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141.孤独の魔女と僅かながらの旅路

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ディオスクロア大学園における課題とは、すなわち学園を挙げた大イベントでもある、多くの生徒が己の学を競い合う歴史ある闘争、真なる意味で優劣を定める


課題とは名ばかりだ、昔の言い方をずっと引きずっているだけで、生徒たちの中では『全生徒No.1決定戦』とか『学園対抗最強選別』とか、そういう言われ方をしているし、それも強ち間違いではない


というのも この課題 という単語が使われ始めた頃と今では内容が全く違うし 意味合いも全く異なるからだ



内容は年々によって異なる、知を競うか 武を競うか 魔を競うか それともそれ以外か、毎年毎年全学科の全教師の会議により決定する


例えば前々年の課題は 知を競う課題が行われた、配られた答案用紙数百枚を用い誰が最も知識を持つかを競うのだ、その年の優勝者はエドワルド・ヴァラーハミヒラである、圧倒的速さにより 前代未聞の課題初日に終わらせるという偉業を成し遂げる


前年の課題は武を競う武闘大会が開かれた事もある、トーナメント形式で覇者を競うのだ、その年の優勝者は帝王学科のアマルト・アリスタルコスである、無類の強さで無銘の剣で全員を叩きのめしたのだ


そして今年の課題は魔術科の教師にして元冒険者ボルフによって発案された課題…


『冒険者協会には毎年多くの学園卒業者が冒険者登録をしに来る、生徒にとって冒険者協会とは学園で培った技術や力を試す絶好の場であるからだ』


とのことだ、実際数年前学園を卒業したマティアス・クルスデルスールなどは卒業後マレウスで冒険者になり 二ツ字冒険者になるなどの功績を挙げた事もある


生徒が冒険者になり力を試す というのは割と多くあることだ、しかし同時に冒険者になって命を落とすケースもまたよくある、故に学園でも冒険科なる学科を作ろうかと検討していたところにこのボルフの発案が被さった


内容は学園からかなり距離のある場所にあるエリッソ山に存在するアルヘナ遺跡にアイテムを残し それを回収させる、というものだ


エリッソ山には精々低ランクの魔獣くらいしか出ないし アルヘナ遺跡ももう調査され尽くし大したものもない、距離的にもまぁまぁだし 課題に使うにはいいんじゃないかと話もまとまり 今年の課題は『冒険者としてやっていけるかどうかの課題』ということで決まった


現在学園の大多数の生徒が卒業後冒険者になろうと心に秘めていたため、この課題は渡りに舟、これでいい成果を残して堂々と冒険者になろう …そう決意を胸に準備を進める者引きめく中 …遂にその日は、課題はやってくる





課題当日、前日はやや雨雲がチラつく場面も見えたが 幸いなことに今日は青空が目一杯広がる最高の晴天、旅に出るには絶好の日和だ


「いい空です…」


風に揺れる髪を手で払いエリスは空を見る、良い空だ これならしばらく雨に見舞われる事はないだろう


今エリスはラグナ達と共に中央都市ヴィスペルティリオの町の入り口に立っている、いや エリス達だけではない、ディオスクロア大学園の生徒 その半数以上が5人一組を作ってズラリと町の外に並んでいる


街人もこれから何が行われるのか知っているのか、野次馬に集まり 応援の言葉を投げかけている、毎年やってるからか 認知度は高いようだ…エリスが今まで知らなかったのは まぁ去年の今頃は周りに目を配る余裕もなかったからな


「なぁエリス、準備ってこれだけでいいのか?」


ふとラグナがエリスに声をかけてくる、その手には頑丈そうな革の鞄が握られている、重そうだが これから旅をするとは思えない量だ


「いいんですよラグナ、それは必要最低限のものです、あれやこれやと欲張って用意しては 重りになるだけですから」


「俺はそれでもいいんだが」


「そういう問題じゃありません、荷物が嵩張れば それだけで邪魔になりますから、身動きが取れなくなることは 旅では致命的ですからね」


チラリと周囲を見れば、旅に慣れてなさそうな者は山のように荷物を持っている者が多い、用意しているものは多いが 見たところ使わなさそうなものまで用意している…あれじゃ旅人というより移民だ


結局旅なんてのは生きて移動が出来ればいいんだから 最低限でいいのだ、速度と生存性を高めるなら このくらいの荷物でいい、別に他国まで出向くわけじゃないしね


「先ずは手早く動く事、それが大事です」


「分かった、エリスに従うよ」


「それでエリス君!!!目的地はわかったのかい!?」


ラグナに続いて爆音が響く、ガニメデだ もうちょっと声のボリューム下げられません?、まぁいいが


「はい、先程目的地と目標のアイテムが書かれた紙と コンパスが渡されました、目的地はエリッソ山にあるアルヘナ遺跡で、そこにある、木版を取ってくればいいようです」


ここから西南西に向かった先にあるエリッソ山にあるアルヘナ遺跡、その最奥に教師達が置いた烙印の押された木版、それを持ち帰ればいいのだ


エリッソ山…この国の地図を暗記したエリスになら場所はわかる、ここからなら…大体早くとも二日以内には着ける、往復で四日 …余程のヘマを踏まなければ一週間以内には余裕でここに戻って来られるし、なんなら 四日よりも早く帰ることもできる


うん、あそこを通ってここに行ってああしてこうして…頭の中に出来ている地図の中で空想の駒を動かしながらルートを考える、近道はないが 最適解はある、そこを通り続ければいいだけだ


エリッソ山には強い魔獣も出ないし 出たとしてもこの課題に際して控えているタリアテッレさんが駆除して回るようだ、多分 アマルトが参加しないのもタリアテッレさんが今回の課題に一枚噛んでるからだろうな


…どこまでタリアテッレさんのこと嫌いなんだ


「しかしぃ〜、みぃんな気合入ってるね…」


「ああ、皆 一様に上位を目指しているのさ、生徒達の間では学園最強を決める大会のようなものという認識もあるらしいしな、これで上位に入れば自らが優秀であることを周囲に知らしめることもできる、張り切る奴らは多いさ」


