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15.孤独の魔女と友愛の魔女


その日は 遂にやってきた、あの花畑での一幕からまた五日…私とエリスは再び馬車での軟禁移動生活が強いられ続けた、五日 されど五日 、窓も閉ざされ外が見えない閉鎖空間での五日間…それは私達の精神を壊すには足るものだっただろう


エリスが急に時計のモノマネをしだし、私がそれを黙って見つめ続けるという一日があったり


エリスが急にシェフの味付けやレシピを暗唱し、いつでも作れる ここを出たらししょーに作ってあげたいですと涙ながらに語ったり


エリスが紙にクレアとの戦闘の反省点を書きなぐりだし、唐突に私とエリスの戦闘講座が始まったり


クレアを馬車の中に招き、只管二人で愛でまくりクレアを骨抜きにしたり


色々あった、私とエリスの二人で必死に暇を潰した 、暇を潰し 潰し潰し続けてそして、その日は 遂にやってきた




「レグルス様…レグルス様!、朝早くから申し訳ありません… 到着しました」


「ぅ…うぅ、ねむっ…」


それはいきなりだった、エリスを湯たんぽがわりに抱きしめ馬車の中で眠る私達目掛け、外からデイビッドの声が響く、どうやら今は早朝らしい…いやこんな空間では朝も夜もないんだがな、エリスの体内時計頼りの生活がしばらく続いたし


「ししょー?ししょー起きてください、デイビッドさんが呼んでますよ」


「ぅ…あ?、ああ?呼んでる?…呼んでるって何 痛ッ!?寝違えた」


二人で寝ぼけ目を擦り起き上がる、到着 つまりは目的地に着いたという事なのだろう、やっとか


ここまで長かった、長い長すぎる日々だった 私が時の流れを苦痛に感じたのは初めてのことだよ、痛む節々を無視して無理矢理立ち上がると


「……やっぱり、最悪な状態ですね」


「へ?、クレア?どうした急に入ってきて、最悪?何が」


ノックもなしに馬車に転がり込んでくるクレアに目を白黒させる、いつものふにゃふにゃした笑顔ではなくその顔は異様に険しい、なんだろう 何いけないことしただろうか


「何が最悪って、今外で魔女レグルス様を出迎える為に友愛騎士団捜索騎士団宮廷魔術師団 大臣家臣全員総出で待機してるんですよ、それなのに二人とも寝癖に服のシワ!顔だって寝ぼけてますしこんな姿で外出たら笑われちゃいますよ」


「ん?そんな酷い格好か?エリス」


「病人みたいです、ししょー」


そうか、そんなに酷い格好か


確かに、私がこれから会うのはこの国のトップだ、なら当然それに追随する者全員で歓待を受けるのは当然か、私とて羞恥心もある 馬車の扉開けた途端『あんな不潔なのが魔女なの?』なんて言われたら軽くショックだ、エリスだって師が馬鹿にされるのは許せないだろう


というか、変な格好でスピカの元に行けば絶対馬鹿にされる、スピカに あのスピカに、それは絶対やだ、耐えられない



「私が二人の格好を整えますから、ちゃんと準備してください?…ほらいつまで寝ぼけてるんですか、魔女レグルス様?いつもかっこいいですが 今日はもうマジ魔女モードでお願いします」


「マジ魔女?」


私達の寝癖を櫛で整え服のシワを伸ばし とテキパキ私達の格好を整えていくクレア、流石元メイド この手際は彼女があの従者生活で身につけた物だろう、思えばクレアを雇ってからはエドヴィンの寝癖や服のシワが減ったような気がするし


しかしマジ魔女か、よく分からんが 兎に角威厳ある魔女になればいいのかな?ナメられるのも癪だ、やってやる


「分かったよ、クレア ちょっとしゃっきりする」


軽く頬を叩き、目を鋭く尖らせ顎を引く…努めて凛々しく極めて格好良く振る舞う、八千年前のあの時の感覚を思い出して あの時のような孤独の魔女感を全身から立ち上らせる…ような感じで、分からん 自信がない


「はぅっ、魔女レグルス様ぁ…そ それですそれです!カッコいいですぅ、はうう やべ鼻血出た」


クレアのこの反応を見るに、どうやら私のキメ顔は中々決まっているらしい、いや でもクレアだしな…クレア私のどんな顔見てもかっこいいと褒めそうだしなぁ


「なんでもいいから早く準備するぞ、この顔 疲れるんだ、エリスも気を入れろ」


「はい、マジ弟子モードでいきます、キリッ」


そう言いながら目をキリッとさせながら…、ってそれ私の真似しただけじゃないか、やめろ似合わないから 、エリスはもっと目をクリッとさせながらキャルルんと笑って愛嬌を見せて…


なんて、考えているうちに私 そしてエリスの服が整えられる、準備万端とは言えないだろうが さっきよりはマシになったろう


「これでオッケーです、最高にかっこいいですよ魔女レグルス様 エリスちゃん」


「うん ありがとうクレア、では行くか、スピカの元へ」


「はい、ししょー …キリリっ」


「その顔やめろ」


スピカに会いに行く、八千年間 後ろめたさと襲われるのではないかという恐怖から避けていた、かつての友に 会いに行く


なんだろう、胸が高鳴る …私スピカに会うのこんなに楽しみにしてたのか、八千年の空白の時間を挟んでなお 我らは友でいられたのだろうか その答えを、確かめに行こう



………………………………………………………


この日、白亜城に存在する全ての騎士 魔術師 高官 、全員が全員 衝撃に湧いていた


事の始まりは前日、いきなり友愛の魔女スピカ様より城で勤める者全てに通達が降ったのだ、…そもそも魔女様が自ら そしてわざわざ下々の者達に通達を出すなど異例中の異例、その時点で一体なんだと身構える者達に それ以上の驚愕の言葉が届く


