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184.孤独の魔女とノクチュルヌの響光


ギャレットの街の郊外に有名な旅劇団が来るみたいだ


聞けばあのコーモディア楽劇団が来るらしいじゃないか


これはまた珍しい物がやってきた、これは何が何でも見なくてはなるまい


そんな噂はギャレットの街の至る所に広がっている、何せみんなが名前を知ってる旅劇団がやってきたんだ、その名前を聞いただけで見に行きたくなるのは仕方ないことだろう


別に、コーモディア楽劇団の行う劇が素晴らしい…訳ではない、ここよりも良い劇を見せる所は多くある、それこそイオフィエル大劇団の方が品質の良い劇を見せてくれるだろう


だが、それでも見に行く 何故か?、それはこのコーモディア楽劇団を率いる男 …彼に対する信頼度が違うからだ、彼ならきっと 楽しませてくれる 笑わせてくれる そんな期待が込み上げてくるからだ


『レディー!エーン!ジェーントルメーン!』


街の郊外に突如現れた巨大テント そこがコーモディア楽劇団の動く劇場、その中に集まった観客…その数凡そ1,000、仮組みされた椅子だけでは収まらず地べたに座る者も多くいる観客犇く席の奥 作られた舞台の上で小綺麗な格好をした老父がシルクハットを掲げ挨拶する


『おおー!こんなにお客さんが来てくれてウレシーデース!』


彼こそがコーモディア楽劇団の団長だ、人は彼をいくつもの名で呼ぶ


ある時は 道化の王、ある時は喜楽の主、ある時は笑いの神様、ある時は喜劇の…いや この呼び名は今は無粋だろう、彼が舞台に立つ時 その名で呼ぶべきではない


『皆さんの顔 ここからよく見えまーす!、でも その顔はまだちょっと早いでーす!、今日はワタシ 皆さんに最高の笑顔 送りに来たのでーす!』


彼の繰り出すそれは芸術ではない、人はそれをエンターテイメントと呼び かの老人をエンターテイナーと呼ぶ


『今日は色々用意してますよぉ〜、ピエロに珍獣…ああ 勿論ステンテレッロ君も来てまーすが?、先ずはこちらをご覧に入れましょーう!、ワタシがこの間お酒を飲んでて見つけた名も知らない劇団の劇を!』


この大切な公演に名前も知らない素性も分からない劇団を呼びつけたのかよーとツッコミが飛び笑いが起こるが…、あれはにわかだ


熟達したファンは知っている、この老人は前座によくこういう事をするのだ、名前も知らない劇団を呼びつけて笑いを呼んで劇をさせ、その劇が悪いものならイジり尽くし笑いに変え 良いものなら賞賛する


それが良いものでも悪いものでも、あの老人ならいいように料理する…まぁ、大体が酷いもんで ここに来た劇団達は老人のいじりに耐えかね 後ろ指と笑い声の雨霰を浴びて逃げていくのだが


それでも…侮れない例はある、偶に…本当にスターの卵とも呼べるような そんな原石が現れたりするんだ、そう言う面も含めて この老人の作り出す世界は面白い


『それでは?、どうぞ ご観覧あれ、秀でた者の艱難ならば泣きましょう 劣った者の艱難ならば笑いましょう、それこそが喜劇の本質なのだから』


老父は一例と共にまるでスライドするかのような動きで舞台から脇に退いていく と共に、背後の幕が開く


始まった、前座の劇が、それは喜劇か それとも……





幕が開くと共に舞台上に立つ人々と姿を見て、観客は目を剥いた


背景は石煉瓦の城 男は鎧を着て女はドレスを着ている、この姿は…騎士物語だ、もう数十年前に流行が終わった騎士物語だ


今からこれを見せられるのか?、もう騎士物語なんて擦られるだけ擦られ真新しさなど何もない、そんな見慣れた見飽きた古びた劇をここで?、観客はどよめき察する


これは、退屈な劇になりそうだと


そんな観客の呆れも他所に 劇は進んでいく


劇の進行はその殆どがナレーションによる解説によって進む、合間合間に登場人物達のセリフはあるものの、ナレーションによる心情描写や何が起こったかなどの語りが多く


劇を見ている と言うよりは小説の朗読に近い、その朗読に 役者がついた…と言った方が自然かもしれない



舞台の名は『ノクチュルヌの響光』…、世界は大いなる厄災により天に深い暗雲が居座り 陽光の差さなくなった暗き世界の物語、陽の恵みを失った世界は荒れ果て 荒廃し地は人は世界は弱り果てていく


そんな国を憂いた騎士ハルトムートが、世界に再び光を取り戻す為 夜の果てに住まう光の姫ノクチュルヌの歌声を目指し幾多の試練を乗り越えていくという物語になる


騎士ハルトムートの旅路は険しくまた厳しい、荒れた祖国を剣と僅かな荷物を馬に乗せ旅立った彼の前に立ち塞がるのは 荒れた自然 寒々しい風だけではない


利己的な卑怯な女魔術師バルバラ 闇を好み 光を忌避する悪賊王ホラーツ 闇の中生きる夜の悪魔 アベル、そんな強敵を相手にハルトムートは剣を握り 旅先で出会った友や仲間達と共に乗り越えていく


金の髪を振るう美麗の騎士ハルトムート、そしてその周囲を彩る登場人物達、その演技は悪いかと言われればそうではない むしろ良いとさえ言える


鬼気迫る演技とでも言おうか、何が何でもやってやると言う気概がひしひしと伝わってくる演技はまぁ身を引かれるものがあるが


かと言って、それが真新しいかと言えばそうではない、むしろこう言う旅劇団みたいな後がない奴等はそう言う演技をよくする、だから特別目を惹くものはないと言い切れる


駄作ではないが佳作でもない、平々凡々 探せばいくらがあるような劇、おまけに内容はオリジナルではあるものの流行りの過ぎた騎士物語だ、目を惹くもの 興味を惹くものはない


