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4、接触

 「口を開かない銀行強盗、見えない雇い主」


 電車の通る音とPCのキーを打ちながら、綾野は独り言を呟いていた。


 「コバさんも汚ねぇよな、人の足元見てさ」


 愚痴をこぼしながらキーを叩く手を休めてコーヒーを飲んだ。


 「最近あまり計画的な銀行強盗は聞かないからなぁ」


 ディスプレイには警察から来たEメールが映っていた。


 「しかし、コバさんの受けた依頼のものは恐らく計画的なものだろう。

 ならば、的は絞れるはずなんだがなぁ」


 綾野は警察から送られた過去の強盗に関する犯罪リストを見ていた。

 しかし、そんな例の犯行はなかなか見つからなかった。

 綾野はそんな動作にほどほど飽きてきたのか、関係のない事件をつまみ食いし始めた。


 「恐らく、ここからでは見つからないかもな」


 そう言い、綾野は見ていたリストを閉じて、新たに原因不明、未解決事件のリストを送ってもらうように、警視庁、警察庁にEメールを送った。

 すると、まもなくそれは来た。


 「多分、強盗なんてないと思うが、参考ぐらいにはなるだろう」


 そう言って、再びリストに目を通した。


 「こうやって見ると、日本にもよくわからない事件がいっぱいあるんだなぁ。

 俺もアメリカで刑事やっていたときに、この国は変な事件がいっぱいあるなぁと思ったけど、わが祖国でもいろんなのがあるんだなぁ。

 正直言って驚き」


 独り言の増えるなか、綾野はふと、気になる事件を見つけた。


 「都内公団住宅一家惨殺事件、か」


 綾野は何かに引かれるようなものでもあるのか、そのリストを開いた。


 「なになに、今から10年前の出来事か」


 画面にはその事件に関する詳しい内容がびっしりと表示されていた。


 『公団に住む会社員を含む家族4人のうち3人が刃物及び銃器と思われる凶器によって殺害された。

 第一容疑者として唯一無事であった長男が挙がったが、アリバイがあるため長男は該当せず。

 ちなみに彼は高校生でサッカー部に所属していたのだが、その日はちょうど部活でサッカーの試合を行っており、他校交流試合が延長戦になったため、犯行時間には学校にいたと断定。

