11.対決 偽証の魔女
エリスは今、息を吐いているのか…それとも吸っているのか分からない、息をして肺に空気を送り込めているのか感覚がない…
確かに体力は先ほどの休憩で回復出来たが魔力は別…たった今 出口を作ったことにより、エリスの体に残された魔力はほんの二、三滴程度と言ってもいいだろう…
魔力とは、身体にとって魂と直結した第二の血液とししょーは言った、そんな魔力が枯渇しかけたエリスは…差し詰め失血死寸前の半死状態
それでも倒れず、歯を食いしばって立てるのは…ししょーの為 ししょーの誇りを傷つけたこいつを、成敗する為…そんな憎い相手が目の前にいるのだ 今更倒れられるか
「倒す?お前が?…クヒヒヒヒヒ、大笑いだな 身体中ズタボロ 息は上がり魔力はもはや微々たるものしか感じない、しかも子供!それが我に勝負を挑もうてか」
偽物の魔女の下品な笑いが 砦内に木霊する、目を左右に向ければ 変わらず盗賊たちがエリスを囲んでいる…エリスが開けた穴も既に盗賊達に塞がれており、逃げ場はない
「まぁ良い、逃げたガキ共は どうせ遠くまではいけん 今は捨て置いても構わぬだろう…だがな、我は 我の事を愚弄する者は例え子であれ老人であれ許す気は無い 、まずは貴様を縊り殺す…残酷にな」
突如、エリスの体が突風に煽られる…いや違う、魔力だ 偽物魔女の魔力が隆起し 戦闘態勢を取ったのだ
なんと言う魔力量だ 体に受けているだけで吹き飛んでしまいそうなほど!、万全のエリスの10倍はあろう大魔力に思わず足が竦む、そりゃあそうだ こいつはあの知性のかけらもなさそうな山猩々が従ってた程の女、山猩々より強いのは当たり前か!
「他の者は手を出すな、こう言うガキが現実を思い知りながら死ぬのが好きなのだ…逃げ出せぬよう周囲を囲んでいろ」
「へいっ!」
と声が響くと エリスと偽レグルスを中心としてぐるりと円を作る盗賊達、まるでここが闘技場とでも言いたげな舞台だ、静かに 構えを取る…魔女の魔力はすごい だがエリス以上の使い手であることは既に承知の上だ、承知の上で 喧嘩を売りに来たのだ
拳を構え 息を吐く…魔力は既にない 手足はピリつき万全ではない、でもやるしかない
「ふっ、威勢のいい…だがな 頑張ればうまくいく程世の中単純ではないのだ!、世の不条理の前に死ね!『フレイムタービュランス』!!」
「いっ!?」
偽の魔女が、その仰々しい杖を横に薙ぐ そのワンモーションの間に詠唱は終わり瞬く間に炎が中空に姿をあらわす
それは炎の雨 いや火矢の嵐とでも呼ぼうか、鋭く尖った炎達が次々とエリスを焼き殺そうと天から降り注いでくる、一本二本ならまだかわいいかもしれないが2~30本程同時に乱れ飛んでくる為こちらも全霊で回避しなくてならない!
