197.孤独の魔女と母と子と友
気がつくと 其処は暖かなベッドだった、驚きはない、もう慣れた
何せエリスは覚えてますからね、今さっき 激戦の末敗北し…重傷を負ったのを、どうやらあのまま城の兵士が助けてくれたのだろう、よかった 放置されて寒い夜に放り出されてたらエリス流石に死んでましたからね
開いたばかりの目をキョロキョロ動かす、この無骨な岩壁や天井 多分、エリスの大方の予想通りここはディオニシアス城…
「エリス殿!気がつきましたか…」
「マリアニールさん?」
ふと、顔を起こすと ベッドの横にはマリアニールさんがいた…、ものすごい必死な顔で 物凄く心配そうな顔で 物凄い…悲しそな顔で
「良かった、助けられた…」
「えっと、マリアニールさんが助けてくれたんですか?」
「いえ、私は貴方を回収しただけ…傷はこちらのレグルス様が持ち寄ったポーションで」
とマリアニールさんが手で促す先には師匠とナリアさんが居た、同じく心配そうな顔で…、言うまでもないが 心配をかけたようだ
「よかった、エリスさん…」
「すみません、ナリアさん 心配かけました」
「本当だ、わたしのポーションが残っていたからまだなんとかなるとは思っていたが、それでも心配なものは心配だぞ」か
「師匠も、ご心配をおかけしました」
ふと窓の外から覗き込む陽光を見る、どうやらエリスはあれから丸一日眠っていたようだ、…外の被害状況はどんなものだろうか、死者は出てないよな
ああ後ヘレナさんにアルカナとレーシュのことを伝えないと、奴らはヘレナさんを魔女の弟子と思い込んで殺そうとしている、それを伝えに行かないと…
「よっと」
「エリス殿!動いてはいけません!!、死んでしまいます!」
と起き上がろうとしたら マリアニールさんに物凄い剣幕で止められた、し 死ぬって…見た感じ師匠のポーションが効いて傷は全て塞がってる、ぐっすり寝たから魔力も体力も全開、そんな心配することは…
……あ、もしかして
「あの、もしかしてエリスの事を…また重ねているのですか?ハーメアと」
「ッ…す すみません、…貴方があんまりにもそっくりだったので…」
マリアニールさんとハーメアは親友だったと言う、しかしハーメアは旅劇団としてこの国を旅立ち その先で盗賊に襲われ行方が知れなくなった、というか 死んだ…死んだんだ
マリアニールさんの手の届かないところでハーメアは死んだ、その事を悔いてくるんだろう だから…あんな心配そうな顔を
「え?、エリスさんってハーメア様とそっくりなんですか?」
「はい、そっくりなんてレベルじゃありません…まるで生き写し、生まれ変わりと言ってもいいほどに、似ている…」
そう言いながらマリアニールさんはエリスの顔を撫でようとして 寸前で手を止め躊躇う、エリスとハーメアを重ねているのか、悪いこととは言わない エリスだって今己の姿にハーメアを時折見ることがある、それ程に似ているんだ
「…すみません、取り乱しました、少々落ち着きます…」
そういうなり彼女は部屋の隅へと駆けて行き 退室していく、余程 ハーメアのことが好きなんだろな、なんか 逆に申し訳なくなる
「それよりエリス、何があった …お前ともあろうものが、あれ程の傷を負い その上で取り逃がすなど」
「はい…でもすみません、その前にエリスが寝ていた間のことを聞いてもいいですか?」
どうしても気になる、あれからどうなったか…死者は出たのか、そして クリストキント劇場にいるはずの師匠がここにいること…
エリスがそう聞くとナリアさんは徐に口を開き 状況を説明してくれる
まず住民などの件だが、幸い死者も怪我人もいない、ヘレナさんとマリアニールさんが迅速に避難活動をしてくれたおかげで あの戦いに巻き込まれた人はいないようだ、一応 広場周辺は甚大な被害が出たので今修復中とのこと
そしてあの場を襲撃した男女二人を指名手配してるらしい、男女とはアグニスとイグニスだろう、レーシュが現れたのは夜になってからだから目撃者はいないか
そして、住人の避難をようやく終えエリスに援軍を出したところ、既に敵の姿は無く ズタボロのエリスだけがその場に残されていたとのこと
マリアニールさんは急いでエリスを回収し医務室へ、かなり重篤な状況だった為身内に連絡をとナリアさんに連絡したところ、ナリアさんが大急ぎでクリストキントに戻って師匠を連れてきたらしい
『エリスさんが死んじゃう!』と、それを聞いて師匠も大慌てでポーションを持ってきてくれて、その甲斐あってエリスは助かったらしい、危なかった 危うく本当に死ぬところだったとは…、みんなに感謝しないと
「それで?、エリス こっちも状況を話したんだ…そっちの状況も話せ、その二人組にやられたのか?」
「いえ、それは撃退しました…けど、そのあと現れたあの二人の親玉と戦い、このザマです」
「え?、あの二人倒したの?、あのメチャクチャ強そうな人達を…、しかもその親玉が居たなんて…」
「…アルカナか?」
と師匠の言葉に静かに頷く、そうだ エリスがここまで激戦を繰り広げる相手なんて一つしかない、御察しの通り アルカナだ
「はい、この国にいる大いなるアルカナ その幹部と戦いました…、名は太陽のレーシュ…、第二段階への到達者でした」
「やはりな、第二段階に至ったお前が負けるということは、相手はお前以上の熟達した第二段階到達者ということになる」
それもある、それもあるが それだけじゃない、確かにレーシュはエリス以上の魔力覚醒の使い手だったが、それ以上に奴は己の特性を熟知し 圧倒的に有利なフィールドで戦っていた
なるほど今思えば奴が夜まで棺桶の中で眠っていた理由は分かる、奴はきっと夜にしか行動しないんだ、己が無敵となる時間だけ…厄介極まりないな
