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128.孤独の魔女と妖女の誘煙


「ただいま戻りましたぁ〜」


エリスは学園での放課後調査を終え、明日の食事当番に使う食材をある程度買い付けていたら 少し帰るのが遅れてしまいました、今日の食事当番はラグナでしたね…、と言うことは今晩はお肉料理ですか


なんて他愛もないことを考えながら玄関先荷物を整えていると…、ふと 違和感に気がつく


(あれ?お肉の匂いがしない?)


ラグナが食事当番の時は基本 晩御飯は肉だ、ラグナはあまり料理は上手くないが 肉を焼く腕だけはエリスを遥かに上回る、いつもジュウジュウ音を立てて屋敷の中に肉の匂いを漂わせているのに


今日はその匂いがしない、まだ料理してないのかな…でも彼は律儀な男だし、当番を放り出すんて事はないはずなのになぁ


なんて考えながら紙袋を抱えて屋敷の廊下を歩くと


「…おや?ラグナ?そんなところで何してるんですか?」


「おお、エリス やっと帰ってきたか」


ラグナがいた、廊下の壁に寄りかかり ダイニングの入り口付近で困った顔をしている、どうしたんだろう…エプロンをしているところを見るに料理中みたいだけれど、こんなところで料理…な訳ないよな


「どうしたんですか?」


「いや、肉の下拵えしてたらいきなりメルクさんが帰ってきて…」


「メルクさん?メルクさんがどうかしたんですか?」


「…様子がおかしいんだ、俺がダイニングに入るとややこしくなる、エリス 頼めるか?」


よく分からん、メルクさんが一体どうしたんだろう…よく分からないが 彼に頼まれたら断れない、エリスにできることがあるならやろう


「分かりました、メルクさんはダイニングですね これ持っててください」


「おう、気をつけろよ…」


ラグナに紙袋を手渡し、エリスはそのままメルクさんが居るであろうダイニングに踏み込む…、さて一体何が、と覚悟をしたものの


ダイニングは至っていつも通りだった、別に何があるわけでもない いつもの整ったダイニング、テーブルの前で静かにコーヒーを飲むメルクさんが居るが、あれもいつも通りだ


何があったというんだ


「あの、メルクさん一体な…に…が……」


コーヒーを飲むメルクさんに歩み寄ると、異変に気がつく どう考えてもおかしいことに気がつく、明確な異変 目にしただけで分かる、だって…


その背中には『カリスト命』!


その額には『アイラブカリスト』!


まるでカリスト親衛隊みたいな法被と鉢巻を身につけた格好をしてメルクさんが涼しい顔をしてコーヒーを飲んでるんだから、……あまりのことに頭が停止する、え?なにこれ どう言うこと?


「む?、ああ エリス 帰ったか」


しかし、そんな突飛な姿をしているのにメルクさんはいつもと変わりなくニコリと微笑みをエリスに向けてくる、姿が姿でなければ日常の一幕なのに


「あ あの、メルクさん…その格好は一体…?」


「ん?、ああこれか?これはな、私は今日カリスト様の親衛隊の隊長に任命されたんだ、光栄なことにな」


こ 光栄な事に?カリストの…親衛隊の隊長!?なに言ってるんだメルクさん!?


「なに言ってるんですか!?、あ…もしかしてカリストの親衛隊に潜入してカリストの内情を探るとか…」


「カリスト『様』だ、そこを違えるなエリス…いくら君でも許せんぞ」


ギロリとメルクさんが目を光らせる、ガチだ…ガチのやつだ、悪を憎み不正を蔑むその目が今、エリスに向けられショックと恐怖でおしっこちびりそうになる、どうしちゃったんだ


すると彼女は何やら感極まったようにカップを机に置き キラキラした目を天に向けると…


「ああ、私はなんて愚かだったのだ、カリスト様と敵対するなんて…あんな素晴らしく美しい人に抗うなど、私は改心したんだ カリスト様こそ正義!カリスト様こそ全て!、ああ!カリスト様!愚かな私をどうかお許しください!」


その場で跪き天へ手を掲げ叫ぶメルクさん、…授業中は普通だったのに 下校するまでの間にこんな…まるで人が変わったように…、メルクさんもまたカリストの虜と同じ ハーレムに加えられてしまったのだ、あのメルクさんがだ


凛々しく勇ましいメルクさんはそこにはいない、居るのはただひたすらカリストに向けて賛美の言葉を送る虜が一人…メルクさぁん


「帰ってきた途端これだ、度肝抜いたぜ俺も」


とラグナも辟易しながら廊下から顔を覗かせると…


「ッッーー!汚らわしい男が!顔を出すなっ!」


「うぉ!?危ねっ!?」


刹那 メルクさんが立ち上がり銃を作り出しラグナに向けてぶっ放したのだ、すんでのところでラグナも顔を引っ込め事なきを得るが、メルクさんは死んでも仲間に銃など向けない、それを…


「メルクさん!落ち着いてください!目を覚まして!」


「私は正気だ!寧ろようやく目が覚めたと言ってもいい!、私はカリスト様の魅力に気がつくことができたのだから!」


急いでメルクさんを取り押さえにかかるがまるで抑えられる様子はない、じたばたと暴れ妄言狂言を垂れ流す、こんなのメルクさんじゃない!お願いだから目を覚ましてくれと祈り叫ぶも意味がない


「そうだ、エリス…カリスト様は君のことも大層気に入ってらっしゃる、是非君を親衛隊の副隊長にしたいとな、光栄なことだ 私と一緒にカリスト様のところへ行こう、君もカリスト様の魅力に目覚めるんだ」


「ちょっ!?え エリスもですか!?」


あのメルクさんでさえ耐えられないのだ、エリスもカリストの魅力に耐えられる自信がない、いやだ エリスこんな風になりたくないです、慌ててメルクさんから離れるも彼女はじりじりと寄ってくる


「い いやです!エリス!カリストに魂なんか売りたくありません!」


「エリス!カリスト様と言っているだろう!様をつけろ様を!」


「メルクさんこそおかしいですよ!なにがあったんですか!」


「何もない、なにもな!さぁ!君もカリスト様の下僕となれ!」


その瞬間、飛びかかってくるメルクさん、いやだ 捕まればエリスもカリストの所に連れて行かれる、そうなればエリスも…あんな 自分を見失いカリストにいいように使われる、いやだ…いやだ!


「エリス!」


すると、飛びかかろうとするメルクさんの背後に一瞬でラグナが現れ…


「メルクさん!ごめん!」


「あぐぅっ!?」


首筋をトンっと手刀で叩く、その衝撃波はメルクさんの脳を揺らし意識を刈り取る、如何にメルクさんと言えども正気を失い 錯乱した状態ではラグナの一撃を受けきれないようで、そのまま力なく倒れ…


「ふぅ、気絶したか」


「ありがとうございますラグナ、助かりました…あのままじゃエリス メルクさんに連れて行かれるところでした」


「いや、俺も君に任せたのは軽率だった…、にしてもどうしちまったんだメルクさん」


横たわり気絶するメルクさんを二人で見つめ、ため息を漏らす…大丈夫だよなメルクさん、元に戻るよな…、一生このままってことはないよな 一生カリストの信奉者で、エリス達の敵に回り続けるってことはないよな


ここにきて急に怖くなってきた、人が一瞬にして変わる…それはこんなにも恐ろしいことなのか


「どうしましょうラグナ…」


「どうするって…、とりあえずこのまま起きたらまた暴れかねない、縄か何かで拘束するか?いや、錬金術師のメルクさんにはそれも無意味か…しかしやらないよりマシ」


「そうじゃありません!、メルクさんは元に戻るんですか?」


「さぁな、前例が無いから確たる事はなにも言えない」


こういう時、ラグナは正直だ 変に誤魔化さない、分からないなら分からない、出来ないとも出来るとも言わない、…安心させるようなことも不安にさせるようなことも、…エリスとしては元に戻って欲しいけれど…


「メルクさん、目を覚ましてくださいよ…」


「しかし、メルクさんほどの人間がこうもあっさり籠絡されるとはな、エリス 君も気をつけておけよ」


「…はい」


そうだ、もはや実力云々は関係ない、何かの掛け違えがあれば こうなっていたのはエリスの方かもしれない、カリストはエリス達を変えてしまえる、いくら反抗心を持っていても無意味なんだ…


…ん?、そう言えば


「あの、デティはまだ帰ってないんですか」


「……ヤバい、まだ帰ってない」


ラグナの顔がサッと青くなる、カリストは女であれば誰でも籠絡にかかる、もしかしたら みんなで手分けして捜査しているのを見計らって、各個撃破にかかったのかもしれない、とすると…デティは!


