7、判決
「バキ!!」
「ボカッ!!」
「ゲシッ!」
鈍い音が薄暗い部屋に響いていた。
そこは、どこかの倉庫であった。
かび臭さが充満する中、彼はそんなことを気にすることなく殴りつづけた。
「今までに、どれだけ苦しんだか・・・・・・これは俺の今までの苦しみの分!」
そう言うと、那木は男を思い切り拳で殴った。
その音は、倉庫の中に鈍く響く。
男の顔がボコボコに腫れ、言葉を出そうにも痛みが先行して何もいえなかった。
「親父は何もしていなかった。ただ、たまたま現場を見てしまっただけなのに・・・
・・・これは親父の分!!」
もう一発、男を殴った。
男の口から血しぶきが飛んだ。
男はあまりの痛さに綾野の方を見た。
綾野は遠くからその様子を、腕を組んで何も言わずに見ているだけであった。
「母さんは優しくて・・・きれいで・・・人を傷つけるような事をした事のない俺の自慢だった・・・なのに・・・あんな姿にしてしまうなんて・・・これは母さんの分!!」
那木は2発殴った。
「・・・ウッ」
男はたまらずうめいた。
「あの日・・・俺は姉さんに謝ろうとしていた。
姉さんの彼氏にケチつけたんで姉さん激怒して・・・
俺は姉さんの彼氏に悪い噂を聞いたんで姉さんを守りたかった・・・
で、実際にその彼氏に会って、噂は嘘だと言う事に気づいた、だけどなかなか言い出せなくてようやく謝ろうと決意した日だったのに・・・それをお前は・・・これは姉さんの分だ!!」
思いっきり力を入れて殴った。
男は勢いで倒れ、そのまま動かなくなった。
「おいおい、死んじまったか?!」
綾野は慌てて男に歩み寄った。
「大丈夫だ・・・それなりに手加減はしているつもりだよ」
那木は拳を握ったまま言った。
「・・・おい・・・あん・・・た・・・話が・・少・・・・・し違うん・・・じゃ・・・」
男はかのなくような声でやっと言った。
綾野はJ.Kが生きていることに安心すると
「確かに免責してやるとはいった。
ただし、それは法の機関にのみに対しての事だ。個人的なことまで責任は持てん。」
と言い、那木を見た。
那木は立ったまま、歯を食いしばり、涙を流していた。
「少しは気が晴れたか?」
綾野は自宅の一室で2本のビデオテープを見ていた。
「・・・いいや」
那木は握った拳を見つめながら呟いた。
「だろうな・・・気持ちはわかるよ」
綾野は静かに言った。
「心の傷は一生消えることはない。
だが、何も出来ないよりは少しは気が楽になるというものさ」
「・・・・・・・・」
那木は黙っていた。
那木は綾野の過去をあらかじめ知っているため、彼の言葉が心に染みる。
「後は、霧山だけだな」
綾野はそう言うとビデオテープを手にして言った。
「そのテープをどうするんだ?」
那木は重い口を開いた。
綾野は那木を見た。
そして、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「それは、3日後のお楽しみだ」
■□■
3日後の朝、綾野と那木は朝食を摂りながらテレビを見ていた。
ちょうどワイドショーがやっていて、有名女優の熱愛報道が終わったところだった。
『では、次のニュースです。
今日の午後2時から霧山国会議員が障害者のための寄付金1500万円と介護用ベッド10台を寄贈する為都内にあるやまさと養護施設を訪問するとマスコミ各社、関係者にその旨を伝えました。
霧山議員といえば、前代未聞の福祉に巨額の投資をしたことをはじめ、他の国会議員から場寝具を受けようと、この世の弱者を熱心に救おうと行動している現代のヒーローということでも有名で・・・』
「何がヒーローだ」
那木は食べる手を休めて言った。
「知らなければヒーローなのさ」
綾野はなだめるように言った。
「しかし、いいチャンスだな」
「・・・何がだよ?」
綾野の台詞に那木は聞き返した。
綾野は食べるのをやめずに、口に物を入れながらがらしゃべった。
「何がって、奴を裁判にかけるチャンスさ」
「裁判に?だって、奴は今までの罪も金でねじ伏せているんだぜ?
それに確固たる証拠でもない限り国民が黙っちゃいないぜ」
那木はそう言うと再び食べ始めた。
「そのために、俺はお前と行動を共にする前からその証拠集めに精を出していたんだ。
その苦労を報いるためにも絶対にコイツを裁きにかけるのさ」
綾野はそう言うと箸を置いた。
「でも、証拠なんてあるのか?
