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8、綾野と那木

 あれから一週間が経った。

 綾野はいつものように、電車の音が響く小さなラジコン兼玩具店で、外の広場でミニ四駆を走らせている子供達を眺めながらのんびり自分のラジコンのヘリコプターを整備していた。


 「仕事に協力するといいながらあいつ、結局約束をすっぽかしたな」


 そんなことを思いながら那木のことを心配していた。


 「まあ、霧山は無事警察に捕まって逃げられるような状態じゃなくなったし、世間に致命的な裁きを受けた。そしてこれから先、法律に裁かれる」


 整備の手を休め、コーヒーを口にした。


 「結果、霧山を裁くことは出来た・・・が

 ・・・できれば自分で裁いてやりたかっただろうな」


 目を細め、外を見た。

 家族の敵を取るためだけに10年間を過ごしてきた人間が、目的を果たしたら今後、どういう風に生きていくのだろうか・・・


 綾野はコーヒーを飲み干し、再びヘリコプターの整備をはじめた。


 ■□■


 彼は町の一角で流れ行く人を見ていた。

 OL、営業マン、フリーター、主婦・・・いろんな人が流れて行く。

 彼らは明らかに何かの目的を持って流れている。

 それは大きかれ小さかれ、とにかく生きる目的を持っている。


 那木は自動販売機からジュースを買うと「プシュ!」と勢いの良い音を立てて開けた。


 「これからどうして生きていけばいいのだろうか」


 ジュースをすすり、考えていた。

 立っているのも足が疲れるので、人の流れにジャマにならないように、その場にしゃがみこんだ。

 そんな彼を、何人かの人間が彼の間を通り過ぎようとするたびに見ていく。

 那木はそんなことを気にすることなく、そんな人の流れを眺めていた。


 「霧山は確かに裁かれた」


 那木は呟いた。

 しかし、その声は人の足音にかき消された。


 確かに裁いた。

 人の力ではあるが、自分の力では無理だったんだ、裁く事が出来ただけでもよかったさ・・・だけどな・・・

 那木は今の自分に気力がないのを感じた。

 なんだか、目的を果たした満足感と、することがなくなった虚しさが彼の中に同居している。

 あの後、警察から免職を取り消しにするから職場復帰しないか、という話があった。

 だが、那木は断った。

 どうしてだろう、自分でもそう思ったがなぜか復帰はしたくなかった。


 「そういや、あのおっさんとの約束もすっぽかしたんだな」


 那木は綾野の顔を思い出した。

 変わったおっさんだ。

 そもそもあんな老け顔しておきながらおっさん扱いを嫌がる。

 なんとあれで38歳とは驚きだ。

 基本的には良いやつそうだが、時折見せる、悪魔のような表情が奴を冷たい人間だと思わせる。

 自分も刑事をやっていたころいろんな悪人を見てきたが、未だかつてあんなぞっとするような感触の奴はいなかった。

 そもそもあの男、何でM.I.C.E.なんてやってるんだ?

 見ず知らずの自分をパートナーにしたかったんだ?

 ・・・第一あの男、一体何を考えている・・・?!