『明日の早朝、この城に 永らく姿を消していた孤独の魔女レグルスが訪れます、彼女は我が至上の朋友が一人…皆最大限の敬意と持て成しで歓待するように』


と…、まず彼らがあげた第一声は『ありえないだろう』だった


魔女レグルス、それは皆 幼い頃から馴れ親しんだ伝説の一つであり、実在が疑われている幻の八人目


騎士達にとってそれは詐欺師のもう一つの名でしか無い、今まで孤独の魔女を名乗る詐欺師を何度魔女スピカ様の前に連れ出し 処刑してきたか、今回もそのうちの一つだろうとどこか冷えた心持ちだった


魔術師達も疑う、何故ならそんな魔力カケラも感じないからだ 、魔女スピカ様のように魔女を名乗ることが許された者達は皆 山の向こうにいても存在を感じる程強大な魔力を持っている、だというのに 明日着く距離に近づいているというのに そんな強力な魔力を一切感じない


高官も唸る、どう扱って良いのか分からないのだ、これが隣の魔女大国アルクカースの大元帥 兼 争乱の魔女アルクトゥルス様なら簡単だ、大国の主として扱えば良いのだから

だが魔女レグルス様は国を持っていない、どこを放浪し何をしていたかもしれない身、魔女スピカ様のご友人としても どこまでの歓待をすればと 唸る



それでも、どれだけ疑ってもこれは魔女スピカ様の令 、逆らうという選択肢は浮かばない、皆朝早くから…いや早い者は昨日の深夜からずっと城の掃除をし、いつでも迎えられるようにと準備を進める



そして、太陽が昇る頃 早朝白亜城の入り口 長く続く赤絨毯の目の前に、二台の馬車が停まる


片方は犯罪者を輸送する頑強無骨な鉄の馬車、そしてもう一つは魔女スピカ様が普段から使われている最上級の魔女専用馬車だ、あれを使うことが許されているのは魔女だけ…この国においてはスピカ様のみだ、…がスピカ様は今城の中にいる ならあの馬車の中にいるのは…一体


皆絨毯の脇にズラリと並んで固唾を呑む、友愛騎士団1050名 捜索騎士団15名 宮廷魔術師団950名 そしてアジメク導国軍何十万、他にも従者や高官なども含めればきりが無いほどの人数が 絨毯の脇に控えさせられ、その時を待たされている



副団長デイビッドが慌てて魔女専用馬車に声をかけたり、若い女騎士を中に入れさせたりとなんだか慌ただしい…もしや、本当にあの中に魔女がいて 、機嫌でも損ねてしまったのだろうかと 一部の人間は背筋を冷やす


魔女の怒りは天災そのもの、もしこの場で本物の孤独の魔女が激怒すれば 我が国は甚大な被害を被ることになる…


「どうしたんでしょうか、馬車が停まってから暫く経ちますが、一向に出てくる気配がないけど」


「まさか、何か問題が…」


「というか本当に魔女様が来たのか?、また偽物では」


天下の友愛騎士団もザワザワとどよめき始める、あのデイビッド副団長が…いや今は臨時団長代行か、彼が慌てて対応しているあたり何か不都合があったのだろう、自分達も何かした方が良いのでは、と混乱し始める騎士達を諌める声が響く


「落ち着け、我々は誉れ高き友愛の騎士だ 我らは魔女スピカ様の剣、そんな我らが他の魔女の前で慌て無様な姿を見せれば、恥をかくのは魔女スピカ様なのだぞ、我らだけは落ち着いてどっしり構えていろ」


「ば バルトフリートさん、確かにそうですね 俺たちはそこらの雑兵とは違う、この国を代表する騎士なんだから」


彼の一言で騎士団は落ち着きを取り戻す、シワの多く刻まれた壮年に片足突っ込んだ老騎士 バルトフリート・モンクシュッドは静かに身動ぎ一つせず佇んでいる


齢を四十超えて尚前線に立ち続けるベテラン騎士である彼の異名を『英雄』『死なずのバルト』と人は讃える、騎士団長のような立場には無いが、友愛騎士団では一番の古株にして実力者と知られる


「んん、僕としては平静を保っている自信がないなぁ?、だって魔女レグルス様って美人なんだろ?、もし目にしたら…お茶に誘ってしまうかもしれない」


「メイナード隊長、またそんなこと言って…」


絹のような輝く長髪をたなびかせ、美しき騎士は追従するように呟く


こんな軟派な態度ではあるが、彼 メイナード・ベラドンナリリーの名と実力を知らぬ者はいない、僅か24歳という年齢にして近衛士隊 隊長という座に就き、行く行くは騎士団長に なんて声も上がる才気溢れる若騎士、彼の甘い言葉と弓による美技に魅了されぬ淑女はいない


「っと」


「げふぅっ!?、ななな 何するのかなヴィオラちゃん!?僕の気を惹きたいにしてもいきなり膝を後ろから蹴られたらコケちゃうよ!?」


「頭打ち付けて気絶すれば良いかと思いまして、魔女様をナンパなんて不敬…殺しますよ」


いきなり後ろに倒れこむメイナード、彼の膝裏に一撃加えた彼女…ヴィオラと呼ばれた真面目そうに眼鏡をクイッとあげる女性、彼女もまた次代を担うと目される若き騎士団所属の近衛魔術師、本名をフアラヴィオラ・オステオスペルマム


