14.孤独の魔女と友愛への旅路
悪か…?これは悪なのか?、いや 弁明など意味がない、これは悪なのだろうと考える、今 出来ることは考えることだけだから…
騎士達は皆 口を揃えて悪だと言った みんなが悪だと言った、魔女様に対して何たる不敬と罵られたし蔑まれた、みんながそう言うなら これは悪なのだろうと自らを嘲笑する
悪には罰が与えられるのが世の常、私はきっと死罪だ 首を刎ねられ街に晒され、街人達に『このような悪人にはなるなよ?』という 見せしめとして この命は使われる
それが罰だ、魔女に逆らったという罪人の末路だ……納得がいかない 納得がいかない!
確かに悪だ!悪だろう!、しかし悪が罰に晒される事が世の常だというのなら…、真に罰せられるべきは この『世界』そのものなのではないか!?
悪を生み出し 死を振り撒き 人を乱す、それは今の世界が悪いからだ そんな世界を容認し作り出した魔女は尚悪いはずだ!
なのに何故世界は罰せられない、何故魔女は罰せられない…この大罪は死を以って償われるべきではないのか?
憎い…憎い憎い、世界が憎い 魔女が憎い と暗闇の中で恨みを積もらせて行く
誰も世界を罰しないなら 魔女を糾弾しないなら、自分がするしかない…世界を壊し 魔女を殺してやる
此れを悪と断じた全てを、この手で断罪するんだと この場に広がる暗黒より尚も暗いその憎しみと殺意は 其れを歪めて行く
もはや正しいかどうかなどどうでもいいんだ、この憎しみをぶつけねば 気が済まぬ
…………………………………………
「ししょー!見てください!、凄いです!花の海です!色んな花が向こうの丘までずーっと続いています!」
暖かな陽光の下、一面に広がる花畑で踊るようにはしゃぐエリス…初めて見る光景を前に興奮が抑えられない様子だ
「全く、あまりはしゃぐなよ エリス」
そんなエリスを見て微笑みながら制止する師レグルス、一応言葉では止めているものの その言葉は 弟子の明るい笑顔を見れる幸せに思わず緩んでしまっている、いや実際嬉しい 花弁を纏う風の中踊るエリス…弟子のはしゃぐ姿を見て嬉しくない師匠はいないさ
ムルク村を出てより 3週間近くの時が経っていた、今 私とエリスの二人は、騎士団と共に皇都アジメクを目指す旅路の最中にある
数多の騎士達に警護されながらの馬車での移動、当初は移り変わる窓の景色を二人で眺めながらさ あれは何?これはね?なんて笑い合い時に馬車を降り様々なものに触れ合い 弟子になって一周年の記念に計画していた外出の代わりになっていいじゃないかと、お気楽気分の道楽気分で道を征く、そんな優雅な馬車旅を想像していたんだ、が 現実はそうも行かない
…一応 魔女である私の位置付けは国家レベルの超要人だ 、この国のトップ友愛の魔女と肩を並べた存在でもある私達は、もうこれ以上ないんじゃないかってくらい護衛されまくって移動していた
何せ、今の世界において 魔女とは神にも等しい存在だ、魔女だからと村を挙げてお祭りを開こうとしたムルク村の人々は何も特別ではない、私にかすり傷ひとつでもついてれば 、この場にいる騎士の中から何人かクビが飛ぶだろう
それ故に当然ながら一日中馬車から出ることは許されず、丸一日馬車にゆられ続ける毎日がここしばらくずーっと続いていた…エリスも最初は慣れない馬車移動生活に興奮したり揺れに酔ったりと忙しかったがそれも続いて2~3日
それからは延々に馬車の中に閉じ込められ続ける毎日に飽き飽きして、いつもボヤーッと過ごす事が増えた、ここには暇を潰す本もないし 盗賊に狙われないようにと窓も塞がれ外を見ることも出来ない…一応、この空間でも出来る修行はつけていたが それも限度がある
窓もない外に出られない何もないこの空間で三週間 気が狂いそうだよ
唯一の楽しみは一日三食のご飯だ…、騎士団専属のシェフが腕によりをかけて作る料理の数々が 時間になったら運ばれてくる、こればかりは正直嬉しかったよ
私とエリスの二人では決して食べることが出来ない最上級の料理、多分 騎士団が移動の最中狩った獣や森で収穫した木ノ実を使った料理なのだろうが…いやこれが凄い、やっぱり料理は素材ではなく腕が全てなんだと感じさせられる
が…それ以外の時間はやはり虚無…、飯以外の娯楽がないこの空間は牢獄と何が変わらないんだろう
と思っていたら昨日デイビッドが…
「アジメクの中心付近まで来ました、ここら辺はかなり平和ですので 明日は少し外で羽を伸ばされてはいかがでしょうか」
と、私もエリスも二つ返事で了承したよ 外に出してくれと
それでこれだ、デイビッド達が周囲を警護し 安全を完璧に確保した事を確認してから、馬車を降ろされた、降りた場所は花畑 花以外何もない空間だが、久々のシャバの空気に私も思わず涙ぐんでしまった
「ししょー!ししょー!、土がフカフカです!ムルク村の地面とは全然違います」
ふんすふんすと興奮気味に地面の上で飛んだり跳ねたり大興奮のエリス、この子も最近は馬車の中で死んだように動かなかったからな、全く 要人警護とは 警護される側も大変なのだな
