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6、真実

 那木は町を歩いていた。

 町はいつものように活気に満ちていた。

 しかし、それはとは対照的に那木の足取りは重かった。

 表情には、明るさがなく、暗さだけが表情を作っていた。


 「なぜだ・・・・・・どうして」


 那木は心の中ですっと叫んでいた。

 那木はそのまま歩きつづけ、やがて公園に入って行った。

 少し汚れたベンチに座ると、那木は今まで自分のやってきたことを思い出した。


 あの日の悲しみから10年、自分は己のみのことも構わずに家族を殺した犯人を探し続け、法の制裁を受けさせるためにここまでやってきた。

 しかし、結果はどうだ?

 法は何の役にも立たない、悪を裁くはずに警察が何もしてくれない、霧山は弱き者の味方ということでのうのうと生きている。

 一体この世は何なんだ?

 金さえあれば罪を犯してもいいのか?

 償いをしなくてもいいのか?

 真実を求めている人間はこうやって左遷されるものなのか・・・


 いや、この際そんなことはどうでもいい。

 何としても霧山を裁きたい。

 それも、ただ殺すのでは駄目だ、奴と同じになってしまう。

 そうではない、誰がどう見ても奴が犯罪人だということをこの世の人間に見せしめることができる方法で、奴に絶対に償いをさせることのできる方法で・・・


 那木はふと、ある言葉を思い出した。


 『・・・今のお前ではあの偽善者を裁くことは出来ん・・・

 だが、俺にはできる、俺にはその力がある』


 「・・・あいつだ」


 那木は綾野のことを思い出した。

 そうだ、あの男の力を借りれば霧山を裁けるかもしれない。

 あの男が何者かは知らんが、あいつに初めて会った時、只者ではないと思った。

 銀行強盗の件といい、自分を監視していた時といい、あの瞳、あの笑み、あの雰囲気、あいつなら霧山を裁けるかも・・・


 「だけど、あのおっさんの事、何も知らないんだよな」


 那木は自分の今の状況に一気に失望した。

 結局何も出来ない、どうしようもない。

 ならばどうする?

 このまま自殺でもするか?

 いや、霧山を裁くまでは死ねない。

 じゃあどうする?

 このまま、違法ではあるが刺し違えてでも・・・?!


 「そうだ、確かあのおっさん・・・」


 那木はにやりと笑い、公園を後にした。


 ■□■


 綾野は車の中で立て続けにかかってくる電話の応対に忙しかった。

 あまりに多いので、途中で車を停め応対した。


 「おう!綾野。

 お前が言っていたあの殺し屋の事だがなぁ、今は林と言う麻薬ブローカーの用心棒をやっている。

 確か明日、横浜の海釣り公園でそのブローカーが麻薬を釣りに行くんで一緒に同行するそうだ。

 確か朝の5時。

 それでその海釣り公園の名前が・・・」

 「そうか、ありがとう」

 『RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR』

 「はい?」

 「ああ、私。ところで事件は解決したの?

 いつまで別荘にいればいいのかしら?

 私の方もそろそろ商売を再開したいんだけど・・・」

 『RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR』

 「はい」

 「あ、綾野さん?私、警視正です。

 ご依頼いただいた10年前の警部補のことですが、2年前に交通事故でお亡くなりになられていまして・・・

 ところでなかなか電話がつながらなくて・・・」


 電話のベルが鳴らないことを確認すると綾野は再び車を出した。


 ■□■


 自宅に帰ると、日はすっかり落ちていて、太陽の代わりに月が大地を照らしていた。


 「はぁ、今日は疲れたなぁ」


 何日ぶりの自宅の感触に綾野はほっと気を緩めた。

 ソファーに横になると、綾野は宙を見つめ、今までの出来事を整理しようとした。

 しかし、そうしようとした瞬間に電話の音が頭の中に割り込んできた。


 「はい、綾野です」


 綾野は少し不機嫌に言った。


 「もしもし、私、先日そちらにお伺いした警察の者です」

 「・・・?!ああ、あの那木警部を監視しろと言う依頼を持ってきた・・・」

 「ええ、そうです。そのことについて電話をしたのですが」

 「どうかしたんですか?」

 「今限りでこの件を終わりにしていただきたいのです」

 「ほう、別に構いませんが解決したので?」


 綾野は意外な報告に起き上がった。


 「え、ええ、まあそんなところです。

 問題刑事として今日懲戒免職にしたので、後は我々で対処できますので、綾野さんの助けがなくてもいいとの事でして・・・」

 「そうですか、それは良かった。

 では、明日報酬を指定の口座に・・・」

 「その件なのですが、上の方から出せないと伝えておけと言うことでした」

 「それは困るなぁ」


 綾野は声のトーンを下げて言った。


 「上のものの話によると、綾野さんは監視してくれましたが、結局彼には手を下さなかったとの事でしで、払う金はないと」

 「監視だけで何もしなかったからって仕事していないと言いたいのか?

