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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

国外追放が嫌で、秘密の訓練をした結果……

作者: 村岡みのり

 ついにこの日が訪れました。

 私は緊張しつつ、家族たちと一緒に会場入りします。

 本来なら私の婚約者であるリヒト様がエスコートすべき場面ですが、彼はある女性に熱をあげており、そもそもエスコートの誘いすらありませんでした。

 分かっていたことなので、我が家の誰も彼に対し不満を抱いておりません。ただ妹だけが、自分の言った通りだと、自慢そうな顔をしています。

 そんな妹が奇妙なことを言い出したのは、私が学園へ入学する直前のことでした。



「ヤバい!」



 家族全員で夕食を頂いていると、聞いた覚えのない言葉で叫び、突然妹は音をたて立ち上がりました。


「なんですか、チュニー。食事中に不作法な」


 母がすぐに叱責しますが、それどころではないと、妹は騒ぎます。


「このままだとお姉様が無実の罪を着せられ、国から追放されることになります!」


 瞬間、家族全員、妹がなにを言っているのか意味が分からず、固まりました。普段から作法に厳しいお母様でさえ、戸惑っておられます。


「チュニー、どうしたんだい? 体調でも優れないのかな?」


 少しふくよかな体型の父が、心配そうな顔で尋ねると、そうではないと妹は答えました。


「今急に、前世を思い出したの! この世界はね、私が前世で読んだ小説の世界なの! だから小説通りに進めば、お姉様は国から追放されるの!」


 唖然としたように、母は妹を見つめます。父はうろたえ、医師の手配をしようと、執事を呼びました。

 しかし呼ばれた執事、フェアトンも言ったのです。


「旦那様、チュニー様の仰せられた話は真にございます。私にも前世の記憶があり、そこでチュニー様と同じ物語を読んだことがございます。チュニー様、ヒロインの名は?」



『ベギー』



 二人、いえ三人の声が重なりました。三人目は部屋に控えていたメイド、オネットです。


 ふらり。お母様が額に手を当て、気絶されそうになりましたが、慌ててフェアトンが支えます。


「あー……。すまない。意味が分からないので、詳しく最初から教えてもらえないだろうか」


 父の言葉に同意するよう、私は頷きます。

 それから三人は語りました。


 三人とも前世は、こことは違う世界で生涯を終えたそうです。そして生きている頃、ある物語を読んだと。それは異色の物語で、悪役と言える令嬢が、その美貌と手腕で大勢の男性を夢中にさせ、のし上がっていく物語だったそうです。

 王太子と結婚するものの、現国王が崩御されると、令嬢が女王として君臨。最後は独裁政治を行うという、恐ろしい内容でした。



『この世は全て、私の思うままよ‼ ほーっほっほっほっほっほっ』



 そんなセリフで、物語は締められたそうです。


「貴女……。そんな低俗なお話を読んでいたの?」


 呆れたようにお母様が言います。


「いやー。なんかヒロインが逆な意味で気になって、ついつい読んでいたのよ。ざまぁもいつ起こるかって、期待していたし」

「あと、その話し方。伯爵家の令嬢としてふさわしくないので、正しなさい」

「ごめんなさい。前世では一般人だったから、記憶が戻ったばかりで、そっちに引きずられているみたい」

「だから」

「まあまあ、今はそれよりも、その……。『前世』というのは、本当なのかい? 人は生まれ変わるということが、本当にあるのかい?」


 妹が言うには、『輪廻転生』と呼ばれる現象で、一つの魂が死んでも別の生物に生まれ変わることを永久に繰り返すそうです。宗教によるものの、前世では珍しい考えではなかったと言います。

 別の生物ということは、人ではなく、動物に生まれ変わることがあるのでしょうか。逆に今は動物でも、次は人として生きることもあるのでしょうか。不思議な話です。


「それで三人とも、その作品を読んでいたと」

『はい』


 三人が声を合わせ、返事をしました。


「にわかには信じられないな。確か子爵家の娘に、ベギーという名の少女がいるが……」


 困り果てた様子で父が言います。

 生まれ変わりや前世など、私たちにはない概念なので、信じろと言われても無理な話です。正直三人とも、頭をぶつけた拍子に妄想を抱いているのではと、心配しているほどです。


「今すぐ信用してくれなくてもいいわよ。フェアトン、オネット、手伝ってちょうだい! あの話を思い出せる限り思い出して、ノートにまとめるから! それでその内容の通りの出来事が起きたら、信じてちょうだい!」


