出てこいよ!」
「おっと」
ワシの目の前の扉が蹴りあげられ 戸が宙を舞う、それを華麗にくるりと避けて見てやれば
扉の向こうから山賊がぞろぞろと現れる、何故山賊と分かるかだと?あんな人相の悪い髭面が出来る仕事などこの世には山賊しかないからだ、あんなナリしてパン屋はないだろう…
「テメェら…!」
「へへへへ、ガキが…約束通り仲間連れてやってきてやったぞ?覚悟しやがれこのクソガキ!」
そしてそのまま剣呑な空気へと突入する、どうやらガキと山賊は知り合い臭いな、だがこれからチェスをして遊ぶって空気ではないのは確かだ、だって山賊剣抜いてるし
こいつらか、噂の元王国兵の山賊たちとは、ふむ 全部で三十人前後おるのう、いきなり上り込むなんて礼儀を奴らじゃのう
「テメェのクソ親父には散々世話になったからよう、よくも俺たちの仕事を邪魔してくれたもんだぜ…」
「はっ、仕事?よく言うぜ…頭の悪い狐みたいに道端で待ち伏せして商人襲うのが仕事?、ガキのオレでもロクでもねぇーって分かるぜ、そんな小汚ねぇ生き方しか出来ねぇから王国軍追ん出されて、挙句親父にもぶちのめされるんだよ!」
「このクソガキ…!、ま まぁいいぜ、アイツ死んだみたいだしよ、はははっ!俺達に逆らったら天罰が当たったんだなぁ?」
「それで…親父がいねぇと知って意気揚々と道場に仲間引き連れてきたってか?、どこまでも小心者だな もしオレがお前と同じ立場なら 恥ずかしくて生きていけねぇぜ」
おうおうガキンチョ 随分言うではないか、しかし 怒りのままに煽って大丈夫か?、どうやら山賊どもはこの道場に住んでいた親父殿に随分恨みがある様子じゃ
どうせ盗みを咎められ その武術でまとめてぶちのめされたとか言うくだらない恨みじゃろうが、それでも山賊達は本気じゃぞ?
「なんとでも言えよ、へへへ アイツが大切にしてた娘もこの道場もぶっ壊して全部台無しにしてやるぜ!、そうすりゃ俺達の溜飲も下がるってもんだからよ!、おい!やれ!」
「へい!」
すると 山賊達は手に持つ斧をガキではなく 近場の柱に向けて振りつけ始め、数十人の人員を以ってして一気に倒壊させようと動き始める
もはや恨んだ男はこの世にいない、なら男が大切にし この世に残した唯一の居場所と娘を殺しその鬱憤を晴らそうと言うのだ
なんともまぁ、くだらんのう そんなものに囚われて生きるなど、無駄しかないわ
しかし
「この…やめろや!クソ野郎がぁっ!!」
刹那 牙を剥き ガキが飛び上がり、隼のような速度で山賊達に襲うかかると共に斧を振る山賊達の頭を次々飛び蹴りで砕いていく
おお、凄い!凄い速度じゃ!これが武術か!なんじゃあガキンチョ 結構強いではないか!
「この!ガキがでしゃばんなよ!」
しかし黙って見ている山賊達ではない、直ぐに柱からガキに注目を移すとその小さな首目掛け剣や斧を次々振るう…しかし
「遅いんだよ!雑魚ども!」
だがガキの方が一手速い、巧みに剣の軌道を読み切り 上半身を揺らすと共に、剣を振るうために重心の乗った山賊の足を逆に蹴り砕く
「ごぁっ!?」
「ふっ!!」
「げぶがあっ!?」
足を砕かれバランスを失った山賊の顎にガキの蹴りが炸裂する、爆裂し噴火する溶岩の如き蹴りは真っ直ぐ顎の中心を叩き上げ 大の大人が子供の蹴りで一回転、そこかしこに砕けたであろう黄ばんだ歯がコロコロ転がり回る
強いのう、恐らくこの子を育てた親は相当武術を教えるのが上手かったのだろう、いやそれ以上にガキの才能が凄まじいのじゃ、王国軍として訓練を受けた大人を軽く一蹴出来るくらいの才能を 生まれた時から持ち合わせていたのだ
近接戦の天才…、そんな言葉が脳裏を過る頃には 二本足で立ち剣を構える山賊達の数は十分の一に減っていた、凄まじい早業じゃ
「ぐぶぅ…」
「親父に勝てねぇ奴が、オレに勝てるかよ!」
「ぅげぇっ!?」
爆裂するが如き拳の一撃を腹に受け、風に飛ばされる紙のようにくるりくるりと山賊は宙を待って壁を突き破り動かなくなる
バカじゃのう、相手の力量を売らずケンカを売るからじゃ、それか或いは ガキの強さを知っていてもなんとかなる手札が 奴らにはあったか…、多分これは後者じゃのう
「ひっ、だ 団長!レオナルド団長!」
すると、窮地に陥った山賊達はワシの予想通り切り札を投入するようで、残った山賊が外に向かって声を飛ばす、レオナルド…団長か、確か団長と言えば
「おぉう、やっぱダメだったか?ガキにやられんなんて 情けねぇ連中だぜ」
「すみませんレオナルド団長!このガキ強いです!」
部下の声に反応して外から入ってくるのは、レオナルドと呼ばれる黒いヒゲを蓄えた大男だ、これが山賊達の頭領か、団長という呼び方からして王国軍の元団長だろう
つまり、十把一絡げの雑魚山賊とは格が違う…ということだろうな
「全く、まぁいいぜ 俺も久しぶりに血が浴びたかったしな、生意気なメスガキの血なら 飢えも癒せて……ん?」