「こんな遅くまで帰ってこないなんておかしいですよ!、早く探しにいきましょう!」


「待て!それで君が出て行ったらメルクさんの二の舞だ!、俺が行く!君はここでメルクさんを見張って…」



「たっだいま〜」


「っ!?!」


エリスとラグナが焦って家を出ようとした瞬間、玄関から声がする デティの声だ、帰ってきたのか!?、普通の声音だが…メルクさんもエリスと会った瞬間は普通だった、頼むから変な法被とか鉢巻とかしてないでくれよ!


「デティ!」


「え エリスちゃん!?」


大慌てで玄関まで駆ける、玄関先にはデティがいて…服装は、普通 鉢巻もしてない…ただ妙に焦っていて


「わわ 私買い食いとかしてないよ?、道端でお菓子とか買って食べてないよ?ホントダヨ?」


「デティ!」


口元になんかお菓子のカスが付いているが、普通のデティだ 変な格好してない!、いつものデディ…無事だ!無事帰ってきた!、その事実に感極まり 涙が溢れ彼女の小さな体に抱きつく


「よかった…、無事帰って来たんですね…本当によかった」


「エリスちゃん?泣いてるの?、…何があったの?」


デティもエリスの様子に違和感を感じたのか、その目がキュッと真面目になる


「実は、メルクさんがおかしくなって…」


「メルクさんが?、ちょっと見せてもらえるかな」


「はい、…こちらへ」


涙を拭いて、デティをダイニングへ案内する、…デディをダイニング連れて行く頃には既にラグナが縄を用意し、気絶したメルクさんの体を縛ろうとしていて


「ああ、デティおかえ…」


「あ…あ…あ」


そんな状況を見たデティはみるみる青ざめてゆっくり口を開き…


「ぎゃぁぁぁぁぁっっ!?、ラグナがメルクさん襲おうとしてるーっ!?!?」


「ち ちがっ!?、そうじゃな…」


「やめてよラグナー!ラグナにはエリスちゃんがいるでしょー!、それなのにメルクさん襲おうとして!ケダモノー!」


「違うって!だから…」


「変態!ど変態!サド公!性的倒錯者!エリスちゃん泣いてるよ!アホー!」


デティはそんなラグナの姿を見て何か勘違いしたのかワタワタと手足を振り回しながら走り回る、ああそうか 何も知らないデティから見ればこれはまた違った意味合いで一大事に見えるか…


「あのデティ?落ち着いてください、ラグナは何もメルクさんを襲おうとしてませんよ」


「じゃあなんで気絶してるの!」


「それはラグナが気絶させたから…」


「やっぱりーッ!このド変態大王ーッ!玉ぶっ潰すぞテメェー!」


「エリス!、ちゃんと説明してくれ!このままじゃ俺が変態にされる!」


しまった、口が足りなかった…おほん と咳払いをして、空気を整え、暴れまわるデティの肩を掴んで捕まえると


「違います、ラグナはおかしくなったメルクさんを抑えてくれたんです!」


「おかしくなった?…ラグナがじゃなくて?」


「違うよ、というかデティ メルクさんの格好をよく見てくれ」


「メルクさんの格好?…な 何これ!?カリスト親衛隊とおんなじクソダサ法被じゃん!なんでこんなの着てるの!?」


デティもようやくメルクさんの服装のおかしさに気がついたらしい、カリストの名が刻まれた法被と鉢巻、まさにカリストを信奉するカリスト親衛隊と同じ服装、いや メルクさん自身そう名乗っていた


まるで、人が変わったかのように、昼までカリストの暴走に憤っていた人が家に帰る頃にはその行いの賛同者になっていた


人の意見と様変わりとは良くあることだ、だが 人の心とは服とは違う そんな急にガラリと変わったりはしない、変化があれど兆候があり 兆候があるのには理由がある、今回は理由も兆候もなくただ変化だけがあった


故に異様 そして異常、メルクさんの身に何かあったとしか思えない


そこで思い出すのは例の噂、『カリストが裏で魔術を使って反対する者を操っている』と、もう眉唾とは思えない、そうでもしなきゃメルクさんはこうならない


「つまりー?、メルクさんが支持者になった?」


「はい、帰ってくるなり こうだったと」


エリスのここまでの詳細の説明を聞いてデティが顎に指を当てる、ふむと 考えるその様はまさに魔術導皇だ、口元にお菓子が付いてなければだが


もしこれが魔術とするならば、彼女に聞くのが一番だ


「デティ、この世界には人の意見を変えたり 洗脳したりする魔術はあるんですか?」


「…無いよ、魔術界にも法律があってね 人の心は不可侵である と言う絶対の掟があるの、魔術はあくまで人の為にある者、人の人たる所以に触れる魔術は絶対に作らせない」


「じゃあ禁術の中には…」


「残念ながら禁術の中にも無いんだ、自在に人の心を操れる魔術 そんなものがあったら、確かに悪党は得をする、けど 同時に恐ろしくもある …法律で守られない世界じゃ自分がいつどこ誰にいいように使われるか分からないからね、だから世界の表と裏にも人の心を変える魔術は存在しない」


断言する、そんな魔術ないと


そんな、だとするならばメルクさんのこれは魔術ではない…とすると、もう元には戻らない?、そう不安になった瞬間 口を割るデティ


「だけどそれは飽くまで現代魔術の話、…メルクさん体の中から不自然な魔力を感じるよ、カリストのハーレム達や この学園に来たばかりの時のエリスちゃんみたいな」


「エリスみたいな?…まさか、これ…」


「うん、古式呪術だと思う」


古式呪術…、その可能性は考えていた だがして言われて確信に変わる


理由は昔 大昔、エリスが師匠から魔術の手解きを受ける時師匠が言っていた言葉


『中には他者の感情を自在に操る魔術…なんて恐ろしいものもある』と、つまり これはその師匠の言っていた他者の感情を操る魔術


「多分これは他人の感情を術者の意のままに固定出来る呪いなんだと思う、今メルクさんはカリストへの敬愛と恋愛感情 そして忠誠心だけを感じるように呪いをかけられている…」


「アマルトがノーブルズ中心メンバーに与えた呪術か、確か一人一つずつ授かってるんだったな、つまり カリストのあのモテ具合はアマルトから授かった呪いのおかげ…ってことか」


「多分…いや、もう間違いないね カリストは呪術を使って女の子やメルクさんを操ったんだと思う」


そう言うとデティはゆっくりとメルクさんの額に指を当て、念じるように探るように目を閉じて集中する


「デティ…治せますか?」


「勿論、カリストは所詮魔女様から直接指導を受けたことのない紛い物の古式呪術使いだからね、このくらいならチョチョイのチョイだよ」


するとデティは詠唱もなく ただ軽く息を吐くだけで、彼女の指とメルクさんの額が淡く輝き始める


そして数秒、エリス達はそんなデティの姿を固唾を飲んで見守っていると


「…ぅ…うう…わた…しは」


その瞼が軽く震えた後、メルクさんはゆっくり目を開く その目は先程のように濁っておらず、目を開くなり神妙な面持ちのエリス達の顔を順繰りに見回し


思わず身構える、また さっきみたいに襲いかかってきたらと思うと、しかし メルクさんは一向に恐ろしい威圧を醸す気配はない、汚らわしい男であるラグナを目にしても いつも通りの冷静な目つきで…それで…


「ん…うう、ん?…なんだ?みんな そんな怖い顔で私を見つめて」


「ホッ、元に戻ったか」


「元に?、と言うか私は一体何を…何故こんなところで寝て、ラグナ?その縄はなんだ?」


「え?あ…あはは、気にしないでくれ」


よかった、戻った…これで起き上がってカリストの賛美歌でも歌い出したらエリスは絶望と衝撃で泡吹いて倒れるところだった、以前エリスの呪いを解いた時と同じように デティには呪いを解く力…否 技量があるのだろう


