27・魔敵出現?
試合も中盤に差し掛かってきて。
闘技ドームのフィールドに残っているのは、両クラス合わせて三十人くらいだろう。
その中にはレイナやむすびは当たり前として、鷺山の姿もあった。
「これで勝負を付けさせてもらうわ!」
レイナの右腕の筋肉が第二級生物系魔術《強化術》によって肥大。
幼い体に似合わない血管が浮き出た太腕。
「これは見た目が悪くなるからあんま使いたくなかったけど……死ね!」
《強化術》によって豪腕へと変化したレイナの右腕からボールが投擲される!
それは空気を斬り裂く刃でもあり、目で追尾出来ない程の高速の投球であった。
剛速球がむすびに一直線に伸び、為す術もなくボールの直撃を――。
「お前は頭を使わないな。だからバカなのだ!」
むすびの体がふわっと浮き上がる。
第四級重力系魔術《空中散歩》の力によって、自らの体を浮遊させたのである。
観客席の高さまで一瞬で浮き上がったむすびの下をボールが通り過ぎていく。
後は壁にめり込むなり、跳ね返るなりしたボールを拾い上げて、むすびの攻撃へとターンは変更し。
「まだよ!」
一直線と運動していたボールが方向を転換?
物理法則を完璧に無視したボールが、浮遊しているむすびへと向かっていく。
第三級操作系魔術《操り人間》によって、ただのボールの投擲は追尾ミサイルの一撃となった。
投擲されたボールに《操り人間》を展開したのだ。非凡なレイナの才能に観客席に戦慄が走る。
今度こそむすびの体に剛速球が叩き込まれ――。
「ふん、ちょっとは考える頭を持っているみたいだな」
余裕綽々のむすびが右手を翳す。
するとその右手に向かって高速のボールの速度が弱まっていく。
何とむすびの右手に収まる頃には、蝿が止まるような超遅球へと弱体してしまったのだ。
《強化術》と《操り人間》の合わせ技でむすびを仕留めようとしたレイナ。
しかし――必殺の一撃をむすびは片手でボールをキャッチしてしまったのだ。
「相変わらず鬱陶しいわね。あんたの重力系魔術。そればっかで退屈しないの?」
「お前こそ、色々な魔術に手を出して尻軽牝豚だな」
「泥棒猫はあんたの方じゃない! アサトをわたしから取って……」
悔しそうに拳を握るレイナの言葉は、後半からは呟きとなって聞こえにくくなっていた。
むすびが発動した魔術は第五級重力系魔術《引力波》を応用したものである。
右手に引力の起点を作り、自由に動くボールの支配権を奪い剛速球を無効にしてしまったのだ。
この一瞬の攻防でこれだけのハイレベル……《黄金の双星》の名に相応しい二人の魔術師であった。
「とにかく! 今度はボクの番だな!」
勝利を確信したようにむすびが笑う。
《カノープス》の生徒がそんなむすびにコールを送っている。
「やはり四夜家が最強だ! くらえ! ボクのファイナルスラッシュアタックー!」
カッコ悪い必殺技を叫びながら――むすびの体はさらに高度を増す。
それは観客席にいても、尚見上げなければならない高さであった。
闘技ドームから脱し、雲まで届きそうな位置まで到達したむすびは思い切りボールを投げる!
不正確なフォームによって、右手から放たれたボールはレイナにも負けず劣らない剛速球となった。
俺には分かる。
位置エネルギーを最大限まで増やし、投げたボールに第六級重力系魔術《墜落帰還》を発動しているのである。
重力加速度を弄られたボールは、早く早く地球の中心部から少し外れた場所に到達しようとする。
つまりむすびはこの地球全体を味方に付けたのである。
「くっ……!」
それに対しレイナも腰を低くし、重力の家来となったボールを待ち構えている。
運命の投擲はレイナとむすびを結ぶ線の中心点まで達し――。
バチィィィィィイイイイイイン!