 それから妹たちは時間を見つけては、あれこれ話しながら、ノートにその話を書き綴りました。

 三人が集うと、『ねっと』や『ざまぁ』、『すまほ』『あにめ』など、聴き慣れない言葉をよく発しています。

 本当に妹たちは、別世界からの生まれ変わりなのでしょうか。そもそも世界は本当に、複数も存在しているのでしょうか。そして私は三人の言う通り、国外追放の目に合うことになるのでしょうか。

 答えが分からないまま、学園生活が始まりました。


◇◇◇◇◇


 学園には多くの貴族の子が通います。

 学園生活を送っていると、ベギー様の悪い噂が耳に届くようになりました。

 婚約者が決まっていないことを良いことに、大勢の男性に声をかけてはボディタッチを繰り返し、ハーレムを作ろうとしていると。

 妹の言ったことが、本当に当たりました。

 最初は身分の低い男爵や子爵の子息へ近づき、あらかた自分に夢中にさせると、次は伯爵家子息。侯爵家子息。さらには公爵家、王太子と……。どんどん身分ある子息を虜にしていきます。

 これだけ多くの男性を虜にするベギー様は、ある意味すごい御方です。どうすればそんなに男性の心を掌握されるのか、なにか秘訣があるのでしょうか。不思議です。


 王太子の婚約者であるヘルツィエ様は、よくベギー様に苦言を申されました。貴族令嬢が、淫らな行為に走るものではありません。婚約者のいらっしゃる男性に言い寄るのは、褒められる行為ではありませんと。

 ヘルツィエ様が言われる通りです。

 そして多くの女子生徒がヘルツィエ様と一緒に、自分の婚約者に近づかないようにと言われる光景も、やがては珍しくなくなりましたが、ベギー様は一向に改善しようとされません。妹が言うように、困った御方です。


 私の婚約者、リヒト様もベギー様の毒牙にやられました。

 彼は騎士団団長の息子で、自身もいつかは父親のように立派な騎士になるのだと、日々鍛錬を行い、色恋に興味ある性格ではありませんでした。そんな彼を虜にするとは、ベギー様はやはりすごい御方だと、少し感心の念すら覚えました。


 私とリヒト様の婚約は、我が伯爵領が国境線沿いにある為か、戦士として有望な者が多く輩出されるので、彼らを騎士団に引き入れることを円滑に進めるための、言わば政略結婚です。

 理由はなんであれ、リヒト様は真面目な御方。なにより夢に向かってまい進する姿は見ていて好感が持て、婚約者となれたことに不満はありませんでした。私の初恋の御方とさえなりました。

 そんな彼がベギー様に夢中になると、鍛錬を疎かに始めました。


「リヒト様、筋肉が落ちたのではありませんか? あんなにお父様のように、将来は立派な騎士になりたいと言われていたのに、このままではよろしくないと思います」


 心配してそう言えば、怒鳴り返されました。


「女のお前になにが分かる! 毎日鍛錬を行うことが、どれほど大変なことか分からないから、平気でそんなことが言えるんだ! 休息も時には必要なんだよ! 全く、ベギーの優しさの欠片を与えたいほど酷い女だな」


 これには驚きました。

 以前は、日々の努力が結果に繋がると話しておられたからです。人というのは、こうまで変わってしまうのでしょうか。恋とは恐ろしいものです。

 幸い妹たちから事前に聞かされていたので、強いショックはありませんでした。

 ただもう私の好きなお人はいないのだと思うと、悲しくはなりました。


「だから言ったではありませんか。これからはリヒト様だけでなく、ベギー様ハーレムの男共全員、婚約者が邪魔になり、なんとかして婚約破棄し、自分こそがベギー様の相手になろうと躍起になると」


 その婚約破棄の結果が、私は国外追放です。

 でも私はまだましだと言われました。なんとヘルツィエ様や一部の方々は、処刑されるそうです。


 なんということでしょう。同じ女性として、いつも真面目に毅然としたヘルツィエ様を見習いたいと、私は尊敬しております。その彼女が無実の罪で処刑されることは、我慢なりません。


 王太子が陥落されると、誰も彼女に逆らえなくなりました。彼女に逆らうことは、殿下に逆らうも同然となったからです。


 その頃、妹たちから話を変えるのだと、訓練を行うよう提案されました。

 それで私やヘルツィエ様、皆の未来が変わるのなら。私は提案を受け入れ、秘密の訓練を頑張りました。

 その結果を今日、学園卒業パーティーという場で、お披露目するのです。


 妹が言うには、このパーティーで私だけでなく、多くの令嬢が無実の罪を着せられる断罪が始まるそうです。男性陣はベギー様の寵愛を自分だけに向けてほしいからと、彼女の甘言に乗せられ、私たちを陥れるそうです。

