192.孤独の魔女と不正不平の不幸平
マルフレッドは間違いなく不正をしている、どのような不正かは分からないが 入っているはずのナリアさんの票が消えているんだ、周りの街人の話を聞けば どうやら今回は他の有力な候補者達の票の伸びも異様に悪く、代わりにコルネリアだけが常軌を逸して伸びているらしい
既に、若かりし頃のエフェリーネさんが叩き出した歴代最高得票数を大幅に上回るほど、こんな得票数は見たことがないという
やってる、不正をやってる…そう感じたエリスはそのまま集計を担当する人間の下まで走りこう言った
『今回の投票はどう考えてもおかしい、何か 不正があるのでないか』
と、しかし 集計係や裁定役はエリスの話を鼻で笑い
『自分の応援する候補が負けているとみんなそういうんだ、投票は公正で不正はあり得ない』
ってさ、いやいや じゃあナリアさんの票は何処へ消えたんだ、コルネリアさんのあの異様な得票はどう説明するんだ、見ればエリスだけではなく 多くの市民達が疑問を呈して何かあるのではないかと疑り 集計役達に文句を言いに来ている
しかし、あの集計役の異常なまでに頑なな態度を見るに…、恐らく こいつら買収されてる、それかもしくはマルフレッドの息のかかった人間と集計役が入れ替えられているか
こいつらに言っても無駄だ、ならもういっそマルフレッドの所に怒鳴り込んで卑怯者はぶちのめそうかと考えた…が
そこで脳裏に過ぎる、エリスは以前 これと同じ事をして失敗している、ピエールさんの件だ、ロクに確認をせず 怒鳴り込んだ結果、事態は大幅に悪化した
現にマルフレッドが不正をしたという証拠は何処にもない、これで乗り込んでもマルフレッドはすっとぼけるだけで何の解決もしない、ましてやクリストキントの劇団員であるエリスが他所の劇場で暴力なんて振るおうものなら余計事態は悪くなる
悔しいが、今は何も出来ない…、マルフレッドは相当用意周到に不正をしている、少なくとも 周りに不正だとバレても問題ないくらいには準備している
腹ただしい、腹ただしいがいっそ一周回って感心する、ここまで汚い奴だとむしろ感謝してしまう、これはもうやってしまっても罪悪感は湧いてこない
されど、拳で打ち据えるのは違う 幼稚だ、そうですよ 幼稚です、暴力で解決なんて、エリスはもう子供じゃないんです、16…いやもうすぐ17か、大人ですよ 大人
つまり、これからは子供のやり方ではなく 大人ほどやり方で相手をぶちのめす必要がある、つまり公表だ、言い逃れられたいだけ公表しまくってマルフレッドの社会的地位を叩き落とす!
…見ていろよ、マルフレッド…そっちがその気なら こっちにだって考えがあるかんな!!!!