 彼の部の部員、顧問教師、他校の生徒ですら長男の存在を目撃していたという証言の元である。

 その他、あらゆる可能性から犯人を探したが、該当すつ人物は特定できず、そのまま迷宮入りしてしまう。

 被害者の名前、田端二株式会社の営業部長、竹岡光夫(46)、その妻で専業主婦の亜樹菜(44)、長女の水鳥(21)、長男琢哉(16)。

 現在、唯一の生き残りの琢哉は所在不明』



 「なんか、どこかで似たようなものを見たような気がするなぁ」


 綾野は髪の毛をくしゃくしゃにしながら言った。

 そして、その手を途中で止めて、ディスプレイを睨んでそのまま動かなくなった。


 「まあ、今までに似たような事件があってもおかしくないよな」


 そう言うと、そのファイルを閉じて再び、強盗の検索をはじめた。


 電車の音がカタンゴトンとしている。

 そろそろ本格的に目がしぶしぶしだしてきた頃合いを見計らって、綾野はコンピューターのスイッチを消して着替えをはじめた。


 「昨日は危うく勘付かれるところだったからな。今日はもっと慎重にやらなくては」


 そう言いながらガスの栓を締めて、窓の鍵を確認した。


 「昨日の見た感じと、コバさんの話から行くとかなり勘がいいと見える。

 でも、俺はプロだ。そう簡単には見つからないぞ」


 火の元やコンセントなどを確認すると電気を消して1階へ降りた。

 綾野が本業をやるときは、店のほうはアルバイトに任せている。

 今日もアルバイトが連絡を聞いて来ていた。


 「それでは偵察へ言ってくるのでよろしく、バイト君」


 綾野は彼にそう言うと、さっさと店を出て行った。

 アルバイトはラジコンをやりに行くと思っているらしく


 「くれぐれも壊さないように」


 といい、綾野を見送った。


 □■□


 那木はとある町の喫茶店にいた。

 コーヒーを飲みながら、誰かを待っていた。


 「彼女とデートか?」


 車の中で双眼鏡を片手に綾野は呟いていた。

 その服装はなぜかスーツである。

 そう言っている側から、那木が待っている人物らしき人がやってきて、那木の正面の席に腰掛けた。

 それは、サラリーマン風の男であった。


 「まさかあいつ、ゲイじゃないよなぁ?」


 綾野はそう言うと、ダッシュボードの中から整髪料を取り出し、頭に満遍なくつけ、そして胸ポケットから櫛を取り出すと丁寧に髪の毛を梳かし始めた。


 「昨日、姿を見られているからな。 軽く変装でもしておかないとな」


 髪型をオールバックにして、付け髭を付けて、鼈甲色したフレームの眼鏡をつけて、片手にノートパソコンを持ち、車から降りてその喫茶店に入った。

 綾野は那木から少し離れた所に席を取り、ノートパソコンを広げて、いかにも仕事中のサラリーマン風を演じながら、那木の話に耳を傾けた。



 「例の資料、持ってきたか?」

 「はい。那木さんのおっしゃる通り、霧山議員の資料を持ってきましたよ」


 那木の待っていた男は、そう言うとおもむろに持っていたアタッシュケース開けた。

 「しかし、あなたもなかなか嫌味な人ですね、 あの霧山議員のあら捜しに精を出すなんて」

 「そんなことはどうでも良いだろう。それよりも、持ってきたものを出せよ」


 那木は整った顔を少し歪ませてながら言った。


 「良いですけど、約束のものを見せてください」


 男はニヤニヤしながら言った。

 那木は何も言わずに胸元のポケットから分厚い封筒を出し、その男に中身だけ見せた。


 「はい、それではこれと交換しましょう」


 男はそう言うと、分厚いか身の束を那木に手渡した。

 那木はそれをぱらぱらと捲り、中を確認すると封筒を手渡した。


 「じゃあ、用が済んだので私はさっさと退散しましょう」


 そういうと、男はさっと席を立ち、店から去っていった。


 「こんなところで情報売買をするなんて、俺みたいな奴だなぁ」


 綾野は心の中で呟き、那木の様子を伺っていた。

 付け髭が痒いのか、時々髭に手をやっている。

 那木はそんな綾野に気づくことなく、貰った資料に目を通していた。

 うんうんと頷きながらふと、目を休めるために資料から視線をはずした。


 「・・・?!」


 那木は視線をそのまま固定した。

 その先には、ノートパソコンを操作しながらコーヒーを飲んでいるサラリーマン風の男がいた。

 口元に手をやりながらなにやらもごもご口を動かしているようだ。


 「あの男、どこかで会ったような・・・」


 那木は記憶の倉庫から必至に何かを探し出した。

 しかし、探しているものはなかなか出て来なかった。

 そうしていると、サラリーマン風の男は席を立ち、店を出た。

 那木は何かに引かれるかのように、その後を付けるように店を出た。


 綾野は笑みを浮かべていた。

 そして、車には行かず、街中をすたすたと歩いていた。


 「俺をつけるつもりだな。

 本来ならばタクシーに乗って巻いてしまうところだが、ここは一つ、お手並み拝見と行きますかね」


 そう呟くと突如、綾野は近くにあったビルに入った。

 那木もすぐさま同じビルに入った。

 普通の人ならば気づかないような、なかなか巧妙な尾行なのだが、綾野はすべてお見通しであった。