「なんでこんなにフカフカなんですか?…、まるで 土が耕されたみたいに柔らかいです、このお花畑 誰かが管理しているんですか?」
「ん?、いい質問だな この花畑はな 『アジメクの彩絨毯』と呼ばれる広大な花々の群生地で、誰かが管理したわけでもない天然物の花畑さ」
花のベッドの上に寝転がり私の話を聞くエリスはほへぇーと返事代わりの息を吐く、ここは他国からも憧れの的と言われるアジメクの名物でもあるのだ
この花畑は世界に存在する凡その花全てが生えていると言っても過言ではない、アジメクは友愛の加護により天候地形温度に左右されずあらゆる植物が実る国でもある、この花畑はそんなアジメクの特異性を引き立たせる物でもある
他にも、花だけでなく薬草など薬効のある物も場所や時を選ばず手に入る為、アジメクは世界で有数の医療大国として名を轟かせてもいる、草花がよく生えるだけの加護とバカにしてはいけない
「この花畑は 天然のものだが、これが作られたのは全てスピカの力の一端でもあるんだよ」
「スピカ様…確か、ししょーの友達で この大国アジメクの支配者…でしたよね」
そうだ、世界の7分の1を有するこの大国は 全て余さずスピカの領域だ、…元々8000年前 このアジメクの地は砂と岩しかない不毛の大地だったんだ
不条理なまでの温度と険しい大地、とても人間が住める環境ではなかったここを作り変えたのがスピカだ
天候操作気候操作 大地編纂魔力浸透…あらゆる魔術を行使し瞬く間に花と木の恵みに溢れた楽園へと姿を変え自らの王国としたのだ
この花絨毯も 皇都に近づきスピカの影響力が強まった証拠だろう、土も花もスピカから漏れ出た魔力の残滓を栄養にしているんだ、ただ 居るだけで国を豊かにする…それが魔女なのだよ、 え?私?私は普段魔力を抑えて生きてるからそう言う有難い力はない
「凄いですね、この花畑を 無意識に作り出してしまうほど沢山の魔力を持ってるなんて…」
「ああ、魔女が持つ魔力の性質によって国に与える豊かさは変わるが、そのどれもが国力を圧倒的に増加させるすざまじい物ばかりだ」
争乱の魔女が統べるアルクカースで取れる鉱石は魔女の恵みのお陰で硬度が段違いに高く質がいい、栄光の魔女が統べるデルセクトは物が腐りにくく物品が劣化しにくい その為黄金も宝石も色褪せない と言った具合に
「これから皇都に行ってそんな凄い方と会うなんて緊張してきました、魔女スピカ様…一体どう言う人なのですか?」
「スピカがどう言う人物か だと?」
ふむ、と少し考える 確かにエリスからしてみれば未知の存在にして国全土に影響を与える大人物に見えるのか、奴の間抜けな姿を知っている私からしたら あんまり実感はわかないが
「スピカはな、弱虫で泣き虫で寂しがり屋のヘタレで、そのくせワガママですぐ戦いたくないと愚図るし飯が少ないと文句を言うし、暑いのも寒いのも虫も苦手で馬車の中で本を読むなと言うのに懲りずに読んでげぇーげぇーゲロ吐くし泣くと煩い奴だ、控えめに言ってまだアルマジロの方が勇気がある」
「い いやししょー、それ悪口だけしか言ってないのでは」
「ああそうだ スピカの真似をしてやろう、行くぞ?『ぶぇぇぇレグルスざぁぁぁん追いでいがないでぐだざぁぁぁい!』とか『ああぁーっ!?コケちゃいました膝怪我しましたおんぶしてぐだざいぃぃぃ!レグルスざぁぁん!ふぇぇぇ』とか 後な!」
「も もういいです…聞きたくないです、それ騎士様達の前で言わない方がいいかもしれませんよ ししょー」
なんだ、事実を言っただけなのに 昨今の伝説では勇ましき治癒魔術の達人と書かれている、がアイツはいつも強敵を前にすると逃げようとする、戦いは私たちに任せてすぐ後方援護へ下がろうとする臆病者だ
だが、…絶対に仲間は見捨てなかった 自分だけで逃げようとは決してしなかった、涙でぐちゃぐちゃになりながら私達に最後までついて来た、特にここ一番で見せる根性に私達は何度も助けられ……
何だかんだ私達はみんなスピカの芯の強さと優しさを認めていたし、あの弱さになにかと癒されていたんだな
「ししょー?黙ってどうしたんですか?」
「いや、少し昔を思い返してた…悪いな、スピカはあれで凄い人物だ 弱虫でプレッシャーに弱い癖して、八千年も国の代表としてやってきたんだ 、お前も彼女には私と同じくらいの敬意を払いなさい」
「…ふふふ、はい!ししょー!」
何だその笑みは、私が友を想ったら悪いか?…元気かなスピカ、捜索騎士団なんてものまで作って私の事を探してきてくれたんだな
そう、花畑の真ん中で黄昏る師弟に声がかけられる
「魔女レグルスさまぁぁぁあ!エリスちゃぁぁぁん!向こうに沢山果実がなってたので持ってきましたぁぁぁぁ!」
「ん?、クレアか?」
「クレアさん!」
両手に色取り取りの果物を抱え花畑を次々散らしながら突っ込んでくるのは、元捜索騎士にして現在我々の護衛を務める 若き騎士クレアだ