「っと!あぶなっ!?あちちっ!」
ぴょんぴょこと周りをはね飛びながらなんとか直撃は免れる、、いや直撃せずともかするだけで皮膚は炙られていくし、地面に火は燃え移り着々と逃げ場がなくなり熱が体力を奪う…それでも当たるよりマシだ…直撃すれば即火達磨 確実に死ぬからだ
「ふはは、随分暑そうじゃないか…冷やしてやろうか?『ブリザードセパルクロウ』」
その声と共に炎の嵐が止み、代わりにキラキラと空気を凍らせるほどの冷気がエリスの周りに漂い始める 避ける避けないと言うよりは、エリスの体にキラキラとした霜がついて…あ あれ体が動かない
「さ…さむっ…痛ッ!?」
寒い…炎とは真逆の極寒は、容易くエリスの皮膚を凍らせ ガラスのようにヒビを入れていく、ヒビ割れ舞い散る鮮血すら即座に凍りつき、全身刺すような激痛に苛まれる…炎と違い恐ろしいのは 一切動けないと言うことにあるだろう、下手に動けば エリスの体が砕けてしまいそうだ…
「ふん、何か手があるかと思えば やられる一方ではないか…つまらん、『ヒートファランクス』!」
「うぐっ、 !?ぃぎぃぃっ!?」
凍えるエリスに向け、トドメと言わんばかりに高温の…それこそ水蒸気の如き熱波を伴った衝撃波を打ち付け吹き飛ばす…、ただただ単純な熱を飛ばす魔術だったようで下手な炎よりも熱い…体を庇っていた手が 火傷で酷いことになってしまった
幸い体を蝕んでいた冷気は溶け、自由にはなったが 全身炙られ ヒビ状の傷が全身から血を吹き…手は見るも絶えない火傷により形を歪めている、痛い なんてレベルじゃない
盗賊達相手に使っていたマッチポンプ用の魔術とは違い こちらは確実にエリスを殺す為、数段威力を上げて撃っているのだ…対するエリスは それを防ぐ術が一つとしてない、走り回って回避しようにも 攻撃範囲が広すぎて回避しきれない
おまけに魔術の種類が多くて 記憶して回避とかが出来ない…詠唱も一言で済むから波状攻撃も出来る…、威力も高い連射も効く範囲攻撃?ズルイだろう そんなの…
いや、旋風圏跳が自由に使えたら瞬く間に奴の懐に入って行けたのだろうけど…今はそれもない、悔しいが…エリスはここに来るにはまだ未熟だった 理解していたつもりでも 、やっぱり突きつけられるとショックだ
「ぅ…ぐぐ、いたい…」
「ほーう、まだ立つか?意地や意気地だけで立てる物でもあるまいに 、子供ながらに子供を助けるための使命感に駆られたか?…吐き気がするな、馬鹿馬鹿しい 誰かを助けるなどと言う傲慢な行為のためによく命など投げ打てるものよ」
それでも立つ、立ち上がる エリスはまだ全てを出していない
ししょーのすごさをこいつに見せつけていない、ししょーの魔術はこいつの魔術より上だと証明していない、一撃入れなきゃ気が済まないんだ…!
「…焔を…纏い 迸れ俊雷…」
最早息を吐くのさえ辛いが、詠唱を紡ぐ…ししょーに教えられた通り しっかりと声を張り、イメージを膨らませながら 、エリスの中に 炎を描きながら
「それは先程の詠唱か?…くく、いや言わんで結構 虚仮威しだろう?、お前の体からは魔力が既に感じられない、魔力が枯渇しているのだろう?そんな状態で撃っても魔術は発動せんよ」
「我が号に応え…飛来し…」
確かに、コイツの言う通り エリスには既に火雷招を成立させるだけの魔力はない、このまま詠唱を終わらせても不発に終わるだろう…そう 魔力がないから
では、魔力を補充する必要がある、なら一体どうやって?そもそも魔力とはどこから来るのか?
ししょーは言っていた、魔力は魂と繋がっていると…そうだ 魂と繋がっている、それはつまり 魔力の根源は魂にあるのではないか?
エリスなりに考察した、命とか魂の仕組みは分からないが、魔術を使いすぎると死ぬ と言うことはつまり…魔術を使いすぎると魂がどこかへ消えてしまうと言うことだ、それって魂を魔力として消費してしまっているからではないのか?