 だとしたらそいつはとんだ勘違いと言うものだ。

 監視と言うのはわざわざ時間を費やして、時間を犠牲にしてやっているんだ。

 だからその間は他のことは出来ない。

 その辺を理解の上でそういうことを言うのか?」

 「さあ、私にはわかりません。

 ただ、警察の経費やなにやら削減されてぎりぎりの状態なんです。

 それに、我々があなたにお支払いするお金は国民の税金、そういう事で監視だけで何もしなかったという仕事に払うお金はないとの事です」

 「ふうん」


 綾野は怒りと言うよりもあきれの感情がふつふつと込み上げてきた。

 情けない、確かに何もしなかったとはいえ、仕事を依頼してきたのは警察の方である。

 なのに、頼まれた事をして仕事のうちに入らないと抜かす。

 別にわざとしなかったのではなく、する必要がなかったからだ。

 とはいえ、監視も立派な仕事だ。

 警察なんて倒産する事もないし、何で依頼に対する報酬ぐらい払えないのだろう。

 綾野はこのまま交渉すれば何とか報酬をもらえる自信はあった。

 しかし、とっさにある考えが浮かんだので、交渉はしないことにした。


 「そうですか。

 そういう事なら結構、ここはこっちもボランティアだと思って報酬の方はあえて目をつぶりましょう。

 ただし、あなたの上司に伝えておいて貰えませんかね?

 “お金の事をいい加減にしているとそのうち痛い目に遭いますよ”ってね」

 「それは、脅しですか?」

 「脅し?まさかそんなこと、警察相手にするわけないじゃないですか。

 ただ、私の経験上のことを親切に教えようと思っただけですよ。

 私もそのことで随分苦労しましたから・・・」

 「そうですか。ではそういうことで」


 依頼人は理解したのかしないのか、そう言うと電話を切った。


 綾野は受話器を置くと再び横になった。

 そして、ふうと一つ呼吸するとまた、起き上がった。


 「M.I.C.E.を舐めてるとどうなるか、ここは一つ良く教えておかないといけないかな」


 そう言い、どこかに電話をすると、綾野は着替えをした。

 そして、再びどこかへ出かけた。


 「懲戒免職処分になったと言うことは、奴もじっとはしていないだろう」


 綾野は車を走らせながら言った。


 「正当に憎き敵を裁く手段を失った人間が、次はどういう行動に出るか・・・」


 ここまでを口で言い、その後は心の中で呟いた。

 はじめから正当な手段で敵を討とうとした奴だ、それが出来ないと知ったら恐らく考えられるのは2つ。

 一つは正当ではない方法で敵を討つ、もう一つはもう駄目だと家族の後を追う。

 しかし、あの青年のことだ、どう考えても後者はないだろう。

 だとすればあの無謀な小僧のことだ、すぐにでも敵の所へ行くに違いない。

 精神的にも追い詰められているだろうしな。

 となると、敵のいるところに奴も必ず来る。

 綾野はそう考えると体が熱くなり、ついアクセルと踏み込んだ。


 「あの青年を手に入れるには今しかチャンスはないだろうな」


 そう呟き、光るグランドキャニオンに向かって走っていった。


 ■□■


 都会のグランドキャニオンの中の一つの、大きなホテルで霧山議員主催によるパーティーが行われていた。

 福祉団体や国民の代表者たち、彼を支持する資産家や実業家との懇談会のようだ。


 「霧山議院の主催する懇談パーティーへようこそ!

 ごゆっくりとお楽しみください」


 那木はホテルの外の道路を挟む向かい側にいて様子を見ていた。

 どうやら招待客以外は中に入れないようだ。

 彼はポケットの中に入っている自前で仕入れた小型の銃を強く握っていた。


 「では、このパーティーの主役、霧山議員の挨拶を・・・」


 那木は自分の体温が上がったのを感じた。

 「今だ」

 そう直感で感じると、ホテルの入り口に向かって歩き出した。

 車が来ていないことを確認すると、広い道路を渡るため、足を踏み出した。

 彼の額にたまった汗がゆっくりときれいに整った輪郭を伝った。


 「上手くいくといいがな」


 そう心に呟きいざ出陣!