先程デティが行った解呪、あれは要点だけまとめるなら例のゴーレムの破壊に似ている


その中の魔力の流れを探り 決められた点を自分の魔力で掬い上げ切除する、ゴーレムを無効化するのに使った技術の応用、ならエリスにも解呪が出来るかというと…無理だ


人間の魔力はゴーレムのように単純では無い どこに何があるのか感じることなど本来は不可能、湖の中から垂らされた一滴のコーヒーを探すようなもの、不可能なのだ…しかし


デティはそれを見抜き 的確にかつ迅速に切除出来る、凄まじい魔力感知能力とそれを支える魔力への理解と知識があるから出来ること、魔術も使わずこんなこと出来るのはこの世にデティくらいだ


「なんなんだみんなして私の顔を見て…、一体何が…」


メルクさんは顔をしかめ立ち上がると共に 窓に映った自分の姿を見る、カリスト親衛隊と同じ格好をした自分の姿を…、そして みるみるうちに顔は赤く染まりワナワナと口を震わせ


「な…なな、ななななな!なんだこの格好はーっ!?」


ビターン!と一瞬のうちに法被と鉢巻を脱ぎ捨て地面へ叩きつける、なんだその格好はエリス達のセリフですよ、いや 本当に目が覚めたようだ


「エリス達が帰ってきたら、メルクさんがその格好をしていて…その…」


「私が!?…はっ!、思い出した!家に帰ろうと帰路に着いた時…カリスト達に囲まれたんだ、それで私はカリストに捕まって…抱き寄せられて、奴に何かされたんだ」


「何かされた?…」


どうやらメルクさんは何をされたか思い出したらしい、やはりエリス達の読み通り帰り道でカリストに接触されたらしい、しかしメルクさんほどの人物が容易く捕まるなど…いや、人の感情を操る魔術を使われては 抵抗もクソも無いか


「ああ、奴の瞳を見た瞬間 敵意や害意のようなものが蝋燭の火のように消え、代わりに奴への愛情と忠誠心が…、ああくそ 今思えば何故私はあの場で奴に忠誠など誓ってしまったんだ」


「カリスト親衛隊の隊長とか言ってたな」


「言うなラグナ!、…あの後私は奴の虜になり 自ら進んで親衛隊の隊長となったのだ、…今思い出しても屈辱だ!、奴を讃える言葉を親衛隊と一緒に口ずさみ…奴に傅き…くぅぅ!死にたい!誰か私を殺してくれ!なるべく苦しめて殺してくれー!」


メルクさんは恥辱から顔を覆いその場に蹲る、まぁ…気持ちは分かる エリスもあんなみっともない姿をみんなに見せたら、笑顔で海に身を投げる


どうやら操られていた時の記憶もあるらしくメルクさんは嫌だ嫌だと恥ずかしがりながら首を振って…そして


「はっ!、そうだ!ラグナ!、すまない…私は君に向けて銃を…、エリスも 襲いかかって…私は」


先程の騒ぎもまた覚えているらしい、ラグナには銃をぶっ放し エリスに対しては飛びかかった、だが分かっている エリスもラグナもそれがメルクさんの意思ではなかったことを、操られていたことを


「大丈夫ですよメルクさん、エリス達も分かってますから、メルクさんは絶対そんなことしないって」


「そうそう、それに俺もメルクさんをど突いたし、お互い様さ」


「だが…わ 私はこの手でエリス達を傷つけても、あの瞬間は何も感じなかった…それが 何よりも恐ろしい…」


わなわなと己の手を見て震えるメルクさんを見て…感じる、どれだけ大切に思っていても カリストの魔術には逆らえない、当人の意思を完全に無視した最悪の魔術だ


「メルクさんはカリストの魔術に操られていたんだよ、人の感情を操る呪術…それでメルクさんはおかしくされたの」


「…そうなのか?デティ、…いやそうだな あれは呪術としか思えん、くそ!カリストめ!絶対に許さん!、私の手で私の友を傷つけさせようとするなど!この報いは必ずさせる!…だが」


メルクさんは立ち上がり拳を握り怒りに燃える、だが…そう 分かる…何を言いたいか、どれだけ怒りに燃えても どれだけ憎しみに身を焦がしても、無意味なんだ


「また私がカリストの前に立てば 私はさっきまでのようなおかしな私に戻ってしまうだろう、これは気持ちの持ちようで耐えられるものじゃ無い、奴を前にすると無条件で力が抜けてしまう」


「でしょうね、エリスもまたカリストには勝てないでしょう、実力云々ではなく 女である以上カリストの魔力に逆らえない」


エリスもまた カリストに睨まれると抵抗が出来なかった、あの目を見ると敵対心が薄れるんだ、恐ろしい 本当に恐ろしい呪術だ、あれがある限りエリス達では戦いにならないだろう


…するとラグナは徐に椅子に座り


「んじゃ、その辺も含めて対策を練ろう、カリストの手札も割れた みんなの情報を整理して今後の方針を練る」


作戦会議だ、みんなが集めてきた情報 それを統合して次の行動を決める…けど


「ラグナ、晩御飯はどうします?」


「あ…、ちょっと待ってろ!あとは焼くだけだから!」


そういうなりエプロンを付け直しキッチンへ向かう、今日くらいはエリスが作ってもいいけれど…、まぁいいか


エリスはエドワルド先輩から得た情報…そして地図を握りしめ、席に着くのであった


……………………………………………………


今日の晩御飯は分厚く切ったロース肉野菜で巻いて食べるという至極単純なもの、だがこれがまたうまい、肉野菜パン 肉野菜パン 水 そしてまた肉野菜…この順で食うのがベストだ、疲れた体と空き切った胃袋には堪らない


皆黙々と肉を野菜で巻きながらもしゃもしゃ音を立て…そして


「んで、今ある情報を纏めると…、カリストは最近急激に勢力を伸ばし 学園の女子生徒 女教師の殆どを既に手駒に加えている、そしてその種は他人の感情を操る呪術にあると…」


ラグナは今開示されている情報を纏める、謂わばこの戦いはポーカーに近い 相手の札がいくつ見えてるか、そこに全てがかかっている…が、この戦いとポーカーの決定的違いは


相手が札を何枚場に出しているかさえ不明なところだろう、故にこうした密な情報共有は欠かせない


「それでエリス、君が仕入れてきた情報だが…確かなのか?カリストが一週間後の収穫祭で事を起こすってのは」


「はい、収穫祭のエウプロシュネ…にて、何かをすると それでこの国を掌握するらしいです」


「どでけぇ話だな、しかしなんなんだ?エウプロシュネとは…」


ラグナとエリスは首をかしげる、収穫祭に関する話もエウプロシュネに関する話もエリス達は知らない…と思っているとメルクさんがおずおず口を開き


「コルスコルピの秋の収穫祭とは遥か昔から続く大祭のことさ、アジメクの廻癒祭 マレウスの魔蝕祭のようなものだよ」


「ああ、アルクカースの燃える漢の筋肉全裸喧嘩祭りみたいなものか」


なんだその地獄みたいな祭りは、初めて聞いたぞ…


「そうだ、どこの国にも一つは存在する国を挙げた大祭りのことさ、コルスコルピのそれはコルスコルピという国ができるよりも前から存在してきたとされる祭りでな、その名の通り この年の収穫を祝い次の年の豊作を願う祭りだ、半ば形骸化しただのパレードになっているところはあるが、それでも毎年大々的にやるようだ」


そう言われるとなんとなくイメージがつく、祭りとはどこにでもある それは人という生き物が抱える欲を発散する場が必要だからだ、何もかもを忘れて大騒ぎをする それをするだけで次の年も頑張れる、単純だが必要なことだ


しかしエリスの経験則から言わせてもらう、その手の祭りではいつもロクでもないことが起こる、人が乱痴気騒ぎをする時ってのは 悪巧みの絶好の機会だから


「まぁ収穫祭はわかったとしてよ、そのエウ…えう…」


「エウプロシュネ」


「それだ!、そのややこしい名前のやつ…なんなんだ?」


エウプロシュネ…、収穫祭とともに出てきた名前だ、収穫祭はまぁ字面を見れば分かるがエウプロシュネに関しては全くわからん


「まぁ、その言葉だけ聞いても分かるまい、その正式名称は大劇『エウプロシュネの黄金冠』…、収穫祭のメインイベントの一つ 国内で最も優雅にして絢爛な演劇の名だ」


「演劇?つまりエウプロシュネは 演劇の名前ってことですか?」


「そうだ、ディオスクロア大学園の女子生徒だけが舞台に上がることが許された 特別な劇場でな、収穫祭の最後にコルスコルピ城で行われる演劇だ」


エウプロシュネ…本来の名は『エウプロシュネの黄金冠』、特別な劇 それを収穫祭のメインイベントにしてフィナーレとして城で行う、ということか エリスは劇を見たことがないからわからないがきっと盛り上がるんだろうな


