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好きな人が好きなんです!  作者: 糸瀬紡
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舞踏会も大変なんです



 この世界では、1人1つだけ、不思議な能力……いわゆる魔法が使える。


 人によっては複数使えたりするのだがそんなものは例外中の例外で、当然稀有なものとして尊ばれる。歴史に名が残るレベルだ。


 歴史に名は残らないレベルの私は、発光魔法が使える。

 暗いなかでは灯りとしてふよふよ浮かせて使えるし、目くらましみたいに激しく閃光させることもできる。個人的には役立つが、地味であることはまぁ認める。


 一方でリアムの魔法は何かと言うと、


 懐中時計のガラス部を2回、爪先でノックする。


「あーあー、聞こえる?」

『聞こえるよ。どうかした?』


 この通り、特定の物体を通して会話が出来る。


 とても便利だと思うのだが、いろいろと制限があり本人にしてみれば不便らしい。


 私が知っている制限その1。自分で魔力を込めながら作ったものじゃないと駄目。

 なんじゃそりゃあ! と最初は思った。そんなのリアムの趣味と特技が物作りじゃなかったら一生発覚しなかった魔法ではなかろうか。少なくとも私だったら気付けなかった。一生魔法無し人生である。


 私が知っている制限その2。特定のアクションを起こさないと通信不可。

 そうね、そうじゃないと此方のプライバシーがないものね。大変助かります。因みにこの時計の場合は2回ノック。なんとなく毎回ガラス部をノックしているけど別に何処でも大丈夫らしい。


 リアムが初めて作った懐中時計をテラスの手すりの上に置いて、夜空を見上げて伝える。


「他のご令嬢たちからの視線が熱烈すぎるので帰りたい」

『グッドラック』





 侯爵家から舞踏会の知らせが届いたのは一月前。

 婚約者がいる者は当然伴っていくのがマナーであるこの催しに、末席ながら準男爵家である私も参加することになった。名ばかり婚約者としての体裁を保たなくてはならない。


 件の侍女さんはまだ見つかっていない。


 聞いていた故郷に行って探したらしいのだが、そもそもかつて其処に彼女がいた情報すら掴めなかったらしい。さぁ、一気にきな臭くなってまいりました。実はこの世ならざる者だったとか言うんじゃないだろうな。侯爵次期当主に人探しの才能が致命的になかった可能性を祈りたいがそれはそれでこの先が危ぶまれるので、悩むところだ。


 ほぼ平民の身ゆえに不慣れな挨拶とダンス、華美な飲食物の山に疲れて、テラスで夜風を浴びていると、


「アメリア」


 侯爵次期当主がやってきた。ちょっと待ってほしい。正直もう少しばかり休ませてほしかった。


 海を割るかのように人の波を退けて登場した彼に、見惚れていた波もとい他家のご令嬢たちの眼差しはすぐさま私への羨望と妬みと殺意へと色を変える。怖い。すごく怖い。なんなら変わって差し上げたいが、この場所は某侍女さんのものなので私の権限ではどうにもならなかった。自分にできることは今此処を死守することだけである。


 頑張れ、私の表情筋。


「レオ様」


 侯爵次期当主──レオナルド様の婚約者として相応しい表情が出来ていることを祈る他ない。もともと愛想の良い方ではないのだ。少しでもそれっぽく見えるように愛称で呼ぶなど努力はしているのだが。


「ごめん、休んでいるところだったかな? よければまたダンスをと思ったんだが……」

「いえ、光栄ですわ。喜んで」


 周囲への婚約者アピールに懸命なのは私だけではなかった。それはそうだ。


 唯一の手掛かりと言ってよかった故郷が外れだったのだ。侍女さんの行方を探すための時間はいくらあっても足りないぐらいだろう。


 手を取られ、促されるままダンスホールの中央へと足を運ぶ。


「……それにしても、君は難しいな」


 周囲に聞かれないようにぼそりと零されたのは駄目出しだった。


「……もしかして婚約者に見えませんか、私」

「いや、それは多分大丈夫なんだが……俺は自分の容姿には自信があった方なんだが」

「?」


 突然の自慢である。いや、確かに自信を持っていいレベルだと思う。絵に描いたような王子様だ。


「正直なところ、君の演技を真に迫ったものにする為には君を靡かせるしかないと思っていたんだ」

「はぁ」

「……これだものなぁ」


 何だ……褒められているのか貶されているのかどっちだ? 今ならダンスに不慣れという言い訳で足を踏むぐらい許されるのではないだろうか。






 どんっ、


 「え?」


 しまった、ダンスのステップに集中しすぎて周りが見えていなかった。

 もしかしなくても誰かにぶつかってしまったのだろう。そう思って衝撃のあった左を向けば、黒髪が視界のほとんどを塞いだ。


 見えたそれは誰か、少女の頭頂部だった。

 その少女は何かを抱え込むように前かがみにこちらに走り寄ってきたようで、そして、私の腹部からは、ギギギと金属音が走った。次いで弾くような音がして、くるくると円を描くように床を走ったのは小振りのナイフ。


 刺された、と思い至ったのはレオナルド様が焦ったように私を抱いて名を叫んでからだった。


 アメリア、大丈夫か、刺された、なにが、誰かそいつを押さえろ、返事をするんだ、逃げるな、しっかりしろ、真っ白になった頭を埋め尽くすように流れ込んでくる周囲の喧騒に、ようやく私は我に戻った。


