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96.孤独の魔女と蠱毒の魔王


「ふあ…ああ…、むにゃむにゃ もう朝ですか」


日が昇り 朝を告げる鳥の声に目を開く、久し振りに充実した朝だった…


「んん…」


ふと隣を見ると師匠の寝顔がある、相変わらず師匠は朝が弱いみたいだ、起こさないようにベッドから抜け出て シワになった服を伸ばし、両頬を叩く


よし!起きた!、師匠が起きてくる前に朝のご飯の準備をしないと 、いつものように師匠の睡眠の邪魔にならぬように部屋を出て、馬車に残してある食材を取りに行く、出来ればこの宿屋のキッチンを借りたいけど


そう思い 宿屋のフロントに出ると、見慣れた人がフロントのソファに座っていた


「ヤゴロウさん?もう起きてるんですか?」


「おや、エリス殿 おはよう、お早いですな」


「あはは、師匠はまだ寝てますがね」


ヤゴロウさんはソファに座り、手に刀を持ち なんか…こう よくわからないものでポンポン刀を叩いている


「何をしているんですか?」


「刀の手入れでござる、打ち粉と呼ばれるもので油を…と言っても分かりづらいでござるな、まぁ いくら拙者自身が身汚くしていても、こいつだけは綺麗にしておいてやりたいのでござる」


「へぇ…見たことない道具で手入れするんですね、手入れの道具とかってこの辺で手に入るんですか?」


「さぁ、まぁ 無くともそれっぽいものを代用すればなんとかなるでござる、この国にも刃がある以上 手入れの道具は存在するはずでござるからな」


なるほど、しかし… そう思いながらヤゴロウさんの隣に座り刀を見る


綺麗な刃だ、エリスもよく剣を見てきたが、これは別格と言っていい 不思議な形だが、その輝きはなんとも妖しく、それでいて吸い込まれるような輝きを…と見ているとヤゴロウさんがエリスから刀を遠ざける


「す すみません、あんまり見ない方が良かったですか?」


「いや、そうではないでござる、ただ 刀剣の部類はどこまで言っても人殺しの道具、それに魅入られるのは良くないでござる」


そっか、…昨日のあの言葉的に ヤゴロウさんはこの刀で人を斬ったことがあるのだろう、それを悪いことと咎めることはエリスにはできない、だってヤゴロウさんのことを何も知らないから、事情も知らないけれど とりあえず良くないと思ったから咎める…それはただの口出し…身勝手だ


真に身を案じ咎めるなら、彼のことを理解してあげないといけないのだろう


「ヤゴロウさん、ヤゴロウさんはどうして刀を振るうのですか?」


「どうして というと?」


「いえ、剣を持ち 振るう理由は、きっとどこも変わらないと思います、どんな理由で剣を振るっているのかなぁと」


ただの興味本位だ、別に知ったからどうこうという事はない、ただ彼とは一時的にだが旅を共にした・する 間柄だ、そのくらいのことは聞いておきたい


「ふむ、なんででござったかなぁ…拙者、親がいなかったのでござる、そこで拾ってくれた親代わりの者が剣術の使い手で、なんとなく 剣を学び始めたのでござる」


「そうなんですね、…ヤゴロウさんにも師匠が…」


「もう超えたでござるがな、我が師より 拙者の方が強いでござる」


もうヤゴロウさんの方が強いのか、いやまぁ実際ヤゴロウさんの刀の腕は絶大だ、下手したらグロリアーナさんとかとタメ張れるくらい強いと思う、それより強い師匠とか もう魔女級だしね、他所の文明にそれほどの使い手がいるとは思えない


「あの、ヤゴロウさん 良ければヤゴロウさんの故郷の話、詳しく聞かせてくれませんか?」


「我が祖国の?、ここに比べればかなり辺鄙な国でござるよ?」


「それでも聞きたいです、ヤゴロウさんから出てくる話はどれもエリスにとって新鮮なものばかりで面白いですから」


「ふむ、まぁ 我が祖国の話が物の笑いになるのなら、喜んで話すでござるよ」


そういうとヤゴロウさんはエリスに祖国 トツカの事を教えてくれた


どういう食べ物があって どういう風に街があって、どういう人がいてどういうことがあって、時に大袈裟な身振り手振りで 時に声を潜めて、出来る限りエリスを楽しませようといろんなことを教えてくれた


エリスは、その国に行ったことはありません どんなところか、想像もつきません、けれど ヤゴロウさんの話は、エリスをまるでそこに連れて行ってくれたかのような、そんな錯覚を覚えさせるほど楽しく、いつしかエリスも笑ってその話を聞いていた