デティとメルクさんも準備万全といった様子で呑気に周りを見ている、…全員気合が入っている、中には馬車を既に用意し乗り込んでいる者も多数見受けられるほどだ


この課題…毎年やっていて認知度が高いからか、その名は他国にも知れているらしい、もし この課題で好成績を残せば…卒業後は引く手数多だろうし、自らの経歴にも箔がつく


手を抜く理由がないからな


「それにしてもなんだろうねぇ!上位入賞の特別褒賞!、お菓子かな!甘いお菓子の山かな!」


「お菓子の山?学園がそういうの配るイメージが湧かないな、…なぁ ガニメデ、君は何か知らないか?」


「褒賞が何か?…分からないね!!、毎年毎年変わるから!、でもアマルト君が優勝した時は何か鍵のようなものを貰っていたよ!!、でもアマルト君は貰ってすぐへし折ってしまったからなんの鍵かはわからず終いだけどね!!」


なんだそりゃ、褒賞貰うなりへし折ったって まぁ彼ならそういうこともするだろうが、でも鍵か…なんの鍵なんだろう、気になるな…まぁでもその鍵もぶっ壊されちゃったからもう無いんだろうけど


しかし…


「………………」


周囲の視線が厳しい、周りの生徒達のエリス達を見る目が厳しいんだ、ノーブルズを裏切ったガニメデはノーブルズ側から、ノーブルズにすり寄ったエリス達は反ノーブルズ派達から 厳しい目で見られている


こりゃ、荒れるな…予想通りだが


「皆の者!傾聴せよ!!!!」


すると エリス達の正面に立つ甲冑の男…あれは 剣術科の筆頭教授 グレイヴンだ、ガニメデのお兄さんの、それが生徒達の前に立ち注目を集める


「理事長より開催の挨拶がある!!!、皆心して聞くように!!」


するとグレイヴンの隣に立つ老父…、フーシュ理事長だ それが耳を塞ぎながら現れる、その隣には今課題に際して生徒の安全を守る為招かれた国内…いや世界最強の剣士 タリアテッレ・ポセイドニオスもいる 今日は仕事だからか鎧を着てる


…あ、タリアテッレさんこっちに手を振ってる、前別れた時ちょっと気まずい別れ方したけど、気にしてないみたいだ、手を振り返しておこう


「相変わらず喧しいねグレイヴン先生、いや いいんだけどさうん、…ええと おほん」


フーシュ理事長は特徴的なお髭をピーンと撫でるとそのまま懐より何か取り出す、あれは…確かマレウスで見た魔術により声を広げる拡声器か、あれをガニメデやグレイヴンが使ったら国が滅びそうだな


「今日は生徒諸君にとって 特別な日になるだろう、今までの学び 修練を活かす日だ、真面目に授業を受けていた者は成果を残し 不真面目な者はそれが如実に出る、私はこの場に集まった生徒諸君の普段の頑張りを信じている、きっと皆 良い成果を残してくれると信じているよ』


しかし、こう聞くとフーシュ理事長の声はとても聴きやすい、まるでスルスルと頭に入ってくるように声が届く、きっと 彼もまた理事長になる為生まれた瞬間からそういう風に作り変えられたからこそ そういうことが出来るのだろう


アマルトに対して行った洗脳のような真似も こうしてみると一概に悪いとは言い切れないのかな…、部外者であるエリスにはよくわらかない


「目的地であるエリッソ山には魔獣も出る、旅というものには危険が付きまとう どうか、誰一人として死人を出すことなく、無事終わる事を切に願うばかりだ…課題はクリア出来ずとも生きていれば挽回も出来る 時には諦めも肝心だ、まずは生きる事 …まずはそこからです」


一応事前に教師がルートを確認したりこの日も教師やコルスコルピ王城から騎士達が出向き生徒達の安全確保に全霊を尽くしているようだから、最悪の事態は起こらないだろうが、それでも不測とは起こる


まぁ、それに対応するための課題な訳だから その辺は生徒がなんとかすべきだろう


「そろそろ開始時刻になりますね、…それでは 健闘を祈ります」


フーシュ理事長はそれだけ言い残すと、グレイヴン先生とタリアテッレさんを引き連れて、街の方へ戻っていく、先生の挨拶が終わり…場には静寂が蔓延る


「………………」


静かだ、ただただ静かだ…皆 開始を静かに待っているんだ、エリス達もまた 待つ


それは数時間にも感じる数秒、焦らされるような数秒…静寂とは時の流れを歪ませる、そんな歪みの中 皆はただ待機し、そして


「それでは!これより課題を始める、皆!用意!」


刹那、グレイヴン先生の咆哮が轟き…!


「始めーっっっ!!!!」


始まった、課題が


その瞬間その場に集まった生徒全員が動き出し…


「エリス!」


次の瞬間には続くようにラグナが叫ぶ、慌てるような そんな叫びが…スタートを急かしているんじゃない、これは


「ッッ………!!!」


咄嗟に頭を下げて屈めばエリスの頭上を炎の弾が通過する、攻撃だ いや 妨害か!


「早速仕掛けてきましたか!」


弾かれるようにその場の全員が動く、走り出し 駆け出す者、しかし その大部分がスタートせずに 前を向かず横を向く、エリス達の方向を…


ここでエリス達を潰そうというのだ、いや エリス達だけではない、全員が全員を狙っている、少しでもこの場でライバルを減らそうとしているのだ、そりゃそうだ 脱落者が減ればその分 自分が上位に入れる確率が上がるのだから


他人の妨害をしてはいけない というかルールはない、そういう乱暴者や過激な奴らはみんなこぞって他人の妨害 即ち攻撃に移る


「ぎょえー!早速攻めてきたよ!どうするのエリスちゃん!」


「想定内ですよデティ!、まずはここを突破します!走ってください!」


スタート地点たるこの場は 課題中で最も参加者が集中する地点、ここで乱戦になるのは織り込み済みだ、エリス達だけではなく 少しでも候補者を減らそうとまるで目の前は戦場のような様相になる


「馬車持ちは潰せ!先に行かせるな!」


「な!ちょっ!?やめろ!この馬車借り物で…ぎやぁぁぁっ!?」


その中でも特に注目を集めるのは馬車持ちだ、奴らは目立つ上に的がデカい、見せつけるように馬車を構えてるからだ、馬車持ち達は必死に応戦するが 四方八方から放たれる魔術には対応できず 直ぐさま馬車が潰されていく


