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戦争は終わった。
何もかも、すべてが終わった。
女大統領は死んだ。彼女の時代は終わり、この国はこれから、大きく変わるだろう。
蛹がやがて蝶へと変容するように。
暫しの混沌の先、私たちを待つのは、果たして明るい未来なのだろうか。そこに悲しみは存在しないのだろうか。
——それはまだ、誰も知らない。
◆
長らくクロレア帝国と戦争を続けてきた、リボソ国。
ここが、あたしの生まれ育った国だ。
極端に小さいことはないが、さほど大きな国でもない。資源にも恵まれていない。ただ、穏やかな国だった。十年ほど前、一人の女が大統領となるまでは。
「いやぁ、懐かしいですね。こんな平和な空気は。ねぇ? ルナさん」
「……そうね」
敗戦より数か月が経った今日、窓から見える空は真っ青で、かつての美しさを取り戻している。今はもう、あの頃のような、薄暗い空ではない。
それがあたし——ヒムロ・ルナにとって、唯一の救いだ。
「懐かしいわ。こんな退屈な時間を過ごせることさえ、今は幸福に思える。……そうでしょう、ミキ」
恐らく、この空が赤く黒く染まることはないだろう。少なくとも、しばらくの間は。
ただ、できるならば、もう二度とあんな時代が来ないでほしい。
この国の空は青。それ以外の色は必要ない。この美しい空が人の死で塗り潰されるなんてことは、もうごめんだ。
「マモルさんも生きていてくれたなら、もっと良かったのですがね」
今話している彼——ミキは、元々、あたしの許婚であったカサイ・マモルの部下だったと言う。
彼は婚約者亡くしたあたしを気にかけ、いまだにこうして傍にいてくれている。
それが嬉しいかといえばそうでもない。
ただ、あたしと彼は、同じように大切な存在を失っていて、どこか共鳴するところがあるのだろう。それゆえ、なんとなく気が合うのだ。
「……マモル?」
「えぇ。彼が生きていてくれたなら、ルナさんももっと——」
「いいえ。それはもういいの」
あたしと彼は気が合うけれど、すべてが一緒というわけではない。
たとえば、ミキはあたしと違って、マモルの死をまだ引きずっている。
もちろん、常に嘆き悲しんでいるわけではないが、何かあるたび、すぐに「マモルがいてくれたら」といった趣旨の発言をするのだ。
「マモルが生きていた世界は、あたしの望んだ世界とは相容れないものだったのよ」
あたしの言葉に、ミキはきょとんとした顔をする。
「そうですか? マモルさんが生きていて、ルナさんは幸せという世界も、あり得ないことはなかったかと思いますけど」
「両方を望めば、両方とも失う結果になったでしょうけどね」
マモルとて、国を敗戦へ導いた裏切り者の女と結ばれることなど、望まなかっただろう。結ばれる結ばれないどころか、もし彼が生きていたら、あたしを激しく恨んだに違いない。
「マモルには恨まれ、この国に平和は訪れない。そんな結末に比べれば、今の方がずっと良いわ」
「それはそうですが……」
視線を俯け表情を曇らせるミキに対し、あたしは放つ。
「街へ行きましょう、ミキ」
空はこんなに美しいのだ。
こんなところで陰鬱な顔をしているなんて、もったいない。
「え。街、ですか? これまた急な……」
「ミキが暗い顔をしているから言ったのよ!」
「は、はぁ。すみません」
「で、どうするの? 行く、行かない、どっち?」
すると彼の表情は、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「……ありがとうございます。行きましょう」