「……そうやって行っている間に 瘤が引っ込んでしまったというオチでござるよ」


「フフフ、なんですかその話は くだらないけど面白いですね」


「ハハハ、我が国ではオチまで含めて結構有名な話でござるが、ここならいつでも爆笑が取れる自信があるでござるよ」


「たしかに、ヤゴロウさんの国の笑い話は誰も知りませんからね」


クスクスと口元に手を当てて笑う、こうやって声を上げて笑うのなんて久しぶりな気がする、少なくとも このマレウスに来てからは初めてだ


誰もいないフロントで、二人で笑いあっていると ふと、音からギシギシと足音が聞こえて


「朝から随分賑やかだな」


「おお、レグルス殿も おはようございます」


「あ、師匠おはうよございま…ああ!、朝ごはんの準備!し損ねました!」


しまった!ヤゴロウさんとの話に夢中で朝ごはんの準備がまだ出来てない!、慌てて立ち上がる、ああ!こんな失態をしてしまうなんて


「いやいいさ、今日くらい軽く済ませよう」


「うう、すみません…師匠…」


「申し訳ないでござる、拙者が引き止めたばかりに」


「いえ、エリスがヤゴロウさんに話しかけたわけですし…」


「気にするなエリス ヤゴロウも、それよりヤゴロウ、お前は今日どうするのだ?」


「む?、とりあえず城を目指して 剣の腕は要らぬかと聞いてみるでござる、拙者剣以外何も出来ない身ゆえ これで売り込むしかないでござる」


そういうとヤゴロウさんは手入れを終えた刀を腰に納める、まぁその剣の腕があれば引っ張りだこだと思うな、エリスは


「そうか、ならエリス 軽く朝食を済ませよう、ヤゴロウも 食ってからいけ」


「かたじけないでござる」


「はい!、では早速!簡単なものになってしまいますが作りますね!」


そう言って馬車に食材を取りに行く、今日の朝ごはんは 予定とかなり変わり簡単なものになってしまうが、今は落ち込むよりも料理だ


朝のメニューはこんがり焼いたパンと 卵とベーコン、あとミルクだ、それを二人のいるテーブルに運び、チャチャっと朝ごはんを終わらせてしまう


ヤゴロウさんはパンを初めて食べるようだったが、一口食べると『エリス殿の料理はうまいでござるなぁ』なんて褒めてくれた、次はしっかりとした料理をご馳走してあげたいな


なんて思いながら エリスの朝は終わりを告げる、さて 今日は何をしようかな


……………………………………………………


『それじゃあ拙者は早速街を回ってみるでござる』


そういうとヤゴロウさんは朝食を食べ終わるなり軽く礼を言い外へ出て行く、流石に働き口のなんのかんのまで干渉する必要はないだろうと その辺は彼に任せることにした、まぁ 上手くやると思う、彼も子供ではないのだから


じゃあエリス達も暇に明かしてプラプラ出歩くか とはならず、エリスには修行があるので宿を出て街を出て、街の郊外でしばらく魔術の修行をするのです


今までの魔術の精度を高め 新しい魔術を取得し、それを使って模擬戦をし 魔術の勉強 実践をとにかく繰り返す、いつも通りの修行 もう慣れたもんだ


でも、こうやっていくら修行しても、最近はあんまり強くなれている感覚がしない、いや たしかに力は強いている 強くはなっている


だが、確実にスピードが落ちている やっぱり頭打ちなんだろう、師匠はこれを壁と称した これを越えられないと先に行けないと、ヤゴロウさんはこれを際と称した これを飛び越えないと次の道へ進めないと


今エリスはその際にいるのだろう、そして これを超えるには


「…魔響櫃の開封が絶対条件、…か」


師匠との修行をひと段落させ、座り込みながらポッケの魔響櫃を眺める


「難しい修行だろ?、だが その手探りもまた強くなるのには必要な段階だ」


「師匠…、エリスにこの箱は開けられるんですかね」


「弱気になるな、その為に今も修行しているだろう?」


「そうですけど、…エリスには心の力が足りないんですよね、きっと」


ヤゴロウさんの言った 心技体、エリスはその中で心が未だ未熟だという ヤゴロウさんを見ていれば何か掴めるかと思ったが、何も掴めていない…


「心の力が足りないとは言うが、別に心で腕立て伏せして強くなるものではない、未熟と理解したからと言って強くなるわけじゃない」


「ですけど…!」


「慌てるな、今私から言えるのはそれだけだ」


分からない、心って何だ 不確定すぎる、力は単純だ 上腕二頭筋を見れば大体わかる、技は単純だ 戦えば分かる、だが心って何だ?どうやって理解すればいい?心を強くするってどうすればいいんだ?


少なくとも師匠はやり方を教えてくれない、…今は師匠を信じるしかないと言うことか


「何、お前は魔女の弟子だ こんなところじゃ蹟かんよ」


「そうだといいのですが…」


「…ふむ、ひどく落ち込んでいるな、よし じゃあ今日は修行を切り上げて街で遊ぶか」


エリスがどんよりした空気を漂わせていると師匠が肩を叩いて気分転換に出かけようと言ってくれる、…師匠が心配してくれるなら いつまでも暗い雰囲気でいるのは失礼だろう


「はい!、遊びましょう!師匠!」


「ふむ、お前は笑っているのが一番だ …よしよし」


「あうぅ、撫でないでください…恥ずかしいです、…あ!師匠!そういえばもうすぐこの街でお祭りがいるみたいですよ」


「祭り?」


そうだ、ウルキさんが言っていた話によるとこの辺りで何と十二年に一度の大イベントがいると言うではないか、確か名前は


「はい、魔蝕祭という祭りらしいですよ」


「魔蝕…?、あんなものを祝うのか?…いや 何も知らぬ人間からすれば、あれはただの不思議現象、祝いにもなる…か」


「え?、師匠 魔蝕が何か知ってるんですか?」


「まぁな」


確か、その祭りではウルキさんは 世界最大の魔術が見れると言っていたが、もしかしてその魔蝕そのものが魔術?


「一体、魔蝕って何なんですか?」


「ふむ、日蝕 という現象を知っているか?」


「日蝕、はい 聞いたことがあります」


確か月と太陽が被る現象のことだったかな、部分的に被るのは数年に一度あると聞いたことがある、見たことはないが


「魔蝕とはそれと同じで、この国には十二年に一度 必ず決まった日取りで、太陽と月が完全に被る日があるんだ、それを魔蝕と呼ぶのだ」


「完全に被るんですか?」


「ああ、その日その瞬間 辺りは闇に包まれる」


「絶対に同じ日取りなんですか?」


「ああ、絶対に被る …シリウスの魔術によってそうなった」


シリウスの魔術のせいでか…え?いやいや、え?シリウスの魔術のせいでって、つまり シリウスの魔術は天体の法則さえ変えてしまうのか?、しかもそれが八千年も…どんだけ凄い力を持ってたんだ