私のファンにしてエリスの竹馬の友たるクレアは、この長い旅路の中で毎日毎日馬車の外から声をかけ続けてくれていた、馬車に乗っている私達と違い乗馬しているクレアは私達以上に疲れているだろうに
「でへへへ、魔女レグルス様に名前を呼んでいただけるなんて光栄です えへへ、あ!見てくださいこの大きな果実!魔女レグルス様とエリスちゃんに全部捧げます!」
クレアはよく尽くしてくれている、自分を顧みず全てを捧げてくれている…このきのみだって、かなり苦労して探したのだろう…よく見ればクレアの髪に草が引っかかっていたり 折れた枝が刺さっていたりと…全く
「ありがとうクレア、いい果実だ …これは市場では手に入らない瑞々しさだ」
「大きくてプリプリです!、惑いの森でもこんな大きなの見たことありません」
「えへへぇ、お二人に褒めていただけると頑張った甲斐があるってもんですよ、あ!ハーブティー淹れますね 」
最初はクレアの豹変ぶりに困惑したものの、慣れてしまえば可愛いものだ 、私だって人間 敵意を向けられるより好意を向けられた方が嬉しいしね
それにクレアはエリスのことも変わらず可愛がってくれる、私の弟子だから ではなくムルク村の友人として あの領主館での朋友として態度を変えることなく…いやちょっと変わってるが、変に遜らずにいてくれるのは 村を離れたエリスにとっても救いだろう
「はい!、このきのみ クレアさんも食べてください!」
「え、いやこれは魔女レグルス様とエリスちゃんに…」
「いいですからいいですから!、エリスもクレアさんと一緒に食べたいので!」
「ああ 私からも頼むよクレア、君はエリスと私にとっても良き友人、君を差し置いて私達だけで食べるなんてことできないよ」
「そ そうですか?、むへへ そうですかそうですかぁ?じゃあ御相伴に預かりますね」
エリスとクレア いや実に仲がいい、二人並んで笑っていると まるで仲のいい姉妹のようだ、 姉妹か…
「ムシャ…ブシャムシャ ジュルル 、んん!んまひゃぁーい」
いやクレアめっちゃ食うな、食えと言ったのは私達だけどさ 許可した途端果汁振りまいてむしゃぶりつくっておい、お前それでも騎士か…品行方正さのかけらもねぇな
「むしゃむしゃ」
「エリスちゃんもいい食べっぷりですねぇ!こういうのは豪快に食う方が美味いんですよ!、どうせお上品に食べたって果汁で手が汚れるんですから」
「むしゃむしゃ!!!」
「いやエリス その食べ方は真似しなくてもいい」
どうやらクレアは姉としてあまりいいお手本ではないようだ、エリスにはこんな教養のかけらも感じられない下品な食べ方はして欲しくないからな、後でマナーについてキツく言っておこう
「ぷはっ…、あの クレアさん 実は折り入って頼みがありまして」
「んぅ?、エリスちゃんの頼みならなんでも聞きますよ!、勿論魔女レグルス様の物でも…」
「エリスと模擬戦をして欲しいんです」
「へ?エリスちゃんと?」
クレアの食べる手が止まる、模擬戦をしたい それはつまりクレアと疑似的ながらも戦いたいということだ
チラリとクレアが私へと目配せするが、いや私だってびっくりだよ エリスはそんな好戦的な子じゃないと思ってのに…、だが うん 賛成ではあるな
馬車の中では時間が有り余っていると言ったな、だからその中で私はエリスに 正式に魔術をいくつか教えたのだ、エリスには既に魔術使って立ち回る技量がある そしてエリスは既に魔術を使うことの恐ろしさを図らずも実戦の中で把握していることから、もう教えても構わないと判断したからだ
そして馬車の中ひたすら魔力関連の特訓を行なったのだ、魔力量も魔力制御力も格段に上昇している、今のエリスは確かにあの隠れの砦で戦った時より格段に強くなっているはずだ、が 強さはとはその手で振るわなければ実感はわかぬ物 、故にそれを確かめたいのだろう
いやこれは 焦りかな、本当に強くなれているのかどうか…自分がまた似たような状況に置かれた時、今度は上手く立ち回れるか それが知りたいのだ
「…模擬戦ですかぁ、私は 不器用ですから傷つけないように絶妙な手加減とかは出来ませんよ」
「大丈夫です、エリスはもっと強くなりたいんです 、魔術は教わるだけでなく実戦で使って初めて分かることも多いと、砦で学びました…だからお願いします」
「と言ってもなぁ、こんな小さな子供だし エリスちゃんだし 魔女レグルス様の弟子だしなぁ、やり辛いなぁ」
分かる、いきなり戦え!と言われても乗り気になんてなれないよな だが、ここは人目のない場所で そして丁度いい対戦相手がいる、こういう状況はなかなか無い 、私だって本当はここらで一つ実戦での修行に移りたいと思っていたんだ、エリスの実戦の動きを見なければ何を教えていいかもわからんからな
まぁ私が相手をしてもいいが、私みたいな超常的な存在といきなり戦うよりクレアと戦った方が得るものは多いだろう
