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134.孤独の魔女と白雪の中、灯る赤


雪が降る冬季の長期休暇、気温はみるみる冷たくなり 外に出るのも億劫になる程寒くなる


暖炉の火は絶えることはなく、気がつけばエリス達はこの暖炉を中心に生活をしていた、みんな常に暖炉の火を囲み 日がな一日暖を取り過ごすのだ


…長期休暇、夏の頃は色々あったが 今度は基本的に平和な日々を過ごしている


あった事件といえば…


エリス達の下着が盗まれたこと、これは殆ど未解決のまま今も進行しているが メルクリウスさんの懐刀シオさんが動いてくれているようなので今更エリス達が何かすることはないらしい


後は、ラグナが町のスポーツクラブに助っ人として出場し 出禁になる勢いで活躍したり


冬の間に行われる魔術討論会にデティが出て すごい騒ぎになったり


メルクリウスさんが家の警備を任せる冒険者を選ぶ為、エリス達四人で冒険者の面接をしたり


デティが家を火事にしかけたり、メルクさんが本を爆買いしてきて 家の床が抜けそうになったり、ラグナが初めて見る雪に興奮して家より大きな雪だるま作ったり いつの間にか四人で本気の雪合戦したり、ラグナが寒さのあまり猫みたいに暖炉の前で丸まってたり


アルクトゥルス様がいきなり現れ 臨時でエリス達に修行をつけてくれたり、フォーマルハウト様がなんかめちゃくちゃ高そうなお土産持ってきたり、師匠と三日くらい同棲したり…


ああ、後エリスが作ったシチューが何故か町で話題になって 炊き出しをしたこともあったなぁ


色々やっている内に長期休暇もみるみる消化されていき、…年も暮れ さぁそろそろ学園だって時に、この長期休暇で1番の大事件が起こった


まぁ、エリスにとって…なんですがね






「なぁ、エリス…」


それは細雪の降る 朝の事でした、デティもメルクさんも用事で出かけ、家にはエリスとラグナしかいない、そんな日の朝


暖炉の前で安楽椅子に座り魔力制御の修行をするエリスに、ラグナが声をかけてきたんだ


「今日、二人で出かけないか?」


ラグナが、エリスを食事に誘ってきた事…それがエリスにとっての一番の事件だった


……………………………………………………


事は、5日前に遡る


ラグナが朝の稽古を終え 屋敷に戻った頃、既にダイニングにはいつものメンバーが揃っていた


と言ってもエリスは俺に軽く挨拶をした後直ぐにキッチンに消え、テーブルには俺とメルクさんと眠そうにうとうとしているデティだけが残されたのだが…


「なぁ、ラグナ」


俺が席に着こうと椅子を動かしたところでふと、メルクさんに声をかけられる、いつものように本を読みながら視線を動かさず声をかける彼女はこう続ける


「実は領主の方にパーティに誘われていてな、5日後 ちょっと家を空ける予定なんだ」


「へぇ、またお呼ばれしたのか 長期休暇の間もメルクさんは忙しいんだな」


メルクさんがそう言ったパーティに呼ばれる事はままある、デルセクトは商業大国 そこの首長たる彼女と繋がりを持ちたい貴族は多く、結構色んなところから声をかけられる事が多いんだ


デティも魔術学会からよく呼ばれて出向いているし、みんななんだかんだ忙しい


ちなみに俺は呼ばれたことがない、俺は軍事関係に関しては結構な権威ではあるが この国はあんまり軍事に力入れてないみたいだしな


「って、そういやデティも五日後予定があるって言ってたな」


「ああ、新しい魔術教科書の編纂に付き合うらしい」


「ってことはその日は俺とエリスだけか」


「そうなるな」


エリスと俺だけか、…まぁ だからなんだってことはないんだけどな、どうせその日はエリスは一日本を読んだり魔力制御をしたりして過ごすだろうし、俺も外で体動かすつもりだし


特にこれと言ってイベントがあるわけでは…


「ラグナ、お前その日エリスを誘って外で遊んだらどうだ」


「は?…え!?なんで!?」


思わず声を上げて立ち上がればデティがビクリと動くも 直ぐにまた船を漕ぎ始める、というか俺とエリスが?…な なんでそうなるんだ?


「いや、せっかく二人きりなんだ その日くらいエリスと遊んでこい」


「なんでせっかくだからって…」


「嫌なのか?」


「嫌じゃないさ、でも俺の予定にエリスを付き合わせるのはなんか申し訳ないというか、エリスはエリスの休日の過ごした方があるだろうさ」


「君が誘えば、エリスは喜ぶと思うぞ?」


そうかな、まぁ エリスは友達に誘われれば喜ぶだろうけど、だからってそういう所に甘えるのは良くない、まぁ エリスと二人きりで出かけられるのなら、そりゃ夢のようだけどさ


「なら決まりだな」


「何も決まってないと思うが…」


「ほら、食事はこの店でするといい この町一番のレストランだ、代金は私につけておけ」


というとメルクさんは一枚の紙を俺に渡す、そこにはレストランの場所といつ押したのか メルクさんの印…デルセクト国家同盟群代表の押印が刻まれているこれを見せろ…ということか


