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155.孤独の魔女とアリスタルコスの因縁


アマルトがサルバニート出会い 触れ合い、もうすぐ四年という時が経とうとしていた、毎日毎日 会う都度会う都度に言葉を交わす内にアマルトの中にあったサルバニートに対する緊張や遠慮もなくなり


もうこの頃は彼も彼女を一人の家族として扱うようになっていた…もう学園にも入学出来る年齢だ、お父様からもそろそろディオスクロア大学園に入学してみるか との話もいただいている、学園を卒業すれば僕は一人前…そう 夢にまで見た一人前になる日が来たのだ


誰も彼もを救う 未来の守り手たる理想の理事長は目の前だ、そんな静かな情熱を燃やす


そんな、そんなある日のことだった


アマルト・アリスタルコス 齢を十二歳 春の終わりを告げる雨季の只中


この日、窓から覗く雨景色を目にしながら微睡みから目覚める彼は知らない、この日 彼の全てが瓦解し、崩れ始める…全ての始まりの日である事を



……………………………………………………………………………………


「生憎の雨だね」


「そう…ですね」


アマルトは静々とサルバニートの隣に座りながら窓の外に目を向ける、まだ朝だというのに今日は酷い土砂降りだ …これは外で剣術の訓練は無理だろうな


最近ではアマルトは授業が始まるよりも前に一度サルバニートに僅かながら朝の挨拶をするようになっていた、何故そうするようになったか?


「それでも、窓から覗く雨というものも 時には美しく見えるものですね」


「そうか、そうだね」


ニコリと笑いながらこちらを見るサルバニートの顔を見て 悲しくなる、初めて出会った時 僕は彼女の顔をゲレンデのように白い肌だと讃えた


しかし今はどうだ?、未踏の芸術たるゲレンデは病魔に踏み荒らされ、肌は荒れ 目の下には物悲しいクマが見える、最近 目に見えて彼女が弱っていっている


一人の人間…それも愛する人間の命が、目に見えて弱り 今にも消えてしまいそうな綱渡りじみた毎日を送っている、その事実にアマルトは毎夜無力感から涙を流す日々を過ごしている


(…薬も 医師も…最上の物のはずなのに、ダメなのか…)


彼女の脇を見れば用意されたと見える薬が転がっている、態々アジメクから取り寄せている薬だ…安くないわけがない、だが払っている値に結果が伴っているようには見えない


常駐している医者もそうだ、毎日何かをするでもなく健康診断だけをして 何かを解決しようとする素振りもない、金貰ってんだろお前ら 俺たちはお前を雇ってんだよ、払った分の仕事はしてくれよ……


…いや、いや違うな やれることは尽くしてる、もし薬も医師もなければサルバニートは瞬く間に死んでしまうだろう、彼女と今もこうして話ができるのはその二つがあるからこそ というのを忘れてはいけない


「如何されました?アマルト様」


「…いや、なんでもないよ」


「嘘をついております、アマルト様は嘘をついています…そんな匂いがします」


「匂い…?」


俯き暗く顔を落とす僕をしたから覗き込むようにサルバニートは体を動かす、嘘の匂い?そう言われて思わず自分の体の匂いを嗅ぐ、変な匂いはしないと思うが


「それってどんな匂いだい?」


「ふふふ、本当にそんな匂いがするわけじゃありませんよ、…ただ 嘘を吐かれているな と理解すると、鼻の奥がジーンとするものなのです、悲しくて…辛くて…」


なるほど、悲しくて鼻の奥が…それを彼女は匂いに例えているのか、随分詩的な例え方だな

やや変わってるが、そこも可愛らしい


「嘘はついてないよ、いつも言ってる通り 君が心配なんだ」


「申し訳ありません、…しかし 今の薬があまりあってないみたいで、もう少し 別のものにしていただけたら…」


「お父様に相談してみるよ」


「本当に…ありがとうございます」


今の薬も結構高いんだが、でも命には変えられない サルバニートの命は値には換えられない、今日お父様が帰ってきたら相談してみよう…


「失礼、アマルト様…そろそろ」


「ああ、ごめんよカルロスさん…、あんまり話し込むとサルバニートさんも辛いよね、ごめんね」


「いえ、ケホッケホッ…」


サルバニートさんのお付きの従者であるカルロスさんに止められ席を立つ、今の彼女には会話すらも辛かろう、僕の前で咳き込み その背をカルロスさんに撫でられるサルバニートさんを見て…


うん、もう一度決意する 僕がしっかりしないと、僕がしっかり理事長になってさ 彼女の心配事を減らしてあげよう、うん そうしよう


「それじゃあまた夜に来るね、薬膳料理でも作ってさ」


「はい、楽しみにしておりますね…ケホッケホッ…アマルト様」


「うん、じゃあ」


頬に残る熱を感じながら手を振り、部屋を出る…


バタン と音を立て閉まる扉の前で、今一度気合いを入れる よし!今日も頑張るぞ!頑張って頑張って!、努力して努力して!、夢を叶えるんだ!


「最初の授業は魔術だったか…」


ポッケに突っ込み ズカズカと廊下を歩き講師の待っている部屋へと向かう、最近じゃあ現代魔術の授業も物足りなくなってきた、いや 飽きてきたとかではなく 講師よりも俺の方が魔術の腕が上になってきたんだ


もし あの講師と魔術戦になれば、勝てる…間違いなく 、だがそれでも教える側と教えられる側の立場は変わらない、でもなぁ魔術だけじゃないんだよな 講師を超えているのは…


もうこの屋敷で学べることは多くないのかもな、これは本格的に学園入学も見えてきたな


…………………………………………………………………………


「ふぅー、ありがとうございました」


「い いえ、お疲れ様です アマルト様、これにて今日の魔術授業を終わりにします」


「はい、では」


今日も復習と自習だった、寧ろ逆に僕が講師に逆に教える場面さえあった…なるほどな、そろそろ人に教える技術も磨いておいたほうがいいのかもしれない、そう考えながら教科書を小脇に抱えて部屋を出る


さて次の授業はなんでしたかね、今日はタリアテッレ姉さんの授業はなしだった気がする、俺が今 得るものがある授業といえば姉さんの授業くらいだ、あの人は未だ俺の創造も及ばないところにいるからね