いやそれが 世界最大の魔術…?、フォーマルハウト様はシリウスを最も神の座に近づいた人間と言っていたけれど それはもう神様じゃないか


「シリウスが最も得意とした魔術 星辰魔術は星を操り星の力を借りる魔術でな、特にシリウスは星の並びを操り それによって魔術を発動させたんだ」


「そんなことが出来る…んですね、シリウスは」


「ああ、そしてその最たるものが魔蝕、いや正式名称は『羅睺天惑星合一』 月と太陽が並ぶ瞬間になると今も半端に発動してしまう魔術だ」


星を揃えて発動させる魔術 その影響が今も残っていて、シリウスが発動させていた通りに自然の法則で星が並ぶと自動で今も発動してしまうらしい、とんでもない話だ…


「だが結局は魔術だ、詠唱者も使用者もいないから発動することはない」


「あ、発動はしないんですね」


「当たり前だ、だがその影響で どこからともなく 膨大な魔力が天に集まるんだ…使用者なき魔術を発動させる為にな、その魔力量は魔女の数倍だ」


膨大も膨大だ、そんな量の魔力が集まって空に昇っていく その現象も含めて魔蝕なのだろう、しかし いくら魔力が集まっても使用者がいない為魔力は集まるだけ集まって形を成せず 魔蝕終了と共に再び虚空に霧散する


「視覚出来るほどの濃度になった魔力が天に昇っていく…ただの景色として見るならば絶景と言えるだろうな」


「そんなに大量の魔力が集まって、その魔術はどんな効果を持つものなんですか?」


「…羅睺天惑星合一は、シリウスの目的を達する為のものだったとは聞いているが、どんな効果だったかは分からない、それが実行される前に 奴を倒したからな、…でもまぁ 発動してたら 世界は滅びていただろうな」


世界破壊…魔術では不可能とされている領域にシリウスは足を突っ込んでいたわけか、怖い話だ それと同時に思う、彼女の真意は何なのか どう言う人物なのか、気になる…良くも悪くもこの世界に影響と傷跡を残した 恐らく人類史上最高の魔術師がどんな人間だったのか


「しかしそうか、もうそんな時期か…久々に見て見るのも良いだろうな」


「それにそのお祭りのために今からいくつか露店とかも出てるって聞いてますし、見に行きましょう!師匠!」


「祭りか、いいな 思えば祭りを楽しむ側に回るのは初めてだな」


そういえばそうだ、だからこそ楽しみだ 師匠とお祭りなんて


そう思いながら街の郊外からサイディリアルの大通りへ向かう、この街を出る時同じことを思ったが やはり日に日に人通りが多くなっているような気がする、少なくとも昨日の2~3倍は人が多い気がするな


「凄い人ですね、流石は十二年に一度のお祭りですね」


「普通の人間からすれば数回しか見られない祭りだからな、そりゃ 盛大に祝うんだろうな」


「たしかに、エリスも今回が初めての魔蝕ですね、以前の魔蝕はエリスの生まれた年ですし」


「何?いや…そうだったな、だとすると…なるほど、そういうことだったのか」


なんだ、急になんか納得し始めたよ、大通りで人を避けながら顎に指を当てる師匠を見てエリスもまた訝しげに顔を歪める


「どうしたんですか?師匠」


「いや、君のその異常なまでの記憶力の正体が分かったんだ」


「え!?」


エリスのこの記憶力の正体?、その正体がわかった事よりも この記憶力に由来があったことの方が驚きだ、これは生まれつき持っていたもの、誰かから授かったものではない


「魔蝕…魔蝕の年に生まれた子は魔蝕の子と呼ばれていてね、特異な才能を持っている場合があると言い伝えられているんだ」


「言い伝えられてるって…都市伝説とか噂とかではないんですか?」


「いや、これが存外にただの与太話と切り捨てられないんだ、魔蝕の時は魔力が天に集うと言ったな」


「はい、凄い量の魔力が天に昇るんですよね、それこそ目に見えるくらい濃い魔力が」


「その魔力は木や石 大地から溢れて天に昇ると言われていてな、魔蝕の年は特にそう言った自然の魔力が騒がしく隆起するんだ まぁこれは人間には感じ取れないくらいものなんだが、生まれたばかりの乳児は別でね、そういう騒がしい魔力に晒された場合 体内の魔力に異常が起こり、その異常が才能として開花する場合があるんだ、まぁ全員が全員ではないがね」


そういう才能を狙って、王族とか貴族あたりはそこを狙って子作りをするらしいと師匠はいう


そうか、まだこの世の魔力に耐性の無い乳児が魔蝕によって騒がしく隆起した魔力に晒されて 結果的に異常が発生し、エリスのような異常な能力を開花させる場合があるのか…


同じ魔蝕生まれとしてはデティがいるが、確かにあの子も異常なまでに魔術の才能があった、特に魔力感知能力…あれは今思えばかなり異常だ


だって相手の魔力の質さえ一瞬で看破できるほどなのだから…いやそれが魔蝕による才能なのかはわからないが、そっか エリスのこの記憶力は魔蝕によって生まれたものなんだ…


ちょっと安心した、エリスみたいな子が他にもいる可能性があるってことだよな、エリスはなんら特別でも異常でも無いんだ、そう思うと ちょっと落ち着く、だって エリスだけが他の人間と違う何かかもしれない なんて思ったことさえあるのだから


「それにしても、本当に特別なんですね 魔蝕って」


「良くも悪くもな、元はシリウスが世界崩壊のために用意した魔術式が…こんな風に祝われたり 恩恵を与えたりしているのだ、私としては複雑な気持ちだよ」


師匠的には こんな魔術式 後世に残したくなかったろうが、シリウスは星の並びを魔術の術式として用意したせいで、シリウスを殺してもなお それを消し去ることができなかった、だって星の配置を変えることなんかできないしね


それに 魔蝕のおかげでエリスは今日まで上手くやってこれたわけだし、感謝しないと


「しかし、露店が多いな…ちょいと一つ買っていくか」


「そうですね、魔蝕飴に魔蝕焼き …なんか、こういう時露店が売り出すものってどこも同じなんですね」


確か廻癒祭の時にも魔女飴やら魔女焼きだのが露店に売られていた記憶が…ん?、露店のさらに奥、そう 大通りの奥の奥 街の中央に一層分厚い人集りが見えてくる


「なんか 人が集まってますよ、何やってるんでしょうか」


「街の中央の方だな、何かあるのか?…」



「おい、急げ急げ 国王の挨拶が始まるぞ!」


するとエリス達のすぐ脇を 王国兵と思わしき男たちが鎧をガシャガシャ鳴らしその野次馬の方へと走っていくのが見える、国王の挨拶? ああなるほど、一応国を挙げての祭りだから国王からの挨拶もあるのか…


いやでもそれなら祭の当日にやるもんじゃ無いか?、魔蝕は明後日だぞ?