まぁ、これを見せりゃどんな店でも席を用意してくれるだろうな


「ウダウダ言ってないでエリスと遊んでこい、あの子は自分から息抜きはしない子だ、我々が気を使ってやらねばならない」


「それは…確かに」


エリスは基本的に休まない、暇な時は家で出来ることを探すし休みの日も勉強か修行のどちらかをしている、遊ぶ時は基本的に俺たちから誘った時だけだ、…確かにメルクさんのいう通りだ、エリスに何も気にさせず一日遊ばせるには 俺からアプローチをしないとダメか


エリスへの好意云々以前の問題だ、エリスはあまり体が強いほうじゃない 病弱と言わないまでも無理をすると身体を壊すことが多い、エリスの事を想うなら寧ろ手を引っ張るべきか


「二人ともなんの話をしてるんですか?」


「え?あ…いやなんでもない」


ふとエリスが朝食のフルーツを綺麗に皿に盛って現れた瞬間、咄嗟にメルクさんからもらった紙を隠して誤魔化してしまう、その場で言えばよかったんだろうが 情けない俺は踏ん切りがつかずその場で誘えなかったんだ


メルクさんも何やら面白そうに笑うばかりでそれ以降何か言うこともなかった…





ーーーそして運命の五日後、俺はようやくエリスに対して外に出る事を切り出した、正直心臓が爆発しそうなくらい緊張していたが エリスの答えは、驚くほどあっさりと


「いいですね、行きましょうか」


そう、嬉しそうに微笑むのだった…可愛い



…………………………………………………………


そして俺とエリスは街に繰り出す事になったのだが……


「雪、降ってますね」


空からはチラチラと細かい雪が舞い、歩けば微かに足跡が残る 街は白の化粧に彩られ、吐く息さえも白くなる


そんな白の世界を、エリスと並んで歩く…二人でこうして歩くのは何年振りか、継承戦の前に一度やった覚えがあるが、結構前だからあんまり覚えてない…エリスはバッチリ覚えてるみたいだが


にしても


「うぅ、寒いぃ」


震える手を口元に持っていき その白い息で暖める、寒い あまりに寒い…いつもの上着よりも一段と分厚いのを着込んできたはずなのに、寒くて寒くてしょうがない


「ラグナ、大丈夫ですか?」


「俺から言わせれば逆ってもんだよ、エリスの方が大丈夫か?、こんなに寒いのに連れ出して悪かったな」


「いえ、エリス寒いのは慣れてるので」


えへ と笑う彼女はモコモコの衣で全身を覆っている、確かメルクさんとこの間服を買いに行ったとき買った奴か、なんかモコモコふわふわでめちゃくちゃ愛らしいな…まぁ多分俺エリスが着てたらなんでも可愛いっていうんだろうけど


「ラグナは寒いのに弱いんですね」


「まぁな、アルクカースには冬がないし 年中暑いからこう寒いのにはあんまり慣れてなくてな、この国に来て初めて雪と冬を体感したくらいさ、おお 寒々」


「なんか意外ですね、ラグナなら寒いのくらいへっちゃらだと思いました」


「苦手なものくらいあるよ俺だって、これでも人間なんだから」


俺にとってはアルクカースの気候が平常だから、冬みたいに常に寒いのは初体験なんだ、師匠の修行のおかげで火で炙りれてもへっちゃらになったが、冬の冷気は別だ


エリスは俺をどんな極地的環境にも適応する超人か何かかと思ってるかもしれないが、俺だって苦手なものくらいあるんだ


「そういやエリスは雪は初めてじゃないんだな」


「ええ、アジメクには冬がありますし、…それに師匠と出会った山は常に雪を被ってましたからね、寒いのも雪も 慣れっこなんです」


…アジメクは比較的気温が安定した国だ、そこで常に雪が被るような極寒の山なんてあったか?、いやあるな…と考えるとエリスの出所が推察出来る、ってやめようこういうのは


エリスの事を俺から探るのは、なんか違う気がする 彼女が言わない事を俺が推理して考えるのは 信頼してくれている彼女の気持ちを裏切るような気がしてならない


しかし、出会った…か エリスは一体なんでそんな山に行き レグルス様と出会ったんだ?


「ら…ラグナ?」


「ん?」


「寒いなら…くっつきますか?」


「…え?」


と言うや否や、エリスがずいっと身を寄せて俺に擦り寄ってくる


え?なに?え?、なんで?どういう事?やべ…あったか かわい…、身を寄せるエリスはやや恥ずかしそうに顔を背けながら俺にくっつく、この体を包む熱はエリスの熱か 或いは俺の爆上がりした体温か、多分後者だ 今なら氷でも抱擁で融かせる気がする


というかエリス今日はやけにグイグイ来る気が…気のせいか?


