26・合同授業
そして三日後。
とうとうクラス《カノープス》との合同授業が行われることになった。
《センター》から電車を乗り継ぎえ、駅からは歩いていると、結局出発してから一時間弱の時間を必要とした。
闘技ドームはその名の通り、ローマの円形闘技ドームであるコロッセオを模して作られた場所である。
屋根には天井がなく吹き抜けで、五万人は集められる観客席もあるが、いつ何時使うのか分からない。
円形で砂一面の固い地面の上でクラス《シリウス》とクラス《カノープス》の生徒が軍隊のように並んでいる。
二クラス合わせて二〇〇人の魔術師候補の集結は、列に並んで見ているだけでも圧巻だった。
そして魔術師候補二〇〇人の前に立つのは我等がクラス《シリウス》の担任教師である浄徳極楽先生である。
浄徳先生はマイクも持たず、にこっと一輪の花のように微笑し、
「今からみなさんには――殺し合いをしてもらいます」
――と言った。
一言だけで、周囲に緊張感が走る。
浄徳先生の声はこの広い競技場の中でも行き渡り、二〇〇人の意識を一斉に覚醒させたのだ。
俺も聖剣《オルファント》の柄を握り、臨戦態勢に入る。
「――なーんてのは嘘、嘘。だからそんな怖い顔をしないでねー。可愛い生徒達」
浄徳先生が手をパタパタとさせて、三秒前に言った台詞を撤回する。
一気に解れていく緊張感。
……というより、この先生は何のつもりだ!
ほっとしたのも束の間、周囲からブーイングと野次が聞こえてきた頃。
「黙れ。無能共」
笑顔を一変させてドスの効いた声を出し、ついでに一番前の生徒を殴っていた。
さりげなく体罰を完了させた浄徳先生は拳をポキポキと鳴らしながら、
「てめぇらの選んだ道っていうのはそういうことなんだ。魔術師っていうのはいつも危険と隣り合わせだ。この中にいる奴等は殆どが魔術隊への入隊希望者なんだろ? 甘えるな。魔術隊に入ればいきなり味方を殺せ、というミッションを言い渡されるかもしれねぇぞ」
浄徳先生の言葉は重く、また違った緊張感が生まれる。
ジメジメとした湿気。チッ、さっきまで晴れてやがったのに、不意に上を見れば灰色の空が出始めていた。
曇り空の不穏な空気の中、浄徳先生はどこからともなくボールを取り出す。
それはバレーボールくらいのサイズだ。浄徳先生の掌にポンと載せられたボール。それを指だけで真上に放り投げてはキャッチする反復作業。
「折角の合同授業だからな――魔術を発動してみてすごいねー、やったねー、っていう幼稚園のお遊戯じゃつまらねえだろ。
だから偉大な私は考えた。そうだクラス《シリアス》とクラス《カノープス》の二つに戦い合わせよう。そうすれば退屈な授業も少しはマシになるし、私もつまらん教科書を読まなくてもいい」
「浄徳先生。対決って何かしら。もしかして決闘方式でやるのかしら?」
レイナが一歩前に踏み出して質問していた。
後ろからなので表情は分からないが、何となくが声がワクワクと弾んでいるようであった。
「ドッジボールだ――」
「ドッジボール?」
「そう。一〇〇人対一〇〇人のドッジボール。ルールは簡単。この円形の競技場を二分割にして、クラス《シリウス》と《カノープス》に分かれる。最後の一人が決まるでドッジボールは行われ、その一人が《シリウス》の生徒だったら《シリウス》勝ち。《カノープス》だったら《カノープス》。
しかしただのドッジボールならつまらねえからな。ボールを投げる際、もしくはキャッチングする際、魔術を使ってもいいことにする。魔術でダイレクトに相手を攻撃しなければオッケーだ。それを認めるとただの決闘と変わらねえからな」
「ボールに魔術を使う? そんなことしたら、すぐにボールがダメになるじゃないか!」
次はむすびが疑問点を質問し、頭の回転の速さを見せつける。
浄徳先生は指一本でボールをクルクルと回し、
「大丈夫だ。このボールは特別製でな。魔術が施されていて、少々の衝撃では割れないようになっている。例えば」
そのままボールを高く上空へと放り投げる。
瞬間――浄徳先生の指先で《電撃鼠》の魔術式が展開。手から錬成される稲妻がボールへと一直線へと伸びた。
落雷のような衝撃!