 しかし、そのゲームも長くは続かなかった。

 外から大きな声が聞こえてきた。


 「強盗だ!!銀行強盗が!!」


 その声に、那木は尾行の足を止め、振り返った。

 そして、再び綾野を睨んだが、首を横に振ると外へ走り出した。


 綾野はそのまま歩き、裏口から表へ出ると、急いで自分の車へ行った。


 「真昼間から強盗か」


 綾野はそう言いながら車のエンジンをかけ、ギアをいれてアクセルを踏んだ。

 そして、そのまま銀行の方へ走り出した。



 銀行では、見張りであろう、機関銃を持った男が二人、銃口をあちこちに向けながら立っていた。

 警察の人間はまだ来ておらず、恐れを知らない野次馬共がその様子を見守っていた。

 那木は警察の人間の中で一番早く現場についた。

 しかし、彼は休暇中とあって、拳銃を持っておらず、仮に持っていてもかなわぬであろう、現状を見守っているしかなかった。


 「現場にいるのに手出し出来ないとは」


 那木は悔しそうに呟いた。

 そして、何かを思いついたのか、野次馬の中で警備員はいないかと探した。

 何人か見つけたが、皆、非協力的というか、冷静というか、自ら何とかしようとするものはいなかった。

 那木はがっかりするも、わずかな現状を知ることが出来た。

 どうやら、中には銀行を利用していた人間など、人質がいるらしい。

 そのことを知った那木は、ただ、警察が来るのを待つしかなかった。

 それから待つこと十分、パトカーのサイレンの音が小さくながら聞こえてきた。

 それはだんだん大きくなっていく。

 しかし、それを待っていたかのように強盗たちは用を済まして銀行のすぐ横に停めてあった大型のバンに乗って走り出した。

 那木はまずいと思い、すぐさま走り出すが、人間のスピードが車に追いつくことはまずない。

 那木はそれをわかっていながらも、歯を食いしばりながら走りつづけた。

 足がもつれそうになり、そろそろ心臓が限界まて達しようとしたところ、那木の横から一台の車が出てきた。


 「乗れ」


 車の中から男の声がした。

 那木は考えるよりも先に車に乗った。

 那木が乗り込むと同時に、先ほどの車を追い始めた。


 「車に足で対抗するとは、何と無茶な奴だ」


 運転席に乗っている男が呟く。

 那木はその男を横目で見て、そして再び男の方に顔を向けた。


 「あんた、喫茶店にいたな」


 そう言うと、那木はシートベルトをした。

 男は「そうか」と小声で言った。


 「側で見ると、もう一つ思い出す。あんた、一昨日も俺のこと見張っていたな」


 那木は更に言った。

 男は何も言わずににやりと笑った。


 「ほら、その口の横に出来る皺、やっぱりそうだ」

 「俺を詮索してどうする」


 男、いや、綾野は言った。


 「そうだな。そのことについては後でゆっくり聞くことにしてあんた、どうするつもりだ?」


 那木は携帯電話を出しながら言った。


 「電話は止せ。こっちにはこっちの事情があるんだ。

 とにかく、しばらく追いかける。そして、頃合いを見て、奴らをひっ捕らえる」


 綾野は口髭に指をやりながら言った。

 その仕草を見て那木は


 「あんた、その髭、取ったらどうだ?」


 と、少し余裕が出来たのか、苦笑いを浮かべて言った。


 「そうだな」


 それに答えるかのように、綾野は付髭を取り、窓から捨てた。



 カーチェイスは20分ほど続いた。

 猛スピードで綾野たちの乗る車を振り切ろうと信号無視、右折禁止のところを右折、追い越し、時には広い歩道を突っ走り、その速度は時速150kmをすでに超えていた。

 それだけでも驚きなのだが、更に驚きは綾野の運転テクニックである。

 そんな無茶苦茶な運転をしている車を、的を外すことなく追いかけている。

 この事実に那木はさすがに驚きを隠せなかった。


 「あんた、F1レーサーかなんか?それだけの腕があれば、レーサーで十分やって行けるぜ?」


 あまりのスピードに引きつった笑みを浮かべながら那木は言った。


 「ありがとよ」


 綾野は軽く流した。


 「ところでおっさんよ、いつまでこうやってカーチェイスをしているつもりだ?」


 軽く流されたのが気に入らなかったのか、那木はシートにしがみつきながら言った。


 「そうだな、ちょっと様子を見ていたのだが、どうも奴らは俺らを巻くまでアジトには帰らないらしい。

 ならば、こっちもそろそろ行動にでるか。

 ところでお前、俺のこと今おっさんって言ったな?」


 綾野はバンから目を離すことなく言い、そして胸元から片手で銃を取り出し、那木に渡した。


 「おっさん、これ本物の銃だな。

 どういう理由だか知らんが後で銃刀法違反で逮捕してやるぞ。

 しかしな、俺あんたの名前知らないんだ。

 あんたよりはおっさんの方が失礼ないだろう?」


 那木は銃を手に取るとそう言った。


 「俺の名前は今のところ言う必要もないだろう。

 ところでお前、銃の扱い方は知っているな?」


 綾野は横目で那木を見て言った。


 「なるほど、その口振りからいくと俺の職業を知っているのか?

 ああ、一応使えるよ。警察の訓練で鍛えている。

 ところでこいつでどうするつもりだよ?