「ふんすっ!」
とりあえず今日は劇場に帰って演劇の準備をしよう、いくら相手が不正をしてるからって ここで全部投げ出して行動をしてはなにもかも台無し、相手の思うツボな気がする、なのでやることやってからヤっちまうつもりだ
なんて、鼻息荒く歩いていると…ふと、広場の掲示板前に出来る人混みの中に、見覚えのある後ろ姿を見つける
「あれは…、いや」
そのすらりと伸びる後ろ姿を見て一瞬声をかけようかと思ったけど、やめた あの人に外で話しかけるのは憚られる、何せあの人は…
「………………」
ローブを羽織り 姿を隠すようなその出で立ち、見るからに怪しい不審者は人の目を避けるように掲示板を見つめるその影の正体にエリスは思い当たる節がある
たしかに身を隠すのは完璧だ、だけど 見えてる…その腕から、覗いている 金のブレスレットが
「っ……」
あれは間違いない、コルネリアさんだ コルネリア・フェルメール、今 この候補選を中心に巻き起こる不正事件の渦中の人物、それが掲示板の己の名前を見上げてじっとしているんだ
何をしてるんだ、己の確固たる不動の成果を見て満足げ…ってわけじゃないのは、袖から覗く手が物語っている、激しく握りしめられ 違うと
この不正によって手に入った成果はコルネリアさんの望むべくところではないと、まぁそこは分かってますよ、コルネリアさんは役者として誰よりも真摯 これをやっているのはマルフレッドの独断…か
「…くそ…!」
するとコルネリアさんは一人足元の雪を蹴飛ばしながら何処かへと歩き去ってしまう、多分帰るんだろう…、もしここに居続け 正体がバレたら大変だしな
「しかし…」
まぁ どうしたもんかな、コルネリアさんの姿を見てたらなんか一気に冷静になっちゃった、これはコルネリアさん自身望んだ結果ではない
もしここでエリスがマルフレッドの企みを潰す為 不正を詳らかに世間に公表したとしよう、するとどうなる?一番苦しむのはコルネリアさんだ
だって一番見えるところに立ってるのがコルネリアさんだ、一番石を投げられるところに立っているのがコルネリアさんだ、裏で手を回した下劣な男はそそくさと退散しコルネリアさんだけが不正をしたという事実の中苦しみ後ろ指を指され続けることになる
今はまだ『疑念』の段階だからいい、けどこれが 民衆の抱く疑念が『確信』に変わったら、どうなるか分からない、許し難い なおの事許し難いぞマルフレッド
「…………やり方を変えましょうか」
冷静になってプランを練り直す、公表は出来ない もっと別の方法で対処しなければ…、エリスはナリアさんは勿論 コルネリアさんの夢も傷つけたくはない
出来るなら両者が何の遺恨も無くこの戦いを終えられるよう、邪魔な異物だけを排除するんだ
……………………………………………………………………
「と…言うことがありまして、どうしましょう 師匠」
と 意気込んだは良いものの、エリスだけではなんとも出来ない、ここは知恵を借りようと今日の公演を終えた夜、エリスは劇場内に備え付けられた居住区画にて本を読む師匠の元に急いだ
他所はどうかは知らないが、エトワールの劇団とは即ち劇場に寝泊まりするのが普通らしい、なので観客席と舞台の向こう側には小さな部屋がいくつも備え付けられており キッチンや暖炉まであるんだから便利だ…まぁ、壁は薄いのでクソ寒いが
「マルフレッドが不正をしていたか、ふむ」
師匠はエリスの話を聞き パタンとその本を閉じて…
「まぁお前の意見はわかる、一番手取り早いのはこの件を言い逃れ出来ないほどに大々的に公表し不正を叩きのめせば解決するには解決出来る、だがそれだけだ マルフレッドは何食わぬ顔で逃げ コルネリアだけが逃れられず 最悪役者としての人生を絶たれる可能性もある」
「ですよね…」
「故に、不正だけ解決しマルフレッドの悪巧みを表沙汰にせず解決したいと…」
「はい、出来れば なるべく早急に」
無茶を言うなと眉を顰められるが、この状況が長く続くのは非常に良くないのだ
ナリアさんの獲得票数はゼロ、これは不正が続く限り変わらない、もし…この結果を見た民衆が
『ああなんだ、やっぱサトゥルナリアってダメじゃん』
となったらいくら不正を解決しても票が入り難くなる可能性がある、人間は現金な生き物だ、勝ちそうな方に肩入れするし負けそうな方には近寄らない、よほど熱心なファンがいるなら別だが 悪いが今からそんな熱心なファンを作ってる暇はない