「あ あったかい…ですか?」


「え?あ…ああ、暖かい ありがとうエリス」


むしろ暑い 頬が、今ならエトワールも裸一貫で踏破できそうだ…なんていいもするが、うう 恥ずかしいな


ふと横を見ればやや歳を食った所謂おばさん達があらあらと微笑ましそうにこちらを見る、反対を向けば店の大将が囃し立てるように口笛を吹く


これ完全…その、お付き合いをする仲だが エリスは大丈夫なのか?、そういうのはOKなの?と思いエリスの方を見ると 顔を背けている…けど分かる、耳が赤い、恥ずかしいんだな


いや、衆目に晒されりゃそうもなるか、そういう風に見られるのは悪い気もしないが 彼女が恥ずかしがっているならいつまでも目立つ場所に居るべきじゃないだろうな


よし


「お、エリス あそこの店入ってみないか?」


「え?、どこですか?」


「ほらこっちこっち」


「ら ラグナ…」


彼女を周りの視線から守るように腕を引き、取り敢えず目に入った家屋の扉を開ける、何かしらの店であることは看板を見れば分かる なんの店かはわからないが、まぁ 暖をとるついでに冷やかしをしようじゃないか


「ああ、寒かった」


甲高い音を立てて閉まる扉 外からの冷気は流れ込まなくなり、若干ではあるが寒さも和らぐ、まぁそれでも寒いには寒いがいくら文句言っても気温は上がらない、季節に悪態垂れるなんて天に唾吐く真似しても意味なんかないだろう


そう自己完結しながら肩に降り積もった雪を撫で下ろす


「もう…ラグナ、いきなり走ったらビックリしますよ」


「ごめんごめん、大丈夫か?」


「ええ…、ところでここ なんのお店ですか?」


「ん?…えぇーっと?」


エリスの問いに思わず吃る、なんの店か確認せず入ってしまった 慌てて右を見て左を見て状況を確認する


まず 人気はない、俺たち以外に客がいる気配はない…そして照明はやや薄暗く、気味が悪いといえば悪い、雰囲気が良いといえば良い そんな微妙な明るさ


そして何より目を引くのが壁にかけられた絵画、机に置かれた小型の模型…なんだこりゃ 本格的によく分からんぞ、というか埃っぽいな 店じゃなくてなんかの倉庫だったか?


「いらっしゃい…」


「うぉっ!?人いたのかよ!?」


思わず飛び上がり声のした方を見れば、皮の垂れ下がったシワとシミだらけのお婆ちゃんが椅子に座っていた、というか俺の隣に座ってるのに全く気がつかなかった、まさか相当な手練れ…?


じゃあねぇな、…単にエリスとお出掛けで舞い上がってるかテンパってるかで集中が散漫になってただけだ


「いらっしゃい…ですか?、ここ何かのお店なんでしょうか」


「そうだよお嬢ちゃん…」


「えっと、何を売ってるんでしょう…壁にかけてある絵画や模型ですか?」


「違うねぇ、ウチが売ってるのは『経験』と『知識』、諸国を行脚しないと手に入らない世界の知識と目で見ないと得られない経験を ウチでは売っているのさ、その光景を出来る限り精巧に再現した模型や絵画を使ってねぇ」


へぇ、面白い店だな…確かに普通の人間は国家間の移動などは難しい、魔獣やら盗賊やらが闊歩する野原を歩けるのは其奴らに対して殴り返せる人間だけだ、それ以外の人間は基本生まれ育った街で一生を過ごすもんだが


ここはそういう人達に向けた世界を見せるための店なのだろう、絵画や模型を見るだけで商売とは なんて言えるかもしれないが、少なくともここにあるものを見る限り この店を作った人はかなり苦労したと見える


苦労には報酬を持って報いいるのが貨幣の存在意義だ、なら 金を払うのもやぶさかじゃないんだろう


何より…


「ほぇー…」


エリスが目を輝かせている、旅人たる彼女にとっちゃ世界なんて珍しいものでもないだろうに、それでも彼女が見たがってるなら …


「いいな、バアちゃん 俺にも売ってもらえるか?その知識と経験」


「一人銀貨5枚…二人合わせて10枚だよ」


「安いな…不安になるくらい安いぞ」


商売になるのか?それ?…まぁ人の家の商売体系に口出せるほど立派な商業理論を持ち合わせるわけでもなし、俺は懐から言われた通りの額を払う


「毎度…、展示物にゃ触れちゃいけないよ」


「分かったよ」


「勿論です、ねぇラグナ 行きましょう」


「おう」


ややワクワクした様子で俺の裾を摘み駆け出すエリスに追従する、ここに展示されている物にはいくつかコーナーがある


国の様相を見せる『世界の知識』


魔物や英雄を見せる『人の知識』


そして歴史を見せる『連綿の知識』


魔物やら歴史はよく分からんが 国の様相はよく分かる、何せ魔女七大国を主に飾ってあるからな、当然 懐かしき我が故郷アルクカースの展示品の一つだ


「見てくださいラグナ、アルクカースの模型や絵画が飾られていますよ、懐かしいですね」


「そうだな、んー…結構古いから今のアルクカースとは結構違うが、それでも懐かしいな」


飾られた模型…アルクカースの街並みを再現した模型をエリスと共に眺める、絵画にはアルクカースの主要な街や地形が事細かに書かれている、が 今はない物がままあったりと物の古さが伺える


「あ!、見てくださいラグナ!あれホーフェンじゃないですか?」


「ん?、…本当だ 継承戦の舞台になった地だな、魔女様の戦いで消し飛んじまったから今は何もないが こうして絵画の世界には残ってると思うと、なんだか感慨深いな」


ホーフェン地方…俺とエリスの継承戦の舞台だ、あの時はもう必死に必死を重ねた極限状態だったから風景を楽しむ余裕なんてなかったが、今思えばいい場所だったな…戦争するにゃ打ってつけだ