 映画みたいにタイヤにぶち込んで相手の動きを封じるか?」

 「馬鹿言え。タイヤをパンクさせるなんてよほど運が良くなければ無理な話だ。

 いいか、よく聞け。

 これからあのバンの横に並ぶ。

 そしたらバンの側面の下を狙って何発か撃ち込め。

 そして、この車が完全にバンを抜いたら俺の後ろの席に移動しろ。

 死にたくなければ確実にやるんだ」


 綾野は真剣なまなざしで言った。

 那木もそれを察したのか、シートベルトを外し、窓を開けた。


 「それじゃぁ、行くぞ!」


 綾野はアクセルを思い切り踏み込んだ。


 綾野たちを乗せた車は信じられないスピードでぐんぐんバンに近づいていった。

 その状況に回りの車や歩行者は、距離を置いてその災難が通り過ぎるのを待っていた。

 反対車線から車が来ていないことを確認すると、綾野はハンドルを右に少し切った。

 那木は、自分の手が湿っているのがわかった。

 那木の視線にバンの側面が入ってきた、と同時にバンの中から強盗が銃を構えている姿を見た。


 「おい!向こうも銃をこっちに向けているぞ!?」


 那木は綾野に言った。


 「馬鹿野郎!何ビビってんだ!!早く撃て!!!」


 綾野はそんなことを気にすることなく罵声を上げた。

 その勢いに押されて、那木は恐怖を感じる前に綾野に言われた通り、側面の下を撃った。


 「後ろに移動しろ!!」


 綾野は大声で叫んだ。

 その声を合図に那木は慌てて綾野の後ろへ移動した、と同時に綾野はハンドルを思いっきり左に大きく切った。

 タイヤの悲鳴とともに綾野たちの車はバンの行く手を塞いだ。

 強盗たちも突然の障害物に思いっきりブレーキをかけた。

 なんとかぎりぎりのところでバンは止まり、ギアの擦れる音を立てた。

 那木はその音を聞き逃さなかった。

 開きっぱなしの窓から外に出て、バンの中に銃口を向けて


 「動くな」


 そう言い、強盗の動きを制した。

 綾野はそれを確認すると、のんびりと車から出てきた。

 そして、那木の隣に並び、強盗の顔を丁寧に見た。

 合計5人いるようだ。


 「強盗及び交通法違反その他もろもろお前らを逮捕する」


 那木はそう言い放った。

 しかし、強盗らはにやにやしているだけであった。


 「俺らを捕まえても無駄だ兄ちゃん」


 強盗の一人が言った。


 「お前らの雇い主が警察に顔の聞く奴で、釈放してくれるんだもんなぁ」


 那木の横から綾野が言った。

 那木と強盗はいっせいに綾野のほうを見た。


 「どうやらそちらさんの方が事情に詳しいらしいな」


 強盗のリーダーらしき男が言った。


 「ならば話は早い。どうせ捕まえても無駄なんだから俺達を見逃してくれよ。

 もちろん、ただとは言わないぜ」


 那木は顔をゆがめた。


 「ふざけるな!誰が取引なんかするものか!!

 それに、お前等はこの俺が釈放させん!」


 そんな那木の言葉にリーダーと思われる男はケタケタと笑い出した。


 「兄ちゃん、どうやら頭があまりよくないらしいな。

 おっさんよぉ、その兄ちゃんに言ってやってくれよ」


 綾野を見て男は言った。

 綾野は頭を掻きながら、那木の方は見ず、言った。


 「確かに、お前らに警察の力は及ばない。

 だが、俺はお前らに用があるんだ。率直に言うとお前らの雇い主を知りたい。

 だから、俺に少し付き合ってもらうぜ」


 那木は綾野の方をちらっと見た。

 そして、どういう事だと小声で聞いた。

 綾野は、そういう事だ、と軽く受け流した。


 「かといってなぁ、5人も要らないんだ。

 ・・・・・・そうだな、お前、お前一人で用が足りる」


 綾野はそう言いながら、リーダーと思われる男の腕をつかんで、グループから引き離した。

 そして、男の手首と足首に手錠らしきものかけ、手足にかけたものを今度は一本の鎖で結び付け、そのまま、自分が乗ってきた車の後部座席に乗せた。

 そして、男から、身に付けていた銃を取り上げ、那木の持っている銃と交換した。


 「ま、そういう事だよ。

 あれだけ騒ぎが大きければお前の仲間もすぐに駆けつけてくる。

 それまでしっかりそいつらを見張っていろよ。

 俺はこいつを連れてさっさとこの場を去るからな」


 そう言うと綾野は運転席に乗り込み、エンジンをかけた。


 「そうそう、仲間が来たらこういっとけよ。

 “俺がそいつらから銃を何とか奪い、こうして動きを制した。

 しかし、残念なことに一人取り逃がしてしまった。

 しかし、他のメンバーはこうして捕らえたので後はよろしく”ってな」


 綾野は窓の開いた助手席の向こうから叫んだ。


 「嘘をつくと後で厄介なんだが?」


 と、那木も大声で言った。


 「じゃあ、逃がせ。

 どうせ逮捕してもすぐに釈放されるんだ。

 全員逃がしてしまいましたとでも言っておけ」


 最後にそう吐き捨て、綾野はその場を去っていった。


 「名も告げす、こんだけ騒ぎを大きくしておいて、自分の用だけ済ませてドロンか?