 と歩みを速めようとした瞬間に、那木の前を一台の車が止まった。


 「早まってはいかんな」


 車の中から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 那木はにやりと笑った。


 「来ると思ったよ」


 那木は、車の中にいる男に対してこう言った。


 「しかし、ここまで思っていた通りだと面白いね」


 那木は男の顔を見ながら言った。

 男もその意味がわかったらしく、助手席のロックを外し、ドアを開けた。


 「俺に用があるのなら連絡してくれれば良かったのに」


 綾野は助手席に腰掛けた那木に言った。


 「だっておっさん、俺に何も教えてくれなかっただろう?」


 那木はサイドミラーを見ながら髪の毛を整えた。


 「そうか、そいつはすまなかったな。

 ところでお前、懲戒免職になったそうじゃないか」

 「良く知ってるな」


 那木は動じることなく言った。

 どうせ、このおっさんは何もかも知っているのだろう、そう思っていた。


 「ところで俺に用があると言ったな?なんだ、言ってみろ」


 綾野は那木をちらちら見ながら聞いてきた。

 その顔が心なしかにこやかだ。

 まるで、自分の弟か何かと会話をしているような感じだ。


 「・・・あんたの力を借りたい」

 「今の自分には限界がある事にようやく気づいたか」

 「ああ、やっと分かったよ。

 そこであんたが一体何者かは知らないが、なんとなくあんたの力を借りれば何とかなると思ってさ」

 「そうか、だが、ただでは貸してやらん。条件がある」


 綾野は信号待ちの所で那木の表情を見た。

 薄暗くて分かりづらいが悪い表情はしていないようだ。


 「・・・俺は敵を討つためにいろいろやって、今すべてを失った。

 だが、後悔はしていない。

 ・・・敵を取るまでは何だって来いさ」


 那木ははっきりと言い放った。

 しかし、実のところは条件を聞いてからにしようと思っていた。


 「いい心構えだ。ならば条件を言おう。

 なに、そんなに難しいことじゃないさ。

 今までのお前の仕事がハードになったものと思ってくれれば結構。

 これからしばらく俺と一緒に仕事をする、つまり、俺の仕事のパートナーになれと言うことだ」


 綾野の出した条件に、那木はすぐに返事が出来なかった。

 あまりの突然の申し出に正直、悩んだ。

 そんな那木の様子を見た綾野は車を停めた。

 そこは綾野の店の車庫であった。


 「ま、すぐに答えは出ないだろう。

 本来ならゆっくり考えろと言いたいところだが、あいにく明朝5時に仕事があるんでね。

 悪いがそれまでに返事を考えてくれないか?」


 エンジンを止め綾野は言った。


 「それとお前、警察を追い出されて泊まる所がないんだろう?

 良かったら俺んトコ泊まってけ。遠慮はいらん」


 そういうと、綾野は那木を自分の家に入れて寝室へ案内した。


 「いろんなことがあって疲れただろう。

 そこで十分休むがいい。

 それと、俺の条件も考えておいてくれよ。

 もしも、YESだったら目覚し時計を3時半にセットしておけ。

 色々と準備をしなくちゃいけないからな」


 そう言い、綾野が部屋を出ようとした。


 「おい、おっさん。俺がここ使ったらあんた、どこで寝るんだよ?」


 那木は綾野に言った。


 「なに、心配するな。俺はベッドは普段あまり使わないんだ。

 ソファーの方が寝心地がよくってな」

 「でも・・・」


 那木が何かを言いかけた時


 「そうだ、自己紹介まだだったな。

 俺の名は綾野小次郎。言ったぞ?

 だから、もう人のことを“おっさん”って呼ぶなよ、いいな?」


 綾野は那木の胸元に人差し指を突き刺していった。


 「あ、ああ」


 那木はこれ以上何も言えなくなってしまった。

 綾野はそのまま、寝室から出て行った。


 那木はベッドに横になり宙を見ていた。

 顔を横にやるとベッドを包む真っ白なシーツが目に入る。

 きれいに洗濯してあり、糊もびしっと決まっている。

 恐らく綾野は普段このベッドで寝ているのだろう。

 自分に気を使ってあんなことを言ったんだ。

 そう思うと少し照れくさくなった。

 しかし、何であんなに自分に親切なのだろう、当たり前の疑問が那木の頭をよぎる。

 しばらく考えると那木は寝室を物色し始めた。


 引出しを開けると中からオートマチックの32口径の銃が見えた。

 彼の仕事は自分の想像だが、アメリカで言うところのFBIやCIAみたいなものだろうと思った。

 普段は結構やばい仕事をしているのかな、そんなことを考えた。


 引出しを戻すと今度はベッドの下を見た。

 ダンボール箱が一箱あった。

 中を見ると、アルバムが入っていた。

 那木は申し訳ないと思いつつ、どうしてこんなに親切なのかという理由があるかも知れないと思い、アルバムを開いた。


 綾野に良く似た男とその妻と思われる日系女性、そしてその子供が楽しそうにしている姿がそこにはあった。

 那木は思った。

 この建物に入った時は、綾野以外の人間がいるような気配はなかった。


 「離婚したか別居でいないのだろうか」


 そう思いながらアルバムのページを捲っていると最後のページに、一切れの新聞記事があった。

 それは、英字で書かれた新聞だった。

 その紙片には、綾野の妻と思われる女性と、その子供があった。

 那木はなんとか意味を理解しようと、過去に習った英語の技術を頭の片隅から引っ張り出した。

 そして、ようやく片言で訳してみた。



 『市警警部の妻とその子供、現在指名手配中の凶悪犯に殺される』


 