そう誰もが思っていた、終盤までは…


終盤までは…だ、とあるワンシーンを迎えた時 観客はその内容の激しさに思わず目を剥く 今度は、驚愕で


『ハルトムート!、何故今の世を否定する!、世界のあり方を人の意思によって変えてはならない!それは神の領分だろう!』


声を張り上げるのはハルトムートの協力者の一人、敬虔に神を信奉する神殿騎士のエクムントだ


彼とハルトムートは二人で協力して遂に夜の果て 光の姫ノクチュルヌの居城の前まで到達した、しかし そこで彼は今まで協力していたハルトムートの前に立ち塞がったのだ


寸前で決着をつけた悪賊王ホラーツの甘言 『今の世は、世界そのものが望んだ姿ではないのか』その言葉を受け、世界に光を戻す事に疑問を抱いたのだ


故に、こうして止めている…自らの信仰に殉じて、協力者を止めているのだ


『聞いてくれ我が友エクムントよ、今の世に人々は苦しみ喘いでいる、光を取り戻せば 大勢の人間が救われる、それは悪いことかい?』


『もし この闇が悪であるなら、神がこのような世界を作るわけがない もしこの永遠の夜が間違いであるなら闇など神が遠の昔に払っている、それが未だこうして天に蓋がされているのは、神の意志ではないのか!』


『君の信奉する神が何を考えているかは今は関係ない、騎士は人の為に剣を振るうものだ、意図も不確かな神の意志を慮る為ではない!』


ハルトムートとエクムントの口論は激しくなり、互いに激昂し始める


困難な道の終着点を前に後ろ髪を引くエクムントに対してハルトムートは理解出来ないと怒りを向ける


世界を作った神が与えた闇を否定する事は、即ち神の意志を否定する事、それは敬虔な信徒であるエクムントには理解出来ないと怒りを向ける


ハルトムートは騎士道を信じ、エクムントは神を信じる、そこには相容れない不理解無理解が生じ やがて軋轢となり、決定的な決別となり 口論は剣撃と化す


『私は、神の意志を尊重し 守護する、神を無碍にするなら…それが例えお前であっても!』


『我が国の民のためだ、…理解出来ないと言うのなら!』


剣を抜く、さぁ この劇の見せ場 剣撃のシーンだ…と、誰もが思った


どんな殺陣を見せてくれるのかと、どんな流麗な剣技を見せてくれるのかと、騎士物語の見せ場の一つだ、ここで満足できなければ 今までがどれだけ出来が良くとも駄作となる


どんなものか 視線が二人に注がれた瞬間


『はぁっ!!!』


『ふっ!!!』


ぶつかり合った剣に火花が走った、轟く金属音 そんな凄まじい剣撃が何度も何度もハルトムートとエクムントの間で走る


寸止めじゃない、金属製の剣で斬り合っている、演技じゃない 本気で斬り合ってる


そりゃさっきまで鬼気迫る勢いだったが、これはもう殺意で迫っている、何がそこまでさせるんだ、最早恐ろしさまで感じる


『退け!退くんだ!エクムント!!』


『ここで!退けるか!、ここで引いたら私が今まで信じてきた信仰が全て嘘になる!、それだけはできない!』


だが…だが!


『お前を斬りたくない!』


『なら斬らなければいい!、その間に私の剣がお前の喉元を裂く!』


だが、その鬼気迫る演技が剣技が、今度は 心に迫る、引き寄せず 迫ってくる、あの場で あの舞台の上で、あの世界で互いの意志をかけて戦う二人の有様が 劇ではなく本物の闘いとして目に映る


演技ではなく本気で斬り合っているんだ、恐らく 今あの場に台本はない、どちらが勝つ予定調和で決められていない、だからこそ 目を剥く、観客達は


どちらが勝つか、見えてこないからこそ 夢中になる


ハルトムートに共感する者 エクムントに賛同する者、それが観客内で別れ始め 無言の応援歌を奏でた辺りで、剣撃は終焉へ向かう


『ふんっ!!』


『なぁっ!?』


剣が弾かれた、エクムントの剣がハルトムートに弾かれ宙を舞う、勝負があった エクムントの肩にハルトムートの剣が迫る


『ッ……!』


『……斬らない、が 勝負はあった…これでいいな、エクムント』


『チッ、クソッ…』


小さくまたかと呟くエクムントは項垂れ負けを認めるように両手を下ろす、その様を見て観客は思わずホッとする、あの勢いだ そのまま斬り殺していてもおかしくなかった


そこではたと気がつく、今 己の感情が目の前の舞台に揺れ動かされている事に


光の姫ノクチュルヌの御座へ一人向かう傷ついたハルトムートを見て、観客は思わず尻を深く椅子に落ち着ける、自らが立ち上がって見ていたことに後から気付きながら


熱中した 熱中させられた、今の一瞬 あの舞台の世界に意識が吸い込まれた、最早認めざるを得まい、…この劇は…


『おお、貴女が…光の姫 ノクチュルヌ…ですか?』


ハルトムートが辿り着いた神域、闇の中にありながら白く輝く楼閣の最奥に立つは 純白の姫君、その余りの美しさに誰もが息を飲む、あんなにも美しい女優がこの国にいたとは…と


『どうか、…その歌声を以ってして 天の闇を払い、再び世界に光を…どうか』


ハルトムートの願いを聞き入れた光の姫は静かに頷き、ゆっくりと口を開く…


『ーーーーーーっ…』


響く、声が 歌声が


この歌に詩はない、喉を楽器のように吹き鳴らしノクチュルヌが歌を歌えば それと共に何処からともなくオーケストゥラも随伴し始め、世界に光が戻り始める…天から差した光はやがて舞台全体を照らし始め 観客席すらも包み込む