「国王の挨拶…か、見ていくか?エリス?」


「見ない理由もありませんし、見ていきません?」


別に面白いものでも無いだろうが、だからと言って態々離れる理由も思いつかない、ああやって人集りが出来てるなら、野次馬するのもいいかもしれない


そう思いエリスと師匠は野次馬の外周に二人で並び立つ、ここに立ってみるとよく分かるが、野次馬の向こうに城のような物が見える、恐らくあれがこの国の王城…街の中央なんだろう


野次馬達の最も外側にいるので 些か遠いが、見るだけなら遠視の魔眼を使えば問題なく見える


「…お、ちょうど始まるみたいだな」


騒めく野次馬、城の方が騒がしくなり 城の上層に存在するテラスに守衛の兵士がズラリと並ぶ、説明されずとも分かる 何か始まる…恐らく国王の演説か何かだろう


なんて考えていると直ぐに守衛の兵士達を割って、一人の女が現れる


「………………」


遠視で見ているから、その女の特徴はよく見ることができる…


鋭い目 夜の森のような暗い緑色の髪を揺らす軍服の女性、きっちり着込んだ軍服と 豪勢な木の杖をカツカツ突きながら現れるその姿は 不遜とか傲慢とか、そういう言葉が湧いてくる


五大王族より偉そうだけど、あの人が国王なのか?…いやでも軍服着てるし


「おお、王国宰相レナトゥス様だ、いつ見てもお美しい」


あ、宰相なんだ 目の前の野次馬がうっとりした様子で呟く言葉であの女…王国宰相レナトゥスの名を聞くことが出来た、というかよくそこから見えるな 愛のなせる技か?


目の前の男や周りの野次馬の声を総合して情報を整理すると…


今現れたあの女の名はレナトゥス・メテオロリティスと言うらしい、役職は王国宰相 国王に次ぐこの国の二番手の権力者、王国軍やこのマレウスという国の政を担当する辣腕の存在らしく、彼女こそが事実上のこの国の王と呼ぶ者もいるほどだと…


レナトゥスは厳しい顔で眼下の野次馬を見下ろすと、軽くため息をつき…何やら 四角い石のような物を口元に当てると


『諸君!今日この祝いの日によくぞこの街に集ってくれた!そう!礼を言おう!ありがとう!』


キィーンと耳を劈く轟音が辺りに響き渡る、な なんだ?今の声 レナトゥスの声か!?、いやでもこんなに離れてるのに なんて声の大きさだ…!


「ふむ、拡声魔術か」


「拡声魔術?」


「ああ、その名の通り 広範囲に声を届ける魔術だ、見たところ道具を介して使用しているようだが こういう演説の場では重宝する魔術だぞ」


そんな魔術もあるのか、拡声魔術…確かにこういう演説の場でめちゃくちゃ張り切って大声出すより ああいうものがあった方が便利なのか


『我こそはレナトゥス!王国宰相レナトゥス・メテオロリティスである!、マレウス国王より軍事 政治 凡ゆる分野を任されているこの国の支配者である!、そう!支配者だ!偉いな!』


自分で言うか、まぁこう言う場に出てくるから偉いんだろうなと思っていたが、そう言うのはもうちょい慎ましく言うもんじゃ…


『マレウス建国より八百年、その時より祝われ続けた歴史ある魔蝕の日、その栄えある日を直前に 皆に重大な発表がある、そう!重大だ!凄くな!』


「重大な発表…?」


確かに魔蝕というイベントは世界からも注目されるイベント、当然 その会場になるこのサイディリアルも世界中から目を向けられることになる、となると何かをアピールするには絶好の機会とも言える


一番注目を浴びるのは魔蝕当日だが 下手に魔蝕現象とこの重大発表が被ると、逆に神聖な現象に水を差したと 反感を買いかねないし 、今のタイミングがベストなのかな


なんて考えていると 城のテラスが騒がしくなる、守衛の兵士達がガシャガシャと慌ただしく動き回り、この国のNo.2が現れた時よりもさらに護衛が多くなる…


『重大な発表とは、他でも無い!皆 今代のマレウス国王が病床に伏しているのは存じているだろうが、先日病状が悪化しこれ以上 玉座に座り続ける事が難しくなった!、そこで私と国王で協議した結果 王子を今日この時を持って新たな王として戴冠して頂くことになった!、そう!戴冠だ!重要だな!』


「王子…、それって」


マレウスの王子、会ったことはない けれどその名前はこの国で何度か聞いている、その顔も絵画で見たことがある、そいつの名前は…


『では 皆の前で挨拶をしていただきましょう、これから皆の王としてこの国を引っ張って行く国王、バシレウス・ネビュラマキュラ様だ!、そう!新たなる王の誕生だ!』


「…………」


すると レナトゥスの隣に一人の青年が現れる、エリスの記憶の通あの絵画の通りの青年、燃え尽きた灰のような白い髪 尚も燃え滾る炎のような赤い目、ギラリと並んだ鋸のような歯 それが気怠そうにくちゃくちゃと何かを咀嚼しながらボケッと立っている


バシレウス・ネビュラマキュラ…この国の次期国王、エリスの二倍近い魔力を持ち、圧倒的に剛運でカジノをまるごと徴収するめちゃくちゃな人間、民は彼をして全てを持ち合わせる最高の人間と呼ぶ 或いは…人外の怪物であると…