上位十五位に入るなら、流れを作る必要がある 票を入れやすい 注目を浴びやすい流れを、それを不正で潰されてはいけない
「何かいいアイデアか、良い魔術はないですか 師匠、なんかこう…悪い奴を一撃で改心させる魔術とか」
「そんな魔術があったらどれだけ良いか…、そうだなぁ」
師匠の前で踵を揃えて頭を下げながら頼み込む、エリスに思いつかないことはもう師匠に頼るより他にないんだ
「もし、わたしがお前の立場にいたら…取る行動は一つだ」
「なんですか?」
「暗殺だ」
ダメだな、それはダメだ…
「ダメですよ、殺しは」
「そうか?悪い手ではないと思うぞ?、悪事はバレなければ悪事に非ずと相手が言うのなら こちらもその手に出るだけだ、わたしなら 誰にもバレず人間一人社会から消すなど造作もない」
でしょうけども…とエリスは顔を上げ表情で訴えかけると
「フッ、安心しろ 飽くまでわたしならという話で、お前に殺しをしろと言っているわけではない、それに これは持論だが、物事の解決に殺しを持ち出した人間にはハッピーエンドは訪れない、お前が望むのは幸せな終わりだろ?」
「はい…、完全無欠の終わらせ方なんて この際求めません、ただ 遺恨の残らない終わらせ方が良いです」
甘いのはわかってるが、本音はこれだ、これを求めて足掻くべきなんだ、目的からして妥協してたら何も成せない
「そうだな、うーむ…マルフレッドが突かれて痛いところがあればな、そこを突けば奴も動かざるを得ない、上手く動かせば不正から手を引かせることもできよう」
「突かれて痛いところ?、おヘソでしょうか」
「あのビール腹を突くのはお前も嫌だろう?、だがエリス 冗談は置いておくとして、お前ならなんとかなるのではないか?、お前はどんな些細なことも記憶出来る、今までのエトワールでの旅の中に 何かヒントがあるかも知れん、考えてみなさい」
「今までの…、分かりました やってみます」
そう言われて近くの椅子に座る…、思えばエリスはいつも記憶の中から勝機を見出してきた 今回もそれと同じだ
「……ふぅー…」
両足の踵を地面にしっかりつけて膝についた手の上に顎を置き、下を覗き込むように視線を床に向ける…、完璧な考えるフォーム…集中集中
「…………」
一度目を閉じて 極限状態に入り 更に深く深く集中する、いくつも記憶が映像となり エリスの周囲で並列して再生される、それを全て観測しながら 使えそうな情報を抜き取り、それに関するワードを元にまた記憶を漁る
…マルフレッドが恐れる物と言えば、まず浮かんだのは コルネリアさんが言っていた『あの人』だ、そう マルフレッドがこのクリストキント劇場に殴り込みに来た時 コルネリアさんが言った 『あの人が来てる』『今月分の話で』と
あの人とは誰か 今月分の話とは何か、これがネック…、マルフレッドはこの話を受け顔色を変えて去っていった、この話を上手く使えばマルフレッドに不正をやめさせられるかも知れない
だが残念かな、エリスはあの人がどの人か知らないし 今月分の話が何かもわからない、いや 今月分の話ってんだから もしかして借金 或いは何かの支払い?、あのマルフレッドが借金なんてありえるか?
…………ん?
「あれ?」
ビリビリと脳裏に閃きが宿る、偶然 いや 或いはこれは必然か、思考と並列していくつも組み立てていた仮説の一つが、考えれば考えるほど真実味を帯びる
そうだ…マルフレッドは酒造商人、そして…そう だから…うん、つまりは…
「何か思いついたか?」
「…分かります?」
「ああ、目つきが変わった」
ええ変わりますとも、もしこの仮説が本当なら エリスは既にマルフレッドの金玉を握ってるに等しい状態にある、いや物の例えですよ?、でも まさかエリスがマルフレッドに対して絶対的に優位な位置にいるとは思いもしなかったな
「何をすべきか決まったなら行動だな」
「ええ、でもまだ仮説の段階なので まず裏を取って、それから話を進めます…上手くやればマルフレッドに不正をやめさせることも出来ます、なんなら ナリアさんを諦めさせることも」
「ほう、それはいい 何をするんだ?」
「ええ、エリスの仮説はこうです 実はマルフレッドは…」
と師匠に指を立ててエリスの仮説を説明していく…、その話を聞けば師匠は顔色を変え
「…お前、凄いな」
と一言褒めてくれる、いやいや そんな褒めなくても、でへへ
「えへへ…」
「いや、今わたしはお前に恐怖している エリス」
「へ?…」
褒めてくれてるんじゃないのか?、え?なんでビビられてるの?