美しい光と輝かしい歌声、今 目の前にある全てが愛おしい、認めざるを得まい 認めざるを得まい、そうだ この劇は素晴らしいものだと 誰もが息を呑んだ


完全にやられた、流行とか 無名の劇団とか そんなものはもう誰も気にしない、今 目の前にある事柄が全てだ



ハルトムートの手により ノクチュルヌは歌い、世界に光は戻り 再び花と暖かな風芽吹く世界となり、この舞台は幕を閉じる


幕が現れ 閉じ切ったところで、皆はたと気がつく これが舞台であることに、中にはこのまま世界の続きを見ることが出来ると思い込んでいた者も出るほど、だが 観客である彼らに見れるのはここまで


そして、彼らに出来ることは一つ…


幕が閉じ、一瞬の静寂の後…


「良かったぞー!」


「いいモノ見せてもらったー!」


「やるじゃないかー!」


喝采の万雷、賞賛の嵐雨、鳴り響く手を打つ音と褒め称える声が劇場内を支配する…そんな喝采の中静かに舞台上に現れるのは 件の老父、この劇団を呼び寄せた張本人が現れる


『えー、おほん』


その声に一旦 劇場は静まる、この老父が 何と言うか、褒めるか 貶すか…なんと評価するか、もしここで老父があの劇のアラを見つけ こき下ろせばそれだけで観客の評価は一転する


…が、心配するものはいない、だって…


『うん、スバラシイ劇でーした!、最高の劇を見せてくれたクリストキント旅劇団にもう一度 喝采を!!』


なんせ、誰が見ても素晴らしかったのだから


ニッと笑いながら手を打つ老父につられ皆もう一度手を叩く、クリストキント旅劇団…名前を知らないと言っていたくせに 結局知っていたのか と突っ込む者はいない


思うのはただ一つ


…そうか、あれはクリストキント旅劇団と言うのか、良い劇団を知れた と言う満足感だけであった


これは、一つの劇団の躍進に立ち会えたかも知れない と、言葉に出来ぬ無上の興奮の中 コーモディア楽劇団の 公演は続く……





………………………………………………………………………………



「イェーイ!エリスさーん!」


「やりましたね!ナリアさん!」


パーン!と互いにハイタッチをするエリスとナリアさん、場所は舞台裏 幕の向こうから響く大喝采を受け飛び上がりながら喜ぶ、やった!やった!やってやった!大成功だ!


エリス達クリストキントが用意した新たな劇 その名も騎士物語『ノクチュルヌの響光』、その劇が大成功に終わったのだ


「いやぁ、一時はどうなるかと思ったぜ!」


「やりましたね!団長!」


悪賊王ホラーツの衣装を着たクンラートさんの周りで飛び跳ねるノクチュルヌ役のナリアさん


配役としてエリスは主人公にして騎士の中の騎士ハルトフリート、お相手のライバルにして信奉の騎士エクムント役はヴェンデルさんでお送りしております


いやぁ、成功して良かった…、これこそがエリスとリーシャさん そしてクリストキントが贈る渾身の一幕だった、これでダメならエリスは責任を取らねばならなかった、いくら覚悟が決まっていたとはいえ 責任はとらないに越したことはないからね


「にしてもよ、エリスちゃん 最後の剣撃のシーン…あれは」


とクンラートさんが問う、観客を圧倒したあの剣撃のシーンはなんだと、確かにあれは普通のシーンではない、あれがこの劇の見せ場として用意した場面であり エリスの策だ


「あそこのエリスちゃんとヴェンデルの対決のシーン…あそこ 台本無いよな」


「はい、あそこに台本はありません、あれは演技では無く 本気の決闘でした」


「決闘でしたって…、まさか本気で斬り合ってたのか!?」


そうだ、エフェリーネさんのところでのヴェンデルさんの暴走…あれを劇のパフォーマンスに組み込んだのがこれだ、台本で決められた道筋を辿らず 本気で一対一の戦いを行う


そうすることにより 演技でない本物の躍動感と臨場感が生まれる、そもそもアルクカースにも剣舞や武闘試合などもある…戦いは見世物になるのだ、と 思いついたが故に試した ある意味博打だ


「すげー迫力だったけど、でも 大丈夫なのかよ…もしなにかこう 罷り間違ってヴェンデルが勝っちまったら、劇が成立しないだろう?」


「はい、不測の事態はあり得ました、エリスが負ける可能性も…なので、そちらのストーリーも用意してあったんですよ、ほら」


と言いながら取り出す台本、その中身はエリス達が演じたノクチュルヌの響光とは別のノクチュルヌの響光…、同じタイトルでありながら別のストーリー展開が書かれた IFの台本だ


「別の台本…ああ!それ!、リーシャさんと内緒で書いてた!」


「そうです、台本を用意していない部分でどういう風にストーリーが別れてもいいように 別の台本も用意してあったんですよ」


あの時 ナリアさんに内緒にしていたのはこれだ、今回は本来の道筋通りに進んだが もし…ヴェンデルさんが勝った場合、エクムントはハルトフリート斬り倒し 神への殉教を示す という内容へと変化する予定だった