俺が今まで集めた証拠はすべて処分されているんだぜ?」
「・・・フフフ、世の中にはいろんな奴がいるものさ。
過去のお前さんの家族を殺す依頼をしたという、動かぬ証拠もあるし、それをさらにバックアップするために証言ビデオを作った。
ばっちりさ」
綾野は得意げに言った。
「しかし、綾野・・・どうしてそんなにまでしてくれるんだ?
やっぱり・・・」
というところで那木は言葉を止めた。
本当は、あんたの家族が俺の家族と同じように殺されてしまった過去の影響か?と言おうとしたが、その出来事は本人の口から聞いたわけでもないし、自分だったらあまり触れられたくないよな、と思い止めた。
そんな那木の言葉に対し、綾野は自分の使った食器を片付けながら那木の顔を見た。
「何言ってんだ?
俺は別にお前のためにやっていたわけじゃない。
つい最近までお前の存在すら知らなかったんだ。
それにもしもお前のことを知っていたとしても依頼でもしてこない限り、こういう形で霧山にアプローチしたりしない。
たまたま友人から銀行強盗の件で黒幕を暴いてくれという依頼があって、それを調べていたら黒幕が霧山だったんだ。
そして、霧山のことを詳しく調べていたら、芋づる式に今回に至っただけだ。
勘違いするなよ」
綾野は本当のことは言わなかった。
嘘ではないがきっかけは違う。
もしも本当のことを言ったら、後々厄介になるに違いない、それに知らない方が良い事だってある、そう思ったからだ。
「なんだ」
那木は無邪気な顔で言った。
その顔を見て、なぜか綾野は急に照れくさくなった。
そんな綾野の顔を見て、那木はおかしくなって笑った。
綾野は少し困った顔をするしかなかった。
食休みをしていると、一枚のファックスが届いた。
那木がそれに気づき、綾野を呼んだ。
綾野はというと、時間が少しあるので店の在庫整理をしていた。
那木に呼ばれて綾野は2階に上がっていった。
「おう、やっと来たか。意外とてこずったんだなぁ。
まあ、間に合ったから結果オーライだな」
綾野はファックスの内容をみて安心した。
「何なんだよ?」
那木はすることもなく、テレビを見ながら綾野に聞いた。
「いやな、これも霧山を裁く際に有効な証拠さ。
それと、お前を解雇した警察の不祥事を証明する証拠だ」
「何?!」
那木は急に体に力を入れた。
「お前が集めた証拠がどんどんなくなっていったというのは、警察が一枚かんでいたのさ。
あと、10年前の事件の時の証拠がないってのも奴らの仕業。
霧山に買収されていたんだよ。」
綾野はファックスの紙をペラペラやりながら言った。
那木は何も言わずに、呆然としていた。
□■□
綾野と那木を乗せた車はテレビで言っていた「やまさと養護施設」へ向かっていた。
「しかし、どうやって奴の犯罪を世間に知らせるんだ?」
那木は窓から入ってくる風に髪を靡かせながら言った。
「あいつの寄付金寄贈会にはたくさんのマスコミがやってくるはずだ。そいつを利用する」
「利用するってどうやって?霧山は今や国民的政治家だぜ?
ついでに言えばマスコミすら霧山の味方だ、あいつを批判する輩なんて相手にもしてくれないさ」
那木は綾野の方を見て言った。
「馬鹿だな、どうしてお前は何でも真正面から行こうとする?
あの証拠ビデオを流してもらえる手段なんていくらでもあるさ」
「馬鹿で悪かったな。俺は正々堂々とやるのがモットーなんだ、何が悪い」
那木は綾野の言葉に少しカチンときた。
「何も、正々堂々=真面目じゃない。
相手を合法的に裁くためには時には違う角度から責める必要がある。
その結果、裁くときに正々堂々裁けるんだったら、違う角度からのアプローチも結果、正々堂々じゃないのか?」
「しかし・・・」
「正義ぶるのもいい。
だがな、世の中それだけが通用するなんて、そんなきれいな話はない。
時には荒れた道を通らなきゃいけない時がある。
そういうもんじゃないのか?」
那木は綾野の言葉に面白くなさそうな顔をした。
綾野も那木のそんな表情を見て、不服なのはわかるがな、と思った。
「ま、お前はまだ若いんだ。そういうのを知らない方がいいかもな」
綾野はフォローを入れた。
那木もいくらかは綾野の言わんことを汲み取ったのか、機嫌を直した。
二人は養護施設に着いた。
時間があと10分少々しかなく、マスコミやその他関係者がオンエアの準備でてんてこ舞いだった。
綾野は那木に「待ってろ」と言うと車から降りて養護施設の裏口へ向かった。
那木は何も言わずに、ただそれを見守っていた。
「あのぉ、すいません」
綾野は関係者の人間に声を掛けた。
「はい?今忙しいんです。後にしてもらえませんか?」
関係者の女性は迷惑そうに言った。
「いえ、それが・・・実は私、栃木にある養護センターの方から霧山議員宛てのメッセージを録画したビデオテープを持ってきたのですが・・・」
「ビデオテープ?