二十代で騎士団に入団し流れるような近衛士隊入りした魔術師であり

ナタリアやレオナヒルドと言った実力者に続くと期待された後輩魔術師、魔の深淵に近いと言われる魔女レグルス様に会えると聞いて密かにワクワクしていた人物の一人でもある


「全く怖いなヴィオラちゃんは、そんなに嫉妬せずとも僕はみんなの僕さ、誰のものにもならないさッ」


「チッ、早々に誰かに引き取られてください、それが嫌なら息を引き取ってください 早々に」



「……孤独の魔女レグルス?、まさか…いやでも…嘘でしょ」


「おやおや、どうしたのかな?メロウリースちゃん 憂げな顔で黄昏て、今日も可愛いね」


「後輩を口説かないでください!」


メイナードとヴィオラの前で、ぶつくさ呟きながら冷や汗を流す少女、つい数ヶ月前騎士になったばかりの新米騎士 メロウリース・ナーシセスである、僅か16歳で騎士団に入団したとされる立派な天才なのだが、今日は些かながら様子がおかしい


「あ あの、メイナード先輩 フアラヴィオラ先輩…孤独の魔女が見つかった場合、捜索騎士団ってどうなるんですか?」


「捜索騎士団?聞いた話じゃ解散らしいよ、構成員の大半はそのまま騎士やめて潜入先で生きることにしてるらしい、まぁ中には友愛の騎士として復帰したがってる者もいるらしいけれど、あそこはいわば落ちこぼれの集まりだから難しいんじゃないかなぁ」


「なら…魔女様を見つけた捜索騎士は…どうなります」


「んん?、それは…」


メイナードの話を聞いてゴクリと固唾を呑むメロウリース、聞きたいのは捜索騎士団の行く末ではない そこに所属する彼女がどうなるか、それに尽きるのだ

それを察してか若しくは何も考えていないのか、徐に言葉を溜めるメイナード


「大出世するだろうね、なんせ八千年間行方不明だったスピカ様のご友人を見つけたんだ、孤独の魔女レグルス様の発見は、謂わばスピカ様の悲願の一つでもあった、それを叶えた者となると 一気に図らずも空席となってしまった騎士団長の候補の中に名を連ねることになるだろうね」


「まぁ、候補というだけだから やっぱり実力がないとダメでしょう、ええっと 見つけた騎士の名前はなんていうんでしたっけ?、く…く…く?」


「…クレア・ウィスクム…ッ!」


憎々しげに馬車を睨むメロウリース、くそっ お前はいつもそうだ 、いつも私の先を行く! 追い抜いたと思っても気がついたらまた大きく離される、いつもいつも最短でゴールを行く…捜索騎士になったのもその為なのか…クレア!、憎い 恨めしい…!





「メイナード ヴィオラ メロウリース、話は後にしろ…動きがあったぞ」


「おや、遂に御目通り願えるようだね」


「魔女レグルス様…これが本物なら、我々は歴史的瞬間に立ち会えることになりますね」


「…………」


バルトフリートの言葉に、騎士達の視線が一斉に絨毯の向こう 停まる二台の馬車へと注がれる、確かに何か動きがあったようだ


「んじゃあーまずこっちから出しますか、まだ時間かかるっぽいですしぃー」



「あれはナタリア先輩?」


「うぅん、いつ見てもあの憂げのあるタレ目は美しいね…、よしこれが終わったら声をかけに行こうなんて冗談だよヴィオラちゃん冗談だからその可憐な足を僕のつま先から退けてくれるかなとてもいたたたた」


口を開くのは騎士団専属治癒術師ナタリア、ヴィオラの憧れの先輩の一人でもある人物が絨毯の向こうでめんどくささ全開で何かを準備している、…いや 魔女専用馬車の方ではなく、罪人護送用の馬車の方だ…そちらの鍵を開け、中から引っ張り出すのは


「ひ ヒィッ!?、皇都…これは 白亜の城」


「はぁい、偽物さんのご登場 みなさん拍手〜」


頑強な馬車から引きずり出されたのは、黒い髪と赤い目をし 全身を魔力封じの縄で封印された魔女レグルス…の偽物だ、あれは一目で偽物と分かる


だって、ナタリアに引っ張られながら白亜の城を見てガクガク震えているんだから


「な ナタリア!、お前ナタリアだよな!、助けて…助けてくれよ、お前からみんなに口聞きしてくれよ私は悪くないって、昔あんた面倒見てやったろう?、このままじゃ処刑されてしまうんだよ私は!」


「はてさて、なんのことやら アタシは魔女レグルス様に面倒見てもらった覚えはないっすねぇ、…アンタ魔女なんでしょ?」


偽物は唾を飛ばしながらナタリアに詰め寄る、世話をしてやった面倒を見てやったと喚き散らすも聞く耳持たずのナタリア、いや嘘つきの偽物にしては今回の言葉は一応ながら事実ではあるのだが


「あれは、…レオナヒルド先輩?魔女の偽物として捕まったのって レオナヒルド先輩なんですか」


ヴィオラは一人驚愕する、あれは あの罪人として連れてこられた者には見覚えがあるからだ、ヴィオラとナタリアの先輩にして元宮廷魔術師、そして 罪を犯し皇都追放となり長らく消えていた罪人レオナヒルド・モンクシュッドその人なのだから


「おやおや、見ないと思ったら 郊外で偽物として活動していたとは、レオナヒルド先輩らしいといえばらしいが…今回の一件はマズイだろうね」


「レオナヒルド先輩は…昔 新人だったナタリア先輩の事をよくいじめていたと聞きます、その二人がこんな結末を迎えるなんて」


「……ッ、馬鹿な奴め」


「バルトフリートさん?…ああそう言えば……」





「ち 違う違う!私は魔女なんて名乗ってない!名乗ってなんか…ああ!、お兄様!お兄様助けてください!」


暴れ狂う偽の魔女レグルス…いや レオナヒルドは、友愛の騎士団の中佇む老騎士バルトフリートを見るなりさらに喚き散らしながらそちらの方へ走っていこうと駆け出す


兄…そうだ 罪人レオナヒルド・モンクシュッドと英雄バルトフリート・モンクシュッドは 兄妹の仲なのだ…、出来た兄と出来ない妹の典型であると よく言われもしたが、それの行き着く先はこんなにも


