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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

むっちゃんとりっちゃん、初対面。

作者: 夏流嘆子

 琴平ことひら家とは、ここ鵠台くぐいだいの地で古くから霊的な守護を担う家系である。

神仏を信仰することなく自らの力を行使する。身近な物品を媒介とし、退魔の作法に特化した独特な在り方の霊媒師だ。

彼らのそれは魔術的であるとされ、隠蔽されて、あまり歴史の表舞台に姿を現すことはなかった。

だが琴平は確かに存在し、今日でも鵠台の土地を守り続けているのだ。本家と分家に別れ、血によって受け継がれるその能力を保ちながら。




 琴平結ことひらむすびはこの日、次期当主としての務めを果たすために繁華街を訪れていた。

欠損していた資料の確認と補填、通称安否確認。血族の情報は残らず纏められ、琴平本家の蔵に納められることになっているのだ。

 名前は藤沢理人ふじさわりひと。存続の為に姓を変えた一派の長男。生まれながらに多重知性症を患い、人に馴染めず、十五年前に海外に留学したのだという。ずっと行方不明になっていたが、最近所在が明らかとなった。

 結の仕事は本人に資料を確認させ、間違いの有無を確かめること。直接会って、話をすること。

そしてその会談の中で相手を霊視し、脅威の有無と強弱を判断することだ。

 ただただ厄介なだけ、面倒なだけの務めであった。十年以上も放浪し続けた遠縁の親戚など、結にとってはそれこそ他人に等しい。他人の安否など、興味も関心もない。

だがしかし、結は既に禁忌の一つを侵しているのだ。贖罪の意味でも当主代理の職務は断れない、果たさねばならない。

 結は分厚いファイルの表紙を爪で弾くと、そっと喫茶店の扉に手をかけた。他人に近い親類は既に、店の中で待っている筈だ。事前の打ち合わせにより、場所と時間は厳格に定められていた。

 果たして、指定通りの位置に男は居た。やけに暗い店の奥、壁際で、四人掛けのテーブルに一人で座っている。

青白い肌に端正な顔立ち、腰まで伸ばした長い髪は生花のような鮮やかなショック・ピンク。聞いていた通り、特異な容姿をした男だった。いかにも面倒臭そうにテーブルに肘をついて、アイスコーヒーに刺さったストローを弄くり回している。