「ん?」


ふと、通りがかった玄関口が キィと開かれるのが見える、こんな土砂降りの中誰が、いやこの家を態々訪ねてくるのは一人しかいない


「イオ、こんな雨なのにきてくれたのか?」


「ああ、一日一回 君の顔を見ないと落ち着かなくてさ」


「そう言って、城での勉強抜け出してきたんじゃないだろなぁ」


「ハハハ、まさかハハハ」


抜け出してきたな…、まぁいい 僕も親友に会えて嬉しいからね


訪ねてきたのはイオだ、こんな雨の中も訪ねてくれるとは いい友達を持ったな


「まぁいいや、濡れた体じゃ冷えるだろう?暖炉の側で話そうよ」


「ありがたい、このままじゃ風邪を引いてしまうところだったよ」


「雨の中来るからだろう…」


なんて笑い話をしながら彼を屋敷の中へ案内する、従者に頼み リビングの暖炉をつけてその前の安楽椅子に腰をかける、ふぅー!あったかいな


「しかし良かったのかい?、アマルト…君授業は」


「今は休憩時間だからね、それに…少しくらいならいいだろう」


次の授業は歴史だが…どうせ行ったってまた自習と復習だ、得るものは少ないし 少しくらい問題ないだろう、それに行っても行かなくてもいいようなことよりも この国の未来の王様が訪ねてきてるんだから、そちらの応対の方が大切だしね



しかし、ここ数年でイオは変わったなぁ、ちょっと前までオドオドキョドキョドしてたのに、最近じゃ 王族らしいカリスマのようなものを得ている、彼が次の王様なら この国は安泰だな


「ねぇ、アマルト?」


「んー?、何?」


「サルバニートさんの体調は大丈夫かな、最近悪いって言ってただろう」


「…うん」


サルバニートさんの体調は悪くなるばかり、それはどうやら外でも話題になっているようだ、それでもサルバニートさんの両親 フィロラオス家は見舞いにも来ない、彼女の知り合いが訪ねて来たことなんて…一度も


「…フィロラオス家の人間はなんで来ないんだ?、サルバニートさん あんなに苦しんでいるのに」


「貴族が一度嫁入りしたら 軽々と家族に会ってはいけない、コルスコルピに古くからある伝統だ、君も知ってるだろ?」


「知ってるよ、けど…」


伝統ってそんなに大切か?、そう言いかけて やめた…、伝統と歴史はこの国し全てだ、それを軽んじることはこの国の否定に繋がる、それはしてはいけない 少なくとも、この国のトップに立つ俺達…僕達は


それでも…それでも!


「そんな顔するなよアマルト、家族が会えない分 君が一緒にいてやれよ、未来の旦那様だろ?」


「お おい、からかうなよ」


「ちょーっと小突いただけで顔真っ赤にするお前が悪いんだよ、こんなからかい甲斐のある奴 他に知らないからな、あははは」


こいつ…、でもイオの言うことは正しい 、サルバニートさんが家族に会えず悲しむ分だけ 僕が側にいて悲しみを紛らわせてあげよう、…うん 出来る限り側にいてあげるんだ


「ありがとう、イオ」


「いいさ、友達だろ?」


「違うよ、親友だ 唯一無二のさ」


「からかってる?…」


「お返しだよ、さっきのさ」


さて、なんの間の言ってもそろそろ授業に向かわないと そう意気込みをつけて立ち上がり、踵を返すと…ふと 廊下に人影が見える


あれは医者だ サルバニートさんの担当の医者…それが、コートを着込みまるで遠出するような荷物をまとめて、廊下を歩いているんだ…


…何処へ行くんだ、医者が遠出してしまったら サルバニートさんの身に何かあった時、誰が対応するんだ


「お おい、あんた」


「ん?おやアマルト坊ちゃん、如何されました?」


思わず、駆け寄り声をかけて呼び止めてしまう、すると医者はなんでもないように振り向き首を傾げている、首を傾げたいのは俺の方だよ


「何処へ行くんだ、サルバニートさんは…」


「おや?、旦那様より聞いておりませんか?、私は今日でサルバニート様の担当の医者を降りることになったのです」


「なっ…、何言ってんだよ!まだサルバニートさんは苦しんでるだろ!、お前が降りたら 誰が治すんだよ!」


「と言われても」


まだサルバニートさんは苦しんでいる、いや 今も悪化の一途を辿ってる それを見る医者がいなくなれば薬はどうするんだ!?何かあった時の対応は!、このままじゃサルバニートさんが死ぬぞ!


「お前!サルバニートさんを見殺しにするのかよ!」


「見殺しも何も、私を解雇したのはフーシュ様ですし、私にはなんとも…」


「は…え?、お父様が…な 何言って…」


混乱して立ちくらみがする、目眩がする…お父様が?医者を解雇した?、何言ってるんだ?そんな…だってそれじゃあ


「フーシュ様はもうサルバニート様への治療を打ち切るそうです、このまま続けても 子を成してもそれを生むことは叶わない判断したとのことで」


「ふざけんなよ!、サルバニートさんをなんだと思ってんだよ!子を成せない?そんなのか 関係ないだろ!、彼女は…俺の妻だぞ!!!」


「その話ももうじき無くなるそうですよ」


「無くなる…そ…れって」


ではこれで とそそくさと逃げていく医者を呼び止められる程の余裕は、俺にはなかった ただ、呆然と壁にもたれかかるしか…俺には出来ない


もう直ぐ無くなる、それは…サルバニートさんの死を以ってして婚約の話は消滅すると言うことだ、…それを お父様が言ったのか?


あのお父様が、生徒の未来を守る 子供の未来を育む理事長であるお父様が、そんな決断を…なにかの間違いだ、きっと何かの…行き違いだ


そうに決まってる!


「アマルト…」


今の話を聞いていたのか イオが何か言いたげにこちらを見ている、だが言葉が見つからないのか 口を閉じては開き 閉じては開きを繰り返している…、心配してくれているのは気がついている


だけどごめん、今は…


「イオ、ごめん!」


「アマルト!何処に行くんだよ!」


「お父様のところだ!、問い詰める!この件を!!」


駆け出し 玄関を跳ね飛ばすように開土砂降りの中走る、今お父様は学園にいる ならそこに行くまでだ!



