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外伝.ノンフィニート・ストローフィ


エトワール、別名芸術の国 其れはただ美を追い求めただ芸を磨く美術の都


ここに来れば人の世の美は全て目にすることができる、絵画 彫刻 詩 歌 踊り …そして


演劇……


『愛し続けましょう!愛し続けましょう!、この身が張り裂け 血の海に沈み、我が命がこの世を去ろうとも!、あなたを愛し続ける事を 誓いましょう!』


暗く影を落とす劇場に美しき声が響き渡る、水に落ちる滴の如く 広がり染み渡るその言葉は劇場に目を向ける観客達に感動を与えていく


その感動はやがて喝采へと変わり 歓声が湧き出て、今目の前で繰り広げられた至上の美を讃える万音と化す


そんな雨音のような喝采の中 一人スポットライトを浴びるそれは劇の終わりと共に恭しく頭を下げる


それは時として踊り子となり 時として女騎士となり 時として深窓の令嬢となり、そして姫にもなる 万能の絵の具の如く凡ゆる絵を描く 夢を描く今エトワール随一の舞台役者


「皆さん!ありがとう!ありがとうございます!、次の公演も必ず楽しませてみせますので、どうか 楽しみにしていてください!」


名をサトゥルナリア、サトゥルナリア・ルシエンテス…、親子二代で伝説を残した劇的な役者


その可憐な見た目は少女のように愛くるしく、それどその目はなによりも力強い、紫がかった黒髪を揺らし笑う彼に誰もが魅了される


2ヶ月前、エトワールで行われた悲恋の嘆き姫エリスにて史上初の男性でエリス姫を演じた役者は観客の歓声に応え微笑みながら舞台袖を後にする


まさしく、今このエトワールという舞台の主演は彼だろう、確かな実力もある 輝かしい実績もある、そして何より…そう、何より彼は……






「おつかれ、我が教え子よ」


「あ、コーチ!」


公演を終え舞台袖へと退却したサトゥルナリアを労い褒め称えるのは白いスーツを着込んだ麗人…、そう 彼女こそこの国の魔女 、五十年以上行方不明となっていた閃光の魔女プロキオンなのだ


そんな彼女が教え子と呼ぶナリアは即ち、弟子なのだ 魔女の、彼 サトゥルナリアこそがこの国の魔女の弟子…なのだが


「どうした!今日の演技!」


「素晴らしかったよ、ボクが教えた事をきちんと守りつつ それに意識を囚われず見事に自分の味に昇華させたね、師として鼻が高いよ!」


「やったー!」


その関係は魔女とその弟子というよりは、ただ単に気の合うコーチと生徒…、そう形容する方がしっくり来るかもしれない


今日の公演が終わり客足が疎らに去り始める劇場の中二人ではしゃぐその姿を見て、なんと声をかけら良いか分からず口をパクパク開き ガサガサと髪を掻き毟る男が一人…


「さて、じゃあ次の公演の練習をしよう、役者道は永遠の精進から成る 1日も怠るわけにはいかないよ」


「はい、コーチ!」


「あ あの、そのぉ…」


さぁこれから次の劇の練習だと意気込む二人を呼び止める男はひじょーに申し訳なさそうにおずおずと手を出して止める


「ん?、おや?、やぁクンラート、君の演技も素晴らしかった、このボクに憎らしいと思わせる程の名演技、ううん!今顔を見ても殴りたい!素晴らしい!」


「あ…いや、そこまで褒められると照れるな…あ 照れます、じゃなくて!」


クンラートは二人を引き止める、サトゥルナリアは元よりこの団の人間だから別にいいが、ナリアの指導の為だけにこの劇団を出入りしているプロキオン様にはどうにも強く出られない


まぁ、魔女様だからってのもあるんだが…本人はボクもナリア同様一人の劇団員として扱ってくれていいとはいうが、そんなこと出来るわけがない…わけがないんだが


それでも、今日 こうして二人を引き止めたのには理由があるのだ


「それで何かな?、まさか何かさっきの演技で気になるところが?」


「え!?本当ですか!クンラート団長!」


「いや、…演技は完璧だったよ、うん だってあんなに練習してたもんな」


クンラートは知っている、ここ最近ナリアが物凄く努力していることを、プロキオン様の弟子になり 的確なアドバイスをしてくれる指導者が現れたことにより、ナリアの腕前はメキメキ上達している


そう、…なんせこの2ヶ月間ずっと演技の練習してたんだから…でも、でもだからこそ


「あ あの、こういう事を言うのは失礼かもしれないですけど、いいんですか?プロキオン様、ナリアに魔女の弟子としての修行つけなくて…、こう エリスちゃんみたいな、演技じゃなく魔術陣の…」


そう 演技の練習を半年していたんだ、エリスちゃんが立ち去ってよりこの2ヶ月間 演技の練習ばかりしているんだ


当然、劇団の団長としてこんなにありがたいことはない、ナリアを立派な役者に育ててくれている事自体はもう感謝してもし切れないくらいありがたい事なんだが…


いいのか?このままで、そんな危惧がクンラートの脳裏を突くのだ、エリスちゃんは使命感を持って修行していた、何やら大きな敵と戦っている様子もあった


もし、その戦いにナリアが巻き込まれるような事があったら…、それなら今からでも少しでも魔女様から力を与えておいてくれた方が将来的にナリアの為になるんじゃないか と


「そう言えばそろそろ2ヶ月だね、ちょっと遊び過ぎたかな」


「でも僕もコーチからいくつか魔術陣習ってますよね?」


「そうだね、だが …うん そろそろ本格的に修行をつけてもいいかもしれない、この2ヶ月で我が教え子の魔術陣の腕は分かったし、クンラートの言う通り始めようか…魔術の修行をさ」


「魔術の…修行…」


ゴクリとナリアが唾を飲む、そりゃそうだ ナリアのよく知る魔女の弟子と言えばあのエリスだ


クンラート自身、今でさえエリスという人間の力を測りかねている、だってあんな人間実在すると言われても信じられるわけがないほどに エリスの人間としての性能は高い


何をやらせても人並み以上にやる、出来ないことも持ち前の記憶力で反芻し次の日には当たり前のようにこなす、腕っ節もあり演技力もありコネも持ちそれなりに頭も切れる


凄まじい人間だ、あれこそが魔女の弟子だというのなら クンラートは他の魔女にさえ脅威を覚えてしまう


そして今、そんな凄まじい怪物達と サトゥルナリアは同じ場所に立とうとしている、はっきり言ってナリアには荷が重いような気はするものの…


「分かりました!やりましょう!コーチ!」


めちゃくちゃ乗り気なのだから止める必要はないだろう、…父親代わりとして心配ではあるが そこはプロキオン様を信じよう


「では、やるとしようか!舞台で!」


「はい!」


「え!?舞台で修行するんですか!?」


「ああ、ボク達の戦場は舞台の上さ、なら演技も魔術もその上で訓練するべき…だろ?」


だろって言われても、分かんないよそんなの、しかしもうプロキオン様もナリアも乗り気で人のいなくなった舞台へと戻っていく


……大丈夫なのかなあ、そんなクンラートの不安も裏腹に 閃光の魔女の修行は開始される


………………………………………………………………


僕がエリスさんと別れて2ヶ月が経ちました、あの鮮烈な彼女が僕の目の前に現れ共に過ごした期間とほぼ同じ 半年、だというのに あの人と別れてから時間は瞬く間に過ぎていく気がする