剣と剣 魔術と魔術が飛び交う戦場、これが最初の関門だ


「どうする!!エリス君!!!、僕が鳥になってまた空から行くかい!?」


「いえ、空はダメです この場には魔術師も多くいます、空に逃げれば目立ちます ガニメデさん、地面から雨のように放たれる魔術の集中砲火を凌げますか?」


「無理だね!!」


「じゃあやめましょう、やるなら正面突破…目の前に立ちふさがる奴ら全部蹴散らして進みましょう!」


ここで全員倒してもいいが、それじゃあ時間がかかりすぎる、ゴールはアルヘナ遺跡なんだ、だから倒すのは立ち塞がる奴だけ、ただ…


「ガニメデ!我らノーブルズを裏切った事 後悔させてやるぞ!」


「ノーブルズなんかに擦り寄って そこまで優勝したいか!」


エリス達の前にはノーブルズと反ノーブルズ過激派達が群がってくる、エリス達はこの場で一番敵が多いようだ、ガニメデを潰したいノーブルズと エリス達を潰したい反ノーブルズの過激派達


こいつら全員倒して進まないと後が面倒そうだ…やるしかあるまい


「へぇ、敵が多いな…オマケに戦場みたいに荒れやがって…、いいねぇ そうこなくちゃ」


そんな戦場の中笑うラグナ、ああ 燃えてる ラグナが燃えてる、メラメラとラグナの目が燃えてるんだ、やってやると言わんばかりに、手加減してくれよラグナ


「よっしゃ!行くぜエリス!」


「はい!ラグナ!」


「道は我等で切り開くぞ!」


「わ 私も頑張るー!」


「僕も今はノーブルズではなく 一人のガニメデとしてここに立っている、同じノーブルズでも容赦はしない!!!」


狙うは戦場を超えた真正面、この乱戦を越えれば追跡も追撃も振り切れる 目の前には何層にも重なる敵生徒、だが問題はあるまい そういうメンバーで挑んだのだから


「エリス!メルクさん!援護頼む!デティ!全員の防御頼む!ガニメデ!俺と来い!」


一息にエリス達に指示を飛ばすとラグナは真っ先に敵群に向かって突っ込み、手に持った荷物をヒョイと上に投げ


「怪我する覚悟があるやつだけ俺の前に立て!!!、ぶっ殺される覚悟もねぇなら寝床に戻って大人しくしてろ!!!!」


「ひぃっ!?」


走りながら放たれるラグナの咆哮と重圧を前に幾人もの生徒がたたらを踏む、まるで鬼神の如き威圧だ 覚悟も半端な生徒では彼に向けて剣を振るう事さえままなるまい


「ナメるなぁっ!、やれぇっ!奴等を倒したものには僕から褒賞を出す!手傷の一つでもいい!!やれ!」


「むっ」


しかしなんと屈さなかったのはノーブルズの一員だ、名前も知らない木っ端な奴だがラグナの威圧を前に寧ろ逆に吠え返したのだ、これにはラグナも堪らず表情を変える


この鼓舞は効果が大きいぞ、何せ指揮官たるノーブルズが臆さず言い返したのだ、あいつの旗下で戦うノーブルズの手先達には逆に士気を高める要因を与えてしまった


「だぁぁぁりぁぁぁ!!!!かくごぉぉおっ!!!」


「んなもん出来てるよ!斬られねぇけどな!」


雄叫びをあげ斬りかかる生徒、ノーブルズ側の生徒だ 権威に媚びへつらいそのお零れを頂く汚い 或いは賢い生徒、彼等はノーブルズの手下として護衛として剣を握る


ノーブルズの手先とは言え学園で戦闘術を教えられるだけあり まぁ強い、何せプロに剣の振り方を教えてもらっているんだ、独学でやってる冒険者とかとはまるで力の入り方が違う


しかし、プロに教えてもらうだけではラグナには届かない、何せラグナに力を与えたのはプロもプロ 一流の中の超一流


史上最強の戦士 アルクトゥルス様なのだから


「よっと…!」


そんな まるで軽い荷物でも持ち上げるような掛け声と共に放たれるのは凄まじい拳撃、相手の鋼の胸当がまるでチョコレート菓子のようにペキリとへし折れそのまま吹き飛んでいく


何よりも恐ろしいのが吹き飛んだ生徒が周りの生徒も吹き飛ばし尚も飛ぶ事、まるで生徒の体が砲弾になったように吹き飛び、たった一発の拳で 何十人もの人間を戦闘不能に追い込むのだ


ラグナ…つくづく化け物みたいな強さですね


「僕も続こう!その四肢 今こそ刃の如き爪を宿し、その口よ牙を宿し 荒々しき獣の心を胸に宿せ、その身は変じ 今人の殻を破れ『獣躰転身変化』!!!」


そんなラグナに続くのはガニメデだ、ラグナと同じく最前線に立つ彼は体を獣に変じさせる、いや獣…というよりはあれは 蛸だ、腕を無数の触手に変え薙ぎ払うのだ


ガニメデさんは変身する動物の一部を持っていなければ変身できない、だが言い換えれば手に入りさえすれば何にでもなれる、とりあえず市場に行って適当な肉とか魚とか買い与えていたのだが 武器として役に立っているようだ


ラグナの拳とガニメデの触手、飛び交う攻撃は並みの相手では対応出来ない、近接戦で二人に勝てる人間はいない、偶に遠方から魔術を撃ってラグナに攻撃を仕掛けようとする人間もいるが…


「させません!『風刻槍』!」


放つ風の槍、それは並大抵の魔力では搔き消すことの出来ない絶対的な威力を持つ、ラグナに向けて放たれた炎弾氷槍土撃 全て遍くそれを正面から叩き 尚且つ術者さえ吹き飛ばす、馬力が元から違うんですよ


……しかし と、悲鳴をあげ まるで木の葉のように散っていく生徒を眺め思う


(やり過ぎたか…)


ふと 戦いの熱気に当てられ興奮していたことに気がつく、いやこれやり過ぎたな いくら戦う方法心得ている生徒とは言えまだアマチュア…、それ相手に古式魔術ぶっ放すのはやり過ぎかな


「蜷局を巻く巨巌 畝りをあげる朽野、その牙は創世の大地 その鱗は断空の岩肌、地にして意 岩にして心『錬成・蛇壊之坩堝』!」


地面から岩の蛇を出し蹴散らすメルクさん、あれ昔フォーマルハウト様が使ってた奴と同じ魔術だ、懐かしいなぁ まぁ当然ながら昔フォーマルハウト様が披露した物よりも幾分小さいですが