「どう言うことだよ…!どう言うことなんだよ!お父様!」


バケツをひっくり返したような大雨の中走る、泥に足を取られ みるみるうちに奪われる体温を無視して、走り続ける


丘を飛び降り、道を無視して一直線に走る 雨はこんなにも冷たいのに…この怒りは炎のように熱い、熱い…熱い 怒ってるんだ…激怒しているんだ俺は…!、お父様…アイツに フーシュにッ!!




「はぁ…はぁ…」


溺れるように雨の中を突き進み どれだけの時間が経ったか、…俺は今日初めて学園に足を踏み入れた、生徒としてでも理事長としてでもなく、ただ怒りだけを携えて学園に入る


理事長室の場所は聞いている、途中 雨に濡れ悪鬼のような顔をした俺に怯える生徒や止めにかかる教師が現れたが、…言う必要あるか?どうしたか 全員無視したに決まってる、立ち塞がるなら弾き飛ばし 一直線に理事室に向かい


その扉を開ける…


「お父様…」


「アマルト、どうしたのかな というかびしょ濡れだね、今日の授業も終わってないと思うんだけれど?」


理事長室の机の前に座るお父様は、なんてこと無いような いつもの無表情で俺を出迎える、…どうしたって 何でそんな顔してられるんだ、サルバニートさんを見殺しにしておいて…


「お父様…サルバニートさんの担当の医者を解雇したって本当ですか?」


「ああうん、本当はもう少し早めに解雇するつもりだったんだけどね、あの医者ががめつくてね この間やっと解雇出来たんだ、ごめんね遅れて」


「何…言ってんですか、何言ってんだよ!!、死ぬんだぞ!このままじゃ!サルバニートさんが!俺の…愛する人が!!」


思わず詰め寄り声を荒げお父様の机を叩く、牙を剥くように激怒し お父様を睨みつけるが、…まるで俺の怒りを風のように受け流し父は顔色一つ変えずに…


「ああ、結婚の話だけど 無かったことになったから」


「なかった事って…そんなの関係…」


「あるでしょ?うん、だって結婚もしない人間の世話を焼いてあげられないよ、…それもこれもフィロラオス家が悪いんだよ」


「悪い…?」


ゆっくりと席を立ち 聳えるように立ち上がり俺を見下ろす父、顔は変わってない 表情も声音も、なのに 父って…こんなに怖い人だったか…?


「子を産めない女を寄越してきたわけだしね」


「関係…あるか!!そんな事!!、子がなんだってんだよ!そんなに後継が大切かよ!、んなもんサルバニートさんの命に比べりゃクソほどにもならねぇだろうが!!」


「なるさ、大切な伝統だからね…君の母も その伝統に殉じて君を生んだんだからさ」


「母さん…が…」


「ああ、君を生んで 彼女は役目を果たしたからね、死ぬならそれから死んでくれないと…その前に死ぬような、役目を果たせないような子は要らないよ」


「お前……ッ!!」


俺の母が役目を終えて死んだ?…まさか、こいつ…!出産後弱った母も 同じように見捨てたんじゃ無いだろうな!、なんてことを…なんて ことを考えてんだよ、こいつは


「なんだと思ってんだよ、妻を…子を…!」


「伝統を守る為の大切な役割さ」


「この…腐れ外道が!!!」


胸ぐらを掴み上げ 拳を握る、だと言うのに まるで父の目は死んだ魚の目のように動かず変わらない、…なんて目だよ…これが 父の目なのか、理事長の目なのか…!


「父を殴るかい?、別にいいよ でも何も変わらないからね」


「…そんなに、伝統が大切か…!理事長はもっと!…もっと……」


「アマルト、伝統は大切だ 特に我々アリスタルコス家の伝統は他のものに比べてあまりに重い、我々は守らねばならない 例え屍の山を築こうとも、その山の中に家族の死があろうともね、この家は この学園は…そうやって続いてきたんだから」


「…………」


力が抜けてしまう、ここで殴って ここで父を殺して 何になる、何にもならない…あまりに響かない、父には何をしても 何を言っても、変えられない…変えられないんだ、何にも…


気がつけば俺は父の胸ぐらを離し…静かに項垂れていた


「愛するとかさ 慕うとかさ、君はそういう事を言える人間じゃないんだ、君がするべきことは一つ、学園を継ぎ継がせることただそれだけ、それ以外の事を考えていい人間ではないんだよ」


「そんな…埃かぶった役目とサルバニートさんの命 どっちが大切か言うまでもないだろう」


「そう、論ずるべくもなく役目だ、伝統だ …我々もう一人二人の死者では引き返せないところまで来ているんだ、もう我々一存だけでこの伝統より優先するものは作れない、遥か古の祖先達の努力を踏みにじる様な真似はね」


「もう死んでいる人間に殉じて何になる!」


「なら同じ事だろう、もう死んでる人間ともうすぐ死ぬ人間…違いは何処にある」


「サルバニートさんを…そんな、そんな風に言わないでくれ…あの人は俺の救いなんだ」


「アマルト…」


すると父は哀れむ様に俺の肩に手を置いその目を覗き込み


「救いなんて求めるな、古の伝統こそ全ての我々にそんなものないんだから」


「……くっ」


何いってんだよこいつ、元を正せば俺から救いを奪ったのはお前らだろ、その上さらにやっと得た幸せすらも奪うのか…


「まぁそれでも愛情はあるだろうからね、今から家に帰って顔でも見て来なさい、会えるのは あと数度だろうからね」


「ふざけんな…ふざけるなよ」


「何もふざけていないよ、…さぁ帰りなさい それともつまみ出されたいかな?、君がこの部屋に入るのは 些か早すぎる」


「…………くそ…くそっ…!」


机を一つ 殴りつける、理事長の机を…怒りを込めて……



…………………………………………………………


俺はただ呆然と雨に濡れながら家に帰る、何も出来なかった 何も変えられなかった あの父には何を言っても無駄なんだ…


暫くの時間をかけて雨垂れに濡れながら街を歩く、体は水に 心は敗北感でずぶ濡れだ、…今俺に何ができる?精々が駄々っ子みたいに喚き立ててあのクソ親父ブン殴るくらいしか出来ることがない…


何も解決できない、それは俺がまだ理事長じゃ無いからだ…まだ力がないからだ、…まだ?まだっていつまでまだなんだ、いつになったら俺は満足できる力を手に入れられるんだ


今じゃなきゃ意味がないのに、今じゃなきゃサルバニートを助けられないのに!