それだけ、僕にとってエリスという人物は強烈だった、なんでも出来て なんでもやって、まるで物語に出てくるヒーローみたいな人、あの人と本の中の英雄の違う点と言えば 実在するか否かの違いくらいだろう


凄い人だ、役者以外で尊敬出来る人が出来たのは初めてだ そんな彼女と友達になれた事は僕にとって永遠の誇りである


だからこそ、僕は彼女の友達に恥じない人間になりたい、またいつか再会した時 また以前のように守られるだけの存在として終わりたくない


『ありがとうございますナリアさん、助かりました』


そんな言葉を心の底からエリスさんに言わせたい、言われたい だから、僕は…



「さて、サトゥルナリア…我が教え子よ、君にはそろそろ本格的な魔術陣の修行をつけたいと思う」


「はい!コーチ!」


無人の舞台、真ん中に落ちるスポットライトの光の中で 僕とコーチ…尊敬出来る師であるプロキオン様と向かい合い、僕は頷く


プロキオン様…、2ヶ月前に出会い 僕の役者としての魂を気に入ってくれて弟子として迎えてくれたお人だ、僕はこの半年間毎日プロキオン様と演技の練習をしてきたからこそ、この人の人の良さはわかるつもりだ


この人の演劇への愛は本物だ、何より真摯に芸術を愛している、故に僕にも真摯に教えてくれる


一人じゃどうやっても分からなかった部分を丁寧に教えてくれて、僕が苦手だった演技も手取り足取り教えてくれて、初めて誰かに演技を習ったけど とても充実していたと思う


僕のコーチは世界一だと胸を張れるくらいには、この人のことを尊敬しているつもりだ


「うん!、いい返事だ! 流石我が弟子!」


「えへへ、ありがとうございます!コーチ!」


ニカッ!と微笑むコーチの顔に思わず照れてしまう、エリスさんがレグルス様のことを敬愛している理由が、なんだかわかる気がするなぁ


「では、早速だが魔術陣の修行に入るが…、その前に質問はあるかな?」


「あります!」


「ほう、いいね なんだい?」


「コーチは僕を強くしてくれるんですよね!」


「そのつもりだが?」


「なら、何故剣を教えてくれないんですか?」


プロキオン様は魔女様達の中で随一の剣の腕を持つ、もしかしたら今 世界最強の剣士はプロキオン様かもしれない、なら その弟子である僕も一流の剣士であるべきではないだろうか


しかし、コーチは僕に一度たりとも剣術を教えないだろうか、剣の一本も持たせてくれない、それは何故なのか 挙手して伺うと


「いい質問だ、確かに ボクの弟子ならボクの剣術を与えるのが筋なのだろうけど、ボクは君に剣術を教えるつもりはない」


「何故ですか?、僕に才能がないからですか?」


「いや、それは少し違う ボクの見立てでは君にはある意味剣術の奇才の相がある、だがそれが開花するのは今から八十年と歳を重ねた頃だろうね」


「僕は今十七歳なので八十年後は九十七歳…、おじいちゃんですね!」


「ああ、悪いがそれまで待っている事はできない、だから教えない いいね!」


百歳近い年齢じゃあ剣の一つも持てないだろうけど、コーチが言うならそうなんだろう、でもそうか 剣術は習えないか…、ちょっと 勿体ない気がする


せっかく世界最強の剣士の弟子になったのに、剣術を習えないなんて、寧ろ僕はプロキオン様の弟子に相応しくないんじゃなかろうか…


「……我が教え子よ、随分落ち込んだ顔をしているね」


「へ?、いや…その、プロキオン様が折角積み上げた物を受け継げないなんて…僕は弟子として不甲斐ないなぁ、って」


「別にいいさ、師匠が弟子に教えるのは飽くまで志だけさ、それによって得られた技術は師からの賜りものではなく 弟子自身が努力で勝ち取った勲章なんだから、それにね ボクは君に一つ贈り物をしようと思っているんだ」


「贈り物…ですか?」


ニヤニヤと笑うコーチの顔は、何か含みのあるものに思える、まるで それを渡す日をずっと心待ちににしていたかのような…


すると、コーチは指を一つ上げて


「一つ質問をしよう、弟子よ 剣よりも強い武器とは何かわかるかな?」


「え?、剣より強い武器ですか?…なんだろう、銃とか?」


「あんな豆飛ばすオモチャに剣が劣るわけないだろ?」


銃をオモチャ扱い出来るのはコーチだけな気がするが、でも 僕の答えは間違いなのだろう、じゃあ何だろう、剣より強いもの 剣より強いもの…


「槍ですか?」


「槍!?、あはは 剣をより合理化しようとして生まれた、剣のなり損ないの名だね、あんな出来損ないなんて剣の前じゃ敵じゃないね!」


「ハンマーとか?」


「あれは卑屈者の使う武器だ、名前を口にしちゃいけないよ?、お口が汚れる」


「弓!」


「バイオリンもどきだろう?あれ、あれって武器なのかい?初めて知ったよ」


「分かりません!、コーチの口ぶり的に剣こそ最強な気がします!」


「そうさ!剣は最強さ!、人類が生み出した武器の基本形にして究極系、この世で最も使われる武器だからこそ この世で最も優れているのさ」


じゃあないじゃないですか、剣より強い武器!、最強の上なんかないですよと思わず心が表情に出る…するとコーチは


「だが、そんな剣でも決して折ることの出来ない武器がある、…それはね」


「はい、それは…」


「ペンさ!、よく言うだろう?ペンは剣よりも強しってね!」


「………………」


言いますけど…、ペンは武器ではないのでは…、あれは比喩的表現本当にペンの方が強力な武器になるなんて思ってる人はいないと思いますよ、僕は…


「疑っているね」


「はい!正直!」


「うむ、素直でよろしい、だが事実だ、ペンとは即ち心を具現化する道具、いくら剣が鋭くても 強い意志を持ち描くペンには決して敵わない、暴力で意思を折る事決して出来ないんだ」


するとコーチは懐に手を突っ込むと、一本のペンを取り出す…いや、これは


「これ、万年筆ですか?」


万年筆だ、インクを使って文字を書く 比較的ポピュラーな道具、青色の輝きを淡く放つそれは特別な空気を放つが、物自体はなんら特別な物ではない…


「これはね、輝晶ノ光筆さ」


「輝晶ノ…光筆、ってなんですか?」


ストンと僕の掌の上に落とされる青色の万年筆…輝晶ノ光筆をマジマジと見つめていると、コーチは腰に差した細剣、ルナアールを演じていた頃から使っているその剣を引き抜き、その青い刀身を輝かせると