 俺は一体どうなるんだ?」


 那木は銃を構えたまましばらく考えた。

 もしも、警察の奴らが来たらいろいろと聞かれる。

 あれだけのカーチェイスを繰り広げておいて、あのおっさんの言うような嘘を言ったら絶対に信用されない。

 そもそも俺は休暇中だ。

 休暇といってもただの休暇ではない、謹慎を含めている休暇なのにこんなでしゃばった真似をしたら俺の今後が困る。

 となると、何が一番ベターか・・・・・・・・・・・・

 那木はしばらくして、一つの結論に達した。


 「お前ら、逃げろ」


 那木は持っていった銃から弾を抜き、彼らに手渡すとそう言った。

 強盗たちは那木の突然の気変わりに戸惑った。

 しかし、那木が「さっさと行け」と怒鳴るとそれに従うように穴のあいたバンに乗り、そのまま逃げていった。

 そのバンが完全に消えた頃、警察の人間が来た。

 警官はどうやら那木の顔を知っているらしく、すぐさま事情を聞き出した。


 「協力者がいてな、強盗を止めてくれたのはいいが、向こうが銃を持っていてな。

 そのまま逃げられたよ」


 那木はパトカーによしかかりながら言った。


 「目撃者と言っている事とは違いますが?」

 「遠くから見ているんだ。詳しいことまでは分からんだろう。

 いろいろと複雑だったから、いろんな見え方がしたのだろう」


 那木はそう言うと「後は警察署で話すよ」と言って、その場を去った。


 「どう言い訳をしようか」


 そう考えながら那木は顔をゆがめるのであった。


 □■□


 そこは、潮の香りがした。

 「ボー」と汽笛の音が聞こえる。

 古びた蛍光灯がチカチカと部屋の中を照らす。

 蛍光灯の縁が少し黒ずんでいる。

 カバーがないため、全体的にすすけた感じだ。

 男は椅子に手足の自由を奪われていた。

 その男の前にはもう一人、男が立っていた。


 「リリリリリリリリリリ」


 男二人と何かが入った袋以外、何もない部屋に、ベルの音が響いた。


 「俺だ」


 立っている男は電話を取り出し、こう答えた。

 電話からは女の声が聞こえる。

 座っている男には内容までは聞き取れないが、それだけは分かった。


 『久しぶりね、綾野さん。私だけどわかる?』


 立っている男、綾野にはこう聞こえている。


 「ああ、それでどうした」


 座っている男に構わず綾野は言った。


 『実はたった今、面白い車が私の店にやってきたんだけど、知りたい?』

 「もしかして、右サイドの下のほうに銃弾か何かが打ち込まれたバンか?」

 『ええ、ご名答。

 どうもその銃弾の跡が、あなたの使っている銃で撃ったものによく似ているからと思って一応連絡してみたんだけど、やっぱりそうみたいね』

 「で、修理の依頼主は誰か分かるか?」

 『どこかのチンピラみたいね。

 修理にいくら出せるのと聞いたら望む通りと言ったから、どうしたと思う?』

 「さぁ」

 『今日、ニュースで銀行強盗の速報やってたでしょう?