「エリス…、そんな嫌な作戦立ててました?」
「そうではない、お前の在り様は 断片的情報を予測で繫ぎ止めるその様はナヴァグラハを想起させる」
「ッッ……!?」
ナヴァグラハって、あれですよね ナヴァグラハ・アカモート…
エリスよりも前に 八千年前実際した哲学者にして、遥か未来 自分の死後さえ見通し、予測だけで八千年後のエリスの思考さえ手玉にとる程強力な識の使い手…エリスと同じ識の使い手
そして、羅睺十悪星の筆頭 師匠達をして史上最悪の外道…、それとエリスが似てる?
「すみません、自重します」
「いやいや待て待て、そうじゃない 確かにナヴァグラハは恐ろしい男だが、わたしが言っているのは お前の在りようがナヴァグラハの如き神域の思考に通じる物があると言っているのだ、お前はナヴァグラハと同じ神域の識に近づきながら それを自分の守りたい人のために使おうとしている、わたしはそれが嬉しいのだ」
お前はナヴァグラハと同じ力を持ちながらも決して同じにはならないて確信できたと師匠は笑う、そっか…そういうことね
ナヴァグラハはありとあらゆる物を見通す力を持ちながらそれを破壊に使った、何せナヴァグラハは件の大いなる厄災の引き金になった男だ、けど…けどさ、エリスはその人と同じ力を持つだけで 罷り間違っても厄災を引き起こそうとはしない
この力で エリスはエリスの守りたいものを守るつもりだ
「ありがとうございます、師匠…」
「いやいい、わたしも変に心配しすぎたようだ…すまんな、こんなものばかり読んでいるから 変な妄想ばかりだ」
と言いながら師匠は机の上に置いた刃煌の剣の表紙を撫でて……
「え?、なんでナヴァグラハの話とその本が関係あるんですか?」
「え?」
え?って聞いてるのはエリスなんですけど、うん?何の冷や汗 なんで目を逸らして視線をスイムさせるの?、師匠?こっち見て?
「いや…、今はいいだろう、余計な話だ それよりもマルフレッドの件だ、裏を取るところから始めるなら 時間がかかる、動くなら早く動けよ」
「……分かりました、早速明日から動くつもりです」
と言っても動ける時間は限られる、今からだと…三日 いやその後の動きも必要だしな、一週間はかかるか
「では、ありがとうございました」
「うむ、頑張れよ」
「はい、師匠」
まずは裏を取り、その後…うん やることは多いが、あとはエリス次第だ 、不正を企んだこと あいつに後悔させてやる
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エイト・ソーサラーズ候補選…期間 およそ二ヶ月の内、最初の一週間が過ぎ去ろうとしていた
投票自体は少し前から開始されており、快調なスタートを切る者 ジワジワとその実力を示し頭角を現す者、化けの皮が剥がれ沈んでいく者、様々な在り様を見せる女優達の頂点を決める戦い
まだ一週間が経ったばかりだというのに既に戦いは苛烈熾烈を極めており、この期間は王都はいつも以上に賑やかになり、王都に存在する劇団 この日のために王都に来た劇団 そのどれもが劇場をフル回転させて演劇を繰り広げる
「次はあっちの劇場観に行こうよ!」
「えー、次はウリエル大劇団に行くって昨日言ってたじゃん、そろそろ現役エイト・ソーサラーズを見たいよ」
「さぁー!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!、ガギエル劇場はこっちだよ!、ウチの目玉の大女優ニコレットが観れるのはウチだけだ!、今の順位は十八位!ともすりゃエイト・ソーサラーズもあり得る期待の新星!目をつけるなら今のうちだよ!」
「パラシエル劇場 パラシエル劇場はこちらでございまーす!、今大ヒットの『虚鏡の都』はパラシエルのオリジナル作劇ですので、観れるのはパラシエルのみになりまーす」
