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2、依頼

 ある町の一角、電車が走る陸橋の下に店があった。

 天気は快晴、空に浮かぶ雲をすべて飲み込んでしまったのか、天は透き通る青さを主張していた。

 店の入り口付近には少年が何人か集まっていた。

 その中心は、ミニ四駆を遊ばせるための小さな広場になっていた。

 時々、その少年よりは年を重ねた男性がそこの奥にある入り口に向かって歩み、そして店の中へ入って行く。

 上のほうにある看板には


 『AYANO ラジコン・おもちゃ 模型堂』


と書いてあった。


 店の中では先ほど入ってきた男性と、店主と思われる男の二人しかいなかった。

 先ほどの男は無造作に飾ってある商品の品定めをし、店主と思われる男はガラス戸でできた出入り口から外にいる子供達の様子を笑みを浮かべながら眺めていた。

 その口の横には縦に深く入った、えくぼのような皺があった。

 楽しそうに遊んでいる子供達から目をそらした時、ドアの開く音がした。

 店主と思われる男はいつものことなのか、気にすることなく気にすることなくカウンターの中にあるコンピュータに目をやった。


 「あなたが綾野さんですか?」


 店主と思われる男はその声の方に視線をやった。

 そこにはこの店に似合わない、背広を来た女性が立っていた。


 「そうですが。何かお探し物でも?」


 店主、いや、綾野はその女性の目をみつめて答えた。


 「いいえ。警察から派遣されたものです」


 女性は周りのことを気にすることなく答えた。

 綾野はふと気まずい顔をして、店にいつもう一人の男性の方に視線をやった。


 「少し、待っていただけませんかね」


 綾野は表情を変えずに女性のほうを向いて言った。

 女性もそれを察したのか

 

 「ええ、構いません」


 そう言い、にっこり微笑んだ。


 しばらくしてもう一人の男性が用事を済ませて店を出て行った。

 綾野はそれから少し時間を置いて、店の外へ出た。


 「あれ、おじさん、もう店閉めちゃうの?」


 綾野が「CLOSE」と書かれた札をドアにかけているのをみた少年の一人が聞いた。


 「別に終わりではないんだけどね、ただ、ちょっと今はお店の中には入って欲しくない状況でね。

 そこで遊んでても構わないから、もしも店に用のあるお客さんが来たら後でまた来てくれって言っといてくれない?」


 綾野はいつものことなのか何気なく言った。

 少年達もわかっているようで


 「わかった。どうしても用があるときはドアを叩くよ。

 ま、めったなことじゃ叩かないけど」

 

 と答えた。


 「ありがとう」


 綾野はそう言うと店の中に入っていった。


 「また、ネズミがでたんだね」

 「前もネズミが出てきたって大騒ぎだったもんね。商品かじられたら大損害だって」

 「しょうがないよ。二件隣とすぐ隣が食堂だもん。かあちゃんがそういってた」


 そんなことを話しながら少年達は構わずミニ四駆で遊んでいた。


 ■□■


 綾野はドアにブラインドを掛け、そして、女性のほうに向いた。


 「で、この間の凶悪レイプ犯を片付けさせて、お次はなんだ?

 言っておくが俺は何でも屋ではないぞ?

 お宅らで解決できるものはお宅らで解決して欲しいがね」


 綾野は迷惑そうに言った。


 「あれだって、私達警察が解決できるならそうしたかったわ。

 でも、下の者がいくらそう願っていても上の者が嫌がるのよ。

 だからやむなくあなたに頼んだわけ」

 「言い訳にしか聞こえんがね」


 女性の言葉に綾野は軽く嫌味を加えて聞き流した。


 「まあ、そんなことは済んでしまったことだしいいとして、今度は何だ?」


 綾野は頭に手をやりながら言った。


 「実はわが国のとある刑事が越権行為をしているの」

 「は?!」


 突拍子のない内容に思わず気抜けしそうに綾野が返答した。


 「その刑事なんだけど、実はとある政治家を落としいれようとしているの」

 「ちょっと待てよ・・・」

 「それで、その刑事を・・・」

 「内輪のことはごめんだぜ?」


 綾野は話の途中で断りを入れた。


 「第一そんなことぐらい、お宅らで解決できるだろう?なんで俺なんかに頼むんだ」

 「あなたじゃないと太刀打ちできないって上司が・・・」

 「いいかげんにしろよ」


 綾野は顔を強張らせて言った。


 「俺らM.I.C.E.はは、警察が手に負えない凶悪犯罪を裁く組織だ。お前らの使いでも犬でもないんだ。

 その辺をきちんとわきまえてもらえないとただじゃあ済まされんぞ?」


 綾野のそんな言葉に女性は


 「言いたい事はわかるわ。でも、一応最後まで話を聞いて頂戴」

 「・・・わかった。一応聞こう」

 「ありがとう。それで狙われている政治家のことなんだけど、彼は老人や障害者、失業者やホームレスに援助金を出したり、施設を作ったりしている、政治家にしては珍しく、善良な人なのよ」