「凄まじく強かったです、あんな強い奴と戦ったのは初めてです」
「そうか…、なら私が代わりにと言いたいが、このザマではな」
「アルカナ?第二段階?…わ 分かんないけど、でもそれって凄くまずいんじゃないかな!、だってエリスさんでも勝てないようなのがメチャクチャ強い部下二人引き連れてこの街に来てたってことですよね!」
「ええ、もしかしたらまだ近くにいるか…最悪この街の中にアジトを持ってる可能性さえあります」
「そんな…」
だが、だからと言って焦って探しても見つかる筈がない、連中だって伊達に秘密結社やってない、法を考慮しなければいくらでも隠れる場所というのはあるのだ
「だからこそ、エリスは次の奴の襲撃に備えなくてはなりません」
「えぇっ!?また来るの!?」
「来ます、確実に…しかも日取りは一ヶ月後 次期エイト・ソーサラーズが決定する場 つまり聖夜祭を襲撃するつもりです、ヘレナさんの命を狙う彼らにとって そこは絶好の場ですから」
「そんな…そ そんな…、聖夜祭で…ヘレナ様を…」
今度こそベッドから降りる、うん 痛みはない、師匠も念入りに治してくれたか…、しかし 奴につけられた傷が全部消えてしまったな
…アイツは傷を人との繋がり 絆だと嘯いていたが、この場合はどうなるんだろう…、まぁどうでもいいか
「僕に出来ることはないかな!エリスさん!、そいつらがエイト・ソーサラーズを決める聖夜祭に乱入するなら 僕の敵 いや この国の役者全員の敵だよ!」
「難しいですね…、今回ばかりはちょっとナリアさんに出来ることはありません、相手が危険過ぎます 奴らは人なんか平気で殺す恐ろしい連中で…」
「でも、エリスさんはそんな恐ろしい人達と戦ってるんだよね…、みんなエリスさんに任せるなんて 僕は…」
「ナリアさん…わかってください、奴らは危険なんです、戦闘技能を持たないあの場に連れて行くことなんかできません」
「それは…そう…だけど」
キツい言い方にはなるが、ナリアさんは弱い ラグナやメルクさん達とは違う、確かに魔術陣を扱う腕前はある、だがそれだけだ …命を賭け皿に乗せるような世界になんか連れていけない
ましてや相手は大いなるアルカナの主力部隊 そして最強の五人の一角、いや No.19ってことは組織の中でもトップスリーに入る強さなんだ レーシュは、世界的に暗躍する大いなるアルカナという組織 その三番目と言えばその実力の高さはもはや災害級だ
「すみません、ではエリス ちょっとヘレナさんとお話ししてきますね、ナリアさんは先に帰って公演の支度をしていてください」
「今日は公演はお休みだよ、街中であんなことがあったばかりだから」
「あ…そうですか、分かりました では先に帰っていてください、行きましょう 師匠」
「ん?…ああ、ではな サトゥルナリア」
「…うん」
突き放すように言わなければナリアさんは意地でも付いてきそうだった、彼は優しい 優しすぎる、しかし、その結果優しさが仇になって命を落とすようなこと あっていいわけがないんだ…
軽く一礼をして、師匠を連れてヘレナさんの元へと向かう、ともかくこの状況を共有しなければ
「…………」
エリスが去った部屋の中 サトゥルナリアは一人服の裾を掴む、昨日のエリスの傷を思い出しているのだ
昨日 マリアニール様に担ぎ込まれて来たエリスさんは 全身に火傷を負い 打撲や切り傷で信じられないくらいの重傷を負っていた、この状態になってもさっきまで意識があった痕跡があるというのだから凄まじいが…、その傷を見たサトゥルナリアはショックを受けていた
エリスさんが、あの炎を操る二人組と相対した時、心の何処かでは大丈夫だろうと安心していた、エリスさんは凄まじく強い マリアニールさんやヘレナさんが信頼を置いていて 、なんでも出来る超人 それがエリスさんだと思ってた
だから彼女が逃げろといったときも、心の何処かでは あっという間に敵を倒して無傷で戻ってくる そんな幻想を抱いていたのは事実だ
けど実際は違った、死にかけていた 後から見たが広場の惨状は凄まじかった、とても人間が暴れたとは思えない惨状、それほどまでに危ない相手を前にエリスさんは何の躊躇いもなく挑んで撃退してみせた
けど死にかけたんだ、危うく死んでいたんだ…僕は己を呪った、馬鹿で鈍感で呑気で無力な己を、自分に少しでも戦う力があったならエリスさんと共にあの場に残れたかもしれない、そうすればエリスさんもあんな重傷を負わず済んだかもしれない
危うく死にかけたのは本人も一番よく分かってるだろうに、それでもエリスさんはまた一人で戦おうとしている、力になりたいが僕に力はない…僕に力は…
「僕に…戦う力があれば…」
小さく呟き、決意を秘めた目で…サトゥルナリアは向かう、力さえあればと 力を求めて…あの人の場所へ
………………………………………………………………
エリスが師匠と共にヘレナさんのところに…玉座の間に向かえば,そこは異様なほど重苦しい沈黙に包まれていた
いつもならこう…どこからともなく陽気なファンファーレが響いているのに、今はどこか物悲しげなバラードだ
「あ あの、お邪魔しまーす」
なんて人の部屋入るみたいなテンションで玉座の間の扉を開きながら中に踏み込む、その奥…玉座の前の階段に俯くように座っているのはヘレナさんだ
ヘレナさんはエリスの声を聞くなり顔を上げ
「エリス…無事だったか、いや良かった…」
「師匠のおかげでなんとか一命は…、そちらも被害が無いようで良かったです」
「ああ、被害はない…、本当に君のおかげだ ありがとう、あの炎から君が庇ってくれなければ私は今頃死んでいた」
