32・焔魔竜
第四級光系魔術《光矢》の三〇本もの矢。
こんなのやってられっかよ!
レイナと同じ方向に体は動く、しかし俺達を追いかけてくるかのように次々と矢が発射される。
俺は聖剣で襲ってくる《光矢》を無効にし、レイナは《炎球》や《電撃鼠》をぶつけて相殺にする。
しかし! ――その内の一本の矢が俺の右足に突き刺さってしまう。
「――っ!」
今度は声を上げなかった。
男は我慢が大切だろ!
躓きそうになるが、倒れるところで左足で踏ん張る。
レイナの肩に手を置いて、こう続ける。
「レイナ――第八級火炎系魔術《焔魔竜》だ。一撃であいつを仕留められるような魔術を紡ぐしかない」
「で、でも――」
どうしたんだレイナ! 何故、躊躇している。レイナならこれだけ戦闘した後でも《焔魔竜》へ注ぐ魔力くらいは残しているだろ!
「最後の弱点――その三」
賢者の石に七七個もの小さな人面が現れる。
「どうやら桜乱華家の娘は光系魔術を怖がっている」
《光矢》と《神鳥》の同時発動だとぉ!
最初に《光矢》が襲いかかってきて俺は冷静にそれを聖剣で斬り裂く。
その時――レイナの表情を見ると、恐怖の色で塗りたくられていた。今まで気付かなかったが、体全体が震えているように見えた。
次に来る《神鳥》を聖剣で追いかけ斬り裂く。
くるっと振り返り、レイナの肩を掴み、
「レイナ……光が怖い、ってお前言ったよな」
光が――怖いの。
レイナの部屋にいった時、真っ暗な中で語り合ったことを思い出す。
点となっていた物語に線が引かれ、一つの真相に辿り着きそうになる。
「私――私、お母さんを《魔敵》に殺されたの」
体を抱え震えを止めようとしているレイナが続ける。
「その《魔敵》は光系魔術でお母さんを殺害したわ――それから、わたし光系魔術……いや光が怖くなって」
どうして気付かなかったんだ!
レイナは様々な魔術を使っていた。
禁忌級の特殊系魔術はともかく、基本の八系統――『火炎系魔術』『雷撃系魔術』『水害系魔術』『土砂系魔術』『生体系魔術』『光系魔術』『重力系魔術』『操作系魔術』――。
その中で唯一、光系魔術は使ってなかったじゃないか。
いや使ってなかったんじゃない。
使えなかったんだ!
お母さんを殺した魔術で――トラウマを刻まれた少女は。
「だから――光系魔術を見たら集中力が全部なくなっちゃう。それでも低級な魔術くらいなら組成出来るけど、第八級以上の高等魔術なんて――」
こんなに震えているのに!
こいつは一生懸命に目の前にあるものを守ろうとした。
失うことが怖いから目を背けるのではなく――向き合うことにしたのだ!
「じゃあ俺が手を握ってやるよ」
レイナの冷たい手を握ってやる。
こんなに小さな体にどれだけの重圧がかかっていただろう。
守ってやりたい――俺の心にそんな感情が芽生えた。
「あいつなんか片手で十分だ。俺達は二人だろ? 俺を信じろ。お前に襲いかかる光(闇)なんて全部、俺の闇(光)が斬り裂いてやる!」
「アサト――」
不思議と震えていたレイナの手が止まっていくようであった。
その光景を《邪賢者》は退屈そうに眺めて、
「愛と勇気で大逆転? はあ、反吐が出ますね。つまらない終幕になりそうです。超威力の魔術にはそれ以上の超威力をぶつければいい――あまりにも単純明快な論理」
レイナと《邪賢者》――同時に強力な魔術式が組み上げられていく。
《邪賢者》が完成させようとする魔術式は第一〇級光系魔術《神光龍》である。それを展開途中の式から俺は理解する。
《神光龍》は確か《神鳥》の完全上位互換の魔術――発動すれば、聖剣の一閃が間に合うか不明。今度こそやべえぞ!