「へぇ、そんなイベントがあったんだな、知らなかったぜ」


「エリスもです」


「私もー!」


「お前達…、もう少し自分の住む国のことを調べたらどうだ」


怒られてしまった、エリスはいつも旅をしてればそのうち分かるでしょ感溢れるスタンスで旅をしてるから、こう…自分の周りのことを調べるって行動に無頓着なのだ、よく言えば天衣無縫 悪く言えば行き当たりばったり、今回のこれは悪い方で形容するほうが無難か


「エウプロシュネの黄金冠…、稀代の名作と言われかの芸術の国エトワールから伝来した由緒正しき劇、エウプロシュネと言う名の美しき姫とその周りを彩る乙女達が歌い 踊り 若々しさと華やかさを醸し出す有名な歌劇だ、聞いたことないのか?」


「ないな、俺は劇とか芸術には興味ない」


「私も!」


「エリスもです、と言うかエリスは劇とか役者とか…そう言うのは大嫌いです」


劇…役者、そう聞いて思い出すのはハーメアの顔だ、アイツは旅役者をして生きていたと言う、聞いた話では旅の一座の花形役者だったらしく エリスの顔の良さもまたアイツから受け継いだもの…


ハーメア憎けりゃ袈裟まで憎い、アイツが生業としていた役者という単語は 偏見ではあるもののどうにも好きになれない


「い 意外だな、エリスがそんなにも頑なに嫌悪感を示すなど」


「嫌いなものは嫌いです、出来るならそう言う事柄には今後触れずに生きていきたいので」


「まぁ、エリスだって人間だ 嫌いなもんの一つ二つあるだろ」


そう言ってくれるとありがたい、出来ればラグナ達にはハーメアとか…昔のことは話したくない、というか 関わらせたくない、彼等が嫌いだからではなく 好きだから…こんな薄暗いことは話したくないんだ


「しかしなーんでまたそんな演劇を…、なんかあるのかなぁ?、こう 主役には国王になる権利が与えられるとか」


「アホかデティ、エトワールじゃあるまいに、演劇で国の全てを決めるわけがない」


そりゃそうだがエトワールじゃ決めるのか?、まぁ決めそうだな…


美しき国エトワール…かつての名を雪華王国アルシャラ、この文明圏に存在するもう一つの大陸ポルデュークに存在する魔女大国であり、何よりも芸術を尊ぶ国と聞く


アルクカースが戦いがすべての国ならエトワールは芸術こそすべての国と言えるだろう、その二つ名 美しき国と呼ばれるに相応しい国と聞くが、果たしてどんな国なのか


少なくとも向かうのはこの学園を卒業してからだから 辿り着くのは先になりそうだが


「…エウプロシュネの配役は学園女子生徒だけが選ばれ 投票で決まる」


「投票で?エリス達そんな話知りませんけど」


「魔術科の人間はあまりそういうのに興味がないようだしな、それに毎年基本的には学園の芸術科が担当するようだし元々魔術科は関係ないのさ、…だが 今年は違うだろうな」


「たしかに、学園の女子生徒の投票で決まるなら…それの決定権は今カリストが握ってるな」


「カリストは何をするつもりなんでしょうか、主役になって何かやりたいことが?」


「分からん、最初は劇を見にきた国王や来賓達をまとめて洗脳し我々を数で押しつぶすつもりかと考えたが…」


来賓達は手練れの実力者を護衛として連れている、それらを纏めて洗脳し国を掌握すればその戦力はまるまるカリストのものになる、それで攻められたらヤバいとエリスは焦ったが


今はその違和感に気づける、わざわざそんなことしなくてもいいんだカリストは


だって苦労して危ない橋渡って劇に出て来賓を洗脳するよりも、エリス達を囲んで洗脳しちゃったほうがよほど早い、カリストはエリス達に勝とうと思えばいつでも勝てる、だがカリストは勝ち方を選んでいる


その狙いが読めない、それで国を掌握出来るか?みんな洗脳して…国を、出来るのかな


いや出来るとしてもなぜ…


「もうわかんなーい!、全然考えが読めないー!私考えるの苦手ぇ〜!」


しゃもしゃもと野菜とお肉を一緒に食べながらひぃーんと泣くデティ、エリスも泣きたい…カリストが何をしようとして何をしてくるのか、だが確実に彼女はエリス達を敵視している 事だけは確かだ


全員で首を傾げながらこの日の会議は幕を閉じる、取り敢えずまた明日 探りを入れてみよう、クライスさんからも話を聞こう それで…と、指針を決める


暗中模索 五里霧中…カリストとの戦いは、戦いと呼べるのか怪しい形で進んでいく、多い謎 見えない狙い、しかし それは直ぐに判明することとなる


最悪の形で…


…………………………………………………………………


あの会議から、五日経った 毎日のようにカリストの手下に接触して情報を探るが、目欲しい物は無く 目新しい物もなく 目立ったこともない五日間はあっという間に過ぎ去り、カリストがことを起こそうとしているであろう収穫祭まであと二日となった この日の朝


未だ狙いの読めない、されど着実に学園を支配しているカリストの勢いを感じ さて今日は何をするかと考えながら4人揃って登校すると


「ん…野次馬が出来てるな、またカリストか?」


校門の脇に人集りが出来ている、まぁ人が群がる光景というのはカリストのおかげで見慣れたが 多分あれはカリストじゃない、カリストだったらもっと騒がしい


「あれ、掲示板じゃないか?…なんか張り出されてるな」


学園への案内として利用される掲示板、基本的にはみんな見向きもしない 態々そんなところにまで事細かに目を通す人間なんかいやしないからだ、だが今のようにこうして人集りが出来ることはままある


以前にもあった、その時は ガニメデとエリス達の対決内容が張り出された時で…まさか


「カリストが何かを…」


エリスの囁きをラグナもメルクさんもデティも聞きつけると、慌てて人混みをかき分ける 結構密集した人の海だったが、エリス達が『女』であることを確認すると男子達は逃げていく…これもカリスト影響か、お陰で通りやすかったからいいけどさ


そして掲示板の目の前に辿り着くとそこには


「…今度の収穫祭の案内ですか」


収穫祭についての案内だった、二日後 この街で行われる祭り、学生達はどのように動くのか、その案内だった、要約すると楽しむのはいいけど節度を守って羽目を外さないように、寮生は門限を守ること とか、そんな感じだ


エリス達の早とちりか、…そう安堵し 視線を落とした瞬間


気がつく、掲示板に張り出された 一文に


「え…えぇ!?」


それは収穫祭のメインイベントにしてフィナーレ、女子学生による演劇『エウプロシュネの黄金冠』の配役発表だ、やはりエリス達の知らぬ間に投票が行われていたらしく…いや、いやそんなことはどうでもいい


問題は、投票により選ばれた主演!主役に当たる人物!その人物の名は…




『主演:エリス』


と……え?、え?え?エリス?、何かの間違いかと目を擦るが やはりエリスだ、この演劇の主役にエリスが当てはめられている、いや もしかしたら同姓同名?この学園にはエリスって名乗る人がいっぱい…


と思ったが、準主役級のメインキャストには『メルクリウス・ヒュドラルギュルム』と『デティフローア・クリサンセマム』の名前がある


つまり、エリス達だ 魔女の弟子たるエリス達が揃って主演級の配役を当てられている


「な なんで!?なんでこんなことに!?」


「まさかカリストの狙いはこれか?、私達を劇に引きずり出すために女子生徒を集めていたということか!?」


「えぇー!?で でもなんで!?」


分からない、何も分からない 、だが一つ言えることがある


仕掛けてきた、遂に カリストがエリス達に向けて行動を仕掛けてきたんだ


「むぅ、しかし劇は二日後 今からでは練習が…」


「エリス役者なんてやりたくありませんよぉ〜!」


「そこじゃねぇだろ!二人とも!、…何が狙いかわからねぇが 罠だなこれは…」


国を挙げての祭りのメインイベント、つまり罠だから 怪しいからという理由で放り出すわけにはいかない、逃げられない 逃げ場がない、完全に首根っこをカリストに掴まれた状態だ