「お?」
ふと、髭面の大男 レオナルドとワシの目が合う、ようやくワシの存在に気付きおったか、まるで人をいないみたいに扱いよって、傷ついたぞちょっと
「…え?、え?誰お前」
「ワシはワシじゃろ、知らんのか?」
「知らないから聞いてんだけど…、なんだ?ガキの味方か?」
「違う、客人で 今帰るところだ」
「…よくわからねぇけど、消えるならとっとと失せな 俺が上機嫌なうちにな、さもなきゃブッ殺すぞクソアマ」
「ほうか、わーったわ」
と言いつつ帰るフリして居残る、もう少し この場に居たい、この窮状あのガキがどう凌ぐかを見たいのじゃ
そうじゃぞ、窮状じゃぞガキンチョ、何せこのレオナルドは恐らくじゃがそこらの雑魚とは一味違う、なにせ…
「誰が来ても同じだ!、この道場は親父が残した物なんだ!壊させてたまるかよ!!」
そう勇ましく叫びながら再び飛び上がり蹴りを見舞うため突っ込むガキに対しレオナルドは気怠げに手を前に差し出す
む、魔力が集まっている…、魂より出でて滲み溢れる魔力が手の中に集まり 凝固し さらに集まり 圧縮し 更に更に集まり 縮小し、質量を持たないはずの魔力が物理的影響力を持つほどに凝縮された魔力を手に レオナルドは髭を揺らし
「『衝砕の法』」
「なっ!?」
刹那、解き放たれる 圧縮された魔力が爆裂し衝撃波となって飛びかかるガキに向け放たれる、あれこそが魔法 魔力を加工せず圧縮に圧縮を重ね放つ技法、単純で出来ることは少ないが
その威力の高さは凄まじい…、事実それを受けたガキンチョの体は…
「ごぼがぁっ!?」
吹き飛ばされ 壁に叩きつけられ口から血をぶちまける、ふぅーむ 死んだか?あれは…、魔法を防具も無しに受け止めれは、ただでは済まん…可哀想ではあるが 相手を選ばなかった無謀の責もある
「ぐぅっ…げはっ!」
「なんだぁ?、まだ生きてんのか このガキ」
血を吐きながらもそれでも立とうとするガキを見てワシも思わずほほうと口を開ける、生きているのか あれを受けてまだ立とうというのか
あの目を見ろ、口から血を溢れさせながらも顔を上げレオナルドを睨む顔を、素晴らしいのう!ちょっとポイント高いぞ!ガキンチョ!
ワシ そういう足掻く人間大好きじゃぞ!
「オレ…は、まだ…負けてねぇ…」
「負けただろ、そんなザマになって何偉そうなこと言ってんだ?、ああ?おい!」
「ぐぶっ!」
しかし、だからと言って手を抜くレオナルドではなく、起き上がろうとするガキの腹を蹴り上げ転がるその体をさらに踏みつけ、嬲り トドメを刺そうと痛めつける
「ガキが、一丁前に戦士のつもりか?ああ?、バカが 弱い奴は何も守れねぇなんて簡単なこともしらねぇのかよ」
「オレは…弱くねぇ!」
「弱ぇえよ…少なくとも俺よりかな」
「ぐぅっ…」
レオナルドの足がガキの頭に乗せられる、レオナルドの言い分は正しい、結局何かを守るためには力がいる、いくら弁舌で協調を語ろうとも 選択肢に常に暴力が入る者には意味がない
そういう輩から何かを守りたいなら、力を得る以外方法はないのだ…、故に弱い奴には何も守れん、奪うのも守るのも強い者の特権よ
「恨むんならテメェの親父とこの道場に生まれた自分自身を恨みな…」
「ぐ…くそ…!」
だからこそじゃろうな、ガキがあそこまで強さを求めていたのは 守りたいものがあったから、狂気的な暴力から守りたい何かがあったから、何にも勝る力が欲しかったわけか
事実奴は既に従姉妹のアミーとやらに家族を奪われておる、同じ思いをしないように力を得ようと躍起になっていたのだ
だというのにこのザマ、あのガキの目から溢れる涙は悔し涙か 或いは虐殺のその時と今の自分を重ね見ているのか
「このまま踏み殺してやるよ…、死ね クソガキ…」
「ぁ…がぁ…ぅぐぁぅ…」
踏みつけられてもなお諦めず握る拳を見た、見てしまった ワシは、ワシ…そういう負けん気嫌いではないぞ、ガキンチョ
「ふむ…」
なので、なのでなので
ズカズカと歩み寄る レオナルドとガキに向かって歩き、屈んで踏みつけられるガキの顔を覗き込む
「おいガキンチョ」
「ああ?、なんだお前 まだ居たのかよ、失せろって言ってんの分からんねぇかな」
ギロリと睨むレオナルドの声を無視して、ガキに声をかける…
「悔しいか?、負けて悔しいか?」
「ぐっ……!」
答えない、目にいっぱいに溜めた涙が言葉の代わりだと言わんばかりに、こちらを睨む、ほうほう 悔しいか悔しいか
「まぁ悔しかろうな、じゃが弱いお前が悪いんじゃぞ?弱いのに強い奴に挑むお前がな」
「っっ……!」
「そう怒るな、じゃが方法はある、弱い奴に何も守れんなら 強くなればいい、いつでも 今からでも強くなればいい、そうすりゃ こんな雑魚一発じゃ」
だろう? と微笑むとガキの顔色が変わる、分かるか?意味が、そうじゃ 方法も時間も問わず強くなればいいのじゃ