しかしメルクさんもあんまり躊躇する感じはないな…


「『アイシクルウォール』!ドカーン!ドカンドカン!ドカーン!ブブビブー!」


デティも氷の壁を作り周囲の魔術を遮っている、流石はデティだ 彼女によって作り出された壁は水だろうが風だろうが通さない、炎だって凍らせる勢いだ、凄まじい


…でもやっぱあれだな、やりすぎだ 適当な所で切り上げてとっとと先に向かおう


「うぉぉぉ!!ラグナ君!勝負っすぅぅぅ!!!」


「ラグナ大王ーっ!アタシの相手もしろやぁぁぁ!!!」


「ゴレイン!バーバラ!、お前らも参加してたのか!」


対するラグナはまさに水を得た魚、いつのまにかノーブルズ達を片付け今はゴレインさんとバーバラさんのコンビと戦っている、どうやらバーバラさんとゴレインさんはコンビらしい


あの二人仲よかったか?、と思ったらどうやらバーバラさんはクライスさんと組んでいるようだ、多分クライスさんがゴレインに声をかけたんだろう、差し詰め二人は友達の友達ってところか


「すぅぅぅぁぁぁっっ!!」


「『付与魔術・破砕属性付与』!」


「ははは!楽しいな!楽しいなおい!」


魔術で作り出した岩の柱を振り回すゴレインと付与魔術の乗った拳で連打を繰り出すバーバラさん、流石にあの二人はその辺の雑魚とは違う 助けたほうがいいか?、と思ったら ラグナめっちゃ楽しそうに笑ってる


「そらよ!奥義 団扇返し!」


「ごぶふぅっ…さ 流石…ラグナ君…すぅっ」


するとラグナは瞬く間のうちにゴレインを沈める、攻撃の隙間を抜い 腹に一撃正拳を見舞うのだ、鍛えに鍛え抜かれたゴレインの体も此れにはたまらず白目を剥き倒れ伏す


「次はお前だバーバラ…あの時滅多打ちにされた借りを返す」


「おま…!あん時の事根に持ってんのかよ!?」


刹那、ラグナの姿が消える…否 エリスが瞬きをした間にバーバラさんに肉薄し 神速の連撃を放ったのだ、何発繰り出したか分からない程の連撃は 容易くバーバラさんを打ち倒し 実力者二人を一瞬でノックアウトするのだ


誰が相手でも容赦なしだなラグナ…


「よっしゃー!俺の勝ちー!、さぁ次は誰だ …どんどん来い!」


「うぉぉぉ!!ラグナの兄貴!胸をお借りします!」


「俺達の強くなったところみてください!!」


「あなたに鍛えられたこの力で!今こそあなたを超えます!!!」


「はははははは!いいなお前らぁっ!愛してるぜぇッ!」


そしてそのままラグナは弟分達との戦いに入る、心底楽しそうだ…アルクカース人は戦いが好きだというが、あそこまで楽しそうなラグナは中々見られないな…彼も なんだかんだ言って戦ってる瞬間が一番なのかも知れません


「せぇぇおりゃぁぁぁ!!!」


「脇が甘い!防御も半端な奴が攻撃なんか出来ると思うな!」


「どぉぉりやぁぁぁ!!!!」


「踏み込みが浅い!気が先走り過ぎだ!」


「やぁぁぁぁ……げぶっ!?」


「攻めりゃいいってわけじゃない!」


振るわれる剣を屈むと共に腰を捻り鳩尾に蹴りを突き刺す、その隙を突き大上段に斬りかかるもほんの少しラグナが上体を反らすだけで刃は空を斬り 剣を振り下ろされる頃にはその側頭部にラグナの蹴りが打ち込まれ


その背後に向けて裂帛の気合と共に突きを繰り出す者もいるが、ラグナは小難しい何かをするまでもなく一足で剣を蹴り払い続く二足でその胴を蹴り抜く


…ああして、ラグナに次々と向かっていく弟分を見ていると、尊敬する…エリスにはラグナに立ち向かう勇気はない、もし エリスもラグナを相手に一撃で負けるようなことがあれば エリスはきっと立ち直れないから…


どちらが上か 明確にしてしまったら エリスは今みたいにラグナを純粋に見ることができなくなりそうだから


「随分余裕そうだねエリス」


「え?、あ クライスさん」


ふと、横を見るとクライスさんがいた、…この人バーバラさんとゴレインさんと組んでるんだよな、つまり敵だな…なんだ?エリスと戦いに来たのか?


そう思い構えると


「ま 待て待て、私は君達と戦うつもりはない、というかもうリタイアするつもりだ」


「え?、リタイアしちゃうんですか?」


「ああ、腕っ節を期待してバーバラとゴレインに声をかけたのが間違いだった、一瞬でラグナに向かっていき 倒されてしまったんだ、残りのメンバーだけで課題は難しそうだからな」


ああなるほど、クライスさん的にはこの戦いには参加せず そそくさと先に行くつもりだったが、暴走特急たる二人が勝手にラグナに戦いを挑み 勝手に負けた、ということか


見てみると倒された生徒達は救護班の札をかけた人間に回収されていくのが見える、そうか ちゃんと救護班が控えてるんだな、怪我の後遺症が残ることはあるまい


「どうせ今回の課題は君達が一位で終わるんだ、もう無駄に争うことはしないさ」


「そうですか、ならなんで話しかけに来たんですか?、クライスさん そういうことする人じゃないですよね」


クライスさんは無駄を嫌う男だ、オマケにプライドが高い 負けが確定しているのに勝者に声をかけに行くような殊勝な男ではない、声をかけに来たということは、何か用があるに決まっている


「まぁな、…ただ聞きに来た 何故ガニメデを仲間にした、ノーブルズに擦り寄るとは本当か?」


ああ、そのことか 今学園で飛び交う噂のことだ、ラグナ達は反ノーブルズ派の旗本だが、見方を変えれば ラグナ達も王族だ…言ってしまえばノーブルズ達と同類、もしかしたら ラグナ達もノーブルズに加わる気なのでは…そんな不安が生徒達の間で流れてるんだ