街の通りはこの日の為に王都に劇を見に来たエトワール国民や他国の富豪、そしてなんとしてでも 自分の劇団からエイト・ソーサラーズを出したい劇団の客寄せで溢れかえっている
「そこの道行く皆さん方や、どうだい 俺の書いた絵画 買ってきゃしないかい!?」
「現エイト・ソーサラーズにして続投必至のエフェリーネ様に太鼓判貰ったウチの銀飾りはいかが?、これは実際に劇で使われたこともある物と同じデザインで…」
中にはその騒ぎに乗じて自分の作品を売りつけようとする流れの芸術家まで出る始末、だがそれもいいそれ美しい、この街は人がいるからこそ美しいのだ、栄えるからこそ輝くのだ
それがエトワールの美、アルシャラの美なのだ
「いい景色だな」
「ええ、そうですね 姫」
そんな街の中を二人で歩くのはお忍びで街へ降りてきたこの国の姫 ヘレナ・ブオナローティとエトワール最高戦力と名高き悲劇の騎士 マリアニール・トラゴーディア・モリディアーニの二人だ
エイト・ソーサラーズは王室が預かる名前、この候補選自体の運営に王宮は関わってはいないが、無関係ではない、何より この国と街を見下ろす身として このお祭り騒ぎは好ましいものがあるので、こうやってお忍びで眺めに来たのだ
「雑多でありながら繊細、粗雑でありながら華美、街の喧騒とはオーケストゥラとは違った趣があるな」
「人の営みに美を見出すとは、流石姫です」
「そ そんな褒めないで、後 街では姫はやめて…」
「分かりました、姫…じゃなくて …えっと」
「姫騎士で」
「同じでは…」
街に降り積もった雪を踏みしめ二人はこの候補選による喧騒を享受する、次のエイト・ソーサラーズは誰になるのか、エフェリーネとティアレナの続投は確実なものとして…はてさて
「ところでマリア、候補選の様子はどうなってる?、エフェリーネは相変わらず一位かな、後 あのサトゥルナリアの様子は?」
「む、候補選の様子ですか…」
しかし、そんな話をマリアニールに持ちかけると 彼女はやや難しそうに顔を歪める、上手く行っていない ということはないが、マリアニールは姫に話すべきか少し迷ってから、口を開く
「サトゥルナリアの順位はやや芳しくない様子、そして、エフェリーネ団長も一位ではありません」
「何?、…そうか、サトゥルナリアの道のりが険しいものになるのは分かりきっていたが、エフェリーネも苦戦しているか、では一位は誰だい?」
「コルネリア・フェルメール…イオフィエル大劇団所属の女優です」
「イオフィエル…、ああ マルフレッド殿の」
マルフレッド その名を出しただけでマリアニールの顔があからさまに悪くなる、そういえばマリアとマルフレッドはかつてエフェリーネの劇団に所属した同門の出だったか
しかし、その間柄はかなり悪いものらしいとは聞いていたが、まさかここまでとは
「そんな顔をして、何か問題か?、騎士の中の騎士ともあろうものが、嫌った者とは言え かつての同門の仲間の成功を嫌がるとは頂けないな」
「そうではありません、コルネリアの得票数が異様なのです、市中では既に 不正の噂も」
不正か…、一応管理委員会は王室側から人員を出してはいるが 行って仕舞えばそこまでだ、もしマルフレッドが不正をしているのだとしたら 管理委員会もグルということになる、それは頂けないな 表沙汰になれば王宮にも飛び火する
「しかし、これは神聖な候補選だ、如何にマルフレッド殿が必死でも流石にそこまでは…」
「いえ、あの男ならやるでしょうね…、彼は演劇を憎んでいる、いや 憎ませたのは我々か…」
「まぁ、過去の因縁にまで口出しするつもりはないが、マリア どうする」
「どうとも出来ません、強いて言うなら 最終選抜でコルネリアを落とすことでしょうが、残念ながらコルネリアの実力なら 最終選抜も容易に突破できるだけの物がある、だからこそ 残念です」