「もし 手段も選ばず強くなる覚悟があるならば…、ワシの手を取ってみんか、ワシはお前の負けん気が気に入った、お前はここで殺すのは惜しい 助けてやるぞ?」
そう言いながら手を差し出す、手を取るも取らぬもお前の自由、己の維持を通して死ぬならばそれもまた良し、だが 何もかもを捨てて強くなりたいなら、もうこんな思いをしたくないのなら
強くなるしか、ないんじゃよ?
「…………っ…、た …助けて…」
「くださいは?」
「た…すけてください…」
悔し涙がより一層強くなる、助けを求めなければならない己の弱さに涙をするか、ならば良し その涙忘れるなよ?、ワシも今の言葉 決して忘れんからな
「助ける?、バカか?お前それどういう意味か分かってんのか?、ってか見てるだけじゃねぇのかよ」
「今ワシはこのガキと話しておる、お前は口を挟むな、たわけが」
「テメェ…ああそうかい、ならお前も一緒に殺してやるよ!!、後悔しろよぉっ!」
その瞬間 振るわれるレオナルドの拳が、強く強く ワシの頭を打ち付け殴り飛ばす…、いや違うな 飛ばされてはおらぬ、微動だにもせぬ このようなヘナチョコパンチではな
「い…っ!、お 俺の拳を受けて、微動だにしやがらねぇ…」
効きはしない この程度の拳など、痛くも痒くも無い…しかし、と立ち上がりながらレオナルドへちょいと目を向ける
「殴ったな?、お前今ワシを 殴ったな?殴ったよなお前」
「ぁ…ああ?、お前何者だよ…!」
「ワシは無関係故あまり深入りはしまいと心に誓っておったが殴られては仕方ない、巻き込まれてしまっては仕方ない…仕方ないよな?」
いやワシはレオナルドをどうこうするつもりはなかった、膝を突き合わせて話し合いで解決するつもりじゃったんじゃよ?本当じゃよ?、けど先に話し合いを放棄したのは向こうじゃ、故に…どうなっても責任は向こうにある
「故にしようじゃないか、蹂躙を ワシの手で…」
「っっ……!?!?」
刹那、睨み合うシリウスとレオナルドの空間が 拡張される、意味はわからないだろう だが形容するならば二人の立つその空間が大きく広がったようにしか思えないのだ
………………………………………………………
盗賊団を率いる元王国魔術師団の団長レオナルドは、突如気に食わないガキの制裁に横入りしてきた不可思議な女 シリウスを前に呆気を取られる
最初は 狂人の類と一蹴していた存在が、こうして目の前に立った瞬間 レオナルドに言葉もなく告げるのだ、それの認識は誤りであると
「なっ…はぁ…あ?」
レオナルドは感じる、こんな不可思議なことがあってたまるかと口元に当てた手が滑り落ちていく、今目の前に立つ筈のシリウスが 遥か向こうにいるように感じるのはなぜだ?空間が押し広かったように思えるのは何故だ…
視覚的には目の前にいる それは確かだ、だが感覚的には山を隔てた向こう側にいるような そんな距離感を感じるのだ、こんな感覚は初めてだ
隔絶 とでも言うのだろうか、圧倒されるような感覚に思わず足が一歩後ろに引いてしまう
「先に殴ったんはそっちじゃろ?、可哀想じゃが そっちにもあるじゃろ、相手を選ばない無謀の責が」
「うっ…」
目を爛々と輝かせながらその手をこちらに向けるシリウスの動きで理解する、こいつは敵対行動を取っている、つまり 奴と俺の間に突如生まれた理解不能な現象は…、俄かに信じがたいが 魔力なんだろう
レオナルドとて従軍していた人間、他国の魔法使いと戦ったこともある その中には達人と呼ばれる類の格上と邂逅したこともある、そう言う奴が纏う魔力とは ある種の壁のようにも感じられ 両者の間に跨ることもある
だが、今まで出会った誰よりもシリウスの魔力は濃い、何せ達人の呼ばれる世界指折りの魔法使いが纏うそれでさえ『壁』なのだ、対するシリウスは『山』だ、国と国を分け天を割る超巨大な山脈の如く存在感が重厚にものし掛かる
何かの間違いだ、こんなのありえない 大国が抱える最高戦力クラスの魔法使いを全部束ねてもまるで及ばないような怪物が どこにも属さずその辺をウロウロしてるなんてあり得ない
前日の酒がまだ抜けていないのだと自分に言い聞かせたいのに、現実は残酷に進む
「さて、…ほれ やってみんかさっきみたいに、そこな小娘を痛めつけたようにワシを甚振ってみろ、出来ぬとは言わせぬぞ」
「ぐっ…な 何者だよ!お前!、そんなシャレにならねぇ魔力持つ奴がいるはずがねぇ!」
「はぁ?、…なにを言いだすかと思えば、まぁ良い 名乗ろう、我が名はシリウス …魔淵の求道者 シリウス・アレーティアよ、あの世で我が名の宣伝よろしく」
「シリウス…、まさか あの魔女シリウスか?」
魔女 その名は都度都度耳にしている、なんでも聞いたことない力を使って各地で奇跡を起こして回っている胡散臭い女だと、聞くところによるとここ最近近くの村々にも現れているとは聞いていたが
…まさか、マジなのか?魔を支配し奇跡を起こす力とは、マジなのか…!