 那木は息が止まりそうになった。

 更に記事を見てみると、所々に『Ayano』という名前が見受けられた。

 すると、その紙片の裏から、もう一枚の紙片が那木の足元に落ちた。

 そこには、若かりし頃の綾野の顔写真が載っていた。

 そして、再び内容を訳してみた。



 『市警警部お手柄!自分の家族を殺害した凶悪犯を自らの手で逮捕!』



 那木は胸が詰まった。

 あの男は、自分と同じ境遇であり、そして自分の力で敵討ちをしたのだ。

 那木はそう思うと、アルバムを元通りにしまい、ベッドに横になった。

 そして、うつ伏せになり、顔を上げた。

 ちょうど手の届くところに目覚し時計があった。

 那木はそれを手に取ると、時間設定を“3時半”にセットし、横に寝返りをしてそのまま寝た。


 ■□■


 綾野は押入れから銃を出していた。

 少し埃がかぶっていて、動かしてみるとギギギときしんだ。

 その銃は普段綾野が使っているものよりも軽いものだが、銃身が少し長かった。

 綾野はそれを分解すると丁寧に手入れをはじめた。


 「あの青年は必ずYESと言うさ」


 そう心の中で呟き、油を注した。

 銃を再び組み立て終わった頃、携帯電話が振動した。

 綾野はそれに気づき電話を取った。


 「はい、ああ、そうか。

 夜遅くすまなかったな、今から取りに行くよ、じゃあ」


 綾野は電話を切り、軽く身支度をすると、忍び足で出かけた。



 『LILILILILILILILILILILILILILILILILILI』


 目覚ましのベルが、けたたましくなった。

 しかし、その側にいた那木は起きる気配がない。

 静かに寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている。

 寝室のドアが開いた。

 そして、何をするよりも先に、そのけたたましい音を止めた。

 外はまだ暗かった。

 電車も通らず、本当に静かなひと時であった。


 「3時半にベルが鳴ったということは、起こしていいんだよな?」


 綾野は時計を確認すると那木を見た。


 「少し安心したのか、よう寝とる」


 そう言い、那木の肩を揺さぶった。


 「おい、起きろ、一応目覚ましはなったぞ?」

 「ン・・・ンンン・・・」


 那木は目を開けた。

 一瞬驚いた。

 ここは一体どこだ?

 いつも見る光景とは明らかに違う。

 そうだ、思い出した。

 自分は警察を追い出されて、あのおっさんの家に連れてこられたんだ。

 そして・・・


 那木は警察を辞めた現実をここで実感した。

 綾野は那木が起きるのを確認すると、さっさと部屋を出た。


 「さっさと顔を洗って来い。洗面所は部屋を出て左だ」


 那木は慌てて起き上がり、服装を整えた。

 そしてまだ目覚めぬ頭と体を無理矢理動かし、洗面所へ向かった。

 蛇口をひねり、水を出した。

 それを確認するように手をやるとそのまま顔に水をかけた。

 とっても冷たく感じた。

 顔の神経が大慌てで脳に“冷たいぞ”という信号を送っているのがわかった。


 「ひゃぁ」


 那木は思わず声を出した。

 そして顔を上げると、短く伸びた髭をたくわえている普通の青年がこちらを見ていた。

 那木が笑うと同じく彼も笑う。

 那木は洗面所の周りをきょろきょろ見回した。

 石鹸はある、だが、剃刀が見当たらない。


 「おい!おっさん!!」


 那木が叫ぶと綾野は何かぶつぶつ言いながらやってきた。


 「なんだ」


 なんだか少し機嫌が悪そうに綾野が答えた。


 「髭を剃りたいんだけど、剃刀ないの?」


 那木はそんな綾野を気にすることなく言った。


 「ああ、すまん。髭剃りね、はい」


 綾野はそう言うとポケットから電動髭剃りをだして那木に渡した。

 那木は“どうも”と言いそれを受け取った。


 「お前、俺が言ったこと、忘れたか?」

 「なに?」


 綾野の質問に那木は髭を剃りながら答えた。


 「俺の名前だよ、綾野小次郎」

 「あ、そう、聞いたよ。それで?」


 綾野はとても怒っているようだ。


 「俺にはちゃんと名前があるんだから“おっさん”はやめろ。“綾野”と呼べ」


 那木はそんな綾野に少し茶目っ気を感じた。


 「おっさ・・・じゃなかった、綾野。

 あんた、初めて会った時も“おっさん”って言い方嫌がってたよな?

 ・・・案外、年気にしてるの?」


 那木はニヤニヤしながら言った。

 綾野はムスっと言う表情をしている。


 「綾野、あんた、年いくつ?」

 「・・・・・・38」

 「じゃあ、おっさんって言われてもしょうがないだろう?