「ボクの持つこのアルミシャラと同じ材質で作られたペンさ、それは」


「同じ材質ですか?」


「ああ、この剣の表面には光魔晶と呼ばれる輝く鉱石を砕いた粒子が塗られているのさ、だから こうやって剣を振るうと!」


ヒュンと空を切り裂き剣を振るえば、そこには綺麗な青い光の線が残る、なるほど 表面に光る石の粒子が塗られているから、剣を振るうとそれが軌道上に残って淡い光芒を残すのか


「こうやって光の線が残る、ボクはこれを利用して 空中に魔術陣を書いている、そしてそのペンにも同様 光魔晶の粒子がペン先に塗られているのさ、だから同じことが出来る、ああ当然普通のペンとしても使えるよ?」


「え?、あ…本当だ」


ペンを抜いて空中でブンブン振るうと淡い光の線が少しの間だが空中に残る、確かにこれなら物凄く速くペンを振るえば 空中に陣をかけそうだ


「それまでボクの剣と同じペン、だから同じことが出来るのさ」


「なるほど…、あの インク切れは…」


「ないよ、内部にはボクがこれでもかってくらい魔術陣を書き込んでおいた、壊れないし 砕けないし インク切れも当然起こさない、一生モノだ 大切にしてくれ」


「ひゃあ…メチャクチャ貴重じゃないですか…」


つまりこれは魔女様の作った国宝にも勝る神具と言うことになる、す 凄まじい代物だ…


「それさえあれば、場所を選ばず魔術陣を書き込める…、まぁ その為にはボクの使う高速魔術式を会得する必要があるがね」


「高速魔術式ってあれですよね、コーチが空中にヒュンヒュンって陣を書くやつ…、あれ僕にも出来るようになるんですかね…」


「出来る、正確には何が何でも出来るようにするから安心して」


なんだろう、あんまり安心出来ないのはプロキオン様の顔が怖いからかな…、何をさせられんだろうか…


「ま それはそれとしてだ、今日は魔術陣の種類について勉強していくよ」


「あ 今日はやらないんですね、高速魔術式の練習」


「しないよ、そんな一朝一夕で出来る物でもないし、そもそもよしんば高速魔術式が使えたとしても、魔術陣のことを何も知らなければ宝の持ち腐れさ、だから君はまず 知識を得るところから、そのあと力さ 分かったね」


「はい!分かりました!」


「よろしい、では…」


そう言うなりコーチは剣先を輝かせると共に 空中に行くつかの陣を描いていく、その手際の速さたるや目にも留まらぬ、ああ言うのを神業と言うのだろう…まぁこれから僕も覚えて行かなきゃいけないんだが


「魔術陣には凡そ四つの種類がある、『瞬時発動型』と『継続発動型』、『切り替え型』と『召喚型』の四つだね、順を追って説明すると…」


まず 瞬時発動型は読んで字のごとく、発動させたその瞬間にしか力を発揮しないものだ、僕の使う衝破陣とかがこれに入る、主に攻撃に使われる場合が多く 、魔術陣の内容もかなり簡易で強力な攻撃能力を備えるが、単発式なので一回使ったら別のものを用意しなければならない弱点がある


継続発動型もそのまま、魔術陣を起動させたら 魔力が切れるまで永遠に発動し続ける物だ、暖房陣とか赤熱陣とか 熱を発し続けたりする物もこれに入る

これは持ちがいいので使い続けられるが、魔術陣の内容は難しく これを武器にすることも難しいらしい、まぁ攻撃用の物もあるが 瞬時発動型には劣るだろうとコーチは言う


切り替え型はこの二つの中間、魔術陣に触れている人間が魔術陣のオンオフを切り替え 発動させたり無効にしたりを入れ替えられるのだ、主に拠点防衛用の魔術陣として使われる場合が多く 民間人ではこれを使うことは出来ない

コーチ曰く一個人が覚える必要のない魔術陣だそうだ


そして…


「召喚型って…なんですか?」


一つ、聞き覚えのないものがあった…、召喚?何かを呼びつける魔術陣のことだろうか、でもそんな魔術陣聞いたことも見たこともない


「おや、知らないか…まぁ使い手は少ないし仕方ないね、これは魔術陣を通じで別世界の生物を呼びつける魔術陣さ」


「えっ!?別世界!?そんなこと出来るんですか!」


「見てみるかい?、…いくよ?高速術式 『零陵眼孔招来陣』」


するとコーチは虚空に複雑な魔術陣を書き上げると、完成し魔力の光を放つ魔術陣がパックリ割れて 中から巨大な目ん玉がギョロリと現れ…気持ち悪っ!?


「な なんですかこれ」


「これが別世界の生命体さ、召喚獣なんて呼ばれ方もするね」


「これ、別世界から来てるんですか?…、えっと どこから来た何ですか?」


ギョロギョロと周りを見るその目玉は、なんか混乱しているように思える…多分いきなり呼び出されてびっくりしてるんだろうな、だって僕も同じ立場なら同じ反応するもん


この目玉はどこから来たなんだろうか…、別世界ってなんだろう


「分からない」


「え、…分からないんですか?」


「ああ、召喚陣の奥の世界がどうなってるか分からないしね、当然ながら呼び出した子達とも意思の疎通は出来ないし、意思の疎通が出来る奴を呼び出せる魔術陣も存在しない、一説では幽世から来ているとも言われている」


「幽世って…なんですか?」


「死後の世界と言われている場所さ、ただ 生きているボク達じゃあどう言う世界なのか知りようもないし、真偽は不明だよ」


死後の世界にはこんな方もいるのか、…まぁ本当に死後の世界から来てるかも分からないし、幽世が死後の世界かも分からない、つまり何も分からないんだ


「そんな何も分からないもの使っても大丈夫何ですか?」


「あんまり大丈夫じゃない、まぁ 召喚した存在は陣より外には出られないしね、こいつらが外に溢れて世界が大パニックってことはないから そこは安心していいよ」


「よかった、僕この目玉があちこちに現れて街を破壊する様を幻視してしまいました、…ところでこの目玉の方は何が出来るんですか?」


「さぁ、君 何が出来るんだい?」


「………………」


コーチと二人で見つめるが、特に答えは返ってこない まぁ当然か、この子の意思が僕たちに伝わらないように、僕達の意思もこの子には伝わらない


ただ、見られてることはわかるのか 目玉の子はギョロギョロ僕とコーチを交互に見て困ったように半目になってしまう、困らせてしまったようだ


「まぁ、こんな風に召喚陣は不明な部分が多く 実用性も乏しいから使う機会は…、ああ 悪い 目玉の君よ、君を貶しているわけじゃないんだ」


「そうですよ、落ち込まないでくださいギョロ目さん」


「………………」


「…ま、ともあれだ、どの魔術陣も一長一短 万能の力なんてない、それらを上手く使うことが 君の為になる」


するとコーチは軽く手を振るい魔術陣ごと目玉を消し去ると共にこちらに向き直る、コーチの言わんとしたことはわかった


コーチが僕に魔術陣を教えるのは何も遊び道具として渡すつもりはないんだ、僕が己の意思を突き通すため戦いの場に出る時 その意思を貫く武器として魔術だを与えてくれるんだ