「クレア、私からも頼むよ…その子は私の弟子だ、半端な鍛え方はしてないし、もし負けたとしてもそれはエリスが弱いのが悪い 君が気に病むことはない」
「えぇ…分かりました、怒らないでくださいよ…一応ハンデとして私は剣を使いません、素手で戦いますから」
「大丈夫です、クレアさんこそ 痛くても泣かないでください」
そう言いながら手を叩きエリスと気怠げに距離を取るクレア…、予想だにしない方向へと急展開したこの花畑での休日、エリスにとっては師の前で行う初めての戦い…無様な戦いは見せられないと 緊張感は十分だ
「…私の準備はいいです、先手は譲りますから どうぞいつでも」
何も持たず 脱力させた手をぶらぶらと揺らしながら話すクレアとエリスの間はおよそ20メートル以上離れている
クレアめ 恐ろしい自信だ、魔術師の基本戦法は距離をとってからのヒットアンドアウェイだ 、飛び道具を多く持つ魔術師は距離がある方が当然有利
つまり魔術師と剣士の戦いは、いかに魔術師が牽制して距離を取れるか…剣士や騎士は魔術を掻い潜り如何に魔術師に接近するかが勝負になる
だと言うのにクレアはその距離を最初から置いた状態で始めようというのだ
だがこれはエリスを侮っているからではない 妥当 なのだ、エリスとクレアがある程度の勝負をするには必須の距離、最初からクレアが距離を詰めた状態で戦えば勝負にすらならないのだろう
「行きます…すぅーっはあーっ!」
対するエリスは息を大きく吸い吐く、あれは緊張を紛らわす物ではない 口を起こしつつ呼吸を整える舌の体操だ、詠唱は吃れば不発に終わる つまり戦闘中口が万全に回るように大きく広げておく必要がある、この私でさえ詠唱の前には一呼吸置くほどの基礎知識の一つだ
「っ!、大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』」
先手を打つのはエリス、あれは私が教えていた基礎風魔術 風刻槍、螺旋状の風が 直線上に存在する全てを穿つ攻撃魔術、風であるが故に攻撃の実態が掴み難く 単純ながら避け辛く防ぎ辛い嫌らしい攻撃だ…が!
悪手!悪手がすぎるぞエリス!、その打ち方は下手だ!如何に風による不可視の攻撃と言えど 目の前で構えて詠唱すれば そんなの『今から攻撃しますよ?』と言っているようなものだ
「へぇ、本当に魔術…使えるんですね、使えているだけですが」
冷淡に怜悧に冷静に、風の刃を感覚だけで実態を掴み 上体を軽く逸らし避ける…ある一定の段階に至ったものならあの程度の攻撃幾らでも避けてくるぞ、エリス!
そして狙うは当然 攻撃後の無防備な術師自身
「っちぇりおっっ!」
足元の花を踏み散らし、大地を踏み鳴らすクレアの踏み込みは、瞬く間に疾風の如き加速を生み あんなに開けてあった距離がグングン縮められていく
「はや…っふー!、我が吐息は凍露齎し…」
慌てた時は息を整えて落ち着け、私の教えを良く思い出したな…あのまま慌てて対応していれば詠唱を噛んで魔術は失敗に終わっていただろうし、もし撃ててもその場の凌ぎに魔術ではクレアは容易に避け 続く一撃で終わらせていただろう
「…輝ける氷礫は命すらも凍み氷る『氷々白息』!」
詠唱と共に吹き出されるエリスの吐息が キラキラと霜を纏う、私が教えた第二の魔術 氷々白息、その名の通り極寒の息吹を相手に吹き付け凍傷を負わせるもの、寒さ とは剣や盾では防げない、一度凍てついた手足は容易には戻らず力を削ぐ、一撃で氷漬けにするほどの冷気はないが武器にするには十分だ
「うおぉ!?今度は冷気!…的確に対処するじゃないですか」
凍える吐息を受けた足元の花達が次々と霜焼け崩れていく、これは避ける避けないの話ではない クレアもバカじゃないだろう
もしこの冷寒地獄を無理に突っ切れば 身動きが取れなくなることくらいわかる、分かるからこそ立ち止まり迂回する…、いいぞエリス 上手く相手の速攻を防いだな
続く手はなんだ、また悪手を打てば益々不利になるぞ
「……大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』」
また風刻槍?、もう一つ攻撃魔術を教えてあったはずだが また同じ魔術を使うのか…
「それはもう見ましたよ、効かなかったのを覚えていないわけでは…ぶわっふ!?」
ただし撃つのはクレアに対してではない 地面に向かってだ、螺旋状に吹き荒れる風が柔らかい土と花弁を掘り起こし四方に吹き飛ばす、目くらましだ
如何にクレアと言えどかなりの速度で飛び交う土と花の嵐を前にたたらを踏まずにはいられない
そうか、最初風刻槍を放ったのは 使い方を相手に誤認させ油断を誘うためか…考えるじゃないかエリス
「チッ、飛んでくる土がウザい!」
止めた、神速のクレアの踏み込みを!これを見逃すなよ…
「厳かな天の怒号…」
土の嵐の中 エリスの詠唱が木霊する…来たか、私が教えた最後の三つ目の魔術にして最も攻撃力の高い魔術、ともすれば火雷招さえ凌ぐ攻撃力を持つ おそらく今現在エリスが持ち得る最大の技 、さてどう当てる?
