160.孤独の魔女と最後の総力戦
「……うぅ…」
「エリスちゃん!」
朧げながら焦点のあっていく視界、感覚的に分かる エリスは気絶していた、今日二度目の気絶 混乱するよりも理解が…って
「ここは!」
跳ね上がり起き上がる、ここどこだ!エリスは時屠りの間でアイン達と戦って…それで、アマルトさんがエリスを逃して…ってことはここは学園?
やっぱり混乱する頭で慌てて周りを確認する、ここは…学園?いや違う 、でも見たことあるぞ…、ああそうだカリストが秘密のアジトに使っていた学園の地下?、確かシリウスの非難用に使ってたと思われる場所
なんでここに
「気がついたか?エリス」
「驚いたぞ、お前が気絶して運ばれてきたのだからな」
「ラグナ…デティ、メルクさん」
気絶して運ばれて…ああ、アマルトさんに気絶させられ エリスは無事ここに送り届けられたのか、目の前で心配そうに顔を俯かせる三人を見てなんとなく把握する、みんなは気絶したエリスを介抱してくれたのだろう
治してくれたのはデティか、戦いで得た消耗が全て嘘のように回復してる、というか魔力まで戻ってる 流石はデティだ
「なぁ、エリス」
「はい?、なんですか?ラグナ」
「その…お前が気絶したってことは…アマルトは」
「アマルトさん?」
首を傾げ考える、なんでみんなそんなに悲痛な顔してるんだろう…気絶して…ああ!
「勝ちましたよ!ちゃんと!」
「え?、勝ったの?」
やっぱり、エリスがアマルトと戦い負けたと思ってたのか、まぁエリス一回負けてるし 仕方ないといえば仕方ないけどさ…
「勿論、と言っても勝負はついてませんが 彼の中に何か変化はもたらせだと思います」
「じゃあなんで気絶してたんだよ、滑って転んだとか言わないよな?」
「それは…、皆さん 大変なことになりました」
みんなに向けて座り直し、話す 何があったか全て
アマルトと激突し、戦いその結果彼と話ができたこと、彼の中に何かしらの変化を与えられたと思うこと、だって 昔の彼ならエリスを助けようとしなかった…きっと 何か踏ん切りがついたと思う
けど、その直後 大いなるアルカナの襲撃を受けた、奴らは随分前から学園に潜入し何かを仕掛けていた 或いはエリス達を監視していたんだ
エドワルド先輩がNo.13 死神のヌン
アドラステアがNo.14節制のサメフ
アレクセイがNo.15 悪魔のアイン
図書委員がNo.16 塔のペーだったこと、奴らは身分を偽っていたんだ、そいつらに襲撃され アマルトさんに助けられ…今に至ると
それを受けデティ達は
「やっぱり!ほらー!エドワルドは怪しいって!アルカナっぽいって言ったじゃん!」
「言ってませんよデティ」
「しかしアレクセイ達が…アルカナだったとはな」
「……イオが目をつけてた通りだったな」
ふと、ラグナが口を開く 目をつけていた通りだったと、え?なに?知ってたの?ラグナという目で見つめると彼はすぐに視線に気がつき
「すまん、イオから他言無用を言い渡されていたんだ、アレクセイがバーバラを襲った犯人じゃないかって…」
「そうだったんですね…」
「ひどーい!黙ってたの!ラグナ!」
「いや…まぁ、はい 黙ってました…ただ、イオもアルカナかどうかまでは知らなかったみたいでな、俺も まさか奴らがアルカナだとは予想だにしなかったよ」
まぁ、エリスもアレクセイの正体に半ば気がつきながら黙ってたし、お互い様なんだけどさ…
「しかし、この状況は…」
周りを見渡す、学園の一部とみられるこの地下室の中にはエリス達以外にも人がいる…というか人だらけだ、見渡す限りの人人人、数えればキリがないほどの人間が押し込められている…
「ああ、課題の最中 魔獣が街に突っ込んできたんだ」
「魔獣が…アインの言っていたやつですね」
アインが言っていた、街に百三十万の魔獣を解き放ったと、それで生徒達を食い殺させると言っていたが、やっぱり 嘘でもハッタリでもなかったか…でも 見た感じ死傷者が出ているようには見えない
というのも怯える人はいても悲しみ耽る人は居ないから、人が死んでいたらもっと空気は重い
「魔獣が街に現れた途端 防衛機構の迎撃システムが反応してな、それらが魔獣を食い止めてくれたおかげで生徒達は皆ここに避難することが出来たんだ、今俺達を含め街人 生徒 教師達、全員が学園の地下施設に避難している状況だな」
迎撃システム!そんなものもあるのか…いやあるか、何せここは対シリウスを想定した防衛機構、もうウン千年前の遺物だが それでもその機能は健在か
おかげで死人はなし…よかった、一先ず安心だ 全員が避難出来ているならもう心配はあるまい…と、思っていたのだがラグナ達の顔色は良くない
「あの、…顔色良くないですよ」
「そりゃそうさ、今は迎撃システムが抑えてはいるが 魔獣の攻勢が激しい上数も多い、いずれ突破される」
「ああ、…だからその時までに何か考えをまとめておきたいが…如何にせよ数が問題だ、私たち四人ではとても倒しきれる数ではない」
「うん…、いくら強くてもああも数が多くちゃね…」
そうか、まだ問題は何も解決してない むしろその只中にいるといってもいい、アインの率いる魔獣の大軍勢…信じられないくらいの数のそれをエリス達だけでは倒しきれない、いつか限界が来てエリス達も殺される
…後は魔女様頼りだが、今アンタレス様は暴走しているみたいだし、多分師匠もそちらに掛り切りだろう、となるとエリス達だけでなんとかしなくちゃいけないが…
「…まぁいい!、今はエリスも戻ったんだ!、もう一度状況確認も兼ねて みんな持ってる情報を並べて話し合おう、もう隠し事はなしにする!」
するとラグナはその場で座り込み膝を叩く、状況確認か 結局今出来るのはそれだけだ…、何をどういってもこの状況をなんとか出来る鍵はエリス達四人しか持っていないんだから
……メルクさんとデティも加え、エリス達は四人で情報を出し合う、と言っても話すのはもっぱらエリスだ、何せ敵と相対したのはエリスだけだから…
まずアイン達の使う魔術、ヌンは毒の魔術を サメフは何やらよくわからない防御魔術 ペーはゴーレム生成 そしてアインは魔獣を操る何かを使う…と、そしてついでというには些か重たいが 魔女様が暴走状態にありこの一件には関われないことも説明する
