8・関東魔術軍
「うむ。竜頭司朝斗か。お前の話はよく聞いているぞ。走るのが早いらしいな」
「小学校ならモテモテだったでしょうね」
浄徳が頬杖を付きながらコメントした。
ちなみに今までの人生で足が早かったような覚えはない。
「じゃあ次ー」
自分で言っておきながら、飽きたのか欠伸をしている浄徳。
自己紹介も中盤に差し掛かってきて、教師が「もう面倒臭くなってきたよ。名前だけ言って座れよ」みたいな雰囲気が漂っていた頃。
その女が教壇に立つと、弛緩しきっていた空気が一気に引き締まった。
「桜乱華玲菜――この家名を聞いてもらえれば分かると思うけど、《四大財閥》の一番手。桜乱華よ」
貧相な体に憎たらしい顔。
――そう昨日俺に決闘を申し込んできて、ボロ負けしたのに翌朝「わたしの盾になりなさい」と巫山戯たことを宣った女である。
「あいつ……同じクラスだったのかよ」
「そうだよ? 《黄金の双星》の一人でも《四大財閥》の一つでもある桜乱華さん。あっ、そういえばアサト君ってレイナさんに決闘で勝ったんだよね。おめでとー」
パチパチ、と拍手する神小町。
教壇に立つレイナの表情は、何というか、不機嫌そうであった。
腕を組み前だけを見つめている。
「《四大財閥》……か」
《四大財閥》の名前を聞くと、心がざわつくのが未熟なせいだろうか?
ちなみに《四大財閥》というのは、魔術によって財をなした四つの魔術師一族のことである。
《四大財閥》に属する魔術師は皆優秀で、魔術軍に属しているのも多いと聞く。
実力や知名度を入れた番手があり、一番手から『桜乱華』――『四夜』――『躑躅森』――『百鬼』と言われる。
ならばレイナは《四大財閥》の中でも一番手。
桜乱華の家名を背負った、正真正銘のサラブレットということになるのだ。
「神小町。一つ思ったんだが、《黄金の双星》ってどういうことだ? 昨日、あいつも言ってたけどよ」
「えー! アサト君、《黄金の双星》も知らないのっ?」
大袈裟に口を開く神小町。
一つの一つの動作が、アニメみたいで可愛い。
胸を揉んだら、その可愛い顔が歪むのかな。
考えていることは変態だな俺。
「知らんな。というか何で、みなさん周知の事実です、っていう顔をしてるんだ? そんな恥ずかしい名前、俺にとったら羞恥の事実なんちゃって」
「《黄金の双星》というのは今年入ってきた新入生の中でも、とびっきり優秀な二人のことだよ。
今年は運が良いのか悪いのか、《四大財閥》の四つが全員入学してきたからね。その中でも早くから天才と呼ばれていた桜乱華さんはそれはそれは注目されていて……」
「文字通り《黄金の新星》ということなのか」
まあ《四大財閥》の一番手、桜乱華の娘が入学してきたら、嫌でも注目せざるを得ないかもしれない。
俺は全く注目していなかったが。
「二人……ってことはもう一人いるんだよな?」
「そうだよー。もう一人は春月達の隣のクラスだね。四夜家の至宝なんて呼ばれてるらしいよ」
「四夜家か」
どうやら今年の魔術学園は一筋縄ではいかないらしい。
こうして見ると、レイナが大きく見えてきたな。
体は言わずもがな、メチャクチャ小さいけど。
「わたしは関東魔術軍のドラフト一位を目指しているわ。
それでもわたしに刃向かいたいものは、全て受け入れるわ。全員から圧勝してやるんだから」
ドラフト一位――。
その言葉がレイナの口から飛び出した瞬間。
ざわついていた教室がさらに騒ぎ出す。
「あいつ……関東魔術軍のドラフト一位狙っているのかよ」
魔術師というものは《魔敵》と戦うための存在だ。
そのため魔術師だけで構成された軍隊が、全国にも五つ配置されている。
俺達は三年間、この学園で学んだ後軍隊からスカウトされる。
といっても全員が全員、軍隊からスカウトされるわけではない。
一学年六千人程度の生徒から、スカウトされる人間はせいぜい百人程度。
いくら人手不足の魔術軍とはいえ、足手まといはいらないのだ。
そこでスカウトされる――というのが、五つの魔術軍隊が集まり順番に欲しい生徒を指名していくのだ。
「その中でも関東魔術軍っていうのが凄いよね。春月はガンマンになれればそれで良いから」
「神小町の夢はきっと叶うさ」
何で、この子。魔術学園に入学してきたんだよ。
――五つの魔術軍の中でも一番優秀で、人材も豊富だと言われているのがレイナの口から飛び出した関東魔術軍である。
つまり関東魔術軍からドラフト一位指名を受ける、ということは魔術学園を首席で卒業することに等しい。
この世代で一番優秀な生徒、という評価を受けているということなのだ。
「だから! みんな、わたしに跪くがいいわ!」
ピシッとこちらに指差すレイナ。
跪く……って。
なんて傲慢な。これじゃあみんなドン引きで……、
『うおおおー、レイナちゃん! 一生付いていくぜ』
『レイナさんカッコ良い。私、女だけど付き合いたいわ』
『靴の裏くらいならギリギリ舐めるぜー!』
「……何でだよ」
冷め切った俺の心と反比例して。
教室はレイナの一言で熱気に包まれ出していた。
中には拳を振り上げて、瞳に涙を浮かべているヤツもいるしな。
そんな狂騒的な光景を見て、レイナは満足顔。
「以上よ! よろしく頼むわ!」
全てを言い終わって、すっきりとした表情のレイナ。
ゆっくりとした足取りで自分の席へと戻っていく。
「ん……」
その際――前だけを向いていたレイナの顔が、少しだけ横を向く。
視線の直線上には竜頭司朝斗――つまり俺がいた。
プイッ!
レイナが「どう? わたしってこんなに人望あるのよ」と言わんばかりのドヤ顔でこちらを見てくるものだから。
全力で首を三百六十度くらい回転させて、レイナから視線を外す。させすぎて元に戻っちゃったくらいだ。
「お腹が減ったな」
歓声が響き渡る中。
食いしん坊キャラのような呟きを残す俺であった。