「あのとはどのかは知らぬが、ワシはこそ唯一絶対にして無二なる究極じゃ、スーパー凄いからのうワシは …で?、どうする やるか?やらんのか?、やらんのなら…なぁ? 見逃したるから逃げるがええわ」
のう?と肩に手を置き俺の顔を舐めるように見つめるシリウスに、歯を噛みしめる 完全に見下されている、俺は見下されるのが嫌いだ、例え誰であれ俺を見下すことは許されない
だからこそ、国王にこき使われる王国魔術師団の団長なんざやめてやったんだ…
「…ナメるなよ、くそ女」
「おお?何をじゃ?」
「俺をだ!、俺を誰だと思ってんだ!、俺はレオナルド・アコナイト!、この国で一番の魔法使いだ!最強の魔法使いなんだよ!俺はぁっ!!」
故に振り払う、こんな訳の分からん狂人に見下されてケツ見せて走る真似なんざ出来ない 出来ようはずもない、ゴミクソ相手にナメられるなら舌噛み切って死ぬ!
意地とプライドにかけて手を振り払い 同時に拳を握り魔力を込める、魔法は選ばれた者にだけ使える絶技だ、それを使える俺は選ばれた人間なんだと最早前後不覚になりながらもレオナルドは高らかに叫ぶ
「『衝砕の法』!」
「ほ?」
圧縮した魔力が元に戻ろうとする勢いを利用した衝撃魔法、レオナルドが最も得意とする破壊魔法を叩きつけるようにシリウスの顔面へと叩きつける
俺が逃げると思っていたシリウスは一瞬驚いた顔をしながらも爆裂に飲まれ吹き飛んだ床とそれによって生まれた砂塵に飲まれ姿をかき消す
どれだけ強力な魔力を持っていようとも、先手を取って仕舞えば意味はない、魔力は防御に使えない、故に魔法使い同士の戦いは先手の取り合いだ
そんな心得がないなんてのは話にならないのだ、そして今レオナルドは先手を取った 魔法使い同士の戦いにおいて先手を取るとは即ち勝利を意味する
「はっ…、バカが…奇跡の救世主だか魔女だか知らねぇけどよ、死んじまえば関係ねぇんだよボケ」
顎先を伝う冷や汗を拭う、驚かせやがってと、やはり昨日の酒が感覚を狂わせていただけだ、もうとっとと気に入らねー道場とガキぶっ壊して帰って酒飲んで女と寝よう、そんでもって近場の村でも襲って食いもん手に入れて…
「……は?」
晴れる視界、消えていく砂塵 その中に立つ影を見てどっと冷や汗が溢れる、そんなバカなと思いながらも気がつく、さっきから肌に突き刺さる魔力が…シリウスの魔力が消えていないことに
「…見た目ばかりで中身を伴わぬ、まるで伽藍の法…法螺吹きの虚言のようじゃ」
レオナルドの予想通り、シリウスはそこに立っていた、立っていただけならいい、だがどうだ レオナルドの放った魔法を確実に目の前に受けたはずなのにシリウスの姿に何も変化がない
髪も服も肉体も 変わらず傷一つつかず、シリウスもピンピンしているどころか指を唇に当て 腰を横に突き出し 腕で胸を強調する謎のポーズを余裕綽々と取っているではないか
「な なんでだよ!、なんだよ!お前!そのポーズ!」
「くくく、意味はないわ 、お前の攻撃になど意味はない」
「惚けんなよ!、魔法は防御不可!防御する術など存在しない!、だというのに!…だというのに!、何故!」
……これは、レオナルドの与り知らぬ所の話になるが、魔法に防御する術はない防御不可の一撃 という認識は、今現在この時代における一般常識として広く知れているだけで 真理ではない
魔法は鎧や盾すら砕く強力な一撃故 防げない、魔法は防御には使えないから魔法を防げない、だから魔法は防御不可 そう言われているに過ぎないのだ
ならシリウスはレオナルドや世界の知り得ぬ防御を使い魔法を防いだかといえば、それも違う
確かにシリウスならばそれも出来た、だがシリウスは判断した 『防御する程のものでもない』と、それはシリウスが魔法という存在を知り得て居たからこその判断だ
魔法とは 魔力を凝縮し物理的影響を与えるまでに押し固めて放つ一撃だ、つまり 魔力は魔力のままなのだ
確かに魔法は防御には使えないが…、魔法とより強く濃い魔力を纏う魔法がぶつかり合った場合 後者が前者を跳ね除けることはある、結局力量の差とはそういう所にも出るのだ
そして今起こった現象をそれに当てはめるなら、レオナルドが魔法を用いて必死に押し固めた魔力とシリウスが何もせず無自覚に纏いただ漂わせている魔力がぶつかり合った時 後者が優っただけのことなのだ
言うなればレオナルドの撃った魔法が雫だとするなら シリウスが纏う魔力は海だ、海に雫が落ちて揺らぐか?揺らがない、飲み込まれ取り込まれ小揺るぎもしない 、つまりそういうことなのだ