「お兄様!私の無実を!無実の証明…ぐぎぃっ!?」


だがここは友愛の大国アジメクの中心地 、罪人が自由に歩ける空間など どこにも無い、兄バルトフリートめがけ走り出そうとしたレオナヒルドの頭を掴み、一撃で地面に叩きつけ腕を極め取りおさえるは、治癒術師であるナタリアだ


「な…ナタリア、テメェ…」


「へへへ、びっくりしました?鍛えたんすよ 、先輩の言う通り魔術の才能のないグズなんでアタシ、体鍛えて強くなったんですよ」


「ふ…ざけんじゃねぇ!、どけ!ど…ぐぎぎ!?」


さらに喚き倒そうとするレオナヒルドの腕を捻り上げ黙らせる、一瞬の捕縛術に思わず感嘆の域を漏らす騎士達とヴィオラ、前線で戦わない治癒術師でありながら騎士さえも凌ぐ実力を持つナタリアを前に、なるほど相変わらずさの強さだと再認識しているのだ


兄の バルトフリート以外は だが


「バルトさん、文句あります?というか 妹さんでしょう?、何か言いたいことあるんじゃあ ありません?」


岩のような顔で一文字に口を結ぶバルトフリートの方へ声を飛ばすナタリア、これでも妹だ それを目の前で殴り倒し押さえつけてるんだ 、誠実な彼が何も思わないわけがない


「ナタリア 気を使わなくてもいい、かける言葉などないさ、私の妹は 罷り間違っても魔女スピカ様とその御朋友殿に迷惑をかけるような存在でない、故にそいつは我が妹でもない 、別人だ」


「ぐぅっ!、勝手抜かしてんじゃねぇ!誰のせいで宮廷追い出されたと思ってる!誰のせいで皇都追い出されて盗賊の相手してたと…!誰のせいで!クソ兄貴!死んじまえ!」


「もういい ナタリア、連れて行け」


「ほいほーい、ほら歩いて 歩いて、この道は魔女レグルス様のために作られた道なんだから、歩けるなんて光栄ですよん」


これ以上、話す言葉などないと言わんばかりにレオナヒルドを拒絶するバルトフリート、彼は誰よりも職務に忠実であり 誰よりも義に誠実な人物だ、たとえ 血の繋がった妹だったとしても、罪を犯したなら償わなければならない…そう言いたいのだろう



「よかったんで?、せめて言葉の一つくらいレオナヒルド先輩にかけてあげたほうが」


「いいんだ、あの子はもう救いようがない悪になってしまった、悪に手向けられるのは罰 …それだけだ」


「またそれですか、悪には罰と報いを でしたか?流石に妹さんにまでそれを強要するのは…」


「いいと言っている、それより どうやら次が本番のようだぞ」


先立ってナタリアに連れて行かれるレオナヒルドの悲壮な背中を見て、咎めるようなメイナードとヴィオラの言葉を一蹴する、そもそもバルトフリートは先程からずっと 妹のことなど見ていない


持て成すべきはただ一人、本物の魔女様だけなのだから…当然視線の先には魔女専用馬車がある



「む、例の女騎士が馬車から出てきましたね」


「彼女も可愛いなぁ、でもあんな騎士の子なんていたっけ?白亜の城にいるレディはみんな把握しているつもりだったんだが」


「ッ!、クレア やっぱり皇都に帰ってきて…!、なんで せっかくお前がいない間に騎士になったのに、なんで 見計らったかのように戻ってくるんだ」


馬車の中からひょっこり顔を出して手で丸を作り合図をクレアを見て、そろそろかと二人とも いや騎士団 魔術師団 兵士全員姿勢を正す、さっき出てきたのは偽物だ…なら あの豪勢な馬車に乗せられているのはもしかしたら そう心で感じる前に


友愛騎士団 今現在の代表たるデイビッドが、高らかに号令をかける


「これより 真なる孤独の魔女レグルス様を騎士団 魔師団 この国を守る我等が、友愛の魔女スピカ様の手足として 盛大な歓待をっ!」


彼の言葉が身に染み 、皆一様に両足をつける…デイビッド団長代行が『本物として扱え』というのなら…やはり


その瞬間扉がゆっくりと開き、スラリとした足が 絨毯を打つ







本来ならば、皆一斉に盛大な拍手を以って彼女を出迎えるつもりだった


だがどうだろう、馬車から彼女が現れたというのに 白亜の城には未だ沈黙が漂っているではないか


誰も手を打っていない、出てきたのが偽物だったからか?、いや違う逆だったからだ



「…………」



馬車から降り立つのは、先ほどのレオナヒルドの黒髪よりもなお黒い 宵闇の如き漆黒の髪と、紅玉が霞むほどの紅い目…誰も本物など見たこともない 容姿の詳しい詳細など知らぬ、だというのに 分かる 皆理解する、あれは…あれは


本物の 魔女レグルスなのだと



手が動かない 声もあげられない、その余りにも美しき凛々しい顔立ちに 優雅な歩みに、我々が畏れ敬愛して止まぬ友愛の魔女スピカ様を幻視する、中には他の魔女を目にした者もいるが、あの歩む女性が纏う異様な気配は 彼女達と全く同じ物


特に震えるのは、魔術師達だ


「信じられない、あの体の中から感じる魔力…底が感じられない、あれだけの量の魔力を巧みに体の中に隠しているなんて、魔力の量も凄いけど それを扱う技量が 途轍も無い…」