が、そこに関してはラグナ達もなんとなく把握していたようであまり驚きはなかった、まぁそうだよね だってこの状況になっても動かないってことはそういうことだ、特にラグナやメルクさんは魔女の暴走を経験してる
そして
「しかし全員が強敵か…、特に強いのはそのペーって奴だな、あの血入りのチョコ送ってきた変人図書委員…そんなに強かったのか、見抜けなかったな」
何故ペーがラグナにそんなことをしたのか、分からないままだがあのいかれポンチならやりそうだ
「エドワルドは毒使いか、警戒しておいてよかったな…下手に受け入れてたら私達全員毒殺されていたかもしれん」
メルクさんがゾッとしながら口にする、たしかに エリスもこのコートがあったから毒を防げたものの、もし食らっていたら…、もしどこかで彼を信用して家にあげていたら…想像するだに恐ろしい
「サメフの使った魔術…、風が握り潰される感じだったんだよね エリスちゃん」
「はい、名前は確かコンセプトコンプレッサーとか言ってました…、デティ 知ってますか?」
「んん…そっかぁ…」
デティは難しそうに腕を組んで考え込んでしまう、…分からないってわけじゃないんだが、魔術導皇も頭を悩ませるような魔術であることは確かだ
「何にしてもこの状況をなんとかするには、魔獣もそうだが アイン達アルカナの打倒も絶対条件だろうな」
そうですねと頷き答える、魔獣達は脅威だがアイン達からしてみれば所詮一手に過ぎない、死力を尽くして魔獣を全滅させても アイン達は次の手に移るだけだ、それに
「魔獣はアインの指示で動いています、どういう原理かは分かりませんが 今街を襲ってる魔獣はアインを倒せば烏合の集になるはずです」
「そうは言うけどさ、肝心のアインが今どこにいるか分からないよ?…」
た 確かに、アイン達もバカじゃない その辺をぶらぶらしてるわけがない…、アマルトさんが無事逃げ出せていればアイン達もまた別の場所に移動しているだろう、それを今から見つけるのは難しい…
……これ、思ったよりも八方詰まりじゃないか?、アイン達からしてみればエリス達が干からびるのを待てばいいだけだし、 もし街の外 壁の外に逃げられてたらもうダメだ…
「ラグナ陛下!エリスは目を覚ましたか!」
ふと、エリス達の会議に割って入る声が響く、それは避難してきた人々を掻き分けこちらへとまっすぐ向かってきて…
「ああ、イオか ご覧の通り、今作戦会議中だ」
「ん、エリス…無事だったか なら良し、君達四人にはやってもらわねばならないことがある、万全だと言うのならそれに越したことはない」
イオだ、この非常時にあって…否 非常時であるがゆえに彼の立ち振る舞いは毅然としたものであり、この最悪の状況をなんとかする為彼も先程から動き回っていたのか その額にはじんわりと汗が滲んでいる
「イオさん…その アマルトさんが…」
「いい、大方予想はつく どうせお前を逃して俺も逃げると言ったんだろう」
「え?、はい…」
イオさんの淡白な答えにびっくりする、友人じゃないのか?今この場にアマルトがいないことが心配ではないのか?…、いや 違うな これは
「ならいい、アイツは相手を逃して自分は果てるなんて立派な真似する奴じゃない、逃げられる算段があったからお前を先に逃したんだ、どうせ事のほとぼりが冷めたらひょっこり顔を出すさ、それより今はこの状況だ話したいことがある、来てくれ」
それだけ伝えるとイオは踵を返し人の海を掻き分けて進む、信じてるんだ アマルトさんが生きて戻ってくることを、ならエリスも信じよう…そうだ 彼を信じよう、うん なら今はこの学園を守ろう
再びアマルトさんが立ち上がった時のために、この学園はなくてはならないからね
「信頼…か、よし!分かりました、いきましょうか 皆さん」
「ああ、そうだな」
とにかく今は動かないと、事は一刻を争うんだ
…………………………………………………………
イオに導かれるままエリス達は避難所を掻き分け進む、どうやら今の学園は防衛機構用に変形しているようで いつもと様相も変わり、完全に一つの砦って感じだ
「学園がこのような形に変形していたのは不幸中の幸いと言える、今この学園型要塞にはこのヴィスペルティリオの街人全員が避難している、ここにいる限り安全だと これなら伝えられるからな」
イオと共に要塞型に変形した学園の中を進む、先程から廊下を甲冑を着た兵士や学生が慌ただしく走り回り、何か重篤そうな顔つきで話し合っている
切羽詰まってる それが視覚的に伝わってくる
「どこになんの兵器があるかの確認はまだ終わらないのか!?」
「学園そのものの内部構造が丸々変わってるんだ、本当なら把握に三日欲しいくらいなんだ」
廊下の脇では兵士が声を荒げて仕事をしている、変形した学園は彼らにとっても埒外らしく、現状把握に手一杯という様子だ
「ママー?、みんなどうして騒いでるの?」
「大丈夫よアンナ…大丈夫だから」
状況を理解しない子供を抱きしめる全てを知っている大人、せめてこの子だけでも守らねばと母親は震えながら子供を抱きしめる…
目立った問題は今の所起こってないが、彼方此方で恐怖によるパニックが滲み出している、人間という種にとってこの命の危機に晒される地下空間は極限のストレス環境とも言えるわけだ
「酷い有様だな」
「ええ、外の魔獣達は刻々と学園に近づいてきているのは皆分かっていますからね、幸いこの要塞には武装も多数搭載しているが…如何にせよ古いもので、どれが動いて どう動いて どうやって動かすのか、今慌てて確認しているところなんです」
「そうか、俺達に出来ることは?」
「ええ、ありますよ…先程ガニメデに確認してもらったところ、外の壁に計4カ所 大型の穴が開いているのを確認しました、そこから魔獣が入り込んでいるようです」
あの巨大な壁に穴を開けたのか、いや 連中なら出来そうだな…、しかし穴か、それがある限り外から続々と魔獣が入ってくるだろうな
「つまり、俺達にその穴を塞いで欲しいと?」
「そうです、外の魔獣達は凄まじい数存在しています、今のまま魔獣が入り込み続ければいずれ街が魔獣に埋め尽くされてしまう、一刻も早く塞ぎたいですが…魔獣の入り込む穴の付近に迎える人間は限られますから」