「いえ、そんなことはありませんよ、ただ…」


「いやいいんだ、むしろいい落とし所だと思う」


「え?…」


「最近は反ノーブルズを掲げる人間の中にも過激な奴らが出てきている、ノーブルズがラグナを恐れているのをいいことに、その名を使ってノーブルズを脅すような真似も見られる、これじゃあノーブルズと一般生徒の立場が逆転しただけで…また元の無法蔓延る学園に戻ってしまうからな」


なるほど…、反ノーブルズったってもただの烏合の衆だ、一枚岩じゃない クライスさん率いるアコンプリス以外にも 反ノーブルズを掲げる人間は最近増えてきている


そんな過激な奴らがラグナの名前を使って学園でデカイ顔をする、…それじゃあノーブルズと何も変わらない、結局誰かが誰かを虐げる図は変わらない、エリス達がやったのはその誰かの顔を挿げ替える事だけだ


これで学園の平和を守りましたと言い張れる程に、鈍感で厚顔であったらむしろ幸福だろうな


「…………落とし所…ですか」


ノーブルズとエリス達の戦いは知らぬ間に周りを巻き込み学園全体を変革しつつある、悪い方向にだ…それがアマルトの策略である以上 クライスさんのいう通り落とし所を考えておく必要がありそうだ


ある意味、ノーブルズとの繋がりを持つガニメデさんの存在は渡りに船か…


「それだけだ、落とし所について考えておいてくれ、…新しく入学生が入って学園の状況が変わりつつあるからな」


「分かりました、エリス達もその辺について考えておきますね」


「ああ頼む、何から何まで任せるようで悪いがね」


何を言うか、元々エリス達だけでことを進める予定だったんだ、そこを親切に指摘してくれている彼には感謝しかない、感謝しかないが 今はゆっくり腰を据えて話し込む暇はない


もうかなりの生徒が乱戦を切り上げてスタートし始めている、はっきり言って出遅れだ


「ラグナ!そろそろ切り上げて進みますよ!」


「んぁ?ああ!分かった!」


ちょうどラグナも最後の一人を倒し終えたのか ボロボロの後輩の胸ぐらを片手で掴み上げているところだった、いや容赦ないな…、もうここまでくるとラグナに挑みかかろうってやつもいないし そろそろ進めるだろう


「では皆さん 手筈通り移動します、ついてきてください」


「分かったー!って…歩きで行くの?」


「はい、そちらの方が早いので」


デティの質問に軽く答え、足早に死屍累々の戦場を駆け抜ける、ここからは徒歩で向かう 中にはあの集中砲火を抜けた馬車や或いは強奪した馬車で移動する者も居たが、徒歩の方がいいのだ


「えぇー、歩きだるいよーガニメデーなんか乗り物になって〜!」


「別に構わない!!、だがエリス君からそれは止められていてね!、僕が背負う形で良いならばいいよ!!」


ちなみにガニメデさんを乗り物にして進むと言う案もあるが、それはなしだ ガニメデは魔女から指導を受けた古式魔術の使い手ではない、一日にそう何度も変身を行わせるのは危険だ、体力や魔力も激しく消耗するだろうし


何より呪術にどんなデメリットがあるかエリス達は把握していないし、多分ガニメデも把握していない、なら 乱用は控えるべきだろう


ブー垂れながらガニメデさんに背負われるデティを尻目にエリス達はひた進む、向かうは真っ直ぐエリッソ山…ではなく そこから少し逸れた地点だ


このペースで走ったならそんなに時間はかからないだろう


………………………………………………………………



エリス達がスタートしてより一時間ほどが経過したあたり、既にヴィスペルティリオの街は遠い地平に消え、エリス達は何もない平原を早足で駆けている


「なんか…思ってたのと違う」


そう口を割ったのはデティだ、ガニメデさんに背負われながらむくーっと膨れている、思ってたのと違う…とはどう言う意味だろうか


「どうしたんですか?デティ」


「んー、旅ってもっと…こう…ゆったりした物だと思ってた、いろんなもの見て いろんなこと経験して…もっとこう…」


「楽しいものと思ってました?」


「うん…」


しかし実際は何もない平原を それも悪路と言えるような道をひたすら歩き続けるだけのもの、まぁ楽しくはないわな


デティの言った事は正しい、いろんなものを見て いろんなことを経験するのは旅の醍醐味、楽しみの一つだし 旅とは楽しくなくては意味がない、そう言う意味では今のこの退屈な旅はあまり良いものではないのだろう


「ねぇエリスちゃん、スタート地点に馬車とか用意できなかったの?、私達なら馬車を守りながら進めたような気がするんだけど」


「そうもいきませんよ、馬車の車は守れても馬までは守れません、あんな騒がしい戦場の中では馬が驚いてしまいますし、この平和な国ではそう言う風に調教された馬はなかなか手に入りません」


馬だって生き物だ、目の前でドンパチやり合えばびっくりして暴走する、悪いがエリスには暴れ馬を御する程の腕はない、事実 あの場で馬車を破壊された馬は 持ち主を置いてどこかに逃げてしまっていたし、馬が驚いてなかなか発進できず車を破壊されるパターンも多くあった


それに…


「いやデティ、エリスの判断は正しい」


「え?、どう言う事?」


ふとメルクさんが遠くを見ながらそう呟くのだ、気がついたか…


「あれを見ろ」


「あれ?、え? あれって先に出発した馬車?まだあんなところにいるの?」


メルクさんの指さす先…その遙か遠方には エリス達よりも先に出発したはずの馬車の姿があった、人間より早い馬を率いての行軍 なのに後からしかも徒歩で出立したエリス達に追い抜かれるほどの速度で進んでいるのだ


「なんで…?」


「先日は雨が降りましたからね、地面がぬかるんでいるせいで車両が滑り、うまく進めないんですよ、それに馬車があるからと油断して荷物をしこたま乗せたんでしょう、あれじゃあ 馬だって軽快には足が出ないでしょう」


馬車とは万能ではない、エリスはマレウスの旅路の中 多くの冒険者を見て 或いは助け或いは行動を共にしてきた経験がある


ある時は熟練の冒険者が語る 馬車を使う利点と使わない利点、これを見極め別の移動手段を考慮する必要性


ある時は新米の冒険者が身を以て見せてくれる失敗、馬車で手早く移動するはずが 泥濘にはまり結局徒歩以上の時間がかかってしまった場面や、悪路を渡り車輪を壊してしまい立ち往生する場面