つまり…


「今回はこれだけですが、これからはこういう枝分かれのシーンを増やすつもりです、役者の負担は大きくなりますが、その都度 臨場感のあるシーンが増えますし、それに」


「同じ劇でいくつもの展開が見れるってことか、確かにそうすれば 何回でも同じ劇を見たくなるな…なんせ 見る都度内容が違うんだから」


「アドリブを多用していくってわけだね!、確かに…そういう劇がないわけでは無いけど、本気の斬り合いや戦闘を入れるなら 迫力もあるし、何よりワクワクするかもね」


覚える台本の量はえげつなくなるが、いくつもの劇をローテでやるより これ一本に絞っていけば なんとかなるだろう、それが受けるかどうかはまだ分からないが


少なくとも、この好評ぶりを見るに 間違いでは無いだろう、このエトワールという国では 受ける…と思う


「いやぁ、ともあれ良かったぜ…、ここでいつも通りの劇をやってたら ここまで受けることはなかっただろうからな、エリスちゃんに感謝だ」


「いえ、ここまで受けたのは そもそもクリストキントにそれだけの地力が備わっていたからですよ、今回これがたまたまキッカケになっただけです」


「そのキッカケをくれただけでも有難いんだよ!、ねぇ!みんな!エリスさん信じて正解だったでしょ!」


えへん! とナリアさんが胸を張るが…、そんな 何もかもエリスのおかげと言われると むず痒さを超えて気持ち悪さもある


だって劇を成功させたのはみんなだし エリスの提案に乗って脚本を書いてくれたのはリーシャさんだ、エリスは飽くまで無責任に出来そうなことを提案しただけ


とはいえ、褒められたら嬉しいのもまた事実、照れ臭い というのもあるのだろうか


「おいエリス」


「ん?、ヴェンデルさん…どうされました?」


ふと、照れ臭く頬をかいていると ポンっと背中を押される、ヴェンデルさんだ 先程までエクムントを演じ、舞台上で一騎打ちを行った彼がやや不貞腐れた顔でムッと唇を上に上げている


「オレを利用したな」


「ええ、ヴェンデルさん この間よりも腕を上げましたね、お陰でいい見世物になりました」


「バカにしやがって…、腹経つぜ」


怒らせてしまったか、一応彼には話してあったのだが…ああいや、剣劇を見世物にするとは言ってないか、ただただ単純に…『本気でかかってこい』としか言ってなかったな


そりゃ怒るか、全力の挑戦を利用したのだから


「す すみません、でも劇は成功して…」


「一番腹立つのは、お前が勝つ方が正規ルートって点が腹立つ」


「へ?」


「次は…ぜってー負けねーから」


そう言うなりプイとよそを向いて何処かへと逃げていくヴェンデルさんに呆気を取られる、…利用した事については怒ってないのか?、それに 次はってことは これからも乗ってくれるってことか


…あれは、彼なりに今回の一件を褒めてくれている…と 見てもいいのかなぁ?、分かりにくい年頃の分かりにくい子だ


「ヴェンデルも素直じゃ無いね」


「まぁ、ちょっと前まではあんな風に口も聞いてくれませんでしたし、一歩前進と見ておきましょうよ」


「そうだねぇ」


なんて ナリアさんと並んでヴェンデルさんのプイプイした背中を眺め笑う、ともあれこうやって笑って終えることが出来て良かった、失敗して劇団を追い出される事にならなくて良かった


今はただ それだけを思う……


「ん、向こうで劇が始まったようですね」


ふと、幕の向こうから騒がしい音と笑い声が聞こえてくる、どうやらパンチさんの劇団が公演を始めたようだ


いくら上手くいってもエリス達は所詮前本命はパンチさんたちなのだから、しかし…本当に何者なんだ?パンチさん


だってあの客入りを見ろ、とんでもない人数のお客が入っている、この規模の劇団を率いているあたり…、どう見ても普通の人には思えない、一体何者なんだ…


「ご苦労様です、クリストキント旅劇団の皆様」


「ほぇ?」


ふと、成功を喜び讃えあうクリストキントの役者たちの中、見慣れぬ男が現れる、ありえないくらい沢山の飾りや羽があしらわれた豪奢な いや豪奢過ぎる服と帽子を被った金髪の美男子がニコニコと笑いながらクリストキントの一団のど真ん中にいきなり現れる


…一体、いつのまに現れたんだ…全く気がつけなかったぞ


「あ あの、あんた何者だ?」


「その悪人ヅラ あなたがクリストキントの団長ですね、どうも 私はこの劇団の見習い兼副団長のステンテレッロです、どうぞよろしくぅ」


まるで道化のような格好をしたステンテレッロは ゆったりと礼をしてしゃなりと腰を曲げる、ああ この劇団の副団長…ん?