魂を消費してしまう…言い換えれば魂を消費すれば 魔術が使えると言うことだ、例え魔力がなくとも
「眼前の敵を…」
「ん?、い いや待て待て おかしいだろう、何故…何故魔術が発動しておる!、魔力など相変わらずないに等しいくせに!」
エリスの考察が正しかったか、あるいは別の理由でかは分からないが、無理矢理魔力を引っ張り出そうとすると、どこからか魔力…とは違う別の何かが引っ張り出てくるのを感じる、ああ、指先が冷たくなる これはきっとエリスの魂なのだ
それを薪のように躊躇なく焼べ、火雷招と言う名の大火の源にする
この魔術を撃てば エリスは死ぬ、だが撃てなくとも どの道エリスは死ぬ…ししょーには申し訳ないことをした、弟子が勝手に出て行って 勝手に死んだとなれば あの人はきっと責任を感じてしまう
出来るなら 謝りたかった…、自分勝手な弟子で申し訳ないと
「穿て…赫炎」
「あ…アレを、我に向けて撃つのか?あの大穴を開けた 赤雷を…わ 我に、や やめよ!やめぬか!クソガキが!、『フロストセパルクロウ』!」
先程の冷気がエリスに襲いかかるが、そんなもの エリスの魂の炎の前では無に等しく 圧倒的熱量の電撃に溶かし尽くされていく…
今更止まるか!エリスだって止められないんだ!、エリスは死ぬが アイツもただでは帰さない!、死をもって エリスは勝つ それで…終わりだ
「ぐぇーっ!?止まらぬ!?、ぼ…防備を いや我防御魔術使えぬ…、お おい何我を前にしておるのだ 貴様が前へ…」
「な 何するんですか魔女様!?、魔術で防ぐとか あいつ殺すとかしてくださいよ!」
「やかましい!も もう止められ……」
「……『火雷招』ッ!」
エリスの魂の炎雷が 音を鳴らし燃え盛る、エリスの 生涯に幕を落とす為 最期の言葉を言い放ち…命の魔術は今ここに成った
体から力が抜ける エリスを組み立てていた部品が一気に崩れ、エリスをエリス足らしめる最も重要な部分が…燃えて消える、この分じゃ魔術を撃った後どうなるか 見れなさそうだ…頼む、頼むから あの偽物の魔女に一泡吹かせてあげてほしい、お願いね エリスの魔術…
あと、ごめんなさい ししょーに教えてもらった魔術で ししょーが与えてくださった力で、エリス自身の命を 奪う形に なってしまって…本当に……
「ヒィッ!?」
「ちょっ!?魔女様!?いぃぃぃ!?炎の雷が来るぅっ!?
恐怖に怯え盗賊を盾に 自分だけでも生き残ろうと必死に体を震わせる偽の魔女…、最早恥も外聞もない 死にたくないのだ、他人を殺すのはなんとも思わん だが死にたくない 他人を傷つけるのに何も思わん だが痛いのは嫌いだ
嘘をつき他人を騙すのは好きだ だが愚弄されるのは嫌いだ、他者を踏みにじるのが好きだ…だが だが…!唯一得意な 唯一誰にも負けないと思っている魔術で 負けたくない!
それもこんな 子供に!きっと才能に恵まれただけの天才だろう!私みたいに苦労も知らないだろう!、負けたことなんかないんだろう!這いつくばって泥も啜ったことなんかないだろう!、私の方が頑張ってる苦労してる傷ついてる努力してる!
なのに なのになんでこんな子供ばっかりなんで私はいつも負けてばっかり…………あれ?
「こ 来ないぞ、おい!どうなった!」
「いや俺の背中から出てくればいいじゃないですか…、なんかあの子供 雷を出す前に」
恐る恐る部下の背中から顔を出す、確かにもう炎雷の嘶きは聞こえない…一体何がと様子を見れば…
「倒れましたよ、先にくたばったんですかね」
倒れ伏し 動かなくなるガキと 霧散し消えていく魔術、使用者が息絶えため折角成立した魔術も消えてしまったようだ
「くひっ…クヒヒ」
理解した、我ともあろうものが 何故こんな簡単なことに気づけなかったのだ…
そうだ、そうだそうだ!忘れていた!このガキが 『未熟』であることを!、何か特別なことをしようとしたらしいが 残念!、そもそも絶対的に練度が足りていないのに 応用じみた事が出来るわけがないのだ!
基礎もなってないのに一足跳びに別のことなどできるわけがない!、クヒヒヒヒヒ 随分…
「随分馬鹿だったようだな!えぇ?おい」
「あいた…!?」
我の前に不遜にも立っている盗賊を突き飛ばし、動かなくなったエリスに近寄る…ん?なんだ浅くではあるがまだ息があるではないか!