「君はこれから幾多の苦難にぶち当たる、その中で君は多くの戦いを経験する、時に傷つき 時に血を見て、痛くて苦しくて逃げ出して全てを捨てたくなる時も来るだろう、そんな時 君を奮い立たせる何かをこれから与える、だから この魔術陣を上手く使い 君は君の信じることをしなさい」


「はい、コーチ」


「うん、いい返事 いい目だ、教え甲斐があるね…、さてと じゃあそれらの四種類の魔術陣を元に、いくつか陣形を教える、今からボクの提示する陣を 何も見ず寸分違わず出来る限り高速で書けるようになれば取りあえずは合格とする、それまで 演技の講習はナシだ、分かったね」


「はい、コーチ!僕!やります!」


「ううん、やはりいい返事だ!、その粋や良し!では始めよう まずは、この魔術陣を写し書くんだ、まずは正確に そのあと早く、頼むよ」


そう言いながら複雑な魔術陣の書かれた髪を一枚取り出す、うう 見ているだけで目が回りそうなくらい複雑だ


コーチ曰く 現代魔術と古式魔術の違いは その威力の高さにあるという 当然古式魔術の方が上だ、だが この威力の高さに比例して古式魔術の方が詠唱が長く難しいという欠点が存在する


そしてそれは魔術陣も同じ、詠唱がない魔術陣は代わりに書き込む内容の難しさにある、コーチの取り出した古式魔術陣に比べたら現代魔術陣なんか画用紙に描いた落書きだ、そのくらいレベルが違う


これを覚えるのも書き込むのも大変だぞ…、といっても この難しい古式魔術陣を僕はすでに数個覚えてるんだが…、これはちょっと他のに比べたら難易度が高い


「凄いですねこれ…」


「ん?、ああ 今回はようやく実戦用に使える古式魔術陣」


「実戦で?、えっと これどんな効果があるんですか?」


「うん、君が実戦に放り込まれた時 生半可な魔術陣じゃ寧ろ周りの足を引っ張る可能性があるからね、だから 最も効果的かつ強力なものさ」


そう言いながらコーチは陣の書かれた紙を僕に渡して ……


「それは『鏡面反魔陣』、相手の魔術をそっくりそのまま相手へ跳ね返す 必殺のカウンターとなる魔術陣だ」


「必殺のカウンター…」


そういえば、エリスさんがいっていたな…、ルナアールに魔術を跳ね返されただとかなんだとか、つまりコーチはこれを使いエリスさんの古式魔術を跳ね返しエリスさんを倒したってことか


だとするとかなり強力じゃないか?、これ一つあるだけでどんな魔術も相手へ返せるんだから、それが古式魔術であれなんであれ…


「この魔術陣は非力な君が持つことになる必殺の一撃にして一矢報いるため懐に忍ばせる毒針だ、相手が必殺の一撃を放った瞬間これを使えば 相手は寧ろ逆に自分の魔術で倒れることになる、君が強い魔術を使えなくても これがあれば問題ないってわけだ」


「なるほど、僕が強い魔術を使えなくても相手が使う強い魔術を僕が好きなようにできればいいって寸法ですね、凄いですよ!これ!」


「ああ凄い、だが…使いどころには気をつけるんだよ?、一度反魔陣を見せれば相手はそれを警戒する、警戒した相手に反魔陣をぶつけるのは至難の技だ、反魔を使えるのは一戦闘一度と心得る方がいいだろう…そして、もし その一度きりの反魔陣で相手を倒せなければ、或いはそれは君の負けを意味するんだから」


「うっ…」


たしかに、この魔術陣が機能するのは 僕が反射の術を持っている事を相手が知らない状態のみ、僕は弱い きっと相手もそれを見抜く、僕が弱いと傲り高ぶりトドメに強力な一撃を撃ってくる その状況じゃないとこれは真価を発揮しない


もし、生半可なところで使えば…、相手は『ああ、こいつはそう言う一手を持ってるんだ…』と警戒する、警戒すればもう迂闊な攻撃はしてこない、油断せず 弱い魔術を連射して僕をじわじわと嬲り殺しにすれば反魔は機能せず僕は負ける


だから見極めて使わないといけない、相手の最強の一撃が何かを見極め 反射すれば確実に勝てる状況を見極め 戦況を見極め戦わなければならない


「ゴクリ…」


思わず唾を飲む、この反魔は僕の必殺であり 最後の手段…、しくじれば則ち敗北、使えるのは一回だけの切り札 …


でも、強力だ 少なくとも僕が今から剣を振ったりして手に入る力よりも何百倍も強力だ、この方向で行くしかないかな…


「では、写せ 我が教え子、何はともあれ実戦でそれを書き上げられないと意味がないよ!」


「はい!、コーチ!」


反魔陣を前に白紙の紙に描いて覚える、複雑極まりない魔術陣は見て書くだけでも凄まじい難易度だ、コツを知らないと普通の人では紙を重ねても書き上げることは難しい


コツとしては魔術陣を立体で捉え分解することだ、平面で見ていると 複雑な魔術陣は幾つにも重なってるため細かいところがどうなってるか分かりにくい、故に重なってる部分を立体で見て書く順番を見切る それが正しく書くコツです


「………………」


その場で蹲るように体を丸めて書き上げていく、難しい これを高速で書けと言うのか、書いているのか コーチは、凄いなぁ…


「っーー!!書けました!コーチ!」


「大体五分くらいか、凄まじい速度だ 常人なら一週間はかかろうものを」


「えっ!?そんなにかかるんですか!?」


嘘ぉ…僕そんなに書くの早かったの…?、いったいいつの間に…


「半年間ボクの修行を受けていたんだ、そのくらい当然だ…けど一つ書き上げるのに五分ではやや鈍いと言わざるを得ない、これを更に時間を縮めて行かないとね」


「更に…、でもいける気がしてきました!」


気がついていなかったけれど、僕の執筆速度は確実に早くなっているんだ、このまま修行を続けていけば …高速魔術式も会得できるかもしれない!