ゆったりと立ち上がりながらエリスの体を抱きしめるヘレナさんの体に力はない、見れば目の下に隈も出来ている、恐らく 昨日の件を解決しようと寝ないで行動していたんだろう…
「しかし、起きて早々で悪いが 状況の説明を頼めるかな、あれは何だ…エリスは何か知ってる感じだろうか」
「はい、奴らは大いなるアルカナといって…」
ナリアさんたちにした説明と同じように、されどもう少し詳しく説明する、大いなるアルカナ 太陽のレーシュ、そしてその目的を…
それを聞くなり彼女の顔は赤くなったり青くなったりと目まぐるしく顔色を変え、そして
「つまり奴らの目的は 私」
「はい、その命を狙い 一ヶ月後の聖夜祭を襲撃すると言っていました」
「……そうか、そっか 私が狙いか…」
そう 脱力して、床にぺたんと座り込み
「何となく察していたが、そうか…奴らは私を狙ってこの国に、私の浅はかな嘘が原因で…」
む、そういう言い方は良くないな、確かに因果関係を分解していけばそうなるが、だがアルカナが閃光の魔女の弟子を警戒している事に変わりはない、ヘレナさんが嘘をつかなくてもいつかこの国を訪れていた
「なぁエリス、私が身を差し出したら 奴らは諦めてくれるかな」
「それはありません、奴の真の狙いは魔女プロキオン様です、ヘレナさんを殺しても 次はプロキオン様を殺すため、この国で暴れるでしょう」
「そうか、そうだよな…はぁ、恐ろしい者を招き入れてしまったな、それによりにもよって一ヶ月後か、この国で五本の指に入る大切な日に…」
「あの、ヘレナさん さっきも言いましたが奴らの狙いはヘレナさんで、ヘレナさんを殺すため一ヶ月後の次期エイト・ソーサラーズ発表の場に現れます、…こう言ってはなんですが延期や中止は」
「出来ない、出来ないよ…あれはこの国にとって重要なものだ、他から見ればただのお祭りだろうが、この国にとっては転換点なんだ、それを犯罪者の襲撃に怯えて延期しましたと言えば、この後の五年は慚愧と諦念に満ちたものになる」
それは王族として避けたい と答えるそのヘレナさんの言葉はなんとなく予測できたものだ、それはこの国で過ごしたからこそ分かる
この国にとって芸術とは全てだ、つまりエイト・ソーサラーズの如何は全てなのだ、それが対外的脅威によって台無しにされたとあれば、いくらヘレナさんが無事でも意味がない
…それにな、エリスの薄暗い部分がほくそ笑む、やめてもらっちゃ困る…エイト・ソーサラーズはナリアさんの夢、それに もしイベントが中止になれば次のレーシュの動向が掴めなくなる
あいつと再戦できなくなる
「分かりました、では一ヶ月後 来たるレーシュ撃退はエリスに任せてください」
「分かったよ、任せる…正直こちらも手一杯だ、申し出は助かる…、だからこそ 最大限の援助はする、と言ってもこのくらいだが」
そう言いながらヘレナさんは脇に置いてあった書類を手に取りエリスに渡し…なにこれ
「なんですかこれ」
「恐らくレーシュに関する情報だ」
「え!?なんでそんなもの持ってるんですか!」
「…先程帝国の使者が訪ねてきた、帝国側も今立て込んでるから今回の件で軍の援助はできないが心ばかりにとね」
「それでレーシュの情報を渡してきたんですか?、幾ら何でも早過ぎません?、レーシュが現れたのは昨日ですよ?、そんなの事前に情報を掴んで隠していたとしか…」
「いや、あり得るぞ エリス…」
ふと、師匠が口を開く あり得るって…なにが?
「カノープスが得意とするのは時空魔術、時と空間を操る魔術…それを使えばレーシュの存在を確認してから国の書庫に戻り 情報を持ってまたこの国に戻ってくることもできる、一夜のうちにな」
時空魔術…それがカノープスが扱う魔術であることは随分前に聞いていた、エリス達が今まで使ってたあの馬車、内部空間が拡張されたあの馬車も時空魔術によって広げられていたんだ
つまり、時空魔術の使い手であるカノープス様は時間と空間の制限に囚われることなく活動が出来ると…
「つまり、カノープス様がここに?」
「いえ、来たのは普通の帝国軍人でした、代理としてと言っていたので その人本人は関係ないかと」
「そう…か…」
だが、それでも想う…、レーシュとエリスの戦い あれを帝国側が確認していたのは間違いない、その上で情報だけ渡して静観か…
間違いなく、エリスの実力を見定めに来ていると見ていいな…、ニコラスさんの言った話は本当なんだ、エリスは帝国に監視されているのだろう
油断も隙もないな…
「いえ、でも情報はありがたく使わせてもらいます…、内容を拝見しても?」
「構わない、私はもう目を通したから」
「では…」
そう礼を言いながら書類に目を通せば…、レーシュなる人物の事が調べられる範囲で書かれていた
『大いなるアルカナ 幹部No.19 太陽のレーシュ』
『本名、ヘリオス・ヘリオガバルス 出身アンヘルの街 年齢39歳、性別 女性』
おっかねぇ、本名どころか詳しい年齢まで…、どうやって調べたんだ
『出身地であるアンヘルにて大量殺戮事件 アンヘルの悲劇を引き起こした張本人、絶大な戦闘技能と特異な性質を持ち 齢を20にしてアルカナの大幹部に就任、それ以降各地でゲリラ的に事件を起こしては追っ手さえも返り討ちにし各地を放浪している』
『得意とする魔術は炎熱光系魔術、そして闇と一体化する魔力覚醒、帝国側にて確認した限り 彼女が傷を負うことはあれど、敗北したことは皆無、また 魔力覚醒を行った後 傷を負った事もない、攻略法は現在調査中であり 接敵した場合は全力での逃走を推奨、その戦闘能力は魔女大国最高戦力クラスに匹敵…』
……なるほど、つまり帝国側もレーシュの攻略法は掴んでないってか、使えない資料だな…