「くそっ…くそが…!、俺ぁ今まで…あんなに勉強して鍛錬も積んだのに…まだ何一つとして変えられないのかよ…!」


全身 冷たい雨に濡れる中、頬に熱い水滴が伝う、俺は…もっと頑張ればよかったのか?、いやそれ以前だ あのクソ親父、俺の母親も似たように見捨てたんだ


それと同じことをサルバニートにしようとしてる、そんなことさせてたまるか、何が何でもサルバニートを助けてやる!、俺は彼女を愛している…きっと彼女も…例え誰からも望まれなくとも 俺達は結婚してやる


それが、あの人の夢なんだから…せめてそれだけでも叶えてやらないと、夢の大切さはこの後に及んでもまだ理解できるから


「…………ん?」


ふと、目の前を見る…いつの間にかアリスタルコス邸の前に帰って来ていたようだが、玄関口で誰か待ってる、雨でよく見えないが…イオじゃない、あれは…


「タリアテッレ姉さん…」


「よう、アマルト…待ってた」


タリアテッレ姉さんが家の前で腕を組んで待っていた、そっか 今はもうタリアテッレ姉さんの授業の時間か、いや それ以前に俺は今日殆どの授業をすっぽかしてしまった


授業をサボったのは人生で初めてだ…けど、今は授業をする気にはなれない


「怒ってますか?、サボったこと…」


「怒ってないよ、聞いたさ 話は…サルバニートの件だろ?、まぁ屋敷に入んな?風邪引くよ」


そういうとタリアテッレ姉さんは優しい顔つきで俺の手を引いて屋敷に引き入れてくれる、既に温かいお湯と布 そして着替えが用意してあった、…聞けばイオからアマルトが雨の中出て行ったことを聞いたらしい


イオも王族だ、長くは待ってられない…だからタリアテッレ姉さんに引き継いでくれたらしい…、イオ お前はほんと…いい奴だよ


「ありがとうございます、姉さん」


「いやいや、なんてことないよ」


お湯で体を温め、濡れた服を脱ぎ捨て 新しい服に着替え ダイニングで待つ姉に礼を言う…、ありがとう 姉さん…、でも 俺はこれからどうすればいいんだ、医者も薬もないんじゃ サルバニートさんは死んでしまう、どうすれば


「…悩んでるねアマルト、サルバニートのことだろう?、まぁ何が出来るか分からんけどさ、話しして来たら?サルバニートとさ」


「話?…」


「そう、いつもみたいに料理作ってさ それでこれからのことを話せばいい、アマルトがどんな決断しても 私は尊重するからさ」


料理を…そうだな、今はとにかくサルバニートさんと話がしたい…、いつもみたいに料理を作って 俺がそれを持って行って、いつもみたいに話をするんだ


そうすれば 何か光明が見えてくるかもしれない…、うん そうしよう


「ありがとうございます、そうしますね 姉さん」


「うん、頑張んなよ アマルト」


踵を返しキッチンに向かう俺は、気がつかなかった 背を向けた瞬間…タリアテッレが ニタリと俺の背を嘲笑うように見つめていることに


………………………………………………………………


「料理を作るつっても、このくらいの簡単なもんしか作れなかったな」


俺は今 キッチンでの料理を終え 皿を両手に抱え廊下を歩きサルバニートさんの部屋を目指している、取り敢えずあるものでスープとかツマミを作ったけど…まぁ雰囲気を和らげ体を温めるくらいにはなるかな


「はぁ、にしても なんて話をすればいいんだ」


サルバニートさんに合わせる顔がない、このまま家にいたら 殺される…とでも言うのか?俺は


俺はサルバニートさんに死んでほしくない、愛しているから そうだ、俺はサルバニートさんを愛している、彼女の為ならなんでもする…彼女の笑みが好きだ、きっと彼女も俺のことを なんて甘い妄想をしてしまうが


もう彼女と話して四年だ、最近じゃ体調も悪くなったが 笑顔も増えてきた、…うん 病を治せなくともいい、もうこんな家捨てて 彼女を連れてどこか遠くに行って 結婚しよう


そして生涯彼女の為だけに俺は生きよう、いやでも俺には理事長になる夢が…


夢と愛 天秤にかけてもピタリと止まる程にどちらも俺の中で重たいものだ、…どうしようかな


「答えも出ないまま着いちまったな…、覚悟決めるか」


サルバニートさんの部屋の前に着いてしまった…仕方なし、と料理を抱えたまま…ドアノブに手を掛ける


その瞬間、…手が止まる、サルバニートさんの部屋の扉の取っ手を掴んだまま…動きが止まる


(部屋の中が騒がしい、誰かが話をしているのか?)


部屋の中が騒がしい、何を話しているんだ?声的にサルバニートさんとその従者カルロスさんか?…、一体何を


そうやって俺は、部屋の前で聞き耳を立ててしまった、…そして聞こえてきたのは…



『…ああ、カルロス…愛しています』


『お嬢様…』



「…え?…」


部屋の中から聞こえるのは、愛を囁き合う二人の声だった、二人って誰だ?


考えるまでもない、サルバニートと…カルロスだ、何が起こってるんだ?何を言ってるんだ?二人は?、サルバニートは何を言ってるんだ?、今 俺は何を聞いた?


『ですが私の命はもう長くは無いようです…、申し訳ありませんカルロス…貴方との約束を果たせず』


『そんな…、お嬢様は何も悪くありません…それもこれもアリスタルコスが悪いんです、お嬢様の治療を打ち切るなんて…!』


『ふふ…、アマルトとの結婚をちらつかせれば、婚約者たる私は治療を受けられる…か、私ながら甘い考え方でした、アマルトは完全に御しきれていましたが…まさか当主たるフーシュがあそこまで無慈悲とは』


結婚をちらつかせる?婚約者たる私は治療を受けられる?、…俺を…御する?、手が震える 何言ってるんだよサルバニートさん、それはどう言うことだよ


それじゃあまるで、治療を受けるためだけに 俺を利用してたみたいじゃ無いか…


『ですがまぁ、アリスタルコスの治療の甲斐もあり ここまで生きて、貴方と長く過ごすことが出来ました…、そういう意味では 成功かもしれませんね』


『でも私は…俺は、例え嘘でも お嬢様が他の男と婚約するのも 話をするのも、…耐え難かった』


『何言ってるんですがカルロス、私の心はずっと貴方に向いておりました、…アマルトとは格好だけ…、私の愛する人は貴方だけ、私の夢は 貴方と結婚することに他ならないのですから』