「いや 見習いと副団長は兼任出来ないでしょう」


「お!、そこの金髪の君…ああ主演の子ですね、良いツッコミです」


ずびしっ!と両手の人差し指をこちらに向けてくる…、エリスこの人苦手かもしれない


「いやぁ でもありえちゃうんですよ、実際副団長やってますし でも身分的には見習いですし、色々大変なんですよ話来てくれます?」


「あの、ステンテレッロさんは何をしに来たんですか?、曲がりなりにも副団長がいきなり雑談にやってくるわけないでしょう?」


「おおー、良いスルーです 完璧です、最高ですね お小遣いあげます」


「いらないですよ」


と言いつつもグッ!と押し出される手に思わず受け取ってしまう、お小遣いなんかもらう歳でも…


「ってこれドングリじゃないですか!」


「ジョ〜ク!、面白いですか?」


こいつブッ殺そうか…


「まぁ冗談は程々にしておいて、皆さん ご苦労様です 我らが団長も喜んでおります、まさかあれ程の劇を見せるとは私も想定外でした」


「そりゃあどうも…、けど 一つ聞いて良いかな」


「はい?悪人ヅラさん なんでしょう」


「あんたら何者だ?」


クンラートさんがおずおずと聞くのはクリストキントの総意だ、何者なんだ こんな大掛かりな劇をして


しかも、ただの酔狂老人かと思えばあの集客力…ともすればコルネリアさんのいるイオフィエル大劇団にも匹敵するほどだが…


「ん?、団長言ってませんでしたか?」


「団長って、パンチって老人か?」


「パンチ?…団長はそう名乗っていたと…ほうほう」


名乗っていた とステンテレッロさんは首をかしげる、名乗っていた だ…まるでその言い方は本来の名とは違う別の名を名乗っていたと言わんばかりに


「そうですか、だからあなた達は…分かりました、では ここは本人に名乗っていただきましょう、だんちょー!」


そう ステンテレッロさんが口元に手を当て大きく叫ぶ…すると


「って来ませんよ?」


「団長は歓声が好きなのです、ここは皆さんで一斉に呼びましょう、行きますよ?」


「いや向こうで劇してるのに迷惑じゃありません?」


「せー…のっ!」


無視かよ!仕方ない!、呼べというなら呼びましょう とクリストキント全員で大きく息を吸って…


「だん」


「呼びましたか?」


「って呼ばなくても来るじゃないですか!!!」


「イェーイ、ジョ〜ク」


「面白いデースか?」


こいつらブッ殺そうか、クソ面白くもないわ…、手の中のドングリを握りつぶし粉末にしながら幕の奥からヒョコヒョコ現れるパンチさんを睨みつける…、こいつら…


「おほん、団長 この方々に偽名を名乗っていたようで?」


「おほぅ〜う!そうでしーた!、いやいや 皆サーン?大変スバラシー劇でーした!、ワタシ感動しちゃいまーしたよ!」


こいつが団長?こいつがパンチ?と皆首をかしげるだろう、だって身なりこそ綺麗にしているが、この人の態度は酔狂老人のそれだ…、ノリもうざいし…


「なので、特別に名乗りましょー!、偽名を名乗っていたこと 先に謝りまーす」


というとパンチさんはキュッとネクタイを締め 砕けた態度から一転、まるで高貴な貴族のように背筋を伸ばすと共に……、こう名乗る


「ワタシの名はパンチではありませーん、…本当の名はプルチネッラ・コーモディア・ドラクロア、このコモーディア楽劇団の団長でーす」


「コーモディア楽劇団!?ここってあのピエロの!?」


パンチもというプルチネッラと名乗る老人の肩書き…コーモディア楽劇団という言葉には聞き覚えがある


街中でエリスを相手に宣伝していたあのピエロの!、ここそんなすごい劇だったんですね とナリアさんやクンラートさんの方に話しかけようと目を向ければ


…様子がおかしい、目を見開いて 今度は逆にクンラートさん達クリストキントが背筋を伸ばしている、え?もしかしてというかやはりというか…パンチさん いや プルチネッラさんってすごい人…


「もしかしてこの人…凄い役者さんですか?」


「役者じゃない…役者じゃないよエリスさん、この人…プルチネッラさんは喜劇の騎士だよ!」


喜劇の騎士?、なにそれ…いや待て


この国最強の騎士 マリアニールさんの肩書きは確か悲劇の騎士…、まさか この人


「ええそうでーす!、ワタシ 一応王国騎士団の団長の一角 喜劇の騎士を務めてまーす、マリアニールが来る前は?いちおー王国最強でーした」


「凄い人じゃなくて…偉い人?」


「そうだよ、エリスさん エトワールには代々二人の騎士団長がいるんだ、それが悲劇の騎士と喜劇の騎士、プルチネッラさんは王国最強の騎士 マリアニールさんと肩を並べる 王国最強の一人なんだ…」


そして 本来ならその二人の騎士を統べるのが 総騎士団長であるプロキオン様の役目…、つまり プルチネッラさんはその辺の酔狂老人ではなく、この国の最強戦力の一人であり、魔女に次ぐ存在である…と言うのだ


そ そんな凄い人だったんですか、そう言えばマリアニールさんも劇団を持ってるって言ってましたし、その片割れであるプルチネッラさんコーモディア楽劇団を率いていてもおかしくはないのか…


「な 何故喜劇の騎士様が、お 俺たちなんかを公演に」


「別に意味なんかありませーん、ただ前座を誰にお願いしようか悩んでる時 近くにいて目を引いたからでーす」


「目を引いたからって、エリスちゃんが?ただそれだけの理由で?」


「理由はそれ一つだけでーす、けど 重要なことでもありまーす、目に映る…大切な才能でーす」


ただプルチネッラさんの目を引いたから この大舞台を任せたと言うのだ、そんな適当で大丈夫か?とも思いもするが…、でも事実エリス達は成功させた 失敗した時どうしたかを知る術はないから 気にする必要もないのだろうが


それにしても やはり酔狂な人だ、立場を持ちながら浮浪者の格好をして身分を明かさず騙すように劇に呼ぶ…、これを酔狂酔楽と呼ばずしてなんと呼ぶか


「………………」


「不思議そうでーすね、エリスちゃーん」


「いえ、でもやっぱり…」


「はっはー!、君は真面目でーすね、もっと気楽に呑気に考えて生きるのも悪くないでーす、笑う時は細かいことは気にせず 泣く時は省みる、それでいいのでーす!」


なっはっはっと笑うとヒラリと体を旋回させ再び舞台の方へ向かうプルチネッラさんは振り返り


「では、良い劇でーした、また会えることを祈ってまーす」


「…ありがとうございました、パンチ…じゃなかった プルチネッラさん」


「はーい」


とだけ答え舞台へと消えていく、…よく分からんが 彼の目に救われたのは確かだ、クリストキントの再起を盛大な劇で迎えることが出来た 、あれだけの客に喝采を打たせることが出来た成功体験は確実にこの劇の力になる


支払われる報酬の見返りがあったと言える、今度こそ エリスは胸を張ってこう言える、この劇は 間違いなく


「ともあれ、大成功でしたね 皆さん」


「だね!エリスさん!」


成功だった、大成功だった 今度こそ、エリスはそう言えますよ


…………………………………………………………………………


それからエリスはプルチネッラさん率いるコーモディア楽劇団の喜劇をナリアさんと見て 報酬として大金頂いて この日の公演は無事終わった


でも、やっぱり明日にはの街を発つと言う…、もう半ば この劇団の目的地は王都アルシャラになりつつある、この回の一件を恩に感じたクンラートさん達は王都への道行きを急いでくれるようだ