まさかこんなことをしてようとしていたなんて予想も、いや予想できたからと回避できたわけじゃない…、劇に出ればカリストの思惑通りことが運ぶことになる、しかし…


「やっほ〜?、私からのプレゼント 見てくれた?」


「っ!?カリスト!」


ふと、背後から声が響く、祝福の鐘の音にも似る美声が響くと同時に周囲の男子生徒は声もなく逃げていき 女子生徒は目をハートにうっとりする


カリストだ、それがエリス達の背後でニタリと笑いながら もうそりゃあ大勢の女子生徒と親衛隊を引き連れながら立っていた、エリス達の頭を絶賛悩ませる存在…カリスト


憎たらしく笑って、さぞ楽しいでしょうね エリス達があなたの掌の上でダンスパーティーを開くのは


「デティ…エリスの荷物を預かって、貴方は下がっていてください」


「え?あ、うん」


カリストの様子がおかしい、いつものような挑発的な態度ではない、恐らく何か仕掛けてくる…そうなった場合最後の砦はデティだ、彼女がやられてはどうにもならない…今のうちに下がっていてもらう




「あら、メルクリウス親衛隊長じゃないの、最近ファンクラ会合に顔出さないけれどどうしたの?」


「それを言うな!私は貴様の親衛隊になどならん!」


「もしやと思ったけれど…やっぱり解除されちゃったか、アマルトの呪いが解かれてるからと様子見の意味合いも込めてメルクリウス返したけど 予想的中」


ペロリと舌舐めずりをするカリストは、呪いを解かれるのも織込み済み、寧ろ別に呪いの解除なんかなんとも思ってないようだ


まぁ実際そうだろう、ここでデティが張り切って彼女の虜達を解放しても また直ぐ彼女は周囲に呪いを振りまく、イタチごっこにさえならない スピードが違いすぎるんだ


「それよりも、カリスト…貴方は何を考えているんですか?、エリス達を劇になんか引っ張り出して」


「うん?別に…ただ貴方達に劇に出て欲しいだけよ、まぁ 私の奴隷として…だけどね」


「奴隷として…?」


「私が本気を出せば貴方達に勝つなんてわけないの、でもそれじゃあ意味がない、折角の骨のある反逆者なんだもん、与える苦痛は何よりも鋭く!与える屈辱は何にも代え難く!、貴方達三人はこれから私の配下として壇上に上がり そして各国の来賓の方々の前で降伏宣言をしてもらう…」


「なっ!?エリス達が!?そんなこと…」


「するわけない?この間のメルクリウスを見てもそう思う?」


…そう言うことか、カリストの求める勝利は 完全無欠の勝利なんだ


つまり、エリス達の晒し挙げ…それが目的、エリス達を洗脳して舞台にあげ そこでエリス達に敗北を宣言される、するとどうなるか?…生徒やこの国の国民は知る カリストに逆らうとどうなるか 国外の来賓は知る かの大王や同盟首長がカリストに完全に敗北したことを


そうなればこの国…この大陸は掌握される、カリストこそが絶対であると言う概念に、それこそがカリストの狙いか?


エリス達は掌握される、カリストに全てを…完全に敗北したと言う事実を突き刺さればもう抗う術はない、力で叩きのめすだけが勝利ではない 結局周りがどっちを勝者とみなすか それが重要なんだ


「壇上で私を讃える歌を歌い、最後は三人揃って私の椅子にする この国全ての視線が集まる舞台の上でね!あははははは!、他には何をさせようかしら!何をしようかしら!、でもいいわよね!貴方達は私の美しさに酔い もう何も感じなくなるんだから!あはははは!」


「下衆が…そんなことさせるわけがないだろう…!」


ラグナが前へ出る、怒りを炎のように伴いながら させるわけがないと…しかし


「ラグナ…貴方は違うわ 貴方だけは違うわ、貴方は殺す 存在を許さない、貴方に上がる舞台はない…確実に殺す」


「ほう、やれるか?」


「やれるわよ、だって…私の部下には魔女の弟子が三人もいるんだから」


カリストの目が…妖しく輝く、あの目だ あの魅惑の目 それに射抜かれると、エリス達は何も出来なくなる、何も…


「ッ…まさか!、エリス!みんな!ここから離れろ!」


「もう遅いわ!、射干玉の酔い 黄昏の斜光、微睡みは意識を惑わせ 心を奪う、律し 操り 我が意のままに成せ『魅須羅儀之承香典』!」


ラグナの叫び それとほぼ同時に放たれるカリストの呪い、あの眼光はこの呪術のほんのカケラでしかなかったんだ、魅了の呪い その真の姿こそ これだ


見える、目視出来るほど濃厚な霧 気持ちの悪い桃色の濃霧がカリストの体から溢れ周辺を 全てを包み込み、視界を彩る


「クッサ!?、なんだこの煙!?メチャクチャ臭いな!毒か!?」


ラグナが臭いと騒ぐが…何を言っているんですかラグナ、この煙…こんなにも いい匂いなのに、ああ 鼻と口を通じて頭の中に入ってくる、気持ちいい


「エリス!おい!どうした!」


肩を掴み 誰かが何かを言っている、赤髪の彼の名はなんだったか…、エリスは記憶力には自信があるんですが名前も思い出せない、それどころか目のにいる筈の男の輪郭さえぼやけて見えて、ああ そんなこともどうでもいいくらい 心地いい


気がつけばエリスは全身脱力し、ボヤーッとしながら微睡むように虚空を眺めていた、この霧の芳しき芳香に微睡み 何もかもを手放していたんだ


「うふふふふ、素晴らしい魔術でしょう?、この魔術を 霧を吸った女は誰も逆らえなくなる、術者に…そう私にね」


「エリス!なぁ …エリス!」


「貴方は…誰ですか?…」


「なっ…」


掴まれる肩を手で弾き、声のするほうへ歩く 、美しき声 この霧の根源 エリスの崇める女神の元へ、視界の端で虚ろな目をして口元から一筋のヨダレを垂らしたメルクさんが見える 彼女もまたエリスと同じく、あの方の元へ向かうのだ…


「さぁ?、いらっしゃい?私の愛し刃達よ、貴方達の主人はだあれ?」


女神が言う 主人は誰だと、エリス達の主は誰だと、問われるまでもない 答えるまでもない、だが このお方が言えと言うのなら言おう、胸が高鳴り 愛しくて仕方がないこの方に向け エリスとメルクさんは静かに跪き


「エリスの主人は…カリスト様 ただ一人です」


「私も…貴方に…忠誠を」


カリスト様に 忠義を誓う、この人とさっきまで敵対してたような気もするが よく分からない、頭がぼやけて思考が定まらない、だかいい 跪く二人を見てカリスト様が嬉しそうに笑うならそれで


「ふふ…うふふ…アハハハハハ!、これで私の勝ちねぇ!、後は貴方達に仕事をさせる出せて私の勝ちは 完膚なきまでの勝利は決まる!」


「はい…カリスト様の勝ちです…」


「エリス!メルクさん!、目を覚ませ!聞こえてないのか!」


カリスト様が笑う ただそれだけでいい、…なんか向こうの方で誰か何か言ってるような…いや今はいいか、今はカリスト様のことだけを考えよう


「さて、仕事は仕事として…エリス メルクリウス、その前に 邪魔者を排除しなさい、あの男を 私の敵を!」


その命令を受け立ち上がる、我が主人 カリスト様の命を受け、敵を排除する為 この世から消し去るために、カリスト様の敵はエリスの敵だ


「え…エリス?メルクさん?」


「カリスト様の敵は消す、カリスト様の敵はエリスの敵です」


「死んでもらうぞ、汚らわしい男よ」


魔力を高め 構える、目の前の悪敵をこの世から消す為には…


「…おいおい、マジか」


…………………………………………………………


「…おいおい、マジか」


思わず声が漏れる、状況は最悪だ エリスとメルクさんを敵に奪われた、今二人は恐ろしい顔をしながら俺を睨んで構えている


種は、この霧だ 桃色の気色の悪い霧 吸っているだけで吐き気がするほど甘ったるい、これを吸った瞬間エリスもメルクさんもおかしくなった、これが敵の呪術の本来の姿なんだろう


