30・即席の友情
闘技ドームの競技場――。
ボロボロの外見をした、レイナは休まず魔術式を展開しながらも焦っていた。
第一級火炎系魔術《炎球》の発動――魔術式を可燃性物質と酸素との化学反応により、大きな熱量が発生。結果、球状となった《炎球》が《魔敵》に目掛けて飛んでいく。
「良い攻撃ですね! だが――私には届かない」
七つの《炎球》が《魔敵》に当たる瞬間――同じく七つの《炎球》を発動。
《炎球》が当たる寸前でも間に合う高速の展開速度。
レイナよりも技術は上で、さらに込められている魔力も桁違い。
七つの《炎球》同士が激突し相殺。
土煙が舞う中、《魔敵》は「惜しいですね」と愉快そうに呟く。
「もしかして愛と勇気が最後に勝つと思っていますか? そんな低俗な人間文化の勘違いで大逆転なんて起こらないですよ。強い者が弱い者を挫く――これが現実の非情さですよ」
「だったら、わたしがあんたを挫くのね」
《炎球》――《電撃鼠》――《氷槍》――《土槍》――!
レイナは得意分野でも複数魔術の同時展開。
七色の魔術が四方八方と《魔敵》に襲いかかる。
「あなたの弱点その一」
《魔敵》の抱える石が光を放つ?
それは目映いばかりの光であり、今すぐ眼球を穿り返したくなるような邪悪な魔力の結晶であった。
「攻撃に特化しすぎていて防御面が脆すぎる」
第一級火炎系魔術《防火壁》が《魔敵》の前に出現。
火炎の要塞が作られ、レイナの必殺が尽く防御された。
「あなたの弱点その二」
光を放つ煉瓦のような石から魔術式が発生!
思考が停止するような魔術式。
第六級光系魔術《神鳥》が発動したのである。
光にて構成された一羽の鳥が、レイナが続けて発動している魔術の連弾の隙間を潜り抜けていく。
「きゃっ!」
一羽の鳥がレイナの右肩部分に直撃。
《神鳥》の一撃は爆発し、レイナの右肩を負傷させ筋肉が断裂する音。桃色の筋肉は血液によって覆い隠され、同時に気絶したくなるような気絶。
レイナは右肩を押さえながらも、《魔敵》と距離を取ろうとする。
「殺し殺されるような状況に慣れていないから、すぐに怖じ気づく」
「あんたのその大事そうに抱えている石何なのよ……そっから気持ち悪い魔力を感じるんだけど」
痛みで叫びそうになるのを止めながら、挑発するような口調でレイナは訊ねる。
「これは賢者の石――まだ名乗っていませんでしたね。私は《邪賢者》(アロケン)――この賢者の石は大量の魔術式と知識が記録されています。なのであなたの弱点なんでお見通しなのです」
《魔敵》の中でも高い知能を持った者は人間の言語を理解する者もいる。
しかし眼前の《邪賢者》は三つの顔は持っているものの、頭部は極端に小さく脳味噌を収める容積が不足しているように思えた。
その不足部分を賢者の石という異次元の反則的な道具にて補足しているのである。
「――さて、そろそろ終幕と致しましょうか」
大仰に右手を挙げ、そこから第四級光系魔術《光矢》が発動。
光の一〇本の矢がレイナの元へと殺到していく。
レイナはそれに対抗すべく魔術式が紡げない――しかし震える手では文字通り光速で襲いかかる《光矢》の猛攻を防げない。
「痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!」
ゲシュタルト崩壊を起こしそうな叫び声を今度は上げてしまう。
何本かは回避したが、三本の矢がレイナに突き刺さったのだ。
その中でも甚大な甚大な被害は右足に刺さった《光矢》。断続的に途絶える意識。悶え苦しむそうな激痛の中、それでもレイナは壁に背を預けて立っていた。
「では、そろそろトドメですね」
《邪賢者》が一歩、また一歩レイナに近付いてくる。
それはまるでウサギを追い詰める肉食獣の余裕であった。
「あんた……どうしてこんなところに出現したのよ。そんなに頭良かったら、わたしみたいな一年生襲ってもあんまり旨味がない、ってこと分からないの?」
逆転の一手を閃くための時間を稼ごうとするレイナ。
それに《邪賢者》は気付いていただろう。
しかし遊戯には余興が必要だと言わんばかりに、
「一年生とはいえ――あなたと四夜むすび、二人の《黄金の双星》を殺せるのです。まだ子猫の状態のあなた達をね」
「《黄金の双星》――何であんたそんなことまで」
「私は何でも知っています。そして私は慢心しない。将来、自らを滅ぼす勇者が田舎村で誕生しているのに、その周辺に弱い敵しか配置しない間抜けな魔王では私はない。
あなた達《黄金の双星》はきっと将来、《堕天使》レベルくらいなら一人で倒せるような偉大な魔術師になるでしょうね。その前に有望な芽を摘んでおこう、ということです」
《邪賢者》の右側にある顔面の口が「ケケケケ」という怪声を上げる。
「話が過ぎました――では今度こそトドメです」
ひょい、っと。
何とも気軽な動作で右手を掲げる。
左手で抱えている賢者の石が光る。
「人生はドラマティックではなく、意外にも簡単に終わる」
