表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

1、綾野

 それは、夜だった。

 東京にある、コンクリートでできたグランドキャニオン。

 その上から彼は足元に広がる、動く谷間を見下ろしていた。

 彼はサングラスをはずし、天を仰いだ。

 そこは、漆黒の闇しか存在せず、彼はまた、視線を動かした。


 「・・・そこか」


 そうつぶやき、手に持っていた冷たい金属の塊を握りなおしてゆっくり、歩みだした。

 わずかな明かりに照らされながら、彼は金属の塊を胸元、そして、顔の前に持っていき、息を呑んだ。

 薄墨のような闇の中、何かが動いた。

 彼はそれを見逃さなかった。

 彼は獲物を追いかける獣のように、それを追いかけた。

 それは、彼が思っているよりも速かった。

 ぐいぐいと彼とそれの距離が縮まっていった。

 やがてその距離はなくなり、彼はそれの上に乗りかかった。


 「抵抗すれば、撃つ」


 彼は、それに冷たい金属の塊の先を押し当てて、そういった。

 それはその言葉に従うように、ぴくりとも動かなかった。

 それは、最近世間を騒がしていた凶悪レイプ・殺人犯だった。

 それ、いや、男はOLばかりを狙い、レイプし、証拠隠滅とともに彼女らを殺すという凶悪極まりない犯罪人なのだ。

 一度、ひょんな事で逮捕されたのだが、レイプに関する証拠がなく、そのまま野放しになっていたのである。


 警察でもこの男が犯人であると確信があったのだが、証拠がなければ犯人とはっきり特定できないため、やむなく釈放、そしてその後、世界的に極秘機関である「M.I.C.E」、正式名称「国際秘密凶悪犯罪取締執行機関」の一員で唯一の日本人、綾野小次郎、つまり彼に、男を裁いて欲しいと依頼したのである。


 「あんたが何者か知らねぇが、俺を捕まえたところで警察じゃなにもできねぇぜ」


 男は綾野に言い放った。

 綾野は金属の塊を男に突きつけたまま、目を細めていった。


 「お前、知らぬが仏という言葉を知っているだろう。そう、その通り、知らないほうが幸せだという意味だ。

 だがな、何でもそれがよいとは思っていないだろう?」

 「何が言いたいんだ?」


 男は金属の塊に動じることなく聞いた。


 「知っていれば、こんな馬鹿なことをするやつは減る、しかし、世間にはあまり知られたくない、そういう職業についているんだよ、俺は」

 「は?」

 「お前にもわかるように、平たく言えば、俺は秘密警察みたいなものなんだよ」


 綾野は男から目を離すことなく言った。


 「だから何なんだよ?俺を逮捕するってか?

 俺が犯罪を犯したって言う証拠は?

 そもそも俺はいったいどんな犯罪を犯したって言うんだ?」


 男はにやけながら言った。


 「都合よく記憶喪失か?忘れたのなら教えてやろう。

 お前は何人もの女をレイプして、そして殺した」

 「その証拠は?」

 「目撃者がいる」

 「それじゃあ俺をしょっ引けないなぁ」

 「物的証拠はない。だが、証言なら腐るほどある」

 「証言だけなんて、頼りないなぁ。裁判じゃぁ勝てないぜ」

 「そうだな」

 「呑気だなぁ。で、これから俺をどうしようってんだよ?」


 綾野は笑みを浮かべた。

 口の横にえくぼのような、たてに笑いじわが一本できる。

 特徴のある笑みだ。


 「お前、今日一人、やり損ねた女がいるだろう」

 「は?何いってんだい?」

 「することを最後までして、その後、いつものように後始末をした」

 「何のことかね」

 「しかしな、偶然お前が用済みの玩具を捨てた場所に通りががかったんだよ、俺」


 男は綾野の言葉に反応するかのように、顔の筋肉に力を入れた。


 「俺、びっくりしてさぁ、慌ててその女のところへ行ったんだ。

 そしたら、まだ息があったんでね、応急処置をして、病院へ連れて行った。

 そしたら応急処置がよかったようでね。

 もう命に別状がなく、病院でゆっくり休養しているよ」


 男の眼をじっと見つめて綾野は言った。


 「彼女、もしも裁判になったら、証言してくれるって言ってたよ」

 「ハン、甘いな。

 外国の裁判ならどうかしらないが、日本の場合は状況証拠だけでなく、物的証拠とかはっきり犯罪を犯しましたという動かぬ証拠がないと裁けねぇんだぜ?」


 犯人はさらに顔の筋肉に力を入れて言った。

 心なしか、その声に力が入っているように思える。


 「だから、俺がこうやって動いている。

 警察に一任されたし、俺の所属する機関にも許可を取った。

 だからお前は俺が裁く。わかったか?」


 綾野は表情を変えることなく言った。


 「お前が裁くって?

 決定的な証拠があるわけでもあるまいし。

 そんな勝手なこと、世間じゃぁ許されないぜ?」


 そう話す男の声が少し、引きつっているようにも聞こえる。


 「決定的な証拠?

 はっきり言ってしまえば、今日会った女性の話と今までの証言で十分だ。

 それにな、今お前をどうするかは俺の意思にゆだねられているんだぞ?」

 「お前の意思か・・・どうするつもりだ?この場で死刑にするか?」


 男は引きつりながらも、開き直っている様子だ。


 「誰が殺すといった?

 俺はあくまでお前を裁くと言ってんだ。

 だから、今からお前をどうするか教えてやろう。

 お前はな、これから50年、M.I.C.E.に所属する刑務所に行くんだ。

 そして、自分が今までやってきたことを十分反省するんだよ、わかるか?」

 「わかんねぇなぁ。第一、M.I.C.Eなんて聞いたこともねぇ」


 男は綾野を小馬鹿にしていった。

 そんな男の態度に動じることなく


 「わからないならわからないでいい、行けばどういうことか身に染みてわかると思うよ」


 綾野はそういうと、男の手首に手かせをつけた。

 そして、男を引っ張るように立ち上がり

 

 「少しだけその刑務所がどういうところか言うと、完全犯罪をするような凶悪犯とか、女に飢えた男の犯罪者がたくさんいるところだ。

 まあ、知らぬは仏を言うし、後は行って見てのお楽しみだ」


 こう言い放った。

 男はこの言葉の意味がいまいち良くわかってないのか、綾野の顔を見ながら「馬鹿じゃねぇの」とつぶやいた。


 綾野はこれからこの男に降りかかる災難の日々を知っているのか、男の小言に相手することなく、男とともにその場を去った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