 それにあんた、年の割に表情によってはかなり老けているように見えるぜ?」


 那木はなぜか安心した。

 初めて会った時から今まで、この男は抜け目がなくて気が抜けないと思っていた。

 しかし、こうやって会話をしていると、外見とは違った普通の部分が感じられる。


 「それに、あんまり気にしていると禿げてくるし、シワも増えて余計に老けてくるよ。

 ただでさえあの笑いじわが老けさせているのに、それ以上増えたらジジイになっちまうぜ?」

 「何だと?!言わせておけば・・・」


 綾野の言葉に那木はケタケタ笑い出した。

 綾野も怒りだしそうに見えたが、その一歩手前で那木につられて笑い出した。


 「まあいい、とにかくさっさとしろよ。

 あまり時間がないんでね。飯食いながら仕事の内容を話すよ」


 そう言い残して綾野は去っていった。


 「・・・・・・仕事か」


 那木はそう呟くと、再び顔を洗った。


 食卓には食欲をそそる朝食が用意してあった。

 ご飯に味噌汁、厚焼き玉子に芋の煮物、カリカリに焼いてあるベーコンがあった。


 「みんなあんたが作ったのか?」


 那木は感心しながら言った。


 「そうだ、驚いたか」


 綾野は茶碗にご飯を持った。

 那木が若いのを考慮してか、盛る量は半端じゃない。


 「こりゃ盛りすぎだよ」


 那木は茶碗に盛られたご飯を見て言った。


 「いいから食え」


 綾野は味噌汁を盛り終わると勝手に食べ始めた。


 「いただきます」


 那木はそう言い、食べ始めた。


 「で、おっさんの仕事って何?」


 那木はおいしそうに厚焼き玉子を食べながら聞いた。

 綾野の目元がピクリと引きつった。

 それに気づいた那木は、軽くすまんと言って笑った。

 綾野は軽く咳払いをした。


 「・・・仕事とはお前の家族を直接殺した殺し屋をとっ捕まえることだ」


 那木の表情が一変した。

 体が熱くなっていくのを感じた。


 「もちろん、そいつに命令したのは霧山本人だ。

 今、俺の手元に物的証拠もある。だが、念には念を入れておかないとな。

 その殺し屋の口から直接犯行のことを言わせるために今日、朝こっ早く捕まえに行くんだ」


 綾野はそう言うと、ベーコンを口に入れた。

 那木は何も言わなかった、いや、言えなかった。

 自然と食べる手が止まる。


 「今日、そいつは横浜にある海釣り公園で麻薬ブローカーがヤクを手に入れる為に護衛として一緒に同行するという情報が入った。

 そこで、そいつを押さえるのだが、そのためにお前の助けがいる」


 綾野はそう言うとテーブルに一丁の銃を出し、那木に差し出した。


 「使うことはないと思うが相手は殺し屋だ。

 自分が危ないと思ったら構わず撃っていい」


 那木は箸を置いてそれを手に取った。

 それは思ったよりも重く、銃身が刑事時代に携帯していたものよりも長かった。


 「わかっているとは思うが、そいつを片手で撃とうなどとは思うな。

 腕が折れちまうぞ」


 綾野の言葉は、その銃の威力を物語っていた。


 「でも、警察の人間以外が拳銃を持つのは・・・」

 「俺が許可する。

 俺がいれば仮に警察の人間がいようともお咎めは受けないんだ。

 覚えておけ」


 綾野はそれよりも食えと那木に勧めた。

 那木は思い出したかのように再び食べ出した。


 「そうだ、お前にまだ、俺の職業を言っていなかったな。

 普段はここの下にある店の経営者、だが依頼が入ればM.I.C.E.の一員だ。

 知っているか?M.I.C.E.って」

 「一応、噂で聞いたことがある。

 ある外国の資産家が正義のために作ったと言う、犯罪者を公安の許可無く裁ける国際的なライセンスで、極秘機関って言うのをね」

 「良く知っているじゃないか」


 綾野は意外に知られていたことに感心した。


 「正式名称、国際秘密凶悪犯罪取締執行機関、M.I.C.E.は国際秘密処刑人機関の略なんだけどね」

 「俺も一度、それになろうと考えたことがあるんだ。

 だけど、なるためには厳しい訓練とテスト、さらに実務経験をたくさんつまなくてはいけなくて、それをクリアした中でも本当にメンバーになれるのはごくわずか、ほとんどそれでメンバーになった人間はいないって聞いたんでね、俺には無理かなと思って」


 なるほどねと綾野は思った。

 確かに自分の聞いたところによれば、そこからメンバーになった奴はいない。

 ほとんどが元メンバーとの接触による抜擢によって一員になるのが普通で、自分もそうだった。


 「確かにな。

 話だけ聞くとそう思うのが普通だな。

 だけど、メンバーのほとんどが・・・いや、全員がテストなんて受けていないのが現実だ」

 「どういうこと?」

 「要するにテストというのは建前で、実際は現役メンバーによる抜擢採用なんだ。

 これは一見いい加減なように思えるが、かえってこの方法は間違いが無い。

 もし仮に、悪党がこのテストに受かって厳しい訓練を終えてライセンスを持ったらどうなる?