……サルバニートの夢は…、愛する人は…ああ、なるほど そういうことか


つまり俺は…とんだ道化だったようだ、俺を操ろうとするサルバニートの誘惑に 簡単に乗っかって、愛し合ってると勘違いして…すげーバカだな 俺…


『例えどうなろうとも、愛し続けます…カルロス』


『お嬢様…お嬢様っ!』


『んっ、カルロス…愛してますよ、従者としてでなく 幼い頃から私のためだけに生きてくれた、貴方という男を…』


俺は…利用されてたってわけだ、二人の為に 俺という男は アマルト・アリスタルコスは、この二人が愛し合う時間を作るためだけに…



もはや、怒りはなかった 、ただ…頭の中も 心の中も 視界も…ただただ、真っ暗になった


そんな中感じる目頭の熱と鼻の奥の違和感、なるほどね…これが 嘘吐きの匂いか



知りたくなかったよ



…………………………………………………………


次の瞬間気がついたら、俺はキッチンにいた…キッチンのゴミ箱の中には さっき作った料理が皿ごと捨ててある、その様を じっと見つめて…呆然と立ち尽くしていた


何してるんだ俺は、何してたんだ俺は…


「惨めだね、アマルト」


「…姉さん?」


ふと、後ろを向くと タリアテッレ姉さんが笑っていた、…笑って…


「知ってたんですか、あれ」


「まぁね、アイツら今の時間 アマルトは授業をしていると思ってるからね、その間いつも 二人は蜜月の時を過ごしてたみたいだよ」


「…知っててあそこに向かわせたんですか!俺を!」


「未来の御当主様がいい加減惨めなのでね…、恋愛ごっこは楽しかったかな?、まぁ恋愛だと思っていたのは君だけだったみたいだけれどね」


掴みかかろうとした瞬間手を払われついでに足も払われ見事に転ばされる、頭の上には姉さんの目が…、哀れむような冷淡な声がする


「うるさい…うるさい!」


「君はアイツらにとって薬箱…あるいは貯金箱かな?、たまに会ってちょっと話すだけでほいほい言うこと聞いて…扱いやすいだろうね、我らが当主ながら情けない 現当主を見習って氷の心を得ていただきたいところだ」


「氷の心だぁ?、ふざけんな…あんなの人間性が死んでるっていうんだよ!」


「そうだけど?、殺せってんだよ 君の人間らしさを」


「は…何言ってんだよ…」


頭の上で俺を見下ろす姉の目が見える、暗い天井に同化するような暗い表情に死んだ魚のような目が 父のような無機質な目が爛々とこちらを見ている、…なんで今まで俺は こんなことに気がつかなかったんだ…


姉も父も…こんな恐ろしい目をしていたのか…


「これも授業だ、役目を果たさない人間の末路を見て 心を殺せ、君は役目を果たす人間だ 果たさねばならない人間だ、それ以外何もいらない 何も必要ない、君はその為に生まれた その為に産んだ」


「心を殺せだって…、そうすりゃ理事長になれるのか?生徒の心と未来を守る理事長の心が死んでていいのか!あんたはそれで本当に…ぐっ!」


「勘違いすんなよ…」


反論した瞬間胸ぐらを掴み上げられ持ち上げられる、足が浮く 苦しい…殺される…姉に、タリアテッレ姉さんに…


「前々からずっと言おう言おうと思ってたからさ、この際言うよ…アリスタルコス家の守るものは フーシュ様が守っているのは、生徒でも未来でもない 学園だ、学園だけだ」


「何言ってんだよ…ぐっ、そんなもん…」


「我らアリスタルコス家はもう何代も何十代も何百代もあの学園を引き継ぎ守り続けてきた 、その伝統だけを守る必要があるんだ、それ以外に守るものはない 、それ以外は無駄だ」


「無駄…っ!?生徒達が学ぶ場だろうが!学園は!」


「他はね、ただディオスクロア大学園だけは違う…、君がなるのは君が夢見る生徒を導く理事長じゃない、君がなるのは次代の理事長そしてその次に繋ぐだけの歯車だ、何かをする必要はない ただ恙無く伝統を守ってくれればそれでいい、それ以外考えるな」


…ああそうかい、姉さんはこう言いたいんだな


俺が夢見ていた理事長と この家が目指す理事長は別だと、俺の理想…生徒を教え導き 未来を守る事などする必要も目指す必要もない、ただ理事長の椅子に座って 次に生まれる子に理事長の椅子を明け渡すだけの繋ぎ


アリスタルコス家のエゴとこの国の歪んだ価値観が生み出した歯車の一部になれというのか、その為なら 生徒も何もいらないと?…ふざけるなよ、ただただ続ける為だけに続く学園に なんの価値があるってんだ…


「あんた達は…間違ってる…」


「正答を求められるのは生徒だけだ、お前にゃ求めてないんだよ…、何が理想の理事長だ…ふざけやがって 生まれながらに役目を持ち得ている癖に、それに反するなど…!」


「じゃああんたがなればいいだろ!役目だなんだ口にしやがって!続けるのが目的なら誰だっていいんだろ!?俺じゃなくても!」


「ああ誰でもいい!、だが…アリスタルコス家の名を持って生まれたのはお前だ、お前だけだ…現理事長の息子はお前しかいない、だからお前がなるんだよ!」


「ふざけんな…俺を巻き込むなよ、ただ己を殺されることだけを求められるなら、俺はこんな役目なんかいらない!、お前らの望む理事長にも 俺はなりたくない!」


「勝手を…言うな!!」


投げ飛ばされる、この国 この大陸最強の人間の膂力によって投げられれば、そりゃあ悲惨だ キッチンの机を軒並み薙ぎ倒し 部屋の端から端までぶっ飛ばされる、今まで感じたことのないレベルの激痛に思わず身悶える


「ぐっ、…ぁがぁ…」


「何を言おうともお前は理事長にする、抵抗してもお前の心を殺す そして、歯車にし この伝統は守る」


「…いや…だ、俺は俺だ…お前らのいいなりになんか…なるか、何を犠牲にしても 生徒を無視してでも続くような歪んだ学園なんか、無い方がいい…俺は あんな学園ぶっ潰してやる!!」