かろうじて声を上げられたフアラヴィオラが、震え声で呟く


スピカ様の魔力を 強大さを感じる巨大な山とするならば、今目の前を歩くレグルスは 空間にぽっかりと空いた奈落だ


一見すれば小さくも見える 、だが底を探れど探れど見えないんだ…限界が、一個人が持っていい魔力量ではない、今ここにいる宮廷魔術師団全員分 いやそれでも足りない、アジメク全土の国民全員の2~3倍を用意しても、まだ足りないかもしれない それ程の魔力を何食わぬ顔で漂わせている


フアラヴィオラは、いやこの場にいる魔術師は本能で理解することだろう『ああ、これこそが魔の深淵なのだと』



「ふふんっ!」


そして魔女レグルス様を先導するように胸を張るのは、今回の大功労者にして魔女レグルス様を発見し見事皇都まで連れてきた捜索騎士団 騎士クレア・ウィスクムだ


中には彼女の名を聞いたことがある者もいる、確か 士官学園史上六人目の入学試験満点合格者にして、現騎士団長の持つ最年少騎士団入団記録を抜き去り15歳で騎士になった秀才、成る程彼女ならこの大手柄も頷ける


皆が感心する中、メロウリースはただ一人熱い視線をクレアに向けて指を噛んでいた



「ッ…ッ…き 緊張します」


いやしかし、その隣をカクカクとした動きで歩く金髪の子供は何者だ?魔女レグルスが唯一の側に置くことを許しているようだが、見当もつかない 魔力も大した事ないし、この大衆を前に緊張しているように見える、魔女レグルス様の従者?それとも魔女レグルス様を愉しませる…



「…随分静かだな」


静寂の中、ポツリと呟く声が 静々と響く


…鈴のように美しく されど巨巌の鳴動の如き力強さを感じさせる声、誰などと疑問は持たぬ 魔女レグルスが言ったのだ 静かだと


次の瞬間には、誰しもが一心不乱に手を叩いていた 命令されたわけでもないのに 手が勝手に動いていたのだ


万雷の喝采の中 悠々と歩く魔女レグルスと隣の金髪の少女は、我らなど意にも介さず白亜の城へと向かう、あれは本物だ 間違いなく本物の魔女レグルス


八千年間謎に包まれていた存在を、今 我々は目にしたのだ


「おい、友愛騎士団 全員俺についてこい、俺たちはこのまま魔女スピカ様と魔女レグルス様の会合の場に行き守護する」


呆然としている騎士団達に声をかけるのはデイビッドだ、アレを目の前にして尚も平然と振る舞えるとは 、ヴェルト団長の影に隠れがちだったがやはり、この人は凄い人なのだ…


いくら魔女を前に圧倒されようとも、これでも騎士 この大国全土に名を轟かせるエリート達なのだ、いつまでボケっとしてられない 全員慌てて白亜の城内へと向かう、魔女様達に何かあるとは思えないが それでも必要だ、我等はスピカ様の権威の象徴でもあるのだから





…………………………………………


常に厳粛な雰囲気に包まれる白亜の城 玉座の間、ここはアジメクで最も高貴な空間だが今日はいつにも増して厳かだ


玉座の間には 右方には友愛の騎士団左方には宮廷魔術師団 謂わばアジメクの二大最高戦力が両脇を固める中、最奥に据えられた玉座に座る彼女はただ静かに待つ


友愛の魔女スピカは玉座の間の扉を見つめ その時を待ち続ける


カツカツと鳴り響く靴音が近づいてくのを感じる、不遜にも無礼にもこの白亜の城の最奥 玉座の間目掛け近づいてくる靴音は、扉の前で制止し…ゆっくりと開く扉の隙間から その姿を見せて行く


孤独の魔女レグルス様とその弟子エリス様の二人は、玉座の間に座る彼女を見ても身動ぎすることなく、歩み寄る


いや、魔女だけでない その隣を歩かされているのは偽の魔女レグルスを名乗った大罪人レオナヒルドその人だ


今から行われるのは 魔女スピカによる、魔女真贋の見極め…その魔女レグルスが本物か否かを見定める物、はっきり言おう 茶番だ 誰しも理解している、どちらが偽物で本物かなど


「友愛の魔女スピカ様、孤独の魔女レグルス様を名乗る者2名、到着しました」


「ふぅ…」


「あっ…あああ」


玉座に座るスピカの前に突き出される二人の魔女レグルス、片方は軽く吐息を吐き気怠げな雰囲気を流している、そしてもう一人 遂に魔女の前に突き出されてしまったレオナヒルドは ただ恐怖した


これから処刑されるであろうことが怖いのではない、分かるのだ 彼女も一端の魔術師だから 今目の前で自分を睨みつけている存在が、どれほどの存在なのかを


レオナヒルドは今、スピカではなく スピカの魔力を見て 感じて恐怖している




魔術師は他人の魔力を感じる際、よく『松明の火』を例え話に出す


他人の魔力を感じる この感覚は火のついた松明に手を近づける感覚に似ているという、近づけば肌を刺す熱を感じ 離れればその感覚も弱くなる 、魔力も同じで 感じる魔力が近ければ近いほど肌がピリつくのだ…そしてその強さが大きければ大きいほどその感覚も強くなる



なら、魔女を前にしたレオナヒルドが感じたのは何か?…それは


(あ…熱い!?熱い熱い熱い!、目の前に立ってるだけなのにこちらを見ているだけなのに、スピカの魔力を体に浴びてるだけで気が狂いそうだ…ッ!?や 焼ける!体が内側から焼ける…!!)