それら全てを聞いてみたからこそ理解する、エリスの中に出来上がる『冒険白書』とでも言うべき経験則経験論の辞典、そこから導き出す 最速最適解


あそこでノロノロ走る馬車は泥濘みに何度もハマったのか既にメンバー全員が疲弊しているように見える、何せ泥濘みにハマったら全員で馬車を押さないといけない それは体力と時間の無駄だ


「恐らく彼らは事前にヴィスペルティリオ周辺の地形と土壌の把握をしていなかったのでしょう、最速のルートを目指すことばかりに目を取られ 最適解を失った」


「いや普通地形と土壌全部把握してることって無くない?」


「そうですか?、エリスはいつもやってますよ」


と言うか師匠がやっている、師匠は今まで旅をしてきた中でそんなヘマをした事は一度もない、それは師匠が御者として卓越した技量を持つからに他ならない、あの人は馬術一つとっても達人なのだ


流石エリスの師匠ですね、なのでエリスもそれに倣ってこの国の地形を全て把握しておきました、幸い地図や文献を見ればすぐに把握できる上時間もありましたからね


「だがエリス、いくら馬車よりも早く移動出来たとはいえ俺たちは徒歩だ、あの馬車が抜ければすぐに追い抜かれんじゃないか?」


「その辺はご安心を、何もずっと徒歩で移動するわけじゃないですよ」


流石にエリッソ山まで徒歩はキツい、徒歩は徒歩で疲労が蓄積する、馬車とはそう言う疲労の累積を馬に押し付ける事ができると言う利点もあるからね、なので …


「ほら、見えてきましたよ ペナエウス村です」


小さな丘を超えると 見えてくる、やや古風な家々並ぶ村 名をペナウエス村、ヴィスペルティリオから程近く 目的地たるエリッソ山の間に存在する唯一の村だ、あそこがエリス達の第一の目的地だ


「ペナウエス村?」


「はい、彼処にエリス達の馬車が置いてあります、事前にメルクさんと一緒に出向彼処に馬車を用意しておいたんです、一番いい奴をね」


村の入り口付近には既に馬車一つ配置してある、あれは課題前日にメルクさんと一緒に買い付けた馬車だ、二頭立ての箱型の馬車 ここらで手に入るものの中では一番良いもので一番高い、お値段なんと驚愕の…ごにょごにょ…


「わぁ、いい馬車、これからこれに乗るの!?やっと旅らしくなってきたー!」


「案外ちゃんとした馬車だな、こりゃエリッソ山と言わず海岸沿いのデルフィーノ村まで行けそうだ」


馬車の姿を捉え皆元気が湧いたのかスタコラサッサと丘を下り村まで駆け抜け馬車に駆け寄りラグナもデティも歓喜の色を示す、そりゃいい馬車さ 何せメルクさんが選んだんだから


白塗りの箱状の車、頑丈さを求めて車輪も良いものに付け替えてもらったしそう簡単に壊れることはない、積載量もなかなかのものだし 課題で使うだけ と言うには些かもったいない程のものだ


するとそんな中ガニメデさんだけ馬車ではなく 馬車馬の方に駆け寄り、嘶く馬の首に手を当て頷く


「うん、いい馬だ 毛並みも肉つきもいい、これはよく走りそうだ」


「分かるんですか?ガニメデさん」


「まぁね、これでも国軍総司令の息子だから、軍馬や馬車馬を見る目には自信がある…何より 小さい頃は馬小屋が遊び場だったからね 馬は見慣れているんだ」


どうどうと馬を可愛がるように撫でるガニメデさん、馬を刺激しないためか いつもよりも幾分声のボリュームも下げている、本当に馬を思いやっているんだな、意外と言えば意外 当然と言えば当然


彼もまた国軍総司令を目指す男なのだ、兵士にとって馬は命 その馬を扱い慮る腕と心は小さい頃から育んでいるんだ


「ねぇエリス君、御者は僕に任せてくれないかな 馬車を動かした経験はないが戦車ならある、手綱を握った経験なら君達にも引けを取らない筈だ」


「いえ、寧ろお願いしたいほどですよ」


「それは良かった、それじゃ…よいしょっと!」


するとガニメデは先んじて馬車に乗り込み手綱を握る、その姿はこれがまた様になっている、元々男らしい顔つきをした人だったからか こうしてみると学生というより、一介の将軍にさえ見える


「お、ガニメデ さては結構やるな?、握り方が素人じゃねぇなっと」


「おいおい、男二人で旅にでも出るつもりか? 私達を置いていくな」


「ああー!待ってー!私も乗る乗る!」


「はいはい、別にまだ出発しませんから そんなに慌てないで」


ガニメデの手綱を握る姿に触発されひとっ飛びに馬車に乗り込むラグナと それを諌めるようにやれやれと飛び乗るメルクさん、デティにはやや高かったようでピョンピョン飛び跳ねていたのでエリスが抱き上げ共に乗り これで全員乗車完了だ


よいしょと腰を落ち着ける馬車の中に椅子はない、一応床にバネが仕込んであるから地面の凹凸が直に尻に来る事はない、くるりと馬車の中を見渡せば 外面とは裏腹に無骨だ、内部には必要最低限の荷物と四日分の食料 そして毛布が人数分置いているだけだ


こうして見るとエリス達の使っている馬車は本当に破格だ、何せ外面に反して中は広く おまけに馬車を引く馬は疲れ知らずの無限馬力、積載量も気にせず荷物を詰め込み放題で壊れることもない


本当にすごい馬車だったんだなあれ、反則もいいところだ


「ちょっと窮屈か?」


「確かに狭いな、よしラグナ 縮め」


「無茶言うなよ…」


ただこの馬車は普通の馬車だ、いくら箱型とは言え 荷物を積んで四人も乗り込めばまぁまぁ窮屈だ、なのでエリスは足を畳んで座り膝の上にデティを乗せる


こう言う時デティは小ちゃくて便利ですね と言おうとしたが辞めた、多分傷つくか怒られるから、なので代わりに頭を撫でておく デティは髪の毛ほどサラサラのふわふわですね


「エリス君、ルートはどうする?」


「ああ、こちらの紙にある通り進んでいただければ」


「ん、地図まで用意しているとは周到だね」


外からガニメデさんが顔を覗かせルートを聞いてくるので予め用意した地図を渡す ヴィスペルティリオからエリッソ山へのルートが線で描かれた簡素な地図だ、さっきデティに見られた時は『エリスちゃん絵下手だね』と言われたが地図に必要なのは画力ではなく正確さだからいいのだ


「むむ…」


しかし、その地図を見たガニメデさんの顔が歪む、…さ 流石に分かり辛かったか?