ああ、だめだめ、忙しいの。用がないならあっち行って」
女性は綾野を冷たくあしらい、その場を去った。
その様子を見ていたマスコミ関係者の一人が綾野に近づいてきた。
「どうなさったんです?」
30代前半の男が声を掛けてきた。
綾野は困った顔をしてその男を見た。
「いえ、実は栃木から遥々霧山議員を応援する養護センター入院中の方々のメッセージを録画したテープを持ってきたんですよ。
だけどここの方取り合ってくれなくて・・・
困ったなぁ、全国放送で流してもらおうと持ってきたのに・・・
施設のみんな、楽しみにしているんですよ。ほら、これが施設の書類」
男は書類を見てちょっとばかり考えた。
確かにそれは信用の持てる書類に見える。
でも、もし悪戯だったら・・・かといって確認する時間はない・・・
男はそう考え、綾野の顔をみた。
とても悲しそうな顔に見える。
さらに男は考えた。
もしもこれが本物ならば自分の局の特ダネになる。
他の局より一歩リードできる。
そもそも特ダネを手に入れるには多少の危険はつき物だ。
それに、その男の表情を見る限り、嘘をついているようには思えない。
「・・・よし、いいでしょう。うちの局で何とか放映しましょう」
男は一大決心をした。
綾野はその言葉に表情を明るくして、ビデオテープと書類、そして持っていった封筒をその男に渡した。
「この封筒は?」
「それは、声の出せない方からのメッセージです」
綾野は安心した顔で言った。
「なるほど、それでは霧山議員に渡しておきましょう。
任せてください!!わざわざ遠くからご苦労様です」
「ありがとうございます」
男はそう言うと、大急ぎで去っていった。
男の後姿を見ていた綾野の表情は、いつの間にか、悪魔のような笑みに変わっていた。
「そろそろだな」
那木は車の中で腕時計と睨めっこしていた。
「お待たせ」
綾野が運転席に乗り込んできた。
「上手くいったのか?」
「まあ、第一ラウンドはな」
そう言うと車の中に取り付けてあるテレビのスイッチを入れた。
「さあ、これからが第二ラウンドだ」
綾野は那木の方をぽんと叩いて言った。
■□■
『それでは寄付金1500万円と介護ベッドの贈呈です!!』
カメラの特殊効果により、霧山の華やかな贈呈式が執り行われた。
霧山はマスコミの声に答えるかのようにカメラに向かってにこやかな表情で手を振った。
「霧山議員、今回このような催しをテレビを通じて行ったのはどうしてですか?」
「それはもちろん、これからの時代、福祉というものの重要性を訴えるため、そして、障がい者やその他弱者に夢を与えるためです」
「しかし、今回はかなりの金額を寄付したようですが・・・」
「かなり?まだまだ私としては少ないぐらいですよ。
財力があるのなら、もっともっと寄付したいぐらいだ」
「何がもっと寄付したいだ。人を殺しておきながら」
那木はむっとした表情で呟いた。
「まあ、もう少し余裕を持って見ろよ。
これから正義のヒーローがどのように変わっていくかがわかるから」
綾野は頬杖をして薄笑いを浮かべて言った。
そう会話している間にも贈呈式は続いていた。
「霧山議員、実は我がテレビ局が独占で入手した他の施設の方のメッセージがあるので見ていただけないでしょうか?」
とある記者の言葉に、霧山は愚か、他の局の記者も驚いた。
「・・・それは願ってもないことだ。是非見せていただこうか」
霧山は嬉しそうな表情で言った。
と同時に、これは自分の株が上がるぞと思った。
「では、どうぞご覧ください」
そう言うと、記者は臨時で用意したビデオとテレビを出してきた。
他の記者もそれに注目する。
「さあ、第2ラウンドだ。一気にノックアウトするなよ」
綾野はテレビを見ながら言った。
その様子はあたかも、K-1観戦でもしているかのようだ。
那木も、そんな綾野の言葉にテレビに集中した。
しばらく沈黙が走った。
それはまるで、嵐の前の静けさのようだ。
言い出した記者がビデオを再生した。
『・・・・・・・え・・・あ・・・・・・
こんにちは霧山さん。この度はこの場を借りまして、現在連続して起こっている銀行強盗の件に、あなたが関わっているという事を証言したいと思います』
そこに出てきたのは、綾野に捕らえられた銀行強盗だった。
その映像が流れたとたん、辺りがどよめいた。
霧山の表情も、気が気じゃないが、何とか平静を装った。
「ははは、何者かの嫌がらせか?