いや、分かった事が一つある、レーシュの実力はグロリアーナさん達魔女大国最高戦力クラスに比類するということ、いや違うな レーシュなら魔女大国最高戦力の名を名乗れるってだけで 必ずしもグロリアーナさん達と同じくらい強いわけじゃないのか
だとしても絶望的だ、これだけの情報収集能力を持つ帝国でさえ 奴の闇の突破法は編み出せていないことになる、…これを突破しない限り勝ち目はないのに
「あんまり有用なことは書かれてないだろ?」
「そうですね、こんなもん押し付けて情報提供なんてヘソで茶が湧きます」
「レーシュを撃破するには帝国も少なくない戦力を割かねばならない、けれどそれは今できない …つまり我々でなんとかしろって 暗に言ってるのさ」
なるほど、まぁ この国で起こった事件はこの国のもの ならエリス達でなんとかするのが義理か
「ともあれ、貴重な情報ありがとうございます」
「いやいいよ、けどエリス…本当に頼んでいいのかな、敵は強い 恐ろしい、それを君に任せても」
「大丈夫ですよ、むしろ任せてくださいよ、レーシュ達が結局のところなにを考えていようとも、奴らの好きにさせたらナリアさんの夢が壊されてしまいますからね、エイト・ソーサラーズにナリアさんは必ず選ばれます その決定の場をぶち壊す奴は 誰であろうとも許せません」
聖夜祭が恙無く予定通り行われるなら レーシュ達はそこにやってくる、それを昨日みたいにぶち壊されてたまるか
なにをどうしたって 結局奴らはこの国の秩序を乱す、例えその日を延期しようが中止しようが、この国の秩序と平和を乱す為奴らは暴れる、芸術とは秩序の中育まれるのだ だからこそナリアさん達がのびのびと劇団をやってられる世界を エリスは守らなきゃいけない
それがエリスの責任だ
「ああ、サトゥルナリア夢はエリス姫になる事だったね、なら…なおの事予定は延期出来ないな、何せ エイト・ソーサラーズ発表の場は即ち 次期エリス姫を決定する場でもあるんだ」
「え?、そうなんですか?それはそれでまた別で審査をするとかではなく?」
「違う、エリス姫の決定法は一つ …エイト・ソーサラーズを発表するその場 その壇上にいる人間による投票、即ち 私と八人の役者がその場で適任者に指をさし 推薦が多かった者がエリス姫を演じるんだ」
エイト・ソーサラーズに無事選ばれ 壇上に上がる事が許された八人による推薦投票、それがその場で行われるのだ
なるほど、確かにそれじゃあエイト・ソーサラーズにならないといけないな、何せその壇上に上がらないとそもそも推薦する権利も推薦される権利も得られないわけだから、だからナリアさんはエリス姫になる為 エイト・ソーサラーズを目指しているんだな…
「じゃあなおの事ですね、奴らが理不尽な理由つけて邪魔しようとするならエリスが倒して返り討ちにしますから、安心しておいてください」
「よろしく頼むよ…一ヶ月後、また来るだろう奴らの襲撃 それまでにこちらも出来る限りのことはしておくから」
取り敢えずヘレナさんと話は出来た、彼女は例え命の危機に晒されても臆する事なく前に出るという、その方がナリアさんの夢も守れるしエリスも奴にリベンジ出来るから都合がいい
とはいえ、じゃあヘレナさんの身はどうなってもいいかと言われれば話は別なので、こちらはこちらで 別途で何か策を考えておく
まぁあ?、そこに何かプランがあるわけじゃありませんし なんならレーシュ打倒のプランもない、今の所完全にノープランだ
けど、…今回はエリスがなんとかするしかないんだ
いつも、アルカナや敵対勢力と戦う時は その国で行動を共にする仲間達と共にエリスは戦ってきた、アルクカースではラグナと デルセクトではメルクさんと コルスコルピではみんなと、けどこの国にはそういう人達はいない
行動を共にするクリストキントは戦えない、師匠も今は行動不能…今回戦えるのはエリスだけ、だからエリスがなんとかするしかないんだ
「では…、また何かあったら連絡しますね」
「頼むよ、私は 一ヶ月後までに荒れた広場を修繕して、せめて 恐怖の爪痕を記念すべき日までに持ち越さないよう 努力しよう」
ん、それじゃあエリスは一ヶ月後までにレーシュの攻略法を考えよう…と、踵を返し視線を後ろに向ければ
玉座の間のシャンデリアから発せられる光によって 大きく長く伸びるエリスの影が見える、…例え昼であっても 明るい部屋であっても影は出来る 闇は生まれる、そしてこの闇がある限り レーシュは無敵だ
闇と一体化…、それは即ち実態を無くすこと、闇の中実体化と非実体化を繰り返し 手の届かない所から一方的に攻め立てる奴のスタイルはまさしく無敵の戦法、ここまで理不尽な奴と戦うのも初めてだな
「はぁ…」
玉座の間を出て 一人ため息をつく、どうやって攻略したらいいんだ、レーシュを
「どうした?エリス、あんなに勇ましい顔をしていたとも思えばそんな情けないため息をついて」
「んぁ、師匠…いやぁ、大口叩いた割に レーシュの攻略法が思いつかなくて、なにも思いつかなければ いくら意気込んでも、多分エリスまた負けちゃうので…」
「だろうな、相手はお前より上手なんだろう?」
「はい、それに闇と一体化して 攻撃が当たらない所から一方的に攻撃してくるんですよ、どうすればいいですかね」
「闇と一体化?、なるほど 典型的な回避特化型の覚醒か…、そういう回避特化型の覚醒は面倒ではあるが、その回避を潰す方法さえ確立すれば 然程強いものでもない」
とは言いますがね師匠…、いや 多分師匠も若い頃戦っているんだ、エリスよりももっと理不尽な相手と、だから師匠は信じてる エリスがレーシュを乗り越えられることを
「そうですよねぇ、あぁ 師匠…なんかこう いい魔術ありませんか?、夜を昼にする魔術とか」