どの道 この街じゃああんまり仕事は見つけられないしね、とっとと移動するに限る…ということで、エリス達はその日の夜 雪の降る中馬橇の中で荷造りをしていた


「今日は大盛況だったねぇエリスさん、あんな喝采僕たち初めてだよ」


「そうでしたか、力になれたようで何よりですよ」


「本当に、エリスさんが僕達を動かしてくれなきゃ いつもと同じ方向で進んでただろうしね…、感謝ばかりだよ エリスさんには」


二人で馬橇の中 小道具を箱に詰めながらなんとなくの雑談で集中力を繋ぐ、今回の一件 余程感謝しているのか、ナリアさんはさっきからお礼ばかりだ、嬉しいけれど そこまでお礼を言われると逆に申し訳なくなる、別に悪いことはしてないけど 気分的に


「…ああ、そうだ ナリアさん」


「んー?何?」


ふと、話題を変えるように声をかける、このまま彼に会話の主導権を握らせていたら、エリスは寝るまで礼を言われ続けるだろうしね


「ナリアさん、歌上手いんですね 今日の劇で始めてナリアさんの歌を聴きましたが、びっくりしましたよ」


「あ…はは…そうだねぇ」


実は最後のノクチュルヌが歌う場面 あそこでノクチュルヌは声を発さない設定だったのだ、オーケストラの演奏をノクチュルヌの歌声に見立てての演出…のはずだったのだが、ナリアさんは歌い オーケストラの演奏を飾りにするほどの物を見せた


正直意外だった、演技以外にも歌まで上手いとは…


「悲恋の嘆き姫エリスは 歌劇だからね、歌も歌えないと」


やはりそこに帰結するのか、彼が演技をするのはエリス姫を演じるため 歌えるのはエリス姫を演じるため、なんと言うか 彼の人生全てがエリス姫を演じその一点に集約している気がする


そんなにも、演じたい物なのだろうか、…いい機会だし 聞いてみるか


「あの、ナリアさんはなんでそこまでエリス姫に傾倒しているのですか?」


「エリス姫に…、昔さ 僕がまだ小さい子供の頃 偶然街で見かけた悲恋の嘆き姫エリスの演劇、それが頭に染み付いて離れないんだよ」


「確か、エフェリーネさんが演じたと言う…」


「そうそう、…キラキラしてて 凄くて とにかく凄くて…、あれに憧れたんだよなぁ」


でも、だとしたら疑問が残る、その演劇に魅せられ 自分もあの舞台に…と言うならわかる、だが


「でもだとしたらなんでエリス姫なんですか?、舞台に憧れたなら他の役でもいいのに」


舞台に上がるだけなら他の役でもいいんだ、あの劇に登場するのはエリス姫だけじゃない 多くの登場人物がいる、その中で何故 最も険しく遠い道であるエリス姫を求めるのか


そう問われた彼はゆっくりと顎に指を当て…


「…んー、こう言うこと言っちゃいけないんだろうけどさ」


「はい?、なんですか?」


「納得出来ないんだよね、あの時見た演劇…素晴らしかったけど 納得できないんだ」


納得出来ない…?、そりゃまた随分…、いや どこにだろう、悲恋の嘆き姫エリスは王室が役者を選んで行う伝統の劇、当然 その時代その時考えられる最高の物を選んで公園に臨んでいるはずなのに


それでも納得出来ない と言うのは相当だ…、するとナリアさんは答えるように小道具の中から数冊の本を出して


「ほら、これ見てみて?」


「これ…悲恋の嘆き姫エリスの本ですか?、って!なんで7冊も持ってるんですか!」


「ここに置いてないだけで、他にも持ってるよ?」


「同じ本をですか?」


「同じだけど同じじゃないんだ、ほら ここ見て?著作者が違うでしょ」


あ、本当だ…本を書いた 著作した人物が全部違う…、いやまぁ この劇自体かなり昔からありますし 色んな人が手掛けててもおかしくないが…


だとしても異様だ、こんな大勢の人間が書いているのもそうだし、著作が違うとは言え原作は同じ、内容は同じはそんな本を何冊も持ってるなんて


「内容は同じですよね」


「凡そはね、でも…ラスト 見てみて」


えぇ、そんなラストだけ見るような行儀の悪いこと…ああはいはい、分かりました読みますよ


数冊の本を受け取り いくつかの本のラストを読み比べ、はたと気がつく…これ 違う


いや、それまでの内容は大体同じなのだ、表現の仕方が違うだけで大体同じ、でも 決定的に違う部分が一つある


それは エリス姫が死地に向かっていく 恋人スバルの背中に向かって投げかける別れの言葉だ


こちらの本は『どれだけ時が経っても愛している』と言い、こちらの本は『これまでの思い出を大切にこれからも生きていく』といい、こちらの本は『自らを引き裂いた世界への恨み言を叫ぶ』と言う内容になる


全部が全部 ラストの一言が違うんだ…、なんだこれ


「全部 ラストのエリス姫のセリフが違うでしょ?」


「はい、…なんでですか?」


「実はね、このエリス姫のラストのセリフは 消失してしまっているんだ」


「消失…ですか?」


「うん、原作 プロキオン様の著の悲恋の嘆き姫エリスのラストのセリフ、この部分だけ 切り取られてしまっていて、最後にエリス姫がなんて言ったか 伝わってないんだよね」


なんだそりゃ、それでは 最後になんと言ったか 誰も分からないってことじゃないか、それじゃあ劇にも本にもならない、ラストのラスト 今までの全てを統括するセリフが紛失って…そりゃあないよ