「好きに言いなさい、…さて、明日も授業だ 今日は早めに休みなさい、アマルト」


「や…め…ぐはぁっ!!」


倒れる俺に歩み寄り、一撃 鳩尾に蹴りを入れられ、俺の意識は容易く刈り取られる…


暗転する視界 明滅する意識の中思う…、全部 全部 全部意味なんかなかったんだ


人の命さえも踏みつけ続ける伝統に意味はない、守るべき生徒の未来も無視して続ける学園に意味はない、俺が今までなりたがっていた夢にも 今まで大切にしていた愛情にも 意味はない


なにもかも、無駄だったんだ…努力も 愛も 夢も…、与えられた上で奪われることが確定したものだったんだ…


なら、きっと 俺に出来るせめてもの抵抗は 一つだけなのかもな…、こんな狂った伝統ぶっ壊してやる、あんな 学園…ぶっ潰してやる 跡形も残らないように!、その後…俺の命を以ってして アリスタルコス家の血を根絶やしにする


全部無駄にされたように、奴らの目論見も無駄にしてやる…!無駄にして…無駄にして…………


……………………………………………………


それからの日々は、ただ静かに過ぎていった…


アマルトはあんなことがあった後も 屋敷で静かに己を高めるため講師達の元で授業を受け続けていた、ただ その授業に感謝することはない


あるのは憎悪だけ、今までアマルトは どこか純朴に信じていた、この人達は自分の未来のことを思って厳しく色々教えてくれているんだと、くだらない この世の中に真に他人の事を思って動いてくれる奴なんていないんだ


クソ親父もタリアテッレも講師達もサルバニートも、みんな自分の目論見のため俺を育てていた、俺に優しくしていた…いや 優しくされていると勘違いしていた


こんな授業もくだらないと思いながらも受ける、自分から進んで連中の『伝統を守るための理事長』を作るための製造ラインに乗る、そうしなければ結局前へは進めないから


今はもう理事長になろうなんざ思わない、伝統と伝承の為だけに存在する学園なんて 遠の昔に終わっているべきだったんだ、だから 俺を利用した連中への意趣返しとして 潰してやることにした


その為にはあの学園に入学しないといけないから、今はただ大人しく従順なフリをする、いつか牙を剥き 連中の喉仏を食いちぎる為に


「…ふぅー…」


アマルトは庭先に寝転び 空を見る、青い どこまでも青い…快晴だ、まるであの日の雨が嘘のようだ、嘘…だったら どれだけ良かったか


あれからタリアテッレはやや気まずそうに…なんてこともなく、まるで何事もなかったかのように接してくる、いや アイツからしてみればなんでもないことなんだろう


或いは本当に授業の一環のつもりだったんだろう、俺の心を殺す授業 いい加減夢から覚めろと言う授業、そして 役目を守らなければどうなるか思い知らせる授業


役目のために生きること 役目を強要することは、結局アイツも分家とはいえクソ親父と同じアリスタルコスの血を引く人間ってこった


「嫌な血だねぇ、その血が俺にも流れてると思うと…やんなるぜ」


芝の上で寝返りを打つ、それを咎める人間はいない 何せ今日は屋敷に人はいないからな、今日だけは授業もなしだ、何故か?決まってるよ…


「…アマルト」


寝返りを打つ先にはイオがいた、…その顔は暗い 沈痛と言ってもいい…


「お?、イオか 今日も訪ねてくるとは殊勝だな 俺がいなかったらどうするつもりだったんだよ」


「いいのか?、葬儀に出なくて」


「いいよ、…死んだんなら サルバニートにとって俺は用済みだろうからな」


イオが言う葬儀ってのは サルバニートの葬儀だ、アイツはあれから程なくして死んだ そりゃそうさ、病を患ってんのにさ 医者もいなくなったんだから…そりゃそうさ


あれがタリアテッレの言う役目を守らなかった…、妻として出向いたのに 不貞を働いていた奴の最期だとしたら、酷いものだ 俺もきっと役目を放棄すればああなるのだろうな


「恨んでいるのか?サルバニートを」


「恨み半分…同情半分、どう言っても 惚れてた女だからな」


よくも騙して とサルバニートに思いはすれど その最期には同情を禁じ得ない、…彼女もある意味では 俺と同じようにこの国の伝統やら仕来りやらに翻弄された子なのかもな…


サルバニートが死んだ後 従者のカルロスはどうしたか、言うまでもない 主人の後を追って…なんてことはなくそそくさと別のお嬢様のところに鞍替えしてったよ、今度はそっちのお嬢様を唆すつもりなんだろう、アイツはどうやら貴族の資産目当てで従者やってる凄い根性の奴らしい


俺もサルバニートも、アイツに翻弄されてたわけだ…


カルロスもかなりのクズだが、もう関わり合いになりたくない…アイツがガリレイ家に仕えた ってところまでで、俺はもうアイツを追うのはやめた、もう俺の人生に、関わってこないならもうそれでいい


サルバニートには色々気付かされた、俺が利用されているだけの存在だと…アイツがいなければ俺は大人しくアリスタルコスに作り変えられて クソ親父やタリアテッレみたいな目になってただろうな


まぁ、だからって裏切られた分がチャラになるわけじゃねぇが、それでも恨み抜くほどじゃねぇ


「サルバニートは…お前を傷つけたからな」


「んあ?心配してくれるのか?」


「当たり前だ!、…お前 以前言っていたこと、本当なのか!?」


「学園を潰すってやつか?、残念ながら本当だ、このまま続けてもあの学園にはなにもない、未来もなにもな八つ当たりついでに ぶっ潰して消してやろうってな」


「理事長になるのはお前の夢だろう!?」


「…イオ、理事長になったって何にもならないだ それは結局アリスタルコス家を笑わせるだけだ、なりもう 夢とかなんとか…どうでもいいんだ」


「いいわけないだろ!、お前…それでいいのか」


「いいよ、もうどうでもな」


イオの目が 今は堪らなく痛かった、ただ居心地の悪さだけを感じて…逃げるように立ち上がり、踵を返す…逃げるように歩き去る俺の背に、イオはただ何も声をかけず…嗚咽だけが聞こえてくる