そうか、魔獣の数が多いと言うことは逆言ってしまえば穴を通じて一度に入って来られる量にも限りがある、百何万体の魔獣全部を相手する必要はない、穴を塞ぎ 入ってこられないようにし、壁の内側の魔獣を殲滅すれば それでいいんだ
「そこで俺たちに白羽の矢が立ったと…」
「難題ではあるが、確かに適任だな」
「うん、一番危険なところはじゃんじゃん私達に回してくれてもいいよ」
ラグナもメルクさんもデティもそこには文句ないようだ、当然エリスもだ
今は臆している時間一つとっても惜しい、穴を塞げば魔獣の流入は防げるが時間がかかればそれだけ街に入る魔獣の多くなり そうすればその分だけ穴を塞ぐのも難しくなる
なら一刻も早く と言いたいが、何もわからないのに飛び出していっても意味がない、ここは大人しくイオについていったほうがいい
「頼もしいな、…では そう言う方向で話を進めるとしよう」
「ところでさ、イオ」
「ん?なんですか?」
「俺たち今どこに向かってんの?」
エリス達は今イオに案内されひたすら階段を登ってる、窓もない螺旋階段をずーっと上にだ、先程の避難区画が地下にあることを差し引いてもさっきからかなりの時間登ってるんだが…
「実はこの要塞内部に面白い場所を見つけましてね、そこを一時的な作戦本部として活動しているんです」
「作戦…ってことは 今俺たちはその作戦会議室に?」
「ええそうです、いえ、作戦会議室というよりは…管制室と我々は呼んでいます、まぁ呼び方など何でもよいですが」
と言うなり階段は終わりを告げ エリス達は螺旋階段の終点へとたどり着く、目の前には扉がある 古い扉だ、…感じるのは違和感
この要塞は学園が変形したものだ、形が変わっただけで別物になったわけではない、元からあったものが別の場所に移動しただけ、この螺旋階段も廊下がねじ曲がって生まれたもの…しかし
「ここが、この学園を守護するための砦…その心臓部たる場です」
こんな形の扉は学園のどこにもなかった、これだけが 要塞に変形して初めて現れた扉だ、未知の部屋 それをイオはゆっくりと開けると…
「おお、こりゃあすごいな…」
「これは…本当に八千年前の要塞なのか?」
「すごーい、これ作ったの多分昔の先生達だよね、流石魔女…」
部屋の中身を見て 皆目を見開く、エリスもまた唖然とする… 驚いたから?違う、身震いしたからだ…、この部屋は 少なくとも今現在の文明の領域を遥かに超えている
部屋…と呼ぶにはそこは余りに広かった、ドーム状に広がる部屋のそれは全て見たこともない青色の水晶で構成されており、その水晶に様々な情報が映し出されているのだ、迎撃システムの状態と防衛機構の内情、そして敵の進行具合
ここにいるだけで外の状況が全てわかる、凄まじい技術力だ 完全にオーパーツと言える程の技術力のつまった部屋を前に唖然とする
これを作ったのは、きっと八千年のレグルス師匠達だ
シリウスとの戦いに備えて、ここにいる人たちを守り抜くために用意した…対天狼最終防衛機構、その心臓部分なんだ、ここは
「すごー…これどう言う原理で動いてるの?」
「まるで分からない、だが少なくとも我らの思う通りに動いてくれているから 今はいいんだ、それより」
イオは厳しい目で部屋の中に目を走らせる、部屋の中には王城の兵士や生徒達があちこちで慌ただしく情報収集している、皆顔色は深刻そうだ
「…なんか、学生ばかりですね」
ふと、エリスの口が勝手に疑問を声にする
だって、ここには今街の人間全てが避難しているはずだろう?、なのにこの管制室には学生しかいない
王城の兵士や将軍とかもここにいるだろうに…
「ええ、兵士達や王国軍は今要塞の防備に、現国王はそんな防備に当たる兵士達の指示をしています…、故にここには戦う力のない生徒達や子供たちだけが残されているのです」
ああ、大人たちは危険な方へ子供たちは後方の指揮を任されているのか、まぁ全体的な指示を統括するこの場にイオが据えられているということは、既に現国王からの信任も厚いということか
「…さてカリスト!、状況は!」
「イオ!やっと来た! ってデティフローア様達も…よかった」
「再会の話は後だ、魔獣の侵攻は!」
イオが声を荒げれば資料を手に持ったカリストが慌てて走ってくる、あの高慢ちきな態度はなく彼女も一端の護国の勇士の顔をしている
カリストはイオの指示に従い手元の資料をパラパラめくると顔を歪め…
「状況は相変わらず悪化の一途よ、街の中にドンドン魔獣が入り込んでいる、街の迎撃システムも頑張ってるけど…、はっきり言って焼け石に水よ」
「迎撃システムは後どれだけ持つ」
「…30分持てば御の字かな、それ以降は多分迎撃システムも突破されて 押し止められた魔獣がここに殺到するわ」
「思ったよりも時間がないな、…エウロパ」
「ええ、ちゃんと仕事してるわよ…」
すると今度はエウロパが現れる、相変わらずぬいぐるみを抱いているが…、というかエウロパさん帰ってきてたんだ、デルセクトに出かけてるって話だったのに…まぁ今はいいや別に
エウロパさんもカリストさんと同じように何かの資料を脇に挟んで現れる、相変わらず無表情だから焦ってる感はないけど、多分…彼女も今の状況に危機感は抱いてるんだろう、多分
「この要塞の武装はどうだ?」
「結構な数の戦力が搭載してあるわ、魔術砲 魔導爆撃機 どれも今現在この大陸に存在する物よりも高性能よ、はっきり言っていくらかパチって普段使いしたいくらい」
「で?、それを使ったら…魔獣の波を乗り切れるか?」
「無理ね、はっきり言えばここの武装も迎撃システムも時間稼ぎ目的のものしかない…、飽くまで防衛機構ってことね、多分 ここで持ち堪えている間に魔女様達が決着をつけるってスタイルだったんだと思うわ」
「無理か…そうか…」
「ここに入り込んでる魔獣は最低でもCランク 、Aランクの魔獣もわんさかいるわ、どれも一流の冒険者達が複数人で討伐するような大物ばっか…、とてもじゃないけど太刀打ち出来ない…」
「だ…そうだ」
イオはやや苦笑いしたままこちらを見る、だそうと言われましても…、最悪の状況としか言えないな
水晶に映し出される街の状況を見てみれば、まるで海のような魔獣の群れが続々と行進しているのが見える、パッと見た程度だがあそこにいる魔獣のうち一体が街に現れただけでも大パニックだろうな