「さて、引き続き…修行を続けていこうか」


「はい!コーチ!」


「うん!いい返事!」


……この時は気がつかなかったけれど、僕はこの日から段々と察していくことになる


何をって…何かをだ、うまく言えないけれど コーチが僕の修行を慌ててつけている そんな印象を覚えるほどに、この日から 僕の修行は急加速していく、今まで演劇に傾いていた比率が確実に魔術の側に寄っていっている事に


それは漸くコーチが僕に魔術を教える決心をしたとかじゃなくて


その日から、コーチは 何かを感じていたのかもしれない



僕が、戦場に立つ日が来る事を、そして その日は思いの外早く訪れる事になった


……………………………………………………………………


…それは、魔術の修行をコーチが僕につけ始めて4ヶ月後の話だ、つまりエリスさんが帝国に行ってから半年後の話


いつものように魔術の修行と役者の二足の草鞋を履きながらの生活を続けていると、ふと


「そろそろか…」


「へ?、コーチ?どうしたんですか?」


日課の魔術陣の書き込み練習を無人の舞台の上でしていると、ふと プロキオンコーチが言うんだ、虚空を見て そろそろかと


「いや、そろそろ幕が上がる頃のようだ」


「へ?、今日は舞台はないですよ?劇場は休みですし…」


「そう言う意味ではないさ、でもそうだね ボクは先に行ってるから、君も後から来なさい」


コーチは特に何の説明にもならぬ思わせぶりな事を言いながら僕の修行を放り出して何処かへ行こうとして…って!


「先に行くって、僕どこに行ったらいいんですか!コーチ!」


「王城だ、多分そこで話があるんだろう…、じゃあ 行ってくるよ、早く来るんだよ?君も」


とだけ言い残し、コーチの姿はフッと霞のように虚空に消える


え…えぇ、なんなんですか 急に…修行は…?、でも行けって言われたら行かないとな、コーチから貰ったペンを懐に仕舞い、修行道具の片付けをしてから僕は劇場を出ようと踵を返すと


「あら?、今日は修行しないの?サトゥルナリア」


「こんにちわ、サトゥルナリアお兄さん」


「あ、コルネリアさんとユリアちゃん」


ふと、外に出るといつものように外で雪遊びをするコルネリアさんとユリアちゃんがこちらを見て意外そうに口を開ける、この姉妹は本当に仲がいいなぁ 、だからこそこの二人が仲良く遊んでいるところを見ると 助けてよかったと僕達も胸を撫でおろせる


まぁ、助けたのはエリスさんですけど…


「実はこれから王城に行こうかと…」


「王城?なんで?」


「分かりません…」


なんでかはこっちが聞きたいですよ…


「なにそれ、簡単に遊びにいける場所じゃないでしょ、まぁ 貴方ならお城にも顔パスで入れるでしょうけれど、貴方 ヘレナ姫の命の恩人だし」


「いや、僕はなにもしてないんですけれどね…」


あの事件以来、ヘレナ様は僕達クリストキントを特別扱いしてくれる、特に僕はアルカナの手から助けた存在の一人と僕を厚遇してくれるんだけれど、僕としてはなんと言うか居心地が悪い


だって僕はどこまで行っても一市民に過ぎないんですから


「まぁいいわ、でも出歩くなら気をつけなさい?、貴方はもう有名人なんだか変なにも絡まれるわよ」


「そこは任せてください、僕は魔女の弟子なので!」


「でも根っこの小心者さは抜けてないでしょ、ともかく気をつけてね」


「お気をつけて、サトゥルナリアお兄さん」


「あ、はい…すみません、では行ってきますね」


軽く姉妹に挨拶をして僕は劇場を後にする、今日もアルシャラには深い雪が積もっておりザクザクと雪を踏みしめて街の大通りを歩く…、あの事件で壊れた街も直ぐに修復され、元の美しい喧騒を取り戻していた


まるであの事件が嘘であったかのように、まぁ エリスさんの奮闘を知る人間は少ないから仕方ないものの、僕はもう少しエリスさんが讃えられてもいいような気がする、だって あんなにおっかないやつらと戦って ちゃんと勝ったんだから


「ん?、あれ サトゥルナリア・ルシエンテスじゃない?」


あ、やば… 、大通りを歩いていると通行人が僕の顔を見てコソコソと話し始める、コルネリアさんの言った通り僕は本当に有名人なようだ


だが、それは顔には出さない ここで変に顔を隠してりオドオドすると逆にバレる、だから街にいるなんでもない女の子のように堂々と歩く、すると


「バカ、サトゥルナリアがこんなところ歩いてるわけないだろ」


「それに本物の顔はもっと可愛かったわよ」


「それもそうか…」


人の記憶力とは曖昧なもので、舞台で観ているはずなのにいざ目の前にすると分からないものだ、特に 舞台上にいる人間は輝いて見える、実物よりも美しく見えるのはよくあることだ


堂々と歩いているのが功を奏したな、演技成功だ…


「おい、お嬢ちゃん」


「ひゃい!?」


しかし、今度は別の存在が僕の前に立ちふさがる、酒瓶片手に鼻を赤くしたおじさんだ、口から漂う酒の匂いが彼が酔っていることを雄弁に語っている、酔っ払いだ


「お嬢ちゃん 可愛いねぇ、おじさんにお酌してくれないかなぁ?」


「え?いや私今 これから行かなくちゃいけないところがあって…」


「いいじゃねぇか、ちょっとくらいよお…」


するとおじさんは酔った勢いで僕の右手をがっしり掴み酒場に引き込もうとグイグイ引っ張ってくる


って力強っ!?、いや僕が弱いのか!、しかし参った 右手を封じられたら魔術陣が書けない、魔術陣がかけないと僕は無力だ…!


「んん?、お嬢ちゃん胸小さいねぇ、おじさんそう言う胸の子が大好きなんだ」


「え えぇ…」


知ったこっちゃないんですけど…、というかまずい これはまずい、演技が上手く行きすぎて本当に町娘だと思われてる、ど どうしよう、僕が男だってこと伝えるか?でもそうしたら今度は逆に注目の的になってしまう