 ジュースの缶を握る手が熱くなっていた。

 那木は再びジュースを飲み、立ち上がった。


 そして、行く当てもなくぷらぷらと歩き出した。


 気づくと那木は、綾野と2度目に対面した公園にいた。

 いつのまにか夜になっていて、辺りは公園の街灯で照らされていた。

 遠くの方で一人のホームレスが雨露を凌ぐためのダンボールを持ってどこかへ行った。


 「俺も、彼らと同じ、居場所がないんだな」


 冷えてきた体をさすりながら、座っていたベンチに横になった。


 「これから俺は、何を目標に生きていけばいいのだろう・・・」


 この10年、ただ霧山を裁くだけにがむしゃらに生きてきた自分にとって、これは大きな課題だ。

 10年の目標を清算しても、昔のような幸せだった日々は帰ってこない、自分の手元には悲劇の男の名を捨てた、何もない男「那木貴也」が残っているだけだ。

 そんなことを考えながらそろそろ眠くなってきた頃、助けを求める男の声が聞こえてきた。


 那木は反射的に身を起こして声の方向へ走り出した。

 そこでは、五人の中高生ぐらいの少年達が、一人の会社帰りのサラリーマンに暴行を加えていた。

 一般的にいう「親父狩り」の光景がそこにあった。


 「お前ら、何している!!」


 那木は大声で怒鳴った。

 少年達は一瞬びくりとして那木の方を見た。


 「なんだよあんた」


 少年の一人が、那木が一人だけだと確認した後にこう言った。

 那木はしまったと思った。

 自分はもう警察の人間ではないんだ、ただのプータローだ。

 声を掛けたがいいが五対一では確実に彼らにやられてしまう。

 だが、那木はここで引く気にはなれなかった。

 一人の無力の仕事帰りのサラリーマンが、自分の欲望のためだけに動いている愚かな少年達に襲われている。

 那木の理性が働かない部分が彼をじっとはさせなかった。


 「気にいらねぇ、こいつも殺っちまえ!!」


 一人の少年の言葉を皮切りに一斉に少年達は那木に襲い掛かる。

 那木も必死に抵抗するが、やはり多勢に無勢、少年らに押さえられてしまった。

 そして、少年が那木の顔にパンチを食らわそうと拳を上げた。

 しかし、拳は飛んでこなかった。

 その少年の背後で何者かが彼を捕まえて、そのまま茂みの方へ放り投げた。

 やられていたサラリーマンか?

 そう思ったが、彼は那木の視界の中でうずくまっていた。

 警察ならば行動よりも先に声をかけてくるだろう、じゃあ誰だ?

 那木を抑えていた少年らが異変に気づき、作戦変更、二手に分かれて那木に二人、もう一人の見えない敵に二人で攻撃をはじめた。

 二人ならば何とかなるかも、那木は彼らの攻撃を辛くもかわしながら反撃の機会を窺っていた。

 “もう一人”の誰かは襲い掛かってくる少年らに対して殴ろうとはしなかった。

 その様子を怯んでいると思った少年らは一気に“もう一人”に殴りかかった。

 “もう一人”はそこにできる隙を狙っていたのか、手に持っていた何かを少年らの顔に浴びせた。

 すると少年らは殴ろうとしていた手を下ろして、顔に手をやってうずくまった。


 「ぐあぁぁ!!」

 「いてぇ!・・・しみる・・・目にしみるよぉ!!」


 その光景を見て、先ほど投げ飛ばされた少年は「仲間を呼んでくる」と叫び、逃げようと走り出した。

 それに気づいた“もう一人”は少年を追いかけた。

 普通の状況から見れば、見た目40代そこそこの男性のようである“もう一人”が、元気いっぱいの15,6の少年の足に追いつくはずがない、誰もがそう思う中、“もう一人”のその男はぐんぐんと少年との距離を縮めていった。

 そして、少年に手が届く距離になるとその男は少年を押し倒し、顔面に催涙スプレーを思いっきり浴びせた。

 驚くことにその現場は那木たちのいるところから50メートルもないところであった。

 男は捕まえてきた少年を連れてくると、他の少年とまとめてもがいている手を取り、彼らの行動を奪うように彼らの親指同士をきつく縛りつけた。

 一見、頼りないように見えるが、見た目とは裏腹に、少年達の行動を十分奪うものであった。


 那木は二人を相手に激しい攻防戦を行っていた。

 プロレスなど、“複数”対“複数”の対戦をやる格闘技の試合では、2対3や3対4などの場合は一人の差があっても大きな不利ではないが、1対2の場合では2対3などとは状況や試合の有利不利が違ってくるものである。

 このような例からいって、那木がどれだけ厳しい状況で戦いを強いられているか、なんとか倒れずにしのいでいるとは、やはり警官時代の訓練のおかげというべきか、彼がまだまだ若いというところである。