もう抵抗とかそんなことできるレベルじゃない勢いで二人とも洗脳されちまった、あの様子を見るに 俺であれ容赦するつもりはないんだろう


抜かった、その言葉が何度も胸中を反復する…どうすればよかった?何が最善だった?カリストを見た瞬間撤退すべきだったか?、いや あの霧は逃げた程度じゃ避けきれない、しかし奴の魅了をもう少し警戒すれば…


くそっ、みんなを率いる立場として 不甲斐ない限りだ


「さぁ!、ラグナを殺しなさい!エリス!メルクウリス!」


「はい…」


「了解」


二人は何のためらいもなく拳と銃を構える、エリス達女は従え 男である俺は消す、いい手だ 女の比率が多い俺たちにとっては致命的によく効く手だ、なんせこれで俺は一人になった


いや、弱気になるな まだ出来ることはある、この手の術は術者をぶっ倒せば解けるってのは相場で決まってる、なら あの二人の奥で悠然と立つカリストを一発どつけばそれで終わる


「やるしかないか…!」


制服の上着を脱ぎ捨て シャツのボタンの上二つを外し、動きやすい姿勢になる、相手がカリストやその親衛隊ならまだなんとかなるが、本気のエリスと本気のメルクさんが厄介だ、流石に俺もヤバいかもしれん


「死ね…カリスト様の敵!」


「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』!」


「っとと!」


放たれる弾丸、牽制の弾丸だ 錬金術は使われていないただの銃弾を目の前でキャッチし捨て、風の勢いで飛んでくるエリスの蹴りを受け止める…


重い…、あんなに華奢で軽いエリスの体から放たれたとは思えないほど鈍重な蹴り、本気だ エリスが本気だ、くそっ 嫌だねぇ!こんな状況なのに二人と戦える事実にどこか心踊ってる自分がいる!


気を引き締めろ!俺!、今は味方を二人 敵に人質に取られてるも同然なんだぞ…おっと!


「危なっ!」


エリスの攻撃を防ぎながら飛んでくる銃弾を身を屈めて避ける、と 同時に


「そこっ!」


誘導された、メルクさんの銃弾はあくまで囮 俺が屈んで避けるのを見越してエリスが姿勢を整え蹴りを放つ、屈んだ俺より尚も下に潜りバネのように足を伸ばし俺の顎を蹴り上げる、あんな重い一撃を顎に受ければ即ノックアウトだろう


だが


「おっと!」


エリスの足が俺の顎先に触れる瞬間 そのまま体ごと引き、衝撃を逃しながらくるりと背後に一回転し蹴りを受け流す、悪いなエリス 近接戦に関しちゃ師匠からしこたま受けの練習させられてんだ、このくらい目隠してても受け流せる


「しぶとい…しぶといです!早く消えなさい!カリスト様の敵!大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』!」


「そうはいかないよ!、消えるわけにはいかない!エリス!君のためにも!」


放たれる風の槍を片手で弾き飛ばし吠える、そうだ 消されるわけにはいかない 殺されるわけにはいかない、それどころか傷一つ負うわけにはいかない


メルクさんは操られている時の記憶を覚えていた、この一件がもし解決できたとしても、俺が満身創痍になればエリスはきっと責任を感じる、エリスがエリス自身を傷つけることになる


それだけはさせない、俺はエリスを傷つけるつもりは全くない、守る為に 彼女を守る為に俺は強くなったんだから!


「厳かな天の怒号、大地を揺るがす震霆の轟威よ 全てを打ち崩せ、降り注ぎ万界を平伏させし絶対の雷光よ、今 一時 この瞬間 我に悪敵を滅する力を授けよう『天降剛雷一閃』!」


「『Alchemic・Electricity』」


二人息を合わせ 雷電を放つ、電気か 電気はキツイな、そう考えるなり地面を踏み砕き隆起させ壁を作ることで霧散させる、しかしどうする このまま受け続けて何になる?


今の二人は普通じゃない、魔力がなくなっても魔術を撃とうとする筈だ…しかし


(二人を殴って止める…やりたくないな、殴れるわけないじゃないか エリスを)


じゃあメルクさんはいいのかと言われれば良くない、先日 メルクさんを気絶させる為に叩いてこの手の感触がまだ残ってるんだ、もう2度と俺は友達を傷つけたくないしかしそれでは…


「お?」


ふと、後ろに向け飛んだ足がバランスを失い宙に浮く、滑った 足が、嘘だろ?そんなの絶対にありえない


しかし 地面に目を向ければ…


(地面が凍ってる!?)


「『アイスフィールド』…甘いわよラグナぁ、私が何もしないと思ったのかしらぁ?」


カリストだ、カリストが二人の猛攻の間を縫って 俺の足元を凍らせたんだ、しまった 完全に頭から外れて忘れてた、滑った体を戻す為姿勢を直す…その一瞬のワンアクションでさえ、今この状況では命取りだ


「『Alchemic・flame』!」


「チッ!」


姿勢を戻す頃には既にメルクさんが炎を撃ち終わった後だった、後手を引かされる形で腕を振るい 巻き起こす風で炎を吹き飛ばすが、ああ分かる これも牽制…本命は!


「意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』!」


「うぉっ!?」


飛んできた、炎を引き裂いて 光り輝く鞭が、それは蛇のように蠢き瞬く間に俺の手と足 体を拘束し、一瞬の間に俺は簀巻きにされ地面に転がる、や やられた!と思う頃には身動きが取れなくなり、俺が全力で暴れても縄はビクともしない


「くそっ!、なんだこの縄!解けない上に引きちぎれない!?」


「無様ねぇラグナ、私に逆らうからよ」


動けなくなった俺を見て笑うカリストはエリスとメルクさんを引き連れ目の前までやってくる、くそ…腹立つぅ!腹立つけど首しか動かせん!首だけで敵ぶっ倒せる技師範から習っとくんだった!


「ここでぶっ殺してもいいけど、流石に国際問題になっちゃうし…貴方には私の子猫ちゃんになったエリス達が、舞台の上で弄ばれる様を見せてあげるわ!」


「お前…もう勝ったつもりか?」


「貴方まだ負けてないつもりなの!?その様で!?バカねぇ…本当に、これだから男は、まぁいいわ どうせ二日後には全て奪われるんだから 負け惜しみとして受け取っておくわぁ?」


動けないことをいいことにカリストは俺の頭に足を置く、ハイヒールが突き刺さるが 痛くも痒くもない、強いて言うなれば噴火しそうなくらいハラワタ煮えくり返ってるくらいか


しかし、悔しいが何も出来ない…、負けは負けだ あくまでこの場では だがな


「じゃあねぇ、貴方の友達は頂いていくわ?行くわよ ?子猫ちゃん達ぃ」


「はい、カリスト様」


「了解した、主よ」


エリスとメルクさんは恭しく礼をしながら立ち去るカリストについていく、連れて行かれるエリスを見て 俺は何も出来ないのか…!、唇を噛み千切る勢いで歯噛みする…


「待て!カリスト!」


「またなーい、ああそうだ その男、暴れられても困るから舞台当日までどっかの倉庫に閉じ込めといて、食事も水も二日断てば大人しくなるでしょ」


「え?ちょっ!?」


「じゃあねぇ〜」


エリスとメルクさんを連れ カリストは消える、他の親衛隊は残り…簀巻きになった俺をにらみつけ、や ヤベェ 俺まで動けなくなったら本当にやばい!けど身動き出来ん!?


