表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

 埃の匂いが強かった店内は、注文してから一二分も経たぬうちに、甘い香りに包まれる。


 マロングラッセティーを淹れた時の香りだ。


 まろやかさのある、甘い香り。あたしは、これが好きだ。

 飲むだけではない楽しみ方ができるところが、マロングラッセティーの良いところだと思う。


「入るなりマロングラッセティーを頼むなんて、ルナさんは慣れてらっしゃいますね」

「このくらい普通よ」

「入店から注文へのスムーズな流れ、かっこよかったです!」


 あたしを見つめるミキの瞳は、輝いていた。憧れのヒーローでも見るかのような目をしている。


「そう? ありがとう」


 すると、ミキは急に俯く。


「こんなスマートな女性、マモルさんは絶対に手放したくなかったでしょうね……」


 子どものように目を輝かせていたかと思えば、今度は暗い顔。

 今のミキの心は、あたしにはよく分からなかった。


「マモルさん……どうして命を落としてしまわれたのでしょうか……」


 ミキは小さな溜め息を漏らす。


 彼はマモルの死について、多くのことを知らない。

 だが、あたしはすべてを知っている。かつてあたしは、マモルが命を落とすところを、この目で見たのだ。


 けれど、それをミキに話す気にはなれない。


 知らない方が幸せなことだってあると、そう思うから。


「最期に立ち会うことができず、寂しかったです……」

「何を言っているのよ」

「え……?」

「男でしょ。しっかりなさい!」


 せっかく平和が訪れたというのに暗い顔ばかりしているミキを、あたしは、一喝してやった。


「助かった者が、生き残った者が、幸せに暮らす。それがマモルへの一番の弔いだわ」

「そう……ですよね。僕、本当は分かっているんです。けど、ついことあるごとにマモルさんのことを思い出してしまって……」


 しゅんとして身を縮めるミキ。

 落ち込んでいる様を見ると、少し可哀想な気もした。


 あたしの中には、少しでも背を押してあげられたら、という思いがある。だから、時には厳しいことを言ってしまうこともある。けれど、彼のことが嫌いだからというわけではないのだ。彼を落ち込ませたいから厳しいことを言っているわけではない。


「待たせたね、できたよ」


 あたしたちの会話が一段落したちょうどそのタイミングで、おばさんが、ホットのマロングラッセティーを出してくれた。


 甘くもどこか大人びた香りが、胸をときめかせてくれる。


「ありがとう。いただくわ」

「ゆっくり楽しんでおくれよ。どうせ客も来ないからね」


 店員のおばさんは、溜め息混じりにそんなことを漏らす。


「お客様が少ないの?」

「みんな、もう、お茶を楽しむ余裕なんてないからね。誰も来ないと最初は寂しかったけどね……もう慣れてしまったよ」


 おばさんは達観していた。


「お姉ちゃんはお嬢さんだろ? そんな感じがするよ」


 お嬢さんという表現は、あたしには相応しくないような気がする。貧しい家の生まれだったわけではないが、護られて贅沢に過ごしてきたわけではないから。


 それに……そんなに品良くもないし、ね。


 その後、あたしとミキは、ホットマロングラッセティーを堪能した。

 あまり人気の無さそうな店だったが、そのお茶の味は、結構美味しかった。味的には、大きな有名店にも劣らないだろう。


「ありがとう。美味しかったわ」

「そうかい」


 帰りしな、無愛想なおばさんに対し、あたしは言う。


「ここのマロングラッセティー、好きよ。きっと人気になるわ」


 大きな店よりは地味で見つけられにくいかもしれない。有名店よりはなかなか評価されにくいかもしれない。


 けれど、続けていればいつかは認められるだろう。

 あたしはそう思う。


「また来ます!」

「待ってるよ」

「ありがとう!」


 こうして、あたしたちは喫茶店を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