どうしよう…どうしようと腕を引っ張られながら悩んでいると


「おい、もうその辺にしとけよ、その子困ってんだろ?」


「へ?…」


止めてくれる人が現れたんだ、まるで劇のヒーローのように 颯爽と僕の背後から現れて 酔っ払いのおじさん相手にやめろと言ってくれる


「おいおい、声かけるのかよ…」


「だって困ってたし…」


僕を助けようとしてくれたのは二人の男性だ、おじさんに非難の声を上げてくれたのは真っ赤な髪をした男の人 燃えるような赤い目も相俟って情熱的な印象を受ける


そしてそんな赤髪の男を辟易した目で見るのは茶髪の男の人だ、怜悧な目は彼の性根を表しているようにも見える


そんな二人が、僕の背後からおじさんを睨み付けると


「なんだぁ、テメェら 野郎に用はねぇ!、小煩いこと言うならぶちのめすぞ!」


酒に酔って赤くなった顔で酒瓶ごと拳を握りしめ威嚇するように怒鳴ると、茶髪の男性の方が慌てて前に出て


「やめろ!、殴り合いはやめろ!まじで!暴力反対!」


「ああ?、ビビってんのか?坊主ども」


「ちげぇよバカ!お前を心配してんだよ酔っ払いジジイ!、この赤髪と殴り合ったらマジで死ぬぞ!、このバカ怪力なんだから!」


「なんだよ、人のこと怪物みたいに…」


「バカも怪力も事実だろ!」


「バカではねぇよ!」


困惑する僕とおじさんを置いて 二人は言い合いを始めた…かと思いきや、茶髪の男性の方が懐から何かを取り出す…


あれは、鉄製の彫刻かな、重そうで固そうな彫刻…それを取り出すと


「おい、これ強く握ってみろ」


「お?おう…」


と赤髪の男の方にそれを差し出すのだ、赤髪の男も困惑しながらもそれを受け取ると、言われた通り 片手で強く ギュッと鉄の彫刻を握ると…


「ほいっと」


ギョッとした、だって 今あの鉄の彫刻が赤髪の男の中でまるで紙みたいにクシャッと握りつぶされリンゴの芯のように形を歪めてしまったのだから


い いやいや、怪力にもほどがあるような気がするんですけど…


「これでいいか?」


「ああ、おいわかったろ?ジジイ、こいつに喧嘩売ったらこうなるぞ」


「ヒッ、わ わかったわかった…やめるよ」


あまりの衝撃的な光景に酔いも覚めたのかおじさんは赤い顔を青く染めてそそくさと僕の手を離して立ち去っていく…、僕もおしっこちびりそうでしたよ…


「これでよし」


「なぁ、この彫刻 俺がさっき露店で買ったやつと同じやつだよな、…ん?あれ?俺の彫刻が無い!お前まさか!」


「まぁいいじゃねぇか、それよかお嬢ちゃん 大丈夫かい?」


どうやらさっきの彫刻は赤髪の男のものだったらしく、自分が買ったものを騙され握りつぶしてしまったと青い顔をしている赤髪を置いて、茶髪の男の人は僕を心配するように握りれた右手を見る


「あ、あのありがとうございます」


「いやいやいいよ、大したことしてないしな」


「お前本当に何もして無いじゃないか、俺だよなやったの、自分の彫刻握りつぶしてさ」


「小さいことはいいだろう別に、こんな可憐な女の子助けられたんだから」


「それはまぁ…そうだけど」


この人達も僕を女の子だと思って助けてくれたのかな、それともそんなの関係なく助けてくれたのかな、何にせよ 思い出すなぁ


エリスさんもこうやって僕を助けてくれたんだったな、懐かしい、あの時のエリスさんの慌てようったら 今思い出してみたら彼女らしく無い慌て方だったなぁ


「ふふふっ…」


「お?、何?笑われた感じ?こいつが」


「お前じゃ無いか?」


「ああいえ、すみません お二人を見てたら知り合いの女の子を思い出しまして、ちょっとおかしくて思い出しを笑いを」


「ほーん、そっか …んじゃ、俺達は行くよ、君も何処かに急いでるんだろ?」


ふと、言われて思い出す そうだ、コーチが待ってる!、早く行かないと!


「そうでした!、ではお二人とも ありがとうございます!失礼します!」


「おーう、元気でなー」


慌てて踵を貸返し 赤髪の男の人と茶髪の男の人 二人に別れを告げて王城を目指す


にしても、なんで王城なんだろう、話をするだけならあの場でも出来ただろうに、それともヘレナ様から用なのかな?、だったら最初からそう言うだろうし もっと言えばヘレナさんから呼ばれている旨を前日から伝える、コーチはそう言う人だ


なのにそれをせず 瞬く間に王城へ一人で向かうなんて異様だ、それに幕…なんのことだろうか


幕が上がるってことは、何か始まるってことだよな、なんだろうか…嫌な予感がするな


「………………」


顎に指を当て考えながら王城へと歩き、…城門にたどり着く頃…


「……チラリ」


後ろを見る、城門についた僕の背後には


「あの、お二人とも なんでついてくるんですか?」


「あ いや…」


さっきの二人がいた、赤髪と茶髪の男性二人、それが城門までついてきたんだ、なんだろう…ストーカー?、いや助けてもらったんだし そんなこと考えるのは失礼かな


「えっと、助けもらったのは感謝していますが、ここからは王城なのでついてくると怒られちゃいますよ」


「いや、ついてきてるわけじゃないんだ、俺達もこの王城に用があったんだが…君もこの城の関係者だったのか」


「え?お二人も?」


この城の関係者?でも僕この人達のこと知らないな、いや城の関係者全員を知ってるわけじゃ無いんだが、こんな目立つ人が城にいたら流石に僕も知ってそうなんだけど


なんて、僕が訝しげに思ってるいるとだ、城門が内側から開かれると共に 中から大量の兵士が現れ僕達を取り囲むと、…


「お待ちしておりました、…あら?サトゥルナリア」


「ヘレナ様!」


ヘレナ様だ、彼女が大勢の兵士を引き連れて出迎えに現れた、だけど この反応からすると僕を出迎えた…と言うより 別の人間を出迎えにきたみたいだ


とすると、…この場にいる僕以外の人間というと…、このお二人しか


「貴方がヘレナ姫かな?」


「はい、このエトワールを統べるギルバート・ブオナローティが娘 ヘレナ・ブオナローティにございます、この度は遠方からよくぞ参られました、このディオニシアス城の全てを以ってしておもてなしいたします」


あのヘレナ様が頭を下げた、姫が態々出迎えて 労いの言葉をかけるほどの人物なのか この人達は…、というか 話には入れない、部外者感が強いなと感じているとヘレナ様の目がこちらに向けられ


「しかし、そうですか もう合流していましたか、流石は魔女の弟子 と言ったところですか?」


「へ?、魔女の弟子?」


「え?、魔女の弟子?」


「んぉ?魔女の弟子…ってぇと…」


僕の目と 二人の視線が重なる、魔女の弟子っていうと僕のこと…だよね、それに合流?なんのこと?えっ?どういう事?