「無い事は無いが、それは超高度な星辰魔術の類だ、私は使えんし 多分お前も無理、使えるのはシリウスくらいだ」
「ですよねぇ…」
裏を返せばシリウスは夜を昼に出来る…太陽の位置を自在に変えられるということだ、相変わらずめちゃくちゃだな
しかしなぁ、今の所レーシュの闇に対するな手立てが闇をなくすくらいしか思いつかないんだよ、いや 昼にしても同じか、闇が完全に消えることはない…でもだとするならどうしたら
「む?…」
「どうした?エリス?」
ふと、王城の中を歩いていると ふと、あることに気がつき足を止める
何か、聞こえる…
「何か聞こえます、言い合う声?…」
結構大きな声だ、それがこの洞穴のような廊下をガンガンと反響してここまで届く、反響し過ぎて誰がなにを言ってるか分からないが、声音から必死さが伝わってくる
「なんだ、こんな真昼間から言い合いか?」
「…ちょっと気になるので見に行きましょう」
「喧嘩の野次馬か?、行儀がいいとは言えんな」
それは分かるけど、でも気になるんだ…、これがただの言い合いならエリスは無視して進んだだろう、だがなんとなく無視出来ないという事は …きっと
「こっちの方かな…」
廊下を二、三度曲がり その奥の中庭らしき場所に出る、雪で化粧した庭園の植物達の美しさたるや、筆の扱いに覚えのないエリスでさえ創作意欲が掻き立てられるほどだ、この景色を絵にしたい 歌にしたい
そう思えるくらい美しい庭先にて、二人の影が言い合いを…いや 一人が一方的に叫んでいる
「マリアニール様!僕に攻撃用の魔術陣と剣術を教えてください!」
「…困りましたね…」
ナリアさんだ、ナリアさんとマリアニールさんが話をしている…、攻撃用の魔術陣って ナリアさんなんでそんなものを
「何故攻撃用の魔術陣や剣術など欲しがるのです、特に攻性魔術陣は危険な代物 演劇で使う事は法律で禁じられています」
「演劇では使いません…」
「なら何故ですか?」
「僕も…エリスさんみたいに人を守れるようになりたいから、エリスさんを守れるようになりたいから、次また あんな事が起きた時、エリスさんを盾にして逃げるような真似 もうしたくないから」
…っ、奥歯を噛み 感情がぐちゃぐちゃに入り乱れるのを防ぎ、努めて冷静であろうとする
別にエリスは誰かに助けてもらおうなど考えていないという怒り
彼にそこまでの責任を負わせてしまっている悲しみ
彼の気持ちを蔑ろにし突っぱねたエリスの無責任さへの後悔
そこまでエリスのことを想ってくれている喜び
何より、…ああ、やはり悲しい 悲しいよ 何より
だって、戦闘の心得の無い彼にエリスは今 剣を持たせるまで追い詰めてしまっている、エリスが不甲斐ないばかりに、役者である彼を劇場ではなく戦場に出す決意を抱かせてしまっている
止めに入ろうか?、いやでも…エリスが何か言っても余計ややこしくなるだけでは
「なにを言い出すかと思えば…、彼女を守れる男になりたいと?」
「はい!僕はエリスさんと友達でいたい、そこに負い目も後悔も挟みたく無い!」
「言わんとする事は分かります、ですが無理です 諦めなさい」
「なんでですか…!」
「攻撃魔術を覚えても、剣術を会得しても、今の貴方では足手まといにしかならないからですよ」
「……そ そんなの…」
だがマリアニールさんは応じる気はないようだ、戦うとは危険な事だ、ともすれば死ぬ ともすれば消えない傷を負うことになる、その覚悟が伴わないのに戦う力だけ得ても 意味がないのだ
マリアニールさんの言葉を受けて言い澱み俯くナリアさんこそ、その言葉の意味を深く理解しているだろう
「…サトゥルナリア、いいですか?もし仮に貴方がここで攻撃を可能とする魔術陣を得て その身を鎧で纏い 剣片手にエリスの前に出たところで、エリスを守る事には繋がりません…エリスは傷つくだけでしょう」
「な なんで…」
「それを貴方に望んで無いからです、エリスは貴方に夢を叶えて欲しくてここまでやってるんですから、それを己の力不足から貴方に戦いをさせたとあれば エリスは挫けてしまうでしょう、それを守るとは言わないんです」
…言いたい事全部言ってくれたな、確かに守りたい 一緒に戦いたいと言ってくれるのはありがたいと思う、けど エリスはナリアさんにはナリアさんのままでいて欲しい、エリスのエゴだけど、エリスのことなんかより夢を追いかけて欲しい
ナリアさんが剣を持って戦うところなんか見たく無いんだよ、エリスは
「…っ…」
「もし、エリスを守りたい 彼女の力になりたいと思うなら、今の貴方が持つ力と貴方という人間が持ち得るもので 出来ることをして力になるべきです、分かりましたか?」
「僕に出来ること?…」
「ええ、貴方は役者…それで出来ることと伝えるべきことで鼓舞するべきです、それがエリスの為になる 貴方のためにも…、それがきっと後悔しない決断となるでしょう」
そう言いながらマリアニールさんは背を向け、雪のささめく空を見て、白いため息を吐くと
「…はっきり言いましょう、私は 騎士になったことを後悔してるんです」
「え?、なんでですか…」
「私が騎士になった理由は一つ…我が友にして我が全て ハーメアを守る為、彼女を狙う悪漢全てから私がこの手で守れるようになる為、剣を覚えて 騎士になったんです」
するとマリアニールさんは語る、己の過去とナリアさんの今の境遇を重ねて、失敗の前例として己の人生を…
曰く…マリアニールとハーメアは同じ孤児院出身の間柄であり、半ば姉妹のような友人関係だったらしい
引っ込み思案で人の目を向けられるのを嫌うマリアニールと、大胆で快活 行動的なハーメアは水と油のようでいて、その実噛み合った関係であった