そんな傑物がマルフレッドと組んだばかりに…、普通にやっていたなら文句なしのエイト・ソーサラーズだったろうに、不正を暴いても 放置しても どちらにせよ王宮の非難は免れんか、ややこしい問題になってきたな
「まぁいい、マルフレッド殿の件は追い追い対処するとしよう」
「ええ、そうですね…、しかし マルフレッド…」
とマリアニールは空を見上げて想起する、あの頃を ミハイル大劇団に居た頃の時代を
あの時は いやあの時からマリアニールはずっと勝気で才能あるハーメアの後ろに隠れてばかりいた、ハーメアの言うことはなにもかも正しいと思っていた、だからハーメアがマルフレッドの事を酷評した時 対して考えもせず 私は悪鬼外道かのように彼を罵り詰った
今にして思えば言い過ぎだったかもしれない、マルフレッドとは仲良くはなかったが、…今この時に至ってみれば 彼はあの時代を共に生きた数少ない友人の生き残り、ハーメアやユミル達の事を知る同士の一人
ここまで零落する前に、かつての仲間としてなんとかするべきだったのだろうか、こうしてうだつが上がらず思い悩んでばかりの今の私を見たらハーメアはなんと言うだろうか、また怒るだろうか 今度こそ絶交するだろうか、それは嫌だな……
「おいおい!、どうなってんだよ!話が違うじゃないか!」
「そうよ!、ただでさえ嫌な話が浮かんでる中来たのに!チケット代返してちょうだい!」
「金返せ!このやろう!」
「む…、何やら 嫌な騒ぎが起こっているね、マリア 彼処は?」
ふと、意識を戻してみれば ヘレナとマリアニールの前方に人集りが出来ている、あれは劇場の前だろうか 、手に持ったチケットを叩きつけ金を返せと騒ぐ人々が見える、エトワール人は芸術に本気だ いつだって本気だ、作る時も見る時も本気だ、だからこそ ああ言う暴動みたいな事態はままあるが…
問題はあの劇場の名だ
「彼処は、イオフィエル大劇場です…、おかしいですね あのマルフレッドが返金騒ぎを起こすなんて」
叩かれているのがイオフィエル大劇団だと言う事だ、…何か問題が
いや、もう問題は起こっていたのだろう、マルフレッドの演劇に対して憎しみを持ちながらもその憎悪から来る劇団運営に、遂に歪みが生じ始めたのかもしれない
…これを天罰と見るべきか、悲劇と見るべきか…、此の期に及んでもマリアニールは思い悩む
すると、思い悩むマリアニールを置いてヘレナはそそくさと人だかりによっていき
「やあ君達、何かあったのかい?」
と話しかけるのだ、温室育ち故の危機感の無さか…!、一応纏っている外套には内側の顔を見にくくする魔術陣があるが、いささか無用心が過ぎる
「ああ?、何かも何も!」
しかし、怒った民衆はそんなことに気が付きもせず 声を荒げ言うのだ…
「今日の劇にコルネリアが出ないってんだ!、俺たちはコルネリアを見に来てるのに!、そんなのおかしいだろ!」
「コルネリアが出ない?…それはまた」
何かあったようだ、それは 間違いないねとヘレナはマリアニールに目配せする、どうやらそのようだ…、この候補選 思った通り、荒れた展開になりそうだ
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「ふぅー、あー 眠い、肩痛い…」
目をしぱしぱと擦り、肩をぐるりと回す…、はぁ 見るからに疲れが溜まってるなとエリスは一人 舞台裏でため息をつく
あれから一週間経った、マルフレッドの件をなんとかしようと心に決め 動き始めて一週間だ、昼は演劇に全力で打ち込み、そのまま夜は休む暇もないままマルフレッドの件に掛り切り、さしものエリスも疲れますよ
「けど、ようやく準備も整ったし…、そろそろなんとか出来ますね」