「まさか…互いに正体を知らぬままここに?」


「あ…ああ、のようだ…、あのヘレナ姫?、この子がもしかして」


「はい、閃光の魔女 プロキオン様の弟子 サトゥルナリア・ルシエンテスです」


「んなっ!?」


二人の目が変わる、この子が魔女の弟子!?と言った顔だ、まぁ 僕にそんなすごい威厳とかは無いですけれど、でも僕の正体とこの二人の目的にどんな関係が…


「いや、サトゥルナリアは男だって聞いてるが」


「あの、一応男ですよ 僕」


「マジかよ!いや、人は見かけによらないな…、そうか なら自己紹介が必要だな、アマルト」


「みたいだな、いや流石芸術の国…出会いも劇的だなおい」


すると 二人は僕の前に立ち……


「俺はラグナ、アルクカースの王にして 争乱の魔女の弟子ラグナ・アルクカース、よろしくサトゥルナリアさん」


「そして俺は冬の長期休みを利用して駆り出された現役の学生兼序でに探求の魔女の弟子 アマルト・アリスタルコスさんだよ、よろしく」


「ラグナさんにアマルトさん…って、二人も魔女の弟子!?というか!」


アルクカースにアリスタルコスって、二人とも国のお偉い様じゃないか!、確かアリスタルコスってディオスクロア大学園の理事長一族で…アルクカースは言わずもがな 大王だ


そして、二人とも僕と同じ魔女の弟子、エリスさんと同じ…!この人達が


って、自己紹介しないと


「あ!、僕はサトゥルナリア・ルシエンテスです!普通の劇団員でプロキオン様の弟子です!、あの ナリアって呼んでください、ラグナ様 アマルト様」


「ん、ナリアだな じゃあ俺もラグナでいいよ、こっちもアマルトでいい」


「勝手に決めるなよラグナ…」


「そんな、でも二人は偉い人ですし」


「関係ないさ、今この場じゃあ特にな」


な?と微笑む赤髪のラグナさんを前に呆気に取られる、ラグナさんの話は聞いていた若くして王座についた人物で凄い人だと、だって僕と三つ四つしか違わない人が既に大国を率いる立場にいるなんて…ん?


「あれ?、なんでアルクカースの王様がここに?」


「その件については奥で話そう、ちょっと大通りじゃ難しいしな」


「だぁな、別に喫茶店でしても周りの人間じゃあなんの話かはわからないだろうけどさ、やっぱこういうのって雰囲気とか大切じゃん?」


なんて軽々しく語るアマルトさんは先立って頭の後ろに手を組んで城の中へとズカズカ入っていく、本当に魔女の弟子なんだなあ…


「しかし…」


「はい?」


ふと、ヘレナ様とアマルトさんが背を見せ城へと入って行く中 ラグナさんが僕の顔をまじまじと見ながら首を傾げ


「さっき、余計なことしちゃったかな?」


「さっき?」


「ほら、酔っ払いに絡まれてる時さ、魔女の弟子とは知らなかったし」


「ああ、いや…僕弱いので 助けてもらわなかったら大変でした」


「そっか、なら助けてよかった」


ニッと歯を見せ笑うラグナさんの顔を見ていたら、思い出す


エリスさんはルナアールから『最愛の人間を思い出す魔術陣』を受けて、彼の幻影を見て悶えていた、つまり エリスさんはこの人のことが…


あの強くて凛々しいエリスさんが唯一女を見せる人、…なんだか興奮するな


「なぁ、そう言えばこの街に俺の友人が来ていたはずなんだけど…」


「エリスさんのことですか?」


「知ってるのか!」


パッとラグナさんの顔が明るくなる、いや?明るくなるとか嬉しいとかじゃなくて、これはエリスさんの背を焦がれている人の顔だ


…ははぁ〜ん、これは好いているのはエリスさんだけではないな


「半年前までエリスさんは僕と一緒に行動していたんです、そこで一緒に舞台役者として旅をしてたんですよ」


「そうだったの…か?、うん?エリスって役者が嫌いじゃなかったか?」


「え?そうなんですか?」


「そうだと思ったんだが、俺の勘違いだったか…まぁいいや、元気でやってたみたいでよかった」


「はい、そして元気に帝国に旅立って行きましたよ」


「帝国に…か、無事ならいいが」


「え?、無事?」



「おーい!、ラグナ!ナリア〜?、んなところで立ち話してんなよ、ヘレナさんとメルクが待ってるぞ」


すると城の入り口からヒョイと顔を出したアマルトさんが手招きをする、待ってるってもしかしてコーチが僕を王城へ連れてきた件と関わりがあるのかな、いや もしかしなくてもそうだな


魔女の弟子がこんなに集まったのが偶然とは思えないし、何より国王でもあるラグナさんが何も無しにこの国を立ち寄るわけがない、何かあったんだ…そしてその件で僕が呼ばれたんだ


そうか、幕か…コーチの言った意味が分かった、遂に開いてしまうのか 幕が


「じゃあ行こうか、ナリア これからよろしく頼むよ」


「いえ、こちらこそラグナさ…まじゃなくてラグナさん」


何はともあれ、この人達のことは信用できると思う、何せエリスさんの友達だ、友達の友達は友達だときっと向こうも思ってくれていることを信じよう


先導するラグナさんに続いて王城へと足を踏み入れると、いつもの優雅な雰囲気は何処へやら 王城内には厳戒態勢が敷かれているかのように重々しい空気が漂っている


何かあったのかも という予感は、確実に何かあったんだという確信に変わる


「随分遅かったな…、アマルト」


「いやぁあはは、悪い悪い、せっかく来たんだし観光をと思ってさ、それに…お 来た来た」


すると、廊下のど真ん中で喋るアマルトさんの姿が目に入る、お相手は壁にもたれかかるように立つ軍服の女性、青色の髪と白い軍服は潔癖なる清純さを表すかのごとく輝いており、長髪の隙間から覗くナイフのような瞳はまさしくクールの一言だ、それにこれまた知らない人


アマルトさんがああやって話してるってことは、もしかしたらあの人も…


「悪い、待たせたな メルクさん」


「謝罪はヘレナ姫に…ん?、見知らぬ子を連れているな」


「いやぁな、さっきそこで会ったんだけど…、ああ ナリア紹介するよ、彼女も俺達と同じ魔女の弟子 メルクリウス・ヒュドラルギュルムだ、名前くらいは知ってるか?」


「メルクリウスって…確かデルセクトの…」


デルセクト国家同盟群という巨大な枠組みを一人で統括する人物にして、世界最高のお金持ち国家群の中で一番の…つまり世界一の大金持ちとして有名な人だ…


この人も魔女の弟子なのか…、いやそう言えばエリスさこの人とも友達だと言ってたな、すごいなぁ どうやったらそんなすごい人と友達になれるんだろう…


「あ!、す すみません、僕はサトゥルナリア・ルシエンテスと言います、普段はクリストキント劇団で役者をしている、その…閃光の魔女プロキオン様の弟子です!」


「聞いて驚くなよメルク、こいつこれでも男なんだぜ?」


「何故お前が自慢げなんだアマルト…、しかしそう君がこの国の魔女の弟子だったか、…なら私も名乗ろう、紹介に預かった メルクリウス・ヒュドラルギュルムだ、同盟群を統括する人を魔女様から賜っている、君と同じ 栄光の魔女の弟子だ、メルクで構わない」


ひゃわわ…、顔がいい…あんまりにも顔がいい、そんな人が胸に手を当て優雅に礼をするもんだから思わず息が止まる、むしろ心臓も止まりそうだ


だってさ、この場にいるのはアルクカース デルセクト コルスコルピの超VIPばかり、そんな人達に混じって一市民がいるんだ、エリスさんに話を聞いた時から思ってたけど、やっぱり僕場違いじゃないかな