それに、俺とエリスの思い出の地でもある…もうないのは悲しいが、仕方ないことだ


「こっちにはアジメクがありますよ、あちらにはデルセクトが…」


「このどっちもエリスが旅した国だと思うと…凄いなぁ」


「えへへ…」


癒と花の国アジメク 力と戦の国アルクカース 鉄と富の国デルセクト そして知と古の国コルスコルピ、そのどれもをエリスは踏破してきたんだ、この分じゃ あと十年とかからずポルデューク大陸も踏破して、魔女大国全てをする日も近いだろうな


…そう、思いながら目を向けるのはポルデューク大陸のコーナー


「エリスが次に向かうのはポルデューク大陸か」


「はい兄弟大陸と言われるカストリア大陸とポルデューク大陸、その弟大陸へこの学園を卒業したら向かうつもりです」


ポルデューク大陸、ここカストリア大陸とは違い全体的に寒冷な気候であり 一年中雪が降り続ける国なんてのもある 張った氷が溶けない場所もある、海が凍り島ができるようなところもある


カストリア大陸以上に厳しい環境である為生息する魔獣も強いものが多く、何より


「恐らく、ポルデューク大陸が大いなるアルカナとの決戦の地になると思います」


「……そうだな」


エリスが旅を始めてからずっと戦っている相手、マレウス・マレフィカルムの実働組織の一つ 大いなるアルカナ…、その本隊とも言える存在がポルデュークにはいるという、エリスの旅はここからより一層厳しさを増していくことだろう


出来れば手伝ってやりたいが、流石に別大陸となると支援も難しい、まぁ エリスの事だ、どうせ別の大陸でも友達を作ったり 新しい魔女の弟子とも仲良くなって そいつらと協力して戦うんだろうな、そこに少し嫉妬してしまうが そこを止める権利は俺にはない


「そうだ、エリス」


「はい?、なんですか?ラグナ」


グルリと世界の模型を見て、ふと思い至る…


「エリスはこの旅が終わったらどうするんだ?、この旅が終わる頃にはエリスも大人になってるだろ?、その後のことは考えているのか?」


エリスは大体一年ちょっとかけて大国を渡る、コルスコルピを出る時は16くらいだから…旅が終わる頃は大体19…遅くても20歳、もう子供じゃない 身の振り方を考える歳だ、エリスは大人になったらどうするんだろうか


「……今は、なんとも言えません エリスとしては一生師匠と一緒に居たいですが、きっと 師匠はそれを許さないでしょう、…かと言ってしたい事もないし」


「…………」


『なら俺のところに来て一緒にアルクカースを支えてくれ』、そう言いかけたが 声には出なかった、今俺がここでそう言えば エリスの未来の可能性を狭める気がしたから


俺はエリスの枷になりたくない、エリスの道はエリスが選ぶべきだ その末にどんな道を進もうとも、俺は全力で応援するつもりだ


「そっか、じゃあ この旅の間に見つめ直せばいいんじゃないか?、やろうと思えば何にだってなれるんだ」


「そうですね、…案外 師匠のところを離れても、エリスは一人で旅を続けるかもしれません、エリス やっぱり旅が好きですから、目的は無くとも エリスは世界を見ていたいです」


そういうとエリスは世界の模型を見て目を輝かせる、まだ見た事ない光景と世界に期待と想像を膨らませて、…そうだな 君は何処か一ヶ所に留まるような人間じゃないのかもな


国を守る為 国に居座り続ける俺とは、ある意味対極にいる存在なのかもな…、まさに風のような君のあり方


寂しくはあれど、そうあるからこそ 君は美しいんだろう


……………………………………………………………………


そして、予想外にして想定外だったが 中々に面白い店を見つけた俺達は一時間か 二時間か、結構な時間二人で展示物を見て話し込んだ


ポルデューク大陸には何があるんでしょうね、とか


かっこいい英雄もいたものですね、とか


ここにある歴史のどれよりも昔から師匠達は聞いてるんですね、とか


他愛もない、なんの実りも得られない会話を楽しみ、花のように咲くエリスの顔を眺め続け、俺達は店を出る


「楽しかったですねラグナ」


「だな、イイもんが観れた」


「ラグナが連れてきてくれたおかげです、ありがとうございます」


ははは…、半ば考えなしに飛び込んだんだが…まぁプラスに働いたようで何よりだ、そうエリスと笑い合いながら外に出れば…、雪は相変わらず細く降り注いでいる


外に出た瞬間から寒い、寒いが…なんか悪くないエリスといるからかな、この雪もなんだか特別に感じてくる


「それでラグナ、次はどこへ行くんですか?」


「ん?、おお メルクさんがレストランを紹介してくれたからさ、そこに行こうよ」


「メルクさんが…、大丈夫ですか?」


エリスがやや不安そうに自分の手を握る、大丈夫って…ああ、そう言えばあんまりしっかり考えなかったが、ペンでも買うかのように家を買ってくる人が紹介する店だ、その料金もまぁエゲツないだろう