…由緒ある戴冠の時とは思えない態度だ、これから王になって民を率いて行くとは思えない、だって此の期に及んであいつは眼下の民を視界に入れようともせず 自分の爪を見たりぽりぽり頭を掻いているんだ


『皆も彼の事は存じているはずだ、圧倒的な魔力と武力 知力を兼ね備えた完璧な人間、既にお一人でマレウス国軍を叩きのめす力を持つ強き王子、現国王も彼をして人智の及ばぬ王になれるとお墨付きを頂いている!、そう!歴代最強の王だ!』


「……くちゃくちゃ……」


隣で自分を褒めるレナトゥスをまるで他人事のように眺めるバシレウス、耳の穴に指を突っ込み眠そうに大欠伸をしているじゃないか、だがその生意気な態度を咎める人間はいない、それはバシレウスが強いから?偉大だから?偉いから?違う、多分違う


怖いからだ、こんな離れたところで見ているだけなのに 、エリスでも言い知れぬ恐怖を感じてしまうのだから、目の前に立っている守衛の人間達はもっと怖いだろう


いや、もしかしたら あの守衛の兵士達も、守っているのはバシレウスではなく、バシレウスが暴れた時のため 控えているのかもしれない


『バシレウス様は二日後 12歳の誕生日を迎えられる、そうだ この方は魔蝕の年 しかも魔力が最も高まる魔蝕当日に生まれた御子なのだ、魔蝕に与えられる加護を誰れよりも授かった存在、この方のあり方とその出自から我らはこの方をこう呼んでいる…、そう!蠱毒の魔王バシレウス様と!』


「…ぺっ」


蠱毒の魔王 バシレウス、蠱毒はどっから来たんだ?なんか触らない方がよさげな雰囲気がする、多分適当につけたものではないのだろう、蠱毒の意味を考えるなら彼は…いや 推察するのはやめた方がいい


きっとこれも見間違いだろうが、今バシレウスが吐き出したものが 何かの骨に見えたのも気のせい、或いは動物か何かの骨だろう…何かの指に見えたのも気のせいだ


というか同じ歳なのか、いや エリスよりタッチの差で歳下か?エリスはもう12歳だし、それに 彼…彼も魔蝕の子なのか、もしかしたらあの圧倒的才覚は魔蝕によって与えられたものなのかもしれない


『蠱毒の魔王バシレウス様の戴冠を!この国で!民達で!、皆で祝うのだ!、さぁ!バシレウス様!民にお言葉を!、そう!スピーチです!』


そう言うとレナトゥスはバシレウスに手に持つ拡声魔術の道具をバシレウスに手渡すと、バシレウスは…


『……………………』


『ば…バシレウス様?ほ ほらさっき渡した紙ですよ、そう これですこれです』


『………………』


何も喋らない、黙るバシレウスを前にレナトゥスも慌てて紙を手渡したり小声で催促したりするが、動かない バシレウスは微動だにせず眠そうにしながら民にもレナトゥスにも目を向けない


なんなんだあいつ…


『バシレウス様お願いします、先程言ったじゃないですか 今日は…そう、重要な日取りで…』


『死ね』


『バシレウス様!?』


一つ呪詛を吐いたかと思うとバシレウスは踵を返し テラスの奥へと消えていく、周りの守衛やレナトゥスが止めようとするが 彼がひと睨みするだけで誰も動けなくなる、こうしてロクな言葉もなく戴冠式は終わった


残ったのは静寂、民もレナトゥスも黙って立ち去るバシレウスを見る…ん?、あれ?遠視でやっと見えるくらいの距離だけれど、あのテラスの奥 バシレウスと同じ髪色と目の色をした女の子が立っている、ただ痛々しいのは体のあちこちに痣があり、右目や腕には血の滲んだ包帯が巻かれている


「…………」


「……ッ…ッ」


女の子は立ち去ろうとするバシレウスに何か言うが、バシレウスはそれすらも無視して奥へと歩いていく、女の子はそれを追いかけるように一緒に闇へと消えていく


なんだったんだ?、もしかしてバシレウスの従者…いや同じ髪色であるところを見ると妹か?、でもだとすると彼女もお姫様のはず、なのになんであんな奥に控えて あんな怪我を…


『えー、おほん!、まぁそういうことだ バシレウス様は些か気難しい方ではあるが、その才覚は本物だ 私が保証する、彼が王の座につけばマレウスは更なる繁栄を極めるはずだ、それこそ魔女大国にも劣らぬ 勝るほどの大国に、そう!繁栄だ!』


レナトゥスは咳払いをしながらなんとかその場を取り繕う、あれはあれで良い王になる だから安心しろ、この国は更なる繁栄を極めると取り繕い、恐らくバシレウスがいう予定だったスピーチを代わりに彼女が民に言って聞かせる


彼女も大変だ…


「凄いのが王になりましたね、師匠…師匠?」


「っ…絵画を見た時から感じていたが、実物を見ると…」


師匠は訝しむように、そして頬に冷や汗を這わせながら戦慄している…あのバシレウスという男が、師匠をここまで戦かせているのか?、でもエリスにはただ変に怖いやつという印象しか…


「どうしたんですか?師匠」


「…そっくりなんだ」


「そっくり?、そっくりとは誰に?」


「……幼き日のシリウスに、幼少の頃のシリウスにあまりに似ている、瓜二つ…まるで生まれ変わりだ、そのまま男になったかのようだ」


え…シリウスにそっくり?、あの原初の魔女シリウスに あのバシレウスという男がそっくりだというのだと言う


この世を滅ぼした最悪にして災厄の魔女 シリウスに…バシレウスが、それが何を意味するかは分からない、単なる他人の空似の可能性もある、だがあの圧倒的才覚と異様な雰囲気が ただ似ているだけと切り捨てさせることが出来ない


…思い返すのは、魔女達が弟子を取る理由、何か 災厄に似た何かが起こる可能性を感じ取って、皆弟子を取り始めていると、もしかしたらその災厄を魔女は解決できない可能性があると…