「詠唱…そこか!」
「大地を揺るがす震霆の…げふっ!?」
土の嵐の中を掻い潜り接近してきたエリスの土手っ腹にクレアのしなやかな蹴りが突き刺さる、目くらましが効いていなかったか?いやバッチリクレアは目を封じられていたし エリスはちゃんと風に乗って移動していた…
クレアのあの一撃は闇雲に放った一撃ではない、エリスの詠唱を聞き 位置を正確に割り出し放った牽制の一撃だ、魔術詠唱の弱点は声に出さねならないこと、ある程度の猛者はいくら目くらましをしても詠唱で場所を割り当ててくる、クレアも実力的にはその領域にかなり近い
たしかに今エリスが放とうとしている魔術は高威力短射程の魔術故、接近しなければならないのは仕方ないが 接近するのなら相手の抵抗を想定して、事前に防ぐ術を用意するのが常識 それをエリスは怠ったのだ
「ぐふ…っ!、お 厳かな…」
クレアの一撃を受け途切れてしまった詠唱を再度練り直そうと口を走らせるが、…こういう土壇場でこそ落ち着きが必要なのだが 今のエリスに余裕はなさそうだな
そりゃあそうか、何せ既にクレアはエリスの場所を捉えており そして距離はエリス自身が詰めてしまったが故に、もはや目と鼻の先
「何をするつもりかは知りませんが、させるわけないでしょう」
「天の…ぐぅっ!?」
クレアの手は 逃げようと後ろへ飛ぶエリスの首を容易に捕らえ、締め上げ詠唱を途切れさせる…魔術師の命は詠唱 、そしてその詠唱の要である呼吸が封じられた以上エリスに勝ち目はないだろう
「っと!勝負ありでいいですよね」
「うっ…うぐぐっ」
結局詠唱もさせてもらえず、そのまま柔らかい花が敷き詰められた地面に叩きつけられ、その上で更に組み伏せられる…詠唱をしようにも関節がガッチリと掴まれており、痛みで声もあげられない状態だ、勝負あり だな…これ以上何かあったとしても、もはや悪足掻きでしかなく その悪足掻きではクレアは倒せない
「ああ、勝負ありだ エリスお前の負けだ…都度都度詰めが甘い部分が見て取れる、お前自身得るものが多い敗北だったろう」
「は…はい、いくら頭で戦法を組み立てるより こうやって動いた方が 得るものが大きいです…」
エリスの負けだ
エリスは確かに強くなったろう、が 今回戦ったクレアは更に強かった それだけだ、全霊を尽くしたエリスに落ち度はない、今回大切なのは勝てなかったと腐ることではなく自分より強いものがどれだけいるかを感じることと そう言った格上相手にどう立ち回るかを考えることだ…
「すまんなクレア お陰でエリスも更に強くなれそうだ」
「でっへへーっ!、いやいやぁ 魔女レグルス様に褒められちゃうと嬉しいですねぇ!、でもでもエリスちゃんも強かったですよ、でも まだ半端ですね 修練がとかではなく、自分の戦い方を確立してないところがですかね」
「え?自分の戦い方?」
エリスの上から手を退け、手についた土埃を払いながら高らかに笑うクレア
「遠距離で戦いたいなら 態々大技を狙わず 遠くからちまちま攻撃してりゃよかったんです、近距離でやりたいなら あの氷の息吹きながら近場で立ち回れるよう考え最初からそういう風に動いておけば良かった…、ふわふわとその場しのぎで戦い方変えてちゃあダメですよ?」
「な なるほど」
むっ!なんか私より師匠っぽいことしてる!、ずるい!…と言いたいところだが、クレアの言うことは正しい、結局のところ戦いは自分の好きな事をどれだけ出来るか 相手に嫌な事をどれだけ押し付けられるかの勝負なのだ その為には、自分が何が得意か どう言う戦いが得意かを決めて把握しておく必要がある
クレアの言葉は実にエリスにいい刺激を齎す…、そうだな 魔術だけ教えていても意味がないか、これからはそれを用いた立ち回りも教えて行こう
「ありがとうございます クレアさん、とっても勉強になりました
「なぁーっはははっ!、いいんですいいんです!この程度のアドバイスでしたらいくらでもしてあげまぶるへぇっっ!?!?」
「えぇぇっ!?クレアさん!?」
突如錐揉み遥か彼方に吹き飛ぶクレアに目を丸くするエリス いや驚いたのは私も同じだ いきなりクレア目掛けて何か突っ込んできたのだ、一体何がと見てみれば…誰かがクレアを殴り飛ばして、ってあいつは
「テメェッ!魔女様のお弟子さん組み伏せるって正気かおい!始末書じゃすまねぇぞ!」
「ぢぢぢぢ 違いまずぅ、合意の上なんでずぅ 信じてぐだざい…デイビッド団長代行ぅ」
クレアを殴り飛ばしたのは臨時団長代行にしてこの一団を取り仕切る騎士デイビッド、あのクレアが防御どころか反応一つまともに出来ず殴り飛ばされるとは、うん クレアは強い エリスよりも強い…だがデイビッドはそれらよりも尚強いという事か
「魔術音が聞こえたから何事かと思ってきてみりゃお前!、合意だろうがなんだろうがやっていいことと悪いことがあんだろうが、分かってんのか エリスちゃんのアジメクにおける立場を…!」