レオナルドが使う魔法 いや この世界に実在する凡ゆる魔法によって生み出される魔力密度を上回る密度の魔力をシリウスは常に皮膚の上に纏っているのだ、
まさしく魔力の鎧、この前には凡ゆる魔法も質量兵器も通用しない
「クソがっ!『衝砕の法』!『衝砕の法』!!『衝砕の法』!」
「おっほっほーい!ほれほれ頑張らんかい!気合いを入れろーい!」
しかしそんな事 知る故も分かるはずもないレオナルドは魔法を連射する、だってそんな存在 居るわけがないからだ、魔法を上回る魔力を常に纏っている存在なんか いるわけがない、居てはいけない
単一で人類の叡智を超える 技術を破壊し 積み重ねた識を嘲笑う事が出来る人間など、居てはいけない
…だが現実はこれだ
「はぁ…ぜぇ…はぁ…、ど どうなって…」
「もう打ち止めか?、5、6発連射しただけで息切れとは 魔法は燃費が悪いのう」
レオナルドが対峙しているのはシリウスなのだ、後に史上最強にして 有史以来最も神に近づいた存在なのだ
生まれながらにして全人類の持ち得る魔力総量を超える魔力を持って生を授かった 、生まれるべくして生まれた突然変異こそ彼女なのだ
凡百の魔法使いが、相手をしていい存在ではない そう彼が察するのは、少なくとも今生の間には無理であった
「さて、拳一発 魔法五、六発 そんだけ一方的にやらせたんじゃ、次 ワシの番で良いよな?んん?」
「ヒッ!」
この後及んでもレオナルドは意地やプライドを持ち出せる余裕はなかった、シリウスの体に纏わりつく魔力の色が明確に変わったのを感じたのだ
これだけ膨大でも魔力は魔力、今まで多くの魔法使いと戦い それを見てきたレオナルドには分かる
今、シリウスは魔力を攻撃へと使用するつもりでいる事に
「や やめろぉぉぉっっっ!!、も もう俺の負けでいい!!」
足は自然と出口に向かっていた、あの恐ろしい存在から一刻も早く逃げたかった、シリウスに喧嘩を売った事 この場でこの女と鉢合わせた事 ここにきてしまった事 この国に生まれたことをレオナルドは心底呪った、あの女と出会う運命に生まれた己を呪った
されど、止まらない シリウスの魔力は渦巻き 翳す手に収束する
「阿呆が、命賭けて賊やっとるんじゃろうお前は、負けは即ち死じゃろうが、だったら潔く死なんかい、まぁ安心せい!盛大に!かつド派手に!ぶっ殺してやるからのう!」
そしてシリウスは発動させる、魔法を…いや 魔法を超える魔術を
「我が八体に宿りし五十土よ、光を束ね 炎を焚べ 今真なる力を発揮せん、火雷 燎原の炎を招く…黒雷 暗天の闇を招く、咲雷 万物を両断し若雷大地に清浄を齎す、土雷 大地を打ち据え鳴雷は天へ轟き伏雷万里を駆け、大雷 その力を示す、合わせて八体 これぞ真なる灼炎雷光の在りし威容……」
「ひぃぃぃぇぇっっ!!!」
泣き喚き逃げるレオナルドの背に向けてシリウスは手を向ける、魔力を集め詠唱を言祝ぐ、シリウスの言葉に呼応し漂う魔力は光へと変わる、バチバチと迸る雷光へと変わる
八色にして八雷、八つの魔術が今 シリウスの手の中で融解し 融合し 一つに変わる、魔力を帯びた電撃、その光量 熱量は凄まじく、ただそこにあるだけで床は溶け 壁は燃えこの世の終わりの如く辺りに電流が飛び交う
神の御業に迫る奇跡、それが今 一人の山賊に向けられ……
「『天満自在八雷招』」
……………果たして、レオナルドに それを感じる猶予はあっただろうか、シリウスの手から放たれるは究極の雷撃、それは逃げるレオナルドの背に向けて放たれる
その熱は世界ごとを焼き焦がし 射線上の全てを消し去っていく、当然 その上にはレオナルドの姿もあった、がしかし 生存は望むべくもないだろう
『天満自在八雷招』、元々一つの『雷招』と呼ばれる魔術を八つに分解に それぞれの分野に特化し強化した後 組み立て直し一つの魔術へと組み上げたそれはたった一撃の魔術を持つには過剰過ぎる火力を持って
シリウスの生み出す神雷の中でも随一の威力を誇るそれは熱と光と音を以ってしてシリウスの眼前を全て消し去り…そして
「ふんっ、来世では喧嘩売る相手は選べよ」
終わる、全てが 目の前にある全てを消し去りシリウスは電流を迸らせる手を閉じ鼻を一つ鳴らし笑う、ザマァ見ろと
…………………………………………………………
「さて、と…」
はぁー 終わった終わった、ワシに喧嘩を売った生意気な山賊はこの手で消し去ってやった、ワシの傑作 『天満自在八雷招』、良い威力じゃ 死体さえ残らなんだわ
やっぱ悪党は消しとばすに限るのう、スカァーッっとするわい ぬはは
