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青く澄んだ空の下を、ミキと共に闊歩する。
頬を撫で髪を揺らす風は、どこかひんやりしている。快適だ。
暑すぎず寒すぎず、最も過ごしやすいくらいの温度である。
「今日は意外と寒いですね」
周囲を見回しながら歩いていると、ミキがそんな風に話しかけてきた。
「そうかしら。あたしはちょうどいい温度だと思うけれど」
「ルナさんは、暑いのは苦手ですか?」
「べつに、そんなことはないわよ。ただ、涼しいのは嫌いじゃないわ」
そんなことを話しながら歩いていると、また露店を見かけた。どうやら、この辺りでは、結構な数の露店が出ているようだ。
「それにしても、露店が多いわね」
「被害があったからと閉店したところも多いですからね」
「へぇ」
言われてみれば、シャッターを下ろした店が以前より増えているような気がする。
あたしは、買い物のために外を出歩くということは、あまりない。だから気づかなかったけれど、街の状況も戦前とは大きく変わっているようだ。
それからも、あたしたちは歩き続けた。
静かに、風景を眺めながら。
散策することしばらく、一軒の喫茶店が目に留まった。
店内は暗そうで、いかにも閉まっていそうだが、入り口の扉のノブには【営業中】というプレートがかかっている。
もちろん、プレートを【営業中】にしたまま出ていってしまった、という可能性もあるわけだが。
しかし、あたしはその店が気になったので、ぴたりと足を止めた。
「ルナさん? どうかしましたか」
あたしが急に立ち止まったことに、驚いた顔をするミキ。
「ここは……喫茶店よね?」
「はい。そうだと思われますが、それがどうかしましたか」
「少し寄っていってもいいかしら」
歩き続けるのにも少しばかり疲れてきたことだし、ちょうどいい頃合いだろう。
「喫茶店に、ですか」
「駄目?」
口角を持ち上げ、笑みを作り、断りづらいよう圧をかける。
「お茶するのは駄目かしら?」
するとミキは、あっさりと言う。
「は、はい! そうしましょう!」
思ったより早く決まった。
「しかし暗い店ですね。営業しているのでしょうか……」
「営業中、になってるわよ」
ミキが進みそうになかったので、あたしがノブに手をかけた。そして、くるりと捻って扉を開ける。扉が開くや否や、カランカランと音が鳴った。
「こんにちはー」
挨拶しながら中へ入ると、カウンターの奥から一人のおばさんがむくりと現れた。
「いらっしゃい」
「二人なのだけど、大丈夫かしら」
「いいよ。そこら辺に座っておくれ」
埃の匂いが少々気になるが、取り敢えずカウンター席に腰掛ける。おどおどしながらついてきていたミキは、あたしの隣の席に座った。
「何を飲むんだい、お姉ちゃん」
あたしたち二人が席についたことを確認すると、おばさんは、そんな風に声をかけてくる。
「マロングラッセティーはあるかしら」
「あるよ。ホットでいいかい」
「ホットがいいわ。アイスマロングラッセティーって、甘ったるくって好きじゃないの」
「そうかい。じゃ、ホットのマロングラッセティーだね」
あたしは喫茶店へ行くと、大体、マロングラッセティーをホットで注文する。なぜなら、それがこの国で一番美味しい飲み物だと思うからだ。
ま、単にあたしの好みなのだけど。
「そっちのお兄ちゃんは何を飲むんだい?」
「僕ですか。ええと……」
「マロングラッセティーにしておいたら?」
「そうですね。では、マロングラッセティーで」
ミキは空気を読んで合わせてくれた。
話が早くて助かる。
「ホットでいいんだね?」
「はい。それでお願いします」
街中の小さな喫茶店でお茶を飲む、というシチュエーションには、あまり馴染みがない。だが、決して悪いものではないと、そう思った。