あれ全部、アインが操ってるのか?…ここに居る人間を皆殺しにする為に、狙うならエリス達だけにすればいいのに、まるで物のついでとばかりに 大虐殺を行おうとしている
まさしく悪魔だ…
「事態は一刻を争うな、タイムリミットまで時間もない」
「急いで魔獣が流入している穴とやらを塞ぎに行こう、このままでは事態は最悪の方向へ転がるばかりだ」
「魔獣の入ってくる穴は全部で4つなんだよね!、じゃあ丁度いいじゃん!ここいる魔女の弟子と同じ数だし!」
「ッ……!?」
デディの言葉にラグナの顔色が変わる、魔獣を入れる為奴らが開けた穴は4つ、3つでも5つでもなく4…、もっと開ければより早く学園を陥落させられるのに、態々4つだけ…、それはつまり
「イオ君!」
「ガニメデ!、何かわかったか!」
「ああ!分かったとも!」
すると部屋の外からガニメデさんが突っ込んでくる、血相変えてって言葉がこれ以上ないくらいに似合う顔色で
どうやら外に何かを探りに言っていたようだ、彼は食らいつくように外の情景を移す水晶に触ると 映し出す箇所を切り替えていく
「さっき鳥になって空から穴の場所を探った、どうやら穴は東西南北の四箇所にそれぞれ開けられているみたいだ、そこから今も魔獣が入ってきている」
「四方向にか…」
「ただ、問題なのは…、その穴の付近にそれぞれ一人づつ、穴を守るように立つ人間が立っていた、彼らは魔獣に襲われていないところを見るに 今回の一件の犯人て見ていいだろうね!」
「アイン達です!、…彼ら 四人でそれぞれの穴を守ってるんですね…、エリス達が塞ぎにくるのを見計らって…!」
するとガニメデさんの操作で水晶は新たな景色を映し出す、いや どうやらガニメデさんの記憶を読み取っているのか 視点が偉く高い…
水晶に映し出される景色 重厚な壁にドカンと開けられた大穴、そこから魔獣が続々と入り込み 学園の人間を殺すための行進に加わっていく、そんな様を眺めるように 立つ男が一人
「…アレクセイ…いえ、アイン」
悪魔のアイン、それがニタリと微笑みながらこちらに視線を向ける…挑発的な視線だ、まるで
そう、まるで来るなら来いと言わんばかりの目 ガニメデに言ってるんじゃない、エリス達に言ってるんだ
「やはり、罠だな これは…」
ラグナが呟く、罠だ 何が罠って この状況全てがだ
「態々穴を4つ開けたのは、俺達が分担して壁の穴を塞ぎに行くのを見越してのこと、穴を塞ぎに行った俺達をそれぞれが各個撃破するつもりなんだろうな」
エリス達四人の魔女の弟子を殺す為、街の人たちを人質に取っているんだ、エリス達が行かなければ魔獣はどの道ここに来る、それを阻止するためにはアイン達のところに行かなければいけない
四人揃って行動して1つづつ穴を塞ぎ 妨害するアイン達を打倒して回る時間はない、行くなら1つの穴に一人…分担するしかない
エリス達完全にアインの策に乗せられている、アイン達にはエリス達を一人づつ相手取って勝てる自信と実力があるんだろうな
「……………………」
水晶に映るアインの顔を見て、浮かぶのはなんだ?気づけなかったことへの後悔か?それとも策に乗せられたことへの屈辱か…或いは悔しさか、それもある…あるにはあるけど全てじゃない
慚愧や悔しさ、悲しみや屈辱とは違う感情…これは、そうだな…使命感か
アインには借りがある、先程ボコボコにされたことのじゃない、エリスの友達を傷つけられた件…バーバラさんの件だ、あの時ピエールに抱いた怒りがそっくりそのまま蘇りアインへと向かう
来いって言うなら行ってやるよ、だからそこで待ってろ アイン
「ただ穴を塞ぐだけでなく、その穴を守る奴らとも戦うことになるか、ただでさえ険しい道だというのに…、どうする?ここには王城の戦士や、なんならタリアテッレ殿も今は待機して要塞の守りに当たっているが、いくらか戦力を援護に回そうか?」
「タリアテッレさんがいるの!、じゃあ代わりに行ってもらう?あの人私達より強いしさ…」
タリアテッレさんか、確かに彼女ならアイン達を倒すくらいならわけないだろう…だけど
「ダメです、タリアテッレさんにはもしもの時に備えてこの学園の防備に回ってもらう方が堅実でしょう」
「そうなの?」
「ああ、エリスの言う通りだ…アイン達が別の手を用意してないとも限らない、何かあった時 学園の全方位を一人で守れるタリアテッレを控えに回した方が堅実だ」
ラグナがエリスの意見に同意してくれる、ここまで用意周到に支度するアイン達がタリアテッレさんの対策をしていないわけがないし、何よりアイン達にはタリアテッレさんと戦う理由がない
タリアテッレさんが出てもアイン達は戦わず時間稼ぎに出るだろう、そしてやきもきしてる間に迎撃システムが突破されて…って結末が容易に想像出来る
「何より!アイン達の狙いは俺たちだ!、その場に別の人間を身代わりに差し出すような真似は出来ないだろう」
「そうだな、何 私たちが全員制限時間以内にアイン達を倒して穴を塞げばいいだけだ、無理な話ではない」
「そうだね!と言うか!この手でボコさんと気がすまーん!、折角課題で一位取れそうだったのに邪魔して邪魔してー!」
皆、戦うことに関しては既に覚悟を決めているようだ、当然ながらエリスも…
「そう言うわけです、イオさん エリス達は打って出ます、追加の戦力いりません ただ、エリス達がアイン達のところに辿り着くのを援護してもらえれば それでいいです」
奴らがエリス達は倒す 勝負申し込まれてるんだ、受けて立つのは道理だ…
「そうか、…分かった、では王城の戦力を君達の道行きに使おう、そして 迎撃システムの操作もここで出来る、…残り少ないが 君達の道を開くことくらいは出来る筈だ」
エリス達がアインを倒す、そうすれば穴も塞げるし残りの魔獣も統率を失う そうすればこの状況も打開できる筈だ
どの道 アイン達はエリス達としか戦うつもりはないでしょうしね、相手がそのつもりで策を敷くなら、策に乗った上でそれを凌駕するだけだ
「よし、…じゃあ俺達はこれから、四方の穴に向かい、そこを守るアルカナ達と戦うことになるが…」
するとラグナは静かに、そして神妙な面持ちでこちらを見る、エリス達魔女の弟子を…
「危険な戦いだということはみんなも理解してると思う、はっきり言えば命の危機にさえ瀕するだろう、だけど…頼む、みんな生きて戻ってきてくれよ」