 それではこの組織の存在の意味が無くなる。

 だからこういう事を防ぐために抜擢方法を主流としているんだ。

 もちろん、抜擢したメンバーにも重大な責任が科せられるんだけどね」

 「ふうん、となると綾野、あんたも誰かに抜擢されたわけだ」

 「まあな」


 綾野はご飯を口に入れながら、もごもごと言った。


 「しかし。なんで俺にそんな詳しいことを話すんだ?」


 那木は綾野にご飯のお代わりをしながら言った。

 綾野は茶碗を受け取ると、にやりと笑った。


 「実はね、今からやる仕事の様子を見て、場合によってはお前を抜擢しようと思っているんだよ」


 そう言い、ご飯を盛った茶碗を那木に渡した。


 「そう言う事か。だけどおっさん、もしも俺にその気が無かったらどうするんだ?」

 「その時はその時で考えるさ。それよりも早く食えよ。時間があまり無い」


 綾野のその一言を皮切りに、二人は食べることに集中した。


 ■□■


 海の向こうの空がようやく色づいてきた頃、二人の男は陸から飛び出た金属で出来た台の一番先端にいた。

 平日のせいか、朝早いにも関わらず人の数が少ない。

 落ち着いて釣りを楽しむには格好の条件だった。

 男の一人は海に向かって一本の竿を出していた。

 隣にいる男は椅子に座って仕掛けを作っている。

 一見、普通の釣りを楽しみに来た光景のように見える。

 しかし、その表情はそんなものから程遠かった。

 竿を出していた男が手ごたえを感じてゆっくりと慎重に釣り上げた。

 しかし、その先にはゴミが入っているようなビニール袋だった。

 男はマナーがいいのか、釣ったものを海には捨てず、黒いビニールの大きなゴミ袋に入れた。


 「丁寧だねぇ」


 遠く、双眼鏡をのぞきながら綾野は呟いていた。


 「なんだか人がどんどん帰ってくな」


 隣で那木が目を細くして言った。


 「これぐらいの時間になるとそろそろ釣れなくなってくるんだろう。

 俺も良くは知らんが、かえって好都合だ」


 綾野はそう言い、双眼鏡をのぞくのをやめると、乗っていた車から降りた。


 「俺はこっち、お前は向こう、いいな。一応両方捕まえる」

 「ああ、わかってるよ」


 そう言うと、二人は動き出した。


 ■□■


 日もだいぶ明るくなり、そろそろ釣りを楽しみに来た“通”達がそこから姿を消していった。

 残ったのは“通”ではない人間、ポツポツとごくわずか、数えるほどであった。

 綾野はその残っている人たちの中の二人組に近づいていった。

 潮風の音で彼の足音が聞こえないのか、構わずゴミ袋を釣っていた。

 綾野はポケットの中に隠し持っている銃を固く握った。

 そして、どんどん近づいていく。

 仕掛けをいじっていた男が、そんな綾野の気配に気づいた。

 綾野は両手をポケットの中に入れ、寒そうにして二人の方へ寄って行った。


 「釣れますか?」


 ここでは定番の台詞を綾野は言った。


 「いやぁ、そこそこですね」


 竿を下ろしている男がまた、定番の台詞を言う。

 仕掛けをいじっている男も愛想笑いを浮かべている。


 「さっきから遠くの方で見ていたんですけど、なんだかゴミばっかり釣っているように見えて、お節介だとは思うんですけど、場所を変えてみたらどうかなということを言いに来たんですよ」


 いかにも釣りをし慣れている風に綾野は言った。

 男は一瞬表情を濁したが、再びにこやかになり、仕掛けをいじっている男の方を見た。


 「気持ちはありがたいのですが、もう少しここで頑張ってみて、それで釣れなければ考えます」

 「でも、こんなゴミばっかり釣っているのも・・・」


 そう言いながら、綾野は側にあった黒いゴミ袋の中を見ようと手を伸ばした。

 すると、仕掛けをいじっていた男が慌ててその手を払いのけた。


 「何か、まずいものでも入っているんですか?」


 綾野は鋭い目で男を見た。

 その目つきを見た男は綾野に食って掛かろうとする。

 しかし、釣りをしていた、もう一人の男がそれを止めた。


 「ゴミを見たってしょうがないでしょう?

 やれやれ、お節介なのもいいですけど、あまり押し付けがましいのもよろしくないかと」


 もう一人の男が迷惑そうに言った。


 「ハハハ、それはそうですね。

 でも、ゴミばっかり釣っているのもなんか変ですよね」


 綾野は言い返した。


 「もしかしたらそれ、ゴミじゃないんじゃないですか?」


 綾野がそう言ったとたん、仕掛けをいじっていた男がクーラーボックスから銃らしきものを取り出し、発砲しようとした。

 それよりも先に綾野がポケットで握っていた銃を取り出し、男の手を撃った。

 その瞬間か、ちょっと前か、釣りをしていた男がゴミ袋を持って二人の横を通り抜け、走り出した。

 綾野は追おうとしたが、一人の男を相手するので精一杯である。

 綾野は男と格闘しながら逃げた男の方を見た。

 後は彼に任せよう、そう思い相手をしている男を一発殴った。


 那木は前からゴミ袋を持って走ってくる不信な男を見かけた。

 那木はとっさに、その男の走ってくる進路に自分の足を出した。

 男は面白いようにその足につまずいて転んだ。

 那木は、男を押さえようと上に乗ろうとした。しかし、男はそれを辛くも交わすと、再び走り出した。

 那木も慌てて彼を追いかける。

 追いかけ続けてしばらくして、人気のない漁業市場の建ち並ぶところに来ていた。

 そこで男を見失った那木は無防備に辺りをキョロキョロ見回していた。


 「パン」


 乾いた音と同時に、那木の腕を何かがかすめた。

 慌てて近くの倉庫らしき建物に身を隠すと、腕が熱くなっているのを感じた。

 そこを見ると赤く何かの通った跡が滲んでいる。

 それほど深くない、那木はそう判断すると、倉庫の影から辺りを見回した。

 日照の角度からだろう、人の影と思われるものが微かに見えた。

 あそこにさっきの男が?

 そう思うと綾野から受け取った銃を取り出し、銃を構えた。

 

