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117.孤独の魔女と正義の戦い

ノーブルズに於ける五人の中心メンバーの一角、国防大臣の息子 ガニメデ・ガリレイにより叩きつけられた宣戦布告


エリス達の目的は探求の魔女アマルトをその踏ん反り返っている高みから引き摺り下ろし、決着をつけること…その過程で必要とされる中心メンバー達の打倒、それを考えるならばガニメデの方から戦いを挑んできたのはありがたい、この件にどこまでアマルトが関与しているかは分からないが


ガニメデが敗れれば奴らも本腰を入れ始めるだろう


…ただ、問題はその勝負内容、なんと互いと正義を競い合うという妙ちきりんな勝負内容だったのだ


次の長期休暇までの一ヶ月間の間にエリス達はこの学園で正義の活動を行い、一ヶ月後の投票で生徒達に選ばれなければ敗北…、もしエリス達が敗北したら エリス達はクソダサいスーツを着る一派に強制的に入れられてしまうのだ


それだけは避けたい、なんとしても…故に勝たねばならない この勝負、しかし


「どうすればいいんですかね」


午前の授業を終え 休憩時間、中庭にみんなで集まり相談をする、いつものように四人でベンチの上…デティはエリスのお膝の上だが


「一ヶ月後…どちらがより正義の味方なのか、それを生徒に選ばせるか…やり辛い内容だな」


「正義を競技化するなど馬鹿馬鹿しい上腹ただしい、奴は本当にこのマジカルヒーローシリーズを読んでいるのか…!」


ラグナが膝の上に頬杖をつきボヤき メルクさんは持ってきた本を開きながら憤っている、今日の朝いきなり告げられた宣戦布告、それにエリス達は頭を悩ませているのだ


「っていうかさー、あんな奴らの言うこと聞く必要なくなーい?あんなの無視すればいいじゃん」


「そうはいかないさ、この件…恐らくアマルトかイオ辺りが事を広げてくるだろう、それこそ全校生徒巻き込むくらいのどでかさにな、そうなった場合 全校生徒の前で勝負を投げたって事実が俺達に降りかかることになる、そうすりゃ 俺たちはもうノーブルズを打倒するどころの話じゃなくなっちまうだろうよ」


負け犬に上がれる土俵はねぇよ とラグナは視線を移さず答える、確かに エリス達はアマルトと決着をつけたい、彼の捩れた部分を叩き直して欲しいと言うタリアテッレさんの願いと もし今後魔女の弟子として行動を共にすると考えた時の遺恨をなくす為 決着は不可欠だ


その為にはノーブルズ達を倒し 彼を土俵にあげなくてはいけない、これはその大事な初戦、それをいきなり投げれば エリス達の目的は遠のき 最悪実現不可能になる


嫌でも向こうの勝負は飲まなければなるまい


「じゃあ…やるの?正義のヒーローみたいな活動」


「ううーん、人助けをする分には構わないが…果たしてそれで勝てるかねぇ」


ラグナは考える、ここで焦ってあくせくガニメデの勝負に乗って 学園で人助けをし回って、一ヶ月後俺達に投票してくれよな!って言うのは簡単だ…だが


エリスは視線を学園内に移す、遠視の魔眼を使えばここからでも中の様子は伺える


「……………………」





「困ってる人はいないかい!!!、なんでも僕達に相談してくれ!!!何せ僕達は正義の味方!ジャスティスフォースなのだから!!!」


ここからでも声は聞こえてくる、ガニメデだ 彼が廊下を練り歩きながら困っている人を探している、彼はこの一日で…いや 午前と午後の大休憩の間に もう既に三件の問題を解決している


言い合いをしている生徒の間に割って入り 両者ぶちのめして喧嘩両成敗


下級生に集っている上級生を見れば上級生を叩きのめし悪を成敗


先生に怒られている生徒を見かければ先生をぶちのめし 先生を成敗


…どれも乱暴だ、だが助けられた生徒は皆礼を言う 何故か?、怖いからだ


殴られた生徒も何も言わない 何故か?怖いからだ


ガニメデはノーブルズの中心メンバー、誰も逆らえない 誰も逆らえないから礼を言うし成敗されても事を荒だてたくないから騒がない、彼はそれを意識しているのかはわからないが 彼の権力に皆は怯えて その正義の活動を甘んじて受けている


「…乱暴ですね」


「乱暴だが、いい手だ…宣伝効果は抜群だし、何より アイツらはこの活動を昨日今日始めたわけじゃねぇ 知名度だって凄まじい、このまま俺たちが休まず働いたって 一ヶ月後の結果は火を見るより明らかだ」


結局は投票で決まる、その時エリス達に投票してくれる人間がどれだけいるか、困っている人なんてそうそういない、みんな自分の問題は大体自分で解決できるし、血眼になってそれを探しても エリス達に助けてもらわなかった人間はみんなガニメデに投票する事を考えると


…まるで足りないな


「しかしどうする?ここで黙っていては何も始まらんぞ」


「………、そうだなぁ」


「ううう、もっとこう 力尽くでなんとか出来るなら話は早いのにねぇ」


「ま、何をどうこう言っても仕方ねぇ、今日はみんなで手分けしてやってみるか、正義の味方の活動とやらをさ」


そう言うとラグナは膝を叩いて立ち上がる、なんというか ラグナは楽観的だ、正直言うとエリスも内心は焦っている、何か上手い手はないかずっと考えているが何も浮かばないのが現実


他力本願になってしまうが、ここはみんなで知恵を出し合う方がいいと思う…が、ここまで有用な案が出てこないと言うことは、みんなもお手上げなのだろう


「ああそうだ、メルクさん 今日の晩頃にはそれ借りれそうか?」


「え?ああ そうだな、もう読み終わったし 今のうちに渡しておくよ」


「ん、ありがと」


そう言うとラグナはメルクさんからマジカルヒーローシリーズの本を受け取り、それを抱えたまま何処かへ行く、手分けをして困っている人を探すのか…


取り敢えず動かないと始まらないな、エリス達も動こう


「ではエリスは向こうの方を探してみますね」


「分かった、では私は彼方を…デティは残った所を頼む」


「分かったよ…私達けどさ、私達 勝てるのかな…」


「問題ない、我らの大将であるラグナが弱音を吐いていないのだ、彼に乗っかった以上 私達も彼を信じよう」


「そうですね、メルクさん きっとラグナが今に妙案を閃きますよ!」


ラグナはエリス達のリーダーである…これは話し合いの結果決まったわけではない、だがエリスは彼のあり方を見て、デティとメルクさんは彼が断絶しかけた大国間の関係を取り持つのを見て 自然と思うようになったのだ


ラグナが弱音を吐かないなら エリスも吐かない、彼はきっと一生懸命考えている、だからエリスも一生懸命考えるんだ、ついていくのではなく 共に歩く為に


「エリスちゃんラグナのこと本当好きだね」


「なななななんでそうなのですか!」


「馬鹿げた勝負だけど、ラグナ一人に重荷背負わせるわけにはいかないもんね、私達もがんばろー!」


「ちょっと!デティ!…ああもう」


仕方ない、エリスも行こう 四人がそれぞれ別の方向に散るように歩く、取り敢えず困ってる人を探して 一ヶ月後エリス達に投票してもらえるように活動してみよう


…………………………………………………………


「しかし、困ってる人とは…」


エリスは学園内を休憩時間を利用し隈なく歩いているのだが、困っている人 正義を必要とする人とは、これがなかなか居ない そりゃあそうだ、人間は常に『困る』と言う事態を嫌う


みんな常にそうならないよう心掛けて動く、故に誰も困っていないのはむしろ正常な状態と言える


そんな中 困ってる人をいきなり探せと言われても…難しいなぁ


「あの、困ってることってありませんか?」


「え?…げっ、お前はエリス」


「な 無いよ…無い無い」


オマケにエリスの評判はすこぶる悪い、こうやって声をかけても寧ろ声をかけられること事態が困るとでも言わんばかりに避けられる


いやまぁ 安易に暴力に訴えたエリス自身の自業自得ではあるから別にいいのだが、…そう言えば聞いた話じゃピエールがまだ裏でエリスのネガティヴキャンペーンをしているらしい、彼も暇だな…


「はぁ、エリスが困りますよ これは…」


そう言ってたどり着いたのは食堂だ、エリスが向かった方角で一番人が集まりそうなのは食堂だからな、とはいえ みんなもう食事を終えているせいか 食堂内はガランとしている、もう休み時間も残り少ないし 皆移動してしまったのだろうか