これから挑む戦いは学生の喧嘩とは訳が違う、本気でエリス達を殺そうとする実力者たちが殺すつもりで待ち構えているんだ
危機感で言えばこの三年で最も大きい、だからこそラグナは言うのだ、戻ってきてくれと
「大丈夫、エリスは勝ちますよ」
「無論だな、我々の死は即ちこの街の人間達の死を意味する、絶対に負けられん」
「そうそう!、まぁ私がちゃちゃっと倒してくるよ!」
命の危機は覚悟の上、危険は承知の上、その上でエリス達は挑むのだ、このままでは街の人たちも魔獣の餌にされてしまうから
そうラグナに返事をすると、彼もやや心配そうながらもまぁ納得はしたのか、強く頷くと
「じゃあ、誰がどこに向かうかだけどさ…エリス、お前はどこにいく?」
そう問いかけるラグナ、どこへ行くか…即ち誰と戦うかだけど、もう決まっている
「アインのところへ向かいます、彼とはエリスが決着をつけます」
「そういうと思っていたよ、分かった、それ以外のところは我々に任せておけ」
「そうだな、他は任せとけよエリス、代わりに敵の大将は任せたからな?」
そう言うとメルクさんもラグナもエリスの肩を叩いて部屋を出て行く、外に打って出る準備をするのだろう
「…デティ?」
さてエリスも向かおうかと思い立ったところで、見てみるとデティが水晶の映像をボーッと眺めている、何か思うところがあるのだろうか
「どうしました?デティ?」
「ん?、…ううん 昔のこと思い出してたんだ、エリスちゃんとアジメクで遊んでた頃、あの時は…まさかこんなことになるなんて思ってなかったなぁって」
「アジメクの頃ですか…」
確かに、子供の頃のエリスは 自分の未来なんか考えたこともありませんでした、って言っても いくら考えたってこんな未来想像も出来ませんからね
思えばアジメクから遠くまで来た、色んなところに行って 色んな人と出会って、色んな奴と戦った…その果てに たどり着いたカストリア大陸の果て、そこでエリスは今 最後の戦いに臨もうとしている
「エリスちゃん、勝ってね?」
「勝ちますよ、みんなを守るためですから」
デティの言葉に考えるよりも先に口が動く、…みんなを守るため それが…きっとエリスの本音なんだろうな
みんな…友達や友達と過ごした場所、友達が守ろうとする人 場所…全部をエリスは守りたい、思えばエリスはいつも その一心で戦ってきたように思える
その総決算が今試されようとしている、エリスの友達全てを守る為の戦い…、そうだ その為に戦い終わらせるんだ
…アイン、貴方を倒せばそれ終わりなんです、そう彼方の彼に伝えるようにエリスは水晶に移された映像を睨みつける、これが エリスのコルスコルピでの…いや
アジメクから長く続いたカストリア大陸の長い長い旅、その 最後の決戦だ…!
そう決意し エリスは向かう、決戦の支度へと…必ず勝つ為に
………………………………………………………………
そして、数分の間皆それぞれの場所で準備を行い、エリス達は学園の外へ出る…
「……ふぅーっ」
コートを着込み 腕にディスコルディア を嵌め、腰のポーチにはポーションとナイフ 必要最低限の荷物だけを持ち、無人の遺跡群の前に立つ…はるか前方からは激しく争う音と砂煙、多分魔獣と迎撃システムが戦っているんだ
「この向こうに、アインがいるんですね…」
出撃の前 皆で話した事を思い出す…、作戦の内容だ
まずみんなが向かうのは、エリスが東 ラグナが西、デティが北 メルクさんが南
それぞれがそれぞれの穴へと向かって進み、魔獣の入り込む穴を塞ぐ、そして 穴を守る為エリス達を迎え撃ってくるアルカナ幹部達の各個撃破 その二つが目的だ
少なくとも アルカナ幹部達への勝利は絶対条件…、勝たなければ穴も何もないからな
そして、穴へと向かう道中だが…途中存在する魔獣全てを倒して進んでいては幹部達と戦う前に消耗してしまう、だから途中の魔獣は全て無視
イオ達が学園から援護砲撃を行い魔獣を散らし、迎撃システムを操作し道を作ってくれる、が それも長くは持たない、一気に駆け抜け 一気に決める、…時間とも戦わなければならないが それでも無いよりマシだ
王城の兵士全て動員し援護射撃を行う、その火力に紛れてエリス達は進む…、作戦というには稚拙だが、肝心なところは全部エリス達にかかってるんだ 気合を入れねば
「…さて、そろそろですか」
指定の時間になった、エリス達が進む合図となる砲撃が鳴り響く…、決戦の狼煙にして 勝利の勝鬨の種だ
みんな、エリスは必ず勝ちます…だからみんなも、頑張って
「すぅ…はぁー」
祈るように小さく呼吸をし…、見据える 前を!
「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』!!」
思い切り地面を蹴りながら 走りながら詠唱する、駆け抜けながら風を纏いエリスの体はどんどん加速していき、直ぐにエリスの体は風さえも追い抜く神速の矢となって真っ直ぐ前へと進む
高速で過ぎ去る遺跡達を飛び越え、前を見れば…見えてくる、この広大な街だ 壁の端まで辿り着くには少し時間がかかるが、それでも見えてくる…
魔獣の海、凄まじい数だ あれを蹴散らしながら進むのは至難の技だろう…だが
『エリス!道を作る!雑魚には構わず進め!』
学園の方からイオの声が聞こえてくる、どうやら遠隔に声を飛ばす通信魔術もあの部屋にはあるようだ
そしてそのイオの声の直ぐあとに、要塞に備え付けられた魔術砲が火を放ち 魔獣の群れを吹き飛ばし その海に穴を開ける
「グルルォォォォォオ!!??」
吹き飛ばされた魔獣は雄叫びあげ怒り狂っている…、魔術砲では殺しきれないか、あの砲台もかなりのボロだからな、動いてるのが奇跡みたいなもんだ 贅沢は言わない!
「邪魔です!エリスは貴方達の親分に用があるんです!」
魔獣の海 その中に開いた穴に躍り出て吠える、魔獣達に向けて
「グググオオオオ…」
言葉が通じているのか否か分からないが、直ぐに魔獣達はエリスに目を向ける…やはり魔獣の アインの狙いはエリス達か、しかし あいつはしない…!
『迎撃システムをフルに使うわ、ともかく進んで』
今度はエウロパの声がする、それと共にエリスの背後から雲のような形の砲台や 石の巨人…この防衛機構に備え付けられたなけなしの迎撃システム達が魔獣達に襲いかかり 押し退ける
道を 作ってくれた!