「だからね、通例として 本なら手掛けた人間が 劇ならエリス姫役の人が、最後のセリフを決めていいことになってるんだ」


「へぇ、…でもそれっていいんですか?」


「良いも悪いも…、プロキオン様がそうして良いって言ったんだから、しょうがないよ」


あ、そっか 手掛けたプロキオン様自身は健在なんだから誰も分からないことはないのか、今の今まで話に出てこないから完全に前提から外れていた


「でも、だとすると なんでプロキオン様は紛失した部分を補完しないんでしょうか…、或いは 他の人の解釈を聞きたいとか…」


「それはプロキオン自身、エリス姫の最後のセリフを知らないからだ」


「うわっ!?師匠!?」


ふと、というか いきなり師匠がエリス達の間にヌッと現れ話に挟まる、ああいたよ もう一人昔の劇の内容を知る人が


「あの、師匠…プロキオン様もエリス姫の言葉を知らないとは?」


「エリス姫がスバルに最後に投げかけたとされる言葉…これは史実にも存在する、だが なんと投げかけたはスバルとエリス姫にしか分からんのだ、プロキオンもこの話を劇にする最後のセリフをなんとするか難儀したようだが…結局知る術はないから 想像で補ったらしい」


実際に エリス姫はスバルに別れの言葉を投げかけた、しかし それは本当に誰にも分からない…魔女であるプロキオン様自身にも、なのに劇にしようとしたんですか?…プロキオン様にとって エリス姫とスバルとは それだけ特別な存在だったのだろうか


「だが、そうか 最後のセリフは紛失しているか…、恐らく切り取ったのはプロキオン自身だ、アイツ自身 自分で書いた最後のセリフにどうしても納得がいかなかったのだろう」


「だから、他の役者や著者に最後のセリフを任せていると?」


「ああ、アイツ自身を納得させる物が出れば プロキオンも満足するだろうしな」


なるほど…、プロキオン様が納得出来ないから 原作の一部を切り取ったと…、余程気に入らなかったんだろうな、自分の作品の一部を切り取ってしまうほどなのだ、むしろ逆に気になるな


「ちなみに師匠、プロキオン様の作った最初の劇 見てるんですよね?」


「ああ」


「その時の最後のセリフって…なんですか?」


「……、それをここで語るのは無粋だろう、なぁ?サトゥルナリア」


ああ、教えてくれないんだ…、無粋か…なんて言ったんだろう、なんて考えていると 話を振られたナリアさんが力強く頷き


「うん、そうだね…ちょっと話が脱線したけどさ、僕がエリス姫を目指す理由はそこにあるんだ」


「そこって、最後のセリフですか?」


「うん、エフェリーネさんのやった劇 他のみんなが書いた本、どれも素晴らしいけどさ、やっぱり最後のセリフには納得できないんだ、だから 僕がエリス姫を演じて 僕の思う最後のセリフを言いたい…それが それこそが、僕の本当の夢 かな?」


本当の夢か、エリス姫を演じることそのものではなく プロキオン様さえ納得出来なかったエリス姫最後のセリフを、己の手と口で紡ぎたい…それこそがナリアさんの目的 か


「いいですね、ちなみになんて言うつもりなんですか?」


「エリス、それを聞くのも無粋だ、聞きたければ ナリアを悲恋の嘆き姫エリスの舞台にあげることだな」


「えぇ…」


「あはは、今日の劇について内緒にされたお返しだね、大丈夫 僕は必ずエリス姫になる、だからその時 見に来てよ、エリスさん」


「そうですね…、その方がいいですね」


何でもかんでも答えだけ聞く と言う方が無粋か、ナリアさんが胸に秘めるその言葉を言うのは エリス姫の舞台の上以外ではあり得ない、と言うことだろう、気になる気になるなら彼の夢を叶えるしかない


そして、その夢は必ず叶えられる…なら、その時をゆっくり待つべきか


「分かりました、その時を楽しみにしてますね」


まぁ、いい話が聞けた 彼の目的 彼の夢、それが聞けただけでもいいじゃないか 、髪をかきあげ耳に乗せ、エリスは再び小道具の整理に集中して…


集中…して……うう


「あ あの、ナリアさん?、なんでしょうか さっきからじっと見て」


話が終わり、もう何もないと思ってたら なんかナリアさんが見てくるんだ、ジッと エリスの顔を…なんだ、またエリス何かしちゃいました?無粋なこと


「ううん、あのさ…エリスさん 、エリスさんって髪のお手入れってしたことある?」


「え?、髪ですか?、したことないですね 化粧もあんまりしたことないです」


したことない、だってエリスは旅の身だ 身なりに気を使う心は最低限しか持てないし、何より誰かに見せる程の髪もしてない、まぁ 最近ちょっとガサガサになってきてますが、でも最低限の清潔は保って…


「してないの!?そんなに綺麗な髪持ってるのに!?」


「え ええ、してないですね…ね 師匠」


「ああ、そもそも私に化粧をする習慣がないからな」


「勿体無い!勿体無いよ!エリスさんそれは!」


な なんか怒られた、それは髪に対する冒涜だよ!と語るナリアさんの髪は 確かに綺麗だ、潤いがあり 艶やかで、ついでにいい匂いがする


あ…もしかしてナリアさん、美容には相当気を使ってるのか、彼は女装趣味があるわけではないが いつも女の格好をしている、それはエリス姫を演じる上で女になりきらないといけないからだ


だが、女の格好をしても 彼には違和感というものが全くない、それは 肌や髪 その他諸々にありとあらゆる気を使ってるからだろう、そういう彼から見れば 美容面に全く気を使わないエリスは まさに冒涜的存在と言える