 それで、被害総額が2億って言ってたのよ。

 だから、その稼ぎ全部って言ったの。

 そしたら払えないって。

 だったら他を当たってみたらって言ったの。

 でも、相手もそれほど馬鹿じゃないのね。

 あんな銃弾の穴があいた車の修理や処分、一般の自動車整備やなんて嫌がるものね。

 だから彼ら、誰かに電話したみたい』

 「金の工面をしてくれる奴にか?」

 『そうかもしれないけど、私も詳しいことは分からないわ。

 でもね、その電話の内容を立ち聞きしちゃったんだけど、ちょっとビックリすることを聞いちゃったのよ』

 「何だ?」


 綾野は座っている男の事を観察しながら言った。

 男は余裕か、愛想笑いを浮かべていた。

 綾野も電話を聞きながら笑い返した。

 電話からは女の甲高い声とともに、興味をそそられるような事実が綾野の脳を刺激した。


 「そうか、ありがとう。十分参考になった。

 お前の方もそうなるとかなり危険だ。

 分かっているとは思うがいつものように、ほとぼり冷めるまで俺の別荘で遊んでな、良いな?」


 そう言うと、綾野は電話を切った。


 「本当はお前から聞こうと思ったことが意外な形で分かってしまった」

 「となると、俺にはもう用がないって事か?」


 男は苦笑いを浮かべて言った。


 「俺を殺すかい?」

 「まさか」


 綾野の軽い声が何もない部屋に響いた。


 「俺は殺しとか暴力とかは嫌いなんだ。だから、そんな野蛮なことをする気はない」

 「じゃあ、俺を解放するか?」

 「まさか。俺はそこまで馬鹿じゃない。

 だけど、俺って結構慈悲深い男なんだ。

 それに、相手が誰であれ、実力があれば認める。

 だから、お前にチャンスをやろう」


 綾野はそう言うと、胸ポケットから銃とナイフを出し、銃を男に向けながらナイフで男の自由を奪っていたロープを切った。


 「今から、お前のお頭のテストを行う。

 条件はそのロープと木で出来た椅子、そして・・・この携帯電話、そこにある3日分の食料と毛布だ。

 これらのものを使って無事、このコンテナの中から出れたらお前は自由だ。

 俺はお前を追ったりはしない。

 しかし、脱出が無理な場合、もう限界な場合、この携帯の裏に書いてある番号に電話すれば、俺がお前を救出しに来てやる。

 ただし、その時はお前の自由は俺が束縛し、そして、お前の雇い主をしょっ引く際、証言してもらおう。

 どうだ、悪くないだろう?」

 「嫌だと言ったら?」

 「チャンスはないだろうな」


 男の質問に、選択の余地はないといわんばかりに綾野は答えた。


 「ハン、要するに半ば強制的って事か。

 仕方ねえ、受けて立ってやるぜ」


 綾野の言葉の意味を理解してか、男は条件を承諾した。


 「しかし、本当にそんな条件で良いのか?」


 男は自信有り気に言った。


 「ああ、それじゃあ俺はさっさとここから退散するよ。

 結構忙しい身でね。せいぜいがんばれよ」


 綾野はそう言うとコンテナから出て行った。

 表から鍵のかかる音が聞こえると、男はすぐに携帯電話を手にした。


 「馬鹿な奴だ。目隠しもしないでここに連れて来て、携帯を残すなんて・・・」


 と言ったとたん、突然コンテナが揺れた。


 「何だ?!」


 男がそう言おうと口を動かしたとき


 「そうそう、言い忘れたことがあった」


 と、外から綾野の叫ぶ声が聞こえた。


 「このコンテナは俺の友人に頼んで、ランダムな時間に移動してもらうことにしてるんだ。

 その度に揺れるが勘弁してくれ。

 それと、携帯電話の電池はその中に入っているものしかないんだから、大事に使えよ」


 「何だとぉ?!」


 男がそう叫ぶとコンテナは小刻みに動き出したのであった。


 □■□


 夜中の一時ごろ、街頭の光を浴び、薄く光を反射している陸橋の上に人の影が二つ、ぼんやりとあった。

 その下を通る車もほとんどなく、遠くから聞こえる何かの音が静かに響いていた。


 「お前に依頼されていた霧山議員の調査の件、一応出来たぞ」


 小林は遠くを見ながら言った。


 「調べてみると、結構空白のところがあったりしてな、俺が分かるのはそこまでだよ」


 小林はそう言うと、綾野の手に握られた紙の束を見た。


 「いや、これだけ分かれば上等だよ、コバさん」


 綾野は優しい笑みを浮かべて言った。


 「ところでお前、前に那木君の事について何か言ってただろう?

 霧山議員がそんなものだから申し訳ないと思って、一応穴埋めと言うか、彼の過去も色々調べてみたんだが、聞くか?」


 小林は低い声で言った。

 綾野は小声で「教えてくれるのであれば」と言った。

 小林は一つため息を吐いた。


 「俺も警察に入ってくる奴だから、それほど彼の過去は気にしなかったんだが、調べてみるとそれが意外、あるところから白紙なんだよ」

 「へえ」

 「那木君は過去に交通事故で家族を亡くしているんだが、彼の詳しい経歴を調べようとすると、彼の大学生以前の記録があまりに曖昧というか、詳しくないんだよ。

 それでな、彼の大学時代の友人達にに彼のことをいろいろ聞いてみたんだ。

 交友関係は広かったらしいんだが、親友と言うような人物は一人もいない。

 でな、その友人に彼がどういう人物か聞いてみたんだ。

 まあ、性格は俺も知っている通り好青年そのものなんだが、それ以外である共通点に気づいた」

 「共通点?」

 「ああ。皆このことに関する事を質問すると同じような反応を示すんだが・・・

 大学以前のことを皆知らないと言うんだ。

 だって、変だろう?

 普通はさ、高校時代どんな部活をやっていたとか中学校はどこどこだとか、少なからずなんか知っていてもいいはずだ。

 しかし、誰も彼の過去を知らないんだよ。

 彼がどこで、何をしていたかって言うのは」

 「つまり、那木は偽装の過去で警察に入ったと?」

 「それもそうなんだが、そんなこと普通一般的に無理なことだ。

 となると、どういうことになるか・・・」

 「警察は、それを受け入れなければならない事情を彼に対して持っている」

 「でなければよっぽど上手い偽装だろうな。だが、どう考えてもそれは違うと思う」

 「断定できる根拠でもあるのか?」


 綾野は厳しい顔をして小林の顔を見た。


 「大学で、彼に対して妙な噂が立ってたんだよ」

 「噂?」

 「ああ、すぐに消えてしまった噂らしいんだが、とても奇妙な噂でな、彼、改名しているんじゃないかって言うんだ」

 「改名?」

 「そう、大学は言って間もなくのこと、ちょっとした催眠セミナーに参加したときのことらしいんだが、奴、催眠術の実験に志願したらしい。

 で、そのときに奇妙なことを言い出したんだ」

 「へえ」

 「催眠術でよく、あるキーワードを言えなくするするのがあるだろう。

 その時は自分の本名を言えなくするようにしておいたらしいんだが、なぜか彼はすんなり本名を言ったらしい」

 「催眠術にかかっていなかったんじゃないのか?」

 「普通そう考えるよな。だけどそうでもないらしいんだ。

 他のキーワードを言えなくして同じ事をすると、ちゃんといえなくなるんだ」

 「まだ、その時はかかりが浅かったとか?」

 「他の奴もそう思って何度か実験した後にもう一度同じ事をした。

 しかし、彼の反応ははじめと同じ、本名をすんなり言ったと言うことだ」

 「つまり、本名ではないと?

