25・説教されましょう
「失うのが怖いって! やっぱりわたしと組むのが嫌なんじゃない!」
「そうじゃない、レイナ。俺はもう人を信じることが出来ないんだ」
「帰って! あんたも自分勝手じゃない。これだけわたしが頼んでいるのに……人を信じられない、って。何で諦めんのよ! 何で信じる努力をしないのよ!」
レイナの言葉が剣となって心に突き刺さる。
「もう良い! 帰って!」
蹴られ、無理矢理部屋の外まで放り出されてしまう。
「レイナ……」
呼びかけるものの、扉がバタンッと強く閉まった。
「もう良いでしょ。あんたとわたしの関係は終わり。あんたの好きなようにするがいいわ」
俺とレイナ、二人の間に存在する扉は。
まるで俺達の関係を示しているようであった。
「レ……」
再度、扉をノックしようとする。
しかしその拳が鉄製の扉に当たる前に停止した。
……俺には何も言う権利なんてない。
レイナを拒絶した俺には、これ以上の話なんて出来ない。
「レイナ。紅茶美味しかったよ。ありがとう。あの料理店で飲んだものより、こっちの方が百倍美味しかった」
最後にそれだけ言い残して、扉の前から離れた。
マンションを出ると、まだ雨は降り止んでいなかった。
俺はその中を傘も差さずに寂しく歩く。
――俺は一人で生きていくんだ。
俺の決意に比例してか、雨はとても冷たく疲れている体に堪えた。
■
翌日。
「――というわけで、決闘でもないのに。さらには学園の敷地外で無断で魔術を使用したあなた達は学園規則第三条にも違反しておりますし、もっと言うと特区条例第七条の平和条約にも抵触しており……」
何でこうなった。
俺の前では、バインダーを片手に几帳面そうな女が説教をかましていた。
彼女はどうやら生徒会で書記をしている天咲日雨と言うらしい。
昨日の鷺山との意見を咎められているわけである。
そりゃそうだ。あれだけ派手な魔術を行使したわけだ。自警団の捜査力は侮れない。
「というわけで、本来ならばあなた達は厳重な処罰を……」
クドクドと続けられる説教に、欠伸の一つでもしたくなったが、ギリギリのところで噛み殺す。
現在、俺達――レイナとむすび、三人は生徒会長室に呼び出され、横一列に並んで説教を受けている。
「むう……アサト。この女の説教長すぎるだろ。ほら、親の躾けとか関係のないところまで言い出した」
左隣ではむすびが退屈と不満で唇が尖らせている。
「…………」
右隣ではレイナが目を瞑って、一言も喋っていない。
レイナとは何だか気まずくなって、あれから口も利いていない。
それどころか視線も合わせようとしてくれていなかった。
「朝ご飯は食べましたか? 食べてない。それはいけないことです! 本来、朝ご飯には一日の英気を養う効果があり」
あー、やばい。
マジで瞼が重くなってきた。
立ちながらにして眠る、という秘術を発動しようとした時、
「クックク。《異能》(アンタッチャブル)――何やら面白いことになっているな」
天咲の後ろで、背を向けて豪壮な椅子に座っていた女。
それがクルリと回って、俺達に顔を向けた。
透き通るような琥珀色の髪をした少女であった。
魔法石を弄くっている少女は、一見ただの小学生にも見える。
しかし侮ってはいけない。
彼女こそが魔術学園《センター》の頂点である生徒会長なのだ!