「このっ!、グヒヒ…どうした?我を倒すのではなかったのか?、ほれさっきの詠唱をもう一回やってみろよええ?」
動かないエリスに蹴りを入れる…このまま踏み潰して殺してもいいが、我に醜態を晒させた罪は重い、蹴り 踏みつけ 杖で叩き痛めつける…痛めつける!、その体に償わせる
「師弟揃って我に歯向い命を落とすとは、愚か者の弟子はまた愚かだなぁ!?クハヒヒヒ!、ほらぁ 師匠から必殺の魔術教えてもらってんだろう?、詠唱はなんだったか?…焔を纏い?迸れ俊雷?…だったか?ほら言ってみろよ!」
「焔を纏い 迸れ俊雷……」
「へ?…」
響く声に、エリスをいたぶる手が止まる…今 誰か詠唱をしなかったか?、しかも エリスの使った魔術と同じ炎の雷の詠唱を…、いったい誰が?少なくともエリスじゃない 完全に意識が消失しているから…
「や やめよ、誰だ 詠唱を真似したものは 縁起が悪い…」
「い、いや俺たちは何も…それにこれ女の声ですぜ!」
「我が号に応え飛来し…」
「だ 誰だ!やめよと言うておるのが分からぬか!?」
誰だ 何だ 何がどこから何をしようとしている!?何が起こっている!?、分からない あまりの事に取り乱し周囲を観察するが何もない…、というかこの意味不明な詠唱をエリスの他に使える者が何故いるのだ…
私は知っているんだ、魔女の模倣をする為に ひたすら魔女を研究したから…この長ったらしい詠唱は、失われし古代の魔術…長い詠唱と絶大な魔力消費から失伝し、現代においては魔女しか使う者がいないとされる『古式魔術』…
そうおいそれと使える物ではない、私でさえ存在を知るのでやっとだったのに…それの使い手だと?そんなものいるわけが…
「眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、究極至上へと登る灯火よ…」
「いる…間違いなくいる、この声はどこから響く …外か?」
刹那、エリスが 壁をぶち破り穴を開けたのを思い出す…、ま まさか この詠唱は 外から、中にいる私たちごと消し飛ばすつもりの…
「ひ…ヒィィッ!?」
「魔女様!?いきなり伏せて何を…」
「よ 良いからお前達も伏せぬか!死ぬぞッ!」
確か古式魔術は詠唱の長さによって威力が増減すると聞いた事がある!、今 外で唱えられている詠唱は少なくとも、エリスのものより長い…つまり そこで空いてる大穴以上の一撃が今から降ってくるのだ!
慌てて頭を守りながらその場に倒れ臥す、あんなもの当たったら確実に死ぬ 死体すら残らん!、だがもはや出来ることはあとはお祈りする事だけ…当たりませんように当たりませんように当たりませんに!
「その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ… 『火雷招』」
詠唱が終わった…っ!?来る…っ!?
そう身構えた次の瞬間起こったのは、少なくとも私の知り得る魔術で起こせる現象ではなかった
魔術の発射音一つで大地を揺らし 外壁から順に 全ての石壁を融解…いや違うな、消滅させていく その紅の極雷が通過した後には溶けた石も炭さえも残らず消しとばされていく…特筆すべきはその熱波…熱い 全身を蒸し焼きにされているようだ、直撃していないのに余波だけで死んでしまいそうだ…
そう…そうだ、直撃していないんだ 圧倒的に破壊の暴威は我々盗賊団の頭上を掠め 、通過していく…微かに見えたが 天井がまるっさら無くなり 、この砦の隠蔽に一役買っていた小山が跡形もなく消し飛ぶ様がここからでも見えた それこそ射線上にあるものすべて消し去り雷は天へと還っていく
元々我らに当てるつもりはなかったのだろう、だが 砦どころか山さえ吹き飛ばす一撃を前に、我らはただ恐怖し泣きわめくことしかできなかった
「すまないな、ただ 扉を開けるだけのつもりだったのだが…少々力が入ってしまった」
そして、雷が消え去り 屋根も無くなり砦の体裁を破壊し尽くされたその場に 奴の声が木霊する