「誰か残ってませんかねぇ…」


広い食堂内をブラブラ歩いて探し回ってみるが、もう人はいなさそうだ 厨房から人が出てきて皿の片付けやフロアの清掃をしている、彼らの手伝いをするのもアリだが…休み時間も残り少ないエリスが半端に手伝いをしても 逆に困るだけだろうな


「およよ、そちらおわすはエリス殿ではございやせんかー」


すると妙ちきりんでヘンテコで、適当な声がエリスの足を止める…この声は


「タリアテッレさん?」


「よっす、どしたの そんな浮かない顔で」


タリアテッレさんだ、以前とは違いちゃんとしたシェフの格好で厨房から出てくる、言ってはいたが 本当にここの非常勤職員として働いてるんだな、…それもこれもアマルトさんの為なんだろうが…


「……………」


「何?いえない悩み事?、私ちゃんも君達に頼み事した仲だし 聞くよ?悩み」


「いえ、実は…」


もしかしたら 何かの助けになるかもしれないとタリアテッレさんに今までの経緯を相談する


アマルトと決着をつける為 その他のノーブルズ達を打ち倒していく その道中にあると言うことと、今現在ガニメデに勝負を申し込まれていること、そして その件で困っていること…順繰りにだ


「なるほど…、ガニちゃんと勝負ねぇ、彼いい子ではあるんだけど ちょっと思い込みが激しいと言うか、責任感が強いと言うか…アマルトが最近機嫌が悪いのを彼なりになんとかしようとしているのかもしれないね」


「なんとかしようとした結果が エリス達への干渉というわけですか?」


「うん、彼はあんまり頭が良くないからさ、エリスちゃん達をどうにかすれば アマルトが喜んでくれると思ってるんだろうね、まぁ エリスちゃん達が屈服する姿を見れば今のアマルトは喜ぶだろうけど…」


なんの解決にもならない…な、タリアテッレさんはエリスの話を聞いて腕を組みウンウン唸りながら首を縦に降る


「しかし面白い勝負してるじゃん」


「全然面白くありませんよ…、困ってる人を見つけて助ける この作業だげでも苦労してて…」


「はてさて、エリちゃんはこの勝負 楽しめてないね?」


そりゃそうだよ、完全に相手の有利にある状況と 負ければ地獄のこの勝負 楽しめるわけがない、命がかかってないだけで 負けられない戦いであることに変わりはないのだから


「負けられない戦いだなんだ言ってもさ、そもそも負けていい戦いなんてないし そんなこと言ったら一戦一戦肩肘張らなきゃいけないじゃん?」


「…普通そうでは?、気を抜いていい勝負なんてありませんよ」


「ノンノン、あるんだなこれが?特にこう言う勝負は焦った方が負け、焦らず逸らずジッとドッシリ構えてりゃ、巡るもんも巡ってきますよ、こりゃそう言う勝負です 焦っちゃダメダメ」


「はぁ…、 あの…じゃあ具体的には何をすれば…」


「特に何も、思うようにすりゃいいさ」


そういうとタリアテッレさんは特に助言とか助けとか そう言うのは一切無しでプラプラと厨房に戻っていく、何しにきたんだあの人…凄い人ではあるんだろうけど イマイチ頼りにはなりそうにないな


仕方ない、他力本願も過ぎれば無力同然、エリスの力で出来ることを模索していこう、ため息混じりに食堂を出る…そろそろ授業か、これに遅れるわけにはいかないな、次の授業の教室で みんなと合流しよう


……………………………………………………………………


今日一日の授業が終わり、赤くなった空の下 生徒達は皆それぞれの家へと帰っていく、そんな生徒達の様を 学園の頂上付近にある部屋…ノーブルズの その更に特別な存在だけが入室を許可される特級の聖域の中、窓辺に立ったイオは静かに下を眺める


今日も一日何事もなく終えられた、明日もまた このようにここに立ち、何もなかったと安堵しながら帰る生徒達を眺めることが出来るよう尽力しよう


「…………」


「好きだねぇイオ、そこに立つの」


ふと、背後から声がする…幼馴染のアマルトだ、彼はいつも この部屋の一番暗いところに座って 静かに時間を過ごしている、何をするでもなく ただ呆然と


「ここなら、街と人を一望できるからな」


「国王ってのは 視点が違うねぇ」


アマルトは適当なことを言いながら笑っている…、その様に イオは違和感を感じながらも押し黙る


…いつからか、彼がこんな男になってしまったのは、私の知っているアマルトは あんな風に笑う奴じゃなかった、もっと純粋で熱くて…人の生きる様 足掻く様を見てせせら嗤う奴では断じてなかった


変わった、というより きっとアマルトは自分で自分を変えてしまったんだ、世界と己に失望して…私はそれを止めることもできなかったし、力になってやることもできなかった


そんな私が アマルトの今の様について論じる資格はないのかもしれないがな



だが、最近は 特に酷い気がする、悪意というか 悪辣さに磨きがかかっている、少し前までは何に対しても無気力だったのに、今は他人の嫌がることを率先してやるようになった、生徒達を虐げ貶め恐怖させ、この学園を破壊しようとしているのではないかと不安になる


いや、いつかやるだろうな…今のアマルトは 代々一族が守り抜いてきたこの学園を、アマルトの代で終わらせるつもりなのだ


…私は、それもきっと 止めることが出来ないんだろう



「失礼する!!!」


突如 扉が弾かれるように開かれ 部屋の中に木霊するような爆音が響く、ガニメデだ…声の音量が狂ってる以外はいい奴だ、責任感も強く 友情に熱い…やや空回りすることは多いが、それでも私に取っては良い友人だ


「どうしたガニメデ」


「いや!一応報告をしておこうと思ってね!!、僕は今日!エリス君達に宣戦布告した!」


その言葉に衝撃を受ける者はいない、相変わらず女を連れ込み椅子にしているカリストや 部屋の隅で黙って人形を撫でているエウロパも、私もアマルトも知っているからだ


「ああ、聞いてるぜ エリス達相手に勝負を挑んだんだろ?、お前が叫びながら学園内練り歩いたせいでもうすっかり有名だよ」


「そうだったか!」


エリス達か…、イオは些か顔を顰める


エリス…当初は数多くいる孤独の魔女の弟子エリスの偽物だと思い込んでいた、そんな偽物風情が我が弟に無礼を働いたとあれば 当然許せるはずもない、だが実際は嘘偽りなど彼女は言っていなかった…


本来ならばここで謝罪して事を収めるべきだったのだろうが、私にも一つ…いや二つ許せないことがある


一つはピエールと対立していた女子生徒 バーバラが重傷を負った事件、それをピエールの所為だと決めつけて何の話し合いもなく怒鳴り込んだことだ、まぁ 彼女もピエールから辛く当たられていたという過程はありはするものの…、立場上許される話ではない


事実ピエールは今も事件への関与を否定しているし、何よりピエールがやったという証拠がない、女子生徒バーバラも口を閉ざしたままだから まだ真実は分からないが、私はピエールを信じる


そしてもう一つ、彼女達の行いだ …エリスだけじゃない ラグナ メルクリウス デティフローア、彼等は確かに私と同格の存在だ、だが彼等はあろうことかノーブルズを否定し剰え反目してすらいる


…それはこの長い歴史を持つコルスコルピとディオスクロア大学園、延いてはノーブルズそのものの否定、彼等を跋扈させればノーブルズに反抗する生徒が山と出てくる それは許してはいけない、学園の秩序が保てなくなるからだ


故に我らはエリス達と対立している、そこにアマルトの悪意も加わり 我々は取り返しのつかないところまで来ていたのだが


…そうか、ガニメデが戦端を開いたか…これでもう我らとエリス達、否 コルスコルピがカスリトアの三大国と相入れる道は絶たれたと見てもよかろう


いや、それはもう 彼等の盟友たるエリスを 我が弟ピエールが踏みつけにした時点で終わっていたか


「僕が必ず 僕自身の正義を証明して!必ずエリス達をここに連れてくる!君達の配下として!」


「はっ…面白そうじゃん、お前が勝った暁には連中にヒーロー活動を強制させるよう呪いをかけてやる、そうすりゃ連中 涙流しながら屈辱に喘ぐだろうよ、ククク…あははははは いい気味だぜ!」


アマルトは嗤う、…何故そうまでしてエリス達を憎むんだ…ノーブルズに逆らうからと君は言うが、それだけじゃないだろう?君が彼女達を憎むのまで私怨からだろう、いや…八つ当たりか