 しかし、名前と言うのはそう簡単に忘れんものだろう。

 まあ、俺自身あまり催眠術のことは知らんが」

 「それが、念のためと思って、役所などに行って調べてみた。

 現役時代にちょっとしたきっかけで役所の重役と仲良くなって、彼に内密に調べてもらった」

 「それで」

 「やはり、改名していたんだよ」

 「竹岡琢哉」

 「?!なんで知っているんだ?!」

 「銀行強盗の件で色々と調べていたらね。

 なんとなく気になた事件で記憶しておいたんだが、コバさんの話を聞いて、もしかしたらって思ったんだ」

 「そういうことか、なら話は早い。

 竹岡琢哉といったらあの、警察未解決の殺人事件の被害者だ。

 恐らく警察もそれを考慮してか、彼の審査を少し甘くして警察に入れたのだろう。

 しかしなぁ、あの青年にそんな過去があろうとはな、今でも辛いに違いない」

 「そうだな」


 綾野は呟いた。


 「お前にも少しは分かるだろうな。いっぺんに家族を失う気持ちが」

 「ああ」


 綾野は天を仰いだ。

 遠い過去の記憶、今、それが彼の脳裏を過ぎた。

 深く思い出そうとすると胸が締め付けられるように痛くなる。

 綾野は思い出すのをやめた。


 「まあ、俺のことはどうでも良いだろう。

 それよりもどうしてあの青年は警察になんかなった?

 警察もどうして偽装の経歴を持つ人間をすんなりいれた?」

 「そのことなんだがな、警察が彼にそういう経歴にするように指示したらしい」

 「警察がねぇ・・・なるほど」


 綾野は見えない遠くを見ながら呟いた。


 「ところでどうしてお前、那木君のことに興味あるんだ?」


 小林は素朴な疑問を投げかけた。

 綾野は小林の顔を見た。

 そして、口をしっかり閉じ、しばらくして口を開いた。


 「それは、とある依頼人と俺の秘密なんだ。

 あんたも探偵ならば依頼人の依頼を、人に必要以上しゃべらないだろう?」


 そう言い、遠くを見た。


 「あくまでも俺には内緒か。まあ、いつもの事だ。

 これ以上聞くのはやめよう。

 ところで、銀行強盗の件だが・・・」


 小林は綾野のほうに体を向けて言った。

 綾野は頭をポリポリと掻いた。

 そして、目を細めて言った。


 「その件に関してはまだ調査中だ。

 進行状況を話せるほど分かっていない。

 分かり次第、連絡するよ」

 「わかった、よろしく頼む」


 小林は、本当のことは言っていないなと思いつつ、こういう時は叩いても何も出てこない事を知っているのか、そのまま素直に受けた。

 小林がそろそろ帰ろうとした時、綾野は小林を呼び止めた。


 「今日、那木と銀行強盗を捕らえたよ」


 綾野の表情は心なしか柔らかい。


 「でも、警察は逃がしたと言ってたぞ?」


 小林は苦虫をつぶしたような顔をして言った。


 「今日、彼と初めて仕事をした。

 はじめは足で車に追いつこうなどとしていたのでどうなかと思ったんだが、実際一緒にに行動をして、なかなか見込みのある男だと思ったよ」


 そう話綾野の顔は楽しそうだ。


 「良かったな。で、なんだ?」


 小林は綾野の楽しそうな空気に誘われて、苦笑いを浮かべた。


 「いいな、彼。

 勘がいいし、何よりもまっすぐな瞳がいい。それに若い。

 羨ましいなぁ。俺がもし彼と似たような年齢なら友達になりたい。

 そういう魅力を持っているよ、彼は」

 「ならば、今からでも友達にでもなればいいだろう」


 小林は息子に話すように言った。


 「機会があれば是非」


 綾野はそう言った。


 「じゃあ、もう遅いから俺は帰るぞ」


 小林はそう言い残し、帰っていった。

 相変わらず変わった奴だ、そう思いながら家路を急いだ。

 綾野は小林の姿が見えなくなるまで彼の背中を見ていた。


 「もしも、あの青年と仕事が出来るなら・・・

 ・・・もっとすごいことができるよ」


 小林の気配が完全になくなったにも関わらず、ずっと視線を逸らさずに、そう呟いた。


 □■□


 翌日、那木は公園で朝食を摂っていた。

 警察の独身寮では男ばかりで食事もおいしくないし、何より彼は謹慎休暇中なのでそこにいなくてはならない理由もないので、コンビニでパンと牛乳を買って公園のベンチでのんびり食事をしていた。

 公園では母親と子供が楽しそうに遊んでいた。

 那木はその光景を、目を細めて見ていた。


 「家族・・・か」


 そう言い、パンをかじった。

 そう言えば自分にも遠い昔、家族がいた。

 狭い部屋に家族4人、マイホームではないけどそれなりに幸せな生活を送っていた。

 自分がいけない事をすれば、母親が、父親が自分を叱り付けて、でも、良いことをすれば自分のことのように喜んだ。

 姉とは年が5つ離れていたがなぜか良く姉弟喧嘩をしたもんだ。

 でも、それ以外のときはよく連れてられ、姉の友人達にくしゃくしゃにされたもんだ。


 あの事件が起こるまでは。


 悲劇の日、遠い、決して忘れることのない忌まわしい事件。

 あの出来事がなければ家族はいつものように自分に「おかえり」と言ってくれるはずだった。

 しかし、その日は違った。

 なぜ?どうして?