その時魔女がどうなっているかは分からない、ただ解決できないだけなのか なんらかの理由で動けないのか、或いはその新たなる災厄を前に 魔女が敗れ…死ぬか…


その代わりにエリス達が魔女の代わり災厄を解決することになるかもしれないと


まだなんとも言えない、確定したわけじゃないし確証があるわけじゃない、けれど あれこそが新たなる災厄だとするなら…


『私 レナトゥス・メテオロリティスはここに宣言しよう、新たなる王バシレウス様はいずれ魔女さえも凌駕し その存在を打倒し!、そう遠くない未来 この世に魔女無き人類世界の幕を開けさせる存在になると!、そう!彼こそが!魔女を討ち倒す魔王となるのだ!』


レナトゥスが叫ぶ、蠱毒の魔王バシレウスがいずれ魔女を殺し この世界を魔女の居ない世界に変え、人類の繁栄をもたらすと…


息を呑む、…もしそれが本当だとするのなら、バシレウスは いずれエリスの前に立ち塞がる、最悪の敵になる可能性がある、その可能性を感じ エリスもまた戦慄する


新たなる王の誕生を祝う中 エリスと師匠はただ二人で、沈痛な表情で バシレウスの消えた闇の奥を見据えていた


………………………………………………


もうお祭りを味わう気持ちでは無い、何がどうしたってことはないんだけど、ただそんな気分になったのだ


バシレウスは魔女の弟子でもなんでもない上にあの歳で既に魔女の弟子であるエリスの二倍近い実力を持っている、きっとこれから更に早いスピードで実力をつけていくだろう


下手したら彼はもう第二段階の領域に足を踏み込んでいるかもしれない


そんな奴が師匠に牙を剥くかもしれない、師匠が負けるとは思いたくないが フォーマルハウト様の言葉がどうにも引っかかる



奴が成長しきって、強くなって 師匠達の前に現れた時 エリスは師匠達を守らないといけないかもしれない、けれど その時奴の前に立った時 …エリスは果たして奴と戦えるだろうか、勝負になるだろうか


少なくとも、今バシレウスと戦えば エリスは負けるだろう、勝負にもならない可能性がある…、はぁ もっと強くなりたいのに、目の前にある壁をエリスはまだ越えられない


もどかしいな


「はぁ…」


レナトゥスの演説が終われば三三五五で人は散っていき 元のただの喧騒に戻り、エリス達も特にすることが浮かばないので宿に戻ってきた、今は宿の部屋で魔響櫃を眺めている


これさえ開けられれば、少しでも状況が変わるのに…


「エリス、さっきから何を落ち込んでるんだ、何か嫌なことでもあったか?」


師匠が読んでいた本を閉じながらこちらを見て不思議そうに首をかしげる、何かあったって…


「いや、あのバシレウスって奴が師匠を殺しに来たら…エリスは師匠を守れるかなって…」


「はぁ?、なんでバシレウスが私を殺しに来るんだ!なんか恨まれることしたか私」


「いいえ、でもフォーマルハウト様が言ってたじゃないですか、新たなる災厄が起こる日が近いって…それがバシレウスなんじゃって」


「新たなる災厄…ああ、フォーマルハウトがそんなこと言ってたな、あれはかもしれないってだけだ フォーマルハウトだって未来のことは何も分からないんだ、起こるかどうかも分からないことに気を揉んでも杞憂というものだ」


「でも…!、今のままじゃ…師匠の危機にエリスは何もできないかもしれないんです、起こるか起こらないかじゃないんです…師匠も知ってるでしょう、魔女排斥機関が師匠達の命を狙ってるんですか バシレウスでなくとも、師匠達に危機が訪れる日は絶対に来ます!」


「…だから、気にし過ぎだ 自分の身くらい自分で守るし、それでダメだったら私が不甲斐なかっただけだ、お前がどうこう気にすることではない」


ドライ…あまりにドライだ、昔から感じてはいたが師匠は自分のことに対してあまりに無頓着だ、バカにされても愚弄されても 命を狙われても、なんでそんなに気にしないでいられるんだ


「エリスは…エリスは…」


「…エリス、少し前から思っていたが 魔女のことでお前がそこまで激烈怒ったり気にしたりすることはないぞ」


「え…?」


「君がステュクスと喧嘩したのも元を正せば彼が魔女を否定したからだろう?、だが魔女が嫌いな人間くらい居る 否定されることだってある、そのことに対してお前が怒る必要はないんだ」


「でも!、許せないじゃないですか!、この世界を救ったのは師匠達ですよ!今の世界があるのは師匠達の奮戦のおかげなんですよ!、なのに!恩知らずもいいところじゃないですか!」


「八千年も前だ、恩もクソもない 我々が今世界を治めているのも、言ってしまえばお節介のようなものだ、我々がいなければ世界が成り立たないわけじゃない」


「成り立ちません!魔女の居ない世界なんてあり得ません!」


「頑固だな…、私は君に魔女の信者や信徒になって欲しいわけじゃないんだが」


魔女を否定することは許されないことだ、ステュクスは魔女を否定した 許せない…


いや、いや?もっと元を正せばこの国だ 魔女を必要とせず魔女からの自立なんかも掲げて、剰えあのレナトゥス…あいつも言っていたじゃないか


『魔女を殺し人類世界を作る』と、…なんだそれは なんだそれは!、それを聞いても誰も否定しなかった!つまり この国の奴らは魔女を殺すこと自体になんの抵抗も抱いていないことになる


人間はみんな魔女に感謝して生きるべきなのに…!


「おいエリス、魔女を庇ってくれるのは嬉しいが、我々はあくまで前時代の遺物いつ人類から切り捨てられても きっと誰も文句は…」


「っ!師匠までそんなこと言わないでくださいよ…」


「いや私が言いたいのはお前の…」


師匠が何か言おうとする 口を開く、だがそれをエリスは聞くことができなかった…


「ぁ…ぐぅっ!?」


走る激痛、頭が痛い 頭蓋骨の奥から叩かれたような激痛に表情を歪めて 頭を抱えフラフラとバランスを崩す、な なんだ…なんだ急に!