「何者だ!」
なんてきいてみるけど、もはや正体に見当はついている…エリスと同じ魔術使う者 即ちエリスに魔術を教えた者だ、つまり コイツは
「惑いの賢人…とこの場では名乗った方がいいかな?、魔女レグルス…それとも こう呼ぼうか?」
死んだ いや仕留めたと思っていた惑いの賢人が 漆黒の髪を風になびかせ靴音と共に こちらへ歩んでくる…村であった時のへこへこした態度とはまるで違う
間違いない 、さっきの魔力はコイツから発せられた物 さっきの魔術はコイツが放った物、本能で察する 八千年間魔女に飼いならされ 芯まで魔女の奴隷となった我ら人類は 、怒りを沸き立たせ魔力を放つこの存在の正体を本能で察知する
コイツはいや このお方は…
「私の偽物風情が…とな」
八千年間行方をくらまし、未だ嘗てその姿を見た者はいないとされる 救世の英雄 、その一人…名をレグルス 本物の魔女レグルス その人だ
………………………………………………………………
私は、かつてない程の激情に駆られていた
時を少し巻き戻し思い返す…
盗賊の痕跡と思しきそれを追跡してる1時間 村から相当離れた地点で見つけた謎の砦…エリスと盗賊達はそこにいた、そこにいたのはいいが…私が到着した時点では状況は最悪だった
急いで透視の魔眼術で中を透かして確認すると エリスが魔術を使って偽物と戦っていたのだ、しかも 魂を魔力に変換して…ゾッとしたよ もしかしたら悲鳴もあげてたかもしれない、それだけはしちゃいけないと教えなかったか?私
慌てに慌てて砦の外から魔力を放つ、幸い私はエリスの魂に触れている…ほら 魔力制御を教える時だ、そのおかげで魂への干渉自体は容易に行える、魔力に変換され消滅しかけていたエリスの魂を即座に私の魔力で凝固し元の形に戻す これで魔力化することはない、…危なかった 私が遅れてたら本当にエリスは死んでいた
いや疑問はあるよたくさん、なんで魔術を使っているのか なんで私に何も言わず消えたのか なんで偽物と態々戦っているのか、説教を山程したいくらいだが…今はその前にこう言おうか
「あの偽物…私の弟子に何してくれてるんだ」
エリスの姿を見てみれば、そこかしこに打撲 火傷 切り傷ヒビ割れ 出血私の元に転がり込んできた時とどっこいの重傷ぶりだ
全て 全て、あの偽物がやった事なのだろう…なら、少し 痛い目を見せるしかない
「…焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、究極至上へと登る灯火よ、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ …」
怒りのままに 手の内に魔力を込める、周りへの被害とか 私の存在の露見とか そんな事、今は頭にない …いや頭に来てるんだ、気がつけばエリスは 私にとって何よりもかけがえの無いものになっていたのだから
それを傷つけられて黙ってられるわけないだろう!
「…ッ『火雷招』!」
直撃はさせぬ、これはただの威嚇射撃だ 、まぁ この程度の砦くらいなら一吹きで、ロウソクの火を消すが如く容易く消し飛ばせるが それではダメだ…というかエリスにも被害が出ちゃうしな
だから一応砦の上半分を消し去るに留め、砦の中へと入る いや天井がないからもう中か外かわからない状態だが…
砦にはエリスを囲む大の大人が40人ほど 後蹲ってションベン漏らす我が偽物が一人…
「私の偽物風情が…とな?」
そして時は今に至る、我が魔術の暴威に怯え 地に伏す盗賊達を見下ろし 、今にも怒りで殴りかかりそうな我をそっと抑える、大丈夫…エリスは傷だらけだが生きている、治癒のポーションをつけてやればすぐに良くなる、火傷の跡だってきっと残らない…エリスの珠のような肌は私が守る
だが、それはそれとして このクズ共には少し分からせてやらなきゃならないかもしれん、こんな小さな子供を寄ってたかって甚振るなど…!