しかし――ボールは何事もなかったかのように、重力のまま浄徳先生の手へと戻る。
「――というわけだ。だから安心して魔術を使えよ。それでもこのボールを割れることが出来れば――大したもんだ。そんなヤツには今すぐ卒業証書を与えてもいい」
白い歯を見せて浄徳先生が言う。
……まあ分かっていたことだが、平和的なドッチボールで終わりそうにはない。
「じゃあさっさと分かれやがれ! 合同授業は二時間しかねえからな。タイムリミットで引き分けなんていう結末はてめぇらも嫌だろ?」
浄徳先生が指示を出し、クラス《シリウス》と《カノープス》も二つで分断されるように分かれる。
一〇〇人対一〇〇人のドッチボール。
しかし競技場の面積は広く、これだけの人数でも窮屈さは感じなかった。
そして今――レイナとむすびが中央に立ち睨み合っている。
「むすび――あんたと再戦出来る日がこんなに早く来るとはね」
「同じ相手との決闘は一ヶ月禁じられているからなー。明日からレイナは泣きながらウンコを漏らしたウンコ伯爵として歴史に名を刻まれるだろう」
早くてもバチバチと視線を激突させ火花を散らしている。
「じゃあ――始めるぞ」
ホイッスルを首からぶら下げた、浄徳先生が二人の間に入りボールを持っている。
「始め――」
クラス代表によるジャンプトスだ。
浄徳先生によって高く放り投げられたボールは、やがて運動エネルギーから位置エネルギーへと変わり落下を始めてきて――。
「やはは……アウトになっちゃった」
ボールを当てられた神小町がアウトになり、観客席の俺の隣に座った。
このドッジボールのルールは外野は存在しておらず、当てられた生徒はこうして観客席に来なければならないのだ。
「神小町、ドン臭すぎだろ。こっから見ていたけどこけている間にボールを当てられる、って。ベタか」
「んんぅー。ちょっと躓いただけだよー」
神小町が頬を膨らませて、「てい」と俺の頭を軽く小突く。
正直――可愛い。神小町を見ている時だけ、子猫を愛でているような気持ちになる。
神小町はスカートと靴下の間、絶対の白き領域に手を置いて、
「アサト君だってカッコ悪かったじゃん! 『俺の聖剣はボールを斬り裂く――』って言ってボールを斬り裂いて反則負けって」
「黒歴史だ。忘れろ」
あのボールが頑丈なのは魔術が施されているからだ。
俺の聖剣がボールに触れる瞬間に魔術式が解除。
ただの普通のものとなったボールは聖剣の餌食となったのだ。
……ただその結果が、反則でのアウトであるが。どうやらあのボールは高価みたいで、激高した浄徳先生によってアウトを宣告されたのであるが。
魔術を使用してボールを割るのは良いとしても、剣でボールを斬り裂くことはダメらしい。理不尽だ。まあ魔術特区でなければ、そんな場面まず遭遇しないと思うが。
「それにしても残り二〇人くらいかー。頑張れー、《シリウス》—!」
アウトになった生徒も観客席で白熱した応援を飛ばしている。
競技場には計四〇人の生徒がボールを投げ合っており、所々で未熟な魔術が発動される。
使い方は大したもんじゃない。投げたボールに《泥爆弾》を当てて加速させたり、《炎球》でボールを火炎で包んで受けにくくしたり……そういった創意工夫も浄徳先生の狙いなんだろうな、と思った。
こうして上から眺めていると――やはりレイナとむすびのレベルは二人だけ異次元だ。
子犬ばかりの檻の中に猛獣が放り込まれたかのような光景であった。
「……早く終わらねえかな。お腹、減ったし」
「アサト君? お昼、食べてないの」
「水と酸素と直射日光なら食べたぜ」
「いや、植物じゃないんだから……」
――そうこうしている間にも、闘技ドームは熱狂の渦に包まれていた。