 自分の家族が何をした?!

 自分が一体何をしたというんだ。

 誰かに迷惑をかけたか? 誰かを傷つけたか?

 どうして、どうして自分の家族があんなことに、なんな無残な姿に?!

 そして、どうして自分だけ生き残った・・・・・・・


 牛乳パックを持つ那木の手に自然と力が入る。

 しかし、那木はそれに気づかなかった。


 あの日以来、自分は大事なものを奪った奴を探す決意をした。

 あの事件で分かったのだが、警察は証拠がなければ何もしてくれない、いまだに犯人を逮捕できていない、大事なものを奪った奴は今でものうのうと生活をしているんだ・・・

 そう思うとじっとしていられなかった。

 自分は自分なりにいろいろ調べた。

 もっと調べるために警察に入った。

 そして、もっと奥まで知り、ついに家族を奪った犯人を突き止めた。


 那木はいつのまにか思いっきり歯を食いしばっていた。


 しかし、世の中と言うのはこんなに汚いものだと、自分は嫌と言うほど知らされた。

 犯人を訴えようと自分なりに集めた証拠が警察に預けるたびになくなる。

 自分で持っていると怪しまれるのでどうしても警察に預ける。

 しかしなくなる。

 俺の家族を殺した凶器も見つけた。

 しかし、警察はまたなくす。

 あまりに紛失するので、その原因を調べた。

 すると、恐るべき裏の世界の仕組みが分かった。

 なんと、警察自身が犯人のために故意に証拠を消しているのであった。

 なんと言うことだ。

 信用できるはずの警察がこんなことをしているなんて・・・

 話によれば犯行当時にも証拠はあった。

 しかし、警察の中の何者かが自分の懐を暖めるために証拠を闇の市場に売ったということだ。


 「どうなってやがるんだ・・・この世の中」


 那木はベンチの背もたれによしかかり、呟いた。

 犯人はわかった。

 どこにいるかも知っている。

 しかし、自分にはどうしようも出来ない。

 悔しい、とても悔しい。

 過去を清算するために名前も変えた。

 なのに、あいつを裁けない。

 那木は目を固く閉じた。

 そして、自分の無力さに歯がゆさを感じた。

 ふと、那木は何か気配を感じ、目を開けた。


 「いい若いモンがこんなところで飯食ってるなんてジジイみたいだぞ?」


 那木の隣に彼は座っていた。

 声といい、顔といい、笑いじわをみてこの男が誰かすぐに分かった。


 「どうやらおっさん、俺のことをずっと監視しているみたいだが、何なんだ?」


 那木は隣に座っている綾野を見て、そう言った。

 綾野はそれに答える前に、視線で手を見るように促した。

 牛乳を持っている手が濡れていた。

 那木は慌ててハンカチを取り出し、それを拭き取った。


 「結局あいつらを逃がしたんだな」


 綾野は那木のほうを見ずに言った。


 「後の処理が厄介だと思ったんでね。

 それとも刑事としては情けない奴だなとでも言いたいのか?」


 那木は自分の視線を無視する綾野をじっと見つめて言った。

 綾野は背もたれに深くよしかかり、足を組んだ。

 そして、両腕を頭の後ろに持っていき、一つあくびをした。


 「確かに、警察の人間としては失格だな。

 だが、別に悪くはないさ。どうせ捕まえても釈放されるしな。

 それに、俺としてはそうしてくれると思っていたんでね。

 お陰で仕事がはかどったよ」


 綾野は涙目で那木を見てそう言った。

 今度は那木が顔を背けた。


 「おっさん、何者だよ?それに仕事ってなんだ?

 なんで俺を監視している?」


 綾野はしばらくそのままの体制でいた。

 そして、今度は伸びをして、手を膝の上に置いた。


 「なあ、お前。俺と一緒に仕事をする気はないか?」


 真剣なまなざしで綾野は言った。

 那木は突然の言葉に一瞬言葉を失った。

 綾野はそんな那木をじっと見ていた。


 「何の仕事だかも教えないでそう言うのか?

 しかも、どんな理由だか知らんが俺を監視している奴の言うことなんか聞いてやるもんか」


 那木はそう吐き捨てるとベンチを立ち、そこから去ろうとした。

 そんな彼を見て、綾野はにやりと笑った。


 「いいか、那木。

 今のお前ではあの偽善者を裁くことは出来んぞ。

 どう足掻いても、時間をかけようとも無理なものは無理だ」


 那木は綾野の言葉に振り向いた。


 「だが、俺にはできる。俺にはその力がある。

 どうだい、ここは一つ、俺に協力する気はないかね・・・竹岡琢哉君?」


 那木はしばらく綾野を見、そして何も言わずに去っていった。


 「一度、痛い目に遭わないと分からん奴だな」


 綾野は那木の後姿をじっと見つめていた。

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