熱だ…それも 全身を焼き焦がすが如く高熱、まるで太陽が目の前に鎮座しているかのような激烈までの熱、当然これは錯覚だ スピカのあまりにも強大な魔力は ただあるだけで 人を狂わせるのだ


「ふむ…、なんと なんとめでたいのでしょうか、永らく姿を消していた我が朋友レグルスが 遂に私を訪ねてきてくれるとは、両手を上げて喜びたいですが…これはどういうことでしょうか、私の前には レグルスを名乗る者が二人もいます」


スピカが口を開く、ただそれだけで 山の崩落さえ超える圧力が場を覆う、横で見ている騎士や魔術師でさえ思わずひれ伏しそうになるほどの重圧を感じているのだ、その渦中にいるあの二人は…


「……」


「ぐっ…ぅぐぅっ!?」


レオナヒルドは思わず大地に膝をつき冷や汗を滝のように流す、驚いた…一瞬臓器を全て握りつぶされたかと思った、声を聞いただけでこれだ 正に災害が口を聞いて脅してきているようなもの


「当然我が友レグルスは一人 ならばどちらかが本物ということになり、もう片方は偽物ということになりますね?…さて、どちらがどちらやら」


すッとぼけた態度で二人のレグルスを見遣る、片方はため息をつき肩をすくめ もう片方は 恐怖と重圧で膝をついている、さてどちらが本物かと…スピカは更に声を開く


「ではまずあなたから伺いましょうか?…お前は我が友レグルスですか?」


「ひぃっ!?」


まず声をかけたのはレオナヒルド、つまり偽物だ ニタニタと笑い 死にかけの小動物でも虐めるかのような、残虐な問答が 容赦なく彼女に叩きつけられる、スピカも楽しくて楽しくてたまらぬ といった顔だ


スピカ様はいつもはこうではない、偽物を目の前に突き出した瞬間 呆れと諦めの混じったため息と共に『こんな奴など知らない、消えよ』…この一言で終わる、いつもなら


「どうしました、我が友レグルス 口をパクパクと開け…弁明弁解ならいくらでも聞きますよ」


「あ…ああ、あっ…ぁ」


答えられない、どんな不都合も都合のいい嘘で乗り切ってきたレオナヒルドが、口すら聞けない、嘘ならいくらでも用意していた どんな風に言い訳をしようか馬車での移動中ずっと考えていた、なのに いざ スピカを前にすると…口が言葉を紡がないのだ


手をワタワタと振るい しどろもどろと体を震わせるばかりで、その口から出るのは意味のない声ばかり…


「っ…ああ、っぐ…ああぅああ」


「くっ…くふふ、、あははははははっ!私の前で涙を流し 絶句しながら許しを乞うこの女が魔女レグルス!?、ぷふっ ははは…魔女レグルスがこのように可愛らしかったらどれだけ良かったかっ!」


腹を抱え 声を上げ 笑う、あの魔女スピカが 騎士達も初めて見た…常に眉一つ動かさず、感情という感情を決して見せないあのスピカ様が、目尻に涙を浮かべ笑っているではないか


「良いですか?、いいことを教えてあげましょう偽物よ…本物の魔女レグルスは、決して恐怖しない 何を見ても恐怖せず…残忍なまでの敵愾心と残酷なまでの無関心のみ抱く、魔の深淵に全てを捧げた 生ける魔術式 、それが魔女レグルス…決してお前などではない!」


「ひぃあぁぁ… お お許しを、お許しを!スピカ様!スピカ様!」


「連れて行け!地下牢に閉じ込め 思い知らせよ!、我が至上の朋友の名を汚したこの下郎に!地獄を味あわせてやれ!」


スピカの怒号を受け、失禁と共に溢れ出た謝罪と慈悲を求めるレオナヒルドの言葉など、意にも介さず 処罰を下すスピカ、脇に控えていた騎士と治癒術師ナタリアがその両脇をがっちりホールドし 、闇の中へ引きずり込んでいく、もう二度と 陽の光が見られないであろう場所へ連れて行く為



「それで?、貴方も偽物ですか?」


「…………」


レオナヒルドが連れていかれ、静けさの戻った玉座の間 その声は遂に、もう一人のレグルス…本物の正真正銘の魔女レグルスへと、視線が向かう


茶番は終わった、ここからだ 一体どうなると周囲の騎士と魔術師は息を呑む、こんな重圧の中にいるというのに、レグルスは先程からポッケに手を突っ込み 何食わぬ顔で立ち、軽く息を吐き スピカに目を向ける


「……私も、涙を流し許しを乞うたほうがいいかな?、スピカ様」


「出来るのなら、見てみたいですね」


フフフと零すように微笑むスピカと、不敵に笑い冗談を述べるレグルス


普段 全く感情を動かさず、まさしく神の如き無慈悲さしか見せぬスピカが…今 友と話し笑っている、この方は笑うことが出来たのかと初めて認識する者も多いだろう


そんな周囲の驚愕を他所に、二人の魔女は話を進めていく


「悪いがそれは出来ない相談だ、お前にそんな情けない姿を見せるくらいなら私は死を選ぶ」


「でしょうね、貴方は絶対に謝らない人でしたものね…いくら自分に非があっても、素知らぬ顔でそっぽ向いて…」


「昔のことはいいだろう、それで?スピカ様?私は本物ですか?それとも偽物ですか?、地下牢に 私をぶち込みますか?」


レグルスはわざとらしく、無礼極まりない態度で スピカに問う…本来ならば魔女にこんな態度を取れば、偽物云々関係なく即刻打ち首は免れないだろう不敬、だがそれを咎める者はいない そうスピカも含めて


「はぁ、見違えるわけがないでしょう…どれだけの時を経ても 何千年という空白が間に立ち開かろうと、貴方の姿を忘れたことはありません…よくぞ帰ってきてくれまた、我が友レグルス…いえ、本物の孤独の魔女レグルスよ」