「安心しろよ、メルクさんがツケてくれるって言ってたし、それに俺だって王様なんだぜ?、いくら高いつっても そのくらい払えるくらいには持ち合わせは…」


「そうではなく、…エリス 場違いじゃありません?、きっと貴族とか王族とかが来るレストランですよ、流浪の旅人であるエリスは お 追い出されるのでは」


はたと、気がつく…いや 気にしたことはなかったが、俺は王でエリスは旅人、立場的に見れば天と地ほど差がある、確かに世の中にはレストランの風格にそぐわない客を追い出す店はある


…だけど


「そこも大丈夫だよ、エリスは場違いなんてことはないし 、文句を言われるようならアルクカース大王たる俺の身内だとでも言って誤魔化すしさ」


「み 身内ですか、それは恥ずかしいですね」


「そう…だな、まぁ 文句は言わせないさ、俺の朋友にはな」


何言ってんだ俺、身内って…やべ、自覚したらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきたんだけど、変に思われてないよな ああくそ、エリスはこういうの絶対忘れないからな、迂闊なこと言わないようにしないと


「はぁ」


口から溢れる白は迷いか自己嫌悪か、エリスへの接し方が分からん…


なんて己に迷いながらも道は迷わず、真っ直ぐメルクさんの紹介してくれたレストランへと向かう、冷たい手をポッケに突っ込みオズオズ付いてくるエリスに気を配りながら積雪を踏み潰して進みメルクさんのレストランへと進む


さて、どんな店が来ることやら、メルクさんが紹介してくれた時点で覚悟は出来ている、今更度肝など抜くまい




…………………………………………………………………………


「ありがとうござました、またのご来店をお待ちしております」


…後ろには執事服を着たレストランの店員が見送る、そんな店員のお別れの挨拶を受け俺たちは再び雪空へと放り出される


何があったか?、まぁ まず結果だけ言うなれば、俺たちはたった今レストランでの食事を終えたのだ、言おう 正直に言おう、度肝抜きすぎて間の記憶が吹っ飛んだ


「…普通こんなところさらっと紹介するか?」


今しがた食事を終えたレストランを振り返り見れば、そこには宮殿が建っていた…


メルクさんが紹介するんだ、頭に高級とか超高級とか乗っかってても驚くことはないと覚悟していたが、来てみれば驚愕 レストランの頭に乗っていたのは高級ではない


『王宮御用達』…、王族コペルニクス家や他国の王が招待された時行くような店だった、いい店じゃねぇよメルクさん 軽く紹介するレベルを超えてるよ


「………………」


エリスなんか衝撃で今も目を点にして固まってる、俺だっていまだに固まって動けないんだ、店のサービスが悪かったから?逆だ良すぎたのだ


店に入るなり執事服を着た店員に『お待ちしておりましたラグナ様エリス様、メルクリウス様よりお話は伺っております』なんて言って案内されたらビビるだろ?


それにあの店員、執事服の格好をしてるんじゃない…本物の執事だしかも一流貴族に使えるレベルの超ベテラン、それが有無を言わさず俺たちをテーブルにつけ 俺達が何も言う暇もない間にフルコースが運ばれてきた


こういう店は店側に出す料理を任せるのは知っていたが、アルクカースにはこう言う高級志向な店はないから俺も不慣れでビビってしまった


オマケに運ばれてくる料理が美味いのなんの…流石美食の国コルスコルピ、素材一つ 味付け一つ 食器一つとっても超一流、しかも食事中はどこからか現れた奏者がハープを演奏し始め、心地はまるで天国


美味しい料理 美しい景観 美麗極まる音楽にもてなされ、気がついたら俺達は店を出ていた 胸に一杯の満足を詰め込まれて


…怖い、俺怖いよ メルクさん普段あんなところで食事してるの?だとしたら俺の作る肉料理とかクッソ不味いと思って食ってんじゃないか?


「……はぁ、ほんとそこが知れない人だなメルクさんって、なぁ?エリス」


「はっ!エリスはいつの間に外へ!?料理は何処へ!?」


やっと目が覚めたか、極限まで研ぎ澄まされた持て成しとは 時として人から意識を持つ奪うとは、本当に恐ろしい


「はぁ、飯も食ったし帰るか」


「え?食事終わったんですか?そう言えばお腹いっぱい…ああ、待ってラグナ」


支払いはやはりメルクさんにお願いした と言うか店側からも代金の要求をされなかった、どう言うシステムかは分からないがこう言うのは有識者にお願いし…し…し



「ゔぇっくしょぉんっ!」


「ラグナ!」


思い切りくしゃみがでて足を止める、うう やっぱこんな日は表に出るべきじゃあなかったな、長く外に居たせいで芯まで凍えてしまった…そろそろ帰るか


「悪いエリス、そろそろ帰ろうか」


「そうですね…、でも…」


「でも?」


「ちょっと待っててください!」


と言うとエリスは何やらキョロキョロ周りを回し、近場のお店へと慌てて駆け込むエリス、なんだ?何か帰る前に買っておきたいものがあったのかな…


まぁいい、エリスを俺の用に付き合わせたんだ、俺も彼女の用事に付き合うべきだろう、震える体に喝を入れ俺もエリスの入った店に駆け込むと 既にエリスは店員に対してお金を払っているところだった、そんなに慌てて会計済ませて どうしたんだろう


「どうした?エリス、そんな慌てて何買ったんだ?」


「ああ、ラグナ実は…ちょ ちょっとこっちに寄ってきてください」


「ん?こうか?」


何やら後ろ手に隠したままチョイチョイと手招きするエリスに招かれ彼女の前に立つ、と言うか何を買ったかくらい教えてくれても…と言うかここ何の店だ?