 彼らだけではありません。パーティーに出席されている陛下を始め、会場内の多くの男性が短時間でベギー様に魅了され、真実など二の次になると。


 さらに妹が教えてくれましたが、彼女は王太子の子を、すでに宿しているそうです。

 そうとは知らず、踊らされているリヒト様たちは、ある意味被害者でもありますが、同情はできません。


「でもね、お姉様。お腹の子が本当に王太子の子かは、怪しいの。なにしろ彼女、すでに幾人とも、婚前交渉を行っておりますので。それに産まれた赤子の顔つきなどから、別人の子の可能性が高いのです」

「まあ……」


 まだ膨らんでいないお腹なので、本人も妊娠に気がつかれていないのか、特にドレスへ気を配っている様子はありません。むしろ腰のくびれを強調させるためにか、コルセットをぎゅうぎゅうに締め付けていると分かります。今すぐにでも、胎児に良くないとお教えしてさしあげたいです。


 パーティーが始まるなり殿下が声をあげ、私を含んだ何名もの令嬢の名を呼びました。もちろんその中にヘルツィエ様も含まれています。


「今名を呼んだ者たちは、これまでの学園生活の間、繰り返しベギー嬢に嫌がらせを繰り返した罪人だ!」


 王太子殿下が肩を抱き寄せているベギー様は、殿下の胸の中で一瞬、にやりと笑われました。

 呼ばれた令嬢は全員、現在殿下とベギー様の周りに立っている男性方の婚約者ばかり。妹の言う通り、ここで一気に全員が婚約破棄され、一部の者は国外追放に。一部の者は監禁に。そして一部の者は、処刑を言い渡されるのです。