マリアニールが言うにハーメアは常に自分の手を引いてあちこちに連れて行ってくれた、どこに行くにも私を共に連れて行った、どんな奴からも守ってくれた どんな悲しみもその頭を撫でて慰めてくれたと
そんな彼女を守りたかった…、そんな彼女の力になりたかった、そう感じたマリアニールは人生で初めてハーメアに内緒で行動し剣の修行をし、そして
…騎士になった、幸いな事にハーメアには抜群の騎士の才能があった、まだ十代そこそこの年齢でありながら既に次期悲劇の騎士と呼ばれる程に
そうしてハーメアを守る力を手に入れたマリアニールは嬉々としてハーメアに報告した、剣を腰に 体に鎧を、これで貴方を守れるよう…と
しかし、ハーメアはマリアニールを讃えるどころか 顔を青くして怒り悲しみ
『嬉しく無い、どうして友が私の為に一方的に傷つこうとしているのを見て喜べるの?、私達は二人で今まで助け合ってきたじゃ無い…、なのに どうして遠くへ行こうとするの?マリア』
愕然とした、守られていると感じていたのは自分だけだった、ハーメアはマリアニールと二人で今まで助け合って生きてきたつもりだったんだ、なのに マリアニールが騎士になり自分の為に傷つこうとしている様を見て 彼女はショックを受けてしまったのだ
戦いたい守りたいと言う感情は自分の独りよがりだった、元の関係のままで我々は十分に上手くやれていた そう感じたものの、時は既に遅く ハーメアは全てを捨ててこの国を発ってしまった
自分を守る為にマリアが傷つくなら 私はここから立ち去ると言い残して、…今度は連れて行ってくれなかった
そうして…マリアニールは親友と永遠に別れる事になったのだ、剣を握ることなんて相手は望んでいない 守るとは戦うことだけでは無いんだと、思い知らされた
「それで…ハーメア様は」
「風の噂では、カストリアに向かったと…そこから先は分かりません、でも 亡くなったとは聞かされました」
「そんな…!!」
そうか、マリアニールとハーメアはかなり深い関係だった ってのは分かったけど、エリス的にはハーメアがわがまま言ったように聞こえるけど
いや、こう言う時は立場を置き換えて考えよう、これがエリスとナリアさんだったら…うん、エリスもナリアさんと距離を置くかも、エリスと一緒にいるせいでそんな決断をしてしまったなら、エリスは側にいない方がいいと思うから
「…ですのでサトゥルナリア、必ずしも武器を持つことが 相手を守る事には繋がらないんです、側にいてやれることをやる それだけで十分なんです」
「……分かりました」
その言葉を受けてか、ナリアさんは納得して帰路につく…、そんなナリアさんの背にマリアニールさんは目を向け
「それでももし 誰かの為に戦いたいと言うのなら」
「……?」
「役者として戦いなさい、貴方の武器は剣でも魔術でも無い 演技なのだから」
「演技…それが、僕の武器…」
「ええ、その方がきっと 上手く行くでしょう」
「…はい、ありがとうございます、お陰で何をすべきか分かりました」
もう迷いません とそれだけ言い残しナリアさんは…やべっ!こっち来る!、めちゃくちゃ顔合わせ辛いんだけど!…
「…………………………」
……………………行ったかな?、思わず隠れちゃったけど…
「いやいや、流石にあの現場を見てましたってのは…ちょっと居心地が悪いですよね、うん」
「なら興味本位で覗き見をしなけれな良いだろうに…」
「しょうがないじゃ無いですか、あんな大切な話してると思わなかったんですもん」
ジトーッと視線を向ける師匠から目を逸らす、だってだって エリスのために戦う!って言ってくれてるとは思わなかったし、エリスの所為であそこまで思いつめさせてるとは思わなかったし、ぶーぶー
「エリス殿」
「ぎぇゃぁっ!?」
思わず飛び跳ね悲鳴をあげる、やっべ 今のナリアさんに聞かれてないよな?うん?行った?よかったぁって!
「マリアニールさん…!」
「見ていたのですね、さっきの」
「えぇっと、はい…すみません」
「いいんですよ、サトゥルナリアは気がついていませんでしたが、…私は貴方が見ていると知って話していましたから」
気がついていたか、まぁ ナリアさんはともかくこの人はこの国一番の騎士だし そのくらいできて当然か
「………………」
「………………」
気まずい、なんでこの人エリスのことじっと見てるんだろう、もしかして盗み見していたことを責めてるのかな、だとしたら口で言って欲しいなぁ…、でもエリスも好きで盗み見盗み聞きをしたわけじゃ無い、自称盗み聞き大好きのアマルトさんとは違うんだ
「すみません、盗み見をするつもりはなかったんです」
「いえ、そこはいいですさっきも言いましたが、貴方がいるつもりで話はしたから、私の過去 ハーメアのことを」
「……そうですか」
「はい、何故か分かりますか?」
「え?」
何故か?何故かってエリスがいるからハーメアの過去を話した理由の事?、わかるわけないよ エリスは人の心なんか読めないから
「分かりません」
「…私はやはり、貴方とハーメアが全く関係ない とは思えないのです、エリス殿 失礼を承知で聞きます、貴方はやはりハーメアの娘なのでは?」
「……………」
「もしそうだとするならハーメアは今どこに?、貴方はハーメアの話をする都度顔色を変えます、全く 何も知らない人間の名前を聞いてそう反応を見せるわけがない、エリス殿…お願いします 真実を答えてください!」
マリアニールさんがエリスの肩を掴む、教えてくれと だからハーメアの話をしたのだと、エリスがハーメアの娘だと悟ったから、その反応を見るために…或いは自分のハーメアへの思いを伝えるために
「エリスとハーメアは全く関係ありま…」
「エリスはハーメアの娘だ、似てるのも無理はない」