「エリス君、このルート遠回りじゃないかい?一直線に突っ切れないかい?」


ああ、そっちか


「いえ、エリッソ山の目の前には岩場があります、そこを馬車で抜けると 車輪が壊れてしまうので、速度優先なら多少遠回りしてもそちらの方が適切です」


「ああ、この地図に書かれてるごにゃごにゃしたの岩だったのか 、分かった ありがとう」


やっぱり分かり辛かったか…一応泣いてる顔も書いて通れない事を表現したんだが、ともあれガニメデさんも理解してくれたのか、そのまま御者に戻ると 手綱を握り直し


「さぁ行くぞ!我が相棒駿馬イロス!名馬アッサラコス!お前達とならば遙かなる大地を駆け抜け天を穿つ山をも超えて行けるさ!、いざ進めッ!!!!」


はいよー!とガニメデが鞭を振るえば馬車はギシギシと音を立てて動き出す、と言うかガニメデさん?、もう馬に名前つけてるんですか?しかも勝手に…いやいいですけど別に


馬車は馬の力で動き出し 窓から見える景色はクルクルと巡り始める、懐かしい…これだこれ 馬車に乗ってる感覚、これも一年ぶりか


車輪が小石を弾く感覚、常に腰が浮かされ揺れる感覚、エリスにとってはこれが実家のような感覚だ、落ち着く やはりエリスは旅が好きだ


「さて、これで数日は馬車移動か…」


ふとラグナが窓の外を眺めながら一人呟き黄昏る、彼もなんだか懐かしそうだ…


彼も今頃継承戦の為国中を方々巡ったことを思い出しているんだろう、この中じゃエリスの次に馬車に馴染みのある人だからな、…そう思うとエリスも懐かしく感じる、アルクカースでの戦いの日々を


…今のエリスなら あの時の継承戦でももっとマシな戦いが出来るだろうか、いや アレは相手がエリスを子供と見くびっていたから不意打ちの先手を取れていただけ、相手が最初から全霊だったら 今のエリスでも勝つのは難しいかもな


でも思う、今となっては思うのだ…もう一度アルクカースで腕試しをしてみたいと





そんなこんなでエリス達の馬車での旅は始まる、といっても特に何か問題が発生するわけじゃない、何せ何も起こらないよう努めているわけだからね なーんにもない平原をただひたすら進むだけだ


流れる雲と同じくゆったりと進む時、こうしていると体が勝手に動き 師匠と旅をしてきた時と同じように魔力球を浮かす訓練を始めてしまう、これは既に上達とか修行にはならないから 努めてやる必要はないんだけど、もう手グセみたいなもんかな…


その魔力球の精密な動きを見たデティちゃんに軽く引かれた、それもう見せてお金取れるレベルだよって、といっても大したことはしてないんだけど 精々20個の球を手と手の間で規則的に加速と停止を繰り返しながら回転させているだけだ


道中窓の外から他の生徒の馬車が見えた、どうやらエリスの警戒した岩場の悪路に入ってしまい 車輪が岩と岩に間に挟まってしまった物や最悪脱輪してしまった物まで見受けられた


そちらの方が近いから と横着をすればああなる、ああなるくらいなら多少遠回りした方が速いのだ



それから…何があったかな、特に何もない ある変化といえば太陽が傾くくらいだ、流石に四六時中ガニメデさんに御者をさせるわけにはいかないので、ラグナやエリスと交代しながら馬の手綱を握り進む


日が傾き空が明るみ始めた時点で、エリスは一旦号令をかけ馬車を止め ここでの夜営を伝える、デティあたりはまだ進めそうだけど?と疑問を呈したが そうじゃない


進めるには進めるが、夜営の支度には準備がいる 進めるときに進むのと休めるときに休むのとでは優先順位が違う、休めるときに休むべきだ


と言うわけで 馬車を止め馬達も休ませてあげる、馬のケアの方はガニメデさんに任せる どうやらその手の知識はこの中で一番ありそうだしね


ラグナには焚き火用の薪を集めに行ってもらった…ら、何処からか鹿も引きずってきた、捌けと言うことか


メルクさんとデティにはテントの設営をお願いし、その間にエリスは夕食の支度をする、馬車に詰め込んでおいた食材と鹿の肉を使い 予定よりちょっと豪華な夕食に焚き火を囲んで舌鼓を打つ


生肉を保存する為の箱もスペースも用意してないので鹿丸々一頭焼く形になったが、うちにはラグナがいるからね、問題ないのだ 多分言えば骨も残さず食べてくれると思う、言わないけど


食べ終わった後は夜更かしはしない、焚き火の周りに寝具を用意し横になり 一人を残して皆眠りにつく、一人は火の番と夜の番だ


この辺は凶暴な魔獣なんて出ないから夜も警戒しなくていい…わけはない、闇の中には何がいるか分からないんだ、番も立てず眠りにつくなんてそんな恐ろしいことエリスにはできない


今日の夜の番は最初は立候補したガニメデさん その後エリスに引き継ぐと言う交代制だ


だからそれまではエリスも寝かせてもらいます、ちょっと寒いのでデティ一緒に寝ましょと誘うと彼女は喜んで答えてくれた、いい湯たんぽだ…………



……………………………………………………………………


「エリス君…、エリス君?そろそろ時間だよ」


「あぅ…もうそんな時間ですか」


レグルス師匠に修行をつけてもらう夢を見ていた、師匠の修行は冬季休暇に一度つけてもらった以来だ、そろそろ師匠の修行を受けたいが…いや、今は見張りの交代だな


ガニメデさんは一緒に眠るデティを起こさないようにエリスの体を優しく揺らして起こしてくれる、こうやって旅を共にして分かったことだが 彼は案外紳士的だ


「ありがとうございますガニメデさん、御者で疲れているのに 見張りをしてくれてありがとうございます」


「構わない構わない、……少し 話いいかな」


「はい?」


すると、起き上がるエリスに焚き火を挟んでこちらを見るガニメデさん、その目を見る限り どうにも雑談やおしゃべりと言った様子はない、ましてやあのガニメデさんがみんなが寝る中 それでもエリスを相手に話したいこととはなんだろうか