 つらつらと身に覚えのない罪状を読み上げられ、女性陣の怒りは高まります。


「なにか異論があるのなら、聞こう」


 勝ち誇った顔を作る殿下に対し、いつものようにヘルツィエ様が私たちを代表し、一歩前へ出ようとしましたが、それを私が止めました。


「ヘルツィエ様、お下がり下さいませ。ここはどうか、私にお任せ下さい」

「お前は……。リヒトの婚約者だな。自分の婚約者が奪われそうになったからと、ベギー嬢を虐めた極悪人だが、話くらい聞いてやろう」


 まるで挑発しているような物言いですが、私は静かに礼をします。


「申し上げます、王太子殿下。本当に反論してもよろしいのでしょうか」

「許可する」


 私はその言葉を聞くと顔を上げ、オネットの名を呼びます。オネットはすかさず、ある武器を私に渡してきました。

 左手で柄、右手で継手であるチェーンを持ち、そのチェーンの先に丸い鉄球がついている武器を、ぶんぶんと振り回します。



「え?」



 誰が呟いたのか分かりませんが、間の抜けた声が聞こえます。

 そして訓練通り、まずはリヒト様の顔に当たるよう、投げるように武器を大きく振ります。


「よっしゃぁ! ヒットぉ!」

「ナイス直撃です、お嬢様!」


 妹たちの歓声が聞こえます。三人の訓練のおかげで武器を使いこなせるようになり、ちゃんとリヒト様のお顔に当たりました。

 今や筋肉が失われ、ぽっちゃりとしたお腹になられたリヒト様が、呻いて倒れました。

 そしてすかさず、私は練習した台詞を言います。



「さっきから黙って聞いとりゃあ……。おどれら、わしらに無実の罪を着せるつもりなんかい⁉ ああん⁉」



 もちろん彼らを睨むことも忘れていません。


「証拠を見せんかい! 見せてみいや! 嫌がらせってなんじゃ! もっと具体的に言わんかい! 言うてみろや‼」


 びくりと、王太子たちが震えました。中には背筋を真っ直ぐ伸ばした方もいます。

 まあ、凄いわ。オネットから、この言葉遣いならきっと相手が恐怖しますと教えてもらったけれど、本当に効いているようです。三人ともありがとう。練習の甲斐がありました。


「い、いや。だ、だから、その……」


 武器をまたぶんぶん振り回す私を見て、彼らは後ずさります。私はその分、進みます。


「婚約者を盗られると思って、嫉妬した君らが、彼女に嫌がらせをだな」

「嫉妬? 面白いことを言うのう。おどれ、わしがそこの腹の肥えた男に恋焦がれとると、本気で思うとるんか?」


 いまだ気絶したままのリヒト様を、あごで指します。


「お前の背後におる奴らもそうじゃ。学業や鍛錬を蔑ろにし、惚れた女にしか興味を示さん奴に愛想なんか、とうに尽きとるに決まっとろうが」


 ぶんぶん武器を振り回しながらさらに近づくと、その分王子たちは後ろに下がります。


「婚約破棄? 上等じゃ! お前らなんぞ、こっちから願い下げじゃあぁ!」


 またも武器を振り回し、王子の背後にいた一人を倒します。

 それを見たお母様が、卒倒されました。まあ、お母様まで倒れるなんて。遠隔攻撃も可能なんて、素晴らしい武器だわ。お父様は顔を青くし、なにか妹に声をかけます。

 両親の様子から作戦は成功していると、気をよくした私は歩き、いまだ倒れているリヒト様の背中の上に、ヒールを履いた片足を乗せ、膝の上に腕を置きます。



「もう一度聞くぞ? ほんまにわしらが、そいつに嫌がらせしたっちゅうんか? ヘルツィエ様はなあ、ただ令嬢としての嗜みを注意されただけじゃろ? 男と見れば、誰でも手ぇ出すおどれに注意しただけじゃろ? それのどこが嫌がらせなんじゃい!」


 叫べば自然と足に力が入り、呻き声が足元から聞こえてきました。どうやらリヒト様、目を覚まされたようです。

 暴れられると厄介なので、彼が起きないようにと鉄球を背中に落とします。



「はうんっ」



 ………………?

 なぜか今、リヒト様の叫び声に気持ち悪さを覚えました。

 そんな私の心を知らない殿下は、両膝をがくがくと左右に揺らしながら、なおも私たちを非難されます。


「ひ、必要以上のし、叱責は、い、虐めと、なんら変わりはないと、私は思うぞ⁉」

「ほう……? 注意せんお前らは、ほんま、なんなんかのう……。大切な相手なら普通は誤解されんよう、注意すべきじゃろう? しかも惚れとる女じゃ。自分以外の男とべたべたしよるのを見よって、よう我慢できるのう?」

「そ、それは……! 彼女は社交的なんだ! 誰とでも親しくでき、それが美点だ!」

「誰とでも? 男限定じゃろうがぁ!」


 三人目の顔にも武器は直撃し、倒れました。


「お、おい! 起きろ、お前ら!」


 倒れた二人に殿下が声をかけますが、反応を見せません。が、どうやらリヒト様の次に攻撃した二人目は、寝たふりを決めこんだようなので、起こすようにと、妹がジェスチャーを送ってきました。


「おどれら、さっさと起きんかい!」


 叱責すれば、リヒト様以外の二人が飛び起きました。

 リヒト様はというと……。



「あの……。私は、どうしたらよろしいでしょうか……」



 なぜか恍惚とした目を向け、尋ねてきます。

 気持ち悪いので、寝ていて下さいませ。そういう意味をこめ、再び背中へと鉄球を落としました。



「ああんっ」



 ………………。



 彼は気絶することなく、なぜかもっとと、求めるような目を向けてきます。

 本当に気持ち悪いです。寒気がし、鳥肌がたちました。


「……不真面目になった貴方など……。騎士を目指し頑張る貴方は、お慕いしておりました。さようなら、初恋……」


 今度は鉄球を頭の上に落としました。どうぞ全てが終わるまで、気絶して下さいませ。

 返事のないリヒト様を飛び越え、武器をぶんぶん振り回しながら、私は暗記した物語の内容を語ります。


「先月、城の東屋で密会した時のこと。君しか目に入らない。私だってそうよ」


 ぶんぶん。振り回しながら私が近寄れば、またも王太子たちは後ずさります。


「甘い言葉を交わした二人は口づけると……。それ以上の行為にも、真昼間から及びましたとさ。おどれら、馬鹿か? 王太子にゃあ、日ごろから護衛がついとって、全て見られとるんじゃい!」


 四人目を狙うつもりでしたが、誤ってしまい、鉄球はベギー様へと向かっていきます。妹たち三人曰く、とにかく自分大好き悪役キャラという彼女は、自己防衛のため、咄嗟に殿下を自分の前へ押し出しました。