「と独白で宣伝してみたり」
「ん? 《異能》。何か言ったかね?」
隣に立つ天咲が、少女が一言喋る度に緊張して肩を縮ませている。
彼女の名前はクイーンブルー・世界果。
生徒会長でありながら、学園《センター》――いや、三つある学園を合わせても歴代最強の魔術師と称されているのだ。
「入学して早々、美少女二人が君を取り合っているなんてね。いきなりラブコメをするなんて……相変わらず君は面白い」
「どうも」
本来ならば、こんな訳の分からなくて胸が貧しい女は俺の天敵であった。
だが、入学試験の時、こいつに気に入られたおかげで合格したと言っても過言ではないのだ。
だから無下には出来ない。
「あなた達。本当に反省しているのですか?」
天咲が言うと、
「むすびが悪い。わたしは悪くないわ」
「ウンコレイナが元凶。ボクは正義」
と二人の少女が互いに指差した。
それを見て、天咲が深い溜息。
さらなる説教を開始しようと口を開いた瞬間、
「んがぁぁあああ! お前等、反省しやがれ!」
こんな退屈な説教に付き合ってられないので、レイナとむすびの脳天に拳骨を落とす。
「すいませんすいません。天咲さん。俺からはよく言って反省しておくので、出来ればそれ以上つまらない説教は止めにしてくれませんか?」
レイナとむすびの頭を持って、無理矢理下げさせる。
「……物言いは気になりますが」
釈然としないながらも、天咲は言葉を続ける。
「あなた達の行動は厳罰対象です。普通ならば退学ですが……いきなり《黄金の双星》二人を失うのは学園としても痛い。それに発端の原因は男子生徒にあったそうですしね。一年生なので多めに見るとして、今回では男子生徒揃えて厳重注意で許してあげます」
そうは言っているが、《四大財閥》の圧力がかかっているのは確かであった。
そうでないと、いくら将来有望な生徒だとしてもこれくらいの注意で済むわけがないからだ。
「はい! では俺達はこれで……」
これ以上、厄介な説教が続く前に部屋から退散する。
「おい、そこの生徒会書記」
「何ですか?」
むすびが部屋から出て行く直前。
扉から顔だけを出して、
「ボクはお前とも戦ってみたいんだがな。お前からすっごい魔力を感じるぞ」
弾んだようなむすびの声。
そんなむすびの戦意を、避けずに、堂々と受け止めて天咲はこう言った。
「百年早いです」
■
「アサト君! 昨日は大変だったらしいね〜」
隣に座る巨乳ちゃんもとい神小町が話しかけてきた。
「まあな」
「それにしても、《黄金の双星》の二人と……まさか……そんなことをするなんて」
「一体、どんな風に話が出回っているんだっ?」
「エッチなことをするのは、成人になったからですよ」
「話が歪曲されているっ?」
神小町と愉快な会話を繰り広げている間。
教室の一番前、黒板の前で浄徳が講義を続けている。
「さて。この特殊系魔術と言われるものは、存在は確認されてはいるが原理がよく分かっておらず、体系化されていない魔術のことを言う。
第十三級特殊系魔術《異世界入口》は《魔敵》がこちらの世界に来る時の魔術だと言われ、未だに研究が続けられており……」
学園《センター》では、大学のように各々好きな位置で生徒が講義を受ける。
俺と神小町が隣同士になっているのもそれが理由だ。
教室の一番前の席。
ツインテールの髪型を見れば、後ろからでもレイナだと分かる。
レイナは一心不乱に黒板を向いて、ノートに書き記しているように見えた。
「あいつ……こんな低レベルな授業。聞く必要なんてないのに、真面目に聞いてんのかよ」
「桜乱華さん、努力家だよね。尊敬出来るな。性格も胸も控え目だ、ってみんなからの評判だし」
「それは褒めているわけじゃないからなっ?」
――関東魔術軍ドラフト一位。
むすびという絶対的なライバル。
レイナの前には大きな壁が立ち塞がっているのだ。
一分一秒、惜しまずに前進したいのだろう。
何故なら――失敗は一度たりとも許されないから。
「さて」
授業の終わりを報せる鐘の音が聞こえる。
浄徳が振り返り、教卓に手を置いて口を動かす。
「これで授業終わりだ。そしていきなりだが、来週に闘技ドームで課外授業を行うことにした」
一気に沸き立つ教室。
そりゃそうだ。ひたすら席に座って、授業を聞いているよりは楽しそうだからだ。
「そこで来週の課外授業は隣のクラス――《カノープス》と行うことにした。レイナ。お前が昨日、何をやったかは聞いている。ここでなら、存分に暴れられる。そこでちゃんと白黒付けてやれ」
「当たり前よ」
浄徳の不敵な笑みに、レイナが答える。
クラス《カノープス》――?
もしかして、そこって……!
「むすびがいるクラスじゃないか」
隣のクラスとの合同授業。
《黄金の双星》が正式にぶつかり合うことになる。
やれやれ、どうやら来週の課外授業は一筋縄ではいかないらしい。
そして来週の課外授業――。
不幸ながら俺の予感はものの見事に的中してしまうのであった。