「…っ!、何を惚けておる!おい!こいつは惑いの賢人だ!お前達も見たことあるだろう!、それが我に歯向かっているのだぞ!殺せ!殺せ!」
「え、いやでも…今の魔術とか口ぶりとか…え?魔女レグルスって どっちなんだ」
偽物の魔女の号令を受けても、もう流石に言うことを聞くものはいない レグルスという名前だけでこの盗賊団を指揮していたのだろうが、今 盗賊団は割れている 自分達が従っているのは本物の魔女レグルスなのか?とね…
「いいから、行かぬか!誰が今日まで甘い汁を吸わせてやった!恩を返せ!」
「ひ ヒィッ!?わかりました!」
だが、人望もカリスマもないが 偽物の彼女には少なくとも力はある、盗賊団一つ屈服させる程度には…
杖で盗賊を叩き魔力を隆起させ威嚇し 怒号を飛ばせば、盗賊達も慌てて武器を持つ 本物か偽物かはこの際後回しで取り敢えず敵対者 、つまり私を殺そうと言うのだ
剣を持ち 斧を持ち、ギラつく刃物の海が脈動し それら全てが敵意と共に我が体に迫ってくる、一人一人が決死の表情だ
「お前達も大変だな…だが、今まで好き放題してきた皺寄せが巡ってきたと思え」
「う…うるせぇ!、テメェが何者かなんて関係ねぇ!」
…それはもう理屈や理論ではないのだろうな、他者を省みず傷つけ続けたコイツらにとって もはや傷害とは理由があってする物でもないし、相手を選ぶものでもない
ボスが言ったから 自分達に楯突いたから、因果はそれで十分なのだ
だが…いや流石に今回は相手が悪すぎるだろう、我が前に立ち並ぶ刃は凡そ2~30 …少ない、少な過ぎる…あまりの迫力のなさに軽くため息をつくと
「キェーッ!!」
「死に晒せやクソアマァッ!」
振り下ろされる剣 薙ぎ払われる斧、明確な殺意の篭った攻撃…だが ああいやもう面倒だ、一々しっかり相手するのは、早いとこ片付けてエリスの治療にかかりたいんだよ私は
「邪魔を してくれるなよ…!」
軽くステップをその場で踏み リズムを取る、殺しはしない半殺しだ…いややっぱ8割は殺す ぶっ殺す
「疾ッ!…」
拳を握り 振るわれる刃ごと叩き割りその顔を殴り飛ばせば、鮮血と共に折れた歯が宙を舞う、大地を踏みしめ足を振るえば 剣が根元から折れ 彼らの体がくの字に曲がる 横にだ
「ごべぇぁっ!?」
「コイツ魔術だけじゃなくて殴り合いも強いじゃ…ぐへぇっ!?」
蹴散らす 蹴散らす、文字通り雑魚を足蹴に 、奇声を上げ突っ込んでくるその全てを 五体一つで叩き潰す
「ッ…このままでは おい!、山狒々!山狒々はいるか!力比べが所望だそうだ!我を偽物と愚弄するその不遜者を殺せ!」
拳で15人 足で8人蹴散らした辺りで 偽魔女の号令と共に山賊達を掻き分け一際大きな大男が現れる、あの偽魔女の言うことをそのままに受け取るなら、この大男は…山狒々と言うのだろうか
私よりもなお巨大なその姿と まるで丸太のように太い腕は 妙に血生臭い、コイツ 相当数殺しているな…
「イィーッヒヒヒヒ!、こぉんな美人潰していいなんてぇ今日はついてるゼェ、山猩々の兄者がいたらもっと喜んだろうになぁ」
「言動といいお手本のような悪人だな…いや悪猿か?」
「イヒヒ!オマケに口も悪い時たぁ 百点だぜ!ヒィィヒヒヒヒ」
そう笑う猿顔の大男 名は山狒々、山猩々の実の弟であり 彼自身も卓越した身体能力を持つ怪物、圧倒的な握力は鉄も人の頭も容易く握り潰し 、既に40人ほど殺しており皇都でも指名手配される大犯罪者なのだ
「その綺麗な頭はどんな音で吹っ飛ぶのかなぁっ!」
嗚呼、風呂敷のように巨大な手が今 レグルスの頭に迫り 、果物のように握りつぶされ…
「触るな…汚らわしいッ!」
「へっ?…ごひゆっ!??」
なんて事はなく、軽く手を伸ばした瞬間 腕に八発 胴十六発 膝に四発 顔面に二十八発 、瞬きの間にレグルスの拳が炸裂し一瞬で、よく捏ねられたパン生地のような顔つきになってボコボコになり敢え無く倒れる
「山狒々が一瞬で…くぅっ!、や 山鵺!出番だ 代わりに行け!」
「ヌフフフ…私を頼るとは随分お困りのようですねぇ魔女様、お任せを 私にかかれば彼女などまさに絵に描いた餅!」
「多分まな板の上の鯉だろう!バカなんだから諺など使うな!行け!」
「次々来るな…」
倒れた山狒々を踏みつけ次いで現れるのは、その名を山鵺 両爪には毒が その牙はナイフのように尖れ、全身に暗器を仕込んだ別名歩く凶器保管庫、元々有名暗殺一家の一員だった彼の実力の高さなど今更語るべきではないだろう、山狼 山猩々 山狒々 山鵺の四人揃って山賊四天王と呼ばれる程であり、その必殺の…