「ぶほっ!」



 王太子とは思えぬ声を上げ、鼻血を出し殿下が倒れられました。


 ……これは、不敬罪で騎士に止められるでしょうか。いえ、まだ国王陛下は動きません。

 妹がまたもジェスチャーを送ってきます。

 親指で首を横一文字に切り、その指を下に向けます。あの動きは……。問題ない、続けて大丈夫。という意味でしたわね。では続けましょう。


「先々月の長期休暇、領地へ行ったベギー様を追いかけ、前もって言われた通りの窓から館に侵入した男は、夜の密室で彼女と二人きり。同じ建物には、彼女の両親や使用人がいる。このスリリング、たまらないね」


 寝たふりをしていた二人目が、顔を引きつらせます。


「でも本当に良いの? 貴方には婚約者がいるのに。親が勝手に決めた婚約者さ。政略結婚だから、愛なんて存在していない。ふふっ、悪い人ね。……ほんまになあ……。悪いのは、お前じゃなあ⁉ 誘われるまま、ほいほい行くなや、ボケがあぁ!」


 今度は二人目の肩を狙い、鉄球が直撃します。ここからの気絶は許しません。


「三か月前。夕方の旧校舎。来週には取り壊されることが決まっている、その古い建物を訪れる予定のある者は、いない。だからこそ、密会にはもってこいの場所だ。後からやって来た女に、男は微笑む。少し前まで引き締まっていた、たるんだ腹を揺らしながら。ごめんなさい、待ったぁ? いいや、君を待つ時間も甘美なものさ。もう、そんな調子のいいこと、婚約者にも言っているのでしょう? 心配しなくても大丈夫、君にだけさ。ほんまよのう……。そんな甘い言葉、言われたことないわ。そして人気のないほこりの溜まった部屋の中で、二人の手は繋がれ……。やがて……」


 気絶したままのリヒト様を見下ろします。


「四か月前……」


 次々とベギー様との密会を暴露される男性陣は、黙りこみ、互いに視線を送っています。なにしろ彼らは、自分以外の者も彼女と肌を重ねたと、ご存知ありませんから。

 途中で目覚めた殿下も、なにかの間違いだろう? そう訴えるような目で、将来の自分の側近候補たちを見つめられています。


「ほいで今、お前の腹ん中に、命が宿っとる」


 私が指させば、心当たりがあるベギー様の顔色が変わる。締め付けた腹に両手を当て、そう言えば生理がきていないと呟きます。


「今言ったのも一部じゃけんのう? そんなに相手がおったら、誰が父親か分からんのう?」


 心当たりある男性陣が騒ぎ出しました。


「わ、私だろう⁉ ベギー、私との子であろう⁉」

「いえ、違います! 殿下、その子は私との子のはず!」

「なにを言う! 彼女の相手は私なのだぞ⁉」

「いえ、殿下……。今までの話から導かれるのは、腹の子は、誰の子か分からないということです」


 目覚めたリヒト様が、まるで以前のお姿を想像させる物言いをされました。

 頭を強く打ったので、ようやく目を覚まされたのかもしれません。


「生まれない限り、誰の子は分からぬな。私の孫……。つまり王族の可能性がある以上、ベギー、お前をしばらく城で預かろう。生まれた子の髪や目の色で、父親を探るしかあるまい」


 これまで静観されていた国王陛下が、口を開かれました。


「王太子は今この時を持って廃嫡とし、全ての身分を返上すべし。ただし子の父親の可能性がある以上。それが判明するまで城に留まることを許可する。だが、下働きとしてだ。働かざる者、食うべからず。己の立場を弁え、働くように。身分を無くしたこの男に加担していた者たちへの処分は、各家に任せるが、厳重な処分を下すように。そしてその内容を、私にも知らせるように。各家の婚約関係は、両家の話し合いで解決いたせ。ただしヘルツィエ嬢。愚行により婚約者を失ったそなたには、我に償わせてほしい。皆の者、良いな」


 誰も異論を唱えませんでした。


 全てを失った元王太子は以降、城で馬の世話を行ったり、窓ガラスを拭いたり、本当に働かされているそうです。使えないと怒鳴られる場面も、たびたび見かけられるそうです。

 ベギー様は城に軟禁され、誰も面会できない状態です。医師が母子の診察を行っていますが、順調に子は育っており、それが唯一の明るいお話です。ただベギー様は、絶対に元王太子の子だ、王族の子だと信じ疑っていないそうですが……。