最近ますます悪意の増大が激しい…このまま行けばアマルトは何をするか分からない、今は私達でギリギリ抑えているが…エリス達が幅を効かせれば、もうどうなるか分からん


だがいい、ここでガニメデが勝てばそれで丸く収まる それでいいんだ


「それでガニメデ、お前勝てんのか?」


「当然だよアマルト君!、君から貰った力とそれを受け取ったジャスティスフォースは無敵さ!どんな悪にも屈さない!、悪に屈さない限り 僕が負けることはありえない!今に見ていてくれ…必ず 勝ってみせるから!」


「おう、任せた…おいイオ、この件 お前の力で大々的に公表してもっと盛り上げることは出来るか?」


「ん?、ああ…可能だ」


「事がデカくなればなるほど奴等も焦るだろうし、何より言い逃れも出来なくなる…くはは、面白くなりそうだなぁ!でかしたよ!ガニメデ!」


「褒めてくれて嬉しいよ!、それじゃ!僕は正義の活動に戻る!より勝利を盤石なものとするために!」


そう言うとガニメデは踵を返し早歩きで部屋を去る…、その後ろ姿を見て 私は、何か 変革のようなものを感じていた、遂に物事が動き始めてた 戦端は開かれ我々の冷戦は終わった


後は成るようにしか成るまい


「なぁ、イオ…」


「ん?どうしたアマルト」


「可愛いよなぁ、ガニメデの奴」


ギョッとする、何を言いだすんだこいつは…


「…どう言う意味だ」


「勘繰るなよ、そのままの意味さ…あいつの憧れてるヒーロー物語、その物語に出てくるようなヒーローにあいつはなりたいと常々言ってる、なのに 今のあいつの様…まるで物語に出てくる悪役の怪人そのままじゃねぇか?」


ニィッと口元を歪め嗤うアマルト、お前…味方のガニメデにさえ そんな哀れむような視線を向けるのか、あいつは 偏にお前のためを思って 先駆けを引き受けたと言うのに…


「哀れだよなぁ、過ぎたるは及ばざるが如し…ヒーロー像を求めるあまり行き着いた先が 悪者の怪人なんだからよ、滑稽だぜ…」


「なら、お前は悪の首領か?」


「かもな」


…恐怖する、この男の心はどこまで歪んでしまったんだ、…お前はお前のために頑張るガニメデが滑稽に映るのか?、なら…お前の身をここまで案ずる私は道化か?、お前は今 私をどんな目で見ているのだ


アマルト…私達はもう友ではないのか?、答えてくれ 教えてくれ…


お前の視線が 今はただ怖い


………………………………………………………………


忸怩たる思いとはこう言うものか、無力感には慣れたつもりだが いつまで経ってもこの痛みは色褪せない、エリスはあれから困っている人を助ける為学園を右往左往したが特に何も得られるものは無かった…


それはみんなも同じらしく、あれから夕食時にみんなで報告しあったが 目立った報告は特になかった


メルクさん曰く 『ノーブルズという影そのものがある限り、目立った問題は起こらない 、問題を表層化させればイオが切除にかかるからだ、故に いくら探しても助けを求めるひとなど見つかるわけがない』


とのことだノーブルズのイオ あいつがとにかく問題だ、彼は拗れた紐をゆっくり丁寧に解くなんて優しい真似はしない、紐が拗れたなら紐ごと捨てる、彼は常に退学をチラつかせていることもあり 生徒全員が怯えているんだ


だから、問題は何もありませんという体裁を装うのが通常になってしまっている、ガニメデみたいに強引に人助けをしない限り ただただうろつくだけでは何も得られないだろう


みんなでどうしようかあれこれ話をしている中…ただ一人ラグナだけが メルクさんから預かった本を読んでいた、議論に参加せず ただ聞くばかりで、こちらに目も向けなかった


すると、そんなラグナの を見てデティが…


「ちょっとラグナ!みんなで今話し合ってるでしょ!」


空になった皿の並ぶテーブルをドンと叩く、怒っているのだ デティが…、この危機迫る状況の中 優雅に本を読むラグナの姿を見て…


「…話はちゃんと聞いているよ、俺も考えている」


「ならそれを態度で示せっての!」


「デティ、落ち着いてください…そんな怒鳴っても何も始まりませんよ」


「…むぅ、…でも…」


デティを抑える、焦っているんだデティも…エリスからしてみれば単に恥ずかしいスーツを着せられるだけの罰ゲームでしかないが、デティ達にとってみれば国の威信をかけた戦いだ


負ければ即ち祖国の土は踏めない…そんな覚悟を持った戦いだ、白熱する理由も分かる


何より、ラグナの思考が読めない 不透明だ、出来れば考えを共有してほしいが…


「…ごめん、ラグナ おっきな声出して」


「いや、俺もすまなかった、真摯な態度じゃなかった」


そういうとラグナは本を閉じて静々と深く頭を下げる…


「俺も不真面目に対応しているつもりはないんだ、ただ…何か抜け道がないかと探していてさ」


「抜け道ですか?」


「さっきメルクさんが言ったように、この勝負 正攻法じゃまず勝てない、昼間も言ったがここは奴らのホームグラウンドだ 奴等の国で奴らの学園だ、そこで対等な勝負をしようと思うと、俺達の評判をひっくり返し 味方を作り 名を広め、立ち位置を盤石たるものにしてから…って話になる、とても一ヶ月で出来る範囲の話じゃない」


「少なくとも、エリスとラグナをアルクカースでそれをするのに それ以上の時間を要しましたからね」


「そうだ、この正義勝負…内容や敵の姿から本質を見失いがちだが、その実 この勝負は生徒達に問うわけだ…どちらに着くのかを」


ガニメデに投票すればノーブルズ側 エリス達に投票すればエリス達側、投票する本人達にその気がなくとも ガニメデ自身にそんな思惑がなくとも、そうなる…投票とは意思表明なのだ


エリス達に着くということはこの学園の支配者ノーブルズに弓を引くこと、たった一回助けられたからって そこまでのリスクを負ってくれる人が何人いるか


「どちらに着くのかって…そんなの…、生徒達はみんなノーブルズにつくに決まってるじゃん、だって相手は一言で退学にだって出来る奴らなんだよ?誰もあいつらを敵に回したくないよ」


「ああそうだ 十中八九みんなガニメデに投票する」


「そんなの…勝てっこないじゃん…」


「そうだな…」


「じゃあ私…、今から名乗りの練習したほうがいい?、ジャスティスピンクって…」


「いや、それは違う」


すると、腕を組み静かに目を伏せると…


「この世に 勝ち目のない戦いはあれど 勝てない戦いはない、勝負である以上 必ず勝つという結果に繋がり道は残っている」


「でも…難しいんでしょ?」


「ああ、だが不可能じゃない…だから考えている、秘策も奸計もないが 勝負である以上必ず何処かに勝利への道がある筈だ」


ラグナは考える、普通にやって勝てないなら 普通以外の方法で勝てばいいと、…そこで 思い出すのはタリアテッレさんの言葉…


焦るな…逸るな…、機を待てば いずれ巡ると


「みんな、この勝負 俺に預けてくれないか?」


ラグナは答える、なんとかすると それは責任感とか男の自分がなんとかしなくてはとか そう言う使命感からでもなく、単純に自分にはなんとか出来るという自信と自覚から来るもの、大王としての威信がそこにはある


「…分かった、ラグナも色々考えがあるんだね…、ならもう怒鳴らない 怒らない、信用するよラグナ!任せる!私とアジメクの未来を!」


「ああ、その通りだ…この一件 ラグナに任せるよ」


「とはいえ、エリス達も活動はやめません もし妙案が浮かんだなら共有もします、それでいいですよね?ラグナ」


「ああ、俺一人じゃ無理そうだしな…こうやって格好をつけても、結局かみんなに頼ることになるかもしれない、その時は頼むよ」


エリス達もまた頷く、この勝負 何がどうなるか先行きは不透明だ、だが…いや だけど、エリスはラグナを信じる、彼を信じて彼を支える、それが今エリスにできることだから


「…で?、さっきは本を熱心に読んでいたが、何かそこに妙案の種でもあったか?」


「あ…いやぁ、普通に面白くて…、ガニメデが夢中になったり憧れたりする気持ちもわかるなぁと」


あははと苦笑いするラグナと結局読み耽ってただけかいと目を尖らせるデティ、まぁまぁデティ


「でも…思うんだよな、ガニメデはただこれに憧れただけじゃないと思うんだ」


「ん?というと?」


「いや、なんというか…これを読んでいたら 同じように本を読むガニメデの姿も思い浮かんだんだ、きっと ヒーローに憧れるという感情の下敷きには、別の何かがあったかもしれない」