「あびぃっ!?」
「山鵺ぇーっ!」
…何をしたかったかよく分からんが何かする前に、顎に一撃加えれば なんともまぁ情けない声を上げてぶっ倒れる…えっと、こいつ名前なんだっけ
しかしどうやら私が今倒した二人はこの盗賊団にとってもかなりの実力者だったらしく、それが目の前で 容易くうち取られれば、いくら彼らが馬鹿だろうとも力の差を理解できたのか 私が睨みを効かせれば狼狽え一歩二歩引き下がって行く
と言うかできるなら砦を破壊した時点でしろよ理解…いやその目で見てないから、いまいち信頼できなかったのか、どちらにせよ雑魚は黙らせた
「ぐっ、まさか四天王が全滅するだと…お おい!山猿!山猿!斯くなる上はお前が相手をしろ!援軍が到着するまで持ちこたえ…山猿?、おい!どこに行ったあいつ!」
「今度は何を出すつもりだ、山チンパンジーか山オラウータンか」
「ぐぅ…ぐぉっ!、お おい!誰か!何我に戦わせようとしている!、おい逃げるな!何遠巻きで見てんだ!戦え!我を守れ!我は…我は魔女だぞ!」
よく分からないが、信頼していた人物に逃げられてしまったようだ、頼みの綱の部下達も今は 怯えて離れていく…今、私の前に立っているのは 偽物…偽証の魔女レグルスただ一人だ
「あ…ああ……グヒヒ、結局 こうなるか…雑魚を束ねても 意味がない事は分かっていた、あの方も言っていた …最後に頼りになるのは自分自身 そして我…私には 一人で生きていけるだけの実力があるとぉっ!」
「やっとやる気になったか…」
仲間に捨てられ 盾がなくなり、メッキも剥がれ 本性を露わにする…なんだ 素の方が随分魔女らしいじゃないか、体から立ち上る魔力はマッチポンプの時見せた腑抜けた印象はない
寧ろ逆、その魔力量は天賦の物がある 私の名を騙るだけはあり 魔術師としては相当な実力者と見える、…真面目に生きて 真面目に研鑽を積んでいれば、今頃 正規の魔術師組織で人を使う立場になっていたろうに……
「死ね死ね死ね!、貴様を殺して私こそが魔女になる!魔女になる!ここで死ね!汚れた歴史のシミがぁぁっ!、『フレイムタービュランス!』『ヒートファランクス!』」
む…ほぼタイムラグなしに別の魔術を並列使用か、滾る炎の嵐と爆裂の熱波が同時に発生し 、圧倒的に面攻撃は対する相手の逃げ場を奪い 防御回避すら許さず焼き尽くす事だろう
いいじゃないか、最初の見て呉れ魔術より百倍マシだ!、理由や動機はどうあれ 自分の我を通してこその魔術だ、そう言う意味で言えばこれは彼女の魂の叫びとも呼べるだろう
「死ね死ね!焼き尽くされて燃やし尽くされて跡形もなくなって死んでしまえ!、私を見下すやつは私の力を認めない奴は!みんな…みんな…みん……え」
だがな、…魔術では私に勝てない どれだけ意志が強くとも どれだけ覚悟を決めようとも
ダメなんだよ、魔術じゃ私には勝てない…役目を放棄し逃げ隠れしたとは言えこれでも私は 魔女なのだから
「なんで、…なんで私の炎が 魔術が…『消えてるの』!?」
あれだけ燃え盛っていた炎も 熱く輝いていた熱波も、私の服一つ燃やすことは出来ない…というか一定範囲内に入った瞬間、炎は 熱波は魔術は 光の粒子となって消えていく
原理は単純だ、魔力を変換して作られた炎を 魔力に戻しただけ、魔力そのものはどれだけ強くとも攻撃力を持たない、所謂 魔術の無力化…我が前ではいかなる魔術も 魔力である以上 意義を持たない
「ずるい!ずるいずるいずるい!ずるいだろそんなの!、なんで魔術が効かないんだよ!全否定じゃん!剣も効かない!斧も効かない!弓も効かない何にも効かない!、こんなの…こんなの 理不尽すぎるじゃん!なんなんだよ!お前!、あぁぁぁ!『ゲイルオンスロート!』『ブリザードセパルクロウ!』『グリッターエグズキューション』…『カラミティブリッツ』……えっと『ノクシャスカクタス』………なんで…」
「この理不尽が 魔女だ、人の叡智を超え 自然の摂理を超えた存在…それが魔女、孤独の魔女 レグルス…君が怒らせた者の名さ」
数多の魔術の雨を受けようとも変わりはない、私 いや魔女が指一つ鳴らせば露と消え 後には彼女が消費した魔力だけが宙に漂う、どうやら全て魔術を出し切ったようだな…いくら魔力があろうとも 魔術が強くとも
魔術比べじゃあ魔女には勝てないという事を身に染みて…あれ?、 なんで蹲ってるんだ?