「分かってますよーぅ!、分かってますけどそのエリスちゃんと魔女レグルス様に頼まれちゃ断れないでしょーが!」
ううむ、クレアには悪いことをした、そうだ クレアは我々を護衛するよう上司のデイビッドに頼まれていただろうに、クレアの立場的に非常に難しい注文をしてしまったようだ 後でデイビッドの誤解を解いて クレアにフォローを入れておこう
「大丈夫ぅ?エリスちゃん、怪我してない?見せてみ?」
「な ナタリアさん…けほっ、大丈夫です エリスから頼んだことなので…」
対するエリスには一人の気怠げな女性が付いている、騎士団専属治癒魔術師のナタリアだ それとなーく近づいて既に治癒魔術をかけているあたり 相変わらず手際がいい
「クレアんに勝負挑んだの?無茶するねぇ、アレでも士官学園時代から負けなしの天才だよ ?、順当に騎士団に入ってりゃ、今頃そこそこの役職につけてる奴相手に勝負なんて 勝気だなぁ」
「強いんですね、クレアさん…」
ナタリアとエリスの会話が聞こえてくる、ナタリアの治療の甲斐ありエリスにはなんの後遺症も残らなさそうだ、いやクレア自身エリスにかなり気を使っていたように思える、もし本気なら柔らかい土や花で覆われた地面ではなく、エリスの体を自らの膝などに叩きつけていただろうし、関節だってクレアなら軽く外せただろうしな
クレアははっきり言ってかなり強い、アレでまだ伸び代がかなりあるのだから 将来が楽しみな子だよ
「そこらの騎士よりかはもう強いかもね、今この一団でクレアさんより強いのはデイビッド…あとアタシくらい?、皇都に帰れば他にもいるけど」
「ナタリアさんも強いんですか!?」
「そりゃあまぁ、一応騎士ですし?、それよりエリスちゃんは自分の身を大切にした方がいいよぉ、あたし達の警護対象はさ 魔女様だけじゃなくてエリスちゃんも入ってんだからさ」
「それは エリスがししょーの弟子だからですか?」
ナタリアの言葉を受けて首をかしげるエリス、彼女からしてみれば確かに不思議だろう 師であるレグルスはこの国にとって いや世界にとってかなりの重要人物、大切に護送する気持ちはわかるが、なら自分まで丁重に扱われている理由は?と疑問を投げかける
「ちょいハズレ、魔女スピカ様と同格の存在として丁重に魔女レグルス様を皇都に招くなら 、同じく魔女スピカ様の弟子と魔女レグルス様の弟子も同列に扱うべきでしょう?」
「…?、友愛の魔女スピカ様にもお弟子さんがいるのですか?」
眉をひそめる…エリスがではない、私がだ スピカが弟子を?初耳だ…いやこの八千年間魔女達が弟子をとったことは一度もない、いや 一度だけあるが あれは例外だ…
私たち八人は その一度だけの例外から 少し…弟子を取るのを忌避している節があった、まぁ私は別に気にしてないから 普通に取ったが、まさか同じ時代に魔女の弟子が二人も存在するなど 完全に想定外だ
「いるよぉ いるいる、友愛の大国アジメクを魔女様と共同で治め この世に存在する全ての魔術を統べる者 魔術導皇デティフローア・クリサンセマム様よ」
「魔術導皇?…デティ…フローア?」
「何?魔術導皇を弟子にか?、スピカ 何を考えているんだ…」
「おやレグルス様、なんか訳知り顔ですねぇ」
ナタリアの出した名前 いや『魔術導皇』と『クリサンセマム』に反応し思わず声を出してしまう、知っているも何も その地位を作ったのは我々魔女だ
「ししょー?魔術導皇ってなんですか?、この国を治めるなら国王様 皇帝様とか そういう呼び方じゃダメなんですか」
「ダメだ、アジメクは王国でも帝国でもなく 魔術導国だからな…ってそう言うんじゃないな、エリス 魔術導皇というのはだな」
そう言いながら教鞭をとり説明を始める、いや本当はもっと早く説明すべきだったのだろう、魔術導皇はこのアジメクに居を置き 魔術の道を行く者なら 知っていて当然の人物なのだから
「魔術導皇とは…その名の通り魔術を導く皇だ、この大国アジメク全土を統べる皇帝であり 現代魔術の承認を行ったり新しい魔術体系の開拓の陣頭を取ったりする魔術界におけるトップ、魔術の存在の是非を決める決定権を持ち もし、魔術導皇が『使用を禁止』したならば、その魔術の使用は違法となる この世界全てでだ」
危険な魔術 現代の価値観に削ぐわない魔術の存在の是非を決め 魔術の法のようなものを取り決める、世界中の魔術師に号令を出すことが出来る人物、こと魔術における決定権は魔女すら凌ぐほど絶対的な権限を持つ、はっきり言えば 超偉い人だ
「だからねぇ、新しい魔術を開発しても魔術導皇様に使用許可を貰わなければ使うことは許されないんだよん、その時代の魔術のあり方の是非を示す指標たる人物でもあるから この世この時代で最も魔術に詳しい人間とも呼ばれることがあるかな」
「こ この世で最も…」