「ありがとうございます!イオさん!エウロパさん!」
さらに加速する、作られた道 決して広いとは言えない、言い換えてしまえば隙間とさえ取れるようなそこに体をねじ込みながら進む、再びエリスの前に魔獣が立ち塞がれば魔術砲が火を吹き蹴散らす、迎撃システム達が奮戦する
エリスが何かをしようとするまでもなく、エリスの手を煩わせないためにエリスも学園側も全霊を尽くす
「っ……!?」
ふと、立ち止まる 壁の穴まであと少し、というところで これまでエリスを殺そうとしていた魔獣達が予想外の動きを見せたのだ
…襲ってこない、ただ エリスと一定の間隔を開けながら、ぐるりとエリスを取り囲む…先ほどまでと動きがまるで違う、魔獣達は自分で考えて行動をいきなり変えるということはない、ましてや こんな大勢が一度に なんて事あり得ない
あり得るとしたら
「来ましたか、ようやく」
「それはこっちのセリフだよ、やっと来てくれたね エリス君」
エリスの目の前に立ち塞がる魔獣がザッと立ち退き 道を作る…、そこを歩けるのはただ一人 魔獣達を操る支配者 ただ一人
「アイン、さっきの借り 返しに来ましたよ」
悪魔のアイン、アルカナのNo.15 エリスが今まで戦った相手の中で最大…、アルカナでも最上位の実力者にして、このカストリア大陸に存在するアルカナ最高戦力のうちの一人…アインがエリスの前に立つ
「さっきの借りか…くくく、あははははははは!、これが君たちを分断して各個撃破する罠だって気がつかなかったのかい?」
「気づきましたよ、気づいた上で 策に乗った上で、貴方達を凌駕し 勝つつもりで来ました」
「傲慢だなぁ、流石は人間の傲慢…その極致たる魔女の弟子だ、その厚顔さには恐れ入る…まさか勝てるつもりで来ているとは」
アインは笑う、げたげたと後ろに手を組みながら牙を見せ愉快そうに笑う、勝てると思っているのかと、そりゃ思ってますよ…いつだって 勝つつもりで戦ってますから
「ここにいる魔獣の数は知っているだろう、この魔獣達は全て僕の手足だ、…魔獣は確かに長い間人に遅れを取ってきた、だが統率なき獣達である彼らに知を与え 徒党を組ませる、そんな王の存在があれば 劣等種たる人間など 敵にはならないのさ」
「劣等種って、あなたも人間でしょ…」
「くくく、僕が人間に見えるかい?」
「人でなしには見えますよ」
「じゃあそれでいいよ」
するとアインはカツカツと靴音を鳴らし無防備にエリスの周りを歩き始める
「僕の他に穴を守っているヌン サメフ ペー、彼らは人の中でもかなりの使い手さ、君の友達が彼らに勝てるとはとても思えないな…」
「勝ちます、ラグナ達もエリスも」
「その根拠はどこから来るのか、…僕の見立てでは全員が君たちより格上だと思うがねぇ」
確かに アイン以外の奴らも強い、もし奴らとデルセクトかマレウスで邂逅していたら…エリスは抵抗する間もなく殺されていたかもしれない、そう思えるほど 彼らは全員強い
でも、ラグナ達はやる…必ず
「だとしても、エリス達は貴方達全員を倒して、学園を救います」
「聞き分けがないな、君はいつもそうだ…そうやって闇雲に戦いを挑んで あの学園でどんな目にあったか、忘れたのかい?」
「今は違います、エリスは…もう一人じゃないので」
「あ…そう、そうだね…死ぬのは君一人じゃない」
するとアインが軽く指を鳴らす、魔獣達の群れを押し退け一際大きなドラゴンが現れ…アインを前に首を垂れる
「君たち全員を殺し 魔女をも殺し、人の世を終わらせ 僕は新たな…正しい世界を作り上げる、魔獣の統べる獣の世界を」
ドラゴンの頭に乗ったアインは巨大な魔獣達と共にエリスを見下ろす、獣の世界だか正しい世界だか知らないがな…、エリスは相変わらずドタマに来てんですよ…
「貴方が傷つけ 蔑ろにしようとしている命、そして何よりバーバラさんの傷の借り…返しますよ!貴方に!」
「やってみなよ!出来るのなら!」
魔獣が動く アインが叫ぶ、エリスが吠える…今 ここに、エリスの最後の戦いが幕を開ける、絶対に…絶対 勝つ!
……………………………………………………………………………
ヴィスペルティリオ 南側の道を行く影がある…
『そろそろ壁際よ、メルク!』
「ああ、すまないな エウロパ」
進む進む、魔獣の海を真っ二つに割く道を進みながらメルクリウスは見据える 、遠隔から飛んでくるエウロパの言葉に答えながら…見る、壁に開いた大きな穴を、あれを塞げば魔獣の流入は防げる
メルクは蜘蛛のように多足型の砲台の頭に乗り 静かに息を整える、エリスやラグナのように高速移動の手段を持たない私は迎撃システムを乗り物代わりに進ませてもらっている
しかし、この迎撃システム 名はなんと言ったか…、 、『迎撃システム』と一括りに言っても種類はたくさんある、課題の最中であったその場から動かない砲塔にも雲の足を持つ多足型の砲台にも名前はある
他にも巨大なのっぺりとした石の巨人や壁を抱える姿勢で走る車などバリエーションは多数だが、それらの名前は今失われているようだ
名無しというのは可哀想だ、名とはこの世に生まれたものが受ける最初にして最大の祝福だ、それが失われてしまったのは居た堪れない こんなにも頑張って働いているのに
「よし、私がお前に名前をつけてやろう」
『何を言ってるのメルク』
「エウロパ お前には言っていない、この子に言ってるんだ」
『この子って多足型砲台の事?』
そんな野暮ったい呼び方はやめてやれ、この子にはこの子の名前があるんだ…そうだな…
「よし、お前は今日からケイリーだ」
『…それ女の子だったの?』
「エウロパ お前には言っていないと言ってるだろう」
ケイリーは八本の足をカタカタ動かしながらひたすら進む、働き者だな よし、この戦いが終わったら一緒にデルセクトに帰ろう、そして私のお付きにしてやろう 可愛い奴め
『なんでもいいけれど、そろそろ穴が見えるわ…ちゃんと仕事してよ』
「分かっている、穴を塞ぐなど 錬金術を用いれば朝飯前だ!行くぞ!、はいよー!ケイリー!」
両手に錬金銃を用意して、穴を睨む…ううむ 穴とはいうが、あれはもう大型のトンネルだな、大型の魔獣が入り込んでる時点で察していたが、まぁいい あの程度の穴なら錬金術で一発だ…
その刹那…
『…!メルク!危ない!敵よ!』
「なにっ!?だが魔獣は…」
近くにいない そう言いかけた瞬間 多足型砲台…否、ケイリーはエウロパの操作でブルリと身震いし私を突き飛ばし地面へと振り落とす…
「なっ!!」
地面へと落ちるその瞬間、私は見た…ケイリーの上からドロリとした黄色い液体が滝のように降ってくるのを…あれは…
「ケイリー!!!」
遅かった、私が何かするよりも早く液体はケイリーを包み、あっという間に白煙を漂わせグスグズと溶かし…、石畳ごと溶解し切ってしまった、ケイリーが…死んだ
「おやおや、外してしまいましたかぁ…」
「ケイリー!ケイリー…!」
聞こえてくる声を無視してケイリーのいた場所に向かうが、ダメだ…完全に溶かされている、これは治せない…
何故だケイリー 何故私を庇った…!お前が死んでは意味がないだろう!
