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騒がしいほどの声で喋りながら歩く主婦。露店を開き、彼女らに商品を売ろうと努力する店主。まだ傷跡の残る街ではあるが、そこに生きる人々は、暗い顔をしてはいない。
その光景を眺め、あたしは、誰もが懸命に今日を生きているのだと感じた。
主婦も、店主も、同じように苦しい時代を生きてきただろう。中には、大切な人や物を失ったという者もいるかもしれない。
だがそれでも——誰も、人生を諦めてはいないのだ。
訪れた平穏を楽しみつつ、新たな道を歩んでいっている。
街行く人々を見るだけで、それが真実だと、改めて確認することができる。
「街は意外と活気があるわね」
「そうですね」
ゆっくりと足を進め、時折立ち止まりながら、ミキと言葉を交わす。これも、平和な時代が訪れたからこそできることだ。
「復興にはまだまだ時間がかかると思われますが、皆元気を取り戻しつつはあ——危ないっ!」
突如鋭く放つミキ。
あたしは半ば反射的に目を閉じた。
——直後、ボスンと低い音がなる。
ぶつかったような音が聞こえたものの、痛みは来なかったため、あたしはゆっくりと瞼を開く。
すると、目の前に、ボールを持ったミキがいた。
「大丈夫ですか、ルナさん」
「一体何が起きたの?」
「ボールが飛んできたみたいです」
「……ボール」
言葉を交わしていると、騒がしい声とともに、子どもたちが駆け寄ってきた。
「すみませーん!」
寄ってきた子どもたちは、皆、十歳にも満たないような小さな子。男子も女子も分からないくらいの、子どもたちだ。
「こいつの蹴ったボールが飛んでいってしまったんですー! すみませーん!」
「おいっ。俺のせいにするなよっ」
「分かってんのか? 美女に当たったらヤバかったんだぞ」
「俺だけのせいにするなよっ」
このヒムロルナをただの美女呼ばわりするなんて、無礼にもほどがあるわ! ……は、ともかく。
路上でボール遊びをするなんて、危険ではないのだろうか。
「危ないでしょう! ボール遊びをする時は、周囲を確認しながらにしなさい!」
ミキはボールを手に持ったまま子どもたちを叱る。
その様は、まるで学校の先生のようだ。
「「「は、はぁーい……」」」
「ちゃんと分かっているのですか?」
「「「分かってまぁーす」」」
子どもたちの返事は、あたしには、ふざけているようにしか聞こえない。不必要なところを伸ばす辺り、真面目とは捉えようのない返事だ。
「なら、はっきりと返事をなさい!」
「「「これからは気をつけまーす」」」
いかにも分かっていなさそうな返事だった。
ミキは、はぁ、と溜め息を漏らす。そして、子どもの中のまだしも賢そうな子に、ボールを手渡した。
「気をつけて遊びなさい」
「はいっ!」
ボールを返してもらった子どもたちは、「次俺の番!」「僕も入れて!」などと話しつつ、あたしたちのところから離れていった。
彼らが嵐のように去っていってから、ミキと視線を合わせる。
「……まったく、ね」
「ですね」
ミキは苦笑していた。
あたしも、こればかりは苦笑する外なかった。
今、あたしとミキの心は、まったく同じ色をしていると思う。
「行きましょうか」
「そうね。どこにする?」
「ええと……」
ミキは軽く首を傾げつつ少し考えてから、「ルナさんが決めて下さい」と言った。
それは多分、考えてみたものの何も思いつかなかった、ということなのだろう。いきなり決定権を振られたことには驚いたが、あり得なくはない展開だ。
とはいえ、あたしに良い案があるというわけでもない。
「そうねー……もう少し街を散策するというのはどうかしら」
あたしは思いつきでそう提案する。
すると、ミキは笑みを浮かべた。
「良いですね! そうしましょう」
本当はここにマモルもいてほしかった。彼も一緒に平和な時代へたどり着けたなら良かったのに、と、思わないことはない。
けれど、あたしは知っている。
振り返ることに意味などなく、過去に囚われることは、未来への歩みを阻害するだけだと。
だから、振り返ろうとは思わない。
今はただ、この青い空の下で穏やかに過ごしていられれば、それで十分。