それは神々しささえも感じる光景であった。
落下するボールに落雷が直撃したかのような轟音。
目映いばかりの光にみんなは思わず目を瞑る。
「一体、何なんだ――?」
目を開け慣れてきた時――。
闘技ドームの競技場にはレイナとむすび、以外の三人目の何かが登場していた。
「ふふふ。面白そうな遊戯をしていますね。私も混ぜてくださいよ」
――魔術師候補とはいえ、同年代の高校生よりは何倍も強く勇気があるであろう《センター》の学生達。
それら全員がその姿を見て言葉を失っていた。
いや――空気さえも俺達を斬り裂く刃となり、喉が硬直してしまい一言も発することが出来ないのだ。
「え、《魔敵》――っ?」「《魔敵》か!」
みんなの体内時間が静止してしまっている時。
最初に言葉を発することが出来たのはレイナとむすびであった。
「な、何だ……あいつは……」
そして三人目は俺であったが――それは兄貴に家族を殺害された経験があったからかもしれない。
体が震えている。首筋の鳥肌が体全体を浸食してしまいそうな悪寒。
――競技場のど真ん中に突如姿を現したのは《魔敵》であった。
異世界からやって来たとされる侵略者。
見れば分かる――こいつはこの世の存在じゃない、と。
形状は両手両足があり、直立二足歩行の人間に似ている。
しかし本来顔がある場所には顔面が三つ備えられており、その真正面を向く顔の瞳は腐食にて開けられていない。
二メートル五〇センチメートル程の長身を王族が着るようなマントで隠している。
さらに片手には長方形の煉瓦――いや石を何故か大事そうに抱えており、それだけでもこの《魔敵》の異常さが分かるようであった。
「悪いですが――今日はみなさんを殺しにきました」
断定的で一方的な通告。
突如出現した《魔敵》が手を上げると、瞬間。上空にさらなる《魔敵》が発生。
鳥のような《魔敵》であった。しかし翼をはためかせ、魔力粒子を体から微妙に漏れさせ、「ケケケケ」と不気味に笑う《魔敵》がどこにいようか。
「な、何だお前等は!」
上空を飛ぶ《魔敵》――おそらく三〇体はいるだろう――それら一斉に魔術式を展開。
三〇もの《電撃鼠》が《空中散歩》で浮遊しているむすびに襲いかかったのだ。
「舐めるな! 下等生物の《魔敵》が!」
むすびが《引力波》の魔術式を展開!
《電撃鼠》の集合体がむすびの《引力波》によって逸れ、相殺し空中にて霧散する。
そんな光景を見ても――地面に立つ石を持つ《魔敵》は笑っていた。
「面白くなりそうですね。流石は《黄金の双星》。だからこそ、殺し甲斐がある」
《魔敵》が指を鳴らすと同時に、観客席にも他の《魔敵》が出現する!
斧を構えた豚の容姿をした《魔敵》だ。それが観客席にいる生徒達に襲いかかってくる。
耳を塞ぎたくなるような悲鳴!
そんな悲鳴を音楽と見立て、指揮者のように両腕を広げた《魔敵》は――。
「さあ楽しいパーティーの始まりです。私達への報酬の一コインはあなた達の命にて貰い受けるとしよう」
そう言いながら、魔術式を高速で展開する。
「へ?」
問題は――それがあまりにも邪悪で、目に追えない程の高速で紡がれたことであった。
しかも五つ同時に。
第四級光系魔術《光矢》――光によって五本の矢が形成され、それが鷺山に向かって殺到する。
そのまま鷺山の体に五本もの光の矢が突き刺さり、訳も分からないまま絶命してしまうところであっただろう。
しかし――っ!
「レイナ?」
レイナが鷺山と、向かってくる矢の間に入った。
そして第一級火炎系魔術《炎球》を五つ同時展開。
五つの火球が迫り来る光の矢に向かって発射され衝突。
煙を上げて、双方の魔術は消滅した。
「お前……何で俺を助けやがったんだよ。俺のことが嫌いだったんじゃないのかよ」
地面にへたり込み、手を付いている鷺山が疑問を吐く。
「うっさいわね! あんたなんか嫌いよ。だからさっさとわたしの前からいなくなりなさい。この《魔敵》はわたしの獲物だわ」
「だ、だが……」
「早く!」
急かす声。
「クッククク……窮地で友情が芽生えたというところですか」
茶化すように《魔敵》が言葉を吐いた。
「……ちっ!」
鷺山は舌打ちし、フラフラと立ち上がって闘技ドームの出口へと向かって、逃走した。
それに続いて、残っていた生徒達も出口に向かって一斉に逃げ出す。
不思議なことに《魔敵》は逃走する生徒を見ているだけで、後を追ったりはしない。
こうして闘技ドームのフィールドにはレイナと不気味な《魔敵》が残された。
「何で……あいつ……っ!」
休日には嫌がらせも受けた。
ここでヤツを見捨てても、誰も文句は言わないだろう。
なのに……っ。どうして、あいつは鷺山を助けたのだろうか!
「っと……他人の心配している場合じゃなかったな」
闘技ドームの外からも悲鳴が聞こえる。
レイナはとびっきり優秀な魔術師である。
レイナに対峙する《魔敵》は人語を操り、高速の魔術を展開出来ることから、かなりの強力な実力があるのだろう。
ならば――自分が敵わない、と思ったらいくらレイナでも尻尾を巻いて逃げ出すだろう。
相手の実力を見極める。
それくらい、レイナにも出来ると思ったから。
「危ないと思ったら、すぐに逃げろよレイナ」
呟くように言った言葉は、闘技ドームのフィールドまで届いていただろうか。
俺は地面を蹴り、闘技ドームの外へと走り出した。