 しかし、若いとは言え体力には限界というものがあり、那木は足元を取られ、倒れてしまった。

 倒れてしまってはよほどの強さがない限り断然不利である。

 少年達は一気に形勢を有利にして、地面に倒れこんだ那木をボコボコに蹴り始めた。

 しかし、それは長くは続かなかった。

 少年の一人に対し、何者かがプラスチックのようなもので殴りかかってきた。

 少年が後ろを振り向いた。

 そこには、恐らく公園の砂場から持ってきたのだろうか、子供の忘れ物の玩具を持った、襲われていたサラリーマンが回復して参戦してきたのである。

 少年の一人は逆上して那木を攻撃することを止めて、そのサラリーマンを追いかけだした。

 1対1ならば訓練を積んでいる方が有利というもので、今までやられていた那木が反撃を開始した。

 すると、数分もしないうちに少年を押さえつけた。


 那木は、サラリーマンの方が気になり、そちらの方を見た。

 しかし、心配は無用といわんばかりに、加勢に来た男の手によって既にその少年も束縛されていた。


 「助けていただき、ありがとうございます」


 警察が少年らを連行して詳しい説明も終わり、一件落着したところで襲われていたサラリーマンが那木ともう一人の男に深々と頭を下げた。


 「どういたしまして」


 もう一人の男が淡々と言った。

 そして、一応のお礼が済むと、サラリーマンは警察の手によって、自宅まで帰った。



 騒ぎも一段落して、辺りがいつものように静まり返った。


 「お前は本当に無茶苦茶な奴だな」


 男は那木に向かって言った。


 「今回はたまたまガキンチョを送ってきた帰りにここを通りがかったからいいけど、でなければここでのたれ死んでいたところだぞ?」


 那木は図星を突く男の顔を見た。


 「・・・本当、俺何してるんだかね・・・おっさんがいなければ死んでたな、俺」


 那木は男、いや、綾野に言った。

 綾野はそんな那木の様子をじっと窺っていた。

 そして、綾野は呆れ顔をしてため息を一つ吐いた。


 「お前、宿はあるのか?」

 「いいや」

 「親戚は?」

 「この辺にはいないよ」

 「友人は?」

 「いない」

 「・・・所持金は?」

 「一応貯えはあるけど、銀行が開いてなきゃ使えない。

 クレジットカードも警察を辞めちまったから使えない。

 現在財布には2,000円と小銭がちょっとさ」


 綾野がマジかい?!という顔で那木を見た。

 那木も本当だよという表情で答えた。


 「・・・あぁ・・・なあ、お前、これからどうしようと思っているんだ?」

 「さあね」


 那木は答えた。

 確かにそう思っている。

 綾野は那木の言葉に顔を横に振り苦笑いを浮かべた。


 「・・・明日からどうしようかな」


 那木は呆れている綾野をよそにポツリと呟いた。

 二人の間に沈黙が走った。


 夜空の月がそんな二人を照らしていた。


 「今まで俺は、犯罪という世界の中で生きてきた。

 とても刺激的でやりがいがあって、何よりもダイレクトに悪人どもをとっ捕まえるのに快感を感じていた」


 那木は誰に言うわけでもなく語りだした。


 「俺の親父は人一倍の熱血漢でね、サラリーマンやってたけど本当は警官か学校の先生をやりたかったと言っていた。

 本当、そんなに必要ないよと言うぐらい、正義感の強い人だった」


 綾野は空を見上げながら、語っている那木を見た。


 「俺はそんな親父の背中をいつも見ていた。

 反抗期といわれる時期は否定しようとしたこともあった。

 だけど、否定は出来なかった。

 そして、いつの間にか、自分も親父みたいな人間になろうとしていた」

 「いい親父さんだったんだな」


 綾野のそんな言葉に、那木は一瞬、表情を変えた。

 一瞬ではあるが、その表情が悲しみと誇りで満ちた表情であったのを、綾野は見逃さなかった。


 「・・・そして、親父を、家族を亡くしてなんだかんだで10年が経ち、ようやく自分を見る機会が出来て気づいた」

 「・・・」

 「俺もいつのまにか親父そっくりになっていたよ」


 那木はそう言って、ふふふと笑った。


 「だからさ、さっきみたいな犯罪を見逃せないんだ。

 自分ひとりではどうしようもないとわかっていても、それでも放っておけない」

 「ふうん」

 「あんたは俺の見る限り、正義感はあるみたいだけど行動は俺とは正反対だ。

 だから、あんたから見れば俺のやっていることは馬鹿馬鹿しく思えるだろう?」


 那木はそう言うと綾野を見た。

 綾野は微笑を浮かべ、夜空を見ていた。


 この青年は今まで、家族を殺した犯人を探すことで精一杯で、人にこうやって自分の気持ちを打ち明ける機会がなかった、打ち明けられるような人間が側にいなかった。