「ッッ…!?師匠!!」
ああ、初めてかもしれない エリスがここまで怒りを込めて師匠の名を呼んだのは、だって エリスが隠そうとすることを師匠は無遠慮にも…
だが、師匠はその声に応えるようにギロリとこちらを睨み
「エリス、お前の気持ちは分かるが いい加減にしたらどうだ、お前もかつてほどハーメアを憎んでいるわけじゃないんだろう、ならここでその決着をつけるべきだ、過去から逃げるな」
っ…それは、エリスがアマルトさんに言った言葉、そう…だな アマルトさんに偉そうに言ったなら、エリスも過去から逃げるわけにはいかないか
師匠の言う通りだ、エリスはハーメアに苦手意識を持っている、けど恨みはない 昔ほど恨んでない、小さい頃は捨てられた 見殺しにされたと恨んだが、今はむしろハーメアは悪くないとさえ思う
エリスをあの地獄に置いていった事、エリスを捨てて新しい家族を作りスティクスというエリスの代わりを可愛がった事、大きくなった今なら許すまでとは言わずとも その心に一定の理解をすることが出来る
なにせ、遠い異国に旅立ち 山賊に襲われこの上なく悪卑下劣なゴミ貴族に奴隷にされ、望まぬ子を生まされたのだ、例えその子供を捨てて 誰が責められようか、ハーメアも必死だったのだから
「…やはり、貴方は ハーメアの子供…、嗚呼…嗚呼、そう そうですか」
ボロボロと涙を流し膝から崩れ、エリスの頬を撫でるマリアニールさんの目には ハーメアの顔が映っている、どこか困惑しているハーメアとそっくりの顔が
「しかし、エリス…貴方がハーメアの子だとするならハーメアはどこへ?、もしかして貴方を残して」
「……分かりました、ハーメアの友だと言う貴方にはお話しします、けど あんまりいい話ではありませんよ?」
「構いません、お願いします」
「では………」
話す、ハーメアが辿った結末とエリスの今までの いや エリスがエリスになる前の人生を
山賊に襲われハーメアは死んだとマリアニールは言うが、実際は違う…
山賊に襲われ奴隷となり その性根から容姿風貌 頭の先から爪の先 心と脳内に至るまで何もかもが薄汚く下劣で野蛮で浅慮で愚かで口を開けば痰カス並みに鄙陋かつ品性のかけらも無い事しか言わず浅ましい残飯に群がるハエより下等で生きている事自体が全世界の何かしらの法に抵触する禁錮千五百年級のゴミカスの如き下等存在の低俗で卑劣で姑息で野卑で悪俗的な蛆虫ゴミクズ貴族に買われてしまったのだ
そんなこの世の全ての人間の賤しい部分を煮詰めて作ったような男と望まぬ子を生まされた、そして…それがエリスであることを話す、勿論 その後ハーメアがエリスを捨てて逃げ出し マレウスにて新しい家庭を築き そしてその家族を残し病没した事もまた…
「そ…そんな…じゃあハーメアは…ハーメアは…!」
「はい、その存在を汚され 病に倒れたのです」
「ッッ…………」
その言葉を聞き更に崩れ落ちるマリアニール、まさかそんな悲惨な人生をハーメアが送っていたなんて と、涙をボロボロ流しながら声もなく悲しむ、無理もない エリスも分かる…ハーメアの人生はもはや名前を呼ぶ事さえ嫌になるあの男によって潰されたも同然なのだから
「…………エリス、その男は…その貴族は、何処にいる」
「死にましたよ、ねぇ?師匠」
「そこはわたしが確認している、馬車ごと崖から転落して死んだ、死体は埋葬済みだ」
「そうか…もう、ハーメアもそれを苦しめた男もこの世にはいないか」
虚しそうにマリアニールさんは立ち上がると エリスを見て……
「そしてその二人の子が君か、エリス」
「ええ、エリスはハーメアとその貴族の間の子です、…恨まれても文句は言えません、エリスはあの男の血を半分継いでるんですから」
「だが半分はハーメアの血を継いでいて 君はハーメアの子だ、エリス・ディスパテルよ」
と、言うなり マリアニールさんはエリスに抱きつき、その頭を撫でて…
「辛かったな、辛かっただろう…、君がそのような環境で生まれたとも知らず私は…なんと無力な、可哀想に」
「ちょっ!?え エリスはハーメアから捨てられた子ですよ、ディスパテルの名を継いだ子は今もマレウスにいます、可愛がるならそちらに…」
「君もハーメアの子だ!、確かにハーメアに思うところはあるだろう、ハーメアを恨む気持ち分かる、だが…だが…、きっとハーメアも身を切る思いだった筈だ、君を本当は連れて行きたかった筈だ、ハーメアはそう言う人なんだ」
「貴方もハーメアに置いていかれたじゃないですか、なのに…」
「だからこそだよ、だからこそ辛さも分かる…最初は私も裏切られた気持ちだったから、でも 今は違う 君もいつか分かる、母とは子を愛するものさ」
…………そこはなんとも言えないけれど、でも確かにエリスはあの時ハーメアの愛を感じて…
「だからエリス、今日から君はエリス・モリディアーニと名乗りなさい」
ん?、なんて? 唐突に挟み込まれた情報に目が丸くなる、今なんて言った?モリディアーニ?ってマリアニールさんの姓だよな、それをエリスが名乗るってことはつまり…
「いやなんで?」
「ハーメアは我が半身 つまり、半身の子ということは君は我が子だ、私の子供になりなさい、母がもう寂しいはさせないよ」
「いやいやいやいや!なんで!?なんでそうなるの!?」
「だから君はハーメアの子なんだろ?」
「は はい」
「だから君は私の子だ」
「ロジックがジャンプしてますよ!!」
「じゃあ父でもいい」
「どう言う妥協点ですか!?、むしろそれでエリスが納得すると思ってるんならエリスそっちの方が怖いです!」
何言ってんのこの人!?、そんな父とか母とか!?、まぁ親友の子だから面倒を見たい気持ちはわかる、だが母を名乗るな そこは違うよ!