そう言ってラグナは再び本を開く、その本の先に 文字の向こうにいるガニメデの姿を見て、静かに目を閉じる


「………正義の味方…か」


「何か浮かんだんですか?」


「何も、だけど…俺達が正さなきゃいけない歪みってのは アマルトだけじゃないのかもな」


「…?」


そんなこんなで この日の会議は幕を閉じる、進展はなし 一時は怒声さえ飛び交ったが、既にデティもラグナも気にしている様子はない、…この勝負 どうなってしまうのかな…



………………………………………………………………


次の日、学園に赴くと 校門付近にデカデカと掲示板が建てられていた、昨日まで無かったものだ、故に生徒達は何事かとそれに群がり その内容を目にする


エリスも遠視の魔眼で確認したが、内容は見るまでもないものだった


ガニメデとエリス達の勝負の内容、一ヶ月後 投票で両者の決着をつけること、生徒達にはどちらがより正義の味方かを判断してほしい


というもの、恐らくガニメデかイオ辺りが手を回して建てたものだろう、これでエリス達は後に引けなくなったし、生徒達は今後エリス達をそういう目で見る…だが


「選挙だってよ、…お前どっち投票する?」


「ガニメデ達が正義の味方かと言われると、ちょっと微妙だよな」


「ならエリス達にするのか?」


「やめてくれよ…、これでガニメデ達ノーブルズを敵に回したらと思うとおっかないよ、無難にガニメデでいいんじゃないのか?」


そんな会話が聞こえてくる、無難に…か 誰も危険は犯したくないか、このまま行けばガニメデ達の大差でこの勝負は終わるな…


「うう、ラグナやメルクさんの言った通り みんなガニメデに投票するみたいだねぇ」


「まぁ、想定通りではあるな、元々私たちに不利な戦いとわかってはいたが…」


「ラグナ、…どうします?…ラグナ?」


ふと、一緒に登校してきたラグナの方に目を向けると、彼は掲示板ではなく 別の方向を見ていた…、なんだと思い目を向ければ


なんか…生徒達がいた、掲示板に群がる野次馬達とはまた違う、天光を反射するスキンヘッドの目つきの悪い生徒、なんだかガラの悪そうな 感じだ…上級生か?、ラグナはあれが気になるようだが


「どうしたんですか?」


「ん?、…いや なんかいい手はないかなぁってな」


彼はあれからずっと静かに何かを考えている、…まるで機を伺うように、もうそれをエリス達は疑わない、ラグナはきっと 何かを思いついてくれる、そう信じてエリス達もまた待つ


「とりあえず、エリス達は今日も困って人探して歩き回ってみますね」


「ああ、頼む 俺も歩いてみるよ」


「よろしくね!ラグナ!、私こういうの考えるの苦手だから!」


「困っている人がいるたなら助ける、そこは勝負であれ なかれ、関係ない 私達は私達の正義を信じて成せばいいさ」


「ありがとう、みんな」


ラグナは静かに礼を言うと、今日もまた勝負の一日が始まる………







………とはいえ授業中は何も出来ないので活動は休憩時間だ、みんな手早くエリスの料理を食べて方々に散っていく、エリスもまた 何か出来ることがないかを探す


今日探すのはどこにしようか、食堂を探しても意味はないしなぁ、普段行かないようなところに行くか?もしかしたら何かあるかもしれないし


そう、エリスは思い立ち、向かうのは剣術棟だ


いつも言っているが、この学園はいくつもの科が存在する、魔術科以外にもたくさんだ、そしてそれぞれの科目にはそれぞれの棟が存在する、エリス達は普段魔術棟にしか立ち寄らないから他の科の棟にはまるで立ち入ることはない、立ち入る必要はない


複雑に入り組んだ廊下を歩き、頭の中の地図を頼りに魔術科の棟の中を歩いていると…


ふと、廊下を叩く足音の…なんて言うのだろうか、質が変わる とでも言うのだろうか、先程までコツコツと軽快な音を立てていたエリスの足音はある一定の境界を越えたあたりでコンコンと響くような音に変わる


…これは、多分 剣術科に足を踏み入れたと言うことだろう、なんでそんなこと分かるかって?、そりゃこの学園はとにかく古い時代から存在するせいで必要に応じて増築と改築を繰り返している


故に魔術科棟の出来た年月と剣術科の出来た年月は違う、故に床の材質も違うし 劣化具合も違うのだ、まぁだからなんだとデティあたりには言われてしまいそうだが


「ここが剣術棟ですか、あんまり魔術棟と見かけは変わりませんね…見かけは」


そう見かけは、剣術棟に入ってからと言うもの、…こういうのあれかもしれないが、なんか汗臭い まぁ体を動かすことが仕事の生徒達が集まっているんだ、必然的に汗臭くなるか?


そう思い色々部屋を覗き込んでみるが まぁ無人だ、休憩時間だからな 体を動かすことが好きな人たちはみんな外に行ってるのか、来るところ間違えたかな


「ッー!ッッーーー!!!」


「ん?」


何やら、声が聞こえる…外からだ 、エリスはその直感に従って体を隠しながらそっと窓の外を覗き込むと



「だから!何にもやってねぇって!」


「嘘をつけ!!、お前みたいな生徒が校舎の裏で 人目のつかないところでコソコソしていて、何もしてないことはないだろう!!!」


ガニメデだ!、ガニメデ達ジャスティスフォースが窓の外 人目のつかない棟と棟の間の陰に複数人の生徒を追い詰め怒鳴りつけている、怒鳴られている生徒は…朝ラグナが見つめていた素行の悪そうな生徒達だ


いつぞやイオに向かっていった生徒達みたいな如何にもガラの悪そうな、それもエリスも裏でなんかやってんじゃないかと思ってしまう程の悪人ヅラのスキンヘッドの生徒だ


それをガニメデ達色取り取りのジャスティスフォース達が囲い込んでいる


「そんな見かけや印象で決めんなよ!」


「印象だけじゃない!、君達には前科があるだろ!以前廊下で偶然会っただけのラグナ君を殴ろうとしていただろう!、ラグナ君は今は敵だがこの学園の生徒であることに変わりはない!それを不当な理由で殴ろうとする人間が!悪でないはずがない!」


「あ…あれは虫の居所が悪くてよ…」


「なら今はいいのかい!、悪くなったら僕も殴るのかい!その程度のことで手をあげる人間を野放しには出来ない!」


ガニメデの理論は正しいようでいて押し付けだ、相手が悪人であると言うことを前提に話を進めている、そりゃ人気のないところにいるなら怪しみもするが 話も聞かず悪人認定は些か行き過ぎじゃないか?


「おい、大人しくガニメデ司令の言うことを聞いておいたほうがいいぜ?」


すると ガニメデの前に出るのは、全身黄色の 差し詰めジャスティスイエローとでも言えそうな奴が拳を鳴らしながら前へ出る、背は高く 逆三角形のマッスルボディはただあるだけで相手を威圧する、事実それを見たスキンヘッドの生徒は竦み上がり 一歩引き下がる


「お前ら学園に入れたこと自体間違いみたいなゴミが こうして校内を歩けてるのもイオ様がお目溢ししてくれているからだろうが、俺達が断罪するだけで済ませてやるって言ってんだ 無駄に抵抗すると荷物纏めて外に出る羽目になるぞ」


「な 何言って…」


「その通りだ!、僕達が君達を断罪する事は君達にとっての救いでもあるんだぞ!悪に相応の罰を与えればイオ君も君達を罰する事はない、退治されるのと退学させられるの どちらがいいか問うべくもないだろ!」


なんだあれは…、それは違うだろう そんなもの正当性を笠に着ただけの立派な暴力…横暴だ!、殴らせれば退学は許してやるなんて 到底許せるものじゃない


あいつまさかあんな無理矢理な理屈を他の生徒にも押し付けてるんじゃないだろうな、その生徒達だって立派な生徒だ、守るべき対象じゃないのか…!


「まぁ、そう言う事だ…なぁに 俺達は強いからさ、一発で気絶させてやるからションベン垂れるなよ」


「っ…巫山戯んなよ!」


下衆な笑いを浮かべたジャスティスフォース達はスキンヘッドの生徒を取り囲む、奴らにはガニメデのような正義を愛する心はない、ただガニメデについていけば公然と人を殴れると言う事実だけを見て ついていってるだけの乱暴者…


スキンヘッドの生徒達より余程質が悪い!