 『もしも違ったら?!』


 那木は近くに捨ててあった空き缶を拾うと、その影のある方に投げてみた。


 「カン」


 その音に反応するかのように、その影の持ち主がこちらに向けて発砲してきた。

 間違いない、そう確信すると那木はゆっくりと影のほうへ歩んでいった。

 重苦しい沈黙を保ちながら那木は迂回しながら男のいた方に近づく。

 しかし、そこに男はいなかった。

 那木はぶわっと毛穴が開く感覚を覚えた。

 と同時に後ろを振り向く。

 すると、男が銃を構えて那木を撃とうとして、トリガーを引いた。

 那木は反射的に伏せた。

 男は一発撃ち終えると再び那木に銃を向けて引き金を引いた。

 那木は慌てて物陰に隠れた。

 彼の体はびっしょり濡れていた。

 とてつもない鼓動が彼の全身を駆け巡る。


 「興奮してきたな」


 那木は心の中で呟いた。

 しかし、その興奮はこの緊迫した中、恐怖から来る興奮ではなく、なぜか快感を感じる興奮であった。

 那木の手がガタガタ震える。


 「パァン」


 隠れていた物陰を銃弾が叩いた。

 那木はその音で正気に戻る。


 「どうにかあいつを押さえないとな」


 あの間隔からいくと、相手の銃は恐らくオートマチックだろう。

 だとすると、あいつをしとめるチャンスは少ない。

 じゃあ、いかに効率よく押さえられるか、少なくともそのためにはあの銃が邪魔だ。

 そう考えたとき、那木は自分が銃を持っていることに気づいた。


 「なんとか、相手に気づかれずに銃を上手く撃てる場所はないかな」


 那木は辺りを見回す。

 しかし、そんな都合のいい場所はなかった。


 「・・・自分で作るしかないか」


 そう思いつくと、再び銃弾が飛んできた。

 那木はとりあえず移動しながら考えることにした。


 綾野は縛り付けた男を自分の車の後部座席に乗せた。

 そして、綾野はその隣に座り、男に話し掛けた。


 「お前、殺し屋のJ.Kだな?」

 「さあね」


 男は綾野の問いに白を切った。


 「さあねじゃ質問の答えにはなっていない。

 だが、俺も質問の仕方が悪かったな。

 J.K、お前に話しておきたいことがある」

 「何のことだ?」


 男はさらに白を切った。

 しかし、綾野は気にすることなく話を続けた。


 「お前、過去にある政治家に頼まれて、ある一家を殺したな」

 「政治家ぁ?何行ってんだ」

 「政治家の名前は霧山賢四郎、そして殺した家族の名前は竹岡、覚えているか?」

 「やっていないことなんか覚えようがないぜ?」

 「霧山がなぜあの一家を殺したがっていたのか、理由を知っているはずだ」

 「知らねぇよ」

 「お前は他の殺し屋とは違って、なぜ殺すのか理由を聞いてから依頼を引き受ける奴だ。

 どうしてか知っているはずだけどな」

 「・・・・・・・・・・」


 男は黙秘した。

 そんな男を見て、綾野は男にとある書類のコピーを見せた。

 それは先日、証拠品売りから買った殺し屋の依頼の際に交わした契約書だった。

 しかし、男は何も言わなかった。

 綾野は構わずに車に取り付けてあるビデオと一体型のテレビを男に見るように促した。

 男がそれに目をやると、綾野はあらかじめ入れてあったビデオテープを再生した。

 そこには霧山とその男と思われる人物が、殺しの契約を交わしている光景が映っていた。

 男の顔は見てわかるように青ざめていった。


 「これは・・・」


 男は思わず口に盛らした。


 「自分の保険として撮ったものが、こうやって仇となって返ってこようとはな」


 綾野は男の顔をうかがいながら言った。

 男はどうしようもない事実を突きつけられてが、それでも口を開こうとしなかった。


 「警察に突きつけたところで意味ないぜ。すぐに釈放になる」


 男は得意げに言った。


 「お前と警察との間にどんな関係があるかは知らん。

 だが、何も警察といっても日本の警察だけとは限らないんだぜ?」


 綾野の言葉に男の瞼が引きつった。


 「お前をどうにかしたい奴は世界各国にいるんだよ。

 日本国内だけで仕事をしておけばよかったものを、欲をかくからそうなる。

 そうだねぇ、もしもお前を渡すならどこの国がいいかなぁ・・・そうだ、中国なんかどうだ?