私の説明の間にナタリアの注釈が入る
そうだ、魔術において 魔術導皇はそれだけ大きな人物なのだ、魔女も広義的に見れば魔術師の一人 それ故に魔女は基本的に魔術のことに関しては魔術導皇にはノータッチで行く というのが魔女達の共通認識だったのだが…それを無視してまで弟子にしたか
よほどのっぴきならぬ理由があったか、スピカが惜しいと思う程の才能の持ち主だったか そのどちらかだな
「その現魔術導皇がエリスちゃんと同じ魔女の弟子だから 私たちも敬意を払うのさ、私達の国の主であり私達の魔術を導く存在でもあるからね?」
「そ そんな凄い人と同列に扱われるなんて、エリス緊張で手がベタベタになっちゃいます」
「でもデティ様は 今エリスちゃんと同じ歳くらいだったはずだよ?、もしかしたらいい友達になれるかもねぇ?」
「ええぇぇぇーーーっ!?!?え エリスと同じ歳で魔術導皇をやっているんですか!?、し ししょー!そんなことあり得るんですか!?」
ぎょぎょぎょと驚くエリスには悪いが、あり得るのだ…魔術導皇は基本的に血統による世襲が通例だ、親が死んだら子が子が死んだら孫が 年齢に関わらず受け継ぐ、導皇の子供が生まれた瞬間 その子は常に魔術漬けの生活を送らされ 魔術のことだけしか考えられない人間を作り それを頂点に据える
そうやって脈々と知識と魔術を受け継がせ 常に魔術導皇として最高の状態を保っているのだ、何せ魔術導皇が死に空白の時間が出来れば、世界の魔術はその瞬間無法状態となる…そうなった被害は計り知れないからな
きっとその子は 早くにして親を失ったのだろう…
「え…エリスと同じ歳で…魔術導皇…、この国と全世界の魔術を統べる皇…あわわ」
エリスにとっては衝撃だろう、何せ自分以上に魔術を使える同年代に会ったことがないのだから、しかしそうか 同じ魔女の弟子なら いいライバルになれるかもしれないな
「そんな緊張しなくてもいいと思いますよぉーう」
そう会話に入ってくるのはヘナヘナになったクレア そしてその隣にはため息をついているデイビッドの二人だ、どうやらデイビッドにこっ酷く叱られたのだろう、すまん
「私…以前デティ様に会いましたけど、愛嬌があって可愛い子でしたよ 『クレアおねえたんクレアおねえたん』つって 可愛いのなんので」
「それに、子供で魔術導皇っていっても 流石に今の歳じゃ無理があるから、執政は事実上スピカ様がやってますし、 魔術の承認もスピカ様が殆ど代わりにやってます」
まぁそれも 4~5年のうちにデティ様が自分で行うようになるでしょうが という言葉も付け足される
いきなり聞かされた衝撃の事実にぺたりと花の上に座り込むエリス、自分と同じ立場で同じ歳の子供がいる 、しかも相手はこの国の最高権力者であり いずれこの世界の魔術全ての舵をとる大人物の卵…
「デティフローア…、エリスと同じ魔女の弟子」
皇都での旅は 私とスピカの再会であると共に、次代を担う二人の魔術師の邂逅でもあるのだろう、私の弟子とスピカの弟子…別に競わせるつもりはないが 負けるのも癪だ、エリスの育成 少し私も気合を入れなければならないかもな
「さてと、エリスちゃんにレグルス様、そろそろ休憩を切り上げて移動に戻りましょう、皇都はもう目と鼻の先です あと5日もあれば到着するでしょう」
「ええぇ 、まだ五日もあるのか?もうここにスピカ呼んでくれ 移動したくない」
「そう言わないでくださいよ、今頃アジメクじゃ レグルス様をお迎えする支度とかしてくれているでしょうしね」
なんて言われながら馬車へと押し込まれていく、はぁ まだ5日あるのか…いや仕方ない まだ ではなく あと と考えるようにしよう
「…魔術導皇…デティフローア…」
対するエリスは、しばらくの間 デティフローアの名を呼び 、静かに虚空を見上げているのだった
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大国アジメクのど真ん中に存在する巨大都市 、中央皇都アジメク…そんな巨大な都市を眼下に見下ろすは魔女と魔術導皇が国と魔術の舵取りを行う『友愛の白亜城』
「…ふふふ、来ましたか レグルス」
巨大な宮殿の最奥で、石畳と石煉瓦だけで作られ その間から逞しく顔を伸ばす色取り取りの花々に囲まれ、虚空を眺めながら浅く微笑むはこの国の支配者にして八人の魔女の一人 友愛の魔女スピカ、ステンドグラスから溢れる陽光が彼女の美しき茶色の髪を照らす 、その様は その威容はまさしく女神…彼女を見て平伏しない者はいない 畏れぬ者はいない
絶対なる魔力が彼女の体から溢れ出し この無機質な石造りの部屋を花で彩る、友愛の魔女の力に満たされたこの部屋をこそ楽園と人は呼ぶ
その目は虚空を見つめている いや違う…遠方を見る遠視と物を透かして見る透視を併用し、花畑で佇むレグルスを見ているのだ、変わってない 八千年前と変わらないあれは…間違いなくレグルスだ