「テメェらいつもいつも文句つけてきやがって、俺のダチが真面目に授業受けてないから退学だ?、お前らが幅きかせて俺達迫害するから 真面目に授業受ける気も失せるに決まってんだろうが!、マトモな理屈も並べねぇで何が正義だ笑わせんな!」


「うるさい!」


「ぐぼがぁっ!?」


イエローの拳が男の頬を打ち抜き、その頬から血が垂れ 口元からも赤い線が伝う…見てられない、あんたなもの見過ごせない!


「っっ!」


頭に血が上り窓を開けてその場に躍り出て生徒を助けようとした瞬間、エリスの体が後ろから引っ張られ廊下の中に引っ張り込まれる


「ひゃわっ!!、な 何者…」


「シッ、静かに」


「え?、ラグナ?」


ラグナだ ラグナがエリスの体を引っ張ったのだ、引っ張られバランスを崩したエリスの体が、彼の硬い胸板に抱きとめられる、なんでここに…手分けしてたはずじゃ…


「ガニメデ達の行動が気になってつけてたんだ、アイツら あちこちであんな強引な活動をしてるみたいだな」


「そうなんですか?…って、彼を助けないと!」


「待て」


「待てって、見過ごせって言うのですか!?」


「そうじゃないよ、ちょっと待ってくれ?」


するとラグナはエリスを抱きとめたまま喉元に手を当てて…


「んんっ!、おほんおほん…あーあー…」


彼の喉仏と首が、まるで中に何か入ったかのように蠢き、それと共に彼の声が低くなったり高くなったり、ラグナの声からかけ離れていき…最終的には、まるでか細い女子のようなアンバランスな声音に変わる


そして


「…キャーー!誰か助けてぇーっ!」


悲鳴をあげた、鬼気迫る 絹を裂くような女子の悲鳴、それがラグナ口から出ているのだから脳がこんがらがりそうだ、なんだそれ というかその声何?


「むっ!!!助けを求める女子の声!、みんな!行くぞ!こいつは後でいい!!」


「ハッ!ガニメデ司令!」


するとその声を聞いたガニメデは大慌てで声のした方へと駆け出し その場から立ち去っていく、…そうか ガニメデは常に助けを求める人を探している、こうすれば争わずともガニメデ達を退けられるのか


直ぐにカッとなって戦いに出ようとした己を恥じる、これじゃガニメデ達と変わらない…これからは行動を改めよう


「師範直伝 声音変幻の法だ、声帯を変形させてどんな声でも出せるってヘンテコな一発芸的な武技だが、まさか役に立つ場面がくるとはな」


「すみません…ラグナ、ありがとうございます」


「いやいいさ、君が飛び出しそうになったから俺も冷静になれた、とりあえず今はここを離れよう、直ぐにガニメデ達がくる」


「はい、分かりました」


するとラグナは窓から飛び降りスキンヘッドの生徒な元まで飛んでいく、それを見てエリスもまた彼に続く、…彼には助けられた 伊達に無用な戦闘を国内で禁じている王だ、エリスなんかとはまるで考えの深さが違うな…


頼りになる…


「よっと、おい 大丈夫か?」


「ああ?、てめ…何時ぞやの」


「おや?ラグナ 知り合いですか?」


「まぁ、ちょっとしたな」


スキンヘッドの男に軽快に声をかけるラグナだが、対する男の顔色と目つきは悪い、知り合いなのか…まぁ彼も四六時中エリス達と一緒にいるわけじゃないし、エリスの知らない知り合いくらい居るか


「殴られてる俺見て笑いにきたのかよ」


「そうじゃないさ、ただ…不当に絡まれてるように見えてな」


「まさかさっきの声…お前らが、なるほど 見たぜ校門前の掲示板、そう言うことか…くだらない」


その視線は敵意に満ちている、彼からみればエリス達も同類か…そんな打算で助けたわけじゃないと言いたいが、言っても無駄だろう


「で?、マジで何かやましいことしてたのか?」


「何もしてない…何にもな、ただ…俺達みたいな落ちこぼれや学園に相応しくない生徒は正直に大通りは歩けないんだよ、歩けばどうなるか お前なら分かるだろう」


「エリスですか?…ああ、そう言うことですね」


何かをやったか 何かをやろうとしていたか、そんなの関係ない 一度ノーブルズ達に敵と見られて仕舞えば、もう味方はいない むき出しの敵意と疎外感に晒されて人通りの多いところを通るのは苦しい、剣の山を素足で歩くようなものだ


辛い…すごく辛い、人目を避けて こう言う人気のないところを歩いても救われるわけじゃない、こう言う小道を歩かねばならない自分に嫌気がさして、どの道辛いんだ


彼も…きっと同じなのだろうな


「そうか…分かった、傷大丈夫か?」


「こんなもん…いつものに比べりゃなんでもねぇ、もう俺には関わらないでくれ 言っとくが助けられたからってお前らにもガニメデにも投票しないからな」


「それでいいよ、関わらない道があるならそれでいい」


「チッ、いけすかねぇ」


とだけ言うとスキンヘッドの男は肩で風を切りながら ズカズカと影の中へ消えていく、きっと彼みたいな生徒は一人二人じゃない、夢を持って学園に入ったのに ノーブルズの影に怯えて せめて夢だけは叶えようとこの学園に縋るうちに 逃げ場を失っているんだ


「嫌な状況ですね、今の学園は」


「ああ、この学園を一つの国に見立てるなら、俺は秩序と共に多様性も求めるべきだと思う、悪人は牢にぶち込んで終わり…は幾ら何でも安直すぎる」


「ええ…、ところでラグナ?なんでさっきはガニメデをつけていたんですか?」


「んー?、いや…あのマジカルヒーローシリーズを読んでいたら、なんとなくこの一件の収め方が思いついてね」


「えぇ!?本当ですか!?それ!どうやって勝つんですか!?教えてください!」


「違うよエリス、俺達は勝負という言葉に惑わされ過ぎていた…これはチェスじゃない、盤面ばかり見る必要はないのさ」


コテンとエリスの頭が傾き髪が揺れる、つまり…どういうことですか?ラグナ…エリスにはさっぱり分かりませんよ


するとラグナは振り向き、先程までエリスがいた所…ラグナの偽の悲鳴を聞きつけて飛んできたガニメデを遠目で見て目を細める


「今はただ、機を待つべきだ そうすればきっと巡ってくるさ、その時が…多分な、物は着々と溜まってきている」


「……よく分かりませんが…分かりました、エリスはラグナを信じます、ラグナに何か考えがあるならエリスはラグナについて行きます」


「そう言ってくれて嬉しいよ、んじゃ ただ呆然とするのもアレだし 一緒に困った人でも探して、その時に備えますか」


「はい、では次は図書館なんてどうでしょうか」


「いいねぇ、俺は力仕事以外てんで出来ないから そういう仕事があるなら探してみようか」


エリスとラグナは並んで歩く、エリスはラグナについていく 物理的にではない 彼が見る方向をエリスも見る 彼が行きたい方向へエリスも共に行く、エリスはきっとラグナ程考えて行動出来ない、なら彼に任せる


寄りかかるのではなく 彼の考えをエリスが支えるんだ、少しでもラグナの理想を現実に近づけるために、…エリスはラグナみたいに誰かを引っ張ることはできないから、だから エリスはラグナを信じるんだ



そうして、エリス達のガニメデとの勝負は それから何事もなく続いていった



…………………………………………………………


この勝負にはなんとしてでも勝つ、ガニメデの気合は日を追うごとに増して行き その活動はより激化していった


悪そうな奴は片っ端から隅に追いやり 恩着せがましく普通の生徒達に正義を押し売りする、最初からその予兆はあったがここ最近は特に酷い、とにかく正義を!とにかく執行を!と、お陰で生徒達はビクビクしながら過ごし 後ろめたい生徒は目立つ場所を歩くことを避け


中には、学園に来ることを拒む者さえ出てきた…これでも、この秩序の形が正しいとノーブルズは言うのですか?