「エリス!、大丈夫か!」


「ぐっ…あ…」


この感覚、覚えがある ウルキさんと別れた時に起こる目眩に似ている、が今回はめまいどころでは済まない、痛みを伴い頭をズキズキと何かが突き刺している、明確に悪化している


ーーッーーッッーー……ほらまた!誰かが何か言ってる!どこでだ?エリスの頭の中で誰かが何かを…ッ!?痛い…痛い痛い この声がすると頭が痛くなる


「いたた…」


「おい、頭が痛むのか?大丈夫か?」


「ッ…だ 大丈夫です、大丈夫」


煩い煩い 黙れ黙れと頭の中の声に怒鳴りつける、そうすれば声もだんだんと遠ざかり…それと共にこの頭痛も霧のように消える、…あんなに痛かったのに まるで嘘みたいに痛みが消えた、なんだったんだ


「大丈夫って…頭痛がしたのか?」


「はい、ちょっと立ちくらみをした時に 頭もズキズキと」


「…何か心当たりはあるか?」


心当たりか、…あるにはある


「実は最近、立ちくらみが酷くて…フラフラとバランスを崩す事があるんです、と言っても今まで2回ほどなんですけど」


ウルキさんと出会った時に起こる目眩 それと感覚が似ているような気がした、今回は特にウルキさんと出会ったわけでもないのに起こっていたから やはりウルキさんは関係ないのだろう…


あんまり師匠に心配はかけたくないけれど、こうなってはもう心配云々ではないだろう


「立ちくらみか…んー、熱もないし怪我もないし、とはいえ何かの病かもしれない 今から医者に診せるが、構わないな」


「はい、とはいえ特に不調があるわけじゃないですし …」


「それでもだ、大事をとって少しの間修行も取りやめる、最悪何か大病を患っていた場合 療養の為 アジメクに戻るかもしれん、それだけ頭に入れておけ」


アジメクに戻るかも…か、ここまで旅を続けてきて その終わりが病気でリタイアはあまりにあっけない、出来れば何もなければ良いが……


なんて、エリスの心配も他所に 師匠はエリスの手を引いてそのサイディリアルの街にある診療所をいくつか巡ることとなった


結果数人の医者に診てもらったが 結果は皆どれも同じ


『肉体的 或いは精神的疲労からくる物』つまり、異常なしだった


或いは…原因不明とも取れるが、一先ず医者が問題なしとの診断を下したので今回の一件はとりあえず数日休んで様子を見るという点に落ち着いた


この判断が正しかったのかは分からない、ここでこの街を離れていたら アジメクへ戻っていたら、何かしら どこかしら結果は変わったのかもしれない



ただ一つ言える事があるとするならば、その日はもう目の前まで迫っていた


エリスにとって、最初の運命の日




一度目の魔蝕が…目前まで迫っていた事



これが、…そうだ エリスの人生における、最初の邂逅を…意味して……



…………………………………………………


「以上を以って、No.1 魔術師のベートを除名処分とし、粛清を行った…簡単に言えば、彼は死んだ」


どことも知れぬ廃城の…玉座の間を改造して作られた幹部会合の間、魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムの傘下の組織大いなるアルカナの本部であるこの部屋に、No.10 運命のコフの報告が響く


幹部会合の間の長テーブルを囲む席には、コフを除いて四人の男女が座っている


No.3 女帝のダレット


No.4 皇帝のツァディー


No.6 恋人のザイン


No.8 正義のラメド…それが粛々とコフの報告を聞く、内容は簡単 彼らの仲間であるNo.1 魔術師のベートが粛清されたと言う内容である


一年ほど前『エリスを倒す』と息巻いて出て行ったきりこの結末だ、元々小物であったことは知れていた、アルカナの幹部数が二十二人と決まっていなければ あんなやつ幹部に入ることはなかっただろう、所謂数合わせ


それが魔女の弟子を突いた結果 最悪なことに情報を売ってでも逃げようとしたらしい、アルカナもマレフィカルムも裏切り者には冷徹だ


ベートも例に漏れず審判によって粛清されたらしい


「まぁ!そうだろうねぇ!、アタシは分かってたよ!アイツは結局こうやって終わるってね!、ねぇ?ダーリン」


「その通りさハニー?、ベートは所詮雑魚 大いなるアルカナの幹部の中では最弱だからねぇ〜?」


「……まぁ、ベートが負けたことはいいんだけどさ、ギーメルがこの招集に応じてないのはどう言うわけ?」


嘲るダレット 罵るツァディーを冷ややかな目で見るはNo.6 恋人のザインである、今この国に駐屯しているアルカナ幹部は七人…いやベートが消えたから六人か、しかし だと言うのにこの場に集まったのは五人だけ


アルカナの幹部招集は絶対だ、友達の集まりじゃないんだ 呼ばれたら集まるのは大人として当然の行い


現れなかったギーメルは不真面目そうな見た目をしてはいるが、組織の流儀を違えるほど馬鹿じゃない、来てないということは来てないなりの理由があると言うことだ


それをコフに問うと、コフはいい辛そうにポリポリと頬をかき


「あー、ギーメルは 死んだみたいだ、理由はわからない だが彼女の指輪が嵌められた指が昨日町外れの川岸で見つかったみたいだよ」


「なっ!?なんで!」


思わず席を立つザイン、別にザインとギーメルは仲が良かったわけではない 、顔を合わせても話なんてしないし 一緒に遊ぶなんて真似しないどころか想像もできない


だがあまりに唐突、ベートは分かる 死んで当然の行動をしたからだ、だがギーメルは違う 何もしてない、何もしてないのに死んだ、いや ただ殺されただけじゃない


消された そう形容する方がいいだろう


「分からない、発見した村人は魔獣に襲われた人間の残骸と語っていたが、…その指を確認したアルカナの潜伏構成員曰く あれは魔獣の手によるものじゃない、鋭利な刃物で細切れにされた跡だと言っていた、恐らく何者かに殺され 証拠隠滅の為に川に捨てられたんだろう」