「…魔術科の第三倉庫に連れて行こう」


「あそこは普段誰も近寄らないしね」


「下手に暴れて棚に当たれば 棚の酸性ポーションが割れるし、こいつにはうってつけだ」


「ま 待てよ」


カリスト親衛隊が虚ろな目で俺を持ち上げようとする、当然ながら暴れて抵抗するが縄は千切れないし 今の俺の抵抗も精々生きのいい大魚程度…


どうするか、俺まで拘束されたら打つ手なし、エリス達の尊厳は舞台の上で凌辱され、癒えない傷を与えられることになる、もしかしたら完全に屈服してしまうかもしれない


オマケにカリストの狙いが成就すれば もうノーブルズ云々の話では収まらないレベルで周辺諸国に影響が出てしまう


それだけは防がないといけない、今動けるのは俺だけだ 俺がなんとかしないといけない、故に…故に


「ふぅー…」


「ん?、なんかこいつ急に大人しくなったんだけど」


「死んだ?死んだ?」


「ちょっと怖いんだけどぉ!」


脱力し力を抜く、こういう時は力んじゃダメだ 落ち着いて考えるんだ…何か手はないか?、エリスによって作られたこの縄は硬く それでいて伸びる、力じゃ絶対に千切れない


力じゃダメなら…、そうだ 昔こんなことがあったな


そう、アレは俺がまだ師範と組手の修行をしている頃………





『いだだだだだだだ!!!!!!師範!腕!取れる!』


『おいおい情けねぇなラグナ、このくらい解いてみろよ』


アルクカースで師範といつものように組手の稽古をしている時だ、この日 俺は師範に腕を掴まれ関節技を決められていたんだ、手の甲をキュッと捻るだけの関節技なのに、腕全体が取れそうになるくらいの激痛が走る


『解いてみろって…ぐぬぬぬぬ!ぃぁっっ!?痛い…解けないですよこんなの!力入れたら余計痛いじゃないですか!』


『バカ!誰が力で解けつった!、なんでも力押しで済むならオレ様はお前に技なんか教えねぇ、守りにも技を用いる!当然だろ』


『技?…関節技を抜ける技なんてあるんですか?』


『ないこともないが、…いいか?何事も剛と柔の両立で成り立ってるんだ、剛…即ち力でダメなら柔でなんとかするんだ』


『柔…つまり?』


『自分で考え…ろっと!』


「ぃぃぃぃいいいいいい!痛い痛い痛い痛い!』


あの日俺は結局師範の関節技を抜けられず 次の日ペンを持てないという恐ろしい事態になってしまったが、これはその時と同じじゃないのか?剛でダメなら柔で 即ち



(柔らかく!柔らかく抜け出す!)


そうなればやることは一つだ、俺は縄の中動く範囲で体をモゾモゾと動かし始め…


「な 何こいつ、急に動かなくなったと思ったら急にウゾウゾミミズみたいに動き始めたんだけど」


「ひぃぃぃいん!気持ち悪い!」


「…待って?何か音が聞こえない?」


俺を囲む親衛隊が耳を澄ませる、…静寂の中に微かな音が響き始める


まるで、肉の中で骨が蠢くような気色の悪い音、ボキボキとメキメキと音がする、聞いているだけで吐き気がするような音、それと共に 俺自身の体に異変が生じて…当たり前だ、この音は俺の体から鳴っているんだから


「何この気持ち悪い音…って!こ こいつ!縄を!?」


抜ける、縄を 簀巻きにされた腕が縄を抜ける、その抜けた腕は ジグザグと人間の構造ではあり得ない形をしており…関節全てが外れていたのだ


「ぎゃぁぁぁぁあ!!!!こいつのうでがぁぁぁあ!!!」


「こいつ!自分の関節を外して縄を!?そんなバカなこと…あり得る訳!?」


あり得んだなぁこれが、他人の関節を自在に外せるよう訓練してんだ手前の関節くらい簡単に外せる、ほらもう片方の手も出た、後は軟体生物のようになった体を畝らせて…縄を…っと、外れた


「何こいつ…ナマコ人間?」


「ナメクジ人間じゃないの?」


「タコみたい…キモ」


ひでぇ言われようだな、まぁ 全身の骨という骨を外したからな 全身ヒョロヒョロのウネウネだ、蛇のように蠢きながら縄を抜ければ 魔術で作られたそれは役目を終え消え去る、さてと…


「これで自由だな…、これでもまだ俺を連れて行こうっていうのは、ちょっとオススメしないぜ」


ガコンと腕を嵌め 足を嵌め蛇の抜け殻みたいだった俺の体が人の形に戻っていく、その様はちょっと健全な女子学生には過激すぎたようでウネウネうぞうぞ動く肉体に徐々に顔が青くなり


「ひ ひぃぃぃ!!怪物人間ー!」


「お化け人間ー!」


「タコ人間ー!」


「普通の人間だよ!」


多分な、自分でも時々わからなくなるが まぁよし、俺を囲んでいた親衛隊諸君は俺のあまりの気持ち悪さに逃げ出していった、自分で言ってて悲しくなるが自由になれたならよし


それよりエリス達だ、早く連れ戻さないと…今度は油断しない、最速で駆け抜け 最短でカリストまで向かい最強の力で顔面ぶち抜く、アルクカースに2度の敗北はない


「とはいえ、さて…どこに行ったもんかね」


学園中駆けずり回って探すのはいいが、さて何処へ と周りを見回すと、ふと…俺の側に倒れている人間に気がつく


「デティ…?」


デティだ、あの小さな子がうつ伏せになって倒れている、…そういやさっきの戦いにデティの姿はなかった、連れていかれた様子もない というかなんで倒れてるんだ?


まさかさっきの戦いに巻き込まれて傷を負ったのか!?、さっきの戦いは銃弾さえ飛び交う危険なものだ、その流れ弾が彼女に当たったなら…


「デティ!」


大変だ、デティも それに流れ弾とはいえ当ててしまったメルクさんも、取り返しのつかないことになる…せめて無事であってくれ そんな祈りを抱きながらデティの背を揺する、…傷を負った様子はない 血も流れてない、流れ弾には当たってないのか?


じゃあなんで倒れて…


「う…うう、ラグナ?…あれ?みんなは?」


「デティ!無事…なのか?」


デティが目覚めたことにより傷を負ったという心配はなくなったが、今度は別の不安がよぎる


カリストのあの霧、デティもあの霧を受けていた 間違いなく吸っていた、女であればエリスさえ跪かせるあの霧をデティも受けていたんだ、ここでデティが暴れたら…俺はデティを取り押さえないといけなくなる、それは出来ればしたくない


「…………デティ?」


「ラグナ?そんな神妙な顔してどうしたの?」


「カリストのこと…どう思う?」


「え?カリスト?…嫌いだけど」


なんでそんなこと聞くの?と首をかしげるデティに、俺はようやく不安から解放される、完全に無事 いやよかった、デティまで操られていたら打つ手なしだった


ホッと胸をなでおろす俺にデティはチンプンカンプンと首をかしげる、状況が分からないというのだ、一体いつから気絶していたのかわからないが、一応状況の整理も兼ねて説明をする


「えぇー!?エリスちゃんもメルクさんもカリストに操られて連れてかれたのー!?」


「ああ、俺が油断したばかりに…すまん」


「別にラグナのせいじゃないでしょ!」


「そりゃそうだが、…デティはなんで無事なんだ?、あの霧吸い込んでたよな」


「うん、でも私は私自身の呪いも解除できるからね、いくら強力に呪いをかけても無駄無駄」


なるほど、呪いの解除ができるということは自分に降りかかる呪いも無効化できるのか、本当に頼りになる子だが この子は


「でもじゃあなんで気絶を…」


「それは、その…霧にびっくりして 慌てて走ったら、躓いて 転んで頭打って…」


まぁ、視界も不明瞭な中走ればそうなるか、いやまぁいい デティが無事ならそれでな、デティがいればエリス達の呪いの解除も出来る、勝機が生まれた


「でもラグナ、どうするの?エリスちゃん達連れていかれたんだよね…」


「ああ、連れ戻すに決まってるだろ」


「だけど収穫祭まで時間がないよ?カリストは多分…その日までエリスちゃん達を隠しておくと思う」


俺の捕獲とデティの洗脳に失敗したことには カリストも直ぐに気がつくはずだ、恐らく向こうも対策を打ち 収穫祭当日まで身を隠す、じゃあ収穫祭を狙って ってのも難しいな


恐らく祭り当日はかなりの混雑になる、その中から見つけるのも至難の業だし、舞台が始まれば 男である俺は立ち入りできない、俺個人の権限じゃ他国の大祭を中止になんてできないし…


「探すにしても…今日を入れて二日しかタイムリミットがねぇな」


「うん…どうしよう ラグナぁ」


デティは完全に俺を頼りにしてくれている、きっとエリス達も俺の助けを待っている、なら 動くしかない…


「取り敢えず今日は普通に授業に出よう、もしかしたらエリス達も授業に出るかも知れん、それに時間を使って ノーブルズの領域全部改める、そこでエリスを探す」


「間に合うかな…」


「間に合わせる」


ともあれ動かねば状況は変わらない、エリス達を連れ戻しさえすればいいんだ、俺とデティにはカリストの呪いは効かない 二人でならやれるはずだ、立ち上がり 聳え立つ学園を見上げる


カリストの狙いはわかった、あとは阻止するだけ…対カリストの戦線は いきなり最終局面を迎えることとなる


待っていてくれ、エリス メルクさん…!