それから一週間経ち 二週間経ち 三週間経ち…、ガニメデ達よりも先に他の生徒達が疲弊し始めた頃 ようやく…長期休暇は目と鼻の先に迫ってきた、それは即ち エリス達の決着の時を示していた



「………………」


「どうしたんですか?デティ?顔色が悪いですよ」


エリス達は午前の授業を終え さぁこれから食事でも済まそうかという教室を出たあたりでデティの顔色が悪いことに気がつく


「だ だ…だって…もう三週間だよ?、長期休暇はあと数日後 私達の投票の日は目と鼻の先なんだよ?なのに…私達 殆ど成果を上げられてない…」


「むぅ、そうだな 我等も毎日手分けをしているが、人を助けられた回数などそれこそ片手で数えられるほど、ガニメデ達から票数を奪えたかと言われれば ちょっと怪しいな」


そうだ、エリス達はこれでも毎日頑張った 毎日毎日学園中を駆け回り少しでも票数を確保しようと奔走したが、結果はデティの顔色を見てみれば分かる通りだ


エリス達の票数は増えるどころか…



「あいつらがガニメデを刺激しなけりゃこんなことには…」


「頼むからじっとしててくれよ…」



「うぅ…」


評判は悪くなる一方、ガニメデには文句言えないから その矛先がエリス達に向かってきているのだ、このままでは投票で勝つどころでない。このまま何もなければエリス達は驚く程あっけなく負ける


負ければ、エリス達はガニメデの配下に加えられる 拒否しても無駄だ、負けたと言う事実がエリス達を縛るし、アマルトにまた呪いで縛られたら今度こそ終わりだ…、エリスも平静を装っているが内心穏やかでない


それでも落ち着いていられるのは…


「…ラグナ、大丈夫なの?私達勝てるの?」


「まだ、負けが決まったわけじゃないからな」


彼が ラグナが落ち着いていてくれるからだろう、彼は相変わらず機を伺っているらしい、こんなギリギリの日数になってもまだ何かを見つめている、ここまでくればメルクさんもデティも腹を括ったのか何も言わない、もうラグナの一手に任せることにした


「おや!!そこにいるのは!ラグナ君達じゃないか!!」


「うげぇ…今一番見たくない顔…」


すると 廊下を歩く目の前からガニメデ達がやってくる、後ろにはいつものグリーン ブルー オレンジにホワイトと言った色取り取りの面々が顔を揃えている、その顔は覆面で隠されているが どれも勝ち誇った顔だ


「おやおや!随分な顔だね!まぁ無理もないか!、僕達の勝利は揺るがないからね!、これはもう投票などする必要さえないだろう!何せ僕はこの一ヶ月で百を変える回数悪人を退治してきたからね!みんな僕に感謝しているんだ!」


「悪人を倒すことが正義なのか?」


「この期に及んで負け惜しみかなラグナ君!やめてくれ!僕は君の事が好きなんだ!あんまり評価を落とすようなこと言わないでくれ!、悪人を倒すことこそ正義!それはマジカルヒーローシリーズが証明している!」


「果たしてそうかな?」


「そうだよ!、…こうして話してもやはり何にもならないな!、では僕達は行くよ!どうせ勝つなら 最後に大事件を解決してやりたいしね!」


そう言うとガニメデは笑いながら去っていく、…気がついていないのか?他の生徒達がガニメデが近づくと皆背を向けて縮こまっていることに、それが正義の姿なのか?


「ぐぅうーー!悔しい悔しい!あいつに何にも言い返せないよ!」


「まぁいいじゃないか、弁論の優劣で何が決まるわけでもないしな、それより俺たちもとっとと飯食って動こうぜ?」


「はい、今日もちゃんとお弁当用意してますよ」


最近はエリスのお弁当三昧だ、態々食堂に行って食事をとる暇も惜しいからね だからエリス達は今日もいつものように中庭に出て 日当たりのいい原っぱの上に陣取り…


そう…中庭に出た瞬間、エリスとラグナ そしてメルクさんの目つきが変わる


「これは…」


「え?え?、みんなどうしたの?何かあったの?」


中庭に立ちながら皆顔をしかめるが、デティにはわからないか いやまぁ中庭には何もない、異常はどこにも見受けられない、だが


「エリス メルクさん!気がついたか!?」


「ああ!、この匂い!何かが燃えている!」


「見てください!あっちに黒煙が!」


ふと 上を見れば学園のとある一点からもうもうと黒い煙が天に昇り始めている、異常な量だ 焚き火程度ではああはならない、それに次いであちこちら悲鳴が響き渡る…、皆一様に同じ言葉を叫びながら逃げ回っている


そうみんな一様に『火事だ』と…


「火事か!」


「あちらの方角!食堂がある方ですよ!」


「食堂ーッ!?!?、今みんな食堂に集まってるんだよ!?人もわんさかいるよ!」


「行くぞ!エリス!メルクさん!デティ!」


「ああ!」


駆け出すラグナ それに続くメルクさん、エリスもデティを背負って後に続く、火事だ 食堂で火事があったんだ、逃げ惑う生徒達の波を逆に上り、掻き分け駆け抜け食堂へ向かう


そして、辿り着いたそこには…


「これは…まずいな、ボヤ騒ぎ程度じゃないぞ」


メルクさんがその様を見て冷や汗を流す、全8階の広大な塔である食堂が火に炙られるように燃え盛っていたのだ、立ち上る黒煙と炎に包まれる塔…思ったよりも被害が大きい 風に煽られて火が大きくなったんだ!


「中にまだ私の友達がいるのよ!」


「誰かー!先生を呼んできてくれー!」


「そんな…歴史ある食堂が…」


「このままじゃ学園にも延焼するぞ!逃げろ!」


周囲の人間はバタバタと逃げ去る、先生を呼んで来いと言う者 逃げろと言う者、もうパニックだ これじゃあ先生が来る頃には手遅れになる、それに黒煙の中からも悲鳴が聞こえるし…まだ相当数中に取り残されているぞ


「何事だ!!!、こ これはっ!?!?!?」


するとエリス達の少し後にガニメデ達もやってくる、背後にはイエロー ブルー グリーンにオレンジホワイト ジャスティスフォースが揃い踏みで目の前の炎の塔を見て戦慄している


「な 何故こんなことになった!、厨房は火災に何よりも気をつけて調理しているはず!!、こんなもの 誰かが火をつけたとしか!」


ガニメデも青筋を浮かべ 愛すべき校舎の一部が燃える様に激怒し、周囲に目を走らせる…すると


「ッッ……!!!」


…逃げていく生徒が見える、周りの生徒達とは別方向に逃げていく生徒、あの後ろ姿と頭には見覚えがある、素行の悪い生徒と言われる 例のスキンヘッドの生徒だ、それが炎の塔を見て血相を変え明後日の方向へ逃げていく


…まさか彼が…


「奴か…奴が!やはり奴が!、こんな大事件を!追うぞみんな!ジャスティスフォースの名にかけて逃げる悪を撃滅する!!!」


「了解!!」


激怒したガニメデ達はその逃げるスキンヘッドの男を追いかけ走り出す、いくら素行が悪いと言ってもこればかりは擁護のしようがない…、瞬く間に男とガニメデは遥か彼方へ消えていく


「ラグナ!犯人逃げてくよ!追いかけなくていいの!?」


「そんなもの後でいい!、消火が先だ!…すぅーー!」


するとラグナはくるりと反転しパニックになっている生徒達めがけ大きく息を吸うと


「落ち着けッッ!!お前らッッッ!!」


「ヒッ!?」


「な なんだ!?」


鬼さえ飛び上がるような怒声を前にパニックに陥る生徒達も思わず足を止めてラグナの方を見てしまう、その視線が全て ラグナに注がれる


「非常事態で慌てるのは分かる!だが非常事態だからこそ落ち着いつ持てる力全て尽くせ!、魔術科の人間!水魔術は使えるな!それで出来る限り消火を!学んだことを活かせ!、剣術科の人間!逃げる生徒の先導を!勇ましいお前達まで慌ててどうする!、学術科の人間!落ち着いてすぐに先生を呼びに行け!、それ以外の人間は先導に従って校舎の外に避難! 出来れば外から校舎内の人間の避難を促せ!!」


「え…あ…」


「いいから動け!!、なんの為にここで学んでいる!未来のためだろう!、己達の未来を守るために!己が動かずして何になる!お前達はもう子供じゃない!出来る限りの事を 今お前達がやるんだ!!!」


「っ!は はい!」


ラグナの指示を受けそれぞれの科の人間が一度に別れて行動を開始する、彼の号令に落ち着きを取り戻せば 後はもうそこには怯える民衆は一人もいない、みんな 自分達の学友達の 全ての未来の為火に立ち向かう


「よし、…メルクさん!錬金術で食堂に繋がる廊下や面する部分を決して燃えない物質に変えることは可能か?、それで延焼を防ぎたい!」


「可能だ、すぐに取り掛かる!」


「デティ!君の知る中で一番広範囲に水を振り撒く魔術で鎮火は狙えるか!」


「勿論!雨だって降らせて見せましょう!」


「エリス!君はこの風を制御し炎の勢いを狭めることは出来るか!」


「無論です!、ラグナは?」


「俺は…」


するとラグナは近くの井戸から水を組み上げ頭から被ると


「中にいる生徒を助けに行く!一人も死なせない!、みんな!それぞれの仕事に全霊を尽くしてくれ!」


その言葉を受けエリス達は弾かれたように動き、ラグナもまた燃え盛る炎の中に突っ込んでいく、彼が一度拳を振るえば 炎達は薙ぎ払われ消えていき 彼もまたその炎熱地獄へ躊躇なく飛び込んでいく、心配だが 今エリスに出来ることはラグナを助けることではない、彼に言われた事をやる!それが彼を信じると言う事だ!