「し……し…、知らなかったんですぅ! まさか魔女様の弟子だったなんて…、許してください…脅されてたんです、盗賊に …あの 家族を人質に取られて あと恋人とか、逆らえなかったんです、許してください…な なんでも言うことを聞きますから!」
頭を地面に擦り付け、謝り倒す 口から嘘をポンポン出して …そうか、これがこの子の奥の手か、嘘で騙し 魔術で屈服させ他人を凌ぐ それがこの子のやり方
悪いとは言わない、それも一つの処世術の一つだ…悪いとは言わないが
今 この場においてはいけない、悪手極まる…だって 、そんなこと言われて私 怒りが累積するだけだもん
「あ あ!わ 私治癒魔術使えますのでお弟子さんを治しますね…」
「触るな…、場によって 時によって人によって言葉と態度をコロコロ変えるお前は信用ならん、いるのは 我が弟子を傷つけた 報いだけだ」
倒れるエリスに伸ばす偽物の手を掴み上げる…、怒りに任せ腕をへし折らぬよう注意しながら その体を持ち上げ 魔力を起こす…深淵に眠る 魔女としての魔力を起こす
「ひぃぃいいい!、や やめてやめて!わわわ 私は…私は悪くないんです!悪くないんです!」
大地が怯え 空が割れ 空間が歪む程の魔力…大丈夫大丈夫、この魔力をそのままぶつけるわけじゃない ただちょっと 痛い目を見てもらうだけだ
「狂風よ この祈りを聞き届け給う、その怒り 纏て刃となり 我が敵を打ち払う風を 力を 大嵐を、そして凡ゆる悪事に誅伐を…」
「ひ…ぴいいいぃいいぃぃいい!?」
詠唱を唄う…移動補助に使う 『旋風圏跳』を応用し改良した風魔術、前述のそれが移動魔術ならばこれは完全なる攻撃魔術
許しの言葉も 償いも要らん!、ただ 我が弟子に手を出した己の愚行を悔い、ただただ 往生しろ!
「…『迅風圏投』ッ!!」
風に包まれ絡み取られ身動きの取れなくなった偽の魔女…いや 愚かな嘘つきは、正に風のように急加速及び急上昇、そのまま弧を描くように 彼女と言う名の槌で大地を撃つように…激しく容赦なく急降下する
「ギィィィいいいいい!?!?」
そして…一撃、その体を堅牢な地面に叩きつけ 大地を抉り割る 、彼女の体はそれでも止まらず石畳を突き抜け 床をぶち破り…遥か下の地下へと叩き落ちる、他者を踏みつけ 登りつけた高みなど…容易に崩れて奈落に転げ落ちる物だ
そう、言外に語るように 彼女の体は崩落する瓦礫に飲まれていく、あとで助けるが 今はそこで反省しろ
「殺しはせんよ、まぁ…死ぬほど痛いだろうが、死なせないさ…私はお前とは違う」
とは言ってもムキになってぶっ飛ばした時点で 力に訴えた時点で 私も人のこと言えないか、浅く笑いながらエリスの体を抱き上げ 振り返る
彼女に付き従っていた盗賊達は、なんとなく 自分たちのボスが偽りの魔女であった事と…自分達の中で最強の存在がまとめて敗れた事の二つを理解したようで、呆然と立ち尽くしている
頭を失った集団など烏合の衆にすぎん 態々追走せずとも、自然と散っていくだろう
「ん…?」
振り返り、目を凝らしてみると 遠方から土煙が迫っているのが見える、というか普通に遠視の魔眼で見える あれは…盗賊団?
そういやあの嘘つき、援軍がどうたら言ってたな…はぁ まだ一波乱 ありそうだ…