4・聖剣《オルファント》
剣で空気は斬れない、剣で炎は斬れない――。
決して解けぬ強固な理であった。
「へ?」
レイナの口から間抜けな声が漏れる。
それも仕方のないことであろう。
何故なら、先ほどまで大口を開けて俺を喰らおうとせんばかりに直行してきた火炎の竜――《焔魔竜》が跡形もなく消滅しているのだからっ!
「わ、わたしの《焔魔竜》は? それに、どうしてあんた傷一つも負ってないのよ」
そう。
消し炭どころか、レイナの火炎は微細たりとも俺の体には届かなかった。
俺は聖剣を構え、レイナと改めて正対する。
「この聖剣《オルファント》は――魔術を斬り裂く。この剣の前では、どんなに強力な魔術だって無意味だ。この剣はその魔術を等しく斬り裂く」
「はあ? そんな剣! 聞いたことないわよ。その剣に魔術式無効化の魔術式が編まれている、っていうこと? でも……一度発動した魔術式を無効化する魔術は存在しないはず……」
戦いの最中にかかわらず、レイナは顎に手を置いて深く思考している。
さて――魔術を無効化する方法は大きく分けて二つある。
一つ目は相手が魔術式を展開している最中、邪魔をして集中力を削いでやればいいのだ。こうすれば魔術式は不完全な形で外に出てしまい、最悪の場合魔術自体が発動しなくなってしまう。
もう一つは魔術式の展開中、そこに込められている魔力を消滅させる魔術を使用する。ただしこれは高度な魔術式を必要とするため、予め用意しておく『魔術陣』が使われる場合が多い。
つまり、レイナが思考している通り、一度完全に発動してしまった魔術を無効化する手段は存在しないのだ。
敢えて上げるとするならば、同等の威力の魔術をぶつけ相殺したり、魔術で壁を築いて攻撃を妨げることだ。
「この聖剣はな、魔術なんてちっぽけなものなんて使われねえ」
「ま、魔術がちっぽけですって!」
「俺にとっちゃあ、それくらいにしか考えてねえよ。この聖剣はどういう仕組みかは分からねえ。しかし――この聖剣で魔術を斬り裂けば、それ自体が消滅してしまうのは確かだ」
聖剣を肩で背負い、レイナに説明してやる。
「そ、そんな有り得ないわ……」
というのに、レイナはまだ納得していないのか、ブツブツと呟いている。
天才魔術師たるレイナでも理解が追いついていないのだ。
観客からの声は途絶えている。眼前に繰り広げられた光景に思考さえも封じられてしまっているのだろう。
静寂な空間。
そうだ。俺はいつも、こういう孤独と寄り添って生きてきた。
「俺は魔術師にとっての《天敵》――お前から来ねえなら、俺から行くぞ!」
聖剣の切っ先をレイナに向けて床を蹴り上げる。
「こ、来ないでっ!」
レイナの口から発せられるのは最早悲鳴であった。
動転しながらも、レイナは複数の魔術式を高速展開。
第三級火炎系魔術《炎槍》、第三級水害系魔術《氷槍》が同時に発動。
炎の槍と氷の槍が絡み合いながら俺に向けて発射される。
「だから無駄だって」
俺は迫り来る槍に対し、剣を下から上に突き上げる形で放つ。
すると魔術の槍に剣が触れた瞬間、そこから魔術が解体。それは砂糖菓子を砕くような柔らかさで、そのまま一刀。
二つの槍は完全に消滅し、改めて道は開かれる。
「どうしてなのよっ! どうして、あんた、そんなことが出来るのよっ!」
レイナが目の前の理不尽に対し声を上げ、俺の行く手に魔術式を展開する。
地面に描かれた魔術式――第四級火炎系魔術《小爆発》の一撃である。
魔術式が起動する前に、俺は剣の切っ先を地面へと向ける。
そして魔術式の下部から上部へとなぞるようにして、ステージに傷を付ける。
こうすることによって、魔術式が消滅。
俺の聖剣は一度発動してしまった魔術式も無効化出来るが、こうしてまだ未発動の魔術式も斬り裂くことが出来るのだ。
「そ、そんなのっ! そんなの、わたしは認めない!」
そう言いながら、レイナの手の平に多数の魔術式が展開。
《炎球》や《炎槍》。《水球》や《電撃鼠》といった魔術が同時に発射され、七色の尾を引きながら俺へと殺到してくる。
「ふんっ!」
四方から瀑布の如く、そして激流の如く訪れた魔術に対し、俺は冷静に聖剣を放っていく。
一閃――二閃――三閃――っ!
俺の剣先が残像となり、一種の魔術式のような軌道を残した。
「や、止めて! 来ないで! 変態!」
そしてやっと我が儘なお姫様の元へと到着。
「お前は少々、我が儘が過ぎた。そんなお姫様には、ちょっとしたお仕置きが必要だぜ」
「――っ!」
息を呑むレイナ。
「わたしは……わたしはこんなところで負けてられないのよ!」
「悪いな。元はといえば、お前から売ってきた喧嘩だ」
躊躇いなく、聖剣を振りかぶり小さな額向けて瀑布の如く振り下ろす――。
「――っ!」
あまりの恐怖に頭を押さえ、硬直してしまうレイナ。
ここまでくれば無防備な魔術師を真っ二つにすることは簡単であった。
しかし――俺の刀身はレイナの額に当たる直前、髪を丁度一本分斬ったところで停止していた。
「俺の聖剣は魔術を斬り裂く。だが、女を斬り裂く趣味なんてねえよ。反省したか。ワガママお姫様」
少しカッコ付けすぎたか。
俺は聖剣を鞘へと戻し、クルリとレイナに背を向けた。
審判の手が俺の方へと上がり、
『ドクターストップ! 勝者! 竜頭司朝斗!』
思い出したかのように、爆発的な歓声が発生した。