しかし――な!
たかが七七個分の魔術師で、天才レイナの速度に勝てると思うなよ!
「――業火の灼熱は氷結を解除する」
現代の魔術には詠唱は必要ない。
しかし――恐怖に打ち勝ち、自分を冷静にさせるために。
レイナは詠唱を紡ぐ。
業火の灼熱は氷結を解除する。
神が見捨て給うた楽園を、我が手で奪還せよ。
躰は最早消し炭。純黒の化粧に身を包もう。
死して髑髏へと還れ。
地獄の底から甦る火炎の竜よ。我が双手に顕現せよ。
合わせて五行の旋律。
レイナの前に芸術品のような、赤い魔術式が完成する。
「出来た!」
レイナがそう叫び、第八級火炎系魔術《焔魔竜》の発動に成功!
しかし《邪賢者》も追いつき、《神光龍》を発射する。
その《神光龍》の魔力は《焔魔竜》にも匹敵し、威力は互角といったところだろう。
いくら魔力お化けのレイナでも、これだけ疲労している後に《焔魔竜》を連続発動させることは不可能。
相殺させて仕切り直しをすれば《邪賢者》の勝ち――。
「ってバカなお前は思っているだろな」
こちらも《焔魔竜》が飛翔し、闘技ドームの壁面を焼却しながら《神光龍》に立ち向かっていく。
そして――《焔魔竜》よりも早く疾走し、《神光龍》へと向かっていく。
「これで終わりだぁぁぁああああああ!」
極限の時間の中で――聖剣《オルファント》の一閃を《神光龍》にお見舞いする。
直行していた《神光龍》が聖剣にて斬り裂かれる!
これにより《焔魔竜》の活路は開かれ、《邪賢者》に突き刺さるはずであった。
「何と……ただの人如きがぁぁあああああ!」
言葉を崩した《邪賢者》。
しかし「ん?」と俺を見て、
「まさかあなたも動けないんじゃ?」
そう。
最後の力を振り絞った俺の足は一歩も動かず。
機能を停止してしまっている。
《焔魔竜》が同一直線上に並んでいる俺と《邪賢者》に容赦なく向かっていく。
「まさかあなたごと、私を焼き払おうと……? 相打ち覚悟の魔術だったのか」
《邪賢者》の言葉通り、どれだけ頑張っても体が動かない。
《焔魔竜》を発動させた直後のレイナでは《治癒術》が間に合わない。《治癒術》が間に合ったとしても、瞬間移動するような足を手に入れられるとは思えなかった。
だからこそ《邪賢者》の推測の到達も必然のもの――。
だが――間違っている。
ニヤリと《邪賢者》に笑みを向け、
「おい、ウンコ《邪賢者》。何を勘違いしている。俺は死ぬ気なんてねえよ」
「最後はやっぱりボクの出番だな」
――ふわぁっと。
急激に体が上空へと浮遊していく。
そして《焔魔竜》の範囲から離れるまで上空に辿り着き――そこにいたのは、
「そうだ。むすび。お前ならとっくに《魔敵》を片付けていると思っていたよ」
「当然だ!」
四夜むすび!
土壇場でむすびが追いついた。《邪賢者》、賭けは俺の勝ちだ!
俺自身は動くことが出来ない。
しかし……誰かに動かしてもらえばよかったのだ!
むすびが俺の体に第五級重力系魔術《空中散歩》を発動させ、空へと回避させたのである。
「いけぇぇぇぇぇぇえええええ!」
俺は上空から――《邪賢者》に唸りを上げて、向かっていく《焔魔竜》の一撃を見ていた。
「クソォォォォォォォオオオオオ!」
汚い言葉で絶叫し――。
《邪賢者》に《焔魔竜》が炸裂!
闘技ドームを包み込むような爆音が鳴り響く。
それは勝利のファンファーレのように鳴る。