……………………………………………………………………


幼い頃から…、私には世の中が階段に見えた


階段には一段一段文字が刻まれている


『生まれ』『育ち』『才能』『財力』『環境』『容姿』


何をどれだけ持ち得るか、それでその人間の立ち位置が決まる 決して努力では登れない階段…、何も持ち得ない人間は階段の下で蹲り 持つ人間は上にいる、持てば持つほど上にいる


私は…そんな階段を見下ろす立場にいることを直ぐに理解した、何もかも持っているから


生まれも良い 育ちも良い 才能にも財力にも環境にも恵まれ、オマケに容姿は絶世のもの、生まれながらに階段の頂点にいる存在、まさしく特権 正しく特別


それこそがこのカリスト・ケプラー あらゆる人間を踏みつけにする存在、汚らしい男は蹴飛ばして来たし 下々の女は踏みつけにして来た、誰も文句を言わない だってそうだろう?足元にいる人間は踏みつけてもいいんだから



私は特別だからそう 自覚して生きてきた、…この学園に入るまでは


『君がカリストか、君の父君にはお世話になっている…私はイオ・コペルニクス こちらはアマルト、今日から共に 学友として同じノーブルズとして、この学園 延いては国の為に尽力していこう』


私はこのディオスクロア大学園でも 頂点に君臨し生き続けるものとばかり思っていたのに、よりにもよって 私より上の…階段の頂点に立つ人間が二人も現れた、しかも男


一人目はイオ・コペルニクス …私の持つ全てに加え 人望と人格を兼ね備えた人間、彼を見る下々の目は私に向けられるものとは違った


二人目はアマルト・アリスタルコス…こちらも私の全てに加え 天運と天賦を兼ね備えた人間、彼には勝てない 無意識のうちに私は屈服してしまうほど、彼は凄まじかった


悔しい、悔しい…何が悔しいって 『ああ、この人たちになら負けても仕方ない』と認める自分がいるのが悔しかった


跪かせる事のできないばかりか、この私が跪く側に回ることになるとは 屈辱だった、いつかこいつらに屈辱を味あわせてやる、私が本気を出せばきっとそれも出来る筈だから


そんな中現れた学園の渦の中心 エリス達魔女の弟子、…私を歯牙にもかけぬ二人が躍起になってもなんともならないコイツらを使えば 二人を引き摺り下ろすことが出来るんじゃないのか?


私が本気になれば魔女の弟子だって従えられる、そう 私が本気になれば…


私の狙いは最初からエリス達の打倒じゃない、それは飽くまで私の本当の狙いを隠すための隠れ蓑…


本当の狙いはこいつらを踏み台にしてこの国さえ牛耳る事、エリス達に舞台の上で屈辱を味あわせるのはオマケ 真の狙いはそのまま来賓達を洗脳し イオ達を上回る事


今私の手には魔女の弟子という戦力がある、今この瞬間はイオ達より私の方が上なんだ…今更アイツらが私の狙いに気がついても止めようがない


完璧な計画、完璧な手駒 完璧な私…、アマルト 私にこの力を与えた事 後悔するがいい


「ふふ…くふふふ」


秘密のアジトの中、女を四つん這いにした椅子に座り一人笑うカリスト、今私の手駒はエリス メルクリウスを加え数多の実力者を揃えてある、アマルトが気がついて止めに来ても弾き返せるし 何よりここはアマルト達さえ知らぬ秘密のアジト、もう誰にも私を止められない


私の呪術は女にしか効かないから 二人は洗脳できないが、問題ない この戦力なら


イオ・アマルト対策に戦力を揃えるというのなら本当はタリアテッレも戦力に加えたかったが奴は巧みに私から逃げ果せた、伊達にコルスコルピ最強ではない


だがいい、それも収穫祭が終わるまでだ、収穫祭が終われば各地の来賓の妻や女領主は私の手駒になるし、劇にはあのグロリアーナやマリアニールといった魔女大国最強戦力クラスも出席する、その二人を使えばタリアテッレを捕らえるのも訳ない


そうなれば このコルスコルピは女が統治する私の国になる、世界各地の有力な女を使いイオを抑えアマルトを潰し、私がこの国の女王 否!世界を統べる存在になる、魔女さえもいずれ私に跪かせる


これはその為の一歩だ…


「ふふふ、ねえ?私の為に 働いてくれるわよね?みんな」


すると私の前に並び立つ女達が一斉に跪く、流浪の剣士として名を馳せた女 エリートと知られた魔術師 そして…


「はい、エリスの持てる力を…カリスト様の為に」


「我が身は…カリスト様の刃に」


孤独の魔女の弟子エリスと栄光の魔女の弟子メルクリウス、この二人もいる…こいつらがいれば収穫祭後もイオ達は私に手出し出来ないからな、ふふ 間抜けな男達め…


ただ少し心配があるとするなら、デティフローア…奴の存在だ


奴は私の呪いを受け付けていなかった、何度か試したがアイツは呪いが効いているそぶりさえ見せない、剰え呪いの解除さえ行う、私の計画 唯一にして最大の脅威…奴だけは潰しておかないといけない


が…まぁ今はいいだろう、あんなチビ 私が本気になればすぐに潰せる、収穫祭の後で戦力が整ってからやればいい


「はぁ、今から収穫祭が楽しみだわ…」


私が一つ 手招きをすればエリスとメルクリウスが私の足元に平伏す、その頭の上に足を置き…笑う、本当の計画の始動を、私の本気はまだまだこんなもんじゃない事を 周りに見せつけてやる日は近い


これでようやく私は一番になれる…一番に…


目を伏せると今でも見える光景、聞こえる囁き


『カリストが男ならば…、後継として申し分なかったのにな…』


小さな囁きは 私の心に突き刺さる棘だ、口にした本人達は忘れても私は忘れない、この屈辱と悲しみを


『何が大臣の娘よ、銭に汚い女の分際で偉そうにしないで、どうせ弟が生まれたら後も継げない癖に』


誰も私を認めない、私の努力を見ようともしない…


『最近のケプラー家は力も落ちてきている、もしかすると君の代でケプラー家はその任を解かれるかもしれない』


ケプラーの名に相応しい人間になろうと思えど 努力すれど、周り私を認めない


『お前なんか…』『お前なんか…』『お前なんか…』


『お前なんか…』『お前なんか…』『私なんか…」


聞こえる囁きは大きく多く、頭を苛む…なんでこんなに頑張っているのに誰も私を認めてくれないの?私を好きになってくれないの?、女に生まれたのがよくないの?男ってそんなに偉いの?才能があるだけじゃダメなの?家のことを誇りに思うだけでなんでこんなに苦しいの?


『バカだねぇ、カリスト…お前はバカだ』


暗闇で笑う奴の顔は、私の心を見透かして…バカだと罵る…


『家の為に頑張って何になるよ、もっと好きにやろうぜ、その為の力は俺が用意してやるからさ』


私は誇り高きケプラー家の人間、その為の努力を欠かしたことはなかった…昔は、でもいくら頑張っても誰も認めてくれない、そこを自覚してからだろうか 努力よりも認められることを優先し始めたからだろうか


『お前に力を与える…、人を好きにし 皆お前を見る力…、お前が欲したものだろう?』


だからこそ、私は彼の アマルトの手を取った、…その力を得てからの私は無敵だった、あれほど求めた物が眼光一つで手に入る快楽は堪らなかった


…努力なんて馬鹿馬鹿しい、認めないなら無理矢理認めさせる、そうだそうすればいい 私の手はみるみる大きくなり やがて天にまで届こうとしている


私の手は世界の階段さえ超越する、私が新しいものを作るんだ…


前を見れば みんなが私を見ている、私だけのことを考え私のためにここに集っている、気持ちがいい


この光景を 昔の私が見たら…何て言うかなぁ

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