「だから!なんで!、誰にやられたの!、ギーメルだって雑魚じゃない そう呆気なくやられるわけが…」


「分からないよ、さっきも言ったけれど証拠隠滅のために川に流したんだ、当然 下手人の元につながる情報は何もなかった、強いて言うなれば ギーメルが潜伏していたサイディリアルに 先日魔女が到着したってことくらいか」


「魔女か…奴め、色気を出したな」


「なんだいなんだい!ギーメルの奴も魔女を先走って殺そうとして返り討ちにあったのかい!、情けないねぇ!、ねぇ?ダーリン?」


「その通りさハニー?、ギーメルもギーメルで大人しくしてれば長生きできたのにねぇ〜?」


魔女が…孤独の魔女レグルスとその弟子エリスが、この二人がやったのか?コフもツァディーもダレットもラメドも この場にいる人間全員がギーメルが欲を出して一人先走ったと思い込んでいる


…確かに、同じ街で魔女とばったり会えば ギーメルは一人で寝首でもかきに行くだろう、ザインとて同じことをするだろう、だが 魔女に返り討ちにあったにしては殺され方が陰惨過ぎる


もし魔女と戦って死んだなら 死体は残らないだろう、切り刻んで川になんか流す必要さえないだろう


もし弟子と戦って死んだなら こんなことにはならないだろう、やり口が鮮やか過ぎる 、人を二~三百人闇へ葬り去った経験がなければここまで手際よく人一人消すことはできない筈だ、少なくとももらった情報の中に エリスが人を殺したと言う報告はない


「…………」


「何か言いたそうだね、ザイン」


「コフ…いいえ、別に 何も」


だがここでそれを言っても無意味だろう、こいつらはそんなことを聞かされてもなんのこっちゃと首をかしげるはずだ、別にギーメル一人消された程損失でも痛手でもなんでもないからだ


だがこうも考えられないか、我々に明確な敵意を持った存在が…見えない敵が いる可能性があると


「ギーメルが居なくなったのは悲しいけれど、計画に大まかな変更点はない、魔蝕当日 我々はマレフィカルムの指示通り魔蝕の力を使う」


するとコフは立ち上がり窓の外に目を向ける…


窓の外には森が広がっている、森だ 鬱蒼とした 人の寄り付かない天然の折衝 自然の要塞、その森を城から見下ろすのだ


「既に、この城を中心として 巨大な魔術陣が書き込まれている、魔蝕当日になれば自然と起動して…空へ登る筈の魔力をこの城の一点に集めるそうだ」


「集める…それがマレフィカルム本部から言い渡された魔女殺しの計画ってわけ?」


「そうだ」


マレフィカルム側がいきなり使者を送ってきて我々に勝手に命じた魔女殺害計画、道具も用意した場も用意した あとはお前達がやれと言う如何にも怪しい作戦、その内容は魔蝕の力を使って魔女を殺せと言う単純なものだったが


魔蝕の刻 天に昇っていく高密度の魔力を一点に集める事がこの計画の内容だったのか、初めて聞かされたぞ 私は


「ねぇ、そんな膨大な量の魔力なんか集めて…どうするの?」


魔力とはあればあるだけ良いが、それはあくまで人の範疇の話だ 魔蝕によって天に昇る魔力の量は人智を逸している、なんであんな現象が起こるかは分かっていないが その魔力の総量は魔女さえ上回ると言われている


魔力は水と同じだ、一滴だけならなんら無害だ コップ一杯なら可愛いもんだ、バケツ一杯なら力にもなる、だが この空を覆い尽くす程膨大な…海のような量の水ならどうだ?、それはもう災害に他ならない 災だ 害だ、ロクなことになる気がしない


ザインは些か戦慄しながら窓の外に目を向けるコフに静かに問う、陽の光に照らされたコフの横顔は…無表情だ


「さぁ、ただ 後は勝手に魔術陣がやってくれるから、僕達はそれに応じて動くらしい…内容は、その時が来れば分かるそうだ」


いいように動かされている、だが悲しいかな 従わない 反発すると言う選択肢はないのだ


結局のところ、あっちも逆らえないから命令しているわけだし、こっちも逆らえないから動いてるんだ、今更どうこうジタバタ出来るものでもない


「この作戦の結果 何がどうなろうとも、マレフィカルム全体の目的は僕達アルカナと同じ魔女殺害に帰結する、なら乗ってみるのも悪くないんじゃない?」


「そうかもだけど…なんか怪しくない?」


「こんな廃城で夜な夜な集まって会議する僕達が言えた口じゃないね」


「そうだけど…」


「ともあれ、魔蝕は二日後だ 当日になって失敗は許されない、なんたって魔蝕を利用した計画は十二年に一度しか発動できない、これを逃せば次は十二年後だ…作戦の成功率を少しでも上げるために 失敗する要因はなるべく少なくしよう」


作戦を必ず成功させる秘訣とは、最高の策を用意する事でも最強の武器を用意するでもない、失敗する可能性をひたすら虱潰しにする事 これに限る、失敗する要因がゼロなら 作戦そのものがどれだけ穴だらけで稚拙でも成功する


「故にこそ、明日 ここにいるメンバーでやろうよ」


そして、ここにいるメンバー全員が理解している、作戦が失敗する最たる要因を、それを消せば 魔蝕計画は成功し、魔女を殺せる


「孤独の魔女の弟子エリス…それを囲んで叩いて、殺しちゃおう」


魔女の弟子エリス、奴さえいなければ魔蝕計画は内容がどうあれ成功する


女帝のダレットが獰猛に笑う


皇帝のツァディーが怪しく笑う


正義のラメドは静かに頷き


恋人のザインは目を伏せる


運命のコフは、ただ一人 作戦をを発令する、明日…エリスをこの世から消すと、時は来たんだと……


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