「アメリア! しっかり──」

「……あ、はい、大丈夫です」


 けろっとしているだろう私の顔に、レオナルド様も唖然とした。

 何を隠そう、私はこれっぽっちも痛くはないのだ。意識に痛覚が追い付いてないとかそういうことでもない。


 刺されたであろう場所を見れば、其処には懐中時計が落ちていた。


 そう、ナイフはそれに弾かれて、私は無傷で済んだのだ。

 驚いた。まさか突撃して繰り出されたナイフを弾く程の防御力がこれにあったとは。


 ……いや、いやいや、場所的におかしい。懐中時計をしまったのは反対側だ。『偶然コレに当たって助かったぜ!』的な展開は起こりえない。


 私の知らない能力その1。オートガード機能も付属。という訳だろうか。


 混乱しながら懐中時計を手に取れば、「For Amy」と刻まれた裏面に微かに線が走っている。護ってくれたという感謝と、傷を遺してしまった申し訳なさがない交ぜになった。


「アメリア?」

「あ、いえ、えーと、偶然にも懐中時計に当たったようで。私は無傷です」

「……それは、よかった」

「レオナルド様、アメリア様、ご無事ですか!?」


 衛兵の一人が息を切らせてやってきた。


「ああ、問題ない。先の女は?」

「それが、申し訳ございません。逃がしてしまいました。影のように、ゆらりと姿を消したのです」

「そうか……」


 恐らく転移の魔法の類だろう。

 舞踏会の最中にこれだけ堂々と殺害を試みたのだ。逃げる算段ぐらいは立てていても不思議ではない。


「だが転移魔法はそう遠くまで行けない。広い範囲で警戒を続けてくれ」

「分かりました」


 それにしても殺されかけるとは。それほどの大事になる可能性は迂闊にも全く考えていなかった。


 だが考えてみれば相手は侯爵家である。政略結婚の機会を窺っている家など五万といるだろう。

 そんな彼らにとってポッと出の準男爵家など邪魔者以外の何者でもない。

 だから嫌味や策謀の類は覚悟していたが、命まで狙われるだなんて。


「レオナルド様」

「ん?」

「侍女さんが戻ってきたら、護衛をしっかりつけてくださいね」


 一応の爵位を持つ自分にこれなのだ。侍女さんに対する害意など更なるものだろう。

 彼女が安心して戻ってこれる場所でなくては連れ戻す意味などありはしない。


「……ああ。それは、必ず」






 騒然としたまま予定より早く終わりを告げた舞踏会からの帰り、馬車に一人揺られながら懐中時計を見る。

 リアムの初めて作った時計に出来てしまった傷に思わずため息を漏らした。


「大切にすると言った途端にこれだもの……どう謝ったものかしら」

『それは別に気にしなくていいよ。勲章みたいなものだから』


 …………独り言が実は聞かれていたことに気付いた時の羞恥といったら。


「え、ええ、えー!?」

『通信を切る時もノック2回。教えたでしょ』


 そういえば忘れていた。

 つまりテラスで弱音を吐いたところから今この時まで繋がりっぱなしだったのだ。


『途中から不穏だったから心配した』

「それはそれは……ご心配をおかけしました。いやまさか私も刺されるとは」

『それもだけど、それだけじゃなくて。怪我に関しては時計が守ると分かっていたから』

「そう! それ! 時計! どういう仕組みなの?」

『秘密』


 おおう、此処に来て幼馴染との心の壁を感じることになろうとは。幼い頃から培ってきた交流をもってしても砕けないというのかこの壁は。手強すぎるだろう。


『工房、来れる?』

「今から? うん、大丈夫」


 どのみち明日にでも傷のことを謝りに行こうと思っていたのだ。


『じゃあ屋敷の入口前で待ってるから』

「え、わざわざ迎えに来てくれるの?」

『当たり前でしょ。こんな時間だよ』

「でも……」


 自分には何故か身を守ってくれる不思議な懐中時計と目くらまし魔法があるのだ。その上、件の工房は近所も近所。ちょっと心配しすぎではないだろうか。


『君が心配しなさすぎなんだよ。ついさっき刺されたばかりだよね?』

「うぐぅ……!」


 言い負かされたところで馬車は停止した。屋敷に着いたのだろう。

 ドアを開けて降りようとすれば、見下ろした場所に見慣れた茶色の髪の少年が立っていた。


 今度こそ忘れずに懐中時計を2回ノックした。


「はい」

「……ありがとう」


 差し伸べられた無骨な手を取って馬車から降りる。


 向いの路地を暫し歩けば慣れ親しんだ工房が顔を出した。ついさっきまで居たのだろう、ランタンの灯りが窓越しに見える。


「時計のこの傷って直せる?」

「気にするほどじゃないと思うけど……でもエイミが気になるなら明日直すよ」


 でもその前に本題。


 そう言ってリアムは未だ繋がっていた手を軽く掲げた。


 「ダンス。教えて」

 「ダンス? 私もあまり上手じゃないんだけど」

 「一番簡単なやつでいいよ。こんな時間だしね」


 時間に関してはそれこそ気にすることはないと思う。そもそも予定よりかなり早く舞踏会が終わり、何よりリアムと一緒なのだ。家族が気にすることもないだろう。


 「足踏んだらごめんね」

 「先生側が言う台詞じゃないね?」


 道具や作りかけの作品があちこちに広がる工房の中。2人だけの即席の舞踏会は暫し続いた。



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