そんでもって?
「ほれ、邪魔者は消してやった、話の続きをしよう」
「…………」
邪魔者の山賊は消した、もう話を遮る者はいない これで良いだろうと反転し、背後で横たわるガキに目を下す
別にこいつを守る為にレオナルドを消し去ったわけではない、こいつと話をするのにレオナルドが邪魔じゃっただけ、大人しく最初逃げてれば見逃して…やらんかったな
まぁいい、それより話の続きじゃとガキの顔を見ると、様子がおかしい
「………………」
「なんじゃ、その目は…」
ガキが、何やら責めるような目でこちらを見ている、何が言いたい、殺した事が不満か?まさか不殺主義者か?くだらんな
戦う力を手に入れるとは即ち殺す力を得るという事、殺す気があるから人は武器を持つ、武器を片手に持ちながらにして人を殺したくないという人間の滑稽なことよ
魔術と言う大きな力を得ている時点で、それは人を殺す覚悟を得ているに等しいのよ、それは武術も然りじゃ だと言うのに、人一人殺したくらいでそんな目で見るな、
「おい、お前…」
「なんじゃ、くだらん事言うなら貴様、どうなるか分かるじゃろ?」
「はぁ?、テメェ オレの道場壊しといてよくもまぁいけしゃあしゃあと口が聞けるな」
「ん?」
さらに反転 先ほど魔術を撃った方向を見る…とだ、ふむ ほうほう
確かに道場がぶっ壊れておるのう、まぁ当然じゃ ワシの魔術は最強じゃからな、レオナルド一人を消し飛ばしたその余波で道場の壁やら床やらは消し飛び 、半分は消滅 もう半分も燃えておるかその内跡形も残らずこの道場は消える
おまけに射線上の森は真っ直ぐと黒く焦げた道を作り その先にある山にはどでかい穴が空き 奥にある雲はぽっかりと大穴を開けておる、ううむ 派手にやりすぎたわ
「ははは、すまんかった 調子乗って本気でやりすぎたわ」
「このやろう…」
「で?、どうする?さっきの山賊同様 ワシのことも殴るか?、道場を壊したワシを」
「しねぇよ、もういい…アイツらと戦ったのだって、道場を守る為じゃなくて…ここがオレの修行場だからだ、でも それもういい」
ほう、ドライじゃのう いやここは感謝するところから、許してくれたわけじゃし、ううむ 感謝感謝、感謝の舞を踊ろうか
なんて冗談を言う間にガキは傷だらけの体で立ち上がると
「……なぁ?」
「おん?、なんじゃ」
「あんた、何者なんだ?さっきの魔法 見たこともねぇくらい強かったけど」
「ありゃ魔法ではない、魔術じゃ ワシはあれを民へ広め乱世に翻弄されぬ力を与えるため、世を流離う旅人よ、かっこいいじゃろ」
「魔術…それを民へ…か、まるで親父みたいだな あんた」
ワシの喋り方がオヤジみたいじゃと!?って 親父とは此奴の父のことか、ふむ…
「確かこの道場は武術を教えておったんだったか?」
「ああ、オレの祖父の代から武術を民に教えているんだ」
拳を振るい 相手を殴る、極論を言えば武術はそれに集約される、そんなもん教えられなくても誰でも知ってる原初の暴力よ、そんな野蛮なりし拳武を技術に昇華した技へと転化させたものが武術
この道場はそんな武術という力を 民に与えていたと小娘は言う、せめて こんな世の中だから 自分の身は自分で守れるようにと、ううむ 気が合うのうワシも同じことを考えておった
此奴の父とは良い酒が飲めそうじゃ…って、ワシ下戸じゃった、飲んだらゲコゲコするんじゃった
「力無き者に力を、強くなる権利は誰にでもある それが親父の口癖だった」
「良いのう、ワシも今度からそれ口癖にしようかのう」
「アンタも親父と同じことをしてるんだな、…なぁ あんたシリウスって言ったか?」
「おう、シリウス様じゃ」
「…さっきオレを強くしてくれるって言ったよな、なら…」
そう言うとガキはワシに深く頭を下げると
「オレを…アンタの弟子にしてくれ!」
「ほう、弟子とな?じゃがワシは武術はてんで素人じゃぞ?」
「惚けんなよ、…強くするって オレにさっきの技を教えてくれるつもりだったんだろ?」
そう言いながら指差すのはワシの背、世界に開けた大穴を指差して言うのだ これを教えてくれるつもりだったと
まぁ、その通りじゃのう、ワシは此奴を育てるつもりじゃったし弟子にもするつもりであった、それは此奴が天涯孤独で住むべき道場をワシが壊してしまったから その償いに
とかではないがな
「まぁのう」
「…オレは、強くなりたいんだ…」
「結構な事じゃが、なぜか聞いても良いか?ワシゃてっきりこの道場を守るために強くなろうとしておるとばかり思っておったが、違うみたいじゃしのう」