 結の感覚の全てが告げていた。普通じゃない。この男は普通の、ありふれた人間ではないと。

その身に纏う空気が、雰囲気が違う。尋常な生き物ではないと、第六感が告げる。

思わず気圧されそうになったが、一つ息を吐いてやり過ごした。今の結は琴平家の代表なのだから、無様な姿は見せられない。

 結は全霊で平静を装い、男の向かいの席に腰掛ける。


「あんたが藤沢理人……で、間違いないな?」

「あ?……あぁ、俺がそうだ」


 少々わざとらしく威圧しながら声をかければ、男はあっさりと頷いた。だらしなく曲げていた背筋を伸ばし、長い睫毛を一つ羽ばたかせてから真っ直ぐにこちらを見る。

 目を合わせた途端、店内の照明が明滅するような錯覚があった。結はすぐさま理解する、照明が暗いと感じたのは彼の纏う空気のせいだと。

本人は至って普通に微笑んでいるのに、空気が酷く重い。


「……なんだ、これ」


 結は盛大に顔をしかめると、なんとか言葉を絞り出した。鉄錆と腐った水の臭いがする、気分が悪くなる。


「何って言われてもな。血が繋がってるせいで余計に違和感を覚えるらしいんだが……俺にはどうしようもない」


 男は……理人は苦笑し、肩を竦めて見せる。その痩せた肩に、首筋に、腕に絡み付く圧倒的な威圧感。普通の神経なら堪えきれる筈もない、強烈な執着の気配。

こんなモノを抱えて生きていられる奴が、いるわけない。結は唇を噛み締め、細く息を吐いた。


「……悪いが、俺には何も感じないんだ」


 理人が言う。辛うじて見上げた先、彼の笑顔が悲しげに歪む。


「居るなら居るって、言ってくれりゃぁいいのにな……そしたらもう誰とも、絶対に関わったりしなかったのにさ」


 拗ねたような物言いの後、理人の唇が音もなく動いた。fool、idiot……馬鹿野郎。資料にあった、亡くした恋人のことを言っているのだろう。

 息を整えながら、感覚を調節する。霊視の眼を閉じなければ、感覚の鋭すぎる結は理人の纏う気配に負けてしまう。


「本当に何も感じないのか?」


 こんなに強烈なのに。

眩暈を堪えながら問えば、彼はやはり寂しそうに笑う。


「他人の気配なら少しはわかるんだが、自分のとなるとさっぱりだな」

「……なるほど、重症だ」

「だろうな。前に話を聞きにきた姉ちゃんも、同じような反応だった」


 一度目を閉じ、開く。周囲の気配は変わらないが、視界は格段に明るくなっていた。


「ふぅ……」

「悪い、大丈夫か?」

「何とかな……ったく、母さんが俺を寄越すわけだ」


 結はがりがりと頭を掻くと、煙草を取り出し火を点けた。灰皿を引き寄せようとして、既に数本の吸殻が溜まっていることに気付く。どうやら理人も喫煙者であるらしい。

ちらりと視線を交わし、どちらともなく苦笑が洩れる。ややあって、立ち上った紫煙は二つの火種から生まれていた。



「……Okay.」


 分厚い資料を読み終えると、理人はそう言った。海外での生活が長かったせいか、発音がとても流暢だ。


「一月くらいしか住まなかったところまで載ってやがる。よく調べたもんだ」

「おかげで纏めるのも大変だったし、普通の倍以上の厚さになったんだと。編纂したのは俺じゃないが、今後は転居を控えてくれると助かるな」

「努力だけならな」


 やる気のなさそうな声音で理人は言い、二杯目のアイスコーヒーを一口啜った。ほんの少し前まで入院生活を送っていた男とは思えないほど落ち着いた様子で、のんびりと煙草を燻らせている。

……異様な存在の気配だけは、変わらず彼に絡み付いたままだが。


「具合は悪くなさそうだな。新しい恋人のおかげか?」

「さぁ……どうかな。俺はまだ、あいつを恋人とは認めてないからな」

「……? 好きじゃないのか?」

「いや、好き……だけどさ」


 ふと言い淀む理人に、結は眉を寄せる。何か問題でもあるのだろうか。

作成した資料を確認して貰った時点で仕事はほぼ済んでいるが、何か心身に不具合を抱えているなら聞いておきたい。

 理人は居心地悪げに目を逸らし、がりがりと頭を掻く。白い頬にはほんのりと血が上り、淡い薔薇色に染まっていた。


「あー……その、な」

「何だよ。照れるようなことなのか?」

「いや、いい歳して恥ずかしいんだけどさ……あいつに告白されたのって俺がおかしくなってる時だったからさ。もう一回、ちゃんと好きだって言って欲しい、っつうか」

「……は?」


 長く伸びた灰が、ぽとりと落ちた。

結は目を丸くして理人を見つめ、理人は余計に頬を染める。片手で顔を覆っているが、照れているのは間違いなかった。

 あまりにも些細な…否、本人にとっては重要なことなのだろうが…拘りだ。思わず溜め息が出そうになる。

だが、そんな些細なことに悩む彼に、結は親近感を覚える。結自身にもそういった部分はあるのだし、何より。


「……あんた、結構可愛いとこあるな」


 人間臭くて可愛らしいと、素直にそう思った。親戚とはいえかなり歳上の男に抱く感想ではないけれど。


「悪い、忘れてくれ頼むから」

「いや、まぁ、そういう理由なら報告はしないでおくけど……あんまり照れんな。こっちが恥ずかしくなってくるから」

「ちょっと死にたい程度に後悔してる。……言うんじゃなかった」

「落ち着けって、誰にも言わないから」


 つられるように顔を赤くしながら、結は咳払いをして場を仕切り直す。


「とにかく……あんたの状態はわかった。安否確認はこれで完了だが、何か質問は?」

「あ、あぁ……いや、特にない」


 半分椅子からずり落ちかけていた理人はひょこりと身を起こし、首を横に振った。

結はそれを確認すると、ケースから二枚の紙片を取り出す。


「これが本家の連絡先。引っ越しなんかの時は出来るだけ連絡入れてくれ」


 一枚目は琴平本家の名刺、仕事の時にも使っている物。もう一枚は名刺ではなく、ノートから破り取ったメモ書きだ。


「それから……こっちは俺の個人的な連絡先。携帯だからすぐ反応できるし、何かあったらこっちに頼む」


 結自身の連絡先は渡さずに済ませても良かったが、二枚ともを押し付けることにした。個人的な興味であって、他意はない。

紙片を手渡すと、ふうんと微妙な返事が帰ってくる。


「……俺、個人の端末は持ってないんだが」

「別にいい。けど一応、携帯買ったら教えてくれると嬉しい」

「わかった。じゃあ……とりあえず」


 あくしゅ、と、テーブル越しに手が伸ばされる。結もそれに応え、軽いシェイクハンドがかわされた。

不自然な程の深爪や、手首の痣は見ないふりだ。深くまで触れる必要はない。

 ふと、理人が壁に掛けられた時計を見て目を細める。予定していた時間をかなり過ぎているので、今の保護者を気にしているのだろう。会計は本家持ちだからと告げると、理人は頷いて立ち上がった。


「悪い。何かあったらまた、な」

「あぁ。その……頑張れよ、色々と」

「うるせぇよ」


 悪態を吐いて、それでも気さくに笑いながら、男は店を出ていった。

少々危ういながらも、今は落ち着いているようだ。悪いモノではない、が。


「……由高ゆたか一二三ひふみには、間違っても会わせられないな」


 結は一人ごち、残された分厚い資料を開いた。

最後にある空白のページをしばし眺め、考えてからペンを走らせる。

 友人としての再会は楽しみだけれど、仕事では出会いたくない。結はそう、思った。



『合縁奇縁、死霊と生霊の複合あり。本人との癒着が見られるため、現時点での除霊は不可能。』




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