 長い間自分の中で苦しみ、悩んだに違いない。

 しかし、今、自分にこうやって話している、彼にとって、自分はそういう存在なのか、綾野はそう思った。


 「確かに馬鹿だな。もっと良く考えて、慎重になるべきだ」


 綾野は思っていることとは違うことを口にした。

 なぜかはわからないが、この青年にはこの言葉の方がいい、そう思ったのかも知れない。


 「あんたならそう言うと思った」


 那木は思っていた返事が返ってきて安心した。


 「そこで、俺はいろいろ考えた。俺にはやっぱり普通の職業は無理だ」

 「同感だな」


 那木は綾野の言葉に少しムッとする振りをした。

 しかし、その後笑った。


 「俺にはやっぱり警官が向いているのかも。だけど、警官もダメだ。

 最近はサラリーマン化してきて、きちんと仕事を仕様とする人間がいない。

 金金でお金のことで頭がいっぱいな奴が多すぎて、正義漢の俺には居辛い。

 じゃあ、俺に向いている職業は他には思い当たらない」


 那木はそう言って綾野の方を見た。

 綾野はその意味がわかった。


 「M.I.C.E.にはお前みたいな奴がたくさんいる」


 綾野は那木の方に向き直って話し始めた。


 「人間の作った不完全なルールの中で、裁かれるべきはずの人間が裁かれず、毎日泣き寝入りしている人間が、この世にはどれだけいることか。

 ・・・M.I.C.E.はそんな人間のために、法で裁かれない人間を国際的ライセンスによって裁く機関だ」

 「・・・・・・」

 「・・・君は俺の見る限り、M.I.C.E.に最も適した人材だと思う」

 「そうかい」

 「しかし、お前は一回俺との約束をすっぽかしているなぁ?」

 「・・・・・・」


 那木は少し不安になった。

 しかし、綾野はそんな彼に優しく微笑んだ。


 「本来ならば見送るところだが、今回は状況が状況だけに仕方のないことだと判断することにしよう」

 「それじゃあ・・・?!」


 綾野は那木の肩に手を強くポンと置いた。


 「お前が今後、M.I.C.E.として活動できるように俺が本部に推薦してやる」


 那木は表情を明るくした。


 「だが、条件があるぞ」

 「条件?」

 「お前は一人前のM.I.C.E.とするにはまだまだ未熟だ。一人で判断して悪人を裁くには危険すぎる。

 そこで、一定の期間、俺の元でお前を教育する。

 それまでは、お前は見習いになるわけだ。いいな?」


 綾野は那木の肩を強く掴んだ。

 那木はしばらく考えた。

 もしも、ここで渋ればもう2度とチャンスはないだろう・・・と。

 先ほどの格闘のせいで温まった体がまた冷えてきた。

 汗のせいで先ほどよりも寒さが増している。

 このまま外で過ごすには、体が許してはくれないだろう。


 「・・・わかった。了解した」


 そう言って那木は自分の両腕をさすった。

 綾野も、那木の言葉を確認すると、自分の手をポケットの中に入れた。


 「で、とりあえず、一番初めにM.I.C.E.の見習としてはどうすればいい?」


 那木は震えた声で言った。

 綾野は小刻みに足踏みをしながらその場をぐるぐる回って、そして止まった。


 「とりあえず、早いところ俺んトコ来い。詳しい指導はそれからだ」

 「了解」


 那木がそう返事をすると、二人は肩をすぼめて大急ぎでその場を去っていった。

最後までお読み戴き有難うございました。


この作品は2002年に書いたもので、今読むと多少時代が古い感じもあるかと思いますが、大体その辺りの時代設定になるかと思います。


私自身は小説を読むのは余り得意ではないのですが話を思い描くのが好きでして、最初は漫画家になろうと出版社に持ち込みまでして頑張っていたのですがどうにもこうにも絵の才能がないらしく、ただストーリー構成などは評価いただいていたので、それでは文字で書いてみようと思って書いてみたのがこの作品です。


あんまり細かい描写や書き込みで重厚感を持たせるよりは、読みやすい・入りやすい文章を書けたらなぁという形で書いております。

実際はお読みいただいた方がどのように受け取るかで変わってくるとは思うのですが・・・


他の作品や続きも掲載できたらと思っております。

最近はなかなか気持ちが落ち着かなくて新作を書こうという状態ではないですが、そのうち落ち着いたら書こうと思っております。


この作品の続きも頭の中では案はあるんですけどね・・・


どうぞこれからも宜しくお願いいたします。

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