 「もしかして、主民党の“霧山 賢四郎”か」

 「そうよ。あなたも知っているかもしれないけど、国民に絶大の支持を受けている政治家で、他の政治家には嫌われている彼よ」

 「俺は支持していないけどね」

 「だから、もしかしたらその刑事、他の政治家に頼まれて霧山賢四郎の身辺を調べているのかもって見ているのよ」

 「それが越権行為になってるってか?」

 「そういうことなのよ」

 「でも、その刑事も何の根拠もなく調べているわけではあるまい」

 「確かにそういう可能性もあるわ、でも彼、何も語ってくれないし、何の許可も受けずにいろんな資料勝手に見てるし、何よりも若くて野心家なのよ」

 「ほう」

 「それで、あまりにその行為がひどいから今は休暇を取らせているんだけど、それでも調べるのをやめないの」

 「だったら辞めさせちまえよ」

 「それができたらここに頼みに来ないわ。

 いろんな理由で辞めさせることができないの。

 だから、事が起こらないうちにあなたに何とかしてもらいたくて」

 「なぜ探偵に頼まない?」

 「探偵は当てにならないし、万が一、マスコミにでもたれこまれたらただじゃぁ済まされないわ」

 「だから俺に頼みに来たわけか」

 「そうよ」


 女性はすべてを話しきれて安心したのか。体の力を少し抜いた。


 「それでどう?引き受けてもらえるかしら?」

 「その刑事の見張り番か」

 「そう、そして状況によっては彼を裁いてもらいたいの」

 「・・・・・・・・・・・・まあ、悪くはないな。

 他の仕事に比べれば危険性も少ないし、何よりも楽だ。

 それに、その政治家も世間的にも好感を持たれていて、弱者の援助をしているときてるし、賄賂をもらっているという噂もあまり聞かない。

 国民の願いであるという風に考えれば引き受けてもいい」


 綾野は少し表情を和らげて言った。

 女性も安心したのか、表情がにこやかになった。


 「それで、引き受けるとなると、わかっていると思うが・・・」

 「ええ、捜査の方法、裁き方、それによる結果に対しては口出しをしない」

 「それと、協力もする」

 「わかったわ。では、報酬は事件解決後、いつものようにさせてもらうわ」

 「それで、その問題の刑事だが・・・」

 

 綾野がそう言うと、女性は持参のカバンからA4サイズの封筒を出し、綾野に渡した。


 「その中に彼のデータが入っているわ。詳しいことはそれを見て頂戴」

 「ああ」

 「それじゃあ、よろしく」


 女性はそう言い残し、店を出て行った。


 辺りはすっかり暗くなっていた。

 店のシャッターを下ろし、綾野は店の二階にある自宅で食後の後片付けをしていた。

 彼に家族はいない。

 机の上に飾ってある、とある家族の写真のみが、彼以外のそこに居る人間である。

 その写真には3人の一家の楽しそうにしている光景が写っていた。

 子供を抱いている父親らしき男はどういうわけか綾野に良く似ている。

 その男の隣にはかわいく微笑む、恐らくその男の妻であろう、美しい女性の姿。

 その光景は、誰が見ても幸せ、そのものであった。


 そんな面影のかけらもない部屋で片付けを終わらせた綾野はその写真に目をやり、深くため息をついた。

 そして、昼間貰った封筒から中身を取り出し近くにあったソファーに腰掛けた。



 『那木貴也、年齢26、性別男、身長185cm、体重72kg。

 東大では心理学を学び、4年で卒業。

 キャリア組の中の屈指のエリートで成績も優秀、並外れた勘と行動力の持ち主で、強行犯捜査一課に所属。

 現在は警部、後輩からの人望が厚く、熱血漢である。

 しかし、猪突猛進な部分あり、時々問題のある行動に出ることもある』



 「絵に描いたような好青年じゃないか」


 綾野は呟いた。


 「ふむふむ、なかなか現代的なハンサムボーイだな」


 同封されていた写真を見ながら、文書の続きをペラペラと眺めていた。

 あまり、参考になるような文書がないのか、ソファーの背もたれに寝そべるようにもたれかかり、眠そうな目でそれを眺めていた。

 ふと、綾野は紙を捲る手を止めた。



 『16歳の時、家族が交通事故で死亡。

 彼は家族の保険金と親族の援助で高校、大学へ行く事となる』



 「・・・なるほど、四人家族だったのか」


 途中で目にした情報とそれを照らし合わせてみた。


 「しかし、何で交通事故に遭ったのかが書かれてないな。

 交通事故の記録ぐらい、調べりゃわかるだろうに」


 綾野は少し不審に思った。

 しかし、さほど重要な情報ではないのだろうと納得することにした。


 「さしずめ、彼だけ部活かなんかで家族と一緒じゃなかった時に事故が起きたのかな」


 綾野はそう言いながら、ふと机の上にある写真を見た。

 そして、物思いにふけりながら、朝剃ったはずの髭を右手でさすった。


 「辛かっただろうな」


 こんなことを思いながら再び、紙をペラペラ捲り始めた。


 時々聞こえる電車の通る音と紙を捲る音と共に、綾野の夜は更けていくのであった。

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