「なんですか?」


「…ノーブルズに関してのことだ」


こりゃ本当に重要な話だ、頬を軽く叩き頭を起こすと共に座り直す


「ノーブルズのことが、どうしました?」


「うん、君達に協力する僕が…こんなことを言うと嫌がられそうだけどさ、ノーブルズとの敵対関係をそろそろ解消して欲しいんだ」


ノーブルズとの対立の解消か、最近 そんな話ばかりだな 今朝もクライスさんとそんな話をしたばかりだし、何よりもエリス自身 その落としどころを探しているくらいだ


別にそのことをガニメデさんが言うからどうこう、と言うつもりはないが それでも…


「どうしてそう思うんですか?」


「僕はあんまり頭も良くないし、言葉も上手くないから 上手に言葉に出来ないんだけどさ、…このままじゃ アマルト君がどうにかなってしまいそうなんだ」


「アマルトが?」


「うん、このままじゃアマルト君はダメになってしまうから」


こんな話、昔したな…そう タリアテッレさんと最初会った時した話だ、このままではアマルトが腐ってしまうと


今にして思えば人間として腐るという意味ではなく、下拵えした食材がダメになる的な意味合いだったのかもな


タリアテッレさんは結局アマルトではなく 次期理事長の有無しか視界になかった、ガニメデさんもまたアマルトに理事長を継がせるためそんな話をしているのかと思えば…


どうやら、違うみたいだ


「ガニメデさんはアマルトにノーブルズから半ば追い出されたようなものですよね、アマルトのためを思ってエリス達と戦ったのに」


「結果だけ見ればそうだけどね、僕はあの時 食堂放火の責任を取ってこの学園から出ていくつもりだった、けど そこを引き止めて落とし所を見つけてくれたのがアマルトなのさ、こうして僕がここで好きに出来るのも アマルト君のおかげさ」


そうだったのか、いやまぁ確かにガニメデならそういう責任の取り方をしてもおかしくはないが、そこを助けたのがアマルト?…そうだったのか


「今にして思えば これはアマルト君なりの思いやりなのかもしれない、次々と自分の周りから人を離しているのは これから彼がしようとする事に、僕達を巻き込まない為…って思うのは楽観過ぎかな」


「分かりません、エリスは アマルトに対する理解が、まだ薄いので」


アマルトがどういう人間なのか分かりかねる、良くも悪くもエリス達はタリアテッレさんからしか彼の話を聞いていない、タリアテッレさんが態とアマルトを良く言ったり悪く言ったりしてる可能性もあるし、あの話は鵜呑みに出来ない


「僕はアマルトに助けられた だからアマルトを助けたい、けど僕に出来る事は少ない だからいうんだ、ノーブルズとの対立を一旦収めてはくれないかな、今のまま対立が激化すれば きっとアマルトの身と共にあの学園は崩れ去る」


「アマルトの事、随分好きなんですね」


「当たり前だよ、僕とアマルトは友達だからね…ラグナ君やエリス君と同じくらい大切さ、それは立場が変わったって 同じさ」


ガニメデさんはそう呟くと共に火に薪をくべる、パチパチ音を立て夜の帳を押し退ける火の光を見て、目を細める …光に当てられたからではなく、想起しているのだ彼なりに見るアマルトの姿を


なんて奴だアマルトは、こんなに真摯に思ってくれる友を差し置いて 一人学園と共に心中するつもりとは、友達失格だ


「分かりましたとは言えませんよ、ノーブルズとの戦いを始めるのは簡単ですが 収めるのはとても難しいですから」


「分かってるさ、君達がやめると言ったからって止まる段階じゃない、分かってるけど 僕に出来るのは君達に頼むことくらいだからさ、…ほんと ごめん」


「謝ることはありませんよ…」


結局対立という火に薪をくべたのはエリス達だ、でも引けない理由もあったし 見て見ぬ振りができない理屈もあった、戦わない手はないし 対立を避けることも出来なかった


それがアマルトの手だった、アマルトはエリスにノーブルズとの対立姿勢を作らせたかった、それがラグナ達の転入と言う形で急加速した結果がこれだ、アマルトでさえ予期しないラグナ達の到来と活躍は その想定を上回っていだだろう


……ラグナは言った、これがアマルトの策だとするなら それに乗せられていたのだとするなら、乗った上で上回れと、この問題をまるっと解決する術があるなら それしかないのだろうな


「…でも一つ聞いていいですか?」


「なんだい?」


「なんでエリスなんですか?、エリスに話すよりもラグナに話した方がいいのでは?」


「…これはちょっとズルい話なんだけどさ、君から言えば ラグナは逆らえないかなって」


なんだそれは、そんなもんだろうか…まぁ彼 エリスがラグナに話を持っていくのはガニメデさんにも読める行動の範疇だろう、ならそこに逆らわず 大人しくエリスからラグナに話してみよう


多分だけどラグナも方法については考えているだろうし、話すまでもない気はするが


「それじゃあ、僕は寝るよ 明日も早いだろうしね」


「はい、また明日もよろしくお願いしますね」


「ああ、任せてくれ」


というとガニメデはその場に倒れるように横になり あっという間に寝息と鼻提灯を作る、疲れていたのか 或いは物凄い寝つきがいいのかは分からないが、休めているのならそれでいい


「…………アマルト…ですか」


火かき棒で薪を動かし一人呟く、アマルト…彼にも友人はいるし 彼にも友人を思いやる気持ちはある、対立ばかり考えて 彼を更生させることばかり考えて、彼の内面には 本当の意味で目を向けていなかったのかもしれない


…彼を想うなら、エリスもガニメデのようにアマルトを理解する必要があるのかもしれないな


アマルトともエリス達は友達になれるのかな、…いや きっとなれるだろう、なんとなくそんな予感がする、その為にはまず 彼と気持ちを通わせる必要があるな


ノーブルズという盾はもう機能していない…彼と話をする、その準備はもう終わっている、なら 後はもう行動するだけなんだろうな


夜空の下、焚き火にあたりながら一人思う この学園での戦いも、終わりに近づいている事に



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