一応、準備は整った…不正をなんとかする準備が
この一週間、毎日掲示板をチェックに行きましたが やはりナリアさんに票が入っていない、もはや不正はエリスで無くとも気がつくところまで来ている
劇団のみんなも クリストキントを贔屓にしてくれているお客さんも、怒り心頭だ 、けどエリスになんとかする策があると言ったらまぁ落ち着いてくれた、それほどまでにエリスのことを信用してくれているのは嬉しいからね、疲れてるからって休めませんよ
「おはよ、エリスちゃん お疲れだね」
「ん?、ああ リーシャさん、おはようございます」
ふと、衣装に着替えようとしたところ、背後からリーシャさんに声をかけられ手を止める、珍しいな この人が朝から出てくるなんて
しかし、この人には今エリスはあんまり合わせる顔がない、あれだけ大見得切って なんとかすると言った新作の台本の件、まだナリアさんから答えをもらえてないんだ、もしかしたらその件で文句を言いに来たのかもしれないな
先に謝っとくか
「すみません、リーシャさん ナリアさんからはまだ…」
「ああ、それはいいのいいの、こればかりは誰かが焦ってどうにかなることじゃないから、それにエリスちゃん 今はマルフレッドの不正の件で忙しいんでしょ?、ならいいよ そこまで押し付けられないって」
「ありがとうございます…」
エリスそんなに疲れて見えます?、嫌だな 隈とか出来たら…
「それよりエリスちゃん聞いた?、今日の朝と昼の公演は中止だってさ」
「へ?、中止なんですか?」
「うん、ここ最近休みなしで公演だったでしょ?、それで劇団員にも疲れが見えてきてね、今日はとりあえず朝のうちの公演を取りやめて休憩するらしいよ、それでこれからは定期的に休みも作ってくんだって」
「でも今 大切な時期じゃ…」
「大切な時期よりも劇団員の体の方が大切だって、団長が」
クンラートさんからか、そういえば エリス以外のみんなも見るからに疲れていたな…、確かにいくら大切な時期とはいえ それで体を壊して全部おじゃんにしたら意味ないか、クンラートさんらしい判断だ
なら、そのお言葉に甘えて 午前中はゆっくり休んで とはいかない、ちょうどいい これを機にマルフレッドに仕掛けるか…、もう手札は揃えたし
そう心に決めて衣装に着替えるのをやめて 温かい格好に着替え、外に出る支度をしていると…、劇場内に大慌てで走る足音が響き渡り、次いで 声も木霊する
「エリスさん!!」
「ん?、ナリアさん?」
ふと、ナリアさんに声をかけられる…、その顔色は悪く 冷や汗を流していて…、なんだ まだ何か悪くなる状況があったのか?
「どうしました?ナリアさん」
「ううん!、いや!…さっき 外に出てたら噂話が聞こえてきてね…」
そういうと彼はエリスの目の前まで駆けてきて、こう言うのだ…
「コルネリアさんが 疲労で倒れたって!、どうしよう 僕心配だよ…」
「コルネリアさんが…!」
イオフィエル大劇団のスターにして エリス達の目下のライバル 、そしてエリスが助け助けられた彼女が、遂に 長い間の酷使に耐えかね 倒れたと
いや、おいおい それってやばいんじゃないか?、マルフレッドは人が倒れるまで使い潰すような男だ、以前エリスが懸念した事態が現実になりつつある
だって もしコルネリアさんが倒れたら…、彼女の大切な妹が…人質同然に監禁されている ユリアちゃんが、危ないんじゃ…
「っ!エリス!ちょっと出かけてきます!」
「あ!ちょっと!エリスさん!」
大慌てで劇場を飛び出す、マルフレッドは憎いがコルネリアさんは別!、あの人が危ないなら 駆けつけたい!、何より動けなくなったコルネリアさんにマルフレッドがどう出るか分からない!
思考よりも先に体が動き、エリスは一人 イオフィエル大劇団に駆けるであった…