何かの冗談かと思ったらこの人 目がマジだ…
「おい待て!、エリスはわたしの子だ!、勝手に母を名乗るな!」
「おやレグルス様が今の母でしたか、でしたら私は父です、夫婦としてこれから我が子を支えて行きましょう」
「勝手にわたしと結婚するな!、お前どうかしてるんじゃないか!」
「私はエリスの親になりたいんですよ、ハーメアの子を一人には出来ませんよ!我妻!」
「夫婦ヅラするな!!!」
なんかとんでもない事になったな、ここに来てこの人がこんな暴走の仕方をすると誰が予見できようか、エリスも師匠も面食らってなんか一周回りこの人の事尊敬しそうだ
…そんなに、ハーメアのことを気にかけ、エリスの事さえも受け入れようとする姿勢は、凄まじいとさえ思える…
「…エリス」
「なんですか?マリアニールさん」
「愛しい我が子よ、今までよく頑張ってね…えらいえらい」
そう 乗せられる手は暖かで…、あの時のハーメアの顔を想起させる、もし エリスとハーメアに何もければ こうだったのかな、なんて
エリスは今になって、やはり 寂しくなるのであった、母に会いたいとかではない
ただやはり…、ハーメアともう一度話したい されど彼女がもうこの世にいないと言う事実が、寂しいんだ…
まぁ、エリスには今 師匠という母がいるので、泣いたりはしませんがね?、泣いたりはしませんが師匠 ちょっとだけ抱きつかせてくださいね、ちょっとだけですから
………………………………………………………………
「僕に出来ること 僕に出来ること…、なんだろう やっぱり今はエイト・ソーサラーズに専念すべきなのかな、でもそれどころじゃ…いやそれどころってなんだよ、僕にとっては一番大切なことだろ…エリスさんはそれをわかってるから僕を守ってくれてるんだ…」
一人、ブツブツと呟きながら足早に街を歩き去るサトゥルナリアは顎に指を当てながら考え歩く
マリアニール様相手に言われた言葉、力を得ることだけが戦いじゃない、僕は僕に出来ることでエリスさんを なにかを守れるんだ、でも僕に出来ることなんて演じることだけ…舞台の外じゃ役者は無力
…僕に一体何が出来るのか、エイト・ソーサラーズ最終審査を前に僕はただ一人悩み抜いていた、エリスさんのために何かしたいと…助けられっぱなしは嫌だと
「…うん、とにかく僕に出来ることで手伝うしかないか、僕 今から強くなれるわけじゃないしね」
よし!と気合を入れて前を向いた瞬間…
「ひゃっ!?」
「おっと」
ぶつかってしまった、前から来た人に 肩でぶつかる、貧弱なサトゥルナリアは肩でぶつかっただけでグラリと態勢を崩しあわや地面へ真っ逆さま…、と思いきや
「失礼、大丈夫でございますか?」
「ほぇ?」
受け止められた、やわかな手にナリアは甲斐甲斐しく抱き止められる、まるで舞台上の姫と王子のように、まぁ受け止められているのは男のナリアだ姫扱いはもう慣れてるし…
って!
「ああ!、すみません!考え事していて!」
「いえ、私も些か不注意が過ぎました、この国ははちゃめちゃに大変面白く あちらへこちらへ目が移ってしまい、大変な粗相を」
受け止めてくれたのは女性だった、妙なまでに恭しい口調が特徴の…、と その顔を見てナリアは息を呑む
(き 綺麗な人だ…)
それは戦慄であった、あまりにも美しい 舞台に立てば忽ちスターへと駆けあがれるほどの、凄まじい美しさだ
クリーム色の長髪はゆらりと風に揺れる、これはかなり手を入れて研ぎ荒ませている証拠だろう、あまりに柔らかで見ているだけでいい香りがしそうだ
目鼻立ちもかなり纏まっていて、柔らかな優しさを感じつつもキリリとした凛々しさが伝わってくる、しかもこの肌…かなり化粧に気を使っている
二重の下の桃色の目もそれを彩る睫毛も、うぐっ…美しい、対抗意識が湧いてしまうほどに美しい、ここまで整った顔はエリスさん以来だ…、何者なんだ この人
「この国って、もしかして旅人さんですか?」
「はい、私はこちらの国で今行われているエイト・ソーサラーズ候補選の様子がどのようなものか観覧する為に参りましたが、些か遅刻してしまったようで いやはや残念」
ナリアを優しく起こすと共にピシッとコートを整える、その姿は所謂旅装、エリスさんのそれより少しだけ旅行方面に寄ったお気楽な格好だが、そこに気軽さを感じないのは彼女の凛々しさ由来だろう
「でもまだ候補選自体は終わっていないです、一ヶ月後に最終審査が終わるその時は 盛大にお祝いするので、その時まで待ってもらえれば楽しめると思います」
「それは良かった、では一ヶ月間この街にて過ごすといたしましょう、はてさて ではその間何処かの劇でも見ようと思うのですが…」
そう言いながら皮の手帳を取り出しながらふむふむと彼女は考えるが…、あれ? 今その手帳、何処から出した?
懐から?いやでも懐に手を入れてないよな、おかしいな…
「おおそうだ、最近人気のクリストキント劇団に向かいたいのですが 何処に劇場があるか知っていますでしょうか」
「え!?クリストキントに!?」
「ええ、何か問題でも」
その凛々しい目が細められる…、いや問題はないけれど…
「すみません、今色々ありまして しばらくお休みする予定なんですよ」
「ほう、その口ぶりからすると貴方は」
「はい、クリストキント劇団のナリアって言います」
これは有名人ですね と軽く微笑むと彼女はパタンと手帳を閉じると…
「そうですか、いや 残念でした、出来れば見ておきたかったのですがね…、エリスなる役者の顔を…」
「エリスさんに会いたいんですか?、でしたら 今から劇場に来ていただければ…」
「いえ、結構です ただ会いたいからと休館中の劇場に押し寄せるのはやや無礼というもの、また劇場が開いた時お邪魔させていただきます」
とコートの裾を摘みながら一礼する、所謂カテーシーというやつだ、舞台ではバレエなどで用いられる挨拶ですよね、けどこれを日常一般的にするのは、確か…
「では、私はこれにて失礼、有意義なお話聞かせていただき、感謝致します」
「いえ、…あの 名前だけでも聞いてもいいですか?」
ふと、聞いてしまう 名前を、それ聞き 彼女は一瞬無表情でこちらを見たかと思えば にこりと再び愛らしい笑みを浮かべ
「あ そのすみません、ただ次劇場に来ていただいた時に エリスさんに紹介したくて」
「ありがとうございます、では…」
そう言って 彼女は僕の目を見る、射抜くのような 貫ぬくような、そんな鋭い視線で…こう名乗る
「私はメグ、メグ・ジャバウォックと申します」
「メグさんですね、分かりました 覚えておきます」
「それはありがたい、では…一ヶ月後 楽しみにしていますね」
別れを告げ 踵を返すその動きさえも綺麗なんだからびっくりしちゃうなぁ、あんな綺麗な人もいるんだなぁ、舞台に立ったら凄いだろうに…、そういえば旅してきたって言ってたけど 何処からだろう
まぁ、十中八九帝国かな…まぁいいや、ともあれ劇場に戻って エリスさんの役に立てることを探して、それで…エイト・ソーサラーズの件も 頑張ろう!