 産まれてくる子は、元王太子とは違う瞳の色。髪の色も違うそうです。気絶したふりをした、二人目に倒した方の血縁と思われる描写が物語にはあったそうです。


 リヒト様は伯爵家の後継者から、外されました。身分を平民に落とし、家から追い出されそうになりましたが、床に額をつけ、二度と過ちは繰り返さないと誓ったそうです。そして騎士を目指す夢も、二度と手離さないと。


 ヘルツィエ様は隣国の王子のもとへ嫁ぐことになりました。両国の友好を結び婚姻ではありますが、性格には問題ない男性だそうです。今度こそ、必ずお幸せになってほしいものです。

 そして多くの男性が平民に身を落とされ、多くの女性が婚約者を失いました。


 私と妹は、帰宅するなり、両親に酷く叱られました。

 さらに貴族社会では、乱暴恐怖姉妹というレッテルを貼られてしまい、少しばかり皆様から距離を置かれるようになりました。


 まさか……。まさか三人から習った言葉が、貴族として使うには品のない言葉だとは、知らなかったのです!


 まだ婚約者の決まっていないチュニーへの縁談は、ぱったり来ず……。

 ですが本人は気楽なもので、恋愛結婚の方がいいから、むしろ嬉しい。この家はお姉様が継ぐから問題ないし。そう言って、よく市井へ繰り出すようになり、毎日のように母を怒らせています。


 そして私とリヒト様の婚約は、維持されたままです。

 婚約破棄しては次の相手が見つからず、私まで結婚できないと危惧した両親が、そう望んだからです。リヒト様が平民に落ちなかったのは、この辺りも関係しています。


◇◇◇◇◇


「お誕生日おめでとうございます、リヒト様」


 祝いの言葉を述べると、あの卒業パーティー以来、また鍛錬に明け暮れ、先日ようやく見習いとして騎士に入隊できたリヒト様が、微笑まれます。


「ありがとうございます」


 よく汗をかかれるお仕事ですから、タオルをお贈りしました。受け取ったリヒト様が言われます。


「もう一つ贈り物を貰いたいのですが、頼まれてくれますか?」

「私にご用意できましょうか?」

「もちろん。では、これを」


 なぜか誕生日を迎えた本人から、リボンのかけられた贈り物を渡されました。

 不思議に思いつつリボンをほどき、箱の蓋を開けると、真っ赤なピンヒールが一足納まっていました。


「靴……。で、ございますか?」

「ええ、それを履いて下さい」


 こんなことでリヒト様への贈り物になるのでしょうか。言われるまま贈られたピンヒールを履きましたが、いつも以上に高く細いかかとに、つい体が揺れます。

 そんな私の足元で、なぜかリヒト様は床にうつ伏せで横たわられ、言いました。



「どうぞその靴で、私の背中を踏んで下さいませ!」



 熱望の眼差しを向けられた私の全身を寒気が走り、鳥肌が立ちました。

 すぐに踵を返すように、部屋を飛び出そうとしましたが、慣れないヒールに悪戦苦闘している間に、素早く起き上がったリヒト様は、鍛錬の成果を発揮されました。

 私より先にドアの前に素早く回りこむと、両手で私の肩を掴みます。


「あの時目覚めたんだ、君に背中を踏まれ痛められる快感に! さあ、どうかもう一度、私にあの快感を‼」


 はあはあと息を荒げ、目つきが変わられたリヒト様。

 いわれない罪で国外追放されるのも嫌でしたが、まさかこんな未来になるとは誰が予想できたでしょう。


「いや! お放しになって!」


「ああっ」


 快感を含んだ声を出されますが、リヒト様の右手を、肩から払いのけただけですよ?



「……できれば、あの時のような言葉遣いでお願いしたいのだが……」



 退路を塞がれ、うっとりと払われた自分の手を頬ずりするリヒト様を見て……。



 鳥肌は止みません。



 この先私はこの方と夫婦になり、生涯を共に歩むのかと思うと……。

 果たして、なにが幸せだったのでしょう。

お読み下さりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでいる内に、主人公の顔がはだしのゲ○になっていきましたw 出オチ感もある断罪スタイルを貫き、文字通り無双されたのは素晴らしいです。 ハッピーエンドかと言われれば微妙ですが、コントのよ…
[良い点] いくら相手が悪いからといって、ざまぁのしすぎも良くないね。ってことかな。
[一言] ぶっちゃけM男とは責任取らせて妹と結婚させればいいんじゃないかな? 他二人もその家の使用人として放り込めば責任取りになるしよかったんじゃないかなぁ
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