「あの…」
「…安心しろケイリー、お前の墓標は必ず立てやる、我が国 デルセクトに…」
「無視するなら やっちまいますよぉ〜」
「そしてお前の墓前には必ず捧げよう…!」
錬金銃を強く握り振るう、背後に!この 下手人に!
「勝利を!捧げることを約束する!」
ぶつかり合う仕込み剣と錬金銃、なるほど こいつか…噂に聞く毒魔術とやら、どうやら硫酸も作り出せるようだな…
「エドワルド!いや、死神のヌン!」
「はははは、なんだ 油断なんかしてないじゃないですか…メルクリウス首長殿?」
鍔迫り合いを演じる剣と銃、私と死神のヌン…大いなるアルカナの幹部の一人にしてNo.13、魔女の弟子を殺すためだけに 今この場で大虐殺を平然と起こそうとしている悪鬼外道
「やはり貴様は油断ならんと思っていたが、まさかアルカナだったとはな」
「怪しい怪しいって口にするだけじゃ意味ないんですよぉ?先輩からの教えです」
「貴様を先達として敬ったことなど一度としてない!」
銃に力を込めヌンの体を押し飛ばし、銃口を向ける…外道は許さん、民の平穏な暮らしのため、ここで悪を穿ち抜く!
「殺してあげますよ、貴方達魔女の弟子は…一体どんな断末魔をあげて死ぬのでしょうねぇ!」
スラリと剣を構えるヌンと 銃を向けるメルクリウス、魔獣の海にポカリと空いた穴の中、対峙する死神と正義の使者は今 ぶつかり合う…
…………………………………………………………
『ラグナ君!ここだ!』
「ああ、見えてる あの穴を塞げばいいんだろう」
ヴィスペルティリオ 西側の壁に空いた穴を前に 遠隔から飛んでくるガニメデの声に返事をするラグナは静かに、息を吐く
目の前には穴がある、あれを塞ぐのは簡単だ…その辺の遺跡持ち上げて詰めちまえばそれで終わりだからな、だが この仕事のメインはそこじゃない
穴を塞ぐのは そっちを片付けてからだ
『ラグナ君?どうしたんだい?動かないのか?』
「ああ、…見られている この穴を守ってるアルカナの幹部ってのが近くにいるんだろう」
左右に視線を走らせる、東西南北 四方向に開いた穴にはそれぞれ一人づつ穴を守る そして分断された俺たちを始末するアルカナの幹部がいるという、穴はそいつを片付けてからになるが…
さて、俺の相手は誰になるのかな、今から楽しみ……
「ッ……!!」
『ら ラグナく……』
刹那、ガニメデの声が掻き消され 代わりに飛んでくる、とてつもない速度で何かが、魔獣じゃない 奴らはこんなに機敏に動かない、見るよりも先に 反応するよりも先に反射で動き 飛んできたそれを全て拳で叩き落とす
「これは…岩か」
飛んできたそれは岩だ、それもただの岩じゃない…多分元は人型だった…、ああ これはゴーレムってやつか、つまり俺の相手は
「No.16 塔のペー…だろ?」
「はわわ…ラグナさん、つよぉい」
チラリと岩の …ゴーレムの飛んできた方を見れば、魔獣の群れの中 なんでもないように立つ少女が見える、メガネに野暮ったい三つ編み…見覚えがある
いつぞやの図書委員だ、いつも本が重たくて持てないよと泣き言を言いながら俺を頼ってきた女子生徒、いつもなら 助けてやるんだが、もう…そういうわけにはいかない
「やめろよ、それ 演技なんだろ?…お前の本性は聞いてるぜ、ペー…」
「…………私の名前 …ラグナさんようやく呼んでくれた…」
「ああ?」
ワナワナ ブルブル 、痙攣するように体を震わせる図書委員は頬を裂くようにニタリと笑い、震える手で三つ編みを解き眼鏡をかけ鷲掴みに砕く、まるで 被った仮面を脱ぎ去り、本来の顔を見せるように 目を見開く
「ギギギィ!アーヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!ずぅーっと!待ってたよぉ!ラグナぁ!この時を!この瞬間をよぉ〜〜!!」
「おいおい、キャラ変わりすぎだろ…それが本性ってマジか?」
「マジもマジぃ!これがアタシ!一番強いアタシなんだぁ?」
ゲラゲラと魔獣よりも獣らしく笑うとべろりと顎下まで伸びる舌でペロペロ舌なめずりしながら図書委員は、否 塔のペーはこちらを見る、こんなやばい奴だったとは 全然気がつかなかった…、あんないかれた見た目してる癖に演技うま過ぎるだろ
「ねぇえええ!アタシのプレゼント!受け取ってくれたよね!チョコォッ!、美味しかった?美味しかった?一番美味しいよなぁ?」
「チョコ?、ああ!あの血入りのチョコ!お前なんてもん食わせんだよ!、何考えてあんなもん送りやがったこの野郎!」
「ラグナの気を引きたかったんだよぉ〜!」
「はぁ?俺の?」
気を引きたかったって、だからってあんな気色悪いもの送ってくるか?普通…
「お前見た時からずっとずっと!お前と戦いたかったんだぁ…だから少しでもアタシの方を見てもらおうって、アタシの一番好きな物入れて プレゼントしたんだ」
「好きなものって…血がか?」
「うぅん!だって…」
するとペーは軽く拳を握り、すぐ脇に控える魔獣を叩き殺す、拳の一発で まるで地面に叩きつけたトマトのように魔獣の頭が爆ぜるのだ、…そしてその砕けた頭にかぶりつくと
「げへへ…アタシー血が一番好きなんだぁ、だって相手が血を流してるってことは!アタシが勝ってるってことだしぃ?いひひひひ!最高〜〜!」
「相当いかれてんな、お前…昔の兄様もびっくりだよ」
頭をから魔獣の肉を浴びてゲロゲロ笑うペーを見てドン引きする、いかれてる奴ってのは何処までもいかれてる、ベオセルク兄様も昔はいかれてるだの狂人だの言われてたが、こいつに比べれば可愛いもんだ
