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埃の匂いが強かった店内は、注文してから一二分も経たぬうちに、甘い香りに包まれる。
マロングラッセティーを淹れた時の香りだ。
まろやかさのある、甘い香り。あたしは、これが好きだ。
飲むだけではない楽しみ方ができるところが、マロングラッセティーの良いところだと思う。
「入るなりマロングラッセティーを頼むなんて、ルナさんは慣れてらっしゃいますね」
「このくらい普通よ」
「入店から注文へのスムーズな流れ、かっこよかったです!」
あたしを見つめるミキの瞳は、輝いていた。憧れのヒーローでも見るかのような目をしている。
「そう? ありがとう」
すると、ミキは急に俯く。
「こんなスマートな女性、マモルさんは絶対に手放したくなかったでしょうね……」
子どものように目を輝かせていたかと思えば、今度は暗い顔。
今のミキの心は、あたしにはよく分からなかった。
「マモルさん……どうして命を落としてしまわれたのでしょうか……」
ミキは小さな溜め息を漏らす。
彼はマモルの死について、多くのことを知らない。
だが、あたしはすべてを知っている。かつてあたしは、マモルが命を落とすところを、この目で見たのだ。
けれど、それをミキに話す気にはなれない。
知らない方が幸せなことだってあると、そう思うから。
「最期に立ち会うことができず、寂しかったです……」
「何を言っているのよ」
「え……?」
「男でしょ。しっかりなさい!」
せっかく平和が訪れたというのに暗い顔ばかりしているミキを、あたしは、一喝してやった。
「助かった者が、生き残った者が、幸せに暮らす。それがマモルへの一番の弔いだわ」
「そう……ですよね。僕、本当は分かっているんです。けど、ついことあるごとにマモルさんのことを思い出してしまって……」
しゅんとして身を縮めるミキ。
落ち込んでいる様を見ると、少し可哀想な気もした。
あたしの中には、少しでも背を押してあげられたら、という思いがある。だから、時には厳しいことを言ってしまうこともある。けれど、彼のことが嫌いだからというわけではないのだ。彼を落ち込ませたいから厳しいことを言っているわけではない。
「待たせたね、できたよ」
あたしたちの会話が一段落したちょうどそのタイミングで、おばさんが、ホットのマロングラッセティーを出してくれた。
甘くもどこか大人びた香りが、胸をときめかせてくれる。
「ありがとう。いただくわ」
「ゆっくり楽しんでおくれよ。どうせ客も来ないからね」
店員のおばさんは、溜め息混じりにそんなことを漏らす。
「お客様が少ないの?」
「みんな、もう、お茶を楽しむ余裕なんてないからね。誰も来ないと最初は寂しかったけどね……もう慣れてしまったよ」
おばさんは達観していた。
「お姉ちゃんはお嬢さんだろ? そんな感じがするよ」
お嬢さんという表現は、あたしには相応しくないような気がする。貧しい家の生まれだったわけではないが、護られて贅沢に過ごしてきたわけではないから。
それに……そんなに品良くもないし、ね。
その後、あたしとミキは、ホットマロングラッセティーを堪能した。
あまり人気の無さそうな店だったが、そのお茶の味は、結構美味しかった。味的には、大きな有名店にも劣らないだろう。
「ありがとう。美味しかったわ」
「そうかい」
帰りしな、無愛想なおばさんに対し、あたしは言う。
「ここのマロングラッセティー、好きよ。きっと人気になるわ」
大きな店よりは地味で見つけられにくいかもしれない。有名店よりはなかなか評価されにくいかもしれない。
けれど、続けていればいつかは認められるだろう。
あたしはそう思う。
「また来ます!」
「待ってるよ」
「ありがとう!」
こうして、あたしたちは喫茶店を出た。