 同じ東洋だし刑だってそれなりに弾むはずだ、お前なんか生かしてなんかくれないだろうがな」


 綾野は楽しそうに言った。

 その表情は、形容するならば、獲物を刈り終わった死神のようだ。


 「だが、これからのお前の対応によっては考えてやってもいい、どうする?」


 綾野の表情を見て、男は状況が飲み込めたのか、ようやく口を開いた。


 「・・・確かに俺は10年前に霧山に頼まれてその竹岡一家を殺したよ。

 だが、本来は竹岡光夫だけの予定だった。しかし、竹岡を殺したとき、奴の家族が見ていたんだよ。

 だから奴らも殺した。

 後から聞いた話によれば、奴にはもう一人長男坊がいたって言うことだった。

 そいつは殺してもよかったが、下手に殺して足が付くといけないと思ってやめておいた。

 それに上手くいけばそいつに罪がかぶればと思ったしな。

 まあ、結果そう上手くはいかなかったけどな」

 「で、どうして霧山は竹岡を殺したかったんだ?」

 「・・・・・ふふ、霧山は当時、人一人を殺した。

 いや、殺したというよりは別の事をしてて、結果死んでしまったということらしい」

 「それで?」

 「奴、ある女をレイプしたんだよ」

 「レイプ?」


 予想もしない言葉に、綾野は驚いた風に言った。


 「そう、強姦。

 で、普通のレイプ犯のように女を犯したわけだが、運が悪かったのか、たまたまその女、心臓が弱かったらしい。

 犯している最中に心臓発作で死んじまった」

 「それが竹岡とどういう関係が?」

 「最後までは見ていなかったらしいが、霧山がその死体を処分するところを竹岡がたまたま目撃してしまった。

 竹岡は霧山の顔をはっきり見た。

 霧山も竹岡の顔を見た。

 これはまずい、そう思ったんだろう。

 奴は金に物を言わせて竹岡の身元を割り出し、そして一時は交渉をしたらしい。

 だが、その竹岡という奴は運が悪かったのか、人一倍の正義漢で交渉に応じなかった」

 「しかし、何で竹岡はすぐに通報しなかったんだ?」

 「怖かったんだろうな。

 それに下手すれば自分が怪しまれるし奴には家族もいる。

 それを考えるとすぐには通報できなかったんだろうな。

 その後、俺のところに依頼が来て大金を貰って俺が殺した」

 「なるほどね。一応話はつながった。

 しかし、殺しの理由なんてたいしたことないな。

 福祉のために銀行強盗をするほどの人間が」

 「みんな自分がかわいいのさ。で、話す事は話したぞ。

 俺をどうしてくれるんだ?」


 男は綾野に聞いた。

 綾野はしばらく考え込むと、にやりと笑った。


 「まず、今言ったことをもう一度証拠としてビデオに撮る。

 その後、お前の今までの殺しを免責にしてやる」

 「あんたにできるのかよ?」

 

 男は疑いの目で綾野を見た。


 「俺にはそれができる。

 信じるか信じないかは別だが、どっちにしろこのままではお前は確実に死刑だ。

 ならば、僅かな希望にかけるのは悪いことではないと思うが」


 男は綾野から視線を外した。

 そしてしばらく考えた後、再び綾野を見た。


 「ああ、証言してやるよ。

 契約では俺が何があっても証拠を消し、俺も裁きの手が伸びないように手はずすると言ったんだ。

 しかし、今こうやって何者かに裁きの手を突きつけられている。

 この時点で契約無効だ。

 奴だけのうのうとさせるわけにはいかん」


 綾野はその言葉を聞いて笑った。

 勝利の確信の笑みだ。


 「しかし、あんたも俺の今までの殺しを免責にするなんて、仮にそれが出来たとすれば、とんだ馬鹿だよ」


 男は未だに信じていないのか、そうではないのか、綾野の目をじっと見て言った。


 「霧山は今しか裁けんが、お前はこの先もどこかで裁けそうだからな」


 綾野はそう言うと、男の口にテープを張り、男を座席に逃げられられないように固定した。


 那木は逃げ回っていた。

 何かを皮切りに相手がバンバン撃っている。

 那木はそれをかわすので精一杯だった。


 「よくもまあ、あんだけバンバン撃つもんだ。

 人がいないとは言え、そのうち弾が切れて・・・?!」


 そう呟き那木はひらめいた。

 このまま撃ち続ければ弾がなくなる。

 その瞬間を狙えば・・・?!

 しかし、じっとしていればその分弾がなくなるまでの時間がかかる。

 そうなると、万が一逃げられてしまう可能性も大きくなる。

 ならば、実を犠牲にして弾を減らすようにするしかない。

 そう考えた那木は即行動に出た。

 相手は予想通り、那木に向けて銃を乱射してきた。

 那木は銃弾をかわしながら、実を低くして走り回った。

 そうしているうちに銃弾が発射される音がやんだ。


 「今だ!!」


 那木は透かさず男の姿を確認した。

 男は大慌てで弾を装着している。

 那木はそれを確認するか否かすばやく男の持っている銃に向けて、自分の銃の引き金を引いた。

 那木の銃弾は男の手の甲に当たった。

 男はたまらず手に持っていた銃を放し、うずくまった。

 男が顔を上げると那木が銃口を向けて立っていた。


 「大人しくしろ」


 那木はそう言うと男を縛り付け、側にあったゴミ袋の中を確認した。

 中にはビニールに入った粉末のコカインがあった。


 「遅かったな」


 もう一人の男を連れてきた那木に対し、車の外で待っていた綾野が言った。


 「こういうのは初めてなんでね」


 那木はそう言うとゴミ袋を綾野に渡した。


 「コカインか。こんなものが海に泳いでいようとはね」


 綾野はそう言うと、それをトランクに入れた。


 「あんたらも苦労しているんだね、ブローカーさん」


 そう言うと綾野はブローカーを後部座席に押し込んだ。


 「あ、そうそう。J.K、あんたに見せたい奴がいる」


 そう言い、那木を呼んだ。

 那木は何も言わずに綾野のところへ言った。


 「ほれ、この青年、誰だかわかるか?」

 「さあな、随分色男みたいだが、色男に知り合いはいないよ」


 男は那木を見てすぐに顔を背けた。


 「綾野、コイツがあの・・・?!」


 那木の表情が変わる。


 「J.K、彼はお前が殺した竹岡の長男坊だ」


 男は綾野の言葉を聞くと再び那木のほうを見た。


 「へえ、このあんちゃんがねぇ。

 はあ、そう言えばお前、お袋に良く似てるな。

 お前のお袋さん、結構美人だったもんなぁ」


 男は冷やかすように言った。


 「・・・コイツ?!」


 那木が食って掛かろうとしたのを綾野が止めた。

 那木は「なぜ止める?!」という顔をした。


 「今はやめてくれ。やってもらわなくてはならない事があるんだ」


 綾野の言葉に男は「ヘヘッ」と笑った。


 「その代わり、用事が済んだら機会をやる、それまで辛抱してくれ」


 綾野は男に聞こえないように那木の耳元に舌打ちをした。


 「ああ」


 那木は低い声で返事をした。

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