優しいねぇ、でも…お前もどうせすぐにアリスタルコスの人間と同じになる、お前もきっとそう言う風に育てられるから、だから これ以上裏切られないためにも 俺はイオから逃げるんだ


「………………」


玄関口まで逃げる頃にはイオも諦めたのか…、背を向け去っていく、これでいい これで…


「…学園か」


振り返れば相変わらず学園が見える、あの窓の向こうには夢見た未来のために頑張る生徒がいる、彼らは夢見ることを望みれ その努力が徒労に終わりないことが約束されている


羨ましい限りだ、憎いほどに羨ましい 俺はどれだけ努力しても夢を利用される未来にあると言うのに、…ああ なんもかんも憎くなってきた


生徒の未来を無視するアリスタルコスへの憎しみと、俺とは違う生徒達への憎しみが入り混じりこの憎しみは何もかもに向けられる


アリスタルコスが憎い 伝統が憎い この国が憎い、夢を叶える生徒が憎い 友と歩む奴らが憎い、何もかもが憎い …はぁ、俺も 嫌な人間になっちまった


でも、いいんだ あの学園さえ消えてなくなれば、きっとこの憎しみも少しはスカッとするだろうしな


あの無表情な父が取り乱した顔が見たい、狼狽える姉の顔が見たい、夢が潰えて俺と同じ顔をする奴を一人でも多く見たい…その為に、俺は……



あの学園を潰す


「ハハ…ハハハハハ…」


乾いた声が木霊する、生徒を導く為に積んでいた努力を 学園を継ぐ為に使ってきた時間を、いつしか学園への恨みと生徒への逆恨みの為に使おうとしている己に気がつき、どうしようもなくおかしくておかしくて、堪らない


肩を震わせながら声を上げるアマルト、其れは汚れてしまった己自身への憂いの落涙か、或いはもはや利用されることもなく 存分に復讐に殉ずる事の出来る孤高の高笑いか


「ハハ…ハ…………」


今はもう、分からない 本人にさえ、ただ今は ただただ今は、己を取り巻く全てが憎い


内なる恨みの炎に包まれながらもアマルトは学園から目を背ける、もう 振り返ることはない。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「そしてまぁ、あとは君達の知るような人間になったと言える…原因は確実にアリスタルコスとタリアテッレにあると私は思っている」


イオの語り口が終わり、エリス達はただ黙り込む


そうか、それがアマルトの恨みの原点か…、アマルトは絶望したんだろう 自分の理想の理事長は 結局のところアリスタルコスの歪んだ思想の一部であり 一助になっていたことに


アリスタルコスを恨むなら 学園も憎む、学園を憎むなら その延長にある生徒も恨む…か、でもアマルトは生徒を守る人間になりたかったんじゃないのか?


そんな矛盾すら許容してしまえほどに、今の彼はアリスタルコスへの恨みに取り憑かれていると言うことだろう


「で、どうかな 何かわかったかな」


「…………」


さてどうだ?と言わんばかりのイオの言葉にエリス達は顔を見合わせる、何か分かったといえば分かったが 、分からないといえば分からない…というか アマルトの気持ちを容易にわかるとか言っちゃいけないなこれ


「まぁ、何にしてもだ」


そんな沈黙をラグナが膝を叩き打ち破ると


「アマルトの過去は聞けた きっとアリスタルコスへの恨みがその根幹にあるんだろう、けどそれを俺たちがなんとか出来るかといえば なんとも出来ん、今からアリスタルコスぶっ飛ばしても、意味ないしな」


「そうだな、…だが 難しくなったな、学園を守れば アマルトは失意のまま理事長の椅子に着くか、あるいは首でも括るかもしれん」


「で、学園を守らなかったら…って話だもんねー、ううーん 戦いづらくなっちゃったよ」


メルクさんもデティもアマルトの話と目的を知ったからこそ、やり辛い という印象を持ってしまったようだ、だけど…だけどさ エリスはそうは思いません


「エリス どう思う?」


「エリスは学園を守るべきだと思います、寧ろ彼に言ってやりたいことができました!」


立ち上がる、言いたいことがある 言ってやらねばならないことがある、確かに彼の過去には同情する いや 同情なんて言葉を使ってはいけないくらい、アマルトは辛い目にあった


だが、だからって同情したから気を使うのは違う、寧ろ だからこそ 一歩を踏み越えて言わなくてはいけないのだ


『それは夢を諦める理由にはならないと』


ならないんだ、だって まだアマルトは戦えるから、もう戦いたくないと思った人間が 未だ自分の夢と格闘するはずがない、まだ戦える アマルトはまだ立ち上がれるところにいる、なら そんな彼に手を差し伸べなくてはならない


夢を叶えることが幸せに繋がるから そうするべきだと言いたいんじゃない、ただ 其れでも夢を諦められず戦い続けるなら、立て 最後まで!その一助はエリスがするから!


エリスが師匠に助けられたように エリスがデティに手を差し伸べられたように、ラグナに救われたように メルクさんに寄り添ってもらったように、それが正しいか否かは関係ない


少なくともそうやって生きたエリスには それしか答えが出せない!


「ふんすっ!」


「エリス…えらくやる気だな、だが いい意気込みだ、そう来なくちゃな!」


「はい!ラグナ!エリスやりますよ!今からアマルトのところに行ってきます!」


よーし、ぶっ飛ばす!とアマルトのところへ行こうとした瞬間


「待て、今から行ってどうする、学園の中で乱闘騒ぎでも起こす気か?」


「うっ…」


イオに止められる、確かに このまま行けばきっと拒絶するアマルトと戦闘になる、以前の時と同じように 或いはあの時以上の戦いになる、となれば学園にも少なからぬ被害が出てしまう…


でもどうすれば…


「そんな顔をするな、…キチンと舞台は用意される」


「用意…される?」


ラグナが細め その言葉の意味を少し遅れてエリスも理解される、用意するではなくされる つまり、用意するのはイオではない?それとも自然とそうなるのか?