周りには色々ゴタゴタ置かれている…だがよく見れば!置かれている物はどれも布製品ばかり、特に毛糸の物が大きく


「も もっとです」


「え?もっと?」


「はい、そしてちょっと頭下げてください」


「おう…」


不可解に思いながらも言う通りにする、エリスの目の前で若干屈む、エリスも大きくなったが 俺の方が年上で男だからか、かなり身長差がある 以前アルクカースを旅していた時以上の差を 若干ながら感じつつ 彼女の目線に合わせると


「どうぞ、ラグナ 今日のお礼です」


そう言ってエリスは俺の首何かをかけてくる、ネックレス?いや感触が違う フワフワしていて、暖かくて…これは


「マフラー?」


「はい、ラグナずっと寒そうなので 、今日連れ出してくれたお礼にと…ちゃんとラグナの色を選んでおきましたので」


エリスの言葉を受けながら首に手を当てれば、フワフワの真っ赤な毛糸のマフラーが巻かれている、色は赤…俺の髪色と同じ、そうか だからエリスは慌ててここに…


お礼が欲しくてやったわけじゃない、実際俺自身も楽しかったし …でもだからっていらないわけじゃない、むしろ嬉しい 超嬉しい


「そっか…ありがとうなエリス」


「嬉しいですか?」


「超嬉しい」


「なら良かったです」


しかし…、貰ってばかりもアレだな、今日俺がやったことといえばなんだ?特に何もしてないぞ、やっすい金払って展示物見せたくらいだ、食事代はメルクさんが出してくれたしな


払った金額で物の良し悪しが決まるわけじゃない、だが物を貰ったことに変わりはない、せっかくエリスから贈り物を貰ったんだ、俺もエリスに何か贈り物がしたい


「うぅーん…、よし!」


「どうしたんですか?ラグナ?」


「んー?、折角の贈り物だ …なぁこれくれ」


そう言って手近な手袋を取る、俺の赤いマフラーと同じ赤の毛糸の手袋、それを代金と引き換えに受け取ると共に、エリスに手渡す


「俺ばっかり温くても仕方ないだろ?、ほら エリスも」


「いいんですか?、エリスも貰ってしまって」


「ああ、それにエリスはこれからポルデューク大陸に向かうだろ?、ここよりも寒いところだ きっとこれからも必要になる、だからさ プレゼントさせてくれ」


「……あ ありがとうございます」


そう言うとエリスはおずおずと手袋を受け取り、黙る 押し黙る…なんだ なんか失敗したか?、別に手袋はいらないとか?、態々他所の大陸行ってまでお前のプレゼントしたもんなんか使いたくもないとか?、何お前マフラーと同じ色にしてんだよって怒ってるとか?


エリスは見る、黙って手袋を見る…じーっとまあるい目で手袋を見つめた後


「ふふ…」


小さく笑い手袋に頬擦りする、よかった 気に入ってもらえた様だ…、するとエリスはゆっくりと手袋へ指を通すと


「大切しますね」


「ああ、大切にしてくれ」


そう言うのだ、思えばエリスの腕には既に俺が贈った腕輪が嵌められている、もう手袋も合わせれば手は完全に俺のもので埋め尽くされている、…ふと エリスの体を全て俺の贈った物で埋め尽くし俺の色で染め上げれば エリスは俺のものになるんじゃないかと 俺の中の意地汚い部分が囁く


最悪だな、俺はエリスに首輪を嵌めたいわけじゃない…、ただ思い出を形として残したいだけなんだ


はぁ、こう言うこと考えるのやめよう



俺とエリスは雪道の中帰路につく、屋敷を出た時よりも幾分暖かな姿となって、暖かくはなったけど エリスとくっつけなくなったのはちょっと勿体無い気もするな なんて思いながら、二人並んで ゆっくりと歩く


この時間を、ただ惜しむ様に……、この寒さを身に刻む様にゆっくりと…







そして屋敷に帰ったメルクさんの第一声『デートは楽しかったか?』の一言で俺の血は沸騰し寒さなど吹き飛ばすのであった


………………………………………………………………………


エリスは今日 ラグナとお外へ遊びに行きました、最初ラグナから外へ出ないかと言われた時、嬉しさで飛び跳ねそうになりましたが 驚きはありませんでした


と言うのも、三日ほど前にメルクさんから


『二日後にラグナがお前を外出に誘うつもりらしい、もしお前に遠慮して何も言わなければお前の方から声をかけてやってくれ』


と言われていたからだ、ラグナがエリスを外出に誘う理由はよく分からなかったが メルクさん曰くラグナはエリスにガス抜きをさせてくれるつもりらしい、ラグナと二人きりで出かけられるなら エリスも嬉しい限りだ