「ちょっと待ってて!!エリスさん!!僕が使ってる香油あげるから!」


「え!、いいですよ!別にそんな…エリス気にしてませんし!」


「僕が気にするの!、せっかく綺麗な髪を持って生まれてきたんだから、大切にしないと…こういうのは願っても手に入るものじゃないんだ」


う、なんか ナリアさんがいうと重たいというか迫力があると言うか…、生まれ持った物はどれだけ願っても新たに手に入ることはない、今あるものを大切にする以外ないのだ


「はい、これ 帝国の商人から買ったやつ、いい奴だから あげる」


そう言って取り出されるのはポーションのように便に入った植物の…いや花の油か?、分からん けど…


「帝国ってアガスティヤ帝国ですか?、もしかしていい奴じゃ…」


「だからいい奴って言ってるじゃないか、大丈夫 帝国からの輸入品は王都に行けばまた手に入るし、それよりもエリスさんの髪だよ、ほら 髪こっち向けて」


「は はい…」


髪を蔑ろにする者 許すまじと凄まじい威圧を放つナリアさんに気圧され髪を向ければ、ナリアさんは香油を手にやや垂らし それをエリスの髪に揉み入れていく


「歯を磨くように髪を磨き、体を洗うように髪も洗う、人の印象は九割髪で決まる、どれだけ身綺麗にしてても寝癖ぼさぼさだったらだらしなく見えるでしょ?」


「まぁ、確かに…」


「それと同じで、エリスさんがいくら美人さんでも髪がダメだと台無しだよ、エリスさん可愛いんだから もっと自分を大切にしないと」


「すみません、ありがとうございます」


ナリアさんの手つきは非常に慣れている、なるほど そうやって揉み入れればいいんだな、旅の最中は油と石灰を混ぜた石鹸でガサガサ!と川の水で洗うだけだったからか


なんだか、髪が喜んでいる気がする…、そっか もっと大切にした方がいいのか…


もしかして、ラグナ達もエリスの格好について何か思ってたりしたのかな、…そう言えばデティもメルクさんも髪からいい匂いしてたなぁ…ひょっとすると髪の手入れしてないの、エリスだけ?


「はい、終わり どう?」


「…おお、髪からいいの匂いがします、それになんか ツヤツヤしてます、師匠!」


「ああ、…いや 正直驚いた、髪に油を塗っただけで雰囲気が変わったぞ、エリス」


髪からふわりと香る花の匂い、これ 周りの目云々以前にエリス自身も気分がいい、いいなぁこれ、これからも続けていこう


「お化粧とはその場凌ぎに非ず!、続けるからこそ意味がある!、これからも続けていけば 髪は綺麗になるよ、本当は蒸し風呂に入った後にでもやった方がいいんだけど、今は応急処置って事で」


「ありがとうございます、ナリアさんはエリスのお化粧の先生ですね」


「え?、いや そんな大したものじゃ…、そ それより はい!、これ!」


そう言いながらエリスの手に香油が渡される、便のラベルには帝国の国章が刻まれている、アガスティヤ製の香油か…


「エリスさん、これからも旅を続けて いつか帝国にもいくんだよね?」


「はい、エトワールの次に向かうつもりです」


「なら向こうでお化粧の道具とかを揃えるといいかもね、帝国は世界一の技術を持ってるから そういう道具もいいものが揃ってるんだ」


帝国は世界一の技術力を持つ…か、デルセクトも並外れた技術力を持つそれ以上の可能性があるのか、一体どんな国なんだろうか…


アガスティヤ帝国を統べるのは無双の魔女カノープス様だ、八人の魔女の中でも最強と言われる 現行世界における頂点、カノープス様は あのディオスクロア大学園に存在する 迎撃システムや管制室を作ったとも言われる人


そんな人が統べる国か…、これは 凄そうだな


「はい、お化粧講座終わり、…ごめんね 無理矢理」


「いえ、エリスのことを思って…ですよね」


「うん、エリスさんは美人さんだからね、それを大切にしてほしいな」


美人かどうかは分からないけども…、それでも ナリアさんの気遣いはありありと伝わってくる、大切にしなくちゃいけないな なんでエリスの内心にそんな気持ちを芽ぶかせるには十分なくらいは伝わりましたよ


「ありがとうね、エリスさん 本当に」


「またお礼ですか?ナリアさん…、流石に感謝の気持ちは伝わりましたから…」


「まぁそうなんだけどね…、だけど言わせて?もう僕達は クリストキントはエリスさんを余所者としては決して扱わない、もう君は仲間だ…だからこそ ルナアール捕縛 、これに全霊を尽くすつもりだよ」


ルナアールか…エリス達はまだ奴の影さえ踏めていない、劇団の活動に重点を置きすぎたからだ


けどまぁ、それももう終わりだ、恐らくだが ノクチュルヌがあれば劇団は軌道に乗る、そうなればエリスももう少し余裕を持って行動できるし、クリストキントも今まで以上に手助けをしてくれる


「感謝します、…けど その為にはまず王都に行かないといけませんね」


王都…あそこにはプロキオン様の弟子ヘレナさんとエリスの協力者セレドナさんがいる、ルナアールについて動くなら 王都に行く必要がある


「王都か、ここからだと 2ヶ月はかかるかな」


「そんなにかかっちゃいますか、なら その間はルナアールの収集と劇団のための活動に従事しますか!」


「ほんとに…エリスさんは優しいね、その気持ちに僕も答えなきゃ」


「もう十分答えてくれてますよ ナリアさん」


なんて ナリアさんと笑い合いながら エリスは内心、剣呑に目を細める…そうか 2ヶ月後か


…ルナアールは一度盗みに入ってから3ヶ月間を開けるという、そして前回盗みに入った時期的に考え


次に出現するのは、エリス達が丁度王都に入った頃になる、何がどうあっても 次に事が動くのは王都入りした後、つまり あんまり 時間的な余裕はない…と言うことだ


ルナアール、出来ればそれまでに 奴の尻尾くらいは掴んでおきたいな…、ほんとに 何者なんだ、アイツは


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