「どうやら、レグルスが見つかったというのは本当らしいですね…相変わらず巧妙に自分の魔力を隠している、これではたとえ目の前に立たれても魔女と気づく人間はいませんね」
くつくつと 愉快そうに笑うスピカ、声をあげて笑ったのは数千年ぶりだろうか…、全くシャイな友人を持つと苦労する、しかしこれで八人揃う 魔女が八人…やっと…、これできっと私達は元に戻れる筈だ、元の…無垢だった頃の八人に
「先生、失礼します」
騎士さえも、恐れ入る事のできないこの友愛の間を 憚る事無く開ける存在が一人、いや私が許しているのだ 、この子はいつでも入って良いと…今この子にはここしか居場所がないのだから
「先生に言われた通り 昨日も魔術を取得しました…、昨日は八十種程 」
「いいですねデティ、順調に 魔術を取得しています、この調子なら直ぐにでも魔術導皇を任せられそうです、励みなさい」
私の前まで歩いてきて恭しく首を垂れる少女、私と同じ茶色の髪と宝石のような黄金の目という特徴を持つ小さな小さな御子
この小さな子が 現魔術導皇にして友愛の魔女の弟子として世界に名を轟かせる存在、名をデティ…デティフローア・クリサンセマム
デティは、私の弟子は天才だった…魔術の天才だ、生まれ落ち 父や母の名前を呼ぶ前に魔術の名を呼び、文字を覚えるよりも早く詠唱を覚え魔術を取得した、魔女である私でさえこの子の才能の高さには驚かされる一方だ
「先生の…魔女の弟子なら、このくらいできて当然です…、そ それより先生 今日はなんだか、嬉しそうです 何かあったんですか?」
恐る恐る、師であるスピカの顔色を伺うデティ…当然だ、魔術導皇とは言え所詮は定命の人間、悠久を生きこの国を何千年に渡って支配してきた魔女とでは 、悪いが対等とは絶対に呼べないのだから…、共同政治 とは言うが結局のところ魔術導皇は常に魔女の顔色を伺わねばならないのだ
「嬉しい…そうですね、嬉しいです 我が古き朋輩のレグルスが見つかりましてね、もうすぐここにやって来ます」
「レグルス…魔女レグルス様が?」
こんな子供でもレグルスの名は知っている、というかスピカが教えた 八人の魔女の名前と、彼女達がいかに凄いかを、友達自慢ではない 魔女への畏れを忘れてはならないからだ
「魔女レグルス様…八人の中で最も魔術の深淵に近い人物にして、大国間の大戦すら一人で覆す 生ける天災…、そんな恐ろしい人物が…こ ここに」
しかし、少々話しすぎたかも知れない、畏れを忘れないようにとは思ったがここまで畏れろとは言ってないが、まぁいい 魔女は怖がり過ぎるくらいで丁度いいのだから
「レグルスは朋友です、弟子である貴方も当然 現魔術導皇としてお迎えするのですよ?、ああそうだ…デティ?レグルスは一人の弟子を連れているそうですよ?、それも 貴方と同じ歳の…」
「私と 同じ歳?…」
「ええ、報告によれば魔術を使い 実力のある盗賊を一人で打ち倒し、熟練の魔術師とも渡り合ったそうです、ここから先程の模擬戦を見ていましたが 腕前としてはあの歳ではかなりの物です…名前は確か、エリス と言いましたか」
カタカタと震えるデティに発破をかけるようにレグルスの弟子 エリスの名前を出す、スピカもエリスの名は聞き及んでいた
あのレグルスが弟子をとったと聞いた時は驚いたが、この八千年で彼女も変わったのだろう、しかしレグルスが弟子を連れてると聞いた時は『これやっぱり偽物かも』と思ってしまった程だが、何 目にしてしまえば分かる あれは間違いなくレグルスの弟子だ
「魔術を使って盗賊を倒した?…私はまだこの城の外に出たこともありません」
「ええ、貴方は魔術導皇ですから」
「熟練の魔術師と渡り合った?…私はまだ戦ったことすらありません」
「ええ、貴方の魔術は人に使うものではありません」
「エリス…私と同じ弟子 既に実戦を経験し勝利している…」
ワナワナと震えるデティを見て、スピカは内心笑う デティは才能がある 、いや才能がありすぎるのだ、私の元で学んでいる時も魔術を取得した時も 一切情熱を感じなかった
冷え切った彼女の心に、火を灯す事が出来るのは 同じく魔女の弟子として既に成果を挙げているエリスを置いて他にないだろう、そうだ 競え 高め合え エリスというライバルに敵対心を抱け!、そうすればこの子は更に…!
「凄いですね!先生!、尊敬しちゃいます!エリスちゃん!早く会いたいなぁ!」
「はぁ…」
予想外の返しに思わず手で顔を覆う、この子は魔術の才能はあるものの それに比例してか…その、こう 自分の弟子に対して言いたい事ではないのだが凄く すごく
「いろんな話を聞かせてもらいたいなぁ!エリスちゃんってどんな子なんだろう!今から会うの楽しみ!」
馬鹿なんだよなぁ、誰に似たんだ この能天気さ