そしてメルクさんはこうも続けていた


『ラグナは大人ぶっているがまだまだ子供だ、もしかしたら寂しがっているかも知れん、遊びに行ったら なるべく肩身を寄せ合って彼を慰めてやってくれ』


正直恥ずかしかったが、確かにラグナはエリス達より二つ年上だが まだ二つしか変わらない、慣れない土地で彼自身にもストレスの様なものが溜まっているかも知れない


エリス達は普段からラグナに選択を任せている、その心的負担はエリス達以上だろう…それをエリスが癒せると言うのなら、なんでもしよう


結果としてラグナはちゃんと向こうからエリスのことを誘ってくれた、寒がる彼に身を寄せて 彼と共に珍しい物を見て楽しみ、なんか凄いところでご飯を食べて…とても楽しい一日だった


その一日の最後に エリスは彼にマフラーを贈り、ラグナはエリスに手袋を贈ってくれた、彼から贈り物を貰うのは二度目、ラグナが以前贈ってくれた宝天輪ディスコルディア エリスの命を何度も助けてくれた防具だ


だが今回は防具じゃない、淡い温かい手袋…、戦いの役には間違っても立たない だけど、胸がいっぱいになる程嬉しかった、手を握り 胸の前で身を丸めれば彼の温もりが感じられる気がするんだ


師匠が贈ってくれたコートに並ぶくらい、エリスにとって かけがえのない宝物です、これは…キチンと守っていかないと


………………………………………………………………………………



「あと一週間で学園が始まる…、学園が始まればすぐに新規の入学生も入ってくる、だと言うのに 学園の守り手たるノーブルズがこの有様とはな」


一足早く学園へと足を運び、その最頂点 ノーブルズの聖域で窓辺に立ち下部組織からの報告書に目を通す


ノーブルズの勢力が目に見えて衰えている、ガニメデ カリストという存在を欠いたノーブルズは明らかに影響力を失いつつある、いやそれだけじゃない 二人が敗れたという事実があまりにも大きい、反抗的な生徒も増えている…私がいながら学園に混沌が齎されるなんてこあっていいわけがないのに


それもこれもラグナ達の仕業だ、…彼等がノーブルズと敵対し優勢を保っているからこそ他の生徒達もノーブルズを恐れなくなっている


噂じゃあノーブルズに対抗する組織『アコンプリス』なんてのも生まれていて、反抗する生徒達は皆そこに集まっているという、完全に学園が二分されている 私が不甲斐ないからだ


「浮かない顔だなイオ、もうすぐ新しい学期が始まるんもっと浮かれていようぜ」


「お前は浮かれすぎだアマルト」


いつものように部屋の奥のソファに寝そべるように座るアマルトは、相変わらずニタニタ笑っている、学園が二分されノーブルズが弱体化する それは彼だって他人事ではないはずなのに


事態が逼迫すれば少しは本気を出してくれるかと思っていたのに、彼は相変わらず腑抜けたままだ…彼は頼れない、私がなんとかしないと


……いや、違うな


「なあ、アマルト…」


「うん?、なんだよイオ」


雪の降りしきる外の景色に目を向けたまま一人思う、この状況を 否 事の始まりを


「お前はひょっとして、今の事態を態と悪化させてないか?」


「…どういう意味かわかんねぇな」


意味も何もそのままだ、アマルトは中心メンバーに呪術を与えた 戦う力を与えたんだ、その力はこの学園でも超絶したものだ それがあればラグナ達と戦うこともできる、だがラグナ達を潰すことは出来ない


アマルトは語った、ラグナ達を潰せれば良いと だからガニメデ達に力を振るうことを許していた…が、そもそも勝てるわけがないんだ いくら古式呪術を使えるからとラグナ達と対等に戦えるわけがない、向こうはそもそも魔女に修行をつけてもらっているんだ 地力が違う


…戦うことは出来ても潰すことは出来ない、本気でラグナ達を潰す気なら末端のノーブルズ達にも呪術を伝授し人海戦術で戦うしかない、だがアマルトはそれをしない


結果的に中心メンバーだけがラグナ達と対決し敗れている、そして もう二人も敗れ伝統あるノーブルズはガタガタだ、…アマルトは本気でラグナ達を潰そうとしていない


なら、そこから導き出されるのは


「惚けるな、お前 ノーブルズとラグナ達を争わせ 態と学園を混乱させ二分させようとしているだろう」


ノーブルズもラグナ達も アマルトは利用し、学園を二分している 全てアマルトの思惑がなければ生まれない状況、いかに友とはいえ そんなこと見過ごせるわけがない


「はぁ?俺がいつそう動いたよ 誰にそんな命令したよ、勝手な憶測で俺を悪者に仕立て上げるなよ、貴族たるノーブルズの失態は俺じゃなくて王たるお前の責任だろ?…責任転嫁するんじゃねぇよ」


「お前は、こういう時は本当に弁が立つな…」


まるで用意してあったかのような言い訳に確信を得る、アマルト…やはり彼はこの学園を敵視している、いや 敵視しているのはアリスタルコスの血か…その定めへの反抗心か


「アマルト お前は…まだフーシュ理事長やタリアテッレ殿を憎むか、確かに あの二人は君とって良い親族ではなかっただろう、だがそこに悪意はないことは君にも分かってるだろう」