「道場は所詮修行場所でしかねぇ、…オレは 強くなって、アミーと戦いたいんだ」
「アミー…お前の両親を殺した従姉妹の名か、敵討ちか?」
「それもある…けど、それだけじゃない」
そう言うとガキは一丁前にワシに向けて拳を突き出す、小さいながらに鍛えられた良い手だ…、今までの努力が滲み出ておる
「アミーは武の化身のような女だ、アイツはみんなを殺して世界に旅立っていった…更に殺す人間を探すために 更に武を振るう場所を求めて、オレにはアイツの凶行を止める使命がある、父の残した武を誤ちへと使うアイツを止めるのは 父の武を引き継いだオレの仕事なんだ」
すると ガキは語る アミーという女が引き起こした惨劇を…
アミー…名をアミー・オノルトクラサイ、この小娘の父の妹の娘、所謂従姉妹の位置に当たる人物らしいのじゃが どうやらこのアミーという女は手のつけようがないほどの乱暴者であったらしい
赤子の頃から鼠を握り殺し 窓に止まった鳥を殴り殺し、幼少期になると物を壊して周り 止めに入った人間をぶちのめし、挙句これで強いんだからまぁ手のつけようがなかった
そこでアミーの親は親戚であり武術道場を引き継いだ小娘の父にアミーを預けた、本物の武を教え 改心させて欲しいと、小娘の父は快く受け入れアミーを引き取り 武を教えた…
がしかし、大人達の小賢しい企みは失敗に終わった、乱暴者は改心せず武の悪魔へと進化した、手に入れた技を試す為には兄弟弟子を殺し 咎めた師範さえも殺し、気の向くままに道場の人間を皆殺しにした
小娘も戦った、小娘もまたアミーに匹敵する才能と力を持っていたが ……
「アミーは強かった、頭の先から足の先 魂から心に至るまで武に染め切ったアイツとオレとじゃ、力以上の差があったんだ…」
「なるほどのう、それでお前はアミーに挑んだが…負けたと」
「ああ、結果としてオレはアミーに負けて…見逃されて…一人生き残っちまった、だから だからオレは、アミーにもう一度挑み 今度こそアイツを止めなくちゃいけない、オレが正しくて アイツが間違ってるって…それを証明するには強くなるしかない」
…うむ、その通りじゃ そのアミーなる者がいかなる理論を展開し武を用いて人を殺しているかは知らんし興味もない、だが それが間違っていると言えるのは、アミーより強い者でなければならない
何せアミーは純然たる強さを持っている そこにはきっと確たる物がある、それを打ち崩せるのは 同じ強さだけだ
「でもオレ一人でここで修行していても強くなれる気がしない、今もアミーは強くなり続けている!、だから…だから頼む!、オレに教えてくれ!アンタの強さはよく分かった!アンタならきっとオレを強く出来る!だから…!」
「待て、それ以上言うでない…大体無礼じゃぞさっきから、アンタアンタって」
「う…」
ワシの厳しい一言に竦む小娘…まぁ、小娘の言いたいことはわかった、此奴は本質では善の人間だろう、両親を殺したアミーを前に 敵討ちではなく両親の尊厳のために戦いたいと言えるのは強い証拠じゃ
故に
「アンタ…ではなく、師匠と呼ばんかい 馬鹿弟子が」
「っっっ!、弟子にしてくれるのか!」
「そもそも強くすると先に言ったのはワシじゃよ、一考だにする余地もない お前はワシの弟子にする、泣きて逃げてももう遅いぞ?」
そうだ、此奴はワシの弟子にする ワシの弟子に相応しい、だが ただお情けで力を与えるわけではない…
此奴はワシの後継者になり得る才能がある、故に此奴には後の世を託したい
ワシが今しとる活動…弱き者に乱世を生き抜く力を与えると言う活動は はっきり言ってその場凌ぎじゃ、いくら魔術を得て強くなってもそう遅くない内に軍も魔術を手にする、魔術という更に強い武器を手にした軍がする戦争は より苛烈な物になるだろう
そんなことくらいワシだって分かっておる、そこで必要になるのが此奴じゃ、ワシが此奴をうんと強くして 単一で国を超える存在へと昇華させ、抑止とする
自分たちを遥かに上回る自然災害の如き怪物が睨みを効かせれば、大国とてやすやすと戦争は出来ん
本来はワシがその役目を担うつもりじゃったが、此奴が代わりにやってくれるならそれに越したことはないじゃろ?、ふふん ワシだって色々考えとるんじゃい
「じゃあじゃあ!教えてくれ!今の技!アンタ…じゃなくて 師匠の技!」
キラキラと目を輝かせる小娘は、懐くようにワシの足に纏わりつく、なんじゃあ急に懐いてきて…いや、ワシはこいつにとっての命の恩人…つーことになるのかのう?