――第六級光系魔術《神鳥》の魔術式。
光の鳥が空気を切り裂く弾丸となり、レインを絶命させるべく飛行していく。
「――っ!」
この状態でもレイナは逆転を考え――しかし光という恐怖はレイナの両目を瞑らせた。
《神鳥》がレイナに直撃し一瞬で意識を刈り取られ死ぬ――。
はずであった。
「あれ? 死んでいない?」
口から溢れたのはそんな本音。
恐る恐る目を開ける。
そこには剣を構えた男の後ろ姿があった。
男の顔はレイナへと振り返り、妙にカッコ付けてこう言う。
「俺の聖剣は魔術を斬り裂く――助けに来たぞレイナ」
お姫様を守る騎士の登場であった。
ギリギリ間に合った――そう思うのも束の間。
「味方ですか。私はその可能性を〇・二三%も予測していたので、不測の事態にいちいち驚いたりしない」
三つの顔面を持つ不気味な《魔敵》の石が光る。
その光は美麗たる魔術式であった。人間の思考回路ではここまで整然とした無駄のない魔術式を組むことが出来ない。
惚れ惚れするような魔術式が組まれ、刹那で第四級光系魔術《光矢》が発動。
一〇本の光の矢がまとめて俺に殺到する。
「だからそういうの無理だって」
冷静に聖剣《オルファント》の刃を《光矢》に放つ。
俺にとって反応速度や動体視力は生命線であった。いくら聖剣の力が強大でも、魔術に反応しなければ無意味なものになるからだ。
風を斬り、迎え撃つ《光矢》ごと叩き斬ってやる。
一閃に見えたかもしれない聖剣の刃は、一〇回を一瞬に閉じこめることによって完成する。
殺到してきた《光矢》を一〇回の一閃に斬り裂き無効化する。
「だが、それは囮でした。残念」
《魔敵》の抱えている石が再度開き、次の瞬間に展開を終わらせている魔術式は第六級光系魔術《神鳥》の一撃であった。
殺意を身に纏った《神鳥》が発射される。
「ちぃっ!」
舌打ちしながら、レイナの体を抱えて《神鳥》の一撃を回避する。
意外に小柄なレイナの体型。女の温もりを手の先で感じながら、闘技ドームを走り回る。
「何でこいつ追いかけてくるんだっ?」
しかし逃げても逃げても、直撃するまで《神鳥》は軌道を変え俺達の背中を追尾してくる。
その解答は《神鳥》はただ直線型の砲弾ではなく、追尾機能を兼ね備えた弾道ミサイルということだ。
俺は一旦、レイナを地面に下ろし再度聖剣《オルファント》を振り上げる。
いちいちあっちから向かってくるなら、待ち構えれば良いだけだ!
単純な真理に気付いた俺は、膨大な魔力を込めた《神鳥》の頭部を斬り裂く。
どれだけ魔術式が綺麗でも、貯蔵されている魔力が多くても。
俺の聖剣《オルファント》はそれが魔術である限り絶対無敵。
嘘のように《神鳥》が消滅――《魔敵》は不可解そうな表情で顎に手をやる。
「ふむ……その剣が魔術を無効化しているわけですか。成る程! 賢者の石にも記載されていない謎の武器だ。しかし――どこかでその剣、見たことがあったような……」
ぶつぶつと何やら呟いている《魔敵》。
俺はその隙に――聖剣の切っ先を相手に向けながら、レイナの方を振り返る。
「レイナ、大丈夫か?」
「あんた――何しにきたのよ」
「お前を助けに来たんだよ」
「はあっ? 意味分からんない。あんたはむすびとイチャイチャしとけばいいのよ。こんな《魔敵》わたし一人で……痛いっ!」
立ち上がろうとするレイナが、右足の激痛に気付いて苦悶の表情を作る。
流石のレイナでも、血塗れの状態で《魔将》レベルの《魔敵》と対峙することは勇敢を超えて、あまりにも無謀だったのだ。
「そんなんでどうやって戦うつもりなんだ。こんな時くらい素直になりやがれ」
「うっさい! こんなの魔術を使えば一発で直るんだから」
「魔力だって無限じゃないだろうが」
「離れろ離れろ離れろ!」
ポコポコとレイナが頭を叩いてきた。
瞬間、目の前から強力な魔力の余波が。
考えるよりも早く、俺の両腕は反応。殺到してきた《光矢》を聖剣にて一刀した。
「変な剣ですね。まあ良い、あなた達を殺して剣を手に入れてからゆっくりと考えるとするか」
《魔敵》の指先にて魔術式が描かれる。
それは禍々しい三次元の絵画であった。
頭部を取られた狼が、それでも咆吼しているような――ずっと見ていると気が狂ってしまいそうな強烈な絵だ。
その魔術式が破裂し、同時に第六級光系魔術《神鳥》が飛び出す。
「舐めんなよ!」
どれだけ強力でも、どれだけ邪悪でも聖剣にかかれば全てが等しい。
刃を放ち、《神鳥》を消滅させる。
「――とにかく喧嘩は後だ! 俺がお前の『盾』になってやる。この《魔敵》をぶっ倒すぞ」
「どうやらそのようね!」
第三級生体系魔術《治癒術》にて、右足を治療したレイナが立ち上がる。
お互いがお互いに肩を貸し合い、《魔敵》に照準を合わせていた。
そんな俺達の姿を、《魔敵》は愉快そうな口調で、
「土壇場で生まれる友情で私を打倒出来ると思いますか?」
――石が光り先程の二倍の量の《光矢》が迸る!