「つまり二人のお節介に過剰に敵意示してる俺はバカだねって話に持ってきないのか?、悪意は結局動機でしかない 結果論に持ち込むべきもんじゃないだろ」


「だが…私としてはもっと二人と話を」


「無駄だよ、無駄だから俺はここにいるんだ…それにな、もう俺にとっちゃあの二人なんかどーでもいいの、眼中にないっていうかさ」


「ならどうして君の自殺にこの学園を巻き込む!」


「………………」


アマルトは静かにこちらを向く、私もまた気がつけばアマルトと向かい合っていた、これは自殺だ アマルトの自殺、それに彼はこの学園を巻き込もうとしている…彼らの夢と希望を道連れにして…


「この学園は俺の物じゃない 俺自身だ、そう親父から言い聞かされて俺は育った、なら 俺が死ぬんなら俺自身たるこの学園を残しておくのは間違いだろ?」


「お前は!…考え直せアマルト!」


「考えたさ、考えて努力して 転がり回ってのたうち回って考えたさ、…こんな世界で努力して生きるなんて馬鹿馬鹿しいよ、あーあ 俺 もっと頭すっからかんで生まれたかったなぁ」


「……アマルト…!」


「いいじゃんかよ、イオ 俺ぁべつにこの国滅ぼそうってんじゃないんだからさ」


私にとっては…お前は国と同じくらい大切なんだ、どうしてそれを分かってくれない…


「この話はもう何十回もしただろ?、その都度 答えは出なかった 、もうこんな話してくれるなよ イオ」


「………………」


やはり、私ではアマルトを止められない、もう何度も彼と話した、何度も彼を支え 何度も彼を止めて 何度も彼の為に悩んだ、それでも私は何も出来なかった 何も変えられなかった、私では…友を助けられない


「………………」


私から背を向けるように寝返りを打つアマルトの背を 私は眺め続ける、その背に 掛ける言葉はない


そんな中、ゆっくりと扉が開かれる…この部屋の扉を開けることが許されている人間は今や私とアマルトと一人しかいない…


「エウロパ…」


「失礼するわ…」


エウロパだ、エウロパ・ガリレイ…ガニメデ・ニュートン カリスト・ケプラーに並ぶノーブルズの中心メンバー


人形を抱えた暗く憂げな少女、それが ヒタヒタと音を立てて部屋に入ってくる…


「カリストもガニメデももういないのね、…次は私の番でいいのよね」


「私の番?何のことだ」


エウロパは私に目もくれず、ふてくされ寝そべるアマルトへと声をかける、私の番?何の順番の話をしているんだ


「おう、次はお前がやんな」


「分かったわ、ラグナ達を潰せばいいのよね…」


「な…待て!エウロパ!、やめろ!ラグナ達に手を出すな!」


エウロパは言うのだ、ガニメデ カリストに続いて今度は私がラグナ達に戦いを挑むと、何をバカなことを言ってるんだエウロパ!君はそんなことする人間じゃなかったろう!、確かに人嫌いで知られる君だが だからって他人を進んで傷つけに行く人間じゃなかったはずだ!


「イオ…黙っていて」


「黙るわけにはいかん!、このまま君が戦いを挑み 負けでもしたら、ノーブルズは更に弱体化する!」


そうなればアマルトの思う壺だ、もう争いを激化させるわけにはいかない、この戦いの落とし所を見つけにいかねばならないのに、だから…


「イオ…私はね、別にアマルトに命令されたからとか 仲間がやられたから戦うわけじゃないの…」


「なら何故!」


「復讐よ…私個人の」


復讐?、何を言ってるんだ…ラグナ達は君に何も…、いや いやまさか


「…まさか復讐って」


「ええ、…私から何よりも大切なものを、生きる意味を奪った事に報いを受けさせる、何よりも憎い奴を 殺す…殺して復讐する、その為に今日まで生きてきたんだから」


手に持ったぬいぐるみがはちきれそうな程に、エウロパは力を込める その目は…怨讐と怨嗟に満ちていた、彼女の復讐…彼女がこうなってしまった所以たるそれに、決着をつけると言うのだ


「ああごめんなさい、ミノスちゃん…」


エウロパは慌てて手に持つ女の子の人形から手を離し、可愛がるようにその頭を撫でる


止めるべきか?いや止まらないだろう、何せエウロパはその為に力を得たのだから ここまで生きてきたのだと言わんばかりの目を見るに、私では 止められそうにない


「復讐か、いいんじゃねぇの?やってみればいいじゃんかよ」


「アマルト!」


「ありがとうアマルト…、そうよ 復讐よ…私が 復讐するの 奴に復讐するのよ、きっとこれはそう言う運命なの、そうでしょ?ミノス」


彼女はその手に握られた女の子の人形を…普段ミノスちゃんと呼んでいるそれを撫でながら、虚空を睨む…その先にあるのは復讐、彼女が何よりも恨む女の背が浮かんでいた


「分からせてやる…、私から奪った最も大切なものを取り返してやる、そして復讐するんだ…私が…この手で」


ブツブツと呟き彼女は歩き出す、最早勝ち負けではない ただ為すだけだ、彼女の復讐を…その相手は、ラグナ達…否 その中のただ一人、彼女から何よりも大切なものを奪った女


「…復讐してやる、…待ってなさい メルクリウス・ヒュドラルギュルム…」


メルクリウス…彼女から大切なものを奪った女の名を呟きながら、彼女は消える 部屋の外へと


エウロパの復讐に満ちた新たなる学期が、始まろうとしていた



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