「さて、自己紹介も済んだことだし 早くヘレナ姫のところへ向かうぞ、そこでアルクトゥルス様も待っている」


「えぇ、もっと親睦深めようぜ?、俺たち魔女の弟子 仲間で友達じゃん?それにナリアの事もまだよくわからんしさぁ、なぁ?ラグナ ナリア」


「そ そんな、仲間なんて…恐縮ですよ」


「まぁ、親睦を深める必要があるのは同意するけどさ、ここはメルクさんの言う通りにした方がいいんじゃないかな、一応一刻を争う事態なんだしさ」


一刻を争う事態、ラグナさん達はここに集まった理由を知っているようだ、対する僕は何も知らない 知らされていない、一体これから何が起こるんだ…何が起こっているんだ


行こうぜ?と相変わらず僕を優しく先導してくれるラグナさんに率いられ僕達は揃って、ディオニシアス城の玉座の間へと向かう


「それで?、エリスはこの国にいたのか?」


なんて 玉座の間を目指す最中 メルクさんがラグナさんの方をちらりと見る、しかし その問いにラグナさんは首を振り


「いや、或いはまだこの国にいるかと思ったんだが、もう帝国に旅立ったみたいだ」


「マジかよ、相変わらず早いな…まだあれから…ええっと、一年か」


「エリスは大体一年周期で国を移動する、だが事実なのか?ラグナ」


「ああ、それはここにいるナリアが証明している、なんでも 半年前まで一緒に旅をしていたそうだ」


と いきなりこちらに視線が集まりギョッとしながらも首を縦に振る、それを見てメルクさんは残念そうに眉を顰め


「そうか…、エリスがいればと思ったが 残念だ、しかし一緒に旅か…あの子は相変わらず魔女の弟子と縁があるな、やはり そう言う運命なのか?」


「多分な、… お あれか?玉座の間って」


ふと、会話の終わりを注げるように僕達の前に現れるのは巨大な扉、荘厳なる雰囲気はこの重苦しい空気の中で映え、より一層 厳格に見える


そんな扉を前に固唾を呑む僕を置いて、ラグナさんは一人で前に出て 扉に手をかけ一気に弾くように開く、するとそこには


「お待ちしておりました、ラグナ陛下 メルクウリス首長 アマルト様…そして、サトゥルナリア」


ヘレナ様が待っていた、玉座には座らずその脇に立ち ラグナさん達や僕を出迎える、そして その玉座の前の階段に座る人物は二人


一人はコーチだ、僕の姿を見るとにこりと笑い ラグナさん達と一緒にいるのを見てとても嬉しそうだ


そしてもう片方は…


「んくっ…んくっ…、ぶはぁ おいここはエトワールの王城だろうが、もっといい酒はねぇのかよ」


酒樽を片手で持ち上げ飲み干す筋肉質な女性がいた、いやでかい かなりでかい、あんな大きな女性見たことない 、2メートル近い巨体を揺らし その方は口元の酒を拭う


「文句を言わないでくれアルク、いいのは全部レグルスが持って行ってしまったんだ」


「チッ、レグルスのヤロー…ちっとは残しとけよな」


アルク…、そう呼ばれる人物には心当たりがある、プロキオン様相手にタメ口を聞け この王城を酒場代わりに使える人物など、少なくともこの世には八人しかいない


「も もしかしてあの人が…」


「ああ、俺の師 争乱の魔女アルクトゥルスだ、師範 真面目な話するって時に何飲んでるんですか」


アルクトゥルス様!、あの人が!拳で山を砕き 足で海を割るという伝説の!、アルクトゥルス様役のソーサラーズは代々ムキムキナ人が選ばれると言うけれど、実物はその誰よりも筋肉質だ…


というか、魔女の弟子だけじゃなく 魔女様自身も?これは 僕が想定しているよりも何十倍もやばいことが起こってるんじゃ…


「おうラグナ、来たか…でそっちのチビがプロキオンの弟子か、思ってたよりもナヨナヨしてんだな」


「そうかい?アルク、だが我が教え子の根性は誰よりもタフさ」


「わーってるよ でなきゃお前が弟子にするわけはねぇ、まぁいい これで取り敢えず現状の戦力は揃ったな」


そう アルクトゥルス様は僕達四人を眺め言うのだ、戦力は揃ったと…


「んじゃ、早速だがお前ら 戦いの支度はできてるな?」


「はい、一応ですけど」


「まぁそのつもりで来てるしな」


「無論です」


と 本当に早速本題に入っていく、僕を置き去りにして ラグナさん達が首を振る中僕は呆気を取られる、戦いの支度?そんなの出来ているわけない、そもそも戦い?何と戦うんだ 誰と戦うんだ、僕は何も知らないですよ…!


「ま 待ってください皆さん、あの 僕何も知らないんですけど…、一体 なぜ皆さんがこうして集まっているのかも!」


と 僕が声を上げると、アルクトゥルス様は怖い顔をしてギロリとこちらを見る、あ…ああ…こわぁ…


「ああ?、おいプロキオンどう言うことだこりゃ、お前知ってんだろ?」


「無茶を言うなアルク、ボクがここに来たのは君がこの城を訪れたからさ、我が教え子同様ボクも何も知らない、状況の共有を頼むよ」


「はぁ?、…チッ アンタレスのやつ、オレ様にそんなことさせんなよな…、ってわけだアンタレス!お前が説明しろ!」


そう言いながらアルクトゥルス様は酒樽をを地面へ転がすと、その飲み残しが地面へとぶちまけられる…横暴だ


なんて思うのも束の間、溢れたお酒がみるみるうちに人の姿を形作り、 女性の姿を取り始める…


「仕方ないですねアルクさん貴方にそう言う細々しい作業を頼んだ私がバカでしたよ」


「アンタレス…テメェが言い始めた事だろ、責任持てよこの野郎」


アンタレス?あのお酒で形作り られた人が?、いや あれも魔術のうちの一つなんだ…


探求の魔女アンタレス様、アマルトさんの師匠にあたる人物で 八人の魔女の一人、そんな人なら 遠方に声を届ける魔術の一つ 使えてもおかしくはない、なんでこの場に来てないのかは知らないけれど


「まぁいいです 弟子も揃ってますから改めてお話をしましょうか…」


スライムのような体をくるりと反転させこちらを見るアンタレス様は、僕達の顔を一つ一つ確認してから こう言うのだ


「貴方達に集まってもらった理由…それは他でもない」


その口は重々しく、出来ればその文言は口にしたくなかったと言わんばかりの感情がこちらまで伝わってくる


状況は分からない、唐突にこんなことになつてしまった理由も分からない、だけれどそれだけの事が起こっているのは分かる


魔女様が緊急事態と思えるほどの事、弟子を集めて戦力にしないといけないほどの事…それは……


「昨日、原初の魔女シリウスが 復活した件についてよ」


そう…、口を開く


原初の魔女シリウスが、復活を果たしたと……



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