「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』!」


炎立ち上る黒煙の中 エリスは飛び上がる、上へ行けば行くほど風は強くなる、これが炎に餌を与えているのだとしたら、エリスの仕事はこれを抑える事…、塔は大きい これ全てを風から守るとしたら、エリスも全力全開全身全霊を尽くさねばなるまい!


「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』!!」


作り出しは風の大槍、それを中頃で掴みグルリグルリと縄でも振るうかのように制御すれば瞬く間に塔全体を包み込む、風は外へ向けて吹き塔に向かってくる風と相殺され 塔そのものに吹き付ける風は全て防ぎ抜く


これを維持し続ければいい!簡単な事だ!一時間でも一日でも一週間でも続けてやる!その間にみんながそれぞれの仕事をすればいい!、みんなを信じてエリスエリスの仕事をする!


「この中に治癒を使える奴はいるか!!火傷をしてるんだ!治療を!死なせるな!」


その間にもラグナは一度に二、三十人を抱え炎の中から飛び出してくる、拳風で道を作り火傷を負った生徒を運び出し それを治癒術師達や機転を利かせて授業で作ったポーションを山程抱えたものに引き渡し自分はまた水だけ被り火の中へ


「ここら辺のコーティングは粗方終わったな、次はあちらから…魔力切れを起こした者は無理をせず避難していろ!剣術科!避難が終わったら井戸で水を!おいそこ!無理をするな!火の中の人間は必ず全員ラグナが助ける!」


メルクさんは錬金術を用いて塔に面する校舎を鋼に変え 火が燃え移るのを防ぎながらラグナに代わり他の生徒への指示を飛ばす


「みんな退いてて〜?、これが水魔術のお手本だからよく見ておくよーに!、『レインストームアルティマ』!!」


デティが手をかざし詠唱を唱えれば まるで天から巨大なバケツが水を運ぶように絶大な量の水が現れ塔に降りかかり水を消していく、現代魔術だと言うのに古式魔術と変わらぬ威力 変わらぬ範囲の大魔術、流石は魔術導皇と羨望の瞳を受けながらも彼女は油断なく火を消し去っていく


……そして、十数分した頃だろうか 途中で教師陣も加わり生徒の避難を行い 鎮火を行い…、あれだけ巨大だった炎はデティ達魔術師によって掻き消され鎮火される、あれほどの火事であったにも関わらず死者はゼロ


ラグナが身を呈して中にいる生徒凡そ三百人を救出したおかげで 多くの命が救われ事無きを得た


………エリスも火が収まったのを確認し地面へと降りる、流石はみんなだ エリスが知ってる頃よりもずっと強くなっている


「終わったか、イテテ…デティ…治癒魔術〜」


「ラグナ!無事ですか!」


「おう、火傷しちゃったけどな」


「よかった…本当に…」


「心配かけたな」


「本当ですよ!全く…」


地面へ降りて慌ててラグナに駆け寄れば 服は炎で焼き消えやや赤く染まった彼の体が見える、…いくら水を被っていたとは言え 火の中にあんなに飛び込んでそれだけの火傷で済むって、とんでもないな


彼はデティから治癒魔術を受けながら奇跡的に殆ど被害がない事を聞いて安堵する、まぁ 歴史ある食堂はこの様だが 人命に比べれば軽いものだ


「生徒の避難も終わったみたいだし、何事も無くて結構結構」


「ラグナ、君のおかげだ 流石はかアルクカースの大王だな、見事な号令だった」


「よしてくれよメルクさん、俺一人じゃ何もできなかった みんながいたからさ…痛っつ!」


「治癒中は喋らない!、まったくもう無茶するんだからさー…でもこの程度の怪我で済んでよかったぁ」


教師達も生徒達もみんな校舎の外に避難し終え ここにいるのはエリス達だけだ、いくら火が収まったからって油断は出来ない、焦げた炭みたいになったこの塔がいつ崩れるか分からないんだ、エリス達も避難しないと


そう 立ち上がった瞬間


「や やめろよぉっ!」


「君のしたことの重大さを目で見るといい!!」


エリス達の所へ人が投げ飛ばされる、先程のスキンヘッドの生徒だ …どうやらガニメデに捕まりここまで連行されてきたらしい


…彼らは今の今まで犯人を追ってきたか、まぁ別にいいが…


「だから!知らないって!俺がこんな大それたことするわけねぇだろ!」


「なら何故逃げた!あれは避難ではなく明確な逃亡!、後ろめたいことがあったから僕達から逃げたんじゃないのか!!」


「それは…あの時、俺 誰かから呼び出し食らってて…そこに行ったら火がついてて、このままじゃ俺のせいにされると思って…それで…」


「見苦しい!!見苦しいぞ!!、悪事を暴かれたのなら開き直るくらいの大胆さを持て!!、どうせ僕達ノーブルズに反抗する意味合いも込めて学園に火を放ったんだろう!!」


「だ だから違うんだよ、信じてくれよ…」


スキンヘッドの男は涙ながらに頭を下げて信じてくれと己の無実を主張する、…言ってしまえば状況証拠しかないこの場において 彼を犯人として祭り上げるのは少し気が早くないか?


というか、エリスにはどう見ても彼が犯人だとは思えない、あの涙は真実を語っているようにも見えるが、ガニメデは聞き入れない


「もういい!、君は退学…否!それだけでは済むまい!ここで 断罪を加えねば 命の危険に晒された生徒達に申し訳がつかない!君のような巨悪を叩くことこそが!僕達正義のヒーローの役目だ!」


「ひ ひぃぃ!」


拳を握り 振り上げるガニメデ、殴られる…そう思った瞬間 二人の間に飛び込む人影がある


「待てよ」


ラグナだ、火傷を治療し終わった彼は二人の間に立ち スキンヘッドの生徒を守るようにガニメデを睨みつける


「君は…ラグナ君!!、この火事を鎮圧してくれた君には感謝している!だが!、犯人を庇いだてするなら容赦しないぞ!」


「俺が庇ってるのは犯人じゃない、ただの生徒だ」


「なんだと!?いや犯人だろう!火をつけたのはそいつなんだから!」


「いいや、俺にはどーにもコイツが火をつけたようには思えないんだよなぁ」


「何!?」


彼は犯人じゃない、そう言ってラグナは庇うのだ それはエリス達も同じこと、今更犯人探しなどどうでもいいが、なんの罪もなき人間が冤罪を着させられるのは些か目に余る


「だってこの男は逃げたんだよ!?それは彼が犯人だからじゃ…」


「そりゃ普段からお前らがコイツを虐げていたからだろう、犯人に仕立て上げられるとわかっていたからさ、それに呼び出されたのが本当だとするなら 誰かがコイツに罪を着せようとしていると思わないか?」


「誰かが?…一体誰が!」


「そりゃあ俺にはどうにも…みんな どう思う?」


するとラグナはこちらに目を向ける、どう思うって…ううん 、すると、メルクさんは直ぐに反応し前に出ると


「おい、ハゲの生徒」


「スキンヘッドだけど…なんだ」


「君の学科は?」


「剣術科だ…」


「そうか、剣術科は今日授業が押して 休憩時間になっても少し訓練が続いたという話を小耳に挟んだが、君はそれに出ていたか?」


「あ…ああ」


「それを証明してくれる人間は」


「うちの教師がそれ見てるはずだけど」


「おい!!一体なんの話だい!そんな話どうでもいいじゃないか!!」


「どうでもよくはない、あの炎の出方は異常だ 藁を事前に用意し油を注ぎ火をつけねばああは燃え上がらない、それが 剣術科の授業で遅れた彼が、直ぐに用意出来るとは思えん、それに 彼は私達と殆ど同じタイミングでこの場に来たように思えるが?」


「そ…それは、確かに!剣術科の授業を終えてここに走って 火をつけたとしても、火が燃え広がるのは早すぎる、彼が来るより前に誰かが火をつけたとしか…」


彼は犯人ではない、それは他でもない教師が説明できる…なら誰がこんな炎を用意してスキンヘッドの彼を、…彼が犯人になって得をする人間?いや彼が犯人であっても構わない人間と考えるのはどうだ?