………………………………………………


最初はどうなることかと思った、というのが正直な感想だ



エリスを連れて馬車を降りたら、こう もっとワァーって感じて歓迎してくれる物かと思ったら 広がっていたのは、無音無声の静寂ーっ! 騎士やら魔術師やらなんやらがみんな棒立ちでこっちをジッと見てるんだ


え…?なにこれ、歓迎ムードじゃないのかな …それとも疑われてる?、ちょっと気合い入れて少し魔力を漂わせていたんだが逆に嘘臭かったか?、どうしよう エリスも視線を前に緊張しまくってるし、クレアはクレアでなんかすごいドヤ顔だし、いやこの子は私と歩けるだけでいつもこんな感じか


あまりの静けさに耐え切れず『随分静かだなぁ…?』と呟いたらやっと拍手してもらえた、なんか催促したみたいで情けない



そのまま城の中に案内されればそのまま一番奥の玉座の間まで案内された、道中通らされた廊下やエントランス…どれも一級品だ、私でも分かるほどの造形の細かさ素晴らしさ 、金がかかってるなんてレベルじゃない…本当に 本当にスピカって偉くなったんだなぁ


なんて考えているうちに、玉座の間の前の大扉に着く…なんか隣に偽魔女レグルスがいるが…こいつも一緒に謁見するのか?、なんかこの世の終わりみたいな顔しながら事前に考えてあったのかいろんな言い訳をブツブツと呟いているが、無駄だと思うけどなぁ


「レグルス様、この先にスピカ様がいらっしゃいます…一応、魔女レグルス様が本物であるかどうかの審問を行いますので…」


扉の前でデイビッドから説明を受ける、この奥にスピカがいるなど 言われなくとも分かる、 感じる…スピカの気配と魔力を、全く…魔力を一切隠さず垂れ流すなどはしたない、あれでは周囲を威圧するだけだろうに


しかし、審議 審問か…一応必要な過程か、だからこそ 偽物であるこいつも一緒に受けると…


「分かった、エリスも連れて行ってもいいか?」


「構いません、ただ…こんな小さな子をスピカ様の前に立たせるのは酷かと思いますよ、スピカ様の魔力はとてつもないです、常人がまともに受ければ気を失いかねません」


「問題ない、私が相殺して守る」


ちなみにさっきまで一緒に歩いていたクレアはなんか途中でどっかに引っ張られて消えてしまった、あの子はあの子で何かすることがあるらしい


「エリスも…ししょーのお邪魔にはなりません、エリスは孤独の魔女の弟子なので」


「……気負うなよ」


軽くエリスの頭に手を置く、エリスには酷かもしれないが…この子は孤独の魔女の弟子なのだ、それが他の魔女の前で無様な姿を晒すことなど絶対許さない、スピカから放たれる魔力は相殺できるが 魔女が放つ威圧は防げない


超越した実力者とは ただ存在するだけで 生半可な人間の膝を折ることが出来る、それが魔女ともなれば言葉一つで大国全てをひれ伏せさせる、その重圧には気合いで耐えてもらうことになる…


「分かりました…では開きます」


「ああ、…スピカ」


我々の覚悟も決まったかと確認すると、徐に巨大な扉を開いていくデイビッド…扉の隙間から溢れ出るのはスピカの魔力とそれによって産み出された清廉なる空気、懐かしい…この感覚 これは間違いなく彼女の醸し出す空気だ……




扉の向こうの玉座に座していたのは、懐かしき友の姿だった



服装は豪奢なドレス 手には見たこともない杖をつき、顔つきは私が知るより遥かにたくましくなっているが、ああ あの顔を忘れたことは一度たりともない、彼女は間違いなくスピカだ…


「ッッ!、ししょー…」


私の足元でエリスが震える、ああそうか もうキツイか…普段私と生活しているからある程度は耐えられると思ったが、この濃厚な魔力と魔女の重圧はエリスにはきついらしい…、仕方ない 私の後ろにエリスを隠し 玉座に向けて歩く


スピカの重圧は、八人の魔女の中で一番軽いものだ…一番の重圧を纏う無双の魔女あたりは重圧だけで人を圧死させるからな、少しは慣れてもらいたかったが…無理はさせられん



「…………」


そういえば、最初になんて声をかけようか決めてなかったな…わ 分からん、てっきりスピカの方から『ゔぁぁぁああん、ひさしぶりですねぇぇレグルズざぁぁぁん』と声をかけてくれるものとばかり思っていたが、そうだ 今や彼女は一国一城の主…立場的には彼女が上


となるとやはり私から声をかけるのが筋なんだろうが、何にも浮かばん…なんか私が黙ってる間に茶番が始まったし


「どうしました、我が友レグルス 口をパクパクと開け…弁明弁解ならいくらでも聞きますよ」


「あ…ああ、あっ…ぁ」


茶番…そうだ 茶番だ、偽物と分かりきったそいつを スピカが責め立て、脅す茶番…見ていてあくびが出そうな喜劇にも似たそれを見せつけられる、多分 スピカ自身の立場や権威を見せびらかすためのものだろう


「っ…ああ、っぐ…ああぅああ」


「くっ…くふふ、、あははははははっ!私の前で涙を流し 絶句しながら許しを乞うこの女が魔女レグルス!?、ぷふっ ははは…魔女レグルスがこのように可愛らしかったらどれだけ良かったかっ!」


スピカの嫌なところが出た、アイツは一度調子に乗るとすぐこれだ なんかチラチラ私の方見てるし…、悪かったな 可愛げがなくて


「良いですか?、いいことを教えてあげましょう偽物よ…本物の魔女レグルスは、決して恐怖しない 何を見ても恐怖せず…残忍なまでの敵愾心と残酷なまでの無関心のみ抱く、魔の深淵に全てを捧げた 生ける魔術式 、それが魔女レグルス…お前などではない!」