ペー…お前、魔獣よりも魔獣らしいよ
「次はぁ!ラグナ!お前の血を啜るぅ!、この瞬間をずっと待ってたんだ!殺し合おう?殺し合おう!、魔女の弟子で一番強いお前を倒して アタシが一番になるんだぁっ!」
「そういや、お前 このカストリア大陸にいるアルカナの幹部の中で最強なんだったか?」
「うん!アタシが一番強いんだぁ」
こんないかれた奴も カストリア大陸に存在するアルカナの幹部の中では最強らしい、つまり あのアインよりも強い…まさしくアイン側の切り札とも言える存在だ
それと俺は当たっちまったわけだ…運良く
「へへへ、ラッキー…やっぱやるなら一番強い奴とじゃないとな」
拳を鳴らす、敵方最強戦力?上等!、この学園での決戦 その幕引きに相応しい相手だ、俄然やる気が出てくるぜ
「あっはは!気が合うねぇ!気が合うついでに殺し合おう!」
「殺し合わない!殴り合う!その上で!ぶちのめす!、どっちが一番か決めようぜ!」
「ひゃーはははははははは!!!」
ヴィスペルティリオの街 遺跡群、その西方にて 最大の魔力と魔力、闘気と狂気がぶつかり合う、
………………………………………………………………
ヴィスペルティリオ 北部の壁際に空いた穴の前…小さな影は髪を風に踊らせる
「………………」
『あの、デティフローア様?』
「ん?、カリスト…何?」
『早く壁の穴塞がないと、魔獣が…』
迎撃システム達が必死にデティフローアを守る中、デティは一人壁を見つめて静かに風に髪を揺らす、そんな様を見て不思議に思ったのか 遠隔通信にてカリストが問う、どうしたのかと
どうしたのかってそりゃ、…どうしたんだろうね、ただ不思議と壁を塞ぐ気にならない
多分ここで私が壁を塞ぐ為に魔術を使った瞬間、奴はその隙を突き 私を殺すだろうから…相手が痺れを切らせて出てくるのを待ってるの
「ねぇ、そろそろ出てこない?、…我慢比べしてられるほど、今の私余裕ないの」
『え?デティフローア様…』
「カリスト、通話切って …ね?」
『は はひぃ〜』
デティフローアの眼光を見て蕩けた声を上げるカリストは魔術による遠隔通話を絶つ、これで 真の意味でこの場にはデティフローア一人…いや 二人か
「さぁ、これでいいでしょ 出てきてよ、アドラステア…それとも節約のザラメって呼んだ方がいい?」
「サメフです、節制のサメフ」
「そうだっけ?」
デティフローアの呼びかけに反応したか、或いは名前を間違えられ思わず訂正しに現れたのか、行き交う魔獣の間にヌルリと現れる紫髪の女、フィロラオス家に代々伝わる紫髪を持った女
「驚いたなぁ、本当に貴方がアルカナの一員なんだ…、貴方コルスコルピの貴族だよね、なのに魔女排斥組織に加わってるの?それとも偽物?」
「いいえ、私は本物のアドラステア・フィロラオス…そして 魔道の深淵に心惹かれあのお方に忠誠を誓った真なる魔術師の一人 節制のサメフです」
魔道の深淵ね…、サメフの言葉にデティフローアは片目を閉じる、まぁいい ここを守ってるのは彼女か、つまり私の相手はこいつってことだ
「デティフローア様 貴方がここに来てくれたこと、心より感謝します」
「へ?どういうこと?」
「貴方は私の手で始末したい、ペーやアイン達には譲りたくない相手でしたので」
「ほーん、それは私なら楽勝で勝てるからって言いたいの?」
「それもありますが、それだけではありません…」
するとサメフは周囲の魔獣を手で制しこちらへ歩み寄る、まるで 他の奴らは手を出すな こいつは私が殺す…そう言わんばかりだ
「貴方が魔術導皇だからです、私の目指す未来に 魔女も 魔女の弟子も魔術導皇も、全て邪魔だからですよ」
「邪魔と…、まぁその意見には賛同するかも、私も今 貴方が猛烈に邪魔だからさ」
「そうですか、気が合いますね」
ぶつかる視線 まるで鉄を打つような火花が舞い、睨み合う…デティフローアにとっても サメフにとっても、今目の前に存在する相手は邪魔以外の何者でもないからだ
「ねぇ聞かせて、サメフ…貴方の使うコンセプトコンプレッサー…、貴方それを何処で取得したの?」
「…ふふ、ふふふ 気になりますか?」
「当たり前じゃん!、その魔術は第一級禁忌魔術!既に三百年も前にその存在すらも完全にこの世から抹消された最悪の魔術!、今の世の中ではどうやっても取得どころか その存在の把握さえできないはず!、一体誰が!貴方にそれを教えたの!」
禁忌魔術…使うことを禁止された魔術の中には厳格な方の下定められた等級がある
第三級は事と場合によっては限定的かつ魔術導皇の許可と役員の監視があって使用が許される、第二級はそもそも使うことが絶対に許されない魔術
そして、サメフが使ったと言われるコンセプトコンプレッサーは、そのあまりの恐ろしさと非人道的活用法からその存在も創作者も使用者も 全て遍く歴史の闇へと消しされた第一級禁忌魔術
これを使用出来る者が今この世にいるわけがない、その存在を知る者も居ない…ある意味半古式魔術と呼んでも良い代物
それをサメフが使った、その言葉を聞いた瞬間から デティはなんとしてでもサメフから聞き出さねばならなかった、何処でそれを得たのか…魔術導皇として対処しなくてはいけない問題の1つだからだ
「ここで貴方に大人しく教えるわけがない…、知りたいのなら どうぞ、この魔術 貴方の身で受け止めて、お考えを…」
「上等…!、口で言って聞かないなら 体に聞いてやんよ!コンニャロー!」
小さな体 その身に秘めた使命感が燃える、悪敵を打ちのめし 学園を守り 法の秩序さえも守護せんと、魔術導皇として 初めての戦いへと身を投じる