エリスは記憶を遡る、ここに来るまで エリスが目にしたものの中で不自然なものは…そう言えば


「ジャスティスフォースの皆さん、特にそこにいるイエローブルーグリーンオレンジホワイトの皆さんは いつもガニメデさんと一緒にいますよね」


「ん?、そうだが…彼は僕の側近だからね!いつでも一緒さ!!」


「その割には、さっきエリス達と会った時 イエローの姿だけありませんでしたけど、どこに行っていたんですか?」


先程、廊下で会って勝ち誇るガニメデ達の中に イエローの顔はなかった、そしてここに現れた時には何食わぬ顔でイエローの顔が加わっていた、つまり イエローが彼らに合流したのは 塔が燃え盛った後の話


いつでも一緒の彼等の中で、一体イエローだけ どこに行っていんだ?


「…ジャスティスイエロー?」


「ッ……!」


ガニメデがイエローを見ればギクリと肩を揺らし、覆面から唯一出た口元が引き締まる…こいつ…まさか


「わ 私は何も!ただ私も私用が押しておりまして!少し遅刻を!」


「そ そうだよね!、君がまさかそんなことするわけないよね!!」


「はい!、ガニメデ司令!こんな奴らに惑わされないでください!我等の正義の友情は不滅!まさかそんな疑うなんて…」


「嘘…ついてるよね」


「ッッ!?!?」


声をあげたのはデティだ、デティは静かに目を細めイエローの事を覗き見ると


「貴方の魔力、必要以上に怯えて慌てている…まるで何かを隠すように、そのガニメデ司令に言ってない事 あるんじゃないの?」


「な 何故そんな事…」


「魔力を見ればわかるよ、私 生まれつき魔力感知能力…高いんだ」


その目が妖しく煌めく、デティの魔力感知が他に比べて抜群に秀でているのは知っていたが

まさかそれを見て心まで読めるのか?、だが魔力とは魂から溢れる力…即ち魂そのもの


それを見れば 相手がどれだけ嘘をついていようとも分かる、魂から嘘をつける人間なんてこの世にいないんだから


「そんなの…そっちが嘘をついているに決まっている!私は私用が押してと…」


「ならそれを証明出来る人間は?そしてこの場で私用などと誤魔化すのは悪手だと思うが、疑いを晴らしたいなら それこそ、やましいことがないのなら全て詳らかに出来るだろう?」


「う…それは…」


メルクさんの尋問とデティの指摘にダラダラと汗を流しイエローの覆面を濡らして行く男、それはガニメデの目から見ても異常に見えて…


「イエロー…僕は君を信じている、だが このままじゃあ僕は君を信じ続けられそうにない、隠している真実があるのなら ここで言ってくれ」


珍しく ガニメデの声に覇気がない、だがその様は何よりも恐ろしく 何よりも怒気に満ちている、それに 観念したか、はたまた諦めたか…イエローはその場に崩れ落ち


「…ガニメデ司令が…、大事件を解決したいと…そうすれば負けを認めるだろうと…、だから…こちらで事件を用意し解決すれば…全て 上手くいくと」


「何言ってるんだ!そんなことしなくても僕達の勝利は揺るがないだろう!僕達の正義は盤石だろう!」


「果たして…そ そうでしょうか、ガニメデ司令…最近我等を見る生徒の目…怯えた目、それがもし何かの拍子に爆発すれば 我等の票は全て彼らに流れるのではないですか?」


「そんなわけ…そんな…わけが」


イエローは言う、最近の生徒の我等を見る目は恐怖でしかないと、彼らは行き過ぎた 普段も恐ろしかったが、そこにエリス達の勝負も加わり その行動は激化 破綻した、エリス達に向けられる敵意の視線 それを彼等ジャスティスフォースも感じていたのだ


ガニメデはここに来て思い返す、自分の行いと それを見る周りの生徒の視線を、あれは感謝の視線か?あれは羨望の視線か?、僕がヒーローに向ける視線…それとはまるで違った


「そんな…僕は、己の正義像に目が眩んで…それを押し付けていたのか、そんなことにも 仲間の悩みにも気がつかず、…僕は 僕は!!うぉぁぁあああああ!僕はぁぁぁ!!!」


項垂れて地面を叩くガニメデ、悔やむ 今更になって自分のやっていることが、自分の目指した正義でもなんでもないことに、それが仲間を追い詰めこのような凶行に走らせた事を、悔やむ…


「もっと周りをよく見てれば こんなことにはならなかったかもな」


「ラグナ君…君は…!!」


「正義を志すのは素晴らしいと思うよ?、それにマジカルヒーローシリーズ…あれ面白いよな、特にレッド…かっこいいよな あのヒーローに憧れのも頷ける、と言うか俺も憧れる やれるならヒーローやってみたいさ」


「…君も、読んだんだね…、僕もレッドのような正義に憧れて…」


「まぁな、だからこそ思う お前のあり方はマジカルヒーローのレッドとは違う、レッドの正義は誰かを打ち倒すことで証明されるものじゃない、誰かを助けることで証明される正義だ、ヒーローは常に誰かを助ける為に戦っている その結果として正義と讃えられるだけなんだ」


「……誰かを……確かにレッドは一度として自分を正義と呼んだことはない、寧ろ 悪でさえ倒してしまうことに、苦悩さえしていた…あれは…そう言うことだったのか」


「悪さえも助ける正義、それこそ正義のヒーローが求めるものなんじゃないのか?、誰かを悪にして それを叩きのめすなんてのは、正義じゃないんだよ」


「くっ…!」


「まぁ、俺もそんな高尚な事出来てないから、偉そうなこと言えないんだけどな」


でも ラグナは助けた、犯人探しよりも人命救助を選んだ、結果として死人は誰も出なかったし 多くの人達が助けられた、火災を放って断罪に走ったガニメデよりも、エリスは正しい行いであると思う


そして、きっとそれはガニメデも痛感しているのだろう、歯を噛み締め…沈痛な表情でラグナの言葉を受けている


「ガニメデ司令…私は…」


「君は…ジャスティスフォースをクビだ、この一件に償いをするんだ…そして 僕もまた責任を取る、だが!だがぁ!!」


ガニメデは立ち上がる、力強く燃え上がりながら立ち上がる、メラメラと燃え上がりながら立ちラグナの視線に答える


「僕は正義の味方でありたい!、あり続けたい!だがここで君に言い負かされたままでは引き下がれない!、…投票をしてももう無意味だろう!僕達の一員が悪事を働いてしまった以上ね!、なら!…最初の君達の提案通り、つけようじゃないか!実力で決着を!僕達ジャスティスフォースは!この正義を賭けて君達に決闘を申し込む!」


決闘の申し込み、このまま投票に縺れ込めば案外エリス達は勝つかもしれない、負けそうになったら勝負を取り下げるのか?とは言わない、必要なのは勝利じゃない 双方納得できる決着の方法が必要なんだ


ラグナの言っていた策がようやく理解出来た、エリス達が焦るように敵もまた焦るのだ、ガニメデの強硬策で生徒達のジャスティスフォースへの不信感は高まっている、それにあぐねてジャスティスフォースがヘマを打つのを待っていたんだ…


ラグナの言っていた巡る機会とは、こうしてジャスティスフォースが焦って失敗する事


ラグナの見ていたのは盤面ではなくガニメデ、つまり…彼に正義の歪みを叩きつけ、この 投票以外の決着の仕方に持っていく事


もしこの流れを全てラグナが予見していたのだとしたら……


そして、エリス達はラグナに視線を向ける…当然ラグナは腕を組みながら


「上等だ、構わないぜ …正義をかけて向かってくるなら、断る理由はない!やろうぜ、投票なんて方法じゃあ俺たちの正義は測れない!!」


燃え上がるラグナも共に、ぶつかり合い情熱の炎は視線に火花を纏わせ激突する、決闘…それで 双方の正義に決着をつける、魂をぶつけ 信念をぶつけてこそ、得られる答えがあるのだから


ノーブルズ中心メンバーの一角ガニメデとの 決着を、ここでつける

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