なんか悪口言われたし、いや事実だが…昔の私は確かにそうだった、口と肺は詠唱の為 頭は魔術を組み立てる為 目は魔術を学ぶ為、命は魔術を極める為にあると考える魔術至上主義者だった、まぁ飽くまでだった というだけで、今は違う


「ひぃあぁぁ… お お許しを、お許しを!スピカ様!スピカ様!」


「連れて行け!地下牢に閉じ込め 思い知らせよ!、我が至上の朋友の名を汚したこの下郎を!地獄を味あわせてやれ!」


そして瞬く間に偽の魔女は玉座の間を連れ出され、暗い闇へと消えていく…別に 地獄なんぞ味あわせなくとも良いだろう


…いや逆の立場で考えてみるか、もし 何処ぞの馬の骨がスピカの名を名乗り悪事を働いていたら、私はどう思う?…いや当然殺す、私の友の名を悪事のために利用するなど絶対に許せん、そう思えばあの偽物の処遇は妥当か


さて、ここからが本番だ…八千年ぶりの会話か、昔 私とスピカはどんな風に会話してたかな


「それで?、貴方も偽物ですか?」


「ん?」


スピカの方から、私に声をかけてくる…勿論ながら私を疑っているわけではなさそうだ、だってあの目は 私をからかっている時の目だから、ったく バカスピカの癖に生意気な…付き合ってやるか


「……私も、涙を流し許しを乞うたほうがいいかな?、スピカ様」


「出来るのなら、見てみたいですね」


「悪いがそれは出来ない相談だ、お前にそんな情けない姿を見せるくらいなら私は死を選ぶ」


「でしょうね、貴方は絶対に謝らない人でしたものね…いくら自分に非があっても、素知らぬ顔でそっぽ向いて、意地と自分の命なら意地を優先する人でした…」


「昔のことはいいだろう、それで?スピカ様?私は本物ですか?それとも偽物ですか?、地下牢に 私をぶち込みますか?」


あれだけなんて声をかけたらいいか分からなかったのに、一度 話をしてしまえば 驚いた事に口は次々と言葉を続けてくれる、そうだ そうだ私たちはこうやって話してたんだ


スピカが、私をからかって 私がそれに冗談で返して、二人でふざけあってたら 他の奴らも混ざってきて、ワイワイとガヤガヤと 身も蓋も山も谷も意味も意義も取り留めもない会話をするんだ、…ッ なんだ私はまだちゃんと こいつらの事 好きだったんじゃないか、こいつらが私を襲うわけなんかないじゃないか 私を排除しようなんて考えるわけないじゃないか


「はぁ、見違えるわけがないでしょう…どれだけの時を経ても 何千年という空白が間に立ちはだかろうと、貴方の姿を忘れたことはありません…よくぞ帰ってきてくれまた、我が友レグルス…いえ、本物の孤独の魔女レグルスよ」


私達は八人揃ってこその、親友だったんじゃないか、立場が変われど 時を経ようとも友情は消えないのだな


「ああ、待たせた 我が友スピカ」


「待たせすぎです、一万年を超えたら私自ら探しにいくところでしたよ」


思わず笑いが溢れる、スピカも 最初の威厳は何処へやらクスクスと笑っている…ああそうだ、それだ その顔…八千年前は日常だと思っていた仲間の笑顔だ


「ッ おほん!皆の者!、先ほど聞いた通りです 彼女は間違いなく我が友レグルスです!、故に 今日この時を以って捜索騎士は解散し、彼女 レグルスを本物とします…今後もし魔女レグルスを偽り名乗るものが現れたらその場で斬りふせるように!」


私との会話がひと段落つけば、大杖で一度地面を叩き声をあげれば周囲の騎士と魔術師が一糸乱れぬ動きで敬礼を行い返答を行う、改めてスピカが騎士たち束ねているのを見ると…なんだか不思議な気持ちだ


「今しばらくレグルスの存在は伏せておきます!、他の魔女大国にも国内にも公表することは許しません、発表は私が時期を見て行いますので、それまでは絶対にそとに明かしてはいけません!」


「他の魔女大国か…、他の奴らは元気なのか?」


「そこも含めて話したいことが山ほどあります、レグルスさん…八千年という時は人と世界を変えるには十分すぎる時間なんです、今の世界はもう貴方が知るかつての世界ではないのです…どうぞ奥へ」


どうやら、他のみんなの近況は少しばかり込み入った話のようだ…いやそれだけじゃないか、何せ八千年だ…その間私は外界に姿一つ見せず隠匿生活を送っていたんだ、伝えたい事 話しておきたい事くらい山ほどあるか


玉座の背後に続く道へと消えていくスピカ、どうやらこの玉座の間の向こうにも空間が存在するようだ、騎士達 魔術師達はついてこれないようだが…というかはよ行けよと言わんばかりにその場で待機しながら私をジッと見ている


この先は騎士達でさえ入れない秘匿空間…恐らくはスピカの個人的な空間なのだろう、しかし玉座の裏に部屋とかよくわからんセンスはどうにかならんのか



「はぁ…はぁ、ししょー…っ エリス耐えました」


「ああ、よく頑張ったな」


スピカが立ち去った瞬間膝をつき冷や汗を流すエリス、こんな子供にしては上出来か…魔女を前に膝を折らないそれだけでもすごい事なのだから、だがまだ休むには早い エリスを軽く撫でればそのままスピカに追従する


…なんだか、話してしまえばなんて事なかったな 私が考えすぎていたようだ、久しい友人との会話 やっぱり楽しいものだな、こうやってスピカを追い歩くこの瞬間でさえ、口角が上がるのを抑えられない、私どんだけアイツらの事好きなんだか…

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