まったく、常識がないというのか、愚かというか・・・」
『まず、私が何者かというと、霧山に頼まれて銀行強盗を働いているメンバーのリーダーです。
私は警察に何回か捕まっているので、警察の方に聞けば私が強盗だということがわかると思います』
テレビを見ていた那木が驚きの表情をしていた。
綾野は黙って見ている。
『皆さん、霧山さんは弱き者を助け、強きものを挫く、現代のヒーローと思われている方もたくさんいらっしゃるようですが、実のところ、それほどすばらしい人間ではないんですよ。
それどころか極悪人だ』
「いつまでこんな下劣なものを流しているんだ!!
早くビデオを止めたまえ!!」
霧山はそのVTRが流れているテレビを隠すようにその前に立った。
しかし、近くにいた護衛の警察官の一人が
「確かにその男、何度か顔を見たことがある」
と言うのが聞こえると、記者はビデオテープを止めることはしなかった。
それどころか、皆スクープと言わんばかりにそのVTRを必死にカメラで映そうとしていた。
『霧山は私達に強盗をさせて、そしてその金でいろんなところに寄付をしたり、時には事がバレないように警察の人間を買収して、私達を釈放したり、自分の有利なようにやっているんです。
・・・そうそう、そのことを示す書類だってありますよ。ほれ、これがその契約書』
テレビ画面に映し出された契約書には、確かに霧山の犯行を示す事柄が書いてあった。
実印まで押してある。
「・・・陰謀だ・・・何者かが私のやっていることが気に入らなくて私を罠にかけようとしているんだ。
第一何で私が銀行強盗をしなくてはならん?
私は汚い金で人を救おうなどとは考えたこともない」
霧山は声を震わせて言った。
「まさか、あの男が銀行強盗に本当に噛んでいようとはな」
那木はテレビを見ながら呟いた。
「ふふふ、これはほんのジャブに過ぎんさ。
この後、とんでもない技が入る。
・・・絶えられるかな?」
綾野のテレビを見る表情はとても冷たい。
彼の顔を見た那木はそう思った。
『ま、信じるか信じないかは皆さん次第ですが、私は誓って嘘は言いません。
それでは皆さん、さようなら』
その言葉を最後に、男の証言は終わった。
皆、それを待っていたのか、一斉に霧山に質問を投げかける。
「霧山議員!!今のは事実なのですか?!」
「あの男に見覚えはありますか?」
「霧山議員!!」
「議員?!」
猛烈なフラッシュの連射に霧山は目を伏せた。
そして、目を伏せたまま霧山は弁解をした。
「私はあんな男の事は知らん!!
会ったこともないし、今までその存在すら知らなかった」
霧山が必死に記者の質問に抵抗していると、再びテレビ画面に人が現れた。
先ほどの男とは違う、別の男だ。
霧山はこの画面を見て、顔から血がサーっと引いていったのがわかった。
それは彼の顔を見ている人間にもわかる豹変振りだ。
『どうも、霧山。俺の顔を見るのは10年振りか?
あの日以来、俺もあんたも上手く生きてきたよなぁ?
まさか、俺の顔を忘れたとは言わせないぜ?
あんたが雇った殺し屋のJ.Kだ』
J.Kと名乗る男はニヤニヤしながら喋っていた。
『10年前。あんたは人を殺したよなぁ?
確か、心臓の弱い女を犯して、女は最中に心臓発作を起こし、結果死んだ。
そして、たまたまその女の死体を片付けようとしていたところ、竹岡光夫という、ごく普通のサラリーマンに目撃されてしまった。
政治家として将来有望視されていたあんたは、その不祥事を何とかもみ消そうと、その男と交渉を試みた。
しかし、彼は断った。
そこで俺にその男を殺すようにと依頼したわけだ。
まあ、俺としては仕事だし、何よりも金が良かったんで引き受けた。
そして、仕事をした結果があの、10年前の竹岡一家殺人事件だ。
皆も僅かには覚えているだろう?