「どういう意味ですか?イオさん」


「アマルトとの戦いの舞台は おそらく来年の春になる、その時開催される 課題…そこが決着の場だ」


来年の…課題?、いやだが課題の内容はまだ決まってないはずじゃないか?、というかなんでそう確信めいて言えるんだ


「あの もう一回言ってもいいです?どういう意味ですかイオさん」


「どういう意味も何も来年の課題は恐らく戦闘を交えるものになる…まぁ、まだ発表はされないが、そういう話になっているらしい…、こっちは絶対言うなよ」


「は はい…、でも アマルトは今年の課題には出てませんよ?、来年もまた棄権するんじゃ…」


「しない、アマルトは絶対に出る…何故なら 来年の課題にはアマルトの師 探求の魔女アンタレス様が関わっているからな、師の命令とあればアマルトも確実に出てくるはずだ」


「ッ…!?アンタレス様が!」


アンタレス様…、八人の魔女の一角にして未だエリスの出会ったことのない魔女、アマルトの師匠 アンタレス様が来年の課題に関わっている?、何故…いや魔女様の思想や行動について考えても仕方ない、あの人達はいつも突拍子も無いから


「…というか、魔女様の関わる課題って 来年俺たち何やらされるんだ?」


「それは内緒だ、教えるわけにはいかん、私は内容を知ってるがな?」


イオ!ずるいですよそれは!、うう 恐ろしい…出来るなら逃げたい、だって魔女様が直々に出してくる課題?…、正直逃げたいが…その課題でアマルトが待つなら、エリスは向かわねばならない


ここで魔女様が出てきて アマルトを向かわせるのは即ち、つけろというのだから…決着を


「アマルトを救うことが出来るのは、きっとその課題の一戦が最初で最後だ …きっと私が出てもことがややこしくなるだけだろう、故に 情けない話だが君達に任せる…いいかな」


「はい、任せてください!、絶対エリス達がなんとかしてみせますから!」


「ああ、なんとかしてみせるさ …というか、ここまで来たなら決着の一つ キチンとつけないと俺達もすっきりしないしな」


「そうだな、ということは少なくとも決着は来年に持ち越しか」


「ようやくだねぇ、いや…長かった」


そうだ、ようやくだ この学園に入学してより続いたアマルトとの戦いに、終止符が見えた…エリス達は決着をつける、アマルトと アマルトの過去と…決着をつけさせる



…………………………………………………………


「…………ん?」


ふと、目が醒める というか、意識を失っていたことにも今気がつく、俺は何をしていたんだったか? 気がつけば冷たい石畳の上に横たわる体を起こし 周囲を見る


暗い…部屋か?、こんな場所に立ち寄った覚えもなんなら地べたに寝転んで眠りついた覚えもない、奇妙な感覚だが…まぁ、大方予想はつく


「アンタレスか?」


「相変わらず師を敬う心を知りませんねアマルト」


暗闇の中アマルトが口を開けば、目の前の闇が歪んでそれが現れる、まるで木の皮のようにガサガサな髪 お世辞にも美しいとは言えない肌、そして石片のように尖った鋭い目を覆う眼鏡…何よりその耳につけられた異様数のピアス 、あんな奇怪な耳の持ち主 アマルトは一人しか知らない


魔女だ、探求の魔女アンタレス…アマルトの師匠が目の前に現れたのだ、いつもいつも唐突に現れ 唐突に そして強引に教えを授けていく迷惑極まりない存在…それがアマルトの 俺の師匠だ


「師を敬う?ハッ、勝手に人を弟子にしといてよく言うぜ」


「でもその力で貴方…私の教えた力で色々美味しい思いしてますよね?ならいいじゃないですかトントンですよ」


トントンなもんか…、おかげでエリスに付きまとわれていい迷惑だよほんと、同じ魔女の弟子ってだけで…ほんと 迷惑だ


「それよかなんだよ急に呼び出して、なんか用か?それともまた修行か?言っとくがあんたに言いつけられた自習はちゃんと…」


「やってるんですね…悪ぶってる割にはなんともまぁ真面目なことで」


「っ…うっせぇやい」


くそ、アンタレスの顔を見ろ…あの腹立つ笑み、ニヤーっと愛でるような目で見やがって、自習とかいいつけられるとついやっちゃうんだよ、小さい頃からの癖ってやつ?


「ですが修行大好きな我が弟子には残念ですが今日は修行ではなく命令に来ました」


「…命令?」


「アマルト 我が弟子よ…貴方に命じます 来年の課題には必ず出席しなさい」


「は?嫌なんだけど」


「課題に出なければ語尾に『でヤンス』が付いてしまう呪いをかけます」


「あんた馬鹿なんじゃねぇーの?」


いきなり何いい出すんだよ、課題に出ろ?絶対にやだね んな面倒なこと誰が進んでするか、…けど こいつが俺に態々俺に言ってくるってのは気になるな


アンタレスは無駄なことはさせない、何かしら 全て意味のあることをさせる、つまりこの課題にも何かしらの意味がある と見ていい


…いや、多分


「エリス達と戦わせたいってんならお断りさせてもらう」


「まぁ半分はエリスと決着をつけてほしいわけではありますが…メインはそれではありません」


「メイン?なんだよ」


「その日は貴方にあまりうろうろしていて欲しくないんです貴方の動きは私でも見切れないので」


うろうろって、そりゃいくら師匠だからってどこに言って何をするかまで指図される筋合いはないからな


「なんだ?その日はあれか?あんた肝いりの課題があるから俺に邪魔されたくないってか?」


「いいえ…師の愛です こんなのでも弟子は可愛い物なので」


「はぁ、ふざけるならいいよ、もう話は終わりだろ 俺を元の場所に返してくれよ」


「ふざけてはいませんが…まぁいいでしょう話は終わりです 何処へなりとでも帰りなさいクソ弟子」


アンタレスが軽く指を振るうと周囲の闇が深くなり アンタレスの姿が闇の中に消え、俺の視界もまた闇に呑まれていく、ああ これで元の場所に戻れる こんな陰気臭いところにいつまでもいたら聞いたことない病気とか罹りそうだ


そう…安堵していると


「では 私が死んだら後は宜しく頼みますよ」


「は?…おい!、何言って…」


俺の答えを待たずして 一瞬にして世界は闇へと染まり、疑問を口にし終わる前に 再び視界は光を得る


眩い光、太陽の光だ どうやら俺は街中に飛ばされたようだ…けど…


「死んだらって…どう言う意味だよ、…師匠…」


くそっ、アイツは意味深なことしか言わないから嫌だよ!ほんと!


…課題か、仕方ない 師匠の命令じゃ仕方ないよな、うん…仕方ない


仕方ないから、つけてやるか 決着

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