「まぁ待たんかい、何事も順序がある いきなり最強を技教える師がどこにおる、先ずは基礎から その後基礎を学び それから基礎を学ぶ、そして基礎を学び基礎を学んだ後に 基礎じゃ」
「基礎しか学んでねぇじゃねえか!」
「何を言う!世の中の基礎は基礎じゃ!」
「訳ワカンねぇよ!」
「第一のうガキンチョ…うむ?」
ん?、と言うことは此奴はもうワシの弟子か、弟子なのにガキ呼びは些か不便じゃのう
「おい、お主名を何と言う」
「へ?」
「いや、お前ワシの弟子になるんじゃろ?、なのにガキ呼びはあれじゃしのう」
「そっか、まだ言ってなかったか…、オレはアルクトゥルス、アルクトゥルス・ゾーエーだぜ!」
「アルクトゥルスか…長いのう、アルクで良いか?」
「えー…」
「文句を言うな、クトゥルよりええじゃろ」
「どこで切ってんだよ!」
まぁ、何にせよ ワシにも弟子が出来たと言うことよ、どっかで才能ある子でも拾えればと思っておったし、うむうむ 僥倖僥倖
此奴には確かに魔術の才があるしのう、ううむ 今からどんな子に育つか楽しみじゃのう、どう言う風に育てようか…、先ず有り余る身体能力と勝気な性格を長所としてそれを伸ばす鍛錬を…
「じゃあもうアルクでいいよ、…それよか師匠!早く修行つけてくれよ!、オレ師匠みたいになりたいんだ!」
「へ?、わ ワシみたいに?」
「ああ!、山賊蹴散らす師匠 かっこよかったぜ?、技も派手だし カッコいい!」
「か…かっこええか、そうか…」
なんじゃこいつ、なんか急に可愛くなってきたのう、弟子ってこんなに可愛いもんなのか?、…ふへへ かっこいいか そうか
なら、弟子に恥じないカッコいい師匠になろうかのう
「よーし!、ならアルクよ!軽く魔術の手ほどきをしてやる、安心せい ワシは師としても最強じゃからのう!」
「おう!ならまず…」
そう 言いかけた瞬間、ガラガラと音を立てて道場が崩れるのが見える、忘れとった 今道場ぶっ壊れる寸前なんじゃった…ワシのせいで
「あー…まず、安全な場所に離れるかのう」
「……アンタが壊したからな」
うう、弟子がまた冷たい顔を、今度からは無茶苦茶に暴れるのは控えよう 弟子に失望されるのはなんか嫌じゃ…
こうして、ワシの国に太平を齎し魔術を広める漫遊の旅はアルクトゥルスという小さな弟子を一人加えて続くこととなった
弟子を持つのは初めての経験じゃが、自然と心踊る我が胸を感じ ワシの旅は 続くのであった、まる
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この時…アルクトゥルスは、いや まだ小さかった頃のオレ様は、シリウスと 師匠と出会い、弟子になったのだ
結局 最終的にはあんなことになっちまったけどよ、オレ様は確かに師匠に救われて 師匠に憧れたんだ、いや 正直に言うと今だって憧れてる
あの師匠の圧倒的強さと何にも縛られない豪放磊落とした性格、オレ様の根っこの部分には今だって師匠との修行の日々がある
だからこそ、悲しいぜ…師匠が シリウスが、この後 大いなる厄災として世界をぶっ壊そうと暴れるなんてよ
あの時は、シリウスがそんな悪人に変わっちまうなんて 夢にも思わなかった……
なぁ、師匠…なんで アンタは変わっちまったんだ?それとも本当は何も変わってなくて、オレ様がただ 勝手にアンタに幻想を見てきただけなのか
教えてくれよ、また あの時みたいに…優しく教えてくれよ、師匠