残された長男坊がとても不憫な、そして、あんだけの殺人で警察が証拠をいっさい見つけられなかったといわれた完全殺人のことを。
実はな、あれ、裏で霧山が警察の上層部の一人を買収して証拠隠滅をしていたんだよ。
そう、警察の人間も噛んでいたんだよ。
とんでもない奴がいるもんだ。
だけどな、世の中っていうのは上手く出来ているもんで、10年前の証拠を大事に持っている奴が居たんだとよ。
まあ、とりあえず見てくれ』
霧山は無言のままだった。
記者がテレビに視線を集中させる。
画面は上手く編集してあって、ワイドショーを見ているかのように、その証拠のVTRに切り替わった。
それは、なにやら若い頃の霧山とJ.Kが殺しの契約を結ぶシーンだった。
『そう言う訳だ。J.K、君のことはある情報筋から聞いている。
腕前も確からしいな。
では、これがその注文の人間だ。
しかしなぜ、こんなものを撮る?』
『まあ、保険って奴だよ。
こういう商売をやっているといろんなことがあってね。
万が一、裏切られるようなことがあればコイツを出すところに出すんだ』
『用心深いんだな。まあいい。
それだけ信用できるということか。
私として見れば君がきちんと仕事をしてくれれば悪いようにはしない、それどころか万が一、警察に証拠が渡ってもそれを消滅させる準備さえ出来ている。
安心して仕事をしてきてくれ』
『そういうことか。準備がいいんだな。
では、この書類に印鑑ではなく、あんたの親指の指紋を押してもらおう』
そういう会話がなされながら、霧山が契約書に親指の指紋を押している光景が映し出されていた。
その後、J.Kは霧山にどういう事情でその男を殺すのかを聞き出した。
霧山は先ほどの男の言ったことをそのまんま述べた。
そして、画面は再び男の証言シーンに戻った。
『先ほどの書類は恐らく、このビデオを受け取った奴が持っているはずだ。
このビデオを製作した奴がそうすると言っている。
でも、くれぐれも警察の人間になんか渡しちゃいけないぜ。
あの時のように消されちまうからな』
そのことを聞くと、綾野からビデオを渡された記者は封筒の中を開けた。
すると、その中には画面に映っていたものと同じ書類が入っていた。
周りの記者がそれをカメラに収めようと必死に動いた。
記者はこれまでの経緯から事の重大さに気づき、その契約書をきちんと出し、他の報道者にもわかるように提示した。
それは日本中に流れた。
綾野たちもそれを他の人たちと同様に見ていた。
那木は綾野の方を見た。
綾野は那木を見ずに笑っていた。
「これはK.O.・・・だな」
証言ビデオは尚も続いた。
『まあ、そういうわけで霧山は犯罪人なんだよ。
今、何のつもりでかは知らないが、弱者の味方なんて言って良い人ぶっているがな。
ま、そういうことだ。
じゃあ、俺もこの辺で終わらせてもらうぜ。
とある人物によって免責になるんだ。
国民のバッシングを受ける前にオサラバするよ。
あ、そうそう、このビデオを製作した奴の話によると、竹岡の息子はこの後、犯人を、つまり霧山を捕まえるために警官になったそうだが、警察の連中、自分らが噛んでいるもんだから、彼をクビにしたそうだ。
警察もひどいもんだよな。
ところで、警察の上層部が悪さをしたら、誰がそいつらに処分を下すんだろうな?
まあ、俺の心配することじゃないか。
じゃあな、それだけだ』
J.Kがそう言うと、ビデオは終わった。
マスコミ関係者や養護施設の関係者の視線が一気に霧山の方へ向いた。
「わ・・・私は関係ない!!
私をよく思っていない奴らが仕組んだ陰謀だ!!
私じゃない!!私は何もしていないんだ!!」
霧山の弁解をよそに、各局のレポーターがこの事実をレポートし始めた。
警備に当たっていた制服警官等は、霧山をどうするかを決めるため、署へ電話をしている。
「恐らく、警察の奴らも黙ってはいられないだろう」
綾野は車の椅子にもたれながら言った
「・・・・・・・・・・・・」
那木は何も言わずにその光景を見ていた。
「どうした?嬉しくないのか?」
綾野は何も言わない那木を気遣うかのように、那木の顔を見て言った。
「・・・・・・・・・・・・」
那木は綾野の質問に返事をすることもなく、苦笑いを浮かべて首を横に振った。
そして、再び画面に映る霧山を、身動きせずに見ていた。